曹洞宗に於ける『遺教経』の学び(2)
以前に、道元禅師の伝記を書いた時、結局古伝(14世紀までに成立した伝記群)に見付からなかったため採り上げなかった記事に、以下の一節がある。・(建長)四年夏、遺教経を講ず、黒白駢擁して聴き聳ゆ。『永平開山道元和尚行録』・四年壬子師、五十三歳○夏、遺教経を講ず、緇白雜襲す○師、預め前途促逼するを知りて、是の経を講ず。蓋し、如来最後の垂範を擬すなり。正法眼蔵大人覚巻、茲に萌ず。『永平仏法道元禅師紀年録』上記記事で、道元禅師は御入滅される前年の夏に、『遺教経』を講義したというのである。その結果、出家・在家が多く集まってきたという。また、上記の講義が行われた理由として、『紀年録』では前途(ご自身の寿命)が「促逼(追い詰められる)」していることを知って、『遺教経』を講義したという。つまり、釈尊が涅槃を前にして垂誡した...曹洞宗に於ける『遺教経』の学び(2)
2025/02/10 12:01