chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
傷だらけ父さんのHappy Life Journey -マルファン症候群と共に生きる- https://mrs-yaman.hatenablog.com/

人生で2度の大動脈解離を発症し、それに伴い3度の大動脈の手術を経験しました。いろいろ思い通りにいかないことはあっても、今までの経験を将来への活力に変えて前向きに人生を楽しんでいます。読者の皆さまの役に立てばと経験をブログにしました。

Mr.&Mrs. やーまん
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2021/05/15

arrow_drop_down
  • 大動脈解離 B型 ⑧退院~3カ月間 仕事復帰までの記録(遠位弓部下降大動脈置換)

    人生2回目の大動脈の手術は、19歳で経験した1回目の大動脈の手術・入院と比較すれば辛い思いも少なく、手術から10日間という短期間で退院することができました。(2回目の大動脈の手術:胸部大動脈手術後ICU、入院の記録は→コチラ) ただし、今回の胸部大動脈の手術は、肋骨を正面から切り開いた1回目の手術とは違い、左わき腹を肋骨も含めて切り開く手術でした。わき腹は生活のなかで可動範囲が広く、力を入れることの多いため、退院後の療養期間は、その傷跡の痛み(特に肋骨)が一番の悩みでした。 自宅療養を開始してからの1週間 退院して自宅療養を開始した1週目は、とにかく手術痕(傷口と肋骨)の痛みがありました。自宅…

  • 大動脈解離 B型 ⑦手術後ICU~入院期間(遠位弓部下降大動脈置換)

    人生2回目となる大動脈の手術を経験しました。1回目の時は、急な痛みとともに救急車で搬送されて翌日には手術をするという、まったく余裕のない出来事でした(その時の記録は→コチラにまとめています。) 今回は前回と違い、大動脈解離の発症から手術までの間が、数カ月あり、むしろ手術出来るチャンスを待っていたといえるものでした。 1回目と2回目では手術に挑む気持ちも、状況も全く違い、手術後のICUと一般病棟での生活もまた違うものでした。同じような大動脈解離の手術や入院が必要となる人、その家族の為に、大動脈解離B型に関しても下記のように私の経験と記録を共有したいと思います。 手術からの目覚め 2017年10月…

  • 大動脈解離 B型 ⑥人生2回目の大動脈手術(遠位弓部下降大動脈置換)

    手術前の大動脈瘤の状態 私のとって人生2回目となる大動脈の手術は、遠位弓部下降大動脈という箇所の手術になりました。心臓からスタートする大動脈が、頭と両腕にいく分岐部分を超えたあとの部分から横隔膜あたりまでに伸びる範囲を遠位弓部と呼ぶようです。わかりやすく外から表現すると鎖骨の下あたりからみぞおちの辺りまでの範囲になります。長さでいうとざっと20センチほど。 大動脈解離(B型)を発症してから3ヶ月間でこの箇所の大動脈瘤(解離性大動脈瘤)の直径は53mmを超えていました。通常はこの箇所の大動脈の直径は500円玉くらいと言われています。その部分の大動脈が裂けた状態でコーヒー缶を超える太さと大きさまで…

  • 大動脈解離 B型 ⑤保存的治療(合併症による再入院と手術決定)

    仕事復帰2週目の最終日、9月末に突然の腹痛 7月に突然おとずれた人生2回目となる大動脈解離の発症から2ヶ月半の間は入院と自宅療養でゆっくり過ごしていました。そして、自宅療養期間を経て、9月中旬から仕事に復帰。 仕事復帰の始めの頃は体調が万全ではないとはいえ、まずまず復帰できている感触をつかんでいました。徐々に仕事の負荷だったり、連続で集中する時間を長くしていくような感じで。 とはいえ、もともと午前様まで仕事をしていた激務の部署でしたので、今後の不安は尽きませんでした。さすがに、会社で倒れた人間に対しては病状を理解してくれたようで、復帰から1週目には、その部署から馴染みのある旧所属部門へ異動が決…

  • 大動脈解離 B型 ④保存的治療(自宅療養から仕事復帰まで)

    人生2回目となる大動脈解離(スタンフォードB型)を発症してから集中治療室(ICU)での1週間と一般病棟での3週間の計1か月間、緊急搬送された大学病院で入院しました。(前回までの入院の記録は→コチラ)。 大動脈解離を発症してから解離している(裂けている)大動脈が不安定で、解離が広がったり、再び解離する可能性がある時期を急性期と呼ぶようです。つらい急性期の時期でしたがしっかりと入院、静養することで乗り切ることが出来ました。 1か月の入院期間を経て、ある程度安定している慢性期と呼ばれる状態になったと判断して、自宅療養を開始しました。この時の療養の目標は退院から約1ヶ月後の仕事復帰。1回目に経験した大…

  • 大動脈解離 B型 ③保存的治療(ICU~入院治療)

    2017年7月に14年ぶりとなる大動脈解離を発症し、職場から大学病院まで救急車で緊急搬送されました(2回目となる大動脈解離発症については→コチラ)。 大動脈解離にも種類があるみたい 14年前に発症した大動脈解離は大動脈の基部(大動脈弁を含む心臓から一番近い部分)が裂けるスタンフォードA型と分類される大動脈解離でした。その時は緊急手術が必要で、生存できるのは発症した人の50%と聞いていました。そのため、今回も緊急搬送されて、CT検査後に ”大動脈解離“ の診断結果を聞いた時は、明日にでも手術があるかもしれないと覚悟しました。 ただ、今回の大動脈解離は前回と違うということがわかりました。大動脈の裂…

  • 大動脈解離 スタンフォードB型 ②発症

    2017年7月18日、祝日明けの火曜日。 いつも通り会社の食堂で昼食を食べ、洗面所で歯磨きをしている時にそれは起こりました。人生2回目となる大動脈解離です。 いつもと何か違ったか? 前回の記事で記載したように、毎日毎日、心身ともに余裕のない仕事をしていて、寝る時間も起きる時間もバラバラな不規則な生活を送っていました。 異変というところで言えば、“不整脈”という今まで感じることはなかった身体の異変には気づいていました(前兆については→コチラ) ただ、この大動脈解離を発症した7月は違いました。どちらかと言うと忙しい時期を乗り越え、大きな仕事(会社で重要な会議でのプレゼン)も終え、「さあ、これからや…

  • 大動脈解離 スタンフォードB型 ①前兆

    2017年7月中旬、14年ぶりとなる2回目の大動脈解離を経験した。初めての大動脈解離の発症時と同じように(その時の記事は→こちら)発症する当日は、それまで何も体の異変は感じていなかった。 1回目の大動脈解離の時は、前兆や発症する前の体の異変といったものはなかったが、発症したきっかけ(原因)があるとすれば、寒い時期に夜遅くまでバイクで出掛けていたこと、学園祭に一生懸命だったこと、また、バイトで深夜労働をしていて十分な休養が出来ていなかったことなどが大動脈解離を引き起こした原因だったんではないかと考えている(マルファン症候群であるため、遺伝的にも結合組織が強くないという基礎的な特性はあるのだが)。…

  • 大動脈解離 A型 ⑥第2の大動脈解離(B型)を発症するまでの14年間

    まさかの2度目の大動脈解離発症 2003年12月3日に急性大動脈解離(スタンフォードA型)を発症し、その翌日には手術をすることになりました。ただ運よく、適切な手術、治療をうけることができて、その後順調に回復し術前同様の日常生活に戻る事ができました。 *大動脈解離スタンフォードA型の発症から手術(大動脈基部置換)、入院、退院、日常生活に戻る軌跡ついてはカテゴリー⇒大動脈解離スタンフォードA型 二度となることはないと考えていた大動脈解離ですが、はじめての大動脈解離から14年後、次の大動脈脈解離(スタンフォードB型)を発症することになります。それは仕事で無理をしたこと(過労)とマルファン症候群による…

  • 大動脈解離 A型 ⑤退院~3カ月後の記録(大動脈基部置換術)

    前回までの入院の記録(→コチラ)同様、かなり前の事で記憶は曖昧でしたが、幸い残っていた学生時代の日記から当時の記録を書き起こすことができました。 当時は19歳と体力と気力にあふれていたので、大動脈解離の手術後としては回復や日常生活に戻るスピードは比較的早かったとは思います。ただ、同様の手術を経験する人と周りで支える方にとって、私の経験が、退院から日常生活に戻った患者の実例として、今後を考え、今後の生活を勇気づけることに役立てば有難いと願い退院後の記録を共有します。 退院 2003年12月28日、大動脈解離で緊急搬送され手術を受けてからおよそ一ヶ月後、胸の正面にできた25センチほどの手術痕、わき…

  • 大動脈解離 A型 ④入院の記録(大動脈基部置換術)

    初めて大動脈解離を経験したのは、この記事を書くかれこれ15年以上前の記憶である。記憶だけではあいまいなところもあったが、学生時代に日記を書く習慣があったので、その記録からまずまず正確な情報をとることができた。改めて読み返すと恥ずかしい日記だけれども、手術から回復していく過程がよく分かり日記の大切さを実感した。 入院概要 手術日を含めてICUに4日間いることになった。3日目には、その場で立てるまで回復し、一般病院に移動した。 その後一般病棟では3週間を過ごし、病棟内を自由に歩けたり、階段の上り下りも問題なくできるようになり退院。 当初、順調に回復すれば一般病棟では2週間程の入院で退院できる予定で…

  • 大動脈解離 A型 ③手術の内容(大動脈基部置換術)

    今後、同様の手術を受けるかもしれない人のために。 大動脈の手術は不安も大きな手術だけれど、乗り越えて元気にしている私みたいな人もいると励ましになればと願い、手術概要を下記にまとめます。 専門的な用語で内容が分からないこともあると思いますが、その内容が少しでも理解できて、全く分からないことへの不安が少しでも和らげばと思います。長い手術にはなりますが、その後にはきっともっと長く楽しめる時間・人生が待っているはず。だから今から手術がある人、そしてその家族の方々、諦めず、前向きに頑張ってください!応援しています。 傷病名: 急性大動脈解離スタンフォードA型、 大動脈弁輪拡張症、大動脈弁閉鎖不全 (大動…

  • 大動脈解離 A型 ②手術の記憶(大動脈基部置換術)

    初めての大動脈解離の手術 2003年12月4日。突然の胸の痛みから緊急搬送された翌日の午前10時ころ、親と彼女(後の奥さん)に見送られ手術室に入った。20年近く前の記憶なので曖昧だが、手術室に入ったあとは酸素マスクをして、麻酔の点滴が入ってからは数秒で眠りに入り記憶がない(後に受けた2回の大動脈手術でも同様だ)。そして麻酔が覚めて、ICUで起こされるまでは真っ暗闇だ。夢をみることも、幽体離脱することも何もなかった。 それより記憶しているのは、手術前日の尿管にカテーテルを入れる作業だ。大動脈解離で動けず絶対安静でトイレに行ける状態ではないため、早い段階でICUで看護師さんにカテーテルを入れてもら…

  • 大動脈解離 スタンフォードA型 ①発症

    初めての大動脈解離の発症 2003年12月3日、地方(鹿児島)で一人暮らしをしていた19歳の冬、それは何の前触れもなく急にやってきた。初めての大動脈解離だ。 大学2年生になって勉強はほどほどに、バイトと大学のサークル(極真空手)に夢中になり、毎日忙しくも充実した生活を送っていた。思い返せば、ちょうど発症する前日も、3日後に控えていた極真空手の大会に向けて、授業が終わった後に大学のトレーニングルームで筋トレをして、その後夜8時から深夜2時まではいつも通りアルバイト(大学前にあったちゃんぽんチェーン店)に精を出す随分忙しい一日を送っていた。 発症当日は午前の授業を終えた後、スーパーで昼ごはんを買っ…

  • ”マルファン症候群” をはじめて耳にした日。自分の経験から子供にしてあげられることを考える。

    2020年時点で36年間の人生で経験した2回の大動脈解離(19歳でスタンフォードA型 と32歳でスタンフォードB型)は、ともに私がもつ、遺伝性の難病 ”マルファン症候群”に起因していると考えられている。 いまでこそ「マルファン症候群の人は、結合組織が弱くて、血管とか関節に関する病気になりやすいんですよね。」と話せるようになったが、そもそも私がマルファン症候群をはじめて耳にして認知したのは、いつだったであろうか。 実は、小学校高学年の頃には既に「マルファン症候群じゃないか」とドクターに言われていた。 小学生の時はいつもクラスの中で1,2番に背丈が高い方で、体も大きく力も強かったので、体育や運動は…

  • 3度目の大動脈手術からの退院とブログ開始!

    2020年4月18日、世界中がコロナ禍と戦うなか、3度目となる大動脈手術を終え無事退院することができました。 2020年4月時点で36歳という年齢ながら、マルファン症候群という難病に起因する大動脈解離を2回、それに伴う大動脈の大手術を3回経験してきました。その他にも、いろいろな病気や入院を経験してきました。人生振り返ってみれば、どれだけ自分の命が医療に支えられているか、家族や友人、社会に助けてもらっているかを感じる機会を得ながら生きてくることが出来ました。 実際にコロナ禍が始まった2020年には、ICU(集中治療室)におよそ一週間入っていました。もし皆の緊急事態宣言への理解・協力が少なくて、よ…

  • 術後リンパ漏(リンパ嚢胞)

    大動脈手術の後遺症 これまで2003年、2017年、そして2020年と大動脈解離に伴う大動脈手術を計3回受けてきた。幸運なことに1回目、2回目の手術後には傷口の痛みなどはあるものの大きな後遺症はなかった。だが、3回目は一番大きな手術であったことから、大動脈周りの細やかな血管や神経、リンパ管を広範囲に切らざるを得なかったこともあったのだろう、リンパ関係に後遺症が出た。 手術後のICUと入院の記録(→コチラ)で触れたように、手術後しばらく腹部に刺さっているチューブ(ドレーン)からの排出液が多く「中程度のリンパ漏」と診断されていた。入院中にリンパ管を粘度の高い造影剤で埋める治療を受けた後、ドレーンか…

  • 大動脈解離 B型 ⑭退院~3カ月後の記録(胸腹部大動脈置換)

    コロナによる緊急事態宣言のなか退院、そしてブログスタート 人生3回目となる大動脈手術から19日間の入院期間を経て、新型コロナ感染拡大で緊急事態宣言が出ている中、4月18日に無事退院することができた。(3回目の大動脈の手術:胸腹部大動脈手術後のICU、入院の記録は→コチラ) 今回の胸腹部大動脈の手術は、1回目、2回目とは比較にならない長さを切り開いた。今回は背中から下腹部にかけて50㎝近く切っている。退院して家に帰り、体中にある傷口の長さを計測してみた。今回の箇所を合わせて、少なく見積もっても累計130cm。人工心肺のための鼠径部やドレン跡など細かな傷跡も入れると150cm。傷跡を見て改めて「自…

  • 大動脈解離 B型 ⑬手術後ICU~入院期間(胸腹部大動脈置換)

    手術からの目覚め 人生3回目となる大動脈手術の翌朝10時頃、目が覚めた。今まで経験した目覚めとは違う。口には何やら硬い管みたいなものが入っている。「あ、これが人工呼吸機か。」そう冷静に考えてゆっくりと息を吸って吐く。ただ、やっぱり何かが違う。人工呼吸機で息をするのは難しいなぁと思った瞬間、痰が喉に詰まる感じがした。そして「苦しい。息ができない。」。一気にパニックになった。ナースコールは見当たらないし、体を動かすことも出来ない。とっさに左足を上げベッドに打ち付けて看護師さんを振り向かせた。「痰で、、、息ができない。」そう伝えると看護師さんはすぐに専用の吸引チューブを喉に入れて痰を吸い出してくれた…

  • 大動脈解離 B型 ⑫人生3回目の大動脈手術(胸腹部大動脈置換)

    手術に向かう心意気 自身3回目となる今回の大動脈手術は、胸腹部大動脈を人工血管に置換する手術だ。大動脈の横隔膜あたりから股の付け根までに伸びる範囲で、わかりやすく外から表現するとみぞおちの少し上辺りから股までのざっと40cmくらいの大動脈を人工血管に換えることになる。 今回は大動脈の直ぐ近くに存在する脊椎とその神経近くを手術するため、脚や下半身の麻痺が後遺症として起きやすいと手術前説明で聞いていた。ただしリスクは承知だ。抱えている大動脈瘤が一度破裂してしまったら助かる可能性は少ない。このまま血圧コントロールだけの保存治療を続けて生きていくのも辛い。ここはドクターを信頼して、リスクより将来の希望…

  • 大動脈解離 B型 ⑪検査入院と脊髄ドレナージ(胸腹部大動脈置換)

    検査入院(初めてのMRIと心臓カテーテル検査) 手術に向け、3月中旬の週末に2泊3日の検査入院をした。検査入院では、1日目に単純(造影剤を使わない)MRI検査と、2日目に心臓カテーテル検査と手術説明を予定していた。MRI、心臓カテーテル共に今まで経験したことのない検査だったので緊張していた。 MRIは、基本的には今まで数えきれないほど経験してきたCTと変わらず単に横になっているだけで終わる検査だった。違いといえば、MRIの方が機械がうるさいのと検査時間が長いことぐらいだ(これは検査機の原理として放射線を使うか、磁波を使うかの違いによる)。今回は手術前に脊髄ドレナージを予定しているため、脊髄の状…

  • 大動脈解離 B型 ⑩3回目の大動脈手術の決定(胸腹部大動脈置換)

    残存し続ける大動脈解離(解離性大動脈瘤)の心配 2017年7月に発症した大動脈解離から2年半が経過した2019年10月末、東京の病院で半年に一度の定期CT検査を受けた。結果は、腹部の大動脈瘤の最大直径 45mm。拡張ペースとマルファン症候群という事を考えれば手術の選択肢を考えてもいい頃だが、「もう少し様子を見ましょう。」とドクターから判断を受けた。胸部大動脈手術を成功してくれ(その時の記録は→コチラ)、いつも親身に話を聞いてくれ、とても頼りになるドクターの判断ではあったが、その時は正直「まだ手術できないのか。」と少しガッカリした気持ちを覚えている。 2年半前に発症した大動脈解離に対する手術とし…

  • 良き患者であるススメ ④信頼するドクター、病院を見つけて不安に打ち勝つ

    これから手術や入院、通院があり得る方へ、経験談を交えていまの段階からできることのおススメを紹介する「良き患者であるススメ」シリーズ。今回は「信頼するドクター、病院を見つけて不安に打ち勝つ」について紹介します。(「良き患者であるススメ」は過去の記事を含め下記カテゴリーにまとめています) mrandmrsyaman.com 不安を乗り越える信頼のパワー これまでの36年の人生において、メスを体に入れるいわゆる外科手術は、ざっと思い出しても10回以上はある(その他の治療で手術室に昇ったこと、入院した経験はそれ以上で思い出しきれない)。手術は全身麻酔で心臓を止める大動脈の手術から、局所麻酔でドクターと…

  • ブログ再開!

    ブログ更新できていなかったこの2か月半 2020年4月に3度目の大動脈手術からの退院に合わせて始めたブログも、一か月半の療養期間を終えて仕事復帰した5月末から暫らく更新が途絶えていました。 他の方の闘病ブログを拝見する中で、たまに途中から更新がなくなったブログを見ることがあります。そんな時は「ブログ主は病状が悪くなったのかな、それとも良くなって綴ることが無くなったのかな。」なんて心配になることもありますが、私の場合は、どちらでもなく単に仕事が再開して余裕がなくなり更新できていませんでした。 病状はというと、順調に回復できている部分もあった一方で、この5月末から8月までの僅か2か月半の間に再入院…

  • 大動脈解離 B型 ⑨3回目の大動脈手術(胸腹部大動脈置換)までの2年半

    2003年、19歳のときに初めての大動脈解離と緊急手術を経験した。そして、それから14年後の33歳で2回目の大動脈解離を発症し、入院と自宅療養による保存治療、2回目の大動脈手術も経験した。 *初めての大動脈解離にあたる大動脈解離スタンフォードA型の発症から手術(大動脈基部置換)、入院、退院、日常生活に戻る軌跡ついては下記カテゴリーにまとめています。 mrandmrsyaman.com 初めての大動脈解離発症から社会生活への復帰と、2回目の大動脈解離の発症から社会生活への復帰にはいくつかの違いがあった。 一つ目の明らかな違いは、年齢と社会での立場である。初めての大動脈解離の時は19歳と体力があっ…

  • 良き患者であるススメ ③せん妄を理解する(ICUの期間をより負担なく乗り切る)

    これから手術や入院、通院があり得る方へ、経験談を交えていまの段階からできることのおススメを紹介する「良き患者のススメ」シリーズ。今回は「せん妄」について自身の経験も踏まえて、せん妄を事前に理解してICU滞在期間を少しでも負担を少なくして乗り切るススメを紹介します。(過去の記事を含め下記カテゴリーにまとめています) mrandmrsyaman.com 皆さんは「せん妄」もしくは「ICU症候群(シンドローム)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。私は2回目の大動脈解離後のICUで精神科医のから聞くまで、せん妄について聞いたことも、知っていることも全く無かった。ドクターが説明してくれた資料をもとに…

  • メキシコ旅行 (大動脈解離B型 手術後初の家族旅行 & 旅行準備)

    2017年秋に大動脈解離B型(遠位弓部から下に20cm位の大動脈解離)の治療として遠位弓部下降大動脈の手術を受け、人工血管に置換した。その手術は解離した大動脈の3分の1ほどを人工血管に置換するもので、メキシコへの旅行を考え始めた2019年の秋(前回の手術から2年後)の段階では、まだ残り3分の2の部分(みぞおちから股辺りにかけて)は解離性大動脈瘤として残存していた。 解離性大動脈瘤は言ってしまえば、内膜、中膜、外膜の3枚で構成されている血管の壁が裂けて、外膜一枚だけで血管(大動脈)が強い血流・血圧に耐えている状態だ。一度外膜までも裂けてしまえば、それは大動脈破裂となり命が助かる可能性は少ない。 …

  • スリランカ旅行 (大動脈解離後 初めての海外旅行& 渡航準備記録)

    2003年、大学2年生の冬に初めて経験した大動脈解離は私の人生観を大きく変えた。手術は心臓を止めて体温を17℃まで下げる内容だったし、自身の遺伝性の難病により健常者より寿命は長くないことを知った。また一方で、大病から生き延びることのできた幸運に感謝した。 人生は限りがある一方で、可能性に溢れている。だけれども、その可能性にチャレンジ出来るタイミングや選択肢というものは、健康面での理由や様々な状況で少なくなってしまうことがある。だからこそ、その時その時の今ある可能性と選択肢を大切にして、人生を幸せなものにしたいと考えるようになった。そして当時大学生で海外に興味があった私は、”世界をもっと見たい、…

  • 良き患者であるススメ 【番外編】お見舞いのススメ②

    番外編ではお見舞いを考えている家族や友人、知人へのお見舞いに関するおススメを紹介している (先回の記事①は→コチラ) 今回は「お見舞いを考えているけど、何か持っていった方が良いのかな?」と思っている方に、今まで私が幼少期から社会人までのそれぞれのステージで入院時に頂いたものを振り返りながらおススメを紹介する。患者さんそれぞれの性格、好みなどによって正解はないが、参考にしてもらえたら有難い。 お見舞の持参品と心づかい 入院患者としては、友人や会社の知り合いなどがお見舞いにくる時は、「何か持っていった方がいい?」と聞かれれば「何もいらないよ。」と応えることが多いだろう。とはいえ、やはりプレゼントは…

  • 良き患者であるススメ 【番外編】お見舞いのススメ①

    入院の記録 (→コチラ) でも触れたが、手術・入院している時に家族や友人、知人、誰であってもお見舞いに来てくれるのは嬉しいことだ。 ICUにいる時や、一般病棟に移って間も無くの時は、辛い気持ちが本当に和らぐし、いつもより長く感じる1分1秒が早く過ぎていく。また、一般病棟に移り、しばらくして体が自由に動かせる様になった後のお見舞いは、少しでも元気になった自分を伝えることができるようになる。何より、お見舞いに来てくれた人が気にかけてくれていたこと自体が嬉しく、以前の入院前の友人、知人との生活を思い出し、“退院に向けて頑張ろう。”という気力を貰える。 もし大切な家族、大好きな友人、知人、先輩、後輩に…

  • 良き患者であるススメ ②採血のベストスポットを伝える(看護師さんとWin-Winになる)

    大動脈解離を経験して、そして大動脈弁を含む大動脈基部を人工弁と人工血管に替える手術を受けてから、頻度が増えたことがある。採血だ。採血であったり点滴をするときは静脈に針をチクリとするのだが、頻度が増えた分、痛かったり、辛い思いをした経験も増えた。 今まで何回、採血や点滴のために、この ”静脈へ針をチクリ“ を経験してきたのか、ちょっと計算してみた。 もし健常者であれば、採血の機会といえば、せいぜい健康診断の時で、年に一回。体調を崩して点滴をする機会があったとしても、 ”静脈への針をチクリ“ の機会は平均して年1、2回といったところだろうか。一方、19歳から36歳までの間に2回の大動脈解離と3回の…

  • 良き患者であるススメ ①禁煙(術後の辛さから自分を守る)

    2020年現在までに、肋骨の切断を含む大動脈の手術を3度経験したが、手術後はとにかく咳をすることが恐ろしい。特にICUにいる間や一般病棟に移って間もなく、十分な体勢で咳ができないうちは全身に激痛が走り、痛い。 咳をするときは、両腕を手前にクロスし、軽く丸まって屈み込む様な姿勢を取れば少しは楽になるが、その体勢を取れる様になるのは回復が進んだ段階だ。 そして、咳の原因となるのは”痰“ である。 手術後数日は水分を口にすることに制限があるし、鼻に繋がる酸素チューブが付いていて痰が溜まりやすい。また、人工呼吸器をつけていると喉元を刺激するので余計に痰が出る。3回目の手術の後、意識が戻ったときには人工…

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、Mr.&Mrs. やーまんさんをフォローしませんか?

ハンドル名
Mr.&Mrs. やーまんさん
ブログタイトル
傷だらけ父さんのHappy Life Journey -マルファン症候群と共に生きる-
フォロー
傷だらけ父さんのHappy Life Journey -マルファン症候群と共に生きる-

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用