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  • ハル・ノートの「China」と満洲

    日米開戦外交と「雪」作戦 ハル・ノートを書いた男 (文春新書 28) 作者:須藤 眞志 文藝春秋 Amazon 1941年11月26日、米国のコーデル・ハル国務長官は在米日本大使館の野村吉三郎と来栖三郎の二人の特命全権大使に対し「合衆国及び日本国間協定の基礎概略」とタイトルを付した文書を提示した。戦後「ハル・ノート」と呼ばれるようになったものである。 東京の東郷茂徳外務大臣に電報で伝えられたその内容を日本側は最後通牒に相当するものと受け取った。だが、同文書の冒頭に「Tentative and Without Commitment」(仮案にて拘束せられることなし)と明記されていたことからすれば、…

  • 日本国憲法の栄誉

    日本国憲法を生んだ密室の九日間 (角川ソフィア文庫) 作者:鈴木 昭典 KADOKAWA/角川学芸出版 Amazon 戦後まもなく制定されたある法律について国立公文書館で立法時の資料を閲覧したことがある。出てきたのは厚紙の表紙に紐で綴られた分厚いもので、開けてみると原本なのに意外にも古さを感じない。資料をめくるごとにまるで終戦直後へと引き込まれていくような感覚を覚えた。 最後の一枚を目にしたときの衝撃は今も忘れられない。思わず「おおっ」と声が出た。GHQ(連合軍総司令部)が時を超えてぬっと現れたのである。それは英文でタイプされた法案骨子の箇条書きで、立案の始まりでありかつ結論だった。「こんな法…

  • 限界集落は招くよ

    限界ニュータウン 作者:吉川祐介 太郎次郎社エディタス Amazon 数年前、東京で高校時代の友人と歓談したときのこと。帰省した折にわざわざ私の実家がある集落を車で通り抜けてみたという。「いいところだね」と驚いていた。お世辞を言い合うような間柄ではないから、多少は割引くとしても本当にそう思ったのだろう。 18歳で上京して以来、故郷の佇まいの変化に大して気をとめることもなかったのだが、確かに近年、新しく建て替わる家々が目につくようになっていた。年老いた両親の専属運転手になるため東京に家族を置いて実家に居を移して3年が過ぎ、あらためて集落を見渡してみると、四季折々の彩を通してどこの家でも年寄りたち…

  • 陰謀論では済まない

    9/11: 爆破の証拠 - 専門家は語る Richard Gage Amazon 「9・11の矛盾 ー 9・11委員会報告書が黙殺した重大な事実」(デヴィッド・レイ・グリフィン/緑風出版)を読み、ドキュメンタリー「911:爆破の証拠ー専門家は語る」を見て、今さらながら陰謀論で済ませられるものではないと思った。 前者は米国の公式報告書である「米国同時多発テロ事件に関する独立調査委員会報告書」(2004年7月)について、同事件の目撃証言・映像・当局発表等との矛盾点を列記したものであり、後者は同事件で不自然に崩壊した世界貿易センター第7ビルについて、構造工学・高層建築・材料工学・制御解体などの専門家…

  • シーボルト事件とは何だったのか

    文政十一年のスパイ合戦―検証・謎のシーボルト事件 作者:秦 新二 文藝春秋 Amazon 1829年12月30日、33歳のシーボルトを乗せたオランダ汽船が出島を離れて港口に差し掛かった時、汽船に向かって漕ぎ寄せる一艘の小舟があった。やがて汽船からもボートが降ろされ、小舟へと漕ぎ寄せる。もどかしくもボートを漕ぐのはシーボルトその人である。シーボルトの門人たちが漕ぐ小舟には、シーボルトの妻22歳の滝(たき)がシーボルトとの間に生まれた2歳の娘イネを抱いてうずくまっていた。幕府から国外退去と再入国禁止を申し渡されたシーボルトとの最後の別れをさせるべく門人たちが舟を出したのだった。 「シーボルト」(板…

  • 打ち続けること

    人生はそれでも続く(新潮新書) 作者:読売新聞社会部「あれから」取材班 新潮社 Amazon 10年ほど前だろうか、テレビの囲碁対局であまりに早く大勢が決まってしまったことがあった。往年の名棋士である解説者によると、もはやどうにも挽回のしようがない状況らしい。放送時間に満たずに投了した場合、盤上で石を並べながらあれこれ検討を行って時間を延ばすのだが、その手ではとうてい足りそうになかった。すでに投了不可避となった若手棋士は強張った表情でなおも対局を続けた。そのとき解説者が口にした「打ち続けることは大事なことです」という言葉が何かとても意味深いものに思えて印象に残った。 「人生はそれでも続く」(読…

  • 伊藤博文のVサイン

    伊藤博文 近代日本を創った男 (講談社学術文庫) 作者:伊藤之雄 講談社 Amazon 明治20年(1887年)4月20日午後9時、鹿鳴館時代のクライマックスとして歴史に刻まれた仮装舞踏会が幕を開けた。時事新報は「内外朝野の貴顕紳士及び其夫人等の参集はほとんど四百余名近き多人数なりし」と報じた。浅田真央のスケートで耳に残るハチャトリアンの「仮面舞踏会」のワルツがよみがえり、華やかなときめきに満ちたであろう舞踏会のにぎわいが偲ばれる。 記事は続けて「紅顔玉を欺くの淑女顕はるるかと見れば、忽ちにして勇壮鬼を挫く猛獣躍り出で」と記す。その場面を「ウィーンに六段の調 戸田極子とブラームス」(萩谷由喜子…

  • 対米開戦の責任を問う

    日本人はなぜ戦争へと向かったのか: メディアと民衆・指導者編 (新潮文庫) 作者:NHKスペシャル取材班 新潮社 Amazon 1931年の満州事変から太平洋戦争へと至る歴史の中でどうにも理解に苦しむのは、陸海軍がともに勝ち目がないと考えていたはずの米国との戦争に、なぜ踏み切ってしまったのかという点だ。 戦後、陸軍と海軍はそれぞれに有志が集まって反省会を行った。陸軍の反省会の内容は、財団法人偕行社の機関誌「偕行」に、1976年(昭和51年)から1978年(昭和53年)にかけて「大東亜戦争の開戦の経緯」として15回にわたって掲載された。 海軍の反省会は1980年(昭和55年)から1991年(平成…

  • 原爆の経緯と責任

    ロバート・オッペンハイマー ――愚者としての科学者 (ちくま学芸文庫) 作者:藤永茂 筑摩書房 Amazon 「ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者」(藤永茂/ちくま学芸文庫)は、「原爆の父」として歴史に名を刻んだ米国の理論物理学者ロバート・オッペンハイマーの生涯を原子爆弾の開発に焦点を当てて記したものである。著者はカナダ・アルバータ大学で長年にわたって理学部教授を務めた量子化学者である。 この本を読んで、米国による原爆開発は避けることのできないことだったのだと痛感した。1938年に人為的な核分裂を実現した物理学の発展によって、原子爆弾の開発は目前のものとなった。各国の物理学者たち、…

  • デカブリストの乱

    秘史デカブリストの乱―ニコライ1世の即位 恒文社 Amazon 1819年の夏、若きニコライは、年の離れた長兄のロシア帝国皇帝アレクサンドル1世から、次の皇帝となるべく覚悟をうながされた。このとき、ニコライは絶望のあまり妻とともに泣き崩れた。アレクサンドルには子がなく、すぐ下の弟コンスタンチンは帝位に就くことを嫌ってポーランド総督として駐在するワルシャワを離れようとしなかった。 ニコライは後に帝位に就くのだが(ニコライ1世/1825年~1855年)、皇帝になれと言われて絶望してしまうような国はそうあるものではない。作り話のような話だが、ロシア帝室の秘密文書に記録されたニコライ自身の手記に記され…

  • 保守の変容

    フランス革命についての省察 (光文社古典新訳文庫) 作者:エドマンド・バーク 光文社 Amazon 「フランス革命についての省察」(エドマンド・バーク/光文社古典新訳文庫)を読んでみた。もし、これから本書を読む人がいれば、巻末の訳者による解説から読み始めることをお勧めする。バークの思想の核心と背景が簡潔にまとめられているほか、各章の概要が記されている。原文には章立てがないのだが、約500ページに及ぶ長文を訳者が13の章に分けて各章にタイトルをつけている。 バークは長年にわたってイギリス下院(庶民院)議員を務めてきたホイッグ党(後の自由党)の重鎮であり、フランス革命が勃発したときフランスの若い知…

  • スポーツシューズへの挑戦

    SHOE DOG(シュードッグ)―靴にすべてを。 作者:フィル・ナイト 東洋経済新報社 Amazon 私の個人的な感覚ではサッカーシューズとサッカースパイクは別物だ。サッカーシューズは合成樹脂のアウトソールと一体型で低いスタッド(突起)が多数並んでいるが、スパイクは少数の尖った金属スタッドがネジ式で付いている凶暴極まりないやつだ。 高校時代の雨の試合の白黒写真を見るたびに苦痛がよみがえる。水を含んで重くなったボールはぬかるみに嵌り込んで蹴っても飛ばず、相手選手のスパイクが容赦なく脛の骨の稜線にぶち当たるたびに激痛が脳天を貫いた。 たまらず脛当てをつけたのだが、これがまた大変な代物だった。鉄の細…

  • 幕末の真相

    幕末維新史への招待 山川出版社 Amazon 幕末史はわかりにくい。「開国」と「攘夷」、「公武合体」と「倒幕」、といった対立関係がいつの間にか逆転したり入れ替わったりしてしまうため、私のような素人には展開の因果関係が容易には理解できない。「何でそうなるの」と言いたくなるようなアクロバティックな展開が続く激動の時代である。 「幕末維新史への招待」(町田明広 編/山川出版社)は、国内外の資料の精査による幕末研究の到達点として、「誤った「通説」から新しく正確な知識へ」という標題が示すとおり新しい幕末観を提示している。 この本で最も蒙を啓かれた思いがしたのは「国持大名」(くにもちだいみょう)に関する記…

  • DNAの人間模様

    二重らせん第三の男 作者:モーリス・ウィルキンズ 岩波書店 Amazon 今から70年前の春、人類史上の画期的な出来事が相次いだ。1953年5月、世界最高峰エベレストへの初登頂が成し遂げられた。それに先立つ3月には、DNAの内部構造が初めて解明されたのである。 その構造は二重らせんの模型で提示された。相互に反対方向に平行する2本の鎖からなる構造は、それ自体が細胞複製のシンプルなメカニズムを現わしていた。人類は生命の神秘へとつながる扉を開けたのである。「20世紀最大の発見」と称えられる所以だ。 1962年、この発見に対しノーベル生理学・医学賞が授与された。受賞者はフランシス・クリック、ジェームズ…

  • インターネットの抜本的な革新が必要では

    アップルvs.グーグル (SB新書) 作者:小川 浩,林 信行 SBクリエイティブ Amazon インターネットの起源は半世紀以上も昔の米国国防省の実験プロジェクトにさかのぼる。1969年、米国の4つの大学のコンピューターを接続するネットワークの実験が開始された。この実験ネットワークが拡大し、1983年には軍用ネットワークが分離して非軍事ネットワークとして独立した。1990年代になってインターネットサービスプロバイダーが接続サービスを開始したことによって今日のインターネットが誕生した。 2007年6月、インターネットの利用に画期的な飛躍が起きる。iPhoneの登場である。携帯端末の全面にWeb…

  • あるシベリア抑留者の手記

    収容所(ラーゲリ)から来た遺書 (文春文庫) 作者:辺見 じゅん 文藝春秋 Amazon 厚労省の調査によると、1945年の終戦時、日本人(軍人、役人、民間人)約57万5千人がソ連各地の強制収容所に連行された。そのうち5万5千人が抑留中に死亡し、47万3千人が日本に帰還した。 「収容所から来た遺書」(辺見じゅん/文春文庫)は、帰還者たちへの聞き取りにより抑留の実態を今日に伝えている。巻末にこの本が書かれた経緯が記されている。 1986年、読売新聞社と角川書店が主催して「昭和の遺書」を募集した。全国各地から寄せられた遺書の中に、編者として関わっていた著者が特に目を引かれたものがあった。それは抑留…

  • 悲劇の背景

    東芝の悲劇 (幻冬舎文庫) 作者:大鹿靖明 幻冬舎 Amazon スーパーでメザシの前を通るとき、ついうっかり一礼してしまいそうになる。土光さん宅の食卓のメザシが一躍脚光を浴びたのは40年も昔のことだ。当時、土光敏夫は東芝の社長・会長を経て、第二次臨時行政調査会の会長だった。質素な生活ぶりは有名で、実直そのもののような存在だった。 東芝提供の「サザエさん」は、毎週、お茶の間のテレビで善良な生活を表現して見せた。東芝の家電製品は明々と信頼を照らし出していた。 その東芝が不正行為によって存続の危機に陥ることなど誰が想像できただろう。「東芝の悲劇」(大鹿靖明/幻冬舎文庫)は、その衝撃的な事態がなぜ、…

  • 帝国の幻影

    神聖ローマ帝国 (講談社現代新書) 作者:菊池良生 講談社 Amazon むかし神聖ローマ帝国という国があった。古代ローマ帝国の親戚のようでもあり、しかもそれを上回る立派な帝国だというのだ。初めて耳にしたときは、それほどの偉大な国を知らなかった迂闊さと非常識にうろたえた。だが落ち着いてみると、その仰々しさには温泉地の秘宝館とまでは言わないが、どこか胡散臭いところがないではない。 神聖ローマ帝国は中世から近世にかけて西ヨーロッパに実在した。だが、ヴォルテールは「神聖でもなければローマでもなく帝国でもなかった」と書き、ゲーテは「今日ドイツ帝国が解散した」とそっけなく記した。 「神聖ローマ帝国」(菊…

  • 運命のレイキャビク

    アイスランドからの警鐘―国家破綻の現実 作者:アウスゲイル・ジョウンソン,Asgeir Jonsson 新泉社 Amazon アイスランドは北極圏の島国である。スカンジナビア半島とグリーンランドに囲まれたノルウェー海に位置する。韓国より少し大きいぐらいの面積で人口は約35万人。島の大部分は不毛の高原だがメキシコ暖流が流れる沿岸地域は冷夏・暖冬の気候に恵まれている。10世紀初め、ノルウェーに統一王権が成立したとき、圧制と租税から逃れたノルウェー人が移住して共和制の国家を作った。 最初の定住者は海賊すなわちバイキングだったが、角のついたヘルメットをかぶっていたわけではない。「アイスランドからの警鐘…

  • SNS第2章への期待

    フェイスブック 若き天才の野望 作者:デビッド カークパトリック 日経BP Amazon フェイスブックは、そのユーザー数が世界全体でで29億人を超えており(2022年1月時点)、世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)である。「フェイスブック」(デビッド・カークパトリック/日経BP)は、フェイスブックが誕生した2004年から2010年までの軌跡を当事者たちへの密接な取材に基づき詳細に伝えている。 『フェイスブック』というのは元々は米国の高校や大学で作成されていた顔写真付き名鑑のことであり、SNSのフェイスブックはそのオンライン版として学生たちが作り上げたものだ。そのため、2…

  • 水平を越えて

    被差別部落の青春 (講談社文庫) 作者:角岡伸彦 講談社 Amazon かつて東北では集落のことを普通に「部落」と呼んでいたのだが、最近、地方紙や自治体の広報誌などで一向にその表記を見ないことに気がついた。ひょっとしてと、ネットで調べてみたらやはりそうだった。 平成4年(1992年)、山形県でべにばな国体が開催された際、地元自治体から被差別部落と混同されないように配慮が必要だという声が上がり、「地区」や「集落」といった表記への言い換えが進んだらしい。東北ではそれ以前にも何回か国体が開催されていたことからすると、主に西日本で広まっていた認識が東北まで及んだのがちょうどその頃だったということかもし…

  • 登る理由

    剱岳 線の記 平安時代の初登頂ミステリーに挑む 作者:高橋 大輔 朝日新聞出版 Amazon 登山はスポーツなのだろうか。たとえば短距離走であれば、学校の運動会からオリンピックに至るまでスポーツであることに疑問を差しはさむ余地はまったくない。上位の競技会になればなるほどスポーツとしての性格が際立つ。 その点で登山は明らかに異なる。難度が高くなるにしたがって危険度が増し、高難度の山では死とぴったり背中合わせになってしまう。それはスポーツの枠に収まるものだろうか。登山をやらない者としては「何のためにそこまでして」と思ってしまうのだが、困難を克服して山頂に到達する喜びは、ひとたび味わってしまうと虜に…

  • ドレフュスの声

    ドレーフュス事件 (文庫クセジュ) 作者:ピエール ミケル 白水社 Amazon 「ドレフュス事件」は19世紀末のフランスで発生した軍事情報漏洩事件である。1通の手紙から始まったその事件は次第に奇怪な展開を遂げて膨れ上がり、フランスの国論を二分して政府と軍の存立を揺るがすほどの国家的事態へと発展した。 その背景にいくつかの歴史的要因が注目される。第1に、普仏戦争(1870年~1871年)でフランスはプロシアに大敗を喫し、第二帝政の崩壊やアルザス=ロレーヌ地方の割譲といった多大の犠牲を払った上、ドイツ統一により隣国に強大なドイツ帝国が出現したこと。第2に、フランス革命(1789年)における人権宣…

  • 宅急便が目指したもの

    小倉昌男 祈りと経営: ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの (小学館文庫) 作者:健, 森 小学館 Amazon 「宅急便」はヤマト運輸の登録商標である。同社は全国に遍く提供する宅配便サービスを初めて事業化した。それを実現した小倉昌男はヤマト運輸の二代目社長であり、到底無理と思われていたこの難事業の実現によって経営破綻に瀕していた同社を新たな発展へと導いた。宅急便をはじめとする宅配便サービスは今や生活や業務になくてはならないものになっており、まさに「社会インフラ」と呼ぶにふさわしいものとなっている。 その事業化を目指した苦闘と達成の経緯は自著「小倉昌男 経営学」(日経BP社)に詳らかに記され…

  • 重忠謀殺の背景を巡る夢想

    中世武士 畠山重忠 歴史文化ライブラリー 作者:清水亮 吉川弘文館 Amazon 1205年6月22日(7月10日)正午頃、畠山重忠の軍勢130余騎は、武蔵国二俣川で北条義時率いる数万騎の大軍勢と対峙した。鎌倉に変事ありとの知らせを受けて出陣してきたのだが、先に鎌倉に出た嫡子重保がその日の朝に殺されたこと、そして自分に対する追討の軍が迫っていることを知ったのはその直前だった。 重忠は慈円が「由々しき武者なり」と記したように、第一の者と評判されたほどの武者である。すべてを見切って重忠は大軍勢に真っ向から立ち向かった。鎌倉幕府の史書「吾妻鏡」によれば、戦は4時間余りにも及び、重忠の死で決着がついた…

  • 玉砕の実情

    満州とアッツの将軍 樋口季一郎 指揮官の決断 (文春新書) 作者:早坂 隆 文藝春秋 Amazon 1943年(昭和18年)5月30日午後5時、大本営はアッツ島守備隊が「全員玉砕せるものと認む」と発表した。アッツ島守備隊は最後の突撃を行う前に電信装置を破壊したため、司令部は米海軍の平文による通信を傍受することによって戦況の把握に努め、米海軍省が30日に「アッツ島日本軍の残存部隊は全滅した」と公表したのを踏まえて上記の発表となった。 同年7月、キスカ等の守備隊5千名の撤退作戦が実行され、軍艦の数と航空戦力で勝る米軍の隙を突いて全員の撤退をやり遂げた。この時のある逸話が今日にいたるまで語り継がれて…

  • 韃靼人が踊った果てに

    世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫) 作者:岡田 英弘 筑摩書房 Amazon 「韃靼人の踊り」(原曲名「ポロヴェツ人の踊り」)は、帝政ロシアの作曲家ボロディンのオペラ「イーゴリ公」の中の曲で、哀調を帯びた美しい旋律はテレビCMでもなじみ深い。 この曲名だが、「世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統」(岡田英弘/ちくま文庫)によれば、「ポロヴェツ人」を「韃靼人」と訳したのは誤りだという。 ポロヴェツ人とはチュルク系遊牧民のキプチャク人(クマン人とも呼ばれた)のことで、タタール人(トルコ語を話すイスラム教徒のモンゴル人)を指す「韃靼人」ではないという。 キプチャク人は11世紀から13世…

  • 万葉のモーツァルト 古今のブラームス

    七五調の謎をとく―日本語リズム原論 作者:坂野 信彦 大修館書店 Amazon クラリネット五重奏曲といえばモーツァルトとブラームスだろう。モーツァルトは1789年(33歳、死の2年前)に「クラリネット五重奏曲 イ長調」を、ブラームスは1891年(58歳)に「クラリネット協奏曲 ロ短調」を発表した。 いずれも至高の傑作だが、その趣きははっきり異なる。モーツァルトの作品は雅やかな気品を湛えてゆるぎなく、明るくのびやかで屈折がない。対してブラームスの作品は際立って優美でありつつ、内省的で繊細な雰囲気を強くまとっている。このふたつの作品に対する吉田秀和の批評は核心を突いて容赦がなく、ブラームスが気の…

  • 「ソ連」という信仰

    ソ連という実験: 国家が管理する民主主義は可能か (筑摩選書) 作者:松戸 清裕 筑摩書房 Amazon ロシアのウクライナ侵攻後、同国の独立系調査機関レバダ・センターが3月に行った世論調査で、軍事作戦を支持するという回答が81%にものぼったというニュースはあまりにも意外だった。 プーチンの個人的な妄想から始まったことなのだから、ロシア国民の圧力でプーチンはじきに地位を追われ、間もなく紛争は終わるだろうと思っていたのだが、事態の深刻化と長期化が避けられないことを示す冷酷な事実は衝撃的だった。 6月下旬の調査でも75%という高い水準にとどまっていて、高齢者ほど高い支持率を示しているが若年層の支持…

  • 木の上のゴッホ

    ゴッホの手紙 (新潮文庫) 作者:小林 秀雄 新潮社 Amazon 先日、随分と久しぶりに従姉に会った。すでに還暦を過ぎて何年も経ったはずなのだが、相応に歳をとったようには見えない。若い時から鄙には稀なという言葉そのもののような人だった。嫋やかな風情は風に揺れる柳のようでもあり、さては狸かと怪しんだ。 その弟は画才があり、伯父がよく冗談で「死んでから有名になるか」と言っていたのを思い出す。従姉を描いた鉛筆画の流麗なタッチは素人離れしていて、これはいつかきっと高く売れると中学生の私はひそかに思ったものだ。従兄はプロの絵描きになった。 死んでから有名になった画家の代表格はゴッホであろう。生きづらい…

  • ゆりかごの前

    なぜ、わが子を棄てるのか―「赤ちゃんポスト」10年の真実 (NHK出版新書 551) 作者:NHK取材班 NHK出版 Amazon 昨年春先に脳梗塞で倒れた老父が点滴だけで命脈を保っている。この1年数か月の間に3つの病院と1つの老人施設でお世話になった。そのどこでも実に至れり尽くせりの手厚い治療と看護と介護を受けてきた。 ひと月ほど前、担当医師から連絡があり、点滴に使える血管がなくなってきたとのことで、点滴が続けられなくなった場合の処置としていくつかの提案があったが、本人に苦痛を与えないよう全て断って最後を看取ることにした。医師の話からするとほぼ1週間ぐらいで臨終に至るものと思われた。 こうな…

  • 昭和の遠景とプロ野球中継

    嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (文春e-book) 作者:鈴木 忠平 文藝春秋 Amazon 昭和の居間にプロ野球中継はよく似合った。ブラウン管テレビの前で、のんびりした団らんと野球のリズムが調和していた。 平成が年を重ねるにつれてテレビの野球中継が減った。視聴率の低下が理由だが、背景には家族がそれぞれに忙しくなった生活様式の変化がある。携帯電話とインターネットの登場によって余暇の過ごし方が多様化し、野球の試合時間の長さが新しい生活スタイルに合わなくなったのだ。 この状況と軌を一にして変わったものがある。スポーツ新聞の発行部数である。日本新聞協会の集計によると、2021年のスポ…

  • サラリーマン

    お祈りメール来た、日本死ね 「日本型新卒一括採用」を考える (文春新書) 作者:海老原 嗣生 文藝春秋 Amazon 1980年代の名物TV番組「オレたちひょうきん族」で、「サラリーマン」というキャラクターが登場したことがある。変身するとスーツ姿の「サラリーマン」となって名刺を差し出す。「普通のサラリーマンじゃないか」と言われると、「だから怖いんだ」と返す。 「普通のサラリーマン」は数において最大勢力である。全部まとまれば民主主義国家では最高権力を握るが、「俺がこの国の最高権力者だ」と言い出す会社員がいたら病院に運ばれる。 1983年、「サラリーマン新党」という政党が旗揚げし、同年の参院選で党…

  • 草原の反乱

    内モンゴル紛争 ――危機の民族地政学 (ちくま新書) 作者:楊 海英 筑摩書房 Amazon ウクライナの趣のある美しい街並みが、あっという間に色彩のない瓦礫の廃墟へと変わってしまった。戦場の現実がリアルタイムで手元に届く。 最近よく耳にする「抑止」という美しい言葉は、恐怖と希望をともに湛えて心を震わせる。日本人にとって、この言葉がこれほどの切迫感を伴って語られたことがかつてあっただろうか。 第三次世界大戦や核戦争へと発展する可能性を否定できない危うい状況の上に、今、日常が乗っかっている。 現在の戦場は東ヨーロッパだが中国の動静からは気が抜けない。中国が台湾の回復を決してあきらめないことは、日…

  • M資金の実像

    もう一つの戦後史 M資金が動き出す 作者:ダイアプレス Amazon 「M資金詐欺」という古典的な詐欺事件がある。戦後混乱期のロマンと昭和の香りを色濃くまとって、ごく最近に至るまで繰り返し立ち現れては世間を騒がした。事件そのものは全くの詐欺なのだが、その道具立てとなった「M資金」の基となった財宝は実在した。 そんなことを言えば詐欺のお先棒担ぎかと横目で睨まれそうだが、終戦後、GHQが接収して日銀の金庫に保管させた大量の金銀白金ダイヤモンドがあったことは事実である。「M資金」という言い方は、GHQ経済科学局長だったマーカット少将がその貴金属等を管理していたことに由来するという説が有力だ。昭和26…

  • シンギュラリティ

    AIは人類を駆逐するのか? 自律世界の到来 作者:太田 裕朗 幻冬舎 Amazon 昭和48年(1973年)、大きな話題を呼んだ2冊のベストセラーが出版された。「日本沈没」(小松左京)と「ノストラダムスの大予言」(五島勉)である。この2冊は多感な中学生の心を強烈に揺さぶった。 「日本沈没」は、巨大地震によって日本列島が海底に沈んでしまうというSFである。海底プレートの移動という最新理論を取り込んでかなりのリアリティを生み出していた。最も強く心に残ったのは、国を失った日本民族がこぞって難民となって海外にわたるという結末だった。 その結末が特に印象深かったのは、祖父や父が口にしていた敗戦時の状況が…

  • グッチの再生と飛躍

    ハウス・オブ・グッチ 上 (ハヤカワ文庫NF) 作者:サラ ゲイ フォーデン 早川書房 Amazon 1980年代後半、ニューヨークに行く機会があり、5番街でグッチの店をのぞいてみた。特に何か買うつもりはなかったのだが、鮮やかな色どりの女性ものの大きなスカーフが目に入った。意外にも安かったので買ってみることにした。 誰かにあげようと思っていたのだが、贈り物があるからといって相手が現れるというものではない。しかたなくアメリカの土産だと田舎の母親に郵便で送った。 受け取った母親も持て余したらしい。派手過ぎて身に着けようがなく、村の女衆の寄り合いに持って行って広げて見せたという。以後、イタリアの至宝…

  • 第442連隊戦闘団

    二世兵士 激戦の記録―日系アメリカ人の第二次大戦―(新潮新書) 作者:柳田由紀子 新潮社 Amazon 「武士道というは死ぬ事と見つけたり」 戦(いくさ)における兵(つわもの)の本領を見事に言い尽くした一言、と言いたいところだが、「葉隠」のこの有名な言葉は、実は平時の武家奉公において「一生落度なく家職を仕果たす」ための心構えを説いたものである。 「葉隠」が著わされたのは戦国の世が既に遠い昔となった江戸中期であり、「武士道」というもの自体、現実の戦が遠ざかった時代のいわば「型」である。 古来、戦場に身を置いた兵たちにとって戦は常に死と隣り合わせであり、死ぬことを覚悟してこそ、はじめて立ち向かうこ…

  • 天安門事件と鄧小平の思い出

    八九六四 完全版 「天安門事件」から香港デモへ (角川新書) 作者:安田 峰俊 KADOKAWA Amazon 12月9日~10日、米国主催の「民主主義サミット」がオンライン形式で開催された。中国とロシアは招かれなかった。 バイデンとしては大統領選挙の公約を果たしただけなのかもしれないが、このようなサミットが催されたこと自体に、何だか薄ら寒いものを覚えた。わざわざ陣営を囲い込んでエールを交換し合わねばならないほど民主主義の立場は揺らいでいるのかと。 ことさらに仲間外れにした中国こそがやりそうなことを、わが陣営の旗手たる米国がやってみせたのである。やむなくとはいえ付き合った日本も他人ごとではない…

  • キッシンジャーは何のために田中邸を訪ねたか

    ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス (角川書店単行本) 作者:春名 幹男 KADOKAWA Amazon 昭和51年(1976 年)の夏のある日、田中角栄は神楽坂の別宅に向かった。 「お前たちは心配しなくていい」と別宅の家族を安心させるために足を運んだのである。東京拘置所から保釈された後のことである。情に厚い誠実な男だった。 このとき角栄は「アメリカのほうからやられて・・・」とつぶやいたという。 当時、角栄は、ロッキード事件の火花がわが身に迫った背景についてどの程度察知できていたのだろうか。 ロッキード事件は国際的な事件だった。 1976年2月4日、米国上院外交委員会の多国籍企業小委員会で行…

  • 習近平の歴史決議を読んで

    中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書) 作者:高島俊男 講談社 Amazon 11月11日、中国共産党は、第19期中央委員会第6回全体会議で採択された「党の百年奮闘の重要な成果と歴史的経験に関する中共中央の決議」(いわゆる「歴史決議」)について声明を発表した。 この歴史決議に関する中国問題専門家たちの解説を読んでたまげた。 専門家という人たちは書かれていないことを延々と読んでいるのである。「一を聞いて十を知る」どころではない。素人の遠く及ばないところであるが、中国共産党の思う壺ではなかろうかというような気もしないではない。 素人なりに見えるものもあるかもしれないと、中国共産党の声明というもの…

  • 前線で戦った女性たち

    戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫) 作者:スヴェトラーナ アレクシエーヴィチ 岩波書店 Amazon 1941年6月、ドイツ軍はソ連への侵攻を開始した。奇襲だった。当初は圧倒的にドイツ軍が優勢で、わずか1か月ほどでモスクワ近郊にまで迫った。 すでに男たちはほとんど出征していた。このとき、愛国心に燃えるソ連の若い女性たちが自ら進んで前線に出ることを希望した。以後、前線で戦った女性兵士は終戦までの4年間で100万人を超える。 「戦争は女の顔をしていない」(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)は、その女性兵士たちへのインタビューをまとめたものである。 戦後、当の女性たちも周囲も戦場に出たこと…

  • ソ連が崩壊したとき

    セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びと 作者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 岩波書店 Amazon 1985年3月11日、ミハイル・ゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任した。ゴルバチョフは硬直化した官僚体制を改革するためペレストロイカ(再革命)を推し進めた。 1989年12月3日 米ソ首脳会談で冷戦終結を宣言 1990年3月15日 ゴルバチョフ、ソ連大統領に就任 1991年、歴史の歯車は、それを回し始めたゴルバチョフ自身の想定を超えて、ソ連消滅へと巨大な回転をはじめる。 7月10日 ボリス・エリツィンがロシア共和国大統領に就任 8月19日 ソ連中枢で守旧派によるクーデターが発生…

  • 幕末を見た人々

    増補 幕末百話 (岩波文庫) 作者:篠田 鉱造 岩波書店 Amazon 朝日新聞の「天声人語」は、1904年(明治37年)に掲載が始まった。そのタイトルは「天に声あり、人をして語らしむ」という「中国の古典」に由来するとされる。しかし、どうもその出自はあやしい。 中国文学者だった高島俊男は、そのような古典には心当たりがないと書き残した。また、戦後17年もの長きにわたって天声人語の執筆を担当した荒垣秀雄は、まさに天声人語の中で「その原典はよくわからぬ」と正直に書いている。 ところが、たまたま手に取った本の中に、これこそが元ネタではないかと思われるものを見つけた。本の名を「幕末百話」(岩波文庫)とい…

  • 司法の独立とは

    最高裁物語〈上〉秘密主義と謀略の時代 (講談社プラスアルファ文庫)作者:山本 祐司講談社Amazon 昭和19年(1944年)春、陸軍大将の軍服に長靴を履いた東條首相は、司法大臣を従えて、全国から集まった裁判所長官に対して訓示した。当日の夕刊で報じられたその内容は、戦局が厳しさを増す中、裁判官の自由主義的傾向を非難したものだった。 その訓示で東條は、「諸君には特別の覚悟が必要だ。これに応じなければ非常の措置をとる用意がある。わかったか」と怒鳴り上げたという。 これは「最高裁物語」(山本祐司)に出てくるエピソードである。タイトルに「物語」とあるがフィクションではない。本書は、戦後新たに出発した司…

  • イスラエル建国の正当性を巡って

    ユダヤ人の起源: 歴史はどのように創作されたのか (ちくま学芸文庫) 作者:サンド,シュロモー 筑摩書房 Amazon 古代、パレスチナはエジプトが支配する地域だったが、紀元前1021年、パレスチナの地にユダヤ人のイスラエル王国が誕生した。後に一部地域がユダ王国として分離し、イスラエル王国は紀元前722年にアッシリアに滅ぼされ、ユダ王国は紀元前587年にバビロニアに滅ぼされた。その後パレスチナはローマ帝国の属州となったが、紀元後2世紀にユダヤ人の反乱に手を焼いたローマ帝国がユダヤ教の根絶を図ったことから、ユダヤ人の離散が進んだとされる。さらに幾多の変遷を経て、16世紀以降、パレスチナはオスマン…

  • オリンピアンの栄光と孤独

    たった一人のオリンピック (角川新書) 作者:山際 淳司 KADOKAWA Amazon 東京オリンピックの期間中、テレビの画面を通してオリンピアンたちの数々の栄光を目にした。連日の日本人選手たちの活躍にはコロナの鬱屈を忘れて歓喜に浸った。同時に、それらの栄光のきらめきの向こうにオリンピアンの孤独を目にすることもあった。 体操の内村航平が初めてオリンピックの舞台に登場したのは2008年の北京大会だった。よりによってその開会式が間もなく始まろうとするとき、わが家のブラウン管テレビが壊れた。慌てて家電量販店に駆け込んで買った29型の液晶テレビは8万円だった。 その大会で19歳の内村は団体総合と個人…

  • オリンピック

    古代オリンピック 全裸の祭典 (河出文庫) 作者:トニー・ペロテット 河出書房新社 Amazon オリンピックが最初に開催されたのは紀元前776年である。その頃、ギリシャ全土で疫病が蔓延していた。まるで今と似たような状況である。この疫病を鎮めるため、アポロンの神に神託を求めると「争いをやめて競技会を復活せよ」という神託が下った。 この神託に従い、ギリシャ国内の都市同士で繰り返されていた戦争を一旦休戦にして、最高神ゼウスの神殿があったオリンピアの地で、8月に、ゼウスに捧げる祭典の一環として競技会を開催した。 この最初のオリンピックで行われた競技は約192メートルの短距離走のみで、優勝者の名はコロ…

  • 日本サッカーの暗黒時代

    デットマール・クラマー 日本サッカー改革論 作者:中条一雄 ベースボール・マガジン社 Amazon 小学校6年生の秋、田舎の個人病院の待合室で診察を待つ間、白黒テレビに流れるイングランド・サッカーの試合を見るともなく見ていた。タッチライン沿いをドリブルで疾走する選手。相手選手のスライディング・タックルをかわしてゴールラインぎりぎりでセンタリング。ゴール前の選手が足に当てたボールがゴールネットに鋭く突き刺さる。そのスピードと目の覚めるような展開に一瞬にして心を奪われた。翌年、中学校に入学するや直ちにサッカー部に入部した。 1974年の6月から7月、西ドイツでFIFA(国際サッカー連盟)ワールドカ…

  • フランス革命下の市民の日常

    フランス革命下の一市民の日記―1791~1796 作者:セレスタン・ギタール 中央公論新社 Amazon 日記帖には、たいてい日々の天気を記載する欄が備わっているが、その必要性についてあまり意識したことはなかった。だが、フランス革命期にパリで暮らしていた平民年金生活者の日記(「フランス革命下の一市民の日記」セレスタン・ギタール)を読んだとき、日々の天気を記すことの意義がはじめて明確に理解できた。 その日記におけるパリの天気の記載は、数々の歴史的出来事の登場人物の瞳に映った最後の景色を確かに伝えていた。ごく短い天気の記載ではあるが、その日、その時、その場所にいた人間が持ったであろう感慨の一端を現…

  • 闘う牧水

    若山牧水―流浪する魂の歌 (中公文庫 M 100-2) 作者:大岡 信 中央公論新社 Amazon 幾山河こえさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく わが小枝子思ひいづればふくみたる酒のにほひの寂しくあるかな かたはらに秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな 白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり 牧水の歌はおおどかな朗詠の調子があって心地よい。牧水の友人だった俳人の飯田蛇笏や歌人の土岐善麿などは、牧水は若いころから気分が高揚すると朗々と自作の歌や好きな詩句を朗誦したものだが、それがまた絶品だったと追想している。 「若山牧水 流浪する魂の歌」で大岡信は、牧水の歌を…

  • アフリカの中国人

    中国第二の大陸 アフリカ:一〇〇万の移民が築く新たな帝国 作者:ハワード・W・フレンチ 発売日: 2016/02/27 メディア: 単行本 アフリカ大陸自由貿易圏協定(African Continental Free Trade Area:AfCFTA)の運用が今年1月からはじまった。アフリカの54カ国・地域が参加し、13億の人口と3兆4千億ドルの経済規模を有する過去最大の自由貿易協定である。 国連の人口推計によると、アフリカの人口は2020年代にインドと中国を追い抜き、2030年に約17億人、2050年には約25億人に達すると見込まれている。また、アフリカの総人口に占める生産年齢人口(15歳…

  • 万葉の調べ

    万葉集講義-最古の歌集の素顔 (中公新書) 作者:上野 誠 発売日: 2020/09/18 メディア: 新書 万葉集はすべて漢字で書かれている。 日本で漢字が使われるようになったのは4世紀末から5世紀初めらしい。古来、日本固有の言葉で歌われていたことが漢字で表記できるようになったことにより、歌集が成立し後世へと伝わることになった。 「万葉集講義 最古の歌集の素顔」(上野誠/中公新書)は、和歌の根底には5世紀以前の人びとが口から耳へ、耳から口へと歌い継いでいた日本語の歌々があると言う。 それらの歌々が男女の掛け合いや宴の場で歌われていたのだとすると、楽しげな旋律を伴っていたにちがいない。 歌の内…

  • I Have a Dream

    アメリカ黒人史 ――奴隷制からBLMまで (ちくま新書) 作者:バーダマン,ジェームス・M. 発売日: 2020/12/09 メディア: 新書 「 われわれは今日も明日も困難に直面するが、それでも私には夢がある。それは、アメリカの夢に深く根ざした夢である。 私には夢がある。それは、いつの日か、この国が立ち上がり、「すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える」というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である。 私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという…

  • 尊厳死について

    安楽死を遂げるまで 作者:宮下洋一 発売日: 2018/01/05 メディア: Kindle版 老父が脳梗塞で入院し、新型ウイルス対策で面会できないでいるうちに看護師から体に力が入らなくなったと連絡があり、終りが近いと覚悟した。親族にも状況を伝え、「いい人だった」と各々しみじみ思いはじめたころ、突然、本人から電話が入った。 口も麻痺していたが「暇だからラジオを持ってこい」ということらしく、死ぬ気はさらさらないようだ。以前から「施設には絶対に入らない」と頑なだった。今さら「体が動かなくても自宅で暮らす」などと言い出されては一大事である。もはや「いい人」どころではなくなった。 そんなこんなの中で手…

  • 帝国日本人一座の大遠征

    海を渡った幕末の曲芸団―高野広八の米欧漫遊記 (中公新書) 作者:宮永 孝 メディア: 新書 幕末の芸人を写した3点の写真がある。1866年(慶応2年)から1869年(明治2年)にかけて欧米各地を巡業した「帝国日本人一座」(Imperial Japanese Troupe)の芸人を写したものである。 その中の1点は和妻(わづま/奇術)師の隅田川浪五郎(出国時37歳)が「蝶の曲」を演じているものだ。トランプマンのマジックワールド マジック・ラビリンス 浪五郎は本名で、日本国発行の旅券(パスポート)第1号の交付を受けた者として知られている。 他の2点は「海を渡った幕末の曲芸団」(宮永孝/中公新…

  • 女優マダム・ハナコ

    プチト・アナコ―小さい花子 作者:沢田 助太郎 メディア: 単行本 森鷗外の作品に「花子」という掌編小説がある。 晩年のオーギュスト・ロダンに招かれて、日本人女優がその邸宅を訪問するという話である。通訳として同行したパリ留学中の日本人医学士とともにアトリエに入った和装の小柄な女優に対しロダンは、裸体のデッサンを描かせてほしいと言う。医学士は女優の貧相な外見に羞恥を覚えていたが、ロダンの言葉を伝えると女優は「きさくに、さっぱりと」承諾し医学士は退室する。しばらくしてデッサンを終えたロダンが現れて医学士に語ったのは、彫刻家の眼から見た女優の体の美しさを讃える言葉だった。 これは事実を下敷きとした作…

  • 伝説の優駿 サイレンススズカ

    サイレンススズカ スピードの向こう側へ… [DVD] 発売日: 2004/03/17 メディア: DVD 競走馬の世界でも「記録より記憶」に残る存在がある。 サイレンススズカはその最たる馬だろう。武豊騎手は、あるインタヴューで「ディープインパクトが相手ならどの馬に乗るか」と問われたとき、「サイレンススズカ」を挙げた。 サイレンススズカの脚の速さは実に桁違いだった。最初から自然に先頭に立ち、見る間に後続を引き離し、最後の直線でさらに加速してゴールする。しかもその間、騎手はほとんど手綱を持ったままで、終始、馬が走りたいように走った。いつもそうだった。 サイレンススズカは比較的小柄な馬体だったがバラ…

  • ベトナムが独立にかけた思い

    ベトナム戦争 誤算と誤解の戦場 (中公新書) 作者:松岡完 発売日: 2014/07/11 メディア: Kindle版 少年期を通じて「戦争」と言えばベトナム戦争だった。テレビやラジオのニュースでベトナム戦争について報じるアナウンサーの声はいつも暗く沈んでいた。 ベトナムは、鉄鉱石、錫、無煙炭、木材、天然ゴムなどの豊かな資源に恵まれた国である。それが仇となって、19世紀後半の帝国主義時代になると欧州列強の垂涎の的となった。1847年、フランスの侵略が始まり、1887年のフランス領インドシナ連邦の成立によってベトナムはフランスの植民地となった。 1945年9月2日、インドシナ共産党とベトミン(ベ…

  • チェコスロバキア「ビロード革命」に潜む謎

    東欧革命―権力の内側で何が起きたか (岩波新書) 作者:元博, 三浦,博康, 山崎 発売日: 1992/12/21 メディア: ペーパーバック 1989年は世界史の上で極めて特異な年だった。東欧各国における社会主義体制の崩壊がこの1年に集中して起きた。以下に関連する出来事を時系列で並べてみよう。 5月 ハンガリーがオーストリアとの国境を開放するため、国境に設置された鉄条網の撤去に着手。 6月 ポーランドで実施された限定的自由選挙において、非共産党系の自主管理労組「連帯」が圧勝して政権を奪取。 8月 ハンガリーの民主活動家が主催したオーストリア国境での「汎欧州ピクニック」集会に東ドイツ国民が殺到…

  • 阿片と戦乱の歴史

    満州裏史 甘粕正彦と岸信介が背負ったもの (講談社文庫) 作者:太田尚樹 発売日: 2016/04/08 メディア: Kindle版 阿片は芥子の実から採取される麻薬である。古代のエジプト・ギリシャでは鎮痛薬として用いられた。アヘンを精製したものがモルヒネであり、モルヒネを精製することによってヘロインができる。 交易の拡大に伴って阿片は薬として世界各地にもたらされたが、その鎮静作用から嗜好品としても用いられるようになった。阿片の中毒性は高く、摂取が進むと精神と身体に深刻な障害をもたらす。その阿片が清朝末期の中国大陸で急激に蔓延したのは英国の「商品開発」の結果だった(「阿片の中国史」(譚 璐美)…

  • 幕末の日露交渉

    新装版 落日の宴 勘定奉行川路聖謨(上) (講談社文庫) 作者:吉村 昭 発売日: 2014/06/13 メディア: 文庫 19世紀半ば、極東は覚醒の時代を迎えていた。阿片戦争(1840年-1842年)で清が英国に屈し、開港と通商自由化を定めた南京条約が締結されたことをきっかけとして、欧米列強の極東進出に弾みがついた。 ロシアは、米国が日本との通商を求めて使節を送ることを計画しているとの情報を得ると、1852年5月、海軍中将プチャーチンを使節として日本に派遣することを決定した。 プチャーチンの派遣に当たりニコライ1世は、国境確定の協議を足掛かりとして日本から通商の譲歩を引き出すよう命じ、通商が…

  • 南極の勇者

    エンデュアランス号漂流記 (中公文庫BIBLIO) 作者:アーネスト シャクルトン 発売日: 2003/06/01 メディア: 文庫 南極大陸の面積は約1400万平方キロメートルで、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸に次いで5番目に大きい。地表のほとんどが厚さ数キロメートルもの巨大な氷床で覆われている。南極点の年間平均気温は、最高気温がマイナス46度、最低気温はマイナス52度という極限の世界である。同じ極地ではあるが陸地がない北極よりはるかに気温が低い。 記録がある限り南極圏に最初に到達したのは、1773年、英国海軍の艦長だったジェームズ・クックが率いる2隻の艦船だっ…

  • 団塊の世代は何を変えたか

    団塊の世代 〈新版〉 (文春文庫) 作者:堺屋 太一 発売日: 2005/04/08 メディア: 文庫 「団塊の世代」とは1976年に出版された堺屋太一の小説のタイトルである。 1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)の3か年の出生者数は805万人と日本の歴史上最大であり、これに鉱業用語の「団塊」を当てた。団塊とは、本来、地層中にある周囲と成分の異なるかたまりを意味する。 執筆当時、通産省の鉱山石炭局に勤務していた著者が、業務を通じて知った鉱業用語から発案した。以来、「団塊」は、本来の鉱業用語としてよりも、この世代が有する空前絶後の人口を指すものとして広く知られるようになった。 8…

  • オフィス・オートメーションの時代

    スティーブ・ジョブズ I 作者:ウォルター・アイザックソン 発売日: 2012/09/28 メディア: Kindle版 1980年代から1990年代におけるオフィス・オートメーション機器の進化と普及には目覚ましいものがあった。 1980年代の初め、事務機器メーカーに就職した友人から「ファクシミリの営業をやっている」と聞いたとき「ファクシミリ」がどういうものだかイメージできず、通信回線で文書や画像を送受信する装置だと説明されても、通信回線を通してどうしてそんなことができるのか不思議でならなかった。 だが、実はファクシミリの歴史は古い。最初にその原理を発明したのはスコットランド人で1843年のこと…

  • この素晴らしき金融の世界

    大破局(フィアスコ)―デリバティブという「怪物」にカモられる日本 作者:フランク パートノイ メディア: 単行本 「金融工学(Financial Engineering)」という言葉を初めて聞いた時は違和感が強かった。本来なじまないものを無理やりくっつけた感じで、最先端を思わせる煌めきに恐れ入りつつも、何となく怪しげなものを感じた。 金融工学とは金融商品の設計や管理にコンピュータによる数学的処理の技術を持ち込んだものだ。米国のアポロ計画終了で失職したロケット技術者がウォール街の投資銀行に流れ込み、その工学的技術が金融業務に取り入れられて新しい金融分野が拓かれたといわれている。 ちなみに投資銀行…

  • 中国の行方

    独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで (文春新書) 作者:楊 海英 発売日: 2019/02/20 メディア: Kindle版 1974年頃のこと。中学校の近くに突然小さな中国物産館ができた。薄暗い入口をのぞくと嗅ぎ慣れない匂いがした。中に入ると中国服、書画、乾物、壺、甕などが並べられていた。その奥に、店番だったのだろうか同年齢ぐらいの人民服を着た少女がひとり、椅子に座って固まっていた。中国に関する最初の思い出である。 当時、中国は文化大革命の最中であり、毛沢東の思いつきによるでたらめな農工業政策で数千万人ともいわれる餓死者を出した後で、激烈な権力闘争により混乱の極みにあった。(マスクや一斉…

  • 人類は如何にして宇宙を測ってきたか

    宇宙創成(上)(新潮文庫)作者:サイモン・シン発売日: 2016/12/23メディア: Kindle版地球の大きさを初めて測ったのは、ヘレニズム時代のギリシャ人、エラトステネス(紀元前275ー紀元前194)だという。古代の人がどのようにして地球の全体像を測ることができたのか。 エラトステネスが用いた測定方法について、「宇宙創成」サイモン・シン(新潮文庫)は次のように説明している。 エラトステネスの時代、エジプトのシエネ(現在のアスワン)では、毎年、太陽の光が井戸の底まで明るく照らす日があることが知られていた。現代の知識で言えば、シエネは北回帰線上にあるため、夏至の正午に太陽が地表面に対して垂直…

  • 法学部盛衰記

    大学の誕生〈上〉帝国大学の時代 (中公新書) 作者:天野 郁夫 発売日: 2009/05/01 メディア: 新書 法政大学の歴史は1880年(明治13年)の東京法学社の設立から始まる。同大学の校歌(佐藤春夫作詞)は「青年日本の代表者」と謳っているが、東京法学社が設立された時代はまさに近代日本の青年時代の始まりだった。 当時、日本の最大の課題は、幕末に欧米列強と締結した不平等条約の改正だった。その改正に当たって、列強から西欧と同等の国内法の整備を求められたため、法制の整備・確立を図るための人材育成が急務となっていた。 1871年(明治4年)、司法省に明法寮(後の司法省法学校)が設立され、パリ大学…

  • ロジェストヴェンスキー提督の手紙

    もうひとつの日露戦争 新発見・バルチック艦隊提督の手紙から (朝日選書) 作者:コンスタンチン・サルキソフ 発売日: 2009/02/10 メディア: 単行本 日露戦争の終結からちょうど100年を経た2005年、バルチック艦隊司令長官だったロジェストヴェンスキー提督の手紙が発見された。艦隊の出航から日本海海戦後までの1年間に寄港地などから妻に宛てて書かれた私信30通である。 「もうひとつの日露戦争 新発見・バルチック艦隊提督の手紙から」(コンスタンチン・サルキソフ/朝日選書)は、発見された全ての手紙を掲げ、海戦の敗北を予想しつつ遠征を遂行し、その結果を受け止めたロジェストヴェンスキーの実像を照…

  • ロシアから見た日本海海戦

    もうひとつのツシマ ~ロシア造船技術将校の証言 作者:ウラジミール・コスチェンコ 発売日: 2010/11/29 メディア: 単行本 昔、東欧の人と話をしていたとき、何かの拍子で日露戦争の話になった。「203高地の攻防戦でロシア軍として戦っていたのはポーランド人だったことをご存知ですか」とその人は言った。 203高地でまず脳裡に浮かんだのは1980年公開の東映映画「二百三高地」だった。主人公はロシア文学を通してロシアに親近感を抱く平和主義者だったのだが、徴兵されて動員された203高地の攻防戦で弾が尽き、白兵戦でロシア兵の目に指を突っ込む。 その残像と「実はポーランド人だった」という意外な言葉が…

  • 崇貞の庭に

    朝陽門外の虹-崇貞女学校の人々- 作者:山崎 朋子 発売日: 2003/07/04 メディア: 単行本 昭和51年(1976年)の夏、桜美林の名は一躍全国に轟いた。 第58回全国高等学校野球選手権大会で、桜美林(西東京代表)は、夏の甲子園初出場だったが名だたる強豪校を打ち破って勝ち上がり、初優勝を狙うPL学園(大阪代表)を延長11回さよなら勝ち(4対3)で下して劇的な優勝を飾った。誰も予想しなかった結果だった。 桜美林の選手自身「一度は勝って校歌を歌いたい」という思いで臨んだ大会だったが、一方で「勝てるとは思わなかったが負ける気もしなかった。甲子園ではそういう気持ちがどんどん強くなっていった」…

  • 参加することの意義

    アナザー1964 パラリンピック序章 作者:稲泉連 発売日: 2020/03/18 メディア: Kindle版 「参加することに意義がある」というのは近代オリンピックの精神を示すクーベルタンの言葉として知られている。ところが、この言葉はクーベルタンが生み出したものではないという。 日本オリンピック委員会のホームページ(https://www.joc.or.jp/olympism/coubertin/)には、1908年に開催されたオリンピック・ロンドン大会で英米両国の選手団同士が険悪な関係になったとき、米国のエセルバート・タルボット主教が選手達に与えた戒めの言葉だったとある。クーベルタンは主教の…

  • 阿南陸相の自決

    日本のいちばん長い日(決定版) 運命の八月十五日作者:半藤 一利発売日: 2012/09/20メディア: Kindle版阿南惟幾(あなみ これちか)は、太平洋戦争終戦時の陸軍大臣で、昭和20年8月15日、「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル 神州不滅ヲ確信シツツ」という遺書を残して自決した。 終戦時、陸軍内部では戦争継続を主張する声が強く、内地240万人・外地300万人(「近代日本戦争史事典」光陽出版社 /2006年)の将兵を擁する巨大組織にかつて経験したことのない敗戦を受け入れさせることは容易ではなかった。 国の存続さえ確かではないという未曽有の状況にあって、誰もが浮き足立って冷静を欠いていた時である。…

  • 金魚の思い

    金魚のことば-君のきもちと飼い方がわかる82の質問発売日: 2013/06/07メディア: 新書金魚に感情はあるか? そう問われれば、私は確信を持って「ある」と答える。金魚の感情が如実に現れた場面を目撃して胸を突かれたことがあるからだ。 まだ幼かった子供達が近所の祭りの夜店で金魚すくいをしたとき、店のおやじさんが、もう仕舞いだから全部持っていきなと、金魚の稚魚を十数匹持たせてくれた。 小さな水槽を買って放したが、数日の内にバタバタと死んでいった。それでも数匹がひと月ほど生きて、最後に2匹が残った。 この2匹が長生きした。特段のこともせず、水が汚れても頻繁に取り替えるでもなく、普通の餌を与えただ…

  • 蝦夷が駆ける

    平泉 北方王国の夢 (講談社選書メチエ)作者:斉藤利男発売日: 2015/01/23メディア: Kindle版古代、東北地方の人々は蝦夷(えみし)と呼ばれた。 蝦夷の住む地域は大和朝廷の直接支配の外であり、いわば日本国の外だった。 それでは蝦夷は未開の民だったかというと、どうもそうではないらしい。 考古学調査の進展により、蝦夷の実像が次第に立ち現れてきている。 蝦夷が生きた地はむしろ、金や良馬の産出に恵まれ、北海道・千島・サハリンとの交易(鉄、鷲羽、アザラシの毛皮など)が盛んに行われた地域であり、独自の社会形成が進展していたことを裏づける痕跡が発見されているという。 「平泉 北方王国の夢」(斉…

  • ナチス・ドイツの教訓

    ヒトラーに抵抗した人々 反ナチ市民の勇気とは何か (中公新書) 作者:對馬達雄 発売日: 2017/03/10 メディア: Kindle版 ナチス・ドイツによるホロコーストの犠牲者数は、ニュルンベルク裁判時に「600万人」と推定されたが、その後の調査・研究により大きく見直されてきている。 アウシュビッツ強制収容所跡の碑文には、同収容所の犠牲者数は「400万人」と記されていたが、1995年に「150万人」に変更された。 1945年6月のベルリン宣言によるドイツの無条件降伏から75年を経過し、客観的な史実の究明が進んでいることは、歴史を教訓とするために重要だ。 同様に、ホロコーストのような人類史に…

  • 碑文

    「あふれる愛」を継いで―米軍ジェット機が娘と孫を奪った 作者:土志田 勇 メディア: 単行本 横浜市の「港の見える丘公園」にフランス山と呼ばれる場所がある。 幕末に攘夷派による外国人殺傷事件が相次いだ際、フランス政府が自国民保護のためこの地に軍隊を駐屯させたことに由来する。 その土地には安政の不平等条約により永代借地権が設定された。横浜市がフランス政府から所有権を買い戻したのは、なんと昭和46年(1971年)のことだったという。 フランス山にある領事官邸の遺構に掲げられている説明板でこの歴史を知ることができる。 港の見える丘公園を散策していたときのこと。 フランス山のあたりを通りかけたとき、ふ…

  • 笹川良一翁の睨み

    悪名の棺 笹川良一伝 (幻冬舎文庫) 作者:工藤 美代子 発売日: 2013/04/10 メディア: 文庫 昭和55年(1980年)前後のこと。 中央線で市ヶ谷に向かう途中だった。昼前だったろうか、電車は空いていた。 新宿駅だったと思う。薄い色の夏の背広を着た老人が一人乗り込んできて、私の真向いに腰を下ろした。 笹川良一だった。 「一日一善」のテレビCMで目にしていたのですぐにわかった。 マスコミではよく「日本の黒幕」とか「右翼の首領」などと書かれていて、戦中・戦後の闇の部分を代表する人物のようなイメージがあった。 当時、80歳前後で、日本船舶振興会や全国モーターボート競走会連合会などの会長職…

  • 木のパン

    FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 作者:ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド 発売日: 2019/01/11 メディア: 単行本 少年期に読んで、その後長く心に残っていた物語があった。 かなり昔に一度読んだきりなので記憶が曖昧なのだが、欧州のどこかの国の話で、年少の少年が迫り来る迫害を逃れて一人で列車の旅をするという内容だった。 家を出るとき少年の祖父が、空腹にどうしても耐えられなくなったときまで絶対に開けてはいけないと言って小さな包みを手渡す。 少年はそれを固くなったパンだと思ったが、空腹…

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