地方のスタジアムで、ルールのよくわからないスポーツの試合を僕は観ている。 とりあえず、青いユニフォームを着た選手の応援をすることにした。(ちなみに選手は数え切れないくらいいて、みんな違う色のユニフォームを着ている。) 観客席で撮った自撮り写真を友達に送り、これって何の試合なんだろうねとついでに訊く。 ...
君に手を引かれて、橋を渡った。河岸では花火が打ち上げられている。大勢の見物客がいた。見物客たちは、地べたに座って、夜空を見上げている。そしてなぜか、身動きひとつしなかった。時間が止まったようだったが、彼らの話し声は聞こえた。 動かない唇から、言葉たちは永遠に途切れない涎のように流れ出していた。 僕たちは彼らの間に腰を下ろした。そして口を動かして話をした。そんな僕たちを見て周囲の涎...
用意されていたのは、ニットのワンピースだった。女の着る服じゃないかと思った。しかたなく着た。姿見は見なかった。代わりに目の前の男を睨んだ。 さっき、電話があった。この建物に爆弾は仕掛けられていないと。なぜ相手は、そんなことを話すのだろう。 廊下に出ると、爆発音がした。階下のテレビかも知れなかった。本当の爆発かも知れなかった。わからないのだ。 ふと見ると、僕の服はあちこち...
その扉はシャッターのように縦に開けることができた。障子や襖のように横に開けることもできた。僕は縦に開けた。そうすると向こうはキャンプ場だった。 放置されたテントがいくつかあった。すべてのテントに横に開けるタイプの扉がついている。夜だった。見上げると満天の星だった。もうどの扉も僕は開けなかった。ただまっすぐに歩いた。もうキャンプ場でもなかった。 夜空から星の光が一面の透明な滝となっ...
僕は考えてきたセリフを言った。君はそれをとても気に入ってくれた。君はいつの間にか日本語がわかるようになっていた。僕たちはずっと日本語で話をしている。カフェにいつものメンバーで集まっていた。 僕の考えてきたセリフと同じことをみんなも言った。韓国語や英語やフランス語で。僕のシナリオは正式に採用されたのだ。何もかもが思い通りに進んで行った。翻訳も正確だったしみんなの演技もよかった。しかしそん...
盲目の女がボルダリングをしている。僕は彼女の右横にいる。僕は彼女に指示を出す。彼女はそれを完全に無視する。耳も聞こえないのかも知れない。 彼女は失敗して落下する。床に叩きつけられる。落ちるときに悲鳴を上げたはずだ。落ちたとき苦痛の声を発したはずだ。けれどそれは聞こえない。 なぜなのかわからない。 そして‥‥、ふと気づくと僕には腕がない。腕は僕の体から離れて、壁を軽々と登って...
答えを聞きたくなかったのに、僕は質問した。 テレビには死んだはずのニュースキャスターが出ていた。父だ。朝の7時のニュースだ。彼は未来を見てきたと言った。そして衝撃の事実を語り始めた。 話だけではない。証拠となる映像もあった。コマーシャルは一切入らなかった。僕はテレビのボリュームを上げた。目を覆うようなシーンでは逆に下げた。 目を覆うようなシーンはつづいた。 ついに音...
エレベーターで6階まで上がったのは僕1人だけだった。みんな5階で降りた。みんなが正しかった。僕も6階から階段で5階へ下りた。その間に電車は出てしまった。 5階は駅のホームだ。次の電車が出るのは5時間後だ。 電車はもうホームに停まっている。僕は運転席に乗り込んだ。しばらくそこに座っていた、何もすることがなかった。 夜が明けると、誰かが朝刊を届けてくれた。 ...
レジで前に並んでいた両腕のない女が、買い物袋はご利用ですか? と訊かれていた。そのレジ係にも、腕はなかった。 私には腕がないから買い物袋は使わないのよ、とその女は答えていた。 そうですよね、レジ係も言った。 それから2人は振り向いて、無言で僕の腕を見つめた。 ...
水の代わりに砂が流れている川。水は固まっていた(氷という言葉をそのときの僕は思いつかなかった)。その上を少量の砂がさらさらと流れていくのだ。「さらさら」という声が聞こえた。声のする方に顔を向けた。人が10m置きに川岸に立ち、実際に口で「さらさら」と言っていた。 ...
冷蔵庫を開けると、ヨーグルトの小さなパックが、大量にあった。誰がこんなの買ったんだろう。僕はいつも、900g入りのやつを買っている。そのほうがお得だから。 ガレージには、大きな車が1台。その横に、君と僕の自転車がある。車の助手席や後席に、ビニールの買い物袋に入った、たくさんの食品が置いてある。冷蔵庫にはもう入らないよ。 ...
家に来ていた女性は、誰の客なのだろう。僕がつくったカレーを、おいしいおいしいと言いながら食べていたが、結局半分以上残した。女房がその皿を持ってきた。 「本当はおいしくなかったのかな‥‥」 僕はそのカレーを、ゴミ箱に捨てようとした。しかしゴミ箱はいっぱいだった、僕が昨日家族につくったパスタが、ほとんど手をつけられていない状態で、捨てられていたのだ。 仕方なく僕は、そのカレーの残...
カレンダーを見ると、14日と21日の月曜日が、祝日になっていた。今は何月なのだろうと思う。僕はどこの国にいるのだろう‥‥ 電話がかかってきた。僕にかかってきた電話らしい。けれど電話に出た女は、僕とかわろうとしない、「25日に出勤してほしいそうよ」と伝えた。 25日って、祝日だったっけ‥‥? 「はい喜んで出勤しますって、答えておいた」 ...
「万歩計を持ってる?」 持ってるわけがない。 「だめよ、持たなきゃ。歩数でポイントが貯まるのよ」 そう言って君は、映画館で、カフェで、ホテルで、万歩計を見せた。 料金は、タダになった。 僕たちが空港からホテルまで、何時間もかかって歩いてきたのは、このためだったのだ。 飛行機の中でも、君は歩き回っていた、「席にお戻り下さい」としつこく注意されても。 ...
映画の途中、スクリーンの前で、何かの工事が始まった。観客たちは、大ブーイングだ。一旦、上映は中止され、客席の前に、チアガールたちが出てきた。ハーフタイム・ショーが始まった。 チアガールの数は、観客の数より多かった。何千人もいた。それで観客たちも、ブーイングをやめた。その数に威圧されたのだ。 僕は呑気に、チアガールたちの尻を撮影している。その様子を見て、隣の紳士が言った、 「お...
口紅に乗って移動した。口紅の航続距離は短かった。口紅の全長より短いくらいだった。目的地に到達するまで何度も乗り継いだ僕。 口紅は使い捨てだった。振り返ると口紅の残骸が転がっている。僕が乗ってきた口紅だ。それはいくつも転がっている。 ...
スーパーで買い物をして、レジに並んでいる。重いものを買った女性が、店員から、「ヘリウム入りの袋はご利用ですか?」と訊かれていた。そんなものがあるのだ。 「空気より軽いんで、浮力がつくんですよ」 「いいです、車なので」 と女性は断っていたが、僕はためしてみたい。列を離れ、重い米を探した。 ...
新聞に映画の広告が出ていた。『2人の女スパイ』。1人はふだんOLとして、もう1人は売れない歌手として生活している。 歌手のライブに、OLは行く。 そこで歌われていた外国語の歌詞を、日本語に訳してみる。するとそれは、暗殺の指令である。「歌い手を殺せ」と解読できる。 またその歌詞を、別の言語に訳してみる。それも暗号メッセージである。「歌い手を逃がせ」 ...
ドアを開けると、その部屋には便器があった。トイレのようには見えなかったが、トイレなのだろう。僕はその隣の部屋のドアを開けた。玄関のように見える場所だったが、そこにも便器はあった。 その隣の、キッチンのように見える部屋にも、ちゃんと便器はあった。 ...
シャワーを浴びようとすると、そこには柱がいた。しかも1本ではなく、家中の柱たちが集まって、シャワーを浴びている。僕は怒って、(持ち場に戻れ、お前たちがここでこんなことをしていたら、家は倒壊してしまう)と言おうとした。 しかし家は、倒れていないじゃないか‥‥。それで僕は気づいた、柱なんてあってもなくても、変わりないのだ、と。 柱たちは、見たことのない緑色をしていた。シャワーを浴びる...
傘を開くと空から少量の飴が降ってきた(閉じるとやんだ)。何度か繰り返した。 これを屋内でやったらどうなるのだろう、と思いためしてみた。自分の家でやった。その傘を部屋の中で開いた。すると天井から大量の温水の雨が降ってきた。僕は傘を放り投げ、服を着たままシャワーのようなそれを浴びた。 ...
バス停まで、僕は走っている。1歩ごとに、僕の身長は半分になる。全力で走ったが、バスの停まっているところまで、永遠に辿り着けない気がする。 最終的には、僕の身長は1ミリ以下になる。 辿り着いたはいいが、車内に乗り込むことができない。梯子を下ろしてくれ、と僕は叫ぶ。羽根があるだろ、と乗客は叫び返す。飛べよ。そんなものはない。悪質なジョークだ。別の乗客がロープを投げてくれる。 ...
小便器の脇にテーブルがあって、着飾った男女がワインを飲み食事をしていた。 「気をつけてくれよ」と男の方が言った。女の方は何も言わなかった。 小便が終ると僕は、自分の席に戻った。それからじっくりと時間をかけて、メニューを読んだ。 ...
赤いレンガの壁の一部が円く輝いていた。僕はその円の前に立った。すると動けなくなった。もっと格好いいポーズで固まりたかった。 誰かが写真を撮った。後からあとから人は来て、動けない僕はたくさんの写真に撮られた。 ...
1階のテレビで、みんながドラマを見ていました。2時間くらいある、スペシャルです。僕はそんなものより、録画したビデオを見たかったので、早く終らないかな、と思っていたのですが‥‥ ドラマは、中盤に差し掛かっていました。やくざたちの肛門に酒を流し込んで、ベロンベロンに酔わせて、記憶を失わせる、という場面。 やくざたちを逆さ吊りにして、尻から酒を飲ませるシーンは、すごくおもしろくて、笑い...
自分で自分のことを好きだと言った。そうか、とみんなは言った。僕はドラム管の中に入っていた。みんなは僕を取り囲んでいる。「みんなのことも好きだよ」と僕は言った。スイッチが押された。僕は夜空に打ち上げられ星になった。みんなはジェットコースターに乗りに行った。 ...
機械が出してくれた書類を持って、別の機械のところへ行く。その機械はまた別の書類を出してくれた。書類には風呂に入れと書いてあった。ちょうど機械の脇に風呂場がある。脱衣場で服を脱ぎ中に入った。 浴槽にはお湯の代わりに靴下があった。蛇口をひねると出てきたのも靴下だ。靴下には漢字で「修学旅行」と書かれている。それもまた一種の書類なのだと悟った。僕は今から修学旅行へ行かなければならない。 ...
風呂場に、スピードガンが設置されていた。湯に浸かったあとで、僕は渡されたボールを投げた。いつもよりも、速い球が投げれた。 風呂で歌うと、上手く歌える、あれと、同じ理屈だ。僕は、気分がよい。 ...
ゴミ箱の中に盛りつけられたパスタ。具がたくさん。無料だった。とてもおいしそう。皿に盛りつけられたものよりずっといい。混雑した店内。立ったまま手で食べる。少し残した。食べ切れなかったのだ。 ...
車でコンサート会場に向う途中、チケットを忘れたことに気づいて、家に引き返したが、それでも僕は誰よりも早く到着した。 まだ午前中だった。僕はコンサートホールの地下に穴を堀り、そこに潜り込んで少しうとうとした。 待っている。だんだん人は集まり始めた。僕は穴から出て、ロビーに向った。若い作曲家の友人が、ベビーカーを押してあらわれた。ベビーカーにはサングラスをかけた大人の女性が乗...
僕は午前11時から12時までの時間を男性名詞として扱いたくなる。正午から13時までは女性時間。そこから先はよくわからないが小学生以下の子供たちのものか。 12時59分30秒若い女は僕に花をくれる。その香りを嗅ぐと何か広大で曖昧な共同メモリアル墓地のようなものが僕の心に引き寄せられ、狭められ12時59分37秒しっかりとしたハート型になる。 ...
無人島で助けを待っていると、その男は来た。立ったままボートに乗って、‥‥そのボートは、漕いでもいないのに進んだ。 「よお」とその男は言った。「来たぜ」 「うん‥‥」 「この島、お前らの島か?」 「そうだよ」と僕の友達は嘘を言った。 「ふん、お前ら名前は?」 僕たちは名乗った。 「デビッド・ボウイです」「ジョン・レノンです」 「デビッドくんよ、この島と...
心臓の手術をするのに、麻酔はかけられなかった。執刀は僕の学生時代の友人だ。彼はスーツを着て、手術室に入ってきた。 「心配しなくていいよ、実際の手術は、あのマッチョマンがやるから」 彼の指差す方に目をやると、ボブ・サップみたいな黒人が筋トレをしていた。 「うん、あのさ、麻酔とかしないの?」 「麻酔?」 「あとさ、メスとかそういうの使わないの? 人工心肺は? ここ何にもない...
落ちている帽子を拾う。白い帽子。そこにある「情報」を読み取る。読むための機械もある。だが僕は使わない。それよりもまた別の帽子が落ちていないかと探す。 ‥‥見つけた。その帽子は黒い。帽子と帽子をつなげて、グレーの帽子にした。機械は値段だけを表示する(それは読み取るには大きすぎた)が、僕は支払わない。 ...
落ちている帽子を拾う。そこにはある「情報」が書き込まれていた。僕はそれを読み取り、また別の帽子が落ちていないかと探す。 ‥‥見つけた。帽子と帽子をつなげて、「物語」にした。帽子から情報を読み取る機械もある。機械を使う日もある。だが機械が読み取った情報をつなげた物語は、何か違うのだ。 ...
人間が地面に寝かされて、田んぼの畦になっている。生きた人間がだ。この田んぼの米はとても高くて買えない。 ...
洞窟から男の声がした。声は質問をした。世界は単純なのか、複雑なのか、と訊いていた。僕は答えられぬまま、その洞窟に入った。 洞窟の奥に、光が見えた。光の中に、村があった。川が流れていて、女たちが水浴びをしていた。 その村には、女しかいなかった。僕はそこに、身を隠した。すぐに追っ手は来た。「この村で、男をかくまっているだろう」。追っ手の女は言い、刀を抜いた。 僕はその女の前に出...
「今、何をしてるの?」 「今は、家にいるよ」と僕は答えた。 「家では、母が寝てる。今から、抜け出せるよ」 全部昔のことだった。 写真の中の女が、僕に話しかけてきた。 「君と不倫をしたい」と僕は迫った。 「だめよ、私は太ってるわ。結婚して太ったの。写真とは違う」 「君が理想なんだ、理想のタイプなんだ」 「嘘ばっかり」 「手をつなごう」 ...
ノックの音がした。僕が喫茶店のドアを開けると、黒い競泳用の水着を着た人魚が横向きになって入って来た。泳いで来た、と若い人魚は言った。 外はひどい雨、洪水よ。 「髪が全然濡れてないね」 当たり前でしょ、という顔をする人魚。おかしなこと言わないで。彼女は空気中も泳げる。宙に浮いているように見える。 あなたの店も水の底に沈むわ。 本当だろうか。怖くなって僕は窓から外を見...
アニメのフィギュアに夢中になっているなんて理解できない、と僕は声を上げる。人を批判するなんて、珍しいことだ。 いいじゃないか、と友人たちは言う。ほうっておけばいいさ。 僕はオタクたちに近寄っていき彼らが大事にしているセーラームーンの人形を凝視する。 オタクの1人が人形をつまみ上げ自分の口に入れる。彼はそれをゆっくりと噛む。 ...
出された水は炭酸水だった。喉が渇いていた。僕は一気に飲みたかったのに‥‥ 開店前のレストラン。フランス料理。外は明るいが、店内は暗い。僕は立ったまま炭酸水を飲む。 (心が痛くなるくらいの炭酸が入っている。) 耳を金色に塗ったウェイターたちが出てくる。まだ誰も制服を着てない。上半身裸だ。彼らも僕と一緒に飲む。 暗がりの中でたくさんの耳が光る。 ...
その建物の地下には2台ピアノが置かれていた。それぞれのピアノの周りに人が大勢集まっていた。演奏されたのはクラシックの同じ曲だったが、客層はまるで異なっていた。僕は2台のピアノのちょうど中間に立ち、両方の演奏を聴いた。 それから階段を上がって、建物の外に出た。君と待ち合わせだった。 ...
君は旅行をする。君はレタスを買う。君は鞄の中にレタスを入れておく。持ち物はそれだけだ。 移動中にレタスを食べる。1枚1枚。瑞々しいレタスの葉。齧るときにシャキ、シャキと音がする。それはカメラのシャッター音のようだ。 ...
地下鉄の駅前がスケートリンクになっていた。無料のリンクだが、誰も滑っていない。空が暗くなってきた。足元の氷は発光し始めた。僕たちはスケート靴を持ってなかった。かまわない、と君は言った。普通の靴で滑り出した。 ...
そのおじいさんの胸は膨らんでいた。そこだけ別の人の体を取り付けたようだった。おじいさんはその巨乳を強調する服を着て得意そうだ。僕は胸の谷間を凝視した。手で触ってみようかと思う。セクハラにはならないだろう。 ...
10歳の僕がふざけて電子レンジを「チン、チン」と何度も鳴らすと、脇にあった多肉植物の鉢が倒れた。どういうしかけになっているのだろう。僕は倒れた鉢を元に戻した。そしてしっかりと手で支えた。今度は本当に料理を温めようとする。 ...
その刀が僕を切った。僕からは血が吹き出た。友達の家の廊下だった。玄関のテレビ電話で救急車を呼んだ。 友達のお母さんは逃げる刀を捕まえようとしている。救急車はまだ到着しない。僕は突然悟った。救急車は来ないだろう。友達のお母さんはいなくなってしまった。部屋の中では何事もなかったかのように誕生日パーティーはつづいている。ふと僕は怖くなって逃げ出した。 ...
透明な水があった。重そうな水だと思った。持ってみたわけではないが、その重さは感じられた。 水の入っている容器を、金属の棒で叩いた。ビンビンビーンと、重そうな音が出た。僕は何回も容器を叩き、音を出した。 音は全部抜けた。水は軽くなった。 僕はその水を手ですくって、着ていた服にかけた。服は濡れたが、僕はそのことを感じなかった。 ...
柱が立っていた。柱は緑色に塗られていた。 その柱の向こうにも、緑色の柱はあった。緑色は塗り立てだった。柱はもともとはどんな色だったんだろう、と思いながら進んだ。 何本もの柱はあった。すべてが緑色に塗られていた。その他に緑色のものはなかった。 ...
朝の町、晴れた空からジェット機の爆音の粒が降ってきた。街路樹に粒は降り積もった。粒は木の枝を折った。道行く自動車にも積もった。車は粒の重さで道路にめりこんで動けなくなった。 ...
コンサートの終わりに、前々から考えていた質問をする。相手は世界的な指揮者。フランスで亡命生活を送っている。フランス語でいいだろうと思っていた。だが僕のフランス語は通じない。 僕は彼に本を贈る。「これは本です」と僕は言う。本という単語を英語で言い換えた。途端に高齢のマエストロの目は輝く。「この本であなたについて学びました」と僕は言う。 ...
肉の塊を飴玉のように舐めていると、唐突に出発の時は来た。僕は頷いて動く歩道に足を乗せる。すると僕の身長は1/3に縮んだ。仲間たちは自分の足で歩いている。そうなのかこれが理由なのか。だが動く歩道を降りても僕の身長は元通りに戻らなかった。 草叢の中で巨大な女の人が倒れている。大丈夫ですかと声をかけたが返事はない。別の女の人がやって来て僕に言った。それは女の人の形をした野糞なのよ。人間ではな...
有人のロケットが打ち上げられるというので僕は屋上に出た。間に合った。ちょうど打ち上げられるところだった。ロケットは夜空に飛翔していく。 見物客は僕1人だ。 夜のそれほど遅い時刻ではなかったが、町には車1台走っておらず、静まり返っている。 ところでロケットを見ていると、宇宙服を着た乗組員が1人、窓を開け、パラシュートもつけずに飛び降りるではないか。 ...
子供がベッドで寝ようとしている。僕はその顔の上に蓋をした。蓋は薄いベニヤ板だ。板の表面を軽く撫でた。 蓋を開ける。すると既に子供が眠っているのがわかる。 しかしその子は僕の子供ではなくなっている。‥‥戸惑っていると隣の部屋から本当の親が様子を見に来る。 僕は「とてもかわいいお子さんですね」と言って立ち去る。 ...
さっきのレストランに、大事な拳銃を忘れてきた。慌てて取りに戻ったが、もうなかった。僕は刑事だ。刑事になったばかりだが、クビだろう。先輩の刑事に報告した。 「僕、クビですよね?」 先輩は、あちこちに電話をかけ始めた。何件目かの電話が当たりだったようで、しきりに頷いたり、笑ったりしている。そして通話を終えると、シャツの袖をまくり、鳥肌を使った暗号のメッセージを僕に見せた。 「これは...
木を伝って、310号が部屋に上がってきた。 そういえばこの部屋は、310号室だった。満月の夜に310号が来たとしても、不思議はない。 310号というのは、彼の本名だ。年齢はよくわからない。若くは見える。 会うのは数年ぶりだが、見た目は変わらない。金色のジャージの上下を着て、髪も金髪だ。 彼はズボンのポケットから、日本の500円玉を1枚取り出した。 それは金色では...
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地方のスタジアムで、ルールのよくわからないスポーツの試合を僕は観ている。 とりあえず、青いユニフォームを着た選手の応援をすることにした。(ちなみに選手は数え切れないくらいいて、みんな違う色のユニフォームを着ている。) 観客席で撮った自撮り写真を友達に送り、これって何の試合なんだろうねとついでに訊く。 ...
ディーラーの握り拳の中に4つの数字がある。サイコロを転がして出した数字とは一致しない。友人たちはまた全部外した。 「いつかこれで大金を手にするんだ」いつも言っている、ギャンブル好きの彼ら。 もう帰ろう‥‥ 車に戻った。友人の1人が私と2人だけで話したいと言った。異議を唱えるもう1人の友人を、彼は殴って黙らせた。殴られた方はなぜか楽しそうに笑って‥‥ ‥‥ 「話っ...
バスを降りるときに3200万円を支払うのだ。僕じゃない。僕の友達が。彼はそんな金は持ってない。支払いは待ってやってくれ、と僕も運転手に頼む。 運転手は何も言わず、ずっとバスは停車したまま。 ...
地下のそのスペースにたくさんの人が集まっている。みんな友人だがもう誰が誰だか思い出せない。ある音楽が演奏されたのだった。その音楽は僕たちの記憶を洗い流していった。‥‥帰ろうかと思うが足が動かない。ここがどこなのかすらわからない。何か重大な目的があって僕たちはそこに集まったのだった‥‥ 会場の出口では記憶が売りに出されている。それは1点ずつ違うCDだったり紙の本だったりする。映像データで...
知らぬ間に宝くじが当たったようだ。きっとオンラインで買ったやつだ。大金が口座に振り込まれている。僕はその金を全部引き出し、宝くじ売り場へ向かい、そこで売られている宝くじを全部買う。そこで気づいたことがあるのだが、1億円分の宝くじの束は、1億円の札束より軽い。 ...
町の上空に浮かぶ雲のベッドで僕は目覚めた。寝ているうちにまた巨大化してしまったようだ。ベッドから足を下ろすとき住宅を一棟踏み潰してしまった。 いつまで寝ぼけているんだ、と町の住人から怒りの声が上がる。 ベッド下に落したティッシュの箱を取ろうとして暴れ回り、町の一区画を更地にしてしまったところで、完全に目を覚ました。 ...
東大生とは、東京大学の学生ではなくて、東京大学に連れていってくれる人のことだと、その人は主張し、5月のある日、東大を案内してくれたのだ。 東大は東京の大学というより寺院のようで、建物の中に入るとき、靴を脱がなければならなかった。 その日は休みなのか、構内に学生や教員の姿はなく、静かだった。 犬小屋があって、そこで白い犬が寝ていた。 ...
右側通行の道路、右ハンドルの日本車とすれ違った。赤いスポーツカー。運転していた女性が歩道の僕に手を振った。僕も振り返すと、それを合図に人が集まってきた。日本語が通じるか挑戦したい、という人たちだ。日本語を学んでいる学生たちだった。 ...
その家の玄関の前には大猫がいて、カメラを構えた僕が近寄ると後ずさった。そうか写真に撮られるのが嫌いなんだ。家に入るのに大猫が邪魔だった。どうすればどいてくれるだろうと思っていた。無事追い払うことができた。 ...
夕日を浴びて電車が走っている。電車には人は乗ってない。ジャガイモが積まれている。収穫したばかりのジャガイモだ。 線路はあるところで直角に曲がっている。電車はそこを上手く曲がれず、脱線してまっすぐに行ってしまう。まっすぐ行った先には車庫がある。まだ車庫に入りたくない、と電車は思う。 ...
陰茎は固く絞られた雑巾のようだった。僕だけじゃなくみんなのがそうなっている。ニュースでやっていた。みんなそうなってしまったなら仕方ない。 小便をするときはそれをさらにきつく絞る。残尿感があるならまだ絞れるってことだ。 ...
この写真家を僕はアラーキーという仮名で呼ぶことにする。つまり僕が拾ったのは普通のエロ本・エロ写真集ではなかったのである。後で見てわかったが、それはあるストーカーの日記だった。彼(おそらく男だろう)は複数の女性を追いかけていて、隠し撮りした写真の他に、標的の女性の利用するバスの時刻表や、訪れるカフェのメニューなども参考資料としてあり、その本を持っているのが僕は怖くなった。 ...
アイマスクの代わりに黒いタオルを巻いて寝ていた。電車の中だ。電車が駅に着いた。慌てて飛び起き、降車した。目的の駅の、1つ前だった‥‥ やってしまった‥‥降りたホームで、次の電車を待った。それはすぐ来た。先行する電車に追いつき、しばらく平行して走る。向こうの乗客たちが、僕に手を振っている。 ...
高速道路を僕は歩いている。険しい山を削ってつくられた道だ。時速300キロで走る透明な車が、僕の体を通り抜ける(逆なのかも知れないが、透明なのは僕の方で)。 路肩に男の子がいる。1人で遊んでいる。危険だ。僕は声をかけた。 親に電話してやるよ、迎えに来いって言ってあげる。 おうちの電話番号、覚えてる? 迷子の男の子が教えてくれた番号にかけると、それは僕の実家だ。死んだはず...
足元に酒瓶があった。隣のテーブルの方に蹴飛ばした。赤い酒が入っていた。僕は酒を飲まない。 隣りのテーブルで飲み食いしていたグループが僕に手を振って挨拶したのを見て席を立った。 店の外に出ると明るかった。朝だ。カネを払わずに出たことを思い出した。 僕はいろんなことを忘れていた。椅子の背には上着をかけたままだった。上着の内ポケットには財布が入っていた。 ...
僕は窓際に追いつめられた。窓から外に逃げようと思った。 しかし窓には鉄格子が嵌めてあった。 そいつは僕の体の中から「13歳の心臓」を抜き取ろうとした。 取っても死にはしないとそいつは言うが‥‥そもそも「13歳の心臓」って何だ? ...
愛する女に初めてキスしようとしたとき、私は自分が女になっていることに気がついた。 私がキスをすればこの女は男になるのだろうか、と考えながらキスした。目は閉じなかった。女の変化を観察していたが、何も起こらなかった。相思相愛の私たちの未来が、少し不安になった。 ...
女が「レストラン」と言っている。それを聞いた男が「レンタカー?」と返す。「レストラン」大声。「何借りるの?」さらに大声。「レンタルビデオ?」日本人の観光客だ、地下鉄の中。僕は用もない次の駅で降りる。 ...
怪獣の背中に生えているような刺が、道路に生えていた。車は走れなくなった。ある日突然のことだった。僕は茫然と見つめた。 刺は完全な等間隔で生えていた。人工物には見えなかったが、自然の物とも思えなかった。僕はスマホを覗き込み、世界を裏で牛耳る悪の組織の陰謀ではないかという説が、狂人たちの口から、説得力をもって語られるのを待った。 ...
ポケットから取り出した紙片、4つに折られていたのを開いて、約3分間、お湯に浸すのだ。 書かれていた文字が、お湯に溶け出して、紙が真っ白になったら、取り出すのだ。 文字が溶けたお湯を、僕は飲むのだ。知識が僕のものになる。 ...
煙も出なかった。灰も残らなかった。巣に捕えられた小さな虫たちが逃げ出した。僕はライターで火をつけていく。蜘蛛の巣は燃えた。ボワッ、ボワッと。僕は蜘蛛たちと一緒に、燃える蜘蛛の巣を見ていた。美術館で美術作品を鑑賞しているような感じで、静かに。 ...
手に大きなキャベツの葉を持ち、ゆったりと扇ぐ。冷房はなかった。あるのは大きすぎるキャベツの葉だけだ。暑がりの君に風を送った。 「それキャベツでしょ? 食べるものでしょう?」 君は問うたが、僕は返事をしなかった。 気づくと朝だった。詰所の夜警さんが、僕たちに言う。「もう1人の夜警と話し合ったんだがね、俺たちは、もう眠らないことにしたよ、1日中起きてるんだ、ずっとね」 ...
学校なのか仕事なのかはっきりしないが、休みたくて、布団の中から電話をしている。体調は良いわけではないが、寝てなければならないほど悪くもない。むしろ精神的なストレスからくる何かが、僕にそうさせるのだ。 無意識の内に僕は、自分の頬を洗濯バサミでつまんでいた。痛くはない。ちょっと違和感を感じるくらいだ。頬に何個か洗濯バサミをつけている。2階のバルコニーに立っている。手に色落ちした白っぽいジー...
トイレには3人の若者がいて、鏡の前で、髪を梳かしていた。 1人、凝った髪型をした男の頭蓋骨には、紐がついていた。仲間が2人、その紐を引っ張っていた。コルセットの紐を引っ張るようにして。 ...
僕の首筋には、何かに噛まれた痕があった。「犬に噛まれたんだね」と大人が僕に言った。 「どうして犬だとわかるの?」僕は聞き返した。 「病院に連れて行った方がいいな」と別の大人が言った。 「誰を連れて行くんだ?」ここからは大人同士の会話だ。大人の話を聞いていると眠くなる。 ...
雨の中、傘もささず、若者が行列をつくっていた。何に並んでいるのだろう。僕も最後尾につこうとした途端、「中止です」とアナウンスがあった。「中止します」。すると、ずぶ濡れの若者たちは、急に雨が気になり始めたようだった。 ...
「久しぶり」「お久しぶりです」たくさんの人が、僕にそう挨拶してきた。 中には、本当に久しぶりの人もいたが、大抵は初めて会う人だ。 僕が、相手の顔をよく見ようとすると、彼らは帽子や手で、顔を隠す。 そして、なぜかよくわからないのだが、僕は突然、空が飛べるようになった。 雲の上では、また見知らぬ人々が、「久しぶり」「お久しぶりです」そう挨拶してきた。 ...
いつの間にかデパートは閉店していた。出入り口に鍵がかけられてしまった。外に出られない。 途方に暮れていると、1人の男がやってきた。黒いスーツを着た、無口な男だ。どこから入ってきたのだろう。ここで何をしているのだろう。どこへ行くのだろう。話しかけても反応がないが、男についていけば出られるかも知れない。 後ろを歩いていくと、男の背丈は、どんどんと伸びた。僕の2倍〜3倍の長身になった。...
僕が話すことに決め、実際に話し出すまでにかかった時間が、話の内容を変えてしまうので、僕は、自分でも聞いたことのない話を、聞いたこともない声で、君にするのだ。 匂いも味もしない煙草を、一口だけ僕は吸い、そうか、僕は流行りの風邪に罹ったんだな、と気づいて、けど、それも夢だ。 鍋を火にかけて、沸騰した水が、消えてなくなるのを見ている。何を料理するつもりだったのか、思い出すために、もうい...
光が熱を失うのと、明るさを失うのはどっちが先だろうと思う。まず冷たくなって、それから消えていくんだろうか。それともまず暗くなって、そこから冷めていくんだろうか。 ...
音が近づいてくる。近づくにつれて音は小さくなる。音は僕は目の前にやってくる。もう何も聞こえない。 僕は音が君だと気づく。僕は音を抱きしめる。音は音を出そうとする。僕は音が目に見えるとでもいうように、君を見つめる。 僕が話すことに決め、実際に話し出すまでにかかった時間が、話の内容を変えてしまうので、僕は、自分でも聞いたことのない話を、聞いたこともない声で、君にするのだ。 ...
僕は手に何かを持っている。自分の持っているものが見えない。何だろう? それは重くはない。だがずっと持っていると手首が痛くなる。 その痛くなったところに君はキスする。すると痛みは増す。君は何度も同じ場所にキスする。痛みに耐えられなくなって僕は持っていたものを手放す。 ...
テレビでロレックスを見せびらかしている若い女に対抗心を剥き出しにした。引き出しの中に白いロレックスが眠っていた。僕はそれを腕にはめた。そしてスーツを着て、ネクタイを締め、散歩に出かけた。並木道を1人で歩いた。誰ともすれ違わなかった。 暗くなってから家に戻り、もういちど引き出しを開けた。そこには別のロレックスがあった。家中の引き出しを開けていった。まだあるはずだった。 ...
雪の日、寒い朝、君の吐く白い息は千切れていくつかの幽霊のようになり、廊下へ出て、順に狭い階段を下りた。僕のその、いちばん最後の幽霊の後をついて行く。1階で、幽霊たちは僕のためのパーティを開いてくれた。そこでどんな歌が歌われるのか、君は知らないだろう。 ...
ある男性と一緒に、電車に乗っていた。彼は僕の父親だと言う。だがどう見ても僕より若いし、僕たちは全然似てない。 僕たちは、初めての駅で降りた。駅前にある、消費者金融に用事があった。僕は借りていた金を返すのだ。彼は金を借りるのだ。 駅前に、「お1人様専用のフランス料理店」があった。ひどく腹がへっていた。でも今は駄目だ。次回、1人のときに来よう。 ...
僕の夢の中で、彼は長身のイケメンに姿を変えていた。性格もすっかり明るくなっていたので、彼が誰だか、最初はわからなかった。画廊で絵を見せてもらったとき、やっと気づいた。画風は、昔と変わらなかった。 店は、閉店した。もう朝だった。最後まで残っていた僕は、店のスタッフと一緒に、掃除を始めた。女主人に、雑巾を渡された。あちこち拭いているいる内に気づいたのだが、鉢植えは造花だった。 ...
友人がバイトしている店で、無料のコンサートがある。それを聴きに行くと、店頭には、そのミュージャンの自伝が積まれていた。信じられないことに、日本語で書かれていたので、誰も読めない。誰も、手に取ろうとしない。 そういえば、僕は日本人だったっけ。だから日本語が、読めるんだっけ。夢中になって、頁をめくっている間に、自分が誰なのか、なぜパリに来てるのか、思い出した。 ...
韓国のどこか。「訓練」が始まった。僕は気分が悪そうにしていた妹を抱きかかえて隊長の前に整列した。ハングル語がプリントされたTシャツ(何て書いてあるのか読めなかった)を着ていた隊長は本当に韓国人だったのかと疑問に思う。いったい何の訓練だろう。僕たちは一言も韓国語を喋らなかった。 虹が子供を産んだ。そしてすぐに消えた。僕と妹。僕たちはその場所で空を見上げ、毎日虹を待った。大きくなったら虹に...
さっき降った雪が、もう溶けてる。車道は濡れて、凍っていた。スリップしたバスに、タクシーがぶつかった。次の瞬間には、パトカーが来ていた。やって来るのが、異常に早かった。サイレンも聞かなかった。 君の家の庭には、まだ雪が残っていた。ドアをノックすると、知らない人たちが出てきた。親と子供たち、家族のようだ。彼らは、町に出て行った。もう、夏だった。 ...
男2人と女1人、三角関係だった。1人の男が歌を歌った。歌詞は外国語でわからない。女はその歌を聴いて、2人のもとを去った。歌わなかった男が、彼女を追いかけた。歌った男は僕のところに来て、「どう思う?」と訊いた。 ...