いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
彼は、心のなかを見せない。たにんの侵入を極端にきらう。それゆえか、彼の部屋をおとずれる者はいない。そのくせ彼自身は、ひとの部屋にズカズカと入ってくる。仲間と友人。彼は、区切りをつけている。それが何故なのか?いままで考えもしなかった。が、学友との口論から、それを考えるに至った。町工場での俺は、労働の代価を受け取る。しかし夜学での俺は、支払う側のわけだ。とうぜん、時間の自由があってしかるべきだ。労働中の俺に、自由のないことは理解できる。しかし何故に、授業の選択が許されない?規則だからと、諦めにも似た気持ちになっている。入学時の誓約書は、強制であり交渉事ではなかった。町工場への就職時には、形だけであっても交渉があった。奇天烈~蒼い殺意~人間性(一)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (三十四)それが9時近くになって、
それが9時近くになって、やっと帰ってきた。その時間が麗子には長く感じられ、不安だけが募った。裏通りにあるアパートである。人通りはまるでない。街頭にしても、アパートの階段に設置してある電灯だけだ。しかもまだ修理されていない。あとは、50mほど先にある。しかも、何時になるのかわからない。麗子の心は、恐怖感におそわれていた。いつなんどき暴漢が現れるかもしれない。そのときには誰かの部屋をノックすればいい。いやこのアパートの住人すらあぶない。〝どんな人が住んでいるのか、まるで分からないんだ。素性はもちろん、男か女かもわからない。というより、こんな場所だ。おとこだろうけどね〟男にきいた話だ。といって帰る気にもなれず、途方に暮れていた。そんなときの、男の帰宅だった。ムラムラと、怒りの気持ちと嫉妬心が渦巻いた。で、悪態を...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十四)それが9時近くになって、
話をもどします。まいどまいど、横道にそれてすみません。校舎のうら手に車をまわしたところで、思わず「ああ!」と叫んでしまいました。見覚えのある大木と、その横に土俵が見えました。あれえ……。でも土俵はあっちではなく、こっちの角のはずじゃ……。すみません。あっちやらこっちやらでは、どこなのかわかりませんよね。東西南北の観念がないので。(ナビで調べれば一発でしたね)。車の進行方向の向こうがあっちで、敷地にそって曲がってそしてまたまがってすぐの角で、停車した場所がこっちなんです。土俵のうえに屋根があるんですが、大木の枝がおおいかぶさっています。台風の進路によっては、屋根をおしつぶしませんかねえ。すこし心配です。たしか、相撲が体育の授業にはいっていると聞いた気がします。やせぎすだったわたしは、それがいやでいやでしてね...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十五)話を戻します。
ドール [お取り扱い注意!](十六)山本さん、5番におはいんなさい
「山本さん、5番におはいんなさい」当初は聞きまちがいかと思ったが、なんど思い返しても、「おはいんなさい」だった。わたしの前に数人が呼ばれていたが、たしかに「おはいんなさい」だった。なんとも、暖かさを感じさせる呼びかけで、嬉しさを感じたわたしだった。名医だ、瞬間的にそう思った。「良い先生ですよ」が頭で反すうされた。こころがある、なぜか直感的に思った。ドアを開けると背筋がピンと伸びた老医師が、にこやかに迎えてくれた。「はいはい、山本さん。きょうは気分が良さそうだね。うん、良かったよかった。さあさあ、お座んなさい」またしても、「り」ではなく「ん」だった。なんとも、人なつっこい話し方だ。やはりベテラン医師はちがう。なんというか、お医者さま、という雰囲気がある。患者に人気があるのもムリはないと感じた。「ほうほう。山...ドール [お取り扱い注意!](十六)山本さん、5番におはいんなさい
しかしふと不安になった。武蔵のいないいま、だれが「奥さま」と呼んでくれるだろう。「ミタライさん」と呼ばれるのだろうか。御手洗家の主はあるけれども、武蔵はいないけれども、それでもやはり「奥さん」と呼ばれたい。御手洗家の主は、やっぱり武蔵であってほしいと願う小夜子だった。「パッ、パッ、パアー!」。けたたましいクラクションが鳴った。「バカヤロー!」。だれ?だれへの叫び声なの?大勢が立ち止まっている交差点。なのに小夜子は足を止めなかった。赤になっていることに気づかなかった。「ごめんなさい」と、頭をさげる小夜子に「気をつけろ、この有閑マダムが!」と、捨てゼリフをのこして、商用車が行く。やめて、そのことばは。小夜子のもっとも忌み嫌う、有閑マダム。新しい女の対極ともいえる、蔑称ととらえている小夜子。夫の地位そして財力に...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十三)
異端の天才ベートーベン「運命」その烈しさに魂が揺さぶられるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。キモはですねえ、……ないです。強いて言えば、「畏怖」でしょうか。そうだ。初めて聞き入ったクラシックでしたよ。ジャジャジャーン!ジャジャジャーン!jajajajajaja,jajaja~n!CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(ベートーベン)
[青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (十)
シゲ子は、その日のうちに長男に問いただした。シゲ子のたしなめるような物言いに萎縮してしまった長男は、口をつぐんでしまった。幼いときから、人に甘えるということのできない長男で、とくに祖母であるシゲ子にたいしては身構えてしまう。シゲ子の長男にたいするぎこちなさが、そうさせてしまっていた。シゲ子のしつような追求にたえきれず「ごめんなさい」と、あやまる長男だった。孝道が「目くじらを立てるほどのことでもないだろうに」と、長男をかばうと「いいんです、食べたことは。でもね、翌日にでも『ありがとう、美味しかった』と、ひと言ぐらいあっても。ほんとに、卑しい子だよ」と、長男を叱りつけてしまった。美味しいサツマイモをほのかに食べさせてやれなかったということ、すこしだけでも残していれば…という、たしょうの罪悪感にもにた感情にとら...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(十)
彼の頭のなかでは、数多の声がとびかっている。ひとつひとつの言葉は、断定的でしかも独善である。無道徳とはいったい何か?社会いっぱんの道徳は、常識なのか?幾多の矛盾を擁する道徳でもか?住みなれた町の地図は必要か?コンパスまでもか?俺は無道徳か?道徳はどうとく、常識はじょうしき?俺は反道徳だ!では、ニュー道徳を創るべきか?では、それに従えるか?違うぞ!単にスネているだけだ!ニュー道徳は、偽善の産物だ!ホワイトカラー族の目的は?教師とは、如何なる人種か?教える義務と、従わせる権利。学ぶ権利と、従う義務。そして反発する権利。殺す自由、生きる権利。人間を殺すことは罪であり、「家畜類の屠殺は許される」という現実。and,その是非は論外、という現実。食べる自由と権利。断食もまた然り。自然界の法則とは?地球の歴史、人間のれ...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(五)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (三十三)そう、あのむすめね…。
「そう、あのむすめね…。あの娘のこと、好きなのね」と、小声で呟いた。いつもの男なら、そのまま聞きながしてしまう。しかし、今夜の男はちがった。このまま無言をとおせば、気性の激しい麗子のことだ。どんなしっぺ返しをくらうやもしれない。それこそ私立探偵をつかってでも、ミドリの特定をしてしまうかもしれない。そして……。考えるだけでもおそろしい。気色ばんで男は言った。「な、なにを言いだ出すんだ。あの人とは何でもない。友人の妹だ。3人での食事の約束だったんだ。友人の都合が悪くなってのことだ。だからふたりだけの食事になっただけだ」「あら、そう。お食事のできるナイトクラブがあるとは、知らなかったわ」服を着おわった麗子は、いつもの麗子に戻っていた。「時間が早かったからだ。ナイトクラブを知らないと言うから、連れて行ったんだ。だ...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十三)そう、あのむすめね…。
[ライフ!] ボク、みつけたよ! (四十四)そうでした、学校です。
そうでした、学校です。当然ながら、まるで違います。当時は木造でしたが、いまはコンクリートの校舎です。正門まえに立ちますが、まるで思い出せません。車をうごかして、裏手にまわることにしました。運動場なんですが、意外にちいさいです。もっと広く大きかった記憶なんですが。敷地に沿ってまがると、せまい道路です。大型の車がきたらすれ違えないかもしれません。学校のフェンスをこするか、相手の車が畑に落ちてしまうか、どちらかでしょうね。いっそのこと一方通行にしてしまえばいいのに、なんて勝手なことを考えてしまいました。そういえば、こんなことがありました。いくつだったか、五十過ぎたころだったと記憶しています。両側が畑のせまい道で、ここではすれ違うことはできません。半分以上を過ぎたところで、中型の車がはいってきました。当然ながらわ...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十四)そうでした、学校です。
ドール [お取り扱い注意!](十五)待合の席にすわろうとしたわたしに
待合の席にすわろうとしたわたしに、通りがかった看護婦が声をかけてきた。この間の入院時に世話をしてくれた看護婦だった。じつに気立ての良い娘で、いつも明るく笑う娘だった。退院するときに「ありがとうね」と声をかけたかったのだが、シフトで会えずだった。「山本さん、ラッキーでしたね」「なんで?」。笑みを返しながら、尋ねてみた。「良い先生ですよ、岩井先生って。いつもは予約だけの先生なんですよ。ね、島田さん」「きょうはね、畑中先生が休みなものだから、急きょピンチヒッターでお願いしたの」「山本さん、ついてるわ」。うんうんと頷きながら、ひとり納得して去って行った。良い先生かどうかは、診察を受けてからだと、あまり期待もせずにいた。しかしこの医師に会ったことで、わたしの人生が一変したと言っても過言ではなかった。ほどなく看護婦に...ドール [お取り扱い注意!](十五)待合の席にすわろうとしたわたしに
感傷的になるかと思っていた小夜子だったが、意外にもサバサバとした気持ちになった。空はあいにくの曇り空なのに、ウキウキとした気分でビルを出た。全員がお見送りをしたいと申し出たが、五平と竹田のふたりが通りで見送った。最敬礼をするふたりに「やめてよ、そんな大げさなことを」と言いつつも、感慨ぶかいものがあった。はじめて会社におとずれたとき、水たまりがあるからと、武蔵にお姫さま抱っこで車からおろされた。大きな歓声と冷やかしの声、また近隣ビルの窓から、なにごとかと覗かれたこともなつかしい。なにからなにまで、なつかしい想い出だ。帰りの車をことわり、ひとり日本橋界隈をねりあるくことにした。そういえば通りをあるいた記憶がない。いつも契約ハイヤーで会社前まで乗りつけた。竹田の送迎もあったわね、と思いだす。〝大層なご身分だった...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十二)
茶目っ気モーツァルト「25番ト短調」そのミステリアスな曲調にこころがうち震えるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(モーツァルト)
[青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (九)
翌日のこと。「きのうのお芋さんは美味しかったろう。ばあちゃんもね、おじいさんとおいしく食べたんだよ」ほのかかキョトンとした顔つきで、「きのうはよらずにかえったよ」と、こたえた。誰かが食べたはずなのだ。「ツグオちゃんだったかね」首をふりながら、つづけてこたえた。「にあんちゃんは、ほのかといっしょだったよ」思いもよらぬ返事がかえってきた。「それじゃだれだったんだろうね。ツグオでもないんだね。近所のだれかかしらね」そうことばにしつつも、だれもいない家にはいりこんで、ましてやなにかを食べていくなどありえない。“まさかナガオが…。いやいや、あの子は寄りはしない”と、否定してしまった。「あんちゃんだよ、きっと。夕食、めずらしくすこししか食べなかったから。それに、もしにあんちゃんだったら、きっとぜんぶ食べてたよ。にあん...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(九)
実はこの1週間、彼は悩んでいる。学友との些細な口論のためだった。さっこん耳にする”フリーセックス”についてだ。まだ青い我々は、真面目に論じあった。勉学上の口論はまるでない我らだが、ことセックスに類するものは好んで論じあう。が、残念ながらお互い言いっ放しで終わってしまう。面白いのは、”革新”そして”保守”と、イデオロギーの立場をお互いに押しつける―なすりつけて終わることだ。革新にしろ保守にしろ、じつの所あまり分かっていないのに。『70年安保』の後遺症といっては失礼か。「アンポ、ハンタイ!」が流行語になっていた頃を、多感な中学時代に我々は過ごした。彼はいま窓際でひざを抱いている。そしてときにそのひざに接吻をしたりして、体のぬくもりを感じている。生きている実感があるという。ときおり、バサバサの髪をかき上げては、...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(四)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (三十二)麗子が起きるころには、
「舟のない港」というタイトルが気に入って書きはじめた作品です。気乗りのしないままにストーリーを重ねて、次第しだいに二人のヒロインたちの心情にとらわれだしました。なかなか女性心理がわからず、キーボードをたたいてはDeleteを押して、またたたいて、また消しての連続です。時間の移動がはげしいためご迷惑をおかけしていますが、一気読みをご希望の方には、4月の初めには[やせっぽちの愛]にてupする予定です。よろしければ、どうぞ。------------麗子が起きるころには、母親はすでに台所にいる。父親もまた、食卓に着いていた。気むずかしい顔つきで、新聞を読みふけっている父親だった。一日のはじまりに家族そろって食卓を囲む。なによりも大切にしている父親だった。夜の食事は父親の仕事しだいではそろうことが難しい。休日にして...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十二)麗子が起きるころには、
[ライフ!] ボク、みつけたよ! (四十三)吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、
吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、福岡県柳川市の昭代第一小学校へ向かいました。小学なん年生だったか、低学年には違いありませんが新入生ではなかったはずです。幼稚園児だった頃に伊万里市をはなれて、それからどこに移り住んだか。柳川市?いや待て、もう1ヶ所、どこかの……そうだ!大分県の佐伯市に入ったような……。そこで幼稚園に入る予定だったのが、いまでいう引きこもりになったのか、通ったという記憶がありませんね。それじゃ、佐伯市の小学校に入学した?うーん……。新入学したのはどこの小学校だったのか、まるで記憶がない……。昭代第一小学校まえでお店――駄菓子屋さんだと思っていたら、じっさいは酒屋さんでした。店の横にビールびんやら酒びんが山積みされていました。失礼ながら、小学校の真ん前なんですが。でも、すこしばかりの文具もありま...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十三)吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、
ドール [お取り扱い注意!](十四)やれやれ今はやりの自己責任ですか。
“やれやれ今はやりの自己責任ですか。大丈夫、先生を訴えたりしませんよ”「はい、これで良いですか?」「ほんとにね、生命に危険があるんですよ。考え直しませんか?山本さん」「先生の言うことを聞いた方が良いですよ」なおもしつこく入院を迫ってくる。わたしのことを考えてくれているとは分かるが、イライラしてきた。「今夜ひと晩だけで良いんです。経過をね、観察したいんです」真剣な目で、せまってくる。「お気持ちだけいただいておきます。ほんとにね、もうずいぶんと楽になりましたから」意地の突っぱり合いの様相をていしてきた。しかし意地っ張りということに関しては、わたしの方にいち日の長がある。医師に書面をわたして、看護婦に会釈をして、意気軒昂にベッドをはなれた。あの老婆、わたしと目があったとたんに目をそらしてきた。聞いてはならぬこと...ドール [お取り扱い注意!](十四)やれやれ今はやりの自己責任ですか。
自宅でのこと、その毎日がなくなるのかと思うと、ここで感傷的になった。平日の朝9時、閑静な住宅街にある自宅を出る。日々の暮らしは、もうはじまっている。学童たちのげんきな声は、もう聞こえない。おはようございますと声をかけあう人々にあふれ、「あら、ごめんなさい」と、声をかけあいながら、ほこりっぽい道路に水をまいている。「小夜子おくさま、おはようございます。これからご出勤ですか?」ななめ向かいの佐藤家のよめである道子が声をかけてくる。「おはようございます」と返事をし、かるく会釈する。するととなりの家からあわてて、大西家の姑であるサトが出てくる。「もうこんな時間ですか、行ってらっしゃいませ」わざわざ外に出てこなくとも、と小夜子は思うのだが、女性たちは必ず声をかける。小夜子にあいさつをするが、じつは小夜子ではない。御...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十一)
父なるバッハ「トッカータとフーガ」その荘厳さにおそれおののくああ佳きかな佳きかないにしえの旋律AI(Copilot)が、創ってくれた作品です。父なるバッハその手は音の宇宙を紡ぎ荘厳たる旋律の大河は時を超え心を揺さぶり永遠に響き渡る神秘(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。キモはですねえ、……ないです。CDで、パソコンやら車で聴いています。AIの作品は重厚ですねえ。バッハにふさわしいかも?負けた!お断りしておきますが、まずわたしが創って、それをAIに見せびらかして、そのあとAIが創ってくれました。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(バッハ)
[青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (八)
雑多に行きかう人人人。さいわいにあそび仲間に会うことはなかった。街路樹には緑々とした葉がしげり、ときおり吹く風によって木の香りがシゲ子にとどいた。対面からくる男にぶつかりそうになったシゲ子を、男の手がひきよせた。背広からただようほのかなタバコの香に、おとなの世界へのきっぷを手にした観をもった。男の行きつけだというバーでの語らいは、それまでの男たちのような粗雑さとはまるでちがうものだった。ママからの、「はじめてね、女性同伴は」ということばを信じてしまった。そしてその夜、シゲ子がはじめて体を許しこころをささげた。それからは会うたびにホテルへ直行して、シゲ子のからだを求めるようになった。デートいう名のつくことがまるでなくなり、バーですら行くことはなかった。そして「両親にあってほしい」と告げると、言を左右して両親...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(八)
夕食を済ませたあと、週いちの風呂に行く。他の日には、濡れタオルで体を拭いてはいるようだ。できるだけ他人に不快感をあたえないように、努めているらしい。が、悩みの種は洗濯とのこと。家主のおばさんの好意に甘えてはいるようだが、下着だけは自分で洗っているらしい。共同の流し場で、洗濯石鹸を使ってのことである。家主のおばさんに“持って来い”と言われるらしいが、さすがにそれだけは自分で洗っていると言っていた。ま、同年代のわたしには、充分に理解できることだ。霧雨の降るせいではないのだろうが、きょうの休日は10時に床から離れた。昨夜、学校の調理室から給食用のパンを10枚ほどもらってきている。牛乳も買い込んである。今日いち日の食事にするつもりだろう。出かけるつもりがないのだ。奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(三)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (三十一)「ハアッ?」と、
「ハアッ?」と、いちおう惚けてみた。「知ってるのよ、あたし。ナイトクラブに行ったでしょ!」麗子は、勝ち誇ったように言う。やはりミドリのことだった。会社の誰かに見られていたのか。当然のことかもしれない、会社を出てすぐのことだったのだから。男は、無言のまま背広を脱いだ。そしてタバコを取り出し、火を点けた。とつぜん、麗子は男からタバコを奪いとると、男にしがみついてきた。麗子は、自分の服を脱ぐのももどかしそうに、男の唇をむさぼった。突然のことに、男は訳がわからず麗子を押しのけた。「いまさらなんだ!」と、声を荒げた。しかし、麗子はおかまいなしに男をおし倒した。はじめは抵抗をつづけていた男も、しだいに欲情が湧いてきた。ミドリの顔が、不意に浮かびはしたが、すぐに消えた。キスをしただけのことであり、ミドリにしても酔いのせ...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十一)「ハアッ?」と、
[ライフ!] ボク、みつけたよ! (四十二)短いトンネルを抜けると、
短いトンネルを抜けると、真っ青な――どこまでも突き抜けるような、まさに青藍の空がありました。なんだか空気が変わった気がしますよ、同じ地のはずなんですがねえ。でも現代においても、都会から田舎へと移動すると、空気が変わる気がしませんか?ほら、よく言うじゃないですか。「空気が美味い」って。弥生時代なんですよ、ここは。卑弥呼さまが統治された、地なんですよ。現代でもそうなんですが、巫女さんて女性ですよね。「なんでですかね」。そんな疑問を持ったことはありませんか、あなたは。神さまは男と決まっている?そう考えると、納得できるんですが。それとも、外をまもるのは男の仕事、内をまもるのは女のしごと、そういうことでしょうか。もっとも現代では崩れていますよね。でも、わたしの両親はとも働きでした。化粧品販売を中心とした雑貨店を開い...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十二)短いトンネルを抜けると、
ドール [お取り扱い注意!](十三)自暴自棄?…かもしれないな。
自暴自棄?…かもしれないな。もっとも自暴自棄になれるってのも、ある意味じゃ大したことだとおもうけどね。その前段として、がんばったんじゃないの?それでそれがうまくいかなくなったから、それで自暴自棄、にね。けどね、大したことしてきたわけじゃないけど、いちおう結婚して、子どもふたり授かってさ、息子は所帯をもって孫も生まれたんだ。娘だって…多分元気してるでしょ。なんかあったら、連絡が来るだろうしさ。動物、いや生きとし生けるものは、すべからく生命の連鎖のためにこそ、だ。ねえ、最低限のことはしてきたんだ。やり残したこと?…まあないとは言わないけれども。夢みたいなことだけど、さあ。小説で賞をいただいて、それが本になって、そこそこ売れて、二冊目の本もまあ評判になって…。夢です、ゆめ。叶えられたら、そりゃいわゆる至上の喜び...ドール[お取り扱い注意!](十三)自暴自棄?…かもしれないな。
真理恵の話は、理路整然としている。たとえ話もはいって、ここちよく耳にひびき、こころにも染みこんでくる。ただ、組織経営が行きすぎて、これ以上のアメリカナイズはまずい。力のある者が富をかっさらう――行きすぎた資本主義は、この日本という国には合わない、根付かない、いや根づかせてはならない、と竹田は考えた。佐多は、世界をひとつの商圏として捉えなければならん、と力説する。日本国内だけを相手にしていては、これ以上の成長はないと断じた。ぎゃくに衰退し、さいあく倒産という事態もありうると、悲観的なみかたをしめした。それはあまりに悲観的だとはおもいつつも、人員整理などの憂き目はありうるかも、と佐多のことばを聞かされると思ってしまう。ともに拝聴していた五平は、「オーバーだよ、佐多さんは」と意に介していない。しかしその楽天的な...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十)
ルンルン、ルンルルン!ランラン、ランララン!ヤーヤー、ヤーヤヤー!オーオー、オーオオー!でもやっぱり、ダーダダー!(背景と解説)やっぱりね、短文じゃないとなあ、と反省しました。場をねえ、荒らしちゃいけませんよ。コメントが荒れたということではなく、やっぱりあるじゃないですか。空気、場のくうきですよ。それがね、ただ従うのはシャクだとばかりに、こんなのを。キモもへったくれもありませんよ。強いて言うなら、「やっぱり」ですかね。定番がつよい、そう言いたかったんですけどね。猪木さんですよ、アントニオ猪木さん。「ダー!」。ご冥福をお祈りします。ポエム~五行歌~(歓声)
[青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (七)
そしてその3人目の見合い相手が孝道だった。無口な男でそのぼくとつさがシゲ子には新鮮に映った。高校そして短大時代と、親にかくれての複数の恋愛経験を持つシゲ子には、はじめてのタイプだった。真面目な性格でコツコツと仕事にうちこむ姿勢がシゲ子の両親に気に入られ、シゲ子の意思というよりは、両親の希望におしきられる形での結婚だった。それでもいろいろ難癖をつけてはひきのばし、その間に外見からは想像もできぬ熱烈な求愛行動があり、ちょうど6ヶ月目に孝道を受け入れた。じつのところシゲ子が短大時代に、遊び人の男に手痛い失恋をしていた。ワルっぽい男たちにひかれる当時の風潮どおりに、シゲ子もまた奔放にあそびふけっていた。しかし厳格な父親のもとでは楚々とした風情をみせて、決してもうひとつの顔はみせなかった。うわべだけの付き合いにあき...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(七)
失礼した、彼の家族構成をお知らせしていなかった。5人家族である。両親と弟・妹とのふたりがいる。たしか、小3と中1だと聞いた。長野の山村で、農業を営んでいるとか。昔で言えば口減らしか、集団就職でひとりこちらに来ているということだ。夜学については、わたしと同じく淋しさを紛らわせるためだと言う。同年代とのたわいない会話は、大事である。だから、勉学についてはまるでだめだ。彼の過ごし方に戻ろう。日曜日の過ごし方は、先にお話ししたがもう少し詳しく説明する。大体、10時半頃に起きる。モーニングサービスの11時までに喫茶店に入り込む必要があるせいだ。もっと寝ていたいのだが、そうもいかない。喫茶店で1時間ほど費やすと、あてもなく散歩する。わたしを訪ねてきたり、他の学友の元に遊びに寄ったりもする。が、留守の時が多いとこぼして...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(二)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (三十)「明日の夜、お邪魔します。
「明日の夜、お邪魔します。寄り道せずにお帰り下さい」と、あった。いまさら何の用だと、くしゃくしゃにするとゴミ箱に放りこんだ。だいたいが置き手紙など麗子らしくない。メモに走り書き、というのが定番だ。封筒をつかってのこととなると、今夜は会いたくないということだ。男にしても、最後通牒をつげられてまだ日が浅いのだ。「土下座でもしてあやまってくれたら、考え直してあげてもいいわよ」そんな声が聞こえてきそうな気がした。ミドリとの楽しい時間が、けがされたような気がした。翌日、いつもとは打って変わって忙しく追われた。通常ならば翌日に手渡す資料類に至急という印が、そこかしこの部署からとどいた。〝景気が戻っているのか〟と、気持ちが高ぶった。〝ひょっとして、営業署に戻れという辞令が〟と、淡い期待を抱かせる。〝そんな甘いものじゃな...[淫(あふれる想い)]舟のない港 (三十)「明日の夜、お邪魔します。
でね、山本さん。こんやは、このまま入院してもらいます。ご家族は…おひとり暮らしでしたね。とりあえず、検査入院ですから、着替えなんかはいらないでしょう。それじゃ病室の用意が出来…」「だめだめ!もう帰るから、もうなんともないから。おかげで、すごく気分が良くなりました。どうも、ありがとうね」かってに入院の手つづきに入ろうとする看護婦を制するように、声をあらげた。“冗談じゃない、まったく。つい先月にも入院させられたじゃないか。この3ヶ月の間に、2度も入院しているんだ。3度目なんて、冗談じゃない”1度目は会社の検診で、「大腸にポリープがあるようです。精密けんさをうけてください」と言われた。まあ1泊2日だからとOKをした。けっかは良性のもので、その検査中にせつじょしてもらった。2度目の入院がひどかった。とつぜん腹部に...ドール[お取り扱い注意!](十一)でね、山本さん。
とりあえず、[メルヘン]の更新が終わりました。ポエム・童話・孫への贈りもの・らくがき・叙情ロマン・息抜き上記の部屋を、レイアウトも含めての更新です。以前よりも格段に読みやすくなったと思います。[メルヘン]←直接、メルヘン一覧に入れます。ものがたりについては、順次更新していきます。すでに更新済みの作品もありますが、とくに[水たまりの中の青空]第二部まで終えています。以前にもお伝えしましたが、誤字・脱字等々、内容的にも修正した箇所があります。[ものがたり]←直接、ものがたり一覧に入れます。よろしければ、ぜひにお出でください。ホームページのこと
直情型の服部、熱しやすく冷めやすい服部、生涯の伴侶にめぐりあえればそれに超したことはないのだが、いまのところ武蔵とおなじ道を歩いている。キャバレーのホステスと浮名をながし、いっぱしのプレイボーイとしてならしている。そして竹田には、女性に関してはまったく噂がでない。仕事ひと筋で、ただただ「武士を富士商会の社長に」がライフワークのごときかのように、日々を送っている。竹田の毎日は自宅と会社の往復だけで、けっして寄り道をしようとはしない。例外中の例外といえば、ひと月に1度の飲み会に、3度に1度出るくらいのものだ。そのときでもホステスたちとの会話はほとんどなく、ただしずかにひとりで飲んでいる。嬌声があがりっぱなしの服部の席とはちがい、ひっそりとしている。その竹田の席にひとりの新入り女給がついた。九州からでてきた19...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十八)
涙をおくれよ渇いたこころに涸れてしまったこの砂漠草も木も咲かないぼくのこころ花が咲けるはずもない涙をおくれよきみの涙を苦しみをおくれよ渇いたこころに去って行ったきみの心激しく傷ついたぼくのこころどうして君を忘れられる苦しみをおくれよ忘れるために悲しみをおくれよ渇いたこころにすべてが消えたこのこころ笑顔を失くした僕のこころぽっかりと空いた心の穴悲しみをおくれよ明日のために(背景と解説)うーん……この詩のキモは、こころと心でしょうか。柔なこころと鋼の心女性って、結構強いんですよね。でもって、男は、からきしだらしない。虚勢を張って平然としていますが、もうこころの中はぼろぼろで……。そんな気持ちを吐露したつもりなんですが。乾ききったこころに恵みの雨を……*次週からは、一旦、[五行歌]をお送りします。以前に、[三行...ポエム~夜陰編~(涙をおくれよ)
[青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (五)
知り合いの農家から穫れたてのサツマイモをいただいたシゲ子は、ほのかに食べさせてやろうと準備をした。ホクホクと湯気の立つサツマイモを、ほのかは気に入ってくれるだろうかと目を細めながら、水を入れた蒸し鍋の上に大小の芋を順序よくならべて火にかけた。そろそろほのかが立ち寄る時間になったときに、シュッシュッと蒸気があがった。さやばしで突き刺してみると、ちょうど良い柔らかさになっている。町内会に出かけた孝道から忘れ物を届けてくれという電話がかかり、いつものごとくにテーブルに用意して出かけた。誰もいなくなった家に、めったに立ち寄ることのない長男が、うちしずんだ表情で「ばあちゃん、ばあちゃん…」と裏口から声をかけた。なんど声かけをしても返事がないことから帰りかけたが、のぞきこんだ台所のテーブル上にあるサツマイモに目がとま...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(五)
夜学の始業時間は、五時半である。そして、40分間ずつの授業である。6時10分が給食時間である。20分間という限られた時間で、食べ終えなければならない。6時半には片づけることになっている。正確には6時40分までが給食の時間なのだが、後片付けの時間がいるのだ。当番が調理場に食器類を持ち込まねばならないのだ。暗黙の了解で、20分しかないのだ。彼の町工場の終業時間は、五時である。工場から学校までは、バスで十分ほどかかる。残業を1時間行ったとして、バスの時間は6時20分しかない。お分かりいただけるであろうか、給食時間は終わっている。その為に3ヶ月の間、給食抜きであった。これは辛い。食べ盛りの17歳だ、猛烈にお腹が空く。しかもである、翌日の朝食用のパンの問題もある。クラスの中には必ずパンを残す者がいる。彼はそれら残り...奇天烈~蒼い殺意~哀しい事実(五)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (二十八)雨は上がっていた。
雨は上がっていた。通りをおおいつくすようなネオンサインがかがやき、満点の星々のかがやきは弱かった。車の乗り入れを規制することにより、夕方ら深夜までのあいだ歓楽街は歩行者のみがかっぽしている。なのに人混みがはげしく、ときとして肩がぶつかりあうほどだ。あちこちで「いてえぞ!」とののしり合いがおきるほどだった。男はしっかりとミドリを抱き寄せて歩いた。しだいに、足取りもしっかりしてきた。ひとり歩きもできそうだった。しかしミドリ自身、男のうでから離れるようすはない。それどころか、ますます腕にしがみついてくる。ひと夜かぎりの恋人気分を、楽しんでいた。急にミドリの体が、男の腕からずり落ちそうになった。側溝板のあみめにヒールがひっかかってしまった。男はすぐにミドリのうしろにまわり、右手でミドリのからだを支えた。羽交いじめ...[淫(あふれる想い)]舟のない港 (二十八)雨は上がっていた。
[ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十九)どうしたと思います?
どうしたと思います?そうなんです、そのまま脱兎のごとくに、だれにもなにもいわず、教室を飛びだしたわけです。そしてバスと汽車とを乗りついで、無事に持ってきました。バス停からは、猛ダッシュです。5分と違わないと思うのです。歩いて学校に戻ればよさそうなものなのに、猛ダッシュしたんです。ここらあたりは、真面目に超が付くゆえんでしょうか。(当時のわたしですから。いまは、真面目という意味がすこし変わってきている気がしますね)。汗だくです。たしか、夏休み明けの二学期のことだったと思いますが、残暑が厳しい時期ですからね。さあ、ここからです。教室の扉を引いたとたん、その場に倒れこんだのです。ドアのレールに引っかかったのか、ひざが笑ってくずれ落ちたのか、それとも恥ずかしさから自ら倒れたのか……。「家から走ってきたらしいぞ」。...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十九)どうしたと思います?
ドール [お取り扱い注意!](十)「おじいちゃん、○んじゃうの?
「おじいちゃん、○んじゃうの?おじいちゃん、○んじゃうの?」幼稚園のモック姿の女児が、半泣きしながら叫んでいる。「大丈夫よ、大丈夫。ちょっとね、お熱が出ただから。きょうはこのまま病院に泊まるけど、あしたにはおうちに帰れるから」にこにこと笑みをうかべた老婆が、女の子の頭をなでている。うしろには、母親らしき女性が無表情で立っている。「でもでも、おじいちゃん、目をあけないよ。おくちにカップをかぶせてたら、いきができないよ」なおも女児が、なみだ声で叫んでいる。口にかぶせられたマスクを外そうかどうしようか、迷っているようにみえる。「これはね、おじいちゃんにね、いっぱいいっぱい酸素を送ってるの。おじいちゃんにね、息が楽にできるように、わざと付けてるんだよ」「ほんとに、ほんとに?あしたには、おうちにかえれるの?マーちゃ...ドール[お取り扱い注意!](十)「おじいちゃん、○んじゃうの?
小夜子の知らぬことではあったけれども、富士商会の株式の51%は小夜子名義となっている。ゆえに、富士商会のオーナーは御手洗小夜子であり、当人が議決をしないかぎり退職などということはありえないことだった。「やっぱりあの株の配分は正しかった」。五平の偽らざる心境だった。五平たちは武士の富士商会への入社をこころ待ちにしている。とくに五平と竹田は、成人式をすませてぶじ大学を出て、そして平社員という立場からのスタートをこころ待ちにしている。そしてゆくゆくは幹部となり、五平の跡を継いで社長となるのだ。服部もまたそうあってほしいと願ってははいるが、それはあくまで本人の精進次第だと思っている。ぼんくらの遊び人ではこまる、それでは後継者たりえない、と公言している。むろんそうなるように、指導をおこたらずサポートもしていきたいと...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十七)
おめでとう!やっぱりもうひと言おめでとう!おめでとう!くどいけれどもおめでとう!おめでとう!たゞひたすらにおめでとう!おめでとう!おしあわせに!ふたりに乾杯!(背景と解説)まったく覚えのないことで、感謝というかお礼というか、報告を受けました。わたしが、このわたしが、恋のキューピッド役を務めたというのです。それも、元カノですよ。自然消滅してしまった彼女との交際なのですが、その何年後だったか、手紙だったかハガキだったかそれとも直接だったか、今となってはまったく記憶にないのですが(連絡方法がですよ)。「おかげさまで結婚することになりました。引き合わせていただいて感謝します」ということなんです。美人でしたよ、絶美人!以前にお話ししたことなのですが、高二になって文芸部の部長(といっても、実質わたし一人だけ残ったので...ポエム~夜陰編~(やけくそ)
[青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (四)
そしていま、にこやかに微笑むシゲ子が思いだされる。学校帰りにいつも立ち寄っては、祖母手作りのおやつを食した。ときに食べ過ぎてしい、夕食が進まぬこともあった。母の道子に「おやつはほどほどに」と言われているのだが、ついつい食べ過ぎてしまうほのかだった。ほのかが小学2年生のときだった。いつもの帰りなかまが風邪でお休みをしていて、ひとりで帰ることになってしまったほのかだったが、たまたまかえりが一緒になった次男とひさしぶりに道草をした。いつも横目でみるだけの公園にはいった。大通り沿いで、そこにはフェンスがはってある。あとの三方にはないものの、垣根代わりに椿が植えられている。濃い緑のなかに点在する赤い色がひときわ映える。その花で季節を知る住民たちだった。ブランコにシーソーそして鉄棒だけのある小さな公園だった。そうだっ...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(四)
彼の給料は、手取りで17,600円である。同年代の平均は、新聞紙上によれば23,000円である。中卒の我々だ、たしかに安い。金の卵だと持てはやされてはいる。しかしそれは、安価な賃金で雇うことができるからだろう。まあたしかに、右も左も分からぬ子どもではある。社会常識など、まるで持ち合わせていない。ある意味、先行投資の面があるかもしれない。どんな先行投資かと問われると、返答のしようがないけれども。しかし彼は、社長が好きである。彼はいつもわたしに言う。高給取りだから幸せだとは限らない。毎日が充実していればそれでいい、と。やせ我慢かもしれない。しかし彼は、おのれの分を知っていると言う。彼の実家のある町にも、金持ちはいるらしい。いや、居て当たり前のことだ。そしてそこに子どもが居るとも。それも当たり前のことだろう。ど...奇天烈~蒼い殺意~哀しい事実(四)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (二十七)あたいも糖尿病なんだけど、
「あたいも糖尿病なんだけど、支配人には内緒にしてるの。やまい持ちだとやとってくれないのよねえ。でもさあ、お店にはいる前にしっかりと食事をとってるのよ。それにお酒といっしょにフルーツなんかも、ね。そうすると大丈夫なのよね。あなた、あんまり食べずに飲んだでしょ。いくら彼氏といっしょだからって、えんりょしちゃだめよ」そう言い残してフロアに戻っていった。男の知りたいことを口にしていったホステスに「ありがとうございました」と、最敬礼をする男だった。そしてミドリに振り返ると、「今度はしっかり食べてからにしようね」と、病気のことは気にしていないよと、言外につたえた。横たわったままにハンカチをぎこちなく使うミドリが、野道に咲くかれんな花に見えた。麗子が人工的に育てられたバラとするならば、ミドリはまさしく野菊だった。けっし...[淫(あふれる想い)]舟のない港 (二十七)あたいも糖尿病なんだけど、
[ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十八)畑と言えば、麦も
畑といえば、麦もうえられていました。ただ、その種類は分かりません。この記憶が事実かどうか判然としませんが、その麦のなかに黒い穂がありました。触れるとその「黒」が付いてしまうのです。のちに知ったのですが、これは黒穂病とかいう植物の病気によって発生するものらしいです。遊びまわっていたわたしへの罰だったということでしょうか。1本2本だったはずなのに、ひょっとして畑全体に?……(農家のみなさん、ごめんなさい。今さらですが、謝罪させてもらいます)。ズボンやらシャツやらに付いた状態で帰宅し、母親からこっぴどく叱られたものです。そうだ!叱られたといえば、こんな言葉を大声で叫びながら帰ったものです。近所の悪ガキとともに、畑のあぜ道を「はらへったあ、めしくわせえ!」と、連呼しつづけたものです。畑仕事の大人たちから「げんきが...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十八)畑と言えば、麦も
わかれた妻の、やさしい声、新婚どきの甘えた声……。。空耳かと、耳をうたがった。いつも冷たい手足。大学に通っていた頃のアルバイト。居酒屋の厨房で、ひたすら器を洗う。そこでの賄い。レシピを聞いてはノートに書きためた。「店でも持つのか?」「いえ。未来の旦那さまに美味しい料理を食べてもらいたいんです」なんてことだ!そんな料理を当たり前のように食べた。ひと言でも「おいしいよ、うまいよ」と……。「あとがつかえてますから、早くあがってくださいな」まちがいない、妻の声だ。しかしおかしい。妻にせなかを流してもらったことなど、いちどとしてない。新婚時は風呂場がせますぎて、入りたくても一緒というのは無理だった。子どもが生まれてから風呂場の大きいアパートに移ったが、そのときは子どもに妻をとられてしまった。いま思えば、風呂をともに...ドール[お取り扱い注意!](九)わかれた妻の、
問題は千勢の処遇だった。当然ながら小夜子としては、ともに田舎へひっこんでほしい。いまでは家族もどうぜんの千勢とはなれるなど、とうていのことに考えられない。そのことを伝えられたおりには、おいおいと千勢が号泣した。千勢もまた小夜子を姉とおもい、武士を甥とみていた。ときに我が子と錯覚をしたこともある千勢だった。もともとが田舎出の千勢のこと、田舎暮らしに不安を感じることはまるでない。しかし千勢には、ひとつのこころ残り、いや夢とでもいうか。無謀だということはわかっている。母親の反対があることも知っているし、なにより……。竹田が千勢を嫁の対象として、いやそうではなく、ひとりの女としてみてくれることなど天変地異がひっくり返ってもありえないことは、重重に分かっている。それでも、この地を離れたくはなかった。東京という同じ空...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十六)
うそを、つきましたうそを、つきました“なに、それって?”ごめんなさいご免なさい、です“うそ、だあ!”ほんとに、ごめんなさいほんとに、ほんとに、ごめんなさい“信じない、モン!”ほんと、なんですほんとの、ことなんです“いや、そんなのいや!”ごめんなさい、ですほんとに、ごめんなさい、です“うそ、うそ、よね?”だめなんですもう、だめなんです“うそつきいぃ!”いかなきゃいかなきゃ、いけないんです“逝っちゃ、やだあぁぁ”=背景と解説=どろどろどろ……えっと、あの方、誰でしたっけ?ほら、怪談話がお得意の方ですよ。確か、皆川じゃなくて、そうそう!稲川淳二さんだ!いえ、その方のお話ではなくて、ただ、「どろどろどろ……」の意味をお知らせしたくて、のことなんです。なんてタイトルにしたんだっけ?幽霊の話を描いたもの、覚えてみえま...ポエム~夜陰編~(嘘を吐きました)
[青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (三)
よくじつは朝から雨がしとしと降っていた。大勢の弔問客のおとずれるなか、ほのかは母親の背にぴったりとくっついて、かくれるようにすわっていた。どんなに「席にもどりなさい」と言っても聞かなかった。僧侶の読経がつづくなか、孝男かんけいの弔問客がつぎつぎに焼香をつづけていく。あいだを縫うようにして、故人の弔問客が孝道に「気を落とされないように」と声をかけていく。いよいよ出棺のときがきた。棺に花がたむれていくなか、ほのかの手に花がてわたされた。それがなにを意味するのか、ほのかには十分すぎるほど分かっている。そしてこのときが最後の別れとなることもわかっている。いまを逃せば、にどと祖母に会えぬことも。大好きな祖母を見送らなくては、そうは思う。おもいはするのだが、どうしてもほのかの足は前にすすまない。どころか、後ずさりして...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(三)
彼は、銀行が嫌いだ。彼の勤める町工場の社長を悩ませる銀行に、良い感情を持ってはいなかった。本来ならば、腰を低くすべきは銀行なのである、と彼は言う。威圧的な銀行に対して嫌悪感を抱いている。裏を返せば、エリートに対するコンプレックスかもしれない。彼の言を紹介しよう。なるほど銀行にたいして預金を積めば、行員は腰を曲げるかもしれない。しかし少額の預金者に対して、心底からのそれをする行員がいるとは、どうしても思えないと言う。そしてまた、これが肝心なのだ。預金者は仕入れの業者であり、貸付先がお得意先になるはずだと、と言う。言われてみればなるほどとも思える。だから彼は、銀行を介するクレジットを嫌った。銀行に負い目を感じることを嫌ったのだ。しかしどうにも、胡散臭さを感じてしまう。質問をしかけると途端に不機嫌になったことを...奇天烈~蒼い殺意~哀しい事実(三)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (二十六)ダンスの途中に、
ダンスの途中に、ミドリが男の胸のなかによろけた。異性との初デートという心理的要素にくわえ、ダンスというはじめての異性との接触が、ミドリにはげしい高揚感をあたえた。極度に心拍数が上がり酒の酔いも手伝って、ミドリはなかば意識を失った。体中が、火のように火照っていた。男は、すぐに傍らのボックスに横たわらせると、ボーイが届けてくれた冷たいおしぼりを額に乗せた。苦しそうな息づかいをしているミドリに、「大丈夫かい?苦しいの?」と、問いかけてみるが「ハー、ハー」と、荒い息づかいだけがもどってくるだけだった。支配人の手配により、ホステスたちの控え室が提供された。こまったことに、兄の道夫に連絡をとる方法がわからない。ミドリに声をかけても、返事のできる状態でもない。こうなっては酔いが醒めるのを待つしかなかった。すこしは楽にな...[淫(あふれる想い)]舟のない港(二十六)ダンスの途中に、
[ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十七)そんなある日のことです。
そんなある日のことです。降車の段になって、定期券を忘れてきたことに気が付きました。もう、ドキドキですよ。「ていきけん、わすれました。ごめんなさい」。ひとことそう言えば、大目に見てくれると思います。でも、言えないんですね。そのまま顔パスしちゃったんです。ひょっとしたら、顔を真っ赤にしていたかもしれません。あんがい、車掌さんはお見通しだったかも?です。ところで不思議なのが、バスの顔パスは覚えているのですが、汽車はどうしたのか……。当然のことに、汽車も定期券です。どうやって降りたのでしょうか?だれか、教えて下さいな。問題は、帰りです。もう顔パスは通用しません。学校から駅まで、どのくらいの距離だったか。歩いて駅まで行ったと思います。駅まで行かなければ、家まで帰るルートが分からないのです。現代のようなスマホによる地...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十七)そんなある日のことです。
ドール [お取り扱い注意!]ドール (八)ま、自業自得よね。
ま、自業自得よね。お兄ちゃんが言ってたよ。『もう少し、うまく立ちまわればいいものを』って。あたしに言わせれば、いちどでも許せないけどさ。でもお父さん、もてるんだね。ちょっと嬉しいかな」「そうか?やっぱり、もてた方がいいかな」「どんな不満があったの?そりゃまあ、気の強いところはあるけどさ。あたしだって、ときどき頭にくることがあるけど。でも、お母さんにしても一生懸命だったよ」「おまえは、お母さんの味方だからな。父さんだって、いろいろ頑張ってはみたんだ。それにだ、物流を馬鹿にしちゃいけない。第2の営業と言われてるんだから。まあ、しかし、懲罰的人事であることは間違いないがな」「ふっ、まけおしみを言っちゃって」娘には、ひと言もない。親のつごうで離婚をしたのだ。子どもにはなんの責任もない。これからの人生において、なに...ドール[お取り扱い注意!]ドール(八)ま、自業自得よね。
週に2度の出社もいつの間にか1度に減り、幼稚園に通い始めた武士がぜんそくという病魔に冒されたことと相まって、ついには小夜子もまた退社というふた文字があたまに浮かびはじめた。医師から「いったん実家にもどられて、武士くんを楽に」と、へき地療養をすすめられたことも、大きな因となった。東京を離れ、実家にもどる。考えはしていたが、まだまだ先の話という思いがあった。しかし毎日をつらそうに送る武士を見るにつけ、そしてまた徳子がいなくなるという現実が目の前にせまっていることから、小夜子のなかにはじめて弱気の虫がうまれた。田舎にもどってしまえば、ふたたびこの地にもどれるという保証はない。田舎での入学となれば、学力の差が如実にあらわれる。勉学をとるか、健康をとるか。しかし小夜子のなかに、迷いはなかった。「健全な肉体に、健全な...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十五)
ひとりぽっちのアパートの部屋。空気の入れ換えに、窓を開け放した。冷え冷えとした部屋に、雲の暖が入り込んでくる。そう思える、感じられるいまだ。連なる家々の屋根の向こうに、白い雲を背にした山々。白い帽子をかぶり、燃えさかる太陽の光を跳ね返している。雲もまた、夕日の強い光を受けて大空に泳いでいる。そう見える、感じられるいまだ。澄んだ-清みきった青い空に、ひつじ雲の大群。雲に心があるとしたら、強い絆で結ばれているのだろう。南の故郷で見た雲とは違うようで、しかし同じようで。そう分かる、感じられるいまだ。いつか見た雲、いま見る雲。同じ雲なのに、ひとつとして同じではない。信じていた━と思っていたことが、実は、思いこもうとしているに過ぎない、と知った。(背景と解説)春雲は綿の如く、夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く、冬雲は鉛...ポエム~夜陰編~(雲)
[青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (二)
ほのかの泣きごえが大きく家中にひびいた。ほのかはチラリと布団のなかの祖母を見るだけで、あとずさりしてしまう。道子が「あなたの大好きなおばあちゃんよ。お別れを言いましょうね。待ってるのよ、おばあちゃんは」と諭すのだが、いやいやと首をふる。道子に引きずられるようにとなりの部屋からはいってきたが、火のついた赤児のように泣きさけんでいる。「どうしたのかしら、この子は。おばあちゃんっ子だったのに」母親の道子が、あつまった親戚連の冷たいしせんをうけて、夫の孝男にこぼした。孝男は、ムッとした表情を見せつつ「ばあちゃんっ子だからこそ、ショックから立ちなおれないんだ。あす、さいごの別れをさせてやればいいじゃないか!」と、声をあらげた。不満のこえがいちぶあがりはしたが、孝道の「ま、そういうことだな。道子さん。ほのかには、あん...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(二)
彼の娯楽は、休日ごとの喫茶店通いと毎夜のステレオ鑑賞だ。彼にしてみれば性能の良いラジオでも良かったのだが、ラジオからの押しつけの曲を聞かされることに辟易すると言う。それにも増して、独りよがりのDJの語りに反発を感じるらしい。聞きたい楽曲を聞きたいときに聞くという自由がいかに大事かと、わたしに陶々と語る。一理あると、思える。が、それでは視野が狭くなると思うのだが。それを告げれば、延々と屁理屈を並べられるのが落ちだ。だから、頷くだけにしている。言葉で肯定はしない。わたしにはわたしの理屈がある。だから、卑怯かもしれないが言葉にしない。彼のステレオは高価なものである。廉価な物もあるにはあったのだが、生涯唯一の贅沢として購入した。理由は、至ってシンプルだ。良い音で聞きたい、ということだ。もっとも、彼の耳がどれ程のも...奇天烈~蒼い殺意~哀しい事実(二)
「お父さん、起きてよ。こたつのうたた寝は、風邪ひきのいちばんの元だよ」「ああ…なんだ、明美か。えっ?いつ来たんだ。というよりはじめてだな、アパートに来てくれたのは。どうだ、元気しているのか。仕事は、うまくいってるのか?教師だなんて、厳しいだろう、いまの学校は。お父さんたちのころの先生は、ほんとに尊敬されていたけれどもな。いまは、たじたじらしいな。ちょっと待てよ。えっと…さよ、いやだれか居なかったか?」饒舌なわたしに、目をまるくしている娘だ。以前のわたしは、たしかに寡黙な父親だった。どうしても妻の前では、口が重くなっていた。というより、わたしが話をしはじめると、すぐにかぶせられてしまう。ひがみかもしれないが、子どもたちを隔離しているような…。そういえば世のお父さんたちは、嬉々としてむすめを風呂に入れていると...ドール[お取り扱い注意!] (七)「お父さん、起きてよ。
杉の大木はもう年だった。その皮は、年老いた老婆のそれのごとくに、ひからび、今にも崩れ落ちそうな……。日当たりのよい縁側に、深く背を曲げて、ひなたぼっこを楽しむ老婆。その背に漂う満足感。と共に、そこに悲しさを見る、この私。杉の大木を見上げる。私の背の何十倍もの高さ。今また、新たな感動で見上げる。「いつかきっと……」あすなろのこころをもってつぶやく。スポーツの価値は、その無償性にある。そして、芸術も無償である。シカゴシティの、シビックセンターにピカソの彫刻がある。その代償が30万$というから、驚かされる。そしてピカソの偉大さの評価は大だった。が、私の感じる偉大さは、己の邸に、その作品を持ち帰りたい!とダダをこねたというエピソードにある。決して、代償はに対する不服というのではなく、その作品のあまりのすばらしさに...俺は、青年!(三)
徳子と真理恵のみぞが深まり、徳子が去ることになった。というよりは、そう仕向けられたというほうが正確だ。総務課を総務部に格上げし、会計課を新設した。総務部長に真理恵がつき、徳子は総務課長のままとした。さらには会計事務所から、会計士の卵――国家試験受験前の人物――をあらたに入社させ、資格取得後には係長の職位を与えるという条件で引き抜いた。そして会計処理がまかされ、徳子の権限が大幅にしゅくしょうされた。これでは徳子の立つ瀬がない。もう用なしよ、と宣言されたにひとしい。辞表をもって社長にのりこんだ徳子だったが、五平と真理恵のあいだでは徳子の退職は既定路線となっており、形だけの慰留にとどまった。そして事務引きつぎのために、今月いっぱいでの辞職ということになった。惜しむ声があがりはしたが、積極的に引き留めようとする者...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十四)
涙のような透きとおる月のしずくの下ひとり佇むきみよ「ぼくとワルツをおどりませんか?「おれとゴーゴーをおどろうや!「わたしと小唄をおけいこしません?(ステキなプリンスやプリンセスからの申し込みを(すべて断ってひたすらに待っているきみ(でもボクは……きみをダンスにさそうことすらできない(なぜならボクはこのとおりのビッコひき涙のように透きとおる月のしずくの下で待っていますのにどうしてあなたは誘ってくださらないの?あたくしはお待ちしてますのよいつでもあたくしはただあなたのおそばにいたいのですあなたのいのちの息吹を感じる……それだけで倖せです(だめだ、だめだ(ボクにはきみを不幸にする権利などないあたしはあなたとご一緒に不幸になりたいのですわ(きみは不幸というものが(どんなに苦しいものか知らないのだあなたとのつかのま...昭和43年に書き留めた詩(月のしずくの下)
ーええ!そりゃもう。おそらく、ボーイフレンドは二、三人はいると思うんです。でも、そんなことは問題じゃない。あの子はあの子であり、俺は俺。ボーイフレンドの多いということはとりもなおさず、チャーミングということですからね。=なるほど、道理だ。うん、いいぞ!そんなおまえには、何ともいえない若者の美しさがあるよ。やっぱり、人間は恋してる時がいい。もっともっと恋をしろ!ーハイ。俺、とことんまで恋します。そして、とことん失恋します。=そうだ、その意気で頑張れ!ー先生。人間は、いや、俺は強い人間ですか?それとも弱い人間ですか?=うーん。おまえは……。俺の見たところ、残念ながら弱い人間だ。しかしな、弱いなりに強がっている。俺としては、そんなおまえに魅力を感じるな。ー俺、今まで、じゃない。高二の夏休みまで頃までは、弱い人間...俺は、青年!(二)
あの日の雨が、今、生命ちの糧となる。口にしないサヨナラを、今、地獄の門で口にした。形の無い時間の世界へ旅立つ時背中の翼が呪わしい。あの日の雨が、今、哀しみの水となる。聞こえはしない夢を、今、地獄の門で聞いた。色の無い時間の世界へ旅立つ時涙の膜が呪わしい。あの日の雨が、今、希望の光となる。見えはしない愛を、今、地獄の門で見た。音の無い時間の世界へ旅立つ時足かせの鎖が呪わしい。(背景と解説)少し漢字が多くて、堅いですかね。ま、いつものことですか。最近は、漢字を使わずにひらがな表記が増えましたからね。どうして?と思わざるを得ないのですけど。この詩のキモは、難しいんです。いろいろとあり過ぎて、どう解釈すれば良いのか、ねえ。[地獄の門][時間の世界][呪わしい]それと[あの日の雨]が繰り返されています。[あの日の雨...ポエム~夜陰編~(あの日の雨が…)
押し入れを整理していたところ、箱が見つかりました。「何が入っている?」。ワクワクしながら開けてみると、スクラップブックやら原稿用紙類がいっぱい。「当時の自分がまた見つかった」。喜び半分、恐怖半分の思いで読みふけりました。わずか三人だけの小さなクラブでしたが、充実した一年になったものです。そんなころに囲新一というペンネームを使っていた高校時代に書き上げていたものです。当時のわたしは、どう分類していいかわからなかったようですが、エッセイですね。といってあまりに未熟ゆえに、そう分類することもためらわれるのですが。なにはさておき、原文のまま(誤字脱字だけは修正して)にしたいと思います。また句読点がむちゃくちゃで、少々どころか多々読みづらいとは思いますが、そのままにさせてもらいました。[サイケデリック]ということば...[サイケデリック文学]俺は、青年!
バランス「失恋しちゃった」――「そりゃおめでとう」「なぐさめてくれる?」――「キスしよっか!」相手があなたでなくて、ほんとに良かったわ。パープルレインいろが溶けあって昇華した雨のふるあさのこと冷たいかぜに吹かれて地上におちた木の葉のようにわたしの恋はやぶれてしまった水たまりに映ったわたしの影はとっても淋しいものになっちゃった昭和43年に書き留めた詩(詩・二編)
[青春群像]にあんちゃん ((通夜の席でのことだ。)) (一)
通夜の席でのことだ。やすらかな表情で横たわるシゲ子の枕元で、憔悴しきった孝道がすわっている。そのよこに孝男が陣どり「西本さんだよ、福井さんだよ…」と、耳元でつげている。「うんうん」とうなずきながらも視線はシゲ子に注がれたままだ。孝男のよこには長男と次男がかしこまっている。長男がじょさいなくお辞儀をするのにたいし、次男はじっとうつむいたままでぐっと口を閉じている。反対側には縁者たちがじんどっている。80を過ぎてのことだから、大往生だろうさと、ささやきあっている。孝道もまた、そう思っている。思ってはいるが、ひとり取りのこされたという思いは消えない。そしてまたこれからのことを考えたとき、いちまつの不安を消せずにいる。「これからどうする。こっちに来るかい」、と孝男が声をかけた。あと2年もすれば80になる孝道だが、...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(一)
世の男どもが女にもとめるものはただひとつただひとつ優しさだ世の女どもが男にもとめるものはただひとつただひとつ服従だ為せば成る――為さねば成らぬそこに男がいれば男の世界そこに女かいれば女の世界誰もいなければ…それでも人の世赤さびたレール汽車が通って通って通るだから頭頂部がぎん色にひかる腹部も底部もただそこにあるだから赤さびてしまった「ゴットンゴットンゴットン」「イタイイタイイタイ」その叫びにだれも気づかない頭頂部だけが妙にぎん色にひかっているせんろの先にステーションがありその周りに家があってとなりに家があってそのとなりのとなりに家があってそして人がいる昭和43年に書き留めた詩(レール)
彼は、二階建てのアパートに住む。2階中央の部屋で、間取りは1Kである。ドアと言えるか分からぬような板戸を開けると台所となり、その奥が六畳間となっている。築30年いや40年だろうか、所どころ壁が剥げている。竹の編んだような物が露出してもいる。そこにわたしから奪い取っていったポスターを貼ってごまかしている。べつだん隠す必要を感じないけれども、やはり見た目に悪いと言っていた。それにしてもわたしのお気に入りのポスターであるプレスリーを持って行くとは。まったく油断のならぬ男だ。しかもその捨てゼリフが気に入らない。「なんでも良いが、大きさがピッタリだから」たしかに大判のポスターは、それしかない。いや待て、もう1枚ある。しかしあのポスターだけは、いかに親友といえども渡すわけにはいかない。谷ナオミの「花と蛇」だけは、だれ...奇天烈~蒼い殺意~悲しい事実(一)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (二十四)ナイトクラブで、ふたりして
ナイトクラブで、ふたりしてグラスを傾けた。高い天井には無数の照明が設置してあり、おおきなシャンデリアが中央にひとつ、そして間隔をあけて左右にひとつずつが輝いている。それらのそばにはミラーボールがそれぞれ設置してある。ロマンスタイムという時間になると全体の明かりがおとされ、そのミラーボールが動き出す。柔らかい光でもって、全体に海の世界をつくりだす。ゆったりと光の色がかわり、波間のように上下してくる。異性との酒、ましてやダンスなどはじめてのことで、終始ほほを赤らめ、男の目を正視することができなかった。これまでミドリに対してアプローチしてくる男が、居ないわけではなかった。いやむしろ、多かった。しかし、そのことごとくを兄である道夫は許さなかった。ミドリの気持ちのなかに〝兄がいちばん〟という、強烈な印象がつよい。成...[淫(あふれる想い)]舟のない港(二十四)ナイトクラブで、ふたりして
[ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十五)初恋が甘酸っぱいものだとすれば
初恋が甘酸っぱいものだとすれば、大人の恋はどうなんでしょう。マンゴーのように甘くあま~く、そしてやっぱりおおいに甘いものでしょうか。そんな恋を教えてくれたのは――みずから追い求めたものではなく与えられた恋のお相手は、やっぱりminakoさんでしょう。わたしよりも年上の女性でした。といっても、高校の同級生です。看護学校を卒業後に高校入学された方で、最終学年にしりあいました。きっかけがなんだったのか、いまとなっては思い出せません。在学中から交際がはじまったのか、それとも卒業後の同窓会かなにかがきっかけだったのか……。どうしても思い出せないのです。思いだすのは、……体がカッと熱くなることばかりで、外でのデートではなくわたしのアパートでのこと、そしてトラックの車内でのことなのです。ライトバンでのデートならばいざ知...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十五)初恋が甘酸っぱいものだとすれば
「はじめての設定をしていただかなくてはいけません。男性・女性の選択ができます。年齢の設定ができます。赤児からお年寄りまで、ご自由な設定ができます」なるほど、家族というわけだ。「ご希望であれば、他人という設定もございます。恋人、という設定ができます」他人?これは気が付かなかった。なるほど、家人では重いと感じる人もいるといことか。なんとも、こまやかな配慮がしてあるものだ。答えに窮したわたしだったが、こころを見すかすように言った。「いまの小夜子は、年齢的には娘ということになるのでしょうか。それは、イヤです。幸いご主人さまは、お独り身でございます。恋人にしてください」「添い寝させていただきたいのですが、体温はいかほどが宜しいですか?35度から38度まで、いちぶ単位で設定できますが。それとも、お布団のなかで調整いた...ドール [お取り扱い注意!](六)「はじめての設定を
*三部としていましたが、二部に訂正します。所帯が膨れあがるにつれ、おれはおれ、あいつはあいつ、そんな風潮がでていた。武蔵の○後、組織経営という名のもとに、社員間の団結心がうすれていた。これこそが、小夜子の感じていた違和感だった。家族経営にこだわる小夜子の、強いねがいだった。皮肉なことに、小さな部品にすぎないネジが巻き起こしたことが、真理恵をして――じっさいは佐多だったとしても――為すことになった。そしていっきに真理恵にたいする信頼感が醸成され、徳子の存在感がうすれた。竹田が言った。「忘れてたよ、社長のことばを」なにごとかと竹田に視線があつまり、つぎのことばを待った。「情報はいのちだ。きょうの飯が、あすにはステーキに変わる」「ものごとは一面だけで決めつけるな。多面的にかんがえろ」服部がつづいた。「人は一面だ...水たまりの中の青空~第二部~(四百七十三)
小さな石を池に投げ、大きな波紋が広がった。良いにつけ悪いにつけ、それを投げたのは、君だ!男の子が蛙に向かって石を投げた。蛙は言った。「坊ちゃん!あなたにとっては遊びでも、わたしにとっては、生き死にの問題です」偽りの優しさよりも、心から憎んで欲しい。真実の言葉が、欲しい。そう願いつつもやはり心の底で、慰めの言葉を待つ。ぼくは一人で砂浜を歩いていた。太陽はもう沈み、月の光もうっすらとしていた。冷たい風が、沖から吹いてくる。もう帰らなくちゃ……そう思いつつ、いつまでも歩き続けた。砂浜の果てに、何があるか分からない。砂浜から、、、岩だらけに。それでも歩いた、何かがありそうだ。年をとるということは、大人になるということ。現実を見るということ。汚れていくこと。そう思った。しかし自分が汚れても、あの娘は汚すまい。そう思...ポエム~夜陰編~(Re.手紙:忘れられない!)
[青春群像]にあんちゃん ((20年前のことだ。)) (十一)
シゲ子が息を引き取る前夜のことだ。つきそっている孝道にたいして、シゲ子が力ない弱々しい声でかたりはじめた。「ナガオはいっけん優等生に見えますけど、こころのなかにはどす黒いおりがうず巻いているんですよ。そのことを知っていたくせに、わたしときたら見てみぬふりをしてしまって。ナガオも可哀相な子です。じつの親に捨てられたのですから。孝男にしても、しぶしぶ引き取ったわけですし…」眉間にしわを寄せて苦渋のひょうじょうをみせながら、孝道もまた力なく答えた。「といって、実母を責めるわけにもいかん。両方の親に反対されては…。いちばん悪いのは定男だ。甘やかしすぎたようだ。孫のようなものだったから……。あかりさんは、まだ十七歳の娘さんなんだ。周囲に反対されればされるほど、燃えあがったんだろう。しかし、祝福されずに生まれ落ちた赤...[青春群像]にあんちゃん((20年前のことだ。))(十一)
日本と西洋の文化について考えてみました。某テレビ番組で、聞いたことです。立教大学教授横山太郎氏の論です。日本文化の特徴は、「余白をつくる、残しておく」ことだそうです。例としてわかりやすいのが、絵画ですね。浮世絵しかり、水墨画しかり、ですね。室町文化の能楽において生まれたということです。「能面のような無表情」ということばがあります。余白、まさにそれですね。よけいなものをそぎ落として、一挙手一投足にて、表現しようとします。感情を表現するにはは、顔の表情が一番でしょう。ドラマなどで、「画面いっぱいの顔」って、迫力ありますもんね。NHKの演出家で、和田勉さんと言う方がおられました。あの方なんか、その手法を多く取り入れられていたとか。ある人によると、和田勉さんが「画面いっぱい」の元祖だとか。観客の想像力を、最大限に...日本と西洋の文化について考えてみました。
がっくりと肩を落とすわたしを、「だいじょうぶですか?山本さん」と、あのこころ優しき看護師がむかえてくれた。なのに、なのに、ああ、またしても……。まぶしさに耐えきれずに閉じていたまなこを、さぞかし愛くるしい娘さんだろうと、ひっしの思いでうす目を開けた。しかしその目に飛び込んできたのは…いや、なにも言うまい、なにも考えまい。魔物が恐ろしい姿をしていると、だれが言った。神が気高い姿だと、だれが教えた。そうだ。戦国の世に、信長が謡いながら舞ったではないか。「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。いちど生を得て、滅せぬ者のあるべきか」受け入れねば、うけいれねば。すべてを、あるがままに、と受け入れねば。この棟の住人たちとの付き合いも、恐ろしい男からの訳の分からぬ戯言も、そしてそして子どもたちの歓声も、すべ...奇天烈~赤児と銃弾の併存する街~(三十二)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (二十三)男が飛び起きた。
男が飛び起きた。いつの間にか寝入っていたようだ。「ああ、夢だったのか」。おもわず口に出た。なまめかしい夢だった。〝ドアを開けるとミドリさんが来て、びしょ濡れのままおれの胸に飛込んできた……〟「あれは、あの夜のことだ。しかし、どうしてミドリさんの顔に。そうか、立候補すると言ったからか。馬鹿な、こんな俺にそんな資格があるものか」男は、大きく伸びをするとベッドから飛び出した。気のおもい毎日がつづいた。辞表をだす勇気ももてず、悶々とした日々が繰りかえされた。相変わらず部長の嫌みなことばや、かつての同僚からの憐憫を受けていた。そんな煩わしい日々のある退社時に、雨宿りをしているミドリに出会った。あのときの事を思い出し、また平井道夫への傘のお礼もあって、「やあ!」と、声をかけた。肩を落とし暗く打ちしおれていた瞳が、男の...[淫(あふれる想い)]舟のない港(二十三)男が飛び起きた。
どうなんでしょうかねえ。あれほどに、「夢で逢いましょう」と呼びかけていたのに。もう何年になるのか?[金魚の恋]という自伝小説(書き切れないこころのひだというものがありそうなんですがね)を書き上げてからというもの――。いや違うな。構想中からだから、1年ぐらいか?「まだそんなもの?」という感覚だけれども。その間、もう毎晩毎晩、いや日中ですら、お昼寝前にも「夢で逢いましょう」と願い続けていたというのに、まるで無視されていた。父親、兄貴、親友、先に逝ってしまった者たちは、願えば逢いに来てくれたというのに。かっての同僚たちやら上司との仕事を復活させたり、望まぬ黒歴史というべき過去の失敗した事業に悪戦苦闘してきた時期が現れて、苦しめてきたというのに。子どもたちにしても、存命中の友人にしても、望めば逢いに来てくれるとい...((どうなんでしょうかねえ))
[ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十四)さあ次なる場所に移動です。
次なる場所に移動です。小学6年生の夏休み前までかよった、福岡県中間市の中間小学校に行きましょう。1級河川の遠賀川の堤防下に建てられている学校でした。ですがあまり記憶にありません、学校内は。6年生ですからねえ、覚えていてもおかしくはないのに。学校外でのことばかり思い出すんです。倉田くん、佐々木くん、ぼくのこと、覚えていてくれるかなあ。たがいの家が近かったこともあり、放課後によく遊びました。家のわきに国道と並行して線路があったのですが、その地がさっぱり分かりません。その線路わきに小山というか小高い丘というか、頂には神社があったと記憶しているのに、それらしき場所がさっぱりです。中間小学校にかよっていたということは、この近辺だということなんですがねえ。小川が流れていて、すこし離れたところにちいさな池があり、そうだ...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十四)さあ次なる場所に移動です。
おどろくほどに気持ちの良い肩もみだった。じんわりと、あたたかかさが体に染みこんでくる。それにしても、肩をもまれるなど、なん年ぶり…いやなん10年ぶりのことだろう。幼かった娘の、たわむれ的なカタモミ以来ではないか?ときおり、柔らかいものが背中に当たる。心地よくはあるのだが。10秒ぐらいだろうか、その間隔であたってくる。「さよこちゃん、その…当たって…」そう言ったとたんに、思わず顔が赤くなった気がする。「おいやですか、ご主人さま。ふふ…純情なんですね」「これこれ、大人をからかうものじゃないよ」ざんねんなことに家事については、プログラムがなされていないという。たしかに複雑な動きをともなうことだし、なんといっても判断基準もむずかしい。たとえば掃除についていえば、ゴミを吸い取るだけなら問題ないだろう。拭き掃除となる...ドール[お取り扱い注意!](五)おどろくほどに
でね、工場なんかで余分にほしがるのは、明日は入らないんじゃないかという恐怖感があるからでしょ。ラインが止まることなど、けっしてゆるされることではないわ。逆にいえばその恐怖感をとり除いてあげれば、通常にもどるの。そのためには、富士商会に部品がキチンとはいってこなくちゃいけないわね。ではどうするか?富士商会だってやみくもに仕入れる必要はないのよ」まるで生徒と教師だった。絶対の信頼をよせている教師のことばには、迷うことなく従うものだ。いままさに、その関係におちいっていた。「実需ってわかる?ほんとの需要よね。じゃ仮需は?そう、恐怖感からうまれた、膨れ上がった需要。きっとあふれだすわ。あとひと月、ふた月?日本の町工場をなめないで。きっと徹夜してでも生産してるわよ。売れるんだもん、作ればつくるほど。国の政変もおちつく...水たまりの中の青空~第三部~(四百七十二)
あなたって、どういう人なんでしょう?何かずっと見守ってあげたい。見守るという言葉が適切でなければ、見ていたい……。そういう気持ちを起こさせる人なの。そしてそれが、決してあなたの重荷にならないように遠くから、そっとと思う。だから、ずっとお友達でいたいの。他人は誰も皆、あなたやもう一人のあなたの作品を読んだ後、あたしをまじまじと見つめて、言う。『あなたはこの人に、一体どのような手紙を書くのですか?』あたしは、いつも、返答に困ってしまう。自分でも、不思議でたまらなくなるの。------そ、そんな、こと、、、いま、ことばを忘れてしまった…いま、なすすべを失った…ベッドに座わり、ぼんやりとテレビに見入っている。小説を書く気にもならない…あしたから、なにをしよう。なにを、すればいい……(背景と解説)送られてきた、詩と...ポエム~夜陰編~(手紙:振られたあ!)
[青春群像]にあんちゃん ((20年前のことだ。)) (十)
シゲ子が夕食時にたおれたと連絡がはいったとき、真っさきに駆けつけたのは小学校3年生になったばかりのほのかだった。床のなかで苦しげな表情を見せるシゲ子に近づいたとき、弱々しい声で「ほのかちゃん…」と呼びかけられたが、思いもかけぬ反応をみせてその場に立ちすくんだ。「だれ、だれ…」小声で問いかけるほのかで、布団のなかの土色のはだをした老婆は、ほのかの知る祖母ではなかった。いつも身ぎれいにしているシゲ子とは、まるで似てもにつかぬ老婆だった。いや、醜悪な物体に見えてしまった。「シゲ子、シゲ子。ほのかが来てくれたぞ。良かったな、これでもう元気になれるぞ」孝道がシゲ子の耳元でささやく。かすかに口元に笑みがうかんだ。布団のなかからゆっくりとしわだらけの手が出て、明らかにほのかを呼んでいる。「いや、いや!」とさけんだなり、...[青春群像]にあんちゃん((20年前のことだ。))(十)
「はい、もうけっこうですよ」あの天女さまに促されて退出した。別室に移された。「それでは、説明をしますね」その甲高い声に、つい薄目を開けたのだが、見なければ良かったかもしれない。貫禄充分の看護師だった。まさか…。いやいや、声が違う。「あのですね。眩しいんですよ、普段でも。室内から外を見るとですね、目を開けていられないんです。それに、遠近感もおかしいようで。先日の視力検査では、二重どころか四重いや六重にも見えちゃいました」医師に話すべく整理していた文言を、いっきに吐き出した。「ええ、ええ。それらすべてが、白内障の症状なんですよ。ほかに、白くかすみがかかったようなことは、ありませんでした?程度の差はありますけれど、見にくくなったこととか」言われてみれば、白い霞かどうかは分からないけれども、たしかにテレビの画面が...奇天烈~赤児と銃弾の併存する街~(三十一)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (二十二)「父には、『そんなふしだらな娘に
「父には、『そんなふしだらな娘に育てた覚えはない!』と叱られて、母には泣かれるし・・・。それにはじめてよ。父に手をあげられたのは」と、泣き叫んだ。男は、カラカラの喉からしぼりだすように「すまない」と答えたが、かすれた声のせいか、麗子の耳にはとどかなかった。「なんとか言ってよ!『挨拶にこないとはなに事だ!麗子、お前遊ばれただけじゃないのか!』。父にそう言われて、どんな気持ちだったかわかる?ねえっ!」ひと言もなかった。麗子の言は、至極もっともなことだ。しかし、麗子との関係を知られたいま、麗子の家を訪れることがためらわれた。上司を立てて、正式に結婚を申し込む以外になかった。それでしか、いやそれでも八方まるくおさまることはないだろうと思えた。ひと悶着もふた悶着もあるかもしれない。となると、男の評価が下がる。だから...[淫(あふれる想い)]舟のない港(二十二)「父には、『そんなふしだらな娘に
花が咲いたよパッと赤い花が咲いたよ白い花も咲いたよぶあーっとお花畑いっぱい咲いたよ陽が照ってきたよサッと青い花が背伸びしたよ緑の花も背伸びしたよわあーっとお花畑いっぱい背伸びしたよ風が吹いてきたよドッと赤い花が踊ったよ白い花も踊ったよどあーっとお花畑いっぱい踊ったよ水が撒かれたよワッと青い花が喜んだよ緑の花も喜んだようわーっとお花畑いっぱい喜んだよお花たちが言ってるよありがとう!うれしいな!------それなのに、もう一枚のメモ用紙に書かれた……------なにひとつ不満のない生活━愛する妻がいて、愛する子どもがいて、絵に描いたような幸せな生活ベビーシッターとして現れた、娘妻との生活をエンジョイするための、娘、のはずが……男は、同時に複数の女性を愛せるものらしい女は、どうなんだ?……答えがかえってきた「冷...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十三)花が咲いたよ
ドール[お取り扱い注意!]ドール (四)わたしの涙目に気づいたようで
わたしの涙目に気づいたようで「ご主人さま、申し訳ありません。嫌な思いをさせましたでしようか。服を着るというプログラムがありませんので。苦情申した立てをなさいますか。連絡先は…」と、かなしげに聞く。「いや、いい」。手を振ると「苦情がかさなりますと、返品処理をされてしまいます」と、目を落としていう。どうにも、人形であることを忘れてしまう。どんな目的で作られたものなのか、うすうす察しがついてきたが、そうは考えたくない。「さよこちゃんだっけ、ひとつ聞きたいことがある。わからないなら、こたえなくて良い」「さよこの分かることでしら、どうぞ」「きみを頼んだ覚えがないんだけど、だれかからの贈りものなのかな」「そんな…淋しいです、さよこは。お忘れになられたのですか、もう。2011年8月に、懸賞サイトで応募していただいたのに...ドール[お取り扱い注意!]ドール (四)わたしの涙目に気づいたようで
いちど聞いたことがある。「お父さま、推理小説はお好きだった?それともストレス解消のため?」それにたいする佐多の返答は意外なものだった。「ストレスか、そりゃあもう。しかし推理小説は、人間の心理探索のバイブルだ。精神分析とおなじだ。どうすれば人は怖がるか、喜ぶか、そして畏敬の念をもってくれるか。これが意外にわかってくるんだ」このところしばらく、毎夜のように佐多から真理恵に声がかかる。むろん五平に否やはない。灯りの消えた家にもどるのにも、もう慣れた。そして昨日の夜も、現在の部品不足にたいする考え方の講義を受けた。「会社の大小じゃない。いやそれを考慮せねばならんことは当たり前か。それよりもだ、この現象だけをみるのではなく、そこに隠れた裏はないか、そもそもなぜこの事態になったのか。そしてこの部品不足がおきたことで、...水たまりの中の青空~第三部~(四百七十一)
心に雲の広がりを持ち、湿った空気のために、澄んだ音でさえも、屈折しがちな心……広い空、白い雲の広がりなど、ものともしない。雲雲雲雲雲々々々々々それですら、一つの空としての美を創り出している。幼い頃、背丈の何十倍もの大木の下でそのあまりの高さに、唯ため息を洩らしつつあすなろを感じた。その純な心は、今どこに。れんげ草の咲き誇る、畑の中に寝転んでは花と花を飛び交う蝶に心を許し、共に蝶になり、その蜜の世界に浸った。純な心は、どこに置き忘れた。いつか、おほしき太陽も隠れ沈みゆく彼方の雲はオレンジに輝く。太陽の、青い海に落としたオレンジ色をオレンジ色に染まった雲に乗って、どこまでも、追い続けてみたい。そして、やはりいつかは、ここに戻る……(背景と解説)二十歳を少し超えた、多感な時期のRollingAgeのわたしです。...ポエム~夜陰編~(人生)
「山本さんは、糖尿病もわずらってみえますね。糖尿病ののことは、ご存じですね?合併症がこわいですからね。はいそれでは、眼底検査をさせてもらいますよ。だいじょうぶですよ、なにもこわいことはありませんからね。光を当てて、なかの様子を見させてもらいます。まぶしいでしょうけれど、辛抱してください。まばたきしたくなっても、できるだけ我慢してくださいよ」じつに優しく低い声でささやききかけられると、目のなかをのぞき込まれるという恐怖感も薄らいでくる。いっそわたしのこころのなかも覗いてみてください。家族に見放されたあわれな、この老人です。ひとり住まいがこころ細い、独居老人です。どうぞ気にかけてやってくださいな、女神さま。あなたさまならば、多少の苦行にもたえられます。しかし実際は、そんな生易しいものではなかった。まぶしさを通...奇天烈~赤児と銃弾の併存する街~(三十)
[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (二十一)部屋にはいるなり、
部屋にはいるなり、「遅いじゃないの!恥をかいたわよ、あたし。時間どおりに来てよ!」と、ヒステリックに叫んだ。さすがに男もムッときた。「仕方ないだろう。今のプロジェクトがいよいよ大詰めなんだから。上から、プレゼン用の企画を急いで仕上げろと言われてるんだ」「だって、だって…」、とつぜんに麗子が泣きくずれた。はじめてのことだった。「おいおい、泣くなよ。悪かったよ、大声をあげて」男は背広を脱ぐ手をとめて、麗子を抱きしめた。あの夜のように、麗子のかたがふるえている。男はすこしうろたえた。なにか余程のことがあったのだろう。「どうしたんだい、今夜は。さあ機嫌をなおして。いっしょにシャワーを浴びよう」無言のまま、麗子は服をぬぎはじめた。〝やれやれ、やっと機嫌が直ったか〟と、安堵したものの、その後のご奉仕のことを思うと気が...[淫(あふれる想い)]舟のない港(二十一)部屋にはいるなり、
[ライフ!] ボク、みつけたよ! (三十二)長いながい、少年の煩悶がつづいた。
長いながい、少年の煩悶がつづいた。“どうして……”。“なぜ……”。“どうする……”。“どうやって……”。“どうして……”。“なぜ……”悲しいことに、なにをどう煩悶しているのか、少年には分かっていない。ことばだけが堂々巡りしている。少年の視線のさきにいる女は、食い入るようにバンドを見つめている。“ほら、ほら、待ってるんだぞ”、“ほら、ほら、まってるんだぞ”。煩悶が、いつしか逡巡に変わっていた。靴のかかとが、コトコトと音を立てている。よしっ!と、握りしめたこぶしも、すぐに力が抜ける。気を取り直しての力も、かかとが床に着くと同時に、立ち上がろうとするとゆるんでしまう。気づくと、バンドが交代している。身を乗り出さんばかりだった女も、ストローを口に運んでいる。バンドのボーカルが、マイクスタンドを蹴っては、がなりたて...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三十二)長いながい、少年の煩悶がつづいた。
「申しわけありません、重かったですね。体重は、いま37キロです。まだ成長途中です。身長は1メートル60センチで止まります。体重は、42キロで止まります。最近の平均値だそうです。ご安心ください、それ以上にはならないようにプログラムされています」神妙な顔つきでいう。眉間にしわをいれて、申しわけなさそうな表情を見せもした。「ご主人さまの体格からしますと、すこし大きいようですね」どんどん発声がきれいになっていく。まったく人間と遜色ない。現代の若者というよりも、昭和の女だ。なつかしさで胸がいっぱいになる。箱から引きずり出したときの感触が、体温しかりだがなによりその肌ざわりだ。すべすべとして張りもある。いや、瑞々しいというべきか。そして全体として丸みがある。しかも胸のふくらみがしっかりとあり、乳首さえついていたのには...ドール[お取り扱い注意!](三)「申しわけありません、
「なにばかなことを言ってるの!競争社会だもの、あたりまえでしょ。人のいいことを言っていたら、相手にくわれちゃうわよ」真理恵がかみついた。お人好しの気があると五平に不満をもらしている真理恵だったが、今夜はことのほか機嫌が悪かった。普段ならばいないはずの小夜子が会社にいたため、不機嫌になってしまった。しかも皆がバタバタと動き回っているというのに、泰然自若と専務室に閉じこもっている。そしてそれを当たり前のこととして見ている社員たちに腹をたてているのだ。〝電話のひとつもとって、それこそ気に入られている課長なり部長にこびを売ってほしいわ。うちの社員たちをいじめないでくださいって。みんな頑張ってますからって。いいわ。そうやってボーッとしてなさい。みんなの目をあたしに向けさせるから〟五平がまず口を開いた。「よその業者に...水たまりの中の青空~第三部~(四百七十)
クスリを5錠口に含み、水をひと口流し込む。さらに5錠、また5錠、そして5錠――いく粒になった?いっきに水と共に飲み込む。手首に充てられたナイフがすべる。血管から流れ出る血!ドクドク、と耳に大きく響く。台所のガス栓が緩められる。シューッ!という噴出し音の中、二人の会話が始まる。“ほらっ、血がこんなに流れて、綺麗でしよ!”“シューッだってさ。ピュッピュッって、なんないの?”(背景と解説)心中のシーンです。リアルではなく、バーチャルということです。むかしむかしのことですが、映画を観ました。タイトルも内容も、まるで覚えていません。ただ、あるシーンだけが残っています。拷問のシーンなんですが、バーチャル的にみてくださいよ。テーブルか机の上に、目隠しをされて縛り付けられています。手足は勿論、頭すら動けない状態です。そし...ポエム~夜陰編~(ピュッピュッ)
孝男の初恋は、あいての父親の転勤で告白すらできない片おもいにおわった。高校の卒業を待たずに、転校してしまった。むろん引っ越し先がわかるわけもなく、机のなかには出すあてのない手紙がたまりつづけた。そのなかに、悲痛なおもいから書きこんだ3編の詩があった。――・――・――・――水たまりのなかの青空は小さかったポチャンと投げた石ころに水たまりのなかの青空は歪んだ。渇いた愛砂に吸われる水草木は枯れていた枯れ木に風が吹くきょうの愛あすには憎悪かわいた愛激しい雷雨外で遊ぶ子どもたち汗まみれ……時の流れはいま川となりました銀の皿は流れるのですその上に空を乗せたままその夜空は消えましたその朝(あした)には太陽が消えました吐く息の凍りし窓辺暖炉の火外には雪が音のするなり吐く息の凍えし手にぞ伝わりて恋しき想ひなぜに届かぬ身を縮...[青春群像]にあんちゃん((20年前のことだ。))(八)
「はい、山本さん。お入りください」うすぼんやりと辺りが見えはじめる。周りを見わたすと、たしかにあの忌々しい老婆だった。機械のまえにちょこんと座り、「しっかりあててね」という看護師の声に、こんどはすなおに従っている。「友だちのレンズを……」と、医師の指示をムシする小娘はとみれば、おう、こりゃかわいい娘さんだ。年の頃、16、7歳あたりか。箸が転がってもおかしいという年頃だろう。教室内では、キャッキャッと騒ぎたい年頃だろう。ならば、許してやろうかな、おとなに反抗する時期ではあるのだし。薄ぐらい部屋のなかから、お出でおいでと手招きする女医先生、まさしく女神さまだ。まぶしかろうと灯りを落としていてくださる。ありがたいご配慮だ。この部屋では、眩しさも感じない。はっきりと女医先生を目にすることができた。三十代後半だろう...奇天烈~赤児と銃弾の併存する街~(二十九)
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いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
彼は、心のなかを見せない。たにんの侵入を極端にきらう。それゆえか、彼の部屋をおとずれる者はいない。そのくせ彼自身は、ひとの部屋にズカズカと入ってくる。仲間と友人。彼は、区切りをつけている。それが何故なのか?いままで考えもしなかった。が、学友との口論から、それを考えるに至った。町工場での俺は、労働の代価を受け取る。しかし夜学での俺は、支払う側のわけだ。とうぜん、時間の自由があってしかるべきだ。労働中の俺に、自由のないことは理解できる。しかし何故に、授業の選択が許されない?規則だからと、諦めにも似た気持ちになっている。入学時の誓約書は、強制であり交渉事ではなかった。町工場への就職時には、形だけであっても交渉があった。奇天烈~蒼い殺意~人間性(一)
それが9時近くになって、やっと帰ってきた。その時間が麗子には長く感じられ、不安だけが募った。裏通りにあるアパートである。人通りはまるでない。街頭にしても、アパートの階段に設置してある電灯だけだ。しかもまだ修理されていない。あとは、50mほど先にある。しかも、何時になるのかわからない。麗子の心は、恐怖感におそわれていた。いつなんどき暴漢が現れるかもしれない。そのときには誰かの部屋をノックすればいい。いやこのアパートの住人すらあぶない。〝どんな人が住んでいるのか、まるで分からないんだ。素性はもちろん、男か女かもわからない。というより、こんな場所だ。おとこだろうけどね〟男にきいた話だ。といって帰る気にもなれず、途方に暮れていた。そんなときの、男の帰宅だった。ムラムラと、怒りの気持ちと嫉妬心が渦巻いた。で、悪態を...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十四)それが9時近くになって、
話をもどします。まいどまいど、横道にそれてすみません。校舎のうら手に車をまわしたところで、思わず「ああ!」と叫んでしまいました。見覚えのある大木と、その横に土俵が見えました。あれえ……。でも土俵はあっちではなく、こっちの角のはずじゃ……。すみません。あっちやらこっちやらでは、どこなのかわかりませんよね。東西南北の観念がないので。(ナビで調べれば一発でしたね)。車の進行方向の向こうがあっちで、敷地にそって曲がってそしてまたまがってすぐの角で、停車した場所がこっちなんです。土俵のうえに屋根があるんですが、大木の枝がおおいかぶさっています。台風の進路によっては、屋根をおしつぶしませんかねえ。すこし心配です。たしか、相撲が体育の授業にはいっていると聞いた気がします。やせぎすだったわたしは、それがいやでいやでしてね...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十五)話を戻します。
「山本さん、5番におはいんなさい」当初は聞きまちがいかと思ったが、なんど思い返しても、「おはいんなさい」だった。わたしの前に数人が呼ばれていたが、たしかに「おはいんなさい」だった。なんとも、暖かさを感じさせる呼びかけで、嬉しさを感じたわたしだった。名医だ、瞬間的にそう思った。「良い先生ですよ」が頭で反すうされた。こころがある、なぜか直感的に思った。ドアを開けると背筋がピンと伸びた老医師が、にこやかに迎えてくれた。「はいはい、山本さん。きょうは気分が良さそうだね。うん、良かったよかった。さあさあ、お座んなさい」またしても、「り」ではなく「ん」だった。なんとも、人なつっこい話し方だ。やはりベテラン医師はちがう。なんというか、お医者さま、という雰囲気がある。患者に人気があるのもムリはないと感じた。「ほうほう。山...ドール [お取り扱い注意!](十六)山本さん、5番におはいんなさい
しかしふと不安になった。武蔵のいないいま、だれが「奥さま」と呼んでくれるだろう。「ミタライさん」と呼ばれるのだろうか。御手洗家の主はあるけれども、武蔵はいないけれども、それでもやはり「奥さん」と呼ばれたい。御手洗家の主は、やっぱり武蔵であってほしいと願う小夜子だった。「パッ、パッ、パアー!」。けたたましいクラクションが鳴った。「バカヤロー!」。だれ?だれへの叫び声なの?大勢が立ち止まっている交差点。なのに小夜子は足を止めなかった。赤になっていることに気づかなかった。「ごめんなさい」と、頭をさげる小夜子に「気をつけろ、この有閑マダムが!」と、捨てゼリフをのこして、商用車が行く。やめて、そのことばは。小夜子のもっとも忌み嫌う、有閑マダム。新しい女の対極ともいえる、蔑称ととらえている小夜子。夫の地位そして財力に...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十三)
異端の天才ベートーベン「運命」その烈しさに魂が揺さぶられるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。キモはですねえ、……ないです。強いて言えば、「畏怖」でしょうか。そうだ。初めて聞き入ったクラシックでしたよ。ジャジャジャーン!ジャジャジャーン!jajajajajaja,jajaja~n!CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(ベートーベン)
シゲ子は、その日のうちに長男に問いただした。シゲ子のたしなめるような物言いに萎縮してしまった長男は、口をつぐんでしまった。幼いときから、人に甘えるということのできない長男で、とくに祖母であるシゲ子にたいしては身構えてしまう。シゲ子の長男にたいするぎこちなさが、そうさせてしまっていた。シゲ子のしつような追求にたえきれず「ごめんなさい」と、あやまる長男だった。孝道が「目くじらを立てるほどのことでもないだろうに」と、長男をかばうと「いいんです、食べたことは。でもね、翌日にでも『ありがとう、美味しかった』と、ひと言ぐらいあっても。ほんとに、卑しい子だよ」と、長男を叱りつけてしまった。美味しいサツマイモをほのかに食べさせてやれなかったということ、すこしだけでも残していれば…という、たしょうの罪悪感にもにた感情にとら...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(十)
彼の頭のなかでは、数多の声がとびかっている。ひとつひとつの言葉は、断定的でしかも独善である。無道徳とはいったい何か?社会いっぱんの道徳は、常識なのか?幾多の矛盾を擁する道徳でもか?住みなれた町の地図は必要か?コンパスまでもか?俺は無道徳か?道徳はどうとく、常識はじょうしき?俺は反道徳だ!では、ニュー道徳を創るべきか?では、それに従えるか?違うぞ!単にスネているだけだ!ニュー道徳は、偽善の産物だ!ホワイトカラー族の目的は?教師とは、如何なる人種か?教える義務と、従わせる権利。学ぶ権利と、従う義務。そして反発する権利。殺す自由、生きる権利。人間を殺すことは罪であり、「家畜類の屠殺は許される」という現実。and,その是非は論外、という現実。食べる自由と権利。断食もまた然り。自然界の法則とは?地球の歴史、人間のれ...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(五)
「そう、あのむすめね…。あの娘のこと、好きなのね」と、小声で呟いた。いつもの男なら、そのまま聞きながしてしまう。しかし、今夜の男はちがった。このまま無言をとおせば、気性の激しい麗子のことだ。どんなしっぺ返しをくらうやもしれない。それこそ私立探偵をつかってでも、ミドリの特定をしてしまうかもしれない。そして……。考えるだけでもおそろしい。気色ばんで男は言った。「な、なにを言いだ出すんだ。あの人とは何でもない。友人の妹だ。3人での食事の約束だったんだ。友人の都合が悪くなってのことだ。だからふたりだけの食事になっただけだ」「あら、そう。お食事のできるナイトクラブがあるとは、知らなかったわ」服を着おわった麗子は、いつもの麗子に戻っていた。「時間が早かったからだ。ナイトクラブを知らないと言うから、連れて行ったんだ。だ...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十三)そう、あのむすめね…。
そうでした、学校です。当然ながら、まるで違います。当時は木造でしたが、いまはコンクリートの校舎です。正門まえに立ちますが、まるで思い出せません。車をうごかして、裏手にまわることにしました。運動場なんですが、意外にちいさいです。もっと広く大きかった記憶なんですが。敷地に沿ってまがると、せまい道路です。大型の車がきたらすれ違えないかもしれません。学校のフェンスをこするか、相手の車が畑に落ちてしまうか、どちらかでしょうね。いっそのこと一方通行にしてしまえばいいのに、なんて勝手なことを考えてしまいました。そういえば、こんなことがありました。いくつだったか、五十過ぎたころだったと記憶しています。両側が畑のせまい道で、ここではすれ違うことはできません。半分以上を過ぎたところで、中型の車がはいってきました。当然ながらわ...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十四)そうでした、学校です。
待合の席にすわろうとしたわたしに、通りがかった看護婦が声をかけてきた。この間の入院時に世話をしてくれた看護婦だった。じつに気立ての良い娘で、いつも明るく笑う娘だった。退院するときに「ありがとうね」と声をかけたかったのだが、シフトで会えずだった。「山本さん、ラッキーでしたね」「なんで?」。笑みを返しながら、尋ねてみた。「良い先生ですよ、岩井先生って。いつもは予約だけの先生なんですよ。ね、島田さん」「きょうはね、畑中先生が休みなものだから、急きょピンチヒッターでお願いしたの」「山本さん、ついてるわ」。うんうんと頷きながら、ひとり納得して去って行った。良い先生かどうかは、診察を受けてからだと、あまり期待もせずにいた。しかしこの医師に会ったことで、わたしの人生が一変したと言っても過言ではなかった。ほどなく看護婦に...ドール [お取り扱い注意!](十五)待合の席にすわろうとしたわたしに
感傷的になるかと思っていた小夜子だったが、意外にもサバサバとした気持ちになった。空はあいにくの曇り空なのに、ウキウキとした気分でビルを出た。全員がお見送りをしたいと申し出たが、五平と竹田のふたりが通りで見送った。最敬礼をするふたりに「やめてよ、そんな大げさなことを」と言いつつも、感慨ぶかいものがあった。はじめて会社におとずれたとき、水たまりがあるからと、武蔵にお姫さま抱っこで車からおろされた。大きな歓声と冷やかしの声、また近隣ビルの窓から、なにごとかと覗かれたこともなつかしい。なにからなにまで、なつかしい想い出だ。帰りの車をことわり、ひとり日本橋界隈をねりあるくことにした。そういえば通りをあるいた記憶がない。いつも契約ハイヤーで会社前まで乗りつけた。竹田の送迎もあったわね、と思いだす。〝大層なご身分だった...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十二)
茶目っ気モーツァルト「25番ト短調」そのミステリアスな曲調にこころがうち震えるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(モーツァルト)
翌日のこと。「きのうのお芋さんは美味しかったろう。ばあちゃんもね、おじいさんとおいしく食べたんだよ」ほのかかキョトンとした顔つきで、「きのうはよらずにかえったよ」と、こたえた。誰かが食べたはずなのだ。「ツグオちゃんだったかね」首をふりながら、つづけてこたえた。「にあんちゃんは、ほのかといっしょだったよ」思いもよらぬ返事がかえってきた。「それじゃだれだったんだろうね。ツグオでもないんだね。近所のだれかかしらね」そうことばにしつつも、だれもいない家にはいりこんで、ましてやなにかを食べていくなどありえない。“まさかナガオが…。いやいや、あの子は寄りはしない”と、否定してしまった。「あんちゃんだよ、きっと。夕食、めずらしくすこししか食べなかったから。それに、もしにあんちゃんだったら、きっとぜんぶ食べてたよ。にあん...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(九)
実はこの1週間、彼は悩んでいる。学友との些細な口論のためだった。さっこん耳にする”フリーセックス”についてだ。まだ青い我々は、真面目に論じあった。勉学上の口論はまるでない我らだが、ことセックスに類するものは好んで論じあう。が、残念ながらお互い言いっ放しで終わってしまう。面白いのは、”革新”そして”保守”と、イデオロギーの立場をお互いに押しつける―なすりつけて終わることだ。革新にしろ保守にしろ、じつの所あまり分かっていないのに。『70年安保』の後遺症といっては失礼か。「アンポ、ハンタイ!」が流行語になっていた頃を、多感な中学時代に我々は過ごした。彼はいま窓際でひざを抱いている。そしてときにそのひざに接吻をしたりして、体のぬくもりを感じている。生きている実感があるという。ときおり、バサバサの髪をかき上げては、...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(四)
「舟のない港」というタイトルが気に入って書きはじめた作品です。気乗りのしないままにストーリーを重ねて、次第しだいに二人のヒロインたちの心情にとらわれだしました。なかなか女性心理がわからず、キーボードをたたいてはDeleteを押して、またたたいて、また消しての連続です。時間の移動がはげしいためご迷惑をおかけしていますが、一気読みをご希望の方には、4月の初めには[やせっぽちの愛]にてupする予定です。よろしければ、どうぞ。------------麗子が起きるころには、母親はすでに台所にいる。父親もまた、食卓に着いていた。気むずかしい顔つきで、新聞を読みふけっている父親だった。一日のはじまりに家族そろって食卓を囲む。なによりも大切にしている父親だった。夜の食事は父親の仕事しだいではそろうことが難しい。休日にして...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十二)麗子が起きるころには、
吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、福岡県柳川市の昭代第一小学校へ向かいました。小学なん年生だったか、低学年には違いありませんが新入生ではなかったはずです。幼稚園児だった頃に伊万里市をはなれて、それからどこに移り住んだか。柳川市?いや待て、もう1ヶ所、どこかの……そうだ!大分県の佐伯市に入ったような……。そこで幼稚園に入る予定だったのが、いまでいう引きこもりになったのか、通ったという記憶がありませんね。それじゃ、佐伯市の小学校に入学した?うーん……。新入学したのはどこの小学校だったのか、まるで記憶がない……。昭代第一小学校まえでお店――駄菓子屋さんだと思っていたら、じっさいは酒屋さんでした。店の横にビールびんやら酒びんが山積みされていました。失礼ながら、小学校の真ん前なんですが。でも、すこしばかりの文具もありま...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十三)吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、
“やれやれ今はやりの自己責任ですか。大丈夫、先生を訴えたりしませんよ”「はい、これで良いですか?」「ほんとにね、生命に危険があるんですよ。考え直しませんか?山本さん」「先生の言うことを聞いた方が良いですよ」なおもしつこく入院を迫ってくる。わたしのことを考えてくれているとは分かるが、イライラしてきた。「今夜ひと晩だけで良いんです。経過をね、観察したいんです」真剣な目で、せまってくる。「お気持ちだけいただいておきます。ほんとにね、もうずいぶんと楽になりましたから」意地の突っぱり合いの様相をていしてきた。しかし意地っ張りということに関しては、わたしの方にいち日の長がある。医師に書面をわたして、看護婦に会釈をして、意気軒昂にベッドをはなれた。あの老婆、わたしと目があったとたんに目をそらしてきた。聞いてはならぬこと...ドール [お取り扱い注意!](十四)やれやれ今はやりの自己責任ですか。
自宅でのこと、その毎日がなくなるのかと思うと、ここで感傷的になった。平日の朝9時、閑静な住宅街にある自宅を出る。日々の暮らしは、もうはじまっている。学童たちのげんきな声は、もう聞こえない。おはようございますと声をかけあう人々にあふれ、「あら、ごめんなさい」と、声をかけあいながら、ほこりっぽい道路に水をまいている。「小夜子おくさま、おはようございます。これからご出勤ですか?」ななめ向かいの佐藤家のよめである道子が声をかけてくる。「おはようございます」と返事をし、かるく会釈する。するととなりの家からあわてて、大西家の姑であるサトが出てくる。「もうこんな時間ですか、行ってらっしゃいませ」わざわざ外に出てこなくとも、と小夜子は思うのだが、女性たちは必ず声をかける。小夜子にあいさつをするが、じつは小夜子ではない。御...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十一)
その女子は真面目派より一学年下だったが、幸か不幸かふたりと同じバレーボール部だ。ゆえに、放課後にふたりに帯同すれば、ひんぱんに会える。行動派が部活動に熱心なこともあり、ヒネクレ派も必然とがんばっている。そんなふたりを待つという口実のもとに居残りをきめこんでいた。三年ほど前の夏季大会ののちに、理由は分からないが部員ゼロとなってしまった。そして今年までの三年間、廃部となっていた。そんな男子バレーボール部を、行動派が復活させたのだ。気乗りのしないヒネクレ派をムリヤり入部させ、ほかに数人の幽霊部員を仕立て上げた。大会ごとに集合して、試合前のわずかな時間だけ練習をする。そして作戦も何もなく、むろんコーチもいない。どころか、役割すらあいまいだ。皆がみなアタッカーであり、やむなくレシーバーやらセッターにもなる。正直、勝...原木【Takeitfast!】(九)初恋
とうとう、結婚式の前夜がやって参りました。式の日が近づくにつれ平静さをとりもどしつつあったわたくしは、暖かく送りだしてやろうという気持ちになっていました。が、いざ前夜になりますと、どうしてもフッ切れないのでございます。いっそのこと、あの合宿時のいまわしい事件を相手につげて、破談にもちこもうかとも考えはじめました。いえ、考えるだけでなく、受話器を手に持ちもしました。ハハハ、勇気がございません。娘の悲しむ顔が浮かんで、どうにもなりません。そのまま、受話器を下ろしてしまいました。妻は、ひとりで張り切っております。ひとりっ子の娘でございます。最初でさいごのことでございます。一世一代の晴れ舞台にと、いそがしく動きまわっております。わたくしはといえば、何をするでもなく、ただただ家の中をグルグルと歩きまわっては、妻にた...愛の横顔~地獄変~(二十一)式前夜:前
「けどもこんどは、本場で聞こうな。アメリカに行って、アナスターシアだったか?お墓参りをすませてから、ラスベガスに寄ろう。な、なあ。それで機嫌を直してくれよ」涙があふれ出した。揺り起こそうかとも思った小夜子だったが、いまはこのまま夢のなかの小夜子でいいかと思いなおした。「小夜子。俺ほど小夜子を知っているものはいないぞ。頭の髪の毛一本から足のつま先でも、俺は小夜子を当てられる。はらわたの一つひとつまで知っている。肺も心臓も、胃袋だって知っている。きれいだぞ、とっても」ふーっと大きく息を吐いて、カッと目を見開いた。起きたのかと思いきや、またすぐに目を閉じてしまった。「おおおお、ステーキを食べたな?いま胃をとおって、腸にはいった。栄養素に分化されて、肝臓やら腎臓にとどけられるんだ。そしてそのカスが便となって外に出...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十二)
時の流れは今川となりました銀の皿は流れるのですその上に空を乗せたままその夜空は消えましたその朝には太陽が消えました(背景と解説)女友だちとの間が冷え切っていたという時期ではないのです。二股交際という言葉がありますが、わたしの場合は殆ど重なりません。不思議なのですが、ある女性との付き合いが疎遠になると、新たな出会いがあるのです。浮気ぐせ、とも違います。そりゃ、血気盛んな青年時代ですから、色んな女性に目が動くことはあったと思います。でも、この年になって色々思い直して-己を見つめ直してみると、一番の原因は、自分に自信が持てなかったのだと思います。短期間ならば薄っぺらい自分を隠せますからね。当時の連絡手段と言えば、固定電話か手紙ぐらいのものでした。手紙は、正直言ってお手のものでしたから。話を戻します。この詩は、自...ポエム焦燥編(朝、太陽が消えた)
時計の針は、二時半をさしている。貴子の希望で、南麓の岩戸公園口におりることになった。こちらの道は彼にもはじめてだった。こちら側の眼下にはビル群はすくなく、二階建ての個人宅がおおく見うけられた。国道ぞいに車のディーラーやら銀行、そして飲食店がチラホラとあるだけだった。すこし行くと、小ぢんまりとした台地があった。貴子の提案で、時間も早いし腹ごなしもかねて散歩でもということになった。彼に異はなく、真理子もまたすぐに賛成した。外にでた貴子が大きく深呼吸すると、真理子もならんで、大きく空気を吸いこんだ。とその時、強い風がふき、ふたりの体が大きく揺らいだ。とっさに真理子の背を抱くようにし、片方の手で貴子の腕をしっかりとつかんだ。悲鳴にもちかい声を出した真理子だったが、強風に驚いた声だったのか、彼の対応におどろいての声...青春群像ごめんね……えそらごと(三十)
訝しげに見る目を気にしつつ、付け足した。「目が、痛いんだ!」言葉が空を横切った途端、“嘘だ!”と、心が叫んでいた。そう、心が叫ぶまでもなく脳は刺激され、サングラスのない世界の恐ろしさが瞼の裏に醸し出された。そこによぎる全てが眩しいものだった。“信じられないんです”ある時、目に見えぬ何ものかに向かってそう叫んだ時、また心は叫んでいた。“嘘だ!”決して言葉のせいではなく、といって“信じなさい、信じることが唯一の道です”という言葉をはねつけたせいでもない。[ブルーの住人]第七章:もう一つの「じゃあず」(二)
日一日と、光子への周りの視線が変わってきた。子をうしなった母親という憐憫の視線がしだいに、子を産まぬ女という蔑視さえ感じるようになった。そもそもが清子を産んだあとに、二子、三子を産もうとする気配のないことに疑念が持たれていた。そして清子の死という事態をむかえて、導火線に火がついた。光子の年齢からしてためらう必要などなにもないはずなのだから、もうそろそろおめでたの話が出ても……と、口の端にのりはじめた。折に触れてかばってくれた珠恵からも、ことばには出さないが「もうそろそろ」という声が聞こえてくる気がしている光子だった。合原家という家系を考えたとき、光子は言わずもがなで、清二もまた妾の息子ということで他所者として扱われている。ふたりの間にまた娘が産まれたとして、女将を継ぐだろう事は想像にかたくない。しかしそれ...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(十四)(光子の駆け落ち:二)
行動派にもヒネクレ派にも、ガールフレンドがいる。しかし、真面目派にはいない。ふたりに比べると、ハンサムである。成績にしても、当然ながらトップグループにいる。しかし、女子からも敬遠されている。モテていいはずなのだが、作者だけの思いこみだろうか?もっとも、その原因は性格にあるのだろう。なにせ、内向的だし、おとなしい。そんな真面目派のきょうのの発言は、わたしもまた驚かされた。はじめてのことだ。もっとも、当の本人がいちばんん驚いていはいるが。そんな真面目派が、最近だれかに恋をしたらしい。いや、いままでも“いいなあ”とも思える女子生徒がいるにはいた。ただ憧れに近い気分を抱いていることが多かったし、それよりなにより、彼氏がいた。が、今回は違うようだ。“恋している”という、実感があるらしい。夜、ひとりになると、その女子...原木【Takeitfast!】(八)“キュン!”
その翌日、もちろん娘をまともに見られるわけがありません。その翌日も、そしてまたその次の日も……、わたくしは娘を避けました。しかし、そんなわたくしの気持ちも知らず、娘はなにくれと世話をやいてくれます。そしてそうこうしている内に、結納もすみ、式のひどりも一ヶ月後と近づきました。娘としては、嫁ぐまえのさいごの親孝行のつもりの、世話やきなのでございましょう。私の布団の上げ下げやら、下着の洗濯やら、そして又、服の見立て迄もしてくれました。妻は、そういった娘を微笑ましく見ていたようでございます。なにも知らぬ妻も、哀れではあります。しかしわたくしにとっては、感謝のこころどころか苦痛なのでございます。耐えられない事でございました。いちじは、本気になって自殺も考えました。が、娘の「お父さん、長生きしてね!」のことばに、鈍っ...愛の横顔~地獄変~(二十)陵辱
「小夜子。おまえは、ヴァイオリンだ」突然に己のことをふられて、なんと答えれば良いのか窮してしまった。しかし武蔵はお構いなしにことばをつづけた。「おまえは、ビッグバンドの、いやオーケストラのといっても良い、ヴァイオリンなんだよ。そこにいるだけで、あるだけで、光を放っている。華やかな、存在だ。誰もがひれ伏す存在だ。いや、ヴァイオリンがなければ成り立たない」あまりの褒めことばは、小夜子には面はゆい。「やめてよ、もう。どうしたの、今日の武蔵は。熱でもあるんじゃない?」といって、熱に浮かされている節もない。心底からのことばに聞こえる。目を見ればわかる。しっかりとした瞳がそこにあり、そしてしっかりと小夜子を見ている。まるですぐにも居なくなってしまう小夜子を見忘れないようにと、しっかりとめにやきつけようとしているかのご...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十一)
ある冬の街角で……、そう、少し雪の散らつく寒い夜のこと。ダウンジャケットのポケットに迄、冷たさが忍び込んできた。路面がうっすらと雪の化粧をし、街灯の灯りで眩しい。ひっそりとして、明かりの消えたビルの前を、ポケットの中の小銭をちゃらつかせながら歩いていた。とその時、後ろから恐ろしく気味の悪いーかすれた、腹からしぼり出すような声がする。”だめだ!左はだめだ。右に、行くんだ!”どぎまぎしながらも後ろを振り向いた。全身が血だらけで、片腕のちぎれかけた男が、呼び止める。生々しいタイヤの跡が、顔面に刻み込まれている。その男、確かにどこかで見たような気がする。が、あまりの形相に思わず目をそむけた。そのまま逃げ出し、左へ折れた。そう。男の言う、行ってはならない左へ行った。と、ふと思い出す。血だらけの男の居た場所は、雪が白...ポエム~焦燥編~(右に、行け!)
五月日ざしは肌に悪いからという貴子のことばで、山肌の木陰で食事をとることになった。「三角おにぎりのつもりなんですけど……」と、真理子がはじめて握ったというおにぎりが出された。「形が悪くてごめんなさい」というそれは、すこしいびつな丸っこい形をしていた。「お味はどう?」と問いかけられ、「うまい!」となんども叫ぶように言いながらぱくついた。満足げに頷く彼にうながされて、ふたりも頬ばった。とたん「塩辛い!」と、目を白黒させながら声をそろえて言った。「ちょうど良いって」という彼の必死のことばに、真理子の警戒心がとれてきた。会社ではぶっきらぼうな態度をとる彼だが、それが照れ隠しによるものなのだと知り、そんな彼に親近感を覚えた。(やっぱり、九州男児なのよね)再確認する真理子だった。そして彼を、故郷にいる兄にダブらせた。...青春群像ごめんね……えそらごと(二十九)
部屋の照明は落としたまま、ベッドぎわの灯りだけを点けた。上向きの灯りは、うす暗くはあったが落ち着いた雰囲気で、気持ちも和やかになってくる。ふとんの中に入れと、小夜子を迎え入れた。しわになりにくい素地の服だということで、小夜子も久しぶりに武蔵に触れられるとウキウキしてくる。しかし武蔵の体を感じたとたん、あまりの痩身ぶりに驚かされた。たしかに腕にしろ足にしろ、細くなっていることは見ていた。が、直接に小夜子の体全体で感じる物とは異質のものだった。“こんなに痩せ細ってるの?ううん、だいじょうぶ。退院したらしっかりと栄養を摂らせるから”小夜子のそんな思いを推し量ってか、「小夜子。病院食ってのは、精進料理そのものだな。まるで脂っ気がないぞ。ああ、中華そば食いたい、ステーキもがっつりといきたいぞ」と、両手を合わせてお願...水たまりの中の青空~第三部~(四百二十九)
海はいつか日暮れてぼくの胸に恋の剣を刺したままその波間に消えた追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ恋はいつか消えてぼくの胸に涙の粒を残したままその波間に消えていった追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ昨日も今日もそして明日も夏の渚に立ってきみを探してもあの日のきみはいないあの日のきみはもういない遥かな海………どこまでもどこまでも果てしなく……が、その海もまた…………限りない空……どこまでもどこまでも広がり続く……が、その空もまた…………水平線では、空と海が一つになるなのに………きみとぼくは追いかけても追いかけても水平線はどこまでも果てしなく広がり続ける……わからないわからない追いかけるほどわからない……(背景と解説)彼女が逃げていくわけではないのです。自分の想いと彼女の思惑がずれている...ポエム~焦燥編~(太陽の詩(うた))
(不良だって、俺が?)しかしつらつらと考えてみるに、そう思われるのが当たり前のような気がしてきた。ポマードをしっかり使って、エルビス・プレスリーばりのリーゼントスタイルに髪を整えている。普段は不良っぽさを意識した言葉遣いで話しているし、口ずさむ歌と言えばロックンロール系が多かった。「日ごろの行いって大事なんだよね」そうつぶやく岩田の顔が突如浮かんだ。「年寄りみたいなこと言うなよ」と反論したものの、確かに損をしていると感じる彼だった。同じようなミスをしても、岩田なら仕方ないさとかばわれ、彼のミスには「集中心が足りない」と、小言になる。(不良だと思っているんだ、やっぱり。仕方ないか。不良まがいの日ごろの態度では)と、じくじたる思いが湧いてきた。写真で見た断崖絶壁の縁に立たされたような思いに囚われている彼に、貴...青春群像ごめんね……えそらごと(二十七)
(五)視線その他には、ぐるりと見回しても、とりたてて言うほどのものはない。強いて言うなら、紺いろにいろどられた扉があることか。小さなのぞき窓があり、ときおり神のような冷たい視線がそこから投げつけられる。しかしそれが、どうだと言うのか。冷たい視線など、どれ程のものと言うのか。忘れたころに訪れる、女よ。いくらでも泣くが良い。たとえそれで体中がびしょ濡れになってとしても、それがなんだと言うのだ。ただ無視すれば良いだけのこと。そんなことに気を取られるほどに、暇人ではない。このこころは、深遠な世界にあるのだ。知りたければ、……。はいってくるが良い。そっと足音を忍ばせて、のぞき込めば良い。ごっちんこをすればいい、ドアはいつも開けてあるのだから。窓の外にはポプラがそびえ立ち、その葉をすける太陽の光、そして遙かかなたにか...[ブルーの住人]第六章:蒼い部屋~じゃあーず~
(十一)(周囲の目:二)無事出産を終えて明水館に戻ったとき、大女将の珠恵を始め、番頭に板長そして仲居頭の豊子たちの出迎えを受けた。然も、玄関口でだ。初めてのことだった、これほどの人に笑顔で出迎えられるのは。思わず後ずさりをした。娘だけを取り上げられて、光子はそのまま叩き出されるのではないか、そんな思いにとらえられていた。「お帰りなさい、若女将!」。「お帰り。さあさあ早く入りなさい、奥の部屋で休むと良いわ」。珠恵の優しい言葉は心底のもので、温かい慈愛が感じられるものだった。そしてそのことばで、やっと光子はこの合原家の一員となったことを実感した。それは突然のことだった。珠恵がお使いから帰ったところを見た清子が「おばあちゃま、おかえりなさい!」と、通りの向かい側に飛び出した。急ブレーキ音とともに、ドン!という音...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~
行動派が言う。「誰も反対しないようだ。委員長、やってくれ。時間が勿体ない」眼鏡をかけたやせっぽちの男が、渋々と立つ。と、あろうことか「待ってください。みんながそれでいいと言うのなら僕もそうしますが、僕としては、自習とした方がいいと思います。第一、先生も居ないことだし。それに、あと二十分足らずの時間です。討論の時間には少ないと思います。風紀については、重要なことですから、誰かが調査して、その結果を元に討論してはどうでしょうか」と、小声ながらも、はっきりと胸を張って、真面目派が言った。クラス内に、割れんばかりの拍手が起こった。真面目派は、“ドクン・ドクン”という心臓音を耳にしながら、真っ赤になっていた。さすがの行動派も、いつも連れ立っている仲間の一人に反対されては、反論のしようがなかった。「それでは、俺とあと...原木【Takeitfast!】(五)意外なこと
断じて許すことはできません。八つ裂きにしても足りない男どもでございます。しかしもうわたしには気力がございません。お話しする気力が、ございません。もう、このまま死にたい思いでございます。まさしく地獄でございます。……地獄?そう、地獄はこれからでございました。じつは不思議なことに、男どもには顔がなかったのでございます。もちろん、その男どもをわたくしは知りません。見たことがありません。だから顔がない、そうも思えるのではございます。しかし、……。そうですか、お気づきですか?ご聡明なあなたさまは、すべてお見通しでございますか。”申し訳ありません!申し訳ありません!!”わたしは、犬畜生にも劣る人間でございます。“殺してください、わたしをこの場で殺してください。この大罪人の、人非人を!”そうなんでございます、男どもは、...愛の横顔~地獄変~(十七)銀蝿などと!
「おお、来たきた。俺の、観音さまだ。富士商会の姫であり、そして俺の守護霊さまだ。さあさあ、ここに来い」と、ベッドの端をポンポンと叩く。強い西日の光をさえぎろうと、看護婦がカーテンの前に立った。「おいおい、そのままにしてくれ。小夜子の顔がはっきり見えるだから」と、怒気のふくんだ声が飛んだ。そこに、医師と婦長が入ってきた。「なんだなんだ、今日は。小夜子とふたりだけの時間は作ってくれないのか。先生、婦長までもか。そんなにおれは悪いのか?まるで臨終の儀式みたいじゃないか」おどけた口調で言う武蔵だったが、「なんてことを!先生、ちがうわよね」と、涙声で小夜子が問いただした。己の死期がちかいことは、武蔵は知っている。しかしそのことは小夜子には言わないでくれと、何度も武蔵が口にしている。気持ちの変化でも起きたのかといぶか...水たまりの中の青空~第三部~(四百二十八)