女の殺し屋が銃を構え、こちらに向ってゆっくりと歩いてくる。対する僕たちは5人だった。こちらも銃の狙いをつけ、殺し屋の前に立ちはだかった。けれど殺し屋がゼロ距離にまで近づいても、僕たちは撃てなかった。 殺し屋も発砲せず、僕たちの体の中を通り過ぎた。仲間たちは膝から崩れ落ち、二度と立ち上がれなくなった。僕は怖くなり、自分の体から逃げ出そうとした。あぁ、それには成功した。 ...
レストランの案内された席についたとき、何の脈絡もなく僕はヒゲを抜きたくなった(しかし鏡がない)。 すると1人のおばさんが目の前に立った。おばさんのTシャツにはヒゲが生えていた。僕はそれを抜くことで自分の欲求を満足させたのである。 ...
小雨の中、動物園まで駆けた。 結局使う機会はなかったレインコートがポケットの中にあった。走っている内に雨は上がった。そもそも小雨だった。 動物園の中からたくさんの人が出てきて駐車場へ向う。今から入ろうとするのは僕だけのようだ。動物たちの匂いがする。動物たちの鳴き声が聞こえる。僕を呼んでいるみたいだ。 ...
彼はイクときに「レーニン」と叫ぶ癖があった。隣の部屋にいてもその声は聞こえた。「誰?」と後で僕が質問すると、彼は恥ずかしそうに顔を伏せた。そして「知らないのか?」と逆に訊いた。 ...
彼はテレビを見るのが好きだ。いつも頷きながら見ている。彼は本を読むのが好きだ。いつも頷きながら読んでる。 彼は僕の話を聞くのが好きだろうか。僕の話を聞くときには絶対に頷かない。 彼の手足は細い。昆虫の手足のように細い。僕は話をしながらその手足に生えた毛を見る。 ...
何でも溶かしてしまう硫酸のプールにその人が両足を浸したとき悪魔がやってきたので僕は逃げた。 その人は悪魔につかまってしまうだろう。両足はもう溶けているだろう。逃げられないだろう。 だけど悪魔は言うのだ、「あのコの足は溶けないよ」 「お前の足はどうだい? 逃げられるのかい?」 僕は逃げた。「綺麗な足だね」。ここは地獄だ。エレベーターで地上に帰ろうと思いボタンを押した。 ...
子供を連れた若い母親が後ろ向きに歩いていた。 「あなた、後ろ向きに歩いてますよ」と教えてあげた。「子供もです」 「こっちが前ですよ」僕は母親と子供の向きを直してあげた。 すると母親はものすごい勢いで前に進み出した。子供は置き去りになってしまった。 ...
ウェストが細い人形が好きだと、その人は僕に宣言した。突然のことだった。 手に「ウェストが細い人形」を持っている。 「ウェストが細い人間には興味はないんだ」 「ウェストが太い人間は?」 その質問には答えず「ウェストが太い人形は嫌いさ」 ...
使者がやってきた。僕は「それ」を手に使者につづいた。「それ」は僕の手の中で形を変える。「それ」が元々何であったかはわからない。 今僕が手にしているのは銃だ。僕はスーパーにいた。真っ昼間なのに店は閉まっている。日曜日なのかも知れない。使者はもういない。僕も何でここにいるのかわからない。(銃を早く捨ててしまおう。) ...
みんなが体操服を着て体育館で体育座りをしている最中に、僕は2人の女子と抜け出して拳銃を手に、スーパーに盗みに入った。 僕たちは拳銃で店の人たちを脅したくさんのお菓子を盗るつもりでいたが店内には誰もいなくて拍子抜け‥‥ もう拳銃は使わない。僕はそれを分解してポケットの中に入れた。結局何も盗らずに外に出た。女子2人はいなくなっていた。僕は自分が靴を履いていないことに気づいた‥‥ ...
僕らが乗り込んだ車は、ドアもシートも、すべて透明だった。 後席に、君と腰掛けた。すると僕らの着ていた服も、透明になった。 しかし君はまるで表情を変えなかった。それで僕は、(僕の目にだけそう見えるのだろう)と思い込もうとした。 しばらくして目が慣れてくると、君の、ブラジャーなどの下着が見えてきた。見えたような、気がした。 ...
ステージに向う通路で、僕は僕とデェエットする歌手のキワドい衣装を初めて見た。 別に何も着なくてもいいのよ、と彼女は言った。誰も見てないから。 あなたも着なくていいのよ。観客はいない。 僕は言い返した。この服気に入ってるんだ。 あっそう。 僕たちは舞台に上がった。彼女の言うとおり誰もいなかった。バックバンドさえいなかったが、構わず僕は熱唱した。 彼女...
天使が落した爆弾は、爆発するときも音を立てなかった。光も熱も発しなかった。それはただ炸裂し、そして景色が変わった。天国に人がいなくなった。 ...
町は奇妙だった。何が奇妙なのか最初はわからなかった。今やっとわかった。影が長いのだ。日が傾いているわけでもないのに、ありえないほど、地平線の彼方まで伸びる影を引き摺って、人々は歩いている。 日は、永遠に高いまま。そしてなぜか、人々の歩くスピードは、全員同じ、秒速5センチメートル、みんなゆっくりだ。気づいたのだが、彼らは、ノロノロと、僕を追いかけているのだ。 ...
配給のパンをもらうために並んだ。その列の隣に並んでいるのは金を払って買いたい人たちだ。 「同じパンなんでしょ?」と疑問に思って僕は訊いた。 「同じじゃないわ」金持ちのおばさんたちは反論した。 「食べ比べてみようよ」僕が配給のパンを一欠片渡そうとすると、 「あなたからもらうわけにはいかない」おばさんたちは断った。 そしておばさんたちは配給の列に並んだ。財布を手に持っている...
「最近はこんな店で遊んでいるのね」、そこはどう見ても学校の教室だったが。 そのちょっと派手な女の人は、記憶を失った僕のところにやってきて、そう言った。 「その男、彼氏?」 女のもっと派手な友人たちが彼女をからかう。 「そうよ」と女は言った。 そしてピンク色の唇を僕に突き出し、クラスのみんなの前でキスしてと言った。その口紅の色に見覚えがあった。 ...
店内で手に取ったブーツの中には、たくさんのゴミが入っていた。紙屑の他に、生ゴミもあった。僕の手持ちのゴミをそこに加えると、それ以上何も入らなくなった。 僕はそのブーツを、陳列されている他の靴の奥に戻した。 そしてまた違う靴を手に取り、とてもいい靴だねと褒めてから、試着していいかと店員に訊いた。すると店員は、裏からゴミを持ってきて、これをお使いくださいと僕に手渡した。 ...
僕たちが2人で野球を始めると、見ていた人が「何をしているんですか?」と訊いた。 「野球です」と僕たちは答えた。 「一緒にやってもいいですか?」 「いえ、そのまま見ていて下さい」 その人はまだ僕たちを見ている。 通りかかった人に「何をしているんですか?」と訊かれると「野球です」と嘘を答え、 「あなたも一緒にやりませんか?」 ...
目覚めると僕は毛皮のある動物になっていた。本能に従い自分の体をあちこち舐める。そうするとなぜか眠くなった。寝て起きたばかりなのに。 となりには自分と同じような動物が寝ていた。もぞもぞと体を動かし始め、‥‥彼(彼女)は目を覚ましそうだ。僕はそいつの手足を軽く舐めた。そうするとそいつはまた深い眠りに落ちる。 ...
難病の子供を手術した。治ってすぐに退院した。毎日同じ手術をしている。まるで日本中の子供がこの病気に罹るようだ。手術しても治らない者もいる。手術の順番を待っている間に手遅れになる子もいる。 「僕は治るの?」と昨日の子は訊いていた。「治るよ」と僕は答えた。「治ったらどうなるの?」「退院して家に帰って遊ぶんだろ?」「そっか」 「治らなかったらどうなるの?」「それは難しい質問...
炊飯器で、ご飯が炊きあがった。炊きあがってすぐに食べなかったので、それは水になってしまった。気をつけていたのだが、また米を無駄にしてしまった。もうお腹はすいてなかった。僕はその水を一口飲んだ。 ...
床の青いタイルだけを踏んで移動していた。それは僕がルールを決めたゲームだった。宮殿のような家だった。1人で住んでいた。たくさんの部屋があったが、青いタイルがないせいで、僕には入れない部屋が多かった。 ...
その女性がお団子にまとめていた長い髪をほどくと、彼女に対して歌が歌われた。 完璧な俺の、俺の、俺の‥‥ という歌だ(歌詞はもう思い出せない)。 夏の海辺だった。男たちが順番にその歌を歌った。その女性の気を引くためだが、彼女は誰にもなびかなかった。 最後に僕の番になった。知らない歌だったが、何度か聞いているうちに歌詞とメロディは覚えた。 ほんとに歌わなければな...
そこ。そこには高いビルがあって、地下には地下鉄が走っている。僕は徒歩でそこへ向っている。そこは都市だ。 「時間がかかるんじゃない?」心の声が君の声色を真似して懸念を僕に伝える。 「かかるかもね」 途中、僕は川辺で桜を目にする。花は半分以上散ってしまっている‥‥ そこから僕は急ぐことにして、車に乗る。助手席に、桜の花びらが積んである。振り返ると後席も、ピンク色の花び...
ホテルにチェックインした。フロントの女性は僕の持っていた白い鞄に向って、「いつもありがとうございます」と言った。 鞄は「今回もお世話になります」と応えた。 僕に対しては威張り腐って「ルームのキーを受け取っておいてくれたまえ」 僕はフロント係からキーを受け取り、鞄を部屋まで運んだ。 排便中、なかなか尻を離れていかないウンコに向って、僕が「降りてね、降りてねぇ」と...
大木をくり抜いてつくった家に僕たちは住んでいて、外に出ることは滅多にない。出たところで、家の周りには何もなかったし。 そこは草の生えていない草原のようなところ。地面に穴が開いていて、木でできたマンホールのようなフタがしてある。 ときどき、僕たちは、フタを開ける。すると決まって、大雨が降ってくる。わけもわからず、僕は大笑いする。びしょ濡れになって、君は踊り出す。 ...
飛ぶ。だがある高さ以上に昇ることができない。空に透明な天井がある。それがおもしろくない。僕は地面を歩くことにした。動物のように四つん這いで。羽根はもうなくなっていた。 見えない雨が降っている。僕は透明な傘をさしている。傘をささないで歩いているように見える。それがすごく格好いい。 ...
台の上に置かれた小さな紙を、みんなが覗き込んでいる。何か文字が書いてあるが、誰も読めない。僕もそれを見てみた。 そこは空港だった。けれど飛行機に乗るために来たわけじゃない。たくさんの人がいた。誰もが小さな、白い紙を手に持っている。紙には文字が一文字書かれている。僕はそれをつづけて読んでいく。(意味の通らない文章になる。) ...
僕はネットのないゴールポストを見た。ゴールポストは1つしかなかった。その女子サッカーチームの本拠地は北海道にあった。グランドは冬の間雪に埋もれて使えなかった。チームは試合も練習も一切やらなかった。 この間やっと春になった。また試合をすると連絡があった。僕は飛行機に乗って北海道まで行った。応援に行った。しかし試合には選手も観客も来なかった。 ...
君の服は鏡のような素材でできている。ロングスカートに僕の全身が映る。僕のコートも鏡でできている。昼の12時にその2つが合わせ鏡になると、映り込みの奥から誰か出てくる。男とも女ともつかないそいつが、午後の始まりを告げる。 鉄が夜になると錆びて、昼になると輝く、ということを繰り返している。 ...
夢の中で僕は、カタカナとハングルの合いの子のような文字を読んで、発音しようとしているが、うまくできない。 その間も動きのない目の前の光景は、写真というよりも、一時停止状態のビデオ映像に似ていた。 君がその一時停止を解除するボタンを押す。すると僕の口から、日本語でも韓国語でもない、その聞いたことのない言葉が流れ出して、 僕は自分が何を話しているのかわからない。君はまた一時停止...
高校の校舎がホテルになっていた。僕は3年2組の教室に1人で泊まった。広すぎるシングル・ルーム、でも部屋にはトイレもなかったし、手を洗う場所もなかった。 緑色のシーツを持って、係の人がやってきた。とても大きなシーツ、そのシーツで彼は、教室の机と椅子と黒板と壁を全部覆った。僕は窓際の席に座って、その様子を見ていた。 ...
警戒怠りなく眠る僕の隣に、まったく無警戒に起きている君がいる。見て。君は完全にリラックスして、空中浮揚し始める。風船のように、天井まで行く。その後ゆっくり落ちてきて、僕の隣に。 ...
トンネルを抜けると終着の駅だった。料金は駅の改札を出るときに現金で払った。連れの女性が細かい小銭を出してくれた。日本円にすると1円にも満たないコインを。 その女性は野球選手だった。ポジションはセカンド。「また2軍に落ちた」「もう引退しようかな」そんな話をしながら駅構内を歩く。 「諦めるのは早い」 だって彼女はまだ10歳かそこらだ。僕の前を月面を歩く人のようにぴょんぴょん飛び跳...
僕たちが乗っている路面電車の床は透明だった。電車が走っている地面も透明で、地下の様子が見えた。 地下の人間は1人で行動していた。家族連れやカップルはいなかった。全員がお1人様だった。 僕もいつか地下に行くときは1人で行かねばならないだろう‥‥ あぁバスが停車している。バス停でもないところで。それは僕のためである。礼を言って乗り込んだ。 バス...
夜は自分こそが夜だと信じている人を一緒につれてきた。 その人は女だった。若い女だった。彼女は何も食べなかった。 トイレにも行かなかった。いつも寝ているか、寝ているふりをしているかどちらかだった。 僕は彼女とずっと一緒に過ごしたが1人きりでいるようなものだった。 この間の夜がまたきた。 夜は自分こそが夜だと信じている女をまた1人つれてきた。 彼女たち...
日本への留学は延期しろと父は言った。どうしてと私は訊いたが答えはなかった。日本人のボーイフレンドを父に紹介した直後だ。父は私たちの交際は認めてくれた。それどころかいずれ結婚するんだろうとまで言った。彼の実家のある和歌山のことを訊いていた。彼は片言の韓国語でみかんのことなどを話していた。 台風がよく来るんです。ソウルにも台風は来ますか? 来るよ。でもあんまり大きなのは来ないな。...
君に似た人を町で見かけるたび、僕の胸は高鳴る。君に似た人は、そこら中にいる。だから僕は、その中でも特に君にそっくりな顔を探した。 あまりにも似た人を見つけたので、本人じゃないかと思い声をかけてみる。君の名を呼んだのだ。そうすると、僕の周囲にいた女性全員が振り返ってこちらを見た。僕は愛に取り囲まれた。 ...
超能力のある連中が集団で僕を襲った。まず心が読めるやつが僕の心を秘密を覗いた。念力のあるやつや瞬間移動ができるやつにされたことよりも、それがいちばんキツくて、僕は動揺した。 ...
その部屋の中には歌を歌っている人たちがいたが、彼らはまるで労働する者のように疲れていた。僕は冗談で歌に加わった。歌詞はドイツ語か、オランダ語のように思えたけどよくわからない。歌詞を英語に訳したものをもらった。 ...
空き缶や、ペットボトル、ヤクルトの容器などのゴミが、レジ前の床に散乱していた。買い物客が会計を待っていたが、レジには誰もいない。僕は自分の買い物を諦め、代わりにレジに立った。 客がカゴを置く台の上も、ゴミでいっぱいだった。買い物カゴの中身も、ゴミが半分だった。僕は商品と区別せず、すべてをレジに通した。機械的に作業した。 最後に「これはサービスです」と言い、消毒液の入ったスプレー容...
僕は君の家で、君のお母さんと一緒に、君の帰りを待っている。木のテーブル、大きすぎる木の椅子、木の皿に、サラダが盛りつけてある。僕はそれを、手づかみでときどき食べる。 誰も見ていないテレビがつけっぱなし(消しましょう、とは言い出せない)。君は今、どこで何をしているんだろう? そんな僕の心の声に、テレビが返事をする。 ...
黄色いコートを着た。黄色い腕時計をした。あと僕に足りないのは黄色い花束だけだったが、それは君が買ってくれた。「あなたは金持ちになるのよ」と君は言った。「黄色は金持ちの色」 僕はその花束を持って、午後の教会に行った。「僕は金持ちになるんです」「黄色は金持ちの色なんです」。教会にはたくさんの人がいて、僕はその1人ひとりに花の名前を教わった。でも結局自分が手にしているこの花が、何という花なの...
部屋に入った。ベッドメイクはまだできてなかった。畳まれたシーツが置いてあって、それは太陽の匂いがした。乾燥機ではなく、屋外に干して乾かしたものだ。 自分でベッドメイクをした。部屋にはテレビがなかった。CDラジカセが置いてあった。アンテナを伸ばして、ラジオを聴いた。隣の部屋の人も、同じ番組を聴いていた。古い歌が流れた。部屋の壁は薄かった。 ...
貧乏な村人たちが集まり、お金を出し合った。じゃんけんをして勝った男が、その金で都会のソープに行った。しかしあまりにも身なりが悪いので、入店を断られた。「ダニやノミのいるような男は、お断りだよ」と店の支配人は言った。 ...
僕は買ってきたお土産をてるてる坊主のように窓際に吊るし、それが揺れるところを君に見せた。外はもう晴れていた。君は「あれは食べるものなんでしょう?」と訊いた。「てるてる坊主を食べる人はいないよ」と僕は答えた。「あれはてるてる坊主なの?」「違うよ、お土産の饅頭だよ」 ...
部屋の隅にいて動かない白い蛇を見つめていると、その背中に羽根が生えてきた。蛇はその羽根で羽ばたき、部屋の反対側の隅に移動して、また動かなくなった。 ...
君は宇宙旅行から帰ってくると、真っ先に僕の家の台所へ向い、何かつくり始めた。宇宙で覚えてきたレシピだろうか。2人でそれを食べた後、性交しているところに、宇宙人がやって来た。行為を中断し、僕は台所に立った。そこでさっき食べたものと同じものをつくっている間、君は宇宙人に何度かお礼を言った。 ...
朝起きて、まず最初にしたことは、「勉強」だった。歯も磨かず、トイレにも行かず、机に向った。文章にはならない文字を紙に書きつづけた。その紙を小さく畳み、封筒に入れた。自分には読めない文字で、ずいぶんと長い宛名を書いた。 ...
買い物袋を抱えて坂を上る老人が、10歩ごとに立ち止まって息を吐いていた。正確に10歩だった。クロールで泳ぐときの息継ぎみたいだ。 ...
台所で料理をしていると、クー・クラックス・クランのような白装束の小人が何人か入ってきた。 「大丈夫」と君は言うのだが、少し心配になった。何か、盗まれたりしないだろうか。「うちには盗むものなんか何もないよ」と僕は小人たちに話しかけた。 彼らは何も答えず、ただ僕の家をいろいろと見て回っていた。美術館で美術作品を鑑賞しているような感じで、静かに。 「ゴミを捨ててもいい?」と彼らの1人...
エリイアンの女が、僕の前で地球の服を脱ぎ裸になった。その肌は、ピンク色と緑色をしていて、鱗のない魚のように見えた。彼女は植物のように、成長を始めた。巨大なロケットのような樹になった。 僕がその樹を見上げ、花が咲くのを待っていると言うと、君は笑った。あなたのそういうところが、好きなの。 ...
図書館で本を読んでいると、制服を着た警官がやってきて、僕に六法全書を差し出すので、僕は何か法律に違反したのかな、と思ってしまった。「私の本心を知りたいなら、これを読みなさい」と言うのだが‥‥ ...
君の部屋に行き、朝まで飲む。君は冷蔵庫から紙パック入りの飲み物を出してくれる。この間は野菜ジュースだった。今日も野菜ジュースだ。 飛行機に乗り遅れないようにしなくちゃな、と僕は思う。「タイムマシンのアラームをセットしておいていい?」と君に断った。 「タイムマシンって言った?」「大きな音が鳴るんだけど」 「野菜ジュースをありがとう。朝までに全部飲めるかな」 その言葉...
もう1つのパーティーが始まった。それはテーブルの下で行われた。僕は君とそこに潜り込み、ちょっとの間イチャイチャした後、別の服に着替えて、再度みんなの前にあらわれた。 「どこにいたの?」と誰かが訊いた。「あのコはどうしたの?」 「テーブルの下にいるよ」と僕は答えた。 そしてテーブルクロスをめくったが、誰もいなかった。そこには子供が履くような小さな靴が片方だけ転がっていた。 ...
僕の護衛は背の高いアフリカ人だった。テーブルで僕が飲み食いしている間、ずっと僕の後ろを護衛していてくれる。 僕の前には鏡がある。鏡に映った護衛のアフリカ人を見ながら僕は食事をする。安心感が違う。食事中に護衛がつくのは僕だけだ。 僕は重要人物だ。他の人たちはそうではない。護衛なしで食べている。彼らのテーブルには鏡すらない。 ...
検察側の証人として呼ばれた君。裁判官は君の胸を見てにやけている。 君は証言台の下に潜り込み、ドレスに着替えている。君は下着をつけていない。僕は下着をつけるように言ったが、君は笑うだけだった。その話をすると、僕の弁護士も僕を笑った。 ‥‥。死んだ人間を生き返らせた罪で僕は死刑になった。裸の女に服を着せたら強姦罪が適用されたみたいなものである。僕はヤケになっていた、女に服を着せつづ...
こんな結果になったのは、弁護士が無能だからだ。死んだ人間を生き返らせた罪で僕は死刑になった。裸の女に服を着せたら強姦罪が適用されたみたいなものだ。僕はヤケになって、女に服を着せつづけた。その女たちの中に君がいたのだ。 僕たちはバーにいた。テーブルは高く椅子はない。僕たちの身体が縮んだのか、それとも家具が大きくなったのか。 君はテーブルの下に潜り込み、ドレスに着替えている。君は下着...
「私が捕まったら妹も終わりよ」とその女性は言った。女性は檻の中にいた。捕まっているように見える。 僕は妹が「終った」のかどうか確かめに行ったが、大丈夫そうだったので安心した。 ...
電車に乗ろうとしてホームで並ぶ人たちが、制服を着た職員に指導を受けていた。「笑顔で並べ」と。何かの撮影なのだろうか。 ホームに電車が入ってきた。今度は「目を瞑れ」と指導があった。関係ない僕も目を瞑った。すると耳慣れない音がした。日常生活ではまず聞くことのない、奇妙な音だ。いったい何が起きたのだろう。知りたかった。けれど僕は目を開けなかった。 ...
君の指先が、軽く鍵盤に触れる。いつも思う、まるで自分の身体に触れているような触り方だと‥‥。 僕たちの楽器はピアノで、ピアノは1台しかなかった。君はずっと、何の練習もしていなかった。僕は僕たちのピアノに触れ、君は自分の身体に触れた。 僕たちはみんなで集まり、バラバラに楽器の練習をしていた。1人ずつ練習を終え、楽器を持ち、帰っていく。もう残っているのは、君と僕だけだった。 そ...
家を出ると、僕と入れ替わりに、僕にとてもよく似た人が、家に入った。家の中には、君によく似た人がいる。2人は、つき合っているのだろうか、と思った。結婚して、幸せになってほしい。僕たちは、同じ過去を共有しながら、そういう選択をすることも、できたはずなのだ。 ...
ホテルの部屋で、君が長い髪を洗っている隣で、僕も髪を洗っている。僕の短い髪、乾くまでに長い時間がかかるのは、なぜだか知らない。 君は、先に部屋を出た。後から行くよ、と僕は言った。 部屋に、別の人が入ってきた。そのときもまだ髪は乾いてなかったが、僕は荷物をまとめて、部屋を出た。靴だけが見当たらなかった。 ロビーで君と落ち合った。靴がないことを話す。 靴は金庫の中。靴べら...
電車に乗って、遠い県まで行った。終点で降りると、そこが目的地だと知った。駅が図書館になっていて、図書館の中にはレストランがあった。レストランの中には駅のホームがあり、乗ってきた電車はそこにまだ停車している。僕は今日中に戻るつもりだったので、終電の時刻を確認した。図書館の職員は、コーヒーの値段を答えた。それは僕の知りたい情報ではなかった。 ...
それは靴の宣伝で、僕はムーンウォークをした。綱渡りのような曲芸も披露した。僕はまたコマーシャルに出たのだ。撮影はうちの屋上であった。たくさんの人たちがその様子を見学に来た。近所のビルの窓から顔を突き出し、こちらに手を振る者もいた。遠すぎてよく見えなかったけど、全員が友達というわけではなさそうだった。 ...
飛行機の僕の隣の席に、小学校のときの同級生が座る。が僕たちはお互いに気づかない。半世紀近い年月が僕たちの顔かたちを変えてしまったからだ。記憶も薄れてしまった。 そんな悲劇を避けるために、僕たちは名札をつけて飛行機に乗るのだ。飛行機の中では出欠が取られる。スチュワーデスから順に名前を呼ばれ、僕たちは返事する。元気よく「はい」「はい」と。その声が客室の中に響く。彼女は初恋の人だった。 ...
飛行機が闇の中を飛んでいる。音もなく飛んでいる。飛行機はクルマのようなヘッドライトを点けて飛んでいるが、それが何かの役に立ってるとは思えない。 僕は飛行機の中で寝ている。夢の中では飛行機も僕と一緒に寝ている。ふっと僕だけが目を覚ました。隣で寝ている飛行機の寝顔を見る。なんかこう人間みたいな寝顔だ。 ...
夏だった。暑い夜、冷房もなかった。僕はタキシードを着ている。踊っている人たちがいる。彼らは元々は人間だったのだが、踊っている内に動物に変身していた。そしてそのことに気づいてないようだ。 そんなことがあるだろうか、とロシア人女性に日本語で話しかけられた。 僕は汗をかいている。彼女もそうだった。それは泡のような汗だった。石鹸の匂いがする、シャボン玉のような汗だ。 僕たちの汗はプ...
暗闇は黒くなかった。どちらかと言えば茶色かった。だんだん明るくなってきたが、そこに差す光も白くなかった。やはり茶色かった。セピア色というのだろうか。その汚れは僕に感傷的な記憶を思い出させた。 ...
君が僕の肩にもたれかかってくる。ふだんはそんなことをする人ではなかったので驚いた。 僕たちは草サッカーの試合を見ていた。グランド脇で見てる僕たちにはコートの反対側で何が起きているのかわからない。ほとんどの選手と観客はその反対側にいた。(つまり僕たちの応援しているチームが優勢だということだろうか。) そこで唐突な場面転換があり、僕たちは満員の電車の中にいた。君は僕にもたれた...
上空から見るとその島には蜘蛛の巣がかかっているように見えた。飛行機は左に旋回しながら降下した。やはりどう見ても蜘蛛の糸だ。 飛行機から降り空港の外に出ると空気がベトベトした。 そしていたるところで女たちが僕を待っていた。彼女たちは順番を待っているのだ。階段に腰掛けたり、橋の欄干に寄りかかったりしてこっちを見ていた。煙草を咥えて「火貸してくれない?」 僕が順々にライターで火を...
韓国と九州の間を、その鳥は何往復かした。僕が飼っていた鳥だ。旅行の間、ずっと一緒だった。蜘蛛の巣でつくった鳥籠に入れて、いつも持ち歩いていた。蜘蛛の巣でできているだけあって、鳥籠の重さは感じられないくらいだ。鳥がその中に入ると、鳥の重さもなくなった。僕は常に何かを持ち運んでいるという感覚がなかった。 ...
武器を持って列車に乗り込み、乗客から金品を脅し取った。車両の一方の端から僕が、もう一方の端から相棒が進んだ。僕は犬を連れていた。大きいけど、大人しそうな犬だ。僕が脅しても言うことを聞かなかった人も、その犬を見ると態度が変わった。笑顔になり、何でも欲しいものを盗っていいと言った。 ...
部屋には2台のテレビがあって、1つのテレビがもう1つのテレビと結婚したいと言い出した。「私たち、真剣なんです」。僕は軽く「いいよ」と言った。 テレビを2台横に並べて結婚式をした。僕が神父の役をやった。「誓いますか?」と訊くとテレビたちは「誓います」と答えた。タイミングよくテレビから拍手の音が聞こえてきた。音はデカすぎたので少しボリュームを下げた。 ...
眼下には「白い空間」があって一粒の丸いチョコレートが転がっていて、僕はそれを掴まえようと思って「白い空間」にダイブした。 白いガーゼのような布が柔らかく幾重にもチョコレートと僕を包んだ。「白い空間」ごと僕は落下していく。みんなが落ちていくのとは違う場所へ。 ...
スネ毛の代わりにパクチーのような野菜が生えてきたので風呂で収穫した。根から抜いてしまうともう生えてこなくなるかも知れないので気をつかった。見た目や匂いもパクチーにそっくりだが本物だろうか? もう一方の足には違う種類の草が生えていたがそれもサラダになるだろう。妹たちがどんだけ長風呂なんだと文句を言ってきたので黙らせるために先に収穫物を渡した。 僕が風呂から上がると部屋にマリファナ...
水を切って傘を畳んだ。聞き覚えのある声が後ろでした。ラジオでよく聴くあの人の声だ。僕は振り返って「ファンなんです」と言おうとした。「昨夜の放送も聴きました」 テーマパークの一画がライブ会場だった。開演までもう時間がない。僕は駆け出したが間に合わなかった。 「当日券ありますか?」と僕は訊いたが通じなかった。「今から入れますか?」がチケットなどいらなかったのだ。歌手は僕の目の前...
石の羽根を持った蝶が飛べなくなっていた。地面を歩くのにも疲れたようで「私はもう死にます」と言った。化石になるのです。 蜜を吸わせてやろうと僕が花を摘んで戻って来るまでに石化していた。林の中にその墓はあった。 ...
裸足で階段を下りる。途中から泥の中だった。泥は温かい。しばらく足を浸したままでいた。すると前方から男がやって来た。男は手に楽譜のようなものを持ち、それを歌っていた。妙に芝居がかった歌だ。ミュージカルのようだ。がよく見ると彼が手にしているのは、五線譜ではなく折れ線グラフである。 ...
相棒と僕とでオリジナルの脚本を書いた。ミュージカルの脚本だ。最高の舞台にする。自信はあった。 オーディションをして、役者を集めた。最高の役者が揃った。「絶対成功するよ」と僕は言った。「それはまだわからない」と相棒は答えた。 そのとき話題になっていたのはカミュの『異邦人』をミュージカル化した舞台だった。相棒はそれを偵察に行き、ショックを受けて帰ってきた。「おれは裸足で逃げだした‥‥...
校庭の横の道を1人で歩いていると、黒人が後ろから来て僕を追い抜き、校庭のフェンスの上にボールを放り投げた。そのボールはバスケのゴールに入った。ナイスシュートだ。僕はテレパシーで彼に賞賛の言葉を送った。 その黒人の後について学校の敷地に入った。彼は体育館に入った。そこではダンスパーティーが行われていた。彼はバスケのゴールに超ロングシュートを次々と決めていく。なのに誰も彼を見なかった。 ...
駅を出る。弱い雨が降っていた。僕は四つん這いになって動物のように歩いた。雨が降っているからだよ、と僕は心の中で思った。闇雲に僕は駆け出した。 周囲の人々はまだ雨に気づいていないようだ。二足歩行をしているのが気づいてない証拠だ。僕の正しさを証明するために、雨よもっと強く降ってほしい。 ...
窓の外を見ると君が手を振っている。手に旅行鞄を持っている。僕はバスを降りた。そのとき鞄がないのに気づいた。胸の前で抱えていたはずなのに。 もういちどバスに乗り込み、座席の下を覗いてみたがなかった。車内をあちこち探しまわった。乗客は誰もいなかったが、運転手さんが迷惑そうに僕を見て誰かに電話をかけた。 ...
急に韓国へ行くことになった。1泊だけしてすぐに帰る。飛行機に乗って5分で着いた。誰にも言わずに来た。 やはり誰かに言っておいた方がいいだろう。僕は再度飛行機に乗って日本に戻った。帰りもやはり5分で着いた。そして友達に会い、「今からまた韓国に行く」と言った。 ...
(調べものをするのに、アルバムを見た。もう亡くなってしまった人の写真で、見るには許可がいった。僕はある女の人に、その許可をもらいに行った。彼女は故人の年下の妻だった。年下にしてもほどがあるだろう、と思った。どう見ても20代である。) 未亡人は僕に、四角い紙を渡した。名刺サイズの紙で、暗号のようなものが記してある。彼女は一言も喋らずに、僕が暗号を解読するのを見ている。「あぁ、わかりました」...
その人はポスターの中に住んでいた。気取った服を着て、酒を飲んでいる。それは服の宣伝なのか、酒の宣伝なのかわからない。その人自身にもわかってなかったと思う。 僕はそのポスターの前を通りかかり、彼に手を振る。彼はニヤッと笑い、何か応えたが、それも挨拶の言葉ではなかったのかも知れない。 ...
夢日記、と漢字3文字だけのタイトルしか書いてない、企画とも呼べない企画書を持って、僕は映画プロデューサーたちや、映画監督たちに会いに行き、まさに夢のような話をする。 最初はあまり有名ではない、実力もない監督からはじめて、だんだんと雲の上の、有名な監督に会いに行ったが、無名の監督ほど、僕の話を聞こうとしなかった。最後に断られるのは一緒だったけど、中堅の映画関係者たちは、話を聞いてはくれた...
僕たちはボクシングの試合会場へ行くバスを待っている。そこに巨大なバスがやって来た。白い豪華客船のようなバスだ。いったい何人乗りなんだろうと思ったが、定員は1人だという。 僕は1人そのバスに乗って会場へ向った。道は空いていてすぐに着いた。到着したのは砂浜だった。波の音はするが海は見えなかった。こういうビーチにつきもののヤシの木もない。先に来ていた君が僕を迎えた。 「ここでボクシングを...
クレジットの明細を見ると、僕は家族のために、ハンモックを500万円で購入したことになっていた。どういうことかと、制服を着た係の人に指摘された。「何かの間違いでしょう」と僕は答えた。ハンモックを500万円で買う人などいないし、そもそも、僕には家族もいない。 が、そんな僕の言い分は通らなかった。 僕は別室につれていかれた。僕の後から、女の人がついてきた。女の人は、子供の手を引いていた...
高校野球の開会式。そのチームが入場してくるところで時間が40分余計にかかってしまった。第一試合がなかなか始まらないのは彼らのせいなのだ。責任を感じた彼らは次の日の自分たちの試合を平均より40分早く終らせた。試合を実況するアナウンサーがそのことを誉め称えた。球場でもアナウンスが流れ、観客は全員立ち上がって拍手した。 ...
レストランのトイレでその人に会った。スーツを着てデートみたいだった。僕は来たばかりだったが彼は帰るところだった。食事はまだ出てこないがもう帰ることにしたのだという。 テーブルでは彼の連れが彼を待っていた。黒い服を着た美人だった。あのコと一緒に食べていいかと僕は彼に訊いた。いいよと彼は答えた。 彼の代わりに僕は席についた。料理が出てくるのを待つ間僕たちは無言だった。彼女はもしかした...
僕たちは4人のグループだったが、その日はもう1人来ることになっていたので、いつもより大きなテーブルを予約した。とりあえず僕たちは席につき、来ることになっているもう1人の腰掛ける椅子にはゴルフバッグを置いたのだが、 彼(彼女?)はいつまで経っても来なかった。 ウェイターがやって来て、僕たちの前に並べたフォークとスプーンとナイフを無言で片付けた。4人のうちの1人はトイレに行くと言った...
ホテルの僕の部屋まで、糸くずのようなそれはついてきた。 「糸くずとは失礼な。私は『線』です」 「は?」 線は2つになり、それぞれ名乗った。「地平線です」「水平線です」 「疑うなら窓の外をご覧なさい。私たちがいなくなった世界を」 「あぁ、いやわかった、信じるよ」 「外を見なくていいのですか?」 「うん、何が見えるか、だいたい想像はつくから」 線たちは僕がシャ...
僕は君と、それから君の仲間たちと、次の公演について、打ち合わせをしている。君はピアノの前に座り、そして他の人たちも、何か楽器を手に、椅子に座っている。 僕だけが楽器も、楽譜も持たず、腰掛けることもせず、みんなの中を、歩き回っている。 いや、僕は、歩いているのではない。ローラースケートを履いて、滑っているのだ、ト音記号を描くように。 ...
帰ってくると、家に旗が掲げられていた。見たことのない旗、そのせいで家は、僕の家じゃないように感じられ、中に入るのがためらわれた。 そうしていると、そこに、僕によく似た人があらわれ、家に入った。どういうことなんだろう、と思った。僕は中に入って、確かめることにした。ドアの鍵は開いていた。 僕に似た人は、家に入る前に、旗で顔を拭いていた。僕もそれに倣って、旗で顔を拭った。むしろ寒いくら...
小説を2冊同時に読んでいた。2つを頭の中で混ぜ合わせ、新しい本をつくった。完成した本を頭の中から取り出し、君に見せた。君は僕の才能を、絶賛した。 元ネタを教えてと言うので、答えた。1冊は漱石の『こころ』。もう1冊は君が貸してくれた本だ、と言った。 「こころも私が貸した」と君は言った。 ...
それから、君のことを思った。君は今、どこで何をしているのだろう。家の中にいる、君によく似た女性。あれは、本当は誰なのだろう。 腕時計を見ると、41分だった。何時の41分なのかはわからないが、バスの時間は45分だ。それもまぁ、何時の45分なのかはわからないけど。とにかく、僕は走ることにした。 (スラックスに、ワイシャツ。僕はジャケットの代わりに、コートを手に持っている。そのこ...
中学校の校庭のような、広い駐車場。借りていた本を返すのに、僕は車を運転して、そのアパートへやってきた。 駐車場の、僕が車を停めた位置から、アパートの2階へ上がる階段まで、かなりの距離があった。 2階の彼の部屋の、チャイムを鳴らしてから、僕は返す本を、車に置いてきてしまったことに気づいた。 少し迷ったが、車まで、取りに戻ることにした。僕の背後で、ドアが開かれたことを、感じなが...
彼女の声は、僕の声と似ていた。録音された本当の声ではなく、僕が自分の耳で聞く声と。いったい、誰が喋っているのだと思った。 彼女は僕の声で、僕が好きだと言った。彼女はいろんな声色を使い分けているんだろう、と僕は疑った。実際、そう言い返した。君は世界中の男の耳に、その男の声で、愛を囁くんだ、そうだろう。 違う声で喋ってくれ、と僕は彼女に頼んだ。そうすれば僕は、君が好きなのか、嫌いなの...
自転車に乗るのに、何を着ればいいのか(コートの長い裾が、邪魔になるかも知れない)、考えながら、家の階段を下りた。2階の寝室から、1階に下りる、長い長い階段だった。下りている間に、日が落ちて、家の中も、暗くなってきた。なのにまだ、1階に、辿り着かない。 途中、階段を上がってくる君と、すれ違った。「私、もう寝るのよ」と、君は言った。その君の後に、大勢の女の人がつづいた。彼女たち1人ひとりに...
雨が降ってきた。君は傘を持ってなかった。僕は試験の答案用紙を、君の頭上にかざした。100点満点の答案だ、と自慢げに。採点はまだなんでしょ、と君は言い返した。何で100点だってわかるの。鉛筆で書かれた僕の回答が、雨に滲んでいく。 ...
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女の殺し屋が銃を構え、こちらに向ってゆっくりと歩いてくる。対する僕たちは5人だった。こちらも銃の狙いをつけ、殺し屋の前に立ちはだかった。けれど殺し屋がゼロ距離にまで近づいても、僕たちは撃てなかった。 殺し屋も発砲せず、僕たちの体の中を通り過ぎた。仲間たちは膝から崩れ落ち、二度と立ち上がれなくなった。僕は怖くなり、自分の体から逃げ出そうとした。あぁ、それには成功した。 ...
家が鹿を産んだ。2匹の子鹿。おぎゃーおぎゃーと泣く子鹿たちを、僕は飼いたいと思った。しかしママは言った、森に捨ててきなさい。 森? さもなくばレストランに売るわ。野生の動物を飼育することは禁じられています。 ママは僕の目の前で家を蹴飛ばして不妊にした。この家がメスだなんて知らなかった。ママたちはあの不動産屋に騙されていたの。 ...
パスポートを開いた。僕の顔写真は剥がれていた。パスポートを入れておいたファイルの中に、それは落ちていた。たくさんの顔写真、けれどどれも僕の顔ではない。性別も、年齢も、人種もさまざまな顔、顔。 飛行機に乗る。空港へ向うバスの中だった。今から再発行してもらう時間はない。僕は僕にいちばんよく似た写真を選んだ。それは少女の顔だったが仕方ない。少女が僕を笑っていた。 ...
目を開けると真っ暗だった。何も見えなかった。目を閉じると明るかった。見えないのは変わらなかったが、僕は目を閉じたままでいた。白く暖かい光を感じた。それはしかし目を開けると消えてしまうのだった。 ...
足元にオフィーリアを思わせる水死体が流れてきた。その死体は目を開けていた。僕は手を伸ばして、彼女の瞼を下ろそうとした。死体は硬直していて難しかったが、何とかやりとげた。 大雨が降った。町が水浸しになった。車道と歩道の高さは同じだったが、水は車道だけを流れた。そこが川のようになり、いろんなものが流れてきたのである。美しい水死体、美しくない死体。陸地を歩くより、水に流されていった方が早そう...
周囲にいるたくさんの人、僕を取り囲んでいるわけではないが。みんなとても背が高くてハンサムだ。消えろ、と僕は心の中で呪文を唱えた。 1人ひとり消えていく。彼らは消える直前にさらに美しくなった。そして眩い光を放ちながら消えた。僕はそれがおもしろくなかったので、「泥棒!」と声に出して言った。 ...
レストランの中を1周する。空席が1つだけある。どう考えてもそこが僕の席だ。僕は座った。隣の席の男が酒を勧めてくる。 僕は飲めないと断った。酒が飲めないのか? そうです、と僕は言う。 ちょっと頭のおかしそうなふりで、男を相手に「ここはどこ、わたしはだれ」をやる。白けかけた場が元通りになる。 ...
さて時間が来て駅に列車が到着したのだけど、僕たちは動かずにいる。 僕たちが立ち去るのではなく、僕たちの影がこの場を立ち去るのを見ていた。 ...
ちょっと頭のおかしそうな人が僕に顔を近づけて、「ここはどこ、わたしはだれ」をしてくる。 僕は自分のいる場所を答え、僕から見てあなたはどういう人なのかを話した。 ...
ヘアスタイルをチェックしたかっただけなのに。その鏡は大きすぎた。僕は小さすぎて映らなかった。鏡は遠い夜空だけを映していた。満天の星空。目薬のように雨が一粒だけ落ちてきて、鏡の前に立つ僕の髪を濡らした。 ...
屋根の上のアンテナは、宇宙からの音波を受信している。 その夜、宇宙は「2階から目薬」と言うメッセージを送った。 すると空から落ちてきた一滴の雨粒が、アンテナの中に‥‥ ...
2階には80歳の夢占い師がいた。彼女はベッドにうつ伏せになって寝ていた。僕は彼女に自分の夢を話した。それは僕が夢占い師をやっているという夢だ。 「僕はあなたのようにうつ伏せで寝たりはしない。仰向けで寝る。目を開けたまま寝るんだ。僕には瞼がないからね」 黒い布が顔の上に置かれている。光を遮るために必要だ。 ...
僕たちは短冊に「回答」を書いて、丸いテーブルの上に置く。 僕のすぐ後ろの人が「回答」を置こうとすると、係官が「間違った答えを置くな」と注意した。 読む前からわかるんだな‥‥ 後ろの人は訊いた、「間違った回答はどこに置けばいいの?」 それはどこにも置いてはならない。 僕たちの服にはポケットがなかったから、ずっと自分の手に持っているしかない。 ...
4人の少女と一緒に1人のイケメン(生きたイケメン)を土に埋めた。そんなことをしていたら終電を逃してしまった。僕はポケットの中の金貨を取り出し2つに割った。大きい方のカケラを少女たちに渡してタクシーに乗るように言った。 やってきたタクシーの運転手はさっきのイケメンよりさらにハンサムだった。少女たちは僕を振り返り、(騙された)というような変な赤い顔をした。 ...
みかんが1個1500円だった。スーパーの店主が嘆いていた。誰もみかんを買わない。僕は買うよ、と言った。その高価なみかんを。店頭にある全部。すると店主は僕を罵倒した。差別的な言葉を使って。みかんキチガイとか何とか。それは罵倒だったと思う。 ...
ピンク色の絨毯ではなかった。桜の花びらだ。でもその女の人は目が見えない。僕の隣をすたすたと歩いて行く。着いた。 歌手はその女の人の母親で、やはり盲目だった。そんな気はしていた。僕はステージの彼女の隣に立って、口パクをする。けれど観客も全員盲目だったから、僕のしたことに何の意味があったのかわからない。 ...
車がシャーッシャーッと叫びながら道を走っている。 雨に濡れた路面を走るときそういう音がするのではなくて車が口で言っているのだ。 プロボクサーのパンチと同じ‥‥あれもシュッシュッと風切り音がするわけではなくて口で言っているのだ。 今日はそんなことが気になる。 ...
そのコの部屋で全巻揃ってないマンガを見ていた。どのタイトルも最終巻だけがない。それはわざとだと思う。 居間には彼女のお姉さんたちがいて、あのコとつき合うのなんかやめなさいよとしきりに言うが、僕は返事をしない。 ...
さて時間が来て駅に列車が到着したのだけど、僕たちは動かずにいる。 僕たちが立ち去るのではなく、僕たちの影がこの場を立ち去るのを見ている。 ちょっと頭のおかしそうな人が僕に顔を近づけ、「ここはどこ、わたしはだれ」をしてくるのを許そう。 君が自分のいる場所を答え、君から見た彼女はどういう人なのかを話すから。 ...
寝てるときお腹が痛くなって目が覚めた。僕はジェットコースターに乗る夢を見ていた。ちょうど乗り込むところだった。そのときにお腹が痛くなった。 「あなた妊娠してるじゃないですか!」と係員は言った。「妊婦さんは乗れませんよ」 そこで目が覚めたのだ。僕はうつ伏せになって寝ていた。ベッドではなかった。枕元に誰かいた。「妊婦さんはうつ伏せで寝てはいけません」とその人は言った。 ...
レストランの案内された席についたとき、何の脈絡もなく僕はヒゲを抜きたくなった(しかし鏡がない)。 すると1人のおばさんが目の前に立った。おばさんのTシャツにはヒゲが生えていた。僕はそれを抜くことで自分の欲求を満足させたのである。 ...
小雨の中、動物園まで駆けた。 結局使う機会はなかったレインコートがポケットの中にあった。走っている内に雨は上がった。そもそも小雨だった。 動物園の中からたくさんの人が出てきて駐車場へ向う。今から入ろうとするのは僕だけのようだ。動物たちの匂いがする。動物たちの鳴き声が聞こえる。僕を呼んでいるみたいだ。 ...
彼はイクときに「レーニン」と叫ぶ癖があった。隣の部屋にいてもその声は聞こえた。「誰?」と後で僕が質問すると、彼は恥ずかしそうに顔を伏せた。そして「知らないのか?」と逆に訊いた。 ...
彼はテレビを見るのが好きだ。いつも頷きながら見ている。彼は本を読むのが好きだ。いつも頷きながら読んでる。 彼は僕の話を聞くのが好きだろうか。僕の話を聞くときには絶対に頷かない。 彼の手足は細い。昆虫の手足のように細い。僕は話をしながらその手足に生えた毛を見る。 ...
何でも溶かしてしまう硫酸のプールにその人が両足を浸したとき悪魔がやってきたので僕は逃げた。 その人は悪魔につかまってしまうだろう。両足はもう溶けているだろう。逃げられないだろう。 だけど悪魔は言うのだ、「あのコの足は溶けないよ」 「お前の足はどうだい? 逃げられるのかい?」 僕は逃げた。「綺麗な足だね」。ここは地獄だ。エレベーターで地上に帰ろうと思いボタンを押した。 ...
子供を連れた若い母親が後ろ向きに歩いていた。 「あなた、後ろ向きに歩いてますよ」と教えてあげた。「子供もです」 「こっちが前ですよ」僕は母親と子供の向きを直してあげた。 すると母親はものすごい勢いで前に進み出した。子供は置き去りになってしまった。 ...
ウェストが細い人形が好きだと、その人は僕に宣言した。突然のことだった。 手に「ウェストが細い人形」を持っている。 「ウェストが細い人間には興味はないんだ」 「ウェストが太い人間は?」 その質問には答えず「ウェストが太い人形は嫌いさ」 ...
使者がやってきた。僕は「それ」を手に使者につづいた。「それ」は僕の手の中で形を変える。「それ」が元々何であったかはわからない。 今僕が手にしているのは銃だ。僕はスーパーにいた。真っ昼間なのに店は閉まっている。日曜日なのかも知れない。使者はもういない。僕も何でここにいるのかわからない。(銃を早く捨ててしまおう。) ...
みんなが体操服を着て体育館で体育座りをしている最中に、僕は2人の女子と抜け出して拳銃を手に、スーパーに盗みに入った。 僕たちは拳銃で店の人たちを脅したくさんのお菓子を盗るつもりでいたが店内には誰もいなくて拍子抜け‥‥ もう拳銃は使わない。僕はそれを分解してポケットの中に入れた。結局何も盗らずに外に出た。女子2人はいなくなっていた。僕は自分が靴を履いていないことに気づいた‥‥ ...
僕らが乗り込んだ車は、ドアもシートも、すべて透明だった。 後席に、君と腰掛けた。すると僕らの着ていた服も、透明になった。 しかし君はまるで表情を変えなかった。それで僕は、(僕の目にだけそう見えるのだろう)と思い込もうとした。 しばらくして目が慣れてくると、君の、ブラジャーなどの下着が見えてきた。見えたような、気がした。 ...
ステージに向う通路で、僕は僕とデェエットする歌手のキワドい衣装を初めて見た。 別に何も着なくてもいいのよ、と彼女は言った。誰も見てないから。 あなたも着なくていいのよ。観客はいない。 僕は言い返した。この服気に入ってるんだ。 あっそう。 僕たちは舞台に上がった。彼女の言うとおり誰もいなかった。バックバンドさえいなかったが、構わず僕は熱唱した。 彼女...
天使が落した爆弾は、爆発するときも音を立てなかった。光も熱も発しなかった。それはただ炸裂し、そして景色が変わった。天国に人がいなくなった。 ...
町は奇妙だった。何が奇妙なのか最初はわからなかった。今やっとわかった。影が長いのだ。日が傾いているわけでもないのに、ありえないほど、地平線の彼方まで伸びる影を引き摺って、人々は歩いている。 日は、永遠に高いまま。そしてなぜか、人々の歩くスピードは、全員同じ、秒速5センチメートル、みんなゆっくりだ。気づいたのだが、彼らは、ノロノロと、僕を追いかけているのだ。 ...
配給のパンをもらうために並んだ。その列の隣に並んでいるのは金を払って買いたい人たちだ。 「同じパンなんでしょ?」と疑問に思って僕は訊いた。 「同じじゃないわ」金持ちのおばさんたちは反論した。 「食べ比べてみようよ」僕が配給のパンを一欠片渡そうとすると、 「あなたからもらうわけにはいかない」おばさんたちは断った。 そしておばさんたちは配給の列に並んだ。財布を手に持っている...
「最近はこんな店で遊んでいるのね」、そこはどう見ても学校の教室だったが。 そのちょっと派手な女の人は、記憶を失った僕のところにやってきて、そう言った。 「その男、彼氏?」 女のもっと派手な友人たちが彼女をからかう。 「そうよ」と女は言った。 そしてピンク色の唇を僕に突き出し、クラスのみんなの前でキスしてと言った。その口紅の色に見覚えがあった。 ...
店内で手に取ったブーツの中には、たくさんのゴミが入っていた。紙屑の他に、生ゴミもあった。僕の手持ちのゴミをそこに加えると、それ以上何も入らなくなった。 僕はそのブーツを、陳列されている他の靴の奥に戻した。 そしてまた違う靴を手に取り、とてもいい靴だねと褒めてから、試着していいかと店員に訊いた。すると店員は、裏からゴミを持ってきて、これをお使いくださいと僕に手渡した。 ...
僕たちが2人で野球を始めると、見ていた人が「何をしているんですか?」と訊いた。 「野球です」と僕たちは答えた。 「一緒にやってもいいですか?」 「いえ、そのまま見ていて下さい」 その人はまだ僕たちを見ている。 通りかかった人に「何をしているんですか?」と訊かれると「野球です」と嘘を答え、 「あなたも一緒にやりませんか?」 ...
目覚めると僕は毛皮のある動物になっていた。本能に従い自分の体をあちこち舐める。そうするとなぜか眠くなった。寝て起きたばかりなのに。 となりには自分と同じような動物が寝ていた。もぞもぞと体を動かし始め、‥‥彼(彼女)は目を覚ましそうだ。僕はそいつの手足を軽く舐めた。そうするとそいつはまた深い眠りに落ちる。 ...
難病の子供を手術した。治ってすぐに退院した。毎日同じ手術をしている。まるで日本中の子供がこの病気に罹るようだ。手術しても治らない者もいる。手術の順番を待っている間に手遅れになる子もいる。 「僕は治るの?」と昨日の子は訊いていた。「治るよ」と僕は答えた。「治ったらどうなるの?」「退院して家に帰って遊ぶんだろ?」「そっか」 「治らなかったらどうなるの?」「それは難しい質問...
炊飯器で、ご飯が炊きあがった。炊きあがってすぐに食べなかったので、それは水になってしまった。気をつけていたのだが、また米を無駄にしてしまった。もうお腹はすいてなかった。僕はその水を一口飲んだ。 ...