地方のスタジアムで、ルールのよくわからないスポーツの試合を僕は観ている。 とりあえず、青いユニフォームを着た選手の応援をすることにした。(ちなみに選手は数え切れないくらいいて、みんな違う色のユニフォームを着ている。) 観客席で撮った自撮り写真を友達に送り、これって何の試合なんだろうねとついでに訊く。 ...
自分で自分にご褒美、と言うけれど。僕の外面は、僕の内面にご褒美をくれているような気がする。昨日も、今日も、鏡を見ると、僕の外面は、何か言いたげだ。「ほれ、褒美をやるぞ」と言っているのだ。でも、どうやったら受け取れるのかわからない。 ...
コンサート会場に来た。ピアニストがポスターの中を歩いていた。僕はその後をついて行き、‥‥僕がピアノの前まで行く。観客にお辞儀をしているところで、背後から誰かに呼び止められた。おーい、そっちじゃないぞ。僕は我に返り、元の会場に戻った。 ...
コンサート会場近くのカフェに1人でいる君を見かけた。僕は歩み寄り、午後のコンサートを楽しみにしていると伝えた。すると君は顔を上げ、もう1つのコンサートがここで行われると言った。このカフェで。 店内に置かれたピアノの前に黒い服を着た女性が座っている。演奏はすでに始まっていた。静かだが迫力のある、重々しい曲だった。 音はだんだん大きくなった。 君は僕の手を引いてカフェを出た。「...
ピアノの白鍵を1つ外して口に咥えた。火を点けて葉巻のように吸った。それはミの鍵盤だった。ミがいちばん美味い。最後の1本だ。ミはもう残ってない。 ...
自転車で坂道を下った。「底」に辿り着くまでとても長い時間がかかった。日はすっかり傾いて夜になってしまった。雨が上がったばかりだった。「底」にはあちこち大きな水溜りができていた。 ほんの少しだけ標高の高い土地に以前にはなかった町ができていた。 町の入り口にはピンク色の衣装を着たバニーガールが看板を持って立っていた。「何をしてるの?」「バイトの募集よ」「バニーガールのバイト?」「そう...
僕がいない間に、地震があった。火山が噴火して、隕石が落ちて、おまけに台風も来た。半世紀ぶりに帰った生まれ故郷の町は、壊滅していた。 生き残った人たち、1人ひとりに僕は謝った。「お前がやったのか?」小学校のときの同級生は訊いた。「うん」と僕は答えた。 「ずっと、どこに行ってた?」 「南の島。若い女と」 「‥‥それで、本当にお前がやったのか、お前が地震を起こしたのか、何もかも全...
南ヨーロッパのその町に、日本人が経営するインド料理店があった。噂には聞いていたが、食べに行ったことはなかった。昼どきで、外食は高いからと、僕は部屋に戻り、自分で何かつくるつもりでいた。そのとき、噂のインド料理店を見つけたのだ。 店の前に、日本語を話す背の高い地元民たちが、行列していた。僕が最後尾につくと、「お、ホンモノの日本人?」と、十人抜きで、店内に通してもらえた。食べ放題で、千円だ...
その町に入るには、鍵が必要だ‥‥。メタファーではない。本物の鍵が要る。鍵なしで町に入ったところで、本当に入ったことにはならない、とその人は言った。僕たちの保証人だ。 「出るときには鍵は要らないの?」と君は訊いた。「鍵がなければ、本当に町を出たことにはならないんじゃないの?」 「保証人さんは、町のご出身ですよね?」いちおう確認のため僕は訊いた。 その町は子供たちの町だった。大人が...
柔らかい雪が降っていた。その雪は雨みたいに猛烈なスピードで降ってくるので、地面に積もる前にバラバラになってしまった。 階段を下りて地下のライブハウスに行った。激しい演奏を聴いている。友人が2人入ってきた。僕たちはここで待ち合わせたのだ。 「さぁ行こう」と僕は2人に言った。 「音楽のつづきは聴かないの?」 「つづきなんかいいさ」と僕は答えた。 だが1人は曲を最後...
曇り空に、青空が入った「箱」が1つ浮かんでいる。そこは本当は僕の「部屋」だという。でもあんな高いところにある。どうやって上がっていけばいいのかわからない。 一日中曇りだ。昼間なのに暗い。青空は僕の部屋の中に閉じこもったまま出てこない。 ピンクフロイドみたいだ。雲の合間から豚が顔を出した。ブーと鳴く。 ...
小説の書き出しの一行を思いついた。小説の書き終わりの一行を思いついた。その間にある千行も思いついた。けど書き上がったのは小説ではなかった。僕はそういうのが得意だ。そういうごまかしや言い訳が。 ...
ハングル文字を使ったパズル、スクラブルのようなゲーム、僕は「天国(천국)」という単語をつくろうとして、成功した。 それで僕の勝ち、ではなかったのか。 僕は「天国」に行かされた。そこには「天国」をつくったプレイヤーが集められていた。 ずっと同じ姿勢で、次の啓示を待っている間、僕たちに雪が2メートル積もった。 そう、天国は思ったより暗くて寒かった。僕はスイッチを入れた。...
曲がり角を曲がった。最後の曲がり角のような気がした。なぜそんな気がしたのだろう。これで曲がるべき曲がり角はないのだ。もうないのだ。そんな気がした。なぜそんな気がしたのだろう。僕は汗をかいていた。咳までが湿っぽかった。 ...
よく見てみると、僕の人差し指には、関節が4つもあった。曲がるところが突然増えたとは信じられないが、何年も見逃していたとも思えない。でもまぁ、それは後で考えよう。せっかくあるのだから、曲げて見よう。さぁ、ほら。 ...
大根銀行に預金がある。僕のメインバンクだ。宝くじで30億ウォンが当たった。国民大麻銀行の本店で受け取った。 大根銀行に口座がある、と言った。大根のバッジを見せたのに。 当行に資産運用を任せてはいただけないでしょうか? 僕は国家大根銀行に口座がある、と言った。 国民大麻銀行の連中は僕のバッジが見えないのだろうか? ...
先生の前でピアノを弾く。暗譜で弾かなきゃならない。曲はベートーベンのピアノソナタ第31番。楽譜は先生が持っている。何やら講評を書き込んでいる。 僕は暗譜ができてない。先生から楽譜を奪い返す。しかしそれは別の曲の楽譜だった。歌曲だ。ドイツ語で歌詞が書いてある。 僕は弾き始める。戸惑いがちに。するといつの間にか周囲に集まっていた女性たちが、立ち上がり、歌い始める。 ...
夜のあいだ走りつづけていたバスは、朝の早い時間サービスエリアに停車した。乗客たちは目を覚まし、トイレに行った。すぐにバスに戻り、もうひと眠りする。 次にバスが停車したのは、真夜中だった。昼のあいだ、誰も目を覚まさなかった。僕たちは、トイレに行った。そしてバスに戻ると、また眠った。 ...
手に足を持って歩いていた。本物の、生きた人間の足だ。 僕は足の足首のところを持って、杖のように使った。腿は太くて片手では掴めなかったから。そうやって僕は丘の上に上った。頂上と呼べるのがどこかわからなかったが、いちばん見晴らしのよい場所を見つけて、地面に浅く穴を掘り、そこに足を植えた。 ...
何気なく言ったこの言葉が、君を喜ばせることになった。 「君の弾くピアノの音、まるで人間の声のように聞こえたよ。ピアノの音じゃなかった。人が歌っているみたいだった。すごく驚いた」 「本当に? それ、私の究極の目標なの‥‥」 「なんか、達成できてるみたいだね」 演奏中、ステージから客席の僕が見えたそうだ。「すごく、フローリッシュなオーラが出てた」 「フローリッ...
男娼を買った。興味本位で。だが彼はよく見るとおじさんだった。垂れた尻。急に冷めた。 「チェンジしてもらっていいかな?」と僕は訊いた。「やっぱり女がいい」 だが代わりにやってきたのは、おばあさんだった。僕は呆れて訊いた、「あなた何歳ですか?」 「あんたはいくつなんだい?」 26歳だった。 すると、「あんたのこと、覚えてるよ。昔、私を買ったね。30年...
お隣の子供の脳と僕の体はシンクロしていた。どういうことか、その子の脳が発した指令を、僕の体が受けてしまうのだ。 その子がご飯を食べようと思い、箸を使う。 すると僕の手は、そのように動く。 女房が不審がって「何をしてるの?」と訊いた。 「隣の子が、今ご飯を食べてるんだと思うよ」 「何の話?」 「シンクロナイズトご飯」 そんなオカルト、誰が信じるというのだろう...
沖縄に雪が降ったらしい。寒かった。 そしてあれだけ気をつけていたのに、突然ぎっくり腰になったのは、サボテンの呪いではないかと思い至った。 バルコニーに出ていたサボテンを、暖かい室内に入れた。水を与え祈った。祈ってから水をあげたんだったかな。とにかくそうすると、腰の痛みは消えた。 ...
柔らかい土の中を、人が泳いでいる。芸能人らしいが、僕は名前を知らない。彼は土の上に顔を出し、何か喋る。「負けたら」とか何とか、それ以上は聞き取れない。 その横の、白いご飯粒の海を、また別の人が泳いでいる。炊きあがった、粘り気のあるご飯粒。勝者である彼は、そこから這い出て、(ご飯の上に)あぐらをかいて座る。 ...
江戸時代からタイムスリップしてきた男と一緒に、書店へ行く。男は常に興奮状態だ。ちょっとしたことにも驚いて大声を上げはしゃぎまわる。 僕たちは男を紐で繋いでおいた。犬の散歩用のリードに。 「こいつにお使いをさせてみよう」と仲間の1人が言う。「初めてのお使い、江戸時代から来た男編だ」 「隠し撮りした動画をユーチュープで流すんだ」「バズるぞ」 それは倫理的に問題があるんじゃない...
数学の問題が、なかなか解けなかった。教室に、僕1人残った。ずっと考えていると、耳にカブト虫の羽音が聞こえてきた。それは、だんだん近づいてくる。でも、たぶん幻聴だった。今日は、2月15日だから。こんな冬の日に、カブト虫は飛ばない。 みかんを食べている。2月15日のファイルを探した。去年の2月15日だ。みかん箱の底に、それはある。 ...
2時間だけのバイトを終え、帰宅するバスに乗った。いちばん後ろの席に座り、少しうとうとした。 家に着いた。僕の部屋は6階だった。6階まで行くエレベーターがなかなか来なかった。みんな、5階止まりだ。 嫌な予感がしたんじゃ。 エレベーターの時刻表を確認した。 もう、6階行きの終電は出た後だった。エスカレーターで上がろうかと思ったが、エスカレーターは点検工事中だ。(ロビーで寝...
いくつかの箱を組み合わせて芸術作品をつくっていると、何人かの人が見に来た。 多くの人が、箱に塗られているのは何色かと質問してきた。 「まだ色は塗ってないです」 「本当ですか?」 ある人は「素晴らしい作品じゃのう」と誉め称えた。「まだ完成してないですよ」と僕は答えた。 ...
妹の部屋から白い棺桶が運び出された。父はそれをベッドじゃと言い、母はソファじゃと言い張ったが、棺桶であることは疑いようもなかった。 棺桶は火葬場に運び込まれた。棺にはやはり妹が安置されていた。棺には花と一緒にケーキやクッキーが入れられている。 誰も見ていないことを確認して僕はそれらを食べた。 いったい何で死んだのかわからないが、死んでるんならケーキなんか要らないだろう。僕は...
床に転がって昼寝していると、お手伝いさんが部屋の掃除に来た。起き上がるのが面倒だったので、そのまま寝たふりをつづけた。 それを見て、お手伝いさんは僕の尻を蹴飛ばした。「起きてるんだろ? 少しは手伝いなよ」 僕は読みかけの本を手に取った。「いま読書中」 「何読んでるんだい?」 「『北回帰線』、やらしいことがいっぱい書いてある本さ」 「お父様に言いつけてやる」と言ってお手...
兵士たちが堪らず次々とクルマから飛び降りる中、僕らは臭さの中心へと向う。 あまりにも臭かった。ジープから飛び降りた兵士は、地面を転げのたうちまわった。なんでそんなに平気な顔をしていられるのかと、運転手は僕に訊いた。 ‥‥兵士たちとジープに乗り込んだときのこと。みんな鼻をつまんでいた。見送る士官もそうしていた。彼らを見ていると申し訳ない気持ちになった。 やがて目的地に着いた。...
僕の店に男が来た。ウェイトレスが注文を取りに行った。しかし男は何がほしいのか話そうとしない。 「ラーメン食べたくない?」としびれを切らしたウェイトレスは訊いた。「みんなで一緒に食べようよ」 「いいね、そうするよ」と男は答えた。 僕は店の隣のコンビニにカップラーメンを買いに行った。 顔馴染みの店員がいたので彼にテレパシーを送った。それから訊いた、「僕が何を買いに来たかわかる...
君と電話で話していると、精神科医が割り込んできた。ラジオで人生相談をやっている医者だ。「話は全部聞かせてもらいました」と言う。 僕はもう、日本の家は引き払って、韓国に移住しようかという話をしていた。 「何かアドバイスはありますか?」 しかし医者は、彼の専門とはまったく関係のない、金運がアップする財布の話を始めて、僕を困惑させた。 ...
そのポルシェにはクラッチがなかった。「クラッチないですね」と僕は言った。 「ありませんよ」助手席のセールスマンは答えた。 「じゃどうやってギヤチェンジするんですか?」 「頭の中で強く思い描いてください」 なるほど、そういえばこのクルマには、ハンドルもブレーキもない。 僕はギヤを1速に入れ、半クラでゆっくりと発進するところをイメージした(昔をよく知っている人じゃないと、...
最初は消しゴムだった。使いかけだった。その消しゴムを未使用の鉛筆と交換した。鉛筆は高級な筆と交換した。わらしべ長者の話のように、僕の手にしているものは、どんどん高価なものに代わっていく。 最終的には、それは楽譜になった。僕の知らない作曲家の、未発表の楽譜だという。それを僕は、君に渡した。君は初見で弾いた。君が弾き終わると、楽譜はもうなかった。ピアノとともに、消えていたのだ。 ...
円周率は小数点以下2000桁までを暗記している。 忘れられない。 記憶にプラスの障害のあった小学生のときに覚えた。これはいくらでも覚えられると思った。とりあえず2000桁で止めたのだけど、正しい判断だった。 10000桁も20000桁も暗記しなくて良かった。絶対に忘れられなくなっていたと思う。 いや、僕は、円周率をもっともっと暗記するべきだった。 プラス...
図書館から出るのに、出口がわからなかった僕は、窓から出て、塀の上を歩いた。端で飛び降りると‥‥ 図書館は刑務所のように見えた。その向こうに中学校の校舎があった。それもまた刑務所のようである。男子学生がセーラー服を着せられている。下は何もはいてない。ベランダに制服のズボンが干してある。 ...
買ってきたヨーグルトを冷蔵庫に入れる前に床に並べ幼い息子と一緒に数を数えた。全部で11個だったが目で見ただけでは息子は正確に数えられなかった。「触ってもいい?」と彼は訊く。 「いいよ」と僕は答えた。 息子は容器の蓋を開け指でヨーグルトに触り出したがそうやって数えても結局いくつあるのかわからないようだ。 「冷蔵庫にしまおうか」僕は言った。 「冷蔵庫に入れて、あとで食べるの?」...
教室で。英会話の聞き取りができなかった。答えはトイレの中にあると言われた。トイレを見に行く。そこには着物を着た女の人がいて、七輪でサンマを焼いていた。 窓の外にはカップルがいて、彼らもサンマを見つめている。焼いても煙が出ないのはなぜだろう。さっきから犬が吠えている。 ...
その塔の入り口の前で僕は、異教徒の君が中に入ることができるように、君の全身に呪文のシャワーを浴びせた。 『耳なし芳一』の話を知ってる? 彼は耳に呪文を書いてもらうのを忘れた。それで耳を食べられちゃったんだ。 じゃ私も、脇の下を食べられちゃうのね? あぁごめん、脇を忘れてた。 いいよ別に、ここは食べられても。 よくないよ。 ...
その国から出国できるのは1日3人までだった。出国希望者は多かったので、毎日抽選になった。空港で1人ずつクジを引くのだ。その日は20時まで当たりがでなかった。僕たちが空港に着いたのは21時過ぎだったが、まだ誰も当たりを引いていなかった。 僕たちはライトアップされた抽選箱に近づいた。箱にはトナカイとサンタクロースのイラストがあった。まず君が当たりクジを引いた。その次に僕が引いたクジも当たり...
ブランドもののバッグを盗んだ。中古屋に売りつけようとしたが、その店のアンドロイドの店員はバッグは偽物だと言った。お前だって人間の偽物じゃないか、と僕は思ったが、口には出さなかった。 ...
同じとこの周囲をグルグル、半時計周りにまわるのやめられなくなった。その中心にはガラス張りのカフェがある。入りたがっているのだと思われたら嫌だ。 カフェには入り口がない。 よく見てみるとカフェの内側と外側とでは重力の大きさが違うようだ。ということは時間の進み方が違うということである。 ...
その自転車にブレーキはついてなかった。サドルから腰を浮かせるとブレーキがかかる仕組みだった。だからスピードを出そうとして立ち漕ぎをすると止まってしまうのだ。ある意味安全設計であった。 その自転車で僕は駅に向っていた。途中でブランドもののバッグを盗んだ。中古屋に売りつけようとしたが、その店のアンドロイドの店員はバッグは偽物だと言った。 ...
後ろから飛んできた枯葉が1枚、鳥を追い越した。鳥よりも速く飛ぶ枯葉だ。鳥はスピードを上げた。しかし自分を追い越していった枯葉に追いつくことはできなかった。 ...
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地方のスタジアムで、ルールのよくわからないスポーツの試合を僕は観ている。 とりあえず、青いユニフォームを着た選手の応援をすることにした。(ちなみに選手は数え切れないくらいいて、みんな違う色のユニフォームを着ている。) 観客席で撮った自撮り写真を友達に送り、これって何の試合なんだろうねとついでに訊く。 ...
ディーラーの握り拳の中に4つの数字がある。サイコロを転がして出した数字とは一致しない。友人たちはまた全部外した。 「いつかこれで大金を手にするんだ」いつも言っている、ギャンブル好きの彼ら。 もう帰ろう‥‥ 車に戻った。友人の1人が私と2人だけで話したいと言った。異議を唱えるもう1人の友人を、彼は殴って黙らせた。殴られた方はなぜか楽しそうに笑って‥‥ ‥‥ 「話っ...
バスを降りるときに3200万円を支払うのだ。僕じゃない。僕の友達が。彼はそんな金は持ってない。支払いは待ってやってくれ、と僕も運転手に頼む。 運転手は何も言わず、ずっとバスは停車したまま。 ...
地下のそのスペースにたくさんの人が集まっている。みんな友人だがもう誰が誰だか思い出せない。ある音楽が演奏されたのだった。その音楽は僕たちの記憶を洗い流していった。‥‥帰ろうかと思うが足が動かない。ここがどこなのかすらわからない。何か重大な目的があって僕たちはそこに集まったのだった‥‥ 会場の出口では記憶が売りに出されている。それは1点ずつ違うCDだったり紙の本だったりする。映像データで...
知らぬ間に宝くじが当たったようだ。きっとオンラインで買ったやつだ。大金が口座に振り込まれている。僕はその金を全部引き出し、宝くじ売り場へ向かい、そこで売られている宝くじを全部買う。そこで気づいたことがあるのだが、1億円分の宝くじの束は、1億円の札束より軽い。 ...
町の上空に浮かぶ雲のベッドで僕は目覚めた。寝ているうちにまた巨大化してしまったようだ。ベッドから足を下ろすとき住宅を一棟踏み潰してしまった。 いつまで寝ぼけているんだ、と町の住人から怒りの声が上がる。 ベッド下に落したティッシュの箱を取ろうとして暴れ回り、町の一区画を更地にしてしまったところで、完全に目を覚ました。 ...
東大生とは、東京大学の学生ではなくて、東京大学に連れていってくれる人のことだと、その人は主張し、5月のある日、東大を案内してくれたのだ。 東大は東京の大学というより寺院のようで、建物の中に入るとき、靴を脱がなければならなかった。 その日は休みなのか、構内に学生や教員の姿はなく、静かだった。 犬小屋があって、そこで白い犬が寝ていた。 ...
右側通行の道路、右ハンドルの日本車とすれ違った。赤いスポーツカー。運転していた女性が歩道の僕に手を振った。僕も振り返すと、それを合図に人が集まってきた。日本語が通じるか挑戦したい、という人たちだ。日本語を学んでいる学生たちだった。 ...
その家の玄関の前には大猫がいて、カメラを構えた僕が近寄ると後ずさった。そうか写真に撮られるのが嫌いなんだ。家に入るのに大猫が邪魔だった。どうすればどいてくれるだろうと思っていた。無事追い払うことができた。 ...
夕日を浴びて電車が走っている。電車には人は乗ってない。ジャガイモが積まれている。収穫したばかりのジャガイモだ。 線路はあるところで直角に曲がっている。電車はそこを上手く曲がれず、脱線してまっすぐに行ってしまう。まっすぐ行った先には車庫がある。まだ車庫に入りたくない、と電車は思う。 ...
陰茎は固く絞られた雑巾のようだった。僕だけじゃなくみんなのがそうなっている。ニュースでやっていた。みんなそうなってしまったなら仕方ない。 小便をするときはそれをさらにきつく絞る。残尿感があるならまだ絞れるってことだ。 ...
この写真家を僕はアラーキーという仮名で呼ぶことにする。つまり僕が拾ったのは普通のエロ本・エロ写真集ではなかったのである。後で見てわかったが、それはあるストーカーの日記だった。彼(おそらく男だろう)は複数の女性を追いかけていて、隠し撮りした写真の他に、標的の女性の利用するバスの時刻表や、訪れるカフェのメニューなども参考資料としてあり、その本を持っているのが僕は怖くなった。 ...
アイマスクの代わりに黒いタオルを巻いて寝ていた。電車の中だ。電車が駅に着いた。慌てて飛び起き、降車した。目的の駅の、1つ前だった‥‥ やってしまった‥‥降りたホームで、次の電車を待った。それはすぐ来た。先行する電車に追いつき、しばらく平行して走る。向こうの乗客たちが、僕に手を振っている。 ...
高速道路を僕は歩いている。険しい山を削ってつくられた道だ。時速300キロで走る透明な車が、僕の体を通り抜ける(逆なのかも知れないが、透明なのは僕の方で)。 路肩に男の子がいる。1人で遊んでいる。危険だ。僕は声をかけた。 親に電話してやるよ、迎えに来いって言ってあげる。 おうちの電話番号、覚えてる? 迷子の男の子が教えてくれた番号にかけると、それは僕の実家だ。死んだはず...
足元に酒瓶があった。隣のテーブルの方に蹴飛ばした。赤い酒が入っていた。僕は酒を飲まない。 隣りのテーブルで飲み食いしていたグループが僕に手を振って挨拶したのを見て席を立った。 店の外に出ると明るかった。朝だ。カネを払わずに出たことを思い出した。 僕はいろんなことを忘れていた。椅子の背には上着をかけたままだった。上着の内ポケットには財布が入っていた。 ...
僕は窓際に追いつめられた。窓から外に逃げようと思った。 しかし窓には鉄格子が嵌めてあった。 そいつは僕の体の中から「13歳の心臓」を抜き取ろうとした。 取っても死にはしないとそいつは言うが‥‥そもそも「13歳の心臓」って何だ? ...
愛する女に初めてキスしようとしたとき、私は自分が女になっていることに気がついた。 私がキスをすればこの女は男になるのだろうか、と考えながらキスした。目は閉じなかった。女の変化を観察していたが、何も起こらなかった。相思相愛の私たちの未来が、少し不安になった。 ...
女が「レストラン」と言っている。それを聞いた男が「レンタカー?」と返す。「レストラン」大声。「何借りるの?」さらに大声。「レンタルビデオ?」日本人の観光客だ、地下鉄の中。僕は用もない次の駅で降りる。 ...
怪獣の背中に生えているような刺が、道路に生えていた。車は走れなくなった。ある日突然のことだった。僕は茫然と見つめた。 刺は完全な等間隔で生えていた。人工物には見えなかったが、自然の物とも思えなかった。僕はスマホを覗き込み、世界を裏で牛耳る悪の組織の陰謀ではないかという説が、狂人たちの口から、説得力をもって語られるのを待った。 ...
ポケットから取り出した紙片、4つに折られていたのを開いて、約3分間、お湯に浸すのだ。 書かれていた文字が、お湯に溶け出して、紙が真っ白になったら、取り出すのだ。 文字が溶けたお湯を、僕は飲むのだ。知識が僕のものになる。 ...
煙も出なかった。灰も残らなかった。巣に捕えられた小さな虫たちが逃げ出した。僕はライターで火をつけていく。蜘蛛の巣は燃えた。ボワッ、ボワッと。僕は蜘蛛たちと一緒に、燃える蜘蛛の巣を見ていた。美術館で美術作品を鑑賞しているような感じで、静かに。 ...
手に大きなキャベツの葉を持ち、ゆったりと扇ぐ。冷房はなかった。あるのは大きすぎるキャベツの葉だけだ。暑がりの君に風を送った。 「それキャベツでしょ? 食べるものでしょう?」 君は問うたが、僕は返事をしなかった。 気づくと朝だった。詰所の夜警さんが、僕たちに言う。「もう1人の夜警と話し合ったんだがね、俺たちは、もう眠らないことにしたよ、1日中起きてるんだ、ずっとね」 ...
学校なのか仕事なのかはっきりしないが、休みたくて、布団の中から電話をしている。体調は良いわけではないが、寝てなければならないほど悪くもない。むしろ精神的なストレスからくる何かが、僕にそうさせるのだ。 無意識の内に僕は、自分の頬を洗濯バサミでつまんでいた。痛くはない。ちょっと違和感を感じるくらいだ。頬に何個か洗濯バサミをつけている。2階のバルコニーに立っている。手に色落ちした白っぽいジー...
トイレには3人の若者がいて、鏡の前で、髪を梳かしていた。 1人、凝った髪型をした男の頭蓋骨には、紐がついていた。仲間が2人、その紐を引っ張っていた。コルセットの紐を引っ張るようにして。 ...
僕の首筋には、何かに噛まれた痕があった。「犬に噛まれたんだね」と大人が僕に言った。 「どうして犬だとわかるの?」僕は聞き返した。 「病院に連れて行った方がいいな」と別の大人が言った。 「誰を連れて行くんだ?」ここからは大人同士の会話だ。大人の話を聞いていると眠くなる。 ...
雨の中、傘もささず、若者が行列をつくっていた。何に並んでいるのだろう。僕も最後尾につこうとした途端、「中止です」とアナウンスがあった。「中止します」。すると、ずぶ濡れの若者たちは、急に雨が気になり始めたようだった。 ...
「久しぶり」「お久しぶりです」たくさんの人が、僕にそう挨拶してきた。 中には、本当に久しぶりの人もいたが、大抵は初めて会う人だ。 僕が、相手の顔をよく見ようとすると、彼らは帽子や手で、顔を隠す。 そして、なぜかよくわからないのだが、僕は突然、空が飛べるようになった。 雲の上では、また見知らぬ人々が、「久しぶり」「お久しぶりです」そう挨拶してきた。 ...
いつの間にかデパートは閉店していた。出入り口に鍵がかけられてしまった。外に出られない。 途方に暮れていると、1人の男がやってきた。黒いスーツを着た、無口な男だ。どこから入ってきたのだろう。ここで何をしているのだろう。どこへ行くのだろう。話しかけても反応がないが、男についていけば出られるかも知れない。 後ろを歩いていくと、男の背丈は、どんどんと伸びた。僕の2倍〜3倍の長身になった。...
僕が話すことに決め、実際に話し出すまでにかかった時間が、話の内容を変えてしまうので、僕は、自分でも聞いたことのない話を、聞いたこともない声で、君にするのだ。 匂いも味もしない煙草を、一口だけ僕は吸い、そうか、僕は流行りの風邪に罹ったんだな、と気づいて、けど、それも夢だ。 鍋を火にかけて、沸騰した水が、消えてなくなるのを見ている。何を料理するつもりだったのか、思い出すために、もうい...
光が熱を失うのと、明るさを失うのはどっちが先だろうと思う。まず冷たくなって、それから消えていくんだろうか。それともまず暗くなって、そこから冷めていくんだろうか。 ...
音が近づいてくる。近づくにつれて音は小さくなる。音は僕は目の前にやってくる。もう何も聞こえない。 僕は音が君だと気づく。僕は音を抱きしめる。音は音を出そうとする。僕は音が目に見えるとでもいうように、君を見つめる。 僕が話すことに決め、実際に話し出すまでにかかった時間が、話の内容を変えてしまうので、僕は、自分でも聞いたことのない話を、聞いたこともない声で、君にするのだ。 ...
僕は手に何かを持っている。自分の持っているものが見えない。何だろう? それは重くはない。だがずっと持っていると手首が痛くなる。 その痛くなったところに君はキスする。すると痛みは増す。君は何度も同じ場所にキスする。痛みに耐えられなくなって僕は持っていたものを手放す。 ...
テレビでロレックスを見せびらかしている若い女に対抗心を剥き出しにした。引き出しの中に白いロレックスが眠っていた。僕はそれを腕にはめた。そしてスーツを着て、ネクタイを締め、散歩に出かけた。並木道を1人で歩いた。誰ともすれ違わなかった。 暗くなってから家に戻り、もういちど引き出しを開けた。そこには別のロレックスがあった。家中の引き出しを開けていった。まだあるはずだった。 ...
雪の日、寒い朝、君の吐く白い息は千切れていくつかの幽霊のようになり、廊下へ出て、順に狭い階段を下りた。僕のその、いちばん最後の幽霊の後をついて行く。1階で、幽霊たちは僕のためのパーティを開いてくれた。そこでどんな歌が歌われるのか、君は知らないだろう。 ...
ある男性と一緒に、電車に乗っていた。彼は僕の父親だと言う。だがどう見ても僕より若いし、僕たちは全然似てない。 僕たちは、初めての駅で降りた。駅前にある、消費者金融に用事があった。僕は借りていた金を返すのだ。彼は金を借りるのだ。 駅前に、「お1人様専用のフランス料理店」があった。ひどく腹がへっていた。でも今は駄目だ。次回、1人のときに来よう。 ...
僕の夢の中で、彼は長身のイケメンに姿を変えていた。性格もすっかり明るくなっていたので、彼が誰だか、最初はわからなかった。画廊で絵を見せてもらったとき、やっと気づいた。画風は、昔と変わらなかった。 店は、閉店した。もう朝だった。最後まで残っていた僕は、店のスタッフと一緒に、掃除を始めた。女主人に、雑巾を渡された。あちこち拭いているいる内に気づいたのだが、鉢植えは造花だった。 ...
友人がバイトしている店で、無料のコンサートがある。それを聴きに行くと、店頭には、そのミュージャンの自伝が積まれていた。信じられないことに、日本語で書かれていたので、誰も読めない。誰も、手に取ろうとしない。 そういえば、僕は日本人だったっけ。だから日本語が、読めるんだっけ。夢中になって、頁をめくっている間に、自分が誰なのか、なぜパリに来てるのか、思い出した。 ...
韓国のどこか。「訓練」が始まった。僕は気分が悪そうにしていた妹を抱きかかえて隊長の前に整列した。ハングル語がプリントされたTシャツ(何て書いてあるのか読めなかった)を着ていた隊長は本当に韓国人だったのかと疑問に思う。いったい何の訓練だろう。僕たちは一言も韓国語を喋らなかった。 虹が子供を産んだ。そしてすぐに消えた。僕と妹。僕たちはその場所で空を見上げ、毎日虹を待った。大きくなったら虹に...
さっき降った雪が、もう溶けてる。車道は濡れて、凍っていた。スリップしたバスに、タクシーがぶつかった。次の瞬間には、パトカーが来ていた。やって来るのが、異常に早かった。サイレンも聞かなかった。 君の家の庭には、まだ雪が残っていた。ドアをノックすると、知らない人たちが出てきた。親と子供たち、家族のようだ。彼らは、町に出て行った。もう、夏だった。 ...
男2人と女1人、三角関係だった。1人の男が歌を歌った。歌詞は外国語でわからない。女はその歌を聴いて、2人のもとを去った。歌わなかった男が、彼女を追いかけた。歌った男は僕のところに来て、「どう思う?」と訊いた。 ...