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2018/07/28

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  • 静謐なダークホース 2-1

    東京では雪らしい。交通網は遅延の恐れ、警戒と転倒の危険を呼びかける。 地下道を出て見上げた、交差点の大型ビジョンである。 全国ネットのニュースともいえない情報番組。今日の運勢を省けば、詳細な予報が伝えられるのでは、手を振って明日の再会を呼びかける女性に見切りをつけ、店主はつま先を翻す。左手にリニューアルから数週間を迎えた商業店舗。気の早いガラスの越しのマネキンは、薄手のコートと明るくさわやかな色合いの洋服を身にまとう。しかし、表情はそっぽを向いて無表情。ショーウィンドウに惹かれて洋服を購入する人はどれぐらいの割合だろうか、店主は行き過ぎ、角を曲がって考察をはじめた。ラインナップの告知なしに、お…

  • 静謐なダークホース 1-6

    「クリスマスみたいに単なる一年のうちの一日だって言いませんよね、今回は?」 「どうして?」 「想いを伝える絶好の機会を世間公認で与えられたら、そりゃあ、ねえ、気分も高まりますよ」背伸び、店主は吊戸棚に乾燥のパスタを置き並べる。そしてステンレスの引き戸を閉めた。 「渡すことが目的、それとも付き合うこと、小川さんの年代ならさらに先の関係性は考えていないだろうね。すると、親しい関係性をより高めて、という図式が理想。だけれど、想いを伝えて満足、という人も中にはいるはずだ。溜め込んだ気持ちを投げ出すほうが、解放されるからね。それに、あわよくば相手がその好意を受け止めてくれるかもしれない、そんな期待もなく…

  • 静謐なダークホース 1-5

    「なるほど。それで連絡先が書かれていなかった手紙に大豆拒否の意志が伝わらない、違うか、伝えられなかったので、倉庫の半分が大豆で埋まってしまったんですね」小川がしゃべると、ロッカーの扉が閉まった。 「テレビの取材もあれがきっかけだろうさ」館山の言葉が途切れて、再開。上着を替えたのだろう、と店主は推測。「取材攻勢の電話には正直うんざり」館山が言うように、テレビカメラに収められた行列の様子は瞬く間に反響を呼んでしまい、店へ多くの、見知らぬ、テレビに映る有名で話題なスポットを訪れるのと寸分たがわ勘違いのお客が押し寄せたのである。ただ、メディアに取り上げられる店が有する味や流行の、または真新しい料理とは…

  • 静謐なダークホース 1-4

    「ん?」首を突き出す館山は後ろの縛った髪が体の傾きにより、前面にするりと落ちる。「ドアに、あれ。なんだろう?」ホールと店主の間を切り裂き、館山がモップ片手に走りよってドアを開閉。モップと片腕、半身を店内、水分をふき取るマット上に留めて、ドアに挟まった紙を手にして吸い込まれるような冷気の流れを遮断した。彼女の目は、紙を追っている。 「手紙?」 「大豆論者っていう宛名です」館山は手を振るように店主に向けて二往復。どうやら紙ではあっても、封書のようだ。 「読み上げて?」店主は開封を促す。 「いいんですか?」 「皆さんに関する事柄しか書かれていないよ」 「では、僭越ながら」館山は咳払い、一言目を読み間…

  • 静謐なダークホース 1-3

    「国見さんは、どう?」 「ピザは列に並んだお客が黒板を見て、必ず声に出していたので……ああ、もしかして」国見は話のなかで思い出したらしい、首がすぼみ、それから勢いよく定位置に戻る。 「なに?」 「声に出していたということは、少なくとも二人以上で並んでいたのではと思ったのです」 「なるほどね」 「二人だけで完結しないで」小麦論者の彼女が訴える。 「つまり、国見さんに届いた声はお客同士の会話。一人がピザを頼めば、もう一人は必然的に他のメニューを頼む確率が高い。ピザを頼んだ組もあったでしょう。しかし、ピザは注文数に対応しきれずに、提供の速度が極端に落ちた、ここから得られる解はどちらかがピザを頼み、ど…

  • 静謐なダークホース 1-2

    また、逸れたので本筋に戻る。正午からは、一時、白米の独壇場。背広のサラリーマンが多く、他のメニューにはないボリュームが好まれたらしい。そして、最後の一時間は男女年代ともにバラバラ、飛び交う注文はまちまち。 お客の視線は時に駅前通り、開店パーティーの洋服店にじっと、時には首を伸ばして、列を半身にはみ出す。 残り十分、終了までのカウントダウン。 鶏肉が底をついてしまった。仕方ない、不公平ではあるが、そもそもが万全の体制ではなかったので、文句は認めないつもり。目を引くお得感を最大限活かしたメニューだったはず。 そして、約束の二時。買いあぶれたお客に非礼を詫びて、なだめ、幕を閉じた。 集計。 予定時刻…

  • 静謐なダークホース 1-1

    「そこからがクライマックス。途中で止めるとは何事ですか」小川安佐が怒りを表す。 「先輩、私はあんたより年もキャリアも上なの」 「店に入った時期は一緒です、だから同期ですよ。もう教えてくれてもいいじゃないですか」 「月日は流れた」 「詩人ですねって、言うとでも思いましたか」 「全然おもう」 「全然の後は”ない”が続くんです」 「常識は変わる」 「機嫌が悪いですね」 「普通かな」 壁一枚隔てたロッカーの会話。店主は、倉庫で明日のランチに使えそうな食材、食品、液体を物色。前任者が置いて行った二段のステップ、スチールラック最上段の物を取る踏み台に腰を掛ける。年を越した初めの月、あの日はまさに不休の最中…

  • 抑え方と取られ方 5-5

    「国見さん、大卒ですか?」 「一応ね、地方大学だけど。仕事に培われない学問をそれなりの施設で肩書きを手にしただけ」 「そんなもんですかね。おっと、安佐から。なんだろう。もしもし。うん、もうすぐ。えっ?そうなんだ。ふうん。知らない、だって取材の許可は店長が許さないでしょう。さあ、きいてないけど。そう、あんたかなり元気じゃない?ああ、いいわかった、しゃべるな、うるさいなあもう。はいじゃあね、お大事に」 「何、安佐?」国見が端末を指してきいた。 「テレビカメラで通りの行列が映っている、小川が言ってます。何でも、角のアパレルだかの服屋がリニューアルオープンだそうで、そのレセプションパーティーの中継だそ…

  • 抑え方と取られ方 5-4

    十分を過ぎて、鶏を焼く。ご飯が炊き上がった。慌ただしく厨房に音が交錯する。まるで都市部の交差点。 弱火で火加減を見ながら、ひとまず鶏をしばらく放置、とうもろこし粉で包む中の具材に取り掛かる。 トマトを湯剥き。昨日整形したハンバーグ用のひき肉をバットごと代用。香味野菜と香辛料で味付け。炒めた餡を館山に渡す。彼女はすでにとうもろこしのパンを焼き始めている。こちらは具材が乗っていない状態であるから、提供直前に一度フライパンで表面を焼いて火を入れることが可能。 「店長、外を見てください」首をそらせた館山が外を見つめる後頭部で言う。 人だかり、列は縦の通りにぶつかり、道の対面に列が移動、そして店の前に後…

  • 抑え方と取られ方 5-3

    前日に冷蔵庫へ移した解凍済みの鶏肉の量を確かめる。ネックは鶏の数量だ。鶏は白米とあわせる。白米は有美野アリサが大量の持ち込み、使用料に制限はほぼないといっていいだろう。鶏もあるにはあるが、冷凍庫でカチコチ。急激な解凍は肉を固くするため、限られた時間では対処を控えるべきだ。要するに鶏の数量にすべての個数を合わせるという方法を取るしかない。しかし、数量制限を越えた事態も考えなくてはならない。また、問題が浮上してくるのか。鶏肉の下処理に、問題の解決に挑む。 開店まで残り四十分。考えを一旦保留。 鶏肉を塩と酒につけてしばし休ませる。早めに茹で上げる大豆は水分をしっかり切って、直火とオーブントースターで…

  • 抑え方と取られ方 5-2

    思案。立ち止まり、腰に手を当てる。 作業を抽象化する。何をしているのだろうか、根本を探す。 火を入れる。豆を茹で上げる行為は、水分を含んだ豆を加熱すること。 ……オーブンと釜だ。 水分を含ませつつ、通常の半分の湯で時間に大豆を上げたら、きっちり水分をふき取り、豆をローストしよう。 火加減は、限りなく弱火。焦げてはいけない。離れられない、国見に頼もう。 大豆はこれで目処がついた、店主は次に合わせる食材を探す。ピザはオーソドックス。トマトソースに塩漬けした豚肉にピーマン。 白米には何が最適だろうか、過去のメニューをさらう。鶏肉だろうな。 とうもろこしは前回の薄焼きの生地を肉と野菜の炒め物で巻いたス…

  • 抑え方と取られ方 4-9 5-1

    「おはようございますぅ」天候は回復、しかし気温は低下。放射冷却。国見蘭は、通路に立つ小麦論者の彼女へ会釈、カウンターに付近の有美野に苦笑いと会釈、数歩進んでホールの灰賀へはきっちりと頭を下げた。彼を彼女は覚えているようだ。店主には、状況を直接聞かない配慮。国見は奥に足早で引っ込んだ。 5-1 開店準備。国見にこれまでの状況説明を済ませると、各自、持ち場に取り掛かる。 三人の依頼者、つまり本日の特殊なランチ形態を生み出した張本人たちには店外へ移動を促し、ランチ終了の午後二時に集合の約束を取りつけた。三名が席に着く店内をお客が覗き、店内での飲食を催促しかねない、そのための事前の措置である。あるいは…

  • 抑え方と取られ方 4-8

    「他のお二人はいかかですか?」 「問題ない」マスクをしたままで灰賀が言う。「私には失うものはありません。メニューには載っていませんでしたから、ランチで好評を博したメニューはディナーでも提供される、そう窺いました。今回の場合はどうでしょうかね?」 「ええ、可能性はあると思います。ただ、何度かデータは収集させていただきますし、他の料理との兼ね合い、仕込みに費やされる時間、オーダーから注文までの提供時間等々を考慮した上で、はい、決めさせていただきます。確実に、とは言い切れない。しかし、過去の事例を振りかえるに可能性は十分高いと思われて結構です」 「満足、異論はありません」 「あなたはいかがですか?」…

  • 抑え方と取られ方 4-7

    「出品にはリスクが伴う。お米はその価格、小麦はアレルギー、大豆は価格とアレルギー、とうもろこしは知名度の低さ。お米は高騰によって使用を断念、小麦はお米から小麦への主食の乗り換えによる摂取量の増大が要因のアレルギー症状を誘発、同じく大豆は前者の二つに関連した第三の主要穀物としての期待に乗った同様の価値上昇と病気、さらにとうもろこしは前の三つよりはるかに摂取量が低いため、多量の食事が引き起こす症状はこの中でもっとも未知数で危険と判断。要するに、お米のバランス崩壊がまねいたかつての均衡を維持するためには、実情に沿った穀物の変更が必須となる。利益ゼロや発症のリスクを背負って定期的に穀物を世間の反応に反…

  • 抑え方と取られ方 4-6

    「は?店長、今なんて?」 「独り言。きかなかったことに」店長は、サロンを締め直す。「着替えて、準備を始めて」 「は、はあ」腑に落ちない店長の態度に驚いてから、伝言を思い出す。「ああ、あとですね。安佐から伝言で病院でウィルスの減少が検査で確認できたようで、二日後の復帰許可を頂いたそうです」 「そう、じゃあ、いいじゃない。二日後で」 「では、そう伝えます」着替えに国見が奥のロッカーへ、店主は釜に火を入れる。 すると、有美野がカウンターの天板をドンと叩く。テーブルに恨みがあるように思えない。発音による感情の高まり、または主に怒りに類する感情。この場合は僕が対象者だろう、と店主は思う。背を向けたまま店…

  • 抑え方と取られ方 4-5

    店主に言いかける彼女よりコンマ数秒早く男がしゃべる。「多糖類を単糖類へ変える酵素がこのとうもろこしから発見された。複雑な分子構造の多糖類を吸収の容易い単糖類に変化、体内への吸収に寄与。さらに、副次的な恩恵にもあずかった。たんぱく質の吸収を高める効果がこれまで性質には見ることのなかったが、この品種は効果が現れていたのです。これは、食物性のたんぱく質である大豆にも白米にも引けをとらない値」 「牛乳をかけて食べるフレークだって、一時のブームで終わったじゃないの。小麦は違う。既に家庭の戸棚には必ず小麦粉が入っているわ」小麦論者の彼女は小麦の良さと現状を語る。 「あなたの理論で言えば、小麦の常備は家庭必…

  • 抑え方と取られ方 4-4

    おいしさが必ずしも正しさに直結するのならば、高級店で扱う最高級品・ブランド名が冠された食品ばかりを単に焼いたり蒸したり、その他基本的な調理工程だけで、味は堪能できる。創作料理や多国籍料理などは店を構える段階で負けを認めていると解釈。味の創出をメーンに掲げられないのならば、生き残りをかけて他店と味を競うよりも、名の知れた高級とされる食品を扱う店という価値に重点を置いたらいいのではと思ってしまう。 料理の技量や経験が勝る料理人はこの界隈でも数え切れないだろう。しかし、店主は店の経営維持に借金をせず、店を開いた。特段、奇をてらった料理も高級な食材も流行を追った料理も作らない。店主の特殊性を強いてあげ…

  • 抑え方と取られ方 4-3

    「ここ最近の天気は春を思い出させますなあ」入り口にくぐもった男の声。マスクをはめた豊かな髪の男が両腕に茶色く粗雑な紙袋を抱える。とうもろこしを勧めた業者である。まったく偶然というものがこの世にはあるのだ、と店主は、年季の入った黒ずんだ天井を仰ぐ。店内は混沌とそしてランチの仕込みはどんどんと引き伸ばされる。 「部外者は立ち入り禁止」小麦論者が言う。 「時間を守りなさい。開店時間まで外で待てないのかしら」有美野のあきれた物言い。 「お嬢さん方、顔に似合わず口調が厳しいですよ。おしとやかにされたほうが、男受けは大変によろしい」 「セクハラ」 「仕事仲間だったらとっくに訴えています」 男は肩をすくめた…

  • 抑え方と取られ方 4-2

    「先客は私。順番すら守れない、やっぱりお嬢様っていうのは、決まって傲慢で、自己中心的でなにかにつけて自分を優先使用する。あーあ、お金持ちの家に生まれても、ああ、はなりたくないね。だって、お金持ちでも立派な人格の仕事相手と交流があるもの私は。いだやね、自分の力では何一つ、これっぽちも、社会には響かない」 「口が過ぎるんじゃない」 「言わせたのそっち。私がまだ話している。場所を譲りなさい」 「イヤ」 「はああ。面倒だな」彼女は頭を掻く。片方の手は腰に当てる。「店長さんが即決してくれたら、無駄な時間に巻き込まれずに済んだのに」 表のトラックが低音を奏でて微振動に上下動、店の前を通過した。 「荷物は?…

  • 抑え方と取られ方 4-1

    「受け取りを拒否します」 「ええっと、そんな、いいえ、その、拒否ですか?」 「まっとうな意見ね」戸口の小麦論者の女性が店主の発言を擁護、後押し、あるいは同意する。しかし、彼女の意志と僕とは、判断が異なっている。 ヤマイヌ急便の配達係は、ベルトの位置で帽子を掴むように握る。「送り主様はお知り合いの方ですか?できればその、持ち帰るのは控えたいと思うのですが……」 「顔見知りではありますが、知り合いではありません」 「困ったなあ」 「受け取り拒否の権利というものは、あなたの労力如何によって、つまり重量の重さが配送センターに持ち帰る仕事量に比例して拒否される。そういった表情をされている」 「私は一言も…

  • 抑え方と取られ方 3-6

    「何を言っても、引き下がらないつもりね。わかった、わかった。ふうん、最終手段は使いたくなかったけど。明日から、店は小麦しか使えないようになってもいいよね?」不敵な笑み、顎を引いて、彼女は白眼を強調する。ドアのガラスから漏れる光が彼女の影を大きく不気味に輪郭が際立つ。 「小麦しか使えないなら、店は開けられません。それはあなたにとっては不本意では?」 「永久に営業停止。それか、小麦のみの店を開くか。二つに一つね」 「選択肢とは二つ以上の候補が存在する。あなたがいわれる現実は、極端に偏った二つ、限りなく黒に近いグレーと真っ黒しか用意されていない」 「世の中のほとんどは選択はあらかじめの用意周到さによ…

  • 抑え方と取られ方 3-5

    「どういうこと?なんとか言いなさいよ!」怒声が彼女の口から発せられる。外見とは裏腹。では、怒声に似合った外見とは、店主は考えるも最適な顔は浮かばない。 「あなたはその紙を見て、何か文字を読んであるいはイラストを見て、問いかける。私が拝見していないのに、どうして答えられるでしょうか?」つかつか、板張りの床がきしみ、彼女の靴音が固い音を鳴らす。胸に突き刺す勢いで紙が渡された。 突然のお手紙をお許しください。私はあなたの料理に感銘を受けた大豆を敬愛する者です。忘れもしません、行列に並び手にした大豆のあの味はこれまで出会う大豆の中でもっとも感銘と至福を与えてくれた、この世に二つとない最高の食べもの。私…

  • 抑え方と取られ方 3-4

    「小麦のみのメニュー変更が果たして有効な手段でしょうか。私にはそうは思えない」店主は、首を振って彼女の意見をはねつけた。 「今後は小麦が穀物の王様になる。米は、特定の層にだけそのために作られるわ。農家の囲い込みはもうじき終わるんじゃない。永続的に特定の企業や媒体と取引。企業は自分たちでは作らないでしょうね、売れる分だけに見合う作付面積が確保できれば、問題がないもの」日本の土地、米の農作に適した土地は、温暖化による気候変動にしたがって、米の産地が段々と北に移動している。現在は北海道の南部、本州北部が最適。今後を見込んだ予測は、さらに北の地域が長期の栽培を可能にするとされ、企業がいち早く土地を買い…

  • 抑え方と取られ方 3-3

    「そうやって料理も教えるんだ?」馬鹿にしたような言い方。おちょくっている、あるいは、神経をさかなでる効果を狙ったのだろう。しかし、店主は動じないどころか、仕掛けから相手の傾向を探る。 「五分に設定しました、これ以後は回答を拒否します」 「もう、せっかちな人は嫌われますよ。まったくう。しょうがない、早起きが報われると思ったのにな。なんでもないこっちの話」彼女は咳払い。「小麦をね、これまで以上にこの店で使って欲しいの。いいや、使えっていう命令かな。使用許可を私たちが認めるのは、前例のないことよ。要するに、名誉っていう話。使いたいだけ使えるよう生産業者は手配してあるから、お望みならいつでもどれだけで…

  • 抑え方と取られ方 3-2

    マンションを出る直前にかすれた声の小川から連絡が入っていた。インフルエンザらしく熱が出て動けない、休ませてくれ、そういった内容。即座に一週間の休暇を彼女の言い渡す。半ば諦めるように、彼女は言いかけた言葉を呑む、息遣いがスピーカーを伝わってきこえた。呼吸の乱れとも思えた。ただ、一週間の労働はアルバイトの彼女にはかなりこたえる金額だろう。しかし、熱の下がった彼女を店に出すわけにはいかない。食品を扱うのだ、唾液や鼻水の飛まつがマスクを覆うからとって、完全に防ぎきれると言えず。また、マスクだらけの店にお客が好んで入りたがりはしない。そういった視点も彼女の長期離脱を言い渡す理由である。 と言うわけで、ラ…

  • 抑え方と取られ方 3-1

    データ収集から一週間の月日が過ぎた。精査するデータには誤差を与えた。平均気温の割り出しとは異なる。あちらは誤差を含まず明確な観測指数のみを数えている。地下道のビジョンに映るニュースが過ぎり、それに対して誤解を招かないよう先手を打ったのだ。 店主は店内のカウンターで昨日の新聞に目を通す。お客が置いていったものだ。捨てる手間をお客が省いた。新聞や雑誌ならば見ても構わない、という了見は、これらが読むことで価値を生む商品であるから。財布を忘れて中身を見たとしても、罪に問われない。しかし、財布の現金を使えば、捕まるかもしれない。新聞の場合は、何度読んでも価値が減らないから、という見方ができる。そうである…

  • 抑え方と取られ方 2-9

    「考えすぎ」 店主はロッカーに場所を移す。ホールから呼び声。内部には響かない、単なる振動に声の解釈を切り替えた。 動揺している?私が? 寂しいという言葉に反応が見られた。隠していたのだろうか、表に出ないように。 考えても無駄。試すしかない。また、実行が増えた。明日のランチ、待機時間の長さでイライラしている。ああ、そこには苛立ちが備え付けてある。紹介された物件に前住人の家具が置いてあるようなものか。 上着を着て、マフラーを巻く。鏡は見ない、見ているのは他人。僕がその他人を見ている。 厨房の照明を切る。 接近する物影。 視点を定める。 衝撃。胸を圧迫。ホールド。 左右へ振る。しかし、離れない。 水…

  • 抑え方と取られ方 2-8

    「それでは、私が帰ります」 「待ちなさいって」段差を降りた店主が呼び止められる。これまでよりも彼女の内部を引き出す声の響きだった。 「鍵はレジの下、半透明の箱に入っています。めずらしい形の大振りな鍵です」 「話を聞きなさいって、言っているのがわからないの!」 「応えないから、聞こえていないという理屈はあなたが思った解答を必ず相手は応えてくれるという論理上に成り立つ。私はあなたの執事やあなたに特別の感情を抱いてもいない、許容されるのはあなたに価値を求めるのではない、あなたの背後を誰もが見ている。だから、あなたのわがままも可愛く、また安易に応じられる。すべては自己の利益、身を守るため。存続、息を永…

  • 抑え方と取られ方 2-7

    「面白い方」女性は笑う。「申し送れました、私、有美野アリサと申します。あは有するのあ、美は美しいのび、野は、野原の野です。アリサはカタカナ。アリスを日本風にアレンジしたようです、母親の趣味です」名前の由来を聞いてもないに、有美野アリサはこともなげに応えた。自己紹介は何度も繰り返され、洗練された感触を受ける。ちょうど、観光地で重要文化財を解説する、建築物には一切興味のない無機質で完成された、遊びのない、きっちりとはめ込まれた言葉を聞いているみたいだ。 店主は有美野を見つめる。彼女は思い出して、本題に入った。「無償の供給を断る要因を教えていただけないでしょうか?私は大変にこちらの料理をこよなく愛す…

  • 抑え方と取られ方 2-6

    とうもろこしが注目を浴びる日は遠くない。 需要の高まりが生産性を向上させた。 店主は手にする注文用紙を指ではじいた。 要望が集まり、資金が舞い込む。 設備が整い、生産性が改善される。 多くの人に行き渡り、安定的な消費が実現。 一定量が食卓に並ぶのなら、この上ない利益が生み出せる。 変化の少ない、競合も存在しない、家庭消費における位置づけが永続性を実現する。 注文を送り、店は今日の業務を終えた。従業員は不思議そうに僕を見つめるまではいかず、数秒表情から内情を窺う程度で、はっきりと心境を聞きだす暴挙には出なくて、こちらとしては安心した。 明日のランチのために、仕込み作業に取り掛かる。厨房の二人、小…

  • 抑え方と取られ方 2-5

    「見せ掛けかもしれません」 「個人的な恨みですかね」 「どれも事件は個人的です」 「引き続き捜査をお願いできますか?」 「他に事件が起きなければ、体は空いていますので、彼女を離れる際は一報を入れます」 「そうですか。では」 「では」 従業員たちは店主の電話の相手に気を利かせたのか、もしくは好奇心を押さえつけたのか、詮索することを躊躇ったようである。店主にとっては嘘をつく手間が省けたのは幸い。襲撃は国を巻き込む壮大な操りか……。食を動かせば、街が動き、それらが全体に波及的な効果、国に跳ね返って、経済が働く。システムは全体と個が大まかにひとつ。鎖のように、連結部は細い。出入り口が様変わりするのであ…

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