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2018/07/28

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  • 静謐なダークホース 5-5

    館山が仕込みを続ける背後を通って、釜、出窓に向かう。それでも、やはりラジオは快適に今度はゲストを紹介していた。 「コンセントなら、店長、ホールの左端の二人用のテーブルの下に一つありますよ」館山が顔を横に向けて言った。手元は地鳴りのよう音と振動を奏で、肉を平たく伸ばす。 館山の指示は的確に店主の要望に答えた。真四角のテーブルの下に、不必要に三つの出口の、正確には六つの穴が確認できた。ラジオをかざす。捉えた周波数がはずれた音を奏でてる。プラスドライバーを手に、ねじを回すと、数十分前と同様の光景に店主は出くわした。内容物は立山に見せたのちに、足元で踏み潰した。コンセントもゴミ箱に投げ入れた。この店に…

  • 静謐なダークホース 5-4

    そういった風景に見とれて、足を進めた先に、ひびの入った壁に入り口を守る黒ずんだ幌とかすかに読めるタカオ無線の店名。記憶は二分の一を勝ち取った。店主は、躊躇うことなくドアを引き開けた。 外観からは想像がつかないほど、店内は明るく、埃っぽさや息苦しさという印象は払拭された。ショーケースが狭い店内の、通路を作り出している。入り口から向かって左右に二つ置かれている。また、取り囲む壁に沿っては、低く宝石や時計を眺めるケースに用途不明のほぼ黒色の塊が、かなりの高額な値をつけて陳列されていた。 入り口をまっすぐに進み、レジに座る男に店主は尋ねた。 「すいません、盗聴器を探す機械というものは、こちらにおいてい…

  • 静謐なダークホース 5-3

    「取り立てて特殊な調理法は採用していないし、味に関しても守秘義務は行っていない。それに、僕はあまりしゃべらない、館山さんたちは多少の迷惑を聞いている者に知られるかもしれないが、それほど普段と、仕事における態度に僕は違いを感じていない」 「気持ち悪いです、私は」めずらしく館山が主張を通す。他の従業員が出払っているため、という状況は大いに彼女の真理に影響していたのだろう。多数ではなく、一人に対して向けられるベクトルにこそ彼女の真意が込められる。反対に、大勢において彼女はほとんど真意を押し殺してる、店主は館山の性格付けを反証した。 「アーケード街に無線機を売る個人商店があったように記憶している。話を…

  • 静謐なダークホース 5-2

    「どこであれをつくったの?」 「……自宅です、正確には半分母親に手伝ってもらいました」 「そう、あなたのお母さんが優秀なのね」比済の頬が上がる。「自宅まで案内して。あなたのお母さんに、ご自宅に今いらっしゃる?」比済は彼女の両肩を掴んだ。 「……ええ、はい。たぶん、今日パートは休みのはずですから」 「いきましょう。お母さん、チョコの作り方覚えているかしら?」 「古いノートを見て、作ったので……。あの、その、私まだ……」 「わかっています。お金の話ね、車の中で話します。一刻も早く、作り方を知りたいのよ」 「待って下さい。あの方に気持ちを伝えていない、私は、そのために近づいたんだから」 「盗聴してい…

  • 静謐なダークホース 5-1

    「こんにちは、はじめまして、ううっと、ああ、なんだっけ、突然の訪問をお許しください」ドアを潜った人物は見慣れない顔、短めの上着にマフラーは、かなりの軽装。誰だろうか、ぶしつけな質問をこらえて店主が訪問の理由を尋ねた。 拮抗した空気がほどかれる。 「何か、御用でしょうか?ランチはもう終わりました。午後の営業は四時からです」 「お客として来たのではなくって、その、はい……」入ってきた女性は言いづらそうに唇をかむ。そして、ひらかれ言葉が出た。「……ランチを買うついでにお店の方にチョコを渡してもらったのは、実は私なんです」 「あなたが、そうなの?」比済ちあみは彼女の側面、全身、顔をつぶさに観察する。頭…

  • 静謐なダークホース 4-9

    「かなり独断ですね」 比済が店内に戻る。彼女の全身が見える入り口のマットの上で止まった。表情は固い。引きつりも見られるだろうか。 「製造中止をどのタイミングで行うのでしょうか?」 「世間におけるバランス」 「圧倒的なシェアを獲得したら?」 「栄養食の部門で?」 「ええ」 「食品全体に占めるパーセンテージでは?」 「明らかにそれはデータではありませんか。あなたは数字を元に決断されるの?」 「私の独断です」 「救われる人は確実に増えます」 「でしょうね」 「貧困も撲滅でき、栄養状態の悪化による病気の予防には最適なのです」 「私も、そう思います」 「だったら、なぜ手を貸してくれない?」 「この店のお…

  • 静謐なダークホース 4-8

    「おっしゃることは重々承知した上での報告です。どうかご決断を!」彼女は回答、合意を迫った。 「……私の権限で、市場に出回る製品の製造中止権も付帯してください」 「一度、消費者の手元に渡ると、回収は困難ですが」あざ笑う彼女。 「出回っていた商品は放っておいてかまいません、私のタイミングで、以降の製造を止められたら、残りのチョコはお渡ししますよ」 「やはり、まだ持っていたのですね」 「ですから、持っていないとはいっていませんよ」 「私の独断では即座に回答はしかねます。上司に連絡を取りましょう」 「あなたの手柄が横取りされませんか?」 「ご心配には及びません。データの管理は私のチームが行っている」比…

  • 静謐なダークホース 4-7

    「帰って」 「要請には従えない、残りを受け取るまでは」傾けた首。彼女は、ケースの一つに手をかけたようだ、厨房からは彼女の手元は隠れている。 「店長さんが、素直に従ってくれない事態は一応想定しておりました。そのための手段でこれをお渡しするのは、多少気が引けます。だって、あなたは必ず首を縦に振りますからね」 「何をもってきたって言うのよ」館山は知り合いにくいかかる。眉間に皺がよる。片方の足に体重を乗せて、胸の高い位置で腕をがっしりと組んだ。 「正当な価格、去年の夏頃に推移していた平均価格で白米を購入できる行使権の譲渡です」 「行使権?」館山が聞き返す。 「一定水準の売り上げ、商業規模、商品数、社員…

  • 静謐なダークホース 4-6

    「先に、他の企業が販売をしてしまう。商品が店頭に並ぶためには一定期間の審査をクリアする必要がある、ときいたことがあります。間に合わないのではないのでしょうか」 彼女は微笑を浮かべる、後ろの二人へそれぞれが持つケースをカウンターテーブルに置くようとの指示。上目遣い。「遅れた販売であっても類似品とみなされても、発売日の間隔が近ければ、他を真似た商品と受け取られにくい。凌駕するのは常に強者。より良いものが残り、淘汰される。自然摂理と一緒ですよ」 「要求には応じられません」店主は断る。 「強制的な圧力は施したくはないと考えています」彼女の落ち窪んだ瞼が、研究に没頭する人間の外面を厭わない隔絶された意識…

  • 静謐なダークホース 4-5

    「八分」 「九分」 「八分」 「わかりました。八分で」 店主は、ホールの壁掛け時計で時間を確認した。 「機密情報なのであまり口外はしたくないのですが、他の企業が来月早々にも栄養食品の販売を控えているらしいのです。私どもが手に入れた、あなたがもたらした奇抜な栄養素を含んだ食品だそうです」 「では、その企業の方が、私に贈り物を届けたのでしょう」店主は腕を組んで、応対する。失礼な態度ととられても、彼女たちの方がぶしつけ。比べるならば、こちらの横柄さはむしろ彼女たちには許容範囲だろう。 「いいえ、内情を知るものからは、そのような報告は受けていない、との情報です」 「スパイですか、ライバル企業に?」店主…

  • 静謐なダークホース 4-4

    「あのチョコ、形、外見は綺麗でした。ああ、わかった、あの手紙か。メッセージがなければ、かなりまともで、食べられたかもしれません」 「それはいえるかも」 「嘘はいけません」 「手には取ったかもしれない」 「譲歩しましたね」 拭いた皿をカウンターの定位置へ。残された皿を上に重ねて、循環。使われない皿を発生させない配慮だ。腰をぐっと、押し付けるように、洗い場の小川はうめき声を上げて、仕事の一段落を主張した。 「小川さん、休憩」店主が呼びかける。 「あーっつ、ちょうどですね。ふう、今日はいつもよりお客さんの入り多かったように思いますけど、ライスがなくなって、パンにしたから、お客さんの食べるスピードは尋…

  • 静謐なダークホース 4-3

    比済ちあみがもたらした情報は、午後のランチ明けまで持ち越される。 「今日も一人立っていましたね、外に」ピザ釜の灰を丁寧に取り除き、足元のバケツへ舞う灰を押さえる。マスクをはずした館山が言う。 「待ちぼうけの人を見張っている人はいる?」店主は、小川が洗う皿の水分をふき取る。店内のランチであったため、食器洗い担当の小川の仕事が、まだ完遂されないでいる。国見はいち早く休憩を取るため、レジの清算を済ませていた。休憩の催促は、彼女自らが申し出た。引き止める理由もないので、店主はあっさり了承している。 「向いのビルに人は立っていますけど、待ち合わせか、雪よけのためですね」館山はバケツの蓋を閉めると、言葉を…

  • 静謐なダークホース 4-2

    「はあははは、へへへ」 「わかりやすくごまかすな」 「あの丸いやつ……っあぐっ」くぐもった小川の声。店主が振り返ると、細長い指、館山の手が小川の口を完全に覆う。館山はおもむろにコックコートの内ポケットを探って、紙を取り出した。太い文字は、「店内、盗聴の恐れあり」と書いてあった。紙をしまって、小川の口が解放される。 「うはわっつは、半分もうダメかといくつか神様に一生のお願いを頼んでしまった。くそう、ここまで残しておいたのに」 「一生の願いは普通一つだ、それに鼻が空いていた。死にはしない」 「小指の関節が塞いでました。それよりも、と、……今のは事実ですか?」 店主はボールに向き直り、ひき肉をこねた…

  • 静謐なダークホース 4-1

    「昨日の件の説明を私、まだしてもらっていないんですけど?」開店前の厨房。小川が仕込みを縫って、先ほどから問い掛けている。鳥のようにくちばしでつつき、痛みはあまり感じないが、集中は途切れる。 「だから何度も言ってる、ここで話せないって!」眉を吊り上げる館山は、小川のわがままに付き合う。店主は我冠せず、一人黙々、意気揚々とランチの仕込みに余念がない。 今日はハンバーグ。屋外の状況を見計らい、店内のランチに決めた。テイクアウトと店内の飲食、どちらも屋外の待機が伴ってしまう。ならば大部分の寒さを凌ぎ、食事を運び、食欲を満たす店内でのランチを店主は選んだ。 ハンバーガーも昨夜の時点では候補に挙がっていた…

  • 静謐なダークホース 3-6

    「だったら、なおさら引渡しは拒否します」 「……店長、私限界です」小川が沈むようにうずくまった。 「国見さん、音を下げて!」手招きする仕草、店主はレジの国見に伝えた。圧迫感が取り払われ、体の身軽さを体感する。「小川さん、大丈夫?」 「三半規管が弱くて、大きすぎる音を聞くと、車酔いみたいになって。はあ、でも、もう平気です、心配に及びません」 「こちらの提案は受け入れられないか、これは今後、意見の変更を望めますか?」比済の声は大きくも小さくもない通常の音量である。危険や脅威が大音量で取り払われた、と判断しているのだろうか。店主はわかりかねる。 「意見とは常に一定ではない、と私は思います。必ずという…

  • 静謐なダークホース 3-5

    最後の一組が帰り、今日の営業が終了する。比済が一度席をはずした理由は、最後に帰った一組が彼女もしくは球体のチョコに特別な関心か、店内のかすかな会話に聞き耳をたてていたのかのどちらかだろう。しかし、栄養素が失われない、というのはどういった仕組みだろう、店主は疑問を投げ掛けつつ、途中まで手をつけたコンロを洗った。 床に稀釈した洗剤を巻いてデッキブラシでこする。シャカシャカ、リズミカルな音色。小川が横長の厨房を端から端までこすり上げる。彼女の通過後に、洗剤と汚れと食材のくずを洗い流せば、掃除は終了。ホールの掃除は国見がいち早くゴミをとり終えていた。 ドアが開く。「申し訳ありません、営業は終了したので…

  • 静謐なダークホース 3-4

    「三十ミリグラムは金額に換算すると三百万。コンマ一ミリグラム当たり一万円の価値。それほど、食品加工の段階で費用がかさむ物質です。一体これをどこで手に入れたのか、不思議でならない。もちろん、自然界には絶対に存在しません」一人熱弁を振るう。比済は髪の乱れをかまうことなく首を振った。 「固体、液体での存在は難しいと?」 「加工に至るまでの段階で、何かしら他の物質との共益関係を結ばなくては、しかも口に入れるためには人体に有益な物質、しかも適量で、一度に大量に摂取しても健康を保てる物質が手を繋ぐ条件。あと方法としましては、そうですね、温度管理でしょうか、状態変化を起こす過度な環境に晒すことで、性質の安定…

  • 静謐なダークホース 3-3

    一枚、ピザの注文が入る。館山の厨房に戻る反応を抑えて、店主が生地を焼いた。お客が会計を済ませ、地下鉄と電車の駅に向かう。ちらつく程度の雪も風で存在感を高めていた。 ピザはどうやら、館山の知り合いが注文したようで、館山が厨房に戻り、直接彼女がお客へと運んだ。ホールの国見が皿を重ねに重ねて、洗い場の小川に尽きない洗い物を増やす。国見が声をかけた。 「店長、オーダー締め切りました」 「そう、ありがとう」ホールのざわつきが消えている、お客はホールに一組とカウンターの一人のみだ。店主は厨房の片付けに取り掛かる。 斜め後ろから館山がそっと声をかける。ささやき声である。「店長、ちょっとお時間よろしいですか?…

  • 静謐なダークホース 3-2

    「綺麗ですね、あの人」 「そう?」 「店長は、あんまり人のことを褒めませんよね」 「そう?」 「町で見かけた人を目で追ったりしません?普通の人の行動ですよ」 「それってつまり外見で人を判断している、とは受け取られないの?」フライパンを加熱、冷蔵庫からハンバーグのタネを取り出す。 「えっと、言われてみれば、はい、その通りかも」 「通常と目される行動はしてほしくて、でも、自分に向けられる時には愛情と思える。どちらも視線という括りに、明確な違いはない。したがって、世間の常識に納まった相手の行動を求めている。目で追い続ければ、指摘、怒る。だけど、無関心すぎても納得がいかない」 「ぐうの音も出ません」小…

  • 静謐なダークホース 3-1

    ディナー、活気を帯びる時間帯の午後九時。日常会話が途切れた厨房で食材が焼かれ煮られ、油で揚げられ、ソースを塗られ、盛り付けられ、緑鮮やかな野菜が飾られる。国見がお客を一人、カウンターへ案内。ドア側の区切られた二席の一つにお客は腰をすえる。冬場は、最後にお客をそこへ案内する決まりを設けている。ホール内と比べ、気温差を感じやすい位置なので、満席でもめったにお客の誘導は行わない。それは裏を返せば、案内されたお客は店の関係者か店に出入りする業者、あるいは従業員の知り合いであることの証明である。 「店長、あのですね、お昼に話した成分の同定を行ってもらった私の同級です、彼女」館山は、盛り付け料理の完成を教…

  • 静謐なダークホース 2-10

    「手渡すここまでの道のりも当事者のプランの一部さ。夢を描いて、それに従って、歩いてる。僕が包装を受け取って嬉しがるのは誰?当事者だと、僕は思うね」店主は、箱を丁寧に重ねた。「相手の気持ちに配慮が足りない、そう言われるかもしれない。でも、わかる必要はないよね。個人的な意見に、賛成や同意だけが、正しい受け止め方とは思えない。むしろ、反対や拒否にも居場所を与えるべきだ。労力をかけたから、時間を費やしたから、寝ずに頑張って作ったから、準備を重ねて失敗を繰り返して最高の状態で渡したから、どれも背後の自愛が透けて見えている。間違っているとは言わない、だだし、僕は応えられない。まあ、市販の商品なら食べなくも…

  • 静謐なダークホース 2-9

    「食べることはそんなに必要かな?」 「休憩入ります」 「どうぞ」 「安佐、もう一つは?怪しい待ち人は二人だったでしょう」 「先輩が今度は開けてくださいよ、私ばっかり。見たい気持ちは同じくらいですもんね」 「見たいなんて、一言も言ってない。危険か安全かを確かめないと、仕込みに身が入らないから、言ってあげているの」小川に対した言葉遣いと声色は店主に向けられた途端に愁いを帯びる。館山が開封の許可を願う。 他の包みを無造作に手に取りつつ店主は、視線を合わせ、数秒停止、瞬き、そして首を縦に振った。 黒のリボンが十字に巻かれるつや消しのボックスが開かれた、そこには意外な提供物が納まっていた。 「これは、……

  • 静謐なダークホース 2-8

    「薬の注意書きを意識して書いたんでしょうね」店主の手元を覗く館山は、口元に手を当てる。「すいません、勝手に見て」 「いいよ。文章は誰かに見られる前提」 「私に見せてください」爛々と輝かせる瞳で小川が見つめる。店主は向きを変えて紙を渡す。「へえ、この時代に手紙ですか。そうか、この方が効力はありそうですね、ありきたりだけど、相手はどちらかに転ぶ」 「イエスかノーってこと?」館山が横目できいた。 「重たいと感じるか、それとも紙に書いて物質として残る状態を愛情と受け止めるか。メールやネット上でのやり取りには、存在しない、この、なんというか、無駄な手間暇は、あわよくば、捨て身に人の背中を押す」 「日常だ…

  • 静謐なダークホース 2-7

    「いいから早く開けなって」館山も箱が見える位置に近寄る。 「えいっつとう、うーん、これって……バレンタインの贈り物?」 上蓋の次に三人を襲ったのは、球状の塊、四つであった。 「惑星を模したチョコレートなら見たことがあるけど」館山は眉間にしわ寄せて唸る。「どう見ても、角度を変えても、木だなあ。木目もある」 「店長、手に取ってみてもいいですか?」小川が同意を要求する。店主は軽く顎を引き、彼女の行動に許可を与えた。 「あっ、固い。でも、弾力がありますよ。これ、木じゃないかも」 「どっちだよ」館山がいう。 こげ茶色で側面が波を打つ球状の物体は、周りを汚さないためか、もしくは区切った枠内の真ん中にとどめ…

  • 静謐なダークホース 2-6

    「もらうのが嬉しい。自分で買っても味気ないですよ。それがプレゼントの持ち味って言うのか、うーん、本質?ですよ」半ば怒ったようにそれでも口調は柔らかく、尖ったはずの言葉の先端は丸く、面が取れてる。 「店長が食べもてもいいって許可が下りたら、食べるでしょうに」 「それはだって、せっかくのご好意ですもん、遠慮したら店長に悪いですからね。勧められたら甘んじて受け入れる、常識ですよ、世間で生き抜くための。私みたいな新人には必要なサバイバルの知恵ですよ」 得意気に小川は回答するも、表情の見えない彼女の重たい視線を店主はうすうす感じている。彼女が見つめる僕、その先のチョコ。ランチで交わした彼女はうらやましさ…

  • 静謐なダークホース 2-5

    勘違いをさせる振る舞いは、神に誓い、舌を切り落としても良い、思わせぶりな態度は見せてはいない。僕は一貫して、教室内の人物、教師を含む人間には興味を持った記憶は正確に呼び起こしても見つからない。見つけようがない。 記憶は鮮明、劣化などしない。保存が利くのだ。そう、塩のきいた保存食のように。乾燥。からから。 哀れに見えたのかも。 だから手を差し伸べたくなった。 自分も救われると勘違いして、救われるのは自分なのに。 言い換え、換言、代替、転用。 視界の色を一色取り除く。明度も感度も彩度も落ちる。しかし、対象物はより鮮明に内部に潜む形のありかをありありと見せる。だから、動物は色を好まなかったのかも。言…

  • 静謐なダークホース 2-4

    「あの人たち並んでますよ」見開いた瞳で小川が屋外の怪しげな二人の最新情報を伝えながらも、数箇所黒い焦げ目がついた長方形、紙に包まれたピザを容器に詰める。 数十人分を持って小川が外に運ぶ。多少サイズが小ぶりなために、お客は二つ以上の注文が多い。第三陣をオーブンに投下、火を入れる。釜のほうが一度に焼ける枚数が多く、オーブンには二回に分けた手間が要求される。オーブンで焼いても味はそれほど変わらないだろう、現に僕を含む従業員が食べ比べても、三つに一つは味を見極められなかった。 しかし、お客の味は釜で焼かれたという、事実がおいしさをまとう。だから、最後の仕上げは釜に入れて、短時間でもお客の視界に、取り出…

  • 静謐なダークホース 2-3

    「楽しいですか、一人だけで?」 「二人だったことは、僕にはないよ」 「それは、……どういう意味ですか?」 「言葉どおり。解釈は小川さんに次第」 「意味深。うーん、これゴーのサインかも。だけど、しかし、ううむ。見極めが難しい」 店主はホールに降りて、入り口の摘みを捻る。ロックがかかった。 「小川さん、ちょっとその人たちを見ていて。ずっとじゃなくていい、気がついたら、二人の立っている場所を確かめて欲しい」店主は、サムアップのサインを外に見えないよう、自分肩口を指して小川に頼んだ。 「店の前に立っている人ですよね?はい、はい。多分店長が目当てですよ」 「知ってたんだ」 「店長、いつも店に入るの早いじ…

  • 静謐なダークホース 2-2

    だが、そのデータ収集も先週で終わり。今日はランチメニューに仕込みにあまり時間を割かれないため、早朝通常出勤の二時間前に店に来ることはないのだが、ただの提供ではと思い、店主はいつもの時刻に家を出て、いつものように厨房に立つ。 出窓、かすれた前任者の店名が透けたガラス、通り、時折の軽自動車と通行人に隠れて二人の人物がこちらを見つめ、電信柱のように埋め込まれた両足で立っていた。二人は見たところ、知らない人物。互いの距離は、おそらく存在は感じているだろう。これからピックアップされるのかも、同じ車両に。それぐらいしか予測は立たない、店主は、ピザの利用に思考を切り替える。 午前八時十二分を、ホールの時計が…

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