当時のお仲間がご夫妻と集まると、福岡パッシブハウス完成までの様々な物語が鮮明に思い出されて話題には事足りません。何よりもこんなに大切に、新築当時とほぼ変わらない状態で暮らし楽しまれているご夫妻の笑顔に出逢うたびに、手がけて本当に良かったフ
日常というものは、ともすると全くの無意識のうちにただ流れていってしまう時の連なりです。ただ、そこに少し意識を向けるだけで、幸福感というものは多大な投資をしなくても、随分と見えたりカスんじたりするものが変わってくるものだと常から思っています
例えば、温度的に常にストレスのない空間を私たちが求めるのも、自分の好きな色の樹種の無垢の床であったり、大好きな色の壁紙であったり、探してこれだと思って取り付けた照明器具であったり、そういう自分の好みに従って妥協なく身の回りを設えていくのと
紺屋の白袴とはよく言ったもので、因果なものでこの歳になるまで、数多く他人の住まいを作り続けていながら、自邸を自ら設計してなどという輝かしい話題は一度も登場したことはないのだけれども、それでも自分がどんな空間に暮らしたいかという願望は常にあ
このコラムの投稿カウンターが一万を超えたというのにも驚きましたが、まあ、日々他人様の住まい空間を創らせていただきくという生業で今日まで生きてきて、つくづくとてつもない長い時間が過ぎたなぁと思います。大袈裟な言い方に聞こえてしまうかもしれま
先日、投稿の準備をしていてふと気づいたのですが、長年に渡り、投稿を続けてきたこのブログの投稿数のカウンターが、10000投稿を超えていることがわかりました。マラソン投稿と称して、1日一投稿をずっと続けているのですが、チリも積もればというこ
述べてきましたように、マイノリティーがやがてブームになって、マジョリティー側に立ち位置を変えた瞬間に、当初の志というか、肝心のエッセンスのようなものが薄まってしまう。あるいは少し経路が違ったものになってしまうことを少し危惧しています。30
底上げとして、住まい全体の性能が良くなっていくことは大変良いことですが、それはやっと土俵に乗るだけのこと。その上で、そこからどういう住まいを提案していくかということだと思います。作り手も、ニーズもそこだけにあまりにもフォーカスすると少なか
要するに、エコハウス、高性能住宅という言葉が、商業的に十分旨味のあるものになってきましたから、薄皮一枚でもそこに乗っかっていれば大きく喧伝し勝ち馬に乗ろうという時代に入ったのかと思います。また確かに高性能に進んでいても、そもそもの目的から
逆境の中で志を立てて、真理に向かう一部のマイノリティーの産物であったこの国の住まいの高性能化は、誰しも認める真理へと進化したということはできると思います。下世話に言えば、大衆化しました。これは私たち古くからこのことを切望してきた者からすれ
エコハウス、高性能、省エネという言葉が業界に乱舞して、一大ブームといった感じがあります。先日何気なくみていたTVコマーシャルで大手ハウスメーカーのCMが流れて、「今までかつてない快適、エアコン一台で…」みたいなことを言ってい
窓を開けると、換気システムの邪魔をしないかと聞かれる事がありまう。確かに、有効な換気システムは、設計上吸気と排気のルートを詳細に設定して、建物の気密性能が保たれている事が前提で室内の空気を隅々まで新鮮なものに交換するものですから、いきなり
窓には3つの機能があると言われます。一つは問題の通風。二つ目は外の光を取り入れる採光。そして三つ目は内部から、外の眺望を取り入れるピクチャーウインドウとしての役割です。私などは、その役割のどれに当たるかを明確に診断しながら、場所と大きさを
いずれの換気システムであっても、吸排気の場所を計画的に定めて、より住まい全体の空気が満遍なく変わるように設計されていて、隅々まで新鮮空気で満たされると仮定すれば、窓は開ける必要はないということになります。そこで、「窓を開けちゃって、いいの
最近の、いわゆる高性能住宅では、有効な24時間換気システムが必須条件となっています。あえて、「有効な」と書きましたが、私の言う換気システムは、建物の気密性能がきちんと担保されて、吸排気グリルからきちんとした流量が確保されて、全体の換気量が
桜も終わり、春の陽気も真っ盛り、これから夏に向けて少しずつ季節が移り変わっていきます。特に梅雨前のこの季節は、私たちの身体の緊張が寒暖の差から解放されて緩み、なんとも心地よい季節という事ができるかもしれませんね。芽吹き、花が咲き、あらゆる
長年にわたる仕事からわかるのは、住まいづくりというものは具体的な構築物を購入することには違いないのだけれど、実はその前後のプロセスから、実際に住まい始めてからの長き時間も含めて、ひとえにプロセスの捉え方によって満足度が変わってくるというこ
住まいづくりも、長き人生の中での一大事業だと捉えて、無から有を生み出すプロセスだと捉えると、景色はずいぶん変わって見えてくるはずです。私たちも、確かに糧を得るために生業としてやっていることではありますから、始まりから終わりがあって、そこに
単純に目の前にあるものを「買う」という所作は、その場の欲求は十分満たすのですが、それ以上のことは起こり得ません。それに比べて、本来の住まいづくりである、「築く」という所作は一見面倒くさいようですが、エンドレスに続いていくという事が言えるの
タイトルで「旅の途中」と書きましたが、長くて短いような人の一生は、まさに冒険小説のような旅の連続であるなと、よる年並に私などはよく考える事があります。高度成長期以降のこの国は、なんだか消費することが豊かさだという了見の人が増えて、お金をい
もうずいぶん、人様の住まいを建てさせていただく事を生業として、それを通じて色々な人の人生に関わらせていただきましたが、何よりこの生業の醍醐味は、一つとして同じものがないという事なのかもしれません。住まいを建てると発起するその背景は人それぞ
昨日4/9は、日田の井上酒造の蔵開き「春搾り」が開催されました。雲ひとつない快晴の中、コロナ明けの影響もあるのか例年以上のご来場で賑やかな1日に参加させていただきました。私は例年通り、27年前に手がけさせていただいた社長であ百合仕込みの杜
さて、いよいよ明日に迫りました。日田井上酒造の毎年春恒例の蔵開き、「春搾り」が開催されます。今日も福岡は青空のいいお天気ですが、明日もこれならまずまずのお天気でしょう。楽しみです。 そもそもなぜ。建築YAの私が、井上酒造の酒米の田植えや稲
いよいよ明後日の日曜日となりました。例年、日田の井上酒造の蔵開き「春搾り」に参加していますが、今年もその季節となりました。裏メニューのノンアルコールコーナー「HIGECAFE」を27年前にお仕事として手がけた社長であり杜氏の百合さん宅で行
全く価値観の異なる新しい時代の幕開けを感じ始めている人はきっと少なくないと思います。私は進化したテクノロジーの中で、我が身の浮遊感を感じ、可変的に安定安心なポジションを未だ見出せないまま、不安を抱えて生きているというような感覚を覚えている
場所や時間で場面を意識的に切り替えて、ある意味リズムを作ってきた私たちの暮らしは、どちらも一気に溶解して溶け合うようなテクノロジーの進化によって、自由と便利は確実に手にしたといって良いのかもしれませんが、それが逆にストレスフリーにはならず
日本には、「晴れとけ」とか、「公私」という言葉がありますが、いわゆるパブリックとプライベートを意識的に使い分けていくという所作があります。さまざまに物事に応用して自らの立場をその場面に応じてスムーズにいくように境分けるのですが、場所によっ
コロナになって、人と人とのコミュニケーションが突然寸断されて、カカゼンに社会がパニックで崩壊してしまうのではないかというくらいショックでしたが、この数年、確実にそれはSNSなどのコミュニケーションツールに置き換えられて、その分通勤通学が制
さて、暦は4月に入りました。世の中では、風の時代が到来だと言い、この春分を宇宙元旦だという表現もあって、ガラガラと既成概念が崩れて、新たな価値観の時代がいよいよ始まっていくと言われるのだそうです。長年住まいづくりをしている私としては、はて
いよいよ4月に入りました。髭は先週、生検検査入院から退院しなんとなくまだフルスロットルとは言えない状況ですが、せっかくの心機一転、新年度も元気で走りたいと思います。週明けの結果を良いものと信じて、今年もまずはこれから告知です。 例年、日田
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当時のお仲間がご夫妻と集まると、福岡パッシブハウス完成までの様々な物語が鮮明に思い出されて話題には事足りません。何よりもこんなに大切に、新築当時とほぼ変わらない状態で暮らし楽しまれているご夫妻の笑顔に出逢うたびに、手がけて本当に良かったフ
築13年の中古物件と聞けば、連想される世界があると思いますが、福岡パッシブハウスの場合はそのイメージにはほぼ該当しないということができると思います。私も何度かお客様をお連れしていますが、「え、新築ですか?」と言われるほど、建築当初の状態を
13年前に、パッシブハウスジャパン(以下PHJと記載)の森代表理事と共同設計で取り組んだのが、福岡市内に立つ国内3棟目の認定パッシブハウス「福岡パッシブハウス」です。実は、この福岡パッシブハウスが現在売却に出ていて、この木曜日まで
人が、自分の住処に求めるものはなんだろうと考える時、やはりどこに居るよりも心身ともに安らぐ場所であるということが第一に思い浮かぶものではないかなと思います。「心身ともに」と書きましたが、まさに心と身体の両面からの安心というものが要でないか
これまでの私の仕事の主たるところは、まさにお客様の住宅の新築の分野でした。ただ、ここまで社会全体がコスト高になってくると、万人に向けてその方法のみで対応が可能とは言いにくくなってきました。そもそも、いわば、「高性能のための高性能(スペック
どれが正しく、どれが間違っているということではないにしても、バラバラに発信されている各々の得意分野の方達が、独自に多種多様に放っている情報は、無秩序に拾っていくと、いわば食べ合わせが悪いことが起きてしまうことがあります。お客様の中でもネッ
現在のスタイルが始まった頃は、おそらく30年くらい前ですがここ福岡で弊社は稀有な存在だと言えたかもしれません。九州で「断熱・気密」という言葉を多用しただけで、不思議がられる時代でした。むしろ知らないもの怖さであらぬ攻撃すら受けたほどでした
思案していく中で、現状の社会でも建てるべき住まいはあると私も認識しています。ただ、そのために質を落とすことや、法外な資金繰りで築後の暮らしを蔑ろに企画を進めていくわけにはいきません。日々詰将棋のように一手一手を打っていきますが、社会全体の
「建築YA髭のCOLUMN」はまさに、建築YAである私が、35年余り一貫して取り組んでた建築屋としての自らの表現方法のひとつです。一貫して言えることは、愛すべき住まい手たちであるクライアントの皆さんが、長き人生の大半を過ごす「住まい」の創
正直に吐露すれば、「書けなかった」という方が正確かもしれません、十数年の間、毎日来る日も来る日もコラムを続けてきたこの場で、語ることがなんとなくできなくなってきたのです。決定的なことが何かあったということではありませんが、この数年、さまざ
台風10号が過ぎて、少し厳しさが緩みましたが、近年の夏は、宅内の温度の過酷さが宅内熱中症を産み出しているこの国の住まい事情があります。奇しくも昨晩のNHKのクローズアップ現代では、この国の住宅性能によって起こってしまう夏の問題が取り上げら
何だか例年言っていますが、「今年は特に暑い」という言葉が日に日にまして飛び交っている感覚があります。私たちが教育で教え込まれた日本の気候は、「表情豊かで四季があり、湿潤で人間が暮らすには最適な温暖な気候...」というような人に優しい環境を
羨ましくも、沖縄はもう梅雨明け宣言だそうですが、ここ福岡はまだまだ湿り気とムッとする熱気の坩堝の中にあります。今年の夏予報でも、例年通り「酷暑」という言葉が踊りました。いよいよ、暑さが増して来ている感じは年々増して感じる感覚であって、こん
世の中のうねりに、立ち止まりじっとばかりもしていられないけれど、風の時代と言われるようになってきてから既存の価値観がガラガラと崩れ去って、あらゆる事柄がゆらゆらと蠢いている感覚が拭えません。真新しい新築の住宅を住まい手のために生み出すこと
いつの世も、庶民は強かに生きていくものですから、世の流れに従いそれなりのライフスタイルで生きていけば良いということなのかと思いますが、このところの社会状況を見ていると、明らかにもうこれからは、おいそれと新築住宅を建て続けて、いわゆるスクラ
随分、コラムをお休みしてしまいました。書きたいことがないわけではないのですが、激動の社会変化の中にあって、私たちの仕事も大きく様変わりし始めている潮流をなんとか掴みきれないかとも外しているうちに、時が経ってしまったというのが正直なところで
暗い話しばかりしてきましたが、現状把握としては、冷静に俯瞰すれば語ってきたような状況が大きく横たわっています。ただ、「自分の住まいを建てたい」という、人間としての当然の欲求に対して、私たちはこの状況下で冷静に判断し、なんとかニーズに見合う
まず、なんとなくローンが組める年齢のリミットだからとか、周りも建て始めたからという、これまでの社会体制が曲がりなりにも安定していた時代に住まいづくりを模索するケースは減ってくるのではないかと想います。「なんとなく」ではあまりにも大きな投資
高嶺の花と書きましたが、なるべくそうならないように、広く皆さんの衝動として住まいづくりは実現できるものとして今後もあれば良いなと思ったりします。ただ、これまでのおひとりひとりが、住まいを建てることができるという時代も、長い歴史
その上、最近は在宅勤務やオンライン授業などで、自宅滞在時間も大幅に伸びたからなのか、住まいの室内環境に関しての意識が高まるとともに、さらにはエネルギーコストの爆上がりも後押しして、住まいそのものの性能も大きく取り上げられるようになりました
世の中のうねりに、立ち止まりじっとばかりもしていられないけれど、風の時代と言われるようになってきてから既存の価値観がガラガラと崩れ去って、あらゆる事柄がゆらゆらと蠢いている感覚が拭えません。真新しい新築の住宅を住まい手のために生み出すこと
いつの世も、庶民は強かに生きていくものですから、世の流れに従いそれなりのライフスタイルで生きていけば良いということなのかと思いますが、このところの社会状況を見ていると、明らかにもうこれからは、おいそれと新築住宅を建て続けて、いわゆるスクラ
随分、コラムをお休みしてしまいました。書きたいことがないわけではないのですが、激動の社会変化の中にあって、私たちの仕事も大きく様変わりし始めている潮流をなんとか掴みきれないかとも外しているうちに、時が経ってしまったというのが正直なところで
暗い話しばかりしてきましたが、現状把握としては、冷静に俯瞰すれば語ってきたような状況が大きく横たわっています。ただ、「自分の住まいを建てたい」という、人間としての当然の欲求に対して、私たちはこの状況下で冷静に判断し、なんとかニーズに見合う
まず、なんとなくローンが組める年齢のリミットだからとか、周りも建て始めたからという、これまでの社会体制が曲がりなりにも安定していた時代に住まいづくりを模索するケースは減ってくるのではないかと想います。「なんとなく」ではあまりにも大きな投資
高嶺の花と書きましたが、なるべくそうならないように、広く皆さんの衝動として住まいづくりは実現できるものとして今後もあれば良いなと思ったりします。ただ、これまでのおひとりひとりが、住まいを建てることができるという時代も、長い歴史