所在地兵庫県高砂市阿弥陀町生石171祭 神・大穴牟遅命(大国主大神・生石子大神)・少毘古那命(粟嶋大神・高御位大神)由 緒神社に伝わる生石神社略記によると、神代の昔、大穴牟遅命と少毘古那命の2神が、天津神の命を受けて出雲国より播磨国に来られ
全国の寺社と御朱印を紹介。 参拝記と御朱印情報を中心に、寺社の歴史や仏像・日本神話のことなどを書いています。
聖母宮の御朱印|神功皇后・加藤清正ゆかりの神社|長崎県内最古級の本殿を拝観(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市勝本町勝本浦554−2祭 神・息長帯姫尊・足仲帯彦尊・誉田別尊・上筒男命・仲筒男命・低筒男尊・天照大神・玉垂神・烏賊津連・真根子連社 格式内大社(名神大)・壱岐国二宮・旧郷社由 緒神功皇后が三韓征伐へ向かう際、行宮を建てて
住吉神社の御朱印|日本初の住吉神社|日本四大住吉|壱岐の総鎮守(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市芦辺町住吉東触470−1祭 神底筒男神・中筒男神・表筒男神・八千戈神社 格式内社(名神大)・旧国幣中社・別表神社由 緒社伝によると、住吉大神の守護によって三韓征伐を成し遂げた神功皇后が、帰国途中に壱岐島に立ち寄り住吉三神を
天手長男神社の御朱印|壱岐国一宮じゃないかも知れない!(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市郷ノ浦町田中触730祭 神主祭神・天忍穂耳尊・天手力男命・天鈿女命合祀神・仁徳天皇・仲哀天皇・日本武尊・比賣大神・栲幡千々姫尊・稚日女尊・木花開耶姫命・豊玉姫命・玉依姫命・布都主命など社 格壱岐国一宮由 緒811年、天手長
熊野神社の御朱印|壱岐の熊野古道!神々の視線を感じる神秘空間(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市勝本町立石南触583−1祭 神●主祭神・伊弉册尊・素盞嗚尊・事解男命・速玉男命 相殿神・天照大神・国常立尊・正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊・彦火火出見尊・天津彦彦火瓊瓊杵尊・軻遇突智命・埴山姫命・罔象女命・稚産靈命・大山祇命由
所在地長崎県壱岐市芦辺町湯岳本村触271祭 神素盞嗚尊・奇稻田姫命・大己貴命社 格式内社(論社)由 緒創建年は不詳。一説によると創建当初は山上に祀られていたそうです。しかし祭祀の不便から麓に社殿を造営。その後、この神社は妙見宮と呼ばれていた
國片主神社の御朱印|たくさんの御利益を授かれる体験型神社(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市芦辺町国分東触766−4祭 神主祭神 少彦名命相殿神 菅贈相國(菅原道真)社 格式内社(小)由 緒811年に創建。中国から石船に乗ってやって来た唐田天神(国分天神)を祀ったのが始まりで、創建当初は当田という地に鎮座していた
月讀神社の御朱印|月読神社の総本社|もともとは山の神だった(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市芦辺町国分東触464祭 神月夜見命・月弓命・月読命社 格式内大社(名神大)由 緒創建年は不詳。日本書紀によると、京都・松尾大社の境外摂社である月讀神社は壱岐の県主の先祖・忍見宿祢が壱岐から分霊したものといわれています。全国
壱岐神社・壱岐護国神社・龍蛇神社の御朱印|壱岐のヒーロー・少弐資時を祀る|壱岐島で1番新しい神社(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市芦辺町瀬戸浦264祭 神・亀山天皇・後宇多天皇・少弐資時・壱岐出身の国事殉難者由 緒1281年の弘安の役で戦死した少弐資時を祀る神社です。1928年以来、壱岐の島民たちは壱岐神社創建の事業を進め、1944年に本殿を建立。そ
手長比賣神社の御朱印|田んぼの中に鎮座する式内社|(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市勝本町本宮西触1212祭 神栲幡千々姫命・天忍穂耳尊社 格式内社(小)由 緒創建年は不詳。1676年、国学者・橘三喜が式内社・手長比賣神社に査定するまでは手長男大明神や棚河大明神と呼ばれ、神功皇后を祀っていたという。しかし
本宮八幡神社の御朱印|式内社・兵主神社の有力論社|(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市勝本町本宮西触1437−1祭 神・八幡大神(応神天皇)・住吉大神・聖母大神(神功皇后)社 格兵主神社(名神大)論社由 緒創建年は不詳。創建には諸説あるそうです。一説によると、788年に大分・宇佐神宮から勧請したのが始まりと
所在地長崎県壱岐市芦辺町湯岳興触676−1祭 神・足仲彦尊・息長帯姫尊・応神天皇・仁徳天皇・天手力男命・八意思兼神・住吉大神社 格式内社(名神大)由 緒創建年は不詳。かつてこの付近は壱岐国の国府があった地といわれています。ちなみに社号の興に
爾自神社の御朱印|神功皇后ゆかりの東風石|方位磁針が狂ってしまうパワースポット|(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市郷ノ浦町有安触979祭 神・級長津彦神・級長戸辺神・息長帯姫命・天照大神・栲幡千々姫命・天手力男命・御食津神・石野姫命・少彦名神社 格式内社(小)由 緒創建年は不詳。神功皇后が三韓征伐へ向かう際、境内にある巨石に祈願したと
所在地長崎県壱岐市郷ノ浦町片原触113祭 神猿女君由 緒1830〜1844年、現・田河深江字下ルに祀られていた塞神を現在地に遷座して町の氏神として祀ったと伝わる神社です。御祭神は女神・天宇受女命と男神・猿田毘古神が結ばれ一体神となった猿女君
國津意加美神社の御朱印|壱岐の犬狩り騒動の集結地|(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市郷ノ浦町本村触133祭 神素戔嗚尊・大巳貴命・稲田姫命・闇淤加美神社 格式内社(小)由 緒創建年は不詳。社記によると、素戔嗚尊が朝鮮半島を巡って帰国した際、この地に到着して宮殿を建てたという。その後、素盞嗚尊が祀られ、武生
兵主神社の御朱印|式内社・・・なのか!?|本殿に描かれた朱買臣が見どころ|(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市芦辺町深江本村触1616祭 神素戔嗚尊・大己貴神・事代主神社 格式内社(名神大)由 緒811年、近江国の日吉大社より日吉山王権現を勧請したのが始まり。もともとは日吉山王権現と呼ばれていたそうです。1676年、橘三喜が壱岐の
高御祖神社の御朱印|諸吉地区の総氏神|橘三喜が比定した式内社|(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市芦辺町諸吉仲触9祭 神主祭神・高皇産霊神・伊弉諾尊・伊弉册尊相殿神・天日神命(天照皇大神)・天月神命(月讀大神)格 式式内社(小)由 緒811年に創建。もともとは熊本山に鎮座し、熊野三所大権現や熊野権現などと称していたとい
小島神社|神秘島!壱岐のモンサンミッシエル|(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市芦辺町諸吉二亦触1969祭 神・伊弉册尊・軻遇突智命・埴安姫命・素盞嗚尊由 緒1620年に創建。干潮時にしか参道が現れない小島に鎮座する神社です。小島神社とは?小島神社はその名の通り小さな島に鎮座する神社。満潮時は海...
左京鼻龍神神社の御朱印情報|壱岐の人気観光スポット・左京鼻に鎮座|(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市芦辺町諸吉本村触祭 神不明由 緒不明左京鼻と左京鼻伝説●左京鼻寄八幡神社で参拝後、左京鼻に行ってきました。左京鼻は、寄八幡神社から車で5分のところにあります。左京鼻は壱岐を代表する景勝地の1つで、約1kmも続く断...
寄八幡神社の御朱印|八幡浦の鎮守|壱岐唯一の鎮信鳥居(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市芦辺町諸吉本村触1839祭 神仲哀天皇・応神天皇・神功皇后由 緒不明。鳥居と手水舎と狛犬●境内入口壱岐島の最東端・八幡半島に鎮座する寄八幡神社に到着。寄八幡神社と書いてよりはちまんじんじゃと読みます。多分ですけど、八...
所在地長崎県壱岐市石田町筒城西触323祭 神豊玉彦命社 格式内社(大)由 緒創建年は不詳。しかし851年に正六位上の神階を与えられていることから、それ以前には存在していた神社と思われます。1676年の橘三喜による式内社査定で式内社・海神社に
白沙八幡神社の御朱印|壱岐随一のビーチ・筒城浜の近くに鎮座|(長崎県壱岐市)
所在地長崎県壱岐市石田町筒城仲触1012祭 神・応神天皇・仲姫之命・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇・武内大臣・玉依姫命由 緒社伝によると、788年に豊前国・宇佐神宮より異賊降伏国家擁護の神として八幡神を勧請したのが始まりといわれています。しか
鎮信鳥居とは?鎮信鳥居と書いてちんしんとりいと読みます。肥前国平戸藩4代藩主・松浦鎮信さんが寄進したことから鎮信鳥居と呼ばれるようになったんだって。松浦鎮信さんが寄進した後も、平戸藩主や地元民が同型のものを寄進。そんなこんなで現在、壱岐島に
橘三喜の壱岐・式内社調査とは?1676年、平戸藩主・松浦鎮信さんは、壱岐国にある式内社24社を調査し、各社の御祭神の名を記録し、後世に残し伝えようと思い立ちました。その際、国学者・橘三喜さんに壱岐国24社の調査を命じました。しかし式内社24
正八幡宮の御朱印情報|宮の文字になっている楼拝殿造|(山口県山口市秋穂)
所在地山口県山口市秋穂西337祭 神応神天皇・仲哀天皇・神功皇后由 緒814年、外敵侵攻に対する鎮護として豊前国・宇佐八幡宮の御分霊を二島(現・山口市秋穂二島)に勧進したのが始まりといいます。その後、1501年に大内氏15代当主・大内義興が
地蔵院の御朱印|人面岩を登拝。地蔵パワーと弘法パワーのハイブリット寺でした(山口県山口市)
所在地山口県山口市名田島3483宗 派高野山真言宗札 所・秋穂八十八ヶ所霊場 第83番・山陽花の寺二十四か寺 第6番由 緒747年、行基が創建。もともとの宗派は臨済宗で長安寺という寺号だったそうです。その後、寺運が衰退しますが、1868年に
禅昌寺の御朱印|防長二州で托鉢が許された古刹|種田山頭火ゆかりのお寺(山口県山口市)
所在地山口県山口市下小鯖1170宗 派曹洞宗札 所中国三十地蔵尊霊場 第16番由 緒1396年、大内氏10代当主・大内義弘の開基により創建。 創建当初は約80の末寺・小庵に囲まれ、1000人近い修行僧がいたそうです。そのため、西の高野と呼ば
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所在地兵庫県高砂市阿弥陀町生石171祭 神・大穴牟遅命(大国主大神・生石子大神)・少毘古那命(粟嶋大神・高御位大神)由 緒神社に伝わる生石神社略記によると、神代の昔、大穴牟遅命と少毘古那命の2神が、天津神の命を受けて出雲国より播磨国に来られ
所在地兵庫県神戸市灘区原田通3丁目8−43祭 神●主祭神・健御名方大神●配祀神・若一王子神・大市比売大神・稲荷大神・八幡大神・大国主大神・事代主大神・祇園大神・猿田彦大神・須佐男大神由 緒鎌倉時代初期、松本忠一が信州諏訪から一族を連れてこの
所在地東京都千代田区九段北3丁目1−1祭 神護国の英霊246万6千余柱由 緒1869年、明治天皇の命により創建した東京招魂社が始まり。1879年、社号を靖国神社に改称。国家の為に尊い命を捧げた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えること
所在地東京都千代田区外神田2丁目16−2祭 神・大己貴命・少彦名命・平将門命由 緒730年、出雲系の氏族が現・東京都千代田区大手町・将門塚周辺に大己貴命を祖神として祀ったのが始まり。935年、平将門の乱で敗死した平将門の首を神社の近くに葬っ
所在地東京都港区台場1丁目7−1 アクアシティお台場7階祭 神・天照皇大御神・豊受大神由 緒2004年、芝大神宮の御分霊を勧請し、お台場地域の人達、また遠方から訪れる観光客の人達の心のやすらぎの場所として建立された神社です。HPアクアシティ
所在地東京都港区芝公園4丁目8−10祭 神徳川家康由 緒1601年、徳川家康が還暦を迎えた記念に自らの像を刻ませた寿像を駿府城に祀ったという。その後、1616年に徳川家康が寿像を祭祀する社殿を増上寺に建立するようにと遺言したそうです。 そん
所在地東京都港区芝公園4丁目7−35宗 派浄土宗寺 格大本山札 所江戸三十三ヶ所 第21番由 緒1393年、浄土宗第8祖・酉誉聖聡上人が浄土宗正統根本念仏道場として創建したのが始まり。1598年、江戸城を拡張する際、徳川家康が現在地に移転。
所在地東京都港区芝公園4丁目2−8祭 神天照皇大神由 緒1977年、日本電波塔株式会社が創立20周年を記念して創建された神社です。事業の繁栄と来塔者の安全を祈願して伊勢神宮より御分霊を勧請。この地の氏神・幸稲荷神社の境外末社とのことです。H
所在地東京都港区高輪2丁目11−1宗 派曹洞宗由 緒1612年、徳川家康が幼少期に人質として身を寄せていた今川義元の菩提を弔うため、江戸城に近接する外桜田に創建したのが始まり。しかし1641年に寛永の大火で焼失。その後、1604〜1651年
所在地東京都豊島区巣鴨3丁目35−2宗 派曹洞宗札 所関東百八地蔵霊場 第108番由 緒1596年、萬頂山 集福寺(埼玉県)の扶嶽太助和尚が江戸の神田明神同朋町に創建したのが始まり。その後、1657年に明暦の大火で全焼し、下谷車坂下に移転し
所在地東京都豊島区巣鴨3丁目21−21宗 派真言宗豊山派札 所・御府内八十八ヶ所 第33番・江戸六地蔵尊 第3番・豊島八十八ヶ所 第33番由 緒創建年は不詳ですが、聖武天皇の勅願により行基が開いたお寺と伝わっています。その後、1615年に祐
所在地東京都豊島区巣鴨4丁目35祭 神・天津祖 庚申猿田彦大神・地津主 甲子大己貴神・人津霊 己巳少彦名神由 緒1502年に高さ2.4mの庚申塔を建立したのが始まり。しかし、1653年に材木が倒れて5つに砕けてしまったという。そんなこんなで
所在地東京都杉並区高円寺北2丁目38−12由 緒1716年、高円寺村の講中10人が悪病退散・村民安全を願って建立したのが始まり。当初は真南に向って建っていましたが、1923年の関東大震災で横転してしまい、その後、西向きに建立されたという。ま
所在地東京都世田谷区代沢3丁目27−1宗 派浄土宗由 緒1608年、結城秀康が帰依した越前国・一乗寺の万世和尚に一寺の創建を依頼。そして万世和尚の弟子・孫公和尚が結城秀康の位牌所として創建したのがこのお寺の始まりといいます。明治時代の神仏分
所在地東京都世田谷区代沢3丁目25−3祭 神応神天皇・比売神・神功皇后・仁徳天皇由 緒1469〜1487年、世田谷城の城主・吉良頼康が世田谷城の鬼門にあたるこの地に創建したのが始まり。そして創建後、吉良氏の家臣がこの地に住みつき、下北澤村(
所在地東京都豊島区巣鴨3丁目21−21宗 派真言宗豊山派札 所・御府内八十八ヶ所 第33番・江戸六地蔵尊 第3番・豊島八十八ヶ所 第33番由 緒創建年は不詳ですが、聖武天皇の勅願により行基が開いたお寺と伝わっているそうです。その後、1615
所在地東京都台東区上野4丁目6−2宗 派日蓮宗由 緒1624〜1644年、慈光院の日遣上人が創建。奉安する摩利支天像は、京都で霊夢感得された聖徳太子が自刻と伝わる像で、1708年に徳大寺に安置されたそうです。もともと摩利支天は戦国時代の武将
尾道七佛めぐりとは?尾道市街地には25ヶ寺のお寺さんがあります。そのうちの7ヶ寺が宗派を越えて繋がり、尾道七佛めぐりが誕生しました。そんなこんなで満願成就を目指して、その7ヶ寺を全て巡る。それが尾道七佛めぐりです。●尾道七佛めぐり①持光寺(
住 所広島県尾道市東久保町22−8宗 派真言宗泉涌寺派札 所中国地蔵尊霊場 第9番由 緒1245年、備後国大田庄の荘官・和泉法眼渕信が曼茶羅寺(曼荼羅堂)を建立したのが始まり。1298年、西国巡教をしていた定證上人が曼茶羅寺に住み、荒廃して
所在地広島県尾道市東久保町20ー28宗 派真言宗泉涌寺派寺 格大本山札 所・中国三十三観音霊場 第9番・備後西国三十三観音霊場 第5番・百八観音霊場 第11番由 緒616年に聖徳太子が開基したお寺といわれています。1336年、足利尊氏が九州
所在地兵庫県高砂市阿弥陀町生石171祭 神・大穴牟遅命(大国主大神・生石子大神)・少毘古那命(粟嶋大神・高御位大神)由 緒神社に伝わる生石神社略記によると、神代の昔、大穴牟遅命と少毘古那命の2神が、天津神の命を受けて出雲国より播磨国に来られ
所在地兵庫県神戸市灘区原田通3丁目8−43祭 神●主祭神・健御名方大神●配祀神・若一王子神・大市比売大神・稲荷大神・八幡大神・大国主大神・事代主大神・祇園大神・猿田彦大神・須佐男大神由 緒鎌倉時代初期、松本忠一が信州諏訪から一族を連れてこの
所在地東京都千代田区九段北3丁目1−1祭 神護国の英霊246万6千余柱由 緒1869年、明治天皇の命により創建した東京招魂社が始まり。1879年、社号を靖国神社に改称。国家の為に尊い命を捧げた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えること
所在地東京都千代田区外神田2丁目16−2祭 神・大己貴命・少彦名命・平将門命由 緒730年、出雲系の氏族が現・東京都千代田区大手町・将門塚周辺に大己貴命を祖神として祀ったのが始まり。935年、平将門の乱で敗死した平将門の首を神社の近くに葬っ
所在地東京都港区台場1丁目7−1 アクアシティお台場7階祭 神・天照皇大御神・豊受大神由 緒2004年、芝大神宮の御分霊を勧請し、お台場地域の人達、また遠方から訪れる観光客の人達の心のやすらぎの場所として建立された神社です。HPアクアシティ
所在地東京都港区芝公園4丁目8−10祭 神徳川家康由 緒1601年、徳川家康が還暦を迎えた記念に自らの像を刻ませた寿像を駿府城に祀ったという。その後、1616年に徳川家康が寿像を祭祀する社殿を増上寺に建立するようにと遺言したそうです。 そん
所在地東京都港区芝公園4丁目7−35宗 派浄土宗寺 格大本山札 所江戸三十三ヶ所 第21番由 緒1393年、浄土宗第8祖・酉誉聖聡上人が浄土宗正統根本念仏道場として創建したのが始まり。1598年、江戸城を拡張する際、徳川家康が現在地に移転。
所在地東京都港区芝公園4丁目2−8祭 神天照皇大神由 緒1977年、日本電波塔株式会社が創立20周年を記念して創建された神社です。事業の繁栄と来塔者の安全を祈願して伊勢神宮より御分霊を勧請。この地の氏神・幸稲荷神社の境外末社とのことです。H
所在地東京都港区高輪2丁目11−1宗 派曹洞宗由 緒1612年、徳川家康が幼少期に人質として身を寄せていた今川義元の菩提を弔うため、江戸城に近接する外桜田に創建したのが始まり。しかし1641年に寛永の大火で焼失。その後、1604〜1651年
所在地東京都豊島区巣鴨3丁目35−2宗 派曹洞宗札 所関東百八地蔵霊場 第108番由 緒1596年、萬頂山 集福寺(埼玉県)の扶嶽太助和尚が江戸の神田明神同朋町に創建したのが始まり。その後、1657年に明暦の大火で全焼し、下谷車坂下に移転し
所在地東京都豊島区巣鴨3丁目21−21宗 派真言宗豊山派札 所・御府内八十八ヶ所 第33番・江戸六地蔵尊 第3番・豊島八十八ヶ所 第33番由 緒創建年は不詳ですが、聖武天皇の勅願により行基が開いたお寺と伝わっています。その後、1615年に祐
所在地東京都豊島区巣鴨4丁目35祭 神・天津祖 庚申猿田彦大神・地津主 甲子大己貴神・人津霊 己巳少彦名神由 緒1502年に高さ2.4mの庚申塔を建立したのが始まり。しかし、1653年に材木が倒れて5つに砕けてしまったという。そんなこんなで
所在地東京都杉並区高円寺北2丁目38−12由 緒1716年、高円寺村の講中10人が悪病退散・村民安全を願って建立したのが始まり。当初は真南に向って建っていましたが、1923年の関東大震災で横転してしまい、その後、西向きに建立されたという。ま
所在地東京都世田谷区代沢3丁目27−1宗 派浄土宗由 緒1608年、結城秀康が帰依した越前国・一乗寺の万世和尚に一寺の創建を依頼。そして万世和尚の弟子・孫公和尚が結城秀康の位牌所として創建したのがこのお寺の始まりといいます。明治時代の神仏分
所在地東京都世田谷区代沢3丁目25−3祭 神応神天皇・比売神・神功皇后・仁徳天皇由 緒1469〜1487年、世田谷城の城主・吉良頼康が世田谷城の鬼門にあたるこの地に創建したのが始まり。そして創建後、吉良氏の家臣がこの地に住みつき、下北澤村(
所在地東京都豊島区巣鴨3丁目21−21宗 派真言宗豊山派札 所・御府内八十八ヶ所 第33番・江戸六地蔵尊 第3番・豊島八十八ヶ所 第33番由 緒創建年は不詳ですが、聖武天皇の勅願により行基が開いたお寺と伝わっているそうです。その後、1615
所在地東京都台東区上野4丁目6−2宗 派日蓮宗由 緒1624〜1644年、慈光院の日遣上人が創建。奉安する摩利支天像は、京都で霊夢感得された聖徳太子が自刻と伝わる像で、1708年に徳大寺に安置されたそうです。もともと摩利支天は戦国時代の武将
尾道七佛めぐりとは?尾道市街地には25ヶ寺のお寺さんがあります。そのうちの7ヶ寺が宗派を越えて繋がり、尾道七佛めぐりが誕生しました。そんなこんなで満願成就を目指して、その7ヶ寺を全て巡る。それが尾道七佛めぐりです。●尾道七佛めぐり①持光寺(
住 所広島県尾道市東久保町22−8宗 派真言宗泉涌寺派札 所中国地蔵尊霊場 第9番由 緒1245年、備後国大田庄の荘官・和泉法眼渕信が曼茶羅寺(曼荼羅堂)を建立したのが始まり。1298年、西国巡教をしていた定證上人が曼茶羅寺に住み、荒廃して
所在地広島県尾道市東久保町20ー28宗 派真言宗泉涌寺派寺 格大本山札 所・中国三十三観音霊場 第9番・備後西国三十三観音霊場 第5番・百八観音霊場 第11番由 緒616年に聖徳太子が開基したお寺といわれています。1336年、足利尊氏が九州