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多摩川通信
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昭和・平成の思い出など
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4回 / 41日(平均0.7回/週)

ブログ村参加:2020/09/15

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tamagawatushinさんの新着記事

1件〜30件

  • この素晴らしき金融の世界

    大破局(フィアスコ)―デリバティブという「怪物」にカモられる日本 作者:フランク パートノイ メディア: 単行本 「金融工学(Financial Engineering)」という言葉を初めて聞いた時は違和感が強かった。本来なじまないものを無理やりくっつけた感じで、最先端を思わせる煌めきに恐れ入りつつも、何となく怪しげなものを感じた。 金融工学とは金融商品の設計や管理にコンピュータによる数学的処理の技術を持ち込んだものだ。米国のアポロ計画終了で失職したロケット技術者がウォール街の投資銀行に流れ込み、その工学的技術が金融業務に取り入れられて新しい金融分野が拓かれたといわれている。 ちなみに投資銀行…

  • 中国の行方

    独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで (文春新書) 作者:楊 海英 発売日: 2019/02/20 メディア: Kindle版 1974年頃のこと。中学校の近くに突然小さな中国物産館ができた。薄暗い入口をのぞくと嗅ぎ慣れない匂いがした。中に入ると中国服、書画、乾物、壺、甕などが並べられていた。その奥に、店番だったのだろうか同年齢ぐらいの人民服を着た少女がひとり、椅子に座って固まっていた。中国に関する最初の思い出である。 当時、中国は文化大革命の最中であり、毛沢東の思いつきによるでたらめな農工業政策で数千万人ともいわれる餓死者を出した後で、激烈な権力闘争により混乱の極みにあった。(マスクや一斉…

  • 人類は如何にして宇宙を測ってきたか

    宇宙創成(上)(新潮文庫)作者:サイモン・シン発売日: 2016/12/23メディア: Kindle版地球の大きさを初めて測ったのは、ヘレニズム時代のギリシャ人、エラトステネス(紀元前275ー紀元前194)だという。古代の人がどのようにして地球の全体像を測ることができたのか。 エラトステネスが用いた測定方法について、「宇宙創成」サイモン・シン(新潮文庫)は次のように説明している。 エラトステネスの時代、エジプトのシエネ(現在のアスワン)では、毎年、太陽の光が井戸の底まで明るく照らす日があることが知られていた。現代の知識で言えば、シエネは北回帰線上にあるため、夏至の正午に太陽が地表面に対して垂直…

  • 法学部盛衰記

    大学の誕生〈上〉帝国大学の時代 (中公新書) 作者:天野 郁夫 発売日: 2009/05/01 メディア: 新書 法政大学の歴史は1880年(明治13年)の東京法学社の設立から始まる。同大学の校歌(佐藤春夫作詞)は「青年日本の代表者」と謳っているが、東京法学社が設立された時代はまさに近代日本の青年時代の始まりだった。 当時、日本の最大の課題は、幕末に欧米列強と締結した不平等条約の改正だった。その改正に当たって、列強から西欧と同等の国内法の整備を求められたため、法制の整備・確立を図るための人材育成が急務となっていた。 1871年(明治4年)、司法省に明法寮(後の司法省法学校)が設立され、パリ大学…

  • ロジェストヴェンスキー提督の手紙

    もうひとつの日露戦争 新発見・バルチック艦隊提督の手紙から (朝日選書) 作者:コンスタンチン・サルキソフ 発売日: 2009/02/10 メディア: 単行本 日露戦争の終結からちょうど100年を経た2005年、バルチック艦隊司令長官だったロジェストヴェンスキー提督の手紙が発見された。艦隊の出航から日本海海戦後までの1年間に寄港地などから妻に宛てて書かれた私信30通である。 「もうひとつの日露戦争 新発見・バルチック艦隊提督の手紙から」(コンスタンチン・サルキソフ/朝日選書)は、発見された全ての手紙を掲げ、海戦の敗北を予想しつつ遠征を遂行し、その結果を受け止めたロジェストヴェンスキーの実像を照…

  • ロシアから見た日本海海戦

    もうひとつのツシマ ~ロシア造船技術将校の証言 作者:ウラジミール・コスチェンコ 発売日: 2010/11/29 メディア: 単行本 昔、東欧の人と話をしていたとき、何かの拍子で日露戦争の話になった。「203高地の攻防戦でロシア軍として戦っていたのはポーランド人だったことをご存知ですか」とその人は言った。 203高地でまず脳裡に浮かんだのは1980年公開の東映映画「二百三高地」だった。主人公はロシア文学を通してロシアに親近感を抱く平和主義者だったのだが、徴兵されて動員された203高地の攻防戦で弾が尽き、白兵戦でロシア兵の目に指を突っ込む。 その残像と「実はポーランド人だった」という意外な言葉が…

  • 崇貞の庭に

    朝陽門外の虹-崇貞女学校の人々- 作者:山崎 朋子 発売日: 2003/07/04 メディア: 単行本 昭和51年(1976年)の夏、桜美林の名は一躍全国に轟いた。 第58回全国高等学校野球選手権大会で、桜美林(西東京代表)は、夏の甲子園初出場だったが名だたる強豪校を打ち破って勝ち上がり、初優勝を狙うPL学園(大阪代表)を延長11回さよなら勝ち(4対3)で下して劇的な優勝を飾った。誰も予想しなかった結果だった。 桜美林の選手自身「一度は勝って校歌を歌いたい」という思いで臨んだ大会だったが、一方で「勝てるとは思わなかったが負ける気もしなかった。甲子園ではそういう気持ちがどんどん強くなっていった」…

  • 参加することの意義

    アナザー1964 パラリンピック序章 作者:稲泉連 発売日: 2020/03/18 メディア: Kindle版 「参加することに意義がある」というのは近代オリンピックの精神を示すクーベルタンの言葉として知られている。ところが、この言葉はクーベルタンが生み出したものではないという。 日本オリンピック委員会のホームページ(https://www.joc.or.jp/olympism/coubertin/)には、1908年に開催されたオリンピック・ロンドン大会で英米両国の選手団同士が険悪な関係になったとき、米国のエセルバート・タルボット主教が選手達に与えた戒めの言葉だったとある。クーベルタンは主教の…

  • 阿南陸相の自決

    日本のいちばん長い日(決定版) 運命の八月十五日作者:半藤 一利発売日: 2012/09/20メディア: Kindle版阿南惟幾(あなみ これちか)は、太平洋戦争終戦時の陸軍大臣で、昭和20年8月15日、「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル 神州不滅ヲ確信シツツ」という遺書を残して自決した。 終戦時、陸軍内部では戦争継続を主張する声が強く、内地240万人・外地300万人(「近代日本戦争史事典」光陽出版社 /2006年)の将兵を擁する巨大組織にかつて経験したことのない敗戦を受け入れさせることは容易ではなかった。 国の存続さえ確かではないという未曽有の状況にあって、誰もが浮き足立って冷静を欠いていた時である。…

  • 金魚の思い

    金魚のことば-君のきもちと飼い方がわかる82の質問発売日: 2013/06/07メディア: 新書金魚に感情はあるか? そう問われれば、私は確信を持って「ある」と答える。金魚の感情が如実に現れた場面を目撃して胸を突かれたことがあるからだ。 まだ幼かった子供達が近所の祭りの夜店で金魚すくいをしたとき、店のおやじさんが、もう仕舞いだから全部持っていきなと、金魚の稚魚を十数匹持たせてくれた。 小さな水槽を買って放したが、数日の内にバタバタと死んでいった。それでも数匹がひと月ほど生きて、最後に2匹が残った。 この2匹が長生きした。特段のこともせず、水が汚れても頻繁に取り替えるでもなく、普通の餌を与えただ…

  • 蝦夷が駆ける

    平泉 北方王国の夢 (講談社選書メチエ)作者:斉藤利男発売日: 2015/01/23メディア: Kindle版古代、東北地方の人々は蝦夷(えみし)と呼ばれた。 蝦夷の住む地域は大和朝廷の直接支配の外であり、いわば日本国の外だった。 それでは蝦夷は未開の民だったかというと、どうもそうではないらしい。 考古学調査の進展により、蝦夷の実像が次第に立ち現れてきている。 蝦夷が生きた地はむしろ、金や良馬の産出に恵まれ、北海道・千島・サハリンとの交易(鉄、鷲羽、アザラシの毛皮など)が盛んに行われた地域であり、独自の社会形成が進展していたことを裏づける痕跡が発見されているという。 「平泉 北方王国の夢」(斉…

  • ナチス・ドイツの教訓

    ヒトラーに抵抗した人々 反ナチ市民の勇気とは何か (中公新書) 作者:對馬達雄 発売日: 2017/03/10 メディア: Kindle版 ナチス・ドイツによるホロコーストの犠牲者数は、ニュルンベルク裁判時に「600万人」と推定されたが、その後の調査・研究により大きく見直されてきている。 アウシュビッツ強制収容所跡の碑文には、同収容所の犠牲者数は「400万人」と記されていたが、1995年に「150万人」に変更された。 1945年6月のベルリン宣言によるドイツの無条件降伏から75年を経過し、客観的な史実の究明が進んでいることは、歴史を教訓とするために重要だ。 同様に、ホロコーストのような人類史に…

  • 碑文

    「あふれる愛」を継いで―米軍ジェット機が娘と孫を奪った 作者:土志田 勇 メディア: 単行本 横浜市の「港の見える丘公園」にフランス山と呼ばれる場所がある。 幕末に攘夷派による外国人殺傷事件が相次いだ際、フランス政府が自国民保護のためこの地に軍隊を駐屯させたことに由来する。 その土地には安政の不平等条約により永代借地権が設定された。横浜市がフランス政府から所有権を買い戻したのは、なんと昭和46年(1971年)のことだったという。 フランス山にある領事官邸の遺構に掲げられている説明板でこの歴史を知ることができる。 港の見える丘公園を散策していたときのこと。 フランス山のあたりを通りかけたとき、ふ…

  • 笹川良一翁の睨み

    悪名の棺 笹川良一伝 (幻冬舎文庫) 作者:工藤 美代子 発売日: 2013/04/10 メディア: 文庫 昭和55年(1980年)前後のこと。 中央線で市ヶ谷に向かう途中だった。昼前だったろうか、電車は空いていた。 新宿駅だったと思う。薄い色の夏の背広を着た老人が一人乗り込んできて、私の真向いに腰を下ろした。 笹川良一だった。 「一日一善」のテレビCMで目にしていたのですぐにわかった。 マスコミではよく「日本の黒幕」とか「右翼の首領」などと書かれていて、戦中・戦後の闇の部分を代表する人物のようなイメージがあった。 当時、80歳前後で、日本船舶振興会や全国モーターボート競走会連合会などの会長職…

  • 木のパン

    FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 作者:ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド 発売日: 2019/01/11 メディア: 単行本 少年期に読んで、その後長く心に残っていた物語があった。 かなり昔に一度読んだきりなので記憶が曖昧なのだが、欧州のどこかの国の話で、年少の少年が迫り来る迫害を逃れて一人で列車の旅をするという内容だった。 家を出るとき少年の祖父が、空腹にどうしても耐えられなくなったときまで絶対に開けてはいけないと言って小さな包みを手渡す。 少年はそれを固くなったパンだと思ったが、空腹…

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