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kitasendo
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2009/10/24

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  • 私とあなたの二人の合作よ

    もう30年近くも昔のことです。携帯もスマホも、もちろんない。ポケベルもまだなかつたと思ふ。 教会長をしてゐた。東西に長い県で、東の端の教会から県の真ん中あたりまで、月に1回くらゐ、夕方出かけて家庭礼拝をする慣はしだつた。 距離にすれば、約80キロ。高速道路もないから、ふつうに走れば1時間半はかゝる。礼拝が終はれば、もう8時半か9時になる。それから家まで帰る。夜でもあり、ぶつ飛ばして、大抵は1時間少しで自宅...

  • 私を縛るもの

    4年前に退職し、それと同時に母の自宅介護が始まつた。その介護は3年半続いたが、私は再就職もせず、それにほぼ専念した。 専念したと言つても、週に3日はデイサービスに行く。月に1週間はショートステイのお世話になる。デイサービスに行き、ショートステイで家を空ければ、家に残つた私には取り立ててすることがない。往々、時間を持て余すことも多かつた。 こんな生活は、私の人生でほぼ初めてのことだつた。家に独りでゐれば...

  • 日本の意思を問ふ

    Amazon Primeで「沈黙の艦隊」シーズン1を観てゐます。8話まである。しかもそれをひと通りではない。多分もうすでに6回は繰り返し観てゐる。それほど面白い。 魅力の要素は、いろいろ思ひ当たります。 VFX(ビジュアルエフェクト)技術が相当高い。主役である最新鋭原潜「やまと」の戦闘ぶり、米国第3艦隊、第7艦隊の偉容など、何度観ても感嘆する。 突飛なストーリー。日本と米国が極秘裏に共同で開発した原潜を、日本人クルー...

  • この世の悲しみに意味はあるか

    アニータ・ムアジャーニは臨死体験とそこからの奇跡的な生還を機に、意識が大きく変容し、それに伴つて生活も一変した。彼女の発言は徐々に広がつて人々の注目するところとなり、有力な後援者の力で本の出版にまで発展した。その後は、世界各地を講演旅行するやうになつた。 ある講演会での出来事です。 講演の最中、一人の若い女性が立つて質問をした。ついこの前、最愛の一人息子を亡くしたといふのです。自分はシングルマザー...

  • あの世の試験

      それは、身体的にどこか別の場所へ行ったというよりも、むしろ目覚めたような感覚でした。おそらく、悪夢からやっと目覚めたのかもしれません。私の魂は、その真のすばらしさをやっと悟ったのです。(『喜びから人生を生きる』第7章)  私はまだ、無条件の愛と、受け入れられた雰囲気に包まれていました。自分のことを新しい目で見ることができ、宇宙の美しい存在に思えたのです。私は存...

  • 学ぶ人と探す人

    このごろの物知りといふのは、もう大変なもんですな。しかしものを知るといふのは、自分の知恵は何にも働かさないといふことです。学問は独学です。独学は質問することです。(小林秀雄の講演録より) 昔も今も「文士」と呼ばれる人は星の数ほどもゐるが、その人の作品を100回以上も読み直すほどのファンを持つ文士は、滅多にゐないでせう。しかし、小林はさういふ稀有な文士の一人です。私はさすがに...

  • エコキュート買ひ替へ顛末記

    さして特別な体験ではなくても、自分自身をよく見つめる機会を得たので、少し書いてみます。 5日ほど前のことです。玄関で呼ぶ女性の声がする。 誰かと思つて出てみると、見知らぬ人で、 「給湯器を使つておられますよね」 といふ話を始める。 給湯器を勧める電話はときどきあるが、直接訪ねて来る人は珍しい。少し説明を聞いたあとで、「詳しい上司」と紹介された男性が現れる。彼がパンフレットを示しながら、懇切に説明して...

  • 神の根拠地

    我々の内なる良心は、ガリレオの望遠鏡に似てゐると思ふ。良心は神を見る望遠鏡と言つてもいゝし、レンズと言つてもいゝ。 ガリレオは実験と観察を重んじる人で、望遠鏡による観察を通して地動説を確信するに至つたと言つていゝでせう。 たとへば彼は、望遠鏡によつて、木星には4つの衛星があることを見つけた。これは、地球を中心に廻つてゐない天体があることを意味してゐる。天動説への反証になる観察結果を得たわけです。 ...

  • 未来の記憶を思ひ出す

    「未来の記憶を思ひ出す」 といふのは、言葉自体に矛盾を孕んでゐるやうな感じですね。 「未来」と「思ひ出す」は時制が合はない。「未来」なら「夢想する」であり、「思ひ出す」のは「過去の記憶」でせう。 これは言葉の問題もあるので、「記憶」の代はりに「思ひ」としませう。すると、「未来の思ひを思ひ出す」となります。「思ひ」は過去にもあるし、未来にもあるものです。 たとへば、旅行の計画を立てるとします。 地図...

  • 原理は学んではいけない

    私はあるとき、 「原理は学んではいけない」 と思つたことがあります。 「学ぶのではなく、探さなくてはいけない」 と思つたのです。 意識の観点から教育を分類してみると、大きく3つ思ひ浮かびます。 ① 知識教育 ② 体験教育 ③ 無意識教育 知識教育は意識教育と言つてもいゝものです。その特徴は「言葉」で伝へるところにあります。 「これは、かうである」 「これは、かうでなければならない」 といふふうに、言葉で知識...

  • 木が私を見てゐる

    Youtubeで、ずいぶん昔の小林秀雄の講演録を聞いてゐると、アルベルト・ジャコメッティといふ彫刻家の話が出てきます。スイスの芸術家で、彫刻だけでなく、絵画や版画の作品も多いやうです。1901年の生まれだから、1902年生まれの小林とほぼ同世代です。 ジャコメッティが森に入つて木を描かうとします。すると、自分が木を見てゐるのではない。木が自分を見てゐるのを感じる。その視線が強くて、木の視線の中に自分が埋もれてし...

  • 見えないものは見えない

    タイトルの表現は、意味不明。といふか、当たり前のことしか言つてゐないやうに見えます。 「今の自分には、何がどこまで見えてゐると思つてゐますか?」 と尋ねてみませう。 すると、答へは、 「見えてゐるものしか見えてゐない」 といふことになるでせう。 見えてゐるものは何で、どれだけあるか。それは自分で分かる。しかし「見えてゐないもの」がどれだけあるかは、絶対に分からないのです。当たり前ですね。それで「見え...

  • 幸福を求めてはいけない

    気分は、日々に同じではありません。概して、ハイな気分に留まることは難しい。 物事がうまくいかないと、気分は落ち込む。反対に、思ひ通りに事が運び、貢献もできたと感じる日には、嬉しい。しかし、さういふ日はあまり多くないのです。 その日も、 「今日も何だか、浮かない気分だな。あんまり幸福ぢやないまゝ1日が終はりさうだ」 と、つらつら思つてゐた。 すると、 「幸福を求めてはいけない。求めると、得ることができな...

  • AIは思考するか

    前回の記事「思考からの反論」でも書いた通り、「思考」は「私」自身ではない。それは「本当の私(魂)」が活用してゐる有能な「道具」であると考へました。 この「思考」において、今や我々人類に匹敵し、脅かしつゝある、あるいはすでに超えたのではないかとさヘ思へるほどの進化を見せるAI。このAIはどのやうに「思考」してゐるのか、あるいは、本当に「思考」してゐるのかについて、ちよつと考へてみます。 22年11月にオープ...

  • 「思考」からの反論

    最近、「思考」に対して結構厳しく追及してきたところ、遂に「思考」から反論がやつて来ました。 「なぜ私だけを厄介者扱いするのか? 私をかういふ者にしたのは、あなたではないのか?」 といふのです。 反論してゐるのは「思考」です。それなら、「あなた」とは一体誰なのか。 そもそも、どうして自分の内でかういふ反論が出るのでせうか。 ふつう、私たちは 「自分は一人」 と思つてゐますね。 ところが少し考へてみると...

  • 左脳の喜び、右脳の喜び

    私たちは誰でも喜びを求めてゐますが、脳には左脳と右脳の二つに分かれてゐて、喜びの種類にも二通りがあるやうに思ひます。左脳の喜び、右脳の喜びと呼びませうか。 左脳は、言語や論理が得意な脳です。その特徴は何かと言へば、「これ」と「あれ」とを分けることです。言葉の本質は、まさにそこにあります。 たとへば、「私」といふとき、それは「私以外のすべてのもの」と「私」とを分けることです。「私」は他のあらゆるもの...

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まるくまーる(元教育部長の講義日記)
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