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春夏秋冬 / 老い楽の詩 https://blog.goo.ne.jp/hennkyoujinn

老い始め老い逝くまで、楽よりも苦の方が多い。束の間だけでも喜びや感動、笑いあえる楽があれば幸せ。

星 光輝
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住所
福島県
出身
北海道
ブログ村参加

2017/04/09

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  • 寒い朝

    1924夜明け前から早朝散歩道路の右端は阿武隈川が流れている東北の冬空は日によっては、鉛色のような重たい空が目に映るそんなときは憂鬱な朝に気が重くなる雪で覆われた散歩路を歩くのは気持ちがいい振り返ると酔っ払いが歩いたような蛇行の足跡人生の足跡も雪路のようにはっきりとしていたらいいのだけれど白髪一路の如く一つの路を最後まで貫き通すことは偉大である自分自身人生の足跡はあったりなかったりの感じ最後だけでもしっかりと雪を踏みつけ歩きたいbeagle元気に連れられ、雨の日以外は朝夕散歩をと決めている朝夕で8000歩を歩くのは大変達成したりしなかったりの繰り返し杖をつきながらでもよいから一日も長く歩き続けたいものだ寒い朝

  • 死ぬまで歩く 97才の婆さん[2]

    1923半人前。(2)幼児のオムツが外れると、幼児の行動が束縛されず自由になる。それは、同時に母親もオムツの世話がなくなり、自由な時間が増えてくる。子どもの成長により身体の世話が解放される。それに対し老人は様々な理由から歩くなくなると、紙オムツになってしまう。介護のかかわり方、介護の仕方によって、老人のオムツを外す可能性がある。老人は「オムツをするくらいなら死んだ方がましだ」、という言葉を耳にする。なかにはオムツにされたことで、生きる意欲をなくし、いつの間にか眼は虚ろになりベッド上で死を待つだけの時間になってしまう。何故、オムツにされた老人は生きる希望をなくすのか。それは、オムツをしている赤ん坊(幼児)と同じになった自分、他人の世話を受けなければ、排泄の処理ができなくなった自分は「半人前」の大人だと思って...死ぬまで歩く97才の婆さん[2]

  • 死ぬまで歩く 97才の婆さん [1]

    1922小さな「大人」(1)哺乳類動物の大半は前足と後ろ足を使い歩く。人間は「直立歩行」が出来たことで、「前足」は「手」となり自由になった。手は石を掴み、石に棒をつけることで、金槌の機能を果たし武器にもなった。手はさまざまな道具を作りだし、労働を行うことで「ヒト」から「人」へと成長した。人間にとり「歩く」「歩ける」ことは、大きな自由(解放)をもたらした。オギャーと産声をあげた赤ん坊は、首が座り、寝返りができるようになると、頭を上げ、周囲(まわり)を見渡すようになると、赤ん坊にとり世界観は大きく変わる。目の前にある物に興味を抱き、這い這いを始める。這い這いは高這いに変わり、高這いから椅子の座面に両手をつき、「立ち上がり」をする。立ち上がりから「立ち(立位保持)」、自由になった両手で手を叩きながら満面の笑顔に...死ぬまで歩く97才の婆さん[1]

  • 初日の出

    1921初日の出2023,1,1;6;55関東平野から筑波山を眺め初日の出を拝む。毎日陽は昇り陽が沈む。自分は数え71の齢を迎えた。加齢性難聴と診断され、歯が欠けたような感じで人間の聲を一部聴き取ることが出来なくなった。補聴器でもつけようかどうか迷ってる。今年は訪問介護ー通院等乗降介助(介護タクシー)により透析患者や一人暮らし老人、老老介護家族等の通院支援を始めていく。自分自身は70の手習いで国家試験運行管理者の取得に挑む。介護タクシーも旅客運送事業のひとつであり『いのち』を運ぶという大切な使命を持ち安全運転が求められます。その自覚を持つために運行管理者として責務を果たしていければと・・・・虫食いのような物忘れが出始めwifeから惚けてきた、小言を頂戴するボケ防止の目的を兼ね運行管理者の試験に挑むもうひと...初日の出

  • 今日は講習

    1920人間は外に出たい早朝、晩秋の阿武隈川縞模様の水面に魅入ってしまった今日1日自動車学校で運行管理者講習を学習する。来春から本格的に要介護高齢者等の通院や買い物等外出(移動)支援サービスを行う。自分も透析患者の送迎をさせて頂く。超高齢になると認知症や体力低下等により自動車普通運転免許証を返納せざるを得なくなる。田舎は交通手段がかぼそくなる。陸の孤島になってしまう。通院と買い物に困まる。デマンドバスが走るようになったが、痒いところまで手が届いていない。行き先は限られ複数の行き先を希望することができない。買い物時間は1時間だから、たまの外出にコーヒーや外食を楽しむことは難しい。認定調査を行うと外出先はデイサービスと通院のみ。外出が行われていることになる。でも、なんだかスッキリしない。動物は外にでることを欲...今日は講習

  • 煙草がやめられない

    1919「自業自得だ~」もう東北は晩秋木々たちは数えるほどの枯葉となりスタットレスタイヤに交換せねばならない昨日強いてんかん発作をくり返し救急搬送された65歳の若い老い人がいた脳動脈瘤クリッピング術を行い過去にはくも膜下出血を起こし手術によりいのちが救われたなのに喫煙をやめられず煙草がないと「しけもく」を吸っていたてんかん発作を止める薬も服用せず過ごしてきた日々90歳の婆さんから「まだ、若いのにどうして、我慢が足りないのだろうか」トイレまで我慢できず多量の尿便失禁をしてしまう食事中には噴き出すほどの嘔吐をする介護員が汚物の処理をするのは「当たり前」、と嘯(そうぶ)く救急に駆けつけてくれた救急隊員は「(薬も飲まない、煙草を吸っているから)自業自得だよ」と意識消失している彼女に話す脳外科医は「悪戦苦闘しながら...煙草がやめられない

  • 煙草がやめられない

    (そうぶ)く救急に駆けつけてくれた救急隊員は「(薬も飲まない、煙草を吸っているから)自業自得だよ」と意識消失している彼女に話す夫に電話連絡し自分も病院に駆けつける「頭のなかをもう少しみてみたい」、と脳神経医から話され入院となった。煙草がやめられない

  • 老いの時代

    夜明け前、夕暮れ時に「元気」は首にネオンの首飾りをし散歩をする1918続)老いの旅人たち気が付いたら自分も「老い時代」に立っていた。頭髪は薄くなり一部、地肌が目につく。首、両膝、腰の痛みは時折、自分を悩ます。最近、福島市では97歳の男性が運転する軽自動車歩道を走り、女性を「はね」亡くなる、という痛ましい事故があった。免許更新では認知機能検査では問題がなかった・・・。自分も透析患者を乗せ送迎のためにハンドルを握っている。「いのちをはこぶ」という重圧を感じながら、安全運転を心がける。中島みゆきが唄う『時代』は人生そのものを感じてしまう。旅を続けてきた老人はいまなお死に向かって覚束ない足取りで歩き続ける旅人たち。「まわるまわるよ時代はまわる喜び悲しみを繰り返し」「別れと出会いをくり返し」「今日は倒れた老人たちも...老いの時代

  • 倒れた旅人たちも 生まれ変わって歩き出すよ

    犬には犬の悩みや不安はあるのだろう、いまは安心しきって眠りについている1917老いの旅人たち書き終えぬまま「投稿」になってしまいましたうっかりでそのままになっていました。言い訳ではないが、激しい腰痛で義父が寝たきり状態になり昨日急遽、130㎞余り車を運転しwifeの実家へ「飛んだ」救急車を呼び、隣市の整形外科がある病院に入院となった。倒れた旅人たちも生まれ変わって歩き出すよ

  • 老いの旅人は何処で死を迎える

    1916老人ホームに対する意識は変わった介護保険により特別養護老人ホームに対し地域に住むひとたちの意識は変化した。姥捨て山ではなくなり寝たきり老人になると寝たきりで生きている本人も老いたつれあいも家族も疲れ果て老人ホームに入所させることに「抵抗感」は薄れ、おたがいのためだ、と思い老人ホームの玄関をくぐる。いまは、老人ホームで最期のときを迎える。ふと、思うことがある。特別養護老人ホームであれサービス付き高齢者住宅であれ老人病院であれ住み慣れた我が家であれ本人は最後(最期)におきどのような死に方を臨んでいるかだれか聴いてくれる人がいるかそのことが気にかかる。臨終場面、家族が傍で手を握りながら見守ることは無理なことであろうか最後の一夜自分が住み慣れた家に帰ることはできないのか最期どこで死ぬかどのように死ぬのか最...老いの旅人は何処で死を迎える

  • 他人の集まりだ

    1915老人ホームだけは嫌だ~90歳を超えた婆さんはぼろぼろとご飯を洋服や床いっぱいにこぼす洋式便器に座る前におしっこを床いっぱいにこぼすこの床は誰が濡らしたの、と尋ねられても「わたしじゃない」、と真顔で答える朝、起きおしっこでびっしょり濡らした紙ぱんつを脱ぎ棄てぱんつを穿かずにデイサービスに通う住み慣れた家で暮らすことが厳しくなってきた「老人ホーム(特別養護老人ホーム)に行くか」、直球で尋ねた「老人ホームだけは嫌だ」「味噌を舐めたって行かない」「どうして」、と意地悪く聞き返してみた「他人の集まりだ」90歳を超えた老人たちは老人ホームの姥捨て山に映るのか他人の集まりだ

  • 紅葉・苔石そして秋桜

    1914紅葉・苔石そして秋桜自然の美しさをそのままキャンバスに描く技術もなく、スマホカメラで撮るしかない自分。観音沼森林公園は自然がそのまま残されている。観音沼の入口付近でリンゴ農園の爺さんが、赤い林檎「新世界」を売っていた。「新世界」は蜜がいっぱい入っており美味しかった。晩秋となれば、舞い散る枯葉は積り、苔石の上に枯葉が散っている。苔石になるまでどのくらいの歳月が経過したのであろうか。枯葉の下には小さな虫たちが生息している。冷たい北風にも負けず、霜にも負けず、寒さにも負けず、青い空と白い雲をめがけ秋桜は健気に咲いていた。昨日、保育園の敷地に咲いていた秋桜に遭遇した。晩秋の老いにはまだ至ってはいないけれど暦のように早く過ぎ去ってしまう。冬の前の晩秋の美しさに浸りながら、もうすぐ冬がやって来る。紅葉・苔石そして秋桜

  • 朝の散歩路

    1913朝の散歩路雨が降らない限り(beagle元気は雨が嫌い、雨の朝夕は散歩は「休み」となる)朝夕の散歩路は阿武隈川に沿って歩く朝陽に向かい合掌どこにもあるような景色でも、同じ風景はないここだけの風景どこにもいるような人間だが自分という人間はひとりしかない宇宙から見たら塵にもならない存在でも、この地球(ほし)に生まれ生きている季節は変わる雪が降る処は巡りくる春夏秋冬の景色は美しい変わらぬのは自分と思いながらも退化の陰りという変化は訪れる朝の散歩路

  • AI - Story

    「俺、beagle元気も老いてきた白い毛が目立ち始めてきた」1912AIStory限られた時の中でどれだけのことが出来るのだろう言葉にならないほどの想いをどれだけあなたに伝えられるのだろうずっと閉じ込めてた胸の痛みを消してくれた今私が笑えるのは一緒に泣いてくれたキミがいたから1人じゃないからキミが私を守るから強くなれるもう何も恐くないよ時がなだめてく痛みと共に流れてく日の光がやさしく照らしてくれる説明する言葉も無理して笑うこともしなくていいから何かあるならいつでも頼ってほしい疲れた時は肩をかすからどんなに強がってもため息くらいする時もある孤独じゃ重い扉も共に立ち上がればまた動き始める1人じゃないから私がキミを守るからあなたの笑う顔が見たいと想うから時がなだめてく痛みと共に流れてく日の光がやさしく照らしてく...AI-Story

  • 紅葉の美しさに癒された一日

    1911紅葉の美しさに癒された一日東北自動車道白河インターを降り国道4号から国道289号線に入り、甲子(かし)温泉を目指します甲子温泉を過ぎ長いトンネルを走り抜けると下郷町(福島県)に入ります。国道289号から観音沼森林公園の標識があり左折し直進すると目的地に到着します。観音沼森林公園は二度目の訪問になりいずれも紅葉の季節に来ました。紅葉は観る人の心境によって色彩も変化します。自然が織りなす美自然が描いた一幅の絵に魅了されます一眼レフだったらと思いながらもスマホカメラのシャッターを押しました観音沼森林公園の紅葉の美しさから希望と勇気を頂いた。紅葉の美しさに癒された一日

  • 遥か彼方にある見える山々の向こうの先は何がある

    1910遥か彼方にある見える山々の向こうの先は何がある残雪がある那須連山の向こうの世界は、どんな世界であろうか小学校に上がったばかりの頃北海道の農家に生まれた自分の家は東西南北山に囲まれた盆地であった。ニセコ連邦の山々の向こうはどんな世界が広がっているのか、と空想を膨らましていた。山々の向こうは海なのかそれとも自分の知らないまだ見ぬ街なのか山ではないけれど海は広い水平線の向こう、さらにその先はどんな国があるのだろうか「行ってみたいなよその国」自分はいま老い老い始め、死ぬまでの線上を考えたときいま、どの位置にあるのか「ご臨終です」、と告げられたとき自分は黄泉の国に移る黄泉の国とはどんな世界であろうか苦しみや悩みが消えるのであろうかまた、くだらないことを考えてしまった遥か彼方にある見える山々の向こうの先は何がある

  • 霜が降りた

    1909霜が降りた一昨日在宅訪問した際に玄関先のブッロク塀脇の路上に朝顔がしぶとく咲いていた。朝顔の根本は折れ曲がりながらも折れずに根はコンクリート路の割れ目から地中にしっかりと根を張り栄養分を送り花は枯れずに咲き誇っていた。霜が降りた寒い朝あの朝顔は霜にやられたのであろうか我が家から20キロ先余り離れているだけにおいそれと朝顔の安否を確認することもできない。2カ月余り休止したブログ休止なのか急死なのか消息不明のままにしてしまった。事業を負債を見直したら両手の十指までいかなかったが七本の指ほど有り唖然としてしまった。七拾歳にしてまだ働かねばならないあと四年で完済する意気込みで朝顔のようにしぶとく生きることを強く思った。霜が降りた

  • 大雨が降り続いています

    1908ご訪問頂きありがとうございますご訪問頂きありがとうございます。皆様のブログを訪れる余裕もなく一方通行になってしまっていますしばらくは片翼で飛ぶような感じになります一番身近にいるwifeの気持ちが理解できているのか昨日wifeと喧嘩をしてしまいラインで会話するような状態になりました。仲直りするには自分が反省するしかありません外は大雨雨の音は壊れたピアノ、という曲があります「心は壊れたラジオ」いまの自分はそんな状態です。秋の大雨は寂しく、何だか秋が短く過ぎ去る気がします。大雨が降り続いています

  • 心が挫けても秋桜を見倣う

    1907茎が折れても咲き続ける秋桜朝露に濡れた秋桜、よく見ると花びらの下に水滴があるコロナウイルス感染症が治癒し退院後生きているのか、死んでいるのか、ブログは放置されたまま。ようやく倦怠感は消失した、筋力も消失し脚は萎え体重も減った。折れた心のままでは、本当に「生きる屍」になってしまう自分。台風14号の暴風に遭い茎が折れても咲き続ける秋桜。これからも心は折れても逝くまで生きる。犬も猫もコオロギも秋桜も生き物であり、生命がある。コロナウイルス感染症から生還した自分。wifeが救急車を呼ばなければ肺炎は重症になり重症患者のベッドに伏せていたかもしれない。救急隊員そして病院スタッフに救われた。病院スタッフからは再び生命(いのち)を助けて頂いた、そんな思いにかられた。阿武隈川の夕陽の風景を再び眺めることができた、...心が挫けても秋桜を見倣う

  • ご心配をおかけしました

    1906退院しました8月4日日曜日に退院しました。ご心配をおかけしました。7月22日にコロナ感染が判明し2週間余り。後遺症は大きく、躰全体倦怠感が強く歩くのも疲れる。食欲、意欲低下にあり、味覚は一部、苦い味と塩辛い味が強いが、まだ味覚はある。wifeは味覚を失い、回復するかどうか気がかりです。何を食べてもゴムのように感じる。人間にとり食べることは大きな楽しみの一つだけに、wifeの味覚喪失はとてもショックです。なかなか仕事の関わりは大変で、やらなければならないこともあり、明日からは「気」を入れ、倦怠感と闘いながら生きます。ご心配をおかけしました

  • 救急搬送され入院

    1905救急搬送され入院29日、胸痛から苦しく救急搬送コロナ病棟に入院した肺炎も併発スマホの入力慣れず救急搬送され入院

  • かなり辛い「コロナウイルス感染」

    1904かなり辛い「コロナウイルス感染」県から送られてきた在宅療養期間中の食料救援物資”助かりました”自分だけはコロナウイルス感染しない、と思っていたが、ベッドに臥床してしまった。自分は21日38.5℃の熱症状になり、翌日抗原検査実施し「陽性」反応が出た。いまは平熱になっても頭と躰はしんどいです。躰全体、「怠く」何もやる気が起こらない。頭はスッキリせず、舌は白くなり正常な味覚は失われ、苦さと塩辛さが混じっています。スムーズに社会復帰できるのか、不安です。外へも出れず「籠の鳥」状態にあり、人間外へ出れないのは、精神的に辛いものです。気持ちが塞いでしまいます。自分以上にwifeは躰が辛く、立っているのがやっとです。それでも辛さをこらえ、食事と洗濯をしてくれ、自分の不甲斐なさと感謝しています。元気なのはbeag...かなり辛い「コロナウイルス感染」

  • コロナウイルス感染 陽性

    大雨の阿武隈川1903waifコロナウイルス感染陽性wifeは咳、味覚障害、発熱があり、本日近くの病院で抗原検査をしたところ「陽性」の結果になりコロナウイルス感染者となった。自分は濃厚接触者となり、8月28日までは自宅療養及び待機となった。まだ、自分は発熱、咳、味覚を感じない、といった症状はない。感染は覚悟しなければならないが、どこで感染したかは、見当がつかない。8月26日自治医大学附属病院腎臓外科の受診は、「電話診察」に切り替えとなり、処方箋は病院からかかりつけ薬局に処方箋を送信してくれることで落ち着いた。隣市に住む妹に薬の受け取りをお願いした。他人事ではなく、自分の事となってしまった。陸の孤島になったような感じで、10日間も自宅に籠る形となった。これで自分が感染したら自宅待機期間は延びてしまう。幸い8...コロナウイルス感染陽性

  • 生かされた生命(いのち)

    1902生かされた生命(いのち)自治医科大学付属病院(栃木県下野市)NPO法人「難病患者支援の会」は、海外での生体腎移植で臓器売買が行われた疑いがあると報道され、憤りを覚える。腎臓の機能が働かなくなり、死ぬまで人工透析をしなければならない躰。多くの透析患者は腎臓移植を望むも、なかなか難しい状況にある。藁をもすがる思いで、腎臓提供の話があれば海外であっても命の危険と隣り合わせにあっても多額の腎臓移植の金を支払い、手術を受ける。術後順調にいっても、体調が良くなく腎臓外科に受診しても、治療は難しく再び人工透析に戻る人もいる。最悪の場合は、死亡したり重症になった人もいる。東南アジアでは、子供たちが携帯電話欲しさに腎臓を売ることが横行し、そこには貧困と人権の問題が根深く関わっています。わが国の透析患者数は年々増加し...生かされた生命(いのち)

  • 自分の足で歩く

    1901「猫」と「犬」そして「自分」独古牧場干し草のところで2匹の可愛い子猫ピンボケがあり残念車窓から外を眺め何を思う、犬は窓から首を出し景色を見るのではなく、外の匂いを嗅いでいる・・・・月に一度のシャンプー。9歳4ヶ月beagle元気老いは隠せない、耳の淵が「白く」なってきた季節外れの風景だが、この風景はお気に入り南湖公園(白河市)自分は猫も犬も好き、にんげんも好き。「ニンゲン」に生まれ、ひかり新幹線よりも速く時は過ぎ、気がついたら老いの季節。昔話「浦島太郎」を思い出した。玉手箱を開けたら一挙に白髪となった浦島太郎。まだまだ(人生の)時間はある、と思っているうちに、70歳を迎えた。どんな出来事に遭遇するか。頭と足の動きは鈍くなってきたが、自分の足で歩いていく。老いてから、自分の誕生日を迎えるたび、亡き母...自分の足で歩く

  • 老いふけるのではなく、老いをふかめて往く

    令和4年8月12日産まれた子牛(雌牛)、ふらつきながらも懸命に歩いていた(8月12日撮影)独古牧場365日乳牛のお世話をし、「乳」を搾っている。介護と同じく休みがない。190070歳からの『老い楽の詩』後頭部の一部は「不毛地帯」となった緑内障のため左右の目は、真横が視野狭窄で「見えなくなった」ちらほら「短期記憶障害」がまだらに出現明日、8月17日で「70歳」の老いを迎える。こうしてPCに向かい、仕事ができるのは後何年であろうか。そんなことを思うよりも、最後の十年何ができたか。まだ子牛の毛は濡れていた。親牛はもう傍にはいない。自分の足で立ち、歩き生きていく。子牛に見倣い、自分も下肢の筋力低下に負けることなく歩くのだ。高村光太郎『牛』は、高校生のときに出会った。牛のように我が路を、周囲に振り回されることなく、...老いふけるのではなく、老いをふかめて往く

  • 「痛み」と「傷み」

    1899「痛み」と「傷み」猛暑が続く、beagle元気はクーラーとお友達、冬景色で涼しさを感じれば幸いです深夜、wifeは急に喘息発作を繰り返し、傍らで心配しても何もできない。「救急車を呼ぶか」と話すが、手振りで呼ばなくてもいい、と答えるwife。見ているだけで辛く、「死ぬのではないか」と心配になった。胸が苦しく呼吸困難になり痛々しく、仕事のストレスが溜まっただけでなく、自分の発した言葉でwifeの心(気持ち)を傷つけたことから喘息発作が起きてしまった。躰の「痛み」の深層は、心の「傷み」から発したもの。wifeの心に負担をかけてはいけないのに、忘れてしまい無理をさせてしまった。wifeは話す。「{22歳齢(とし)の差があり}自分との時間は他の人よりも短いよね?齢の差があるだけ、な~んの思い出もなく、ただ老...「痛み」と「傷み」

  • 郵便局で「お金を『盗られた』(取られた)」・・・・

    1898郵便局で「お金を『盗られた』(取られた)」・・・・物事を知らないと、損をしてしまう今の世の中。今日16時過ぎ街の中にある郵便局に行き、3年半余り「残高0円」の通帳に、44,180円入金してきた。ATMから出てきた我が通帳を見たら、残高が「44,070円」になっていた。上段に「硬貨料金」110円、と記載されゆうちょ銀行に「盗られて」しまった。積んだお金は、利息がつくどころか、逆に盗られ(取られ)目減りしてしまった。ATMで硬貨を預払をしたときは、「預け入れ」のときは、硬貨枚数によって取られる料金も変わる。硬貨枚数1~25枚のときは110円、26~50枚220円、51枚~100枚330円になる。硬貨百円1枚、預け入れしたときは110円になり、通帳残高0円のときは、「ATMは自動的にお預入れ拒否され」、...郵便局で「お金を『盗られた』(取られた)」・・・・

  • 長く感じた癌の痛み 死は一瞬

    1897長く感じた癌の痛み死は一瞬早朝の阿武隈川、たゆまな川は流れる、川は時間に似ているく「子宮体癌」、と診断されたのはちょうど半年前の8日だった。ひとり暮らしの彼女病室で最期の夜明けを迎えた。69歳の若さであった。癌は躰のあちこちに転移し、痛みを伴もないながらも、最後まで必死に癌と闘った。ベッドに寝ることもできなくなり、リクライニングチェアに座位の姿勢で休息をとられていた。他人(ひと)の痛みは目に見えぬだけ、痛みの大変さ、苦痛は本人だけしかわからない。彼女にとり癌の痛みはシルクロードのように長く感じたのではないだろか。コロナウイルス感染症のため、何処(いずこ)も肉親の病室での面会は禁止されている。彼女も姉妹とは最後の言葉を交わすことなく寂しく心残りだった、と思う。でも、眠るような穏やかな顔であったことが...長く感じた癌の痛み死は一瞬

  • 金網の向こう側に咲く花

    1896金網の向こう側に咲く花散歩路、金網フェンスの向こう側に咲く花に遭遇した。ピンク色の花びら、自分にはわからない「あなたの名前」。下の花びらは朽ちていたのが痛ましいかった。たんぽぽ原詩狩俣繁久作詞小森香子作曲大西ススム1金網の向こうに小さな春を作ってるタンポポ金網の外にも小さな春を作ってるタンポポ光り色したタンポポは金網があっても金網がなくても沖縄じゅうに春をふりまいたでしょう2デモ隊の足下に光りの花を咲かそうとタンポポ米兵に踏まれてもそれでも花を咲かそうとタンポポ強く生き抜くタンポポを金網のない平和な緑の沖縄にみんなの願いを込めて咲かせてやりたい1970年、日本のうたごえ歌曲集に掲載。原詩者は70年当時中学校3年生。受験勉強中に二階の窓から見て書いたこの詩は「沖縄の子、本土の子」という子ども文集のと...金網の向こう側に咲く花

  • 無情に「消え去った」

    1895無情に「消え去った」夏のなかに「小さい秋見つけた」正しい手順(操作)でUSBメモリーを外したつもりだが、USBを差し込みしたら保存した文書は何処へ行ったのか、開くことができなかった。USBまで認知症化し記憶が消え去った。ああああああああ!、と唸るも後の祭り。今度からは別のUSBまたはドキュメントに送信せねばと反省しきり。不慣れなPC操作は、未だに進歩せずにいる。朝、beagle元気と散歩のなか、路傍に薄ピンクの秋桜に出会った。何故か路傍に咲く花に魅かれ心癒されるのは老いた証拠であろうか。秋桜は雨風に打たれ晒され、茎が折れても枯れずに生き続け花を咲かせる。挫折しても挫けず秋桜のように立ち上がり、花咲か爺さんのように見事な桜の花を咲かせたいものだ。「仕方がない」、と負け言葉で誤魔化してきた今日までの自...無情に「消え去った」

  • 老い逝くさなか

    1894老い逝くさなか夏空のなかに秋の気配を感じさせる雲。朝beagle元気と散歩しながら空を仰ぎ見る。今日、8月6日ひろしま原爆投下77年の月日がたっても、いまなおその爪痕は深い。夏なのに今日も雨が降り、井伏鱒二『黒い雨』を思い出す。ウクライナ侵略戦争はまだ続き、核兵器使用の危機にある。日本政府は戦争の危機を訴え軍事費が膨大に膨れあがり、一方で老人の年金受給額は減らされるなか介護保険料、国民健康保険等保険料の自己負担は増え、さらに手にする年金額は少なくなる。先日、印鑑をどこにしまったか忘れ、2時間もかけ探し回ったが見つからなかった。wifeには小言、苦言を幾度なく浴びせられ、「ぼけの始まりじゃないの」、と言われる有様。諦め「印鑑を作り直すしかない」と思ったそのとき本棚の隙間にある紙袋に目が留まった。もし...老い逝くさなか

  • 再会

    1893再会自治医科大学附属病院皮膚科病棟を退院し右後頭部にできた腫瘍は、「脂腺腺腫」と診断され、悪性ではない、と医師から告げられ安堵した。ケアマネジャーの事務所を自宅に移転し、在宅勤務のときはbeagle元気と過ごすことができる。五畳一間の狭い空間から、自分が住む地域の在宅介護に関わり、我が老後も含め要介護老人達を見つめていく。再会

  • 家に帰る

    1日、一往復しか走らない路線バス、朝8時過ぎ駅行きのバスが来て、夕方5時半に着く辺境の地に棲む、緑が多い処に棲む1892明日退院右後頭部皮膚腫瘍切除術は9時に始まり、40分で終えた。麻酔注射6本打たれ、最初の1、2本は痛かったが、我慢できた。いま、ボワッとするが、痛みはなく、ホッとしている。16日の抜糸まで洗髪できないのが苦痛。腫瘍かどうか、腫瘍であれば良性かどうか、判明するのはまだ先のこと。入院中に、ひとり暮らしの婆さんがスマホを部屋のなかで失くした。置き忘れだね。スマホを使える認知症老女。東京に住む妹が「電話がつながらない、どうかしたのか心配」で彼女の家から30km北の方角に住む弟から電話がかかってきた(15時半過ぎ)「姉のところに電話をしてもつながらない。行って様子を見て頂けないか」「いま、入院して...家に帰る

  • 夜景

    1891病室の窓から深夜2時、目が覚めた病室の窓に映る夜景暗闇に灯る明かり闇に光る明けない夜はないそう思いながらあと68日で70の齢夜景

  • 右後頭部皮膚腫瘍切除術

    18902泊3日今日から2泊3日、自治医科大学附属病院に入院右後頭部皮膚腫瘍切除術を明日行い腫瘍が良性か悪性かをはっきりさせる主治医は、多分良性であろう、と話していました。8:45に手術室入室し、9:00手術開始、60分を予定している。仕事柄、電話がかかってくるので、個室にした4人病室でも良かったのですが直ぐ電話対応ができない。昨日は21時半過ぎ、65歳の女性が痙攣発作を起こし救急搬送された病院救急外来に駆けつけた。夫と長男が同居しているのだが、本人の日常生活の様子が把握出来ていないため代わりに救急外来、入院病棟の看護師に申し送りをした。4時間の睡眠だったので、今日は病室のベッドで熟睡できた。病室の白い壁に絵がかけてあり癒される絵です。右後頭部皮膚腫瘍切除術

  • 青い空 白い雲

    1889青い空白い雲青い空白い雲

  • 1888知らない海を眺めていたい山に囲まれて育った自分は老いたいまも海に憧れている海は解放的であり遥か彼方に見える水平線海と空の境がなくなる海は様々な様相を見せる知らない海を眺めていたいいつの日か知らない海辺で海を眺めていたい海

  • 犬は飼主(ひと)を裏切らない

    1887犬の気持ち朝夕の散歩のとき、縁石を歩くbeagle元気beagle元気と暮らしてきて思うことがある犬は飼主(ひと)を裏切らない人間は裏切ることがある犬は飼主の気持ちがわかる人間は犬をペット扱いにしている限り犬の気持ちはわからない元気はいろんな表情を見せてくれる何かして欲しいとき「犬語」で話しかけてくる犬も大切な家族である元気の寿命は人間に比べ遥かに短いそれだけに慈しんでいきたい犬は飼主(ひと)を裏切らない

  • 当たり前に歩ける

    大雨で阿武隈川は大河の様相川はうなり、押し流すかと思えば、濁流となり人をも飲み込む悩みや不安をも飲み込んでくれると気が楽になる1886当たり前にできている歩ける口から食べるトイレで用足しする日常生活のなかで当たり前にできているそのことに対し何不自由ない人は、何も思わない呼吸(いき)していることも同様である電気や水道にしても然り停電や断水に遭遇したとき、人は初めて電気や水の有り難さに気づく熱さ喉元を過ぎれば忘れてしまう人もいる当たり前に歩けることがいかに自由であるか老い病い、不自由な躰になったとき登山(やま)に行きたい、と叶わぬ夢を抱くそれでも諦めずに不自由な躰で頂上に立つ障害者もいる杖をついても手すりにしがみつき渾身の力を絞り小幅な歩きでトイレに行く93歳の婆さんがいる歩くそれは行きたいところへ行く自分の足で立...当たり前に歩ける

  • 「ベッドがないから受け入れできない」(本当か・・・)

    1885入院拒否昨日、デイサービス事業所から「利用者が下血している」、と連絡があった。家族に連絡を入れ、かかりつけのクリニックに受診するようお願いしたところ、長男嫁は「孫の迎えがあるのでできない。受診しないでいいからそのまま帰してください」、と受話器から聞こえてきた。介護スタッフが体調を崩しひとり休んでいるため、デイサービスに通院付添を、お願いすることはできなかった。「あと、60分で事業所に着くので、こちらでクリニックまで連れていきます。15時20分頃に着くので送迎車(軽自動車)に乗せておいてください。お願いします」デイ介護員がスマホで撮った「紙パンツに多量の出血」の画像を送信してもらい、腎泌尿器内科クリニックの医師に見てもらった。「病院内科で診てもらったほうがよい」、ということで、主治医はA総合病院第1内科(...「ベッドがないから受け入れできない」(本当か・・・)

  • 頭の痛み

    1884頭の中がうなる「痛み」は目に見えないだけに他者の痛みはわかりにくい。「痛み」は数字で表すこともできない。「痛み」は治療により痛みを消失することもある。心の「傷み」は、傷が深く、治りにくい。大切な人を亡くした「悼み」は悲哀、慟哭と同時に大きな喪失感をもたらす。85才の婆さんは、軽い脳梗塞後遺症から右足の痛み、痺れがあり、常に悩みの種であった。頭の中も痛みが走り、それを言葉で表すなら「頭がうなる」頭がうなるってどういうことか、と尋ねた。婆さんは「洗濯機が回っているような感じ」偏頭痛であるwifeにも聞いてみた。wifeは乾燥機が回っている感じ。頭の痛みは引かず、常にうなっているうなりの強弱は日によって違う。「痛み」「傷み」「悼み」どの「いたみ」も相手の気持ちにならないと「いたみ」が伝わらない。「うなる」は「...頭の痛み

  • いまを楽しむ老夫婦

    1883夜更かし仲の良い老夫婦がいた夫は要支援1の認定を受け介護用ベッドと手すりを借りていた妻は大腸癌の手術を受け退院した台所に立つのもやっと病弱な躰で軽自動車を運転し夫の通院付き添いや買い物をしていた老夫婦は月1回の外食とパチンコを楽しんでいた最近、夫の部屋の照明器具が故障した大家に頼み照明器具の電球を取り替え夫の部屋は明るくなったBSが映らないテレビだったので、ついでに修理してもらったBSは映画、韓国ドラマなど観たい番組が多く老夫婦して夜更かしをしているのでお天道様が明るくなってから起きている不健康な生活をしていては、と・・・・話すこともできず逆にBSが観られ、いま楽しく夜更かしをしているのですね妻は夕暮れから段々暗くなると縁石に気がつかずタイヤをぶつけたりしている縁石で良かったよ、人だったら大変なことにな...いまを楽しむ老夫婦

  • 十三病息災

    1882健康は大切なもの自分は43才のとき慢性腎不全症になり最終的には人工透析になる、と医師から告げられた自分の場合は腎不全になった原因は不明そのとき、『星の王子さま』の中に書かれていた言葉を思い出した大切なものを失って初めてその大切さを知る自分は慢性腎不全になって初めて健康のありがたみが切に感じた一病息災とはならず一つの臓器(自分の場合は腎臓)がダメ(病気)になると他の臓器に悪さが働き、また一つ病気が重なっていくひまわり🌻が咲く頃に70才になるが一病息災ならぬ十三病息災であっても病気のなかの「健康」を維持していきたい車の運転ができるうちは杖を使いながらも歩けるうちはあと、10年生きたいしかし、命は神様が決めるもの医療機関の人たちなど無数の人たちに支えられ命をいただいた自分だから、いま、自分ができることを・・・...十三病息災

  • 老い往く

    1881beagle元気も自分も老い往き生きるbeagle元気は9才あと何年生きられるか自分もわからないゆっくりしたい、と思うがあと数年働かなければならない事情がある躰と頭が「元気」ならば10年頑張りたいその後はゆっくりと過ごし海をながめたい元気も自分も老いにあるけれど繰り返す事のできない今日という時を生きる老い往く

  • 人は昔鳥だったのかもしれない

    1880空を飛ぶいま書店の棚に福永武彦の小説を目にしなくなった自宅に眠る文庫本の中から福永武彦『廃市、飛ぶ男』を手にした10年前に読んでいた「君は夢の中で空を飛んでいることはないかい」(『廃市、飛ぶ男』180頁)自分は月に1、2回空を飛ぶ夢を見る両手を広げ鳥のように羽ばたきながら飛んでいる大海や大河の上を飛ぶ夢は最高に気持ちがよく、このまま夢の世界であって欲しい、と願う彼の身体は半ば死んでいるのだ彼の両脚は、腰から下は、痺れたまま何の感覚もなく、歩くことができなくなったベッドの上で仰向けになり、かろうじて寝返りはできるベッドで寝ているだけの生活それは「生活」と呼べるのだろうか彼は身体の左側を下にして、病室の窓の方を見ることが好きだった窓ガラス越しではなく、窓を開け、空や白い雲などを見る空は黄昏になり薄暗くなると...人は昔鳥だったのかもしれない

  • 突然のくも膜下出血

    1879思いがけない・・・今日、赤いアルトのハンドルを握り在宅訪問に向かっていた。普通ならばスマホが鳴り響かない日(土曜日である)なのにバッグの中からスマホが鳴った。アルトを停車しスマホをとった。「昨日義母が入浴中、突然くも膜下出血に遭い亡くなった」、と長男嫁の言葉に吃驚。93才であった。1軒目の在宅訪問を終え、急いで向かった。お祈りし、臥床している彼女に合掌した。眠るように穏やかな表情であった。手で白髪を撫でながら、「ありがとう」と呟いた。夕方、仲良しだったデイサービスの3人の婆さんが会いに行かれる。突然のくも膜下出血

  • 介護者が脳梗塞を発病

    1878.介護者の健康老いに入り義父母や連れ合いの介護は躰を酷使しながらだけに大変である。自分が大病に患い入院でもしたら、と大変その間、誰が介護をするのか。国民年金の受給額だけでは長いショートステイを利用することもできない。「地獄の沙汰も金次第」と言うが介護のサービスも金次第である。義母と長男嫁の年金を足しても10万円にも満たず月8万5千円にしかならない。夫は三年前突然の脳梗塞を患い、21日後他界された。夫の命日のとき、妻も脳梗塞の診断を受けたが、入院に躊躇いを感じ、迷っている。右半身軽い痺れがあり、右足の歩行もおかしい。一刻も早く入院を勧めている。96才(要介護3)の義母の介護に疲れ果て、眠れずストレスも溜まっていた。食事も水分も余りとれていなかった。特養老人ホームに入所できるだけの年金はなく介護扶助や医療扶...介護者が脳梗塞を発病

  • 7日間ほど休みました。再開します

    1877元気です7日間ほど休んでしまいました喉の「ガラガラ」声も治り話せるようになりました4月18日自治医科大学附属病院皮膚科外来で右側頭部に脂漏性角化症の疑いで一部組織を切除し検査にだしました。朝の散歩で路端でつゆくさに出あいました。仕事終えてから夜にブログを書きたい、と思っています。ブログはいつものごとく凧の糸が切れたようにどこか飛んで行ってしまいます。あきれずによろしくお願いいたします7日間ほど休みました。再開します

  • 要介護老人の自立支援とは

    枯木を通し桜の花を見る1876要介護認定調査「特記事項」の記載は、要介護認定審査に大きな影響を与える短期入所生活介護(特別養護老人ホーム併設)の生活相談員から「要介護4でないと特別養護老人ホームに入所できない」と、さらに追い打ちをかけるように「〇△様は、要介護3ではなく要介護4の状態にあるからケアマネジャーに要介護認定区分変更の申請書をだしてもらった方がよい」、と家族は言われた。〇△様の家族は、ケアマネジャーに電話をかけてきた。「うちの婆ちゃんは、要介護4の状態にあるから要介護の変更(区分変更の意味)をだして欲しい」。ご家族の希望でもあり、再度区分変更の申請を令和4年2月15日付けで出した。区分変更の申請書を提出する際に、短期入所生活介護の事業所(ショートステイの事業所)だけでなく、デイサービス事業所の意見も聴...要介護老人の自立支援とは

  • さくらだより

    1875さくらさくら南湖公園(福島県白河市)のさくら、遠くに残雪の那須連山を望む自宅前のさくら夜桜(南湖公園)来週まで在宅訪問が続くいま、ブログに向かう時間がとれずそのため写真だけとなったさくらだより

  • 長いこと、お疲れ様です

    1874「98才」万歳!蝉の命よりも短く、7日間の関わりで、逝かれた老い人もおられた。二海キヨ子さん(98才)桜が咲いている4月8日20時12分に永眠された。(合掌)彼女とは出会ってから14年のおつきあいをさせて頂いた。ちょうど一年前に床に伏し、生命の危機を迎え「危ないかな」、と思ったこともあった。亡くなる前日まで訪問リハビリのサービスを利用。両足は「く」の字に曲がることもなく両手の指も曲がることなかった。お陰様で「真っ直ぐな脚で棺に眠ることができました」、と彼女は話されているようでした。床に伏す前は、ピックアップ(歩行器)を自由に操り30cm余りの段差を昇り降りしていた。14年間在宅介護をやり遂げた長男嫁の齢は70才を超えていた。自分自身、胆嚢炎の病を抱え入院しても数日で退院され、在宅介護をし続けてきた。夫か...長いこと、お疲れ様です

  • 死に場所、死に方

    この写真は本文とは関係ありません。元気9才の誕生日1872最期の時老衰となり、どこで死に場所を迎えるか人それぞれ違うように生き方も老い方もそれぞれ違うならば死に場所もいろいろあっていいと思う住み慣れた我家の畳の上が本望だが様々な事情により死に場所は変わってくる病室であっても介護施設であってもいい穏やかな表情で寝ているような感じで逝けたらいい最期が近いな、と感じたとき意識あるときに家族や身近な人と最後の語らいやスキンシップを持つ最期の瞬間手を握れたら、それはそれでいいひとり暮らしのまま死を迎えることを望んでいる人もいるそれを「孤独死」、と決めつけないで欲しい自分はまだ臨終の場面にないだけに死というものがわからないただ、最後はどんな風景が映り何を思い(想い)死に逝くかまだ死は先にある、と思っているが突然死神が訪れる...死に場所、死に方

  • beagle元気 誕生日

    1871今日で9才2013年6月2日生後約2ヶ月撮影2022年4月8日撮影beagle元気、家族の「1人」となって9年が経つ。4月8日は、元気の誕生日。釈迦と同じ誕生日。名前の通り「元気」な元気です。元気の顔やしぐさに癒されてきた。人に比べ犬の寿命は短い。フードとおやつ、果物が大好き。元気がいるから散歩ができることに感謝。夕方はケーキを食べながら、誕生祝い。元気ありがとうbeagle元気誕生日

  • 桜に想う

    1870桜北国ほど桜(春)を待ち焦がれている。桜の花は、散りゆくのが早く。人生は、長いのか短いのであろうか。桜に想う

  • まだ在る残りの時間を 生きる

    生きてみる人は生まれた瞬間から死に向かって生きる。人は老いや死を意識したとき生命(いのち)や時間の大切さを痛いほど感じる。老いた今時間が残り少ないことに焦燥感を抱くのではなくまだ在る残りの時間を精一杯生きてみる。まだ在る残りの時間を生きる

  • 言葉のチカラ

    四年前の春、雪桜の景色だった1869聲が出るコロナウイルス感染は、老人に大きな影を落とした。「コロナに感染したら、大変だからおばあちゃん(おじいちゃん)外に出てはだめよ」、と大人になった子ども夫婦から強く言われ、家に籠もる老人が増え出した。足の筋力は衰え顔の表情から生気が失せ物忘れも出てきた。ひとり暮らしのおばあちゃんがデイサービスで呟く。「家にひとりで居ると、話す人がいないので言葉を忘れてしまう」「こうして人と話すことで聲が出るようになった」もうひとりのおばあちゃんは、「仏壇の前に座り、仏壇の中にある夫の遺影に向かい、今日あった出来事を話している」聲を出す。他人(ひと)と話をする。言葉の力は大きい。愛を告白するのもひとを励まし奮い立たせるのも言葉の力である。人間の長い歴史の積み重ねを通し労働により言葉が生まれ...言葉のチカラ

  • wifeにかぜを感染させてしまった

    1868肋骨にヒビ先月の22日頃から自分はかぜ症候群を発症喉が腫れたときイソジンで予防すべきだった甘くみていたのがいけなかった喉が痛く腫れ、咳き込みが続いた3回目のコロナウイルスワクチン接種を終えたときに自分のかぜはwifeに感染しwifeも同じく咳きの症状になった。寝ているときに咳き込みが多く咳の度に強い胸痛を訴える肋骨にヒビが・・・・自分の不注意で、痛みと苦しみを与えてしまったwifeに比べ自分の肋骨のヒビは重症ではない明日受診させたい🇺🇦ウクライナに平和をwifeにかぜを感染させてしまった

  • 554;「捨てる石」あれば、「拾う石」あり

    「捨てる石」あれば、「拾う石」あり齢は初老に入った背後から死の足音が聞こえるようになった。路傍に転がっている石は、何の変哲もない石でしかない。手にしたところで捨てるしかない無価値な石。作家高見順は詩のなかで、小さな石を蹴らないでくれ、小石にも“いのち”があると。路に転がっている小石。古代は、ぬくもりの石と呼ばれ、言葉を表していた。私は石に、何を感じ、何を想うであろうか。「捨石」【すていし】は,庭園では「景石」【けいせい】と呼ばれ、庭園の何処に、どのくらいの大きさやどんな形や色の石を、そして石の置き方によって庭の景色が大きく変わってくる。他人によっては無価値な石であっても、「景石」は置かれた場所によって存在感をもたらし役割を果たしていることに気づかないでいた。「石は捨てたものではない」といまは感じている。“捨石(...554;「捨てる石」あれば、「拾う石」あり

  • 家族

    1867家族予期もせぬ癌は知らぬまに躰を蝕み、癌はステージ4までに進行していた。あと残命半年、と告知されひとりの老人妻と三人の子どもたちは弱気になった老父の心情をそれぞれの立場で支えているひとり暮らしの老いた女性もステージ4にあり入退院を繰り返しながら化学療法をうけている。退院しアパートの一室でひとりで暮らす彼女。激痛に襲われてもひとりでジッと耐えている。老い病み癌は躰のあちこちに転移。怠さ、痛み、食欲不振などなど折れそうになる心家族の絆(愛)というものを考えさせられた。家族

  • 老いはマイナスの計算

    1866残日録「老いはマイナスの計算」という言葉は、ネガティブな印象を受けてしまう。赤ちゃんより老人は死に近い位置にある。老いの先は死である。自分は明日死が訪れる、とは思っていない。予期もせず突然訪れることもある。“余命(残命)6ヶ月”、と医師から告げられたら自分は何を思うだろうか“只今臨終”の気持ちで、いまを生きる。老いの齢を嵩ねてゆくに連れ残り少なくなる時間は「残命」と呼ぶ老いの最期にどんな風景を眺め何を感じるか残り少ない日にちのなかに何を思い、何を感じ『残日録』に記していくか。藤沢周平の小説『三屋清左衛門残日録』があり、そこから残日録の言葉を頂いた。老いはマイナスの計算

  • 五感のケア (4) (5)

    1865(4)感動(5)感性第四番目は『感動』です。心は生き物であり、躍動感が求められます。感動は私を元気にしてくれるし、周囲に居る人たちにも元気を与えます。感動は心の波動でもあります。うれしいこと感激したこと、心に感じたことを素直に表現します。それは利用者にも波の如く伝わり生きることへの希望をもたらしてくれます。感動は利用者からの贈り物であり、感謝の気持ちへと繋がっていきます。また私たちのエネルギーの源でもあり、疲れを癒してくれます。最後の五感は『感性』です。感受性という言葉に置き換えることもできます。『感動』する心を忘れないためには、相手の心を感じとることができるかです。自分の心が穏やかでないと、いざというとき心の受信機が作動しにくくなってきます。受信機が不良だと自分が発する言葉(発信機)までもおかしくなり...五感のケア(4)(5)

  • 五感のケア (3)

    1864共感第三の五感は『共感』です。介護を媒介にして「共に感じる関係」とは、どういう人間関係を意味するであろうか。介護福祉士や訪問介護員の養成講座において「共感」とか「受容」という言葉を講師から口酸っぱく聞かされたことを記憶していることと思います。介護者(自分、私)の価値観をまず脇に置き、相手の悩み、苦しみ、不安、葛藤、態度などをあるがままに受け止めていくことから始まります。相手の喜びや悲しみ、怒りを共に感じていく状況に身を置いているかです。ひとつの場面、ひとつの瞬間のなかで相手と自分が一緒になって感じたことを「共有」し合う、その場所、その時に感じたことは二度とやって来ないのです。それだけに、いまを、その場所を、大切にしてかかわりあうことです。五感のケア(3)

  • 五感のケア (2)

    1863感心第二の五感は『感心』です。講談社の漢和辞典(竹田晃・板梨隆三編)によると『感心』とは「すぐれたもの、みごとなものに深く感じること」「行動・態度などが立派なさま」と記載されています。日々関わっておられる認知症老人やねたきり老人の行動・態度から何を学び、何を深く感じ取っていくかです。意味不可解な認知症老人の行動・態度・言葉であっても、そこに深い意味が隠されています。そのためには常に「関心」(問題意識)もつことです。関心とは、読んで字の如く「心にかけること」「心を引かれて注意を払うこと」です。老いた人たちの呟きや言葉、行動・態度などに心にかけ、注意を払い、何を訴えようとしているのか、何を求めているのかを深く感じとれるかです。「感心」と「関心」感じる心心にかけるどちらも大切です。五感のケア(2)

  • 五感のケア (1)

    1862感謝見出しに“五感のケア”と書いた五感とは何か、普通“五感”はと聞かれると、「人間が外界の刺激を感じる事ができる五種の感覚(五感)」を思い浮かんできます。それは視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五つです。ここではもうひとつの“五感”は、ケアサービスの視点から捉えていきます。それは、感謝・感心・共感・感動・感性の五感であります。まず、『感謝』の精神からケアが始まります。私(介護者)が居る(在る)からあなた(利用者、入居者)が居る(在る)のではありません。利用者が居るから私が居るのです。あなたが居宅介護事業者のサービスを選択していただかなければ私の持っている介護技術や専門的知識は活かされないし、また介護関係も成立しないことに、私たちは気づいているでしょうか。会社の組織に置き換えても同じことが言えます。社員が居る...五感のケア(1)

  • 仲の良い老夫婦

    1861小銭が転がった今日は早朝5時30分前に車で家を出た自治医科大学附属病院の受診日7時30分に病院正面玄関が開く。診察券を予約機に通し採血室に向かう。8時50分皮膚科9時10分には循環器内科9時30分感染症科9時45分皮膚科に戻り看護師から右側頭部腫瘤の組織を切除し何の細菌かを調べるための手術の流れについて説明を受けた。4月18日14時に行うことになった。皮膚科の待合室で診察を待っていたときのことです。飲料水自動販売機の前に老夫婦が立っていました。夫は鞄から財布を出した。小銭を取り出したまでは良かったが、コイン入れに上手く入らず小銭を床にばらまいてしまった。意地悪く幾つかの小銭は転げた。傍らに妻は怒り口調で大きな声を出す。「なにやってんの」「いつもこうなんだから」「もたもたしないで早く拾ってー」お父ちゃんは...仲の良い老夫婦

  • トイレに行く!

    1869オムツはしたくない93才のおばあちゃんが腰椎圧迫骨折をした。4週間の入院予定だったが、「病院に長く居ると歩けなくなる」、と息子に話し20日間で退院した。家(隠居宅)の玄関を入ると「家はいいなぁ」、と呟いた。入院中は紙オムツをさせなかった。「オムツは嫌だ」、と頑なに拒んだ。看護師は車いすに乗せ、トイレまで連れて行った。用足しを終えると「ありがとう」、と看護師に礼の言葉を告げる。家に帰っても床から手すりにつかまり自分で立ち上がる。炬燵のある居間からトイレまで息子は手すりをつけた。手すりを伝いながらトイレまで行く。「夜は、トイレまで行くのは大変だからオムツにしたら」、と息子夫婦は話すも「オムツはしたくない、トイレに行く」、と言い張る。介護用ベッドを降りたら2mほどの平行棒があり両手で平行棒につかまり寝室の出...トイレに行く!

  • beagle元気も心配してくれた

    1859体調が悪くても休めない介護霧と雪で覆われた田圃、流氷のように見える風邪を引き頭の中は、ボ〜ッとしているところへ更にボ〜ッとしている。体調が悪くても介護をされている家族のこと思うと本当に頭が下がります。風邪程度でへこたれている自分。病は気から寝込んでいる父母(夫婦)を見てbeagle元気は静かにしていた。夕方の散歩までは行けなかった。朝の散歩は20分ほどしてきた。お尻を我慢させるのは可哀想。熱が36.9℃まで下がり日中は起き出した。『女のいない男たち』村上春樹文藝春秋文庫を読み始めた。6編の短編小説で昨日は最初の「ドライブ・マイ・カー」と最後の「女のいない男たち」の2編を読んだ。自分は本を読んでから映画を見るタイプ今回は短編小説「ドライブ・マイ・カー」を読み終えたあと映画のイメージが湧いてこない短い小説を...beagle元気も心配してくれた

  • 咳、高熱

    1858ダブルで寝込む阿武隈川から眺めた東北新幹線の高架橋まだ走っていないwifeは昨日コロナウイルスワクチン接種をした。3回目、今回も39.0℃近くの熱打ったところも痛く、左腕が上がらない心配夕方、ホームドクターとも言うべきクリニック受診風邪の症状で咳止め、痛みと発熱を抑える薬を処方されたいま、熱は36.9℃ダミ声でまだ喉が痛い鼻水と痰がよく出る頭はいつも以上にボ〜ッとしていて躰が怠い明日には快復したい私的なことを書いてしまった咳、高熱

  • 老いた人の叫び 「もう生かさないでくれ」

    1857高見順「老いたヒトデ」(『死の淵より』講談社文庫)文庫本『死の淵より』のなかでラストに掲載されている詩である33年前に「老いたヒトデ」を読み、寝たきり老人や認知症老人のことが頭に浮かんだ長くなるかもしれませんが最後までお付き合いいただければ幸いである真夏の海水に裸足で入ったとき裸足(あし)にヒトデが触れようものなら若い娘は大変!「踏みつぶすのも気持ちが悪い」と蔑まれるほど人間様に嫌われてしまう老いたヒトデ老いた人も同じく疎まれ嫌われている「一時は海の星と謳われたあたしだ」老いたヒトデもかつては海のスターと謳われていた人間は、「ハマグリを食い荒らす憎い奴」とヒトデを嫌い更に「食用にもならぬ」と蔑んでいたヒトデは呟く「海を荒らし、汚くしているのは人間である」老いた人のなかには「福徳円満」な人もおり穏やかな気...老いた人の叫び「もう生かさないでくれ」

  • 声変わり、喉をやられた

    1856幻想風景春なのに雪が降り地は底冷え白い霧の向こう側はどんな世界だろうか喉が腫れ咳が出る熱はないがトローチを舐めたら気持ち喉の痛みやわらいだ病院に行こうと思いきや保険証、診察券は職場に置いてきてしまった失敗夕方受診予定今日は皆様のところ訪問できずすいません声変わり、喉をやられた

  • 恥ずかしい、申し訳ないの気持ちになった

    春の川1855糞まみれIアツアツの白いご飯(米)を食べ、胃腸に入ると消化吸収され残り滓は「ウンコ(糞、便)」となって肛門から排出される。口から食べたときの米は白かった。肛門から出たときは黄土色のウンコ(糞、便)になる。色も形も変化した。「糞」という字を分解すると、「米」と「異」の組み合わせになる。米が異なった物に変わり、糞が排せつされる。日本の漢字は、上手く表現され、意味のある文字が多い。話は180度パノラマ的に変わる。老いて括約筋が緩くなり言うことを聞かなくなると我慢というか、こらえ切れず自分の意思とは無関係に便失禁(俗にウンチ垂らしを)してしまう。自分も一度便を漏らしたことがあった。人工透析をしているときのこと。透析は4時間近くかかる。あと20分で透析が終わる頃「水を引きすぎ」たせいか、血圧の数値が60/4...恥ずかしい、申し訳ないの気持ちになった

  • 父ちゃん 今日亡くなった

    那須連山はまだ雪が降っている1854妻に見送られ・・・数日前に書いた「1851寝た要介護老人を起こす」の相津芳雄さんが永眠された(84歳)ご冥福をお祈りします。彼岸の日だった昨日朝7時2分携帯電話が鳴った。うめ子さんは泣きながら「今日亡くなった・・・。どうしたらいいのかわからないので、電話しました。朝早くにすいません」「大変でしたね。何時ごろお亡くなりになりました?」「朝5時頃起き、ベッドでまだ寝ていたので、『お父さん、おはよう』と、言葉をかけた。返事がなかったので、額に手を当てたら冷たく、顔が白かった」「その後どうされました」「救急車を呼んだら、そのうち警察署の人が来て、連れて行った」「いまから、お伺いします・・・」「お待ちしています」真っ赤なアルトを運転し、相津さん宅に到着。3月19日借りたばかりの介護用ベ...父ちゃん今日亡くなった

  • 共に老い行く

    1853共に老い行く来月8日が誕生日9才になるbeagle元気雨が降る朝夕以外は、毎日散歩する元気のお陰で「歩く」ことが続いている元気も老いてきたのか耳の縁は薄白くなってきた目尻には黒い大きなシミができていた玄関にある下駄箱の鏡の前に立つと頭から足首の上まで写る自分の姿を見て「知らぬ間に自分は老いた」ことに気づく元気と歩いてきて9年前は早足で60分余り散歩していたいまは、腰椎圧迫骨折、頚椎ヘルニア、左膝の動きが鈍いこともあり散歩は団地周辺20分程度の散歩に縮小された足から老いがやってくる、というが足(脚)の筋力低下を防ぎ、何とか現状維持はしたい若い時から運動嫌いだったのが、たたっているのかもしれな。自分は数多くの薬を服用しているためサプリメントは飲んでいない元気は7才のとき腰椎ヘルニアになったいまは痛みはなくホ...共に老い行く

  • 昔は若かった

    1852小さい春見つけた日曜の朝もbeagle元気と散歩路端に小さい春を見つけた小さい小さい蕗のとうが顔を出し「おはよう」、と聲をかけてくれた老いても男は我儘で病や寝たきりになると元気が失せ妻に甘えてしまう老妻が老夫の介護をする方が多いのかもしれない振り返って見て老夫が老妻の介護をされた家族を思い出そうとするが思い浮かばない献身的に妻を介護されている夫の話(ブログ)を目にする三十年も昔の話です特別養護老人ホーム開設の準備をしているときで暇な時間がありました。自分の他に福祉専門学校の教え子が2人いた。3人で老夫婦のお宅を週2回訪れていた。その家は75歳の夫が72歳の妻の介護をされていた。妻は脳梗塞後遺症で歩けず左半身麻痺(要介護3の状態にあった)まだ介護保険サービスはなく、花婆さんは、家で三毛猫と過ごしていた。夫...昔は若かった

  • 両膝折れするほど立てなくなった男老人

    1851寝た要介護老人を起こす梅の花が咲き始め春は目の前まで来ている、と思った矢先昨日はみぞれと大雨が降り春が遠くなったような気がしたそれでも春は訪れる梅の花をひとつ一つ見て見ると同じようで違う花びらの大きさや形、色あいなどそれぞれの花は微妙に異なる老い方も人それぞれ違う老いた夫婦の関係も人それぞれ元気なとき、妻に対し優しい言葉や態度を示してきたかそれでも大正、終戦前の昭和に生まれた人たち老いても夫に従う妻が多い一週間前まで歩いていたのに蒲団に臥せてしまい自分で食べることもしないほど意欲低下今日で80歳になった妻はお粥を食べさせている。両手は動くのに、どっぷり妻に依存している。痩せこけても男の躰を動かし、紙オムツを取り替えるのは大変濡れても紙オムツを取り替えずとも大丈夫、と言う夫1日一回しか取り替えないから、濡...両膝折れするほど立てなくなった男老人

  • 老いると思うように躰が動かない

    1850思うように行かない老いてくると足元がおぼつかずダンスはうまく踊れない(井上陽水作曲)ダンサはうまく上がれないつまらないことを書いてしまったお詫びに東北の玄関口に咲いた梅の花を届けます老いると思うように躰が動かない

  • いちばん大切なものは何か

    1849人間死んだら☆彡(星)になるんだよいちばん大切なものは何か子ども心にまだあの世に逝っていない大人から「人間死んだら☆彡(星)になるんだよ」と。本当にそうだったら素敵な話です。死んだら星となって輝き天から大切な人を見守り続けることができたらどんなによいかです。「星の王子様」(新潮文庫)は大切なものを失ってはじめてわかります。あなたにとって“いちばん大切なものはなんですか。病気になってはじめて健康のありがたさがわかります。大切な人を失ってはじめてかけがえのない人だったことが身に染みてわかります。自分という人間が死んだら、棺に収められます。棺はダンボール製がいいな、そのときは納棺師をお願いし人生の最期においても取繕い美しく逝きたいものです。白髪の女性老人と一緒に茨城県の笠間焼を見に行ったときのことです。彼女は...いちばん大切なものは何か

  • プーチン大統領が ウクライナに残した戦争犯罪

    1848死んだ男の残したものは作詞:谷川俊太郎、作曲:武満徹死んだ男の残したものはひとりの妻とひとりの子ども他には何も残さなかった墓石ひとつ残さなかった死んだ女の残したものはしおれた花とひとりの子ども他には何も残さなかった着もの一枚残さなかった死んだ子どもの残したものはねじれた脚と乾いた涙他には何も残さなかった思い出ひとつ残さなかった死んだ兵士の残したものはこわれた銃とゆがんだ地球他には何も残せなかった平和ひとつ残せなかった死んだかれらの残したものは生きてるわたし生きてるあなた他には誰も残っていない他には誰も残っていない死んだ歴史の残したものは輝く今日とまた来るあした他には何も残っていない他には何も残っていない小さな国のベトナムが大きな国のアメリカに勝利した南北のベトナムはひとつになったベトナム戦争は終結したプ...プーチン大統領がウクライナに残した戦争犯罪

  • ウルトラの父

    1847ウルトラマン今日はウルトラマンに会ってきた。福島空港にはたくさんのウルトラマンがいます。須賀川市庁舎玄関前光の広場にウルトラの父が警備していました。居宅サービス計画作成届を提出。北は須賀川市から南は那須町までの45㎞余りの距離範囲で要介護老人宅を訪問し、ケアマネジメント(介護相談等)を対応しています。今日から4日連続で(そのうち3件は新規)サービス担当者会議を予定しています。ケアプラン作成に追われ、猫の手も犬の手も借りたいくらいです。ブログまで手がまわりません。すいませんです。ウルトラの父

  • 隔靴掻痒

    1846痒い所に手が届かない風呂場でのこと自分で背中を洗うけど肝心の痒いところに手が届かず歯痒い思いがするふと、介護とは相手がして欲しい、してもらいたい、というところに手が届いているだろうかなななか背中のここを洗って欲しい、とは言いにくく遠慮がちになってしまう。どう気づかい痒いところに手が届くか「隔靴掻痒」という言葉がある靴の上から足の痒いところは思うように搔くことはできない思っていることが思うようにならない隔靴掻痒

  • 掌の皺を隠す?

    1845ロクシタンハンドクリーム犬の手(前足)の裏側は、可愛い(猫の手も同じく可愛い)にんげんの赤ちゃんの手も可愛い。しかし、老いてきた我が手の背を見ると皺が目立ってきた五本指を握り「グー」にすれば、皺は伸びる五本指を伸ばし「パー」にすると、皺が現れる。昨日、仙台駅Sパルで、ロクシタンハンドクリームを買ってきた。自分へのご褒美かな?朝風呂上がりに「サクラサボン」を掌に塗ってみた。皺が美しく伸び、皺が「消えた」掌の皺を隠す?

  • 要支援の認定を受けたら、予防介護サービスを利用しよう

    1844要支援の認定結果が出たら、要介護にならないためにも、予防介護サービスを積極的に利用する年金受給額の多い少ないで老後の生活、医療費、介護保険サービスは大きく影響されます国民年金だけの受給額は厳しく寝たきりになった場合十分に介護サービスを使えることができず要介護老人とその家族の肉体的精神的負担は大きいものがあります誰もが介護保険料を納めています(年金から徴収されています)が、平等に介護サービスが受けられるとは限りません。年金受給額のなかから、介護サービスに使えるお金はいくらまで可能ですか、と初めての訪問のとき必ず尋ねます(聞きずらいことですが、ケアプランを作成する上で必要です)勿論介護サービスだけでなく、高齢者福祉サービス、難病に対する制度や障害者手帳の発行などの支援も検討していきます。要介護・要支援介護認...要支援の認定を受けたら、予防介護サービスを利用しよう

  • 男は弱い生き物?

    1843寝た夫を起こす半世紀以上も連れ添った老夫婦「妻は夫をいたわりつつ、夫は妻に慕いつつ」夫婦愛を表したもの心不全と前立腺肥大の病を抱えこの半年で入退院を4回も繰り返した一番最後に入退院をしたのはひと月前その時はつかまりながらも歩けた食べなくなり、十数kg以上も体重が減った。畳みの上に敷いた蒲団に寝る日が続いている。卵入りのお粥も少しだけしか食べない両手は使えるのに、妻に食べさせてもらっている。ひと月前は要介護2の認定を受けたいまは自力で寝返りする意欲さえ失せた老夫要介護5のレベルまで下がった「どうしていいかわからなくなってしまった」老妻「元気になって欲しい」「食べて欲しい」などと言葉をつなぐ。蒲団(畳み)から立ち上がるのは難しい畳みの上で紙おむつを取り換えるのは大変です介護用ベッドならば柵(サイドレール)に...男は弱い生き物?

  • お世辞かもしれない

    春の川1842単純バカ今日、初めて訪問した家の奥様からわたしの間抜けた顔をみて「年若いでしょう。まだ、60才になっていないでしょ〜」、と話され顔が綻びながらも「お世辞半分以上混じってるよ」、と思い直し自分の年を言わずに「昭和27年生まれだから、年はとっています」、と答えた。素直に「69歳」、と話せばいいのにバカだな、と気持ちのなかで反復した。老けたな、疲れている顔だな、と相手からそのような印象を受けないよう元気、気力で行くとしよう〜お世辞かもしれない

  • 痛みは目に見えない

    光と影。大きな捨石の傍に福寿草が咲いている。1841妻は夫に従い・・・糖尿病があるも、まだまだ血気盛んな夫。妻である私は、十年前から病魔に襲われ躰のあちこちは痛みだらけ。大腸癌(ステージⅢ)を患い、手術施行し症状が落ち着き、わが家に帰ることができた。嬉しさもつかの間、老夫は「昼飯をつくってくれないか」、と話しかけてきた。覚束ない足で台所に立つと、泪がでてきた。退院したとは言え、まだ半病人の私スーパーの弁当や出前を食べ、横になりたかった。仕方ない。夫は頑固で何でも自分の思い通りにしてきた。妻は夫に従うもの。だから、妻が病み痛くても気づかない。用事で出かけたとき彼女は胸の内を話してくれた。風呂場やトイレに手すりをつけたがらない。見映えが悪いから、家に傷をつけたくない玄関上がり框のところに突っ張りの手すり(ネットで検...痛みは目に見えない

  • 主体者は誰か

    早朝風景1840手につかまり歩く老いて足元がふらつき転倒してしまうのではないかと娘は老母の手首をつかみ足速に歩く母親に比べ歩幅の小さい幼児は歩幅が合わず走り歩きのようになり阿吽の呼吸がとれず躓き転んでしまい路端にしゃがみ込み泣いてしまう老母も同じく娘の足に追いついていけない幼児と同じく「ゆっくり歩いて」、と訴えることもできない手首をつかまれた人に合わせて歩かねばならない老母が娘の手を握る娘の足が速くなり、自分の足が追いついていかなくなり転びそうになる前に、老母は娘の手を離す歩行介助の主体者(主役)は誰か(介護の主体者は誰か。利用者(老人)であると介護のテキストに書いてある)老母や幼児が主体者歩行の場合、手を握るのは老母である介護者に手をつかまれ、転びそうになり「危ない」、と思っても自分の身体を守ることができない...主体者は誰か

  • 死に方

    1839孤独死老人(高齢者)には、民間アパート入居お断りが多い。とくにひとり者の老人の場合、孤独死を想像してしまうからであろう。自分の家(自己所有)であっても、孤独死をすると「不幸」な死として見られてしまう。果たしてそうであろうか。長年住んできた家の中には思い出の写真や旅行のお土産(飾り物、郷土土産など)があったり柱には子どもがつけた傷痕仏壇や遺影がかざられている。古くなり傷んだ我家ではあるが一番心が落ち着くそこでひとりで死を迎えたしても寂しくはない。雛は育ち巣から飛び立ったように子どもたちも巣立ち、家に残ったのは老親だけ家を守る老親疲れた鳥がいつ帰巣してもいいようにひとり暮らし老人になっても最後まで我家で暮らし我家で死にたい不幸な死、寂しい死だと決めつけて欲しくない我家で死ねたこと、本人にとり幸せな死であった...死に方

  • 老いた子犬

    1838世話が大変になった・・・昨日はとてもショックな話を聞いたその家の家族になって12年小さな子犬子犬は、散歩に出ることもなくウンチはゲージのなかでする家族がいないときウンチを食べてしまうひもにつながられており家のなかを自由に歩くことはできない訪問すると人懐こく小さな舌をだし甘えてくる本当に可愛い子犬12年も家族であるのに「世話するのが大変になったから誰かもらってくれないだろうか」「・・・・・・・・・」わが家にはbeagle元気(今年の4月8日で9歳になる)がおりシニアの世界に入った子犬もシニアにあり一緒に暮らすのは難しい子犬の落ち着く先を探し求めている老いた子犬

  • 死を悼む

    1837死を悼む連日、ウクライナの人々のことを思うと、居ても立っても居られない家族を殺され、親をなくし、子をなくし、家をなくし、仕事をなくし、街が壊され逃げ惑う弱い人たちを容赦なく殺すプーチン新聞の写真には老人が杖をつき避難する姿ぬいぐるみに拠り所を求め、ぬいぐるみを抱いている子どもウクライナは寒く、食べ物もなく飢え、彷徨い歩く亡くなった父や母、わが子、祖父母の亡骸を埋葬することもできずいたたまれない気持ちで祖国を去るひとりの「死」は、「亡くなる」ことを意味し、その人がもうこの世に「居なくなる」ことである。「亡くなる」ことは「居なくなる」ことであり、この世にその人の存在が「無い」ことに列なる。息をひきとる瞬間まで、この世に存在していたかけがえのない人が、「死」によって、もうこの世には存在してない。会いたくても言...死を悼む

  • 1473;「風景」としての死

    「風景」としての死『臨死のまなざし』から教えられたこと(6)最終回『臨死のまなざし』195頁昭和初期までの日本は、病人の部屋があった。大正昭和に一世を風靡した抒情画家竹久夢二のデッサン『病むおじいちゃん』が『臨死のまなざし』でみることができた。病気で伏しているおじいちゃん枕許の薬瓶と薬袋そして病気のおじいちゃんに付き添い何か声をかけようとする孫娘。もしかしたら、この伏しているおじいちゃんこそ竹久夢二だったのではないか・・・・。こうした『病むおじいちゃん』のような風景はかつてはどこの家庭でもみられた在宅介護の原風景であった。昭和30年代からの高度経済成長のなかで核家族化が進み、家庭の電化普及(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫は三種の神器と言われた)、教育の過熱やマイホームの所有により、女性就労が増え、日本の家族風景は一...1473;「風景」としての死

  • 「できる」「できない」を考える (7)

    那須連山1836手を使う老い往くにつれ、体力、筋力が衰えたとき寝床から起き上がる。(ベッドマットは硬いものがよい)仰向けから右側に向く(右が麻痺しているときは左側に向く)前に、頭から肩下位まで幾分左側にずらす足、脚は右側(ベッドの端)の方にずらし、首から足先まで真っ直ぐになる。(本人ができないときは、介護者が頭、肩を左側にずらし、ついで足、脚をずらす)躰を右側に向く右腕は、躰に対して45度から60度程度の角度で腕を置く。右肘を支点にして、右手背(右手甲)に左手を乗せ、左手は右手をおさえ、右腕に加重をかけ押し上げながら躰を起こす(片ひじで立ち上がる)(本人が左手が使えないときは、介護者は本人の手の上に手を乗せおさえる)本人は首を前にだすような感じで起き上がる(起き上がりが容易でないとき、本人は左手を介護者の首に回...「できる」「できない」を考える(7)

  • 骨折予防習慣

    1835片足を上げる一昨日、整形外科を受診した。中待合室の壁に「1日3回骨折予防習慣」のポスターが目に止まった。何が書いてあるのか、と気になり近づいた。齢(とし)を嵩ねていくと、躰を支える骨と筋肉が衰え転んだとき骨折してしまいがちになる。他人(ひと)事ではなく、我身も同様に衰え頚椎ヘルニアと腰椎圧迫骨折の憂き目に有り、痛みほ癒えぬ。寝たきりにならないよう1日3回開眼片脚立ちを行うことで骨折の予防になる。早速、今日から骨折予防習慣を取り組んでいくとしようか。生活のなかでも片脚を上げる行為(動作)はある。ズボンや靴を穿くとき、浴槽をまたぐとき階段の昇り降りもそうである。片脚を上げる動作は安定したバランスが求められる。脚の筋力が衰えてくると、手すりなどにつかまり片脚を上げる。歩く、左右の脚を交互に上げ連続していく動作...骨折予防習慣

  • 「徘徊」老人の思い

    春陽1834戻ることができない人間は外に出たがる生き物コロナウイルス禍は老人にも大きな影を映し出している家族から「外に出てはいけない」、と話され「閉じこもり」の状態が続いている。そのせいか、言葉を忘れ、足の筋力は衰えうつ的傾向や認知症の症状が出てきている人混みのなかでなければ、外へ出よう春の風が吹き始め福寿草が咲き始めた。認知症老人も外にでたがる。出たがるときは、一緒に外へ出て春の風を感じてみようか。認知症老人は「徘徊」する、と言われる。「徘徊」という言葉は、自分は好まない。徘徊の意味は、目的もなく歩く。目的のない歩きはない。認知症老人は路に迷って、家に帰れなくなり予想もつかない処で発見されたりする。認知症老人は、路を真っ直ぐ進むか、左右に曲がり歩き進むが、戻る、引き返すことができない。時間も人生も戻ることがで...「徘徊」老人の思い

  • 「臨床」とは

    1833患者に臨む砂時計から落下する砂を見ていると流れ往く時間に映る。落ち往く砂は早く残された砂は少なくなってきた。老人にとってもわたしとっても残された星の砂は貴重なな時間である。老人の顔に深く刻みこまれた皺、節くれだった手指から、わたしはなにを感じなにを話すのか。病院のなかで“臨床経験”という言葉をよく耳にする。読んで字の如く「床に臨む」となり「床」つまりベッドに寝ている人は患者=病人であり「臨む人」は医師や看護師である。直訳するとベッドで痛み苦しみを抱きながら病魔と闘っている患者に対し、向き合っている医師、看護師は何を為さねばならないのか。介護の世界においても同じである。ベッドは畳(たたみ)一畳の程度の限られた空間のなかで、寝たきり老人は生活している。ベッドに臥床(がしょう、寝ている)している老人を目の前に...「臨床」とは

  • 医師もいろいろ

    1832年だから(老人だから)人間にとり「水」は、生命(いのち)をつなぐ認知症老人は喉が渇いても、水を飲むことがわからずにいる。皮膚はカサつき、尿は紅茶色になり尿路感染を誘発させる。水を飲むことを忘れた百代婆さんは、38.9℃の高熱を出し眼をあけることもできずにいた。自宅に電話をかけたら長男がでた。「デイサービス青空の家です。朝から熱があり、いま38.9℃の熱があります。大変でもお迎えをお願いします」。15分後に長男の車が到着した。「ご苦労様です。大変ですが、この足で受診をお願いできたら助かります」いまから、孫を(保育所まで)迎えに行かなくてはならない、と長男は他人事(人ごと)のように素っ気なく話す。その言葉に返す言葉もなく、その場は過ぎた。翌日の朝、自宅を訪れ熱を測ったら、体温計は37.3℃であった。「熱があ...医師もいろいろ

  • プーチン大統領に捧げる 『 ジョニーは戦場へ行った』

    1831ドルトン・トランボ『ジョニーは戦場へ行った』角川文庫ロシアの侵略によるウクライナで戦争の勃発を知り30歳頃手にした『ジョニーは戦場へ行った』文庫本を思い出した。この本のことは頭の片隅に忘れていた。街場の書店の棚には並んでいない。第一次世界大戦の話で、ジョニーは異国の戦場にいた。砲弾を避けようと塹壕に飛び込むが、目、鼻、口、耳、そして両腕、両足を失った。肉塊の状態となり、ヘレンケラーよりも、さらに重い重い障害を抱えた。そのような躰になっても首と頭だけは動かせた。意識はあり、思考することはできたが、光も音も匂いも感ずることができず暗闇と孤独の世界におかれたときの絶望感自ら死ぬ事もできない自分の躰人間の存在と時間のもつ意味を深く考えさせられた頭と首だけが唯一動き、意識はあった。自分はいま、どこにいて、いま何時...プーチン大統領に捧げる『ジョニーは戦場へ行った』

  • 冬から春へ

    1830ジッと生きる去年の今頃95歳だった彼女は、「もう体力の限界かな」と感じ、「桜の花が観れたらいいのに」そう思っていた。ベッドに臥すまでは、麻痺と筋力の衰えた足でピックアップウォーカーを使いこなし30㎝ものある段差を乗り越え、歩いていた。二度目の「東京オリンピックを観るまでは死ねない」そう話していた彼女。「冬季北京オリンピック」閉会式も終えた。いまは、歩くことも起き上がることもできなくなった。介護し続けてきた長男嫁は60半ばになり、介護歴十三年を数え長男嫁は膵臓の持病を抱え左脇腹などの痛みを堪え、姑の介護を続けてきた。ちりめんじゃこや青物野菜が入ったお粥と一日500ccの水分を摂り朝夕の2回おむつにオシッコをする。十分な栄養と水分には満ち足りてはいないけれど床ずれ一つ作らず、きれいな肌で生きている。長男嫁は...冬から春へ

  • 帯状疱疹

    1829泪が出るほど痛い十数年前にストレスが嵩じたのか頭部左側面の内側(頭部の中)に帯状疱疹になり言葉で言いあらわせない痛みに襲われた突然、痛みが襲うwifeが頭部右側、痛みが突き抜けるマスクの紐が触れただけでも痛いロキソニンを服用しても痛みはいくらかやわらぐだけ余りの痛さに両目尻から泪が滲み、頬を伝わり流れる。どうしてあげることもできない。一緒に通勤し、一緒に帰宅した。顔面麻痺にならないことを祈る。野の兎を追いかけるほど忙しく皆さまのブログ訪問が途切れますことをお許しください。帯状疱疹

  • 宮沢賢治の雨ニモマケズを「編詩」しました

    1828病気ニモマケズ星光輝「病気ニモマケズ」病気ニモマケズ障害ニモマケズ肺炎ニモ夏ノ熱中症ニモマケズ丈夫ナカラダヲネガイ慾ハナク決シテ諦メズイツモシズカニワラッテヰル一日塩分六グラムト野菜ト少シノ肉ヲタベアラユルコトヲジブンノカンジョウヲ捨テサリヨク立場ヲワカリソシテワスレズ施設ノ居室ノカーテンノ陰ノ小サナ特殊寝台ニジット生キテイル東ニ寝タキリノロウジンアレバ行ツテ介護シテヤリ西ニツカレタ家族介護者アレバ行ツテソノロウジンノ世話ヲ負ヒ南ニ死ニサウナ人アレバ行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ北ニ惚ケタ人ガミチニマヨッテイレバモウ安心ダカラネトイヒナカマガ他界シタトキハ泪ヲナガシゲンキデ春ヲムカエタトキハ桜ヲミルヤクニンニヨウカイゴロウジントヨバレネンネン介護給付ハキビシクナリ苦ニモセズニワタシナリニイマニイキテイ...宮沢賢治の雨ニモマケズを「編詩」しました

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