小田急グループを中心にスポットを当て、毎日17時に記事を更新するブログメディア。 車両等の鉄道ファン向けの話題だけではなく、施設や歴史にもスポットを当て、小田急沿線にお住まいの皆さまもお楽しみいただける記事を書くように心がけています。
|
https://x.com/odapedia |
---|---|
![]() |
https://www.instagram.com/odapedia |
![]() YouTube |
https://www.youtube.com/@odapedia |
小田急が車内の路線図を頻繁に交換するようになった理由を考える
小田急の通勤型車両には、車内に「停車駅のご案内」と書かれた路線図が掲出されています。ダイヤ改正等で停車駅に変化があった場合等は、交換されて最新の状態が保たれており、異なるものがそのままとなることはありません。近年は停車駅の変化が多く、その度に路線図を交換
小田急の各形式が誕生したきっかけ 固定編成化を推進するはずだった2000形編
何らかのきっかけがあり、必要なタイミングで誕生する新型車両。小田急の場合は、5年から10年以内に新形式が誕生することが多い印象で、現在は5000形が最新型となっています。各形式が誕生したきっかけについてまとめていくシリーズですが、今回は2000形編です。色々と歯車が
小田急8000形の廃車が進まなくなったのは何を意味しているのか
最盛期の半分に減少しつつ、車齢が40年を超えても活躍を続ける小田急の8000形。西武に譲渡されるといった動きもある中、最近は廃車が進まなくなっており、陣容に変化がない状況が続いています。そんな中、今後の動向が注目されていた8064Fが重要部検査を行い、近々における廃
1960年に営業運転を開始し、小田急に本格的な高性能車の時代をもたらした2400形。小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。2455Fの概要2400形の1次車として1960年に竣功した編成で、同日には2453Fと2457Fも竣功しています。川崎車輛で製造
小田急の新宿駅地上ホームに降り注ぐ太陽の光 進む天井部分の解体状況
解体工事が着々と進められ、毎日どこかが変化しているような状況となっている小田急の新宿駅。西口の改札側から行われてきた解体工事は、地上ホーム側に及びつつあります。そんな中、地上ホームに大きな動きがあったとのことで、通勤時に早速見てきました。地上ホームに降り
快速急行の現在地は 小田急に速達種別が登場したあの日からの歴史を振り返る
ロマンスカーを除いた場合、小田急で最上位の優等列車となる快速急行。混雑が集中するという課題は抱えつつも、利用者が積極的に選択する列車種別となっており、小田急沿線ではおなじみの存在となっています。そんな快速急行について、登場した日から今日までの動きを振り返
前面に展望席を設けた車両を走らせているとして、全国的にも有名になった小田急のロマンスカー。現在は70000形(GSE)の2編成のみとなってしまいましたが、将来的には再度増加に転じる可能性もありそうです。そんなロマンスカーですが、連接車であるという伝統もありました。
東京メトロ6000系の車両更新で生じた方針の大転換を振り返る
長く千代田線を代表する車両として活躍し、2018年に現役を引退した東京メトロの6000系。左右非対称の前面デザインが特徴で、6000系の登場は各方面に影響を与えたといわれています。そんな6000系ですが、大規模な車両更新を多数の編成が受けながらも、一部は未施工で廃車とな
小田急の愛甲石田駅はどのようにして現在の橋上駅舎になったのか
本厚木駅と伊勢原駅に挟まれ、駅自体も厚木市と伊勢原市の市境にある小田急の愛甲石田駅。特急以外は通過運転をしない区間にあり、快速急行以下の全列車種別が停車します。愛甲石田駅は1987年に橋上駅舎が完成し、現在の姿となっていますが、どのような流れだったのでしょう
小田急の本線として、1927年4月1日に全線が一気に開業した小田原線。立体化により数は減っていますが、小田原線には今も多くの踏切が残っており、小田急小田原線全踏切ガイドでは、それらの各踏切について特徴やデータをまとめています。足柄5号踏切の概要やや小田原寄りにあ
小田急の各形式が誕生したきっかけ 突然登場した印象が強い4000形編
新形式が誕生する際には、何らかのきっかけとなるできごとがひそんでいることが多いといえます。小田急においては、乗り入れ先が関係して新形式となることもあり、特有の要素が盛り込まれるケースもありました。シリーズでまとめていく各形式が誕生したきっかけですが、今回
箱根登山電車の旧型車はなぜ同じような車両なのに3形式に分かれているのか
残るは3両のみとなりながら、クラシックな外見で観光客を魅了する箱根登山電車の旧型車。かつての小田急ロマンスカーに準じたカラーリングを維持しつつ、新しい車両たちとともに活躍を続けています。そんな旧型車ですが、同じような車両にもかかわらず3形式に分かれています
大手私鉄同士における異例の車両譲渡となり、西武を走ることになった小田急の車両。形式は8000形から8000系に変更され、比較的原形を保った姿で活躍を続けることとなりました。西武には東急からも譲渡が予定されているため、過去に例がないほどの大量譲渡事例になるものと思
従来の車両とは設計方針を大きく変更し、2002年に営業運転を開始した小田急3000形。小田急3000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。3273Fの概要2005年度の後半に登場した編成で、前半に増備された3272Fからは半年以上が経過していました。製造区
リニューアル後の小田急8000形は外見の違いでどんなグループに分かれるのか
最盛期から半減しつつも、各駅停車から快速急行までの各種別で幅広く運用され、全線で元気に走り回っている小田急の8000形。160両全車がリニューアルされましたが、施工が長期に渡ったこともあり、その過程で多くのバリエーションが生まれました。数編成単位でさえ差がある80
小田急の新宿駅西口から近い閉鎖されたタクシー乗り場付近のその後
再開発に伴う工事が行われていることで、日々様々な場所が変化している新宿駅西口付近。通る度にどこかが変わっているような状態となっており、全てを把握するのが困難なほどです。そんな中、少し前に閉鎖されたタクシー乗り場付近において、変化がありました。鉄骨が組まれ
小田急の新百合ヶ丘駅北口にある狭い駅前広場に拡張余地はあるのか
川崎市の北部副都心に位置付けられ、小田原線から多摩線が分岐する小田急の新百合ヶ丘駅。将来的には横浜市営地下鉄の乗り入れが計画されており、実現すればさらに発展することが見込まれます。新百合ヶ丘駅には北口と南口が存在しますが、前者には駅前広場が狭いという課題
1972年に営業運転を開始した小田急9000形。小田急9000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。9010Fの概要4両の最終編成として、1972年の終わりに9010Fは登場しました。9009Fとは製造所や竣功日が同じで、まるで兄弟のような編成でしたが、その後の
小田急の向ヶ丘遊園駅で建設中の歩道橋は複々線に対応できるのか
建設中の歩道橋が徐々に姿を現し、登戸1号踏切の廃止が近付きつつあることを実感する向ヶ丘遊園駅。小田急は代々木上原駅から複々線となり、登戸駅で終わっている状態ですが、向ヶ丘遊園駅までは上り線のみが緩行線と急行線に分かれ、暫定的に3線となっています。歩道橋は3線
共演する期間が短かった小田急ロマンスカーはどれぐらいあるのか
世代交代を繰り返し、今日までの長い歴史を築き上げてきた小田急のロマンスカー。新型車両の登場は嬉しい反面、それは引退する車両があることも意味し、表裏一体の関係にあるといえます。現在までに様々なロマンスカーが登場してきましたが、共演する期間が短かった車両につ
小田急で快速急行の後を走る急行に乗るとどれぐらい到着時間が変わるのか
小田急の現行ダイヤでは、快速急行を中心としつつ、急行が補完するように優等列車が走っています。停車駅が少なく、所要時間が短い快速急行に利用者が集中する傾向があり、近年における課題の一つといえるでしょう。所要時間の差は、新宿駅から新百合ヶ丘駅間において生じま
小田急百貨店新宿店本館の跡地に幻となった営団のSマークが出現中
大手私鉄として、東京都やその周辺地域に地下鉄網を広げている東京メトロ。元々は帝都高速度交通営団という特殊法人で、営団地下鉄と呼ばれて親しまれていましたが、2004年に民営化されたことで、東京地下鉄(愛称は東京メトロ)が誕生しました。2024年に株式を上場し、営団
千代田線や御殿場線にも乗り入れる車両として、2008年に営業運転を開始した小田急60000形(MSE)。小田急60000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。60252Fの概要MSEの1次車として2007年度に竣功し、6両編成としては2本目となりました。営業運転の
いつから使われていたのか 小田急の町田駅に残る懐かしい旧デザインのロゴ
2008年に制定され、現在は各所に掲出されている小田急のブランドマーク。制定以前にもある程度統一されたロゴ等はありましたが、今ほどの規模では使用されていませんでした。ブランドマークが使われ始めてから17年が経過し、昔のロゴを見ることはかなり少なくなりましたが、
小田急の運転士が着用する軍手が手袋に変わったのはいつだったのか
近年は夏季の脱帽等が動きとして広がっていますが、鉄道の乗務員といえば制服を着た姿を思い浮かべるものでしょう。制服に加え、白い手袋をした姿も定番であり、小田急の乗務員についても当然そのような姿となっています。そんな手袋ですが、以前は運転士が軍手を着用して乗
貴重な駅舎の前にも変化あり 小田急の向ヶ丘遊園駅北口で進むロータリーの整備はどんな状況なのか
北口側でロータリーの整備が進められ、一昔前とは全く違う風景となってきた小田急の向ヶ丘遊園駅。複々線化という面では中途半端な状態が続いていますが、駅周辺の整備は完成形へと近付きつつあります。2024年末の時点で、広場としては仕上がりつつある状況でしたが、半年ほ
小田急の各形式が誕生したきっかけ 中型車と非冷房車を一掃した8000形編
一つに絞れないことは多いものの、新形式が造られる際には、何らかのきっかけがあります。小田急の車両についても同様であり、これまでに多くの形式が誕生してきました。各形式が誕生したきっかけについて、今後シリーズ化して書いていく予定ですが、初回は通勤型車両の現役
1960年に営業運転を開始し、小田急に本格的な高性能車の時代をもたらした2400形。小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。2489Fの概要1962年度に登場した編成で、2400形としては比較的後期の増備車です。番号はまだ2400番台に収まっていま
線路上に架橋完了 小田急の向ヶ丘遊園駅付近に設置される歩道橋の現状
登戸1号踏切の廃止に向けて、向ヶ丘遊園駅の近くでは歩道橋の整備が進められています。完成まで1年を切っていることもあり、工事もかなり本格化してきた印象です。そんな中、小田急の線路上に架橋が行われ、風景が大きく変わったことから、最新の状況を見てきました。登戸1号
新宿駅西口にある小田急バスの乗り場が2025年6月21日に場所を変更予定
小田急の起点でありながら、自社の路線バスをほとんど見ることができない新宿駅。まもなく路線の廃止が行われるため、今後はますます見かける機会がなくなることになります。そんな大きな動きを控える中、バスの乗り場がまもなく変更される予定です。小田急バスの乗り場が変
4桁か5桁を基本に形式を定め、編成内の位置関係等で車両ごとに番号を振っている小田急。法則を理解すると、両数や編成内での位置が分かるようになっており、比較的規則性が保たれています。そんな小田急の車両番号ですが、現在走っている車両において、法則はどのようになっ
小田急の本線として、1927年4月1日に全線が一気に開業した小田原線。立体化により数は減っていますが、小田原線には今も多くの踏切が残っており、小田急小田原線全踏切ガイドでは、それらの各踏切について特徴やデータをまとめています。相模大野2号踏切の概要相模大野駅を小
増える首都圏の直通運転 小田急が新たに行えそうな路線を妄想する
代々木上原駅を介して、東京メトロやJR東日本と相互直通運転を行っている小田急。また、グループ会社の箱根登山線や、JR東海に対しては、小田急からの片乗り入れを行っています。近年の首都圏は新たな直通運転の開始が続き、先日は西武とJR東日本の武蔵野線が検討中という、
時代に翻弄された小田急ロマンスカー 塗装を戻してまで長く使われたLSE編
形式によって明暗が分かれがちで、短命に終わってしまう車両も多い小田急のロマンスカー。強い個性を打ち出した車両ほど、その後の時代の流れに翻弄されてしまう面もあるように思います。シリーズ化している時代に翻弄されたロマンスカーですが、今回は7000形(LSE)を取り上
小田急30000形(EXE)のLED表示器がフルカラー化された理由を考える
20両だけが未更新のEXEとして残り、2028年度に登場予定の新型ロマンスカーに置き換えられることが想定される小田急30000形。リニューアルによってEXEαとなった編成とは異なり、登場時からのカラーリングを維持する各編成は、貴重な存在となっています。このまま廃車まで使わ
小田急に生まれた二つの生田駅 きっかけとなった生田村はどれぐらいの広さだったのか
開業時からの駅名を改称し、現在は生田と読売ランド前となった両駅。小田急が開業した際の駅名は、東生田と西生田でしたが、1964年に現在の駅名となりました。元々は一つの予定だった生田駅は、紛争を解決するために二つとされましたが、舞台となった生田村はどれぐらいの広
相模大野から分岐し、藤沢を経て片瀬江ノ島までを結ぶ小田急の江ノ島線。高架化や地下化が行われた場所は少なく、現在も多くの踏切が残っており、小田急江ノ島線全踏切ガイドでは、それらの各踏切について特徴やデータをまとめています。相模大野6号踏切の概要東林間駅の相模
約40年前の小田急は新宿寄りの日中をどんなダイヤで運行していたのか
郊外の利用者が増加し、各駅停車に8両や10両を走らせるようになった小田急は、優等列車を中心としたダイヤを組むようになりました。昔は各駅停車を多く走らせていましたが、そんな時代は遠い記憶となりつつあります。昔のダイヤは実際にどんなものだったのか、約40年前となる
期待膨らむ新型ロマンスカー 小田急は観光需要の取り込みを強化へ
2025年度の鉄道事業設備投資計画が話題になった裏で、小田急は2026年度にかけての中期経営計画も発表しています。そのお知らせを読み進めていくと、観光需要の取り込みが重点施策に据えられており、日常の輸送を重視していた方向性に変化があることを予感させました。2028年
2026年3月から箱根登山線内で開始されるワンマン運転には、小田急の1000形が使用されます。未更新車は引退し、リニューアルを済ませた4両編成が現在は使われていますが、これらの編成をワンマン運転に向けて改造中です。ワンマン運転の開始まで1年を切りましたが、1000形の改
従来の車両とは設計方針を大きく変更し、2002年に営業運転を開始した小田急3000形。小田急3000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。3664Fの概要2005年度の最終日に竣功した編成で、8両固定編成としては最終グループにあたります。3月31日の竣功は
1927年に本線格の小田原線が開業して以降、数々の車両をデビューさせてきた小田急。現在も5000形による8000形の置き換えが続いており、通勤型車両がステンレスの車体に統一される日は遠くなさそうです。100年近い歴史を持つ小田急ですが、歴代の各形式はいつデビューしたので
コロナ禍の2021年にオープンし、歴代の貴重な車両が展示されているロマンスカーミュージアム。小田急版の鉄道博物館として海老名駅に造られ、鉄道ファンから子供まで、多くの方々が訪れる施設となりました。そんなロマンスカーミュージアムですが、Googleで検索すると、「つ
箱根登山電車初の冷房車として、1989年に登場した2000形。登場時は小田急の10000形(HiSE)に準じたカラーリングでしたが、何度かの変更を行いつつ、現在の標準はアレグラ号と同様になっています。そんな2000形ですが、意外にも他の車両から台車を流用した編成が存在します。
1960年に営業運転を開始し、小田急に本格的な高性能車の時代をもたらした2400形。小田急2400形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。2451Fの概要ABFM車に続く高性能車として、1959年の終わりに2400形が登場しました。その第1編成が2451Fで、年が明け
解体が近付く小田急の新宿ミロード 屋上にはタワークレーンが出現
超高層ビルの建設を中心とした再開発により、日々風景が変化している小田急の新宿駅。工事の範囲は西口から南口へと拡大し、新たな局面を迎えようとしています。2025年3月16日には新宿ミロードが閉店しましたが、その後の状況はどうなっているのでしょうか。屋上に出現したタ
小田急の栗平駅に待避線を設ける場合の配置はどうなる想定だったのか
神奈川県内にある多摩線の駅において、唯一優等列車の停車駅とされてきた小田急の栗平駅。2025年のダイヤ改正以降は、多摩線内の全駅が急行停車駅とされましたが、快速急行や通勤急行は他の駅を通過するため、一部の優位性は維持されています。そんな栗平駅ですが、元々は待
小田急の車両が2026年3月から開始する箱根登山線のワンマン運転はどのようなものになるのか
小田原駅から強羅駅を結びつつも、箱根湯本駅を境に運転系統を分離している箱根登山線。比較的勾配等がゆるやかな小田原駅から箱根湯本駅間は、小田急の延長区間のようになっており、線内の折り返し運転には1000形が使用されています。6.1kmの区間内を行ったり来たりする1000
小田急8000形の10両における現在の編成ペアはどうなっているのか
最盛期の半分にまで減少しつつも、まだ最前線での活躍が続いている小田急の8000形。西武に譲渡された編成が営業運転を開始する日も迫り、まだまだ元気に活躍する姿が見られそうです。そんな8000形ですが、4両と6両を繋いだ10両編成での運用が基本となっています。一部の編成
千代田線や御殿場線にも乗り入れる車両として、2008年に営業運転を開始した小田急60000形(MSE)。小田急60000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。60255Fの概要MSEの最終増備グループとして、60255Fは2015年に登場しました。営業運転の開始は201
小田急が新宿寄りの区間で行う予定のワンマン運転はどんなスタートが考えられるのか
中期経営計画内において、新宿駅から向ヶ丘遊園駅間でのワンマン運転に言及した小田急。2030年頃に試験運用を開始すると記されており、そう遠くない未来での開始が想定されています。小田急初の都市型ワンマン運転となることが想定されますが、どのようなスタートになるので
全線に渡ってロングレール化され、騒音や振動が少ない路線となっている小田急。乗車すると、レールの継ぎ目を通過する音はほとんどなく、鉄道が好きな身からすると少し物足りないと感じるほどです。そんな小田急のロングレール化ですが、完了したのはいつのことだったのでし
小田急の小田原線における終点であり、ロマンスカー以外のほぼ全ての列車が折り返す小田原駅。2面3線のホーム配置となっており、外側の2線が箱根登山線と繋がっています。駅構内が広くはない小田原駅ですが、合計3本の留置線が設けられており、車両が一時的に入線する光景が
小田急の本線として、1927年4月1日に全線が一気に開業した小田原線。立体化により数は減っていますが、小田原線には今も多くの踏切が残っており、小田急小田原線全踏切ガイドでは、それらの各踏切について特徴やデータをまとめています。参宮橋4号踏切の概要参宮橋駅と代々木
時代に翻弄された小田急ロマンスカー 長年に渡って最新型として活躍したNSE編
世の中に衝撃を与えた3000形(SE)の登場から70年近くが経ち、様々な車両が小田急ロマンスカーの歴史を彩ってきました。今までに登場した車両には、それぞれに違ったコンセプトが存在しますが、時代の変化はいつも激しく、多かれ少なかれそういった面に翻弄されています。時
タクシー乗り場の閉鎖によって小田急の新宿駅からの導線に変化はあったのか
2025年4月19日に閉鎖され、付近に変化があった新宿駅西口地下前タクシー乗り場(京王口)。タクシー乗り場自体は近くにもあるため、閉鎖による直接的な影響はほぼありませんが、導線については変化しています。少し時間が経ってしまいましたが、小田急の駅から歩く際にも使う
小田急のホームドア設置駅は2028年度末時点でどうなる見込みなのか
鉄道駅バリアフリー料金制度を活用し、急ピッチでホームドアの整備を進めている小田急。2025年度は5駅で使用を開始する予定で、東京都区部を中心に設置駅は拡大を続けています。発表された2025年度の鉄道事業設備投資計画において、2028年度までの整備計画も明らかになりまし
1995年に営業運転を開始した小田急2000形。小田急2000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。2058Fの概要2000形の3次車として、2058Fは2000年度の終わりに竣功した編成です。続く2059Fは同じ3次車ながら2001年度の竣功で、年度を跨がっての増備でし
謎の機器も大活躍中 小田急の新宿駅特急用ホームの近況はどうなっているのか
朝から晩まで多くのロマンスカーが発着し、見ているだけで楽しい新宿駅の特急用ホーム。大規模な工事を行っている関係で、現在は雑然とした状況になっていますが、やがて新たな風景へと変わっていくこととなります。特徴的な窓はほとんど見えなくなってしまいましたが、特急
小田急3000形のリニューアルが2025年度は2本だけなのは何を意味するのか
2022年度からリニューアルが始まり、済んだ編成を見かける機会が増えてきた小田急の3000形。引き続き2025年度も6両編成のリニューアルが行われますが、対象となるのは2編成であることが発表されました。例年よりもリニューアルが行われる編成数が少なくなっていますが、この
小田急の海老名検車区内に眠る車両たち 将来的な活用方法を考える
新宿駅から40km以上も離れていながら、著しい発展が続く海老名駅。小田急の海老名検車区やロマンスカーミュージアムがあり、車両ファンにとっては聖地のような場所となっています。そんな海老名には、非公開ながら保存されている車両があり、海老名検車区内にある保存庫の中
実現に向けて前進中か LUNA SEAの接近メロディーが要望される小田急の秦野駅
曲線部分から繋がる待避線を備え、一部のロマンスカーも停車する小田急の秦野駅。1996年に完成した橋上駅舎はデザイン性が高く、グッドデザイン賞にも選定されています。そんな秦野駅ですが、秦野市の市制70周年に合わせ、地元にゆかりのあるLUNA SEAの楽曲を、接近メロディ
2025年度に増備される小田急5000形が1編成だけなのは何を意味するのか
どんな内容になるのか、毎年楽しみに待っている小田急の鉄道事業設備投資計画ですが、2025年度は5月13日の発表となりました。予想外といった内容は含まれていませんでしたが、今後細かい部分をピックアップし、内容を深読みしていきたいと思います。早速ですが、まずは車両の
1969年に営業運転を開始し、4両と6両の編成が登場した小田急5000形。小田急5000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。5255Fの概要6両編成の3次車として登場した編成で、急行の10両化が進みつつある頃でした。5255Fの最大の特徴ともいえるのが、編
小田急の向ヶ丘遊園モノレール線が存在した証 廃線跡には何が残っているのか
遊園地への入園客を輸送することを主目的として、向ヶ丘遊園駅から向ヶ丘遊園正門駅までを結んでいたモノレール線。小田急が運行した唯一のモノレールですが、車両の老朽化をきっかけに廃線となり、後を追うように遊園地の向ヶ丘遊園も閉園してしまいました。廃線後に橋脚等
駅のホーム等にあることが当たり前で、利用者にも親しまれてきた時刻表。スマートフォンの普及により、撤去する鉄道会社も増えてきましたが、小田急は今も駅構内の時刻表を残しています。現在の時刻表は床面に設置され、人の目線の高さに合うようになっていますが、かつては
小田急の総合車両所が建設される予定となり、今後田園風景に変化が生じる見込みの伊勢原市内。線路脇に田畑が残る貴重なエリアでしたが、工事が始まればそういった風景は過去のものとなりそうです。そんな伊勢原市内には、隣接して設けられた兄弟のような踏切があります。距
複々線の終点となっている小田急の登戸駅 仮の状態が続く小田原方の現在
複々線化時に駅が一新されながらも、用地取得の関係で、一部が暫定的な状態となっている小田急の登戸駅。少々強引に2面4線とした経緯があり、下り線のホームはかなり狭い部分が今も残っています。現在も仮の状態が残っている小田原方部分について、現在の状況を外から確認し
小田急の新宿駅ではなぜ快速急行が5番ホームで急行が4番ホームから発車するのか
優等列車が発車し、朝から晩まで電車が途切れない新宿駅の地上ホーム。小田急の象徴でもあるロマンスカーは主に2番ホームを使用し、快速急行と急行は4番ホームと5番ホームを使っています。全ての列車ではありませんが、快速急行は多くが5番ホーム、急行は4番ホームに振り分け
小田急の本線として、1927年4月1日に全線が一気に開業した小田原線。小田原線内にある魅力的な駅の数々について、小田急小田原線全駅ガイドでは、駅ごとの特徴やデータをまとめています。螢田駅の概要戦後に開設された駅で、周辺がほたるの名所であることから、この駅名とな
時代に翻弄された小田急ロマンスカー 自慢のハイデッカーが致命傷になったHiSE編
小田急といえばロマンスカーというぐらい、その名称は全国的にも有名な存在です。これまでに多くの車両がデビューし、役目を終えて引退してきましたが、攻めた設計をすることも多いためか、時代に翻弄される車両が多い印象です。形式ごとにそんな要素を振り返っていく企画で
急行の全駅停車化で小田急の多摩線を走る各列車種別の本数はどう変化したのか
全ての駅に急行が停車するようになり、ダイヤ改正の前後で大きく変化した小田急の多摩線。日中は急行しか走っていない時間もあり、線内を折り返し運転する各駅停車は、すっかり脇役になった印象です。そんな多摩線ですが、ダイヤ改正を境に各列車種別の本数はどう変化したの
PUDOステーションが設置されている小田急の駅はどれぐらいあるのか
駅やコンビニ等に設置され、宅急便の受け取りや発送ができるPUDOステーション。ヤマト運輸が出資するPackcity Japanによって運営され、街中でもおなじみの存在となってきました。小田急の駅でも見かけるPUDOステーションですが、どれぐらいの設置数となっているのでしょうか
従来の車両とは設計方針を大きく変更し、2002年に営業運転を開始した小田急3000形。小田急3000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。3092Fの概要2010年度の終わりに10両化された編成で、元々は6両の3281Fとして登場しました。中間車を4両新造し、6
最盛期より勢力が半減しつつも、まだ多くの編成が現役で活躍する小田急の8000形。西武への譲渡等が始まっていますが、廃車のペースは以前よりも明らかに落ちています。譲渡が決まっていることから、6両編成の廃車は断続的に続くとみられますが、見通せないのが4両編成です。3
小田急が制帽の着用省略時期を拡大 1年の半分以上は脱帽が可能な運用に
気候変動の影響により、春と秋がほとんどないような状態となり、夏の猛暑は年々激しさを増しています。鉄道業界においても、各社で夏の暑さへの対応が行われていますが、小田急は2024年に引き続き制帽の省略を行うと発表がありました。2025年は省略期間が拡大され、本格的な
小田急の海老名駅ではどこにロマンスカーの姿をした自動販売機が設置されているのか
小田急の本社機能が置かれ、相鉄やJR東日本の相模線も乗り入れている海老名駅。ロマンスカーミュージアムがオープンしたことで、小田急ファンにとっては聖地と表現してもよい地域となりました。そんな海老名駅ですが、ロマンスカーの姿をした自動販売機が多く設置されていま
小田急が千歳船橋駅にホームドアを設置 世田谷区内の設置計画はどうなっているのか
駅名を省略した「ちとふな」の呼び方で親しまれ、全線の中でも利用者が多い小田急の千歳船橋駅。2018年からは準急の停車駅となり、新宿に近い人気の住宅地となっています。千歳船橋駅では、ホームドアを設置するための工事が進められていましたが、4月中に上下線の両方に設置
小田急の本線として、1927年4月1日に全線が一気に開業した小田原線。立体化により数は減っていますが、小田原線には今も多くの踏切が残っており、小田急小田原線全踏切ガイドでは、それらの各踏切について特徴やデータをまとめています。生田3号踏切の概要読売ランド前駅寄り
上部は既に撤去済 小田急の新宿駅地上ホームにある放送室が解体か
南口側にも工事範囲が拡大し、目まぐるしく変化を続ける小田急の新宿駅。ホーム上に仮の上屋を組む工事が続いており、すっかり別の駅のような状態となっています。そんな新宿駅の地上ホームには、目立つ放送室が設けられていますが、解体工事に伴う動きがありました。新宿駅
江ノ電が新型車両の700形を導入へ 置き換え対象形式はどうなるのか
業界誌等において、江ノ電が新型車両の導入を計画していることが判明していましたが、4月24日に正式な発表がありました。形式は700形で、500形が登場してから20年ぶりの新車となり、1000形に代わる次世代を担う車両と位置付けられます。新型車両が登場するということは、置き
不思議な箱庭感が魅力 小田急の世田谷代田駅東口はどんな場所なのか
複々線化に合わせて地下へと移り、Silentというドラマのロケ地としても注目された世田谷代田駅。小田急の開業時からある駅ですが、複々線化によって何もかもが変わってしまいました。そんな世田谷代田駅には、メインの西口とICカード専用の東口があります。東口は遅れて開設
時代に翻弄された小田急ロマンスカー 想定を超えて使われ続けたSE編
数多くの形式がこれまでに登場し、小田急のブランド価値向上に貢献してきたロマンスカー。利用者のニーズに応えるため、攻めた設計を行うことが多いロマンスカーですが、それが起因となって時代に翻弄されることも多いといえるでしょう。どのロマンスカーにも、多かれ少なか
1969年に営業運転を開始し、4両と6両の編成が登場した小田急5000形。小田急5000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。5058Fの概要5000形の2次車として登場した編成で、5057Fとは製造所や竣功日が同じです。5058Fは非冷房車として造られましたが、5
ブルーラインの延伸計画が本格化か 小田急の新百合ヶ丘駅も今後が気になる状況に
川崎市麻生区の新百合ヶ丘駅までの延伸が計画され、現在は着工に向けた調査等が行われている横浜市営地下鉄のブルーライン。最近も地質調査が行われている現場が目撃される等、何かしらの動きはある状況となっています。2025年度においても、引き続き予算が組まれており、本
箱根登山電車らしい車両はどれかと聞かれれば、現在も一部が現役で活躍する旧型車を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。残るは3両だけとなってしまいましたが、現在も箱根湯本駅から強羅までの間を行き来しています。合計15両が製造された旧型車ですが、実際には3形
小田急の登戸駅付近にある側壁に変化 色鮮やかなウォールアートが出現
小田急の登戸駅から向ヶ丘遊園駅にかけては、高架から地上に線路が下る区間となっています。暫定的に3線となっていますが、元々は複々線化を前提とした計画で、区画整理によって用地は確保された状態となりました。カーブと勾配で構成されるこの区間ですが、線路の下にある側
小田急からも近い新宿駅西口地下前タクシー乗り場(京王口)が閉鎖に
再開発工事の進展に伴い、どんどん風景が変化している新宿駅の西口。象徴的な建物だった小田急百貨店新宿店本館は姿を消し、解体工事の範囲も広がりつつあります。そんな中、仮設の通路等に切り替えられている地下において、小田急の改札口からも近いタクシー乗り場が閉鎖さ
小田急の本線として、1927年4月1日に全線が一気に開業した小田原線。小田原線内にある魅力的な駅の数々について、小田急小田原線全駅ガイドでは、駅ごとの特徴やデータをまとめています。和泉多摩川駅の概要小田急の開業時に設けられた駅で、元々は多摩川という駅名になる予
運行を継続しながらの解体工事 小田急の新宿駅終端部にはさらに変化が
地上部分を解体する工事が進み、目まぐるしく変化する日々が続く小田急の新宿駅。終端部側から工事が本格化していますが、今後は南口側にも工事範囲が広がっていくものと思われます。そんな中、仮設の上屋が造られ、これ以上の動きはないかと思っていた終端部側について、さ
現在は5桁の番号が形式に使われ、70000形(GSE)までが登場している小田急ロマンスカー。4桁に戻る可能性は低いため、次の形式は80000形になるものと思われます。そんなロマンスカーですが、過去に形式の頭を「4」とした車両は存在しません。意図的に避けているのは想像でき
ビルの中を線路が貫き、待避線を備えた大規模なホームが設けられている小田急の町田駅。このような珍しい状態が完成したのは1976年のことで、あと数年で50年を迎えようとしつつあります。そんな町田駅ですが、何をきっかけに工事が始まり、どのようにして建設が進められたの
路面電車がルーツにない小田急 関東の私鉄ではどれぐらい珍しいのか
新宿から小田原までを一気に開業し、2年後には江ノ島線も加えたことで、多摩線を除く路線網が早々に形成された小田急線。相対式ホームを用いることで、駅の前後にカーブを設けない等、開業当初から高速運転を志向していました。他の私鉄においては、かつて併用軌道の区間があ
1995年に営業運転を開始した小田急2000形。小田急2000形全編成ガイドでは、各編成ごとの特徴やデータをまとめています。2053Fの概要2000形では唯一の存在となる2次車で、2053Fの1本だけが増備されました。1次車の登場から3年ほどが経過していますが、この時点でも2000形は3本
複数の編成を繋ぐ列車が少なくなり、先頭から最後尾までの通り抜けが可能となってきた小田急。各車両の連結部には扉が設けられ、居住性についても考慮されています。今では当たり前となった連結部の扉ですが、古い車両ではないことが当たり前の時代がありました。なぜ昔は連
小田急の江ノ島線内で最も駅間距離が短く、隣駅のホームが見えている南林間と鶴間。江ノ島線内は他の駅間が全て1km以上となっている中、小田急全線で見た場合においても、最も短い区間の一つとなっています。開業時から現在と同じ位置関係だった南林間と鶴間ですが、なぜこん
もころんの登場から見える小田急の子育て応援における本気度とは
子育て応援ポリシーを策定し、小児IC運賃一律50円化等の大胆な施策を打ち出している小田急。最近のトピックスとしては、子育て応援のマスコットキャラクターとしてもころんの登場が発表され、2023年10月7日の臨時列車でデビューを飾りました。今までこういったキャラクターを
快速急行を補完する役割を担い、全線で運行されている小田急の急行。多くの列車が10両で走りますが、運行区間が短かったり、編成が6両の列車がある等、様々なパターンが見られる列車種別となっています。そんな小田急の急行ですが、停車する駅の利用者数はどうなっているので
次世代の小田急ロマンスカーはどのような車両になると考えられるのか
前面に展望席がない車両が増加し、昔とはイメージが変化しつつある小田急のロマンスカー。箱根への観光輸送を目的として誕生したロマンスカーは、やがて日常の輸送も担うようになりました。50000形(VSE)が完全に引退する日が迫る中、気になるのは次世代を担うロマンスカー
小田急の本線として、1927年4月1日に全線が一気に開業した小田原線。小田原線内にある魅力的な駅の数々について、小田急小田原線全駅ガイドでは、駅ごとの特徴やデータをまとめています。玉川学園前駅の概要小田原線の開業から丁度2年後の1929年4月1日に設置された駅で、当初
「ブログリーダー」を活用して、ワタシダさんをフォローしませんか?