当時のお仲間がご夫妻と集まると、福岡パッシブハウス完成までの様々な物語が鮮明に思い出されて話題には事足りません。何よりもこんなに大切に、新築当時とほぼ変わらない状態で暮らし楽しまれているご夫妻の笑顔に出逢うたびに、手がけて本当に良かったフ
カーボンゼロのために原発推進という方向性をなんとなく滲ませている今の政治ですが、世界の潮流からしてそんなことはあり得ないということはおわかりいただけたかもしれません。国内にいると、資源のない小さな国土のこの国にあって、いささか仕方ない良い
今回のこの国のカーボンゼロ宣言は、様々な矛盾を抱え、突っ込みどころ満載の現政権の船出に、少しは格好がつくようにと、誰かが入れ知恵した宣言だったのかもしれません。何せ30年後の話しですから、今の政治家たちに30年後の約束など守ることができる
国会がはじまりました。就任以来、遅れに遅れた26日の菅総理の所信表明演説で、意外にも「2050年までに温室効果ガスゼロ」という宣言を打ち出されたのです。「おっ、たまにはいいこと言うねぇ」と思われた方も少なくないかと思います。すでに世界12
この間の日曜日、かねてより準備を進めてきました佐賀県小城市の株式会社山東美建による注文分譲住宅「OGYCAL(オジカル)」の記念すべき第1棟目の上棟となりました。雲ひとつない快晴の中、施工手中について綿密に事前打ち合わせをさせていただいた
この稿の最後です。大上段に構えましたが、たった一棟の住まいを丁寧に創り上げていく中ででも、その住まいが何十年も存在していくということを考えると、やはりこの国の住まいがこれからどちらに向かって進んでいくのだろうかと言うことはとても気になりま
やっている事は最先端であっても、常に様々な視点でバランスをとりながら、その時のなにがベターで、未来につながるかということを気にしないではいられません。 このところのエコハウスブームは、総じて良い傾向ではありますが、なんとなく上っ滑りな、時
そもそも、現在ごく一般的に全国で建てられている「軸在来」と言われる木造の工法は高々70年ほどの歴史の発展途上の工法です。敗戦により焼け野原になったこの国の住宅需要を急速に補うために、日米合作で編み出したという表現が一番近いかもしれません。
いまでこそ、先進の技術をもって超高性能住宅と呼称されるような仕事に携わっている私ですが、私の仕事の原点は京都にあります。学校を卒業して私は京都に就職しました。江戸城の普請に携わった伝統を持つ老舗の社寺建築を専門に創り続ける会社の設計部に入
今、髭は猛烈に奈良にいきたいという衝動にかられています。勿論日々多忙の現状にあって、にわかに成就出来るわけではないのですが、もう随分と訪れていないし、私の建築人生の中で何度も起こる禁断症状なのです。 奈良斑鳩の法隆寺は、言わずと知れた世界
さて、この稿の最後です。近年のエコハウスブームの影響は、日本の住まい全体の性能向上にはボトムアップの観点から貢献できていると思います。これが決して、今後も続けられていくべき進化のブレーキとなっては何にもなりません。昨今の環境変化で、厳しい
このところ30年も住まいの高性能化を目指してきた私が、すこしブレーキを踏むような印象のことを書いていますが、決してそうではありません。高性能化はもっとすすむべきです。ただ、私は常に申し上げていますが、下限は決めても上限は決めるべきではない
さて、過酷な条件下で、皆さんの暮らしに寄り添い、皆さんの暮らしをすこしでも良いものにしていくのが「住まい」の役割であるという思いは強く強くあります。そのための様々な性能ですし、災害の多い、また昨今は環境悪化で気候風土も刻々と変わっていく中
この季節の心地よさは、何ものにも変えがたい澄み切った空気と適度な温度で、加減のいらない理想の環境とぃった感じでしょうか。一口に「快適」と言いますが、様々な条件が折り重なって創り出すこの環境こそが、そう呼べるものだと実感します。大切なのは、
今年は夏の厳しさがあまりにも大きかったために、秋の高い空と、澄んだ空気が本当に心地良くて、なんだかそれだけで笑顔になってしまいそうな福岡の秋です。実りの秋を心から実感していらっしゃる方も多いと思います。一方、未だ決定打となる打開策も見つか
住まいの性能は日進月歩です。このくらいで良いと言うセリフは、「このくらいをよしとして私たちは作っているから買って」と言っているわけです。それ以上のものは念頭にないわけですから、そのトークの中に限ればそれが一番ということになります。限ればで
高性能住宅の実感には、様々なレベルがありますが、本来皆さんが求めているのは四季を通じて夏も冬も外部の厳しい気候条件から、住まい手の身を守ってくれる性能を求めているはずですが、「このくらいで良い」と言うお話をするセールストークを展開している
巷でエコ・省エネと言われる分野を意識して一定の性能の住まいがあるとして、その住まいの性能レベルによっては、その夏の方が厳しい環境になることは、このコラムでもずっとお話ししてきました。気密性能をあげ、断熱性能をあげていくと、冬の寒さは比例的
日々この清々しさをなんとか1日でも長く味わえないかと思いますが、ことの外そういう時期ほどすぐに過ぎ去っていくものかもしれませんね。この福岡は九州にありながらも北に日本海を臨む気候帯に属し、夏の蒸し暑さも尋常ではないのですが、冬も案外厳しい
福岡は青空にめぐまれた一番気持ちのよい季節です。街を歩いていても、車で走っていても、抜けるような青空と澄んだ空気に、「あーこのままずっとこんな季節であれば良いのに」と思ってしまいますが、現実は本当の束の間、先日までエアコンで冷房して凌いで
創り手には創り手として、皆さん住まい手には住まい手として、心のかよう住まいが出来れば良いなといつも思います。「消費者」という言葉がありますが、住まい創りを語る時に、どこかその言葉は殺伐として私は皆さんを語る呼称としてはなんとなく違和感があ
せっかく、広告宣伝効果のハウスメーカーのブランド力や、俺が俺がの比較のできない混沌とした情報から解き放たれるために、統一的な性能の物差しが浸透して、様々な呪縛から開放され、あなた自身が本当に望む住まいを構築できる時代だというのに、今度は、
自明なことですが、住まいの性能は刻々と向上していくことだろうとは思います。これくらいという際限がない。開発研究が進めば、まだまだ伸び代はあるはずです。私たちは常にその発展段階にあると思っていて、そういう意味においては世界中のこのうねりは目
何故、私たちが建てる住まいは、性能にこだわるか。それは住まい手のそこで始まる暮らしの一刻一刻が、住まい手にとって幸福で豊かであってほしいと願うからです。こだわりを持ったカスタムメイドの住まいが他で満たされていたとしても、暑い寒いで一喜一憂
優しくて、気持ちが暖かくなるような住まい空間をなんとか創りたい。その思いで常に物事を考えると、おのずと性能と言う部分には敏感になってしまいます。そう言う思いで「暖かいじゃん」と一言でかたづけられてしまう九州の地で、ほぼ変態扱いをされながら
この稿の最後です。なんだか省エネ住宅の拡大に水をさすような言い方になってしまいましたが、天邪鬼な私には、今の流れは概ね良い方向へ進んでいるとして、住まい手の本当の満足度という意味においては、もっと上の住まいづくりがあるのにという思いが強く
このままいくと、消費者が考える性能値になんとなくの合意形成で「この辺り」というラインができて、そこまで性能が飽和すると、また元の木阿弥、性能値が一定レベル以上の「買う家」が乱立します。消費され、飽きられ、また消費を繰り返していきます。性能
買う住まいは、結局のところ消費する住まいであり、やがて飽きがきて、価値も劣化します。ただ、手っ取り早い情報だけの受け売りの価値観で、チョイスするだけなら、これまでのハウスメーカーの家を買うことと余り変わらないのではないかというのが私の印象
かつて、戦後の住宅難解消のために始まった大手量産住宅メーカーが、その役目を終えてからも存在し続けるために、新聞テレビといったメディア戦略で徐々にブランド化され、やがてあまり根拠のないステイタスとなり、時代は住まいを手作りするものから、この
コロナ禍で一気に躍進したYoutubeなどのメディアが功を奏して、この国の高性能住宅への一般の皆さんの理解度は革命的に進んだという事が言えるかもしれません。良いことで、ずっとその啓蒙拡大に取り組んできたひとりの私にとっては悲願の成就とも言
エコ・省エネを一過性の消費材料にしてはなりません。そう言う意味では、これくらいで良いというゴールは無く、常にすこしでも改善してくべき分野で、およそ現代人がよく口にする消費に下支えされた「経済」などとは本来無縁のものなのです。よりお金をかけ
全く次元の違うお話しですが、住宅産業がエコ・省エネを語るときに、本来の目的である環境負荷への軽減などを鑑みれば、もっと加速してしかるべきなのに、なかなかそうならないのはなぜだろうと考えると、ろくな規制もかけない行政も、小出しにしてなかなか
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当時のお仲間がご夫妻と集まると、福岡パッシブハウス完成までの様々な物語が鮮明に思い出されて話題には事足りません。何よりもこんなに大切に、新築当時とほぼ変わらない状態で暮らし楽しまれているご夫妻の笑顔に出逢うたびに、手がけて本当に良かったフ
築13年の中古物件と聞けば、連想される世界があると思いますが、福岡パッシブハウスの場合はそのイメージにはほぼ該当しないということができると思います。私も何度かお客様をお連れしていますが、「え、新築ですか?」と言われるほど、建築当初の状態を
13年前に、パッシブハウスジャパン(以下PHJと記載)の森代表理事と共同設計で取り組んだのが、福岡市内に立つ国内3棟目の認定パッシブハウス「福岡パッシブハウス」です。実は、この福岡パッシブハウスが現在売却に出ていて、この木曜日まで
人が、自分の住処に求めるものはなんだろうと考える時、やはりどこに居るよりも心身ともに安らぐ場所であるということが第一に思い浮かぶものではないかなと思います。「心身ともに」と書きましたが、まさに心と身体の両面からの安心というものが要でないか
これまでの私の仕事の主たるところは、まさにお客様の住宅の新築の分野でした。ただ、ここまで社会全体がコスト高になってくると、万人に向けてその方法のみで対応が可能とは言いにくくなってきました。そもそも、いわば、「高性能のための高性能(スペック
どれが正しく、どれが間違っているということではないにしても、バラバラに発信されている各々の得意分野の方達が、独自に多種多様に放っている情報は、無秩序に拾っていくと、いわば食べ合わせが悪いことが起きてしまうことがあります。お客様の中でもネッ
現在のスタイルが始まった頃は、おそらく30年くらい前ですがここ福岡で弊社は稀有な存在だと言えたかもしれません。九州で「断熱・気密」という言葉を多用しただけで、不思議がられる時代でした。むしろ知らないもの怖さであらぬ攻撃すら受けたほどでした
思案していく中で、現状の社会でも建てるべき住まいはあると私も認識しています。ただ、そのために質を落とすことや、法外な資金繰りで築後の暮らしを蔑ろに企画を進めていくわけにはいきません。日々詰将棋のように一手一手を打っていきますが、社会全体の
「建築YA髭のCOLUMN」はまさに、建築YAである私が、35年余り一貫して取り組んでた建築屋としての自らの表現方法のひとつです。一貫して言えることは、愛すべき住まい手たちであるクライアントの皆さんが、長き人生の大半を過ごす「住まい」の創
正直に吐露すれば、「書けなかった」という方が正確かもしれません、十数年の間、毎日来る日も来る日もコラムを続けてきたこの場で、語ることがなんとなくできなくなってきたのです。決定的なことが何かあったということではありませんが、この数年、さまざ
台風10号が過ぎて、少し厳しさが緩みましたが、近年の夏は、宅内の温度の過酷さが宅内熱中症を産み出しているこの国の住まい事情があります。奇しくも昨晩のNHKのクローズアップ現代では、この国の住宅性能によって起こってしまう夏の問題が取り上げら
何だか例年言っていますが、「今年は特に暑い」という言葉が日に日にまして飛び交っている感覚があります。私たちが教育で教え込まれた日本の気候は、「表情豊かで四季があり、湿潤で人間が暮らすには最適な温暖な気候...」というような人に優しい環境を
羨ましくも、沖縄はもう梅雨明け宣言だそうですが、ここ福岡はまだまだ湿り気とムッとする熱気の坩堝の中にあります。今年の夏予報でも、例年通り「酷暑」という言葉が踊りました。いよいよ、暑さが増して来ている感じは年々増して感じる感覚であって、こん
世の中のうねりに、立ち止まりじっとばかりもしていられないけれど、風の時代と言われるようになってきてから既存の価値観がガラガラと崩れ去って、あらゆる事柄がゆらゆらと蠢いている感覚が拭えません。真新しい新築の住宅を住まい手のために生み出すこと
いつの世も、庶民は強かに生きていくものですから、世の流れに従いそれなりのライフスタイルで生きていけば良いということなのかと思いますが、このところの社会状況を見ていると、明らかにもうこれからは、おいそれと新築住宅を建て続けて、いわゆるスクラ
随分、コラムをお休みしてしまいました。書きたいことがないわけではないのですが、激動の社会変化の中にあって、私たちの仕事も大きく様変わりし始めている潮流をなんとか掴みきれないかとも外しているうちに、時が経ってしまったというのが正直なところで
暗い話しばかりしてきましたが、現状把握としては、冷静に俯瞰すれば語ってきたような状況が大きく横たわっています。ただ、「自分の住まいを建てたい」という、人間としての当然の欲求に対して、私たちはこの状況下で冷静に判断し、なんとかニーズに見合う
まず、なんとなくローンが組める年齢のリミットだからとか、周りも建て始めたからという、これまでの社会体制が曲がりなりにも安定していた時代に住まいづくりを模索するケースは減ってくるのではないかと想います。「なんとなく」ではあまりにも大きな投資
高嶺の花と書きましたが、なるべくそうならないように、広く皆さんの衝動として住まいづくりは実現できるものとして今後もあれば良いなと思ったりします。ただ、これまでのおひとりひとりが、住まいを建てることができるという時代も、長い歴史
その上、最近は在宅勤務やオンライン授業などで、自宅滞在時間も大幅に伸びたからなのか、住まいの室内環境に関しての意識が高まるとともに、さらにはエネルギーコストの爆上がりも後押しして、住まいそのものの性能も大きく取り上げられるようになりました
羨ましくも、沖縄はもう梅雨明け宣言だそうですが、ここ福岡はまだまだ湿り気とムッとする熱気の坩堝の中にあります。今年の夏予報でも、例年通り「酷暑」という言葉が踊りました。いよいよ、暑さが増して来ている感じは年々増して感じる感覚であって、こん
世の中のうねりに、立ち止まりじっとばかりもしていられないけれど、風の時代と言われるようになってきてから既存の価値観がガラガラと崩れ去って、あらゆる事柄がゆらゆらと蠢いている感覚が拭えません。真新しい新築の住宅を住まい手のために生み出すこと
いつの世も、庶民は強かに生きていくものですから、世の流れに従いそれなりのライフスタイルで生きていけば良いということなのかと思いますが、このところの社会状況を見ていると、明らかにもうこれからは、おいそれと新築住宅を建て続けて、いわゆるスクラ
随分、コラムをお休みしてしまいました。書きたいことがないわけではないのですが、激動の社会変化の中にあって、私たちの仕事も大きく様変わりし始めている潮流をなんとか掴みきれないかとも外しているうちに、時が経ってしまったというのが正直なところで
暗い話しばかりしてきましたが、現状把握としては、冷静に俯瞰すれば語ってきたような状況が大きく横たわっています。ただ、「自分の住まいを建てたい」という、人間としての当然の欲求に対して、私たちはこの状況下で冷静に判断し、なんとかニーズに見合う
まず、なんとなくローンが組める年齢のリミットだからとか、周りも建て始めたからという、これまでの社会体制が曲がりなりにも安定していた時代に住まいづくりを模索するケースは減ってくるのではないかと想います。「なんとなく」ではあまりにも大きな投資