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いつも活動を見守ってくださり、 心より感謝申し上げます。 最近ブログの更新が滞っておりますが、 実は今、 私たちの支援現場では 国内・海外ともに「人生の大きな節目」と「事業の繁忙期」が重なり、 スタッフ一同、 全力で現場に向き合っております。 現在、 私たちが注力している 大切なプロジェクトについて ご報告させてください。 10年の絆の集大成:ある女性の自立と結婚 私たちの団体には、 10年近く支援を続けてきた、 発達障害の特性が強く出ている女性がいます。 彼女のために、 一人の女性スタッフが自宅を出て、 彼女と同じマンションの別階に住み込み、 母親のように寄り添い続けてきました。 そのスタッ…
私は今、とても元気に暮らしています。この月のうちには、いよいよ婚姻届けを出す予定です。来年度からは、これまでとはまったく違う日常が始まります。 パートナーはフィリピンの女性です。穏やかで、明るくて、 人の気持ちにとても敏感な人です。一緒にいると「この国で生きていくのも悪くないな」と 素直に思えます。 これからは、そんな私とパートナーの二人で、 セブ市やシャルガオ島に来られる方のお世話をしていきたいと 考えています。 観光案内や長期滞在のお手伝いも可能です 観光案内だけでなく、「少し長めに滞在してみたい」 「将来の下見をしたい」といった方の長期滞在のお手伝いもできます。食生活や住まいのこと、現地…
私たちは気づかないうちに、いつも誰かと自分を比べています。学校に通っているあの子、就職が決まったあの子、楽しそうに友達と過ごしているあの子。そして、その比較の矛先はやがて自分自身にも向けられます。「うちの子はどうして…」「私はもっとこうすべきだったのでは…」そんなふうに、自分を追い込んでしまうことがあります。 しかし、私は長い支援の中で、ひとつ強く感じてきたことがあります。それは、人はそもそも“比べられる存在”ではないということです。性格も、育ってきた環境も、抱えている不安も、回復のペースも、誰ひとり同じではありません。違う人生を歩んできた人どうしを比べてしまえば、それは苦しくなるのが当たり前…
昨日、ひとつとても小さな出来事がありました。それは周りの人から見れば本当にささやかな変化です。けれど、支援の現場では、その小さな変化こそが前に進むための大切な印になります。 長いあいだ家族以外と会話をすることがほとんどなかったある若い方が、昨日、私に向かって少しだけ明るい声で挨拶をしてくれました。ただそれだけのことです。特別な会話が続いたわけでもありませんし、劇的な出来事が起きたわけでもありません。しかし、その一言が強く心に残りました。 人は、外からは分からない苦しみや不安を抱えていると、他者に声をかけるだけでも大きな勇気が必要になります。ましてや、自分から挨拶をしようという“意志”は、心のど…
読んでくださった皆さんは、きっと疑問に思うかもしれません。どうして僕は、あんなにも長い間いじめを受け続けたのか?と。 小学校の頃、先生は母にこう言っていたそうです。「みんなとうまく関われません。周りと仲良くできるといいですね」と。母からも何度も聞かれました。「どうしてみんなと仲良くできないの?」と。 でも当時の僕には、その理由が全く分かりませんでした。ただ一つだけ、心の奥でずっと叫んでいたことがあります。 同級生が怖かった。それだけだった。 小学校でも、中学校でも、その恐怖は消えませんでした。学校へ行けば必ずいじめられる。だから怖い。たったそれだけの理由なのに、僕の人生は大きく揺さぶられました…
初めまして、虎と言います。お察しの通り阪神タイガースの熱狂的なファンです。その阪神の試合に今年は十五試合も観戦できて、とても満足な一年でした。日本一は来年ということで。 さて、僕はこの団体でお世話になったものです。もう15年近く前になりますね。 今では2人の子どもの父親です。可愛い奥さんもいますよ。仕事は毎日大変ですけれど、不登校や引きこもっていた時のことを考えたら、毎日感謝な日々ですね。 僕はいじめられていました。 小学校2年の時、いじめが原因で目を怪我しました。失明寸前というところで、母親が不安になって家を建てるということもあって、引っ越しをして新しい小学校に変わったんですよ。 もちろんい…
不登校やひきこもりの相談を受けていると、よく「この子のやる気を出させるにはどうしたらいいですか?」と聞かれます。けれど、僕たちはいつもこうお伝えしています。「やる気よりも、まず環境です」 と。 教室に入るだけで強い緊張に襲われる。 家から駅まで歩くだけで、他人の視線が怖くて一歩が出なくなる。家族との会話でさえ、責められているように感じてしまう。 そんな状態で「もっと頑張りなさい」「やる気を出しなさい」と言われても、心と身体はますます固まってしまいます。これは意志や根性の問題ではなく、その子にとって「今いる場所そのものがしんどい」 からです。 だから僕たちは、まず 「その子が安心できる環境」 を…
「これからの人生」を一緒に歩んでくれる人を探しています。 僕はいま、これからの人生についてよく考えるようになりました。30年近く引きこもってしまった僕は、すでに60歳を超えています。 最近は周りから「背中が曲がってきたよ」と言われることも増え、 体力の衰えも自分でもはっきり分かるようになってきました。 そんな折、仲間のエイジさんが婚約をしました。 とても素敵な女性で、エイジさんは以前より明るく前向きになったように見えます。 それは僕だけではなく、周りの誰もが感じている変化でした。 長くこのブログを読んでくださっている方なら、 僕が過去に婚活に挑戦していたことをご存じだと思います。 僕なりに精一…
■ 自己理解によって見えた本当の原因 東大大学院の研究室で周りから叱責されても、当時の僕は自分の行動のどこが問題なのか理解できませんでした。 「教授たちは僕に嫉妬している」「研究仲間は僕を排除したいだけだ」——そう思い込み、心の中で恨みを膨らませながら生きてきました。 しかし、30年近く引きこもったあと支援とつながり、そこで初めて知ったのです。 問題は周りではなく、僕自身の思考の癖や行動の特徴にあったということを。世界がひっくり返るほどの衝撃でした。 ■ 自己理解を得て、僕は「変わろう」と決めた 支援を受けてからの僕は、とにかく変わりたい一心でした。・自分の欠点を直す・誤解されやすい行動パター…
最も大切なことは、やはり「自己理解」だと今ははっきり思います。 でも、当時の僕にはそれがまったくできていませんでした。東大の大学院にいた頃、研究室での人間関係やコミュニケーションがうまくいかず、周囲から「一緒に研究はできない」と言われてしまいました。 しかし、その理由を自分では理解できませんでした。研究成果をなぜ共有しないのか。研究道具が壊れていたのに修理の手続きをせず放置していたこと。研究内容を他の研究団体にうっかり漏らしてしまったこと。さまざまな注意を受けましたが、当時の僕には「何が悪いのか」が本当に分からなかったのです。 むしろ、周りの人たちが細かすぎる、うるさすぎると感じていました。今…
一般社団法人青年生活教育支援センター 主任スタッフ 青木 美久(あおき よしひさ) ひきこもりは“怠け”ではありません。脳の安全装置の話です。 今日は、親御さんから本当によく寄せられる質問をひとつ取り上げたいと思います。 それは、 「うちの子は怠けているだけでしょうか?」 というものです。 「怠け」ではなく、脳の安全装置が働いている状態 まず、これだけは最初にお伝えしたいことがあります。 ひきこもりは怠けではありません。 脳の「安全装置」が働いている状態です。 怒られたり、否定されたり、比較されたり、失敗の記憶が積み重なっていくと、 脳はこう判断します。 「外に出たら危険だ。これ以上、傷つかな…
不登校・ひきこもりの子どもたちへ支援で本当に大切なこと 不登校やひきこもりの相談を受けていると、 「この子は変われるのでしょうか」という お母様の不安に出会います。 長いあいだ動けずにいる姿を見ると、 先が見えなくなるのも当然です。 しかし支援の現場で多くの子どもたちに関わってきて感じるのは、 どの子も“変わる力”を持っている ということです。 ただし、その変化はすべての子が同じように、 同じスピードで起きるわけではありません。 ゆっくり動き出す子もいれば、 時間が必要な子もいます。 私たちの支援は、まず “安心” をつくるところから始まります。 玄関先での短い会話、 扉越しの声かけ、 カメラ…
一般社団法人青年生活教育支援センター 主任スタッフ 青木 美久(あおき よしひさ) できないは一歩目 今日は支援とは関係ないようで、実はとても大切な話をします。 実は今朝、プロフィール写真を整えようとして、なかなかうまく扱えずに苦戦していました。 方法を変えてもうまくいかない。「どうしてできないんだろう…」そんな気持ちになりました。 大人でも、手が止まってしまう瞬間はたくさんあります。 人は誰でも「できない」がある 私自身でさえ、こうしてつまずくのです。 ましてや、ひきこもりや不登校の若者なら、もっと多くの「できない」「わからない」「怖い」があります。 大事なのは 「今の自分に合った方法を一緒…
訪問支援という仕事は、実は「玄関チャイムを押すまで」がいちばん苦しい時間です。 相手が会ってくれるか分からない。不安が強くなって暴れてしまうかもしれない。怒られるかもしれない。家族の負担を増やしてしまうかもしれない。そんな思いが頭の中をぐるぐる回り続けます。 それでも僕たちは、玄関先まで行くことを選びます。なぜなら、扉の向こうにいる若者たちは、僕たちの何倍も、何十倍も大きな不安とたたかっているからです。 今回支援している彼も、最初は息を潜めるように部屋にこもっていました。「来ないでほしい」「怖い」「知らない大人が家に入るのは無理」そう思うことは当然です。僕たち自身も、かつては同じ経験を通ってき…
6時に起きて、いつも通りのメールチェックから1日が始まった。 フィリピンと日本を行き来する生活の中で、毎朝届いているのは支援に関する相談メールだ。 今日だけで3通の相談が届いていた。 ひとつは高校1年生の男の子のお母さん。「もう学校に行けそうにありません。どうしたらいいか分からない」と絞り出すような内容だった。 もうひとつは20代後半の男性。「働きたい気持ちはあるのに、外に出ると体が固まってしまう」と、長い時間悩んでいる様子が伝わってくる。 そして3通目は、先日訪問したご家庭のお母様から。「昨日の夜、息子が“あの人、また来るかな”とつぶやいていました」 その一文に胸が熱くなる。 昨日のブログに…
6時に起床。7時から東京の仮事務所で打ち合わせと、フィリピンへ送る荷物の整理を進める。 そのあと、バスで羽田空港から成田空港へ移動。成田空港に着くと、あまりの混雑ぶりに思わず「今日って何日?」と確かめるほどだった。 ちょうど高校生の修学旅行の団体と遭遇し、行き先は台湾らしい。「静岡高校?」と書かれた札を見て調べると、伝統ある進学校とのこと。どこか落ち着いた生徒たちの雰囲気に納得した。 その後スタッフと合流し、最終打ち合わせを済ませてチェックイン。急いで税関提出用の書類を作り、機内に乗り込むと同時にそのまま眠ってしまった。 午後8時セブへ到着。事務所に荷物を置いて、エイジさん・東大さんと合流し、…
今、明日の帰国の準備を終えて、静かなホテルの部屋でこの文章を書いています。今日は、思いがけない出来事がありました。 夕方、30代の息子さんを持つお母様から、一本の電話がかかってきました。「今から来ていただけませんか?」帰国前で慌ただしい時間ではありました。しかし、息子さんが以前から私たちのブログを読んでくださっていたと伺い、今の状況もお聞きして、何かお力になれるかもしれないと思い、迷わずご自宅へ向かいました。 ところが向かう途中で、お母様から再び連絡が入りました。「息子が、やっぱり会いたくないと言い出して……」ひきこもりの支援では、よくあることです。会う“直前”こそ、不安がいちばん高まる瞬間だ…
お母さんに連れられて現れた彼は、マスクにサングラスという“ひきこもっていた子たちの典型的な外出スタイル”でした。挨拶を交わしたあと、見たい映画を尋ねました。 「国宝」 一瞬聞き間違えたと思い、「鬼滅の刃じゃないの?」と聞き返すと、彼はもう一度はっきりと言いました。 「国宝」 慌てて調べると、歌舞伎を題材にした映画で、ネット上には好意的なレビューがずらり。お母さんは「今とても話題なんです」と教えてくれました。上映時間を確認すると、有料席しか空いていませんでしたが、すぐに購入しました。 上映までの40分をどこで過ごすか、瞬時に判断が必要でした。マックで買って公園で食べるか、店内に入るか。彼は「店内…
初めて彼と会った翌日、僕はフィリピンに戻りました。シャルガオ島の就労支援施設――日本食レストランの様子を見て、そこで働く青年たちと交流し、またすぐ日本に帰国する予定でした。その間もお母様とはメールで連絡を取り続けていました。 すると、訪問した翌日から、彼は頻繁にお母様の携帯にメールを送るようになったのです。「目を大きくする整形がしたい」「映像が学べる学校に行きたい」「違う街に引っ越してやり直したい」「体を鍛えたい」 今まで胸の中に溜めていた思いが、一気に溢れ出たようでした。“誰かに思いを伝える”――それ自体が大きな一歩なのです。 そして2週間後、お母様から正式に寄り添い支援の依頼が届きました。…
翌日の午前、お母様から一通のメールが届きました。「息子が『今度はいつ来るの?』と聞いてきました。なんと返事をすればいいでしょうか?」 前日、玄関の向こうで息を潜めていた彼。その彼が、自分からそんな言葉を口にしたことに、まず驚きと希望を感じました。 僕はすぐに返信しました。「いつでも行きます。ただ、3日後にはフィリピンに戻らなければいけません。その前なら何時でも伺えます。」この返事をそのままお母様から彼に伝えていただきました。 しばらくして、お母様から再びメールが届きます。「息子が『今』と言っています。どうしましょうか?」 “今”。その言葉を見た瞬間、胸が熱くなりました。昨日は不安で動けなかった…
彼と初めて会えたのは今年の8月でした。そこに至るまでには、いくつもの小さな壁がありました。 中学から不登校になり、通信制高校も続けられず、家庭にひきこもって過ごしてきた彼。診断名は「選択性緘黙」。唯一のつながりは、お母さんとのスマホのメールだけでした。 5月にお母様から相談をいただき、8月に初回訪問を予定していましたが、本人にはまだ伝えないようお願いしていました。突然知らない人が来ることは、大きな恐怖になるからです。 しかし、その話をしてしまい、強い不安と怒りから暴れてしまったと伺いました。無理もありません。僕自身、ひきこもっていた頃は、玄関に人の気配がするだけで身体が固まってしまったからです…
中学から不登校となり、通信制高校に進学するも中断。以来、家庭の中にひきこもって過ごしてきた少年です。診断名は「選択性緘黙」。家庭では、お母さんとのやり取りは携帯のメールだけでした。 今年の5月、お母様からご相談のメールをいただきました。何度もやり取りを重ね、8月に面談をする予定になりました。ただ、その時点でお子さんには外部の支援団体に問い合わせをしていることは伝えないようお願いしていました。突然知らない人が来ることは、大きな恐怖につながるからです。 しかし残念ながら話してしまい、強い不安と怒りから暴れてしまったと伺いました。無理もありません。知らない大人が急に関わってくるという状況は、彼にとっ…
日本で人の目が気になり、動けなくなってしまう若者たちがいます。家から出られない。人と話せない。自信がなく、未来が見えない。僕たちも同じ経験をしてきました。 だからこそ、たどり着いた答えがあります。「知らない場所に行くと、人はもう一度やり直せる」ということです。 20年前、僕たち自身がそうでした。人間関係に疲れ、他人の視線におびえ、日本で生活するだけで苦しい毎日。そんな中で、思い切って海外に出たとき、初めて“自由に息を吸える感覚”を味わいました。 そこでは誰も僕たちの過去を知りませんでした。失敗した歴史も、うまくいかなかった日々も、誰も知らない。だからこそ、肩の力を抜いて一歩を踏み出せたのです。…
テレビに東大の同級生が出ていました。少し悲しくなりました。 40年前、私は東京大学のある研究室に所属していました。そこは当時、国をあげて力を注いでいた最先端の分野で、常に「海外に遅れてはいけない」という緊張感が漂っていました。研究室全体が張りつめた空気に包まれ、皆が高いプレッシャーの中で働いていました。 そんな環境で、報告・連絡・相談が苦手だった私は、周りのペースについていくことができませんでした。今振り返れば、私は研究室の流れを乱す“厄介な存在”のように見えていたのだと思います。 その空気は自分でも感じていて、話し合いの結果、私は別の部署へ移ることになりました。 動物のお世話や資材管理を担当…
🌿 訪問支援のご案内 私たちは、日本全国どこへでもご依頼があればご自宅に訪問し、お子さんやご家族と直接お会いしてサポートを行っています。 毎年3月・4月は、季節の変わり目とともに環境が大きく変化する時期です。ひきこもりや不登校の状態にあるお子さんが、「このままでいいのだろうか」「みんなは進んでいるのに自分だけ止まっている」という不安や焦りを感じやすい季節でもあります。 その気持ちは、周囲にはなかなか理解されにくいものです。「置いて行かれた」という感覚から、深い孤独や自己否定の思いに苦しむこともあります。——だからこそ、この春までに“心が落ち着ける居場所”を見つけてあげることがとても大切なのです…
エイジさん今年もサンタになりますか? 今週もたくさんの出会いがありました。日本から相談をくださったお母さん、初めて面談をしたご家族、そしてフィリピンの地で新しい挑戦を始めた若者たち。 ひとりひとりの中に、小さな変化や前進が確かに見えた一週間でした。 誰かの言葉にうなずけるようになったり、少し笑顔が増えたり。 そんな小さな一歩が、私たちにとっては何よりの喜びです。 ある青年は、アルバイトに登録するところまで頑張りました。 けれど、いざ当日になるとどうしても足がすくみ、あと一歩のところで外に出ることができませんでした。 青木は彼と一緒にアルバイトに行く予定でしたが、結局その日はひとりで現場に入りま…
他人の目が気になるから、ひきこもった僕たちです。 家から出ることさえ出来なくなった僕たちです。 外に出ると、誰かの視線や言葉が気になって、息が苦しくなる。 だから、部屋の中が一番安心できる場所になってしまいました。 でも、自分のことを誰も知らない場所なら……一歩外に踏み出すことができるのでは?そう考えた僕たちは、日本から離れて、海外へと場所を移しました。アメリカに行った人も、中国に行った人もいます。そして僕たちは、フィリピンに支援の拠点をつくりました。 あれからおよそ20年。 たくさんのひきこもりや不登校だった青少年たちが、日本からここフィリピンに来て、人生をやり直すスタートを切ったのです。 …
中学から不登校となり、通信制高校に進学するも中断。以来、家庭の中にひきこもって過ごしてきた少年です。診断名は「選択性緘黙」。家庭ではお母さんと携帯のメールでのみやり取りをしていました。 今年の5月、お母様からご相談のメールをいただきました。何度もやり取りを重ね、8月に面談をさせていただくことになりました。ただ、お子さんには外部の支援団体に問い合わせていることはまだ伝えないようお願いしていました。突然知らない人が来ることは、大きな恐怖になるからです。 しかし残念ながら話してしまい、強い不安と怒りから暴れてしまったと伺いました。無理もありません。知らない大人が関わってくるという状況は、誰にとっても…
その少年は、生きものが大好きだと言ってくれました。 ビオトープを見るのも好き。潮だまりをじっと見つめて、そこに生きる小さな命を観察するのが楽しいのだそうです。道に生えている草を見つけては、「これ、食べられるのかな?」と調べてみる。そんな姿に、思わず「すごいな」と何度も口にしてしまいました。彼の愛用している図鑑は、もうボロボロ。ページをめくりすぎて、角がすり切れているのだそうです。きっと何度も、何度も見返したのでしょうね。 青木が僕に教えてくれました。「昔、本屋でフィリピンの海の生きものを紹介した、自費出版の図鑑のようなものを見たことがある」と。それを聞いて、僕は探しました。そして見つけたんです…
生物に強い関心を持つ少年がいます。しかし、その情熱とは裏腹に、学校でも放課後デイや居場所でも、うまく周りと関わることができず、孤立してしまっているのです。 初めて会う前、私は「生物に強い関心がある」と聞いても、せいぜい雑学程度の話なのだろうと思っていました。けれど、実際に会って話を聞いてみると、思わず時間を忘れて耳を傾けていた自分がいました。 「うーん…これはすごい」と唸ってしまうほど、彼の知識や観察は深く、生きものへの純粋な好奇心が輝いていたのです。 それでも現実には、学校でも放課後デイでも、周りとうまく関われず孤立していました。 お母さんは、「少しでも人と関わる練習になるのでは」と思い、さ…
最近、「不登校やひきこもりには原因がない」と語る専門家の言葉を、新聞やSNSでよく見かけます。けれども、私にはどうしても納得がいきません。 私は東大の大学院で研究をしていたころ、研究室の仲間たちとうまくコミュニケーションが取れず、孤立していきました。やがて「一緒に研究ができない」と判断され、別の部署に移されました。失望と混乱の中で他人が怖くなり、大学院に通えなくなりました。――これが、私のひきこもりの始まりでした。 青木も子どものころから集団生活が苦手でした。避難訓練で足並みを揃えられず、一人だけ教室に残ってしまう。クラスの輪に入れず、自分の話したいことだけを話してしまう。その結果、周囲から距…
国内外での支援を考える方へ―40年の経験に基づく東京無料相談会(1月開催)」
希望は語るものではなく見せるものです 🌿 東京無料相談会のご案内(2026年1月開催) お子さんのことを思うとき、心配や不安を感じるのは自然なことです。「このままでいいのだろうか」「どう関わればいいのだろう」と思いながら、日々を過ごしておられる親御さんもたくさんいらっしゃいます。 けれども、親御さんだけで抱え続けるのは本当に大変なことです。その思いを誰かに話すことで、少しずつ心が軽くなり、見えてくるものがあります。 私たちは、これまで40年にわたり、多くのご家庭と歩んできました。悩みの中にも必ず“次の一歩”があります。その一歩を見つけるお手伝いをしたい——そんな思いで、今回の相談会を開催します…
♩〜 カナリアンアイランド カナリアン愛ランド♩〜 大滝詠一の「カナリアン・アイランド」を聴きたくなる僕です。海風の音とオーケストラの音が混ざり合ったような、そんな時間がこの島にはあります。 沖縄の海がフィリピンよりも美しいです。青木も同感です。沖縄を第2の故郷としている青木によれば、宮古島の美しさは言葉にできないと言っています。それよりは落ちますが、それでも美しい光景が見られるここシャルガオ島です。朝日が昇る時、海面が金色に光って、まるで世界が一瞬止まったような気がします。 何が1番良いかと言えば、外国人だらけなのです。しかも世界中からです。ヨーロッパ、南米、アメリカ、オーストラリア。ここで…
1人じゃない。2人なんです 私は結婚することができそうです。相手の女性のご両親にご挨拶を済ませ、結婚の承諾をいただきました。来年の四月ごろに式を挙げる予定です。彼女は自分の会社を立ち上げ、その会社で私も働きます。 私はこれまで、日本語だけでなく、英語とビサヤ語も学んできました。最初は単語を覚えることさえ難しく感じましたが、少しずつ会話ができるようになり、今では日常のやりとりなら何とかこなせるようになりました。その力を生かして、日本から来る若者たちのお世話をするのが私の仕事です。そのために、長い期間をかけて練習を積んできました。 彼女一人ではできない仕事です。そして、もちろん私一人でもできません…
感謝なことに、少しずつですが、全国各地から訪問のご依頼をいただけるようになりました。 「東西南北、日本全国を訪問しています!」と胸を張って言いたいところですが、実際には公共交通機関で行ける範囲に限られています。車が必要な地域は、まだ難しい状況です。 中には「最寄り駅まで迎えに行きます」と温かいお申し出をくださる方もいます。けれども、その駅から車で数時間、しかも携帯の電波も届かない場所となると、帰りの手段がなく泊まりがけになるため、慎重に検討しています。 訪問担当の青木は現在フィリピンで車を運転していますが、左側通行(日本)と右側通行(フィリピン)の違いに戸惑うことが多く、安全のために日本での運…
問題児ヒロさんは大きく変わりました 「どんな子でも変われる」――これは単なる理想ではなく、私たちが日々の現場で見てきた“現実”です。 勉強が苦手、学校に行けない、人とうまく関われない。そんな子たちが少しずつ変わり、笑顔を取り戻し、大学に進み、社会に羽ばたいていく。その一人ひとりの軌跡が、私たちの支援の証です。 僕の一番得意なことは、勉強を教えることだと思っています。実際に、僕が教えた生徒の中には、フィリピンの大学で学年トップになった生徒が3人もいます。これはなかなかすごいことだと思うのですが。 このブログで昔記事を書いてくれていた「程度の悪いアスペな俺。」のヒロさんも、その一人です。ヒロさんは…
支援者の方が描いてくれた似顔絵です 東大を卒業した。東大大学院に進んだ。しかし、大学院で行けなくなってしまった。それから30年近く、ひきこもってしまった。 支援に繋がったのはその後のことです。支援期間は5年近くだったと思います。その後、この団体の代表となり、あちらこちらで講演会などに呼んでもらったり、日本中を訪問で飛び回ったりしていました。 一番得意な分野は、やはり勉強ですね。勉強を教えるということが、最も自分に適していることだと思います。このことはまた別の機会に書いてみます。 今日は、私の「結婚」について少し書いてみたいと思います。 テルさん、エイジさんと立て続けに結婚のご報告がありました。…
死者が出たことは本当に悲しいことですが、幸いにも今回は大きな被害はありませんでした。セブ市では降水量も前回の台風と比べて少なかったようで、市内での大規模な洪水もほとんど発生していないようです。 私たちの拠点があるシャルガオ島でも、前回の台風被害から学んだ教訓がしっかりと生かされたのか、被害はほとんどありませんでした。団体の建物の屋根が一部破損した程度で済みました。修繕の見通しも立っており、スタッフや利用者も皆無事です。 ただ、来週にも新たな台風がフィリピン近海で発生しそうです。今は台風シーズンの真っ只中ですので、移動や旅行を予定されている方はできるだけ避けた方が賢明かもしれません。 また、はて…
コロナ・台風で多くの知り合いがセブ市を去りました 台風がセブに近づいてきました。 思い出します。2021年の台風の上陸を。あのとき、僕はシャルガオ島にある私たちの運営するゲストルームに住んでいました。そのゲストルームは海辺から200メートルほどしか離れていませんでした。台風はその海辺に上陸したのです。 バリバリという大きな音と共に、ゲストルームの屋根が飛んでいきました。風の強さは石をも巻き上げ、窓ガラスは粉々になってしまいました。すぐにセブ市にある団体のオフィスにいる青木に連絡しました。「大変な強さです。日本では経験したことのないほどの強さで、命の危険を感じます」と。 台風はシャルガオ島の9割…
パートナーとそのお父さんと 発達障害、聴覚障害、トゥレット症候群、そして身体の障害を抱え、生きる自信を失って30年間引きこもっていたエイジさん。10年前、私たちの団体と出会い、少しずつ外の世界とつながりを取り戻していきました。 はじめは人と話すことさえ難しく、外出もほとんどできませんでした。それでもスタッフと関わる中で少しずつ笑顔が戻り、三年前からはフィリピンで生活をしながら支援を受け続けています。 かつては家族と断絶していましたが、過去の行動を反省し、母親に謝罪する機会が与えられ、長年のわだかまりがようやく解けました。その後は自立を目指し、洗濯や掃除、料理など、日常生活の練習を重ねています。…
私テルは、このたび以前からお付き合いをしていましたフィリピンの女性と結婚いたしました。 東京で、私の母親とパートナーのご両親、ご兄弟を招いて、ささやかな式を開きました。 当然、青木さんをはじめお世話になったスタッフの方々にもご招待をしたのですが、みなさんお忙しく、出席していただくことは叶いませんでした。 母親は終始泣いておりました。 母は今でも時々、僕が無理して登校したけれど、不安に怯えて、校舎の片隅でうずくまっていた姿を夢に見るそうです。 小学校のときから怖くて学校に行けませんでした。中学校も同じです。高校は通信制しか選択肢がありませんでした。「ほとんど通学しなくてもいい」と思って選んだ通信…
助けてもらっても良いのです 僕のようにASDの特性が強く出ている人にとって、集団での支援や、すでに形の決まっている支援プログラムにそのまま結びつける支援は、必ずしも効果的ではありません。 むしろ、人によってはそれが逆効果になることさえあります。なぜなら、ASDの特性が強い人は「人との関わりそのもの」が強い不安や緊張の原因になりやすいからです。たとえば集団の中では、周囲の人の表情や声のトーンを読み取れずに誤解を招いたり、会話のテンポについていけずに孤立してしまうことがあります。そうなると「やはり自分はだめだ」と感じ、ますます人との関わりを避けるようになってしまうのです。 今ある支援の多くは、「あ…
一つ一つ丁寧に習慣化できるように 僕がいうのもおかしな話だと思うかもしれません。ASDの特性が強い人たちの支援というのは、発達障害の中でもとりわけ難しい分野なんです。 まず「できないこと」が多すぎる。だからこそ、助けてくれる人がいないと安心して社会生活を送ることができません。 当事者の僕たちは、何が問題なのかすらわかっていないことが多いのですよ。もし自分の問題がわかっていたら、そのことに対して努力するでしょうし、努力すれば少しずつ改善することもあるはずです。でも、わからないから努力のしようがない。そうなると、もうお手上げなんです。 だからこそ、寄り添ってくれる人の存在が何より大切になります。そ…
フィリピンへ帰ります ASD(自閉スペクトラム症)の僕たちの生きづらさは、なかなか目に見えにくいものです。 ADHDの人たちは支援を受けることで行動のコントロール方法や生活の工夫を学び、少しずつできることを増やしていく人が多いように思います。でも、僕たちASDの仲間は、同じように支援を受けても社会常識や円滑なコミュニケーションの取り方がなかなか身につきません。 もちろん、変われる人もいます。しかし、僕のように特性が強く出ている人間は、どんなに努力しても集団生活に適応することが難しいのです。 それでも、あきらめてしまうのではなく、「自分に合った環境を見つけること」が大切だと思うようになりました。…
日本では何をやってもどこにいても周りから怒られてばかりです 三十年という月日。私は自宅から外に出ることができずにいました。 正確に言えば、二十七年です。 大学に行くことが怖くなって行けなくなってから、私はアルバイトに挑戦しました。 少しの間はうまくやれていたんです。お年寄りが多く、ひとりで黙々とできる清掃の仕事を選んで正解でした。もしマクドナルドとかコンビニのような仕事をしていたら、きっと一日でやめていたと思います。 それでも、やはり続きませんでした。上司が若い人に変わってから注意を受けることが増え、「お前みたいな奴はもう来なくていい」と言われました。 その次の日、無断欠勤をしてしまいました。…
対象が子ども達なのでボランティア活動もできるのです 私たちは、既存の支援の形にお子さんを合わせるのではなく、お子さん一人ひとりの歩みや気持ちに合わせて、最もふさわしい方法を一緒に考えていく「個別オーダーメイド支援」を行っています。 お子さんの性格、過去の経験、現在の不安の理由――それらを丁寧に理解したうえで、無理のない形で支援を進めていきます。マニュアル通りの対応ではなく、その人自身の物語に寄り添う支援こそが、長い時間をかけて立ち直る力になると私たちは考えています。 私たちのスタッフは、かつて不登校やひきこもりを経験し、自らも苦しみや孤独を乗り越えてきた者たちです。その経験があるからこそ、「何…
来年の4月には今よりもっと立派な外観になります。 主要なスタッフがフィリピンに到着しました。 これから年末にかけて、就労練習のために立ち上げたレストランが一年で最も忙しくなる時期に入ります。そのため、私たちは今、その準備に追われています。来年からは多くの青少年がフィリピンのセブやシャルガオにやって来る予定です。今の準備はそのためでもあります。 フィリピン、とりわけ地方の地域は、社会的インフラがまだ整っていません。日本の感覚で生活すると、驚くことや不便に感じることが多いでしょう。「どうして?」ということの連続です。たとえば、水が止まる、出ても濁った色の水しか出ないといったこともあります。 そのた…
日本全国を訪問いたします。 パンデミックが終息し、私たちは活動の再開を検討いたしましたが、さらなる支援の充実を目指して、フィリピンでの就労支援施設建設の準備を3年間にわたり進めてまいりました。 ようやく施設も完成し、少しずつ支援を再開してまいりましたが、このたび、本格的に日本での支援も再開いたします。 親御さんとの相談会、ご自宅へのご訪問、就労支援はもちろん、ご希望があれば英語留学や海外の高校・大学への進学のお手伝いも行っております。また、ご要望に応じて、スタッフが同級生として同じ学校に通いながら寄り添う支援も行っています。 どんなことでも結構です。お困りのことがあれば、どうぞ私たちにお申し付…
今日は日本にいる家族と会いました。今後のことについて報告をするためです。 その中で、母が今年で九十歳になったという話をしました。分かってはいましたが、改めて聞くと胸が締めつけられるようでした。 九十歳になっても、母は今でも周りの人にこう聞いているそうです。「エイジはどうしている?元気でやっているのかな?幸せなのかな?」と。 私は大学を途中で怖くなって辞めてしまいました。働こうと思ったこともありましたが、それも怖くてできませんでした。そのまま三十年間、家にひきこもっていました。 そんな私に、家の仕事の手伝いを任せてもらいました。そして支援団体の方々に出会い、少しずつ社会に戻ることができました。就…
海外にいると日本は素晴らしい国だとよくわかります。 日本に帰ってきましたよ。 空港を出た瞬間、思わず「寒い」と声が出ました。だって、一年を通して気候がほとんど変わらない場所に暮らしているのですからね。冷たい空気が頬を刺すようで、季節の移ろいを久しぶりに肌で感じました。 今回は、いくつかやらなければならないことがあっての帰国です。ゆっくりとした時間の流れの中で暮らしている私ですが、振り返ってみれば、亀のような歩みであっても確かに前に進んでいる気がします。これも、私の周りにいる人たちの温かい励まし、そしてこのブログを読んでくださっている皆さまからの支えのおかげだと、心から感謝しています。 来年度か…
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