ものがたりジャンキーの主婦が今まで読んだなかで面白かった小説だけ紹介します。多少乱読気味。特に食べ物が出てくる小説が好きです。毎日更新がんばります。
|
https://twitter.com/za41324121 |
---|
『ことばの果実』長田弘 【感想・ネタバレなし】世界はまだ信じるにあたいするのだと。希代の詩人が遺した心洗うことばの果実たち。
今日読んだのは、長田弘『ことばの果実』です。 2015年5月に永眠された希代の詩人のエッセー集です。 「苺」「さくらんぼ」「甘夏」「白桃」「スイカ」…… タイトル通り、四季折々の果実が各章のタイトルになっていて、目次を見るだけで宝箱を覗くようにドキドキします。 四季を愛する穏やかなことばのなかに、ハッとするようなことばが効いていて、尊敬する恩師や祖父と縁側でしゃべっているような、のどかさと緊張感がほどよく混ざった心地よいエッセーです。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 世界への厳しい眼差しと人生への深い愛情 ミカン箱と愛しいものの大きさの相関 今回ご紹介し…
『死にふさわしい罪』藤本ひとみ 【感想・ネタバレなし】天才的な数学系男子が挑む謎としたたかな大人たち
今日読んだのは、藤本ひとみ『死にふさわしい罪』です。 歴史小説の大家というイメージがあったのですが、数学が得意な高校生が主人公のミステリということで、ちょっと気になって読んでみました。 ところどころ見え隠れするペダンティックな趣味と、決して善人ではないのに、憎めない登場人物が忘れられない一冊でした。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント ミステリとして読まない 能力豊かな友人たち 強かな大人たち 今回ご紹介した本はこちら 藤本ひとみの他のおすすめ作品 あらすじ 数学が得意な受験生・上杉和典は一族のクリスマスパーティーの準備のため叔父の別荘のある須磨にやってきた…
『エチュード春一番 第三曲 幻想組曲』荻原規子 【感想・ネタバレなし】平将門の物語を蝦夷の少女の視線で再構築する。シリーズ第3巻。
今日読んだのは、荻原規子『エチュード春一番 第三曲 幻想組曲 [狼]』です。 八百万の神の一柱を名乗る白黒のパピヨン・”モノクロ”と同居する女子大生・美綾の生活を描いたファンタジーシリーズの第3巻です。 1巻2巻の感想はこちら↓ rukoo.hatenablog.com rukoo.hatenablog.com 美綾の学生生活が主だったこれまでと打って変わって、今作ではいきなり平安末期にタイムスリップします。 平将門という実在の人物の物語や歴史をファンタジーに再構築する手法は、これまで勾玉シリーズなどで見せてきた荻原規子の真骨頂といったところでしょう。 個人的には、この間、古川日出男訳の『平家…
芥川賞を全作読んでみよう第7回『厚物咲』中山義秀 【感想】骨の髄まで腐った老人が咲かせた美しい菊に透かし見る人生の艱難に抵抗した魂の秘密
芥川賞を全作読んでみよう第7回、中山義秀『厚物咲』をご紹介します。 芥川龍之介賞について 第七回芥川賞委員 第七回受賞作・候補作(昭和13年・1938年上半期) 受賞作『厚物咲』のあらすじ 感想 選評委員の評価 芥川賞には珍しい読後感 生き恥を晒し続けた老人の末路 人生の非情から咲いた厚物の菊の凄まじさ 今回ご紹介した本はこちら 芥川龍之介賞について 芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。 受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります…
『時空犯』潮谷験 【感想・ネタバレなし】成功報酬1千万円。千回近くループし続ける”2018年6月1日”の謎を解け
今日読んだのは、潮谷験『時空犯』です。 デビュー作でメフィスト賞受賞作の『スイッチ 悪意の実験』がとてもユニークで面白かったので、2作目も読んでみました。 ある1日がループするなかで、殺人が起きる、というSFミステリです。 この設定のミステリではお馴染みの、SF的ルールの中で、如何にフーダニットを実現させるか、という点が胆となります。 途方もない話から、するする犯人が絞られていく過程は、ミステリ好きにはたまらない快感でした。 あと、前作の時も思ったのですが、装幀がすごく綺麗ですよね。 これだけでも買う価値あると思います。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント …
『原因において自由な物語』五十嵐律人 【感想・ネタバレなし】彼は誰が殺したのか、自由意志がもたらすある悲劇と夜明け
今日読んだのは、五十嵐律人『原因において自由な物語』です。 タイトルのカッコよさに惹かれて読みました。 法律用語の「原因において自由な行為」からきているらしいです。 弁護士でもある著者らしいタイトルだな、と思いました。 内容は、いじめ、自殺疑惑、ゴーストライター、とちょっと重いです。 また、著者の、弁護士であることと小説家であること双方のレゾンデートルが、物語の形に落とし込まれている点が興味深かったです。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 顔面偏差値といじめ 自由であることとは 今回ご紹介した本はこちら あらすじ 人気小説家の二階堂紡季は才能の枯渇に悩まさ…
『ブラッド・ブラザー』ジャック・カーリイ 【感想・ネタバレなし】カーソン・ライダーシリーズ第4作。あふれる魅力と高い知能を持つ殺人鬼、それが僕の兄
今日読んだのは、ジャック・カーリイ『ブラッド・ブラザー』です。 シリアルキラーを兄に持つ若き刑事・カーソン・ライダーの活躍を描いたシリーズ4作目です。 前作『毒蛇の園』ではなりを潜めていた兄・ジェレミーが大活躍します。 また、本拠地モビール市を離れ、大都会ニューヨークに舞台がうつります。 緻密な伏線と南部の美しい風景描写が特徴だった1~3作目と対照的に、ダイナミックな展開と登場人物の内面に迫るストーリーで、海外ドラマのシーズン最終回っぽいドラマティックな作品でした。 これ1作というより、シリーズのファンに嬉しい一冊だと思います。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポ…
『毒蛇の園』ジャック・カーリイ 【感想・ネタバレなし】カーソン・ライダーシリーズ第3作。謎めいた富豪一族の周囲に積み重なる死体の山とおぞましい秘密
今日読んだのは、ジャック・カーリイ『毒蛇の園』です。 シリアルキラーを兄に持つ若き刑事・カーソン・ライダーの活躍を描いたシリーズ3作目です。 といっても、今作ではシリアルキラーに兄・ジェレミーは登場しませんでした~。 ただ、エンタメ小説としての完成度は、第1作『百番目の男』に迫るんじゃないかな?、と思いました。 むごい拷問痕の残る死体、殺されたジャーナリスト、医師の遺した謎めいた治療記録、黒い噂の絶えない富豪の一族、もつれる思惑……現代アメリカ版犬神家の一族!って感じでした。 読後、タイトルの意味が腑に落ちました。なるほど、これは確かに毒蛇の園……。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。…
『デス・コレクターズ』ジャック・カーリイ 【感想・ネタバレなし】カーソン・ライダーシリーズ第2作。人間の底知れない欲望が招くおぞましい真相とは
今日読んだのは、ジャック・カーリイ『デス・コレクターズ』です。 シリアルキラーを兄に持つ若き刑事・カーソン・ライダーの活躍を描いたシリーズ2作目です。 海外刑事ドラマを見ているかのような映像を感じさせる描写と、殺人鬼の兄に助言を求めに行く、というミステリ好きにはソワっとくる設定が魅力です。 30年前のある事件の真相が今になって牙を剥く、という構成が、大好きな海外ドラマ『コールド・ケース』を思わせてワクワクしました。 前作では狂気剝き出しだった兄・ジェレミーが見せるちょっと人間臭い一面も見どころです。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 前作からの変化 殺人鬼…
『百番目の男』ジャック・カーリイ 【感想・ネタバレなし】カーソン・ライダーシリーズ第1作。暗闇で手探りする”百番目の男”が首なし死体の謎に挑む
今日読んだのは、ジャック・カーリイ『百番目の男』です。 若き刑事カーソン・ライダーの活躍を描いたクライム・サスペンスです。 恋愛あり、アクションあり、暗い過去あり、の息も尽かせぬスピード感に、巧みな伏線と思いもよらない(でもフェアな)真犯人と、サービス精神旺盛で密度の高いエンタメ小説でした。 読んでいると映像が脳内に自然と立ち上がってきて、まるで良く練られた海外ドラマを見ているかのようにスイスイ読めてしまいました。 舞台であるメキシコ湾に面した港湾都市・アラバマ州モビールの美しい風景描写も魅力の一つです。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 舞台・アラバマ州…
芥川賞を全作読んでみよう第6回『糞尿譚』火野葦平 【感想】あまりに衝撃的なテーマで庶民生活の哀歓と糞のような人間模様を丹精に描く
芥川賞を全作読んでみよう第6回、火野葦平『糞尿譚』をご紹介します。 芥川龍之介賞について 第六回芥川賞委員 第六回受賞作・候補作(昭和12年・1937年下半期) 受賞作『糞尿譚』のあらすじ 感想 タイトルの衝撃と内容の丁寧さのギャップ 糞のような人間たち 追い詰められた人間のおかしみ 戦争と文学 今回ご紹介した本はこちら 芥川龍之介賞について 芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。 受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。 第六…
『アールダーの方舟』周木律 【感想・ネタバレなし】三つの宗教が交錯する聖なる山で起きた不可解な殺人事件と壮大なる歴史ミステリー。人間存在の尊厳が問われる物語。
今日読んだのは、周木律『アールダーの方舟』です。 キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、3つの宗教共通の聖なる山・アララト山、ノアの方舟が漂着した土地として知られる山を舞台とした歴史ミステリー、という触れ込みに惹かれ手に取りました。 宗教と神にまつわる溢れる知識量と、それが徒な衒学趣味に陥らないトリックの妙、巧妙に仕込まれた伏線、に、これは実は凄いミステリーなのでは?、と驚いてしまいました。 人間存在に尊厳を取り戻すよう呼びかける厳しい叱咤ともとれる著者のメッセージ性も明らかで、見事の一言でした。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 巧妙な伏線 入り組んだ宗教構…
『俗・偽恋愛小説家』森晶麿 【感想・ネタバレなし】恋愛童話に隠された秘密ふたたび。偽恋愛小説家・夢宮と担当編集・月子との関係にも変化が
今日読んだのは、森晶麿『俗・偽恋愛小説家』です。 底意地の悪いイケメン小説家・夢宮と新米編集者・月子のコンビが有名な恋愛童話になぞらえた事件を解決していく、というシリーズの第2作目になります。 ライトなストーリーと、キャラクターの魅力、モチーフのキャッチーさ、と三拍子揃っていて、ドラマ化とかしたら映えそうだな、と再び思いました。 あと恋愛要素もがっつりあるし(四拍子?)。 今作では、1作目ではもだもだしたまま終わった月子の恋に、新たな局面が見えて、ドキドキの展開でした。 友達の恋バナ聞いてみるみたいな若々しい気持ちにさせてくれました。 そして、相変わらず誰もが知ってるあの童話の新解釈も楽しめま…
『偽恋愛小説家』森晶麿 【感想・ネタバレなし】あの恋愛童話に隠された秘密とは? シニカルな恋愛(?)小説家と新米編集者が挑む恋にまつわる難事件
今日読んだのは、森晶麿『偽恋愛小説家』です。 華々しくデビューした恋愛小説家にニセモノ疑惑勃発!? 新米編集者の月子は疑惑の真偽を確かめようと奔走。 しかも、身の回りで次々、事件が起こるし、小説家・夢野の思わせぶりな態度も気になるし……。 という、ドラマにすると映えそうだな~、という恋愛ミステリ小説です。 それぞれの事件は、シンデレラや眠りの森の美女などの恋愛童話がモチーフとして登場し、恋愛(?)小説家の夢野が童話に隠された秘密と事件の謎を同時に解き明かしていきます。 あの童話に、こんな見方が!?と驚かせてくれるのが魅力です。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイ…
『星に仄めかされて』多和田葉子 【感想・ネタバレなし】言語で繋がった人々は対話の果てに何を見るのか
今日読んだのは、多和田葉子『星に仄めかされて』です。 先日書評を書いた『地球にちりばめられて』の続編にあたります。 失われた母国の言語を話す人を探す女性・Hirukoを中心に、言語の無限の可能性によって繋がった仲間たちを描いた『地球にちりばめられて』に続き、Hirukoの同国人・susanooのいるコペンハーゲンの病院を目指すそれぞれの旅の様子が描かれます。 朗らかな読み心地だった第一部に対し、悪意、傲慢、無関心、支配欲など負の要素も散りばめられていて、ラストの対話劇などはかなりスリリングでした。 しかし、結末に悲愴さは無く、次の旅路への明るい予感を感じさせました。 それでは、あらすじと感想を…
『地球にちりばめられて』多和田葉子 【感想・ネタバレなし】言語の可能性が仲間を繋ぐ、国からの解放を朗らかに謳いあげる冒険譚
今日読んだのは、多和田葉子『地球にちりばめられて』です。 この著者は海外で高い評価を得ている、と聞いていたので、小心者の読者としては、気にはなるものの、なんか難しそう、と少々敬遠していました。 が!、最近、芥川賞の過去受賞作を順々に読み進めていることで、なんか変なモードに入っていて、とにかく何でも読んでみよう!、と遂に手に取りました。 この本を選んだ理由は、たまたま書店に並んでいたから、というのもあるのですが、最近読んだ、梨木香歩の『村田エフェンディ滞土録』で、国って一体なんなんだろう、という感傷に浸っていて、国を失った主人公が仲間とともに自分と同じ母語を話す者を探す旅に出る、という設定に惹か…
芥川賞を全作読んでみよう第5回『暢気眼鏡 その他』尾崎一雄 【感想】底辺の貧乏生活を天真爛漫な若妻に寄せてサラサラと描く牧歌的な作品群
芥川賞を全作読んでみよう第5回、尾崎一雄 『暢気眼鏡』をご紹介します。 芥川龍之介賞について 第五回芥川賞委員 第五回受賞作・候補作(昭和12年・1937年上半期) 受賞作『暢気眼鏡』のあらすじ 感想 貧乏を明るく描く 今後の期待に寄せて 今回ご紹介した本はこちら 芥川龍之介賞について 芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。 受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。 第五回芥川賞委員 谷崎潤一郎、山本有三、久米正雄、佐藤春夫、室…
『たまごのはなし』しおたにまみこ 【感想・ネタバレなし】シュール?哲学?じわじわ刺さるちょっとひねくれた(?)たまごのはなし
今日読んだのは、しおたにまみこ作の絵本『たまごのはなし』です。 緻密な鉛筆の線で描かれた独特の絵と、そのシュールで哲学的な内容にどんどん引き込まれます。 一見ひねくれてみえる”たまご”の行動が、よくよく考えてみると、本質をズバリと突いているようにも思えてきて、クスリと笑った後で、うーんと頭を捻らされる、いろんな意味でひねくれた大人向け絵本です。 ていうか、たまごがやたら偉そうで笑える。たまごのくせに。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント シニカルなユーモアとひねくれた本質 哲学的深み 今回ご紹介した本はこちら あらすじ やあ こんにちは。わたしは たまご。い…
『沼地のある森を抜けて』梨木香歩 【感想・ネタバレなし】新しい命よ、解き放たれてあれ。壮大な命の旅路と震えるほどの孤独と自由、託された夢と可能性に心震える物語
今日読んだのは、梨木香歩『沼地のある森を抜けて』です。 叔母から受け継いだ先祖伝来の「ぬか床」という庶民的(?)なスタートから、途中不一気に不穏な雰囲気になり、最終的に、命のはるかな旅路と新しい生命に託された可能性と夢が描かれるという、壮大で愛おしさに満ちた物語です。 近所のいつも通らない小道をふと通って見たら、いつのまにか遠い場所にさらわれ、翻弄されているうちに深い森に迷い込んだような、なかなかない読書体験でした。 命を産む、とは一体何なのか、長い間悩んでいたのですが、何かしらの救済が与えられたような、そんな気がします。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント…
『村田エフェンディ滞土録』梨木香歩 【感想・ネタバレなし】国とは一体何なのか。かけがえのない友と青春の日々を綴るトルコ滞在記
今日読んだのは、梨木香歩『村田エフェンディ滞土録』です。 同著作の、『家守綺譚』『冬虫夏草』に登場するトルコ留学中の村田君が主人公です。 1899年、西洋と東洋の狭間の国・トルコに留学した村田君は、異教の友人らと議論したり、掘り出した遺跡に目を輝かせたり、鸚鵡の言動に振り回されたり、神様の喧嘩に巻き込まれたり、騒がしくも楽しい青春の日々を過ごします。 しかし背景には、不平等条約下にあった当時の日本や、跋扈する帝国主義の暗い影、いずれ訪れる戦争の予感がしのびよります。 異国の友とのきらめくような日々を描き、イスタンブールという西洋と東洋が混じる不可思議な土地、その歴史の一場面のなかに、国とは一体…
今日読んだのは、梨木香歩『冬虫夏草』です。 巻頭に、 新進文士(かけだしものかき)綿貫征四郎君、疎水に近隣(ほどちか)き高堂(なきとも)の生家(いえ)が守(もり)を委託(まか)され、故(ため)に天地自然の気(りゅうやらおにやらかっぱやら)と数多(あまた)交遊(まじわ)りける日々(あれこれ)を、先般(さきごろ)家守奇譚なる一書に著述(あらわ)せり。其(そ)に引き続きて同君(わたぬき)に出来(まきおこり)たる諸椿事(ことども)を自記(しる)したるが本書也(なり)。謹言。 とある通り、同著者の『家守綺譚』の続編にあたります。 全書が、家守の名の通り、琵琶湖疎水のほど近きに立つ亡き友・高堂の生家の家守…
『家守綺譚』梨木香歩 【感想・ネタバレなし】友よ、また会おう
今日読んだのは、梨木香歩『家守綺譚』です。 読んだ後に心洗われるような心地がする話というのがあって、中勘助の『島守』なんかがそうなのですが、この『家守綺譚』はそれにとても近いと感じました。 時代は明治、巻頭には 左は、綿貫征四郎の著述せしもの とあり、湖で亡くなった友の実家の管理を任されることとなった”私”こと、書生の綿貫の徒然なる日記のような形式の文章となっています。 ”湖”とあるように舞台が滋賀県なので、滋賀に(細々と)地縁を持つ私には嬉しい話でした。 滋賀にお住いの方は、一層楽しめると思います。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 旧きもの残る時代に …
『僕と『彼女』の首なし死体』白石かおる 【感想・ネタバレなし】冬の朝、僕は”彼女”の首を渋谷に置き去りにした。”彼女”の願いを叶えるために。
今日読んだのは、白石かおる『僕と『彼女』の首なし死体』です。 第29回横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞作(2008年)です。 商社勤めのサラリーマンの”僕”が、女性の首を渋谷のハチ公前に置き去りにする、という衝撃的なシーンからはじまるミステリです。 ”今”を切り取ったドライな語り口や、つかみどころのない”僕”の性格、乾いた哀しみが吹き抜ける真相など、好きな人はとことんハマる世界観だな、と思いました。 ちなみに当時の大賞受賞作は、大門剛明『ディオニス死すべし』(刊行にあたり『雪冤』と改題)だったそうです。こちらもそのうち読んでみたい。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめ…
『硝子のハンマー』貴志祐介 【感想・ネタバレなし】自称:防犯コンサルタント(本当は泥棒?)が挑む驚愕の密室トリック、防犯探偵榎本シリーズ第1作
今日読んだのは、貴志祐介『硝子のハンマー』です。 自称:防犯コンサルタントで本職は泥棒?な榎本が密室に挑む榎本探偵シリーズの第1作目です。 泥棒が密室に挑むという斬新な設定も面白いですし、鍵や監視カメラに関する豊富なミニ知識も、へえ~、と感心されられっぱなしでした。 探偵役・榎本の食えないキャラクターもカッコいいですし、弁護士の青砥先生の熱血さもワトソン役として好感が持てます。 もちろん、アクロバティックなトリックにも、あっと言わされました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 密室は難しい 泥棒と弁護士 遺族の応報感情、罪と罰 今回ご紹介した本はこちら シ…
『エチュード春一番 第二曲 三日月のボレロ』荻原規子 【感想・ネタバレなし】思いやりと知性の在り方に思いをはせる夏。シリーズ第2巻。
今日読んだのは、荻原規子『エチュード春一番 第二曲 三日月のボレロ』です。 八百万の神の一柱を名乗る白黒のパピヨン・”モノクロ”と同居する女子大生・美綾の生活を描いたファンタジーシリーズの第2巻です。 1巻の感想はこちら↓ rukoo.hatenablog.com 1巻では不安と期待に揺れる大学生活の春が描かれましたが、本書では季節は夏に移り、美綾は夏休み、祖母の家でモヤモヤしたままの自身の進路についてあれこれ考えます。 また、従弟の家庭教師(美女!)や美綾のストーカー?などまた変な人々に翻弄され、目が離せない一冊でした。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント…
今日読んだのは、荻原規子『エチュード春一番 第一曲 小犬のプレリュード』です。 今作は、八百万の神と名乗る犬(!?)と同居することになった女子大生という設定で、神との同居という非日常と大学生の生活という日常の描写、両方を楽しめると期待が膨らみます。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 八百万の神を名乗るパピヨン 人間が真に怖れているもの ほろ苦く幼い日々への懐古 今回ご紹介した本はこちら 次刊はこちら あらすじ 大学進学の春、美綾はイギリスと生活する両親と弟を見送り、実家で一人暮らしをすることに。選んだ進路が正しかったかモヤモヤする美綾のもとに、「自分は八百…
『草原のコック・オー・ヴァン 高原カフェ日誌II 』柴田よしき 【感想・ネタバレなし】高原のカフェの秋と冬。一筋縄ではいかない人生にもやがて春が来る
今日読んだのは、柴田よしき『草原のコック・オー・ヴァン 高原カフェ日誌II』です。 こちらは、高原のカフェを舞台としたシリーズものの2作目にあたります。 1作目の感想はこちら rukoo.hatenablog.com 結婚に失敗し傷を負った主人公・奈穂は、東京から脱出し、リゾートブーム過ぎ去りし過疎の気配漂う百合が原高原に小さなカフェ「Son de vent」をオープンします。 自分のペースで少しずつ傷を癒していく奈穂と、彼女を取り巻く人々、美味しそうな料理と、ちょっぴりほろ苦い人生模様が交錯する、美味しい物語です。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 田舎…
『揺籠のアディポクル』市川憂人 【感想・ネタバレなし】『ジェリーフィッシュは凍らない』作者が放つウイルスが蔓延する世界での切ないボーイミーツガールミステリ
今日読んだのは、市川憂人『揺籠のアディポクル』です。 デビュー作『ジェリーフィッシュは凍らない』から続くマリア&漣シリーズは、その怜悧かつ精緻なトリックと個性豊かかつ的確なキャラクター描写で、大好きなミステリシリーズの一つなのですが、シリーズものが強いだけに、ノンシリーズの出来はどうなの??、と失礼ながらちょっとドキドキしながら手に取りました。 面白かったです! 完全に孤立した無菌病棟という舞台、未知の病気で収容されている少年少女、コロナ禍の今読むにふさわしい舞台設定に、ヒタヒタと迫るような恐怖や焦燥感、切ない余韻を残す真相、本格ミステリはこれだから面白い!と嬉しくなるような一冊でした。 それ…
『平家物語』古川日出男訳 【感想・ネタバレなし】無数の死者の声がこだまする日本屈指のギガノベルが現代の”声”で甦る
今日読んだのは、古川日出男訳『平家物語 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09)』です。 古川日出男のファンである私ですが、2016年に出版されたこちらは未読でした。 ”古川日出男オリジナル”じゃないしな~、という思いと、『平家物語』という合戦もの=固そう・退屈そうというぼんやりイメージ、かつ「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」という一連のなかの9巻ということもあって、なんとなく手に入れずらいと感じていました。 そんなとき、なんとこの古川日出男訳『平家物語』が2022年1月よりアニメ化!というニュースが入り、すわ!一大事!と急遽手に入れ読み始めました。 heike-anime.asmik-ac…
『もう泣かない電気毛布は裏切らない』神野紗希 【感想・ネタバレなし】俳人であり新妻であり母であり…他愛のない日常がきらめく今を生きる俳人のエッセイ集
今日読んだのは、神野紗希『もう泣かない電気毛布は裏切らない』です。 1983年生まれの現代に生きる女性であり、妻であり母であり、俳人でもある著者がどのように日々を綴るかに興味を惹かれ、読み始めました。 結婚、夫との日々、幼い息子の眼差し、俳句への想い、他愛のない日常が、要所要所で引用される俳句と共にみずみずしく綴られており、”俳人”と聞いてちょっと身構えていた心が解きほぐされていくようでした。 それでは、感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 母として 子どもについて 今回ご紹介した本はこちら 他のおすすめのエッセイ あらすじ ー新妻として菜の花を茹でこぼす幼い息子の透明な眼差し、…
『風のベーコンサンド 高原カフェ日誌』柴田よしき 【感想・ネタバレなし】爽やかな高原の風と、美味しい料理と共に描かれるちょっとほろ苦い人生模様
今日読んだのは、柴田よしき『風のベーコンサンド 高原カフェ日誌』です。 サスペンスに定評のある著者ですが、本書は高原のカフェを舞台とした穏やかな食べ物系小説です。 食べ物がテーマの話はなんでこんなに魅力があるんでしょうか。 高原にカフェをオープンした女性店主を主人公に、良くも悪くも田舎の濃い人間関係とほろ苦い人生の1ページが爽やかな風景と美味しそうな料理と共に描かれる”美味しい”一冊です。 ちなみに表題のベーコンサンドは、ある有名な英児童文学から来ているのですが、子供のときに読んだきりの私は、「え?そんなシーンあったっけ?」と読み返したくなりました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。…
『自転車泥棒』呉明益 【感想・ネタバレなし】あの自転車はどこに消えたのか、父の自転車を追う旅はあの戦争の密林の奥地へと入っていく
今日読んだのは、呉明益『自転車泥棒』です。 2018年国際ブッカー賞候補作となった作品らしく、多言語的で幻想的な独特の読み応えがありました。 私は文庫で購入したのですが、挿入される自転車の精緻なイラストが美しく、これだけでも購入の価値があると思います。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 私たちが経験し得ぬ時代に 自転車と深い森と言語について 今回ご紹介した本はこちら 他のおすすめ作品 あらすじ 父の失踪と共に消えた自転車。その行方を追う「ぼく」の旅はいつしか時空を超え、戦時下の台湾から盗難アジアの密林へと分け入っていく。台湾の商場ですごした幼少期、自転車で…
『ボーンヤードは語らない』市川憂人 【感想・ネタバレなし】人気シリーズ4弾は初の短編集。マリアと漣それぞれの過去の事件とは
今回ご紹介するのは、市川憂人『ボーンヤードは語らない』です。 21世紀の『そして誰もいなくなった』と選考委員に絶賛された第26回鮎川哲也賞受賞作『ジェリーフィッシュは凍らない』から続くマリア&漣シリーズ待望の第4作目です。 シリーズ第4作目は初の短編集で、これまでの主要登場人物の過去が少しだけ明かされる、という点でシリーズのファンとっては嬉しい一冊といえるかもしれません。 それでは、各短編の感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント ボーンヤードは語らない 赤鉛筆はいらない レッドデビルは知らない スケープシープは笑わない 今回ご紹介した本はこちら 第1作目の感想はこちら 第2作目の感…
『30センチの冒険』三崎亜記 【感想・ネタバレなし】30センチのものさしが世界と彼女を救う!哲学香る異世界ファンタジー
今日読んだのは、 三崎亜記『30センチの冒険』です。 主人公の男性が迷い込んだのは「大地の秩序」が乱れ、距離の概念がめちゃくちゃになった世界。 手には何故か白い「30センチのものさし」。 そして、その世界で出会った不思議な女性・エナ。 世界と彼女を救うため、30センチのものさしを握りしめ冒険に立ち向かう、というファンタジックな物語です。 典型的なボーイミーツガールであり、また寓意的な描写が散りばめられた哲学の香りさえ漂う何ともいえない魅力に溢れた作品です。 ハッとするような言葉が沢山あり、泣かせに来る小説ではないのに何故かぐっとくるものがあります。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 …
『鏡のなかのアジア』谷崎由依 【感想・ネタバレなし】チベット、台湾、京都、インド、クアラルンプール、幻想と現実のアジアを言葉の魔力が繋ぐ
今日読んだのは、 谷崎由依『鏡のなかのアジア』です。 チベット、台湾、京都、コーチン、クアラルンプール、アジアの土地を舞台とした5つの短編が収録されています。 どの物語もアジアのそれぞれの都市の空気が匂いたつようで、幻想と現実の間でくらくらするような酩酊感を誘われます。 それでは、各短編の感想等を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 各短編の感想 ……そしてまた文字を記していると Jiufenの村は九つぶん 国際友誼 船は来ない 天蓋歩行 今回ご紹介した本はこちら アジアが舞台の小説ではこちらもおすすめ 言語についての興味はある方はこちらもおすすめ あらすじ チベットの僧院で夜、写経に…
直木賞受賞!『テスカトリポカ』佐藤究 【感想・ネタバレなし】血と暴力の闇の底に恐ろしい神々が棲まう。麻薬ビジネスの闇を神話の闇に重ねて描き切ったノワール
佐藤究『テスカトリポカ』のあらすじと読書感想を紹介します。
芥川賞を全作読んでみよう第4回その2『地中海』冨澤有爲男 【感想】地中海の朝焼けに溶けていく二人の男の友情。純文学とは思えないドラマティックさにドキドキが止まらない
芥川賞を全作読んでみよう第4回その2、冨澤有爲男『地中海』をご紹介します。 芥川龍之介賞について 第四回芥川賞委員 第四回受賞作・候補作(昭和11年・1936年下半期) 同時受賞の『普賢』について 受賞作『地中海』のあらすじ 感想 端正な筆致による美しい風景とドラマ 純文学と思えないドラマティックさ 児島という男と星名青年 今回ご紹介した本はこちら 芥川龍之介賞について 芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。 受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたも…
芥川賞を全作読んでみよう第4回その1『普賢』石川淳 【感想】饒舌で混沌とした筆遣いが描く市井の人々の滑稽などったんばったん
芥川賞を全作読んでみよう第4回その1、石川淳『普賢』をご紹介します。 芥川龍之介賞について 第四回芥川賞委員 第四回受賞作・候補作(昭和11年・1936年下半期) 二作同時受賞について 受賞作『普賢』のあらすじ 感想 饒舌な混沌 茂市という男 不可思議な引力 今回ご紹介した本はこちら 芥川龍之介賞について 芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。 受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。 第四回芥川賞委員 菊池寛、久米正雄、山本有…
芥川賞を全作読んでみよう第3回その2『城外』小田嶽夫 【感想】青年官吏の外国での孤独と若き恋の日々を古雅な筆致で描く
芥川賞を全作読んでみよう第3回その2、小田嶽夫『城外』をご紹介します。 芥川龍之介賞について 第三回芥川賞委員 第三回受賞作・候補作(昭和11年・1936年上半期) 受賞作『城外』のあらすじ 感想 成長する若き愛情 中国への興味 著者の外交官経験 ただ『コシャマイン記』と比べると…… 『城外』はこちらに掲載されています 芥川龍之介賞について 芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。 受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。 第三回…
芥川賞を全作読んでみよう第3回その1『コシャマイン記』鶴田知也 【感想】 アイヌの誇り高き酋長の末裔コシャマインの悲劇的な死を抒情詩的にうたいあげる
芥川賞を全作読んでみよう第3回、その1では、鶴田知也『コシャマイン記』をご紹介します。 芥川龍之介賞について 第三回芥川賞委員 第三回受賞作・候補作(昭和11年・1936年上半期) 受賞作『コシャマイン記』のあらすじ 感想 題材について 物語の徹底的な悲劇性と透徹な神性 今回ご紹介した本はこちら 芥川龍之介賞について 芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。 受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。 第三回芥川賞委員 菊池寛、久米…
芥川賞を全作読んでみよう第2回 受賞作なしの裏側で躍動する歴史のドラマ
芥川賞を全作読んでみよう第2回は、第2回にしてなんと”受賞作なし”です。 ちょっとがくっときましたが、色々調べるうち、その裏側にはうねる歴史と人間のドラマがあることに気が付きました。 結構面白かったので、今回は、そのあたりを書いていきたいと思います。 芥川龍之介賞について 第二回芥川賞委員 第二回受賞作・候補作(昭和10年・1935年下半期) 二・二六事件との遭遇 各選評委員の推薦作と波乱 詮議の裏に潜む人間ドラマ 瀧井孝作の代表作 芥川龍之介賞について 芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。 受賞は年2回、上半期は、前…
芥川賞を全作読んでみよう第1回 『蒼氓』石川達三 【感想】 棄てられた民たちの諦念と悲哀が現在の弱者とリンクする
芥川賞を全作読んでみよう第1回は、石川達三『蒼氓(そうぼう) (秋田魁新報社)』です。 芥川龍之介賞について 第一回芥川賞委員 第一回受賞作・候補作(昭和10年・1935年上半期) 受賞作『蒼氓』のあらすじ 物語の時代背景と感想 時代背景 弱者の愚かさとその普遍的な哀しみ 今回ご紹介した本はこちら 芥川龍之介賞について 芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。 菊池寛と芥川龍之介は盟友で、芥川の葬式で弔辞を読んだのも菊池寛でした。 受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11…
『奴隷小説』桐野夏生 【感想・ネタバレなし】「私たちは、泥に囲まれた島に囚われている」、異様な想像力が構築する”奴隷たる者”の世界
今日読んだのは、 桐野夏生『奴隷小説』です。 「奴隷的状況」を題材とした短編を集めた作品集で、身体的にまたは精神的に束縛され、自由を奪われた人々の姿が豊穣な想像力の世界で立ち現れます。 本書を読むことで、奴隷であるとはどういうことは、翻って、自由であるということはどういうことなのか、ヒントが得られたように思います。 それでは、各短編の感想等を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 各短編の感想 雀 泥 神様男 REAL ただセックスがしたいだけ 告白 山羊の目は空を青く映すか Do Goats See the Sky as Blue? 今回ご紹介した本はこちら 桐野夏生の他のおすすめ作品…
『バラカ』桐野夏生 【感想・ネタバレなし】大震災後の世界をさまよう少女の数奇な運命が圧倒的な疾走感と重量で描かれる
今日読んだのは、 桐野夏生『バラカ』です。 ポスト3.11文学の極北と言って過言ではない巨編でした。 被爆地に突如降臨した少女・バラカ。 彼女の数奇な運命の遍歴と、人々の欲望と弱さのグロテスクさ。 また、全編の根底に流れるミソジニーの根深さにゾッとしたりもしました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 聖少女 父親と娘・男と女 バラカとは何者か 今回ご紹介した本はこちら 桐野夏生の他のおすすめ作品 あらすじ 豊田悟朗は震災ボランティア中に警戒区域内で犬に守られるように現れた幼い少女に出会う。彼女が口にしたのは「ばらか」という名前だけ。海外で子どもを買う女性と…
『i』西加奈子 【感想・ネタバレなし】この残酷な世界にアイは存在するのか。生きることへの祝福に満ちた物語
今日読んだのは、 西加奈子『i』です。 「この世界にアイは存在しません。」 アメリカ人の父と日本人の母との間に養子として育てられたアイは、その繊細さと聡明さで、自分の”恵まれた”境遇に罪悪感を抱きながら育ちます。 世界中で沢山の人が苦しく辛い思いをしていることを真面目に受け止めると、ほとんどの人は息が詰まって生きてはいられないでしょう。 これは、その息苦しさのなかを足掻きながら、それでもその苦しさを苦しみのまま受け止めることに決めた少女の生の旅の物語です。 この世界にアイは存在するのか、ぜひ本編でそれを確認してみてください。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイン…
『闇に香る嘘』下村敦史 【感想・ネタバレなし】27年間、兄と信じた男は本当の兄なのか、全盲の老人が手探りであの日本当にあった出来事を追う
今日読んだのは、 下村敦史『闇に香る嘘』です。 第60回江戸川乱歩賞受賞作のこちら。著者の下村敦史さんは9年間同賞に応募し続け、5度最終候補に残り落選を経験した先にやっと勝ち取った受賞だそうです。 この経歴だけでも尊敬してしまいます。 中国残留孤児の悲劇的な歴史を綿密な取材に基づいた説得力のあるストーリーでミステリーへと昇華した作品で、主人公が、全盲の高齢男性というめちゃくちゃハードルの高い設定も見所の一つです。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント は 全盲の主人公といえば 書いてあること全てが罠 中国残留孤児の歴史 今回ご紹介した本はこちら あらすじ 村上…
『漁港の肉子ちゃん』西加奈子 【感想・ネタバレなし】生きている限りは、誰かに迷惑をかけることを怖がってはいけない
今日読んだのは、 西加奈子『漁港の肉子ちゃん』です。 インパクトのある題名に随分前から気になっていたのですが、なんとなく暗い話な気がして避けていました。 そんなとき、明石家さんまさんプロデュースでアニメ映画化する、という話を聞いて、これは暗い話じゃないかも……と思い切って読んでみました。 劇場アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』公式サイト 想像していた物語とは全く違う、暖かくて強い”家族”の話でした。 また、「あとがき」が本編に比するほど素晴らしい作品でもあります。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 漁港の肉子ちゃん 天真爛漫な母と自意識でいっぱいの娘 打算のな…
『吸血鬼』佐藤亜紀 【感想・ネタバレなし】革命の火種燻るポーランドの寒村にあらわれる吸血鬼の正体に国と民の残酷な断絶を見る
今日読んだのは、 佐藤亜紀『吸血鬼』です。 舞台は1845年のオーストリア帝国領最貧の寒村・ジェキ。 土着の風習が色濃く残る土地で、次々と人が怪死していきます。 が、ホラー小説やファンタジーなどではなく、著者の歴史に対する深い洞察に基づいた小説で、これ1冊で19世紀のポーランドの在りようが大体わかってしまいます。 ちなみに、翌年の1846年はクラクフ蜂起が起こった年で、この出来事も物語に大きく関係してきます。 しかし、色々と調べていて思ったのですが、ポーランドという国は、あらゆる国に分割され統合され、歴史にもみくちゃにされた不遇な国ですね……。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あら…
『インドラネット』桐野夏生 【感想・ネタバレなし】卑小さを突き詰めた人間の切なさと東南アジアの深い闇が融合する現代の黙示録
今日読んだのは、桐野夏生『インドラネット』です。 政情不安が日常に根付くカンボジアを舞台に、コンプレックスの塊のような卑小な男が、人生のたった一つの光を切ないほど追い求めた成れの果てを見せられました。 異国情緒豊かな描写、濃ゆい登場人物、振り回される情けない主人公、どろどろの話なのに、何故か神話の世界を垣間見るような神々しさが文章にあります。 読後、無性に切なくて胸をかきむしりたくなりました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 情けない主人公への苛立ち 誰かの影として生きる切なさ 今回ご紹介した本はこちら あらすじ 非正規雇用、低賃金で働く八目晃は、何の取…
『海のふた』よしもとばなな 【感想・ネタバレなし】全編を貫く夏の匂いとまばゆい光に目が眩む、夏が恋しくなる小説。
今日読んだのは、 よしもとばなな『海のふた』です。 ふるさとの西伊豆にささやかなかき氷屋を開く「私」と心に傷を負った少女・はじめちゃんとの夏の日々を描いた爽やかな一夏の小説です。 私は、超インドア派にも関わらず、夏が一番好き!という珍しい人間なのですが、本書は、これから夏を迎える今読むのにピッタリでした! 名嘉睦稔の挿絵も生命力に満ち生々しく、海と夏の匂いを運んでくれます。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 「まりちゃん」のようになりたい 夏の匂い 今回ご紹介した本はこちら よしもとばななの他のおすすめ作品 あらすじ ふるさとの西伊豆で、かき氷屋をはじめた…
『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那和章 【感想・ネタバレなし】恋愛に足りないのは野性? 恋も仕事もボロボロの編集者が挑む動物×恋愛コラム!
今日読んだのは、 瀬那和章『パンダより恋が苦手な私たち』です。 「動物奇想天外」と「生き物地球紀行」に夢中だった幼少期だったので、タイトルから思わず手に取ってしまいました。 ファッション誌志望だったのにカルチャー雑誌の編集にまわされ、いまいち仕事にノリきれないパッとしない編集者が、突然任された恋愛コラムのライティングにおたおたしながら、自分の夢と仕事に向き合っていく、というちょっと熱いお仕事小説です。 動物のちょっとしたミニ知識も取り入れられてお得感満載でした。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 夢と現実の落差に悩む人へ 人間よ、もっとがんばれ! 今回ご紹…
『ロシア紅茶の謎』有栖川有栖 【感想・ネタバレなし】国名シリーズ第1作品集。毒殺された作詞家のカップに毒を入れた驚くべきトリックとは
今日読んだのは、有栖川有栖『ロシア紅茶の謎』です。 1994年刊行で、エラリー・クイーンにならった”国名シリーズ”の第1作品集にあたります。 時代は感じさせるものの、今読んでも粒ぞろいの作品で、本格ミステリ好きには素敵なお菓子箱のような作品集です。 それでは、各短編の感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 各短編の感想 動物園の暗号 屋根裏の散歩者 赤い稲妻 ルーンの導き ロシア紅茶の謎 今回ご紹介した本はこちら 有栖川有栖の他のおすすめ作品 あらすじ 毒殺された作詞家のカップに毒を入れた驚きのトリックを火村が暴く表題作をはじめ、動物園で発見された被害者の遺した暗号、殺害されたアパ…
『菩提樹荘の殺人』有栖川有栖 【感想・ネタバレなし】〈若さ〉がもたらす光と闇を書き分ける四つの短編。火村の学生時代のある事件も明かされる
今日読んだのは、 有栖川有栖『菩提樹荘の殺人』です。 2013年に刊行された「作家アリスシリーズ」の長編です あとがきによると、 本書に収録した四編には、〈若さ〉という共通のモチーフがある。 探偵役の火村の学生時代や、有栖の高校生時代の思い出などが散りばめれていて、ファンとしては嬉しい要素満載です。 もちろん、本格推理小説としても、相変わらず冴えたロジックと著者の善良さが伺える物語性が楽しめます。 個人的には、このシリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”である「探偵、青の時代」が好きです。 それでは、各短編の感想など書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 各短編の感想 アポロンのナイフ…
『アムリタ』吉本ばなな 【感想・ネタバレなし】生きることはおいしい水をごくごく飲むこと
今日読んだのは、吉本ばなな『アムリタ』です。 何かのあとがきで、著者自身はこの作品をあまり気に入っていないというようなことを書いていた記憶があるのですが、私はすごく気に入りました。 母親が離婚したり、父親の違う弟がいたり、妹が自殺したり、階段から落ちて記憶喪失(?)になったりヘンテコな人生を送っている女性の話なのですが、色々悪いことが起こっているのに妙に呑気な感じの雰囲気が好きです。 不遜ながら、主人公の妹(激烈美人!)にすごく感情移入してしまいました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 思い出に浸透していく力 ちょっと変わった家族の物語 今回ご紹介した本…
『スイス時計の謎』有栖川有栖 【感想・ネタバレなし】論理パズルのような悪魔的推理が暴露する青春時代に男たちが立てた熱い誓い
今日読んだのは、有栖川有栖『スイス時計の謎 (講談社文庫)』です。 所謂「作家アリスシリーズ」の短編集で、刊行は2003年です。 表題作となっている「スイス時計の謎」は、推理小説というより論理パズルのようで、詐欺師の騙されているのに反論できないような奇妙な感覚が味わえます。 また、いけすかないエリート気取りの集まりへの印象が、謎が解き明かされることで一転するという小説的面白さもあって、そこも好きです。 それでは、各章の感想など書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 各短編の感想 あるYの悲劇 女性彫刻家の首 シャイロックの密室 スイス時計の謎 今回ご紹介した本はこちら の他のおすすめ作品…
『狩人の悪夢』有栖川有栖 【感想・ネタバレなし】狩人とは一体誰だったのか。シリーズの愛読者には嬉しいサプライズが最後に待つ。
今回ご紹介するのは、 有栖川有栖『狩人の悪夢』です。 2017年に刊行された「作家アリスシリーズ」の長編です。 本シリーズは御手洗潔とは異なり、探偵の火村と有栖は年を取らないシステムなので、シリーズ初期では、携帯もなく、ワープロ(!)やフロッピーディスク(!)で仕事をしていた有栖も、2017年にはスマホを持ち、パソコンで仕事をしています。 このシステムは、登場人物の設定に色々障害はあるものの、その時々の時代が感じられて、結構好きです。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 34歳の名探偵と助手へ 狩人とは誰か 今回ご紹介した本はこちら 有栖川有栖の他のおすすめ…
『朱色の研究』有栖川有栖 【感想・ネタバレなし】人を狂わせる魔的な夕焼けが支配する。意外な犯人とそこに至る精緻なロジックに驚嘆する本格推理小説。
今回ご紹介するのは、 有栖川有栖『朱色の研究』です。 所謂「作家アリスシリーズ」 の長編で、1997年に刊行されたものです。 バブル崩壊直後の、あ~なんか不景気やな~、という落ち込んだ退廃的な雰囲気と、カミュ『異邦人』を思わせる世界の終わりのような焼け付く夕焼けが重なって得も言われぬ情緒が感じられる小説です。 また、著者の本格推理小説に寄せる哀しみに近い想いが、登場人物の口を通して語られる興味深い作品でもあります。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 本格推理小説に寄せて 不条理な焼け付くような夕景 今回ご紹介した本はこちら 有栖川有栖の他のおすすめ作品 あ…
『スウィングしなけりゃ意味がない』佐藤亜紀 【感想・ネタバレなし】どんな残酷な現実でも、スウィングするように自由に生きてやる。ナチ政権下のドイツを強かに生きる不良少年たちの輝かしい青春。
今回ご紹介するのは、佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』です。 ナチ政権下のハンブルクで、敵性音楽のジャズに夢中になる少年たちの危うくも輝かしい青春と、何もかもを台無しにする戦争の滑稽さと狂気。 あの狂気の時代にも、自分の感性と力をもって生きようとした若き命があったことが瑞々しく退廃的な文章と、登場するジャズのナンバーから伝わってきました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 輝かしい不良少年たち 奪うものへの憎悪 今回ご紹介した本はこちら その他のおすすめ作品 あらすじ 1940年、ナチ政権下のドイツ、ハンブルク。軍需会社経営者の父を持つブルジョワの…
『異類婚姻譚』本谷有希子 【感想・ネタバレなし】夫婦という名のぬらぬらした生き物が日常の浅瀬をうごめく
今回ご紹介するのは、本谷有希子『異類婚姻譚』です。 「ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた」専業主婦の日々を軽妙なタッチで描いた話です。 結婚してまだ日が浅い身からすると、「夫婦」という名のもとにぐちゃぐちゃと混じり合っていく二人の描写にゾッとしてしまいました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 結婚という不可解な活動 日常に潜む異世界 今回ご紹介した本はこちら あらすじ 「ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた」専業主婦4年目の私は、ある日夫と自分の顔がそっくりになっていることに気付く。夫は「俺は家で…
『ミシンの見る夢』ビアンカ・ピッツォルノ 【感想・ネタバレなし】お針子の少女が垣間見る上流階級の秘密と真実。”縫う”という技術一つで力強く生きる女性の姿を描く。
今回ご紹介するのは、ビアンカ・ピッツォルノ『ミシンの見る夢』 です。 著者のビアンカ・ピッツォルノはイタリアの児童文学の第1人者で、大人向けの作品は本書で3作目とのことです。 そのせいか、”19世紀末のイタリア”という異世界を描いた作品ながら、その語り口は夢と優しさに包まれ、上質のファンタジーを読むように、すっと物語に引き込まれてしまいました。 階級社会の色濃く残る社会で、貧しいお針子の少女が上流階級の家庭で垣間見た人々の秘密や、滑稽で残酷な真実を通して、一人の少女の成長と”縫う”という創造性がもたらす自由のすばらしさを描ききっています。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ …
『乱鴉の島』有栖川有栖 【感想・ネタバレなし】王道の孤島ミステリ。精緻なロジカルと当時の最先端技術に寄せる著者の倫理的態度が融和する傑作
今回ご紹介するのは、有栖川有栖『乱鴉の島』です。 所謂「作家アリスシリーズ」 の長編にあたり、孤島もののミステリに位置づけられます。 年代が2000年代初頭なので、携帯電話が一般的に普及しはじめたけれど、スマホはもう少し先、パソコンでインターネットを使用している人も半々という過渡期で、そこがまた味となっています。 孤島に引きこもる孤老の天才詩人とその崇拝者たち。 迷い込んだ探偵と助手。 ちらちら垣間見える秘密。 満を持して起きる事件。 これぞ、ミステリファン垂涎の王道の作品です。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント ネットの普及と孤島ミステリ クローン技術に…
『JR高田馬場駅戸山口』柳美里 【感想・ネタバレなし】子供を守ろうとすればするほど行き場所を無くしていく女。居場所のない魂が行き着く先とは
今回ご紹介するのは、柳美里『JR高田馬場駅戸山口 (河出文庫)』です。 2020年度全米図書賞(National Book Awards 2020)の翻訳部門を受賞した『JR上野駅公園口』が連なる山手線シリーズの一作です。 そちらの感想はこちら↓ rukoo.hatenablog.com 本書は2012年に『グッドバイ・ママ』というタイトルで刊行、新装版にあたり現在のタイトルとなりました。 夫は単身赴任中で子どもと二人、育児ノイローゼに陥った母親の辿る孤独と悲劇を描いた小説です。 ごく普通の母親が足元の暗闇に飲み込まれていく様子は、ゾッとするものがありますが、同時に著者の”居場所のない人々”へ…
『台北プライベートアイ』紀蔚然 【感想・ネタバレなし】台湾発のハードボイルド探偵が連続殺人事件を追いかける。この面白さは読まないと分からない!
今回ご紹介するのは、紀蔚然『台北プライベートアイ』です。 原題は『私家偵探』。 台湾人が書く私立探偵小説なんて、面白そうな予感しかしない!とビビっときて、そのまま夢中になって一気に読み上げました。 ジャンルを問われれば、”ハードボイルド”としか言いようがないのですが、著者の描く台北の街の描写や、シニカルな台湾人観が混じり合い、イギリス的でもアメリカ的でも日本的でもない、独自の世界観が広がっています。 また日本をはじめとする諸外国の犯罪者と台湾の犯罪者の比較など興味深いトピックスもあり、一粒で何粒も美味しい小説でした。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント キャ…
『ウエストウイング』津村記久子 【感想・ネタバレなし】雑居ビルのデッドスペースで交錯する年齢も性別もバラバラの3人の人生。
今回ご紹介するのは、津村記久子『ウエストウイング』 です。 津村記久子の物語は、就職氷河期世代真っ盛りといった風の全体的に未来の見えないどんよりした気怠さ全開の雰囲気なのに、独特のユーモアとシニカルさにニヤリとさせられ、何故か読み終わると、「明日もまあがんばろうかなあ」なんて励まされてしまう、という不思議な魅力があります。 本書もそういったお話です。 年齢も性別もバラバラの3人が一つの場所を共有しながらすれ違い、思わぬ災厄にあったり、知らず助け合ったり、面白い小説でした。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント お互いの顔も知らぬまま始まる関係 日常に突然訪れる…
『JR品川駅高輪口』柳美里 【感想・ネタバレなし】携帯電話で自殺掲示板を眺める女子高生は品川駅から約束の場所へ向かう。毎日毎刻生きることを選択し続ける、その尊さを温かな雨が濡らす
今回ご紹介するのは、柳美里『JR品川駅高輪口 (河出文庫)』です。 2020年度全米図書賞(National Book Awards 2020)の翻訳部門を受賞した『JR上野駅公園口』が連なる山手線シリーズの一作です。 そちらの感想はこちら↓ rukoo.hatenablog.com 本書は2011年に『自殺の国』というタイトルで刊行、2016年に『まちあわせ』と改題して、文庫化された作品の新装版にあたり現在のタイトルとなりました。 死に引き寄せられる女子高生が立つ断崖のようなプラットホームから見渡す景色を克明に描いた作品です。 『JR上野駅公園口』が死者の物語なのだとしたら、本書は生者の慟哭…
『さよならの夜食カフェ-マカン・マラン おしまい』古内一絵 【感想・ネタバレなし】マカン・マランシリーズ第4作。
今回ご紹介するのは、古内一絵『さよならの夜食カフェ-マカン・マラン おしまい (単行本)』です。 おしまい、ということは、もうこれがシリーズ最終作となるということですね。 ちょっと残念です。 でも、これまでのシャールさんに掬い上げられてきた各話の主人公らが一挙に登場するのはシリーズの愛読者としては、とても嬉しかったです。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 これまでのシリーズの感想はこちら↓ あらすじ おすすめポイント 各章の感想 第1話「さくらんぼのティラミスのエール」 第2話「幻惑のキャロットケーキ」 第3話「追憶のたまごスープ」 第4話「旅立ちのガレット・デ・ロワ」 今回ご紹介し…
『男ともだち』千早茜 【感想・ネタバレなし】異性の友人というややこしさを喝破する潔さに心洗われる、古い友人に会いたくなる一冊
今回ご紹介するのは、 千早茜『男ともだち』です。 これまで読んだ著者の本のなかで(エッセイも含めて)、著者の内臓に一番深く触れる小説だった気がします。 それだけに表現としての小説というより、良い意味でも悪い意味でも何かの吐露のような、洗練さよりは荒削りで無骨な突き上げるような魅力を感じました。 「男女の友情は存在するか」というのは、永遠のテーマですが、本書はこの永遠のクエスチョンに対し、一定の答えを弾き出していると思います。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 浮気に罪悪感を覚えるか問題 ”ともだち”というややこしさ 今回ご紹介した本はこちら 千早茜の他のお…
『ガーデン』千早茜 【感想・ネタバレなし】自分だけの密やかな庭に引きこもる植物系男子の生態
今回ご紹介するのは、千早茜 『ガーデン』です。 千早茜さんの小説は、もしかして自分のことを書かれてる?と思ってしまうほど、水が合うところがあります。 特に『男ともだち』などは、どこかで監視されているんじゃないかと思うくらい、ぴったり自分に嵌ってちょっと怖かったです。 もしかすると著者のファンは全員このように思っているのかもしれません。 さて、今回ご紹介する『ガーデン』には、小学生のほとんどをアフリカで過ごしたという著者の経験がふんだんに生かされています。 ”帰国子女”というレッテルに振り回されないよう気を配り、自分だけの居心地いい庭に引きこもる超植物系男子・羽野くんの生態が描かれています。 羽…
『きまぐれな夜食カフェ - マカン・マラン みたび』古内一絵 【感想・ネタバレなし】マカン・マランシリーズ第3作。あのシャールさんがはじめて料理を分け与えない相手が登場
今回ご紹介するのは、古内一絵『きまぐれな夜食カフェ - マカン・マラン みたび (単行本)』です。 大人気の「マカン・マランシリーズ」の第3弾! マカン・マランはインドネシア語で「夜食」の意味。 ドラァッグクイーンのシャールさんが営む夜食カフェ「マカン・マラン」訪れる人々に現れる美味しい奇跡描いた人気シリーズですが、何と今回、はじめてシャールさんが訪れた客に料理を提供しないという話が登場します。 どんな人でも受け入れてきたシャールさんでも、料理をつくることのできなかった相手とは? それでは、あらすじと感想を書いていきます。 これまでのシリーズの感想はこちら↓ あらすじ おすすめポイント 各章の…
『JR上野駅公園口』柳美里 【感想・ネタバレなし】漂泊する死者の独白によって浮き彫りにされる私たちの歴史の影と死者への祈り
今回ご紹介するのは、柳美里『JR上野駅公園口 (河出文庫)』 です。 2020年度全米図書賞(National Book Awards 2020)の翻訳部門を受賞した作品です。 日本の歴史の影を具現化したかのような一人の男の生涯を、漂泊する魂の独白と雑踏から聞こえる無数の声によって語らせる詩的な小説です。 読み終わった後、文字通り何もかもを波がさらっていったかのような虚脱感に襲われました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 無かったことにされる人々の無念 地方に押し付けられた貧しさとリスク 目を開いて自分の立っている場所を見よ 今回ご紹介した本はこちら 柳…
『無暁の鈴』西條奈加 【感想・ネタバレなし】仏は、浄土は、何処におわすのか。飢餓と貧困の世に一人の男の辿り着く遥かなる境地とは。
今回ご紹介するのは、西條奈加『無暁の鈴 (光文社文庫)』です。 著者は2021年に『心淋し川』で直木賞を受賞しています。 今作は受賞後の初文庫化作品とのことで、気になり手に取ってみました。 自らも殺人に手を染め、飢餓と貧困の地獄図を目の当たりにした僧の一生を迫力ある筆致で描いた作品です。 生半可の覚悟では読み切れないと思い、エイヤっと気合を入れて一気に読破しました! それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 宗教は何のためにあるのか 生への執着 今回ご紹介した本はこちら あらすじ 武家の庶子・行之助は生母の身分の低さ故疎まれ、寒村の寺に預けられていたが、そこでも兄…
『女王さまの夜食カフェ - マカン・マラン ふたたび』古内一絵 【感想・ネタバレなし】マカン・マランシリーズ第2作。戻ってきたシャールさんの小さな美味しい魔法
今回ご紹介するのは、古内一絵『女王さまの夜食カフェ - マカン・マラン ふたたび』です。 大人気の「マカン・マランシリーズ」の第2弾! 第1作の感想はこちら↓ rukoo.hatenablog.com マカン・マランはインドネシア語で「夜食」の意味。 ドラァッグクイーンのシャールさんが営む夜食カフェ「マカン・マラン」に訪れる人々は大なり小なり人生の苦しみを背負う人々ばかり。 そんなとき、シャールさんのつくる優しい料理とちょっとした言葉が、背負ったものを少しだけ軽くしてくれます。 持ち込まれる”悩み”がバラエティ豊かで、「へー!」と驚いたり、「うんうん」と感情移入したりできるのも楽しみの一つです…
『おれたちの歌をうたえ』呉勝浩 【感想・ネタバレなし】あの日確かに繋がった歌声をおれたちは今に運べるか、昭和と令和を行き来する骨太の大河ミステリー
今回ご紹介するのは、呉勝浩『おれたちの歌をうたえ』です。 昭和51年と令和元年を行き来する骨太のミステリーというかピカレスク。 無邪気であれた幼い日々と残忍な今の容赦のない対比やめまぐるしい展開、暴力描写、圧倒的な物量に押しつぶされそうになりながら夢中で読みました。 最近は古内一絵の「マカン・マランシリーズ」など優しい物語を多く読んでいたので、こういうバイオレンスな小説を読むとその落差に眩暈がするようです。それもまた楽しい。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 元刑事とチンピラのコンビ 無邪気な過去と冷酷な真実 そんなものをおれたちは、人生とは呼ばない 今回…
『透明な夜の香り』千早茜 【感想・ネタバレなし】渡辺淳一文学賞受賞、古い洋館に棲む調香師が暴くヒトのどうしようもない欲望と秘密
今回ご紹介するのは、 千早茜『透明な夜の香り』です。 生々しく官能的かつ荒々しい著者の文章にすっかり魅了されてしまい最近乱読しています。 食の描写が特に素晴らしい著者ですが、第6回渡辺淳一文学賞受賞作の本書は官能的で荒々しい「香り」についての物語です。 過剰な嗅覚故に孤独を強いられる青年と忘れ難い過去を抱えた女性が送る不穏で静謐な日々は、どこか小川洋子の書く異形の人間たちの物語を彷彿とさせます。 そういえば、デビュー作「魚神」でも「匂い」についての描写が大きな意味を持っていました。 五感全てを試されるような、もしくは自分の真の欲望を試されるような、スリルかつラストは何かが満たされるような不思議…
『アレグリアとは仕事はできない』津村記久子 【感想】何故か滅茶苦茶笑えるお仕事小説、怠惰なコピー機と闘う滑稽なOLの姿が、ズルい奴らへの怒りを浮き彫りにする
今回ご紹介するのは、津村記久子『アレグリアとは仕事はできない (ちくま文庫)』です。 アレグリアという欠陥複合機を相手に孤軍奮闘するOLの姿が、淡々と描かれている滑稽な小説です。 冷静に読むと結構暗い現実を書いているのに、はじまりから、クスクス笑ってしまうのは、作品の根底を流れる一種のユーモアのせいでしょう。 しかし、読み進めていくうち、機械相手に本気で怒っているアホな女の話が、いつの間にか、人の利益を優先させる人のなかで自分だけ甘い汁を吸おうとする、ズルい(、、、奴らへの怒りと逆襲の物語へと逆転していきます。 嫌な話なのに、何故か笑えて何故かスカッとする。何故何故だらけのお仕事小説です。 そ…
『グラスバードは還らない』市川憂人 【感想・ネタバレなし】マリア&漣シリーズ3弾!爆破テロによりタワーに取り残されるマリア!透明な迷宮に閉じ込められた4人の男女を襲う惨劇と哀しき硝子鳥の秘密
今回ご紹介するのは、市川憂人『グラスバードは還らない』です。 シリーズ第4作『ボーンヤードは語らない』が2021年6月に発売されるのに合わせ、精緻に編み込まれた本格ミステリである本シリーズの魅力をご紹介したいと思います。 第1作目の感想はこちら↓ rukoo.hatenablog.com 第2作目の感想はこちら↓ rukoo.hatenablog.com 第3弾となる本書では、マリアと漣がはじめて単独行動することになります。 ガラスの迷宮に閉じ込められた4人の男女と世にも美しい《硝子鳥(グラスバード)》の秘密。 名探偵コナンの映画ばりの連続ビル爆発とそれに巻き込まれるマリア、冷静な仮面が剥がれ…
『ブルーローズは眠らない』市川憂人 【感想・ネタバレなし】マリア&漣シリーズ第2弾!青いバラ咲き誇る密室には切り落とされた首と縛られた生存者が
今回ご紹介するのは、市川憂人 『ブルーローズは眠らない』です。 シリーズ第4作『ボーンヤードは語らない』が2021年6月に発売されるのに合わせ、精緻に編み込まれた本格ミステリである本シリーズの魅力をご紹介したいと思います。 類まれな美貌と怜悧な頭脳(とだらしがない性格)を持つ警部、マリアと冷静な部下、漣のコンビが活躍するシリーズの第2弾です。 前作に引き続き”密室”と大がかりな”ミスディレクション”が仕掛けられます。 ここまで気持ちよく騙してくれる本格ミステリは、なかなか他に見つけられないんじゃないかと思います。 少し残念なのは、本シリーズは一作目から読むことを念頭に置いて書かれているふしがあ…
『マカン・マラン - 二十三時の夜食カフェ』古内一絵 【感想・ネタバレなし】マカン・マランシリーズ第1作。ドラッグクイーンのつくる優しい料理が心に美味しい
今回ご紹介するのは、 古内 一絵『マカン・マラン - 二十三時の夜食カフェ』です。 マカン・マランはインドネシア語で「夜食」の意味。 ドラッグ・クイーンのシャールさんが営む夜食カフェと、そこに訪れる人々を描いた連作短編集です。 シャールさんのつくるマクロビオティックに基づいた身体に優しい料理が、疲れ傷ついた人々に小さな温もりを与えていきます。 読み終わったとき、何も解決していなけど何だかすこしだけ光を分けて貰ったような気分になる物語です。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 誰しもに訪れる試練 ごく個人的な奇跡 吉本ばなな『キッチン』のえり子さん 今回ご紹介…
『ジェリーフィッシュは凍らない』市川憂人 【感想・ネタバレなし】マリア&漣シリーズ第1作目にして第26回鮎川哲也賞受賞作
今回ご紹介するのは、市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』 です。 著者のデビュー作にして、21世紀の『そして誰もいなくなった』と選考委員に絶賛された本格ミステリです。 著者のマリア&漣シリーズの第1作目でもあります。 シリーズ第4作『ボーンヤードは語らない』が2021年6月に発売されるのに合わせ、精緻に編み込まれた本格ミステリである本書の魅力をご紹介したいと思います。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 個性的なバディもの 80年代アメリカのパラレルワールド的世界観 精緻な構成と緻密なトリック 今回ご紹介した本はこちら マリア&漣シリーズの続刊はこちら …
『ミカンの味』チョ・ナムジュ |【感想・ネタバレなし】「82年生まれ、キム・ジヨン」の著者の新作! 枝から切り取られた後も、自ら熟す青い果実たちの日々
今回ご紹介するのは、 チョ・ナムジュ『ミカンの味』です。 食や文化などあらゆる流行が韓国から流れて生きているように感じますが、文学でもそ傾向が近年強くなったと感じます。 著者のチョ・ナムジュは、『82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)』が大ベストセラーとなっている作家ですね。 // リンク 私はこちらのほうは未だ未読なのですが(ショックを受けそうなので)、まず、こちらの新作を読んでから、と思い購入しました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 韓国の男女格差の現状 韓国の厳しい進学事情 みずみずしい青春の味 今回ご紹介した本はこちら あらすじ 同じ映画部に所…
『この世にたやすい仕事はない』津村記久子 【感想・ネタバレなし】仕事とは一つの宇宙、ちょっと不思議でニッチなお仕事小説
今回ご紹介するのは、 津村記久子『この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)』です 前職を燃え尽き症候群で辞めた36歳の女性が5つの短期のお仕事をする、という小説なのですが、どれも超マニアックな仕事ばかりで、世の中には変わった仕事が沢山あるものだと感心してしまいます。 女性の一人称で綴られる文章には乾いたユーモアがあって、心の中でノリ突っ込みしてる場面など、何度もぷぷっと笑ってしまいました。 また、結構、不思議(?)な現象やハラハラする場面もあって、タイトルから受ける印象よりより動的な物語でした。 まあ、仕事に全力傾けちゃう方こそ、肩の力を抜いて読んでほしい小説です。 それでは、あらすじと感想を…
『私の夫は冷凍庫に眠っている』八月美咲 【感想・ネタバレなし】殺したはずの夫が帰ってきた、緊迫感に耐え切れないサスペンス
今回ご紹介するのは、 八月美咲『私の夫は冷凍庫に眠っている (小学館文庫 や 28-1)』です。 人気小説サイト「エブリスタ」発のラブ・サスペンス。 ドラマ化、漫画家して注目を集めました。 www.tv-tokyo.co.jp 殺した夫を冷凍庫に隠したはずなのに、その夫が帰ってきた!という衝撃のあらすじにひかれ手に取りました。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 最後の一行まで目が離せない緊迫感 隣家の推理小説家・孔雀 結婚て何? 今回ご紹介した本はこちら コミック版はこちら あらすじ 結婚願望の強い夏奈はある雨の日に偶然であった亮と結婚する。しかし、亮との…
『サード・キッチン』白尾悠 【感想・ネタバレなし】理解が欲しいわけじゃない、ただ受け入れてほしい。自分の、あなたのそのままの姿を。
今回ご紹介するのは、白尾悠『サード・キッチン』です。 1998年、都立高校を卒業後、アメリカに留学した女性が、言語の壁や、様々なカルチャーショックを通して、臆病な自分と対峙していく物語です。 2020年の「ジョージ・フロイド事件」以降、「Black Lives Matter」という言葉をよく耳にするようになりました。 本書のなかでもこの言葉は出てきます。 マジョリティがマイノリティを迫害する。分かりやすい構図ですが、現実はもっと複雑で、"差別"や"文化の盗用"は、被害者と加害者が常に入れ替わりながら存在し続けます。 主人公は、そんな世界と自分との距離に絶望しながら、その距離を少しでも近づけよう…
『百貨の魔法』村山早紀 2018年本屋大賞ノミネート作品、昭和のノスタルジー漂う百貨店に舞い降りる奇跡
今回ご紹介するのは、 村山早紀『百貨の魔法 (ポプラ文庫 む 3-1)』です。 2018年本屋大賞ノミネート作品でもあるこの作品、装丁の華麗さも見所の一つです。 地方の百貨店を舞台とした連作短編で、戦後の復興と発展の象徴でありながら、時代の波に抗い切れず閉店間近と噂される星野百貨店を舞台に、懐かしさとほんの少しの奇跡が散りばめられた宝箱のような一冊です。 それでは、あらすじと感想を書いていきます。 あらすじ おすすめポイント 香る昭和のノスタルジー 百貨店の存在意義 大福の存在はどこに? 今回ご紹介した本はこちら その他本屋大賞関係作の感想はこちら あらすじ 風早の街に50年親しまれてきた星野…
『本にまつわる世界のことば』物語と本にまつわる世界中の言葉をあつめた大人の絵本
今回ご紹介するのは、『本にまつわる世界のことば』です。 本、読書、詩、言葉に関する世界中の慣用句やことわざが集められ、更にその表現にまるわるショートストーリーやエッセイが付記された贅沢で美しい大人のための絵本です。 積ん読"tsundoku" ペルシア語・アラビア語の多さ 本の虫 悪い冗談のような言葉 今回ご紹介した本はこちら こちらもおすすめ 積ん読"tsundoku" 知らなかったのですが、「積ん読」ということばは英語圏でも市民権を得ているようです。 日本語だと「積ん読」という見事な言葉遊びが挙げられるでしょうか。英語にも"bibliomania(ビブリオマニア)"をはじめとして、何かと本…
『盤上に君はもういない』綾崎隼 【感想・ネタバレなし】もう一度だけあなたと指したい、二人の女性が挑戦する前人未到の女性のプロ棋士への闘い
今回ご紹介するのは、 綾崎隼『盤上に君はもういない』です。 史上初の女性プロ棋士を目指す二人の女性の熱い闘いとその裏に隠された切ない過去を描いた小説です。 "女流棋士"と"女性プロ棋士"は全く違うということを、今作で、はじめて知りました。 男女関係なく「奨励会」に所属し、四段に昇格した棋士はプロ棋士と呼ばれますが、2021年5月現在、今だ女性で四段に昇格した棋士は存在しません。 2021年4月には、四段に最も近い女性と言われていた西山朋佳三段が奨励会を退会しています。 将棋という盤上戦において男女の差はあまりに大きいのです。 今作は、そんな"女性プロ棋士"の座をかけて闘う二人の女性の熱いドラマ…
『私は古書店勤めの退屈な女』中居真麻 【感想】自分で退屈な女と言う女は大抵退屈じゃない
中居真麻『私は古書店勤めの退屈な女』のあらすじと感想を紹介します。 夫の上司と泥沼不倫中のシニカルなヒロインとゆる~いおっちゃんの、古書店での不思議で愛しい日々。
『さんかく』千早茜 【感想】男女が一緒にいることには理由がいるのだろうか、食べることが浮き彫りにする男女の相克
千早茜『さんかく』のあらすじと感想を紹介します。大学教授とパフェを食べに行く場面が印象的。食べたいように生きたいようにすればいいという潔い態度が心地よい。
『チーズと塩と豆と』角田光代、井上荒野、森絵都、江國香織 【感想】4人の直木賞作家がヨーロッパンの都市を舞台に描く愛と味覚のアンソロジー
今回ご紹介するのは、4人の直木賞作家のアンソロジー 『チーズと塩と豆と』です。 著者は、角田光代、井上荒野、森絵都、江國香織という錚々たる面々。 角田光代は、スペインのバスク。 井上荒野は、イタリアのピエモンテ。 森絵都は、フランスのブルターニュ。 江國香織は、ポルトガルのアレンテージョ。 それぞれの都市を舞台に、その土地の食と人々の豊かな愛の物語が詰まったアンソロジーです。 それでは、あらすじと感想を書いていきます あらすじ おすすめポイント 江國香織のエッセイより それぞれの作家の個性と都市の個性が融和する 今回ご紹介した本はこちら あらすじ 4人の直木賞作家が描く、ヨーロッパの都市の食と…
『むかしむかしあるところに、死体がありました。』青柳碧人 【感想・ネタバレなし】日本昔ばなし×本格ミステリ、あの童話でミステリが書けるなんて!
青柳碧人『むかしむかしあるところに、死体がありました。』のあらすじと読書感想を紹介します。ポップな題材と本格ミステリの見事な融合が楽しめます。
『たかが殺人じゃないか (昭和24年の推理小説) 』辻真先 【感想・ネタバレなし】爽やかに蘇る少年少女らの戦後の青春のひと時と不可解な二つの殺人事件
辻真先『たかが殺人じゃないか (昭和24年の推理小説) 』のあらすじと読書感想を紹介します。戦後の青春のひと時を分かち合う仲間との友情と、時代への温かな眼差しが感じられるミステリ。それだけにタイトルの意味が重い。
『名探偵音野順の事件簿シリーズ』北山猛邦 【まとめ・ネタバレなし】世界一気弱な名探偵と楽天家の推理小説家の凸凹コンビ
北山猛邦著『名探偵音野順の事件簿シリーズ』は東京創元社から刊行されている推理小説シリーズです。 気弱なひきこもりの名探偵・音野順とその友人で推理小説家の白瀬白夜のコンビが活躍します。 いやがる音野をなんとかかんとか事件に引っ張て行く楽天家の白瀬の間のやり取りや、強面で意地悪な岩飛警部、世界的指揮者である音野の兄・要など、個性豊かなキャラクターが活躍します。 そんな本シリーズの魅力を紹介していきたいと思います。 登場人物 1. 『踊るジョーカー』 2.『密室から黒猫を取り出す方法』 3.『天の川の舟乗り』 まとめ 登場人物 音野順(おとのじゅん) 世界一気弱な名探偵。重度の人見知りでひきこもり。…
『しつこく わるい食べもの』千早茜 【感想】『わるい食べ物』 の続編エッセイ、コロナ禍のなかで食を愛する小説家は何を見て何を考えたか
千早茜『しつこく わるい食べもの』のあらすじと読書感想を紹介します。コロナの流行により、飲食店は自粛営業、食を愛する者として、小説家として、著者の生の声が聞こえる一冊です。
『ひきなみ』千早茜 【感想】どれだけ傷めつけられても、脅かされないものがある
千早茜『ひきなみ』のあらすじと読書感想を紹介します。2人の少女の深い繋がりと、それがもたらす痛み。生きることの苦しみの果てに残る光が、新しい道をひらく。
『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』辻真先 【感想・ネタバレなし】東京と名古屋をまたがる殺人事件に昭和12年を生きる少年探偵が挑む
辻真先『夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』のあらすじと読書感想を紹介します。三冠を達成した『たかが殺人じゃないか』の前日譚。名古屋汎太平洋平和博覧会中に起きた殺人事件に少年探偵が挑む。
『オーバーロードの街』神林長平 【感想・ネタバレ】人間よ、人間をやめよ、〈地球の意思〉が人類に宣告する黙示録的SF
神林長平『オーバーロードの街』のあらすじと読書感想を紹介します。地球の意思が人間に告げる、人間よ、人間であることをやめよ。そして大災厄が訪れる。
『オービタル・クラウド』藤井太洋 【感想・ネタバレなし】スペーステロに日本のWebエンジニアが挑む、胸が熱くなるようなSF大作
藤井太洋『オービタル・クラウド』のあらすじと読書感想を紹介します。第46回星雲賞、第35回SF大賞受賞の著者の代表作、一人の技術者の小さな発見が大きな渦を巻き起こす。
『わるい食べもの』千早茜 【感想】新進気鋭の女性作家が旺盛に語る食・食・食!
千早茜『わるい食べもの』のあらすじと読書感想を紹介します。旺盛な食欲と飽くなき探求心、クールで情熱家な著者の素顔が垣間見える食エッセイ。
『匠千暁シリーズ』西澤保彦 【まとめ・ネタバレなし】刊行順・作中の時系列順、おすすめの読み順にまとめてみました
西澤保彦『匠千暁シリーズ』を刊行順と時系列順にまとめてみました。最もアルコールを消費するミステリシリーズの魅力をご紹介します。
『追想五断章 』米澤穂信 【感想・ネタバレなし】五つの結末の無い物語が、変貌する真実を語る
米澤穂信『追想五断章 』のあらすじと読書感想を紹介します。平成4年の時代描写と主人公の心情と5つのリドルストーリーにまつわる謎と過去の未解決事件が呼応し合う贅沢な構成の小説です。
「ブログリーダー」を活用して、zaさんをフォローしませんか?