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一般社団法人青年生活教育支援センターさんのプロフィール

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ブログタイトル
発達障害な僕たちから
ブログURL
https://smilehousejapan.hatenablog.com/
ブログ紹介文
発達障害の2次障害で不登校・ひきこもりになった東大・青木・シンゴ・50代男Aたちが回復に向けての日々の葛藤や支援の内容を書き綴っていきます。
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2020/12/31
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一般社団法人青年生活教育支援センターさんの新着記事

1件〜100件

  • 親亡きあと、どうなるのか?東大卒30年ひきこもった僕

    何度もお見苦しい写真をお見せしてすみません。 僕の親は僕が50代で亡くなっています。 僕が東大大学院で不登校となってしまって以来、母は30年近く僕の世話をしてくれました。 母が亡くなったタイミングが、僕がひきこもっている状態から一歩踏み出し、自立をするためにフィリピンに渡った2日目でした。 高齢とはいえ、元気でいた母です。 ひきこもっている僕のことを案じて、1日でも長く息子の為に生きなくてはと思っていてくれたのではないかと思っています。 そんな重荷から解き放たれて、母は天に帰ったのです。 長期ひきこもっている子どもを持つ親御さんとの面談の場に立ち会うことがあります。 子どもが50代になっても依…

  • 発達障害の子どもの将来を考えましょう。東大卒30年ひきこもったASDな僕

    発達障害の研修会で講師の先生が、「発達障害の子どもが20歳になった時にどうなっているのが望ましいのか?そのことを考えましょう。」と言われました。 私はその発言がとても心に残りました。 事務所に戻り、スタッフの青木たちと研修内容をシェアしたのです。 青木がこう言いました。 「30歳になった時、どんな仕事についているのか?どこに住んでいるのか?シングルなのか結婚しているのか?余暇を持っているのか?そこまで考えた方が良いね。」 「おおお、そうだ。そうだ。良いこと言うなあ。」と声に出してしまった僕です。 青木は、講師になって積極的に話した方が良いと思いますね。 身内ですが、講師の依頼をお待ちしています…

  • 自閉特性が高い人とは?青木

    東大さん55歳の写真 私たちは、東大さんへの支援がうまくいかなくて困ってしまいました。 やはり30年近くひきこもっている人への支援は簡単ではないのです。 その中でも、東大など難関大学を出ている人たちへの支援は、同じ様に30年近くひきこもっている他の人たちと比べてもとりわけ難しく感じます。 私たちの団体に支援の依頼があります。 そうしますと、1週間ほど事務所で色々な作業をしてもらい様子を見させてもらいます。 近所のコンビニに買い物を頼んだり、インターネットを利用して調べ物をしてもらったり、スタッフとの雑談をしたり・・・。 そうしますと、彼らの状況がわかり、私たちが支援可能かどうかが判断できます。…

  • こうなりたいがやっとわかった!!30年ひきこもった東大卒ASDな僕

    Age is just a number 何にでもチャレンジしたい僕です。 インターネットで色々な方の発達障害に関する書き込みを読みます。 中には「どうなんだろうか?」と考え込むような発言もあります。 その中に、「本人がその支援を望んでいるのかどうかを考えないといけない。」という意見が気になっています。 もちろん本人が望んでいないのに、支援者側が一方的に支援をおこなうなんてあり得ない話です。 ただ、本人がその支援の意味が分かった上で、拒否しているなら問題ないのです。 僕の様な自閉特性がとても高い人は、支援の内容が理解できないんじゃないかと思います。 今まで支援してきた、ブンさんやシンゴ君やヒロ…

  • 人の目を気にすることなく生きてみたい。30年間ひきこもったASDな男

    東大さんは私の目標です。でも多分すぐに抜かしてしまうと思います。 私は外見に自信がないです。 30年間も家にひきこもっていましたから、太ってしまって体がブヨブヨなんです。 1番困っていることは、背中が曲がってしまっていることなんです。 30年間も下を向くのが癖になっていました。 この団体にお世話になってから、医者でチェックしてもらいましたが、元に戻すことはできないということでした。 生まれつき少し曲がっていたこともあるそうです。 少しでも見た目を良くするために、毎日エクササイズを必死にやっています。 また食生活も大きく変えたのです。 できることはなんでもしたいと思っています。 50代になってし…

  • 発達障害が問題ではなくその人が何に困っているのかが重要 東大

    私、この団体の代表をしているのです。 〈責任がその人をより成長させる。〉という考えで選んでいただいたのです。 でも残念ですが、期待には答えられていません。 ご迷惑ばかりをおかけしているのが現状なんです。 代表なのでケーススタディに出ます。 そして、支援している人たちの状況を話し合うのですが、やはり落ち込むことが多いんですね。 例えば、比較的最近まで支援していた〈ブン〉さんや〈シンゴ〉君はASDと診断されていました。 小学校から不登校だったブンさんと高校で不登校になってひきこもったシンゴさんですが、支援を受けてから徐々に成長していったのです。 時間はかかりましたが、すでに2人とも社会的自立を果た…

  • 東大入学よりも社会常識を!!東大卒30年ひきこもったASDな僕

    私は、のべ3年に渡り、オーダーメイドの個別支援を受けました。 団体には8年間在籍しています。 8年間で色々と教えられたことがあります。 今、私の様な自閉特性が高いお子さんをお持ちのお母様に言いたいことは、社会に受け入れられるにはどうすれば良いかをまず考えてほしいということです。 良い大学に入学することは、より良い人生を送ることの手助けにはなるでしょう。 しかし、それも社会常識を身につけた上での話です。 どんなに勉強ができても、東大で優秀な成績を収めても社会常識を持ち合わせていなければ、この社会に溶け込むことは難しいのです。 私はそのことで本当に苦労しています。 結果、日本で生きていくことは諦め…

  • 他人が怖くて大学受験をしないと言った息子。

    このブログは、息子が小学4年生の時から見続けています。 ヒロさんの記事には、いつもハラハラさせられました。 でも、彼があちらこちらとぶつかりながらも、日々失敗から学んで成長しいく姿を我が子の姿と重ね合わせて応援していました。 ゆっくりで良い。 確実に成長して、社会のルールを学び、皆さんから受け入れてもらえる我が子になってほしいと願っている母です。 小学校4年生の時、息子が「クラスのみんなが怖いから、学校に行きたくない。」と言い出したのです。 担任に相談し、思春期外来にも何度も足を運びました。 不登校の親の会にも顔を出しました。 担任がとても優しく息子を指導してくださり、それ以降、問題らしい問題…

  • 人生を楽しみなさい!!30年間ひきこもったASDな私。

    2018年9月。30年ひきこもっていた時に笑える日が来るとは想像できませんでした 支援スタッフの人が、私に言った言葉の中で好きな言葉がいくつかあります。 それをご紹介したいと思います。 その1つが「人生を楽しみなさい。」です。 言われた時には、その言葉の意味がすぐには理解できませんでした。 小学校、中学校と不安が強くなって学校を休んだことはあります。 でも不登校ではありませんでした。 高校になったら、不良グループに目をつけられて、金銭を要求されたりもしました。 だけれど、高校を卒業しました。 でも、いつも自分はダメな人間だと思っていました。 本当は知的障害のレベルなんだと思っていました。 検査…

  • 社会復帰したら講演会で話したい。30年間ひきこもった ASDな男

    この見慣れた景色もまもなく見納めです。ありがとう日本。 私、社会に復帰できたら、講演会や研修会で私の体験談を語りたいと思っています。 私がやってきたことが、同じように長期ひきこもっている人たちの役に立つと思えるようになったんです。 これ、本当に嬉しいんです。 涙が出るほど嬉しい。 30年間ひきこもっていたことが、全く無駄なことではないと思えるからです。 今までどんなに考えても、30年間の空白は全く無駄な時間だと思っていました。 でも、私の30年間の空白とそこから再起に向けての頑張りが、同じ状況で苦しんでいる人たちのお役に立てるんですよね。 青木さんが「30年間まるまるひきこもった人の支援はあな…

  • 私たちが寄り添って支援をします。

    青年生活教育センターは、日本とフィリピンで支援活動をしています。 発達障害の2次障害で不登校・社会的ひきこもり・家庭内暴力に悩んでいる人たちに 1、環境を変える。 2、楽しいという体験をしてもらう。 3、他者の役にたつ体験をしてもらう。 この3つを軸に、1人1人にあった支援を一緒に考えて、社会に戻れるお手伝いをしています。 まずは短期期間フィリピンに滞在してもらい、ボランティア活動ややってみたいことをスタッフと一緒にやっていきます。 心を閉ざしている青年もお試し旅行(2週間から1ヶ月)で様々な活動をして感動する体験を通して、心を開いてきます。 こんな笑顔になれればと願って支援しています 日本で…

  • 1人では生きていけないASDな僕。東大卒30年ひきこもったASDな僕

    このゲストハウスは諦めました。でも違う場所で再開します。 私は、1月7日金曜日に私のゲストハウスがあるシャルガオ島からセブ市に移りました。 シャルガオ島の空港は依然として閉鎖されています。 シャルガオ島全域で停電が続いているのです。 これ以上現地シャルガオ島に滞在することが難しくなり、一旦セブ市に移動することにしました。 しかし、セブ市もインターネットの状況が不安定ですし、1日に何度も停電する状況です。 それでも、シャルガオ島よりはまだましです。 私は1週間ほどセブに滞在して、ブログや中断しているYouTubeを再開します。 そして大工のスタッフと一緒にシャルガオ島に戻ります。 この団体の家を…

  • 他人からの承認が私を強くする。30年間ひきこもったASDな男

    ブログの読者の方から、私に訪問の依頼が来ました。 ありがたく思っています。 でも、私はまだ訪問できるまでには回復していません。 一応、青木さんから、「あなたは訪問ができると思いますか?」と聞かれましたので、「まだ無理だと思います。やってみたい気持ちはありますが、訪問はとても大切な働きですので、私には無理です。」と答えました。 私は思い出すんです。 最初に青木さんが自宅に来てくれた時のことを。 訪問者の青木さんに対して強いストレスを感じた私です。 私の無愛想さをその場でうまく受け止めて収めてくれた青木先生です。 今になって、これは場数を踏まなきゃできない支援だと思いますよ。 それと私に対して、期…

  • フィリピンセブ市での支援再開時期について 

    年明けからすでにご相談を頂いています。 昨年の今頃と違って、子どもたちが動き出す為の準備をご両親がし始めていることを感じます。 発達障害の2次障害から不登校、ひきこもり、家庭内暴力になっている当事者を日本からフィリピンのセブ市に移動してもらい、そこで人の目を気にすることなく様々な回復プログラムを行なっています。 ひきこもる理由は、人の視線が気になるからです。 他人を怖いと感じているのです。 学校で周りとうまくいかなかった自分は、周りから責められるとも感じているのです。 ですから、思い切って住む環境を変えることをお勧めしています。 日本から離れれば、人の目を気にする必要がないのです。 20年、3…

  • ひなママさんありがとうございました。30年ひきこもった東大卒ASDな男

    あのう、シャツ裏側を着ているんです。そうとも知らずに笑っている呑気な僕です ひなママさんがブログをお休みすると言うタイトルが今朝目に入りました。 ひなママさんのブログです。 ↓ ameblo.jp 今、私はフィリピンのブトゥアン市という場所に昨晩から滞在しています。 午後にはセブ市行きの飛行機に乗ります。 シャルガオ〜ブトゥアン〜セブです。 先日、台風〈ライ〉がシャルガオ島に上陸し、小さな島を破壊しました。 全島のおよそ9割の家が半壊以上の被害に合いました。 上陸後1ヶ月近くになりますが、ライフラインの復旧の目処が立っていません。 私のゲストハウスは半壊状態で、屋根の8割が壊れてしまいました。…

  • 子どもを助けてください。読者からの手紙

    Aさんの頑張りを陰ながら応援しています。 私の子どもは現在40代の男性です。 あなたと同じで、大学1年生で通えなくなりました。 最初の頃は、「人が怖い。」と言うことを時々言っていました。 大学に入り、アルバイトにも挑戦しましたが、失敗ばかりして上司に怒られましたので、行けなくなりました。 それもあなたと同じです。 大学では、友達ができなかったようです。 どちらかというと無口な方で、普段何を考えているのか私たち親も理解ができていないと言うのが正直なところです。 大学から成績表が送られてきて、初めて学校に行っていないことがわかった私たちです。 それから20年近くが経ちます。 毎日を同じリズムで過ご…

  • 30年間のひきこもりから脱出できた理由 30年間ひきこもってしまったASDな男

    社会復帰できたら講演会でお話がしたいです。今から話す準備をしています。 それは、具体的な希望を見たからです。 具体的な希望とは、ヒロさんや東大さんたちの生き様を見られたと言うことです。 彼らが、私の希望となったのです。 あのう・・・「希望を語る人たちは大勢いる。」と東大さんがブログで書いたりとか、講演会で話していたのを見たり、聞いたりしたことがあります。 激しく同意します。 「希望は語るものではない。見せるものだ。」 青木さんが話したことの中で私が1番好きな箇所です。 私は30年間、希望を探し続けていました。 ひきこもった最初は、「そのうちなんとかなるさ。」 「とにかく今は、不安が強いから、現…

  • 母親にこうして欲しかった。30年間ひきこもったASDな男

    あのう・・・義務教育終了した後に、ひきこもっている子どもに対して親が何かしてあげられるかと言うと、多分あんまりないと思いますね。 関われるチャンスは、小学校までですかね。 なぜなら、思春期になりますと、親から自立したいという気持ちが出てくるからです。 これは人によって差があるとは思いますけど。 中学生ですでに大人の雰囲気を醸し出している子もいれば、まだ親と一緒に入浴する事に抵抗を感じない子どももいるそうですから。 すみません。 これ全てスタッフから聞いた話をそのまま書いているだけです。 親が子どもに直接関われるのは、小学校ぐらいまでらしいです。 もちろん、普段から子どもとコミュニケーションが取…

  • ひきこもり・不登校になったきっけと原因 30年間ひきこもったASDな私

    ひきこもったきっかけと原因は違うということです。 これはとても大切なんですよ。 私はスタッフさんから何度も何度もその違いを聞きましたから。 あのう、ひきこもりや不登校の記事をインターネットでよく見るんですよ。 青木さんは、「見ない方が良いよ。」と私に言います。 でも、なんか見てしまうんですよ。 学校とうまくいかなくて不登校になった。 そんな記事をよくよく見かけます。 内容は学校の責任を問うという感じでしょうか? 青木さんは小学校3年の時にいじめられて、入院しました。 ナイフか何かで後頭部を同級生に刺されたんです。 青木さんの親は不安になって、調べたら長いこと同級生からのいじめがあったことがわか…

  • 親はどうすれば良かったのか?30年間ひきこもったASDな男

    読者の人からご質問がありました。 10年間ひきこもっているお子さんをお持ちのお母さんです。 ひきこもっているお子さんにどう接すれば良いのかわからないそうです。 と言われましても、私もなんて答えたら良いのかわかりません。 それで、スタッフの吉村さんに聞きました。 「まず、あなたは自分のことを思い返して、どうしてもらったら嬉しかったのかを考えてみましょう。」と言われたので、考えたことを書きます。 ひきこもった当初は、私に対して「どうするつもりなんだ。働かなあかんぞ。」と親が時々言っていました。 その時は怠けていると思われているんだと感じていました。 私は他人が怖いのです。 他人と関わってうまくいっ…

  • 台風が何もかも持ち去った。東大卒30年ひきこもったASDな僕

    恥ずかしいけれど載せたいと思いました。 「ゴオー」という地の底から鳴り響いてくるような音。 「ドカーン」という音とともに、屋根が剥がれる音がした。 隣の家の屋根が飛んだんだ。 この家の屋根が飛ぶのも時間の問題だ。 時間の経過とともに、吹き荒ぶ風の音は強さを増していく。 僕が不安だったのは、海水が強い風の力で陸まで押し寄せてくること。 水際からわずか300メートルしか離れていない僕の家に海水が浸水してくるのか? しかし、海の地形から考えて、波が干渉しあい、ここまで水がくることはないと考えた。 残る不安は、建築途中の2階部分。 コンクリート作りといいながら、細い鉄筋が数本入れてあるだけのお粗末な作…

  • 結婚相手が見つかりました。30年ひきこもった東大卒ASDな私。

    今年は私にとって、激動の1年でした。 私には2つの大きな出来事がありました。 1つは結婚相手が見つかったということです。 私は東大を卒業後、東大大学院に進学しました。 しかし、同室の研究員とコミニュケーションがうまく取れず、担当箇所を移動させられました。 そのことで、不安が強くなり大学に通うことができなくなったのです。 結局、教授の配慮のもと大学院は終了とさせてもらいました。 しかし、それから30年近くひきこもってしまったのです。 不安がとても強かったのです。 研究室で、叱責を受け続ける日々でした。 自分の何が悪いのか? 自分はどうしたら他の研究員たちとうまくやっていけるのか? 何もわからず、…

  • 不安を訴える子どもに今何をすべきなのか 青木

    昨日、ヒロさんや東大さんのブログでの発信を、数十年後の我が子の姿に重ね合わせて読んでおられる方が多いと書きました。 彼らのような長期ひきこもりや家庭内暴力、ゲーム依存などにならないようにするためにはどうしたら良いのか? 全てのお母さんが望んでいることはそれなのです。 彼らの書く文章には、そのような状況に至るまでの経過が書かれてあったり、またそこから脱出するために何をしたのかが赤裸々に書かれてあります。 私たち支援者にとってもその様な文章を書いてくれることは、本人の気づきにもなり、また文章を読んでくださるお母様方にも大きな励みと具体的な示唆にもなっているのです。 このブログを読んでいてくださる方…

  • 来年度の展望その1  青木

    コロナの状況が落ち着けば、また海外での支援を再開します。 私たちの団体に相談される方たちはほぼ全て、このブログを読んでおられた方達です。 書かれてる記事を読んでお子さんの将来を重ね合わせているのです。 それでも、ヒロさんや東大さんほど状況が良くない人は稀です。 ほとんどの方たちは、支援を受ければ数年で状況は改善するだろうし、中には少し様子を見ていれば、自分で動き出せる様に感じる子どもたちもいます。 まあ多くは10代から20代前半の人たちなのですが。 多くのお母さんが言います。 「私の子どももヒロさんや東大さんの様になってしまうのではないか。」と。 危機意識を持つことは良いことだとは思いますが、…

  • ひきこもって命を落とした人。30年間ひきこもったASDな私

    大野さん頑張ってくださいね。あなたの頑張りを見て私も頑張れました。 書くことがなくなりました。 青木さんを助けたくて、色々と文章を書いてきたけれど、ネタがつきました。 まあこんな私でも何かお聞きになりたいことがあれば、是非教えてください。 まあ思うところを書きます。 「ひきこもっても良いんだ。」という記事があったので、気になり読みました。 まあ、その人がひきこもって良かったと思っているなら、それはそれで良いんじゃないかと思いますね。 色々な考えがあって良いんです。 ただ、私はひきこもりたくはなかった。 30年間、全く意味がない時間でしたから。 どこかにひきこもることに価値を見出せないかと考えて…

  • 50代ASDな私が経済的自立に挑む!! 30年間ひきこもったA

    SNSをやっています。色々な経験をすることが必要です 日本での支援を終えた私がこれからやらなければならないこと。 私の目標は社会的自立です。 私が考える私の自立とは以下の3つのことです。 1、経済的な自立 2、将来を共に過ごせるパートナーを探すこと 3、余暇を楽しむこと。 経済的な自立に関しては、就労の練習と実践です。 1つの仕事で大きな金額を稼げない私です。 特別な能力も資格も経験もありませんから。 しかも、練習を重ねたとはいえ、そして環境を変えての再スタートだとはいえ、何もかも初めてのことなのです。 そんな私でもできる仕事といえば、小さな仕事しかありません。 それは個人事業主のようなもので…

  • 台風でゲストハウスが半壊しても諦めない!!大野隆

    天井の8割が崩壊しました。空が見えます。 大野隆(おおのたかし)と言います。 61歳です。 私は東大大学院を終了後、30年近くひきこもってしまいました。 53歳で支援団体に繋がりました。 30年もひきこもっていますと日本で社会復帰することはとても難しく、環境を大きく変える必要がありました。 それでこの団体が活動しているフィリピンに移動し、支援を受けました。 私の場合は、支援1年半後に家庭教師の仕事を得て、社会的自立を果たしました。 しかし、それはあくまでも安全地帯に留まっての社会復帰だったのです。 残りの人生を考えたときに、結婚をして家庭を持つ夢を描きました。 その為には収入を大きく増やさなけ…

  • だからフィリピンで青年の支援をしているのです。青木

    Marry Christmas to you!! アメリカやシンガポール、香港でさえ、道行く人たちがクリスマスには挨拶をしてくれます。 香港はそんなに多くはないですが、中心街ではそれなりに挨拶をしてくれます。 それも昔のことです。 今はどうなっているのでしょうか? それでも通り過ぎる人たちから、こんな挨拶をかけられて嫌な気持ちにはなりません。 というより、幸せを感じてしまう単純な私です。 「世界で1番熱狂的にクリスマスをお祝いするのはフィリピンだと思う。」と旅行好きのアメリカ人の友達が私にそう教えてくれました。 確かに、私が訪れた他の地域と比べてもその違いを感じます。 とにかく、町中の人が誰彼…

  • セブ市が復旧し始めてきた。青木

    屋根が少し剥がれました。井戸水の浄化装置が壊れました。 たくさんの人たちから安否を気遣うメールや電話をいただきました。 また電気がないことで薬局が閉まったり、病院でも薬が買えないことを心配してくださり、日本から送ることはできないかと調べてくださった方もみえました。 皆さん、本当にありがとうございます。 私たちの支援活動の拠点であるセブ市では、電気や水が復旧し始めました。 薬局も食堂も再開し始めています。 食料品も出回り始めました。 私たちが住む地域は、他の地域に比べて外国人が多く住んでいたり、富裕層が住んでいる地域です。 やはり住む場所と住むべき部屋に関しては、安全と安心を買ったほうが良いと改…

  • こんな方法でコミニュケーショの練習をした。30年間もひきこもってしまった男A

    それでも日本人は苦手な私です。未だに怖さを感じます。 スタッフは3つのグループに分かれていました。 各グループには2人の女性スタッフがいました。 1番目のグループは優しいスタッフが担当でした。 1人は理想の母親みたいな女性でした。 もう1人は年齢は若いのですが、私の姉のような立ち振る舞いをしてくれました。 しかも日本語を少し話せるスタッフ達でした。 ですから、その人たちには、ぐちを言ったり、弱音を吐いたりしていました。 どんなに情けないことを話しても、ちゃんと最後まで私の話を聞いてくれたのです。 そのうちに私も落ち着いてきます。 こんなにだめな自分を曝け出しても馬鹿にしたり突き放したりしない人…

  • 練習で人と会話ができるようになった。30年間もひきこもってしまったASDな男A

    右はスタッフの丸山さんです。20年近く働いていますが現在脳梗塞で入院中です。心配です 30年間ひきこもった私にとって、社会復帰するに当たってのもっとも大きな問題は、他者とのコミニュケーションをどうするかでした。 30年間、誰とも話をしていないのです。 家族と同居はしていました。 しかし、家族もまたひきこもりのようなものでした。 家庭内での会話は「ご飯できた。」「風呂」 それに対しての私の返事は「おお」の言葉だけです。 家族が悪いわけじゃないです。 そんな家庭はうちだけではなく、他にもあると青木さんは言っていました。 ですから、30年間他者との会話は何もしてこなかったのと同じです。 で、もともと…

  • 人と関わりたいんですよ。ASDで30年間もひきこもった男 A

    寒くなってきましたね。皆さん、お体にはお気をつけください!! 私はまだ社会復帰はしていないと思っています。 何をもって社会復帰なのかということもありますが、支援を受けている本人がまだ社会復帰できていないと思うならば、そうなのだと思いませんか。 本人がどう感じているのかが大切だと思うんですよね。 じゃあ、私が社会復帰できたと感じられる条件は何かと言いますと、やはり経済的な自立、残りの人生をともに歩んでくれるパートーナーの獲得、そして人生を楽しむことができること。 それらができた時に、私自身が初めて社会復帰できたと感じるのだと思うのです。 今あげた3つの目標は日本ではなく、フィリピンで達成します。…

  • セブ市の状況 水や食品を求めて長蛇の列。青木

    7時間並んでもお金が下ろせませんでした。皆さん、友達の分まで下ろしているんです 発達障害と関係ない投稿が続きます。 もうしばらくお付き合いください。 台風後、日に日にセブ市の状況が悪くなってきています。 道には、空になった水を入れる容器を抱えて水を求める人たちで溢れかえっています。 コンビニにはすでに売る商品がなく、多くが閉店している状況です。 スーパーマーケットに入るだけで2時間近く並ばなければなりません。 ここでも水や生鮮食品は販売していません。 私たちの住むマンションの地下には、水を作り販売する店があります。 そのことを聞きつけて、多くの人が水を求めにやってきています。 しかし、マンショ…

  • フィリピンセブ市の被害が大きい。青木

    シャルガオ島の建物の多くは木造ですので全壊してしまいました。 16日木曜日にフィリピン中部を襲った台風の被害状況がとても大きいことが、わかってきました。 私たちが住むセブ市で言いますと、電気と水がすでに2日間止まっています。 支援する青年たちが住むマンションには発電機がありますので、時間制限ですが電気は使えています。 しかし、スタッフが住む一軒家には発電機がありませんので、2日間、水と電気が使えていません。 急遽、ホテルに移動と考えましたが、市内のホテルはすでに満室になっていました。 本日、日曜日から空港と港が使えるようになりましたが、市内ではガソリンがなくて、数少ないタクシーの奪い合いの状況…

  • ASDで社会生活が送れなかった私です。30年間ひきこもったASDなA

    鍵を使ってドアを開ける練習です。少し鍵穴が壊れているんです。 何もできなかった私です。 それがわかったのは、団体で支援を受けてからです。 こんなに、何もできないのか!! 自分は何をやってもうまくできない人間だとはわかっていました。 小学校での図工の時間からそうでしたね。 しかし、できないことを1つ1つ取り上げていく作業をしていくうちに、あまりのダメさ加減に、自分に腹が立ったんです。 やっぱり、こんな人間は死ぬしかないな。 私は、生きていく価値なんてないんだ。 今後、社会から必要とされることもないだろう。 (30年間ひきこもっていてもまだ心の何処かに、まだなんとかなるんじゃないかという淡い期待を…

  • 台風通過と安全と快適性 IN セブ 青木

    フィリピンの多くの構造物は日本と比べて強度が弱いと感じています。写真からのイメージと実際体感した台風の強さは違うかな。 私たちが住むフィリピンを16日夜に台風が通過しました。 フィリピンに14年住んでいますが、最も風が強く感じた台風でした。 私たち支援スタッフや支援している青年たちが住むのは、日本でいうマンションです。 ですから、現在停電と断水中ですが、発電機と常備水タンクを稼働していますので何も問題はありません。 まあ電気と水が復旧するのに数日はかかりますので、それまでは持たないと思いますが。 時々ご両親からフィリピンは物価が安いから、1万円程度で子どもが住む部屋を探して欲しいとの依頼があり…

  • この1年6ヶ月の支援を振り返る。30年ひきこもり後自立を目指すASDなA

    初めてありがとうと言われた。素直に嬉しかった。涙が出そうになった。 私はAと言います。 初めての人よろしくお願いします。 50代の男です。 私のことを少し話します。 大学の1年の夏過ぎぐらいから大学に行けなくなりました。 理由は人が怖かったからです。 周りの人と話をしてもうまく話が噛み合わないことが多かったです。 自分では噛み合わないってわからなかったけれど、周りの人から「お前なんかおかしい。」とよく言われていました。 自分でも明るく振る舞ったり、戯けたりしてみたけれど、何をやってもうまくいかなかった。 それで、だんだん家から出ることがめんどくさくなって、とうとうひきこもりになってしまったんで…

  • 退院しました。入院中に考えていたこと。青木

    手術後の姿です。今は退院して自宅療養中です。 私の今の状況をお話しします。 心筋梗塞の手術は初期症状でしたので、4時間程度で終わりました。 次の日には退院ということになり、現在自宅療養中です。 まだ胸に違和感があり、少し動いただけで疲れてしまいます。 医師からは2週間は安静にしていなさいと言われていますが、ついつい支援が気になり動いてしまう私です。 2週間ほど休みましたら徐々に支援に復帰します。 色々な方からお見舞いや励ましのメールを頂いておりました。 この場をお借りして皆様にお礼申し上げます。 今回は緊急でしたので、フィリピンで手術を受ける選択しかありませんでした。 しかし、言えることは、フ…

  • スタッフの青木が心筋梗塞の手術をしました。事務局

    手術室に運ばれる青木スタッフ11日土曜日 〈一般社団法人青年生活教育支援センター〉のスタッフである青木が、金曜日に心筋梗塞の発作に襲われ、そのまま緊急病棟に入院となりました。 すぐに手術が必要との診断で土曜日の朝に手術をおこないました。 現在、体調は安定しています。 日曜日に退院予定です。 発作が起きて30分以内にERに運ばれたことが幸いでした。 しばらく安静にして、また支援に戻りたいとの本人の希望です。 大変だった東大さんの支援が終わりました。 彼は今の自分が幸せだと言っています。 これからの支援予定の人たちは、そこまで大変な人たちではありません。 もちろん青木自身が自分の健康を今で以上に注…

  • 支援してくれてありがとう。青木

    東大さんに「幸せですか?」と聞いた。 いつもなら、答えを得るのに5秒くらいかかるけれど、「幸せです。」とすぐに答えた。 納得がいかないのでもう一度聞いた。 「何が幸せなんですか?」 「今の状況全てが幸せです。」と。 2度目の質問の答えは3秒くらいかかった。 「コミニュケーションがもっと取れたら、もっと多くの幸せが得られるのに。」と僕は言ってしまった。 「・・・」 彼は何も答えない。 「以前は幸せでなかったけれど、今は幸せなのですか?」 「はい、以前は幸せではなかったです。」 「幸せを初めて感じたのはいつ?」 「今年に入って、デートをしたじゃないですか?」 「あれで幸せを感じたの?」 「60にな…

  • この講座が是非聞きたい!!青木

    この講座のことを火曜日に知りました。 とても興味を持ったので、月曜日が締め切りだったのですが、「なんとか参加できないでしょうか」と事務局にお願いのメールを出しました。 一年を通して、色々な講座を聞きますが、今回の講座は、今私が知りたいと思っていることの答えが聞けそうなのです。 重度ASD者の生活上の問題を知り、支援方法について考えることは、重度ASD者への支援はもちろん、自閉症状が軽度ゆえに問題の原因を見過ごされやすい軽度ASD者への支援にも有効な示唆を与えてくれると考えています。 (案内文より抜粋) 重度というのは知的障害の状態の人たちのことを指しているのかと思いました。 でも違うのです。 …

  • 心筋梗塞になりました。青木

    12月2日、朝ベッドから起き上がったら、胸に違和感を感じました。 何かに押されているような感じです。 すぐに病院に行き検査をしてもらいました。 結果は心筋梗塞の疑いがあるとのことでした。 バイパス手術をするまでもなく、初期の段階ということでした。 しかし、手術費用を聞いて驚きました。 600万円近くかかるとのことです。 それで迷わず、日本での再検査を選択しました。 1月下旬に日本に帰国します。 現在2名の方の支援をフィリピンでおこなっています。 日本では2週間ほどの滞在となります。 それに合わせて、東京での相談会も再開します。 色々とご心配をおかけしました。 励ましのメールもいただきました。 …

  • ひきこもるその理由。青木

    他者との交流が苦手な人たちです。 その苦手さも色々です。 そんな人たちですが、多くは他者と交流したいと願っています。 学校で同級生達と交流がうまくできなかった彼らは、自信を無くし、他者と交流することに不安を感じています。 そのことで、家から出られなくなっているのです。 そんな彼らが他者と交流ができるようになるにはどうすれば良いのでしょうか? 「他者との交流ができた。」 「他者との交流が楽しい。」 そんな経験を積むしかないのです。 ひきこもって数年程度でしたら、日本国内での支援も有効だと考えています。 しかし、10年、20年とひきこもり年数がかさなっていくとさらに他者の視線が気になり、怖さを感じ…

  • 自閉特性が高い僕でも幸せになれる。東大卒30年ひきこもったASD大野

    なにをやってもダメな僕です。 何もできないと言った方が良いでしょうね。 でも、勉強を教えることだけは、どうも才能が少しはあるみたいです。 そんなことを書き続けていましたら、「あまり自分のことを卑下するような書き方はよくないですよ。」と優しいアドバイスをくださった人がいました。 ありがとうございます。 嬉しいです。 でも、僕は本当の自分のことを知って欲しいので、書きます。 「何をやってもダメな僕です。」と。 でもね、みなさん。 何をやってもダメな僕ですが、僕は幸せなんですよ。 何もできないならば、不幸せなはずだとお思いですよね。 ところが幸せなんです。 人の幸せってその人自身が決めることですよね…

  • 変わらなければいけない。青木

    子どもたちを変えてあげてください。 子どもが小学校に行けなくなった。 数日ならまだしも、1ヶ月も学校を休んでいると、この先学校には行けなくなってしまうのではと親御さんの不安は増します。 私は小学校3年の時から不登校でした。 登校と不登校を繰り返していました。 不登校の理由は学校が怖かったからです。 勉強も運動も集団行動もできなかった私は、みんなから避けられるようになっていました。 そして、同級生が私の後頭部にナイフを突き刺したことで、私は数日入院となりました。 不安になった両親が、小学校4年生になるのに合わせて違う街に引っ越しをし転校しました。 しかし、転校先でもひどいいじめを受けて、入院とな…

  • お母さんにお願いしたい3つのこと。青木

    30年近く支援の現場にいる私です。 1000人近くの人たちの支援をしてきました。 そこから教えられたことを皆様と分かち合いたいと思っています。 ひきこもりや不登校のお子さんを持つお母様にお願いしたい3つのこと。 I、大変な状況にある子どもたちでも、回復への希望があるということ。 大変な状態の中から、社会復帰を果たした青年達が、過去のブログで回復への過程を書いてくれています。 ぜひ、目を通してみてください。 2、回復には時間がかかるので待つことが大切。 不登校やひきこもりになり始めた程度でしたら、学校や社会への復帰にはそんなに時間はかからないと思います。 しかし、ひきこもって10年、20年、まし…

  • 色々な支援 青木

    助けてと他者に伝えることはとても大切なことなのです。 助けてと叫ぶことができない人たちがいます。 どう考えても、誰かの助けを必要としているのに、助けを求めない人たち。 「なぜ、助けを求めないの?」と質問しても答えは返ってきません。 自閉特性が高い人たちは、助けを求めることをしない人たちが多い気がします。 そのことで、当然得られる権利を遺失してしまったりして不利になることが多く見受けられます。 自閉特性が高い人たちには、彼らの困難さを理解している人たちが、彼らの環境を快適にすることが、支援の中で最も大切なことだと考えます。 当事者の支援をしていくなかで、彼らが1人でもできること。 助けを借りれば…

  • 情報発信は回復への大きな支援なのです。青木

    講演・相談・お礼の手紙をもらう。という繰り返しの中で成長した彼です ヒロさんは大学で〈発達障害〉を勉強したわけではないのです。 ただ当事者で、なんとか幸せになりたいと願って支援を受けていただけなのです。 そんな日々の出来事をヒロさんは脚色なしで書いていたのです。 ヒロさんが書く記事はとても読みにくい文章でした。 それなのに、愛読者が増えて来たのです。 その理由を愛読者であり、支援を依頼されてきたお母様方から聞く機会がありました。 「当事者が何につまづいているのか。 当事者が周りにいる家族にどうして欲しかったのか。 そんなことをヒロさんのブログ記事から学ぶことができるのです。」と。 「支援を受け…

  • 社会に対して発信することの効果。青木

    ヒロさんと私で講演会でお話をしました。15年前くらいです 以前、みんなからヒロさんと呼ばれていた青年を支援していました。 10年以上支援をしてきました。 ADHDとASDとの診断を2箇所の病院で受けていた青年です。 彼は人と繋がりたい気持ちがあるのに、うまくいかなかったのです。 それどころか周りから拒絶されて、ひどいいじめを受けてきました。 ご両親との関係も良くなく、ご両親に対し頻繁に暴力を振るっていました。 IQは75で小学校と中学校の成績は良くなかったです。 17歳で支援を開始しましたが、2桁の足し算引き算ができなかったですね。 「勉強なんか死んでもするものか」とことあるごとに叫んでいまし…

  • 困っていたら助けを求める。青木

    ゲストハウスへのご支援をなにとぞお願いします。 30年、支援の現場にいて思うことです。 30年で1000人近くの困っている人たちの話をお聞きしました。 その上で、支援の現場にいる私が最もお伝えしたいこと。 それは、「助けを求めなさい。」と言うことです。 困っているなら、すぐに助けを呼ぶのです。 自分1人でなんとかするなんてできないことはわかっていますよね。 助けをお願いすることに抵抗がありますか? 1つ良いことをお伝えしましょう。 世の中、結構良い人たちがいるんですよ。 「そこまでしてくれるのか!!」って感動したことは、1度や2度ではありません。 支援をしている私を助けてくれた人たち。 支援し…

  • ひきこもっていた僕には生きがいが必要でした。ASDな東大。

    何をやってもダメな僕です。 勉強を教える以外は、何もできないんですよ。 みなさんが僕と会えばそのダメさ加減がわかりますよ。 何をやってもダメな僕は障害者として生きて行くことはできます。 色々な障害者支援制度で自分が使えるものを活用すれば良いのです。 でも、それで? 生きていける保証があればそれで良いわけではありません。 生きがいが必要なのです。 僕には生きがいが必要でした。 僕の生きがい。 それは、愛する女性。 その女性との間に生まれた子ども。 そして社会貢献。 僕が30年ひきこもっていた理由は、生きがいが何も見つからなかったからです。 小、中、高と自分は集団の中に入っていくことが苦手なことは…

  • 〈生きづらさを抱えた青年たちの再起の場〉にご支援を!!青木

    ゲストハウス前に立つ大野隆(東大さん) 30年ひきこもっていた東大さんは、支援を受けて社会復帰ができています。 しかし、それは私たちの団体内にとどまってのことなのです。 何か問題が起きれば、私たちスタッフが対処していました。 東大さんが私たちの団体とつながって7年がたちました。 ひきこもっていた7年前と比べて、随分と変化した東大さんです。 そんな彼のこの先の自立を考え、3年前から東大さんと将来のことを話し合ってきました。 しかし、彼はその話題にはあまり関心を示さなかったのです。 今思い返しますと、やはり1人で暮らしていくことは不安で仕方がなかったのでしょう。 もちろん私たちは、そんな東大さんだ…

  • こんな僕でもあなたのお役に立ちたい。30年ひきこもった東大卒ASDな僕

    フィリピンの小さな島で生きていきます。 僕は自分のできないこと、周りの人と比べて大きく違うことをこのブログで書いています。 このブログの僕の文章を読まれた方から、ご質問やお問い合わせがありました。 「私の息子は、◯◯大学を優秀な成績で卒業しましたが、就職の面接でうまくいかずに自信をなくし、今年でひきこもって10年目です。アルバイトにも挑戦しましたが、人の目が気になるのか、隣町でしか探しません。外出も滅多にしなくて、出るとしたら深夜にコンビニにお菓子を買いに行く程度です。こんな息子に東大さんのブログの記事をコピーして渡しました。そしたら、『俺はこいつほど悪くないからな。』と大変な怒りようでした。…

  • これがダメな僕の一部です。30年もひきこもった東大卒でASDな僕

    修繕前のゲストハウスにて 実際にあった出来事を書いていきます。 3人目の女性とのデートでのこと。 彼女がコロナの影響で仕事を無くして、とても落ち込んでいることを電話で知りました。 「そんな彼女を励ましたらどうですか?」と青木からアドバイスを受けたので、彼女を食事に誘いました。 1週間ぶりに見た彼女は顔中にニキビが出ていました。 「ストレスでこうなってしまったのよ。」と話した彼女に「何をストレスに感じているの?」と聞いてしまいました。 「はっ?」と彼女は驚いた顔で僕の顔を覗き込みました。 4人目の彼女は、ご両親が離婚され家を出て行ってしまいました。 その後、彼女はおばあさんに育てられたのです。 …

  • 東大卒30年ひきこもったASDな僕の幸せ。東大

    決して、不幸自慢をしているわけではないのです。 どうか、勘違いをしないでください。 こんな悪い状態の僕でも、幸せになれるということを当事者並びにご両親に知って欲しいのです。 ですから、まずはどれほど僕の状況が良くないのかをお知らせする必要があるのです。 この4年近く相談会に出て、親御さんの話をお聞きしました。 その多くは、このブログのヒロさんの記事を読んで、「ヒロさんよりは私の子どもの状態は良いので、きっと今より良くなると思いました。」ということでした。 今なら、「東大さんよりは、私の子どもは・・・」と思ってくださると思うのです。 30年支援に携わっている青木によれば、「私ほど自閉特性が高い人…

  • 何をやってもダメなASDな僕 東大卒後30年ひきこもりました。

    何をやってもダメなんです。 他人から指摘されてばかりの僕です。 勉強を教えることはできますよ。 ひきこもりや発達障害の勉強会や団体としての会合があればその場で話せますよ。 「そのことになると、顔つきも、話し方も何もかも変わりますね。」と支援してくれているスタッフから言われます。 それ以外はダメなんです。 7年前にこの団体の支援につながりました。 当初は家庭教師として働いて、社会復帰をするという目標でした。 1年近くの支援で社会復帰はできました。 30年のひきこもりから回復したのです。 それは本当に嬉しかったです。 しかし、今から考えたら、それは安全な環境の中での自立でした。 そして言われたこと…

  • 当事者の困っていることを知る。青木

    支援の目的は、その人が生きやすくなることです。 何に困っているのか? 何が苦手なことなのか? 支援者がそれらを把握しない限り、効果的な支援はできません。 しかし、当事者たちがそのことを把握していないケースが多いので困ってしまいます。 私たちがそのことを見つけ出して、当事者に確認する必要があるのです。 その為に必要なことは、当事者と支援スタッフが多くの時間を共有することです。 支援を始めた当初は、宿泊ではなく通所でした。 宿泊になると深夜の時間帯まで支援が必要になることが多いので、スタッフを待機させなければなりません。 そうしますと支援費が高くなります。 色々と悩みましたが、回復にはお金が必要だ…

  • ASDな東大さんがゴールした?30年間もひきこもってしまったASDなA

    私はASDと診断されました。 東大さんもASDと診断されています。 でも、私と東大さんは違うのです。 こんな言い方は悪いですが、東大さんは私よりも良くないです。 毎週、東大さんと青木さんと私とで、東大さんの1週間の報告を聞きます。 ほとんどが東大さんの失敗談です。 まあ、その失敗談を自分の糧にするために報告を聞いているのです。 それにしても、「どうしてそんな発言をするのか?なんでそんな態度をとるのか?」 「なぜ、考えて行動しないのか」と東大さんに関して疑問だらけです。 支援を受けたくなくて、わざとそんな行動をしているに違いないと思っていた時もありました。 私は東大さんの報告を聞いて、いつも青木…

  • おかしなADHDな青木さん。ASDで30年間ひきこもったA

    なにを言いたいのかよくわからなくなりました。 青木さんは支援のことしかしていないので、変なんです。 私はひきこもりから回復して、人生を楽しむことができるようになりました。 フィリピンにいる時には、ゴルフや釣り、ダンスなんかにも挑戦しました。 日本では、スタッフの人と一緒にテニスクラブにも通っていたんですよ。 「生きていて良かった。人生は楽しむためにあるんだ。」 そう思えるまでになりました。 でもね、青木さんは1年365日、支援のことしか考えていない人なんです。 かわいそうというか。 いつも支援している人たちのことを考えなければならない。 支援している人たちの両親のことも考えなければならない。 …

  • 2人の発達障害ASDとADHD 支援を受けている53歳のASD

    日本滞在も数えるばかりとなりました。 そう思いたい私です。 身辺整理を兼ねて支援を受けてきた今までの中で、教えられたことを皆さんにお伝えしたいと思います。 最初に書くことは、2人の発達障害です。 ASDな東大さんとADHDな青木さんです。 この2人、私が思うには両極端なんですね。 それぞれの特性が振り切れているといいますか。 あり得ない2人です。 まずは青木さんです。 この人は人間じゃないと思っています。 人生の全てを支援に注いでいる人です。 何から書けば良いのかよくわからないので、はちゃめちゃな文章になるかもしれません。 ごめんなさい。 クリスマスから年末年始にかけて、フィリピン人スタッフ全…

  • 等身大の幸せ A回復日記20211105

    私、30年間ひきこもっていました。 家族以外の誰とも話をしなかった30年間です。 家族でさえ「夕飯だよ。」「おお。」「風呂沸いたよ。」「おお。」 会話と言えるのかどうか? そんな私です。 アルバイトすらしたことがありません。 新聞も読まないし、携帯も持ったことがありませんでした。 いつもやっていたことはテレビゲームです。 高校の時に買ったのを壊れるまでやっていました。 1つのソフトが壊れて、また壊れて、最後にはゲーム機の電源が入らなくなりました。 それからは一日中ぼーっとしていました。 支援につながりました。 それからは苦労の連続でした。 なんとかして同級生たちに追いつきたいと思いました。 そ…

  • 不登校・社会的ひきこもりには理由がある。青木

    私は小学校3年の時に同級生からいじめられました。 後頭部をトライバーで何度も切りつけられて、数日入院しました。 それからは怖くて学校に行けなくなりました。 不安になった両親が違う街に引っ越してくれました。 新しい小学校で4年生になりました。 しかし、すぐにいじめられました。 いじめはエスカレートしていきました。 私はひどいアレルギーを持っていました。 マヨネーズなどの卵系の匂いをかいでも嘔吐したり、皮膚の色が赤茶色くなってしまうのです。 マヨネーズを摂取したら意識を失うこともあります。 同級生がそれを面白がって、私を押さえつけ口の中に給食で集めたマヨネーズを入れたのです。 意識を失い救急車で緊…

  • ご報告と特別なお願い。青木

    ひきこもりの人たちへのゲストハウス修繕のご支援をお願いします フィリピン政府が、来年の1月にアラートレベル1に戻すと発表しました。 これは日常生活に戻すという意味です。 また入国管理局からも、いつでも外国人観光客を受け入れる準備ができているとの発表がありました。 確かにフィリピンの感染者数は大きく減ってきています。 ワクチン接種も確実に増えてきています。 それらの発表を元に、フィリピンでの支援再開を早めます。 あくまでも予定ですが、1月からの再開に向けて準備をしています。 フィリピンでの支援をお考えのみなさまにお願いしたいことは、1月に支援をご希望の皆さまは、その旨、私たちの事務所にご連絡をお…

  • 30年ひきこもったASDでも幸せになる!! 青木

    東大さんが決断をして、新しい土地に降り立った。 小さな島だが、サーフィンの場として世界的に注目を浴びている場所です。 私が、初めてこの島を訪れたのは14年前です。 その時はセブ島から週に2便のフライトしかありませんでした。 そして雨風がフライトとかちあうと欠航ということがよくありました。 ですからサーフィン目的の人たちしか、島を訪れませんでした。 そんな島が大きく変わったのは、政府がこの地をフィリピンの最重要観光地として決めてからです。 それが5年ほど前です。 毎日、3便がセブ、マニラ、ダバオ(2便)から出るようになりました。 航空会社も最大で4社が参入。 その結果、フィリピン各地から毎日50…

  • 今思うこと。30年間ひきこもったASDなA

    私はASDと診断されましたが、「それが何か?」と言う感じでした。 発達障害には関心がなかったですね。 もちろん私が他人とうまくいかなかった理由は、ASDの特性からくるものだということは、スタッフの人たちに教えてもらいました。 スタッフの人が私に言ったことは、「変えられることと、変えられないことがある。変えられることをどんどん変えていきましょう。その中であなたのストロングポイントを見つけて、それを徹底的に伸ばすんです。変えられないことは、工夫をして少しでもあなたが楽になるようにしましょう。」です。 言われた時には、よくわかりませんでした。 理解するのに随分と時間がかかりましたね。 少しづつ、「あ…

  • 30年間ひきこもったASDな私 支援終了!!A回復日記20211101

    と言いましても、日本での支援が終了したわけです。 これからフイリピンに移動して、そこで1年間の支援を受けます。 フィリピンでの支援の目的は、〈自立〉です。 I、経済的に自立すること。 2、今までしてこなかった色々なことを体験すること。 3、結婚相手を見つけること。 すでに青木さんは準備をして私をフィリピンで待っていてくれます。 青木さんとは、週に数回インターネットで話し合っています。 フィリピンでうまくやっていく自信を感じたり、やっぱり失敗して自信をなくして、日本に帰りたいとなるのかなと色々と感情が入り混じります。 でも、私のありのままを受け止めていてくれる人たちが支援をしてくれるのです。 信…

  • みんなと同じにできない悲しさ。青木

    僕は幼稚園の時から、登校しぶりだった。 今、考えたら、みんなと同じことをすることがとても苦手だった。 お遊戯だってみんなはできるのに僕はできなかった。 できないと、先生から叱られる。 キリスト教主義の幼稚園だったから、降誕劇が毎年行われていた。 僕は背が高くて、大きな声をあげたりする子どもだったので、目立っていた。 それで確か東方の3博士の役をもらった。 劇はとても緩やかに進むので、それに合わせるのがとても辛かった。 「博士はそんなに早く歩かない。」と何度も注意されたが、その指示に従えなかった。 僕はじっとしていることがとても苦手な子どもだったから。 それで、博士から木の役に変わった。 木の役…

  • Aさんの支援終了です。青木

    Aさんが落ち着いてきました。 そして、普通になってきました。 苦虫を潰したような表情。 からに閉じこもっている様で周囲を拒絶していました。 そんな彼が変わったのです。 スタッフとの外食でも、よく笑っています。 英語、ビサヤ語は毎日6時間の勉強を2年間重ねてきましたので、現地で日常会話を話すことができるまでになっています。 会話の練習等も問題なくできています。 唯一の問題点、背中が曲がっていることはどうすることもできません。 しかし、そのことをカバーするくらい、活動的に過ごすことができる様になっています。 がんばりました。 そしてその成果は出ているのです。 フィリピンで働く機会を探すこと フィリ…

  • 実に面白い。ASD A回復日記20211025

    毎週大野さんと青木さんと吉村さんと私とで、ズームを使って話し合いをしています。 大野さんの活動報告を聞くことがメインです。 大野さんはすでに婚活も終了して、今は結婚を前提にお付き合いしている女性がいます。 とても可愛らしい女性なので、少し嫉妬しています。 年は30以上も離れています。 日本ではあり得ない話です。 しかし、海外ですと別に珍しくない話です。 日本が少し変わっているのかもしれません。 毎日話しているそうです。 そして毎月彼女と会っているそうです。 彼女に会いにいくのに飛行機で1時間かかって、そして車に乗り換えて2時間かかる場所です。 大変なところに住んでいます。 でも、愛があるので何…

  • ASDで人生を棒に振ってしまった僕の困難さ。東大卒30年ひきこもりASDな大野

    僕はASDと診断された。 でもそれが僕の人生にどう影響するのかは、診断された時にはわからなかった。 ASDが僕の人生に大きな影響を及ぼしていたとわかったのはつい最近のことです。 7年前にこの団体の支援を受けたにも関わらず、ことの重大さに気づいたのは、数年前なのです。 東大に入学して優秀な成績をおさめて進んだ大学院の研究室。 当時、時代の最先端の研究に取り組んでいた研究室に所属できた喜び。 それなのに、そこから追い出されたようになってしまった。 でもその当時は気づいていなかった? みんさんには、理解できないでしょうね。 はい、私にもその当時の私が理解できないのですから。 私の周りの人たちの私への…

  • 新しい出会い 東大卒30年ひきこもってしまったASD大野

    新しい出会いがありました。 青木が紹介してくれたのです。 私が住んでいるセブ市から飛行機に乗って会いに行きました。 そして話が進み、ご両親にも挨拶に行きました。 支援してくれているスタッフたちが、相手の状況を丁寧に調べてくれています。 わたしはというと、時間をかけて自分のことを理解してもらうべく、努力をしています。 しかし、発達障害といっても身近に関係する方がいない場合、そう簡単には理解されません。 時間が必要なのです。 ですから、あらゆる場面で私を見てもらおうと思っています。 そうしますと、発達障害とはこういうことなのかと少しは理解が進むと思うのです。 すでに彼女には私のウィークポイントを色…

  • Goodbye Yesterday 東大卒後30年もひきこもってしまったASD大野

    30年もひきこもってしまいました。 何度も何度も自分に問いかけてきたこと。 「どうしてこうなってしまったのか」と。 ひきこもっていた時はそんなことしかできなかった私です。 支援につながって私はひきこもりから回復することができました。 社会に戻ることができたのです。 私の生活の全ては母親が作り上げてくれていました。 その母も私がフィリピンで、もう一度人生をやり直す決心をした後、天に帰っていきました。 支援につながってから、自分で自分の生活を作り上げていくことを学んでいきました。 「自分の時間を楽しんだっていいんだよ。」って。 30年ひきこもってしまった私には、人生を楽しむという自由なんかないと思…

  • 過去に生きていたASDな私。東大卒後30年ひきこもったASDな大野。

    成功するまで諦めたくない。飛行機に乗って行ってきます!! 私は東大を卒業後、大学院に進みました。 大学院の研究室で、周りの人たちとの人間関係がうまくいかなくなりました。 周りの人たちは、私の問題点を色々と指摘してくれるのですが、私には彼らの言っていることがよく理解できませんでした。 ですから、どんなに周りから指摘されても、私は変わらなかったのです。 私自身が変えようと色々と努力をしていれば、周りの人たちの私を見る目もそれほど厳しくはなかったでしょう。 でも相変わらず同じミスをし続けている私に周りの研究員は疲れ果ててしまったのです。 そして、とうとう主要な研究部署から外されてしまったのです。 「…

  • ASDって・・・。青木

    支援している日本人の青年Aさんがフィリピンの大学に進みました。 彼はASDと診断されていて、他者とコミュニケーションを取るのがとても苦手です。 ですから、私たちは同じ大学の同じ学科の学生で彼を支援してくれる人を探しました。 大学側から推薦してもらった女子学生は、勉強もでき、困っている人を支援するボランティア団体にも属しているとても素敵な女性でした。 その女性と青年との相性が良いかどうか2週間ほど様子を見ました。 青年からは、とても優しい女性なのでぜひ彼女に学内での支援をお願いしたいとの依頼を受けました。 彼女は障害児教育も少し学んだことがあるので、発達障害についてもある程度の知識は持ち合わせて…

  • 新しく1歩を踏み出しました。東大卒後30年ひきこもったASDな大野

    常に前を見続けて行きたいです。 自分が自分をがんじがらめにしていることがわかったのです。 誰も私を責めてはいない。 誰も私をバカにしてはいない。 私が私をがんじがらめにしていることがわかったのです。 「長かったな。」というのが正直な感想です。 61歳です。 信じられないです。 そんなに時間がたったことが・・・。 「結婚を前提にしてお付き合いをしましょう。」と言われて、最高に気持ちが上がった私です。 しかし、それも束の間の出来事でした。 彼女とはうまくやっていけないことがわかり、別れました。 しかし、すぐにまた婚活を開始しました。 立ち止まって考えることはもうしないと決めたのです。 動きながら考…

  • 実感を伴った体験を共有すること。青木

    言葉を介したコミュニケーションが苦手な人たち。 それならシンプルな言葉でのコミュニケーションが取れるようにすれば良いのではないでしょうか? それは実感を伴った体験の共有です。 例えば、バイクで一緒にツーリングをする。 頬に当たる風を感じる。 カーブを曲がったら目の前に海の景色が現れた。 バイクの後ろに彼女を乗せて走れば、お互いの温もりを感じる。 シンプルな言葉でもコミュニケーションは取れるのです。 あらゆる手段を通して、その人の苦手なところをカバーできるように考えていきたい私たちです。 www.youtube.com Song 夏のクラクション Artist 稲垣潤一 Album J.I. ※…

  • 結婚したいと頑張っている61歳大野。青木

    できることはなんでもするんだ!! Aさんと大野と青木と吉村で、毎週ズームを使って話し合いをしています。 Aさん(大学1年で中退後30年近くひきこもった男性。ASDとの診断あり。) 主に大野の1週間の婚活報告会のようなものです。 報告と言ってもその多くは大野の失敗談をAさんとシュアしているのです。 しかし、このことがAさんの成長には大きな効果を生み出しています。 大野がデートをした時の動画も全て録画して、Aさんと見るのです。 動画を見終わった後に、参考になったことや反対にこのようにしてはいけないと思ったことを聞いています。 それがAさんには生きた教材となっているのです。 言葉では伝わらないニュア…

  • ASD大変なんだな!!A回復日記20211018

    あのう、今から書くことは悪口なのかもしれません。 不快だったり、適切でないと判断したらブログに載せなくて良いです。 私はASDと診断されています。 はっきり言ってASDとか発達障害とか関心ないです。 難しいことは考えたくない性格なので。 でも、自分がどうしてひきこもってしまったのか? そういうことは、教えてもらって理解はしています。 (ひきこもりたくてひきこもったんじゃないので、ひきこもっていた時期はとても辛かったです。) 私は、他の大勢の人たちとは違っているということです。 1人として同じ人はいないのですが、その違いが大きいと、みんなの中に入っていけなかったり、みんなから排除されるんですよ。…

  • Age is just a number !!東大卒後30年ひきこもったASDな61歳大野

    楽しい。この一言に尽きます。走行中はヘルメットをかぶっています。 変えられることと変えられないこと。 得意なことと苦手なこと。 本人がそれらが何かを知る必要があります。 その為に、さまざまなプログラムをおこなう必要があります。 知ると言っても周りで支援をしてくれている人たちほど理解はできない当事者たちです。 もちろん当事者が自分の状況を知ったところで、その後自分でなんとかしていけるわけでもないのです。 何が大切なのでしょうか? はい、それは環境調整なのです。 生きやすくするための環境調整を支援者が当事者と一緒に考える必要があります。 はい、私は今この段階です。 支援者と話し合いながら環境調整を…

  • ひきこもらせてはいけないんだ!!東大卒後30年ひきこもってしまったASDな大野

    18日、昨日は僕の61歳の誕生日だった。 最近の僕はというと、やはり焦っているんだ。 車を初めて運転した喜び。 バイクを初めて乗りこなせた時の喜び。 そして、強い後悔。 なんでもっと早くにやらなかったのか。 どれだけ後悔しても時間は戻ってこない。 自分が60歳になるなんて想像すらできなかった。 それが61歳になってまったんだ。 あと10年生きられるかな。 そう思ったら、今のこの時間が突然愛おしく感じられた。 すぎてしまったことは仕方がない。 僕が今できることは、これからの時間をどう過ごすか? すでに僕は今いるここから、新しい場所に移る準備をしている。 新年は新しい場所で過ごすことになると思う。…

  • わからないことは信頼できる人に頼る。A回復日記20211005

    できるだけ外食するようにしています。自立の為の練習です。 30年ひきこもって、50代になってしまったAと言います。 私はこの団体で支援を受けています。 将来の目標は経済的な自立と社会的な自立です。 具体的に言いますと、結婚して家庭を持ち、自分で稼いだ収入で生きていくことです。 付け加えて、自分の時間を自分の好きなことに使うことです。 その目標に向かって毎日、日本とフィリピンスタッフの人たちの支援を受けています。 その中で本当にわかったことは、相談するということの大切さです。 私は毎日SSTと呼ばれている練習をしています。 それは友達とどう接するか? デートの仕方とかです。 社交の練習みたいなも…

  • 不登校の子どもを持つ親御さん是非読んでください。中3で不登校な後藤

    みなさん、こんにちは。 後藤です。 日本は秋らしくなってきた頃でしょうか? 私といえば、フィリピンでの大学生活が始まって1ヶ月が過ぎました。 今、とても楽しいです。 嘘は申しません。 勉強は楽しいですね。 勉強も楽しいですが、それ以上にフィリピンでの学生生活が楽しいです。 今はまだオンラインなのですが、オンラインでも違う生徒達と交流もできるのです。 私の大学には、私ともう1人の日本人がいます。 彼は私たちの仲間です。 彼と私は学科が違いますので、実質私の学科の生徒たちは、私が初めて見る日本人ということで、私に対して興味津々なのですよ。 だから私に対して色々と話しかけてくれます。 この大変な状況…

  • 2022年春フィリピンでの支援お早めにお問い合わせください。

    フィリピンが入国に対して緩和をし始めました。 また、状況も徐々に落ち着いています。 私たちの予測では、早ければ12月に、遅くとも来年の3月頃までには入国解禁がなされると考えています。 私たちはその為の準備に取り掛かりました。 このブログを見ていらっしゃる方にお願いがあります。 フィリピンで支援を受けられたい方は、早めにお知らせください。 20人くらいの方がフィリピンでの支援を受けることを希望されていましたが、その方たちとは1年半近く連絡を取っていません。 フィリピンでの支援を希望される方、または新たに関心を持たれている方も、お早めに下記までお知らせください。 smilehousejapan@g…

  • 変わりたいというその動機。青木

    何を変えられるかがわかったら、そのことに支援を集中します。 日々の練習の中で、少しずつ変わったということを本人が実感できれば、それは自信に変わるのです。 小さな自信でも積み重ねていけば、やがて大きな自信へと変わります。 回復するにはその方法しかありません。 そして時間がかかります。 時間がかかっても、やり続けたいと本人が思えることが大切です。 その為には、変わりたいという強い動機がとても大切なのです。 その動機は色々あります。 ゲームソフトが買いたい。 その為には働くしかない。 働くために、みんなと一緒にいられる練習をしたい。 そんなことを言ってくれた少年がいました。 鉄道マニアの少年が、良い…

  • 変えられるものと変えられないものと。青木

    変えられることと変えられないこと。 変えられないものに対してはその事実を受け入れる努力をする。 変えられるものには積極的に変えていく努力をする。 その為に必要なことは、変えられないものと変えられるものがなんなのかを知る必要があるのです。 どうしたらそれがわかりますか? 私たちは支援している人に色々なことをやってもらっています。 そのことで苦手なこと、できないこと、得意なことを支援者が把握していくのです。 それは大変なことです。 時間がかかります。 それにつれてお金もかかります。 そんなことをする時間や経済的な余裕など当事者にも、支援者側にもまずないでしょうね。 でもそれをしない限りいつまでたっ…

  • 大野の婚活が振り出しに戻りました。青木

    大野の婚活が振り出しに戻った。 結婚を前提にお付き合いをしていた彼女。 その彼女と話を続けて行くうちに、自分には合わない相手だということがわかった。 看護師で自立心が強く、自分で全てをこなしてしまう女性。 フィリピン人には珍しく、将来を見据えて貯金をしている。 毎月の少ない金額の中で、色々と考えて人生を豊かにしようとしている。 素敵な女性なのです。 そんな女性だからこそ、大野はなんとかして、彼女に好かれたいとがんばりました。 またそのことが自分を変える強い動機となりました。 話し方の練習やデートでのマナー。 毎日、朝から夜まで、ひたすら練習に励んでいる大野です。 しかし、残念ながら努力すればす…

  • 結婚の支援は格別難しいのです。 青木

    ズームを使って日本サイドとフィリピンサイドで毎日ミーテイングを行っています。 その最中に日本サイドの事務所の電話がなりました。 支援に関する電話なら、周りのスタッフと共有する必要から、スピーカーフォンにします。 内容が公にすることができないと判断したらスピーカーは解除します。 「就職した倉庫管理の会社に今でも働き続けています。14年になります。お給料で車も買いましたが、今はサイクリングにはまっていまして、週末には仲間とサイクリングで遠出をして楽しんでいます。」 「以前の様な張り詰めた雰囲気はもうありません。本当にありがとうございました。」 名前を名乗られても、誰なのか検討がつかなかった私たちで…

  • みなさん、ありがとう。A回復日記20211001

    先日支援センター経由で少し仕事をしました。 1日だけの仕事でしたが、先方の社長さんに私が電話連絡をして打ち合わせをしないといけなかったのです。 それでいつも支援していただいているスタッフさんから、「打ち合わせの練習をしましょうか?」と言われました。 で、簡単に予行練習をしました。 「それでいいですよ。言葉も以前に比べてはっきりと聞こえますよ。」と言われましたので嬉しかったですね。 「服装も年齢相応の服を着ていますから、問題ありません。髪の毛も問題なし。楽しんで仕事をしてください。」 私は時間に関しては必ず15分前に着くように行動していますので、心配はしていません。 唯一心配しているのは、背中が…

  • ASDで就活に失敗したバード君のその後   青木

    バード君はASDと診断されています。 小学校から不登校気味で、中学入学と同時に学校に通えなくなりました。 15歳から支援に繋がり、フィリピンのインターナショナルハイスクールに通い、自信をつけて日本に帰国しました。その後は日本でアルバイトやボランティア活動に従事し、年齢相応の経験をしてきたバード君です。 4年前には学校に通い始め、将来はITの業界で生きていくことを目標にしていました。 成績も良く、学校側との面談では大手の会社に入社できるとも言われていました。 しかし、就活時期に学校側から、単位を落としそうな生徒のお世話をお願いされたのです。 責任感が強い彼は、就活と学校の先生から依頼されたことの…

  • 大野が相手の親に会いに行く!? 青木

    大野が結婚を前提にしてお付き合いしている女性と5度目のデートをしました。 その場で、「親に合わせたいので、11月に私の田舎に来て欲しい。」と彼女から言われました。 早すぎます。 無理です。 彼にはまだ練習が必要なのです。 「あと2ヶ月間、朝から晩まで一日中練習をすれば、なんとかなるのでは?」と見通しを立てていた私たちです。 3回のデートを最後にして、私たちが住むセブ市に戻るつもりでした。 しかし、大野がまだ滞在して彼女に会いたいというので、滞在を延長したのです。 それで、仲が深まり関係が深まっていったということです。 これ以上滞在を延長しても大野には意味がないので、ひとまずセブ市に帰ります。 …

  • ひきこもり30年。60歳からの人生設計。 青木

    2週間に一回の散髪です。 女性と付き合うことができた。 女性が自分を受け入れてくれたという経験。 その経験は、30年ひきこもっていた人に大きな自信を与えそして動き出すための動機となったのです。 外国には素敵な言葉がありますよ。 「年齢はただの数字でしかない。」 コテコテの日本人である私たちは、フィリピンの人たちからそう聞かされても・・・。 すぐに行動に移すことはできません。 しかし、すでに60歳になっていた大野は動き出したのです。 今、お付き合いしている女性と結婚できるかどうかはわかりません。 結果的に、お互いが受け入れなければ、次の人を探すしかないのです。 その覚悟はできている大野です。 そ…

  • 何が彼を変えたのか? 青木

    変わりたいと思えさせてくれる何か 婚活から結婚へとこれから大変忙しくなる大野です。 もちろん、お互いのことを知り合っていく中で、受け入れられない部分がわかり、別れるということも十分に考えられます。 そうなった場合どうするのかを彼に考えさせるために、説明をしました。 「気持ちを切り替えて、結婚相手が見つかるまで諦めたくない。」という意志を何度も確認している私たちです。 60年の人生で、家族以外の人(特に女性)に受け入れられたという経験は、彼を大きく変える為の最善な出来事だったのです。 すでに数週間前の大野ではないのです。 受け入れられたという実感がこれほどまでに自信となりえるのか!! 周りのスタ…

  • 苦手なことをどう考えるのか 青木

    新しいことに挑戦していく!! 大野は会話ができない。 苦手というより、できないと言った方があっている。 ASDの特性から会話ができない。 と言っても、本職である学生に勉強を教える上でのコミュニケーションは問題なく取れる。 自由に話すことになるとたちまち話せなくなる。 黙り込んでしまう。 他人と会話した経験がとても少ない大野です。 ですから、経験を増やしていけば、今の状況から大きく変わることは確かなのです。 東京大学を卒業して、東大大学院を終了しています。 理解して、暗記することはできるのです。 しかし、それには時間が足りないということです。 変な手足の動きや「ウン」と言ってしまう話し方を変える…

  • 2回目のデートで大野が泣いた。青木

    大野隆が2回目のデートをした。 「今後、結婚を前提としたお付き合いがしたい。」と申し出た。 当日は青木とフィリピン女性スタッフも同伴した。 数日間かけて探し出した2回目のデートの場所は、前日になって突然「シーフードが食べたい。」と言う彼女の要望を叶えるために、キャンセルをした。 急遽当日のお昼に、以前から調べてあったシーフードの店に乗り込んだ。 お店側と話し合いをして、予算を組んで準備した。 大変人気な店のため、昼食時でも満席になり、店内はやかましかった。 それで、大野と話し合い個室を取った。 個室は、注文料金が決まっていた。 金額を聞いて驚いた。 まあ日本なら普通の金額なのだが、ここはフィリ…

  • 私は大丈夫だという実感。東大卒後30年ひきこもり。現在婚活中なASD大野。

    今だめでも諦めない!!相手が見つかるまで何度でも!! おはようございます。 昨晩は眠れなかったです。 いろいろな思いが交差しましたから。 もし、彼女が私を人生のパートナーとして受け入れてくれたら・・・。 私のこれからの時間は全く違ったものになるのです。 30年ひきこもったこと。 東大まで出たのに、何もしてこなかったこと。 どんなに消し去ろうとしても、いつも私の体の一部の様に付きまとう記憶。 しかし、彼女がいつも私の側にいてくれたら、私のこれからの時間は今までとは全く違うものになると自覚できるのです。 創造性と生産性に富んだ私の時間が生まれます。 もちろん誰も私の過去を責めたりはしません。 それ…

  • 60歳。デートの結果と2回目のデート。青木

    朝から夜遅くまで、大野の支援にかかりっきりな私です。 大野のデートの結末のご報告もできないほどあたふたとしています。 結果から言うと、1回目のデートは成功しました。 良い印象を持ってくれましたから。 そして、明日2回目のデートです。 初回のデートでは大野は緊張し、パニックになって大変な状況が予想されましたから、大切な告白は2回目のデートにしたのです。 2回目のデートが明日なのです。 デートするレストランを探して、そこで実際に食事をとり当日何を頼むかも決めました。 事前にどんな料理が好きなのかもリサーチしてあります。 その町で3本の指にるという前評判どおりの店でした。 そのレストランに、女性スタ…

  • 10月度 不登校・ひきこもり・海外留学相談会 

    スタッフ 吉村 敦子 主任スタッフ 青木 美久 元中学養護教諭・特別支援教育士 不登校・ひきこもり回復者 10月度 不登校・ひきこもり・海外留学相談会のお知らせ 下記の日程でインターネットを使い無料相談会をおこないます。当日は中心的に支援活動をおこなっている吉村、青木が全日程でご相談に応じます。 日時 10月8日(金)〜10月10日(日) 午前9時から午後9時まで 1人2時間以内でお願いします。 費用 無料です。 相談内容 発達障害に関することでしたらなんでも 特に、〈不登校〉〈ひきこもり〉〈家庭内暴力〉 〈海外留学〉に関して、重点的に支援をしています。 支援対象年齢 義務教育終了後から50代…

  • 自立に向けて日々鍛錬。A回復日記20210923

    毎日毎日練習の繰り返し。希望は少しある程度。 ブログが大野さんの話題ばかりになっています。 私も大野さんのブログや青木さんのブログから何か学べるのではないかなと思って、読んでいます。 大野さんが、すごい勢いで毎日支援プログラムに取り組んでいるのには頭が下がります。 私も負けずに頑張ろうと思えます。 私も日本で、日本人スタッフを相手に一生懸命コミュニケーションの取り方や常識を学んでいます。 しかし、日本では難しいですね。 周りの視線をどうしても気にしてしまいます。 それは、私が周りの人たちと随分違う人間だからです。 30年ひきこもって誰とも交流がないなんて、そんな状況すら想像もつかないでしょうね…

  • いよいよ、明日人生最良の日となるか?青木

    決めポーズの最中すみません。シャツ裏表反対に着ています。ASDあるある 大野には抱える問題が多くあります。 関われば関わるほど、それが見えてきます。 動作や顔の表情がおかしい。 特に手さきの動かし方が他人から見ても違和感を感じる。 背中を曲げて歩く。 顔の表情に違和感を感じる。 会話がうまくできない。 誰に対しても丁寧語を使ってしまう。 会話で出す話題が場に則していない。 年相応の常識を持ち合わせていない。 困難さを感じることはまだまだあるのです。 問題なのは、違和感を感じているのは、当事者である大野ではなく、大野に接する人たちが大野に対して違和感を感じるのです。 大野が自分の動作などに違和感…

  • 結婚!!なんとかしてあげたい。青木

    大野が「結婚を前提にしたお付き合いをしたい。」と彼女に伝えに行く。 私はそのことに同伴しています。 これは団体での仕事ではなく、彼自身の個人的な用事なので、彼に飛行機代とホテル代を支払ってもらっています。 彼は良い答えが得られると自信を持っています。 私たちは自信を持っていません。 私たちはいかにして、彼女の口から「結婚を考えたい。」との返事をもらうのかで頭が一杯です。 大野の状況は大変なのです。 彼と過ごす時間が多ければ多いほど、彼の他の人と違う状況がわかってきます。 当然その多くは、大野と一緒にいる人たちには、受け入れ難いことばかりです。 全てを受け入れようとしている私たちでさえ、大変さを…

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