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意志による楽観主義のための読書日記さんのプロフィール

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意志による楽観主義のための読書日記
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https://blog.goo.ne.jp/tetsu814-august
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面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意志に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ム
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2015/07/14
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意志による楽観主義のための読書日記さんの新着記事

1件〜30件

  • 駅物語 朱野帰子 ***

    大学を卒業した若菜直は、JR東に就職、採用試験の結果は一位、第一希望の東京駅勤務となった。「お客様に駅で幸せな奇跡を起こしたい」という希望に燃えていた。同期入社で東京駅に配属された犬塚は、鉄オタであることを隠しながらJRに入社してきたというひねくれ者、真っ直ぐな優等生タイプの直にはなかなか素直になれない。直には卒業直前に喘息で亡くなった鉄オタの弟がいた。病気がちの弟がどうしても電車に乗りたいというのを引き留めようとした直だったが、弟は無理やりでかけて、出先で持病の喘息発作が出て亡くなってしまい、直は引き止めきれなかったことを悔やまれてならない。その知らせを就活中に聞いた直は、混雑する東京駅で倒れてしまい、通りがかりの親切な人たちに助けられた。東京駅勤務はそうした人たちに恩返ししたいという気持ちからだった。出社当...駅物語朱野帰子***

  • 自然科学の視点から考える日本民俗学 橋口公一 **

    筆者は九州大学の教授、偉い先生らしいが、出版社はなにか弱みでも握られていたのか、新書として出版されたのが奇跡的でもある。タイトルに惹かれて買ってしまったが、内容に合致したタイトル私案は「橋口先生の居酒屋放談」。中洲で行きつけの居酒屋があって、そこの女将が少しインテリで「センセの話は面白かね、本にでもしたら売れるとバイ」とかなんとか言って、お世話になっている出版社に持ち込んだ、という内容だと思う。それでも、土木工学、機械工学のセンセイらしく、全部で4章ある第3章は「自然科学研究者雑感」となっていて、科学技術とその応用の関係を密接化する、理学部と工学部の一体化の主張などは一読に値すると思う。その他の各章の特徴を表すとすれば、第1章は日本の風土・風俗分析で「橋口センセイの日本文化論」、第2章が「世界の中の日本を切る」...自然科学の視点から考える日本民俗学橋口公一**

  • 絶滅の人類史 更科功 ***

    50年ほども前の学生時代に習った人類史では、100万年ほど前に現れたのが猿人で、その後原人、旧人、新人、現代人と遷移していったように思う。ジャワ原人がピテカントロプス・エレクトス、北京原人がシナントロプス・ペキネンシス、南アフリカで発見されたのが猿人のアウストラロピテクス。新人がクロマニヨン人で、別種にネアンデルタール人がいた、というストーリーだったはず。本書によれば、発掘された人骨化石において、犬歯と頭蓋骨にあいた脊椎に向けての穴の位置から、食料と直立歩行が確認できるので、それで人類と類人猿の区別をすることで、約700万年前に現れたサヘラントロプス・チャデンシスが最古の人類だという。アウストラリピテクス・アナメンシスは400万年前の人類、アウストラロピテクスの属は各種が現れ、約120万年前まで生き延びたがその...絶滅の人類史更科功***

  • 日本人はなぜ「頼む」のか 白川部達夫 ****

    「頼む」とWblio精撰版日本国語大辞典によると、頼む/恃む/憑むと異字があり、意味としては1たよりにする。あてにする。また、信頼する。信用する。2信仰する。帰依(きえ)する。3たよるものとして身をゆだねる。主人としてたよる。4他にゆだねる。依頼する。委託する。5特に懇願する。願う。6よその家を訪問した時、案内を請(こ)うことば。とある。本書によれば、英語にこれらにピッタリ一致する単語がないので、「頼む」を翻訳するときには、依頼するask、依存するrelyonがよく使われるという。やすきよ漫才で一世を風靡した横山やすしがよく言っていたのが「頼むでぇ、ほんまに」、これは具体的に何かを頼んでいるのではなく、『なんか、今変なこと言ったけど、普段から信頼しているのだから、ここは期待を裏切らないでほしい』というほどのニュ...日本人はなぜ「頼む」のか白川部達夫****

  • 冬タイヤに交換作業

    雪が積もり通が凍る地方では、年に二度、タイヤ交換作業が必要になる。長野の佐久では、暑すぎず、もしくは寒くなる前、秋が勤労感謝の日近辺と春がGW前とだいたい決めている。タイヤ保管場所が必要なので、都会のマンションでは保管場所までの移動も大変だし業者に依頼する方も多いと思うが、この近所ではだいたい自分でやる方が多い。タイヤ交換に必要なポイントは次の通り。保管場所は直射日光が避けられて雨風を避けられる場所であること、そこから自動車までのタイヤ移動がスムーズに楽にできること。車のジャッキアップには車付属品ではなく、作業効率向上のため油圧式のジャッキを推奨。私は、3tのエマーソン油圧式フロアジャッキを購入した。交換場所は水平な場所。ジャッキスタンドも同時に購入したが、タイヤを一本ずつ交換するので通常使わない。(プロはジャ...冬タイヤに交換作業

  • 新型コロナ VS 中国14億人 浦上早苗 ***

    2021年11月時点の中国では、冬季五輪を前にして感染対策を維持し、厳しい感染拡大抑制策を講じているように見えるが、中国国民は、コロナ禍で実用化された各種技術や制度を活用しながら、すでにコロナ後の世界に向かっているという。欧米各国でも、ワクチン普及による致死率低下を確認しながらの、コロナとの共存を図っているように見える。慎重で感染に対する恐怖心がまだ根深い日本では、政治家も含めて国民全体のコロナとの共存の覚悟はまだない。過度な恐怖は国家競争力低下に拍車がかかってしまう懸念もある。日本とは対象的な対応を行っている中国の対策を紹介するのが本書。コロナを世界にばらまいた国、として非難された中国では強力な対策が国をあげて実施され、当初の感染拡大はいち早く収束に向かった。感染抑制政策の中には、「マスクをしているかどうかを...新型コロナVS中国14億人浦上早苗***

  • 働かないアリに意義がある 長谷川英祐 ****

    昆虫の中には集団として活動し、女王の産む子供を集団の子孫として育て上げ、種として繁栄しているアリ、ハチなどの生物がいる。メダカもゾウも群れで暮らしている社会的生物であるが、繁殖を集団として役割分担をするアリ、ハチのような生物を真社会性生物と呼ぶ。人類はどうかといえば、文明の黎明期に、狩りや採集活動に出かける両親に代わって、祖父母や親類、近所の人たちが小さな子供の世話をすることはすでにあり、現在社会でも同様のことは行われている。違いはなにかといえば、それを種族としてシステマチックに遺伝の仕組みとして取り込み、雄と雌、働き手と産む個体、敵対する他の種族との戦いなど役割分担を明確化しているところ。タイトルになった働かないアリについては、グループの中に1割ほど全く働かないアリがいるというところが、人間社会にも思い当たる...働かないアリに意義がある長谷川英祐****

  • 潜行三千里 辻政信 **

    戦犯から逃れようとした元陸軍参謀大佐が、終戦直前にタイの最前線から逃亡、僧侶に身をやつしてベトナム、中国へと逃れ、時の国民政府に自分を売り込んだ末に日本に帰国した、という自伝。自分で書いているため、自分にとって都合が悪いことは書かれていないが、ノモンハン事件以降の多くの作戦で多数の日本兵の命を無駄に殺してしまった張本人である。WIKIPEDIAによれば、次の通り。「辻政信(1902年-1961年以降消息不明)は、日本陸軍軍人、政治家。陸士36期首席・陸大43期恩賜。軍人としての最終階級は陸軍大佐。ノモンハン事件、太平洋戦争中のマレー作戦、ポートモレスビー作戦、ガダルカナル島の戦いなどを参謀として指導した。軍事作戦指導では「作戦の神様」と讃えられた。その一方で、非人道的残虐事件を巻き起こした指揮系統を無視した現場...潜行三千里辻政信**

  • 習近平 VS 中国人 宮崎紀秀 ****

    筆者は元日本テレビ報道局勤務で外国部記者を経てNNN中国総局に勤務後、2010年に日本テレビを退社して、中国の現状を日本の読者になんとしても届けたいと本書を執筆、2020年3月に発刊した。中国は、習近平登場以来、一党独裁、人民思想支配が一層強化されたことを実例をもって示している。中国国民自身は、経済的発展が自分の身の回りで好転している限り、政府の行き過ぎた思想干渉にも知らんぷりを決め込んでいるように思えるが、自らが経済的損失を被ったり、身内が拘束されたりして初めて危機感を持つことがほとんど。習近平が就任して最初に取り組んだのが、国威発揚、経済発展のアピールと腐敗撲滅であった。2021年11月初旬にもあったばかりだが、中国高官による汚職や女性問題は頻繁に起きており、庶民からは当然批判的に受け止められる。あまりにも...習近平VS中国人宮崎紀秀****

  • あの戦争から遠く離れて 城戸久枝 *****

    中国残留孤児の物語としては、「大地の子」という山崎豊子の作品があり、NHKでも放映されたのでご承知の方も多いと思う。ひょっとしたら、藤原ていの「流れる星は生きている」を読んだ方もいるかも知れない。2009年4月にはNHKで「遥かなる絆」として放送されたのが本書。中国残留孤児の帰還事業が始まる前の1970年に中国から日本に帰国した城戸幹さんの中国での生い立ちからその後の成長を描いた、帰国後に結婚しその娘として生まれてきた作者久枝さんによる、父の生い立ちを辿る留学と旅のドキュメントである。父の城戸幹は旧満州国で、満州国軍特務大佐の軍人だった城戸弥三郎の長男として中国東北部で生まれたが、終戦の混乱の中で3歳で両親と生き別れて中国人夫婦のもとで育った中国残留孤児だった。養母には大切に育てられ、当時、農村からの小学生とし...あの戦争から遠く離れて城戸久枝*****

  • 京都宇治原子炉 世界初の反原子力住民運動の記録 玉井和次 ****

    京都の友人から手に入れた一冊。1954年から京都大学が中心となり予算要求してきた研究用原子炉建設に3000万円の予算がついたのが1956年。1957年1月には宇治市木幡が建設地第一候補となり、それを聞いた地元住民の強烈な反対運動が起こり同年8月には候補地から宇治が外れた、その運動についてのドキュメント。この反対運動を語るためには歴史的背景が重要。研究原子炉の候補地となった宇治市木幡というのは宇治川東岸にあり、一帯の土地は江戸時代に幕府の援助もあり創建された黄檗山萬福寺により広大な土地が所有されていた。明治維新後、火薬製造工場と火薬庫が戦場に近い西日本にも必要と考えた大山益次郎肝いりで奈良線と宇治川の間の土地が萬福寺から買い上げられた。その後、火薬工場と火薬庫などが設置されたが、戦争中は空爆があり、戦時中から戦後...京都宇治原子炉世界初の反原子力住民運動の記録玉井和次****

  • 「穴場」の喪失 本村凌二、マイク・モラスキー ***

    早稲田大学で国際教養学部で教鞭をとるのが一つの共通項で、ジャズ、居酒屋、ギャンブル、映画、地域性のあるもの、穴場、他にも多くの共通項があるようだ。大学で、ではなくたまたま居酒屋で出会ったという二人が交わした対談録。テレビの旅・店紹介番組や、ネットが一般化するまでは多くの都市の片隅には「穴場」と言われるような場所があったのが、食べログとかぐるなびで紹介されたり、SNSで「映える場所」などと紹介されたりすると、次の日から行列のできる店になってしまう。そうして有名になったとしても半年やそこらで閑古鳥が鳴くことにもなりかねない。穴場は消費物として扱ってはいけないんだという。店を選ぶのは自分の目、店構え、品書き、底にいる客、そしてご主人の面構えなんかを自分が気に入るかどうか、そして相手にも気に入られるかどうかである。本村...「穴場」の喪失本村凌二、マイク・モラスキー***

  • 戦況図解 古代争乱 山岸良二監修 ***

    文章で読む記憶と比較すると、図解で示された記憶のほうが関連記憶として長く残る。例えば、5世紀における倭国から朝鮮半島への出兵と広開土王碑の記述、高句麗、新羅、百済と楽浪郡、帯方郡、伽耶、対馬、壱岐、倭国との関係。仏教伝来におけるガンダーラ地方からの伝来経路上のシルクロード、西域のクチャ、トルファン、莫高窟、朝鮮半島の百済を経由した伝来経路。これらは図解の視覚記憶が強烈である。本書での強烈な図解は、古代朝廷における大王家の継承を巡っての勢力争いである。単なる大王家の系統図だけではなく、誰が誰を誅した、裏切った、殺害した、殺害を命じた、という関係が一目瞭然に示される。物部守屋討伐後、勢力を得た蘇我馬子は後に推古天皇となる欽明天皇の夫人である額田部皇女と結託しその息子である未成人の竹田皇子に確実に継承させようと企んだ...戦況図解古代争乱山岸良二監修***

  • 日本中世への招待 呉座勇一 ***

    朝日新聞での連載を一冊の本にしたもの。日本中世史は、政治の歴史、戦いの歴史の年次を追った解説に終始しがちな歴史解説を、中世の人々を形作っていた家族や教育、宗教観、生老病死にかかわる価値観、年中行事、最後に中世史をとっつきやすく学べる推薦図書をあげている。筆者は「応仁の乱」の著者で、2020年2月発刊。家族が氏から家の単位に移行するのが古代から中世にかけての大きな変化であるという。氏族でいえば、古代には蘇我氏や物部氏がいて、家の単位は大家族、男性が婿入する場合もあり、女性がその後嫁として婿の家に入る形態もあった。氏の下に家がいくつもあり、家の集合体が氏、その統括者が氏の長として最高の官位を得る。逆に朝廷から最高の職位が与えられたものが氏を率いることになった。最高の官位を得るものが父でなければ、それを引き継ぐのは現...日本中世への招待呉座勇一***

  • 1968年 中川右介 ***

    今から53年前の1968年は、私が13-14歳、中学二年生だった年である。少年マガジンと少年サンデーを毎週読み、毎日18時から21時までテレビを見ていた。テレビは一家に一台しかないので、チャンネル選びは家族間で競争的だった。漫画では巨人の星とあしたのジョーに夢中になり、その後は忍者武芸帳、カムイ伝へと少しは大人になっていく。漫画を買うお金はないので、友達同士で借りて回し読みをしていた。テレビではグループサウンズに友人みんなが浮かれる中、アメリカのフォークソング、PPM、ブラザーズ・フォーに夢中になっていた。お年玉でもらうお小遣いは当時2000円もしたLPレコードに使った。本書はそんな年、1968年に絞り、4つの切り口から振り返る。1.グループサウンズとザ・タイガース2.少年マガジンと少年サンデー3.プロ野球の江...1968年中川右介***

  • 世襲の日本史 「階級社会」はいかに生まれたか 本郷和人 ****

    ちょっと気付かされる、「そうなのか!」と思わせてくれた一冊。日本で世襲が今でも有力な理由、それは家、家系が重要視されてきた歴史があるからだという。言い方を変えると、能力よりも人物が持つ出自が大切にされるのが日本歴史での大原則だと。日本史の中では中国の律令制度は取り入れたのに、優秀な官僚を育てる科挙と時代とともに王朝が変わっていく易姓革命は取り入れなかった。古代から続く天皇家を権力の象徴的な頂点とし、古代権力を握るのは土地の権利を持つ貴族で、その後は実際にその土地を管理している在地地主たる豪族、それらが武士となり鎌倉時代からは土地を安堵することで主従関係を結ぶ武士集団となる。日本社会は、万世一系と言われる天皇・皇族を頂点とするが、古代の藤原氏を始祖とする貴族が土地権利を掌握したあとは、武士階級が土地の権利を掌握し...世襲の日本史「階級社会」はいかに生まれたか本郷和人****

  • 墓が語る江戸の真実 岡崎守恭 ***

    お墓の並び方から、そこに葬られた人たちの関係性を語るのが本書。筆者は日経新聞社で政治部長や大阪支社編集局長を務めた歴史エッセイスト。薩摩島津家墓所には28代斉彬とその正室とともに、27代斉興の墓があるが、その隣には「お由羅騒動」で有名な由羅の墓があり、正室だった弥姫の墓は離れた場所に斉彬の子たちと並んで置かれている。正室は鳥取池田家から周子として輿入れしてきた賢夫人、子には漢籍を説いて聞かせ自ら乳も与えて大切に育てたという。その子の一人が斉彬、もうひとりの娘は侯姫で土佐藩山内家に嫁ぎ容堂で知られる豊信を養子に迎え養育した。弥姫の異母妹も佐賀藩鍋島家に嫁ぎ、後の鍋島閑叟を生む。そしてお由羅は江戸の町娘、薩摩藩江戸高輪屋敷に奉公に上がり斉興に見初められ久光を生む。正室は江戸藩邸に居たので、お由羅は薩摩藩に置かれたと...墓が語る江戸の真実岡崎守恭***

  • 銀座、祝祭と騒乱 銀座通りの近代史 野口孝一 ***

    江戸時代、江戸の町は何度も大火災にあった。今では東京の代表的なメインストリート銀座通りも例外ではなかったが、江戸時代の銀座通りは場末の通りだった。そこに並んでいたのは、表通りが質屋、古道具、豆腐屋、舶来物、蝋燭、人力車、古本、小道具、水油、居酒屋、仕立て、挽物、籐細工、手遊物、枡酒、医師、裏通りは芸妓屋、寄席渡世、車持ち、手跡指南、医師、通勤など。明治維新後、銀座通りでの最初の祝祭は、天皇東行後の東京入京お披露目だった。海外からの最初の賓客は英国王子エジンバラ公、将軍家の庭園だった浜離宮を改築し延遼館と命名され宿舎とした。維新後の銀座通りは横浜から鉄道が通った新橋停車場と一番の繁華街だった京橋、日本橋をつなぐ通りとなり、明治5年の大火のあと、レンガ造りの街に建て替えることになった。表通りを一級、裏通りは二級、三...銀座、祝祭と騒乱銀座通りの近代史野口孝一***

  • 卑弥呼以前の倭国五〇〇年 大平裕 ****

    中国大陸、遼寧、吉林省、朝鮮半島での遺跡発掘で、新たに銅鐸、明刀銭(燕の通貨)、多鈕鏡(複数の紐を通す穴がある鏡)などの出土品があり、「山海経」などの古代文献を通して、日本列島における弥生時代は定説より500年遡ることが分かってきたという。中国大陸の殷(BC1400-1027)末期、周(BC1027-BC771)の時代には、すでに日本の王朝との交流があった。これは卑弥呼が登場するAD237よりも800年以上遡る。これを実証するため、多鈕鏡、明刀銭、銅銭などの実物を見るため北京、瀋陽にも現地取材してきた。「山海経」は、古代中国人の伝説的地理認識を示すものとされ、信ぴょう性には疑義もあるが、そこには倭人は燕に属すと記されている。燕は周の同時代にあった春秋・戦国時代に存在した国の一つで、BC222秦により滅ぼされた。...卑弥呼以前の倭国五〇〇年大平裕****

  • われら軍人の子 石光勝 ***

    筆者は文化放送、東京12チャンネル(テレビ東京)を経て、現在はテレビ東京ダイレクトの社長を務める。テレビ東京草創期に番組作りや編成に携わった。父親が太平洋戦争期に職業軍人で経理大佐、1934年生まれの筆者はその陸軍高官の子、国民学校の生徒として戦争を体験し戦後を迎える。終戦時のショックは、その時の年齢により微妙に、親の職業や環境で大きく異なり、本人としては甚だしく異なる受け止め方がある。1929年生まれの加賀乙彦は幼年学校在学中に終戦を迎え、聖戦遂行のため命を捨てる覚悟を教えてきた教官たちの豹変ぶりに大人への不信を植え付けられた。1930年生まれの野坂昭如は焼け跡派と呼ばれ「火垂るの墓」を書いた。兵隊として南方戦場で辛酸を嘗めた大岡昇平は「レイテ戦記」を書き、思想犯として兵隊を経験した野間宏はリンチや暴力がはび...われら軍人の子石光勝***

  • 公家たちの幕末維新 刑部芳則 ***

    幕末から維新の時代に、徳川将軍家から天皇家への権力移転は、維新の志士たちの活躍で実現した、という歴史を学んできたように思えるが、京都の公家たちの動きも激しかった。特にペリー来航から王政復古にかけての十数年、公家たちは幕府と有力諸藩の動きを単に客観的に眺めていたわけではない。孝明天皇と彼を支えた三条実美、岩倉具視、正親町三条実愛、中山忠能などである。そもそも、京都の公家たちの家格や先祖、門流のことを知らないと、理由がよくわからない出来事があるので、それを整理しておく。清涼殿に昇殿できるのが堂上(とうしょう)、できないのが地下(じげ)。政治的動きをするのは堂上公家である。最上の家格は五摂家、一条、九条、近衛、鷹司、二条である。その下に位置するのが清華家で、大炊御門、花山院、菊亭(今出川)、久我(こが)、西園寺、三条...公家たちの幕末維新刑部芳則***

  • 人が集まる街、逃げる街 牧野知弘 ***

    コロナ禍が長期化し、労働と通勤に関する考え方に変化が生じている。日本における太平洋戦争後の都市への人口集中は仕事を得るための地方から都市への人口移動が原因だった。リモートワークがきっかけになり、職選び、住まい選びの判断基準に変化が見える。東京都心にある職場には週に一度通えばいい、という仕事なら、都心よりも環境が自分の生活に適合した場所を選べる。海辺、山、田舎、島、実際アメリカではコロナ以前よりそういう職住の分離が進んでいるという。人がどのような判断基準で住む街を選ぶのか、それがこれから発展できる町と衰退の一途をたどる町の評価を分けてくる。「ニュータウン」三田、鳩山、仙台市泉区、多摩、印西、あすみが丘、ユーカリが丘など、その多くは1970年代から90年代に開発された大規模集積住宅地であり、一定の年齢層の家族ばかり...人が集まる街、逃げる街牧野知弘***

  • 歴史人口学事始め 速水融 ***

    100年から1000年の歴史的単位で人口はどのように変動してきたのか、これを学問として確立したのが2019年12月に逝去された速水融である。本書は自叙伝。日本では江戸時代にキリスト教弾圧があり、踏み絵などによる宗門改めが各藩で行われていた。その実施は藩ごとに異なる方法だったが、残された宗門改帳は優れた人口動態資料となる。キリスト教国では教会が宗徒管理を行い、宗徒家族の誕生、結婚、死亡などの情報を管理していた。それらの情報がどれくらいの期間継続して管理され、きめ細かく実施されていたのかにより、資料の貴重性が高まる。江戸時代の宗門改帳は、幕府命令により200年ほどの期間、藩によっては徹底的に実施されていた。歴史人口学的にはこれほど貴重な資料はない。速水融の顕著な研究は次の通り。「勤勉革命」産業革命は技術進歩により社...歴史人口学事始め速水融***

  • 深層日本論 工藤隆 *****

    古事記、日本書紀、風土記、万葉集という古代書物から日本文化の根底にあるアニミズム系文化を掘り起こし、西欧的文化やイスラム的文化との比較から日本が現在果たすべき役割にまで解き進めた筆者渾身の一冊。日本人論の一つと思い読み進んだが、結論は一種感動的な内容だった。日本列島に弥生時代の幕開けと同時もしくはその以前から大陸から移住してきたのは、揚子江(長江)周辺で水田稲作を行っていた民であり、多くは大陸における春秋戦国時代の戦乱から逃れてきた民だった。大陸における照葉樹林帯に栄えた文明では、高床式建物、焼き畑、水田稲作、もち米、麹酒、納豆、なれずし、身体尺、鵜飼い、独楽回し、闘牛、相撲、下駄、歌垣、兄妹始祖神話などがあり日本文化との共通点が指摘される。筆者は、20世紀末にその時点まではかろうじて残っていた中国南東部の少数...深層日本論工藤隆*****

  • 駅に泊まろう! 豊田巧 ***

    JR函館本線の長万部から小樽の間に比羅夫という駅がある。その比羅夫駅の上、ホームに建てられた山小屋風ロッジを舞台にしたほのぼの物語。作者は旅行好きで鉄分が多いようだ。主人公の桜岡美月は労働環境が厳しいブラック企業居酒屋チェーンの店長だが、まだ二十代。セクハラ、パワハラ、サービス残業が続き、何度も改善要請をするも現状は変わらないため退職した。行き先のアテはあった。3ヶ月前に亡くなった祖父が北海道の比羅夫で営業しているというコテージ、その所有権は孫の美月に譲る、という遺言があったため。東京から、新函館北斗行き、はやぶさ号のグランクラスを奮発して比羅夫に向かった。グランクロスと「はやぶさ号」の結構詳細な長めのイントロで、東京駅から青函トンネルへ、そして函館から長万部乗り換え、比羅夫についた頃には日は暮れ、駅前は真っ暗...駅に泊まろう!豊田巧***

  • 糸 林民夫 ***

    中島みゆきの「糸」物語の小説化。菅田将暉と小松菜奈主演で映画化されたので見た方もいるかも知れない。平成元年富良野生まれの高橋漣は、12歳の時に隣町の美瑛で開かれた花火大会に友人の竹原直樹と自転車で来ていた。そこで出会ったのが園田葵。漣の父は自動車整備士、普通の家庭だったが、葵の母はシングルマザー。しかしその母も夕食を作ってくれないため、葵は近所に暮らす節子さんが作る食事で命を繋いでいた。母が連れてくる男達は長くはいつかず、葵は自分の存在を消し自我を殺して生きる術を身につけようとしていた。漣と葵はすぐに惹かれ合ったが、葵の家庭事情は二人の付き合いを許さなかった。8年後、漣はチーズ工場で働き、同じ職場で働く香と付き合いはじめていた。竹原直樹が東京で結婚式を挙げるので呼ばれた漣は、式場で葵と再会する。葵は大学生になり...糸林民夫***

  • 東北のしきたり 鈴木士郎、岡島慎二 ***

    日本列島に縄文人が住み着き始めたのは約15000年も前のことで、弥生人が稲作とともに渡来し始めたのは4000年ほど前から、数百年かけて九州、中国地方から東へ北へと広がっていった。大和政権が成立したあとも、九州南部には隼人族、東北には蝦夷族が勢力を保ち、8世紀までは独立を維持してきた。東北の蝦夷族が侵攻を受けるのは、鎌倉幕府成立後のことで、それまでの長期間、独自の文化圏を維持してきたため、東北にはユニークな風習が今でも残ると言われる。蝦夷族の末裔は戦う相手であった関東武士団と合従連衡、婚姻を重ね、有名だったのは平安時代には安倍氏、清原氏、奥州藤原氏。こうした家名は大和豪族のものだが、特に関東武士団との間の抗争の後に和睦して婚姻関係を結び、名目上大和朝廷の貴族や豪族の一員となり生き残ったもの。安倍氏は飛鳥時代の阿倍...東北のしきたり鈴木士郎、岡島慎二***

  • 日記で読む日本史 鈴木貞美 ***

    ドナルド・キーンさんは、太平洋戦争期の多くの日本人兵士たちが戦場でも日記を書いていたことに気づき、日記が日本人の心に深く根付いていると感じたという。なぜ日記をつけるのか、その淵源は平安時代の日記文化、古代の宮廷文化にまで遡る。平安時代に藤原摂関家が権力を握る源泉は「礼」の管理権掌握であり、有職故実、典礼の記録である日記は古代王権内で権力を掌握する鍵だった。日本最初の歴史書とされる日本書紀編纂に際し、壬申の乱時代の大海人皇子を、その舎人が記した「安斗智徳(あとのちとこ)日記」「調連淡海(つきのむらじ)日記」が引用されている。遣唐使に随行した伊吉博徳(いきのはかとこ)の「伊吉連博徳書」や「難波吉士男人(なにわのきしのおびと)書」の一部も編入され、いずれも日付を伴う個人の手記である。中国の歴史書は、編年の「紀」と人物...日記で読む日本史鈴木貞美***

  • 阪急電車 有川浩 **

    タイトルに惹かれて読んでみた、懐かしい阪急電車今津線。大学生の時代に乗っていたのは通学のために乗る京都線と宝塚線だったが、友人が多く暮らす神戸線、今津線にも度々乗車したので、思い出すことが多い。よく乗降したのは、門戸厄神、仁川、甲東園、逆瀬川。今から50年ほども前なので景色や家並みは大きく変わっているはずだが、京都線から宝塚線乗り換えの十三や北千里線の淡路とは大きく社内の雰囲気や乗客層が違ってくる、本書からもその雰囲気は感じ取れるはず。物語は連作短編風で、登場人物が駅間を移動して男女のすれ違いと出会い、初恋、恋愛のもつれ、おばさんグループのなかでの鬱屈、おばあちゃんと孫娘などの会話で、物語を紡ぐ。今では山の途中まで高層マンションや住宅が開発されている場所、50年前は緑に覆われていたと思うし、宝塚の駅前なんて高層...阪急電車有川浩**

  • 最後の怪物 渡邉恒雄 大下英治 ***

    魚住昭の著書「メディアと権力」で以前に読んだことがある渡邉恒雄の一代記、2003年発刊だったので、その後も含めた内容となっているのが平成27年発刊の本書。魚住昭は渡邉恒雄を批判的に捉え、取材相手と親しくなってスクープをモノにする姿勢を「アクセス・ジャーナリズム」であるとして批判した。副総裁だった大野伴睦の番記者時代、その後1965年の日韓条約交渉、1967年の九頭竜ダム補償金疑惑など、政治対象に働きかけて政治的判断自身にまで影響を与えることまでする「ポリティカル・ジャーナリズム」だとして、取材者の域を遥かに超えた異常な存在だったと表現した。本書においても、東大学生時代の共産党入党と除名、山村工作隊スクープ、大野伴睦番記者、中曽根康弘との盟友関係、児玉誉士夫との九頭竜ダム補償金暗躍、スカルノのスキャンダルつぶし、...最後の怪物渡邉恒雄大下英治***

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