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ブログタイトル
大相撲!土俵の目撃者
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https://dohyounomokugekisya.net/
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写真付きで大相撲をさまざまな視点で捉えます!
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364回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2014/06/22

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denkourikiさんの過去記事

1件〜30件

  • 20歳以下の新入幕力士11

    ■武蔵丸 小錦、曙に続く第3のハワイ勢として、平成 3年十一月場所20歳で入幕した。このとき 小錦は大関、曙は筆頭だった。新入幕、11勝 4敗で敢闘賞を受賞して、上位に進んだ。 ところが、上位で勝ち越

  • 横綱の対大関戦の成績3

    常ノ花は大関8場所勤めた後横綱に昇進した。 大正13年夏場所が横綱初陣である。昭和2年 の東西合併にともなって昭和2年から昭和 7年まで年4場所となった。それだけに、 大関との対戦数は増加した。それで

  • 20歳以下の新入幕力士10

    ■小錦 昭和59年七月場所、20歳で入幕。黒船来航と 戦風を起こしたのは翌場所であった。圧倒的 パワーで2横綱、1大関から勝利。最後に 大関琴風が止めた。12勝3敗の好成績を残 した。一方13勝2敗で

  • 横綱の対大関戦の成績2

    太刀山は、大関4場所を経て横綱になった。 明治44年夏場所横綱として登場。大関と対戦 したのは3人しかいない。同じ方屋同士は 対戦しないため、どうしても大関との対戦は 限定される傾向がある。1人目は駒

  • 北玉時代10

    昭和46年九月場所が終了して、今度こそ手術 のはずが、そうはいかなかった。一門の大先 輩大鵬の引退相撲が10月2日に控えていた。 大鵬最後の土俵入りの太刀持ちを務めなけれ ばならなかった。結局玉の海が

  • 20歳以下の新入幕力士9

    ■北天佑 足腰、均整の取れた体、持っている素材は 素晴らしく、新弟子のころから将来の大関・ 横綱候補であった。昭和55年十一月場所に 20歳で新入幕を果した。16場所関脇以下に いながら、優勝1回、殊

  • 横綱の対大関戦の成績1

    横綱は大関の次の地位ではない。特別な地位 であり、大関とは差がある、という見方が ある。それでは実際横綱の対大関戦の成績は どうなのか。横綱といってもピンからきり までいるし、横綱を目指す勢いのある大

  • 北玉時代9

    昭和46年七月場所、玉の海は全勝優勝、北の 富士は8勝7敗に終わった。玉の海の相撲は 安定して来た。右四つの型と腰で取る相撲は 取りこぼすことは、ほとんどなかった。同時 期のライバル北の富士は不安定さ

  • 20歳以下の新入幕力士8

    ■若三杉 のちの2代目若乃花。甘いマスク、柔らかい 足腰、颯爽たる取口で素材は抜群だった。 人気も急上昇。どこまで実績を築くか、期待 は大きかった。昭和48年十一月、20歳で入幕。 元安芸ノ海は北の富

  • 北玉時代8

    昭和46年五月場所が5月9日から始まった。 初日大鵬は積極的に栃富士を攻めていったが、 尻からくずれるもろさを露呈した。早くも 1敗。その栃富士は2日目から11連敗という さんざんな成績だった。NHK

  • 20歳以下の新入幕力士7

    ■錦洋 黒姫山と同様昭和44年七月場所新入幕。19歳 であった。大受、吉王山と同期で期待のホー プであった。入幕5場所目に技能賞を受賞。 翌場所大鵬から金星を獲得している。昭和 47年4月、井筒部屋の

  • 北玉時代7

    明けて昭和46年一月場所が1月10日から始ま った。蔵前国技館はこの場所から暖房設備が 完備となった。入場料は 一月場所から値上げ となった。一人分の料金は以下である。 特別席2千円→3千円 特い 千

  • 20歳以下の新入幕力士6

    ■長谷川 長谷川が入幕したのは、部屋別総あたり制が 始まった昭和40年一月場所であった。20歳の ときである。長谷川は本名である。「琴」の 字はつかないが、佐渡ヶ嶽(元初代琴錦) 部屋の力士である。大

  • 北玉時代6

    長い夏巡業を終えて昭和45年九月場所が始ま った。北の富士、玉の海、大鵬の3横綱は そろって出場。先場所7枚目で11勝4敗の 貴ノ花が初めて小結に上がってきた。20歳の 若武者は初代若乃花の実弟という

  • 20歳以下の新入幕力士5

    ■信夫竜(海乃山) 信夫竜は入幕時の名前で海乃山のほうがよく 知られている。その海乃山にしても海力山 (かいりきざん)で届けたら番付が海乃山に なっていたという。それなら海乃山でいいや ということで、

  • 北玉時代5

    昭和45年五月場所、横綱2場所目の北の富士 は好調だった。12日目まで全勝。玉の海は 1敗。大鵬はすでに3敗で優勝戦線から1歩 後退していた。13日目から横綱リーグ戦に 突入していった。13日目北の富

  • 20歳以下の新入幕力士4

    ■富樫 のちの横綱柏戸である。若秩父と同じ昭和 33年9月場所19歳で入幕した。新入幕大鵬の 連勝止め役に抜擢されるが、8場所入幕が 早かった。大関になったのが21歳、横綱に なったのが、23歳であっ

  • 北玉時代4

    玉乃島は横綱になるにあたり、玉の海の四股 名を希望した。玉ノ海は玉錦の弟子であり、 NHK相撲界説者の四股名であった。また、 師匠である片男波が現役時代玉乃海を名のっ ていた四股名でもある。当時の相撲

  • 20歳以下の新入幕力士3

    昭和戦後をみていこう。 ■千代ノ山 戦後の大相撲の復興は千代ノ山にかかって いた。その期待にそうように昭和20年秋場所、 19歳で新入幕を果した。新入幕の場所いき なり10戦全勝した。強烈な存在感を示

  • 北玉時代 番外

    昭和45年一月場所後北の富士と玉乃島は同日 横綱に昇進した。よく同時昇進という表現を 使用するが、1つの組織が2つの件を物理的 に◆時□分■秒まで狂いなく決定できるだろ うか。大関で連続優勝した北の富

  • 20歳以下の新入幕力士2

    引き続き昭和戦前をみていこう。 ■双葉山 双葉山の場合、春秋園事件による力士大量 離脱が影響している。本来なら十両6枚目で あるはずが、幕内40人中29人が脱退したの だから、番付を編成し直してもいか

  • 北玉時代3

    昭和44年十一月場所は1横綱、4大関でスタ ートした。横綱大鵬は6勝3敗から休場。 8日目関脇前の山戦で左ひざを痛めてしまっ た。この場所は大関北の富士の独走となった。 「清國一人に甘い蜜を吸わしてな

  • 小兵列伝4 栃ノ海

    大鵬・柏戸の大型力士に割ってはいったのが 春日野(元栃錦)部屋の小兵栃ノ海である。 前名は本名の花田で取っており、青森出身で ある。それだけに初代若乃花との親戚関係は、 と思われたが、それはなかった。

  • 20歳以下の新入幕力士1

    ホープ中のホープ琴勝峰が三月場所十両優勝 を決めて入幕を果した。20歳という若さで ある。前途洋洋、どこまでのぼりつめるか、 期待は大きい。20歳以下で入幕した力士は 琴勝峰だけではない。どんな力士が

  • 北玉時代2

    昭和44年九月場所、横綱は大鵬一人、大関は 先場所優勝した清國が東正大関で、琴櫻、 北の富士、玉乃島と続いた。大関ではこれ まで琴櫻が2回、あとは1回優勝があるだけ であった。九月場所は7日目までに大

  • 新大関3場所の通信簿6

    <新入幕朝乃山> 琴欧洲が大関になったとき2つの思いがあっ た。時代を築くか、朝青龍の引き立て役で 終わるか。新大関3場所の成績で答は出て しまった。逸材はすばらしかった。それだけ に優勝回数、横綱に

  • 北玉時代1

    北玉時代、北はNHK解説者の北の富士さん である。玉は悲劇の横綱玉の海である。同日 に横綱になった2人は、ともに中型の横綱。 北の富士は左四つ速攻で取るタイプ、玉の海 は右四つの型、腰で取る相撲。大型

  • 2020年5月相撲部屋事情

    五月場所の番付が発表されて久しい。三月 場所は就職場所といわれ、多くの新弟子が 入ってきた。五月場所の番付に掲載された 力士数は幕内42人、十両28人幕下以下が625 人である。この中には引退した豊ノ

  • 新大関3場所の通信簿5

    <新十両の朝乃山> 千代大海は関脇のとき13勝2敗で優勝して 大関に昇進した。それも横綱3代目若乃花 相手に千秋楽、本割、優勝決定戦を制しての 逆転優勝だった。それが大関になったとたん 勢いが失われた

  • 横綱の現役死亡

    力士の現役死亡は勝武士だけではない。特に 横綱は興行上影響が大きい。横綱現役死亡は 3例ある。ただし、丸山は解釈による横綱で あって、確実性が乏しいため、ここでは取り あげない。なお、丸山は疫病にかか

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