6月10日にJR東日本からリリースされた「夜行特急」構想には驚かされた。「ひたち」「ときわ」用E657系10両を種車に全個室グリーン席へ改造するというが「寝台車」でないことがミソ。イメージとして「サロンエクスプレス東京(14系700番台)」+「カシオペア(E26系)」+「サフィー...
今回はオロ14 701,昭和58(1983)年に14系座席車からの改造で誕生した欧風客車「サロンエクスプレス東京」のコンパートメント車。車内は 6人用個室5室 が設けられており「お座敷世代」の次の「ミドル層」をターゲットにした車両だった。晩年は ジョイフルトレインの整理で「お座敷...
今回は「発掘ネガ」からの1枚。昭和52(1977)年の上野駅10番ホームの光景だが気になったのが半分写っている隣の451系で普通や国電の発着の11番ホームになぜ急行という?から。調べてみると9時台に上り急行「ときわ1号」/下り急行「ときわ4号」が11番ホームから発着することがわか...
PRによると合併後の新京成線は「松戸線」となり、4月以降車両は順次京成カラーに模様替え、駅ナンバリングも京成の続番になるという。合併後のシナジー効果に期待というところだ。 キャラクターもありがとう にほんブログ村 鉄道は大勢の人が利 用す る公共の交通機関。そこでは安全性が第...
今回は103系1000番台のモハ103 1001。地下線乗入対策車の1000番台としては113系1000番台に次いでのもので、超多段式制御器CS40と自然通風式抵抗器の採用が特徴だった。地下鉄千代田線での運用はトンネル内放熱の問題から、15年程で電機子チョッパ車203系に置き換え...
今回の作品は平成4(1992)年8月、豊肥本線でのキハ185系特急「あそ」。同年7月にJR四国から20両が転入して一ヶ月後の作品。以来30年、使い勝手のよさもあって九州に馴染んでいるキハ185系もその間エンジン機関、車内アコモ更新がなされ現在も豊肥本線・久大本線系統特急、三角線「...
今回は上野発青森行の特急 鳥海。昭和57年上越新幹線開業に際して青森行特急「いなほ」の列車名を改称したもので、下り列車は上野発10:30、上越、信越、羽越、奥羽各線を経由し青森には21:13着という10時間超えの長距離列車として新幹線上野開業までの運行だった。あらためて検証して...
今回はJR東海キハ85系の中間車キロハ84形。名前のとおりグリーン席と普通席との合造車で高山線「ひだ」用として製造され、グリーン席は定員32名確保のためシートは2+2配置となっている。後に「南紀」用に誕生したキロ85形では1+2配置とグレードが上がったが定員は30名に抑えられた。...
今回は鹿児島本線時代の肥後二見~上田浦間をいく475系普通列車。この区間、九州新幹線開業によって第三セクター肥薩おれんじ鉄道に継承されているが、電化区間でありながら旅客列車は気動車によって運行されている。電化設備はここを貨物列車が通過するために維持されている形態は、西九州新幹線開...
今回は、函館山線の蘭島~余市間をいくキハ56+キハ27。国鉄時代は北海道内急行列車が行き来した函館山線も北海道新幹線札幌延伸によっての発展的廃線、バス転換というシナリオで進んでいた。ところが小樽~余市間でいえば乗務員不足に起因するところのバス転換が赤信号。更には新幹線工事の年単位...
今回の作品は、閉鎖された貿易センタービルの展望台から旧芝離宮恩賜公園を見たもの。JR浜松町駅近隣という立地の良さは、さながら都会のオアシスのようだ。手前の新幹線0系は 「こだま」。この当時(1994)は0系、100系から300系へ移行期。いよいよ270km/h「のぞみ」時代に変わ...
西武秩父線と秩父鉄道の接続駅は西武秩父駅と御花畑駅。両駅の位置関係は目と鼻の先で、新101系電車が停車しているのが西武秩父駅。一見逆走に見えるライオンズカラーの4000系が進入するのが御花畑駅2番線。池袋から寄居・長瀞方面への直通列車は西武秩父駅には停車せず渡り線を経由し乗降駅は...
国鉄時代の修学旅行用車両は、155、159、167系電車が知られているが、キハ58系列でも32両が修学旅行用(800番台)として製造されている。主に東北・九州に配置された事から都市部には縁の無かった車両だが、今回のように一般車と混成されて上京する例がみられた。列車は上野7:10発...
時はGW真っ只中、公共交通も年末年始、お盆と並ぶ恰好の書き入れ時。この時期には多くの臨時列車が増発される中、ファンの関心事は「どの車両が使われるか」ということ。注目はJR東日本の元「踊り子」の185系電車。他は元「あずさ」「かいじ」のE257系、「いなほ」のE653系、西日本68...
初めて津軽海峡を渡ったのは昭和63(1988)年。2月に青函連絡船で函館往復、GWに青函トンネルを急行「はまなす」で通過して「一本列島」を実感した。今回の作品は乗車した「はまなす」牽引のDD51形を客車から撮ったもの。連絡船を介さず青函を列車移動できたことは感慨深かった。当時東京...
国鉄特急のヘッドマークのフォントは旧「こだま」以降、国鉄書体と称される特太ゴジックをべースとした文字マークが標準だった。ところが昭和44(1969)年に信越特急「あさま」編成が田町電車区から長野運転所へ移管して以降、今回の丸ゴジックをベースにしたフォントのヘッドマークが登場、国鉄...
磐越西線の蒸機列車「ばんえつ物語」号が運行を開始してから今年で25年目を迎えるという。今回は初年度のファーストショットをアップしてみた。場所は野沢~尾登間で会津若松行きをロケハンしたが、宿泊先を五泉に確保した関係もあって高速ICから近いポイントを25000分の1の地図を頼りに探し...
今回は2001年東北新幹線「やまびこ」でスナップした車内販売のスナップ。優等列車では当り前だった車内販売も従業員不足、不採算等の理由から廃止というスパイラルは留まる事を知らない。 折りしもJR東海N700S系への個室導入が話題になっているが、どのようなサービスが付帯されるのだろう...
今回の作品は平成6(1994)年撮影のJR高山線キハ80系、キハ85系。両形式ともJR東海エリアでは高山線「ひだ」紀勢線「南紀」で活躍した特急形気動車。キハ80系は引退後4両が動態保存を前提に原形復元されたが、社の方針がリニア中央新幹線建設に注力することによって保存計画が一変、キ...
今回は東武スカイツリーライン 牛田駅を通過する東武特急スペーシァX。この特急電車は正面アップより斜め横から見た方が存在感がでてくる。すると見えてきたX形状の窓はスペシャルカー、日光・鬼怒川向き1号車にはコクピットラウンジがある。 電気連結器が謎、どういう意図があるのだろう。 ...
今回は2018年4月18日の本ブログ(https://gazosousakunin.blogspot.com/2018/04/2.html)にアップしたナロネ20 51。20系は日本車両製が0番台、日立製作所製が50番台で区分されていたが、ナロネ20は全3両中、日立製は今回の51...
本ブログの「気がつけばトップナンバー」シリーズの姉妹版が「気がつけばラストナンバー」。難しいのはその見極めで、製造中はもちろん製造中断を打ち止めか否か判断が付き難い。ここでは「裏付け」がとれるラストナンバーをアップしていく。今回は北海道で活躍したED76 500番台のラストナンバ...
中央線 大久保駅と山手線 新大久保駅は大久保通りを挟んで隣同士のロケーション。ここを望遠レンズを通してみると、圧縮効果からのゴチャゴチャ感がシュールだった。ここの景色には個性的な6扉車が合いそう・・・で撮った今回の一枚。この街の情緒さが伝わるだろうか。 今は見ることのないE231...
古いネガから発掘した昭和の画像。今回は綾瀬検車区への回送される営団7000系。出来の問題より記録した自分に感心してしまった。よくぞ撮ったりと。 現在の姿との比較を試みてみたがストックされていたのは7119編成。1番違い! にほんブログ村 鉄道は大勢の人が利 用す る公共の交通...
今回はEF65 1001号機、PF形と区分されるEF65 1000番台のトップナンバーでオリエント急行’88が日本周遊した際に撮影したもの。現在はJR貨物の中央研修センターに保管されており車籍も復活している事から次の展開を期待したい。EF65形は1号機が京都鉄道博物館で保存、50...
令和7(2025)年4月に京成電鉄と吸収合併となる「新京成電鉄」、合併後の鉄道路線名は「京成電鉄 新京成線」となり新京成のロゴ(Sマーク)以外はラインカラーのピンク、駅ナンバリングも継承される。一見安易な結果に落ち着いた背景には沿線自治体の「新京成」への愛着度が高く、改称によるデ...
いつの頃からかご贔屓の 機関車や列車のイベント等で必ず見かける「イロモノ」的ファンのことを「○ ○おじさん」と称され るようになった。その系譜は 「SLブーム」、「ブルトレブーム」といった過去の 鉄道絡みの 社会現象や、今の「○○鉄」に至るまで脈々と繋がっている。今 回の作品のE...
振り返ってみると昭和59(1984)年は例年に比べ東京も降雪日が多い年だった。今回の作品は市ヶ谷駅に進入する中央・総武緩行線103系。半逆光下では没個性の103系も存在感が出ていることに気がついた。都市部の鉄道の魅力がここにもある。あらためて思う、視野の狭さから気づきの切っ掛けを...
今回の作品は平成6(1994)年7月に浜松町貿易センタービルの展望台から撮影したもの。汐留貨物駅跡地を中心とした再開発前の光景は広々としたエリアで、地上絵のようなレイアウトはバブル破綻、国鉄民営化の副産物でもある。あれから30年、このエリアは劇的に変わった。展望台閉鎖によって定点...
3月16日に敦賀へ延伸した北陸新幹線、だが未開通区間の敦賀~新大阪間は着工見通しが立っていないという一面がある。整備新幹線着工には五条件があり 1)安定的な財源見通しの確保 2)収支採算性 3)投資効果 4〉営業主体であるJRの同意 5)並行在来線分離について沿線自治体の同意。と...
JR東日本255系9連が定期列車として銚子駅に入線するのは今日が最終日。気がつけば同社の特急車では最古参になっていた255系、明日のダイヤ改正からはE257、E259系に変更される。 改札を抜けると1番線、特急発着ホーム 房総特急伝統の9両編成 にほんブ...
うーん、見頃過ぎたか・・・が第一印象。さてどうするか? ふと思いついた一節が「梅は咲いたか 桜はまだかいな。」穏やかな日差しの中、列車を待つ喜び。 「しもうさ」号通過 にほんブログ村 鉄道は大勢の人が利 用す る公共の交通機関。そこでは安全性が第一に求められる。 撮...
新幹線500系がデビューしたのが平成9(1997)年。以来27年を経た今も現役なのは、新幹線の車両更新が15年をメドになされていることからすると異例の存在だ。その中でも大きな節目は平成22(2010)年2月28日でこの日をもって500系は「のぞみ」から撤退、編成8両化の上、山陽区...
EF55+EF58のペアは現役時代にはありえなかった事 機関車が2両連なって列車を牽引する重連運転は人気が高い。SL、EL、DLとLocomotiveならではの運行形態だが誤解されるのは今回の作品のように2両目の電気機関車のパンタグラフが降りているケース。これは直流電気機関車だけ...
古いネガに記録されていたスナップには「21世紀の森と広場」となる前の昭和56(1981)年の千駄堀が残されていた。畑や田圃が広がるエリアは子供達の遊び場でカエルやザリガニ釣りは定番。一方でヘビの洗礼も。「マムシに気をつけろ!!」はこのエリアに入る時は、誰からと無く伝えられたものだ...
「のぞみ」より速かった「あさひ」F90番台 新幹線200系の中で異端とも言える編成が北陸新幹線乗り入れ用F80編成と275km/h運転対応のF90~93編成。いずれも在来車からの改造でF80編成は’98長野五輪輸送対応で長野駅乗り入れのため50/60Hz周波数切替装置を備えたのが...
今日は63回目の誕生日。品物は勿論のことお祝いメールだけでも嬉しいもの。「63」が付番された車両として思い浮かんだのは国鉄EF63形電気機関車。碓氷峠越えの補助機関車として製造され、北陸新幹線長野開業と同時に碓氷線と共に役目を終えたその生涯は「シェルパ」に相応しいものだった。昨年...
今回はボツフィルムからの発掘した作品。テーマはホーム上からいつの間にか消えた「飲料水」。長らく会社員や学生の喉を潤してきたその役目は自販機が担うようになって久しいが、あらためて振り返ってみると、ここはどこのホームかが気になった。調べてみると忘れかけていた過去の記憶を呼び戻してくれ...
保管されているネガカラーフィルムを探ってみると意外な発見がある。気がつけば「気がつけばトップナンバー」というカテゴリーが出来る程、「1」に拘ったカットが出てきた。今回は583系のクハネ583-1。まさか高校の頃の作品を復旧できたのはデジタル技術のなせる技。さて次は何をリマスタリン...
今回の作品は客車最前部から見たEF81形電気機関車。車体を濡らす雨粒が青森までロングランする「北斗星」運用の緊張感を高めている。客車列車の存続が危ぶまれている昨今、記録はお早めに。 尾久車両センターのEF81、唯一の旅客仕業「カシオペア紀行」。 ...
JR北海道のPRによると来月のダイヤ改正で石北・釧網線の国鉄形気動車キハ40、54両形式がH100形に置換えられるということ。H100形は電気式気動車というカテゴリーでディーゼルエンジンで発電した電力をVVVFインバータ制御で誘導モーターを駆動させる仕組み。共通設計のJR東日本の...
一枚の写真が語る事、サロ165形のトップナンバーが田町電車区(南チタ)に配置されていたとは意外だった。調べてみると新製配置は新潟運転所(新ニイ)で非冷房のまま上越線急行「佐渡」系統に充当されたが後に冷房付サロ165に置き換えられ南チタへ転属している。ひっかかるのはこの入れ替え劇、...
今回のクハ165-57号車は数奇な転属を繰り返した車両、新製後暫定配置された三鷹区から 1)松本区→2)新潟区→3)松本区→4)大垣区→5)松本区→6)新潟区→7)三鷹区→8)新前橋区と辿っている。松本区は中央東線「アルプス」系統、新潟区は上越線「佐渡」系統、大垣区は東海道線「東...
園内に咲く梅を活かしつつ通過する「四季島」を撮るとジャマ・・・いやジョギングをするランナーが構図に入ってくるではないか。一瞬やられた!と思ったがコロナ明け?初の春を楽しむギャラリーがいた方が納まりがいいことに気がついた。ここまでは結果オーライ。誤算は、まさかこの後カラダにトラブル...
今朝は久々の雪化粧。今回のポイントでのデジタルカメラ撮影は初めてのこと。ピントあわせに頭を悩ませているうちにラッピング広告電車が通過。タイミングよく京葉ガスの広告が中心に入った。道路の雪が溶けているのはガスヒーティングのおかげ・・・のオチなら面白かったのだが残念。明日アイスバーン...
今回の「赤い485系」は会津のマスコットキャラクター「あかべぇ」をモチーフにしたオリジナル塗装。観光キャンペーンと絡めて運行されたのは平成18(2006)から23(2011)年までで、好き嫌いはあったが雪の中での警戒色として赤色は有効だったことから概ね好評だった。この「あかべぇ...
マスクなしで公園を散策する人を見ると、コロナ騒ぎで緊張感が漂っていたここ数年とは違うことが実感できる。小春日和を思わせる陽射の中を切り取ってみると今シーズンは暖冬なのか?と錯覚してしまう。まだ2月、寒の戻りはこれからだ。 いつもの光景、E231系通過 にほんブ...
JR東日本「TRAIN SUITE 四季島」の冬季1泊2日コースの運行が、1月から始まっている。行程は令和2(2020)年から5シーズン連続で鹿島神宮を目指すルート。毎土曜の日中に常磐、武蔵野、京葉、総武、成田、鹿島の各線を運行する「四季島」だが、年々沿線のギャラリーが少ないのが...
古いネガを発掘していると意外な発見があるもの。今回は昭和50年にスナップした181系「あさま」。中学時代のネガフィルムをデジタルソフトで復活させた成果物を検証するとクハ181-1(元クハ26001)であることがわかった。決め手となったのは次の3点1)ボンネット側面下部の通風スリッ...
自分のすぐ傍を電車が通っているかのような構図。かつてのコルゲート、ビードが目立ったステンレス車体とは異なり新京成N800形のフラットな外板は「日車式ブロック工法」によるもの。同一設計の京成新3000形のカラーリングと比べてもCIによる個性的な「ピンクの新京成」の認知度は高い。合併...
あってはならないトラブルが起きてしまった。昨日発生した上野~大宮間の架線トラブルに関する重大なインシデント、感電事故に遭われた作業員の方が大事に至らないことを願うのみだ。「交流25000ボルト下での作業」という素人からみても理解し難いことがなぜ発生したのか調査結果が待たれるが「何...
現在、JR武蔵野線にはE231系が34編成と209系500番台(以下500番台と称す)が11編成配置されている。両形式の外観上の見分けは前面のFRPカバーの色が異なる程度だが、メカ的にはE231系が車両機器の制御が情報管理システムによってなされている第二世代に対し、500番台はE...
JR東日本では令和4(2022)年10月からの組織改正によって令和5(2023)年の新造車から車体の所属表記が省略されている。趣味的には区名と略称の関連が面白く、クイズにもなりそうな例もある。首都圏本部の「都ハエ(川越車両センター:埼京)」「都ヤマ(小山:宇都宮/高崎)」「都マト...
京成電鉄1月の目玉列車が「成田山開運号」。土日祝祭日にAE形で運行される有料特急だが時刻案内では「シティライナー○○号」とされており一度廃止された「シティライナー」の愛称がこの時期だけに復活するという珍列車でもある。京成本線をいくAE形は「モーニングライナー」「イブニングライナー...
新京成恒例の干支マーク電車、今年は県立鎌ヶ谷高校とのコラボ作品で15日まで運行されている。デザインは辰年に因んだ龍で中々の力作。PRのとおり2025年京成に吸収合併されると干支電車はどうなるのだろう。こころなしかヘッドマークを装着した編成が増えたような・・・。 松戸方マーク ...
昨年11月から運行されている新京成「ドリームトレイン2023」。0歳から12歳の夢を描いた作品が掲示されている微笑ましい列車。今月末までの運行とのことで「くぬぎ山のタヌキ」のヘッドマークが目印だ。 ドリームトレインには8800形が活躍 にほん...
特急 加越が誕生したのは昭和50(1975)3月新幹線 博多開業によるダイヤ改正で、湖西線がメインルートとなった北陸方面へ東海道新幹線とリンクした米原起点の特急として新設されたもの。編成は当時では異例の7両(内1両グリーン車)で金沢区をベースに名古屋特急「しらさぎ」の補完的な役割...
地上19番線は昭和58(1983)年に撤去。後に新幹線ホームに命名されている。 今年最後のブログは埋もれていたネガから発掘した作品で昭和55(1980)年上野駅19番線に到着した583系 5014M ゆうづる12号。昼夜運行が使命であった583系はこの後車両基地で寝台から座席へ転...
毎年冬至過ぎの楽しみのひとつが、最寄の駅ビルからの撮影。スカイツリーと富士山がシルエットになる日没を待っているとうっすら富士山の頂上が見え始めてきた。これで良し。今年はいろいろなことがありすぎた。 少し空をレタッチで強調している。 にほ...
今回の作品は、東武野田線を行く復刻カラー8000系。このツートンカラー、正式にはロイヤルベージュ、インターナショナルオレンジと称するそうで昭和49(1974)年からセイジクリーム一色化が始まるまで「東武の色」として知られていた。この編成は、東武博物館保有の動態保存車6両で野田線に...
今回の作品は平成21(2009)年3月に運行された「リバイバルさくら」号。リバイバルの名に相応しく、14系寝台車8両が長崎本線を行く姿は東京と長崎を直通したブルトレ全盛期の「さくら」「みずほ」を彷彿させた。6両程度の九州内特急と比べると「東京へ直通する列車」として格の違いがあった...
何かと問題提起されるJR「みどりの窓口」の存廃問題、ターミナル駅の上野駅で見かけた光景をみると「簡単に」はいかないことがうかがえた。「自動券売機」はシンプルな切符には対応できるが、「割引」「払い戻し」「列車変更」といった応用に弱く、有人窓口の補完にはなるが1本立ちには・・・国鉄時...
前回の更新(11月19日)から1ヶ月経過しているのは、母の死去以降どうにも原稿を作る気にならなかったからに他ならない。母は学生時代、鉄道写真に対してのアドバイスをくれた一人でこれ以降「鉄道に興味のない人にも伝わる」写真を意識するようになった。今で言うメンターの役割をしてれたと気が...
葬儀のBGMに使われた曲が「千の風になって」。秋には光になって、冬にはダイヤになって、朝には鳥になって、夜には星になって・・・見守ってくれるだろうか。 ♪ 千の風になって あの大きな空を吹きわたっています ♪(再掲) ...
国鉄時代の119系電車は、京浜東北線のスカイブルー(青22号)をベースに白帯というカラーリングで登場した。白帯は省力化のため塗装ではなくテープ貼付けとしたことから、運行開始後「イタズラ(テープはがし)」のターゲットとなり、非冷房車のため二段サッシの下段が開放できたことや列車行違い...
ネガシートに埋もれた記憶、今回は昭和60(1985)年と平成24(2012)年の有楽町の推移を探ってみた。残念ながらモノクロはマリオンから、カラーはイトシアのテラスからと同一地点ではないが定点を探してみると「読売会館」屋上にある3個の空調機が残っておりこれを定点とすると差異がわか...
予てより加療入院中だった母 繁子が11月14日12:25他界いたしました。享年89歳。添付は2006年最後の家族旅行のスナップ。この時は母方の墓参りを兼ね伯父共々、別所温泉経由で長野市内へ向かっている。・・・「母ロス」、しばらくダメージが残りそうだ。 長野へは北陸新幹線「あさま」...
路面電車には生活の薫りがある。構図を模索していると下校帰りの学生に遭遇。危なっかしいよりも楽しさの方が勝っているようだ。ああ青春オンザロード。 二人乗り?野暮なことは抜きにして・・・ にほんブログ村 鉄道は大勢の人が利 用す る公共の交通...
今回はデジタル処理の恩恵で救えたモノクロ写真のエピソード。 平成元( 1989)年12月、「鉄道友の会」エバーグリーン賞を受賞したC623号機による記念 列車を撮影した際、 モノクロフィルム(トライX)装填したメインカメラに 絞りが作動しないというトラブルが発生した。結果、撮...
路面電車が好きだ。 今回の作品は昭和52年の京都市内でのスナップ。修学旅行中に撮った一枚で「智癪院」と古ぼけたプリントに書かれていた。今検証してみると「東山七条」の電停や交差点を見る限り間違いなさそうだ。因みに22系統を行く1900形は、市電廃止後広島電鉄に移籍し第二の車生を過ご...
今回の作品は、東武スカイツリーライン撮影の定番ポイントで北十間川にかかる枕橋から見たもの。ここへは以前に訪れた際は浅草あるいはとうきょうスカイツリー両駅からの徒歩移動だったが、今回はJR、京成金町から都バスで移動してみた。目指す枕橋へは本所吾妻橋のバス停から徒歩数分で到着でき、更...
この作品は、小湊鉄道 光風台駅手前の養老川付近を行くキハ40。雲の形が面白かったので大きく空を取り込んでいる。フィールドにいると雲には一喜一憂させられるが、思い出深いエピソードは「雲の誕生」を見たこと。「ほらほら、あれを見てください。雲の赤ちゃんですよ!」と言われるまではまったく...
今回の「ほぼ対(比)」は、ネガフィルムに残っていた昭和55(1980)年、国鉄松戸駅2番線からのスナップがきっかけだった。これと40年後「ほぼ同一」構図で比べて見るとホーム上のゴミ箱、灰皿、広告、発車時刻掲示の他にホーム高さが違っている事に気がつく。国鉄時代の規定では「電車」列車...
上野駅11,12番線に6月20日にオープンした「セルフ 駅そば」。無人店舗と90秒で提供するというのが売りのようで昔にドライブインなどに存在した「うどん自動販売機」の進化版といったところだろうか。しかし値段の高さも然ることながら「90秒は長い!」と感じるのは私だけだろうか。「セル...
「来たよ!エックス!!」と浅草めぐりの「ご老人一行」が本所吾妻橋のポイントから叫んでいた先には33年ぶりの東武フラッグシップトレインの「スペーシア X」。先代から「スペーシア」の冠を受け継いだ次世代の東武特急車N100系は、スカイツリー効果でオシャレになった浅草界隈が織り成す近未...
今回の作品は、 京成から平成15(2003)年までリ ースされていた 北総鉄道7050形。 元は京成3150 形(初代)で、これ以降京成から北総鉄道へは3200形、3300形、3700形がリースされている。現在も 3700形は3編成が北総へ1編成が千葉ニュータウン鉄道にリースさ...
友人、知人との思い出話で盛り上がる旅のキーワードに夜行&寝台列車体験がある。決して快適とは言い難い狭いスペースで寝苦しい一晩過ごした行程も「旅情とロマン」と言うオブラートに包むと「よき思い出」になる。特に食堂車やロビーカーのような「共用スペース」がある列車でのヒトトキは「旅は道...
タレントとのタイアップ企画で禁物なのはスキャンダル。今、京成では2019年から「京成王子」として起用されているタレントが所属している芸能事務所問題への対応が注目される。今回はタレント自身に起因するスキャンダルではないことから現在の契約を打ち切ることはなさそうだが、一企業としての姿...
振子式電車381系は中央西線のために製造された車両。ロケーションの良いポイントで列車を待つとちょうど長野行「しなの」が通過・・・よし!OKかと思ったのも、先頭車が貫通ホロ剥き出しとわかった瞬間、意気消沈。当時、381系短編成化で改造グリーン車が連結された長野方先頭車は読み難かっ...
4年ぶりに8月恒例の東京総合車両センター一般公開イベントが開催された。事前予約制ではあるが参加費用無料というのが、他の有料車両撮影イベントと異なるところで純粋に工場見学できる絶好の機会でもある。その中で個人的に興味深いものが主電動機のカットモデル。今回は10年前の展示だが、MT5...
今回の作品は国鉄24系25形オハネフ25 100番台と200番台の連結部。似たように見えるが双方共コストダウンの工夫がなされている。まず右の100番台は12系以来の緩急室部の妻面の形状がフラットになった。更に左の200番台では50系客車と同様な三面の折妻形状になっているが乗務員室...
今回の「ビアステーション焼津」は民営化後の1987年に国鉄清算事業団のEF65+オハ47+ナシ20+オハ47+車掌車をブルートレイン風に模様替えした後、設置されたもの。国鉄時代から客車等の廃車体を再利用してのレストラン、列車ホテルは各地でみられたが、長続きしているのは稀で、特に屋...
今回の715系は平成4(1992)年のクリスマスに青春18きっぷで札幌へ向かったときに黒磯駅で撮ったもの。当時の黒磯駅は交流直流の電源切替を地上で行う駅だったため、構内に直流車と交流車が同居するという光景がみられたものだ。平成30(2018)年電源切替を車上切替に変更してからは、...
令和5年の夏の暑さは災害クラスだそうだ。雨雪風による災害は時に地域に大きな傷跡を残すが、暑さは直接被害は少ないにしろ「ステルス」的にじわじわと人体に効いてくる。この目に見えにくいダメージを表現できないか・・・で撮影したのが今回の作品。皆さんの今年の夏を象徴するのはどのようなシーン...
今後波紋が広がっていくであろう出来事が、東海道新幹線「のぞみ」「ひかり」でのワゴン販売廃止。「こだま」では既に車内販売は廃止されているのでその流れとして自然な動きなのだろうが、 肝心なことは「 廃止は乗客が望んでいる」ことかということ。 リニア開業後を見据えた準備という意見もある...
今回の作品は昭和57(1982)年8月に銚子電鉄を訪れたときのもの。往路は銚子駅から外川駅まで乗車したが、帰路はロケハンを兼ねて沿線を歩いている。炎天下の中、本銚子駅付近の踏切で301形を見送ると保線作業再開。列車の合間を縫っての作業には頭が下がる。ヤラセのない光景は記録する価値...
長らく吹田総合車両所に保管されていたクハ117形の1号車が京都鉄道博物館の保存車両に加わった。運用が終了した直後の117系「殿堂入り」、保存に際して「シティライナー」の愛称で阪急・京阪・阪神と競った「新快速」時代に復元されているのは「専用」車たる所以か。117系はJR東海のリニア...
今回の銚子電鉄デハ701は昭和57(1982)年に撮影したもの。前後の前面が違うという珍車だったので、とっくに廃車になっていると思い込んでいたが、平成22(2010)年まで在籍ののち翌年にはポッポの丘に搬入されている。最近、話題になっているいすみ市のポッポの丘、ここには色は変われ...
7月15日に災害から全線復旧した南阿蘇鉄道。今回のMT-2000形トップナンバー「しらかわ」号は、昭和61(1986)年国鉄高森線から第三セクターに移行した際に導入された新車で「SLあそBOY」撮影の合間にカメラを向けている。記録を見るとトップナンバーは復旧後の路線を走ることなく...
今回は24系24形のA寝台車オロネ24形。レイアウトはプルマン式開放寝台でその発端は昭和23(1948)年製造のマイネ40形に遡る。このプルマン式レイアウトは日本に合っていたようで客車では先のマイネ40形以降マイネ41、オロネ10、ナロネ21,22、オロネ14、そしてオロネ24ま...
今回の作品は昭和50(1975)年3月ダイヤ改正時に「 出雲」が24系客車に置き換えられた際、緩急車オハネフ24形を撮ったもの。同時期に24系化された「富士」「はやぶさ」の13両に対して「出雲」は11両と2両短い分撮りやすかった。この2両の差が二段ハネ化する昭和51年では 「富士...
浜田・出雲市行「出雲」は24系に置き換えられた際、電源車カヤ24形が充当された列車だった。外観的には白帯を巻いていたことから客車と調和がとれていたことで人気があった。車番9と10が「出雲」用として大ムコから南シナへ転入したが翌年には盛アオへ移動することになることを知ってか知らずか...
新京成線 みのり台駅近くにある踏切傍にある交通事故慰霊碑、献花がなされているのはお盆が近いことも関係しているのだろうか。因みに13日から15日までが新盆だ。 バッチリ、日除け対策 にほんブログ村 鉄道は大...
一見すると「危険エリア」から撮ったものに見える今回の作品。実は鉄道柵の隙間の「安全」なエリアから撮っている。コンデジでも工夫次第で作品レベルに仕上げられる。大事なのはその場で自分がどう感じたのかということ。それこそ個性。 広告の可...
金太郎伝説は足柄山から始まるが、JR貨物の金太郎EH500形は1997年仙台から始まった。国鉄EH10形以来久方ぶりのEH機は現在全82機が仙台と門司に配置され、交流50&60Hz区間とも対応できる三電源方式機関車の特徴を活かし門司分は関門トンネル区間と九州内で運用、一方仙台分は...
振り子車両の見せ場はカーブを通過するところ。381系の自然振り子式ではゆっくりゴロンと傾いていき、ゆっくりと揺り返すことから、ロケハンではS字となる連続カーブを探す。車両から見つかるポイントというのもある。狙いがしっかりしてくるとそれなりの成果はついてくるものだ。 ...
国鉄時代の優等列車は原則、編成両数は繁閑に関わらず固定されていた。その概念が変わり始めたのが昭和59(1984)年、所定のフル編成から閑散期は計画的に減車され実態に合わせた編成に変わった。更に民営化後は減車した編成が基本両数になり多客期、繁忙期に増結する運用となり、今回の「しなの...
今回は中央東線 長坂~小淵沢間の通称: 長坂カーブをいくE351系「スーパーあずさ」。背景に山を配することで中央線らしさを表現できる有名なポイントだが、 列車は正面がちに見るため ヘッドマークの有無で印象が左右される。特に現行のヘッドマークがないE353系「あずさ」では「お手本と...
マヤ検とは軌道検測用事業客車マヤ34形を使った検測列車で、機関車に牽引されて定期的に軌道の状態をチェックする。軌道検測車両としては東海道・山陽新幹線「ドクターイエロー」が有名だが在来線では世代交代がなされて、JR東日本「East-i E、D」 、JR東海「ドクター東海」、JR西日...
暖かな陽射しを受けての語らいは微笑ましい。スナップは、ヤラセではない自然な表情が作品を決定する。 絞り開放のボケ味が決め手になった。 にほんブログ村 鉄道は大勢の人が利 用す る公共の交通機関。そこでは安全性が第一に求められる。 撮影は鉄道会社...
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6月10日にJR東日本からリリースされた「夜行特急」構想には驚かされた。「ひたち」「ときわ」用E657系10両を種車に全個室グリーン席へ改造するというが「寝台車」でないことがミソ。イメージとして「サロンエクスプレス東京(14系700番台)」+「カシオペア(E26系)」+「サフィー...
今回は京成カラーに衣替えした元新京成8800形。今のところ唯一の新塗装編成なので沿線にはカメラマンが・・・ところが誰もいない。コンサバ的なカラーリングは、良くも無く、悪くも無くという評価が分かれるが、以外と8800形に似合っているように思うのは私だけだろうか。 ...
今回の作品は元新京成N800形をコンデジ(GR-DⅡ)のスクエアサイズで撮ったもの。引き付けながらカメラを軽く動かしている。カメラの液晶モニター越しに見ただけではわからなかったが、PCに取り込んでみるとそこそこのクオリティが出ているのには驚いた。京成カラーになる前のピンク列車の勇...
今回は京成上野駅でのスナップ。相変わらずチケット購入の列は続くが、気になるのは次発13:00発のスカイライナーに間に合うのかということ。こういう時、頼りになるのはスマホ情報か動物的カンで乗変?要は臨機応変、融通が効くかどうか。旅先のトラブルやハプニングも時が経てば笑い話になる。 ...
今回は長期ストックしていた荷物に残されていたスライドで、小岩菖蒲園で撮影したもの。 なぜボツ扱いにしたのか、今の視点で振り返ってみると・・・わからない。当時は菖蒲にピントを合わせた方が良かったという判断だったのだろうが、とにかく救い出せた事に感謝だ。更に驚いた事は、決して良好な保...
行先表示がLED表示になって多言語による案内が増えてきた。今回の京成上野駅は日本語、英語、中国語、韓国語と忙しく表示が変わっているが、JR東海では日本語と英語のみの表示に留まっている。会社方針の違いといえばそれまでだが、インバウンド需要に対してのサービスのあり方として興味深いとこ...
今回はオールドカメラと期限切れネガネガカラーの組み合わせ。デジタルが一世風靡している昨今ではある意味「風変わりな」アプローチでの作品。カメラはYASHICA35 f2.8という レンジファインダー機でレンズは45ミリF2.8。聞くところによると木村伊兵衛氏がアサヒカメラ誌上で「レ...
いすみ鉄道の4/14付HPでキハ52形気動車が引退することがリリースされた。JR西日本 大糸線からいすみ鉄道へ転入した老雄キハ52、振り返ってみれば東日本大震災が発生した2011年のGWから運行開始して昨年まで「全般検査を迎えない」よう休車をかけて延命してきたいすみ鉄道の企業努力...
「鉄道ジャーナル」最終号、最後までジャーナルらしさを貫いたのは見事だった。久々に手にした印象は文字が多いなあ・・・だったが。 締めくくりはN700S にほんブログ村 鉄道は大勢の人が利 用す る公共の交通機関。そこでは安全性が第一に求められる。 撮影は鉄道...
京阪本線 古川橋駅に下車すると飛び込んで来たのが木製の腰掛。素材も然ることながら、とにかく長い。座ると腰の収まりがいいので、自然とお行儀良くなるという訳だ。こういう発見は気持ちに余裕ガあってこそ。あくせくしていては見落としてしまう。 この腰掛の満席状態を見たくなる ...
今回のJR東日本415系1500番台は、国鉄末期の軽量ステンレス車体、ボルスタレス空気バネ台車等一見211系風だがメカ類は415系というユニークな車。その中でも民営化後に製造された最終ロット(1524-1531)では交流60Hz区間に入線しないことから主変圧器を50Hz専用へ変更...
3月のダイヤ改正でひっそりとフェードアウトしたのが横須賀・総武快速線のE217系。サヨナラ運転や惜別イベントも無く運用から離脱するのが近年の流行なのだろうか。大袈裟なセレモニーで見送られるより、普段着のまま去っていく。そういう去り方も悪くない。 伝統のセミクロス席もE217系で終...
3月のダイヤ改正で函館本線 函館―長万部間からキハ40形気動車の運行が終了した。国鉄末期(1977~82)から、道内各地に酷寒地仕様車(100番台)150両が投入され普通列車の体質改善に貢献したが経年による陳腐化、老朽化は如何ともしがたいというところだろう。今回の作品は、平成22...
忘れられていた作品たち。これらは2010年デジタル一眼レフの習熟運転を兼ねてカバンに忍ばせていたカメラで撮ったもの。地元の人からは見慣れた車両も関東人からは眩しく、これ地域の特性と思えば興味がわいてくる。一撮影終えてから仕事モードに。この当時、作品の出来如何は良き動機付けとなって...
陸上自衛隊松戸駐屯地の桜並木は、新京成時代から有名なスポット。だが令和6年と7年を比べてみると一目瞭然、花のボリューム感は枝の伐採によって失われているではないか。これはしたり。昨年、記録して良かった・・・。 R7.3.31撮影 R6.4.10撮影 にほんブログ村 鉄道は大勢の...
JR東日本からE26系客車が6月に引退することがPRされた。上野-札幌間の寝台特急「カシオペア」として運行されていたのが平成28(2016)年3月まで、以後は団体臨時列車「カシオペアクルーズ」「カシオペア紀行」のツアー列車として東日本管内を周遊していた。引退理由は車輌老朽化もさる...
3月20日過ぎに見頃を迎えた河津桜を観れるとは、こいつぁ春から縁起がいい。背景の電車は「いつもの」がいい。そのオチは「E231系」。これでいい。 「列車」と「電車」でいうと通勤形は後者、 国鉄時代は「国電」。 今、総合...
全廃が伝えられていたJR東日本の電機のうち、EF64が1両、EF81が4両がダイヤ改正後も残るという噂が飛び込んできた。「役目が残っている」という理由だそうだが、具体的には首都圏向けの新製電車の回送、廃車の回送,そして「カシオペア紀行」等の団体列車牽引が主になると推測される。双頭...
宗谷本線の抜海駅が15日のダイヤ改正で廃止される。鉄道ファンからは利尻富士が眺める252.5キロポスト付近の駅として有名だが、1日の乗降人員は1名程度では廃止も止むなしというところだろう。残念なのがJR側がこの駅のホーロー製駅名票を撤去していること。そこには廃止予定駅から看板類等...
JR東日本のHPによると東北新幹線の連結運転が14日から順次再開するという。半年に2回繰り返されたインシデント(Incident)が解決しない状況での2度目の「応急処置」。これで安全の担保ができるのだろうか。「安全神話」を過信してはいけない。14年前の3月11日の教訓を忘れていな...
今回はオロ14 701,昭和58(1983)年に14系座席車からの改造で誕生した欧風客車「サロンエクスプレス東京」のコンパートメント車。車内は 6人用個室5室 が設けられており「お座敷世代」の次の「ミドル層」をターゲットにした車両だった。晩年は ジョイフルトレインの整理で「お座敷...
今回は「発掘ネガ」からの1枚。昭和52(1977)年の上野駅10番ホームの光景だが気になったのが半分写っている隣の451系で普通や国電の発着の11番ホームになぜ急行という?から。調べてみると9時台に上り急行「ときわ1号」/下り急行「ときわ4号」が11番ホームから発着することがわか...
PRによると合併後の新京成線は「松戸線」となり、4月以降車両は順次京成カラーに模様替え、駅ナンバリングも京成の続番になるという。合併後のシナジー効果に期待というところだ。 キャラクターもありがとう にほんブログ村 鉄道は大勢の人が利 用す る公共の交通機関。そこでは安全性が第...
今回は103系1000番台のモハ103 1001。地下線乗入対策車の1000番台としては113系1000番台に次いでのもので、超多段式制御器CS40と自然通風式抵抗器の採用が特徴だった。地下鉄千代田線での運用はトンネル内放熱の問題から、15年程で電機子チョッパ車203系に置き換え...
今回の作品は平成4(1992)年8月、豊肥本線でのキハ185系特急「あそ」。同年7月にJR四国から20両が転入して一ヶ月後の作品。以来30年、使い勝手のよさもあって九州に馴染んでいるキハ185系もその間エンジン機関、車内アコモ更新がなされ現在も豊肥本線・久大本線系統特急、三角線「...
今回は上野発青森行の特急 鳥海。昭和57年上越新幹線開業に際して青森行特急「いなほ」の列車名を改称したもので、下り列車は上野発10:30、上越、信越、羽越、奥羽各線を経由し青森には21:13着という10時間超えの長距離列車として新幹線上野開業までの運行だった。あらためて検証して...
今回はJR東海キハ85系の中間車キロハ84形。名前のとおりグリーン席と普通席との合造車で高山線「ひだ」用として製造され、グリーン席は定員32名確保のためシートは2+2配置となっている。後に「南紀」用に誕生したキロ85形では1+2配置とグレードが上がったが定員は30名に抑えられた。...
今回は鹿児島本線時代の肥後二見~上田浦間をいく475系普通列車。この区間、九州新幹線開業によって第三セクター肥薩おれんじ鉄道に継承されているが、電化区間でありながら旅客列車は気動車によって運行されている。電化設備はここを貨物列車が通過するために維持されている形態は、西九州新幹線開...
今回は、函館山線の蘭島~余市間をいくキハ56+キハ27。国鉄時代は北海道内急行列車が行き来した函館山線も北海道新幹線札幌延伸によっての発展的廃線、バス転換というシナリオで進んでいた。ところが小樽~余市間でいえば乗務員不足に起因するところのバス転換が赤信号。更には新幹線工事の年単位...
今回の作品は、閉鎖された貿易センタービルの展望台から旧芝離宮恩賜公園を見たもの。JR浜松町駅近隣という立地の良さは、さながら都会のオアシスのようだ。手前の新幹線0系は 「こだま」。この当時(1994)は0系、100系から300系へ移行期。いよいよ270km/h「のぞみ」時代に変わ...
西武秩父線と秩父鉄道の接続駅は西武秩父駅と御花畑駅。両駅の位置関係は目と鼻の先で、新101系電車が停車しているのが西武秩父駅。一見逆走に見えるライオンズカラーの4000系が進入するのが御花畑駅2番線。池袋から寄居・長瀞方面への直通列車は西武秩父駅には停車せず渡り線を経由し乗降駅は...
国鉄時代の修学旅行用車両は、155、159、167系電車が知られているが、キハ58系列でも32両が修学旅行用(800番台)として製造されている。主に東北・九州に配置された事から都市部には縁の無かった車両だが、今回のように一般車と混成されて上京する例がみられた。列車は上野7:10発...
時はGW真っ只中、公共交通も年末年始、お盆と並ぶ恰好の書き入れ時。この時期には多くの臨時列車が増発される中、ファンの関心事は「どの車両が使われるか」ということ。注目はJR東日本の元「踊り子」の185系電車。他は元「あずさ」「かいじ」のE257系、「いなほ」のE653系、西日本68...
初めて津軽海峡を渡ったのは昭和63(1988)年。2月に青函連絡船で函館往復、GWに青函トンネルを急行「はまなす」で通過して「一本列島」を実感した。今回の作品は乗車した「はまなす」牽引のDD51形を客車から撮ったもの。連絡船を介さず青函を列車移動できたことは感慨深かった。当時東京...
国鉄特急のヘッドマークのフォントは旧「こだま」以降、国鉄書体と称される特太ゴジックをべースとした文字マークが標準だった。ところが昭和44(1969)年に信越特急「あさま」編成が田町電車区から長野運転所へ移管して以降、今回の丸ゴジックをベースにしたフォントのヘッドマークが登場、国鉄...
磐越西線の蒸機列車「ばんえつ物語」号が運行を開始してから今年で25年目を迎えるという。今回は初年度のファーストショットをアップしてみた。場所は野沢~尾登間で会津若松行きをロケハンしたが、宿泊先を五泉に確保した関係もあって高速ICから近いポイントを25000分の1の地図を頼りに探し...
今回は2001年東北新幹線「やまびこ」でスナップした車内販売のスナップ。優等列車では当り前だった車内販売も従業員不足、不採算等の理由から廃止というスパイラルは留まる事を知らない。 折りしもJR東海N700S系への個室導入が話題になっているが、どのようなサービスが付帯されるのだろう...
今回の作品は平成6(1994)年撮影のJR高山線キハ80系、キハ85系。両形式ともJR東海エリアでは高山線「ひだ」紀勢線「南紀」で活躍した特急形気動車。キハ80系は引退後4両が動態保存を前提に原形復元されたが、社の方針がリニア中央新幹線建設に注力することによって保存計画が一変、キ...
今回は東武スカイツリーライン 牛田駅を通過する東武特急スペーシァX。この特急電車は正面アップより斜め横から見た方が存在感がでてくる。すると見えてきたX形状の窓はスペシャルカー、日光・鬼怒川向き1号車にはコクピットラウンジがある。 電気連結器が謎、どういう意図があるのだろう。 ...
今回は2018年4月18日の本ブログ(https://gazosousakunin.blogspot.com/2018/04/2.html)にアップしたナロネ20 51。20系は日本車両製が0番台、日立製作所製が50番台で区分されていたが、ナロネ20は全3両中、日立製は今回の51...