大関の伝達式がおこなわれる時津風部屋は、 内外ともに数多くの胡蝶蘭が飾られていた。 壮観な眺めである。協会使者として鏡山 (元多賀竜)と立川(元土佐ノ海)が派遣 され、部屋に午前に着いた。時津風(元
正代の大関昇進が決定的な状況である。大関 になっても本名の正代でいくとのこと。輪島 が本名で通すことになったのは、どこにでも ある名前ではないというのが理由であったが、 正代にもいえる。その正代が強さ
★多数の休場者を出したが 両横綱をはじめ出場停止の阿炎を含め、幕内 は10人に及んだ。石浦は途中出場、琴奨菊・ 霧馬山は再出場したが、これでもかという 感じで休場力士は、留まることがなかった。 新型コ
正代か翔猿か。優勝の行方は結び前の2敗 正代対3敗翔猿の一番にかかっていた。と いっても実力差がありすぎる。あるいは相撲 にならない可能性さえある。ところが現実は 違った。 <翔猿の猛攻> 翔猿があた
14日目、優勝戦線に変化があった。3敗の 阿武咲が隆の勝に敗れ、同じく3敗の若隆景 が御嶽海に敗退して4敗になり、優勝戦線 から退いた。まず、実力通りの結果が出た ことになる。下克上とはいかなかった。
幕内中位以下の2敗として残った翔猿。動き のよさで調子をあげてきた。対戦相手の隆の 勝は地力をつけ、上位で勝ちこせる力士と なった。実力は翔猿より上である。相撲は こう展開した。隆の勝あたって押し込ん
遠藤が12日目から休場した。幕内では9人目 である。12日目の取組は18番と寂しい数字に なった。そのうち1番は不戦だから実質17番 である。現代重量級大相撲はケガに直結しや すいということか。 <上
11日目を終え、2敗は上位で貴景勝、正代、 幕内中位以下で若隆景、翔猿となった。上位 と中位以下の直接対戦は行われない流れに なりつつある。12日目貴景勝は遠藤、正代は 宝富士との対戦である。朝乃山対
10日目から霧馬山が休場した。朝乃山は今場 所豊山戦に続いて2つ目の不戦勝となった。 休場は出場停止の阿炎を含め、幕内だけで 8人目である。もっとも石浦と琴奨菊は再 出場している。 <霧馬山休場> 上
2敗が9人という見出しが踊った。8日目 までのトップの成績である。一見にぎやか だが、まだ勝ち越したわけではない。また、 幕内中位・下位からあげた星は上位の星とは 明らかに異なる。同一視するわけにはい
8日目の結びの一番は貴景勝対栃ノ心である。 かつて、関脇貴景勝は大関昇進をかけて、 大関栃ノ心はカド番の場所7勝7敗で対戦 したことがある。このときは貴景勝が勝って 大関を決めた。2019年三月場所の
上位1敗組2敗組に変化があった。まず、 2敗御嶽海が玉鷲の突き押しに、なにもでき ずにあっさり土俵を割ってしまった。こんな 相撲をとっているようでは優勝できない。 御嶽海の限界をみる思いがした。1敗正
6日目も上位は安泰だった。上位の1敗貴景 勝・正代、2敗御嶽海・照ノ富士はどういう 相撲だったのか。寸評をまじえ記してみたい。 まず御嶽海。対戦相手は小結遠藤。御嶽海 ぶちかましてすぐにはたき込み。御
上位4強が強さを発揮し、それぞれ危なげ ない相撲内容で勝利した。まず、昨日1敗 した正代は突き押しのパワー相撲の北勝富士 と対戦した。立ち合いあたりあって、正代 まったく下がらず、逆に北勝富士を圧倒し
作家尾崎士郎の相撲に関する言葉がある。 「栃錦の土俵ほど、実力と運命との調和を 示したものはあるまい。気迫と闘志は人間の 裏づけによって光彩を発揮する。これなき ものは、第一流の力士たるべき資格に値せ
強さうまさを制す。正代対遠藤の対戦は正代 が出足で前に出る力が遠藤を圧倒した。遠藤 は土俵際でもろ差しとなったが、正代は最後 両手で胸を押した。詰めも万全だった。正代 はまた一段と力をつけてきた。正代
ここ2場所、貴景勝の押しに陰りがみえて きた。押ししかない力士が押しの威力が失わ れては相撲に精彩がなくなる。貴景勝には ある懸念があった。それは大関大受である。 大受も押し相撲であった。大関直前の大
場所が始まった。13時開場で七月場所初日は 1時間前から列ができ、南門を曲がるほどの 長さに達していた。今回はどうか。11時47分 ごろ両国駅に着いた。まだ誰も並んでいなか った。売れ行きは前回以上で
白鵬、鶴竜の両横綱は初日から休場である。 年齢的にも35歳で多くを望めない。出場して も、どこかで休場してしまうのではという 思いがついてまわる。柏戸の晩年は、力が 衰えても新しい横綱ができないから無
場所直前になってとんでもないニュースが 飛び込んできた。玉ノ井(元栃東 子)部屋 の所属力士19人が新型コロナウイルスに集団 感染したことが判明した。今は緊急事態宣言 が解かれ、自主規制で注意している
七月場所、朝乃山は12勝3敗、次点で終わっ た。横綱・大関でただ一人皆勤した。番付の 地位は皆勤した力士ではトップだったが、 及ばなかった。優勝できなかった原因ははっ きりしている。照ノ富士との1敗同
引き続き4代続いた部屋を見ていこう。 ・立浪(元旭豊)部屋 緑嶋友之助は春日山(元朝日森)部屋に入門 し、春日山(元当たり矢)部屋のとき立浪 部屋として独立した。横綱双葉山、横綱羽黒 山、大関名寄岩の
七月場所の照ノ富士は大関転落後序二段まで 番付を下げての幕内復帰をはたした。その 場所で勝ち進み、優勝を争う大関朝乃山に 直接対決で勝ったことが優勝へ弾みをつけた。 九月場所の見所の1つに先場所優勝し
・佐渡ヶ嶽(元琴ノ若)部屋 初代琴錦が引退後に二所ノ関(元佐賀ノ花) 部屋から独立した部屋。創設したものの本家 二所ノ関が琴ヶ濱を手放さない。ほかに二所 ノ関の幕内力士は玉ノ海(後の玉乃海)と 大天竜
九月場所のチケットが発売された。七月場所 と異なる点は以下である。( )は七月 場所である。 1.先行予約が初日の12日前(6日前) 2.先行予約はマス席ボックス席のみ(マス 席・イス席、ボックス席
3代に渡って引き継がれた部屋にはいる。 ・東関(元高見盛)部屋 ハワイ出身の元高見山が高砂(元横綱朝潮) 部屋から独立した部屋。定年によって部屋は 弟子の元潮丸に引き継がれた。ところが、 元潮丸が病で
豊昇龍は朝青龍のおいとして注目されてきた。 朝青龍の長兄の次男にあたる。下地はレス リングである。もともとレスリングの留学生 として来日したが、相撲に魅了された。相撲 でも運動能力を発揮し、高校卒業見
引き続き2代に渡って引き継がれた部屋を みていこう。 ・高田川(元安芸乃島)部屋 元前の山が高砂(元横綱朝潮) 部屋から独立 した部屋。元前の山が一門の意向に反して 理事に立候補したため、高砂一門を破
翔猿は兄英乃海の影響で小学校から相撲道場、 さらに相撲教室へ通う相撲少年であった。 高校は相撲の名門埼玉栄へ進学した。北勝 富士とは同期であった。2年生のときには インターハイで団体優勝している。大学
引き続き独立して部屋をおこした相撲部屋で まだ継承されたことはなく、一代のままの 部屋をみていこう。 ・西岩(元若の里)部屋 田子ノ浦(元隆の鶴)部屋より独立。浅草に 部屋をかまえたが、これからの部屋
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本日も序ノ口炎鵬が登場した。今日は寄り切って勝ったと見た方に聞いた。「年寄株があれば炎鵬に引退をさせたい」との声があった。空き株はないわけではない。元寺尾、元木村山は定年前に亡くなられた。元大徹の湊川
2日目、愛知の相撲仲間と出会った。彼から様々な情報を得ることができた。2日目は客足が早かった。理由は炎鵬が序ノ口に登場するからである。応援空しく敗れたという。首はこわい。体が不自由になる恐れがあった木
七月場所が始まった。初日は幸い危険な猛暑とはいかず、霧雨がいくぶんあったほどであった。 先場所優勝した大の里は新関脇として登場した。対戦相手は番付を成績以上に大きくアップ下御嶽海である。御嶽海はここの
土俵の目撃者をいつもご愛読いただき誠にありがとうございます。足を使い、この目で見た生の大相撲をお届けするために、七月場所の初日から千秋楽まで愛知県体育館で観戦します。 <七月場所の案内> 名古屋で観戦
14日から酷暑の七月場所が始まる。第2日曜として最も遅い日になった。そのためオリンピックと重なる日が出てくる珍しい興行となった。あくまで予定だが、愛知県体育館が会場となるのは今年が最後である。 <大の
■難敵引き続き3人目以降の難敵をみていこう。 11(××〇×××)10高安かなり接近した対戦成績である。貴景勝が初優勝したときははずみで負けている。もつれると貴景勝は危ない。 1(××××〇●)1平戸
令和元年は五月場所から始まり、現在30場所を経過した。令和2年に1場所中止になっている。開催したものの無観客が1場所ある。また13時入場の場所もあった。 令和の関脇以下の優勝力士キラーは誰か。ただし、
■三賞獲得9回 鶴竜 殊2・技7鶴竜は志願兵だった。大相撲の入門志願をしたため日本語がわかる教授に翻訳してもらい、それを日本相撲振興会に送った。受け取った会長は会員と相談後井筒(元逆鉾)に託して入門が
貴景勝は3場所連続休場中である。三月場所角番だったが、七月場所再び角番である。こうした状況は貴景勝の角番が容易ならざるものにしている。貴景勝の具体的な対戦相手から角番脱出がなるか、検討してみよう。 ■
先場所優勝した大の里。場合によっては七月場所の成績・相撲内容次第では大関もあり得る。実現したら入幕5場所目に大関という年6場所制では驚異の記録になる。 これは大の里がすごいのか。筆者は長年大相撲をみて
■三賞獲得9回今回取り上げる力士は偶然横綱までいった方々である。 旭富士 殊2・敢2・技5立浪(元安念山=2代目羽黒山)部屋の分家大島(元旭國)部屋出身。近大に進学したが、2年のとき中退。柔軟な体で津
大関の座を開け渡した霧島が復帰にむけて始動している。首の痛みが引き、優勝を目指すつもりで10勝以上をあげるという。大関から落ちた直後の場所、10勝以上で復帰できる規定によるものである。 6場所制ととも
照ノ富士の一人横綱が続いている。照ノ富士が新横綱のとき白鵬はコロナ部屋ごと休場だった。場所後引退した。照ノ富士の一人横綱は番付上きたる七月場所で17場所に及ぶ。その照ノ富士は休場がちである。すでに晩年
■三賞獲得9回 大麒麟 殊5・技4体が柔軟でもろざしから吊り。うっちゃりもあった。四つは右四つで素質・素材はすばらしかった。ここ一番に弱く大関のチャンスを2度逃し、3度目で手中にした。優勝はついになか
プロレスの本を読んでいると、相撲につながる知られざる面が多々ある。本は闘魂と王道というタイトルで副題として昭和プロレスの16年戦争としている。著者は堀江ガンツ氏で株式会社ワニブックスより発行された。5
7月に入って、七月場所の番付が発表された。1横綱3大関と寂しくなった。先場所優勝した大の里は新関脇となった。入幕から4場所目のことであるから驚異の新人である。 <大の里(右)> 平戸海が小結に昇進した
阿炎阿炎が優勝したのは2022年十一月場所である。優勝決定巴戦を制しての結果であった。その後の阿炎は73勝62敗である。大関戦は8勝10敗である。負け越しは1場所しかない。阿炎としてはよくやっている、
■三賞獲得8回引き続き三賞8回獲得者をみていこう。 黒姫山 殊4・敢3・技1幕下にいる黒姫山の祖父である。立ち合いの強烈なぶちかましからの突き押しでD51と呼ばれた。再入幕2場所目に敢闘賞を受賞した。
照ノ富士混迷の時代、照ノ富士は3回優勝している。7回目、8回目、9回目の優勝である。それだけ聞くとよくやっていると思いがちだが、つぶさに検討すると、そうはいかない。7回目の優勝後の成績は58勝25敗9
三賞が実施されたのは昭和22年秋場所であった。相撲人気の低迷脱出に記者クラブと相撲協会が考案した。ファンにも力士にも好評であった。優勝はどうしても限られた者、選ばれし者になってしまう。三賞なら誰にでも