歳を重ねても丸くなれず、正しさに疲れ、ひねくれながら生きている僕の話。
感動したこと…疑問に思うこと…何気ない日常を過ごすのも、感謝の日々を過ごすのも自分次第…(毎日更新)
今は地球の大変革時代… 目に見える世界、見えない世界、様々なことがめまぐるしく動いています。 外界のざわめきの最中に身を置いていても、静かなる内なる自己との対話をこころがけています。 今の考え、思い、氣づきを、想うままに綴ります。
歳を重ねても丸くなれず、正しさに疲れ、ひねくれながら生きている僕の話。
人は、自分の見えている景色を“世界そのもの”だと思いがちなのかもしれない。
コロナ禍を経て変わった衛生観念。子供の頃には見えなかった「受け取る側」の感覚について。
開かないバーを叩き続ける人を見ながら、人は何を守っているのだろうと思った。
人を励ますはずの言葉が、静かに深く残ることについて考えていた。
「逃げる=悪」とされがちな空気に、少し引っかかってしまった僕の話。
街ですれ違ったロリータファッションの女性。年齢を超えて“好き”を貫く姿に、僕は少し眩しさを感じた。
悪がなくなった世界は、本当に理想郷なのだろうか。ヒーローと悪役の関係から、世界の“設定”について考えてみた。
誰にも不快を与えない言葉を選び続けた先に、いったい何が残るのだろう、と考えた話。
無視されていると思っていた。けれど、そこには自分の知らない事情があった。
父の記憶と重なる、小さくされる声。見えているのに見ないことにする、その違和感。
良いところばかりが並ぶ中で、あとから見えてくるもの。その差に残る違和感について。
誰にも見えない内側で、好きに思い浮かべる。その自由の扱い方を、少しだけ見直してみる話。
謝罪は言葉だけでは届かない。見てくれや印象が、入口で受け取り方を決めてしまう。
4年前の自分の文章を読み返し、今も変わらず“急ぎ続けている自分”にふと気づいた話。
体重が戻らない中で気づいた、サイズと違和感の小さな話。
背伸びして見せる自分と、承認欲求と自信の揺れについての話。
不快や不安を覚える情報との距離。途中でやめるという選択について。
刺さらない広告の違和感と、静かに選ばれるかもしれない怖さの話。
若い頃に距離を置いていた側に、気づけば立っている。言葉も流行も、ゆっくりと自分から離れていく。
財布忘れから始まった、どうでもいい疑問。夫婦で交わした会話の中に、少しだけ残った温度の話。
自分がいなくなったあとの世界を考えたとき、認識と存在のあいだに残る、うまく言葉にならない違和感について。
守るための行為のなかに残る罪悪感と、それでも続けてしまう手つきについて。
時間の流れの中で、ふと外れる感覚。いまだけが残る瞬間を静かに辿る。
他人の関係はよく見えるのに、自分のことになると途端に曖昧になる。その違和感を辿る話。
希望の裏にある落差と、「最後の望み」の怖さ。持ち方と距離の取り方を見つめる。
「いい話」として流通する構造と、その空気に感じた違和感を、そのまま辿った記録。
今日もこのブログを訪問して下さりありがとうございます! なんか世の中変じゃない?いや、変じゃないのかもしれないのだけど。京都のあの忌まわしい事件があって、そのあと、日本各地で遺体発見ラッシュ、みたいな流れになっている気がして。不謹慎だとは思うのだけど
騒がれていたヒアリのその後。調べてみると、思っていた強さの構図が、少し違って見えてきた。
父の記憶は曖昧なのに、オルゴールの音だけが残っている。その理由を考えかけて、やめた話。
騙さないという当たり前。その内側にある「線」が、日常や関係を静かに支えているのかもしれない、という話。
慣れることで失われるものと、残っているはずの感覚について。
子どもの命を守るとは何か。過去の記憶と今のニュースを重ねながら、その曖昧さと現実を見つめる。
正しさは間違っていないのに、なぜか人を遠ざける。その違和感の正体を、ひとりの同僚を通して考えた話。
身近に起きた詐欺被害を通して、自分と出来事の距離について考えた話。
わかりやすくするための一言が、誰かにとっては雑に聞こえてしまうことがある。
人と比べて落ち込み、比べて安心する。その揺れの中で見えてくるものとは何か。
ルッキズムと多様性、その“正しさの前提”に残る違和感を辿ってみる。
スッキリするはずの映像に、なぜか引っかかる。その違和感ごと見てしまう感覚を辿る話。
うしろめたさを覆う「理由」。その言葉が持つ優しさと回避のあいだを見つめた記録。
ニュースの曖昧な言い回しに感じる違和感と、正しさとの距離について。
増え続ける迷惑メール。その雑さに感じた違和感の正体を、内側から見つめてみた。
物語として見ている世界と、生き物として見ている世界。そのズレに触れたときの違和感について。
LED化で便利になったはずの照明が、思わぬ弱さを見せた朝の出来事。
新年度、職場の空気が少しだけ変わる。人の出入り以上に感じる、見えない違和感。
年度末の綱渡りを終えたあとに残る、静かな解放感の話。
火事のニュースに残る、言い切らない言葉の違和感。その余白が、なぜか少し引っかかる話。
丁寧で礼儀正しい後輩。しかし同じミスを繰り返す。その違和感の奥にある「理解」という言葉の曖昧さを辿る。
出来事が重なると、場所のせいではないとわかっていても、どこか引っかかる感覚が残る。
強引な依頼のあとに残る違和感。仕事はお金だけでは測れない、その温度について。
なくしたと思って動いたあとに見つかる。その順番が残す微妙な引っかかり。
年度末の慌ただしさの中で、起きてもいないことに疲れてしまう自分に気づく。そんな小さな消耗の話。
通り過ぎただけの関わりが、あとになって少しだけ進む向きを変えていることがある。
僕に視線を送ってきたやつ、その主が判明!
根拠のない「大丈夫」を退けていた過去と、いまの受け取り方の変化を静かに辿る。
自分で操作しているつもりの人生に、ふと差し込んだ違和感について。
出来事の評価は途中では決まらない。ある物語の流れから考える話。
写真はきれいに残る。でも、なぜか残っている感じがするのはメモのほうだった。
子どもの頃に流行った言葉遊び。雑でくだらないのに、なぜか教室の中で広がっていった、その不思議な記憶。
戦争は遠くて起きにくいものだと思っていた。その前提が揺らぐ中で感じた違和感を綴る。
卒業祝いの赤飯2,100食がクレーム一本で廃棄。代わりはカンパン。配慮なのか、事なかれなのか。考え込んでしまうニュースだった。
体調不良の日々の中で気づいたこと。人は注意を向けているものを、現実として体験しているのかもしれない。
激しい胃腸炎のあと、体重はついに40キロ台へ。体力の落ち方に、自分でも少し驚いている。
ウィルス性胃腸炎。まいった、まいった。
子供の頃、テレビを見てゲラゲラ笑っていたネタ。ふと思い出してみると、今ではどこが面白かったのか自分でもよくわからない。
今日はホントゆっくり休めた日だった~っていいたかったんだけどなぁ。
体調不良のなか病院へ。小さな親切に救われたあと、復食のタンメンがまさかの展開に。出来すぎている一日の話。
十数年ぶりに開催したレイキ復習会。途切れていたつながりが、思いがけない形でまた動き出した日のこと。
ラジオのB型肝炎訴訟CMを聞いて思い出した、子どもの頃の集団接種。あの当たり前を振り返ると、少し背筋が寒くなる。
松田聖子45周年ベストを聴いて感じた違和感。その声の変化を通して、時間というものを少し考えてしまった。
自分の確定申告に続き、母と娘の分まで一気に片づけた一日。暗証番号という関門も越えて、ようやく全部終了。
確定申告を提出し終えた瞬間の解放感。今年は記帳の手直しもなく、久しぶりにすっきりした気分のまま年度更新へ。
テレビをつければ侍ジャパン一色。本当に日本中が同じ温度で盛り上がっているのか。そんな違和感から、僕のテレビ離れを考えてみた。
遮られたのは言葉ではなく、自分の中の流れだったのかもしれない話。
言葉は交わされているのに意味が見えない会話。通じ合う関係の便利さと不思議さを見つめた話。
月初になると、時間を数えてしまう癖がある。変わらない自分と、区切られる暦との、ささやかな違和感の話。
挨拶をしない職場の人物をきっかけに、「普通」とは何かを考えた。私たちが従う見えない約束の話。
善意から始まった小さな店と、そこにいた自分。何もしなかった記憶だけが静かに残っている。
春一番をきっかけに起きた歌詞の聞き違い。くだらなさの奥にある、人の認知の不思議。
海外作品を観ていて思い出した、映画館で一人だけ笑っていた観客。笑いの感覚は文化に根づくものなのかもしれない。
無事に申請を終えた帰り道、一本の電話。安心の直後に訪れた冷や汗の一日。
春一番が吹いた東京。暖かさより先に訪れたのは花粉と鼻血。季節の変化を、少し距離を置いて眺める話。
張り替えたばかりのガラスフィルムが一日で三度破損。偶然と心理の妙な結びつきを考えてしまった話。
SNS上の罵声を目にした第三者としての戸惑いと、人の本性の見え方についての静かな観察。
朝の公園の陰から見かけた小さな出来事から、人の行為と想像の連鎖について考えた。
使われないコピー用紙をきっかけに、生活の変化と残った時間を静かに見つめた話。
似たカタカナが生む、ほんの小さな混乱。名前と文字の関係を、静かに眺めた話。
保守という言葉の輪郭を考えたとき、一つのCMの記憶から人物像が浮かび上がってきた話。
備えたつもりの防災用品が役に立たない現実。準備と想像力のズレについて考えた話。
免許は取れるのに自由は手に入らない。保険の見積もりが見せた、いまの現実。
バレンタインの意味は、贈る文化から自分のための消費へ。値段と習慣の関係を静かに見つめる小さな観察。
呼び名が変わるだけで空気も変わる。卵と薬から考えた、言葉の手触りの話。
失敗をすぐ片づけない。転んだあとの態度についての話。
冷静でいることは本当に成熟なのか。落選会見をきっかけに、揺れる感情の価値を考える。
選挙結果を前にして、数字では説明できない違和感が残った。第六感とも言える「肌感覚」を、そのまま書き置いてみる。
選挙後に繰り返される「不徳のいたすところ」という言葉。その一言が生む空気と、語られなくなるものについて考えてみた。
「暦の上では春」と言われても、身体も気分も追いつかない。言葉と実感のズレを、そのまま見つめた一日の記録。
想定外だらけの最終日。主任という役割と、忙しさと、少しの感謝。終わってみれば、ただの「報告」です。
かつて当たり前だった、エレベーターガールという存在。その声と所作が残していた、言葉にしづらい感覚をたどる。
「非日常」に惹かれつつも、結局は日常に戻ってくる。息子の弾丸京都旅行をきっかけに、その感覚をあらためて考えてみた。
歳を重ねても丸くなれず、正しさに疲れ、ひねくれながら生きている僕の話。
人は、自分の見えている景色を“世界そのもの”だと思いがちなのかもしれない。
コロナ禍を経て変わった衛生観念。子供の頃には見えなかった「受け取る側」の感覚について。
開かないバーを叩き続ける人を見ながら、人は何を守っているのだろうと思った。
人を励ますはずの言葉が、静かに深く残ることについて考えていた。
「逃げる=悪」とされがちな空気に、少し引っかかってしまった僕の話。
街ですれ違ったロリータファッションの女性。年齢を超えて“好き”を貫く姿に、僕は少し眩しさを感じた。
悪がなくなった世界は、本当に理想郷なのだろうか。ヒーローと悪役の関係から、世界の“設定”について考えてみた。
誰にも不快を与えない言葉を選び続けた先に、いったい何が残るのだろう、と考えた話。
無視されていると思っていた。けれど、そこには自分の知らない事情があった。
父の記憶と重なる、小さくされる声。見えているのに見ないことにする、その違和感。
良いところばかりが並ぶ中で、あとから見えてくるもの。その差に残る違和感について。
誰にも見えない内側で、好きに思い浮かべる。その自由の扱い方を、少しだけ見直してみる話。
謝罪は言葉だけでは届かない。見てくれや印象が、入口で受け取り方を決めてしまう。
4年前の自分の文章を読み返し、今も変わらず“急ぎ続けている自分”にふと気づいた話。
体重が戻らない中で気づいた、サイズと違和感の小さな話。
背伸びして見せる自分と、承認欲求と自信の揺れについての話。
不快や不安を覚える情報との距離。途中でやめるという選択について。
刺さらない広告の違和感と、静かに選ばれるかもしれない怖さの話。
若い頃に距離を置いていた側に、気づけば立っている。言葉も流行も、ゆっくりと自分から離れていく。
職場の同僚との話の中で、なんとなくあの3.11の時の話になった。
やっつけ飯を回避して、価格的不満から、彷徨って彷徨って、たどり着いた… お昼ご飯!
自分が好きって、そんなにおかしいことじゃないよね… 自分好きに目覚める第一歩。かなぁ。
今更ながらだが、大声で言いたい、「体育の授業が大嫌いだった!」と。
今日も今日とてまた病院、大学病院に行ってきた…
魂の声、聞けてますか? そして「理性」という名の遮断機…
処方箋を片手に、いろいろな調剤薬局を探し回ってしまった、そんな話。
なんだか、世の中息苦しいなぁ…って時々思うんだ。
ゴールデンウィーク明けの退職について、巷ではあれこれ言われているが…
自分を大事にする。と、そう決めた。
雨音に聞き入っている。そんな中僕のこころに展開されるふとした想い…
大事なこと、必要な情報は思考のないところにあるのかも…
ずっと続いている、健康不安…ついつい良からぬことを想像してしまう。
価値観、優先順位も人によりけり、状況によりけりで、相対的なものなのだ…と気がついた。
雨降り、雨の名前についてぼんやり考えてた。
失いそうになって初めて感じる、ありがたみ。
これって、、、「男脳と女脳」の違いじゃないの???って思ったエピソード
今日は「昭和の日」だ。ノスタルジックな気持ちに浸ってみよう。
自分の生き方について、あれこれと考える。そんな機会があってもいい…
自分の子供時代の、いわゆる「視座」について思い返していた…