chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
Tora34
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2021/04/19

arrow_drop_down
  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 144 忍び寄る影

    関白豊臣秀次の不幸は、天下人秀吉の甥に生まれたことだ何事もなければ尾張で平凡な百姓として、近在の百姓娘と結婚して、子をもうけて平凡な生涯を終えただろう。人には人生の中で一度は、越えなければならない大きな山に出くわすことがある。仕事での決断、大失敗、転職、事業の失敗、大病、大事故に遭って体の一部が欠損したり、子供の登校拒否、障害を持った子の誕生、配偶者の死、熟年離婚、何かの理由で莫大な債務を負うとか、全財産を失うとか、数え上げれば切りがないそれは貴賎を問わず、老若を問わず訪れるこれを乗り切れるか、乗り切れないかは本人の強さ、弱さによる不幸は時に幸福の糧になることもある、秀吉のように負の境遇から始まったことが、彼を強い人間に押し上げて、天下一の男にまで上り詰めた、徳川家康もしかり。だが秀次には、そんな才能はな...空想歴史ドラマ貧乏太閤記144忍び寄る影

  • 恵方巻

    ネットを見たら「恵方巻」は1989年にコンビニチェーンが広島県で販売したのが始まり、と書いてあった。ヒット商品なんてのは、ほんの些細なことから始まることも多いんだなと思った日本人の「乗っちゃえ」精神なのか、遠くはクリスマス、それからバレンタイン&ホワイトディ、近年のハロウィンにしても私の青春期頃には無かったものばかりだ。商売人の商魂たくましさと、それに乗っかって楽しめる日本人なのだ。私も2年前まで頼まれた人にだけ恵方巻を作って販売していたが、せいぜい20本くらいだった、海苔1枚半使った、スペシャル海鮮超太巻きも作ったが、800円で販売したが、テレビを見てたら2000円以上していたので驚いた。今日は自宅用に巻こうかなと思って聞いてみたら、「海鮮丼の方が良い」との声意味合いが違うと思いながらも、「そっちの方が...恵方巻

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 143 奥州の独眼竜 伊達政宗

    同じころ奥州に帰った伊達政宗もまた、軍師参謀の片倉小十郎景綱と語っていた。景綱は政宗より10歳年上で36歳、政宗の父輝宗の小姓から政宗の側近になり、その才覚を表し奥州の刈り取りに疾走した勇猛な武将であり、知恵袋であった武田信玄に板垣信方、山本勘助、今川義元に太原雪斎、上杉景勝には直江兼続があり、秀吉には竹中半兵衛、黒田官兵衛、豊臣秀長毛利輝元には小早川隆景と大きくなった大名には立派な軍師がついているその点では独断専行の独裁者、織田信長は己の才覚だけを頼り、知恵袋を置かなかったから、最期に失敗してしまった。秀吉などはもってこいの軍師だっただろうが、信長はそれを許さず、単なる軍団長の扱いしかなかったのだ。奥州伊達家は藤原氏で、祖先が源頼朝に従って奥州に攻め込み、そこで伊達の領土をいただいたところから始まるとい...空想歴史ドラマ貧乏太閤記143奥州の独眼竜伊達政宗

  • がんばれニッポン! 2115年

    高速道路の無料化実施が2065年から引き揚げられて、2115年までに延ばされたこれが実施されるかどうか、先延ばしを決定した人たちも確かめるすべはないのではないか。2115年と言えば、運よく私が生きていれば165歳である、まあ2065年でも115歳だから同じようなものだ。もっとも運転免許だって、あと10年持っているかどうかだから関係ないけど本当は今頃はスイスイ無料で高速を走っていたわけだが、以前にも先送りされたということになる、結局「言って見たけどや~めた」と言うわけだ言い訳は、どうにもなる、あのトンネル天井壁崩落の悲劇を言われたら、無料化より有料で安全な高速道を選ばざるを得ない、最初からできないことは口にしなけりゃよかったのに、結局年金同様に先を見通すのが甘すぎたということだ、必要なものは必要だから仕方な...がんばれニッポン!2115年

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 142 揺れる秀吉 家康の腹の内

    文禄3年(1594)が明けた朝鮮の状況が秀吉に聞こえてきた、朝鮮に在陣する兵数は5万で主に全羅道、釜山を中心にして慶尚道に十幾つかの日本式の城を築き、九州と四国、中国の大名に守備させているそれらの城は、また戦となれば日本からの増援部隊を直接城下に送り込めるよう、津々浦々に面して築城したのである。そして、秀長亡き後、一門衆として位置付けた毛利一族に、釜山一帯の要を任せてあるすでに大将格の毛利輝元、小早川隆景は帰国したが、毛利秀元、吉川広家、小早川隆景の養子だった毛利秀包らが守将となって残っている。去年の10月にはようやく宣祖が漢城に戻って来た、そして日本が奪った南部を奪還したいと思ったが、明からは「ようやく得た平和を乱してはならぬ、正式に倭国が我が国の属国になるまでまて」と釘を刺されている、朝鮮単独で、日本...空想歴史ドラマ貧乏太閤記142揺れる秀吉家康の腹の内

  • 酒の話

    寒いのに何かウィスキーをロックで飲みたくなって、ロックアイスと一緒に買ってきた銘柄は「ジョニ赤」、値段も980円とお安い、「ジョニ黒」も2000円ほどで売っていたが、久し振りの舌慣らしには赤でちょうど良いこれを飲むのは30年ぶりくらいかな、まさか980円とは思いもよらなかった田舎でこれだから、都会なら600円くらいで手に入るのでは?30代半ばころ、初めて国外旅行で台湾へ行ったが、あの頃は国内では赤5000円だか7000円だかで、黒1万円などと言っていた。それが免税店で2500円で一人5本買えると言うので、酒嫌いの友達にも頼んで10本買ってきた思い出がある。日本酒の越乃寒梅、雪中梅などもこちらは希少価値で1万円という値がついていたが、それも今は普通に買える、もっとレアな日本湯も増えてきたし、どれが一番とかな...酒の話

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 141 関白秀次の存在

    秀頼の誕生は子をあきらめていた秀吉にとって予想外だった「早まったか」秀吉は、自分の後継ぎをほぼ秀次に絞って、関白職も譲ったことを後悔している「もはや子は産まれぬと思ったのが間違いであった」我が子が産まれれば、家はわが子に継がせたいのは当たり前のことだだが長久手での大敗北はしたが、あれ以来、四国攻め、根来攻め、北条攻めでは立派な采配を振った、いまや秀次は秀吉の甥世代のリーダーであることは間違いなかったしかも秀長の後を継いで大和100万石の主になったのが秀次の弟、15歳になる秀俊である、奥方は秀長の娘で未だ7歳であった。だが、秀俊はこれから兄の関白秀次を支えていくだろう、秀頼が成人となる仮に15年後を想像すれば、秀次は42歳、秀俊は30歳と盛りである、15歳の秀頼に大人しく天下を渡すであろうかその頃には自分は...空想歴史ドラマ貧乏太閤記141関白秀次の存在

  • 冬の暮らしかた 延命治療

    1月も今日一日で終わる。毎年思うが1月は長い、2月になると4月はすぐにやってくる気がする。今年は、この10年でももっとも寒い気がする、しばらく起床時の室温が2~3度だったが、今日は7度あった。毎朝起きると、まずエアコンで室温を短時間で18度まで上げて、エアコンを切る、あとは部屋にいるときは電気ストーブをこまめに切ったり付けたりして暖を取っている。それでも電気料の極端な上昇に対処するために、できるだけ居間に集まって、暖房は一か所だけにするようにしている居間ではこたつ、テレビを見たりPCやスマホであれこれしているが、こたつと言うのはどうしても横になるので、気持ちよくてうたたねすることが多いある意味、必要に応じた昼寝のようで良いと思うが出不精になる欠点もある出不精と言えば、雪、雨が降る日や、歩道に積雪があって楽...冬の暮らしかた延命治療

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 140 秀吉と小早川隆景の駆け引き

    数日たって秀吉は真剣に秀頼の将来を考え始めた、何といっても自分の後継者として関白職にまで上げた秀次が一番の問題だ。秀吉が考えたのは、自分の目が黒いうちに秀次から権力を奪い、秀頼に天下を渡すことである。秀次はまだ24.5歳だ、秀頼は生まれたばかり、さすがに秀頼に政権運営は無理だ、少なくともあと10年は秀次で行くしかない、だが自分はどうなる10年後は65.6か、まだいけそうな気はする、だが万一もあるし、もし秀次がかっての織田信雄のように有力大名に利用されるかもしれない、秀吉には甥の秀次がいかにも危うく見えるそこまで考えると、徳川家康、伊達政宗などが目に浮かんできた今はまだ、前田利家殿、子飼いの宇喜多、加藤清正、福島正則らが居るから安定していると言えよう、だがもう一枚有力な力が必要だだが秀次が盤石になれば、今度...空想歴史ドラマ貧乏太閤記140秀吉と小早川隆景の駆け引き

  • スキー場の思いで

    長野県小谷村の栂池高原の最上部から更に上った、2000m級のバックカントリーで雪崩が発生して、スキーヤー(ボーダー?)が巻き込まれた驚いたのは、巻き込まれた人たちが全て多国籍の白人だったということもともと小谷村、白馬村はオーストラリア人を中心にスキー好きの外国人が多くやってくる場所で、ロッジなどのオーナーになった人も多いジャンプをはじめ、長野オリンピックの会場にもなって世界に存在をしれれるようになった。私も10代から40代まで、栂池高原の知人のところで遊んだり、ホテルにカジキを定期的に届けに行って、時には調理を手伝ったりして、夜にはオーナーの息子と飲んで一晩泊めてもらったりしたものだ。この沿線は関東圏より、関西圏のお客さんが多かったように思うホテルのスナックで神戸の女子大生と飲んだ時、初めて生の関西弁に触...スキー場の思いで

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 139 豊臣秀頼誕生

    ここで秀吉の一族、親族を整理してみよう秀吉の兄弟は、姉、弟、妹の四人兄弟で百姓の家の生まれだ姉「とも」、百姓弥助と結婚したが、夫は秀吉の出世で武士に取り上げられ、三好吉房と名乗った、のちに息子秀次の家老となった息子、秀次は秀吉に利用されて養子に出されたが武家となり、秀吉の甥の中では年長者でもあり、最期は秀吉の後継者と目されて関白に上り詰めた次男、小吉は秀吉の養子となり小吉秀勝と呼ばれたが、去年朝鮮の巨濟島で病死した。三男は秀保と名乗り、秀吉の家臣となったが、秀吉の弟、秀長が死ぬと秀長の幼い娘と婚約して秀長の遺領大和100万石を継ぐ秀吉の弟、小一郎も秀吉の出世で武士となり、生涯秀吉を支えた人望があり、諸大名と秀吉の取次として、また多くの戦場にも出て秀吉の代理を十分にこなした。大和大納言の官位も得たが1591...空想歴史ドラマ貧乏太閤記139豊臣秀頼誕生

  • 木曜以来の晴天

    木曜は当地以外は大雪だったが、富山県から新潟県にかけた約100kmの海岸部だけが昼過ぎまで晴天だったのだ。今日は朝から完璧な快晴で雪も融けるだろう。昨夜までの降雪量は20~30cmくらいだったが、除雪の雪のやり場が次第に無くなって来た、でも今日の晴で解決しそうだ、でもまた火曜日頃から降るとか言っている。テレビを見ていたら貴景勝の優勝が3年ぶりだそうだ、それは知らなかったそれにベテランだと思っていたが、30代がうじゃうじゃいる中ではまだ若い26歳だったんだ。もうそろそろ引退かな?なんて思っていたのに・・・それくらい出世が早かったんだな幕下突き出しの19歳落合も幕下全勝優勝で、昭和以降初の一場所で十両昇進を決めたこうなると来場所の焦点は、貴景勝の横綱昇進問題、朝乃山の幕内復活&優勝争い、落合の十両での活躍とな...木曜以来の晴天

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 138 妓生(キーセン)ノンゲの話

    どの大名の家来かも名前も知らぬが侍大将が居た、仮に、安野五郎三郎としよう。安野は此度の晋州攻めでも手柄を立てた剛の者であったが、酒癖、女癖の悪い武士であったから、晋州の町に入って以来、町屋や小料理屋で狼藉を繰り返していた。評判の悪いことは上司にも知れたが、これまでの長い間の転戦で皆、心がすさんでいたし飢えにも苦しんでいたから上司も多めに見ていたのだった。ある小料理屋に酔った安野が、家来数人と入り、さらに飲んで「芸者はおらんのか、芸者を呼べ」と暴れんばかりであったから、驚いた店主はすぐに妓生(キーセン)を呼んだ「なんだ、こんな女しかおらんのか、酒がまずくなる」と盃をたたき割った「朝鮮にはファンジニとか言う絶世の美女がおると言うではないか、それを呼べ!」と怒鳴った。通訳も安野の剣幕に恐れながら店主に伝えると、...空想歴史ドラマ貧乏太閤記138妓生(キーセン)ノンゲの話

  • 住めば都 新天地

    昨日は一日もくもくと雪は降り続けたが、わりと量は少なく深夜には雪も止んだ。今朝は5時半から近所のおじさんの除雪機が動き始め、息子も我が家の除雪機で、道路除雪に加わった。今期2回目の出動、積雪は15cmと少なかった、30分ほどで道路はきれいになった。我が家がある場所は市道から入る私道で、行き止まりのすれ違いやっとの道私道だから行政は除雪をしないし、消雪パイプも設置されていない、だから住民が自力で除雪するしかないところが雪のやり場はないし、排水溝もないという環境で除雪に難があるそれでもなんとか、やってしまうのが人間の偉いところだ。この私道に沿って20軒ほどの住宅がある。通り抜け出来ないから通る車は住民の車か、配達の車くらいで、環境的には静かで住みやすい。小、中、高校、市役所、体育館、市民会館、図書館、文化施設...住めば都新天地

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 137 勝っているのか負けているのか

    秀吉は何をしていたかと言うと戻って来た小西行長を叱責していたのだ「行長よ、そなたは清正の非の数々を治部少に伝えたそうじゃな、それは良い清正には帰国を命じ、謹慎処分を言い渡した。だが、そなたも清正とは逆の罪があることがわかった」「それは・・・?」「口を挟まず話を聞け!平壌を捨てて逃げ出したとというではないか、これは敵前逃亡である、すでに島津家臣と豊後の大友義統を同じ罪で改易したそなたも改易!と言いたいところだが、渡海以来第一線で苦労を重ねていることを考慮して今回は見逃そう、明日朝鮮に戻って励むがよい、借りを返せよ」大友は九州の名門、大友宗麟の嫡子でありながら敵勢に怯えて、平壌の前線で苦戦していた小西勢を見捨てて後方に逃げたのだった。これには小西も立腹を越えて、首を刎ねたいほどの衝動にかられたのだった。だから...空想歴史ドラマ貧乏太閤記137勝っているのか負けているのか

  • 1月23日から1月26日のこと

    大雪予報には驚かされたが、わが町では昨日はほとんど晴れ間が見えて、雪はほとんど降らなかった。だが一昨日降った数cmの雪が氷点下4度で凍って、道路はガタガタでどの車も、ゆっくり走っていた、ただ国道だけは完璧な除雪で一ミリの雪もない。我が家の水道は大丈夫だったが、洗面所の給湯器だけが凍って、湯がでなかったが、昨日の夕方には出てきた。昨日は天気のよさに浮かれて、国道を40kmほど走ったが、新潟県の豪雪地帯はずっと降りっぱなしで、積雪も1m~2.5mだそうだ。長野県の菅平は昨日は日本一の寒さでマイナス17度ほどになったそうだが、インタビューの小学生は「慣れてますから」なんてさらっと言ってた。私は10年くらい前に、ここでマイナス6度の凍った坂道でビビった思い出がある、それさえ問題にならない寒さもっとも北海道ではマイ...1月23日から1月26日のこと

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 136

    秀吉の禁教令や伴天連追放令が霞んでいる1543年薩摩の対岸種子島(たねがしま)に難破漂着したポルトガル船から、日本との関係が出来て、イエズス会の布教が九州から中国地方に広まったその後、交易がはじまり日本貿易を独占する。ただ堺の商人は、ルソンまで乗り出してスペインと交易をおこなっていた。唐入りの前に秀吉は伴天連追放令と、キリスト教の禁止を明言したこの時、日本にはキリシタン大名がけっこういたのだ、高山右近、小西行長、大友宗麟、黒田官兵衛、京極高次、蒲生氏郷、毛利秀包、細川忠興の奥(明智光秀の娘,珠)大村、有馬、織田秀信、伊達政宗も家臣団をローマ法王に送り込んでいる、この他にもまだまだいるなのに、秀吉の禁教令をまともに受けて大名をやめてキリシタンに固執したのは高山右近だけである後の大名は秀吉に罰された様子が無い...空想歴史ドラマ貧乏太閤記136

  • 晴れましたよ

    朝から良い天気でも北越四県(福井、石川、富山、新潟)の予報は100パーセント雪、安心できませんね午後から雪かな?一昨日から今朝までの予報は60cmだったけど3cmしか降らなかったはて?今日の予報は当たり?外れ?晴れましたよ

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 135 加藤清正 召喚謹慎命じられる

     幸州山城は簡素な城塞であったが、狭く急峻で複雑な山道であったことと、所々薄暗い森、びっしりと密集した木々やつる草が邪魔をする敵には鉄砲の装備、逃げ道がないため死に物狂いになって戦ったからであろう。その後、権慄らは幸州山城が孤立することを恐れて、後方のより堅固な城へ移った、幸州城は城の体をなしていないので日本軍にも利用価値は低く、結局放置された。しかし石田三成は報告に敗戦を隠し、敵の後退を利用して秀吉に報告した。「この度、平壌より押し寄せた10万にも及ぶ大明国と朝鮮の軍を、小早川、宇喜多、立花勢が散々に打ち負かして、敵の大将は深手を負って遼東まで逃げたとのことですこのあと、漢城の西4里にある幸州城に朝鮮の者共が5000ほど集まってきたので、これを退治するため宇喜多殿を大将に我ら攻め入ったところ、敵はこれを...空想歴史ドラマ貧乏太閤記135加藤清正召喚謹慎命じられる

  • 大雪情報と現在の様子 窓が凍り付いて開かない

    昨日の昼の天気予報では、当地の昨夜から本日朝までの降雪量は15cm今日の夕方までに新たに45cmとのことであった。結果はどうか、昨日朝は晴天だったが、昼前には冬景色に変わって強風と、一日中、雪が舞っていた・・・ここが大事!舞っていたのである、降ったのではない。今は風が強く、冬のどんより曇が覆っているが、全体的に明るく一部晴れ間が見える我が町は海岸から2000m以上の山脈まで幅広い、私が住む海岸部は冬は風が強く、昨日もそうだった風が強いとありがたい、もちろん火事になったときのリスクは強いが。なぜありがたいかと言うと、ここに降る雪は、風が山間部まで持って行ってくれるからだ、山間部にはスキー場があるから一石二鳥なのだ、適材適所?。結局、我が家の近所の降雪量は朝で3cmほどであった。今も風が「ゴーゴー」と唸り、窓...大雪情報と現在の様子窓が凍り付いて開かない

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 134 泥沼の戦場

    現代の北朝鮮、韓国の緩衝地帯38度線「板門店(はんもんてん=パンムンジョン)に行くと北朝鮮最初の町、開城(かいじょう=ケソン)が見える常に取ったり取られたりの、まさに最前線の町なのだ。小西行長と石田三成は、加藤清正が命令を無視している気がして面白くない命令が届いたのか、届かないのか「漢城に集結するように」という命令に従う気配が全くない、それより清正は常にどこかで戦をしているらしい秀吉の命令は「個別の戦は停止して、漢城、黄海道、江原道のラインを死守せよ」というものであった。明記はせぬが、加藤清正と鍋島直茂が占領した威鏡道は、「守る必要はないが」と言う風に小西と石田は解釈している実は石田の命令書は清正に着いていた、だが清正には清正の事情がある「今さら何を言っているのだ、我らが他の連中の倍も歩いて勝ち取った威鏡...空想歴史ドラマ貧乏太閤記134泥沼の戦場

  • 警戒! 10年に一度の大雪

    最近よく聞く「**年に一度の」今回は10年だそうです先週までは「数十年に一度の」と、「いったいどうなる」と心配しましたが先週は1ミリも雪は降らず、おかげで毎日、皮シューでお散歩してます。今日も陽が差して、今のところは晴れですが、突然180度、天気が変わるらしいまあ、そんな経験は過去に何度もしてますから、雪国は「降り出したらとまらない」それが怖いのです。雪は降るのが当たり前であきらめますが、とにかく除雪が嫌だあんなことに1時間2時間の重労働をさせられるのが嫌だしないで放っておくと近所から「お宅の前だけ雪があって困ります」と来るから近所づきあいも支障が出る。ほんとうに雪国の田舎は嫌だね。晴れていれば、こんな風に散歩出来て気持ち良い「南天の坂道」(スマホ)丘の上から海を見る今朝の空(北東方向)警戒!10年に一度の大雪

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 133 平壌、漢城 明軍との戦い

    正妻の政所ねねは天下人となった秀吉に何も言わなくなった、怒っているわけでも嫉妬しているわけでもない、だが心のどこかが覚めているねねは、淀や京極と生きてきた道が違いすぎている、所詮は庶民階級の暮らしに慣れていて高家の者との交際は不得手である秀吉がそれをわかっていて、朝廷などの儀式に出向くたびに、ねねではなく京極殿を連れていくことも知っている、だが嫉妬心も、自分に対する卑下の心もおこらない、むしろその方がありがたいと思うのだだから大名にしても苦労を共にしてきた前田利家、自分が育てた加藤、福島、黒田、宇喜多、木下秀俊(後の小早川秀秋)と今も親しみ石田三成など近江長浜以後の家臣は遠ざけている、そんな生きざまは徳川家康と似たところがあり、近年、家康は江戸、大坂を往復するたびに政所ねねのもとにご機嫌伺いするのが慣例化...空想歴史ドラマ貧乏太閤記133平壌、漢城明軍との戦い

  • 全国男子駅伝 大相撲初場所

    天皇盃全国男子駅伝は長野県が前回大会(2020)に続き連覇、全国トップ9回目の優勝を果たした4区中学生、5区高校生が区間新の区間賞でトップに浮上して逃げ切ったアンカーは数十年ぶりに箱根駅伝に出場した立教大陸上部監督の上野雄一郎選手、上位3チームの中では他のアンカーより持ちタイムが1分以上遅いし、年齢も30代後半50秒ほどの差でタスキをもらって13kmを走った、「大丈夫かな」と心配したが、さすがはベテラン30秒差ほどで余裕で逃げ切った上野選手は自信あんかーで優勝テープを切るのは4回目だから、これも最多だろう、そして優勝記録も新記録だった。「yottin3県」では駅伝王国長野県は堂々の連覇の優勝、新潟県は1区41位と出遅れたが、徐々に32位まで押し上げてきてアンカーにアンカーは箱根駅伝5区山登りで監督から「山...全国男子駅伝大相撲初場所

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 132 秀吉の孤独

    9月に入って朝鮮北部(主に現北朝鮮)は落ち着いた、しかし日本軍にとって手薄な南部は問題である釜山に戻った石田三成に秀吉から命令が来た「停戦の今のうちに晋州城を攻め落として羅州を占領せよ」と言う無傷の九番隊(秀勝.細川隊)、七番隊(毛利輝元)に役目が回ってきた細川忠興を総大将にして2万5000の大軍で攻め寄せた、守るのは朝鮮軍将、金時政率いる5000だ、この戦は錦山城戦と全く同じ流れであった、「義兵長」郭再祐が2000の義兵を率いて後方かく乱を行って、城兵を助けた義兵到来に備えていた攻城軍の毛利隊の一部が攻撃に行くと、横合いから政府軍の後詰が攻撃を仕掛けたので、毛利隊は乱れたその間にまたしても兵糧が襲われたのである、これに勢いを得た籠城軍は大将金時政自ら打って出た、不意を突かれた細川軍は被害を出した勝利した...空想歴史ドラマ貧乏太閤記132秀吉の孤独

  • ドラマの夢見そう

    今年の新たな挑戦は「テレビドラマをバンバン見るぞ!」ということで、新番組が始まる1月からスタート、早くも初夏一見逃しがいくつかあるが、まあそれは2回目からでもいいや(見逃し配信もあるが、それを見るほど余裕なし)ちょっと整理しないと、タイトルと中身が一致しないほどたくさんにな太字好きな俳優1,△女神の教室弁護士養成所の物語北川景子山田裕貴及川光博2、◎罠の戦争大臣秘書の大臣と政界への復讐劇井川遥草彅剛本田博太郎片平なぎさ高橋克典3,◎夕暮れに手をつなぐ婚約者に振られた田舎娘の新たな恋広瀬すず永瀬簾4,△星降る夜にろうあの青年と年上の女性の恋吉高由里子北村匠海千葉雄大5,△リバーサルオーケストラ2流楽団の団員門脇麦田中圭6,〇スタンドUPスタート社会の落ちこぼれ社員を再生成功させる男山下美月竜星涼小泉孝太郎7...ドラマの夢見そう

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 131 明との停戦

    平壌にはまだ大政所の死は届いていない、秀吉が京に行ったこともだ(沈の申し出は悪い話ではない、仮に話が会談前に戻っても何ら損はあるまい、この話は独断で処理してもよいだろう)「殿下のお考えなど、儂にはわからぬ、それより明帝は降伏を承知したのか」「降伏とは申しておりませぬ、降伏するほど我が国は困ってはおりませぬからなあ、ただ朝貢国の朝鮮を救うためなら多少の譲歩はすると言っております」「それでは我が国が得た朝鮮の領土を返還するだけで、我が国が全面的に損をするだけであろう、そんな条件は飲めぬ、こちらが負けたような条件ではないか」「小西殿、今わが軍は30万の兵が遼東まで進んで、北京からの進軍命令を待っておるのです、前回の祖の軍と桁違いでありますぞ、しかも北京では更に15万の軍が出撃命令を待っておるのですぞ、平壌と漢城...空想歴史ドラマ貧乏太閤記131明との停戦

  • またまた大混戦 大相撲

    単独トップの大関貴景勝が連敗、昨日は勝ったが、3敗三人で14日目を迎える一人横綱、一人大関と言う史上まれな番付、しかも横綱は全休、この先も出場の可能性は低く、このまま引退となるのか?辞めたくても、さすがに横綱なし、大関一人では相撲協会もかっこがつかないから、降ってわいたような大サービス、貴景勝の全勝あるいは1敗優勝で横綱昇進論が浮上した「ああ、それなのに」貴景勝はふがいなく12日目で早くも3敗、このまま優勝しても、さすがにダメでしょ!また今場所も平幕優勝の可能性が66%、それでも満員御礼が続くから、モンゴル横綱が交代で優勝していたころより人気があるのかも案外、大混戦の方が面白い」ってか。大関から幕尻まで実力伯仲だから、大関の壁を破る力士が出てこない一番近い若隆景、豊昇龍も勝ち越しか負け越しかの瀬戸際では、...またまた大混戦大相撲

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 130

    名護屋では朝鮮の戦のリアルさを感じることはない、秀吉は朝鮮からの連絡が入らない限り、退屈な毎日であるそれでも愛妾の淀殿、京極殿が相次いで名護屋に到着したので、名護屋城の二の丸に御殿を建てて、それぞれに住まわせ、あししげく通った.戦場にいるわけでもなく、連絡を待つだけで緊張感が無い秀吉にとって、小田原攻め以上に退屈な戦である、それで二人の愛妾を呼んだが、それでも足りず、博多や堺の豪商を呼んで今後の海外進出を語り合ったりお伽衆と語ったり、各会の名人芸を楽しんだりして過ごしている。一方で朝鮮渡海の兵たちの苦しみは半端でなく、風土病に罹る者、栄養失調に陥る者、戦傷に苦しむ者、精神を患う者などが時間と共に増えてきている更に各地で朝鮮義兵(ウィピョ)組織が作られるようになった、これはようやく国家存亡と言う事の重大さに...空想歴史ドラマ貧乏太閤記130

  • 晴天につられ雨晴海岸

    明日からは「何十年に一度の寒波がやってくる」とテレビ今日は朝から珍しい快晴で温か、明日からの閉じこもりを考えたら、今日でないでいられない朝のうちに、ちょっと山手へ行ってみて最近、晴れた午前中は、谷あいに雲がわく土手には、うっすら昨夜の雪かそれから高岡から能登へ抜ける途中の、雨晴海岸(あまはらし)までひとっ走り黒部から高岡まで(たぶんその先までも)国道8号は片側2車線が続いて快適信号停止、グッドタイミングで市内電車が来た、高岡から新湊方面まで走る万葉電車(勝手に名付けた)いろんな色や、派手なコマーシャル電車が楽しいここまでも抜けるような青空、車の中は温室時々、窓を開けると風が気持ち良い、5月の午前のような感じ海も穏やか、3000mの立山連峰が光の中に霞む雨晴海岸去年は正月から3泊した富山市、その後も市電乗り...晴天につられ雨晴海岸

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 129

    これを秀吉が受け取ったのは10日後であった「これは容易ならぬことだ、思ったより朝鮮は辛抱強い、甘く見てはなるまい」「いかがなされましたか」徳川家康が聞いた、石田三成ら側近官僚が朝鮮に渡ったため、今ここには徳川家康、前田利家が副将として秀吉と共にいる「あんがい朝鮮は手強かった、ここに明の大軍がやってくれば我らもいよいよ本腰を入れねばならぬようじゃ、ああこれ」「ははこれに」と現れたのは大野治長(おおのはるなが)23歳の若武者である、近年は秀吉の近習として働き、名護屋にも陣屋を構えている出自は不明な点が多いが、母ともども、市や淀殿たち姉妹に小谷から仕えていたという。「淀じゃ、淀を名護屋に呼び寄せよ」「はは、仕りました」「まてまて慌てるな、まだ用事がある、釜山の代官に遣いを出せ、『秀勝は巨済島』に渡り、そこで朝鮮...空想歴史ドラマ貧乏太閤記129

  • 七不思議

    政府のコロナ対策が変わりそう1)3年間で感染者数、死者数最高のタイミングで「落ち着いたから~」という表現2)尾身会長や、女医さんがテレビから消えた3)5回接収率最高の高齢者が、圧倒的死亡割合4)接種を続けながら感染者が増え続ける5)中国、人口の半分以上感染って大丈夫6)ウクライナとロシアのコロナ感染?7)ノーマスクアメリカと、マスク日本七不思議

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 128 母からの手紙

    その日の昼過ぎに秀吉に宛てて文が届いた、大政所からのものであった大政所「なか」は字を覚えようとしなかったから読み書きができない、文字を見ると仮名文字で、あきらかに政所「ねね」の筆である。「たいかうどのひぜんのくらしふじゆうはないかはらをくだしてはいないかよくたべているか。ちかごろまいにちちくあみがゆめにでてくるなにもいわぬがたいかうのしんぱいをしているのがわかるわしにもなにかをゆうがわからないかきをさしだしてにやりとしたしげにわらういつもおなじゆめをみるわしにこいとゆうているのかたいかうどのどうかいくさはやめてくれいくさがのうなったとみなむねをなでおろしたのにまたいくさとはわしもさきはなごうないゆえあみださまのおむかえをねごうておるあみださまはあくにんでもすくってごくらくへみちびきなさるとゆうができるなら...空想歴史ドラマ貧乏太閤記128母からの手紙

  • 冬の電気料

    年金生活1年生も、2年生になった1年生になって始めたのが現金出納帳、いわゆる家計簿をつけ始めた現役の時は「買いたいものは躊躇なく買う」「値段は買えるか買えないか」で判断するだけで比較購入なんてしたことがなかった年金口座と保険料口座以外は全て解約して、面倒だけどコンビニ振り込みに変えた、だから公共料金の数字がわかるようになったそれと食事は、夕飯以外は自分の食事は自分で作る方式なので、3日に一度はスーパーへ買い出しに行く、それで食品の価格も初めて意識するようになった。今までのザル男に「主婦感覚」が身に着いた本題を言えば去年同月は、家族は家二軒に別れていたので電気料は合計38000円、今年は一軒にまとまって33000円だから減ったことになる。だが前月比だと19000円から33000円になって、これは寒さでエアコ...冬の電気料

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 127 石田三成の朝鮮渡海

    朝鮮王は勝利の知らせを受けると大いに喜び、李将軍を南海三道の水軍最高司令官元帥とした、同じ地位にあって戦わずに逃げ出した元均将軍とは正反対になったこれ以前から李将軍と元均将軍は、加藤と小西同様に不仲であったが、元均はなおさら李将軍を恨むようになった、これもまた西人派と東人派の争いが絡んでいる巨済島には日本軍が駐屯しているが海上は朝鮮水軍に封鎖されてしまった、2日後には九鬼水軍と朝鮮水軍が釜山沖で衝突した、互いに軽い被害を被ったが痛み分けでそれぞれが引き上げた朝鮮南部の海域は朝鮮水軍が制海権を得た、その勢いで日本海(東海=トンヘ)にも李艦隊は現れて、江原道から威鏡道へ物資を運ぶ日本船団を襲うようになった。このように朝鮮の数少ない名将、李舜臣の活躍で海戦の勝利を得たが、陸路では相変わらず日本軍が有利に戦ってい...空想歴史ドラマ貧乏太閤記127石田三成の朝鮮渡海

  • 新谷仁美 ヒューストンマラソン優勝

    昨日の駅伝に新谷がエントリーしていなかったと思ったら、渡米してヒューストンマラソンに出ていたしかも2時間19分24秒の日本歴代2位(あと13秒で日本新だった)で優勝たしか私の記憶では1960年代の寺沢選手が世界記録を出した時のタイムが2時間16分台だった記憶があるそれと比べても新谷の記録の凄さがわかる、もっとも男子マラソンは今や2時間切りのぎりぎりまで来ている、50年間、人間の運動能力と科学的分析とグッズの進歩は目覚ましい。私は女子中距離、長距離のコレクターでもある一番最初にファンになったのは鈴木亜由子(日本郵政)それから復活した新谷仁美(積水化学)、新星の廣中璃梨佳(日本郵政)、、佐藤早也伽(積水化学)、五島莉乃(資生堂)、これから楽しみ不破聖衣来(拓大)、今回の駅伝で大阪バリバリのキャラに惚れて松田瑞...新谷仁美ヒューストンマラソン優勝

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 126 海の英雄 李舜臣登場

    「実を申せば、我らも困っております、大方の大名衆も戦には辟易しておるのです、だがそれを言えば殿下に殺されかねませぬ、我が国は腹切りなど平気で命ずる風潮でありますからな」「恐ろしい人間じゃ、秀吉は幾つになるのか」「今は50半ばでありましょうか」「まだ命は続きそうじゃな、何か互いに救われる方法はないのか小西殿」「まずは停戦をすることが最初かと、それから平和交渉に入る、これで一年ほど時間をかければ殿下の心境も変わるやもしれませぬ、まずは時を稼ぐことが一番でござろう」「ふむ、儂も義州に戻ったら王様に相談してみるか」「それが良いかと、明国が出てくればもはや止めることは叶いませぬ、我らはもともと朝鮮国とは仲良く交易していた身です、元のように戻ることを願っております」「よお、わかった、では我らの帰路の安全を頼み申す」左...空想歴史ドラマ貧乏太閤記126海の英雄李舜臣登場

  • 全国女子駅伝 新星登場か!

    中学生女子に、不破聖衣来を彷彿させるニュースターが登場した「皇后杯第41回全国女子駅伝」が京都で開催された。今回は不破聖衣来、田中希実が急遽出場なし、大好きな廣中璃梨佳も欠場大物は大阪のアンカー、大阪の松田瑞生だけ、ちょっと盛り上がらないが、大阪、宮城の高校生が楽しみ。始まってびっくり!新潟県去年は42位の最終グループだったが一区で小海(こかい)遥(はるか)が(まさかの)区間賞、(第一生命グループ)新潟県選手の区間賞は41回の大会で初だそうだ、当然一位での襷リレーも初めて4人グループから、あと900mでロングスパート一気に抜け出すどんどん差を広げる腕の振りも良い、長いストライドが飛ぶようでカッコいい素顔はレースから伺えない優しい表情感動ものだ。だが本当は実力者だ、高校は名門仙台育英で2019年には高校駅伝...全国女子駅伝新星登場か!

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 125 板挟みの小西と宗

    首都漢城を占領した報告が16日には秀吉に伝えられた、続いて宇喜多、毛利、黒田も入城したという「そうか、清正と行長と長政が競っておるか、ははは、負けず嫌いの者どもだからのう、まあそれゆえに進軍も早いのであろう、儂も船の準備が整えば朝鮮に渡るつもりじゃ、漢城に儂の御座所を作るよう播磨、因幡、但馬の大名に命じよ」漢城では久々に兵士に休養が与えられた、各軍団長から兵たちには「朝鮮の一般の女に狼藉を働いてはならぬ、漢城の娼婦や芸妓を集めて、朝鮮商人の利益となるよう取り計らわせるなら、それを許す」とした、だから正規兵や足軽は、そのようにしたが無理やり人夫として朝鮮に連れてこられた百姓の若者は給金も微々たるものであったから、朝鮮の農家などに押し入って狼藉に至ったことは想像できる。為政者が対外的に弱ければ、人民が被害を被...空想歴史ドラマ貧乏太閤記125板挟みの小西と宗

  • 格闘技 大相撲

    力士の八百長告発から始まった「角界浄化運動」あれから十何年たったか忘れたが、ようやく八百長を知らない世代が役力士になって連日本気モードの面白い相撲を展開している。昨日も同学年、貴景勝と翠富士のまさにバトル相撲、土俵を下りた翠富士が「思わずカッとなって冷静さを失った」と言っていたが、相撲だって格闘技の一種だこれくらいの闘志あふれる一番が見られたら、観客だってテレビ桟敷だって、「面白い」より感動する。ほんとうに昔の八百長、無気力相撲はつまらなかった、今は十両でも目を離せないほど本気で面白い、朝の山だって気を許せば負けてしまうそれは幕下で朝の山が全勝どころか優勝さえ逃しているから、いかにみんな真剣に相撲をとっているかわかる今は横綱、大関不在に等しく、関脇以下幕尻まで力が均衡している、だから平幕優勝が続き、先場所...格闘技大相撲

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 124 加藤清正と小西行長の対立

    「申砬軍壊滅、忠州を奪われる」の報が漢城に届くと、「ここにとどまって守り抜く」と威勢の良いことを言っていた文班(文官)が「まさか申将軍を一日で破るとは」と驚き、王族を置き去りにして真っ先に逃げ出した、さすがに三人の宰相は行動を共にしたが、従う役人や武官は100人にも満たない。光海君は宣祖に開城(ケソン)まで避難を急がせた、慌てた王族は取るものも取らず城から逃げ出した。忠州に先に到達したのは加藤軍であった、実は小西軍の方が2日早く着いていたのだが、漢江の向こうの弾琴台に申将軍の軍が待ち受けていたので、忠州入城よりも先に、そちらを攻め落とすことにしたのだ。忠州城に籠る敵は僅かなので、それは見張り程度置いておけばよかった小西隊は三方から川を渡って弾琴台に攻め込み、攻め落としたのだ、味方の損害も出たが圧勝であった...空想歴史ドラマ貧乏太閤記124加藤清正と小西行長の対立

  • 退屈しない人生 今年はドラマで行くか

    齢をとると一日が過ぎるのが早いたしかに早いと思う、でも歳のせいか?一年前の現役の時の一日は長かった仕事をやめて家にいてぼ~っとしているから早いのかでもぼ~っとはしていない、何かをやっているブログを書いていると一時間はあっという間だ、集中しているからか晴れた日は散歩もしている、散歩の時間は結構長く感じるが、あんがい時間が過ぎていかない、ゆっくり流れる感じテレビを見ているとどうなんだろう、面白いドラマだとあっという間に一時間たつが、相撲は長く感じる2泊3日の旅行をする、あっという間に3日が終わるだが一か月が過ぎるのは長く感じる、でも数か月過ぎるのは早い毎年そうだが、一月がなかなか終わらない、だけど気が付くと四月になっている、この季節感、どうなんだろう一生が短いというのはわかる、これから行く未来は見えないし果て...退屈しない人生今年はドラマで行くか

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 123 朝鮮の希望 光海君

    この地で指導者的な在地両班に通詞をたてて聞いてみると「倭人は我らを朝鮮人とひとくくりにするが、このあたり太白山(テペクサン)以南の土地は大昔は三韓と言って馬韓(マハン)、辰韓(チンハン)、弁辰(ビョンジン)と別れていたが一人の王の元で一つの国と言ってもよかったその後の時代には、百済と高麗の二国が三韓の地を継いで、倭国とは親しく沿てきた。都など北の方の朝鮮人の祖先は、平安道よりさらに北の種族が祖先で南下してきた者である、騎馬を使った遊牧民であるが、我らは倭人と同じ農耕民族であるその昔には倭国へ米造りを教えたのじゃ、仏教も百済が倭国に伝えた、釜山は昔より倭国との窓口で交易が盛んだった、だから我らは倭人に対して違和感も敵対心も持ってはおらんのじゃ、まあ土地を収めている文官や武官は都から派遣された者だから敵対する...空想歴史ドラマ貧乏太閤記123朝鮮の希望光海君

  • 豪雪地帯一周

    昨日は快晴に誘われて豪雪地帯を視察してきた国道18号新潟県妙高、長野県信濃町、国道117号、長野県飯山、野沢温泉村、新潟県津南、十日町、国道253新潟県松代、安塚、上越つなぎに幾つか県道も走る。すべて高速を使わず250km8時間、時々小休止しただけ、終了後にわが町まで高速を走っただけ国道も県道も長い坂道の日陰が、凍結している部分が時々あって緊張する時速20km以下で慎重に進む。72才には厳しい(・・・でもないか)上杉謙信の春日山城、雪は少ない飯山「道の駅千曲川」付近の土手野沢温泉村付近千曲川栄村津南町国道の歩道十日町市津南も十日町も国道沿いは豪雪地帯の面影はない道外れで多いところで1mくらいか松代から県道219で柏崎へ抜ける斯波峠温泉を過ぎてゆく絶景が広がる新潟県の除雪技術は素晴らしく、山間地の3桁県道で...豪雪地帯一周

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 122 朝鮮の希望 光海君登場

    天正20年4月真っ先に釜山に到着した小西らの第一軍は、壹岐、対馬を経て釜山(プサン)に着き、700艘もの船団を海上で待たせて朝鮮との交渉に入った「今、心を改めて我らを唐国まで案内するなら、朝鮮は無事であるだろう」と釜山鎮(以後、城と書く)の鎮守大将に書状を送った「これはどうすれば良いのか」青天の霹靂、釜山の鎮守大将は困惑した釜山城の朝鮮軍には中央(漢城)から何の指示も来ていないし、日本軍の侵略などもともと机上でも論じられていなかった、この地方の鎮守大将には何も決定できなかった「船団を見た時は、いつもの倭国の船団かと思ったが、まさか軍船であったとは、倭軍に従っても、倭軍と戦をしてもどちらも中央から罰を受ける可能性がある、これは困った」大将は家来に愚痴を言ったがどうしようもない日本との貿易港である釜山の鎮守兵...空想歴史ドラマ貧乏太閤記122朝鮮の希望光海君登場

  • 長野県飯山市にいます

    快晴に誘われてちょっと遠くまで長野県飯山市にいます

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 121 釜山上陸

    今の秀吉にとって淀が、天に輝く星を取ってくれといえば、その努力の為に財をなげうつかもしれない、秀吉の心が動いて信雄は1万5000石の禄を賜って、秀吉のお伽衆となった、そして名護屋にも家臣を引き連れて参陣したのである。秀吉の命を受けた全国の諸将が一斉に肥前名護屋に向かって動き出した街道と言う街道は大移動で身動きがとれぬほど混雑した、これには秀吉自身が困惑した、自分自身も1月早々に行くつもりが石田三成からの連絡で、「2月までは出立されぬように」と言ってきたのだ。前田利家も九州に発つことになり秀吉に挨拶にやって来た、その挨拶がてら秀吉の側室となっている娘、加賀の局に会い、それから大政所、北政所にも出立のあいさつにやって来た「大政所様、政所様、お久しゅうございます」「おお、前田さま、秀吉のわがままで難儀させますの...空想歴史ドラマ貧乏太閤記121釜山上陸

  • 青春小説

    年が明けても雪降りらしい「雪の日」はまだない昨日は短い時間、忘れられない程度降って見せたが、それも地面を白くすることはなく。午前は晴れ、午後は小雨のような日が続いている、もちろん町の中はどこも雪が無い。今日は朝から関東並みの快晴で、青空が眩しい。青春小説の書き出しに良いような気持のよい爽やかな朝。この頃は戦争とか、社会問題とか殺伐とした本を読むことが多くなった、老後の生き方とか、時代資料、昭和戦争の背景とか、夢も希望もない本ばかり読んでいる。そうか「青春小説」とは、しばし忘れていたなあ、戦国時代にのめりこんだのは成人してからだから、高校生まではずっと青春小説にハマっていた。石坂洋次郎の小説はテレビでもドラマ化されて、スグロホマレ、オオゾラマユミなんて俳優が出ていた記憶が。「陽のあたる坂道」もあったたな、吉...青春小説

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 120 秀吉の決断 新たな戦争

    天正19年の12月に秀吉は関白職を甥の豊臣秀次に譲った、関白秀次の誕生である。そして秀吉は関白職を辞した者に与えられる太閤下となり「太閤秀吉、太閤殿下」と呼ばれるようになった。*秀吉は明国への進軍を「唐入り(からいり)」と言い、「朝鮮国」を「高麗」と言っていたらしいですが、この話の中では「唐入り」と「朝鮮」で話を進めます。「三成どうなっておるのだ、未だ朝鮮から返事が来ぬとはどういうことだ」「まことに、すでに半年にもなりまするなあ」「何を他人事のように言って居る、すぐに小西と宗をここに呼んでまいれ」二人は慌てて大坂屋敷から、大坂城にやって来た「いったい朝鮮の返事はどうなっておるのだ、儂に従属して貢物まで持ってきながら無しのつぶてとは、どういうわけじゃ、その方らに何か言ってきてはおらぬのか」「ははー、申し訳ご...空想歴史ドラマ貧乏太閤記120秀吉の決断新たな戦争

  • 矛盾だらけの令和コロナ騒動~

    新潟県で鳥インフルが出て、採卵鶏130万羽が殺処分されている今年は人間様のインフルエンザも流行と昨年から言われている散歩など外歩きで周囲に人が居なければマスク不要、と言われて久しいが、私は人に会うこともない田舎の散歩道も、マスクで歩いている。これはどこにいるかわからないインフルエンザ・ウィルスに備えてだ過去15年の間に二度Aソ連型に感染した「実績」があるから怖い。もっとも5年前の二度目は発熱も痛みもなく、腰が少しだるいかなという程度で家でデスクワークをしていたくらいだから、あれがテレワークならぬファックスワークの先駆けだったのだ。さてコロナ騒動もコロナウィルス同様に変異をくりかえしていて、最初の騒動さえ忘れられようとしている。たしか始まりは中国武漢で「武漢ウィルス」と西側諸国は名付けて、中国の衛生管理の悪...矛盾だらけの令和コロナ騒動~

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 119 朝鮮の内情

    秀吉が大陸進出の足掛かりに考えている朝鮮国、九州から見れば関東へ行くよりもはるかに近い宗氏の対馬からだと博多や平戸より朝鮮の釜山(プサン)の方が近いくらいだ、それなのに日本人は朝鮮をあまり知らない。朝鮮と言う名の国は、ここに大昔からあった国ではない、日本が有史以来今日まで「日本」であるのとは全く違う、それは国家権力を握った王者が変わるたびに国名が変わるからだった。最初にこの半島を統一したのは金氏の「新羅」次が、王氏の「高麗」、そして李氏の「朝鮮」となる、現代は「北朝鮮」と「大韓民国」に分裂している。朝鮮は1392年に高麗の将軍の一人、李成桂(りせいけい=イソンゲ)がクーデターを起こして高麗王朝の王氏一族を皆殺しにして作った国である朝鮮という国名は、明国の初代皇帝朱元璋(しゅげんしょう)が李に請われてつけた...空想歴史ドラマ貧乏太閤記119朝鮮の内情

  • 「どうする家康」「どうなる有村架純」

    「どうする家康」脚本は「ALWAYS」か、こりゃあ期待できそうだ第一回を見たが、いきなりカッコいい萬斎さんが出てきて今川義元だってというより、なんで「のぼうの城」の成田長親がいきなりここで出て来たんだ?感。どうせギャグも混じるドラマだから今川義元より織田信長役が良かったのではないかい。かなり後まで出番が続くから、萬斎さんの存在感はでかい・・BIG小説の多くでは意地悪で気位が高く、若い時代の家康を悩ませる「瀬名姫=築山殿」が有村架純とはイメチェンもいいところだ、しかもラブロマンスてか、恋愛結婚だ、「三丁目の夕日」だもんな、家康、彼女をどうやって殺すのか?第一話で結婚、竹千代も産まれた、速い展開だ、今川義元も出たとたん死んでしまうし。大高城兵糧の運び入れはリアルな描写で良かった。一人で海岸に逃げ出した家康(元...「どうする家康」「どうなる有村架純」

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 118 唐国征服計画

    秀吉は天竺(インド)、ルソン(フィリピン)、高山国(台湾)、「関白秀吉に従え、さもなくば大軍で攻め寄せて根こそぎ成敗する」という強硬な書状を一方的に送りつけた。インドとルソンはポルトガルとスペインの監督官である提督あてだから、スペインとポルトガルにも宣戦布告したようなものである日本を平定して秀吉は、欧州の強国にも負けない自信を持ったのだった。だが一方で別の不安が頭を持ち上げた(今のうちは良い、だが戦争が無くなっても、各大名はまだ数年は戦えるだけの武器を持っている、百姓たちでさえ刀を隠し持っている持っていれば、いつかは使いたくなる、いや、使わざるをえなくなるであろうそうすれば戦が起こる、儂の目の黒いうちは誰も立ち上がるまい、だが万一儂が死んでしまえば・・・秀長もおらぬ、秀次では心もとない儂が織田家を奪い取っ...空想歴史ドラマ貧乏太閤記118唐国征服計画

  • テレビ事情

    昨日は家から一歩も出ず食事を作ったり、本を読んだり、ブログを書いたりしていた年が明けてからは元旦から3日まで駅伝を見ただけで、テレビはほとんどつけていない。正月はバラエティばかりでやかましくバカバカしい番組が多い。だが今日からは様子が変わる、大河「家康」が始まるし、大相撲も始まる夜ドラも新しいのが続々と始まるようだ、ドラマもあまり見ることはないのだが、去年は「エルピス」だけ見た、長澤まさみが良いからだ(ファンまではいっていないが)、でも月曜10時というのがネックで何度も見忘れて、最終回も見逃したから結局「なんだったんだろう?」で終わった(笑)HDに録画も考えたが、あれもこれも録っていてとても見切れないからやめた。毎回見るのも難しい、それはPCを構い始めると3時間くらい平気でのめりこんでしまい、他のことを忘...テレビ事情

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 117 相次ぐ不幸 鶴松の死

    「もし鶴松が死んだなら、おまえも家族もみな磔に処する」「そんな、ご無体な!」医師は震えだした。「もうよい、役立たずは引きずり出して名医を探して、すぐに連れてまいれ」しかし、新たな医師が来る前に、鶴松は息を引き取った、2歳であった。1月の秀長に続き、8月には鶴松まで死んでしまった秀吉は天を呪った、「なぜじゃ、なぜわずかな望みまで儂から奪うのだ、信長様もあれほど子を成したではないか、儂のたった二人の子を二人とも奪うとは天に神は本当にいるのか、いるなら顔を見せよ」京雀たちは「おごりに奢った関白は茶道の大家で師匠だった利休様を、些細なことを重大事にすりかえて難癖をつけ、挙句に殺して寺の門前に酷い姿で晒すようなことをした報いだ」とあちこちで言うのであった。秀吉は悲しみに暮れたが、それさえ許さぬ事件がすぐに起こって、...空想歴史ドラマ貧乏太閤記117相次ぐ不幸鶴松の死

  • ひさしぶり

    昨夜は昔の仲間が誘ってくれて、久しぶりに外で飲んだ40代から70代男女10名、もう仲間から外れたのに。何かがあると招いてくれるはしごもして、カラオケも5~6曲歌った、久しぶり尽くしだが御前さま今日は目が覚めたら9時半・・・よく寝たし、寝ていられるのも去年までと大違い、時間を自由に使える幸せ・・・グータラにならないよう、自己管理だけはしっかりしよう。今日も穏やかな日だ。ひさしぶり

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 116 豊臣秀長死す!

    「小僧!言い分けなどいくら申しても無駄じゃ、悪あがきをせず正直に罪を認めよ、今ならば斬首は許して切腹をさせてやろう、どうじゃ」「ははは、殿下、このようなこともあろうかと拙者は日頃より心掛けておることがあります、まずは大崎が届けた書状をご覧くだされませ、それは拙者のまぎれもない真筆であります、花押は鶴を模したものでありまする目のところを良くご覧ください、針で穴を開けてあります、某が用心の為に人知れず行っておるものです、いかがですか」秀吉は南蛮人からもらった虫眼鏡で花押を見た「なるほど、穴が開いておる、それではそちらを見せてみよ」扇動状も見た「ふむ、なるほど、こちらには穴がないのう・・・ふうむ」「これで鶴の目も、これを限りにまた新たな手を打たねばなら無くなり申したが、疑いが晴れれば役立ったというものでござりま...空想歴史ドラマ貧乏太閤記116豊臣秀長死す!

  • 雪国から青天の信州へ

    この季節、気持ちが沈む雪国の灰色の空が大嫌いで、少し無理しても青空を見に行く。青空を見るためには海岸部より遥かに雪が多い県境を越えなければならない、富山/岐阜、新潟/長野、どこも冬は難所の峠越え、しかも標高が高いから午前中は凍った坂道で危険極まりないスタッドレスなんかで安心していられない、ブレーキを踏むとロックオンされてそりの様に滑って停まらないこともある。昨日は、白馬から美麻の三叉路に至る長い坂を下り。交差点手前でブレーキを軽く踏んだが滑って停まらない、速度は5km以下なのに止まらない前の車は停車しているが、ゆっくり迫っていくし、雪国では何度も経験したことだから特別焦らないが、やっぱり焦る、少し頭を右に振って、ぎりぎり止めることができた。後続車もドキドキしていただろう、道を譲った。スパイクタイヤならこん...雪国から青天の信州へ

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 115 野心家 伊達政宗

    秀吉の目がアジアに向いているこの時も、奥羽は未だ不安定要素が残っていた。すでに奥羽一番の勢力だった伊達政宗も秀吉に臣従したが、この男の腹の中はわからない、何しろ老いてゆく秀吉に比べ、政宗はまだ23歳の若武者である、それが秀吉の力が及ぶ以前に現在の宮城県、福島県、山形県の南部を力で攻め取っていたのだ。秀吉の小田原攻めの時、奥羽の全ての大名に、秀吉は参陣を命じたが、最初から無視した者、諸事多忙で行けなかった者があったしかし秀吉は理由の如何に構わず、戦後すべて領地を没収して大名を追い払った、その中には行こうにも行けなかった葛西氏や大崎氏もいた。彼らは伊達に臣従していたため個人で行くことができなかったのだ、臣従していても独立した大名には変わりないので取り潰されたのだった。その点では津軽氏の素早い動きは称賛に値する...空想歴史ドラマ貧乏太閤記115野心家伊達政宗

  • 日記還暦

    中一から日記を書き始めたから、今年で60年になる。日記の還暦と言うことだ、これを一区切りに、日記の断捨離をついに敢行することに決めた。昨日書いたように過去との決別には絶好の年なのだ、この年が60年目と言うのも奇遇である。ただ捨てるのでは60年続けた自分に対して失礼だから、その日記を1ページずつ開いて、出来事、登場人物をパソコンに書き込んでいく作業を行おうと思っている、これは今書いている「貧乏太閤記」が完了したら始めようと思う。自分でも忘れてしまったことが再び、72歳の私の目の前に現れる、ワクワクしている。その日数は365x60=21900日、いったいどれだけのメモになるのだろうか、年内に終わるのだろうか、これはチャレンジだ、「貧乏太閤記」だって一日一話だから、既に110日以上毎日書き続けているのだから、や...日記還暦

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 114 朝鮮への使者

    秀吉はこの度の大名の配置換えをかってないほど大がかりにした、切れ者と見た蒲生氏郷を会津に42万石という大封を与えて近江から移した、信長が足利義昭を奉じて近江へ攻め上ったときは、蒲生父子は六角氏の家臣で、日野城で1万石ほどの国人だったのだから、秀吉に従って大出世と言えるこれは伊達政宗と徳川家康への抑えである。織田信雄への移封の知らせは一番最後になった秀吉からの遣いが知らせを持っていくと、その場で開封して読みだした遣いが帰ろうと挨拶すると「しばし待て」と命じた読み終えてから落ち着いた声で言った「このような采配には従えぬ、帰って関白に申せ、草深い田舎など儂には合わぬ、石高は少なくて良いから、織田家先祖伝来の地である尾張と伊勢を儂によこせと言え」使いの武士は困惑して「某のような者に、関白様に申し上げることはできま...空想歴史ドラマ貧乏太閤記114朝鮮への使者

  • 今年の干支はこんな意味

    ラジオの受け売りです今年は「癸卯(みずのと・う)」「みずのと」は、「終わり」と「はじまり」の意味があるらしいすなわち、去年までの出来事はすべて終わりにして、リセットして新しい一年の始まり去年を継続したり、修正するのではなく、すべて無かったかのように白紙に戻してやり直すということのようだ。「災い転じて福となす」年なのだだから去年が仕事でも生活でも健康でも苦しい一年であったなら、今年は幸せになるチャンスまた別の意味だと「種まき」の意味もある、今年撒く種は2年後に花開くという、今年はチャレンジする「吉」の年だ今年始めた挑戦は、2年後の自分を助けてくれる趣味でも、仕事でも、資格取得でも新しいことにチャレンジするのに良い年なのだそうだ総合的に言えば、去年までの自分をきっぱり捨てて、新生活を始めるそれも「ぼ~~」とし...今年の干支はこんな意味

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 113 関東平定

    「なんと!殿下、悪ふざけにもほどがありますぞ、某はそのような邪心一度も持ったことなどありませぬ」「ははは、戯れじゃゆるせよ大納言殿」もういつもの柔らかで人懐こい秀吉の顔に戻っていた。家康は背筋が凍った、当然ながら家康も秀吉に代わり天下を取ることをなんども考えたし、北条、伊達と組んで秀吉に対抗することも胸の中で思ったこともあるからだ、それ以後、家康は急進的な考えは捨てたという。4月には豊臣軍は完全に小田原城を包囲した、また北陸の別動隊も上州の全ての北条方の城を落城または降参させて、いよいよ武蔵(埼玉)に攻め込んだところが箱根では唯一、韮山城だけが奮戦抵抗していた攻めていたのは織田信雄の3万であったが、秀吉は信雄の力の無さに呆れて小田原包囲に配置替えした。徳川3万を東に、北には秀次、秀勝兄弟、宇喜多、蒲生、織...空想歴史ドラマ貧乏太閤記113関東平定

  • 2023 初夢

    意識したせいか、今年の初夢は見たし、半分くらい内容を覚えているちょっと漫画チックな初夢でどうなんだろうと思うが、過去にも何度も見ているシリーズ的な夢だった・・・ゴジラの夢ストーリーを言えば、私がゴジラに追いかけられて逃げ回る夢本当に怖い、究極の鬼ごっこだ、幸いに放射能攻撃は無いので、離れていれば安全だが、油断していると突然現れるので怖いのだ。今まで見た、ゴジラの夢と違ったところは、何と下から見上げた大きさだ、スカイツリーくらいはありそうだから、身長500mくらいか、今まで見た中では最高の大きさだ。それから、危なくなると助けてくれるアイテムがある、それが何かは覚えていない、ラドンのような気もするし、お守りのお札のような気もするがわからない。それがある間は、ゴジラは私に近づけないのだ。もう一つ、「我々は」ゴジ...2023初夢

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 112 秀吉、小田原攻め

    北条は関東全域に支配力を持ち、従う関東の諸大名は20家を下らず、その支城群は100に迫る北条と支城の総兵数も7万を超えるから、九州の島津よりも一回り巨大な敵と言えよう、さらに北には新進気鋭の若武者、伊達政宗が北条に味方して後詰になるという噂もある。伊達政宗は、現代の宮城県から山形県東部にかけて威を張っていた伊達輝宗の嫡子でまだ20歳前後だが、父が非業の死を遂げた後、伊達家を継ぐと会津の実力者、芦名氏を滅ぼして福島県の大部分を領土に加えた、さらに越後、奥州、常陸まで攻め込もうとしている風雲児であった。その領土も100万石にもなる勢いで2万以上を動員できるし「イケイケ」ムードで絶好調なのであるこれが北条に味方したら、少し厄介なことになりそうだから、秀吉は小田原攻めを決めた時から政宗に遣いを出して「徳川殿に協力...空想歴史ドラマ貧乏太閤記112秀吉、小田原攻め

  • 正月の富山県新川郡

    朝から良いものを見せてもらっている箱根駅伝スタートの一区、強豪ひしめく中で、10km通過時点で、関東学連選抜の育英大学の新田が正式の参加校を1分20秒(440m)引き離して独走している。あと半分、頑張って史上初のオープン参加校のトップ引継ぎを見たい(参考記録、正式な記録としては残らない=2位の学校がトップ通過として記録に残る=新田が勝っても区間賞とはならない)どうかなと思うが、新田自身は全体でも1万m記録4位だから、トップで2区へは大いに可能性が出てきた。結果3位だったが、学生選抜の最高記録更新であった、「あっぱれ!」富山県の東部は新川郡(にいかわ)と言う、新潟県境から朝日町、入善町、黒部市、魚津市と漁港が並ぶ富山湾の海岸線の町が並んでいる。黒部から黒部川に沿って上って行けば、宇奈月温泉がある、ここからは...正月の富山県新川郡

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 111 茶々の懐妊

    それから間もなく毛利輝元と小早川隆景が聚楽第を訪れた毛利家は聚楽第の天皇行幸に来ることができず、こうして改めて伊予と筑前を賜ったお礼と、聚楽第落成、天皇行幸のお祝いにやって来たのだった多くの名品を贈られて、秀吉は満足であった、そして輝元と隆景に秀吉からの贈り物があった「毛利殿には光秀退治の時、四国、九州攻めにも大いに与力してもらい統一のための力となってもらった、儂からも褒美がある」「それは勿体ないことでござります」「毛利輝元殿および、小早川隆景殿に権中納言、吉川元春殿に従四位を賜ることを後陽成帝にお願いして内諾されたのじゃ」「おお、そのような官位を賜るとはなんと御礼を申し上げればよろしいか、さほどの手柄もあげぬのに領地と官位を賜るとは我ら果報者でござる、これ以後も関白殿下には忠誠を誓いまする」「ははは、そ...空想歴史ドラマ貧乏太閤記111茶々の懐妊

  • 人生初めて のんびり大晦日は「第九」

    謹賀新年2023今年も皆さまよろしくお願いいたします大晦日の楽しみと言えば「紅白歌合戦」だった、それが年齢のせいなのか10数年前からぜんぜんみたい気が起こらなくなった。だが私ばかりではなく、若い世代はもともと関心がなかったようだったし、「紅白視聴」を支えてきた中高年も次第に離れていったようだ。それなのにNHK様は若い世代を取り込もうとして、一気に内容を替えていったアサヒに抜かれたキリンラガーがイメチェンして大失敗したのに匹敵する愚行を犯してしまった若者受けするために出場歌手の基準を変えてしまった、その若者の視聴は伸びもしなかったが襟を正してみる感じの緊張感ある紅白が、横になってチップスを食べながら見るような紅白に変わり、中高年の紅白離れが始まった眠くてもオオトリサブちゃんを見たいために起きていたのが、「眠...人生初めてのんびり大晦日は「第九」

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 110 茶々姫の告白

    聚楽第での天皇に対する接待の数々は、すべて満足された、誰も体験したことが無いほど勢が尽くされ、調度品、襖絵まで天下第一の物が用意されていたまさに十四夜の月を愛でながらの祝宴に謡曲も催され、帝も琴の曲を公家らと披露なされるほど上機嫌であったその御気分は唐の玄宗皇帝が絶世の美女、楊貴妃を伴っての月見を思い浮かべたほどであった。帝は聚楽第で3日間逗留の予定であったが、気分の良さは格別だと見えて5日間に延長された。そして最後の日に、帝に対して秀吉より誓詞が渡された京都市中の土地税、銀5530両を宮中費用として毎年治める米800石、内300石を正親町上皇に、500石を六宮関白に近江の国、高島郡の8000石を諸皇族、公家に差し上げる後陽成天皇の聚楽第行幸がつつがなく終わると、さすがの秀吉も疲れが一気に出てきて1週間ほ...空想歴史ドラマ貧乏太閤記110茶々姫の告白

  • 穏やかな年末 不思議の国信州

    この時間、外は明るく曇っているとうとう積雪が無いまま、年末までやって来た。この10年20年では年末に雪が無いのは珍しいことではない。この20年の降り方は、最近の5年を除けば1月末くらいにドカンときて40cmくらい、その後、しんなりと溶けるといった具合で、もはや雪国とは言えないでも近年数年は、除雪に手を焼くほどの雪が戻って来た、ありがたくない。我が家は25年ぶり、いや?もっと前にバラバラになっていたからそれが今年は30年ぶりくらいで家族全員で同じ家で年越しをするこれぞ「不幸中の幸い」「災い転じて福となす」といったところか「人生すべて塞翁が馬」流転の人生だからこそ泣き笑い、オモシロい「オモシロい」と言える強さを得ることができれば「目出度し」だ昨日は次男と長野市まで行こうとしたが、(なぜって?ここは朝から冷たい...穏やかな年末不思議の国信州

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 109 後陽成帝の行幸

    秀吉の側室は、ほとんどが大名の娘か公家の娘であるそのことを大坂や京の富裕層の町人たちは知っている、そしてこう陰口をささやく「関白も、元をただせば百姓であったそうな卑しき身分ゆえ、高貴な身分で生きてきたお公家や大名にはたいそう憧れていたそうじゃ、それでも信長公が存命のうちは、その欲望を隠して居っただが、信長公が死んで、天下が転がり込んできて一気に抑えていた欲望が爆発したのじゃ、信長公の姪さえも側室にしたとか」「なるほど、そうかもしれぬ」「今、関白が望むことでできぬことはないであろうよ、関白もそれに気づいたのじゃ、下賤な育ちゆえ、その気持ちは信長公などとは雲泥の差じゃ」「そうじゃのう、努力しなくても当たり前に得ることができる者と、力を誇示しなければ得られない者の違いじゃの」「その通りだ、関白は力で押し通す、一...空想歴史ドラマ貧乏太閤記109後陽成帝の行幸

  • 第三の人生、二年目に入る

     71歳7か月で、私の新しい人生が開かれたそれから364日が過ぎて、あと1日で新しい年を迎えようとしている過去に経験したことが無い不思議な生活、それがこの一年だった人間関係がどうなるんだろう、生活形態がどうなるんだろう、何もかもが新しい経験新しいと言ったって「New」ではなく「Firsttime」親の稼ぎで養ってもらっていた18年間が最初の人生で、それからはずっと働きずくめでやって来た人生、それが第二の人生なら71歳7か月からの人生は第三の人生なのかもう「夢とか希望」を持っても意味がない歳になった・・・と言いたいところだが、もう一度夢と希望を持つのも悪くないかな体力的にも金銭的にもできなくなったことはたくさんあるが、できることもそれと同じくらいあるはず断捨離に苦労している私には、もう物はいらない叶うことが...第三の人生、二年目に入る

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 108 九州大名とキリスト教と海賊

    秀吉には気になっていることが残っている、石田三成ら奉行衆を呼んだ「九州征伐の時、博多や肥前の商人から様々な話を聞かされた、その中でバテレンたちがポルトガル商人と繋がって、我が国の民を奴隷としてルソンやゴアなどに売りさばいていると聞いた、これについて佐吉(石田三成を未だに秀吉は幼名で呼んで可愛がっている)は何か聞いておるであろう」石田三成は九州攻めでは、島津との交渉を引き受けており、戦後処理のため長く現地に残っていたから、現地事情には詳しい「殿が言われたとおりでございまする、拙者も独自に調査しましたが間違いありません、有馬や大村はイエズス会が領内にやって来た時からそれを保護し、自らも信者となっております、長崎の内に教会の土地を提供して信徒は肥前だけでも10万も居るとのことです、その有馬、大村はポルトガルとの...空想歴史ドラマ貧乏太閤記108九州大名とキリスト教と海賊

  • 雪のない年末で行けそうかな?

    新潟県を脅かしたドカ雪も、わが地域には少しも影響なく、根雪にもならずすべて溶けた、これで今年は雪のない大みそかになりそうだ。去年は12月にかなりの積雪があって、正月早々神社の境内で軽バンが吹き溜まりに突っ込んで2日間放置、他者の車でけん引してもらってようやく出ることができた。あれに比べても、今年は穏やかで少しホッとしている。テレビやネットの長期予報と言うのもそうそう当たらないようで、今年は大雪です」などと言っても、小雪だったり、昔からの伝承「カマキリの卵が高いところにあるから大雪」とかも、自然環境が破壊された現代では通用しなくなっている自然のことは、自然に任せるしかない、先週の予報では北陸、新潟は大雪の第二波と煽っていたが、昨日も今日も陽が差して青空おかげで昨日は旧宅の掃除や、整理がはかどったし、今日もま...雪のない年末で行けそうかな?

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 107 和解 秀吉と義昭

    「はい、南の国では日本人傭兵が多いので日本人の娼婦は足りないほどだそうです、そして傭兵が多いのはスペインと振興のオランダがジャワからインドにかけて激しく領土争いを行っているからだそうです」「ううむ、儂は少しもそれを知らなかった、早速調べさせてとるべき処置を考えよう」「ははぁ~、ぜひともお願い申し上げます」秀吉は大坂への帰国途上、安芸(あき)広島城に毛利輝元の歓待を受けたそこには鞆(とも)にいた足利義昭の姿があった、義昭は秀吉より1歳年下で、この年4月は49歳である「関白殿、九州征伐の成就まことにおめでとうござる」義昭も、この歳になり、長年憎み戦い続けた織田信長もこの世になく、なんだか丸くなったように見えた・「ありがたきお言葉でござる、このような場で将軍様とまみえるとは秀吉は果報者でござる」輝元は二人の座を...空想歴史ドラマ貧乏太閤記107和解秀吉と義昭

  • おかえり寅さん

    昨夜は21時ころ飲んだコーヒーのせいなのか?久しぶりに寝そけた。0時に布団に入ったけど、さっぱり眠れず、「眠れないなら」と起きてビールを飲みながら2時半まで小説を書いていたようやく、眠気が出てきて寝た、朝9時に息子に起こされるまで寝ていた外は久しぶりの快晴、玄関を見たら、隙間から「フーテンの寅ねこ」が中を見ている、この前来たのはいつだったろうか?1か月以上はたっている毎年、雪が降ると1か月、2か月帰ってこなくて「もう死んだんだろうか」といつも思う、すると突然帰ってくる少しも痩せていないし、みすぼらしさもない・・不思議な猫だどこで暮らして、何を食べているのか全く謎だ。すっかり冬毛になって、丸々と太って見える野生の中にいるとクマやキツネなんかと同じで、毛を増やしたり減らしたりして体温を調節する、まさに野生ネコ...おかえり寅さん

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 106 九州こそ先進地

    この戦の後処理は大友に豊前、日向を、筑前は毛利に、そして黒田官兵衛にも豊前12万石を与えた、毛利は伊予に続き筑前(福岡県)と肥前の一部を得た秀吉の仇討を二次的に支援したことが今日こうして実を結んだのだった。また佐々成政には肥後一国30万石を与えて、殺伐として一揆が多い肥後の平定を任せた。佐々は絶句した、一時は柴田に与力して秀吉に敵対、そして国を失って秀吉の旗本の一武士に身を落していたのだ、それが30万石と言う大きな領土を与えられた、感激しない方がおかしい。一方で大友宗麟は隠居を希望して、加増された日向を返上、息子に与えられた豊後だけをいただいた、もはや国を維持する気力を失っていたのだまた嫡男を失った長曾我部にも九州に領土を与えようとしたが、戦死した息子のことを思い出すからと辞退した、こちらもまた厭戦気分が...空想歴史ドラマ貧乏太閤記106九州こそ先進地

  • 辛いのが好きだけど

    キムチを作った、11月から二度目で改良しながら作る辛いもの、ネバネバしたものが大好きで、キムチ、納豆、長イモ、メカブ、明太子などところが最近は食道から胃にかけて、辛いキムチを食べた後。負担が大きくなってきた。それでも食べたいので、キムチチャーハンを作って食べたなかなかの旨さで負担も無かった、素で食べるとどれだけも食べられないが、チャーハンだと一気に消費できる友達数名にも、おすそ分け、好みがあるから聞いてからでないと揚げることができないが、割と好きな人はいるようだ。白菜がもう少し多めでもよさそうまだ完成形ではない、新米で粘り気が強いから、時間をかけてパラパラにする五箇山ドライブ途中の、和紙の道の駅で買った和紙のポシェット、色が気に入った辛いのが好きだけど

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 105 誇り高き島津との講和

    秀吉もいよいよ本気になって島津攻めをする気になって、37か国の諸将を大坂に集めて軍議を開き、年明けの2月に本格的に九州攻めを開始することを決めた。派遣する兵数は20万とも25万ともいわれ、そのための兵糧や弾薬の準備だけでも3か月はかかるのであった、これを石田三成ら三奉行と、輸送を商人上がりの小西弥九郎らに任せた、1000艘より更に多い軍船や輸送船が大坂湾から瀬戸内に溢れかえった、そして尼崎の湊を主に、堺を副にして続々と兵員や物資を筑前に向けて発進した。侵攻作戦では軍勢を2つに分けて薩摩を目指すことにした。肥前、筑後、肥後方面は秀吉が率いる。豊前から日向方面は豊臣秀長が率いることになった。そして、この噂が流れると、それだけで筑前、豊後の島津方の小領主は降伏したいよいよ秀吉、秀長が九州に入ると、その威光だけで...空想歴史ドラマ貧乏太閤記105誇り高き島津との講和

  • 生きている目的

    1月1日に仕事を辞めて、この一年は特別な一年だった単に定年退職したわけではなく、事情があっての退職、では事情が無ければ続けたのか?たぶん続けていただろうが、年齢と限界を思っていたことも事実だ辞めて良かったか?と思い直せば答えは半々だ良いこともあれば、悪いこともあるそれをどう思うかは、自分が自分の心に問うしかないまた次の一年が始まる12月31日いっぱいまで、精一杯仕事をして、1月1日から人生をかえたことには満足しているまさに「ちょうどよい切れだ」失った者の方が多いが、これからは得ることの方が多くなるだろう社会への貢献度ががったりと減った、時々「今日を生きるための人生なのか」と思うとむなしくなることがある「もう死んでもいいや」と投げやりになることもあるだが私にはもう20年守らなくてはならないものがある、それを...生きている目的

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 104 九州の雄、島津の力

    大地震で始まった天正13年であったが、この年の12月に秀吉の後継ぎと目されていた(於次)秀勝、丹波少将豊臣秀勝が危篤に陥り、14年が明けて間もなく死んでしまった。織田信長の四男、秀吉とねねに子がないことを気の毒に思った信長からの最大の褒美であった秀勝だった。21歳、まだこれからが楽しみな武将であったこれで秀吉の子、二人の信勝が死んだ、最初は実子の信勝、ふじとの間にできた子であった、そして今度の養子の信勝、秀吉はまたしても打ちのめされたそして秀吉は思った、(子がなくば何のための天下取りであるか)そうは思って見たが、すぐに気づいた(違う、儂が天下平定を願うのは信長様の意思を継ぐためであった)そして翌日、姉の三好吉房夫婦を大坂城に呼び寄せた「小吉を儂の子にくれ」と言うと吉房は「願ってもなき光栄でございます」と喜...空想歴史ドラマ貧乏太閤記104九州の雄、島津の力

  • クリスマスケーキ

    日本各地で「ホワイトクリスマス」になった24日わが町は雪がなく単なる「クリスマス」。欧米では国によって基準が違うが「雪が10cm以上積もっていること」とか「当日、雪が降っていること」が「ホワイトクリスマス」の定義なんだとラジオで言っていた。今年は諸物価のきなみ上がって、15cmの最小ケーキでさえ4000円もする我が家は次男坊が22日に帰って来たので、その日をクリスマスにした次男坊は一人で半分以上食べるほどケーキ大好きなので、さすがに買うのはやめて自作ケーキにした。15cmサイズで1000円の材料費で完成したが、そのうちの600円がイチゴだった味はもちろんお店のものに負けないほどおいしかった。来年は、もっと気合を入れて生寿司、チキン照り焼きなども自作で作ろうと思う。クリスマスケーキ

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 103 浅井の三姉妹

    家康が大坂城に秀吉を表敬訪問したのは、その年の初夏であった秀吉の臣下となった諸大名、秀吉が育てた大名、与力など100名近い諸侯が居並ぶ中を、徳川家康は粛々と正座の高みに座る秀吉の方に歩いて行ったそして3間ほど手前で座ると平伏した「おお、三河大納言殿、よお来てくだされた、そのようなところにおらずに儂の隣にきて座るがよろしい」秀吉は満面の笑顔で家康に語り掛けた「滅相もありませぬ、某はここにて十分でございます」家康が言うと「皆の者、大納言殿は儂の義弟である、かってのお屋形様と三河殿の関係と同じく、儂と大納言殿もまた力を合わせて、この国の平定に努めるものである皆も豊臣の戦では、大納言殿を儂の代理と思い従うべし、三河殿は天下の副将軍である」「なんともったいないお言葉でありましょうか、そこまで申されるならば、この家康...空想歴史ドラマ貧乏太閤記103浅井の三姉妹

  • 北信越の雪

    福島県の親戚から電話が来て「そちらは大雪で大変だそうですが、大丈夫ですか」と心配してくれた。テレビでは県単位で「多い、少ない」とやっているから、山間部も海岸部も一色たで知らない土地の人は思ってしまいます。新潟、長野、富山、石川では積雪状態は違っているし、その県内でも地域でかなり違っている今朝はわが町では突風が吹き、雪下ろしの雷が不気味な音を30分ほどたてていた、ときおりバラバラとみぞれが窓を叩きつけていたが7時過ぎると穏やかになった、外を見たがまだ地表が出ていて、積雪は2cmほどだ、でも一日不安定なようだ風が20mとかで一時的にかなり強く吹きそう、波も7~8mと高い新潟県は4ブロックで、下越は山形県寄りで新潟市から北、新発田市などここの海岸部は40cm~50cmだそうだ中越は群馬県に近く、長岡市を中心に小...北信越の雪

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 102 秀吉と家康の駆け引き

    まずは信長の弟分であった隣国の徳川家康を臣従させることが先決である金ケ崎の退き陣では、互いに助け合った中であった、毛利のように素直に従ってほしいのだが、三河の家臣団は頑固な荒武者ぞろいで、西国の毛利とは家風が全く違う、「ぜひ一度、三河大納言には京に出向いていただき儂と今後を話し合いたい」と誘うが一向に返事が来ない大納言まで推薦して与えてもらったのに、素っ気ない謝辞一枚送ってよこしただけで、その意図さえわかろうとしない家康に腹を立てた「これは、もはや戦で片を付けるしかあるまい」と秀吉は堪忍袋の緒が切れたそして得意の調略を用いた、徳川家の軍団は二つに分かれている一つは酒井忠次の東三河軍団、一つは石川数正の西三河軍団であることもあろうに石川数正が家康の代理で秀吉に会った時、10万石を餌に一本釣りされてしまったの...空想歴史ドラマ貧乏太閤記102秀吉と家康の駆け引き

  • あれれ?

    暴風雪強風波浪警報がでているが、写真のような晴れ間の午前中ただ風は強く冷たいので、散歩には二の足を踏んでいるあれれ?

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 101

    羽柴秀長、三好秀次を再び左右の大将にして淡路に上陸させ、淡路国主仙石久秀(せんごく)と合流して、いよいよ四国阿波に上陸した。兵は阿波と讃岐に二手に分かれて、主力は5万で阿波を攻め、仙石らは備前から渡海してきた宇喜多軍1万と讃岐を攻めたまた安芸、備後(広島.岡山)からも毛利の小早川、吉川が大軍で伊予に攻め込んだ長曾我部には「一領具足」という軍事組織がある、それは槍と鎧兜を常に持ち歩いて農業を行い、いざ戦となると田畑で戦支度を整えて、寄り親(小隊長)のもとに迅速に集まるシステムであるこのスピード感と組織力で四国を平定したのだが、初めて見る上方の兵に長曾我部の家来たちは驚いた、足軽に至るまで羽柴勢はピカピカの鎧兜に槍、刀である、騎馬武者ともなるといっそうあでやかで旅役者のようである一方羽柴方も長曾我部軍の軍装を...空想歴史ドラマ貧乏太閤記101

  • 雪道脱出

    馬力があろうが、四駆だろうが、タイヤ高以上の雪の上に乗ってしまえば「亀状態」タイヤは空回りするばかり凍結やシャーベット状の道路で進めなくなると、余計にアクセルをふかして、タイヤから煙が出るほど回転数を上げる人がいるが逆効果で、穴を深くするだけ、傷が浅いうちに出やすいように雪を掻くのが先決でもむやみに掘りすぎると「亀」になる恐れがあるから、そこも考えながらやる。押してもらうか、牽引してもらうのが意外と早い近道だ。雪道でスリップしたら、近くの人が協力して押して出してやるのは、田舎のおっさんたちの常識二人で押せば普通車以下なら大概、脱出できる、その時もドライバーはアクセルをふかさず、ゆっくりとアクセルを踏み込んでいくのが良い。冬道はFRが弱い、FFは雪が少ないうちは便利だ、多くなればチェーンが必要4駆はやはり強...雪道脱出

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 100 紀州征伐

    雑賀衆と根来衆は力を合わせて、強力な城塞をいくつか構えて迎え撃ったそれぞれに山は高く、堀は深く、道は狭い、大軍で攻め立てるような地形ではないから、羽柴軍は数百、千の部隊で攻めるしかなかった。ところが雑賀衆の雑賀鉄砲と言うのは戦国諸侯の中でも際立って名人が多く、その狙撃に羽柴軍の兵は次々と撃ち倒された前軍の筒井、長谷川、堀隊15000が根来側の主城塞である千石堀城に苦戦した損害は増えるばかりであるがいっこうに前進できないそれは城から城外に打って出た雑賀衆狙撃部隊500で、根来寺方面に向かう狭い道筋にひしめく羽柴勢を、横手の高台より撃ちまくっている。これらの大軍勢が進めずいるのを見た本隊の三好秀次は、「筒井らを助けるために背後よりあの雑賀鉄砲隊を騎馬で襲え」と命じた秀次隊から田中吉政ら率いる3000騎が突入す...空想歴史ドラマ貧乏太閤記100紀州征伐

  • 新潟県の雪害

    新潟の弟から夜、電話が来たので聞いてみた。新潟市では(あっ!もう忘れた*0cm雪が降ったそうだ)私も20代前後に数年間、新潟市で暮らしていたからわかるが、あそこは一晩に20cm以上積もることはなかったはずだから、ああ急に思い出した、西区で40cm、北区で50cmだと言ってた)西区から北区の会社に通っているが、通常は30分くらいで行けるところを、月曜日は5時間、今日は2時間かかったそうだ(片道)新潟県は長岡近辺が中越で、新潟市は下越、柏崎から南西は上越だが、今回は中越が80~100cm一晩で降ったらしい新潟市は弟が言う通りだったらしいし、上越はなぜかあまり降らなかったということだ。何しろ佐渡を除いた本州側の海岸線が北東から南西まで330kmほどある長い新潟県だから、こんなことが起こるのだ。因みに佐渡島などの...新潟県の雪害

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 99 天下統一目前

    池田、丹羽、柴田、羽柴で交代で行っていた京都所司代も柴田が滅ぶと池田、丹羽は相談して羽柴秀吉に京都所司代役を譲ることにしたそのため京、山城の莫大な利権を秀吉は独り占めできるようになったついに秀吉は誰もが認める絶対権力を手に入れた、織田家の旧臣は誰一人として秀吉に従わぬものがいなくなった。そこで、秀吉は自分に従う家臣大名の領地を再編して、秀吉の名で再配分することにした。それは以下のとおりである(甫庵太閤記によると)国主(国持大名)織田信雄尾張55万石羽柴秀長播磨、但馬43万石羽柴秀勝丹波25万石丹羽長秀越前、若狭、加賀半国、北近江100万石前田利家能登、加賀半国36万石前田利長越中35万石細川忠興丹後10万石宇喜多秀家備前、美作38万石羽柴秀吉山城、河内、和泉、摂津、大和、近江長浜200万石主な家臣(城持大...空想歴史ドラマ貧乏太閤記99天下統一目前

  • 雪はやみました、暖かいです

    新潟県の国道8号柏崎付近、国道17号長岡・小千谷(おじや)付近で雪のため大渋滞が起きている。以前も関越道や福井の国道8号でも深刻な渋滞が起きたが、雪と言うのは一気に来ることがあるから予測しずらいのだ。チェーンやスタッドレスを装備しても、前の一台がルーズでノーマルタイヤなら、その後ろはもうすべてアウトになってしまう。渋滞に巻き込まれている方々は、昨夜からと言う人も少なくない、一刻も早く脱出できるよう願っています。さて、わが町も国道8号が通っているが幸いにも、朝から穏やかで8時までゆっくり寝てから、部屋の掃除を1時間半やってそれから月一回の「カット」に行き、帰宅後は徒歩で郵便局で市税や健康保険料を支払い、ガス水道局でガス水道料を払ってから、友達の食堂で鍋焼きうどんを食べてきた。一年前までは月に5回~10回は外...雪はやみました、暖かいです

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 98 徳川家康と言う男

    堀は更に追おうと思ったが、十町ほど先に豆粒のような軍勢が見えた、遠眼鏡で覗いてみるとなんとそれは徳川家康の本隊であったさすがの堀も驚き「これはいかぬ、退却じゃ」敵と離れているうちが幸いと一斉に南に向けて退却を始めた、ところが森長可から、三好の本隊が壊滅したと聞いた池田恒興は、ようやく重い腰を上げて堀たちが居るはずの東に向かって進軍を開始したその頃には三好隊は霧散、堀隊は退却した後であった、そして太子が根というところまで来たとき、突然正面の坂の上から大軍が走り下って来たそれは徳川軍であった、しかも家康の本隊までもいるではないか「そんなバカなことが!なぜ三河守がここにいるのだ」恒興はキツネにつままれた気分であった油断も油断、大油断であった。戦闘態勢も整わぬうちに駆け下って来た徳川軍に切り込まれて右往左往となっ...空想歴史ドラマ貧乏太閤記98徳川家康と言う男

  • 雪が降りましたよ

    昨夜は20時半くらいにお開きとなりましたが、タクシーで帰宅距離が10kmでしたが、そこそこの積雪があって倍くらいの時間がかかったようですすでに国道はこの冬、第一号の除雪車が出たということで、走るには支障なかったです。今朝は真っ暗な5時から近所の方が個人除雪機で、除雪作業を始めました30分ほどたって、わが息子も除雪機を出動、車一台通れる路地は見る間に車線確保できました。積雪量は20~30cmと言ったところで、驚くほどではなかったですでも高速道は新潟県の長岡あたりで止まっているとのこと、去年でしたかその先の魚沼で1日だかずっと止まって大変でしたから、予防のための早期交通止めなんでしょう。9時から昨夜のFIFA決勝(アルゼンチン3対3フランスPK4対2アルゼンチン優勝)の録画放送を見ようと思ったらBSが放送中止...雪が降りましたよ

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 97 小牧・長久手の戦い

    得意げに話す池田に「それはだめだ」などといえば、たとえ秀吉であっても噛みついてくる恒興だ、この重要な場面で喧嘩にでもなって寝返りなどされてはたまらない「わかり申した、但し1万では少ないので、秀次を大将に、堀秀政を加えて、池田殿には副将兼参謀として2万で行ってもらう、くれぐれも無理なさらぬように、そして敵に悟られぬよう頼みますぞ」「任しておいてくれ、必ず家康めに一泡吹かせてくれる」4月6日の明け方、池田恒興6000を先頭に、森長可、堀秀政、本隊三好秀次8000(秀吉の姉の子)の順に出発した、その軍は数キロの長さになった。これだけで織田、徳川連合軍に匹敵する兵数だ。「隠密に行動せよ」と秀吉に釘を刺されたにもかかわらず、軍馬や荷車の音、ひと息の荒々しさは周りを騒がしくした。昼前には篠木などの集落にて休憩したが、...空想歴史ドラマ貧乏太閤記97小牧・長久手の戦い

  • いよいよ降るのかい?

    12月、1月の冬の雷を「雪下ろし」という雷光、轟音、同時に「バラバラバラ」と大粒の霰(アラレ)が点が裂けたように落ちてきて、窓や屋根を激しく叩く。テレビの音も聞こえなくなるほど、けたたましい。これが雪国が始まる最初の挨拶だこれ以後は、夜中に音もなくしんしんと降る雪が怖い朝起きると、50cm、1mの積雪なんてことも珍しくない。今日の天気予報は、今年初の雷が鳴り響く「雪下ろし」富山県は唯一暴風雪警報福井から新潟までの北陸、越後は最大1m予想朝起きたら、家の前の道路がまだら模様に白くなっている、溶けそう寒いけれど室温は10度、空を見れば雲の合間に光と青空{うん?」風が吹いてきた、古屋の窓をガタガタ叩く浜辺の町は風が強いと雪は山へ飛ばされて積雪は少ない天気予報では50cmくらい言っているが、どうなんだろう私の予想...いよいよ降るのかい?

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 96 秀吉、信雄を挑発する

    官兵衛が翌日秀吉に持ってきたのは、信雄の家老に直接美濃の城を一つずつ、褒美と言う形で秀吉からあてがう手紙であったこれでは信雄に美濃は渡るが、それを家老個別に与えることで、彼らは秀吉から与えられたことになるから、直接秀吉にお礼に来るのは当たり前の礼儀となるそれでは主の信雄は面白くないであろう、あとは家老たちが秀吉に急接近する餌をさらに与えれば、信雄の気持ちはますます動揺するに違いないそして同時に信雄がさらに不快になることを行えば、それは導火線となるだろう「儂は本願寺跡に安土城よりさらに巨大な城を築くことにした、大坂城じゃ」そしてたちまち縄張りが始まり、巨大な石垣の石が瀬戸内からどんどん石山に運ばれてきた、その話はたちまち尾張まで聞こえて来た「なんと!儂に相談もなく安土城より大きな城を築くだと!秀吉め何様だと...空想歴史ドラマ貧乏太閤記96秀吉、信雄を挑発する

  • 北安曇(きたあずみ)の冬景色 2

    北安曇郡、南安曇郡は新潟県境から松本平までの間の地域大町市を境に北と南に分けられ、北は白馬村、小谷村が主で、2800m級の後立山連峰がそびえたつ登山、スキー、合宿、リゾートで賑わい、オーストラリア人がスキーに来て、ここに住み着いてペンションを始めたとかオリンピック以後は国際都市?(都市ではないが)の感があっただがコロナの感染が続き、今は一時の賑わいは無くなってさびしい限りである南は山岳の北とうってかわり、アルプスなど東西の山から湧き出す清水がワサビ畑を潤す、水の風景が美しいところだ真ん中に高瀬川を挟み、東西それぞれ細くて長い平野が続く、ほんとうに美しい地域である、今や南安曇郡というより「安曇野」が定着した。気候も北は積雪が多く、そのかわり夏は涼しい。大町以南は冬でも比較的雪は少なく、松本市に積雪があること...北安曇(きたあずみ)の冬景色2

  • 空想歴史ドラマ 貧乏太閤記 95 秀吉の野望

     今、織田家で信長の12人兄弟と信長の男子13人の中で残っている有力な者は信長の弟、伊勢安濃津城12万石の三十郎信包(のぶかね)、末弟の長益(ながます)、そして子では信雄、秀吉の子となった秀勝くらいしかいないのだ、しかも長益は本能寺の時には京に居て、信長と長男信忠が討たれて死んだのに運よく逃げることができた、だが逃げただけでその後の仇討には役に立っていない信雄も兵を率いて近江まで出たが僅か3000ではいかんともできず、大和から秀吉に合流して面目を何とか保った程度である正直なところネームバリューで祭り上げられている男だった、足利将軍、足利義昭と同じように考えがちだが、義昭のハングリー精神と野心、策謀、復活のエネルギー、宣伝力、大名たちをまとめる能力などすべてで信雄は義昭に遠く及ばない足利義昭は将軍になるべく...空想歴史ドラマ貧乏太閤記95秀吉の野望

  • 北安曇(きたあずみ)の冬景色 1

    昨日は海岸沿いは一様に雨模様、だが長野県は曇りか晴れのようだいつもドライブの時は天候を気にする、雨や雪ではどこへ行っても楽しくない新潟市方面、富山方面、岐阜方面、長野市方面、松本市方面このおおよそこの5方面で一番天気が良いところに行くことが多い今日は北安曇郡(小谷村、白馬村からオリンピック道路で長野市へ向かうことにした、予想通り長野県の天気は青空も出て、まずまずだった148号線は平岩から白馬にかけて昨日けっこう雪が降ったと、長野のラジオが言っていた、今日はまったくだが、すっかり雪景色になっていた私は冬は嫌いだが、雪景色が嫌いなわけではない、除雪とか出歩くのに不便な部分が嫌いなだけだ今日の風景はまさに初冬そのものだった、場所によっては満開の桜並木かと思うほど美しかったこの景色も、かっての長野五輪でジャンプ台...北安曇(きたあずみ)の冬景色1

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、Tora34さんをフォローしませんか?

ハンドル名
Tora34さん
ブログタイトル
古希からのスタート地点 *** yottin blog ***
フォロー
古希からのスタート地点   *** yottin blog ***

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用