神の無限という場合、それは数の無限ではないのは当然として、どういう意味での無限なのか一応の整理をしてみよう。 スピノザの言う無限については今一つ分からない。特に属性の無限と実体(神)の無限との関係が分からない。数の無限なら可算無限と非可算無限について無限の水準の違いが明...
トマス・アクィナスの神学大全は邦訳全45巻が刊行中であって、深みにはまらない限りとても全巻読む気になれない。どれか一冊となると、第3巻がお勧めだ。 というのもキリスト教が他の宗教と異なる際だった特色は三位一体論にあり、第3巻がそれを徹底的に論じているからだ。実によく考え...
「エチカ」における実体と属性はバチクソ難解な概念で、未だに私はよく分からないんだけど、自分なりに分かる範囲で一応整理しておくことにする。 スピノザ全集の新刊は喜ばしいことだが、私に言わせれば「スピノザ事典」かゲルーの著書を翻訳刊行してもらいたいものだ。なぜなら「エチカ」...
北森嘉蔵著「神の痛みの神学」はたいへん説得力がある。カール・バルトは北森神学に対して否定的評価を下していたようだけど、バルトの「ローマ書講解」は神と人間との隔絶がやたら強調されていて、福音というより律法臭い。北森神学の方が福音としての本来性を感じる。「神の痛み」は神の怒り...
「エチカ」の公理によると「結果の認識は原因の認識に依存しかつこれを含む」(第1部公理4)とある。 だけど考えてみると、これはヘンだ。 もし結果の認識に原因の認識が含まれているのであれば、神は万物の原因だから、人間は現在の結果を認識することで神を認識できるはずだ。だが実...
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