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三河・長沢城 今はほぼ消滅したが謎の多い城郭の往時の姿を想定してみる
長沢城は愛知県豊川市長沢町にあります。城の名は桜ケ城、長沢古城ともいわれます。長沢の地は、古くは今川氏の一族の関口氏が領したとされます。後に松平信光が長沢城を攻めとり、子の親則に与えたとされ親則を長沢松平の初代とします。親則から七代政忠までの歴史は不明確のようで、長沢の地は別にあったという説も出されています。※長沢の地は別にあったは→こちら長沢松平八代康忠の時に東三河に進出した家康が、永禄五年に長沢を康忠に与えたとされます。その後、家康の関東移封に従って康忠も関東に移ったとされます。長沢にとどまった長沢松平氏の分家筋もあったようで、後に長沢松平を名乗ったとされます。今回の参考資料は(1)「愛知県中世城館跡調査報告3」愛知県教育委員会1997(2)音羽町史通史編音羽町史編さん委員会2005(3)「城」代31号東海...三河・長沢城今はほぼ消滅したが謎の多い城郭の往時の姿を想定してみる
三河・登屋ケ根城 その2 意外に広く興味深い城域を絵図で確認しながら見学する
登屋ケ根城は愛知県豊川市長沢町にあります。その1ではⅠ郭、Ⅱ郭を中心に「諸国古城之図」の絵図と対比しながら見学しましたが、その2では、屋敷地とされる範囲も絵図を見ながら見学したいと思います。今回も資料は(1)「愛知県中世城館跡調査報告3」愛知県教育委員会1997(2)音羽町史通史編音羽町史編さん委員会2005(3)三河国宝飯郡誌(4)浅野文庫「諸国古城之図」(三河宝飯トカ子)広島市立中央図書館所蔵などです。なお城の位置、城郭周辺などはその1でご覧ください。※登屋ケ根城その1は→こちら浅野文庫「諸国古城之図」(三河宝飯トカ子)広島市立中央図書館所蔵※広島市立中央図書館の許可を得て掲載しています。絵図のⅣ郭部分には「此城昔ヨリ有之ト云トカ子ノ城関口ノ城トモ云粕屋善兵衛小原藤市城ヲ守由」などの書き込みがあります。登屋...三河・登屋ケ根城その2意外に広く興味深い城域を絵図で確認しながら見学する