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春夏秋冬 / 老い楽の詩 https://blog.goo.ne.jp/hennkyoujinn

老い始め老い逝くまで、楽よりも苦の方が多い。束の間だけでも喜びや感動、笑いあえる楽があれば幸せ。

星 光輝
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住所
福島県
出身
北海道
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2017/04/09

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  • 寒い朝

    1924夜明け前から早朝散歩道路の右端は阿武隈川が流れている東北の冬空は日によっては、鉛色のような重たい空が目に映るそんなときは憂鬱な朝に気が重くなる雪で覆われた散歩路を歩くのは気持ちがいい振り返ると酔っ払いが歩いたような蛇行の足跡人生の足跡も雪路のようにはっきりとしていたらいいのだけれど白髪一路の如く一つの路を最後まで貫き通すことは偉大である自分自身人生の足跡はあったりなかったりの感じ最後だけでもしっかりと雪を踏みつけ歩きたいbeagle元気に連れられ、雨の日以外は朝夕散歩をと決めている朝夕で8000歩を歩くのは大変達成したりしなかったりの繰り返し杖をつきながらでもよいから一日も長く歩き続けたいものだ寒い朝

  • 死ぬまで歩く 97才の婆さん[2]

    1923半人前。(2)幼児のオムツが外れると、幼児の行動が束縛されず自由になる。それは、同時に母親もオムツの世話がなくなり、自由な時間が増えてくる。子どもの成長により身体の世話が解放される。それに対し老人は様々な理由から歩くなくなると、紙オムツになってしまう。介護のかかわり方、介護の仕方によって、老人のオムツを外す可能性がある。老人は「オムツをするくらいなら死んだ方がましだ」、という言葉を耳にする。なかにはオムツにされたことで、生きる意欲をなくし、いつの間にか眼は虚ろになりベッド上で死を待つだけの時間になってしまう。何故、オムツにされた老人は生きる希望をなくすのか。それは、オムツをしている赤ん坊(幼児)と同じになった自分、他人の世話を受けなければ、排泄の処理ができなくなった自分は「半人前」の大人だと思って...死ぬまで歩く97才の婆さん[2]

  • 死ぬまで歩く 97才の婆さん [1]

    1922小さな「大人」(1)哺乳類動物の大半は前足と後ろ足を使い歩く。人間は「直立歩行」が出来たことで、「前足」は「手」となり自由になった。手は石を掴み、石に棒をつけることで、金槌の機能を果たし武器にもなった。手はさまざまな道具を作りだし、労働を行うことで「ヒト」から「人」へと成長した。人間にとり「歩く」「歩ける」ことは、大きな自由(解放)をもたらした。オギャーと産声をあげた赤ん坊は、首が座り、寝返りができるようになると、頭を上げ、周囲(まわり)を見渡すようになると、赤ん坊にとり世界観は大きく変わる。目の前にある物に興味を抱き、這い這いを始める。這い這いは高這いに変わり、高這いから椅子の座面に両手をつき、「立ち上がり」をする。立ち上がりから「立ち(立位保持)」、自由になった両手で手を叩きながら満面の笑顔に...死ぬまで歩く97才の婆さん[1]

  • 初日の出

    1921初日の出2023,1,1;6;55関東平野から筑波山を眺め初日の出を拝む。毎日陽は昇り陽が沈む。自分は数え71の齢を迎えた。加齢性難聴と診断され、歯が欠けたような感じで人間の聲を一部聴き取ることが出来なくなった。補聴器でもつけようかどうか迷ってる。今年は訪問介護ー通院等乗降介助(介護タクシー)により透析患者や一人暮らし老人、老老介護家族等の通院支援を始めていく。自分自身は70の手習いで国家試験運行管理者の取得に挑む。介護タクシーも旅客運送事業のひとつであり『いのち』を運ぶという大切な使命を持ち安全運転が求められます。その自覚を持つために運行管理者として責務を果たしていければと・・・・虫食いのような物忘れが出始めwifeから惚けてきた、小言を頂戴するボケ防止の目的を兼ね運行管理者の試験に挑むもうひと...初日の出

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