専門職にありつけない限り一般的なバイトの賃金に甘んじるほかはない。世はバブルが弾けて十年程経っており不景気の只中だった。四十過ぎの年齢では一般職で新規の社員などあるはずもないとは思いつつ、とにかく保険がある間は都内に居たまま仕事を探すつもりだった。しかしついに見つからず、結局アパートを引き払うと言っても産業のない小さな町で仕事らしい仕事があるのかどうか、その方がどう考えても望み薄に思えた。
専門職にありつけない限り一般的なバイトの賃金に甘んじるほかはない。世はバブルが弾けて十年程経っており不景気の只中だった。四十過ぎの年齢では一般職で新規の社員などあるはずもないとは思いつつ、とにかく保険がある間は都内に居たまま仕事を探すつもりだった。しかしついに見つからず、結局アパートを引き払うと言っても産業のない小さな町で仕事らしい仕事があるのかどうか、その方がどう考えても望み薄に思えた。
そう言えばこういうこともあったな…。飲むにつれ幸平は思い出す。遥かに昔の忘年会。半ば無礼講だから、社長の言に絡んで悪ふざけを言い合った。社長は上機嫌で笑っていた。すぐ隣に座っていた幸平もついそれに乗っかってしまった。途端に社長は態度を急変させて幸平の腕を引っ叩いた。一瞬--キッ!--となったのだ。 迂闊だったと思った。ずっと前から、いつの間にかそうなっていたのだ。幸平以外の、一体誰にそんな態度をとるだろうか。とっくにひとりだけ違っていたのだ。終始笑って済ませていたが、ある種決意させるものがあった。 しかし表面は何もなかったように、幸平は会社と付き合った。稼ぎを捨てる訳には行かなかったし、他がや…
飯田木工所の赤木さん--本編です。 ----------------------------------------------------- もしかしたら、これが最後の納品になるかもしれないという予感はないでもなかった。会社との関係はこの半年一年で目立って悪くなった。すっかり仕事の量が少なくなった。なるべく幸平に出さぬようにしているのだろうと思った。そのうえで、厄介なものだけが回ってくる。気分的にも疲れは隠せない。もう続かないかも知れない、そう思い始めていた。 受け渡しを済ませて別室に呼ばれた時は、きたかと思った。 「それなりに長いことやってくれたけど」 と話を切り出され、二言三言話しあって…
三つめの小説です。短編を目論んでいるのに前回は長編になってしまいました。今度は短くしたいと思います。ミステリーも何も登場しない萎れた庶民の日常の物語です。最初にあらすじを述べておきます。 ----------------------------------------- 住宅を購入したばかりの幸平は直後に会社とトラブルになり解雇された。長い長い住宅ローンがある。あちこち求人に歩いたり職安にも通ったが働けるところはなかった。散々の苦労の末、偶然通りかかった木工所の壁の求人の貼り紙を見た。 意外にも飛び込みで雇ってもらえた。敷地はあるが仕事柄故のゴミと木屑が散乱する職場。戸惑いながらも働くことにな…
画像の表示が変だったのでテスト投稿します。これは大阪の鴫野と言うところです。京橋からちょっと歩いたところだったと思います。10年くらい前の撮影です。大阪の人しか知らないでしょうね。 この画像を編集時にハンドルで縮めているのですが、公開すると幅いっぱいになってしまいます。タグを直に書き足したりもしましたが解決しません。はてなに変更があったのでしょうか。はてなでは他にもブログを運用していますが、今まではこのような不具合はありません。しかし次の更新では変わっている可能性もあるかも知れない。枠いっぱいに広がると縦長の絵が大きくなってしまうのですよね。 このことでかなり悩んでネットで調べて時間を費やした…
長々と辛抱強く読んで頂けた方がもし居られたら、感謝申し上げるしかありません。 短編のつもりで書き始めたのですが、ダラダラと続けてしまいました。どうまとめてよいか分からなくなったのです。 小説の元は半ば事実です。対抗野球をやっていて、そこに若い奥さんが、記憶している限りでは、小さな女子を連れて公園でかき氷売りをしていました。小説の中にあるような、若くて落ち着いて、言葉使いも上品な美人のママさんでした。ほぼチーム全員が食べたので途中で氷がなくなってママさんがどこかへ乳母車を押して買いに行ったのも事実です。
「その、バラック小屋って、どこにあるんですか」 私は急くような気持ちになっていた。 「それはな、あのアパートからちょっと行ったところにドブ川が流れてるの知っているやろ、その川べりにあったらしい」 「ドブ川…」 「元々大家が個人用に使うてたみたいやが、そこをおなごはんでも住めるように手を入れて、そんなとこやろうな」 「詳しい場所はどこなんですか」 「わしもはっきりとは知らん。川べりのどこかやな。でも、小屋はまだあるかも知れんけど、そこにはもう居てはらへんのや、ちょっとの間だけ住んですぐまたどっかへ行きはったみたいやな」
「ぼんはもう二年生か」 ちょっとの間中空を睨んで何か考えていた工場長が無関係な話でもするように訊いた。 「そうです」 「やったら大丈夫かな」 「なにがです」 工場長はしばらく考えながらタコ焼きを呑み込んでからおもむろに語り始めた。 「実はな、わしはあのかき氷のお母さん知ってるんや」 「え、ほんまですか」 「見覚えあるなとあの時も思うたけどな」 工場長が語るには、どうやらママさんは私が一時住んでいた安アパートに夫婦で住んでいたらしい。 「あの辺に割と大きな広場を抱えたアパートがあってな、元は軍関係の何かの部品作ってる工場やったと聞いてるけど、そこを戦後アパートに改造したんや。屋根が工場やった当時…
私はママさんのことが気になったから、もしかしてまた来ていないだろうかと、その後も篠田と公園を訪れたが姿を見ることは遂になかった。そのまま夏が終わった。 こんなことがあったのに篠田とも以後特に親密になることもなく極普通の付き合いになった。元々クラスが違っていたしそれまでは言葉を交わしたこともろくになかったから、それは普通の成り行きだったろう。 この夏を最後に、私の小学生時代の夏の記憶はほぼなくなっている。多分、平凡な日常になってパッとしない日々を過ごしたのだろう。特別記憶に残るようなこともなかったのだと思われる。 中学生になると、もうこの夏の記憶は普段の頭になかった。中学校では私が通った学校とも…
興行的に大成功だった。その時だけできっと三日分くらいの売り上げがあったのではないだろうか。それを思うと嬉しかった。明日はまた会えるのだ。私は、多分篠田もそうに違いないが、ママさんに生意気にも無邪気な恋心を抱いていたのだった。齢と言っても、多分まだ二十歳代だった。スラッとした細面で、今でははっきりしないが、髪を後ろで束ねていた。少なくとも同年齢当時の私のお袋よりは遥かに美人だった。 篠田とは昼一時過ぎに待ち合わせていた。私は明日の情景を勝手に思い受かべて眠った。ワクワクしてなかなか寝付けなかった。どこに住んでいるのかも知れない。きっと昼食を摂ってから出て来るのだろう。他の公園を回ったりしているの…
氷を最後までガリガリやって、結局払いはドンブリ勘定になった。事実上余分に食った奴も居たが、それはもう問わない。主将である萩野と浅丘が「はい集金集金」と言って一人ずつ集めた。悟君と田中君のグループはそっちで払った。十円玉を持たないで出てきた奴も居たが適当に個人間で調整した。 「いやあ、きょうはようけ売れて嬉しいわ、ほんまにありがとうね」 ママさんは子供の頭を撫でながらニコニコしていた。 悟君が弾むように言った。 「楽しかったできょうは、田中と君ちゃんが思いがけんとこで出てきたし」 余計なお世話だと田中君は言い、君ちゃんは空を向いていた。 ママさんはそろそろ帰り支度を始めた。もうちょっと見ててねと…
来たきたと皆でママさんを迎えた。ママさん戻ってきたよと篠田が子供に語り掛けて一緒にママさんの元に歩み寄った。子供はママさんのスカートをしっかり掴んでちょっと泣き出しそうにしていたが、篠田がそれをしきりになだめていた。 「やっぱりママさんとちょっとでも離れてると寂しいんやな」 篠田はそう言ってママさんの様子を窺った。小学生ばかりと言っても大勢だし中学生も混じっている。それ程の心配はしていなかったろうが、子供の頭を何度か撫でて安心の表情だった。 「ちょっと人数減ったんか」 そのように見えたので篠田に尋ねたら、試合も終わったしで、ママさんを待っている間に女子どものかなりは帰ったらしい。ちょっと残念だ…
ハアハアと走りながら萩野は私に訊いた。 「あっちの市場、いっちゃん行きやすいのはどの道や」 公園の前のバス停から二つ目の停留所の前に市場がある。自分たちは普段利用しない市場だが、何度かは訪れたことがある。 「どうでも行けるがな。どこ回っても似たようなもんや」 「ほな、どう回るんや」 町内を升目に仕切って道路が走っているからどこを行っても距離は同じだ。しかし道の採りようによってはママさんと入れ違えになる可能性もあった。 「乳母車を押してるんやからいきなりバス通りには出やへんやろ」 「ええ推理や、それくらい頭働かせたらお前の成績ももうちょっと上がるんや」 「よけいなお世話や」 走りながら嫌なことを…
篠田が弾んで言った。 「ママさん良かったね、氷なくなってしもたけどそれだけ売れたんやもんね」 私は思わず言った。 「あほ、ここからが商売やないけ」 「そやな、予想外の売れ行きやけど、どないしょ」 私は全員を見渡した。女子たちの何人かは、それだったら私たちはもういいとグループになって帰る者も居た。しかし男子が全員残っているしそれに関係する女子たちも残っていた。中学生の田中君と君ちゃんが居るし悟君と水口も居る。まだ結構な人数だ。 ママさんが問いかけるように言った。 「ごめんね、でもみんな食べてくれるんやったら今から氷買ってくるけど、どうないしょう」 篠田が素っ頓狂な声をあげた。 「え、今から買いに…
皆ゾロゾロとかき氷の売り場の周りに集まってきた。私は篠田の近くに歩み寄りママさんにコックリと頭を下げた。ママさんは、きょうもやはり大人しい女の子に寄り添うように植え込みの縁に座っていた。 「聞いてるよ、二人で色々やってくれたんやね、ようけ集まってくれておおきに」 私は篠田の顔を横目でちろっと見た。言わぬでも良いのにママさんに手柄話をしたようだ。篠田はえっへっへと頭を掻いた。 女子たちの中にはとっくに食べている者や既に食べ終わった者も居る気配だった。 私は篠田に小声で訊いた。 「いくつ売れたんや」 「五つくらいやな」 しかし氷はまだたっぷりある。これが溶けぬうちに売ってしまわねば。 篠田はここと…
子供のジャンケンでいちいち先を読む者は居ない。あっても少数だろう。最初に何を出すかくらいは決めるものだが後は条件反射のようなものだ。二人がタイミングを揃えてパッと出したら二人ともパーだった。不思議なものだが、何故か最初はパーを出すことが多いのだった。 あいこで…ショッと出したら偶然か読んだの二人ともグーだった。全員がもう一度掛け声をあげた。あいこで…ショッと、今度は橋田がパー。馬場はまたもグーだった。 私は大きな声で宣した。 「パーの勝ち!四組の橋田君の勝ちです」 馬場は思わず崩れ落ち、橋田は両手を挙げて「やったー!」と叫んだ。 四組女子たちから一斉に歓声があがった。三組女子たちからは一旦はた…
思いつくままのまとまりのない駄文を書いてきましたが、短編だけにして置くつもりでしたがいつの間にかダラダラとした長辺になってしまって現在に至っております。 しかし更新は続けるつもりで、一カ月に一度もない極少の更新でしたが遅れ遅れでも頑張っていました。 ところが最近になってちょっとしたアクシデントに見舞われまして、以後は更に更新が滞ると思います。アクシデントは、今のところはまだ全体が見通せない状態でして、落ち着くまでにはそれなりに時間がかかりそうです。 止めてしまう訳ではありません。少なくとも現在進行中のものだけは最後まで続けたいと思っています。 時々立ち寄って頂いている方には申し訳ありません。m…
走ってきた吉田とキャッチャーの萩野がもつれ合って転んだ。転んでも萩野はしっかりボールを保持していた。際どいが、私には萩野のタッチが一瞬早いように感じた。 「アウト!アウトアウト!!」 右拳を二度三度突き上げて私はアウトを宣した。ここで躊躇すると信頼をなくすのだ。ワーッと四組女子たちから声援が巻き起こった。 「えーっ!嘘やーん」 吉田が起き上がりつつ、叫んで抗議した。三組のメンバーも一斉に駆け寄ってきた。主将の浅丘も詰め寄ってきた。打った高田も二塁に達していたが様子を見に戻ってきた。 浅丘は私の顔を睨んだ。「俺には殆ど同時に見えたで、お前にはっきりわかったんか」 萩野がニヤニヤして起き上がりつつ…
打球はセンター方向に高く上がった。体格のある長谷川の自力だろうか。大根切りにしては不思議な打球の上がり方だ。しかも大きい。センターの森が懸命に追った。吉田はためらい走りで飛んでいく打球を目で追った。 突然浅丘が叫んだ。 「抜けるぞ、走れ!」 吉田は指示を信頼して走った。しかし意外にも打球が高く上がり過ぎていた。深いところまで走った森が捕れそうな気配を見せた。 浅丘がまた叫んだ。 「あかん、戻れ!」 「そんな…殺生な」 吉田は息を吐きながら慌ててファーストへ戻った。森からの返球を一旦福永が受けて振り向いたが吉田は無事にファーストに戻っていた。ツーアウトランナー一塁。 「惜しい、もうちょっとやった…
橋田は一球目外に投げた。はっきりとわかるボール球で、徳田はまったく動く気配なく見送った。 「おいおい、歩かせるつもりやないやろな」 徳田はチロッと萩野に視線を送った。萩野は返球しながらも徳田を刺激するように言う。 「さあな、お前に馬鹿にされた橋田や。勝負せんわけないやろと思うで」 徳田はちょっとムッとした。今になってそのことは気になっている。調子に乗って余計なことを言ったかも知れない。しかし敢えて言われるとむかつくのだった。 二球目、橋田はわざとフワリとした球をインコースに投げた。殆ど徳田に当たりそうだったが球が緩いので揉め事にはならない。徳田は馬鹿にしたように余裕を見せて避けた。ボールツー。…
子供のジャンケンでいちいち先を読む者は居ない。あっても少数だろう。最初に何を出すかくらいは決めるものだが後は条件反射のようなものだ。二人がタイミングを揃えてパッと出したら二人ともパーだった。不思議なものだが、何故か最初はパーを出すことが多いのだった。 あいこで…ショッと出したら偶然か読んだの二人ともグーだった。全員がもう一度掛け声をあげた。あいこで…ショッと、今度は橋田がパー。馬場はまたもグーだった。 私は大きな声で宣した。 「パーの勝ち!四組の橋田君の勝ちです」 馬場は思わず崩れ落ち、橋田は両手を挙げて「やったー!」と叫んだ。 四組女子たちから一斉に歓声があがった。三組女子たちからは一旦はた…
思いつくままのまとまりのない駄文を書いてきましたが、短編だけにして置くつもりでしたがいつの間にかダラダラとした長辺になってしまって現在に至っております。 しかし更新は続けるつもりで、一カ月に一度もない極少の更新でしたが遅れ遅れでも頑張っていました。 ところが最近になってちょっとしたアクシデントに見舞われまして、以後は更に更新が滞ると思います。アクシデントは、今のところはまだ全体が見通せない状態でして、落ち着くまでにはそれなりに時間がかかりそうです。 止めてしまう訳ではありません。少なくとも現在進行中のものだけは最後まで続けたいと思っています。 時々立ち寄って頂いている方には申し訳ありません。m…
走ってきた吉田とキャッチャーの萩野がもつれ合って転んだ。転んでも萩野はしっかりボールを保持していた。際どいが、私には萩野のタッチが一瞬早いように感じた。 「アウト!アウトアウト!!」 右拳を二度三度突き上げて私はアウトを宣した。ここで躊躇すると信頼をなくすのだ。ワーッと四組女子たちから声援が巻き起こった。 「えーっ!嘘やーん」 吉田が起き上がりつつ、叫んで抗議した。三組のメンバーも一斉に駆け寄ってきた。主将の浅丘も詰め寄ってきた。打った高田も二塁に達していたが様子を見に戻ってきた。 浅丘は私の顔を睨んだ。「俺には殆ど同時に見えたで、お前にはっきりわかったんか」 萩野がニヤニヤして起き上がりつつ…
打球はセンター方向に高く上がった。体格のある長谷川の自力だろうか。大根切りにしては不思議な打球の上がり方だ。しかも大きい。センターの森が懸命に追った。吉田はためらい走りで飛んでいく打球を目で追った。 突然浅丘が叫んだ。 「抜けるぞ、走れ!」 吉田は指示を信頼して走った。しかし意外にも打球が高く上がり過ぎていた。深いところまで走った森が捕れそうな気配を見せた。 浅丘がまた叫んだ。 「あかん、戻れ!」 「そんな…殺生な」 吉田は息を吐きながら慌ててファーストへ戻った。森からの返球を一旦福永が受けて振り向いたが吉田は無事にファーストに戻っていた。ツーアウトランナー一塁。 「惜しい、もうちょっとやった…
橋田は一球目外に投げた。はっきりとわかるボール球で、徳田はまったく動く気配なく見送った。 「おいおい、歩かせるつもりやないやろな」 徳田はチロッと萩野に視線を送った。萩野は返球しながらも徳田を刺激するように言う。 「さあな、お前に馬鹿にされた橋田や。勝負せんわけないやろと思うで」 徳田はちょっとムッとした。今になってそのことは気になっている。調子に乗って余計なことを言ったかも知れない。しかし敢えて言われるとむかつくのだった。 二球目、橋田はわざとフワリとした球をインコースに投げた。殆ど徳田に当たりそうだったが球が緩いので揉め事にはならない。徳田は馬鹿にしたように余裕を見せて避けた。ボールツー。…