2025年6月16日、練馬区を探索していたところ、中野区のものを見つけた。練馬区の街区表示板 その下に中野区役所の文字が。 どうしてこんなことに? 考えられるのは、 中野区で利用していた電柱を練馬区に移設した。 誰かが中野区のシールをこの電柱に貼った。 くらいかな。
街探索で見つけた、時代とともに徐々に、また、いつの間にか、しかし確実に街から消えつつある町名看板、旧町名や看板建築、銅板葺き、出桁造り、長屋門の建物等、気になったものを紹介します。
有楽町駅のガード下を歩いていた。 そこにまんぷく食堂という飲食店があった。 店の外に大好物の看板類が貼られていた。 古い映画のポスターも貼られていたのだが、ボロボロで撮る気にはならなかった。 中をちらっと覗いてみると、壁中に看板らしきものが貼られていた。 その中に何と!たばこ販売店の看板があった! 店員の方が開店準備をしていた。 声をかけて中に入って撮らせてもらおうと思ったが、それができず、外から勝手に撮らせてもらった。 発見日 2023年4月29日 発見場所 東京都千代田区有楽町二丁目 外からだと、書かれている文字を確認できなかった。 家に帰って、撮った写真を確認してみる。 「東京都杉並区荻…
日光道中粕壁宿の標柱⑧ 重要文化財 五海道其外延絵図 日光道 巻第2部分 東京国立博物館所蔵 新町橋は、江戸時代には大橋と呼ばれ、古利根川に架かる唯一の橋であった。長さ一六間(約二九メートル)、 横幅三間(約五メートル)の板橋で、高覧が付いていた。架け替えにあたっては、幕府が費用を負担し、往来を妨げないように仮橋が架けられた。新町橋の上流には、上喜蔵河岸と呼ばれた船着場があり、石垣の一部が現存している。江戸時代、粕壁宿では共同で河岸を利用し、古利根川の水量が多い六月中旬~八月中旬(旧暦)には、小型の高瀬船などで米や生活物資を運搬した。 上の右側の写真に警官が写っているのが分かるだろうか? 自分…
季節の花めぐりとして根津神社のつつじ、東照宮のぼたん、亀戸天神の藤が紹介されていた。 根津神社のつつじまつりは見物に行ってきた。(記事を書く予定である。)東照宮のぼたん祭りは入苑料が1,000円と高かったので、パスした。 今回は亀戸天神の藤まつりを紹介しよう。 藤まつりは5月5日まで開催とあるが、その頃まで咲いていないかもしれない。 訪問日 2023年4月24日 訪問場所 東京都江東区亀戸3丁目6番1号 全体的に見頃は過ぎていていたが、きれいに咲いているところもあった。 平日で見頃が過ぎていたせいか、それほど混雑していなかった。 東京スカイツリーとのコラボ 曇り空なので、映えない。 なんじゃも…
神田橋南詰すぐ、「千代田区神田公園区民館」わきに、今まで気が付かなかったものがあった。たぶんだけど。 発見日 2023年4月25日 発見場所 東京都千代田区内神田一丁目 物揚場跡の碑と千代田区町名由来板:内神田一丁目 日本橋川水運の物揚場標石ここに出土す往時をしのぶよすがとして後世に伝える 昭和五十八年三月 千代田區 「區」と旧字体になっているのがいいね。 碑の両側に3本の標石があった。 右側2本 物揚場と刻まれている。 右側と中央の石の大きさや形が違っている。 一番右側の側面 境界標と刻まれている。 一番左側のもの 物揚場と刻まれている。 右側面 境界標と刻まれている。 それぞれ上から見たと…
東京大学周辺の弥生式土器発見地と言われているところを探索する
以前も付近を探索したことがあるのだが、東京大学の構内を見学できることを知り、再び訪問することにした。 訪問日 2023年4月15、18日 プロローグ 弥生式土器発掘ゆかりの地碑 東京大学浅野地区遺跡案内 本郷キャンパスの見学 「向岡記」 碑 弥生二丁目遺跡 方形周溝墓 「弥生式土器」の発見地 サトウハチロー旧居跡 異人坂 旧町名案内「向ヶ丘弥生町」 エピローグ プロローグ 東京大学工学部の言問通り沿いの片隅に「弥生式土器発掘ゆかりの地碑」と「東京大学浅野地区遺跡案内」が設置されている。 付近にあった地図 「弥生式土器発掘ゆかりの地碑」と書かれているものと「弥生式土器発掘の地碑」と書かれているも…
以前「お化け」がつくものは下記の記事で「オバケトンネル」を紹介したことがある。 citywalk2020.hatenablog.com 上野公園を探索中気になるものがあったので立ち寄ってみた。 訪問日 2023年4月18日 写真では伝わらないかもしれないが、とても大きい! 超ビックサイズだ。 台東区上野公園四番 佐久間大膳亮勝之が東照宮に寄進した石造の燈籠で、 奉寄進佐久間大膳亮平朝臣勝之 東照大権現御宝前石燈籠 寛永八年辛未孟冬十七日 と刻字し、寄進者・寄進年月を知ることができる。寛永八年(一六三一)当時、東照宮は創建して間もなく、社頭には、現存の大鳥居・銅燈籠・石燈龍などは、まだわずかしか…
近くを通ったら、「解体工事のお知らせ」が掲示されているのに気が付いた。 とうとうここも解体されてしまうのか。 訪問日 2023年4月15、22日 訪問場所 東京都千代田区神田和泉町1 雨でずぶぬれ。 悲しみの涙みたいだ。 この件についてネットで検索したところ、いくつかの記事が見つかった。 千代田区は、旧和泉町ポンプ所解体に伴う設計業務を、三輝設計事務所東京支店(千代田区)に委託した。2023年度の工事発注を見込む。 東京都下水道局が保有・管理していた同ポンプ所の土地、建物を千代田区が購入し、既存建物を解体する。 旧和泉町ポンプ所跡地に子育て支援施設を建設する。 朝日新聞の3月27日の朝刊に「(…
以前発見したものもあるのだが、今回新しく発見したものもあるので、合わせて紹介することにしよう。 ①江東区深川牡丹町3の16番地 発見日 2021年5月29日 以前発見済だったのに、そのことをすっかり忘れ、再び出会い、新発見と思ってしまった。 油性マジックで書いたのだろうか、文字が消え欠けているので、読み取りにくい。 江東区でたまに見かける手書きのタイプのもの。 ②江東区深川牡丹町一ノ十一 発見日 2023年4月22日 住所部分が消えかかっているが、比較的読み取れるほうだろう。 ③牡丹町三ノ十二 発見日 2023年4月22日 深川が抜けているが、深川牡丹町時代のものだろう。 楕円形の表札は萌える…
今回は鴻巣市で復活した旧町名を紹介することにしよう 限定的ではあるが、全国的にも旧町名が復活することは珍しいことだ。 訪問日 2023年4月6、10日 ①「本一町」と「宮本町」 ②「富永町」と「石橋町」 ③旧「鴻巣宿(大字鴻巣)」の字「鞠子」 ④旧「上生出塚村(大字上生出塚)」の字「新屋敷」 ①「本一町」と「宮本町」 2008年(平成20年)4月1日に、鴻巣駅東口再開発事業により整備された公園「エルミパーク」の街区において、住居表示の「街区符号」として復活した。これにより「エルミパーク」の住所は「本町一丁目本一町番」と「本町一丁目宮本町番」になった。 これは先日下記の記事で紹介した。 city…
埼玉県内で最も高い木造の建造物《 埼玉県指定有形文化財 西福寺 三重塔 》
梅の花の季節だ。(投稿する頃(2023年4月21日)は桜の季節も終わってしまった。) 花の間に月が見えるように撮ってみた。 梅の花がぼけてしまった。 当初訪問する予定はなかったが、埼玉県内で最も高い木造の建造物があるということを知り、訪問することにした。 訪問日 2023年1月31日 訪問場所 埼玉県川口市西立野420 ここにたどり着くまでに自宅から約4時間かかった。 寄り道しなければ2時間強で着けたはずだった。 遠方に三重塔と百観音堂が見える。 空には月が見える。 西福寺はこっちか。 と言っても道路から見えるのだが。 残念なことに西福寺の前で電線架け替えの工事をしていたので、山門付近からは撮…
飛鳥山公園は何回が来たことがあるのだが、この場所に来たのは初めてだった。 訪問日 2023年4月4日 訪問場所 東京都北区王子1-1-3 山頂モニュメントと公共基準点 山頂モニュメント 2006年、飛鳥山に公共基準点を整備する際に、測量したところ標高は25.4mだった。これ まで愛宕山(標高 25.7m)が東京で一番低い山と称されていたが、都内で1番低山(標高25.4 m)であることが確認された。あすかパークレール山頂駅前の公共基準点に 「山頂モニュメント」 を設置した。 公共水準点 明治6年に上野公園、深川公園、芝公園、浅草公園と並び、日本で最初の都市公園として開園した飛鳥山公園だが、飛鳥山…
何回も渡っている橋だが、訪問した時(2023年3月28日)、近くの第一公園で桜が満開だった。 第一公園の満開の桜と成田エクスプレス“N'EX” アメリカ橋の向こうに見える第一公園の桜が満開だ。 車が走っていない時を辛抱強く待った。 橋のプレート 改修履歴のプレート 橋のたもとに設置されているプレート AMERICAN BRIDGE COMPANY OF NEY YORK U.S.A 1906 錆が目立つ。 1904年(明治37年)セントルイス万博に出展された橋を当時の国鉄(鉄道省)が購入し、1926年に現在の位置に架設した。1970年(昭和45年)、アメリカから来た橋は、老朽化のため架けかえら…
かっぱ橋本通り付近に生息している河童たちを探す in 東京都台東区 Part2
Part1の続きだが、紹介する順序はテキトーとなっている。興味がある方は実際に探索してみてね。 浅草の国際通りから上野駅入谷近くの昭和通りまでの、1.2キロにわたる道で、寛永寺の高僧が浅草寺に詣でる「御成道」として整備された。 訪問日 2023年3月18日、20日、24日 公園六区入口交差点付近 合羽橋跡 台東区西浅草三丁目七番二号この地点西方の合羽橋交差点の所に、橋が架けられていた。合羽橋である。橋梁台帳によると、昭和八年廃橋になったが、長さ約四メートル、幅十一メートルの橋だった。橋下の水路は新堀川・新堀といい、南流して鳥越川に合していた。寛文十一年(一六七一)刊の絵図に描かれているものの、…
以前「浦和市北浦和町」時代のものを紹介したことがある。 citywalk2020.hatenablog.com 今回は「浦和市北浦和」時代のものだが、少し変わったものを発見したので、それを紹介することにしよう。 発見日 2023年4月13日 発見場所 埼玉県さいたま市浦和区北浦和一丁目 それがこれだ。 この道は何回も歩いたことがあるのだが、今まで気が付かなかった。 『浦和局区内』とある。 このタイプのものは、東京都内では見かけたような記憶があるが、埼玉県内では初である。 「北浦和」の町名の歴史は以下の通りになっている。 1943年(昭和18年)大字針ヶ谷、大字領家の一部から針ヶ谷町一丁目〜四丁…
訪問日 2023年3月30日 ランキング参加中写真・カメラランキング参加中路上観察
最近その後シリーズが続いている。 ほぼ残念なお知らせとなっている。 今まで紹介していたものが、消滅してしまったというお知らせだ。 今回は下記の電力プレートとなる。 citywalk2020.hatenablog.com 訪問日 2023年4月11日 新橋駅から電車に乗るため、烏森神社の近くを通った。 あれ? 何か違和感がする。 何だ? あの建物がなくなっていたのだった。 柵に覆われ空地になっていた。 ストリートビューで確認すると、最新版である2022年9月にはこの状態になっていた。 知らぬ間にまたひとつ電力プレートが消滅してしまっていた。 ランキング参加中写真・カメラランキング参加中路上観察
発見日 2023年4月10日 発見場所 埼玉県鴻巣市人形一丁目 鴻巣市を探索中、踏切の手前に何かあるのに気が付いた。 道しるべだった。 以前も訪れたことがあるはずなのだが、記憶がない。 調べてみたら、やはり2021年11月29日に訪れていた。 覚えていないっていうことは新鮮な気持ちで見れるからいいのかもしれない。 しかし、同じものを又記事にしないように気を付けなくてはいけない。最近もこれは新発見かと思ったものがあったのだが、過去に投稿したものを調べてみたら、既に記事していたことがあったばかりだ。 右側のもの 従是ちち婦ミち 坂東よしみひき志可う 当村願主蓮栖法師 左側のもの 正面 庚申 右側面…
煉瓦塀があるとの情報を得てそれ以外の情報は知らずに訪問したのだったが、家に帰ってから調べてみたら、そこには今まで知らなかった世界があることがわかった。 訪問日 2023年4月13日 訪問場所 東京都荒川区荒川八丁目 写真の左端に煉瓦塀が見える。 ハコブ株式会社の煉瓦塀 株式会社加藤研磨工業所の煉瓦塀 大正時代の煉瓦らしい。 煉瓦塀に生えている植物たち ハコブ株式会社の右隣の建物に「有限会社大正胞衣社」の名前があった。 ハコブ株式会社の煉瓦塀には「日本胞衣衛生(株)」の名前があった。 「大正胞衣社」と「日本胞衣衛生」は隣同志なので同じ会社だと思っていた。 「大正胞衣社」が「日本胞衣衛生」に社名変…
荒川区内の路地を彷徨い歩いていた時に、何かの施設内に石柱を発見した。 こういう形のものが目に入ると「何だこれは?」と確認すべく、引き寄せられるようにまっすぐに進んでしまう。 発見日 2023年4月4日 発見場所 荒川区荒川五丁目47-2 ここは「荒川区立特別養護老人ホーム花の木ハイム荒川」だった。 正面 此ノ石ハ花ノ木橋欄干也昭和七年八月成 欄干とあるが親柱だろう。 左側面 開通記念昭和三十六年四月十八日七北町会 「七北町会」は「荒川七丁目北町会」の略のようだ。 右側面と裏面 裏面に手すりをはめ込む穴があった。 高さ 約116㎝奥行 約50㎝幅 約40㎝ 実際にはこの場所に藍染川は流れていなか…
以前も来たことがあるところだが、通りから桜が見えたので立ち寄ってみた。 訪問日 2021年6月21日(再訪日2023年3月30日) 訪問場所 東京都中野区中央2-32 桜吹雪が舞っていた。 正面 裏側 桜とのコラボ このモニュメントは、明治初期創業のやままさ醤油醸造所のレンガ塀の北側一部を移設したものです。 建造は、1889年(明治32年)と推定されます。中野での初期洋風レンガ構造物をいわれている浅田銀行本店を手掛けた、中野在住の棟梁と弟子達によって醸造所の蔵とともに築かれました。 石灰、海藻のつのまた、砂などで固める日本の伝統的なしっくい壁の技術とフランス積と言われるレンガ積み工法で造られて…
訪問日 2023年3月30日 訪問場所 東京都中野区本町三丁目2番 開園月日 2012年6月1日 擬宝珠 この唐金(からかね)(青銅)の擬宝珠は、1961年(昭和36年)2月8日の営団地下鉄丸ノ内線(当時の名称は荻窪線)の開業と同時期に架け替えられた当時の「新橋」の親柱の頂部に、2011年(平成23年)8月まで取り付けられていたものです。 桜の花の間に擬宝珠が見える なかしん広場の桜は満開だった。 現在の中野新橋 2011年(平成23年)の神田川改修工事により橋も新しくなり、橋名も駅名と同じ「中野新橋」に改名された。 擬宝珠は替えなくてもよかったと思うのだが、新しいものになっていた。 ランキン…
2023年4月11日、NHK放送博物館を見学後、お隣の愛宕神社へ。 以前愛宕山の三角点については以下の記事で紹介したことがある。 citywalk2020.hatenablog.com その時は池の中にあるはずの三角点を確認することができなかったので、今回は見れるかなと思い、池のそばに寄ってみた。 境内整備工事中だった。 工事の内容は、弁財天社改修、休憩所移設、お末社前空間整備、裏参道整備、本殿前参道整備、駐車場移設などとなっている。 こんな案内が出ていた。 どこかにある養鯉所にバカンスに行ったらしい。 池の水がほとんど抜かれていた。 水たまりがあるが、そこにはオタマジャクシがいるらしい。 工…
以前、下記の記事で「セブンイレブン北区中十条3丁目店」を紹介したことがある。 citywalk2020.hatenablog.com その後、どうなったのかなと気になったので、2023年4月3日再訪した。 あれ? ない。 やはりというか、更地になっていた・・・。 東京23区内では唯一だったと思われる出し桁造りのセブンイレブンがなくなっていた・・・。 セブンイレブンは裏の建物に移転していた。 下記の「お知らせ」に書かれている通り、道路が拡張されるためだ。 この通りにあった古い建物はほとんどなくなってしまった。 埋蔵文化財調査中の看板 期間が2月中旬までとなっているが、まだ終わっていないようだ。 …
日本郵政グループは、1871年(明治4年)に創業し、2021年4月20日、創業150年を迎えた。郵政創業150年を記念して、東京中央郵便局に、郵政創業150年記念ポストが設置された。 訪問日 2023年2月18日、4月8日 訪問場所 東京中央郵便局(東京都千代田区丸の内2-7-2) 正面 雪中の郵便馬車明治17(1884)年12月から翌年5月までアメリカニューオリンズで開催された万国博覧会に出品された郵便取扱図 第十図から 右側面 東京郵便電信局(正式名称)(江戸橋郵便局(通称))「東京名所 江戸橋郵便局真景」から(明治24(1891)年) 左側面 明治時代の郵便外務員「開化幼早学門」のうち「…
訪問日 2023年2月11、18、24日、3月4日、4月8日 それほどいろいろなものがあるわけではないのだが、撮れないものがあったり、気に入った写真が撮れなかったりと、何回も訪問することになってしまった。 JR有楽町駅中央口前にある地下広場入口(円形屋根)に「南町奉行所跡」と書かれた碑が立っている。 一見、大理石のようにも見えるが、たぶん何かを収納している金属製のボックスではないかと思われる。 旧跡碑をなんでこんなものにしてしまったのかな? そのすぐ横には「石組下水溝」が再現されている。 この日は「日本遺産の日」のイベントが開催されていて、テントが設置されており、機材などが邪魔だった。 改めて…
親柱にアニメのキャラクターが描かれている大榧橋と桜 in 埼玉県さいたま市中央区
さいたま市内の桜を散策している時に思い出したので、立ち寄ってみた。 それがこの橋だ。 訪問日 2023年3月21日 「おおがやばし」と読む。 「与野のオオカヤ」があることから命名された。 川の両側に桜並木が広がっている。 なぜここに設置されているのかわからないが、なつかしいアニメのキャラクターたちがいる。 オバケのQ太郎 サザエさん キン肉マン ドラえもん 鈴谷小学校の桜 大宮区桜木町4丁目の桜木小学校の南側にある芦原橋の親柱二か所にもキン肉マンの同じ絵柄がついているらしい。 ランキング参加中写真・カメラランキング参加中路上観察
2023年2月11日、赤くない郵便ポストを探しに銀座付近を探索した。 この日は「建国記念の日」、「建国記念日」 どっちだ? 「建国記念日」は、日本特有のものに限らず広く世界的・一般的な建国の日を指し示すもの(=概念・カテゴリー) 「建国記念の日」は、日本の法令を根拠とする国民の祝日の一つを指し示すもの(=固有の名称) なので、「建国記念の日」が正しいということだ。 この年になるまで知らなかった・・・。 そういう日なので、街宣車が銀座中を走り回っており、その後ろには警察の車が張り付いていた。警察官もたくさんいて、柵で外堀通り方面に行けないようにふさいでいた通りもあった。交差点で横断歩道を渡ってい…
「住居表示街区符号による旧地名の保存」碑 in 埼玉県鴻巣市
以前も訪れた事があるのだが、桜が満開だったので、地図に書かれている「旧町名復活の碑」を再取材することにした。 絵では「復活の碑」は木製の棒のようになっているが、こういうものではなかった。 訪問日 2023年3月6日(撮り忘れたものがあったので4月6日再訪する。) 鴻巣駅前にある公園「エルミパーク」の遊歩道を満開のカワヅサクラの中、歩いていく。 桜の木の根元に「住居表示街区符号による旧地名の保存」碑が設置されていた。 以前はこの裏に「街区表示板」があったようなのだが、移動されていた。 住居表示街区符号による旧地名の保存地名 ~保存街区「本一町・宮本町」~ 江戸時代、中山道の宿場として発達した鴻巣…
以前下記の記事で荒川区尾久町時代の痕跡を紹介したことがある。 citywalk2020.hatenablog.com 今回の探索で尾久町の新たな痕跡をいくつか発見したので、紹介しよう。 発見日 2023年4月4日 発見場所 東京都荒川区西尾久 ①荒川区尾久町二丁目三九六番地 ②荒川区尾久町三ノ二四一五 ③荒川區尾久町七丁目二二五番地 あらかわ遊園内の「一球さん号」の停留所に旧駅名と旧町名が書かれていた。 1913年(大正2年)4月1日王子電気軌道三ノ輪(現・三ノ輪橋) - 飛鳥山下(現・梶原)間開業時に荒川遊園前停留場として開業。 1939年(昭和14年)9月1日尾久町六丁目停留場に改称。 1…
近くに来たので、消滅してしまっていないか気になり、立ち寄ってみた。 どこにあったっけ? ほぼ2年振りなので、あった場所を忘れていて、少し探してしまった。 発見日 2021年2月22日(再訪日2023年4月3日) 発見場所 東京都北区上十条二丁目 あった。 無事だった。 よかった! これは町会員プレートと兼ねているようだ。 歴史 1932年(昭和7年)10月1日北豊島郡全域が東京市に編入。王子町、岩淵町の区域に王子区を設置。 1943年(昭和18年)7月1日東京都制が施行され、東京市と東京府が廃止され、東京都を設置。 1947年(昭和22年)3月15日特別区への移行のため、王子区及び滝野川区の区…
他の所では見かけたことはない。 北区栄町バージョンと言ってもいいだろう。 新たに発見したものがあるので、以前発見したものと合わせて紹介することにしよう。 ①栄町四番地 エアコンのホースの裏に隠れていた。 発見日 2023年4月3日 目撃情報があったものとちがうような。 家に帰って調べてみると、やはり、目撃情報があったものではなかった。 ということはまだあるということか。 ということで、翌日再チャレンジすることにした。 四番地は狭いエリアだ。 前日1周した時に何で見つけられなかったんだ? その理由は、発見してからわかった。 発見日 2023年4月4日 フェンス内の柱に設置されていたのだ。 それも…
「-関東大震災から100年-同潤會アパートと澁谷」展 PartⅡ
1階の見学が終わったので、2階に行ってみよう。 2階には代官山アパートの室内が再現されている。 住宅再現展示は新型コロナウイルス流行に伴い、室内に入ることを禁止してまいりましたが、令和5年3月4日より解禁と致します。ただし、感染対策として室内には触れないようお願い致します。室内に置かれた資料は、ほとんどが昭和初めの実物です。昔の資料に囲まれながら、同潤会アパートでの暮らしなどを体感して頂ければと思います。なお、室内撮影は可能ですので、記念撮影など、お楽しみ頂ければと思います。 2階図面 同潤会代官山アパート2階建て住宅 (4戸1) ※同潤会アパートの中でも代官山だけで作られた住宅タイプ 玄関ド…
福寿院の近くに来たので立ち寄ってみたら、桜が咲いていた。 発見日 2021年6月21日(再訪日2023年3月30日) 発見場所 東京都中野区本町三丁目 参道にも桜が咲いていた。 参道の途中の御影石の門柱に「東京市外」と書かれている表札が設置されている。 90年以上も前のものなので、文字が薄れてしまっている。 歴史 1889年(明治22年)5月1日町村制施行に伴い、中野村・本郷村・雑色村が合併し、東多摩郡中野村が発足する。 1896年(明治29年)4月1日東多摩郡が南豊島郡と合併し、豊多摩郡となる。 1897年(明治30年)2月1日中野村が町制を施行し、中野町となる。 1896年(明治29年)4…
下谷神社の花手水 今月のテーマは立体パンダ 浅草ドンキ ASAKUSA DONKI この建築物は株式会社ドン・キホーテが平成25年12月に建造したもので、正式名称をドン・キホーテ浅草店という。 株式会社ドン・キホーテ (英: Don Quijote Co., Ltd.) は、関東地方を中心に、日本の全国で主に総合ディスカウントス トアを展開する企業である。 浅草の街と融合した新たな施設としてドン・キホーテ浅草店を開店した。 店頭にあった超特大包丁 街区表示板風の看板 カモメとボートと桜 アサヒビール本社に映る黄金のスカイツリー 隅田川も黄金色に光っていた。 すみだリバーウォークには東京スカイツ…
2023年3月25日、あいにくの雨たったが、「金王桜まつり」が開催されているとのことだったので、金王八幡宮にお参りした。 桜は散り始めていたが、まだお花見は楽しめた。 説明板には、桜の花びらが付いていた。 渋谷三丁目5番12号 金王八幡宮 区指定天然記念物 昭和五十七年二月十八日指定 長州緋桜という種類の桜といわれ、花弁は五~七枚ですが、雄しべが花弁化したものも交じっていて、一枝に一重と八重の花が入り混って咲く大変珍しい桜です。また、一名を憂忘桜とも呼称されていたようです。この桜については、さまざまな伝承がありますが「金王神社社記」によれば、源頼朝の父義朝に仕えた渋谷金王丸の忠節をしのび、頼朝…
墨田区役所前うるおい広場の緑地内に右手を前に突き出した勝海舟の銅像がある。 訪問日 2023年2月27日 正面 後ろ姿 幕末の偉人で、生誕180年を迎えた勝海舟の銅像が、墨田区吾妻橋一丁目の区役所うるおい広場に建てられ、2003年7月21日、除幕式があった。勝海舟の子孫や募金したボランティア、区役所関係者など数百人が出席、像は墨田区に寄付された。 建立のきっかけは、鵜沢義行・日本大学名誉教授が平成11年(1999)に区教委主催で開いた「墨田区と勝海舟」講座。現在の両国で育った勝海舟について「江戸を戦火から救い、今日の東京の発展と近代日本の舵取りをした。銅像がないのは寂しい」と話した。講演後、約…
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2025年6月16日、練馬区を探索していたところ、中野区のものを見つけた。練馬区の街区表示板 その下に中野区役所の文字が。 どうしてこんなことに? 考えられるのは、 中野区で利用していた電柱を練馬区に移設した。 誰かが中野区のシールをこの電柱に貼った。 くらいかな。
汗をかきかきしながら、一山超える勢いの急坂の路地を上り下りしていると、木製電柱が立っていた。 こんなところにも木製電柱があるんだと、感心ながら観察していると、電力プレートの存在に気が付いた。 いや、実際は、木製電柱を見た瞬間に気が付いていたのだが、こう書いてしまった。 横須賀市で初めて発見した電力プレートは、やはり木製電柱に付いていた。 カンドー!! 期待も全然していないのに突然出会ってしまったら、この言葉が出るのは当然のことだ。 目撃情報もない。 たぶん。 こんな道は、迷い込まないとたどり着けないだろう。 そんなところにあったのだ。 俺は今、猛烈に感動している。 誰の言葉だったっけ? 電柱の…
ネットで「吉片」の名がある旗竿ボックスの存在を知り、探してみることにした。 所在地は書かれていないので、自分で探すしかない。 「吉片」だから、"駒込吉祥寺町"と"駒込片町"があったあたりだろうと当たりを付ける。 下記の地図に町会の範囲が書かれていた。 ここのどこにあるのだろう? でも、全域を探してもそれほど時間がかからないだろう。 問題は現存しているかどうかだ。2025年5月26日、現地調査を開始する。 すぐ見つかると思っていなかったが、本郷通りの歩道を歩いていると、ちょうど下記の地図の現在地付近にあるのに気が付いた。 下の写真だと下の方。 本駒込地域センターの真ん前。 良く残っていた! 現物…
2025年5月23日たまたま通りがかったら、「2k540 11のヒミツ」が開催されていたので、このイベントの様子をレポートすることにしよう。 その1と2 高架下も、職人のまちかつて御徒町周辺は、伝統工芸職人のまちでした。工房が多く、クリエイターが増えている地域柄を反映しものづくりの街に。見えないところに実は工房が併設されているショップも多数! 周辺の街並みとの調和昔は東西を分断する壁がたちはだかっていた。開発後は、周辺の建物となじむように小さなスケールの棟が並んでいる。 秋葉原駅本屋 その3と4 二つの高架橋が一つになって、2k540になっている山手線・京浜東北線が走る鉄骨鉄筋コンクリート高架…
神辺土建コレクション この大量な琺瑯看板のコレクションの中に旧町名の痕跡がいくつかあった。発見日 2025年4月22日 発見場所 埼玉県入間郡越生町 消えている大字名はサンズイが見えているので、「津久根」か?発見日 2025年5月5日 発見場所 埼玉県入間郡越生町小杉 "梅園"が入っているので、旧町名扱い。ここからは2025年5月5日のこと。 予定では越生駅から50分くらいで行けるはずだったが、例のごとく寄り道してしまったため、1時間半くらいかかってしまった。駅からバスを乗る選択もあったのだが、20分後だった。待ったしても、結果的にバスの方が早く着くのだが、待つのは嫌なので、歩くことにした。越…
発見日 2020年11月12日 発見場所 神奈川県横浜市磯子区杉田 ① ② 歴史 1868年(明治元年)6月17日廃藩置県により神奈川府を設置。神奈川府久良岐郡杉田村となる。 1868年(明治元年)9月1日神奈川府が神奈川県となり、神奈川久良岐郡杉田村となる。 1889年(明治22年)4月1日杉田村、森中原村、磯子村、滝頭村、岡村が合併し、久良岐郡屏風浦村大字杉田となる。 1927年(昭和2年)4月1日屏風浦村が横浜市に編入。横浜市杉田町となる。 1927年(昭和2年)10月1日区制施行、横浜市磯子区杉田町となる。 1964年(昭和39年)3月24日新杉田町を埋立編入。 1978年(昭和53年…
2025年4月10日早朝探索中に偶然発見したもの "京都市""境界キスマーク"で検索してみたところ、ヒットしないので、京都市初かもしれない。 自治体の境界と違って、見つけようとして見つかるものでもないのかもしれない。 京都市と国鉄(工マーク) 境界で石材の材質が違うのが面白い。京都市と法務局 「京都市」の"都"のフォントがユニーク。それぞれの近くにある円形の「法第14条地図」って何だ? 不動産登記法第14条第1項に基づいて作成された地図のことで、法的には「地図」と呼ばれる。これは、正確な測量に基づいて作成されており、土地の筆界(法的な境界)を示す公式なもの。 とのこと。
今回の奈良観光の目的のひとつは、橿原市今井町を散策することだった。 「るるぶ奈良」を見ていたら、「江戸時代に栄えた豪商の町 今井町」と書かれているページが目に留まった。 今井町は平成5年に全国で37番目の重要伝統的建造物群保存地区として選定された。今井町重要伝統的建造物群保存地区は、東西約600メートル、南北約310メートル、面積にして約17.4ヘクタールの規模となっており、地区内には伝統的建造物として、建築物が501件、工作物が119件、環境物件が69件あり、全国で最も多い地区となっている。 そんな町を訪ねてみたくなった。 本来は2日目に訪問する予定だったが、雨が確定していたので、1日目に訪…
大崎駅改札を出たところに展示してあった。おおさき今昔MAP 左側 01 茶室のテーマパーク「大崎苑」江戸時代、現在の北品川五丁目付近には、松江藩松平家(島根県)の江戸下屋敷「大崎苑」がありました。ここには千利休が造った「独楽庵」など11もの茶室があり、七代藩主・松平治郷(不昧公)が居を構えました。不昧公は茶禅一味を追求し、「不昧流」と呼ばれる大名茶を完成させた江戸を代表する茶人でした。 02 日本初のベアリング製造「日本精工」日本精工は、大正3年、現在の大崎に本社工場を構え、家電から人工衛星まで支えるベアリング技術を世界に届けてきました。当時の大崎は田園地帯で、隣には屠牛場と牛舎がある…
朝ドラ「らんまん」の放送(2023年4月3日から9月29日)はすでに終わってしまっているが、2025年6月9日初めて訪問。 目的は、この時期ならではの"あじさい"鑑賞。 東京都指定名勝及び史跡牧野記念庭園(牧野富太郎宅跡) 園内には人はちらほら。 所在地 練馬区東大泉六丁目34番4号 指定 今和二年三月一六日 牧野記念庭園は植物分類学の父といわれる植物学者牧野富太郎(一八六二-一九五七)が大正一五年(一九二六)から昭和三二年(一九五七)に逝去するまでのおよそ三〇年間居住し、研究の場としたところです。大正一二年(一九二三)の関東大震災を受け、牧野の採集した標本や収集資料が失われることを危惧した妻…
たばこ住所プレートと書いていたが、前回からたばこ住所看板になっていたので、継承することにしよう。 これがある歩道は何度か歩いたことがあるはずだが、2025年5月26日、今回初めてこの存在に気が付いた。 文京区では初だった。 これを取り上げている方は少ないと思うが、これはこれで、個人的には貴重なものだと思っている。 図体が大きいので、居場所がなくなり、撤去されていてもおかしくないのだが、たまにだが、新たなものを発見すると、よく残っていてくれたと愛おしくなる。 たばこの臭いは大嫌いだが・・・。
平塚市のライオンズマンションで、金色のライオン像に出会う。 正面 右側面 左側面 裏側 この色のものは初めて見るかもしれない。 色あせているように見えるが、元からこうだったのか、元は金色に輝いていたのか、 大京が手掛けている「ライオンズマンション」の第1号が発売されたのは東京都赤坂で1968年のことだった。その時には、ライオン像はなく、初めて置かれたのは、9年後の1977年で、名古屋市のライオンズマンション唐山)だった。その後は各支店ごとの判断によってライオン像は設置されたので、ライオン像も一様ではなくデザインは様々だそうだ。竣工:1988年06月撮影日 2025年4月25日 撮影場所 神奈川…
2025年5月20日は30度越えの真夏日だったので、最近買ったオニューの日傘を利用。 「入間郡坂戸町」時代の痕跡を、下の案内図付近で探察する。 無事、いくつか発見することが出来たので、その成果を披露することにしよう。 ①埼玉県入間郡坂戸町大字塚越 門から少し離れた所にあり、自分のスマホではこれが限界。②埼玉県入間郡坂戸町大字石井 ③埼玉県入間郡坂戸町大字片柳 他にも怪しいものがいくつかあったのだが、それらの表札は門からかなり離れた玄関付近に設置されており、自分のスマホのカメラでは、撮れなかった。表札は道路から見えやすい位置にないと意味がないと思うのだが、農家などではよくあるケース。望遠を使えば…
国府津駅ホームから海が見える。 ホームにあった何か。 ホームにあるのは珍しい?珍しくない?改札を出たところにあまり立派とは言えない木製の板に写真などが提示されていた。 国府津商工振興会ご挨拶日頃、国府津商工振興会をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。国府津商工振興会とは、JR国府津駅周辺広域に位置し、みかん山と相模湾に囲まれた風光明媚な土地柄で育まれた商業・ 農業・漁業・工業を営んでいる会です。古くは、大隈重信をはじめとする著名人の別荘地として愛され、また多くの神社仏閣も現存している中、昔ながらの懐かしいお店から、最近では、お洒落な飲食店がオープンしております。皆様方に足を運んでい…
一通りこの日の目的のものは収穫できたので、帰りの駅を調べてみると、都立大学が一番近い駅だった。大体いつもこんな感じだ。いつも帰りの駅は特に決めていなく、基本的には、一番近いJRの駅まで歩き、私鉄や地下鉄は利用しないことにしている。ただ、時間の関係や最寄りにJRの駅がない場合は、仕方なく私鉄や地下鉄を利用することもある。 都立大駅に向かう途中、「平町」という初めて訪れるかもしれない町域を通る。そこで、偶然、旧町名を発見! 「平町」は現存している町名だが、区名が右書きで、「區」が旧字体なので、戦前のものかもしれない。 発見日 2025年5月27日 発見場所 東京都目黒区平町 歴史 現在の平町・大岡…
北区を探索中に見慣れぬものを発見した。 ①北区郷7-5 発見日 2025年5月23日 発見場所 東京都北区中里三丁目 ネットで調べてみたところ、上のものとは違う目撃情報がひとつだけ見つかったので、探しに行くことにした。どこにあるのかわからなかったが、無事発見することが出来た。②北区郷9-1 発見日 2025年5月26日 発見場所 東京都北区田端三丁目 中央に鋲があるから基準点だと思うが、これが基準点だと書かれているものが見つからなかった。 「郷」についても調べてみたが、旧町名ではないようだし、これも? 数字からするとまだ他にもありそうだが、それぞれ付近を探して見たが、見つからなかった。
東京電力パワーグリッドがあるビルに、サッカーボールの塊みたいな彫刻が建っていた。 なんと! その前に道路元標があった。 調査不足で、その存在を知らなかった。秩父町道路原標 正面 真上 説明板 秩父町道路原標 この地点は秩父盆地の中央に位置し、古くは町名を大宮郷中町と称した。中町を南北に走ることの道路は、秩父往還または中仙道の裏街道とも呼ばれ、札所巡礼や甲州・信州への旅人の往来を見てきた。大宮郷は明治二十二年大宮町と改め、さらに大正五年には秩父町と改称し、ここに「秩父町道路原標 」が設置された。 近年道路交通事情の発展にともない原標としての役割を終えたが、中町を象徴する記念碑としてかけがえのない…
2025年1月7日、五日市街道を歩いていたところ、何かの説明書が立っていることに気が付いた。 個人の方が書かれたもののようだ。 読めなくなってしまった文字もあるが、他の方が撮ったものも参考にして、書き起こしてみた。 樹齢参百五拾年(昭和五十六年十月二十九日伐木) 武蔵国豊多摩郡高井戸村大字大前新田字北本村四百五十〇番地 尾崎家 屋敷林 この欅は、五日市街道の北側に位する尾崎家の常口に聳立して居ました。近来都市化が進むにつれて、上下水道の工事、区道の整備などによって、南側西側の二面の大事な根幹が切断され、剰え、交通量の激増による排ガス、スモッグに冒され、枯死寸前の状態に立ち至り、惜しまれて伐樹さ…
通常は上に伸びるものだと思うが、この植物は横に伸びているのが珍しいと思い、被写体対象になった。 上に伸びている葉もあるけど、根本は地面とほぼ平行になっているように見える。水路ギリギリに生えているので、そのうち水路に落ちてしまわないか心配である。撮影日 2025年5月29日 撮影場所 神奈川県横須賀市
2025年4月17日探索中にオオムラサキと大きく書かれた看板に目を奪われた。 見れるのかな? まだまだ早かった。 ここは伊藤記念公園 台田の杜という公園だった。 住所 東京都清瀬市中里六丁目66番地ほか この代田の杜は、約一万九千平方米の広さを有し、この地に先祖代々から生活していた伊藤家の長女ヨシさんが平成十七年に清瀬市に寄贈した公園です。 伊藤ヨシさんは、清瀬市みどりのモニターなどをし、植物には大変造詣が深く、この地で、晴耕雨読の傍ら、維木林や花を愛し、さらには絵画や短歌を詠むなど悠々自適の生活を送ってきました。 この雑木林をできるだけこのままの状態で保全してほしいという達っての要望に従い、…
北区堀船を探索していたところ、レトロ感あふれる案内図を見かけた。 発見日 2024年6月10日 こういうものでもスイッチが入ってしまう。 「都営住宅堀船二丁目団地」で検索するがヒットしない。 あるのに、なんで? 令和4年3月31日現在の都営住宅団地一覧には、「堀船二丁目アパート」となっていた。 だからか。 建設年度 1968面積 33間取り 2DK管理戸数 40公園にレトロな感じがする水飲み場があった。 今は56歳かな。 正面 側面 案内図を見ると遊園地もあるようだ。 気が付かなかったな。団地の外だが、今まで見たことがない標識が設置されていた。 顔が逆三角形で手があり、手を口に当て何か言ってい…
2024年6月11日、東十条駅へ向かうため、岸町二丁目に入る。 何回も歩いたことがあるし、電車からもよく見える。崖側は行き止まりの坂道や階段だらけ、その中で行き止まりではなさそうな坂があった。 行ってみよう。 突き当りの右側、先が見えない階段 突き当りの左側、先が見えない坂道(芝坂という名前らしい) どちらを行く? 帰る途中で、この日は失望感に打ちのめされていたので、どちらも上がってみる気力がわかず、道を戻る。東十条駅へ向かう階段を上ると案内板がある。 いつもは気にしないのだが、この日は見入ってしまった。さっき上ろうとしなかった坂の場所を確認する。 この辺かな?他に「八五号線予定地」と「トンネ…
いきいき浅草あじさい祭に昨年初めて訪問し、下記の記事で紹介した。 citywalk2020.hatenablog.com 紫陽花の美しさに目を奪われた昨年の感動が忘れられず、今年も早速行ってきた。 東京の最高気温は29.9℃。 東京都心では、12日午後1時39分に、最高気温30.1℃を観測し、今年初の真夏日となったが、それに匹敵する気温だった。訪問日 2024年6月15日訪問場所 東京都台東区千束3-19-6 甘茶香の大香炉 お釈迦さまの御降誕会(花まつり)で知られる甘茶は、甘茶あじさいというガクアジサイの変種から作られるお茶で、古来より健康増進の生薬として親しまれてまいりました。この香炉のお…
2024年6月10日、北区豊島を探索していたところ、大好物な古き良きものをいくつか発見した。電力プレート ①トシマ-27 ②トシマ-39 「シマ」に見えるかもしれないが「トシマ」、「ト」の一部見えている。住所プレート これも住所プレートのひとつ。 北区と番地の文字くらいしか読めなくなっているが、このタイプが残っているということは結構貴重なのだ。非琺瑯町名看板 豊島1丁目20 広告主はよく見かける「川村動物病院」。歴史 1889年(明治22年)の町村制施行時点では北豊島郡王子村大字豊島であった。 1908年(明治41年)8月8日王子村は町制施行し王子町になる。 1932年(昭和7年)10月1日王…
この辺りは探索したことがあるので、やはり以前も撮っていた。 まだ紹介してはいなかったので、改めて撮ってきたことだし、今回紹介することにしよう。 発見日 2024年6月8日 発見場所 東京都北区上中里一丁目 普通の人だったら、これを見て、太い木の棒にくっついている錆びた得体のしれないものとなるだろう。 もっともそう思ってくれるだけましで、存在自体気にしないのが一般的。 読者の方もこんなのが記事になるんかいと思っている方がほとんどだろう。 それがなるんだなあ。 書くから。ここは上中里1丁目30 車にこすられた跡や錆びだらけで痛々しい。 広告主は動物病院であることはわかるが、病院名が読めない。 以前…
2024年3月11日、探索を終え、久しぶりに水道橋駅から帰ることにした。 階段を上がると2番線ホームの左側に下記の説明板があることに気が付いた。 水道橋駅一、開業年月日 明治三十九年十月二十四日 二、水道橋の由来 神田川に架かり、三崎町と小石川・本郷と結ぶ橋であり橋上から神田川に架かった神田上水の万年樋が眺められたことから水道橋と呼ばれるようになった。この風景は江戸の名所に数えられ、「江戸名所図会」など多くの絵に残されている。 三、駅の構造物 駅の柱は、明治時代にドイツから輸入され使用後の古いレールによって組立てられている線路間の柱、ホーム上のアーチ形の柱などレールの芸術作で大変美しい。平成三…
かなり古い情報だが、駅からマンホールさんの王子町 - 路上文化遺産データベースによると王子町時代のマンホール蓋が下記の場所に残っているらしい。 ①堀船3丁目丸蓋1枚 ②十条周辺丸蓋3枚 ③王子本町2丁目丸蓋11枚、角蓋2枚 ④荒川区南千住2丁目丸蓋1枚 合計18枚。 大量だ! 見つかれば大漁だ!それぞれ現存しているか確認に出かけた。訪問日 2024年6月10、11、13日①堀船3丁目 撤去されていた! ②十条周辺 ②-1 中十条二丁目 紫陽花が咲くこの先にそれはあった(⋈◍>◡<◍)。✧♡ ジャジャジャジャーン! 2枚現存を確認。 この調子だ。②-2 十条仲原一丁目 事前にストリートビューで確…
鎌倉市になってからの小字付きの旧町名を発見した。 発見日 2024年5月23日 発見場所 神奈川県鎌倉市扇ヶ谷一丁目 前提知識がないので、扇ヶ谷今小路という町名があると思ってしまい、通り過ぎてしまうところだが、当然違和感があった。 下のアパートの紹介に現町名が書かれていたので、旧町名であることを確認できた。 扇ヶ谷と今小路の間に字が入って「鎌倉市扇ヶ谷字今小路」となる。 個人で住んでいる方はいないようだ。今小路通り 今小路通りとは・・・「新編鎌倉志」では、寿福寺門前にある鎌倉十橋の一つ「勝ノ橋」 から南行し、東側の巽荒神社前までの通りを指しています。「大日本地名辞書」には、「扇ヶ谷の谷口より南…
雨の日の翌日、紫陽花で有名な飛鳥の小径を訪問。 ひとつの花びらから雫が落ちそうになっているところを撮ったら、その中にも紫陽花が写っていた。撮影日 2024年6月10日 撮影場所 東京都北区王子一丁目
2024年6月10日の早朝、そう、歳なので目が早く覚める。 そして、スマホをひらき、前日のアクセス状況を確認する。 布団の中の日課になってしまった。 お知らせを見ると、こんな朝早くから、スターを付けてくださる方がおり、読者になっていただいた方も複数人いた。 何事だ? もしかしたら・・・。 スマホでは確認できない(できるのかもしれないが、方法を知らない)ので、少し早めに起きてパソコンに向かう。 やっぱりそうだ。 「きょうのはてなブログ」に当ブログの記事が載っていた。 右上の記事がそうだ。 今回で3回目になる。 数多くある記事の中から、細々と営業している当ブログの記事を3回も選んでくれるなんて、本…
北区中里を当てもなく彷徨っていたら、路地に入り込んでしまった。 たぶんこの辺りは探索した記憶がない。 と書いたが、いつも書いている通り、自分の記憶はあてにならない。 よく探索しているところでさえ、来たことがないと思ってしまうことがあるのだから。 そんな、来たことがあるのか、ないのかよくわからないところで、見たことのないプレートを発見した。 ということは、本当に初探索地域なのか?発見日 2024年6月8日 発見場所 東京都北区中里 税の赤い文字と東京市章のバランスがどうなのかなと思ってしまうが、そんなのは重要ではない。 東京市のものが存在していること自体が重要なのだ。 東京市と書かれているから、…
横断歩道を歩いていると、近くに警察官がいるにもかかわらず、道路に出て写真を撮っているおじさんがいた。 何を撮っているのだろう? これか。 この交差点は何回も渡っているのに初めて気が付いた。発見日 2024年6月1日 発見場所 東京都港区赤坂二丁目これは、たぶんガス灯だ。 それぞれの部分に美しい装飾が施されている。 それぞれの模様に名前があるのだろうけれど、わからない。 でも、なぜこんなところに? 周りを見回して見るがガス灯らしきものは見当たらない。 帰ってから、ネットで調べてみたが、情報は見当たらなかった。 このガス灯はいつ頃設置されたものなのだろうか? 今も現役なのだろうか?東京都小平市にあ…
東京葛西用水路散策案内 川のまるごと再生プロジェクト「川の国 埼玉」をめざして埼玉県は、県土に占める河川の面積の割合が3.9%で日本一という水辺空間を有しています。この日本一の地域資源を生かすため、県では100箇所の川の再生を進める「水辺再生100プラン」を平成20年度に開始しました。平成24年度からは、さらに市町のまちづくりと一体となり、一つの川の上流から下流までをまるごと再生する「川のまるごと再生プロジェクト」に移行し、県民誰もが川に愛着をもち、ふるさとを実感できる「川の国埼玉」の実現に取り組んでいます。越谷市、草加市及び八潮市を流れる「東京葛西用水地区」においても、各市の申請を踏まえ、こ…
PartⅠでは、入口にいたホラー感漂う「マネキンかかし」と「城島アルミ像」をメインに紹介した。 citywalk2020.hatenablog.com PartⅡではガラスケースの中に展示されている自分も含めたコアのファンしか喜びそうもないものばかりになるかもしれないが、それらをひとつひとつ紹介していくことにしよう。訪問日 2024年6月1、6日それでは、早速右側奥にあるものから紹介していくことにしよう。 ①無人島の宝 漂着物 取れる資源が限られる無人島での開拓。浜に流れ着く漂着物は、時に役立つ貴重アイテムとなる。一見ゴミに見える物でも使い道は様々で、長時間、海を漂って傷んだ結果放つその悪臭は…
2024年5月26日(日)に放送された「ザ!鉄腕!DASH!!~DASH島・電力化計画、電話プロジェクト~」で紹介されていたので、訪問してみようと思い立った。 以前も敷地の周りは探索したことがあるのだが、今まで入館したことはなかった。 思い立ったが吉日と思ったが、開館しているのが、木曜日と金曜日だけだった。北門に着く。 ここから入れると思ったが、警備員に「入口はここではなくて、次の信号を右に曲がって、まっすぐ行って、信号を右に曲がってください。」と言われる。 言われた通り進む。 ようやくたどり着いた。 随分遠回りをしてしまった。 ロスタイム10分以上か?2024年5月30日(木)初めて入館する…
を歩いていたところ、確かこの階段のどこかにカエルがいるはずだということを思い出した。登って確認してみよう。 訪問日 2023年10月5、14日 訪問場所 東京都港区赤坂五丁目 こんなところにいた。 階段の一番上から下を見下ろしたところ こちらは2022年9月27日に訪問した時に撮ったもの。 公園附近沿革案內 この公園の附近は、江戸時代、広島藩松平(本姓浅野)家の下屋敷であった。一ツ木の地名は、むかし、奥州街道がこの地を通過し、人馬の往来が絶えない。 それで人継村といったのを鎮守氷川神社の神木が一本の銀杏の大木であったことから、 一ツ木と読み改めたという説などがある。この高燥の台地には、維新後、…
すっかり忘れていたが、「田無町下向台」はすでに紹介済だった。 citywalk2020.hatenablog.com 今回、田無町時代の旧町名「上向台」を発見したので、紹介することにしよう。発見日 2024年6月4日 発見場所 東京都西東京市向台四丁目 ちょっと文字が薄くなっているが、まだましな方だ。 この薄さが歴史を物語っている。田無町下向台の記事でも記載したが、同じものを載せておこう。田無市の歴史 1878年(明治11年)7月22日北多摩郡に編入される。 1889年(明治22年)4月1日町村制施行に伴い、田無町が発足。 1893年(明治26年)北多摩郡が東京府へ移管され、東京府北多摩郡の所…
2024年5月24日、旧鎌倉町のマンホール蓋がメインくらいに極楽寺付近を探索していたのだが、駅、トンネル、木製電柱、ポストと見どころ満載で、このマンホール蓋のことはすっかり忘れてしまった。 家に帰ってから、あっ、行くの忘れた・・・と思い出す。 もっとも、どこにあるかはっきりと調査していなかったので、見つからなかった可能性もある。 ネットでは詳細な場所の情報は見つからなかったので、ストリートビューで探してみた。 所在地は確認できた。 さて、どうする? しばらくたってから再訪しようと思ったのだが、いてもたってもいられず、翌日再訪することにした。稲村ケ崎小学校が見えた。 学校名の文字がいい感じ。そろ…
日比谷公園 季節によっていろいろな花が咲くので、季節毎に訪れている。 そして、訪れると新しい気づきがあることがある。訪問日 2023年12月16日、2024年6月1日中幸門脇にあるクスノキ 中幸門 『以幸橋門舊礎建造明治三十五年六月』と刻まれているが、この門は明治35年6月の日比谷公園開園時には存在しなかったらしい。手すりがクスノキに飲み込まれていた。 このようになったのはいつ頃からなのだろうか? 自然の力はすごい。 何十年後かには完全に飲みこまれ、姿が見えなくなってしまうのかもしれない。
2024年5月28日、蒸し暑い、これからいやな季節が始まる。 代官山で所用を済ませ、恵比寿駅へ向かうため、たまたま通った代官山公園でタイル絵を発見した。 旧同潤会代官山アパート 文化湯 タイル絵 昭和2年(1927)、この地に旧同潤会代官山アパートが建てられました。アパート内には銭湯もあり「文化湯」と呼ばれ、アパートの住人だけでなく、近隣の多くの人々に利用され、親しまれてきました。このタイル絵は、昭和30年頃「文化湯」が改装された際、壁面に飾られたものです。九谷焼で、客がたくさん「来い」という願いが込められ、鯉が描かれています。長く愛され続けた「文化湯」をいつまでも後世に伝えたいと、ここに移設…