遠江・幡鎌城 最福寺周辺に屋敷地、裏山に主郭を設けた原氏一族の城か
幡鎌城は静岡県掛川市幡鎌にあります。原野谷川一帯を支配していた高藤城の原氏が一族を配した支城群の一つと考えられ、幡鎌城は最福寺の裏山(標高98m)から原野谷川の河岸段丘一帯に築かれていました。屋敷地は現在、最福寺と畑地、宅地となり遺構は失われましたが裏山の城郭遺構は主郭とされます。今回の参考資料は(1)「静岡県の中世城館跡」静岡県教育委員会1978と(2)「静岡県古城めぐり」静岡新聞社刊1984です。幡鎌城主城・高藤城は南東約1.8kmにあり支城群が原野谷川沿いに展開している原野谷川沿いの左右には上流から下流まで田地が広がり、往時から収穫の多い地域だったのではないでしょうか。資料(2)によれば原氏は鎌倉期より当地区に住んだ国人で戦国期に一族が分散したとされます。幡鎌城立体図に道、堀切などの位置を加筆幡鎌城最福寺...遠江・幡鎌城最福寺周辺に屋敷地、裏山に主郭を設けた原氏一族の城か
2022/03/28 11:27