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大動脈解離 B型 ⑧退院~3カ月間 仕事復帰までの記録(遠位弓部下降大動脈置換)
人生2回目の大動脈の手術は、19歳で経験した1回目の大動脈の手術・入院と比較すれば辛い思いも少なく、手術から10日間という短期間で退院することができました。(2回目の大動脈の手術:胸部大動脈手術後ICU、入院の記録は→コチラ) ただし、今回の胸部大動脈の手術は、肋骨を正面から切り開いた1回目の手術とは違い、左わき腹を肋骨も含めて切り開く手術でした。わき腹は生活のなかで可動範囲が広く、力を入れることの多いため、退院後の療養期間は、その傷跡の痛み(特に肋骨)が一番の悩みでした。 自宅療養を開始してからの1週間 退院して自宅療養を開始した1週目は、とにかく手術痕(傷口と肋骨)の痛みがありました。自宅…
大動脈解離 B型 ⑦手術後ICU~入院期間(遠位弓部下降大動脈置換)
人生2回目となる大動脈の手術を経験しました。1回目の時は、急な痛みとともに救急車で搬送されて翌日には手術をするという、まったく余裕のない出来事でした(その時の記録は→コチラにまとめています。) 今回は前回と違い、大動脈解離の発症から手術までの間が、数カ月あり、むしろ手術出来るチャンスを待っていたといえるものでした。 1回目と2回目では手術に挑む気持ちも、状況も全く違い、手術後のICUと一般病棟での生活もまた違うものでした。同じような大動脈解離の手術や入院が必要となる人、その家族の為に、大動脈解離B型に関しても下記のように私の経験と記録を共有したいと思います。 手術からの目覚め 2017年10月…
大動脈解離 A型 ⑥第2の大動脈解離(B型)を発症するまでの14年間
まさかの2度目の大動脈解離発症 2003年12月3日に急性大動脈解離(スタンフォードA型)を発症し、その翌日には手術をすることになりました。ただ運よく、適切な手術、治療をうけることができて、その後順調に回復し術前同様の日常生活に戻る事ができました。 *大動脈解離スタンフォードA型の発症から手術(大動脈基部置換)、入院、退院、日常生活に戻る軌跡ついてはカテゴリー⇒大動脈解離スタンフォードA型 二度となることはないと考えていた大動脈解離ですが、はじめての大動脈解離から14年後、次の大動脈脈解離(スタンフォードB型)を発症することになります。それは仕事で無理をしたこと(過労)とマルファン症候群による…
大動脈解離 A型 ⑤退院~3カ月後の記録(大動脈基部置換術)
前回までの入院の記録(→コチラ)同様、かなり前の事で記憶は曖昧でしたが、幸い残っていた学生時代の日記から当時の記録を書き起こすことができました。 当時は19歳と体力と気力にあふれていたので、大動脈解離の手術後としては回復や日常生活に戻るスピードは比較的早かったとは思います。ただ、同様の手術を経験する人と周りで支える方にとって、私の経験が、退院から日常生活に戻った患者の実例として、今後を考え、今後の生活を勇気づけることに役立てば有難いと願い退院後の記録を共有します。 退院 2003年12月28日、大動脈解離で緊急搬送され手術を受けてからおよそ一ヶ月後、胸の正面にできた25センチほどの手術痕、わき…
初めて大動脈解離を経験したのは、この記事を書くかれこれ15年以上前の記憶である。記憶だけではあいまいなところもあったが、学生時代に日記を書く習慣があったので、その記録からまずまず正確な情報をとることができた。改めて読み返すと恥ずかしい日記だけれども、手術から回復していく過程がよく分かり日記の大切さを実感した。 入院概要 手術日を含めてICUに4日間いることになった。3日目には、その場で立てるまで回復し、一般病院に移動した。 その後一般病棟では3週間を過ごし、病棟内を自由に歩けたり、階段の上り下りも問題なくできるようになり退院。 当初、順調に回復すれば一般病棟では2週間程の入院で退院できる予定で…
大動脈解離 B型 ⑥人生2回目の大動脈手術(遠位弓部下降大動脈置換)
手術前の大動脈瘤の状態 私のとって人生2回目となる大動脈の手術は、遠位弓部下降大動脈という箇所の手術になりました。心臓からスタートする大動脈が、頭と両腕にいく分岐部分を超えたあとの部分から横隔膜あたりまでに伸びる範囲を遠位弓部と呼ぶようです。わかりやすく外から表現すると鎖骨の下あたりからみぞおちの辺りまでの範囲になります。長さでいうとざっと20センチほど。 大動脈解離(B型)を発症してから3ヶ月間でこの箇所の大動脈瘤(解離性大動脈瘤)の直径は53mmを超えていました。通常はこの箇所の大動脈の直径は500円玉くらいと言われています。その部分の大動脈が裂けた状態でコーヒー缶を超える太さと大きさまで…
大動脈解離 B型 ⑤保存的治療(合併症による再入院と手術決定)
仕事復帰2週目の最終日、9月末に突然の腹痛 7月に突然おとずれた人生2回目となる大動脈解離の発症から2ヶ月半の間は入院と自宅療養でゆっくり過ごしていました。そして、自宅療養期間を経て、9月中旬から仕事に復帰。 仕事復帰の始めの頃は体調が万全ではないとはいえ、まずまず復帰できている感触をつかんでいました。徐々に仕事の負荷だったり、連続で集中する時間を長くしていくような感じで。 とはいえ、もともと午前様まで仕事をしていた激務の部署でしたので、今後の不安は尽きませんでした。さすがに、会社で倒れた人間に対しては病状を理解してくれたようで、復帰から1週目には、その部署から馴染みのある旧所属部門へ異動が決…
今後、同様の手術を受けるかもしれない人のために。 大動脈の手術は不安も大きな手術だけれど、乗り越えて元気にしている私みたいな人もいると励ましになればと願い、手術概要を下記にまとめます。 専門的な用語で内容が分からないこともあると思いますが、その内容が少しでも理解できて、全く分からないことへの不安が少しでも和らげばと思います。長い手術にはなりますが、その後にはきっともっと長く楽しめる時間・人生が待っているはず。だから今から手術がある人、そしてその家族の方々、諦めず、前向きに頑張ってください!応援しています。 傷病名: 急性大動脈解離スタンフォードA型、 大動脈弁輪拡張症、大動脈弁閉鎖不全 (大動…
初めての大動脈解離の手術 2003年12月4日。突然の胸の痛みから緊急搬送された翌日の午前10時ころ、親と彼女(後の奥さん)に見送られ手術室に入った。20年近く前の記憶なので曖昧だが、手術室に入ったあとは酸素マスクをして、麻酔の点滴が入ってからは数秒で眠りに入り記憶がない(後に受けた2回の大動脈手術でも同様だ)。そして麻酔が覚めて、ICUで起こされるまでは真っ暗闇だ。夢をみることも、幽体離脱することも何もなかった。 それより記憶しているのは、手術前日の尿管にカテーテルを入れる作業だ。大動脈解離で動けず絶対安静でトイレに行ける状態ではないため、早い段階でICUで看護師さんにカテーテルを入れてもら…
初めての大動脈解離の発症 2003年12月3日、地方(鹿児島)で一人暮らしをしていた19歳の冬、それは何の前触れもなく急にやってきた。初めての大動脈解離だ。 大学2年生になって勉強はほどほどに、バイトと大学のサークル(極真空手)に夢中になり、毎日忙しくも充実した生活を送っていた。思い返せば、ちょうど発症する前日も、3日後に控えていた極真空手の大会に向けて、授業が終わった後に大学のトレーニングルームで筋トレをして、その後夜8時から深夜2時まではいつも通りアルバイト(大学前にあったちゃんぽんチェーン店)に精を出す随分忙しい一日を送っていた。 発症当日は午前の授業を終えた後、スーパーで昼ごはんを買っ…
2017年7月中旬、14年ぶりとなる2回目の大動脈解離を経験した。初めての大動脈解離の発症時と同じように(その時の記事は→こちら)発症する当日は、それまで何も体の異変は感じていなかった。 1回目の大動脈解離の時は、前兆や発症する前の体の異変といったものはなかったが、発症したきっかけ(原因)があるとすれば、寒い時期に夜遅くまでバイクで出掛けていたこと、学園祭に一生懸命だったこと、また、バイトで深夜労働をしていて十分な休養が出来ていなかったことなどが大動脈解離を引き起こした原因だったんではないかと考えている(マルファン症候群であるため、遺伝的にも結合組織が強くないという基礎的な特性はあるのだが)。…
2017年7月18日、祝日明けの火曜日。 いつも通り会社の食堂で昼食を食べ、洗面所で歯磨きをしている時にそれは起こりました。人生2回目となる大動脈解離です。 いつもと何か違ったか? 前回の記事で記載したように、毎日毎日、心身ともに余裕のない仕事をしていて、寝る時間も起きる時間もバラバラな不規則な生活を送っていました。 異変というところで言えば、“不整脈”という今まで感じることはなかった身体の異変には気づいていました(前兆については→コチラ) ただ、この大動脈解離を発症した7月は違いました。どちらかと言うと忙しい時期を乗り越え、大きな仕事(会社で重要な会議でのプレゼン)も終え、「さあ、これからや…
2017年7月に14年ぶりとなる大動脈解離を発症し、職場から大学病院まで救急車で緊急搬送されました(2回目となる大動脈解離発症については→コチラ)。 大動脈解離にも種類があるみたい 14年前に発症した大動脈解離は大動脈の基部(大動脈弁を含む心臓から一番近い部分)が裂けるスタンフォードA型と分類される大動脈解離でした。その時は緊急手術が必要で、生存できるのは発症した人の50%と聞いていました。そのため、今回も緊急搬送されて、CT検査後に ”大動脈解離“ の診断結果を聞いた時は、明日にでも手術があるかもしれないと覚悟しました。 ただ、今回の大動脈解離は前回と違うということがわかりました。大動脈の裂…
人生2回目となる大動脈解離(スタンフォードB型)を発症してから集中治療室(ICU)での1週間と一般病棟での3週間の計1か月間、緊急搬送された大学病院で入院しました。(前回までの入院の記録は→コチラ)。 大動脈解離を発症してから解離している(裂けている)大動脈が不安定で、解離が広がったり、再び解離する可能性がある時期を急性期と呼ぶようです。つらい急性期の時期でしたがしっかりと入院、静養することで乗り切ることが出来ました。 1か月の入院期間を経て、ある程度安定している慢性期と呼ばれる状態になったと判断して、自宅療養を開始しました。この時の療養の目標は退院から約1ヶ月後の仕事復帰。1回目に経験した大…