地方のスタジアムで、ルールのよくわからないスポーツの試合を僕は観ている。 とりあえず、青いユニフォームを着た選手の応援をすることにした。(ちなみに選手は数え切れないくらいいて、みんな違う色のユニフォームを着ている。) 観客席で撮った自撮り写真を友達に送り、これって何の試合なんだろうねとついでに訊く。 ...
買った服を部屋の鏡の前で着ているところに、電話がかかってきた。デパートの紳士服売り場からだ。 「とてもよくお似合いですよ」と言う。絶妙のタイミングだ。 「見えてるんですか?」 「もちろんです」 ところで僕は緑色の服を買ったはずだったが、鏡の中の僕はピンクを着ている。 僕は「とてもよく似合ってる」と鏡に向って言った。 その声は鏡の中に吸い込まれていった。...
煙突にはフタがしてあった。僕はそれを開けて、中に入った。中はとても狭かった。 煙突の中には階段があった。僕はそれを下りた。フタがしてあるところまで下りた。 そのフタを開けた。まだ階段はつづいていた。踊り場に出た。 そこで美女が僕を待っていた。 さっき港で、船の上から、僕に手を振っていた美女だ。彼女は「フミヤー」と歓声を上げながら手を振っていた。 チェッカーズの藤...
左手たちが順番を待っていた。僕とジャンケンをするのだ。僕は右手1本で、彼らを負かしていく。 彼らは勝負に「いちばん大切なもの」を賭けた。それはレタスの葉っぱ1枚だったり、スマホだったり、日記だったり‥‥。僕はレタスを一口で食べてしまう。シャキッといい音がした。左手の書いた秘密の日記を読む。声に出して読む。 ...
その花火は魚のように空中を泳いで3人の大きな女の前にやってきた。そして爆発した。綺麗だった。音はなかった。 次々と花火魚は女たちの前にやってくる。そして弾ける。その様子を許可なく撮影しようとする僕を女たちは睨んだ。 ...
美女たちを乗せた客船が到着した。船の前をスケートボードに乗って通った。美女たちは手を振っている。僕のことを指差し「フミヤー」と叫んでいる。チェッカーズの藤井郁弥だ。港にいる日本人は僕だけなので間違えたのだ。 ‥‥階段を下りている(いつの間にかスケートボードは消えている)。階段は地中の狭い穴の中にある。服が泥だらけになってしまう。 暗い踊り場に出た。美女が1人待っていた。船...
僕たちがいたのは、2階席か、3階席か、よくわからなかったけど、かなり高い位置から、ステージを見下ろしている。客の入りは、まだ半分くらい。君はもう、ステージに出てきていて、ピアノで、でたらめな曲の断片を弾いている。 だがそれは、いきなり始まった。観客は、総立ちになった。クラシックのコンサートで、こんなことがあるだろうか。夕方の影のように、異常に背の高く、手足の長い観客たち。隣にいた友達は...
雪が降っていた。しかし空は明るかった。雲1つない。 雪は降り積もった。待っていれば雪雲はそのうち来るのだろう。僕はもちろん待たなかったが。 夜になった。星空だった。まだ雪は降っていた。星も降っているみたいだ。 ...
木の本棚は、よく見ると、数ミリほど、宙に浮いていた。並べられた本も、同じように浮いていた。 僕は1冊の本を手に取った。薄い本だったが、ずしりと重かった。 何となく元の場所に返すのはためらわれた。手に持っていることにした。 するとその本の重さで、僕は少しずつ沈み始めた。本棚には風船が置いてあった。クマのキャラクターが描かれている風船だ。僕はその風船を手に取った。 クマの...
朝刊を全部読み終える前に夕刊が届けられた。僕は夕刊を先に読んでしまうことにした。 夕刊は朝刊の半分のサイズしかなかった。すぐに読み終えてしまった。 まだ午前中だった。僕は読みかけの朝刊に戻った。しかしそこで報じられているのは、100年も前に起きた出来事だった。テレビ欄もなくなっていた。 ...
僕は野球選手だった。左打席に立った。初球をフルスイングした。内野ゴロだったがヒットになった。僕は足が速いのだ。 敵チームは僕の盗塁を警戒して、たくさんの二塁ベースをフィールド上に撒いた。どれが本物の二塁ベースなのかわからない。守備側も審判もわからなくなってしまったようだ‥‥ 一塁のすぐ近くにもそれ(二塁ベース)はある。もちろん罠だろうが‥‥ ...
イタリアンレストラン朝の8時。たくさんの人がいて注文した料理が出てくるのを待っている。前の晩の8時から待っているのだ。 僕のテーブルにやっと料理が運ばれてきた。何かのスープだった。スープは赤い色をしている。炊きあがったばかりの白いご飯もついてきた。 僕はそのご飯をスープの中に入れた。すっかり韓国料理の流儀が染みついてしまった。 その様子を隣のテーブルの人が見て何か言った。...
ロッカーの中に、バケツみたいに大きなワイングラスが入っている。僕のだ。縁が欠けている。それを見て「社長」は即興で和歌を詠んだ。 出勤してきた社員たちは各自のワイングラスを磨き始める。僕には磨くための布もない。でもいいのだ。 ...
その王国にはプンキュルタという名前の姫がいた。その名は「ブス」の語源である。 「プンキュルタ姫」と僕は呼びかけた。「姫のお名前は日本人のワタクシには発音しづらいので‥‥」 「うん?」 「ブスと呼んでもいいですか?」 「バス?」 「ブスです」 「ヨロシイわかった。認める」 プンキュルタ姫は自分の新しい呼び名を叫びながら母の元へ走った。 「ジパングの下僕が私にカ...
夜の10時から、会社で健康診断がある。その前に酒を飲むのは、まずいんじゃないか。僕がそう言うと、友人は、伝説が欲しいのだと言い返した。武勇伝、ってやつです。僕の武勇伝を、広めてください。そう言って、何杯も飲んだ。結局、健康診断には行かなかった。オフィスに戻るのが面倒になり、そのまま飲みつづけた。 バーの中に、ゲームセンターがあった。ゲームをするためのコインを、僕らは買った。僕と、年...
明るい部屋で、女が眠っている。寝相が悪い。 僕は彼女のベッドの周りをぐるぐる歩いて回る。1周するたびに、女は1歳若くなる。彼女の依頼どおり、20周した。すると彼女は赤ん坊になった。元々若い、ハタチの娘だったのだ。追加でもう1周した。彼女は消えてなくなりはしなかった。完全に目を覚まし、僕を見た。欲張りな娘。僕は彼女の名前を呼んだ。 ...
「アナタ様は在宅のまま起訴されました」と声をかけられた。「何でいきなり?」「録音物再生義務違反です」 「何ですかそれ?」 レコードやCDをずっと再生しないでいると爆発する。ただ「ずっと」というのが具体的にどれくらいの期間なのか不明だ。爆発の規模もどのくらいのものになるのかわからない。 「爆破共謀罪にも問われています」 「共謀って誰と?」 「ヘンデル様、ブルックナー様と、ア...
駐機しているジェット機に向って彼女はスイングしたが、ゴルフクラブは変な角度でボールを叩き、ボールは大きく左へスライスした。 「つまり、こういうことなのよ」と彼女は言った。 そして拳銃を取り出し僕に向って構える。 「私はここで引き金を引く。どうなるかわかるわね?」 「弾は左にスライスする。僕には当たらない」 その答えを聞き彼女は僕を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。躊躇...
左手で11個の鍵盤を同時に押さえながら、右手でメロディを弾かなければならない。そんな出鱈目な和音があるものか、と思う。だがピアノの先生の示してくれたお手本は完璧で、「すごいですね」とその音の重なりの美しさを僕は認めざるをえない。 ...
左隣の人がラーメンを食っている。汁が撥ねて僕のタキシードにつく。その染みが光り出した。最優秀助演男優賞だ。僕は受賞したのだ。 また別の候補者がラーメンを食う男の右隣に座る。その人には汁は撥ねない。(もう間違いない、僕の勝利だ。) ...
星は丸かったが、光は四角だった。その星の四角い光は、すべての丸いものを四角くした。四角く、整えた。 光に照らされて、夜の町にもう丸いものはなかった。 女の乳房は四角いサイコロだった。僕はそれを転がした。僕の手の中で、同じ数字が出つづけた。 車のタイヤは四角だった。タイヤは回転をやめ、車は動かなくなった。その車の中で、僕たちは朝を待った。 ...
当たる。僕は当たったものを人にやる。人、というかあるグループに。22333人に。1人ひとり手渡す。「手が痛い」と言って受け取らない人がいる。 ...
僕は前の扉から入った。すでに席に着いていた観客たちは驚く。その扉から入ってくる僕を予想していなかったらしい。 最前列の椅子に座る。隣の人が話している、夏休みの予定を。今は1月だ。でも暑くなってきた。僕は座ったまま苦労してコートを脱ぐ。演奏は始まっている。拍手もなかった。 ...
サボテンに言葉の暴力をふるった。サボテンは人間の言葉がわかるのだ。僕はサボテンに悪口を言う。傷ついたサボテンは刺の先から‥‥乳白色のエキスを出す。僕はそれを舐める。 ...
僕の昔の愛人が、娘を連れて、僕の昔住んでいたマンションの部屋を訪ねてきた。その部屋には、今は誰も住んでいない。ずっと空き部屋なのだ。元愛人は、持っていた合鍵で中に入る。部屋には何もなく、ガランとしている。元愛人は娘と一緒に、そこで暮らすことにした。 その話を聞いて、僕も合流した。 娘と僕は、仕事もせず、学校にも行かず、昼間ずっと部屋にいた。その間、話もしなかった。元愛人が夜に帰宅...
こんな夢だ。彼女は何にもまして彼が好きだ。だが彼にはもう会えないだろう。彼女以外の誰かが、そのことを彼に伝えなければならない。みんなが僕に、その役を押しつけた。 停車していた列車が、ひとりでに動き出した、乗客を乗せずに。僕は彼に会った。立ったまま、何時間も話した。最後まで、その話題は出なかった。時間が来て、彼は駅に向った。 ...
「いる場所にいなさい」という声が聞こえた。神の声か? でも何のこと? そもそも僕のいる場所はどんなところだろう? 僕はその場所から少し離れた。すると稲妻が光った。はっと振り返った。僕のさっきまでいたところに雷が落ちた。 僕のさっきまでいたところには赤いビキニを着た女の人が立っていた。彼女は雷に打たれ、ビキニのまま天に召された。彼女はいい人だった。 ...
車が赤信号で止まる度に運転手は車から降りた。そして簡単な体操をして、深呼吸をする、信号が青になるとまた運転席に戻る。その繰り返しだった。 皆がそんなことをするので、道は渋滞していた。 次に運転手が車から降りたら、僕が運転をしようと決めた。 決めた。車を奪おう。 不健康な僕らのため。 ...
1人が僕の顔を見て言った。「乗らないの?」青い半袖半ズボン。エレベーターから降りてくる人がみんな同じ服を着ていた。同じ顔だった。しかし同じ人ではないということはわかった。年齢がまちまちだったから。 ...
僕らの飛行機の下に、もう1機の別の飛行機が飛んできた。「ここで乗り継ぐのよ」とスチュワーデスさんは言った。非常用の扉が開かれた。「わかった」とそのスーツの男は答えた。そしてスカイダイビングの要領で両手両足を広げ、外に飛び出す。空を滑るようにして、下の飛行機に乗り移った。パラシュートはつけてなかった。 ...
その人の背中は青い。背中からは無数のトゲが出ている。恐竜みたいだ。 その人がトゲを出したり引っ込めたりするのを見ている。音は聞こえない。でもその人は演奏しているみたいだ。トゲを使って。 ...
爪が長いわけではなかった。指の第一関節が異常に長いのだ。その指が笑った。まるで蜘蛛のように笑った、と僕は言う。蜘蛛は笑わないよ、と君は言う。指も笑わないよ。僕は反論する。見たんだ。クスクス笑うのを。僕を笑わなかったのは爪だけだ。 ...
酒が飲み放題だった。僕はあまり味のしないビールを飲んでいる。コドモ用に水で薄めたものだ。 僕たちのテーブルの周りを人が囲んでいる。立ったまま、身動きしない。不気味な感じ。でも悪意はない。彼らはこのテーブルが空くのを待っているだけだ。 大人たちは本物の酒を飲みながら「次の戦争」の話をした。次の戦争は中国でもう始まっていた。深刻な表情で「誰が行かされるんだろう?」「噂では‥‥」「...
彼は常に鼻声だった。そのせいで彼の発言はふざけているように感じられた。 彼はビートルズの解散の本当の理由を知っていると言って、それからビートルズの歌を何曲か歌った。鼻歌だった。結局解散の理由については何も喋らなかったのだが、それは何となく伝わってきた。 ...
人間がみんな、団子になっていた。食べられはしないと思うが‥‥大きさは握りこぶしくらいである。彼らはもう喋れないし、聞けもしない。意思の疎通は踊りで行うようだ。僕の前で、彼らはつねに踊っている。 ...
たくさんの水槽がある。いろんな魚がいる。学園祭は「魚」一色である。 とても危険だという大きな魚の横で、男が解説をしている。 「このエラを見て下さい」と男は言い、エラの中に手を入れた。「エラは安全です」 魚を見ながら、興奮状態になっている人がいた。エラに入れたがっているのだな、と僕は思う。 ...
ためしに鏡の前でピンク色の服を着てみると、僕にはよく似合っている。僕はどうしてしまったのだろう。いつの間にピンクが似合うようになってしまったのだ? しかたなく鼻歌を歌ってみた。僕は鼻歌が似合うオペラ歌手だ。イタリアに留学した。みんな旅行だと思っているが「留学」だった。鼻歌ではなく声楽を学んだ。 帰国してロックバンドを組んだ。すぐにメジャーデビューが決まった。マネージャーが...
トイレに行って、戻ってくると、彼女は持っていた傘を僕に渡した。それは僕の傘ではなかったし、彼女の傘でもなかった。雨も降ってなかった。 「この傘は何?」と僕は訊いた。 「アメリカの傘よ」と彼女は答えた。 「アメリカ?」 「デートの途中で雨が降ったら、この傘をさして帰ってきなさいって」 「あぁ、お父さんが?」 「雨が降ったら、デートは中断して、私は家に帰らなきゃならないの...
買ったときは緑色だった服が、家に帰って見るとピンクになっていた。不思議には思ったが、なぜか納得していた。それは、そういうものなのだ。その色は、僕によく似合っている。 絶妙のタイミングで、電話がかかってきた。デパートの、紳士服売り場からだ。よくお似合いですよ、と言う。 ...
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地方のスタジアムで、ルールのよくわからないスポーツの試合を僕は観ている。 とりあえず、青いユニフォームを着た選手の応援をすることにした。(ちなみに選手は数え切れないくらいいて、みんな違う色のユニフォームを着ている。) 観客席で撮った自撮り写真を友達に送り、これって何の試合なんだろうねとついでに訊く。 ...
ディーラーの握り拳の中に4つの数字がある。サイコロを転がして出した数字とは一致しない。友人たちはまた全部外した。 「いつかこれで大金を手にするんだ」いつも言っている、ギャンブル好きの彼ら。 もう帰ろう‥‥ 車に戻った。友人の1人が私と2人だけで話したいと言った。異議を唱えるもう1人の友人を、彼は殴って黙らせた。殴られた方はなぜか楽しそうに笑って‥‥ ‥‥ 「話っ...
バスを降りるときに3200万円を支払うのだ。僕じゃない。僕の友達が。彼はそんな金は持ってない。支払いは待ってやってくれ、と僕も運転手に頼む。 運転手は何も言わず、ずっとバスは停車したまま。 ...
地下のそのスペースにたくさんの人が集まっている。みんな友人だがもう誰が誰だか思い出せない。ある音楽が演奏されたのだった。その音楽は僕たちの記憶を洗い流していった。‥‥帰ろうかと思うが足が動かない。ここがどこなのかすらわからない。何か重大な目的があって僕たちはそこに集まったのだった‥‥ 会場の出口では記憶が売りに出されている。それは1点ずつ違うCDだったり紙の本だったりする。映像データで...
知らぬ間に宝くじが当たったようだ。きっとオンラインで買ったやつだ。大金が口座に振り込まれている。僕はその金を全部引き出し、宝くじ売り場へ向かい、そこで売られている宝くじを全部買う。そこで気づいたことがあるのだが、1億円分の宝くじの束は、1億円の札束より軽い。 ...
町の上空に浮かぶ雲のベッドで僕は目覚めた。寝ているうちにまた巨大化してしまったようだ。ベッドから足を下ろすとき住宅を一棟踏み潰してしまった。 いつまで寝ぼけているんだ、と町の住人から怒りの声が上がる。 ベッド下に落したティッシュの箱を取ろうとして暴れ回り、町の一区画を更地にしてしまったところで、完全に目を覚ました。 ...
東大生とは、東京大学の学生ではなくて、東京大学に連れていってくれる人のことだと、その人は主張し、5月のある日、東大を案内してくれたのだ。 東大は東京の大学というより寺院のようで、建物の中に入るとき、靴を脱がなければならなかった。 その日は休みなのか、構内に学生や教員の姿はなく、静かだった。 犬小屋があって、そこで白い犬が寝ていた。 ...
右側通行の道路、右ハンドルの日本車とすれ違った。赤いスポーツカー。運転していた女性が歩道の僕に手を振った。僕も振り返すと、それを合図に人が集まってきた。日本語が通じるか挑戦したい、という人たちだ。日本語を学んでいる学生たちだった。 ...
その家の玄関の前には大猫がいて、カメラを構えた僕が近寄ると後ずさった。そうか写真に撮られるのが嫌いなんだ。家に入るのに大猫が邪魔だった。どうすればどいてくれるだろうと思っていた。無事追い払うことができた。 ...
夕日を浴びて電車が走っている。電車には人は乗ってない。ジャガイモが積まれている。収穫したばかりのジャガイモだ。 線路はあるところで直角に曲がっている。電車はそこを上手く曲がれず、脱線してまっすぐに行ってしまう。まっすぐ行った先には車庫がある。まだ車庫に入りたくない、と電車は思う。 ...
陰茎は固く絞られた雑巾のようだった。僕だけじゃなくみんなのがそうなっている。ニュースでやっていた。みんなそうなってしまったなら仕方ない。 小便をするときはそれをさらにきつく絞る。残尿感があるならまだ絞れるってことだ。 ...
この写真家を僕はアラーキーという仮名で呼ぶことにする。つまり僕が拾ったのは普通のエロ本・エロ写真集ではなかったのである。後で見てわかったが、それはあるストーカーの日記だった。彼(おそらく男だろう)は複数の女性を追いかけていて、隠し撮りした写真の他に、標的の女性の利用するバスの時刻表や、訪れるカフェのメニューなども参考資料としてあり、その本を持っているのが僕は怖くなった。 ...
アイマスクの代わりに黒いタオルを巻いて寝ていた。電車の中だ。電車が駅に着いた。慌てて飛び起き、降車した。目的の駅の、1つ前だった‥‥ やってしまった‥‥降りたホームで、次の電車を待った。それはすぐ来た。先行する電車に追いつき、しばらく平行して走る。向こうの乗客たちが、僕に手を振っている。 ...
高速道路を僕は歩いている。険しい山を削ってつくられた道だ。時速300キロで走る透明な車が、僕の体を通り抜ける(逆なのかも知れないが、透明なのは僕の方で)。 路肩に男の子がいる。1人で遊んでいる。危険だ。僕は声をかけた。 親に電話してやるよ、迎えに来いって言ってあげる。 おうちの電話番号、覚えてる? 迷子の男の子が教えてくれた番号にかけると、それは僕の実家だ。死んだはず...
足元に酒瓶があった。隣のテーブルの方に蹴飛ばした。赤い酒が入っていた。僕は酒を飲まない。 隣りのテーブルで飲み食いしていたグループが僕に手を振って挨拶したのを見て席を立った。 店の外に出ると明るかった。朝だ。カネを払わずに出たことを思い出した。 僕はいろんなことを忘れていた。椅子の背には上着をかけたままだった。上着の内ポケットには財布が入っていた。 ...
僕は窓際に追いつめられた。窓から外に逃げようと思った。 しかし窓には鉄格子が嵌めてあった。 そいつは僕の体の中から「13歳の心臓」を抜き取ろうとした。 取っても死にはしないとそいつは言うが‥‥そもそも「13歳の心臓」って何だ? ...
愛する女に初めてキスしようとしたとき、私は自分が女になっていることに気がついた。 私がキスをすればこの女は男になるのだろうか、と考えながらキスした。目は閉じなかった。女の変化を観察していたが、何も起こらなかった。相思相愛の私たちの未来が、少し不安になった。 ...
女が「レストラン」と言っている。それを聞いた男が「レンタカー?」と返す。「レストラン」大声。「何借りるの?」さらに大声。「レンタルビデオ?」日本人の観光客だ、地下鉄の中。僕は用もない次の駅で降りる。 ...
怪獣の背中に生えているような刺が、道路に生えていた。車は走れなくなった。ある日突然のことだった。僕は茫然と見つめた。 刺は完全な等間隔で生えていた。人工物には見えなかったが、自然の物とも思えなかった。僕はスマホを覗き込み、世界を裏で牛耳る悪の組織の陰謀ではないかという説が、狂人たちの口から、説得力をもって語られるのを待った。 ...
ポケットから取り出した紙片、4つに折られていたのを開いて、約3分間、お湯に浸すのだ。 書かれていた文字が、お湯に溶け出して、紙が真っ白になったら、取り出すのだ。 文字が溶けたお湯を、僕は飲むのだ。知識が僕のものになる。 ...
手に大きなキャベツの葉を持ち、ゆったりと扇ぐ。冷房はなかった。あるのは大きすぎるキャベツの葉だけだ。暑がりの君に風を送った。 「それキャベツでしょ? 食べるものでしょう?」 君は問うたが、僕は返事をしなかった。 気づくと朝だった。詰所の夜警さんが、僕たちに言う。「もう1人の夜警と話し合ったんだがね、俺たちは、もう眠らないことにしたよ、1日中起きてるんだ、ずっとね」 ...
学校なのか仕事なのかはっきりしないが、休みたくて、布団の中から電話をしている。体調は良いわけではないが、寝てなければならないほど悪くもない。むしろ精神的なストレスからくる何かが、僕にそうさせるのだ。 無意識の内に僕は、自分の頬を洗濯バサミでつまんでいた。痛くはない。ちょっと違和感を感じるくらいだ。頬に何個か洗濯バサミをつけている。2階のバルコニーに立っている。手に色落ちした白っぽいジー...
トイレには3人の若者がいて、鏡の前で、髪を梳かしていた。 1人、凝った髪型をした男の頭蓋骨には、紐がついていた。仲間が2人、その紐を引っ張っていた。コルセットの紐を引っ張るようにして。 ...
僕の首筋には、何かに噛まれた痕があった。「犬に噛まれたんだね」と大人が僕に言った。 「どうして犬だとわかるの?」僕は聞き返した。 「病院に連れて行った方がいいな」と別の大人が言った。 「誰を連れて行くんだ?」ここからは大人同士の会話だ。大人の話を聞いていると眠くなる。 ...
雨の中、傘もささず、若者が行列をつくっていた。何に並んでいるのだろう。僕も最後尾につこうとした途端、「中止です」とアナウンスがあった。「中止します」。すると、ずぶ濡れの若者たちは、急に雨が気になり始めたようだった。 ...
「久しぶり」「お久しぶりです」たくさんの人が、僕にそう挨拶してきた。 中には、本当に久しぶりの人もいたが、大抵は初めて会う人だ。 僕が、相手の顔をよく見ようとすると、彼らは帽子や手で、顔を隠す。 そして、なぜかよくわからないのだが、僕は突然、空が飛べるようになった。 雲の上では、また見知らぬ人々が、「久しぶり」「お久しぶりです」そう挨拶してきた。 ...
いつの間にかデパートは閉店していた。出入り口に鍵がかけられてしまった。外に出られない。 途方に暮れていると、1人の男がやってきた。黒いスーツを着た、無口な男だ。どこから入ってきたのだろう。ここで何をしているのだろう。どこへ行くのだろう。話しかけても反応がないが、男についていけば出られるかも知れない。 後ろを歩いていくと、男の背丈は、どんどんと伸びた。僕の2倍〜3倍の長身になった。...
僕が話すことに決め、実際に話し出すまでにかかった時間が、話の内容を変えてしまうので、僕は、自分でも聞いたことのない話を、聞いたこともない声で、君にするのだ。 匂いも味もしない煙草を、一口だけ僕は吸い、そうか、僕は流行りの風邪に罹ったんだな、と気づいて、けど、それも夢だ。 鍋を火にかけて、沸騰した水が、消えてなくなるのを見ている。何を料理するつもりだったのか、思い出すために、もうい...
光が熱を失うのと、明るさを失うのはどっちが先だろうと思う。まず冷たくなって、それから消えていくんだろうか。それともまず暗くなって、そこから冷めていくんだろうか。 ...
音が近づいてくる。近づくにつれて音は小さくなる。音は僕は目の前にやってくる。もう何も聞こえない。 僕は音が君だと気づく。僕は音を抱きしめる。音は音を出そうとする。僕は音が目に見えるとでもいうように、君を見つめる。 僕が話すことに決め、実際に話し出すまでにかかった時間が、話の内容を変えてしまうので、僕は、自分でも聞いたことのない話を、聞いたこともない声で、君にするのだ。 ...
僕は手に何かを持っている。自分の持っているものが見えない。何だろう? それは重くはない。だがずっと持っていると手首が痛くなる。 その痛くなったところに君はキスする。すると痛みは増す。君は何度も同じ場所にキスする。痛みに耐えられなくなって僕は持っていたものを手放す。 ...
テレビでロレックスを見せびらかしている若い女に対抗心を剥き出しにした。引き出しの中に白いロレックスが眠っていた。僕はそれを腕にはめた。そしてスーツを着て、ネクタイを締め、散歩に出かけた。並木道を1人で歩いた。誰ともすれ違わなかった。 暗くなってから家に戻り、もういちど引き出しを開けた。そこには別のロレックスがあった。家中の引き出しを開けていった。まだあるはずだった。 ...
雪の日、寒い朝、君の吐く白い息は千切れていくつかの幽霊のようになり、廊下へ出て、順に狭い階段を下りた。僕のその、いちばん最後の幽霊の後をついて行く。1階で、幽霊たちは僕のためのパーティを開いてくれた。そこでどんな歌が歌われるのか、君は知らないだろう。 ...
ある男性と一緒に、電車に乗っていた。彼は僕の父親だと言う。だがどう見ても僕より若いし、僕たちは全然似てない。 僕たちは、初めての駅で降りた。駅前にある、消費者金融に用事があった。僕は借りていた金を返すのだ。彼は金を借りるのだ。 駅前に、「お1人様専用のフランス料理店」があった。ひどく腹がへっていた。でも今は駄目だ。次回、1人のときに来よう。 ...
僕の夢の中で、彼は長身のイケメンに姿を変えていた。性格もすっかり明るくなっていたので、彼が誰だか、最初はわからなかった。画廊で絵を見せてもらったとき、やっと気づいた。画風は、昔と変わらなかった。 店は、閉店した。もう朝だった。最後まで残っていた僕は、店のスタッフと一緒に、掃除を始めた。女主人に、雑巾を渡された。あちこち拭いているいる内に気づいたのだが、鉢植えは造花だった。 ...
友人がバイトしている店で、無料のコンサートがある。それを聴きに行くと、店頭には、そのミュージャンの自伝が積まれていた。信じられないことに、日本語で書かれていたので、誰も読めない。誰も、手に取ろうとしない。 そういえば、僕は日本人だったっけ。だから日本語が、読めるんだっけ。夢中になって、頁をめくっている間に、自分が誰なのか、なぜパリに来てるのか、思い出した。 ...
韓国のどこか。「訓練」が始まった。僕は気分が悪そうにしていた妹を抱きかかえて隊長の前に整列した。ハングル語がプリントされたTシャツ(何て書いてあるのか読めなかった)を着ていた隊長は本当に韓国人だったのかと疑問に思う。いったい何の訓練だろう。僕たちは一言も韓国語を喋らなかった。 虹が子供を産んだ。そしてすぐに消えた。僕と妹。僕たちはその場所で空を見上げ、毎日虹を待った。大きくなったら虹に...
さっき降った雪が、もう溶けてる。車道は濡れて、凍っていた。スリップしたバスに、タクシーがぶつかった。次の瞬間には、パトカーが来ていた。やって来るのが、異常に早かった。サイレンも聞かなかった。 君の家の庭には、まだ雪が残っていた。ドアをノックすると、知らない人たちが出てきた。親と子供たち、家族のようだ。彼らは、町に出て行った。もう、夏だった。 ...
男2人と女1人、三角関係だった。1人の男が歌を歌った。歌詞は外国語でわからない。女はその歌を聴いて、2人のもとを去った。歌わなかった男が、彼女を追いかけた。歌った男は僕のところに来て、「どう思う?」と訊いた。 ...
寺で女の子が雑巾掛けをしながら僕に言う。「おならが出そうなの」 「出せば?」と僕は答える。そして僕も屁をこく。 ...