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春夏秋冬 / 老い楽の詩 https://blog.goo.ne.jp/hennkyoujinn

老い始め老い逝くまで、楽よりも苦の方が多い。束の間だけでも喜びや感動、笑いあえる楽があれば幸せ。

星 光輝
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福島県
出身
北海道
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2017/04/09

1件〜100件

  • 突然のくも膜下出血

    1879思いがけない・・・今日、赤いアルトのハンドルを握り在宅訪問に向かっていた。普通ならばスマホが鳴り響かない日(土曜日である)なのにバッグの中からスマホが鳴った。アルトを停車しスマホをとった。「昨日義母が入浴中、突然くも膜下出血に遭い亡くなった」、と長男嫁の言葉に吃驚。93才であった。1軒目の在宅訪問を終え、急いで向かった。お祈りし、臥床している彼女に合掌した。眠るように穏やかな表情であった。手で白髪を撫でながら、「ありがとう」と呟いた。夕方、仲良しだったデイサービスの3人の婆さんが会いに行かれる。突然のくも膜下出血

  • 介護者が脳梗塞を発病

    1878.介護者の健康老いに入り義父母や連れ合いの介護は躰を酷使しながらだけに大変である。自分が大病に患い入院でもしたら、と大変その間、誰が介護をするのか。国民年金の受給額だけでは長いショートステイを利用することもできない。「地獄の沙汰も金次第」と言うが介護のサービスも金次第である。義母と長男嫁の年金を足しても10万円にも満たず月8万5千円にしかならない。夫は三年前突然の脳梗塞を患い、21日後他界された。夫の命日のとき、妻も脳梗塞の診断を受けたが、入院に躊躇いを感じ、迷っている。右半身軽い痺れがあり、右足の歩行もおかしい。一刻も早く入院を勧めている。96才(要介護3)の義母の介護に疲れ果て、眠れずストレスも溜まっていた。食事も水分も余りとれていなかった。特養老人ホームに入所できるだけの年金はなく介護扶助や医療扶...介護者が脳梗塞を発病

  • 7日間ほど休みました。再開します

    1877元気です7日間ほど休んでしまいました喉の「ガラガラ」声も治り話せるようになりました4月18日自治医科大学附属病院皮膚科外来で右側頭部に脂漏性角化症の疑いで一部組織を切除し検査にだしました。朝の散歩で路端でつゆくさに出あいました。仕事終えてから夜にブログを書きたい、と思っています。ブログはいつものごとく凧の糸が切れたようにどこか飛んで行ってしまいます。あきれずによろしくお願いいたします7日間ほど休みました。再開します

  • 要介護老人の自立支援とは

    枯木を通し桜の花を見る1876要介護認定調査「特記事項」の記載は、要介護認定審査に大きな影響を与える短期入所生活介護(特別養護老人ホーム併設)の生活相談員から「要介護4でないと特別養護老人ホームに入所できない」と、さらに追い打ちをかけるように「〇△様は、要介護3ではなく要介護4の状態にあるからケアマネジャーに要介護認定区分変更の申請書をだしてもらった方がよい」、と家族は言われた。〇△様の家族は、ケアマネジャーに電話をかけてきた。「うちの婆ちゃんは、要介護4の状態にあるから要介護の変更(区分変更の意味)をだして欲しい」。ご家族の希望でもあり、再度区分変更の申請を令和4年2月15日付けで出した。区分変更の申請書を提出する際に、短期入所生活介護の事業所(ショートステイの事業所)だけでなく、デイサービス事業所の意見も聴...要介護老人の自立支援とは

  • さくらだより

    1875さくらさくら南湖公園(福島県白河市)のさくら、遠くに残雪の那須連山を望む自宅前のさくら夜桜(南湖公園)来週まで在宅訪問が続くいま、ブログに向かう時間がとれずそのため写真だけとなったさくらだより

  • 長いこと、お疲れ様です

    1874「98才」万歳!蝉の命よりも短く、7日間の関わりで、逝かれた老い人もおられた。二海キヨ子さん(98才)桜が咲いている4月8日20時12分に永眠された。(合掌)彼女とは出会ってから14年のおつきあいをさせて頂いた。ちょうど一年前に床に伏し、生命の危機を迎え「危ないかな」、と思ったこともあった。亡くなる前日まで訪問リハビリのサービスを利用。両足は「く」の字に曲がることもなく両手の指も曲がることなかった。お陰様で「真っ直ぐな脚で棺に眠ることができました」、と彼女は話されているようでした。床に伏す前は、ピックアップ(歩行器)を自由に操り30cm余りの段差を昇り降りしていた。14年間在宅介護をやり遂げた長男嫁の齢は70才を超えていた。自分自身、胆嚢炎の病を抱え入院しても数日で退院され、在宅介護をし続けてきた。夫か...長いこと、お疲れ様です

  • 死に場所、死に方

    この写真は本文とは関係ありません。元気9才の誕生日1872最期の時老衰となり、どこで死に場所を迎えるか人それぞれ違うように生き方も老い方もそれぞれ違うならば死に場所もいろいろあっていいと思う住み慣れた我家の畳の上が本望だが様々な事情により死に場所は変わってくる病室であっても介護施設であってもいい穏やかな表情で寝ているような感じで逝けたらいい最期が近いな、と感じたとき意識あるときに家族や身近な人と最後の語らいやスキンシップを持つ最期の瞬間手を握れたら、それはそれでいいひとり暮らしのまま死を迎えることを望んでいる人もいるそれを「孤独死」、と決めつけないで欲しい自分はまだ臨終の場面にないだけに死というものがわからないただ、最後はどんな風景が映り何を思い(想い)死に逝くかまだ死は先にある、と思っているが突然死神が訪れる...死に場所、死に方

  • beagle元気 誕生日

    1871今日で9才2013年6月2日生後約2ヶ月撮影2022年4月8日撮影beagle元気、家族の「1人」となって9年が経つ。4月8日は、元気の誕生日。釈迦と同じ誕生日。名前の通り「元気」な元気です。元気の顔やしぐさに癒されてきた。人に比べ犬の寿命は短い。フードとおやつ、果物が大好き。元気がいるから散歩ができることに感謝。夕方はケーキを食べながら、誕生祝い。元気ありがとうbeagle元気誕生日

  • 桜に想う

    1870桜北国ほど桜(春)を待ち焦がれている。桜の花は、散りゆくのが早く。人生は、長いのか短いのであろうか。桜に想う

  • まだ在る残りの時間を 生きる

    生きてみる人は生まれた瞬間から死に向かって生きる。人は老いや死を意識したとき生命(いのち)や時間の大切さを痛いほど感じる。老いた今時間が残り少ないことに焦燥感を抱くのではなくまだ在る残りの時間を精一杯生きてみる。まだ在る残りの時間を生きる

  • 言葉のチカラ

    四年前の春、雪桜の景色だった1869聲が出るコロナウイルス感染は、老人に大きな影を落とした。「コロナに感染したら、大変だからおばあちゃん(おじいちゃん)外に出てはだめよ」、と大人になった子ども夫婦から強く言われ、家に籠もる老人が増え出した。足の筋力は衰え顔の表情から生気が失せ物忘れも出てきた。ひとり暮らしのおばあちゃんがデイサービスで呟く。「家にひとりで居ると、話す人がいないので言葉を忘れてしまう」「こうして人と話すことで聲が出るようになった」もうひとりのおばあちゃんは、「仏壇の前に座り、仏壇の中にある夫の遺影に向かい、今日あった出来事を話している」聲を出す。他人(ひと)と話をする。言葉の力は大きい。愛を告白するのもひとを励まし奮い立たせるのも言葉の力である。人間の長い歴史の積み重ねを通し労働により言葉が生まれ...言葉のチカラ

  • wifeにかぜを感染させてしまった

    1868肋骨にヒビ先月の22日頃から自分はかぜ症候群を発症喉が腫れたときイソジンで予防すべきだった甘くみていたのがいけなかった喉が痛く腫れ、咳き込みが続いた3回目のコロナウイルスワクチン接種を終えたときに自分のかぜはwifeに感染しwifeも同じく咳きの症状になった。寝ているときに咳き込みが多く咳の度に強い胸痛を訴える肋骨にヒビが・・・・自分の不注意で、痛みと苦しみを与えてしまったwifeに比べ自分の肋骨のヒビは重症ではない明日受診させたい🇺🇦ウクライナに平和をwifeにかぜを感染させてしまった

  • 554;「捨てる石」あれば、「拾う石」あり

    「捨てる石」あれば、「拾う石」あり齢は初老に入った背後から死の足音が聞こえるようになった。路傍に転がっている石は、何の変哲もない石でしかない。手にしたところで捨てるしかない無価値な石。作家高見順は詩のなかで、小さな石を蹴らないでくれ、小石にも“いのち”があると。路に転がっている小石。古代は、ぬくもりの石と呼ばれ、言葉を表していた。私は石に、何を感じ、何を想うであろうか。「捨石」【すていし】は,庭園では「景石」【けいせい】と呼ばれ、庭園の何処に、どのくらいの大きさやどんな形や色の石を、そして石の置き方によって庭の景色が大きく変わってくる。他人によっては無価値な石であっても、「景石」は置かれた場所によって存在感をもたらし役割を果たしていることに気づかないでいた。「石は捨てたものではない」といまは感じている。“捨石(...554;「捨てる石」あれば、「拾う石」あり

  • 家族

    1867家族予期もせぬ癌は知らぬまに躰を蝕み、癌はステージ4までに進行していた。あと残命半年、と告知されひとりの老人妻と三人の子どもたちは弱気になった老父の心情をそれぞれの立場で支えているひとり暮らしの老いた女性もステージ4にあり入退院を繰り返しながら化学療法をうけている。退院しアパートの一室でひとりで暮らす彼女。激痛に襲われてもひとりでジッと耐えている。老い病み癌は躰のあちこちに転移。怠さ、痛み、食欲不振などなど折れそうになる心家族の絆(愛)というものを考えさせられた。家族

  • 老いはマイナスの計算

    1866残日録「老いはマイナスの計算」という言葉は、ネガティブな印象を受けてしまう。赤ちゃんより老人は死に近い位置にある。老いの先は死である。自分は明日死が訪れる、とは思っていない。予期もせず突然訪れることもある。“余命(残命)6ヶ月”、と医師から告げられたら自分は何を思うだろうか“只今臨終”の気持ちで、いまを生きる。老いの齢を嵩ねてゆくに連れ残り少なくなる時間は「残命」と呼ぶ老いの最期にどんな風景を眺め何を感じるか残り少ない日にちのなかに何を思い、何を感じ『残日録』に記していくか。藤沢周平の小説『三屋清左衛門残日録』があり、そこから残日録の言葉を頂いた。老いはマイナスの計算

  • 五感のケア (4) (5)

    1865(4)感動(5)感性第四番目は『感動』です。心は生き物であり、躍動感が求められます。感動は私を元気にしてくれるし、周囲に居る人たちにも元気を与えます。感動は心の波動でもあります。うれしいこと感激したこと、心に感じたことを素直に表現します。それは利用者にも波の如く伝わり生きることへの希望をもたらしてくれます。感動は利用者からの贈り物であり、感謝の気持ちへと繋がっていきます。また私たちのエネルギーの源でもあり、疲れを癒してくれます。最後の五感は『感性』です。感受性という言葉に置き換えることもできます。『感動』する心を忘れないためには、相手の心を感じとることができるかです。自分の心が穏やかでないと、いざというとき心の受信機が作動しにくくなってきます。受信機が不良だと自分が発する言葉(発信機)までもおかしくなり...五感のケア(4)(5)

  • 五感のケア (3)

    1864共感第三の五感は『共感』です。介護を媒介にして「共に感じる関係」とは、どういう人間関係を意味するであろうか。介護福祉士や訪問介護員の養成講座において「共感」とか「受容」という言葉を講師から口酸っぱく聞かされたことを記憶していることと思います。介護者(自分、私)の価値観をまず脇に置き、相手の悩み、苦しみ、不安、葛藤、態度などをあるがままに受け止めていくことから始まります。相手の喜びや悲しみ、怒りを共に感じていく状況に身を置いているかです。ひとつの場面、ひとつの瞬間のなかで相手と自分が一緒になって感じたことを「共有」し合う、その場所、その時に感じたことは二度とやって来ないのです。それだけに、いまを、その場所を、大切にしてかかわりあうことです。五感のケア(3)

  • 五感のケア (2)

    1863感心第二の五感は『感心』です。講談社の漢和辞典(竹田晃・板梨隆三編)によると『感心』とは「すぐれたもの、みごとなものに深く感じること」「行動・態度などが立派なさま」と記載されています。日々関わっておられる認知症老人やねたきり老人の行動・態度から何を学び、何を深く感じ取っていくかです。意味不可解な認知症老人の行動・態度・言葉であっても、そこに深い意味が隠されています。そのためには常に「関心」(問題意識)もつことです。関心とは、読んで字の如く「心にかけること」「心を引かれて注意を払うこと」です。老いた人たちの呟きや言葉、行動・態度などに心にかけ、注意を払い、何を訴えようとしているのか、何を求めているのかを深く感じとれるかです。「感心」と「関心」感じる心心にかけるどちらも大切です。五感のケア(2)

  • 五感のケア (1)

    1862感謝見出しに“五感のケア”と書いた五感とは何か、普通“五感”はと聞かれると、「人間が外界の刺激を感じる事ができる五種の感覚(五感)」を思い浮かんできます。それは視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五つです。ここではもうひとつの“五感”は、ケアサービスの視点から捉えていきます。それは、感謝・感心・共感・感動・感性の五感であります。まず、『感謝』の精神からケアが始まります。私(介護者)が居る(在る)からあなた(利用者、入居者)が居る(在る)のではありません。利用者が居るから私が居るのです。あなたが居宅介護事業者のサービスを選択していただかなければ私の持っている介護技術や専門的知識は活かされないし、また介護関係も成立しないことに、私たちは気づいているでしょうか。会社の組織に置き換えても同じことが言えます。社員が居る...五感のケア(1)

  • 仲の良い老夫婦

    1861小銭が転がった今日は早朝5時30分前に車で家を出た自治医科大学附属病院の受診日7時30分に病院正面玄関が開く。診察券を予約機に通し採血室に向かう。8時50分皮膚科9時10分には循環器内科9時30分感染症科9時45分皮膚科に戻り看護師から右側頭部腫瘤の組織を切除し何の細菌かを調べるための手術の流れについて説明を受けた。4月18日14時に行うことになった。皮膚科の待合室で診察を待っていたときのことです。飲料水自動販売機の前に老夫婦が立っていました。夫は鞄から財布を出した。小銭を取り出したまでは良かったが、コイン入れに上手く入らず小銭を床にばらまいてしまった。意地悪く幾つかの小銭は転げた。傍らに妻は怒り口調で大きな声を出す。「なにやってんの」「いつもこうなんだから」「もたもたしないで早く拾ってー」お父ちゃんは...仲の良い老夫婦

  • トイレに行く!

    1869オムツはしたくない93才のおばあちゃんが腰椎圧迫骨折をした。4週間の入院予定だったが、「病院に長く居ると歩けなくなる」、と息子に話し20日間で退院した。家(隠居宅)の玄関を入ると「家はいいなぁ」、と呟いた。入院中は紙オムツをさせなかった。「オムツは嫌だ」、と頑なに拒んだ。看護師は車いすに乗せ、トイレまで連れて行った。用足しを終えると「ありがとう」、と看護師に礼の言葉を告げる。家に帰っても床から手すりにつかまり自分で立ち上がる。炬燵のある居間からトイレまで息子は手すりをつけた。手すりを伝いながらトイレまで行く。「夜は、トイレまで行くのは大変だからオムツにしたら」、と息子夫婦は話すも「オムツはしたくない、トイレに行く」、と言い張る。介護用ベッドを降りたら2mほどの平行棒があり両手で平行棒につかまり寝室の出...トイレに行く!

  • beagle元気も心配してくれた

    1859体調が悪くても休めない介護霧と雪で覆われた田圃、流氷のように見える風邪を引き頭の中は、ボ〜ッとしているところへ更にボ〜ッとしている。体調が悪くても介護をされている家族のこと思うと本当に頭が下がります。風邪程度でへこたれている自分。病は気から寝込んでいる父母(夫婦)を見てbeagle元気は静かにしていた。夕方の散歩までは行けなかった。朝の散歩は20分ほどしてきた。お尻を我慢させるのは可哀想。熱が36.9℃まで下がり日中は起き出した。『女のいない男たち』村上春樹文藝春秋文庫を読み始めた。6編の短編小説で昨日は最初の「ドライブ・マイ・カー」と最後の「女のいない男たち」の2編を読んだ。自分は本を読んでから映画を見るタイプ今回は短編小説「ドライブ・マイ・カー」を読み終えたあと映画のイメージが湧いてこない短い小説を...beagle元気も心配してくれた

  • 咳、高熱

    1858ダブルで寝込む阿武隈川から眺めた東北新幹線の高架橋まだ走っていないwifeは昨日コロナウイルスワクチン接種をした。3回目、今回も39.0℃近くの熱打ったところも痛く、左腕が上がらない心配夕方、ホームドクターとも言うべきクリニック受診風邪の症状で咳止め、痛みと発熱を抑える薬を処方されたいま、熱は36.9℃ダミ声でまだ喉が痛い鼻水と痰がよく出る頭はいつも以上にボ〜ッとしていて躰が怠い明日には快復したい私的なことを書いてしまった咳、高熱

  • 老いた人の叫び 「もう生かさないでくれ」

    1857高見順「老いたヒトデ」(『死の淵より』講談社文庫)文庫本『死の淵より』のなかでラストに掲載されている詩である33年前に「老いたヒトデ」を読み、寝たきり老人や認知症老人のことが頭に浮かんだ長くなるかもしれませんが最後までお付き合いいただければ幸いである真夏の海水に裸足で入ったとき裸足(あし)にヒトデが触れようものなら若い娘は大変!「踏みつぶすのも気持ちが悪い」と蔑まれるほど人間様に嫌われてしまう老いたヒトデ老いた人も同じく疎まれ嫌われている「一時は海の星と謳われたあたしだ」老いたヒトデもかつては海のスターと謳われていた人間は、「ハマグリを食い荒らす憎い奴」とヒトデを嫌い更に「食用にもならぬ」と蔑んでいたヒトデは呟く「海を荒らし、汚くしているのは人間である」老いた人のなかには「福徳円満」な人もおり穏やかな気...老いた人の叫び「もう生かさないでくれ」

  • 声変わり、喉をやられた

    1856幻想風景春なのに雪が降り地は底冷え白い霧の向こう側はどんな世界だろうか喉が腫れ咳が出る熱はないがトローチを舐めたら気持ち喉の痛みやわらいだ病院に行こうと思いきや保険証、診察券は職場に置いてきてしまった失敗夕方受診予定今日は皆様のところ訪問できずすいません声変わり、喉をやられた

  • 恥ずかしい、申し訳ないの気持ちになった

    春の川1855糞まみれIアツアツの白いご飯(米)を食べ、胃腸に入ると消化吸収され残り滓は「ウンコ(糞、便)」となって肛門から排出される。口から食べたときの米は白かった。肛門から出たときは黄土色のウンコ(糞、便)になる。色も形も変化した。「糞」という字を分解すると、「米」と「異」の組み合わせになる。米が異なった物に変わり、糞が排せつされる。日本の漢字は、上手く表現され、意味のある文字が多い。話は180度パノラマ的に変わる。老いて括約筋が緩くなり言うことを聞かなくなると我慢というか、こらえ切れず自分の意思とは無関係に便失禁(俗にウンチ垂らしを)してしまう。自分も一度便を漏らしたことがあった。人工透析をしているときのこと。透析は4時間近くかかる。あと20分で透析が終わる頃「水を引きすぎ」たせいか、血圧の数値が60/4...恥ずかしい、申し訳ないの気持ちになった

  • 父ちゃん 今日亡くなった

    那須連山はまだ雪が降っている1854妻に見送られ・・・数日前に書いた「1851寝た要介護老人を起こす」の相津芳雄さんが永眠された(84歳)ご冥福をお祈りします。彼岸の日だった昨日朝7時2分携帯電話が鳴った。うめ子さんは泣きながら「今日亡くなった・・・。どうしたらいいのかわからないので、電話しました。朝早くにすいません」「大変でしたね。何時ごろお亡くなりになりました?」「朝5時頃起き、ベッドでまだ寝ていたので、『お父さん、おはよう』と、言葉をかけた。返事がなかったので、額に手を当てたら冷たく、顔が白かった」「その後どうされました」「救急車を呼んだら、そのうち警察署の人が来て、連れて行った」「いまから、お伺いします・・・」「お待ちしています」真っ赤なアルトを運転し、相津さん宅に到着。3月19日借りたばかりの介護用ベ...父ちゃん今日亡くなった

  • 共に老い行く

    1853共に老い行く来月8日が誕生日9才になるbeagle元気雨が降る朝夕以外は、毎日散歩する元気のお陰で「歩く」ことが続いている元気も老いてきたのか耳の縁は薄白くなってきた目尻には黒い大きなシミができていた玄関にある下駄箱の鏡の前に立つと頭から足首の上まで写る自分の姿を見て「知らぬ間に自分は老いた」ことに気づく元気と歩いてきて9年前は早足で60分余り散歩していたいまは、腰椎圧迫骨折、頚椎ヘルニア、左膝の動きが鈍いこともあり散歩は団地周辺20分程度の散歩に縮小された足から老いがやってくる、というが足(脚)の筋力低下を防ぎ、何とか現状維持はしたい若い時から運動嫌いだったのが、たたっているのかもしれな。自分は数多くの薬を服用しているためサプリメントは飲んでいない元気は7才のとき腰椎ヘルニアになったいまは痛みはなくホ...共に老い行く

  • 昔は若かった

    1852小さい春見つけた日曜の朝もbeagle元気と散歩路端に小さい春を見つけた小さい小さい蕗のとうが顔を出し「おはよう」、と聲をかけてくれた老いても男は我儘で病や寝たきりになると元気が失せ妻に甘えてしまう老妻が老夫の介護をする方が多いのかもしれない振り返って見て老夫が老妻の介護をされた家族を思い出そうとするが思い浮かばない献身的に妻を介護されている夫の話(ブログ)を目にする三十年も昔の話です特別養護老人ホーム開設の準備をしているときで暇な時間がありました。自分の他に福祉専門学校の教え子が2人いた。3人で老夫婦のお宅を週2回訪れていた。その家は75歳の夫が72歳の妻の介護をされていた。妻は脳梗塞後遺症で歩けず左半身麻痺(要介護3の状態にあった)まだ介護保険サービスはなく、花婆さんは、家で三毛猫と過ごしていた。夫...昔は若かった

  • 両膝折れするほど立てなくなった男老人

    1851寝た要介護老人を起こす梅の花が咲き始め春は目の前まで来ている、と思った矢先昨日はみぞれと大雨が降り春が遠くなったような気がしたそれでも春は訪れる梅の花をひとつ一つ見て見ると同じようで違う花びらの大きさや形、色あいなどそれぞれの花は微妙に異なる老い方も人それぞれ違う老いた夫婦の関係も人それぞれ元気なとき、妻に対し優しい言葉や態度を示してきたかそれでも大正、終戦前の昭和に生まれた人たち老いても夫に従う妻が多い一週間前まで歩いていたのに蒲団に臥せてしまい自分で食べることもしないほど意欲低下今日で80歳になった妻はお粥を食べさせている。両手は動くのに、どっぷり妻に依存している。痩せこけても男の躰を動かし、紙オムツを取り替えるのは大変濡れても紙オムツを取り替えずとも大丈夫、と言う夫1日一回しか取り替えないから、濡...両膝折れするほど立てなくなった男老人

  • 老いると思うように躰が動かない

    1850思うように行かない老いてくると足元がおぼつかずダンスはうまく踊れない(井上陽水作曲)ダンサはうまく上がれないつまらないことを書いてしまったお詫びに東北の玄関口に咲いた梅の花を届けます老いると思うように躰が動かない

  • いちばん大切なものは何か

    1849人間死んだら☆彡(星)になるんだよいちばん大切なものは何か子ども心にまだあの世に逝っていない大人から「人間死んだら☆彡(星)になるんだよ」と。本当にそうだったら素敵な話です。死んだら星となって輝き天から大切な人を見守り続けることができたらどんなによいかです。「星の王子様」(新潮文庫)は大切なものを失ってはじめてわかります。あなたにとって“いちばん大切なものはなんですか。病気になってはじめて健康のありがたさがわかります。大切な人を失ってはじめてかけがえのない人だったことが身に染みてわかります。自分という人間が死んだら、棺に収められます。棺はダンボール製がいいな、そのときは納棺師をお願いし人生の最期においても取繕い美しく逝きたいものです。白髪の女性老人と一緒に茨城県の笠間焼を見に行ったときのことです。彼女は...いちばん大切なものは何か

  • プーチン大統領が ウクライナに残した戦争犯罪

    1848死んだ男の残したものは作詞:谷川俊太郎、作曲:武満徹死んだ男の残したものはひとりの妻とひとりの子ども他には何も残さなかった墓石ひとつ残さなかった死んだ女の残したものはしおれた花とひとりの子ども他には何も残さなかった着もの一枚残さなかった死んだ子どもの残したものはねじれた脚と乾いた涙他には何も残さなかった思い出ひとつ残さなかった死んだ兵士の残したものはこわれた銃とゆがんだ地球他には何も残せなかった平和ひとつ残せなかった死んだかれらの残したものは生きてるわたし生きてるあなた他には誰も残っていない他には誰も残っていない死んだ歴史の残したものは輝く今日とまた来るあした他には何も残っていない他には何も残っていない小さな国のベトナムが大きな国のアメリカに勝利した南北のベトナムはひとつになったベトナム戦争は終結したプ...プーチン大統領がウクライナに残した戦争犯罪

  • ウルトラの父

    1847ウルトラマン今日はウルトラマンに会ってきた。福島空港にはたくさんのウルトラマンがいます。須賀川市庁舎玄関前光の広場にウルトラの父が警備していました。居宅サービス計画作成届を提出。北は須賀川市から南は那須町までの45㎞余りの距離範囲で要介護老人宅を訪問し、ケアマネジメント(介護相談等)を対応しています。今日から4日連続で(そのうち3件は新規)サービス担当者会議を予定しています。ケアプラン作成に追われ、猫の手も犬の手も借りたいくらいです。ブログまで手がまわりません。すいませんです。ウルトラの父

  • 隔靴掻痒

    1846痒い所に手が届かない風呂場でのこと自分で背中を洗うけど肝心の痒いところに手が届かず歯痒い思いがするふと、介護とは相手がして欲しい、してもらいたい、というところに手が届いているだろうかなななか背中のここを洗って欲しい、とは言いにくく遠慮がちになってしまう。どう気づかい痒いところに手が届くか「隔靴掻痒」という言葉がある靴の上から足の痒いところは思うように搔くことはできない思っていることが思うようにならない隔靴掻痒

  • 掌の皺を隠す?

    1845ロクシタンハンドクリーム犬の手(前足)の裏側は、可愛い(猫の手も同じく可愛い)にんげんの赤ちゃんの手も可愛い。しかし、老いてきた我が手の背を見ると皺が目立ってきた五本指を握り「グー」にすれば、皺は伸びる五本指を伸ばし「パー」にすると、皺が現れる。昨日、仙台駅Sパルで、ロクシタンハンドクリームを買ってきた。自分へのご褒美かな?朝風呂上がりに「サクラサボン」を掌に塗ってみた。皺が美しく伸び、皺が「消えた」掌の皺を隠す?

  • 要支援の認定を受けたら、予防介護サービスを利用しよう

    1844要支援の認定結果が出たら、要介護にならないためにも、予防介護サービスを積極的に利用する年金受給額の多い少ないで老後の生活、医療費、介護保険サービスは大きく影響されます国民年金だけの受給額は厳しく寝たきりになった場合十分に介護サービスを使えることができず要介護老人とその家族の肉体的精神的負担は大きいものがあります誰もが介護保険料を納めています(年金から徴収されています)が、平等に介護サービスが受けられるとは限りません。年金受給額のなかから、介護サービスに使えるお金はいくらまで可能ですか、と初めての訪問のとき必ず尋ねます(聞きずらいことですが、ケアプランを作成する上で必要です)勿論介護サービスだけでなく、高齢者福祉サービス、難病に対する制度や障害者手帳の発行などの支援も検討していきます。要介護・要支援介護認...要支援の認定を受けたら、予防介護サービスを利用しよう

  • 男は弱い生き物?

    1843寝た夫を起こす半世紀以上も連れ添った老夫婦「妻は夫をいたわりつつ、夫は妻に慕いつつ」夫婦愛を表したもの心不全と前立腺肥大の病を抱えこの半年で入退院を4回も繰り返した一番最後に入退院をしたのはひと月前その時はつかまりながらも歩けた食べなくなり、十数kg以上も体重が減った。畳みの上に敷いた蒲団に寝る日が続いている。卵入りのお粥も少しだけしか食べない両手は使えるのに、妻に食べさせてもらっている。ひと月前は要介護2の認定を受けたいまは自力で寝返りする意欲さえ失せた老夫要介護5のレベルまで下がった「どうしていいかわからなくなってしまった」老妻「元気になって欲しい」「食べて欲しい」などと言葉をつなぐ。蒲団(畳み)から立ち上がるのは難しい畳みの上で紙おむつを取り換えるのは大変です介護用ベッドならば柵(サイドレール)に...男は弱い生き物?

  • お世辞かもしれない

    春の川1842単純バカ今日、初めて訪問した家の奥様からわたしの間抜けた顔をみて「年若いでしょう。まだ、60才になっていないでしょ〜」、と話され顔が綻びながらも「お世辞半分以上混じってるよ」、と思い直し自分の年を言わずに「昭和27年生まれだから、年はとっています」、と答えた。素直に「69歳」、と話せばいいのにバカだな、と気持ちのなかで反復した。老けたな、疲れている顔だな、と相手からそのような印象を受けないよう元気、気力で行くとしよう〜お世辞かもしれない

  • 痛みは目に見えない

    光と影。大きな捨石の傍に福寿草が咲いている。1841妻は夫に従い・・・糖尿病があるも、まだまだ血気盛んな夫。妻である私は、十年前から病魔に襲われ躰のあちこちは痛みだらけ。大腸癌(ステージⅢ)を患い、手術施行し症状が落ち着き、わが家に帰ることができた。嬉しさもつかの間、老夫は「昼飯をつくってくれないか」、と話しかけてきた。覚束ない足で台所に立つと、泪がでてきた。退院したとは言え、まだ半病人の私スーパーの弁当や出前を食べ、横になりたかった。仕方ない。夫は頑固で何でも自分の思い通りにしてきた。妻は夫に従うもの。だから、妻が病み痛くても気づかない。用事で出かけたとき彼女は胸の内を話してくれた。風呂場やトイレに手すりをつけたがらない。見映えが悪いから、家に傷をつけたくない玄関上がり框のところに突っ張りの手すり(ネットで検...痛みは目に見えない

  • 主体者は誰か

    早朝風景1840手につかまり歩く老いて足元がふらつき転倒してしまうのではないかと娘は老母の手首をつかみ足速に歩く母親に比べ歩幅の小さい幼児は歩幅が合わず走り歩きのようになり阿吽の呼吸がとれず躓き転んでしまい路端にしゃがみ込み泣いてしまう老母も同じく娘の足に追いついていけない幼児と同じく「ゆっくり歩いて」、と訴えることもできない手首をつかまれた人に合わせて歩かねばならない老母が娘の手を握る娘の足が速くなり、自分の足が追いついていかなくなり転びそうになる前に、老母は娘の手を離す歩行介助の主体者(主役)は誰か(介護の主体者は誰か。利用者(老人)であると介護のテキストに書いてある)老母や幼児が主体者歩行の場合、手を握るのは老母である介護者に手をつかまれ、転びそうになり「危ない」、と思っても自分の身体を守ることができない...主体者は誰か

  • 死に方

    1839孤独死老人(高齢者)には、民間アパート入居お断りが多い。とくにひとり者の老人の場合、孤独死を想像してしまうからであろう。自分の家(自己所有)であっても、孤独死をすると「不幸」な死として見られてしまう。果たしてそうであろうか。長年住んできた家の中には思い出の写真や旅行のお土産(飾り物、郷土土産など)があったり柱には子どもがつけた傷痕仏壇や遺影がかざられている。古くなり傷んだ我家ではあるが一番心が落ち着くそこでひとりで死を迎えたしても寂しくはない。雛は育ち巣から飛び立ったように子どもたちも巣立ち、家に残ったのは老親だけ家を守る老親疲れた鳥がいつ帰巣してもいいようにひとり暮らし老人になっても最後まで我家で暮らし我家で死にたい不幸な死、寂しい死だと決めつけて欲しくない我家で死ねたこと、本人にとり幸せな死であった...死に方

  • 老いた子犬

    1838世話が大変になった・・・昨日はとてもショックな話を聞いたその家の家族になって12年小さな子犬子犬は、散歩に出ることもなくウンチはゲージのなかでする家族がいないときウンチを食べてしまうひもにつながられており家のなかを自由に歩くことはできない訪問すると人懐こく小さな舌をだし甘えてくる本当に可愛い子犬12年も家族であるのに「世話するのが大変になったから誰かもらってくれないだろうか」「・・・・・・・・・」わが家にはbeagle元気(今年の4月8日で9歳になる)がおりシニアの世界に入った子犬もシニアにあり一緒に暮らすのは難しい子犬の落ち着く先を探し求めている老いた子犬

  • 死を悼む

    1837死を悼む連日、ウクライナの人々のことを思うと、居ても立っても居られない家族を殺され、親をなくし、子をなくし、家をなくし、仕事をなくし、街が壊され逃げ惑う弱い人たちを容赦なく殺すプーチン新聞の写真には老人が杖をつき避難する姿ぬいぐるみに拠り所を求め、ぬいぐるみを抱いている子どもウクライナは寒く、食べ物もなく飢え、彷徨い歩く亡くなった父や母、わが子、祖父母の亡骸を埋葬することもできずいたたまれない気持ちで祖国を去るひとりの「死」は、「亡くなる」ことを意味し、その人がもうこの世に「居なくなる」ことである。「亡くなる」ことは「居なくなる」ことであり、この世にその人の存在が「無い」ことに列なる。息をひきとる瞬間まで、この世に存在していたかけがえのない人が、「死」によって、もうこの世には存在してない。会いたくても言...死を悼む

  • 1473;「風景」としての死

    「風景」としての死『臨死のまなざし』から教えられたこと(6)最終回『臨死のまなざし』195頁昭和初期までの日本は、病人の部屋があった。大正昭和に一世を風靡した抒情画家竹久夢二のデッサン『病むおじいちゃん』が『臨死のまなざし』でみることができた。病気で伏しているおじいちゃん枕許の薬瓶と薬袋そして病気のおじいちゃんに付き添い何か声をかけようとする孫娘。もしかしたら、この伏しているおじいちゃんこそ竹久夢二だったのではないか・・・・。こうした『病むおじいちゃん』のような風景はかつてはどこの家庭でもみられた在宅介護の原風景であった。昭和30年代からの高度経済成長のなかで核家族化が進み、家庭の電化普及(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫は三種の神器と言われた)、教育の過熱やマイホームの所有により、女性就労が増え、日本の家族風景は一...1473;「風景」としての死

  • 「できる」「できない」を考える (7)

    那須連山1836手を使う老い往くにつれ、体力、筋力が衰えたとき寝床から起き上がる。(ベッドマットは硬いものがよい)仰向けから右側に向く(右が麻痺しているときは左側に向く)前に、頭から肩下位まで幾分左側にずらす足、脚は右側(ベッドの端)の方にずらし、首から足先まで真っ直ぐになる。(本人ができないときは、介護者が頭、肩を左側にずらし、ついで足、脚をずらす)躰を右側に向く右腕は、躰に対して45度から60度程度の角度で腕を置く。右肘を支点にして、右手背(右手甲)に左手を乗せ、左手は右手をおさえ、右腕に加重をかけ押し上げながら躰を起こす(片ひじで立ち上がる)(本人が左手が使えないときは、介護者は本人の手の上に手を乗せおさえる)本人は首を前にだすような感じで起き上がる(起き上がりが容易でないとき、本人は左手を介護者の首に回...「できる」「できない」を考える(7)

  • 骨折予防習慣

    1835片足を上げる一昨日、整形外科を受診した。中待合室の壁に「1日3回骨折予防習慣」のポスターが目に止まった。何が書いてあるのか、と気になり近づいた。齢(とし)を嵩ねていくと、躰を支える骨と筋肉が衰え転んだとき骨折してしまいがちになる。他人(ひと)事ではなく、我身も同様に衰え頚椎ヘルニアと腰椎圧迫骨折の憂き目に有り、痛みほ癒えぬ。寝たきりにならないよう1日3回開眼片脚立ちを行うことで骨折の予防になる。早速、今日から骨折予防習慣を取り組んでいくとしようか。生活のなかでも片脚を上げる行為(動作)はある。ズボンや靴を穿くとき、浴槽をまたぐとき階段の昇り降りもそうである。片脚を上げる動作は安定したバランスが求められる。脚の筋力が衰えてくると、手すりなどにつかまり片脚を上げる。歩く、左右の脚を交互に上げ連続していく動作...骨折予防習慣

  • 「徘徊」老人の思い

    春陽1834戻ることができない人間は外に出たがる生き物コロナウイルス禍は老人にも大きな影を映し出している家族から「外に出てはいけない」、と話され「閉じこもり」の状態が続いている。そのせいか、言葉を忘れ、足の筋力は衰えうつ的傾向や認知症の症状が出てきている人混みのなかでなければ、外へ出よう春の風が吹き始め福寿草が咲き始めた。認知症老人も外にでたがる。出たがるときは、一緒に外へ出て春の風を感じてみようか。認知症老人は「徘徊」する、と言われる。「徘徊」という言葉は、自分は好まない。徘徊の意味は、目的もなく歩く。目的のない歩きはない。認知症老人は路に迷って、家に帰れなくなり予想もつかない処で発見されたりする。認知症老人は、路を真っ直ぐ進むか、左右に曲がり歩き進むが、戻る、引き返すことができない。時間も人生も戻ることがで...「徘徊」老人の思い

  • 「臨床」とは

    1833患者に臨む砂時計から落下する砂を見ていると流れ往く時間に映る。落ち往く砂は早く残された砂は少なくなってきた。老人にとってもわたしとっても残された星の砂は貴重なな時間である。老人の顔に深く刻みこまれた皺、節くれだった手指から、わたしはなにを感じなにを話すのか。病院のなかで“臨床経験”という言葉をよく耳にする。読んで字の如く「床に臨む」となり「床」つまりベッドに寝ている人は患者=病人であり「臨む人」は医師や看護師である。直訳するとベッドで痛み苦しみを抱きながら病魔と闘っている患者に対し、向き合っている医師、看護師は何を為さねばならないのか。介護の世界においても同じである。ベッドは畳(たたみ)一畳の程度の限られた空間のなかで、寝たきり老人は生活している。ベッドに臥床(がしょう、寝ている)している老人を目の前に...「臨床」とは

  • 医師もいろいろ

    1832年だから(老人だから)人間にとり「水」は、生命(いのち)をつなぐ認知症老人は喉が渇いても、水を飲むことがわからずにいる。皮膚はカサつき、尿は紅茶色になり尿路感染を誘発させる。水を飲むことを忘れた百代婆さんは、38.9℃の高熱を出し眼をあけることもできずにいた。自宅に電話をかけたら長男がでた。「デイサービス青空の家です。朝から熱があり、いま38.9℃の熱があります。大変でもお迎えをお願いします」。15分後に長男の車が到着した。「ご苦労様です。大変ですが、この足で受診をお願いできたら助かります」いまから、孫を(保育所まで)迎えに行かなくてはならない、と長男は他人事(人ごと)のように素っ気なく話す。その言葉に返す言葉もなく、その場は過ぎた。翌日の朝、自宅を訪れ熱を測ったら、体温計は37.3℃であった。「熱があ...医師もいろいろ

  • プーチン大統領に捧げる 『 ジョニーは戦場へ行った』

    1831ドルトン・トランボ『ジョニーは戦場へ行った』角川文庫ロシアの侵略によるウクライナで戦争の勃発を知り30歳頃手にした『ジョニーは戦場へ行った』文庫本を思い出した。この本のことは頭の片隅に忘れていた。街場の書店の棚には並んでいない。第一次世界大戦の話で、ジョニーは異国の戦場にいた。砲弾を避けようと塹壕に飛び込むが、目、鼻、口、耳、そして両腕、両足を失った。肉塊の状態となり、ヘレンケラーよりも、さらに重い重い障害を抱えた。そのような躰になっても首と頭だけは動かせた。意識はあり、思考することはできたが、光も音も匂いも感ずることができず暗闇と孤独の世界におかれたときの絶望感自ら死ぬ事もできない自分の躰人間の存在と時間のもつ意味を深く考えさせられた頭と首だけが唯一動き、意識はあった。自分はいま、どこにいて、いま何時...プーチン大統領に捧げる『ジョニーは戦場へ行った』

  • 冬から春へ

    1830ジッと生きる去年の今頃95歳だった彼女は、「もう体力の限界かな」と感じ、「桜の花が観れたらいいのに」そう思っていた。ベッドに臥すまでは、麻痺と筋力の衰えた足でピックアップウォーカーを使いこなし30㎝ものある段差を乗り越え、歩いていた。二度目の「東京オリンピックを観るまでは死ねない」そう話していた彼女。「冬季北京オリンピック」閉会式も終えた。いまは、歩くことも起き上がることもできなくなった。介護し続けてきた長男嫁は60半ばになり、介護歴十三年を数え長男嫁は膵臓の持病を抱え左脇腹などの痛みを堪え、姑の介護を続けてきた。ちりめんじゃこや青物野菜が入ったお粥と一日500ccの水分を摂り朝夕の2回おむつにオシッコをする。十分な栄養と水分には満ち足りてはいないけれど床ずれ一つ作らず、きれいな肌で生きている。長男嫁は...冬から春へ

  • 帯状疱疹

    1829泪が出るほど痛い十数年前にストレスが嵩じたのか頭部左側面の内側(頭部の中)に帯状疱疹になり言葉で言いあらわせない痛みに襲われた突然、痛みが襲うwifeが頭部右側、痛みが突き抜けるマスクの紐が触れただけでも痛いロキソニンを服用しても痛みはいくらかやわらぐだけ余りの痛さに両目尻から泪が滲み、頬を伝わり流れる。どうしてあげることもできない。一緒に通勤し、一緒に帰宅した。顔面麻痺にならないことを祈る。野の兎を追いかけるほど忙しく皆さまのブログ訪問が途切れますことをお許しください。帯状疱疹

  • 宮沢賢治の雨ニモマケズを「編詩」しました

    1828病気ニモマケズ星光輝「病気ニモマケズ」病気ニモマケズ障害ニモマケズ肺炎ニモ夏ノ熱中症ニモマケズ丈夫ナカラダヲネガイ慾ハナク決シテ諦メズイツモシズカニワラッテヰル一日塩分六グラムト野菜ト少シノ肉ヲタベアラユルコトヲジブンノカンジョウヲ捨テサリヨク立場ヲワカリソシテワスレズ施設ノ居室ノカーテンノ陰ノ小サナ特殊寝台ニジット生キテイル東ニ寝タキリノロウジンアレバ行ツテ介護シテヤリ西ニツカレタ家族介護者アレバ行ツテソノロウジンノ世話ヲ負ヒ南ニ死ニサウナ人アレバ行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ北ニ惚ケタ人ガミチニマヨッテイレバモウ安心ダカラネトイヒナカマガ他界シタトキハ泪ヲナガシゲンキデ春ヲムカエタトキハ桜ヲミルヤクニンニヨウカイゴロウジントヨバレネンネン介護給付ハキビシクナリ苦ニモセズニワタシナリニイマニイキテイ...宮沢賢治の雨ニモマケズを「編詩」しました

  • 「できる」「できない」を考える (6)

    1827手を当てるベッド上で寝ている要介護老人を手を使わないで起こして下さい「質問の意味がわからない」、と戸惑った人もおられるのではないか。簡単なことです。老人に近づき「起きれますか」、と言葉をかける。老人は「起きれる」「手を貸してもらえば起きれる」「起きれない」など、いろんな言葉が返ってくる。介護に慣れてくると、言葉をかけずに起こしてしまう介護員がいる。介護は言葉かけから始まる。ベッドに寝ている老人、と思い込み、すぐ手を出してしまったり、早く「介護」を終えよう)時間がない)、ということから言葉もかけずに介助してしまう。要介護老人の場合、「起き上がり」の介助を行うとき「座位」がとれるよう連続して介助していく。元気な人(体力がある人)は、両足を伸ばした状態で起き上がりを行う。筋力の衰えた老人は自力で起き上がるのは...「できる」「できない」を考える(6)

  • 熱が出たとき・・・・

    f1826手当て頭や身体が熱い感じがし、身体がだるい、と感じても乳幼児や認知症老人は、訴えることができない。身体の異変を感じても、言葉を使い話せない。母親や介護者は、「なんだか、目の淵など顔が薄ピンク色に見えたりして、熱があるのかな」、と思い額に手のひら(掌)をあててみる。額から掌に熱さが伝わり「なんだか、熱がありそうだね。大丈夫!」「いま、体温計を持ってくるからね」、と言葉をかける。観察していて、熱がありそうだ、と思い、急いで体温計を取りに行き、体温計で測る。それは、間違いではない。昔、子ども心に、母親が額に手のひらを当て、「熱があるね」、と手のひらで感じ、心配してくれたことが嬉しかった。要介護老人も同じくである。手を握られ、握り返したり、背中をさすったり、軽くたたいたりするだけでひとは励まされたり癒されたり...熱が出たとき・・・・

  • 「できる」「できない」を考える (5)

    完熟いちご🍓1825起き上がりが「できない」人間は、ジッとしていられない生き物である。寝たきり老人になっても介護用ベッドの上でゴソゴソと躰を動かしたほうがいい。躰も手足も動かさずに、天井を見ながらジッと寝ていたのでは、良くないことが起こる。床ずれ(褥瘡、じょくそう)ができ、手足は拘縮したりして躰が硬くなる。要介護の認定を受けると、基本動作の大切さを改めて感じる。人間の基本動作(介護事業所で働く介護員は要必読)は「寝返り」「起き上がり」「座位保持」「立ち上がり」「立つ」「歩く」の6過程がある。(上記の基本動作は介護用ベッドで行なう)「寝返り」寝返りが自力で、できなくなると、要介護5の目安になる。天井を見るだけの世界になり、エアマット(床ずれ防止用具貸与)が必要になる。気配りの介護が一層求められる。左右に寝返りがで...「できる」「できない」を考える(5)

  • 殺す理由がないのに相手国の兵士を殺す

    1824火の粉殺す理由がないのに相手国の兵士を殺す殺された兵士にも家族はいるのに殺されても残された遺族も悲嘆にくれ戦争ほど残酷、悲惨で醜いものはないいつの時代も戦争を起こした支配者は安全なところにいる戦争の火の粉は飛び広がりアジアで戦争が起こるとも限らない戦争はいらない静かな平和を欲する殺す理由がないのに相手国の兵士を殺す

  • 「できる」「できない」 を考える (4)

    1823胎内から歩くまでのプロセスにんげんは、この地上に二本足で立ち、歩きそして手を使うことで大きな自由を獲得した。若い親やジイババになったは赤ん坊が「仰向け」から「寝返り」ができると歓喜の声を上げる。「寝返り」ができるようになると小さな人間(赤ん坊)は、顎あげ、次に胸をあげ辺りを見まわす。入院し大きな手術施行し寝返りもできずにいる患者、自力で寝返りができない要介護5の老人は、目に映るものは天井だけ。それが、寝返りができ、胸をあげ、首を回し部屋の風景を眺め見る。物を立体的な関係で捉えるようになる。寝返りができた力は、うつ伏せから手、腕そして足を使い「四つ這い」をすると、小さな人間はの行動(世界)は大きく広がる。興味津々な物が目に映り、「あれは、何だろう」、と早くそこへ行きたくて「高這い」になる。図「運動発達の順...「できる」「できない」を考える(4)

  • 傷む、悼む

    1822死んだ男の残したものは谷川俊太郎が書いた詩死んだ男が残したものは、ひとりの妻とひとりの子ども他には何も残さなかった墓石ひとつ残さなかった森山良子が歌ったウクライナに戦争が起き戦禍のなかでいつも惨劇に遇っている罪もない市民がミサイルで殺された同じ地球の片隅に住み何もできない自分ふと、谷川俊太郎さんの詩『死んだ男の残したもの』を思い出した傷む、悼む

  • 「できる」「できない」を考える (3)

    昔開拓部落だった家をほうもんしたとき軒下の氷柱を発見。1821白と黒の中間「できた」「できない」「できない」よりは「できた」方がいい。「できる」ことに拘り過ぎると「できなくなった」ときの落差は大きい。老人はチョットしたことでそれが引きがねとなり「寝込み」歩けなくなり、生きることに諦めてしまいがちになる。人間は「できる」「できない」の二つに結論づけようとする。話は横道に逸れるが昔の映画は白黒だった。画面を見ると色は白色と黒色だけではない。灰色があった。灰色の存在により光や影の風景が作られることで立体感を醸し出していた。カラー映画よりも時には白黒映画の方が味があり昔の風景を懐かしく思うことがある。物事には白か、黒かの二色だけでなく色の組み合わせにより見方を変えることができる。大正、昭和(戦前、戦後)生まれの男のなか...「できる」「できない」を考える(3)

  • 「できる」「できない」を考える (2)

    冬の青空1820待つ幼児、老人の動作を「待つ」それは忍耐がいる。幼稚園(保育園)バスがまもなく到着する。自分で靴を履こうとしているのに母親は「何グズグズしているの、バスが来るでょう」、と小言を言いながら、靴を履かせてしまう。いつの間にか子ども(幼な子)は、靴はお母さんに履かせてもらうものだと子どもは思い込み(学習してしまう)、依存的になってしまう。それは、小学校に入ってもランドセルの中を準備するのは母親。子どもだけでなく老人も同じ光景が映る。デイサービスの車が迎えに来る。認知症を抱えた夫老いた妻は、「(夫は)何もできなくなった」、と思い込み靴を履かせてしまう。(夫はまだ靴を履く力を持っている)時間をかければ、なんとか自分で着れるのに動作の遅さに待ちきれず若い母親、老いた妻は手を出し着せてしまう。認知症になっても...「できる」「できない」を考える(2)

  • 痛み、傷み

    1819人間にとっての傷み人間を翻弄するコロナウイルス人間の心に大きな傷を残している、いまなおwifeは頭痛と腰痛でさい悩む自分も頚椎痛と腰椎痛で鬱陶しい気持ちが続く心に負った傷は容易に癒えない整形外科病棟の壁に「痛みを数字の1から10までとする。数字の10は人生における最大の痛みとしたらあなたの痛みはいくつですか」と、言うようなポスターが貼ってあった。痛みを数字で表わすのはなかなか難しいものです。心の傷みは数字では表すことはできない。痛み、傷み

  • 「できる」「できない」を考える (1)

    1818報われない努力羽生結弦選手の「報われない努力」もある、という言葉に衝撃を受けた。よく人は努力をすれば報われる(結果がついてくる)羽生選手の言葉は前人未踏の4回転半アクセルがオリンピックの大舞台で成功するために言葉に尽くせぬほど努力に努力を重ね、チャレンジした。4回転半アクセルは公認されたけど心のなかは跳び着地が成功することを目指していた。自分は長く生きてきたが死にものぐるいになって努力をしてきたことはなかった。だからやり切った(達成感や成就感)という喜びがない、悲しい人間である。だから、老いてからの後悔の念はことさら「きつい」人生は一度限り、もうここまで老いては「やり直しがきかない」死が刻々と近づいても何かやれることはあるのだろうか、と。いまさら後悔しても始まらない老いてから伊能忠敬のように足で歩き日本...「できる」「できない」を考える(1)

  • 老父と娘

    夕方帰宅したら、アルトは小さな氷柱ができていた1817病気は治らないから、病院には行かない飲み薬がなくなり、前立腺癌の治療(注射)しに今日は泌尿器科受診をしなければならない老妻に言われても「病気は治らないから、病院に行かない」、と夫は全く行く気がない。通院介助に訪れた次女。妻には強いが、娘には弱い老父。電話で「病院に行かない」、と母から聞いていたので居間に入るなり娘は連発して言葉を浴びせ倒す。「病気が治らないから、病院に行かない、というけれどお父さんの前立腺癌はもう治らないの」「治らないからって病院に行かないと、病気は更に悪くなるの。体のあっちこっちに癌は転移して、体中痛くなるよ」娘からかなり厳しい口調で言われても、まだ椅子から立ち上がろうともせず、無言のまま。「お父さんは、歩けないというけど、歩行器を使ってト...老父と娘

  • 雪の華

    1816循環器科受診雪降る夜明け前に自宅を出た。今日は自治医科大学附属病院循環器科外来受診です。いま慣れない指使いでスマホを操作してます。夕方帰宅してからブログを書きます。永い眠りに就くまで自治医科大学附属病院通いです。今日無事でありますように……雪の華は今日夜明け前に撮影雪の華

  • 何処で生きる

    1815にんげんの聲が聴こえる木枯らし吹く寒い日は、両膝の関節は疼き歩くこともままならぬ。あれから十年が経ち、先に夫は逝き独り身となった私。いまは床に臥す日が続き、寝返りはままならないけれど床ずれが出来ては大変、と思い柵につかまり左右に身をまかせる。部屋に入ると、尿便で滲み着いた紙おむつ自分で取り替えることもできず為すが儘に他人に身を委ねるだけ。こんな辛い思いをしてまでにんげん生き恥を晒しながら生きる位なら町外れにある特別養護老人ホームに入った方が幸せなのではないか、と周囲の他人(ひと)は聞こえよがしに言う。私は汚れきった家であっても北側の襖の上に夫の遺影があり夫と生きてきた家で死にたい自分は生きていく価値があるだろうかこのまま生きていても意味がない生きたところで、この先何があるというのかなるようにしかならない...何処で生きる

  • 城の崎にて

    1814静かな死深夜に目が覚めなかなか寝付かれずにいた豆球だけが灯る薄暗さのなかでふと、現代国語で習った志賀直哉の『城の崎にて』を思い出した。短編小説『城の崎にて』は、死というものについて書かれている。若かった時とは違い、老いに入った自分は、死は他人事ではなくなった。物忘れが増え、記憶は不確かさにあるけれど思い出しながら『城の崎にて』のことを書いていきたい。筆者は青年のとき、山の手線の電車に跳ねられ、顔と背中に傷を負い医者からは脊椎カリエスが発症しなければ大丈夫だ、と言われた。3〜5週間、養生のために城崎温泉に来た筆者。城崎温泉に療養しているときに生き物、蜂、鼠、いもりの死に遭遇する。蜂は日々朝から晩まで忙しく働き、雨上がりの朝、ひっそりと死んだ。路上の上に濡れた蜂の死骸は、静かに葬られる。残された者は、日々の...城の崎にて

  • 路端に転がる石

    石のぬくもり介護ベッドの上で寝返りすることもできずジッと天井を見つめたまま長い一日を過ごす苦痛屈伸することもできず左右の手足は「く」の字に拘縮したまま硬くなってしまった老人の躰は石のように冷たい辛夷(こぶし)に映る握りしめた指をひと指ひと指解し空に向って開いた手を握り返す微かにぬくもりが伝わりはじめてくる路傍の石はジッとしたまま何処へも行くことができず地べたにへばりついたまま石の表面は青空を見つめ太陽に照らされぬくもりの石になる石の裏面は地べたに引っ付き冷たいが表面からやさしいぬくもりがじわっとつたわりぬくもりの石になる路端に転がる石

  • 終電車

    1812.プラットホーム高台のプラットホームに立つと冷たい風がわたしの躰をすり抜けていく金曜の夜プラットホームに立ち終電車に乗ったあなたを手がちぎれるほど振り続け「サヨウナラ」と呟いたあれから時は流れ過ぎいまあなたはどこで何をしているのだろうか終電車を見送ることもなくなった終電車

  • 鏡の中のもうひとりの「わたし」

    青空デイサービスの庭に福寿草が咲いていた春を呼ぶ花であり幸せを運ぶ花1811自分も同じか・・・・自分とそんなに年齢が違わない他人(ひと)を見て「随分老けたな〜」、と胸の内で思うことがある鏡を見ない限りは自分はどんな顔をしているかわからないせいか自分は老けた人に比べたら自分はまだ「若い」、と独断的にそう思い込んでいるしかし、鏡に映った自分の顔しみじみ見たら他人は「(自分のことを見て)随分ふけたな」、と同じく思っているだろう積み重ねられた齢には勝てない老けたな、と思い込むと余計に老け込むような気がするから「まだ、ふけこんではいられない」「自分はまだ若いのだ」、と暗示をかけ何かに熱中していきたいものだ気持ちも行動も外に向け他人(ひと)と交わり話したり自然に触れることだ死に向かって生きている自分人生、endになるまでや...鏡の中のもうひとりの「わたし」

  • 俺、生きているか!

    1810俺、生きているか❕狸森に棲んでいる美登里ばあ様は、今年の誕生日を過ぎると90歳になる。毎日のように自分ことがわからなくなる。農家の家は大きな屋敷が多く美登里ばあ様の隠居部屋の壁には祖父母と夫、息子嫁の遺影が飾られている。遺影を眺めながら彼女は「あそこに俺の写真がある」、と話しかけてきた。(美登里ばあ様は、自分のことを「俺」と話す)「惚け」てきたとはいえ、予想もしなかった言葉に吃驚(ビックリ)。故人を偲ぶため、通夜や葬儀の場に遺影は飾られ葬儀が終わると、その家の仏間などに飾られている。仏間に幾つかの遺影が飾られていることの意味がわからなくなったのか・・・・「亡くなった人が遺影として飾っているものなんだよ」「俺は、生きているのか?」、と尋ねてくる。「生きているよ。いま89歳だよ」「そうか、生きているのか」「...俺、生きているか!

  • 藤沢周平 静かな木 新潮文庫

    1809静かな木古びれた寺の境内は、森閑と人の気配もなか薄暗い大きな欅に夕映えが射しかけていた五年前に妻を急病で喪った孫左衛門は、いま隠居の身であり老いを迎えた。妻を失ってから、孫左衛門は殊更、老いを感じた。目の前に立ちはだかる欅は老木であった。幹は根本の近くで大人が三人も手をつなぐほどの大木であった。大木の樹皮は無数の鱗(うろこ)のように半ば剥がれて垂れ下がっていたそして、太い枝の一本は、枯死している。老いた欅は、自分の姿のようでもある、と彼は深く感じた。老いた欅は、桜咲く春を迎え桜散る頃には老木の欅は青葉となり風が通り抜けていった。※一部藤沢周平静かな木から文章を引用しました藤沢周平静かな木新潮文庫

  • ネイルを少し楽しむ

    1808親指snoopy夜明け前の雪の華皺が刻みこまれた指の爪に毎月一回、ネイルをする右手の親指の爪だけにsnoopyを描いてもらう老いてからの遊び心ネイルを少し楽しむ

  • 命を張るデイサービス介護員

    夜明け前の雪景色1807ひとり暮らしとコロナウイルスヘルパーと小規模デイサービス、介護用ベッドのサービスを使いひとりで暮らすばあ様(要介護5)がいる。息子は遠く大都会で暮らしている。今日は朝から37.0℃台の熱がありデイサービスに来ても熱は下がる気配はなく37.8℃まで上昇した。コロナウイルス感染の危惧もあり二つの病院に電話をかけても診てくれないばあ様は病院嫌いのため、かかりつけ医が定まらないから今日のような熱発のときは、ほどほどに困る県ホームページを調べ、コロナウイルス感染の検査を行う医療機関の一覧表から近くのクリニックに電話をしコロナウイルス検査をお願いし、診てくれることになった遠くの家族は来れず近くの他人であるデイサービスの介護員に通院付き添いをお願いしたクリニックの看護師もビックリされていた。抗原検査で...命を張るデイサービス介護員

  • いろいろなところに出かけた

    1806充実野菜のような日曜日会津若松市を訪れるとお土産品店で必ずと言っていいほど目にする赤べこ首がゆらゆらと揺れる愛らしい郷土玩具赤べこは、幸運を運ぶ牛黄とら、今年は寅年。wifeは寅年生まれなので白河ダルマランドで買い求めた。日曜の朝、冬日和11時過ぎに家を出たデイサービスの食材購入もあり那須塩原市まで足を伸ばし、先に腹ごしらえファミリーレストランCocosで昼食その後、業務スーパーで食材を買った那須塩原市から国道4号線を北上し白河市でショッピングsnoopyが入った赤ダルマのホルダーがあり仕事用の鞄に取り付けるのに最高、と思い財布に紐を緩めたそこでwifeも自分と同じ色違いの鞄を購入その後、「お茶しよう」ということで新幹線が停車する新白河駅前付近の珈琲高山で自分はウインナーコーヒーを頼み至福の時を過ごした...いろいろなところに出かけた

  • 林部智史 あいたい

    1805あいたい最近、ある方のブログから林部智史の『ラピスラズリの涙』を知った。その曲を聴いて、心に滲み、亡くなった方を思い出しながら、あいたい、と思った。時間のある方は二曲聴いて頂き急ぎの方は片方の曲だけでも耳を貸して頂けたら、と思います。『ラピスラズリの涙』は、小椋桂作詞作曲であることも知った。歌の出だしはあなたの心がいつか侵され闇の病に気付きもせぬまま突然あなたがこの世から消えてわたしひたすら泣きましたあなたを失い酷(むごい)孤独が心を苛(さいな)むあなたを失くして空しい心は何を支えに生きると言うの涙尽き果てたら生きて直してみようラピスラズリとは、瑠璃色の天然石で、幸運をもたらすの意味が込められている。大切なあなたを突然この世から消えわたしはラピスラズリの涙は瞳を濡らしいく筋の涙が滴り首筋を伝い濡れ流れ落...林部智史あいたい

  • 叫 び

    1804叫び絵画小説といえば、原田マハさんを思い浮かぶエドヴァルド・ムンクの『叫び』の絵画を目の前で鑑賞したことはない複写の『叫び』をみても、胸にぐっと迫るものがある自分の姿のように思えてくる病、死の不安、寂寥感、孤独に悩み雑音を遮断し両手で耳を塞ぎ大きな声で叫びたくなる叫び声をあげ自分は何者だろうか何をしてきたのであろうか、と叫んでみた生きたという実感がないまま老人(おいびと)になった自分のなかに潜んでいるムンクの『叫び』目に見えない人間の内面や感情人間はときには他人の心のなかを覗きたがるけど大事なのは自分の心の襞をみつめることができるのか叫びたくなるとき自分には心の支えになるものはあるのだろうか自分を癒してくれるもの励ましてくれるものまだ何もない悲しい人間であるいま居る自分の処から海は遥か遠くにある夕暮れ時...叫び

  • 老い逝く

    1803逆らえない老い朝からテレビは「2月10日から11日にかけて大雪が降る」、と報じられていた。鉛色の空から雪が降り続く。どのくらい積もるのか気がかりというのは、腰椎圧迫骨折後遺症のため水分を含んだ雪ならば雪かけできない。wifeが雪かきをする。wifeは「自分が雪かきをするとは思わなかった」、と雪かきのたびにこぼす。夕方になってもまだ雪が降っている。夕暮れ時は、老いの刻であろうか。老い始め老い逝くまでその老いの時間は楽よりも苦の方が多く待ち受けているのか。老いは喪失の時とも言われる。仕事を失い年金もそう多くはなく病いも抱え躰や手足も衰え昨日出来ていたことが今日は出来なくなったりする明日も昨日のこともわからなくなる老い逝くは自然の摂理時には過去の記憶を偲びいまは家なき故郷を想い亡くなった老親の路をいま老いた自...老い逝く

  • 失態

    写真は本文とは関係ありません1802失態尿意を感じながらもいまこれをやり終えてからトイレに行こうと思って我慢をしていた。(腎臓外科医からは尿は我慢してはだめだ、と言われていた)尿意は我慢しきれなくなり尿失禁しては大変と思い慌ててトイレに駆け込み便器の蓋を開け座ったらお尻も腰も便器の中へ沈むと同時に便器の硬い淵にあたり違和感を感じお尻も腰も持ち上げた姿勢のまま振り返ったら便器の蓋と一緒に便座の蓋も持ち上げていた急いで便座をおろしことなきを得た男性老人は、デイサービスの介護員に小言を言われていた「洋式便器のときは立ちションベンはダメ。必ず座っておしっこをしてください」的が定まらず、便器の淵や床までおしっこが飛び散っているなかには便座も上げずにしている人もいた。昔の男(じいさま)は、立ちションベンで過ごしてきた。いま...失態

  • 銀の紬

    1801銀の紬昔は、くず繭(まゆ)を紡いだ糸で織った絹織物を「紬」と呼び江戸時代までは庶民の普段着であった。くず繭であっても、出来上がり上品で素晴らしい着物になった。紬は、太さがバラバラで均一でない紬糸を複雑に絡めて織っていくことで丈夫な着物が出来上がる。デイサービスに集う老人たちも紬と同様に生活歴や躰の状態や性格は、それぞれに違い個性派の集まりである。90歳を越えた老人は、人生の達人であり、マイペースであり、くよくよしない。。「紬」は、繭を紡ぐことから、「紡ぐ」という言葉を考えてみた。言葉を紡ぐ思いを紡ぐ幸せを紡ぐ命を紡ぐ人生を紡ぐなどなどどの「紡ぐ」を見ても大切なことであり、それは眼に見えないものである介護相談や介護、教育も保育も同じ老人や子どもの思いや言葉に傾け、どう紡いでいるのだろうか。言葉(思い)や命...銀の紬

  • 痛いほど生命を感じる

    今年の冬は降雪、積雪が多い1800痛いほど生命を感じる人はオギャーと産声をあげた瞬間から死に向かって生きる。日々時間に流され自分にも死がやって来ることを忘れている。人は、老い、病み、死に直面したとき生命や時間の大切さを痛いほど感じる。老いた今時間の流れは緩やかではあり夜明けの刻は近い。陽に照らされた老体は影まで曲がって映る。頭髪は薄くなっても頭のなかは薄くならないようにしたいものだ腰が曲がっても心まで捻れてはならない大した用事はなく急ぐこともない犬に連れられ散歩をしている老いびと老いた躰ではあるけれど春風のように小さな幸せに出会える、と痛いほど生命を感じる

  • 平凡こそが幸せ

    那須高原遠くからでもペニーレインのパンを買い求めに訪れる。1799平凡こそが幸せ92歳の海原光代婆さんが自分の家具調ベッドで永い眠りに着いて、ひと月が経った。(合掌)いつも家を訪れると庭が見える南向きの居間で陽射しを浴びながら横になりウトウトされていた。昔、女がてらにもっこを担いだ(土砂を担いだ)腰も脚も疲れ過ぎ、脚を伸ばし寝るのが何よりだった。いまは、何もやる事もなく、毎日ただ、こうして寝ている。「この先短い、何かやりたいことはないのかい」、と野暮なことを尋ねる自分がいた。その言葉はこだまの如く自分に返ってくる。何が楽しみで生きているのだろうか、と思ってみたりもした。日々、何もせず、息子がいれてくれたお茶を飲み傍らに老いた三毛猫も負けじと寝そべっていた。こうして平凡な日々を過ごしながら、ジッと死を待つ。老い行...平凡こそが幸せ

  • お互いポックリ死にたい

    犬を形どった壁那須高原1798お互いポックリ死にたいものだ85歳の脳梗塞後遺症の爺様軽くすみ、歩行器で室内外を歩いている妻は83歳、物忘れが始まった、というけれど「何を忘れたか数分後に思い出す。まだ呆けてはいない」、と笑いながら話す婆様病気する前は酒飲んべで、その上煙草も吸ってた脳梗塞になってからは酒煙草はやめた昔は見合い結婚ならまだしも親の知り合いの口利きでいまの爺様と一緒になった爺様と結婚して「当たり」「外れ」、どっちか、と尋ねると婆様は躊躇することなく「外れた~」と答える傍に居た爺様は「俺は当たりだった」婆様はこんな山奥狸か猪しか棲まないところに嫁ぎたくなかった親が決めた結婚だから反対もできない、親の考えに従うしかなった携帯電話のアンテナが立たず黒電話しか通じない陽があたらない山里に棲む爺様婆様今年で結婚...お互いポックリ死にたい

  • 抱かれる

    1797抱かれる昨日の日曜日、片田舎にあるラーメン屋で評判の塩ラーメンを頂いたコブシの花のように両手指はしっかりと握り母親の胸に抱かれている赤子一抹の不安もなくまどろみの心地にある老いゆくあたしはすがるものはなく一抹の不安を感じながらともに老いゆく愛犬を抱きしめ癒され気持ちを静める抱かれる

  • この空を飛べたら

    1796この空を飛べたら那須高原、冬の青空この空を飛べたら鳥になりたい人間は空を飛ぶ鳥のように自由に空を飛びまわりたい自分は忘れた頃に空を飛ぶ夢を見る鳥のように羽ばたいて飛ぶのではなく高いところに立ち眼下に海や湖、大河が見える海や大河に向かって「飛び」両手を広げ鳥のように手を羽ばたくと空を飛んでいる海は碧く大河は青く映り空から見える景色は最高夢は時代に合わせカラー色飛んでいて下降になると上昇することが難しくなり着地となる羽ばたいても飛び立つことはできずそこで夢は途切れる眼を閉じ飛ぶ夢は再び「体験」することはできないいい夢はいいですねこの空を飛べたら

  • 食べたそばから下痢

    1795下痢便まだ65歳の「若さ」なのに頭から肛門へ命令する信号が弱いのかそれとも肛門の括約筋が緩いのか便意を感じないのかご飯を食べ終えてまもなく便を漏らしてしまう便だけでなく尿も漏らしてしまう自宅のベッドは糞尿の臭いが充満トイレまでもたない、と彼女は話す紙パンツのなかにオシッコをする「ずるさ」なのか、「ズボラ」なのか紙パンツ代も馬鹿にならず月に一万円を越えその支払いも滞っている。デイサービスの介護員は狭いトイレのなかで彼女の便失禁の「世話」に悪戦苦闘している介護とはいえ本当に頭が下がる大下痢をした彼女の顔はスッキリお粥などお腹に優しい食べ物を摂れば良いのだが「食べたくない」、とわがままな言葉を吐く彼女は「便」がでたからもう食べれる、と思いラーメンや揚げ物などを食べる案の定、翌日は下痢をしたまま、デイサービスの...食べたそばから下痢

  • 春を迎えたい

    1794命取り老いの齢(とし)になると風邪に罹ると大変生前お袋は風邪は万病のもと、とよく話していた風邪の症状に似たオミクロン型コロナウイルス感染も心配風邪が元で命取りになるさらに今日はコロナウイルス感染で命取りになる寒い季節がまだ続く先の見えないコロナウイルス感染も続く寒さに負けず風邪に負けずコロナウイルスに負けず春を迎えたい春を迎えたい

  • 昔の石油ストーブは危険がいっぱい

    1793昔の石油ストーブは危険がいっぱい在宅訪問に行くと俗に言う昔タイプの石油ストーブが赤々と点いている85歳以上の独居高齢者はよく使われているいまどきの温風ヒーターに比べ便利であり多機能型石油ストーブでもあるしかも赤い炎が出る石油ストーブの強みは災害などにより停電になっても温風ヒーターとは違い「暖」をとることができることだ昼間でも「やかん」を乗せお湯を沸かすことができるまた加湿器の働きもする味噌汁鍋や煮物が入った鍋を乗せたりして煮炊きもできる暮れになると網をのせ餅を焼いたりする前述したように確かに便利であり重宝がられている一方で危険も隣り合わせにあるやかんなどが乗っていると危険がW(ダブル)となり余計に心配が重なってしまう。足元が心もとなくなりふらつきもあるふらついたときやかんのとってに手が触れやかんがひっく...昔の石油ストーブは危険がいっぱい

  • 怖れる

    1792怖れる冬の阿武隈川(写真は本文とは関係ありません)自分は「2つ」のことを怖れているひとつは、認知症になった自分である。いまは、物忘れ、しまい忘れの症状がでているが、物がなくなったこと、他者の「せい」にはしていない。認知症になった老人をみると様々なタイプがあるが素直な性格の老人は、認知症になっても素直で笑顔が多く、「ありがとう」の言葉がでる性格のきつい老人は、認知症になっても意地悪で、他者に嫌われるような言葉を吐く、「ありがとう」の言葉が少ない。生き方は老い方そして死に方にもつながる惚け方も同じく生き方、老い方の結果として表れてくるのではないだろうか・・・穏やかに惚けたい。もうひとつの怖れは、永眠したときの顔(表情)である。瞼を閉じ、いまにも眼が覚め起きだしてきそうな表情で穏やかに眠っている老人の顔をみる...怖れる

  • 「救心」が意味するもの

    1791老人の好きなドリンク余が関わり知っている老人在宅訪問をするとお茶代わり或は帰り際によく出されたりするドリンクリポビタンDチオビタオロナミンC認知症を患う老人のなかには体に「いい(良い)」と思い込み1日に3、4本飲んだりしてしまうトイレに通うこと頻回頭痛や腹痛などすると家庭薬である置き薬箱からせきどめケロリン救心などを手軽に服用してしまう置き薬の人がこれは体調が悪いときによく効く薬だよ、と置いていく高価な薬何でも効くと誤解される救心救って欲しいのは老人の心(気持ち)そう「痛く」なくとも「痛い」と訴えることであなたの傍に「居たい」または「生きたい」とも聞こえて来る※再掲2018/07/07「救心」が意味するもの

  • 人間の奢り

    1790人間の奢り2022/01/31朝焼け。コロナウイルス感染と同じく時間の流れもはやく、暦はもう1月31日になる。コロナウイルスは更なる変異を重ね人間を悩ませ不安と恐怖をもたらしているコロナウイルス発生の原因は何かある国の生物兵器の研究所からウイルスが流出したことによるものかその真相は隠蔽されたままコロナウイルス感染対策がなされてもコロナウイルス絶滅の道は遠いいまやコロナウイルスは誰が感染してもおかしくない感染しても無症状であり誰が感染させたのかわからない感染者に個の責める訳にはいかないコロナウイルス感染は人間に何をもたらしたのか歴史が物語るように疫病や細菌の発生、流行は弱い者が犠牲になる青く美しい惑星(地球)は人間の奢りにより病みCO2,地球温暖化による災害の続発コロナウイルス感染も然り世界の為政者はスウ...人間の奢り

  • 凄く美味しい

    1789凄く美味しい家族のために食事を作っている85歳の婆様のお名前は、渡辺香菜婆さん要介護1の認定を受け、週に2回小規模デイに通っている彼女の右足は交通事故の後遺症により「く」の字に曲がり両足はごぼうのように細い長い時間立ち調理をするのは大変両手の指はリウマチで反っているデイに通う日もいつもの朝と同じく起き、朝食を作るデイから帰ってもひと息つく暇もなく夕食をつくる普通ならば「おばあちゃん夕ご飯ができたよ」の言葉を聞き、食卓に向かう香菜婆さんは愚痴ひとつこぼさない気分転換と足(脚)の筋力を維持も兼ねてデイに行ってみないか、と話す彼女は「家を空けることはできない。やることもあるし」、と行けない理由を答える「試しに一回だけでも行ってみないか」、と執拗に声かけする隣にいた娘は「ばあちゃん、一度行ってみたら、行って嫌だ...凄く美味しい

  • 悩めるコロナウイルス感染の波

    1788悩めるコロナウイルス感染の波コロナウイルス感染は他人事ではない一日の感染者が100,000人を超えるのは目前である医療機関や介護事業所にコロナウイルス感染者が出ると大変な状況になり要介護老人が感染すると家族(介護者)はどう対応していけばよいのか不安と混乱に陥り介護事業所との間においてこじれてしまう或る家族(長男)は「事業所でコロナウイルス感染者を出したのだから、(感染した)老母を治るまで事業所で面倒みるべきだ」、と苦情の電話をかけてくる腕時計を見ると30分を超えていたコロナウイルス感染者は誰なのか特定できないところに悩ましき問題があるそこのところが家族によってはなかなか理解できない認知症老人が感染すると入院を拒否された行き先がない家で介護をすることはできないどうしたらいいのか悩めるコロナウイルス感染の波

  • 「齢(とし)には勝てない」、そんなことは言ってられない

    1787齢(とし)には勝てない、そんなことは、言ってられないとちおとめ老い齢を嵩ねてくると行動が遅くなり反応も鈍くなるそんな様子を見てwifeは「齢(年、とし)には勝てない」、と運転をしながら何気ない言葉に認めざるを得ないながらも抵抗したくなる知っている婆さんのなかに齢に負けず家族のために家事をしている脊柱管狭窄症、リウマチを患いながら朝五時に起き米とぎ、朝食の準備、洗濯、掃除をしている婆さんの年齢は85歳手指を見たらアカギレで痛痛そうだった絆創膏を貼っていた絆創膏より、クリームを塗った方がいい、と話す歩くこともやっとにもかかわらず仕事に出かける娘、保育園に行くひ孫のために家事をこなす10時頃ひと息をつき好きなコーヒーを飲み新聞を読むときが幸せのとき齢には勝てないそんな言葉に負けず婆さんに見倣い年齢のせいにはで...「齢(とし)には勝てない」、そんなことは言ってられない

  • 苺狩り

    1786苺狩りオミクロン型コロナウイルス感染は都市、地方に関係なく感染の拡大と急増しているなか今日は平日であり思い切って苺狩りに出かけた広いビニールハウスのなかは誰もおらずwifeと自分だけの貸切30分食べ放題と、いってもそう食べられるものではない真っ赤な完熟苺は格別であった同敷地内にあるお菓子の城でパックに詰められた苺を買いbeagle元気のお土産とした我が家はフルーツ大好き苺狩り

  • 52で逝った母の最期の言葉

    1785人生は短い髪が抜け地肌が見えてきた婆様は自分に昔の話をしてくれた農家をしたことがなかった母は農家に嫁いだ。朝露で葉が濡れている刻から陽が沈み手元が暗くなるまで田畑で身を粉にして働いた無理がたたり病弱になった母は52歳の若さであの世に逝った枕元で母は「人生は短い」、とその言葉だけをか細く話し息を引き取った。人生は長いようで短い浦島太郎のように気がついたときには白髪の老いになっていた52で逝った母の最期の言葉

  • 聴く

    1784聴く毎月1回以上要介護老人のお宅を訪問する本人の状態が悪化したり不安定な時は月に3、4回訪問することもある看取りの時は頻繁に訪問初めて居宅サービス計画表(ケアプラン)を作成するときは最低4回は訪れる1回訪れても4回訪れても介護報酬(介護給付費)は変わらないさて、在宅訪問のとき介護者の愚痴を1時間位、時間をとり聴くことにしているまた、認知症とうつ病の婆様は繰り返し繰り返し話す同じ話を聴くどちらも気持ちが軽くなった、と話す認知症が進んでいることはわかりながらも思うように動いてくれず、いつもどうしてこうなんだろう、と苛々しストレスが溜まってくる認知症老人だけでなく人間は不可解な生き物である幼児も老人も職場の人も自分が思っているようには行動してくれないまず、相手を認めることが大切だと頭ではわかりながらもつい、ど...聴く

  • 大切なものは・・・・

    1783目に見えないもの此処に置いて置いて紛失したら困るから、ということで大切な書類などをファイルしたまではいいが時間(とき)が経ちどのファイルに綴じたか忘れ見つけるのに四苦八苦する探し物は何ですか、の曲を思い出すふと、ひらめき、思いがけないところに大切な書類(もの)が見つかる目に見えない大切なものは失ってはじめてわかる、と星の王子様の言葉が過ぎった目に見えない大切なものは普段そう意識してはいないもの大病を患ったときに健康の大切さがわかる突然癌であり余命幾ばくもないことを告知されると命、時間の大切さを知る目に映る風景まで変わる刃物で人を傷をつけた場合は傷みは目に見える言葉ひとつで人を傷つけることがある傷つけた人はわからずにいる言葉は人を傷つけたり、人を励ましたり希望や勇気を与えてくれる配偶者、家族、友人など大切...大切なものは・・・・

  • 首が回らない

    1782首が回らない首が回らない、と言うと売り上げが悪く、経営が厳しくなり首が回らないこともあるそのこと以外に自分の場合は頚椎ヘルニアがありメチコバールを服用しても湿布を貼っても気休めにしか過ぎない冬は寒く首は痛み疼くホットパックを首に巻くと痛みはやわらぐ首が痛いと左右確認、後方確認が思うようにいかない安全運転にも支障が出る焦らずゆっくりでもいいから左右と後方の確認をしている首が回らない

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