知らぬ間に宝くじが当たったようだ。きっとオンラインで買ったやつだ。大金が口座に振り込まれている。僕はその金を全部引き出し、宝くじ売り場へ向かい、そこで売られている宝くじを全部買う。そこで気づいたことがあるのだが、1億円分の宝くじの束は、1億円の札束より軽い。 ...
知らぬ間に宝くじが当たったようだ。きっとオンラインで買ったやつだ。大金が口座に振り込まれている。僕はその金を全部引き出し、宝くじ売り場へ向かい、そこで売られている宝くじを全部買う。そこで気づいたことがあるのだが、1億円分の宝くじの束は、1億円の札束より軽い。 ...
町の上空に浮かぶ雲のベッドで僕は目覚めた。寝ているうちにまた巨大化してしまったようだ。ベッドから足を下ろすとき住宅を一棟踏み潰してしまった。 いつまで寝ぼけているんだ、と町の住人から怒りの声が上がる。 ベッド下に落したティッシュの箱を取ろうとして暴れ回り、町の一区画を更地にしてしまったところで、完全に目を覚ました。 ...
東大生とは、東京大学の学生ではなくて、東京大学に連れていってくれる人のことだと、その人は主張し、5月のある日、東大を案内してくれたのだ。 東大は東京の大学というより寺院のようで、建物の中に入るとき、靴を脱がなければならなかった。 その日は休みなのか、構内に学生や教員の姿はなく、静かだった。 犬小屋があって、そこで白い犬が寝ていた。 ...
右側通行の道路、右ハンドルの日本車とすれ違った。赤いスポーツカー。運転していた女性が歩道の僕に手を振った。僕も振り返すと、それを合図に人が集まってきた。日本語が通じるか挑戦したい、という人たちだ。日本語を学んでいる学生たちだった。 ...
その家の玄関の前には大猫がいて、カメラを構えた僕が近寄ると後ずさった。そうか写真に撮られるのが嫌いなんだ。家に入るのに大猫が邪魔だった。どうすればどいてくれるだろうと思っていた。無事追い払うことができた。 ...
夕日を浴びて電車が走っている。電車には人は乗ってない。ジャガイモが積まれている。収穫したばかりのジャガイモだ。 線路はあるところで直角に曲がっている。電車はそこを上手く曲がれず、脱線してまっすぐに行ってしまう。まっすぐ行った先には車庫がある。まだ車庫に入りたくない、と電車は思う。 ...
陰茎は固く絞られた雑巾のようだった。僕だけじゃなくみんなのがそうなっている。ニュースでやっていた。みんなそうなってしまったなら仕方ない。 小便をするときはそれをさらにきつく絞る。残尿感があるならまだ絞れるってことだ。 ...
この写真家を僕はアラーキーという仮名で呼ぶことにする。つまり僕が拾ったのは普通のエロ本・エロ写真集ではなかったのである。後で見てわかったが、それはあるストーカーの日記だった。彼(おそらく男だろう)は複数の女性を追いかけていて、隠し撮りした写真の他に、標的の女性の利用するバスの時刻表や、訪れるカフェのメニューなども参考資料としてあり、その本を持っているのが僕は怖くなった。 ...
アイマスクの代わりに黒いタオルを巻いて寝ていた。電車の中だ。電車が駅に着いた。慌てて飛び起き、降車した。目的の駅の、1つ前だった‥‥ やってしまった‥‥降りたホームで、次の電車を待った。それはすぐ来た。先行する電車に追いつき、しばらく平行して走る。向こうの乗客たちが、僕に手を振っている。 ...
高速道路を僕は歩いている。険しい山を削ってつくられた道だ。時速300キロで走る透明な車が、僕の体を通り抜ける(逆なのかも知れないが、透明なのは僕の方で)。 路肩に男の子がいる。1人で遊んでいる。危険だ。僕は声をかけた。 親に電話してやるよ、迎えに来いって言ってあげる。 おうちの電話番号、覚えてる? 迷子の男の子が教えてくれた番号にかけると、それは僕の実家だ。死んだはず...
足元に酒瓶があった。隣のテーブルの方に蹴飛ばした。赤い酒が入っていた。僕は酒を飲まない。 隣りのテーブルで飲み食いしていたグループが僕に手を振って挨拶したのを見て席を立った。 店の外に出ると明るかった。朝だ。カネを払わずに出たことを思い出した。 僕はいろんなことを忘れていた。椅子の背には上着をかけたままだった。上着の内ポケットには財布が入っていた。 ...
僕は窓際に追いつめられた。窓から外に逃げようと思った。 しかし窓には鉄格子が嵌めてあった。 そいつは僕の体の中から「13歳の心臓」を抜き取ろうとした。 取っても死にはしないとそいつは言うが‥‥そもそも「13歳の心臓」って何だ? ...
愛する女に初めてキスしようとしたとき、私は自分が女になっていることに気がついた。 私がキスをすればこの女は男になるのだろうか、と考えながらキスした。目は閉じなかった。女の変化を観察していたが、何も起こらなかった。相思相愛の私たちの未来が、少し不安になった。 ...
女が「レストラン」と言っている。それを聞いた男が「レンタカー?」と返す。「レストラン」大声。「何借りるの?」さらに大声。「レンタルビデオ?」日本人の観光客だ、地下鉄の中。僕は用もない次の駅で降りる。 ...
怪獣の背中に生えているような刺が、道路に生えていた。車は走れなくなった。ある日突然のことだった。僕は茫然と見つめた。 刺は完全な等間隔で生えていた。人工物には見えなかったが、自然の物とも思えなかった。僕はスマホを覗き込み、世界を裏で牛耳る悪の組織の陰謀ではないかという説が、狂人たちの口から、説得力をもって語られるのを待った。 ...
ポケットから取り出した紙片、4つに折られていたのを開いて、約3分間、お湯に浸すのだ。 書かれていた文字が、お湯に溶け出して、紙が真っ白になったら、取り出すのだ。 文字が溶けたお湯を、僕は飲むのだ。知識が僕のものになる。 ...
電話は、黒いダイヤル式の電話だった。ネットに投稿した僕のエッセイを読んだという人から、電話がかかってきた。「嬉しいよ」と言う、その声は知らない、若い男のものだった。たしかに嬉しそうな声であった。 「何が嬉しいの?」僕の返事にも、相手は愉快そうに笑った。その笑い声が僕を不安にさせる中、手にした受話器が、重くなったり、軽くなったりした。この自分の手にしているものは、いったい何なのだろうと僕は...
地下鉄の車内で、ピンク色のルーズソックスを履いた黒人の女のコが僕を見つめている。目がハートになっている。こんなハンサムな人は見たことがない、とその目は語っている。 「私と結婚して」と目は言う。 「私は大富豪の娘よ」 大富豪は次の駅で降りる。僕は降りない。大富豪の座っていた席に別の女性が座る。こんなに美しい女性は見たことがない。 ...
長い石段を上がりきると「門」だった。「門」にやってきた。旅の目的地だ。スマホをもういちど見た。 スマホによると、僕は90%の確率で「答え」を見つけることになっているのだ、その門のところで。 さらに10%の確率で「新しい自分」に出会えるという。 ...
手作りのバッグを君は持ってきて僕を旅に誘う。 人生で必要なものは全部入っていると、バッグを開け、中身を見せてくれる。ハサミがない、と僕は思った。 ハサミを何に使うの? うーんとね、切るんだ 旅先に切れるものはないの そうか残念‥‥ それじゃ今のうちに、と僕は思って、紙を切り始めた。僕は紙を1枚しか持ってなかった。切ることによってそれは2枚になり、3枚になった。...
女の殺し屋が銃を構え、こちらに向ってゆっくりと歩いてくる。対する僕たちは5人だった。こちらも銃の狙いをつけ、殺し屋の前に立ちはだかった。けれど殺し屋がゼロ距離にまで近づいても、僕たちは撃てなかった。 殺し屋も発砲せず、僕たちの体の中を通り過ぎた。仲間たちは膝から崩れ落ち、二度と立ち上がれなくなった。僕は怖くなり、自分の体から逃げ出そうとした。あぁ、それには成功した。 ...
家が鹿を産んだ。2匹の子鹿。おぎゃーおぎゃーと泣く子鹿たちを、僕は飼いたいと思った。しかしママは言った、森に捨ててきなさい。 森? さもなくばレストランに売るわ。野生の動物を飼育することは禁じられています。 ママは僕の目の前で家を蹴飛ばして不妊にした。この家がメスだなんて知らなかった。ママたちはあの不動産屋に騙されていたの。 ...
パスポートを開いた。僕の顔写真は剥がれていた。パスポートを入れておいたファイルの中に、それは落ちていた。たくさんの顔写真、けれどどれも僕の顔ではない。性別も、年齢も、人種もさまざまな顔、顔。 飛行機に乗る。空港へ向うバスの中だった。今から再発行してもらう時間はない。僕は僕にいちばんよく似た写真を選んだ。それは少女の顔だったが仕方ない。少女が僕を笑っていた。 ...
目を開けると真っ暗だった。何も見えなかった。目を閉じると明るかった。見えないのは変わらなかったが、僕は目を閉じたままでいた。白く暖かい光を感じた。それはしかし目を開けると消えてしまうのだった。 ...
足元にオフィーリアを思わせる水死体が流れてきた。その死体は目を開けていた。僕は手を伸ばして、彼女の瞼を下ろそうとした。死体は硬直していて難しかったが、何とかやりとげた。 大雨が降った。町が水浸しになった。車道と歩道の高さは同じだったが、水は車道だけを流れた。そこが川のようになり、いろんなものが流れてきたのである。美しい水死体、美しくない死体。陸地を歩くより、水に流されていった方が早そう...
周囲にいるたくさんの人、僕を取り囲んでいるわけではないが。みんなとても背が高くてハンサムだ。消えろ、と僕は心の中で呪文を唱えた。 1人ひとり消えていく。彼らは消える直前にさらに美しくなった。そして眩い光を放ちながら消えた。僕はそれがおもしろくなかったので、「泥棒!」と声に出して言った。 ...
レストランの中を1周する。空席が1つだけある。どう考えてもそこが僕の席だ。僕は座った。隣の席の男が酒を勧めてくる。 僕は飲めないと断った。酒が飲めないのか? そうです、と僕は言う。 ちょっと頭のおかしそうなふりで、男を相手に「ここはどこ、わたしはだれ」をやる。白けかけた場が元通りになる。 ...
さて時間が来て駅に列車が到着したのだけど、僕たちは動かずにいる。 僕たちが立ち去るのではなく、僕たちの影がこの場を立ち去るのを見ていた。 ...
ちょっと頭のおかしそうな人が僕に顔を近づけて、「ここはどこ、わたしはだれ」をしてくる。 僕は自分のいる場所を答え、僕から見てあなたはどういう人なのかを話した。 ...
ヘアスタイルをチェックしたかっただけなのに。その鏡は大きすぎた。僕は小さすぎて映らなかった。鏡は遠い夜空だけを映していた。満天の星空。目薬のように雨が一粒だけ落ちてきて、鏡の前に立つ僕の髪を濡らした。 ...
屋根の上のアンテナは、宇宙からの音波を受信している。 その夜、宇宙は「2階から目薬」と言うメッセージを送った。 すると空から落ちてきた一滴の雨粒が、アンテナの中に‥‥ ...
2階には80歳の夢占い師がいた。彼女はベッドにうつ伏せになって寝ていた。僕は彼女に自分の夢を話した。それは僕が夢占い師をやっているという夢だ。 「僕はあなたのようにうつ伏せで寝たりはしない。仰向けで寝る。目を開けたまま寝るんだ。僕には瞼がないからね」 黒い布が顔の上に置かれている。光を遮るために必要だ。 ...
僕たちは短冊に「回答」を書いて、丸いテーブルの上に置く。 僕のすぐ後ろの人が「回答」を置こうとすると、係官が「間違った答えを置くな」と注意した。 読む前からわかるんだな‥‥ 後ろの人は訊いた、「間違った回答はどこに置けばいいの?」 それはどこにも置いてはならない。 僕たちの服にはポケットがなかったから、ずっと自分の手に持っているしかない。 ...
4人の少女と一緒に1人のイケメン(生きたイケメン)を土に埋めた。そんなことをしていたら終電を逃してしまった。僕はポケットの中の金貨を取り出し2つに割った。大きい方のカケラを少女たちに渡してタクシーに乗るように言った。 やってきたタクシーの運転手はさっきのイケメンよりさらにハンサムだった。少女たちは僕を振り返り、(騙された)というような変な赤い顔をした。 ...
みかんが1個1500円だった。スーパーの店主が嘆いていた。誰もみかんを買わない。僕は買うよ、と言った。その高価なみかんを。店頭にある全部。すると店主は僕を罵倒した。差別的な言葉を使って。みかんキチガイとか何とか。それは罵倒だったと思う。 ...
ピンク色の絨毯ではなかった。桜の花びらだ。でもその女の人は目が見えない。僕の隣をすたすたと歩いて行く。着いた。 歌手はその女の人の母親で、やはり盲目だった。そんな気はしていた。僕はステージの彼女の隣に立って、口パクをする。けれど観客も全員盲目だったから、僕のしたことに何の意味があったのかわからない。 ...
車がシャーッシャーッと叫びながら道を走っている。 雨に濡れた路面を走るときそういう音がするのではなくて車が口で言っているのだ。 プロボクサーのパンチと同じ‥‥あれもシュッシュッと風切り音がするわけではなくて口で言っているのだ。 今日はそんなことが気になる。 ...
そのコの部屋で全巻揃ってないマンガを見ていた。どのタイトルも最終巻だけがない。それはわざとだと思う。 居間には彼女のお姉さんたちがいて、あのコとつき合うのなんかやめなさいよとしきりに言うが、僕は返事をしない。 ...
さて時間が来て駅に列車が到着したのだけど、僕たちは動かずにいる。 僕たちが立ち去るのではなく、僕たちの影がこの場を立ち去るのを見ている。 ちょっと頭のおかしそうな人が僕に顔を近づけ、「ここはどこ、わたしはだれ」をしてくるのを許そう。 君が自分のいる場所を答え、君から見た彼女はどういう人なのかを話すから。 ...
寝てるときお腹が痛くなって目が覚めた。僕はジェットコースターに乗る夢を見ていた。ちょうど乗り込むところだった。そのときにお腹が痛くなった。 「あなた妊娠してるじゃないですか!」と係員は言った。「妊婦さんは乗れませんよ」 そこで目が覚めたのだ。僕はうつ伏せになって寝ていた。ベッドではなかった。枕元に誰かいた。「妊婦さんはうつ伏せで寝てはいけません」とその人は言った。 ...
台車に乗っていくことにした。制服を着た係員が押してくれる。僕は荷物のように運ばれていった。貨物用の巨大なエレベーターに乗って陸に上がった。 昨日の夢にも出てきた、とんがり帽子の少女が僕を待っていた。下着が見えるのも構わず地べたに座っている。そして聞いたことのない歌曲を口ずさんでいる。 「シューベルトとどっちが好き?」と訊いてくる、その少女が係員にチップを渡した。 ...
占い師は80歳の老婆だ。僕は頭を垂れた。だがその御神託を聞くのには体全体を地面と水平にしなければならない。床には布団が敷いてあり、僕は身を横たえた。しかし「顔をシーツにつけてはならない」、ほんの少しだけ顔を上げなければならなかった。 ...
1円玉が何枚か落ちているのはスルーした。しかし10円玉は無視できなかった。僕はそれを拾い、女の子に渡した。女の子は魔女のようなとんがり帽子をかぶっていて、裸足だ。女の子の手に10円玉を握らせた。だが女の子は足をまっすぐ伸ばして地べたに座ったまま、身動きしなかった。 ...
僕はしばらく1人で待った。彼女は織田信長の手を引いてその先まで送っていった。彼女と僕は裸足だった。そこに着くまでに鋭く尖った石を何度も踏んだ。きっと足の裏は血だらけだろう。信長だけが草履を履いていた。しかし信長は裸だった。体には無数の赤い切り傷があった。 ...
ゼリーを食べていると男の先輩が来て言った。「バラの世話をする時間だ」 僕はゼリーを急いで食べ先輩の後を追った。 庭には椿か牡丹のようにバラの花が落ちている‥‥ 先輩は手に持った鋏を何もない空中にかざした。 すると空からバラの花が降ってきた。まるでヒョウのように。「本降りだ」と先輩は言った。僕は傘を先輩に差しかけた。 ...
僕はベッドに寝ていた。病院のベッドだったが体調は全然悪くない。僕は健康である。 女のコが1人見舞い(?)に来ていた。彼女は僕の頬にキスして去って行った。 毎日目が覚めるとそんなことが起きた。 ベッドに寝ている〜また別の女のコがいる〜彼女は僕の頬にキスして去る。 だがついに事態は変化した。ベッドには僕ではなく女のコが寝ていた。病気で入院しているのだ。 僕は彼女の頬...
多言語を喋れる女生徒が、先生の代わりに授業をした。いろんな国の言葉で、簡単な自己紹介の挨拶をする。彼女が日本語を喋れるのを聞いて、僕は驚いた。この教室で日本語ができるのは、僕1人だと思っていた。 「今の、日本語でしょ?」と、隣の席の、クラス1番の美少女が、僕に話しかけてきた。そのコに話しかけられたのが嬉しかった。教壇の女生徒の日本語の挨拶を、そのコに繰り返した。教壇の女生徒は笑っている。...
休憩で立ち寄った食堂の中で僕は眠ってしまった。その間にバスは出てしまった。友人たちはどうして起こしてくれなかったのだろう。その時点では自分がわざと置き去りにされたことに気づかなかった。僕はイジメられていたのだった。 ポケットの中に映画の前売チケットがあった。この映画を観るためにバスに乗ったのだ。朝だった。食堂には誰もいない。僕は店を出て走った。全力疾走すればバスに追いつけるような気がし...
僕の服は僕の部屋にはなかった。隣の部屋にあった、そこには見知らぬ女が住んでいて、なかなか服を取りに行くことができなかった。 部屋に自分の服を取りに行くときには、いつも女の母親と一緒に行った。母親は茶色の大きな封筒を持って行く。 中身はわからない。中身なんかないのかも知れない。 その封筒を女が受け取ったのを見て、僕は部屋の中にある自分の服を探すのだ。 「たしかこの...
僕が浦島太郎のように亀を助けたと嘘をつきまくっていると竜宮城からお迎えが来た。「本当に助けたんだな」とみんなは言った。「嘘だと思っていたよ」 だが竜宮城の人たちは知っていたのだ。僕は半ば拉致された形だった。「許してください」と請う。「もう嘘はつきません、解放してください」 僕は例の箱を持たされて解放された。帰ったら必ずこの箱を開けろと言われて。もし開けなかったらひどいこと...
広大な空港の中を走るバスにもう何時間も乗っている。僕は席には着かずに立ったままずっとスマホをいじっていた。席は空いていて運転手も乗客も座るように勧めたが僕は聞かなかった。 いくら広いとは言っても空港だしこんな何時間も乗っているとは思わなかったからだ。やっと到着した。 しかし僕の乗る飛行機の出発時刻はとうの昔に過ぎていた。だめもとでカウンターに行って払い戻しを受けられるか訊いてみよ...
その絵に描かれていた鳥は動いた。 「目がおかしくなったのかと思った」と僕は言ったが、「本当に動いているのよ」と彼女が答えたので安心した。 鳥は絵の中から飛び出すと巨大な蚊になった。ドローンのように飛び回っていたがやがて僕の腕に止まった。 「これに刺されたらどうなるの?」と僕は不安になって訊いた‥‥ 「血がなくなって死ぬよ」 「でも刺したりはしないんだよね?」 「私、...
僕は持ち歩いていた鏡に、常に自分を映して見ていた。見ていないと僕は消えてしまうからだ。しかしふっと目を逸らしてしまった。僕は消えて、隣に若い男が現れた。それは若いころの僕だった。その隣には醜い老人がいた。老人は四つん這いになり、犬のように首にリードをつけられていた。 若いころの僕がそんなふうに老人を散歩させているのだとわかり、僕は僕を憎んだ。その老人と消えてしまった僕とは年は幾つも違わ...
僕の髪は、だんだん短くなっていった。せっかく伸ばした髪なのに。 それに気づいた友人の1人が、「そうか、死んだんだな」と言った。「死ぬと、髪は短くなっていくんだよ」 「爪もそうだ。切ってもないのに、短くなる。これ以上短くならないところまでいったら、そこで本当に死ぬ」 「まだ死にたくない」 「葬式をやってやる。成仏しろよ」 彼はそう言って、僕の頭をバリカンで刈った。ヒゲを...
目のない女がいた。彼女は僕を見つめていた。どうしてそんなことができるのだろう。僕は混乱したまま彼女に近づき、話しかけた。「えっと、1万ウォン貸してくれって言ったら驚くかな?」 「全然」と目のない女は答えた。 「えっと、僕は驚いているんだよ。えっと‥‥」 「何に?」 「えっと、それは言えない」よく見ると彼女には口もなかった。 「ムカつく」彼女はそう言って僕の首を締めた。 ...
海外で賞を獲った話題の映画を観るために、僕たちは並んだ。列は、映画館の外の、土手にまでできていた。そこに、有名な映画監督の、A氏の姿が見えた。「こんなところに‥‥」と僕は言った。独り言のつもりだったが、驚いたせいで、大声になってしまった。 「試写会に、招待してもらえなかったんですか?」僕は、声をかけた。「落ちぶれたもんでな」A氏は答えた。それで周囲の人々も、A氏に気づいたのだ。A氏は、彼...
この学校の女生徒には全員片足がない。男子生徒は僕しかいなかった。先生は耳の聞こえない年寄りのゾウガメだ。 今日先生が持ってきたカゴの底に、魚が一匹残っていた。切り身の魚だったが、ピチピチ跳ねている。僕はそれを先生に見せようと思ったが、先生はもういなかった。授業は終ったのだ。 女生徒はフラミンゴのように立ち、僕の前で義足を外し、足の付け根を掻く。学校にはその女生徒以外、誰も残ってな...
窓辺に炊飯器があった。ご飯が炊きあがっている。僕はそれを手でつかみ取り、窓の下の貧しい人たちに投げてやる。彼らは僕に気づかない。窓をそっと閉める。外は雨だ。 昼食の時間だった。僕は1人で食べるつもりだったが、裸の名前を知らない少年が僕の隣に座った。その子には体毛が全然なく、肌の色も真っ白だった。そのせいで年齢不詳だった。 ...
ピラミッドが崩れる。四角い大きな岩は消えてなくなる。数千年の時が流れた。 その跡地には丸い窓を持ったビルが建つ。ビルに出入口はない。窓は開かない。 ...
知られてないことだが、白黒のフィルムには音声が録音できるのだ。36枚撮りのフィルムに、およそ1時間の録音ができる。撮り終えたフィルムを、手動で、1時間かけて、ゆっくりと巻き戻す。そうすると、逆回しになった音声が聞こえてくる。現像するとその音声は消えてしまう。 ...
その軽トラはライトを点けたまま歩道に駐車していた。エンジンはかかってなかった。鍵はつけっぱなしだ。すぐにバッテリーがあがってしまうだろう。僕はライトを消そうと車内に乗り込んだ。決して車を盗むつもりではなかった。 若い母親の運転する車が後ろからついてきた。大きなペットショップの駐車場から出てきた車だ。助手席に小さな女の子が座って、何やらでたらめな歌を歌っている。ノロノロと走る僕を追い越し...
床にたくさんのガラケーが落ちていた。僕は全部拾った。バスの車内だった。「落しましたか?」と乗客1人ひとりに声をかけて回った。しかし落とし主は見つからなかった。 バスが停まった。その停留所で全員が降りた。もう誰も乗ってこなかった。僕は何台ものガラケーを抱えて、このバスはどこまで行くのだろう、と思っていた。 ...
僕が遅れて到着すると、みんなはもう食べ終えていた。予約していたレストランだった。奥に防音のカラオケルームがあった。何人かの仲間とそこへ移動した。食事は温め直してもらって、歌いながら取ることにした。 日本語の歌を探した。日本の歌はけっこうあったが、どれも歌詞が韓国語になっていた。僕はオリジナルの歌詞で歌おうとしたが、歌詞を忘れていた。 ...
例えば医者は医者と、消防士は消防士といった具合に、同じ職業の人としか結婚してはいけないという法律である。生まれてきた子供も同じ職業に就かなくてはならない。違反者には高額の罰金が課せられる。そういう法律があるんだよ、と彼らは言った。 黒いマントを羽織った偉い人と、その人のクローンが。彼らは結婚していた。そういうのが流行っていた。僕もいつか、いつか自分のクローンと結婚するのだ。 ...
僕は靴下を履いたまま風呂に入っていた。体を洗うとき靴下を濡らさないようにするのが大変だった。それで長風呂になってしまったのだ。2時間は入っていたと思う。 やっと風呂から上がった。女房が待っていた。彼女は僕の靴下に触れて「濡れているじゃない!」と非難した。「汗をかいたんだよ」と僕は言い返した。僕は靴下を脱ぎ、洗濯機の中へ放り込んだ。 ...
音の塊を撮影しようとしているカメラマンがいる。しかし上手くいかないので僕に頼む。その塊をスタジオの中に入れてくれと。外だからだめなんだ。 僕は音の塊をつかまえる。塊は鼻クソのように小さい。しかしどうして鼻クソを思い浮かべてしまったのだろう。 音の塊は目に見えないし匂いもないが、ばっちいもののように思えてきた。 ...
食料品店で絵画が売られている。タイトルは「熱中したもの」。2割引のシールが貼られて、食品と一緒に。 消費期限を見てみた。明日までだった。 何が描かれた絵なのだろう。僕には何も見えない。熱中したもの。 ‥‥僕が熱中したもの。 ...
ドアを開けるとセールスマンがいた。笑わない男のセールスマンが1人、ただ突っ立っていた。僕は鍵をかけず、そのまま出かけた。セールスマンは部屋の中に入るか、ためらっていた。 部屋にはとても大勢の人。話し声が、廊下に漏れてくる。血縁関係はないが、僕は彼らと一緒に住んでいた。マンションの、高い階にある、広いワンルームだ。 ...
引率の先生はもう来ている。生徒たちも制服のワイシャツを着て待っている。僕は何も着てなかったので、みんなが僕の周りで輪になって、通行人の目から僕を隠した。 そのようにして学校まで行った。1時間目は体育だった。みんなのロッカーには体操服が入っていた。みんなは下着まで全部着替えた。 僕のロッカーには体操服もなかった。その代わりアイスクリームが入っていた。僕はそれを食べ始める。半分ほど食...
電気屋に来た。家のテレビが壊れたのだ。これを期に薄型テレビに買い替えてもいいかも知れない。 しかしその店にはブラウン管テレビしかなかった。薄型の液晶はないんですか? 僕がそう訊くと、店主は小さな鍵を僕に渡した。それは寝室の鍵だった。ドアを開ける。僕の寝室だ。中に2台の薄型テレビが設置してある。値札はついたままだ。 ...
大根者のラブストーリーをテレビでやっている。あれは「だいこんもの」じゃないよ、「おおねもの」だよ、そう教えられた。それでも何のことかわからない。 君は「出かけましょ」と僕を誘う。何回目だろう。コマーシャルに入るのを待った。僕はわざとテレビのテイッチを切らずに出かける。 ...
みんなさ。みんな、買ってるんだな。それだから、おれも買おうと思ったんだよ。で、買ったんだ。 何を? 僕は誰にも名を知られてない三流の小説家である。また詩人でもある。1冊の、ほとんど売れることのなかった詩集の作者として知られていた。 彼はやってきて僕の向いに腰掛け、その詩集だよと答えた。 ...
バスケの3点シュートの練習をしている。チームメートたちはバスケットボールの代わりにカボチャを使って練習している。 ‥‥理解し難い。 がぼっ、ぐちゃっ、と(不快な音)。 僕は食パンを使う。3点ラインの、さらに外側から次々とシュートを決める。 パフッ、パフッ。 「でもさ、食パンだろ?」とチームメイトは言う。 ...
僕は白ネギでライフル銃をつくろうとしていた。スーパーに行った。いろいろ探したが銃身に適したネギはなかった。(まっすぐなネギが欲しかったのだが。) 妥協して曲がったやつを3個買い、試作した。それを持って砂場に行き、子供を撃つマネをした。ただのネギですよと僕は言った。見ればわかる。子供の母親が怪訝そうにこちらを見た。 ...
「この世界に入ったばかりの自分を見ているようだ」と、そのベテランコーチは新人の僕にアドバイスをくれた。 「スポーツの世界で『人間』をやろうとしちゃだめだ。人間以外のものを目指せ」 「たとえば‥‥たとえばゴリラとか?」 「いいぞ、ゴリラ、お前はゴリラだ。戦うゴリラだ。ゴリラはどう戦う?」 「あぁ、コーチの言わんとするところがわかってきました」 役に立つアドバイスだなと僕は思...
立ち上がるとジーンズの尻ポケットに入れていたチケットがなかった。椅子の上に落ちていた。これで今日2回目だった。 これから3回目と4回目がある。僕はそれを「覚えていた」。なのに1回目のことを思い出せないのは不思議だ。 君のツアー・マネージャーが僕を呼んでいる。 チケット販売の窓口に君がいた。他にも窓口はあったが、そこにだけ長蛇の列が出来ていた。みんな直接君からチケット...
「別に何でもないです」と僕は答えた。何も訊かれてないのに。 バッグを何個も抱えたその人は僕の前に来た。バッグから「それ」を1つひとつ取り出して僕に見せた。全然知らない人だった。「それ」が何なのかもわからない。見たこともないものだ。 ...
その人の前に、たくさんの人が座った。ほとんどが、若い女性だった。全員が、黒いドレスを着ていた。長い、黒髪だった。彼らに向って、突然その人は言った。 「俺はオーケストラをつくるぞ」 「今ここで、オーディションをやるぞ」 女性たちは立ち上がって、バイオリンを取りに家に戻った。 僕1人だけが、その人の前に取り残された。「行くぞ」とその人は言った。 「ついて来い。お前...
今日パーティー会場で僕は、腕が3本ある女の人を見た。そのとき初めて、自分には腕が1本しかないことに気づいた。 僕は腕が3本ある女の人に近づき、彼女の名前を呼んだ。名前! 名前をなぜ知っていたのだろう。僕はもう、自分には名前がないことに気づいていた。 いつの間にか僕はバルコニーに出ていた。出てはいけないバルコニーに。誰が忠告してくれたのだっけ。そこに出てはいけないよと。そこには...
鏡には、黒いターバンを巻いた僕が映っていた。その上に僕は、黒い帽子をかぶった。マンションの一室だった。家具はほとんどない。広い。ただ部屋の真ん中に、丸いテーブルがある。テーブルの上には、どう調理したらいいのか悩むような食材がある。(しかしどのみちここには、調理器具もない。) 僕はテーブルの脇に、ノートパソコンが入ったバッグを置いた。 僕の父親だと名乗る若い男が、段ボール箱を何箱も...
僕がそれを眠らせると、それは眠りの中で、ポーという音を鳴らして、あぁ‥‥、うるさい。僕はそれから、逃れるようにして、目を覚ます。 どこか遠くで、汽笛が聞こえる。3時間しか寝てない。汽車が来る。僕は乗り込む。 (僕が眠らせたものは、僕の傍らで、眠りつづけている。) ...
僕は体を、ヘビのように細長くして、寝床に向った。太い木の幹に、巻きついて眠る。その様子を見て、みんな僕のことを、ヘビではなく、タイヤだと思う。 ...
バス停の横に、銭湯があった。バスを待つ間、風呂に入ろうと思った。僕の持ち物は、傘1つだった。今は、雨は降ってない。服を脱いで、ロッカーに入れた。傘は入らなかったので、持ったまま風呂に入った。 あぁ‥‥、しまった。次のバスは、何時だったか、時刻表を見るのを忘れた。僕は風呂を出て、裸のまま、バス停に戻った。体を隠すのには、タオルでなく、傘を使った。 ...
映画の中で、名前が呼ばれた。席に座って、鑑賞していた男性が、「はい」と返事して、立ち上がった。 また、違う名前が呼ばれた。1人、立ち上がった。次々に名前は呼ばれ、全員が立ち上がった。 そうすると、前で立っている人が邪魔で、スクリーンが、見えなくなった。早く、僕の名前も呼ばれないかな、と思った。 ...
泥の中を歩いていた。だが僕は汚れなかった。後ろからトラックが来て、泥を跳ねて行った。誰もが泥だらけになったが、僕の服はむしろ前よりも白くなった。 橋をつくろう、と言った。泥の海に橋を架けよう。僕は泥を捏ねて、橋をつくった。さっきのトラックが、その橋を渡って行った。 魚の呪いだ。中国人は非難された。オリンピックの観客は3人だけ。 ...
下りのエスカレーターに乗っている。もう24時間以上乗っているが、まだ下に着かない。後ろにいる女の人たちは、ずっとハワイの話をしている。24時間ずっとだ。振り返って顔を見てやろうか。何かがおかしいとは思わないのだろうか。 ...
205号室の前に立った。合鍵はもらっていた。自由に入っていいのだ。しかし僕は長い間ドアの前でためらっていた。 すると扉は開いた。若い娘たちがぞろぞろと出てきた。ばあさんの孫たちだろう。クラシックのコンサートに行くのだと言っている。 娘たちの母親らしき女性が、僕を招き入れた。お小遣いだと言って三万円を渡そうとする。 一万円札が2枚、残りの一万円は小銭で渡そうとする。ばあさんの...
椅子は小さすぎて座れなかった。体の小さい現地の人に合わせたものなののだろう。僕たちは巨人だ。そのバス停でバスを降りるとき、狭い降車口を破壊してしまった。 バスは走り去った。一緒にいた2人の友達は、左の道へ行った。僕は走り去ったバスの後を追いかけて、大股で歩いた。 ...
コンサートホールを出た。君と2人。僕たちが最後だった。ホールの照明が消えた。小さなホールだったが、暗がりで突然大きくなったように見える。 僕たちは駐車場に向った。車を停めたはずのところに、テーブルと椅子が「駐車」していた。向かい合って座る。インタビューが始まった。 ‥‥牛乳について君は語っている。小さいころ牛乳が嫌いだった。しかしある工夫をしたら飲めるようになった。何をしたのか...
何か一言発言するたびに、僕の顔は大きくなった。風船のように、膨らんだ。喋らないように気をつけた。しかし喋らなくてはならない場面もあった。決して広くはない会議室の中だった。僕の顔はみんなを圧迫した。 ...
クイズは早押しだった。イントロを聞いて曲を当てる。全部日本の歌謡曲とポップスだった。僕たちは全問正解して優勝した。他の出場者たちは1問も答えられなかった。 クイズ番組に回答者として出演した。若い韓国人の友達とチームを組んだ。これは出来レースだと彼は漏らした。事前に回答を教えてもらっているやつらがいる。そいつらが必ず勝つ。そうなのかなと僕は思う。 ...
宝くじで1兆円ほど当たった少女がいた。彼女は全額を出身国の政府に寄付した。貧しいアフリカの国だった。彼女は祖国の英雄になった。そのニュースをテレビで見た。 僕も実は1億円が当たったのだ。その知らせを聞いて死んだ父が生き返った。父はとりあえず5千万円をドル建てで預金しておけとアドバイスしてきた。そして残りの5千万円をおれによこせ。おれが10倍にしてやると言った。 ...
お手伝いロボットに入力した。「食事」「入浴」「洗濯」の順でボタンを押すと、ロボットは食パンをトーストしてくれた。それは僕が期待していた夕食ではなかった。 「お風呂が沸きました」とロボットが言った。僕が服を着たまま入ると、ロボットは褒めた。「いいアイディアです」 ...
荒地にピクニックに行く。弁当を広げる。プラスチックのスプーンを持って来た人がいる。私服の警官が、それを見つける。 「このプラスチックは、あと80億年は分解しない」彼は言う。 「そのへんに捨てちゃだめだぞ。必ず持ち帰るんだ」 帰り僕たちはコンビニに寄る。プラスチックのスプーンを全部返す。たくさんもらい過ぎた。 ...
なぜか女の子の格好をさせられて、小学生のバレリーナたちと一緒に、白鳥の湖を踊ることになった。 舞台に出る直前まで、僕はリュックを背負っていた。大きなリュックだ。「何が入っているの?」と小学生の保護者たちは訊いた。「何も入ってません」 僕がリュックを下ろすと、保護者たちが集まってきて、中を覗き込む。 バレエは、無事に終わった。舞台裏に戻って、リュックを見ると、男物の服が入って...
王国は歩いて行ける距離にあった。 僕は王国にその女を連れていった。女は逃げることもできたはずだった。しかし黙って僕についてきた。そして僕の5番目の妻になることを承諾した。 彼女は他の妻たちよりも10歳以上年上だった。そして10kg以上太っていた。地下牢のような新居に、僕は彼女と一緒に入った。ハーレムの4人の妻たちが、僕たちを見に来た。「一緒に入るかい?」と僕は檻の外の妻たちに訊い...
午後3時、妹と母が僕の部屋の掃除にやってくる。彼女たちが床を雑巾掛けしている間、僕は下に下りて、用意されていたご飯を食べる。 頃合いを見て部屋に戻る。妹たちはいない。部屋の床には綺麗に畳まれた服が置いてある。窓の外には洗濯物が干してある。どれも僕の服ではない。もう乾いたようだ。僕はそれを取り込み、畳んで床に置く。そしてしばらく何もせずに待つ。でも何も起こらない。 ...
高級レストランでお食事。終る。テーブルで会計。僕は床に落ちていた二つ折りの財布を拾い、その中から支払う。 財布にはまだ紙幣が残っている。僕はその財布を、隣のテーブルの下に投げる。 ...
窓の外に貧しい身なりの母娘が立って食事する僕を見ている。 食べ終わり歯を磨きに洗面所へ行くとそこにも貧しい娘は立っている。洗面台の中に頭を突っ込み、口を大きく開けてこちらを見上げた。僕が口を濯いだ水を飲むつもりなのだ。 彼女の母親が見ている前で、僕は先程の食事で歯に詰まった食べカスと共に、娘の口の中に吐き出す。 ...
七回表の攻撃の前、円陣を組んだ。ふつうの、丸い円陣だ。その回の裏、相手チームも円陣を組んだ。四角い円陣だった。そんなの見たことがない。 その次の回の裏、相手チームはまた円陣を組んだ。今度は星型の円陣だった。観客がざわめいた。 ...
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知らぬ間に宝くじが当たったようだ。きっとオンラインで買ったやつだ。大金が口座に振り込まれている。僕はその金を全部引き出し、宝くじ売り場へ向かい、そこで売られている宝くじを全部買う。そこで気づいたことがあるのだが、1億円分の宝くじの束は、1億円の札束より軽い。 ...
町の上空に浮かぶ雲のベッドで僕は目覚めた。寝ているうちにまた巨大化してしまったようだ。ベッドから足を下ろすとき住宅を一棟踏み潰してしまった。 いつまで寝ぼけているんだ、と町の住人から怒りの声が上がる。 ベッド下に落したティッシュの箱を取ろうとして暴れ回り、町の一区画を更地にしてしまったところで、完全に目を覚ました。 ...
東大生とは、東京大学の学生ではなくて、東京大学に連れていってくれる人のことだと、その人は主張し、5月のある日、東大を案内してくれたのだ。 東大は東京の大学というより寺院のようで、建物の中に入るとき、靴を脱がなければならなかった。 その日は休みなのか、構内に学生や教員の姿はなく、静かだった。 犬小屋があって、そこで白い犬が寝ていた。 ...
右側通行の道路、右ハンドルの日本車とすれ違った。赤いスポーツカー。運転していた女性が歩道の僕に手を振った。僕も振り返すと、それを合図に人が集まってきた。日本語が通じるか挑戦したい、という人たちだ。日本語を学んでいる学生たちだった。 ...
その家の玄関の前には大猫がいて、カメラを構えた僕が近寄ると後ずさった。そうか写真に撮られるのが嫌いなんだ。家に入るのに大猫が邪魔だった。どうすればどいてくれるだろうと思っていた。無事追い払うことができた。 ...
夕日を浴びて電車が走っている。電車には人は乗ってない。ジャガイモが積まれている。収穫したばかりのジャガイモだ。 線路はあるところで直角に曲がっている。電車はそこを上手く曲がれず、脱線してまっすぐに行ってしまう。まっすぐ行った先には車庫がある。まだ車庫に入りたくない、と電車は思う。 ...
陰茎は固く絞られた雑巾のようだった。僕だけじゃなくみんなのがそうなっている。ニュースでやっていた。みんなそうなってしまったなら仕方ない。 小便をするときはそれをさらにきつく絞る。残尿感があるならまだ絞れるってことだ。 ...
この写真家を僕はアラーキーという仮名で呼ぶことにする。つまり僕が拾ったのは普通のエロ本・エロ写真集ではなかったのである。後で見てわかったが、それはあるストーカーの日記だった。彼(おそらく男だろう)は複数の女性を追いかけていて、隠し撮りした写真の他に、標的の女性の利用するバスの時刻表や、訪れるカフェのメニューなども参考資料としてあり、その本を持っているのが僕は怖くなった。 ...
アイマスクの代わりに黒いタオルを巻いて寝ていた。電車の中だ。電車が駅に着いた。慌てて飛び起き、降車した。目的の駅の、1つ前だった‥‥ やってしまった‥‥降りたホームで、次の電車を待った。それはすぐ来た。先行する電車に追いつき、しばらく平行して走る。向こうの乗客たちが、僕に手を振っている。 ...
高速道路を僕は歩いている。険しい山を削ってつくられた道だ。時速300キロで走る透明な車が、僕の体を通り抜ける(逆なのかも知れないが、透明なのは僕の方で)。 路肩に男の子がいる。1人で遊んでいる。危険だ。僕は声をかけた。 親に電話してやるよ、迎えに来いって言ってあげる。 おうちの電話番号、覚えてる? 迷子の男の子が教えてくれた番号にかけると、それは僕の実家だ。死んだはず...
足元に酒瓶があった。隣のテーブルの方に蹴飛ばした。赤い酒が入っていた。僕は酒を飲まない。 隣りのテーブルで飲み食いしていたグループが僕に手を振って挨拶したのを見て席を立った。 店の外に出ると明るかった。朝だ。カネを払わずに出たことを思い出した。 僕はいろんなことを忘れていた。椅子の背には上着をかけたままだった。上着の内ポケットには財布が入っていた。 ...
僕は窓際に追いつめられた。窓から外に逃げようと思った。 しかし窓には鉄格子が嵌めてあった。 そいつは僕の体の中から「13歳の心臓」を抜き取ろうとした。 取っても死にはしないとそいつは言うが‥‥そもそも「13歳の心臓」って何だ? ...
愛する女に初めてキスしようとしたとき、私は自分が女になっていることに気がついた。 私がキスをすればこの女は男になるのだろうか、と考えながらキスした。目は閉じなかった。女の変化を観察していたが、何も起こらなかった。相思相愛の私たちの未来が、少し不安になった。 ...
女が「レストラン」と言っている。それを聞いた男が「レンタカー?」と返す。「レストラン」大声。「何借りるの?」さらに大声。「レンタルビデオ?」日本人の観光客だ、地下鉄の中。僕は用もない次の駅で降りる。 ...
怪獣の背中に生えているような刺が、道路に生えていた。車は走れなくなった。ある日突然のことだった。僕は茫然と見つめた。 刺は完全な等間隔で生えていた。人工物には見えなかったが、自然の物とも思えなかった。僕はスマホを覗き込み、世界を裏で牛耳る悪の組織の陰謀ではないかという説が、狂人たちの口から、説得力をもって語られるのを待った。 ...
ポケットから取り出した紙片、4つに折られていたのを開いて、約3分間、お湯に浸すのだ。 書かれていた文字が、お湯に溶け出して、紙が真っ白になったら、取り出すのだ。 文字が溶けたお湯を、僕は飲むのだ。知識が僕のものになる。 ...
電話は、黒いダイヤル式の電話だった。ネットに投稿した僕のエッセイを読んだという人から、電話がかかってきた。「嬉しいよ」と言う、その声は知らない、若い男のものだった。たしかに嬉しそうな声であった。 「何が嬉しいの?」僕の返事にも、相手は愉快そうに笑った。その笑い声が僕を不安にさせる中、手にした受話器が、重くなったり、軽くなったりした。この自分の手にしているものは、いったい何なのだろうと僕は...
地下鉄の車内で、ピンク色のルーズソックスを履いた黒人の女のコが僕を見つめている。目がハートになっている。こんなハンサムな人は見たことがない、とその目は語っている。 「私と結婚して」と目は言う。 「私は大富豪の娘よ」 大富豪は次の駅で降りる。僕は降りない。大富豪の座っていた席に別の女性が座る。こんなに美しい女性は見たことがない。 ...
長い石段を上がりきると「門」だった。「門」にやってきた。旅の目的地だ。スマホをもういちど見た。 スマホによると、僕は90%の確率で「答え」を見つけることになっているのだ、その門のところで。 さらに10%の確率で「新しい自分」に出会えるという。 ...
手作りのバッグを君は持ってきて僕を旅に誘う。 人生で必要なものは全部入っていると、バッグを開け、中身を見せてくれる。ハサミがない、と僕は思った。 ハサミを何に使うの? うーんとね、切るんだ 旅先に切れるものはないの そうか残念‥‥ それじゃ今のうちに、と僕は思って、紙を切り始めた。僕は紙を1枚しか持ってなかった。切ることによってそれは2枚になり、3枚になった。...
光が熱を失うのと、明るさを失うのはどっちが先だろうと思う。まず冷たくなって、それから消えていくんだろうか。それともまず暗くなって、そこから冷めていくんだろうか。 ...
音が近づいてくる。近づくにつれて音は小さくなる。音は僕は目の前にやってくる。もう何も聞こえない。 僕は音が君だと気づく。僕は音を抱きしめる。音は音を出そうとする。僕は音が目に見えるとでもいうように、君を見つめる。 僕が話すことに決め、実際に話し出すまでにかかった時間が、話の内容を変えてしまうので、僕は、自分でも聞いたことのない話を、聞いたこともない声で、君にするのだ。 ...
僕は手に何かを持っている。自分の持っているものが見えない。何だろう? それは重くはない。だがずっと持っていると手首が痛くなる。 その痛くなったところに君はキスする。すると痛みは増す。君は何度も同じ場所にキスする。痛みに耐えられなくなって僕は持っていたものを手放す。 ...
テレビでロレックスを見せびらかしている若い女に対抗心を剥き出しにした。引き出しの中に白いロレックスが眠っていた。僕はそれを腕にはめた。そしてスーツを着て、ネクタイを締め、散歩に出かけた。並木道を1人で歩いた。誰ともすれ違わなかった。 暗くなってから家に戻り、もういちど引き出しを開けた。そこには別のロレックスがあった。家中の引き出しを開けていった。まだあるはずだった。 ...
雪の日、寒い朝、君の吐く白い息は千切れていくつかの幽霊のようになり、廊下へ出て、順に狭い階段を下りた。僕のその、いちばん最後の幽霊の後をついて行く。1階で、幽霊たちは僕のためのパーティを開いてくれた。そこでどんな歌が歌われるのか、君は知らないだろう。 ...
ある男性と一緒に、電車に乗っていた。彼は僕の父親だと言う。だがどう見ても僕より若いし、僕たちは全然似てない。 僕たちは、初めての駅で降りた。駅前にある、消費者金融に用事があった。僕は借りていた金を返すのだ。彼は金を借りるのだ。 駅前に、「お1人様専用のフランス料理店」があった。ひどく腹がへっていた。でも今は駄目だ。次回、1人のときに来よう。 ...
僕の夢の中で、彼は長身のイケメンに姿を変えていた。性格もすっかり明るくなっていたので、彼が誰だか、最初はわからなかった。画廊で絵を見せてもらったとき、やっと気づいた。画風は、昔と変わらなかった。 店は、閉店した。もう朝だった。最後まで残っていた僕は、店のスタッフと一緒に、掃除を始めた。女主人に、雑巾を渡された。あちこち拭いているいる内に気づいたのだが、鉢植えは造花だった。 ...
友人がバイトしている店で、無料のコンサートがある。それを聴きに行くと、店頭には、そのミュージャンの自伝が積まれていた。信じられないことに、日本語で書かれていたので、誰も読めない。誰も、手に取ろうとしない。 そういえば、僕は日本人だったっけ。だから日本語が、読めるんだっけ。夢中になって、頁をめくっている間に、自分が誰なのか、なぜパリに来てるのか、思い出した。 ...
韓国のどこか。「訓練」が始まった。僕は気分が悪そうにしていた妹を抱きかかえて隊長の前に整列した。ハングル語がプリントされたTシャツ(何て書いてあるのか読めなかった)を着ていた隊長は本当に韓国人だったのかと疑問に思う。いったい何の訓練だろう。僕たちは一言も韓国語を喋らなかった。 虹が子供を産んだ。そしてすぐに消えた。僕と妹。僕たちはその場所で空を見上げ、毎日虹を待った。大きくなったら虹に...
さっき降った雪が、もう溶けてる。車道は濡れて、凍っていた。スリップしたバスに、タクシーがぶつかった。次の瞬間には、パトカーが来ていた。やって来るのが、異常に早かった。サイレンも聞かなかった。 君の家の庭には、まだ雪が残っていた。ドアをノックすると、知らない人たちが出てきた。親と子供たち、家族のようだ。彼らは、町に出て行った。もう、夏だった。 ...
男2人と女1人、三角関係だった。1人の男が歌を歌った。歌詞は外国語でわからない。女はその歌を聴いて、2人のもとを去った。歌わなかった男が、彼女を追いかけた。歌った男は僕のところに来て、「どう思う?」と訊いた。 ...
寺で女の子が雑巾掛けをしながら僕に言う。「おならが出そうなの」 「出せば?」と僕は答える。そして僕も屁をこく。 ...
電話の声が、僕に盗みをするように促す。「盗めって、何を?」僕はペットボトルの水を盗んだ。 すると「段ボールごと盗みなさい」 僕はトラックを借りて、荷台に段ボールを積み込む。在庫を全部。誰が通報した。パトカーが何台もやってきた。そのうちの1台に、君が乗っていた。 君と、3人の偽警官。その車に乗って、僕は走り出した。 ...
濁った水の中を歩いているようだ。いつの間にか地下鉄の하駅に来ている(実在しません)。スターバックスに行きたい。見つけた。僕らは従業員専用の入り口の前に立つ。出入り口はそれしかない。 駅の構内は冬の植物園のようでむっとする。霧が出ている。日本車が展示してあった。車内には草木が生い茂っていた。霧はさらに濃くなった。何も見えなくなった。 ...
僕は君に本を読んだ。朗読しながら、町中を歩き回った。カフェのテラス席で、ランチの間も読んだ。 ショーウインドーの中の、ショールを見ている。肌寒くなってきた。背中から君を抱きしめた。雨が降り出した。君は下着をつけていなかった。 海岸に出た。海水は砂浜と同じ色だった。彼方まで砂浜がつづいているように見える。足元に海水が来ているようにも見える。木の椅子に老人が腰掛けている。その隣に僕た...
暗殺者が僕を撃った。頭を狙った弾は外れて肩に当たった。スマホのカメラを構えた通行人が一斉に倒れた僕の写真を撮る、動画を撮る‥‥ 血の海の中で僕は気の利いた最期のセリフを考えている‥‥ 救急車は僕が気を失う直前に到着した。 アニメの登場人物のような青い髪をした男が病院から君に電話した。君はやってきた。お見舞いにたくさんの本を持って。 青い髪の男は、まだ電話中。...
子供が僕に笑いかけてきた。その子は本来は、とてもシャイなのだろう、自分がなぜ知らない大人に笑いかけているのか、説明を始めた。 彼女の説明は長く、飛躍が多く、そしてわかりづらかった。(というかワケがわからなかった。) 全部話し終えると、彼女はもう笑顔ではなかった。その真剣な目は、少し怒っているように見えた。「友達になってあげようか」とその子は僕に言った。 ...
自動ドアの前に足を置いた。僕の体重は軽すぎて扉は開いてくれなかった。店の従業員が出てきて、僕にリモコンを手渡す。次からはこれで開けてくださいと言う。 僕はリモコンを手に町の通りを見て回った。いちばん大きな店に入ろうと思って。だが店は全部同じ大きさだ。(リモコンをあっちこちに向けて、開くのボタンを押した。) ...
食事をするために僕はそのデパートへ向った。だがどうしても辿り着けなかった。最初は徒歩で向った。次は路面電車で。「デパート前」という停留所で降りればいいはずだった。 海外からの観光客がいた。彼らもそのデパートへ向うようだ。僕は後をついて行った。それでも辿り着けなかった。 ...
舞台は2〜30年前のフランス、パリではない地方都市。エピスリーと呼ばれる小さな食料品店。コンサートに行く、君が演奏する。(食料品店の中で行われる演奏会)紙のチケットを持った人たちが並んでいる。予約はしたが僕はまだ発券してもらってない。「チケットは持ってる?」「持ってない」君との会話は英語。君は茶色いツーピース(セットアップ)のスーツを着ている。肩にかけた大きな、重そうなバッグ...