いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
さよならのひと言はとても淋しい車のヘッドライトが眩しく光り消えて行くそしてぼくは小雨の白い舗道を独り歩く……歩いていたいどこというあてもなく歩いていたい何も考えずただ歩いていたいそしてこのまま遠くに行きたい=背景と解説=あの名曲、[遠くに行きたい]に触発された詩です。現実逃避、ですかね。モテ期が去った男の弱さを、どうぞお楽しみ下さい、なんちゃってね。もう半世紀も前のことですので、なにが本当のことなのかは、自分でも判然としません。その折りの気持ちを、いま分かろうとしても霧の中でモヤモヤする感じです。そうですね。何かを問いかけても、黒い闇を相手にしているようで、すべての言葉が吸い込まれてしまいます。時期的に覚えていることは、高校での役員選挙において、立候補をしておきながら選挙期間中に家出をしてしまってというこ...ポエム~黄昏編~(遠くに行きたい)
くもり空のきょう。まるでこのぼくのこころそのものだ。くもり空、いつか降るだろう雨を、大きな広がりのどこかに隠している。いや、ひょっとして降らないのかもしれない……けさ、いまにも降り出しそうな空で、しかたなく傘を持って出たよ。えっ?相あい傘を期待したのかって?うーん、どうかな、ちょっとはあったかな。で、アパートに帰り着くまでのあいだ、この傘のなんと恨めしかったことか!アイデアルならまだしも、親父ゆずりの古いコウモリ傘は、いかにもぶかっこうだ。初めてのデートだというのに、彼女にも笑われた。今夜は、もう寝る。*アイデアル=折り畳み式の傘小説・二十歳の日記七月二十日(曇り)
やれやれと思ったものの、甘かった。帰宅後にかならず話をきかせてくれと、念をおされた。まあ暇をもてあましているのはわかるのだが、〝わたしは男なんですよ。勘弁してくれないかなあ〟。そんな思いをもちながら、車にのりこんだ。ハローワークの担当者が口すっぱくすすめる、エコ検定なるものがあった。「邪魔になるものでもありませんし、ぜひお取りください。わたしとしては、エコ検定をおすすめします。大丈夫です、専門知識はいりません。問題集もでていますし、常識問題ばかりです。こうした資格というのは、あんがいと再就職に有利にはたらくものですよ」神妙な顔つきでうなずいてはみたものの、こころ内では“受験だって?なんでいまさら…。かんべんしてくれよ”と舌打ちものだった。しかし再就職に有利にはこときくにいたって、取得を決めた。さっそく本屋...奇天烈~赤児と銃弾の併存する街~(二)やれやれ
スピンオフ作品 ~ 名水館女将、光子! ~ (二十四)(去れば、去るとき、:五)
そして大女将との約束の一年がちかづいてまいりました。瑞祥苑からおひまをいただくために、どう切りだして良いものやらと考えあぐねていたときでございます。「光子さん、ちょっといらっしゃい」と、女将からよばれました。お客さまをお迎えするまえの時間帯でございます。仲居一同、いそがしく準備をしております。そんなときの声かけに、なにか粗相をしたのかと気になりました。ふだんの穏やかな表情ではなく、口をへの字にむすばれて口角もさがりぎみの不機嫌さのただようお顔も気になるところです。女将の部屋にはいるなり、「申し訳ございません。なにか粗相をしておりましたらお詫びいたします」と、畳に頭をこすりつけました。ところが、きゅうに女将が笑いだされまして。こんなことは、はじめてのことでございます。女将のわらいごえなど、ついぞ聞いたことが...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(二十四)(去れば、去るとき、:五)
もうなん年前になるでしょうか、生まれ故郷である伊万里市に帰ってみたいなと思いはじめたのは。きっかけは「まるでちがう街みたいだったぞ」という兄のひと言でした。いえ、正直に言いましょう。あることを確かめたくて――本人の口から直接聞くことができれば、それが一番なのですが。いまどこで何をしているやら。いや、おそらくはもうこの世には居ないでしょう。そもそも小説をもろもろの賞に応募しているのは、その人に気づいてもらいたいということなのです。あなたが捨てたわたしは、ここに居ます。そしてこんなわたしになりました、と知らしめたいのですから。そのためにも、わたしがわたし自身をより強く知らねばならぬと思っているのです。恥をさらすようですが、人間としての資質に疑問を抱いているのです。失礼、だれのことなのかを説明していませんでした...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四)もうなん年前に
その大きな通りには比較的大きな店が多くて、そうそう百貨店もあるのです。お正月に集まる親戚のおじさんおばさんとともに、お買い物をしたりお食事をしたり、そしていち番の楽しみは屋上での乗り物あそびでした。バス停のない大通りだということで、いまバス停新設陳情と申しますのですか、この間「署名してくれ」と町内会長さんがまわってこられました。父にも役員になってくれとお誘いの声がかかってしまいますが、すぐには無理だが近いうちにはと答えていたようです。両親ともにお店がありますので、お休みは元旦の日だけでした。日曜日や旗日なんぞは、とくにお店が忙しく休みにはなりません。で、必然ひとり遊びばかりでしたが、仕方がありません。ご近所には同じ年頃の娘もおりませんし。たまに町内会のお兄さんやお姉さんたちが映画館やら遊園地に連れていって...愛の横顔~RE:地獄変~(八)その大きな通りには
社葬が、年が明けた1月の中旬にとりおこなうことがきまった。場所の選定については五平に一任され、まずは有名神社仏閣をかんがえた。その旨を小夜子につげると、即座に「似合わないわよ、武蔵には」と異をとなえた。〝たしかにそうだ。ご神仏とは縁のないわれわれだった〟。ホテルのホールとも考えたが、それもまたおかしな話だと、自身が首をふった。結局のところ、すこし離れた場所ではあったが、多目的ホールのある会館を利用することにした。中程度の規模で、百人程度の椅子が用意された。多くが取引先関係であり、個人的つながりのある関係者は皆無といっていいほどだった。小夜子の実家のある村からの出席者は村長だけに限定されて、出席を希望しつつもかなわなかった村人たちは近在の神社において手を合わせることになった。武蔵発案の進学支援は、武蔵の○と...水たまりの中の青空~第三部~(四百四十二)
さよなら、さよならただ見つめあうだけで貴方のこころはわかるのなにも言ってほしくないさよなら、そのことばだけでいいの貴方のひと言にきっとあたしは泣いてしまうみんな儚い慕情としてあたしの胸の奥ふかくにしずめておきたいの=背景と解説=見栄です、男の見栄です。自分を守るために、女子――あえて女子と呼びます――の立場から言わせているのでよ。ちょっとたとえは悪いですが、エレベーターの中で……やめましょう、たとえが悪すぎます。忘れて下さい。それにしても、こんなに自分が弱くて卑怯だったとは思いもよりませんでした。出るものなんですね、本性というか魂幹(言葉がありませんね、造語です)というものが。いくつの時だったかな、この辺りは。高校を卒業しているはずですから、20歳あたりですかね。定時制高校の四年生コースに通っていましたか...ポエム~黄昏編~(さよなら)
この雨、きょうで三日目だ。ホントによく降る。梅雨のさいごっ屁か?だけど、どんなに降ろうと、もう晴ればれさ。べにどうということはなく、ただなんとなくだよ。へへへ…。じつはね、きょうのこの雨に傘がなくてね、困ってたんだ。朝さあ、小降りになったから上がると思ったんだよ。で、会社からすこし離れたケーキ屋さんの軒先であまやどりをしていたわけ。いや、買おうかな?とは思ったんだよ。先月の誕生日に、大っきな丸いケーキ、デコレーションって言うんだっけ?あれ、買いそこねちゃったしさ。会社、休んだろ?そうなんだ!「相あい傘で良かったら、どうぞ」って、声をかけてくれたんだ。気さくな女性でさ、会社の事務員さんなんだ。その道々、すっごく話がはずんでね、楽しかった。ぼく自身、ビックリだよ。こんなに気楽に話ができるなんて。信じられないよ...小説・二十歳の日記七月十八日(雨)
奇天烈 ~赤児と銃弾の併存する街~ (一)いつもの穏やかないち日を
いつもの穏やかないち日をえられるはずだった早朝に「コン……コン」と、遠慮がちにドアをたたく音がきこえた。“こんな朝はやくに、なんの用だ”不快なおもいをかかえて、けだるい体をゆっくりと起こした。のっそりとベッドから降りて、ランニングシャツとトランクス姿ではぐあいが悪いとばかりに、ズボンをはいた。ポロシャツもと思いもしたが、早朝なのだから勘弁してもらうことにした。この棟いち番のお洒落者となっているわたしだ、へんな格好はできない。正直のところ、ありがたくない風評なのだが、わけありで演じざるをえなくなっている。すこし前のことだ。ハローワークで紹介された就職先の面接にでかけるおりに、バッタリと井戸端会議のおばさんたちにでくわした。かるく会釈をしてたちさろうとするわたしに、そうはさせじとばかりに老婆ふたりが立ちふさが...奇天烈~赤児と銃弾の併存する街~(一)いつもの穏やかないち日を
スピンオフ作品 ~ 名水館女将、光子! ~ (二十三)(去れば、去るとき、:四)
先ほどの足もとの粗相にしても、ほかにもございます。お客さまの歩幅をしっかりと確認して、速からず遅からずでご案内せねばなりません。気をつけねばならぬことはほかにも多々ございます。廊下の中央を歩いていただくのは当たりまえとして、ほかのお客さまとすれ違うさいの誘導にも気をつけねばなりません。お客さまに余計な気づかいをいただかぬように、こちらも速からず遅からずでございます。お子さま連れの場合には、とくに気をつかわねばなりません。お子さまは、いつなんどき突拍子な動きをされるか、予測がつきません。ですのでわたくしは、お子さまの手を取ってご案内するようにしております。そうすれば不規則なうごき等は、極力おさえることができますので。ただしそのことでご不快な思いをされてもなりませんので、「坊ちゃん、お嬢ちゃん、手をつなぎまし...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(二十三)(去れば、去るとき、:四)
わたしには兄がひとりいます。父親は平成七年に死去しました。母親はたぶんですが他界しているでしょう。たぶんというのは、両親は離婚していますので。父親に育てられて、母とは音信不通です。中学二年の冬でした。母が家出してしまい、そのまま帰らずです。大正14年(1925年)生まれです。ですのでおそらくは他界しているでしょう。兄は、わたしの子どもふたりをのぞけば、ゆいいつの肉親です。言いわすれていました、わたしもまた離婚をしています。子どもたちとは恥ずかしい話ですが、現在は音信不通です。正直、良い父親とはいえません。経済てきにも苦労をかけましたが、なにより父親としての愛情をそそぐことに失敗した気がします。わたしのidentity確立失敗にかかわることなのですが。とうとつですが、お尋ねします。あなたは、愛情を信じられま...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(三)わたしには
愛の横顔 ~RE:地獄変~ (七)戦時下の昭和十九年のことです
戦時下の昭和十九年のことです。早いもので、ふた昔、いえ三むかしということばはございませんね。そう三十年以上になるのですね。辻々にありました立て看板、覚えてらっしゃいますか?「ぜいたくは敵」。「欲しがりません勝つまでは」。「飾る体に汚れる心」。ですが、これなどはけだし名言ではございませぬか。「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」。それにしましても、目的のための手段が実は目的化しているようにも、思えるのですが。あらあらご賛同いただける声があがりました。ありがとうございます。はい、足立三郎さまからの薫陶のたまものです。学校のとなりに、と言いましても、正門からは百メートル近くありますでしょうか、角にある駄菓子屋のまえに小さなお子たちがたむろしていました。それこそたくさんのお菓子類を、らんらんと目をひからせて品定めをしてお...愛の横顔~RE:地獄変~(七)戦時下の昭和十九年のことです
日本橋の富士商会の玄関口に、黒ぬりで金ぴかの屋屋根をのせた霊柩車が横づけされた。「会社からの出棺となります。騒がしくさせますが、しばらくのあいだお許しください」2日前に、香典返しに用意した静岡の銘茶セットを配りながら、このあたり一角のあいさつはすませてあった。とはいえ、会社内には紅白のまくがはられている。通りを歩く者が、何があるんだとばかりにのぞきこんでいく。リンゴの唄やら、東京ブギウギやらのレコードがながれている。これから酒盛りでもはじまるといったふうにもみえる。そこに黒ぬりの霊柩車がよこづけされて、棺までが会社内に運びこまれた。レコード音楽がとまったところで、こんどは読経がはじまった。どうにも紅白の幕がはられた室内での読経という光景が、通りいっぱいの人だかりのなかでみられた。そして棺がさいど霊柩車に運...水たまりの中の青空~第三部~(四百四十一)
「じつは……。もう一点、4Kチューナーをご購入していただくことになります」。おいおい、話がちがうだろうが。で、いくらするの?という話ですが、これまた五桁の金額で。こころが折れました、大きな音が、ガラガラと、頭の中でひびきました。まだ残暑の名残りが残っていたのですが、ピューピューとからだのなかを木枯らしが吹き荒んでいる感じです。たぶん肩を落として、背中が15度ほど曲がった状態で店をでたと思います。話がちがうじゃないか、というご指摘、ごもっともです。「買い求めた」と、冒頭でお話ししました。ですので、すこし補足をしなければなりません。このエピソードは、数年前の秋の十月の話です。かいもとめたというのは、昨年末のことです。悩みになやみ、うじうじと考えつづけ、コロナ禍のおかげで外にとびだすこともできずに、とうとう……...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(二)じつは……。
愛の横顔 ~RE:地獄変~ (六)人それぞれでございましょう
まあ、人それぞれでございましょう。これ以上の詮索はやめにしましょう。ひとつやふたつのシミは、誰しもかかえていることですから。それをいちいちほじくり返すというのは、いかがなものかと。「まあ、どんなことを話すのかはしらんが、はなし半分とせねばな。人間だれしも、おのれを擁護するものだ。わしもいやというほど、そんな人間を見てきた。あの足立という男にしても……」善三さんの長ばなしはもうごめんだという空気がながれています。ですが元特攻刑事である善三さんは、他人をおもんばかるということができぬお方です。まあ職業柄やむをえぬとはおもいますが。しかし小夜子さんのさえぎることばによって、善三さんも口をつぐまれました。「坂田さま。そのことはのちほどに、わたくしのお話を聞かれてからということに。みなさまもお待ちでしょうから」あら...愛の横顔~RE:地獄変~(六)人それぞれでございましょう
業者の、「ご遺体からの死臭のこともありますので、早めにされた方が……。万が一にも腐乱となりますと、お部屋中にしみついてしまいますし……」ということばにも、小夜子は納得しない。「死んだんでしょ、武蔵は。もうおきないんでしょ!お風呂にもはいっていないのよ。人いちばい汗かきの武蔵だもの、におって当たり前よ。いいの、いいの。武蔵のにおいを、家中にばらまくんだから。天井にもかべにも窓にも、よ。あの掛け軸にもあそこの絵にも。あのテーブルでしょ、武蔵の大好きなソファにも。あの花瓶にも水差しにも、なにもかもにつけるの。それであたしは、その中で暮らすの。武蔵に抱かれて暮らすのよ、ねむるのよ。いやいや、火葬なんてぜったいにイヤ!」と、手がつけられない。そうひとしきり叫ぶと、その場に倒れこんでしまった。すぐに医者が呼ばれたが、...水たまりの中の青空~第三部~(四百四十)
銀の皿をならべたこの川にちぎり捨てられたレモンの皮岸辺にたどりつくさお舟の人影の背に春が宿ったその朝(あした)には銀の皿をならべたこの川にすでにレモンの皮はないのです=背景と解説=キラリキラリと光りながら流れる川に感銘を受けました。で、「銀の皿」という言葉を思いつきました。自分でもなかなかの言葉だと考えて、小説の色んなシーンにおいて使いました。さて、ここでのキーは、当然ながら[レモンの皮]です。この意味するところを察してもらわないと、全体が死んでしまいよすね。レモン=酸っぱい酸っぱい=○○感情さあどうでしょうか。黄昏ですので、モテ期は過ぎました。残り火がチロチロとあるかもしれませんが、まあ殆どが消えかかっています。息を吹きかけて一時的に燃え上がったとしても、吹きかけ続けねば、ねえ。ポエム~黄昏編~(銀の皿)
こんやも蒸し暑い。天気予報だと、あしたは雨らしい。いいかげんに、梅雨も終わってくれないかなあ。最近、ホントにつまらない毎日だ。なんにも身が入らない。わかってるよ。こんなことじゃ駄目だと思うんだよ。いつだって自分を鼓舞してる。だけど‥‥。ベトナムの帰休兵の人たちはどんな気持ちだろう。つかのまの休息を日本で過ごして、そしてまた戦場に帰って行く。同世代のアメリカの若者が、ベトナムの戦場で戦っている。この現実だよな。アメリカとベトコン、どちらに正義があるのか、ぼくにはわからないけど。戦争は、イヤだな。*自作の一枚の絵を誉めてくれた人が、例え狂人だと告げられてもどうしても信じられなかった奴。信じたくないと言った奴。**芥川龍之介著「沼地」のエピソードからぼくだって、小説をほめてくれた人が狂人だとは思いたくないし、よ...小説・二十歳の日記七月十五日(曇り)
=pleasureofspirit=異性にたいしても――いや人間にたいしてもそう考えられる。相手と話をしているときで、もっとも話がしやすいのは精神的に孤絶している状態、しかも相対していないときである。あいての顔を見ていないときである。つまり相手という形あるものではなく、声という無形のものに魅かれるのだ。そこに楽しさを感じているのだ。「精神的快楽」。自分では、そう定義づけている。[ブルーの住人]第八章:ついでに~罪と罰~
スピンオフ作品 ~ 名水館女将、光子! ~ (二十一)(去れば、去るとき、:二)
大女将からのご返事のこと、お伝えしていませんでしたね。ありがたいお言葉をいただきました。「あなたの性根が気に入っての若女将なの。けっして清二の子どもを身ごもってしまったから、ということではありません。もしそうならば清二の嫁として、清二とともに叩きだしています。しっかりと修行をしてきなさい」。「明水館をでたのは、若女将しゅぎょうの一環だと、みなには話してありますからね」。「本音をいうと、はやく帰ってきてほしいの。あたくしも寄る年波にはかてません。でもあなたの気がすまぬというのなら、いち年の修行をおえて帰ったということにしましょう。いいですか!戻るからには、りっぱな、若女将ではなく女将として、もどってらっしゃい」。さらには、いまお世話になっております瑞祥苑の女将さんあてにも、「うちの大事な若女将でございます。...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(二十一)(去れば、去るとき、:二)
齢七十となり、チラホラと訃報がとどきます。若すぎた死をいたむ声もあれば、大往生でしたねと慰める声があります。そんな中、わたしもそろそろ終活を意識せねばと思いはじめたのです。といっても独りぐらしのわたしですし、特段これといって遺したい物もありません。もっともわたしの遺物などを欲しがる人がいるはずもありませんが。そうだ、これは欲しがる人がいるかもしれません。4Kテレビなんですがね、家電量販店で買いもとめました。そのおりの笑うにわらえないエピソードを聞いてもらいましょうか。わたしという人間のいっ端がわかっていただけるかもしれませんし。そもそもはパソコンの購入で出かけたのですが、いつの間にかテレビの話になってしまいました。わたし絵画を観るのが好きでしてね、ちょくちょく美術展に出かけます。そんな話を販売員としていま...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(一)齢七十となり
「それではみなさま。わたくしの話を聞いていただきましょうか。もちろん、うそいつわりなど申しません。すべてとは申しませんが、正夫の作り話を訂正させていただきます」ピンと背筋をのばしたその様は、まことに凛とした風情です。おとしは……、さきほどのご老人の話からしますと五十歳をすぎたあたりでしょうに。「それにいたしましても、なぜ三十五歳という、いまなのでしょう。閻魔さまには『お前の好きな年齢を選んでいいのだぞ。ピカピカに光っていた己をえらぶがよい』と、おっしゃっていただきましたのに。よりにもよっていちばん苦しかったころのおのれに戻ってしまうとは。正夫はどうでしょう?やはり、『妙子が笑ってくれた』、『妙子が手をにぎってくれた』、『ハイハイしている』、『立ち上がった』、『歩いた』と大騒ぎをしたころでしょうか。それとも...愛の横顔~RE:地獄変~(五)それではみなさま
昭和27年11月12日に、武蔵がふた月の余をすぎて自宅にもどってきた。憔悴しきった小夜子を「おかえりなさいませ、おくさま。それから、旦那さまも」と、千勢があかるく迎えいれた。「たけしぼっちゃんは、ついさっき、おねむになりました。それから竹田さんたちにおてつだいいただいて、きゃくまにごよういいたしました」その夜、通夜が執りおこなわれた。入れ替わりたちかわり社員たちが武蔵の○に顔に手を合わせるなか、小夜子はただただ呆然と座りつづけていた。今日いちにちなにも食していない小夜子にたいし、千勢が汁物を用意したが、ひと口ふたくち口だけで、「もういいわ」と下げさせた。しずかにねむる武蔵をじっと見つめながら、「ひどいよ、ひどいよ」とお念仏のようにつぶやいている。五平はむろん、竹田ですら声をかけることができない。「結婚前は...水たまりの中の青空~第三部~(四百三十九)
”荒々しい瞬間の暴力が飲み込んでしまう”そしてその飲み込まれた世界は、誰も居ない浜辺でたった一人で泳いでいるわたしを、もう一人の私が見ている所。”ぴかぴか光っているものは、一時の為に生まれたもの。本当のものは、滅びることなく後世に伝わります”人間の愛とは、いわゆる前者のようなものでしょう。彼は幸せ者です。わたしに○された-ただその一点で、わたしの心にわたしを知る人の心にいつまでも記憶されるのですから。後世にまで伝わるのですから、たとえ記憶の片隅のことだとしても。”わたしが後世のことなぞかまっていたらだれが今の世の人を笑わせますか”この世から笑いという笑いが消え哀しみという哀しみが消え去る━そう、「人でなしの国」そしてそれが、「超人の国」でしょうSuchislife,willoncemore!=byNiet...ポエム焦燥編(超人の国)
とうとう雨になった。ぐずついているとは思ったが。梅雨なんだ、仕方ない。でも天気予報では、明日のはずだったのに。雨のなかの紫陽花はきれいだ。いつもの帰り道なのに、きょう、はじめて気がついた。商店街前のバス停でおりて、アーケードのなかを通ると、すこし遠回りだけど雨からにげられる。それともその奥の肉屋さんでコロッケなんかを買ったりして。美味しいんだよな、あそこのコロッケは。他よりは五円高いけど、それだけのことはある。やっぱり中の肉がちがうのかな?「かさを買って帰ろうかな」なんてチラリと思ったけど、きょうはどうしても濡れて帰りたかったんだ。わかる?やっぱり。かっこつけるわけじゃないけど、泣いてるぼくを、だれにも見られたくなかったんだ。それにもう、けっこうびしょ濡れだしね。バスのなかでも、空いてたけど席に座わんなか...小説・二十歳の日記七月一日(くもりのち雨)
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いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
彼は、心のなかを見せない。たにんの侵入を極端にきらう。それゆえか、彼の部屋をおとずれる者はいない。そのくせ彼自身は、ひとの部屋にズカズカと入ってくる。仲間と友人。彼は、区切りをつけている。それが何故なのか?いままで考えもしなかった。が、学友との口論から、それを考えるに至った。町工場での俺は、労働の代価を受け取る。しかし夜学での俺は、支払う側のわけだ。とうぜん、時間の自由があってしかるべきだ。労働中の俺に、自由のないことは理解できる。しかし何故に、授業の選択が許されない?規則だからと、諦めにも似た気持ちになっている。入学時の誓約書は、強制であり交渉事ではなかった。町工場への就職時には、形だけであっても交渉があった。奇天烈~蒼い殺意~人間性(一)
それが9時近くになって、やっと帰ってきた。その時間が麗子には長く感じられ、不安だけが募った。裏通りにあるアパートである。人通りはまるでない。街頭にしても、アパートの階段に設置してある電灯だけだ。しかもまだ修理されていない。あとは、50mほど先にある。しかも、何時になるのかわからない。麗子の心は、恐怖感におそわれていた。いつなんどき暴漢が現れるかもしれない。そのときには誰かの部屋をノックすればいい。いやこのアパートの住人すらあぶない。〝どんな人が住んでいるのか、まるで分からないんだ。素性はもちろん、男か女かもわからない。というより、こんな場所だ。おとこだろうけどね〟男にきいた話だ。といって帰る気にもなれず、途方に暮れていた。そんなときの、男の帰宅だった。ムラムラと、怒りの気持ちと嫉妬心が渦巻いた。で、悪態を...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十四)それが9時近くになって、
話をもどします。まいどまいど、横道にそれてすみません。校舎のうら手に車をまわしたところで、思わず「ああ!」と叫んでしまいました。見覚えのある大木と、その横に土俵が見えました。あれえ……。でも土俵はあっちではなく、こっちの角のはずじゃ……。すみません。あっちやらこっちやらでは、どこなのかわかりませんよね。東西南北の観念がないので。(ナビで調べれば一発でしたね)。車の進行方向の向こうがあっちで、敷地にそって曲がってそしてまたまがってすぐの角で、停車した場所がこっちなんです。土俵のうえに屋根があるんですが、大木の枝がおおいかぶさっています。台風の進路によっては、屋根をおしつぶしませんかねえ。すこし心配です。たしか、相撲が体育の授業にはいっていると聞いた気がします。やせぎすだったわたしは、それがいやでいやでしてね...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十五)話を戻します。
「山本さん、5番におはいんなさい」当初は聞きまちがいかと思ったが、なんど思い返しても、「おはいんなさい」だった。わたしの前に数人が呼ばれていたが、たしかに「おはいんなさい」だった。なんとも、暖かさを感じさせる呼びかけで、嬉しさを感じたわたしだった。名医だ、瞬間的にそう思った。「良い先生ですよ」が頭で反すうされた。こころがある、なぜか直感的に思った。ドアを開けると背筋がピンと伸びた老医師が、にこやかに迎えてくれた。「はいはい、山本さん。きょうは気分が良さそうだね。うん、良かったよかった。さあさあ、お座んなさい」またしても、「り」ではなく「ん」だった。なんとも、人なつっこい話し方だ。やはりベテラン医師はちがう。なんというか、お医者さま、という雰囲気がある。患者に人気があるのもムリはないと感じた。「ほうほう。山...ドール [お取り扱い注意!](十六)山本さん、5番におはいんなさい
しかしふと不安になった。武蔵のいないいま、だれが「奥さま」と呼んでくれるだろう。「ミタライさん」と呼ばれるのだろうか。御手洗家の主はあるけれども、武蔵はいないけれども、それでもやはり「奥さん」と呼ばれたい。御手洗家の主は、やっぱり武蔵であってほしいと願う小夜子だった。「パッ、パッ、パアー!」。けたたましいクラクションが鳴った。「バカヤロー!」。だれ?だれへの叫び声なの?大勢が立ち止まっている交差点。なのに小夜子は足を止めなかった。赤になっていることに気づかなかった。「ごめんなさい」と、頭をさげる小夜子に「気をつけろ、この有閑マダムが!」と、捨てゼリフをのこして、商用車が行く。やめて、そのことばは。小夜子のもっとも忌み嫌う、有閑マダム。新しい女の対極ともいえる、蔑称ととらえている小夜子。夫の地位そして財力に...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十三)
異端の天才ベートーベン「運命」その烈しさに魂が揺さぶられるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。キモはですねえ、……ないです。強いて言えば、「畏怖」でしょうか。そうだ。初めて聞き入ったクラシックでしたよ。ジャジャジャーン!ジャジャジャーン!jajajajajaja,jajaja~n!CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(ベートーベン)
シゲ子は、その日のうちに長男に問いただした。シゲ子のたしなめるような物言いに萎縮してしまった長男は、口をつぐんでしまった。幼いときから、人に甘えるということのできない長男で、とくに祖母であるシゲ子にたいしては身構えてしまう。シゲ子の長男にたいするぎこちなさが、そうさせてしまっていた。シゲ子のしつような追求にたえきれず「ごめんなさい」と、あやまる長男だった。孝道が「目くじらを立てるほどのことでもないだろうに」と、長男をかばうと「いいんです、食べたことは。でもね、翌日にでも『ありがとう、美味しかった』と、ひと言ぐらいあっても。ほんとに、卑しい子だよ」と、長男を叱りつけてしまった。美味しいサツマイモをほのかに食べさせてやれなかったということ、すこしだけでも残していれば…という、たしょうの罪悪感にもにた感情にとら...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(十)
彼の頭のなかでは、数多の声がとびかっている。ひとつひとつの言葉は、断定的でしかも独善である。無道徳とはいったい何か?社会いっぱんの道徳は、常識なのか?幾多の矛盾を擁する道徳でもか?住みなれた町の地図は必要か?コンパスまでもか?俺は無道徳か?道徳はどうとく、常識はじょうしき?俺は反道徳だ!では、ニュー道徳を創るべきか?では、それに従えるか?違うぞ!単にスネているだけだ!ニュー道徳は、偽善の産物だ!ホワイトカラー族の目的は?教師とは、如何なる人種か?教える義務と、従わせる権利。学ぶ権利と、従う義務。そして反発する権利。殺す自由、生きる権利。人間を殺すことは罪であり、「家畜類の屠殺は許される」という現実。and,その是非は論外、という現実。食べる自由と権利。断食もまた然り。自然界の法則とは?地球の歴史、人間のれ...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(五)
「そう、あのむすめね…。あの娘のこと、好きなのね」と、小声で呟いた。いつもの男なら、そのまま聞きながしてしまう。しかし、今夜の男はちがった。このまま無言をとおせば、気性の激しい麗子のことだ。どんなしっぺ返しをくらうやもしれない。それこそ私立探偵をつかってでも、ミドリの特定をしてしまうかもしれない。そして……。考えるだけでもおそろしい。気色ばんで男は言った。「な、なにを言いだ出すんだ。あの人とは何でもない。友人の妹だ。3人での食事の約束だったんだ。友人の都合が悪くなってのことだ。だからふたりだけの食事になっただけだ」「あら、そう。お食事のできるナイトクラブがあるとは、知らなかったわ」服を着おわった麗子は、いつもの麗子に戻っていた。「時間が早かったからだ。ナイトクラブを知らないと言うから、連れて行ったんだ。だ...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十三)そう、あのむすめね…。
そうでした、学校です。当然ながら、まるで違います。当時は木造でしたが、いまはコンクリートの校舎です。正門まえに立ちますが、まるで思い出せません。車をうごかして、裏手にまわることにしました。運動場なんですが、意外にちいさいです。もっと広く大きかった記憶なんですが。敷地に沿ってまがると、せまい道路です。大型の車がきたらすれ違えないかもしれません。学校のフェンスをこするか、相手の車が畑に落ちてしまうか、どちらかでしょうね。いっそのこと一方通行にしてしまえばいいのに、なんて勝手なことを考えてしまいました。そういえば、こんなことがありました。いくつだったか、五十過ぎたころだったと記憶しています。両側が畑のせまい道で、ここではすれ違うことはできません。半分以上を過ぎたところで、中型の車がはいってきました。当然ながらわ...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十四)そうでした、学校です。
待合の席にすわろうとしたわたしに、通りがかった看護婦が声をかけてきた。この間の入院時に世話をしてくれた看護婦だった。じつに気立ての良い娘で、いつも明るく笑う娘だった。退院するときに「ありがとうね」と声をかけたかったのだが、シフトで会えずだった。「山本さん、ラッキーでしたね」「なんで?」。笑みを返しながら、尋ねてみた。「良い先生ですよ、岩井先生って。いつもは予約だけの先生なんですよ。ね、島田さん」「きょうはね、畑中先生が休みなものだから、急きょピンチヒッターでお願いしたの」「山本さん、ついてるわ」。うんうんと頷きながら、ひとり納得して去って行った。良い先生かどうかは、診察を受けてからだと、あまり期待もせずにいた。しかしこの医師に会ったことで、わたしの人生が一変したと言っても過言ではなかった。ほどなく看護婦に...ドール [お取り扱い注意!](十五)待合の席にすわろうとしたわたしに
感傷的になるかと思っていた小夜子だったが、意外にもサバサバとした気持ちになった。空はあいにくの曇り空なのに、ウキウキとした気分でビルを出た。全員がお見送りをしたいと申し出たが、五平と竹田のふたりが通りで見送った。最敬礼をするふたりに「やめてよ、そんな大げさなことを」と言いつつも、感慨ぶかいものがあった。はじめて会社におとずれたとき、水たまりがあるからと、武蔵にお姫さま抱っこで車からおろされた。大きな歓声と冷やかしの声、また近隣ビルの窓から、なにごとかと覗かれたこともなつかしい。なにからなにまで、なつかしい想い出だ。帰りの車をことわり、ひとり日本橋界隈をねりあるくことにした。そういえば通りをあるいた記憶がない。いつも契約ハイヤーで会社前まで乗りつけた。竹田の送迎もあったわね、と思いだす。〝大層なご身分だった...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十二)
茶目っ気モーツァルト「25番ト短調」そのミステリアスな曲調にこころがうち震えるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(モーツァルト)
翌日のこと。「きのうのお芋さんは美味しかったろう。ばあちゃんもね、おじいさんとおいしく食べたんだよ」ほのかかキョトンとした顔つきで、「きのうはよらずにかえったよ」と、こたえた。誰かが食べたはずなのだ。「ツグオちゃんだったかね」首をふりながら、つづけてこたえた。「にあんちゃんは、ほのかといっしょだったよ」思いもよらぬ返事がかえってきた。「それじゃだれだったんだろうね。ツグオでもないんだね。近所のだれかかしらね」そうことばにしつつも、だれもいない家にはいりこんで、ましてやなにかを食べていくなどありえない。“まさかナガオが…。いやいや、あの子は寄りはしない”と、否定してしまった。「あんちゃんだよ、きっと。夕食、めずらしくすこししか食べなかったから。それに、もしにあんちゃんだったら、きっとぜんぶ食べてたよ。にあん...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(九)
実はこの1週間、彼は悩んでいる。学友との些細な口論のためだった。さっこん耳にする”フリーセックス”についてだ。まだ青い我々は、真面目に論じあった。勉学上の口論はまるでない我らだが、ことセックスに類するものは好んで論じあう。が、残念ながらお互い言いっ放しで終わってしまう。面白いのは、”革新”そして”保守”と、イデオロギーの立場をお互いに押しつける―なすりつけて終わることだ。革新にしろ保守にしろ、じつの所あまり分かっていないのに。『70年安保』の後遺症といっては失礼か。「アンポ、ハンタイ!」が流行語になっていた頃を、多感な中学時代に我々は過ごした。彼はいま窓際でひざを抱いている。そしてときにそのひざに接吻をしたりして、体のぬくもりを感じている。生きている実感があるという。ときおり、バサバサの髪をかき上げては、...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(四)
「舟のない港」というタイトルが気に入って書きはじめた作品です。気乗りのしないままにストーリーを重ねて、次第しだいに二人のヒロインたちの心情にとらわれだしました。なかなか女性心理がわからず、キーボードをたたいてはDeleteを押して、またたたいて、また消しての連続です。時間の移動がはげしいためご迷惑をおかけしていますが、一気読みをご希望の方には、4月の初めには[やせっぽちの愛]にてupする予定です。よろしければ、どうぞ。------------麗子が起きるころには、母親はすでに台所にいる。父親もまた、食卓に着いていた。気むずかしい顔つきで、新聞を読みふけっている父親だった。一日のはじまりに家族そろって食卓を囲む。なによりも大切にしている父親だった。夜の食事は父親の仕事しだいではそろうことが難しい。休日にして...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十二)麗子が起きるころには、
吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、福岡県柳川市の昭代第一小学校へ向かいました。小学なん年生だったか、低学年には違いありませんが新入生ではなかったはずです。幼稚園児だった頃に伊万里市をはなれて、それからどこに移り住んだか。柳川市?いや待て、もう1ヶ所、どこかの……そうだ!大分県の佐伯市に入ったような……。そこで幼稚園に入る予定だったのが、いまでいう引きこもりになったのか、通ったという記憶がありませんね。それじゃ、佐伯市の小学校に入学した?うーん……。新入学したのはどこの小学校だったのか、まるで記憶がない……。昭代第一小学校まえでお店――駄菓子屋さんだと思っていたら、じっさいは酒屋さんでした。店の横にビールびんやら酒びんが山積みされていました。失礼ながら、小学校の真ん前なんですが。でも、すこしばかりの文具もありま...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十三)吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、
“やれやれ今はやりの自己責任ですか。大丈夫、先生を訴えたりしませんよ”「はい、これで良いですか?」「ほんとにね、生命に危険があるんですよ。考え直しませんか?山本さん」「先生の言うことを聞いた方が良いですよ」なおもしつこく入院を迫ってくる。わたしのことを考えてくれているとは分かるが、イライラしてきた。「今夜ひと晩だけで良いんです。経過をね、観察したいんです」真剣な目で、せまってくる。「お気持ちだけいただいておきます。ほんとにね、もうずいぶんと楽になりましたから」意地の突っぱり合いの様相をていしてきた。しかし意地っ張りということに関しては、わたしの方にいち日の長がある。医師に書面をわたして、看護婦に会釈をして、意気軒昂にベッドをはなれた。あの老婆、わたしと目があったとたんに目をそらしてきた。聞いてはならぬこと...ドール [お取り扱い注意!](十四)やれやれ今はやりの自己責任ですか。
自宅でのこと、その毎日がなくなるのかと思うと、ここで感傷的になった。平日の朝9時、閑静な住宅街にある自宅を出る。日々の暮らしは、もうはじまっている。学童たちのげんきな声は、もう聞こえない。おはようございますと声をかけあう人々にあふれ、「あら、ごめんなさい」と、声をかけあいながら、ほこりっぽい道路に水をまいている。「小夜子おくさま、おはようございます。これからご出勤ですか?」ななめ向かいの佐藤家のよめである道子が声をかけてくる。「おはようございます」と返事をし、かるく会釈する。するととなりの家からあわてて、大西家の姑であるサトが出てくる。「もうこんな時間ですか、行ってらっしゃいませ」わざわざ外に出てこなくとも、と小夜子は思うのだが、女性たちは必ず声をかける。小夜子にあいさつをするが、じつは小夜子ではない。御...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十一)
その日の昼すぎ、あの三郎が顔を腫れ上がらせて、明水館に転がり込んできた。背広の袖口が破れ、ズボンには泥がこびりついている。泥の乾き具合から見て、まだすこしの時間しか経っていないことが分かる。騒然とした中、光子の指示の元に昨夜三郎が泊まった部屋に運び込まれた。すぐに医者を、と光子の指示かあるものと思っていたが、聞こえたのは驚くものだった。場に居合わせた二人の仲居に対して「他には漏らさぬように」と、厳命してきたのだ。「お客さまのたっての希望です」ということばも付け加えられた。一時間ほど後に、上気した表情の光子が番頭に対して「近江さまをお医者さまに診てもらうことになりましたから」と言い残して、三郎と共に出かけていった。「行ってらっしゃいませ」と声をかけつつも、何かしら違和感のようなものを感じた。旅館に転がり込ん...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(十五)(光子の駆け落ち:三)
その女子は真面目派より一学年下だったが、幸か不幸かふたりと同じバレーボール部だ。ゆえに、放課後にふたりに帯同すれば、ひんぱんに会える。行動派が部活動に熱心なこともあり、ヒネクレ派も必然とがんばっている。そんなふたりを待つという口実のもとに居残りをきめこんでいた。三年ほど前の夏季大会ののちに、理由は分からないが部員ゼロとなってしまった。そして今年までの三年間、廃部となっていた。そんな男子バレーボール部を、行動派が復活させたのだ。気乗りのしないヒネクレ派をムリヤり入部させ、ほかに数人の幽霊部員を仕立て上げた。大会ごとに集合して、試合前のわずかな時間だけ練習をする。そして作戦も何もなく、むろんコーチもいない。どころか、役割すらあいまいだ。皆がみなアタッカーであり、やむなくレシーバーやらセッターにもなる。正直、勝...原木【Takeitfast!】(九)初恋
とうとう、結婚式の前夜がやって参りました。式の日が近づくにつれ平静さをとりもどしつつあったわたくしは、暖かく送りだしてやろうという気持ちになっていました。が、いざ前夜になりますと、どうしてもフッ切れないのでございます。いっそのこと、あの合宿時のいまわしい事件を相手につげて、破談にもちこもうかとも考えはじめました。いえ、考えるだけでなく、受話器を手に持ちもしました。ハハハ、勇気がございません。娘の悲しむ顔が浮かんで、どうにもなりません。そのまま、受話器を下ろしてしまいました。妻は、ひとりで張り切っております。ひとりっ子の娘でございます。最初でさいごのことでございます。一世一代の晴れ舞台にと、いそがしく動きまわっております。わたくしはといえば、何をするでもなく、ただただ家の中をグルグルと歩きまわっては、妻にた...愛の横顔~地獄変~(二十一)式前夜:前
「けどもこんどは、本場で聞こうな。アメリカに行って、アナスターシアだったか?お墓参りをすませてから、ラスベガスに寄ろう。な、なあ。それで機嫌を直してくれよ」涙があふれ出した。揺り起こそうかとも思った小夜子だったが、いまはこのまま夢のなかの小夜子でいいかと思いなおした。「小夜子。俺ほど小夜子を知っているものはいないぞ。頭の髪の毛一本から足のつま先でも、俺は小夜子を当てられる。はらわたの一つひとつまで知っている。肺も心臓も、胃袋だって知っている。きれいだぞ、とっても」ふーっと大きく息を吐いて、カッと目を見開いた。起きたのかと思いきや、またすぐに目を閉じてしまった。「おおおお、ステーキを食べたな?いま胃をとおって、腸にはいった。栄養素に分化されて、肝臓やら腎臓にとどけられるんだ。そしてそのカスが便となって外に出...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十二)
時の流れは今川となりました銀の皿は流れるのですその上に空を乗せたままその夜空は消えましたその朝には太陽が消えました(背景と解説)女友だちとの間が冷え切っていたという時期ではないのです。二股交際という言葉がありますが、わたしの場合は殆ど重なりません。不思議なのですが、ある女性との付き合いが疎遠になると、新たな出会いがあるのです。浮気ぐせ、とも違います。そりゃ、血気盛んな青年時代ですから、色んな女性に目が動くことはあったと思います。でも、この年になって色々思い直して-己を見つめ直してみると、一番の原因は、自分に自信が持てなかったのだと思います。短期間ならば薄っぺらい自分を隠せますからね。当時の連絡手段と言えば、固定電話か手紙ぐらいのものでした。手紙は、正直言ってお手のものでしたから。話を戻します。この詩は、自...ポエム焦燥編(朝、太陽が消えた)
時計の針は、二時半をさしている。貴子の希望で、南麓の岩戸公園口におりることになった。こちらの道は彼にもはじめてだった。こちら側の眼下にはビル群はすくなく、二階建ての個人宅がおおく見うけられた。国道ぞいに車のディーラーやら銀行、そして飲食店がチラホラとあるだけだった。すこし行くと、小ぢんまりとした台地があった。貴子の提案で、時間も早いし腹ごなしもかねて散歩でもということになった。彼に異はなく、真理子もまたすぐに賛成した。外にでた貴子が大きく深呼吸すると、真理子もならんで、大きく空気を吸いこんだ。とその時、強い風がふき、ふたりの体が大きく揺らいだ。とっさに真理子の背を抱くようにし、片方の手で貴子の腕をしっかりとつかんだ。悲鳴にもちかい声を出した真理子だったが、強風に驚いた声だったのか、彼の対応におどろいての声...青春群像ごめんね……えそらごと(三十)
訝しげに見る目を気にしつつ、付け足した。「目が、痛いんだ!」言葉が空を横切った途端、“嘘だ!”と、心が叫んでいた。そう、心が叫ぶまでもなく脳は刺激され、サングラスのない世界の恐ろしさが瞼の裏に醸し出された。そこによぎる全てが眩しいものだった。“信じられないんです”ある時、目に見えぬ何ものかに向かってそう叫んだ時、また心は叫んでいた。“嘘だ!”決して言葉のせいではなく、といって“信じなさい、信じることが唯一の道です”という言葉をはねつけたせいでもない。[ブルーの住人]第七章:もう一つの「じゃあず」(二)
日一日と、光子への周りの視線が変わってきた。子をうしなった母親という憐憫の視線がしだいに、子を産まぬ女という蔑視さえ感じるようになった。そもそもが清子を産んだあとに、二子、三子を産もうとする気配のないことに疑念が持たれていた。そして清子の死という事態をむかえて、導火線に火がついた。光子の年齢からしてためらう必要などなにもないはずなのだから、もうそろそろおめでたの話が出ても……と、口の端にのりはじめた。折に触れてかばってくれた珠恵からも、ことばには出さないが「もうそろそろ」という声が聞こえてくる気がしている光子だった。合原家という家系を考えたとき、光子は言わずもがなで、清二もまた妾の息子ということで他所者として扱われている。ふたりの間にまた娘が産まれたとして、女将を継ぐだろう事は想像にかたくない。しかしそれ...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(十四)(光子の駆け落ち:二)
行動派にもヒネクレ派にも、ガールフレンドがいる。しかし、真面目派にはいない。ふたりに比べると、ハンサムである。成績にしても、当然ながらトップグループにいる。しかし、女子からも敬遠されている。モテていいはずなのだが、作者だけの思いこみだろうか?もっとも、その原因は性格にあるのだろう。なにせ、内向的だし、おとなしい。そんな真面目派のきょうのの発言は、わたしもまた驚かされた。はじめてのことだ。もっとも、当の本人がいちばんん驚いていはいるが。そんな真面目派が、最近だれかに恋をしたらしい。いや、いままでも“いいなあ”とも思える女子生徒がいるにはいた。ただ憧れに近い気分を抱いていることが多かったし、それよりなにより、彼氏がいた。が、今回は違うようだ。“恋している”という、実感があるらしい。夜、ひとりになると、その女子...原木【Takeitfast!】(八)“キュン!”
その翌日、もちろん娘をまともに見られるわけがありません。その翌日も、そしてまたその次の日も……、わたくしは娘を避けました。しかし、そんなわたくしの気持ちも知らず、娘はなにくれと世話をやいてくれます。そしてそうこうしている内に、結納もすみ、式のひどりも一ヶ月後と近づきました。娘としては、嫁ぐまえのさいごの親孝行のつもりの、世話やきなのでございましょう。私の布団の上げ下げやら、下着の洗濯やら、そして又、服の見立て迄もしてくれました。妻は、そういった娘を微笑ましく見ていたようでございます。なにも知らぬ妻も、哀れではあります。しかしわたくしにとっては、感謝のこころどころか苦痛なのでございます。耐えられない事でございました。いちじは、本気になって自殺も考えました。が、娘の「お父さん、長生きしてね!」のことばに、鈍っ...愛の横顔~地獄変~(二十)陵辱
「小夜子。おまえは、ヴァイオリンだ」突然に己のことをふられて、なんと答えれば良いのか窮してしまった。しかし武蔵はお構いなしにことばをつづけた。「おまえは、ビッグバンドの、いやオーケストラのといっても良い、ヴァイオリンなんだよ。そこにいるだけで、あるだけで、光を放っている。華やかな、存在だ。誰もがひれ伏す存在だ。いや、ヴァイオリンがなければ成り立たない」あまりの褒めことばは、小夜子には面はゆい。「やめてよ、もう。どうしたの、今日の武蔵は。熱でもあるんじゃない?」といって、熱に浮かされている節もない。心底からのことばに聞こえる。目を見ればわかる。しっかりとした瞳がそこにあり、そしてしっかりと小夜子を見ている。まるですぐにも居なくなってしまう小夜子を見忘れないようにと、しっかりとめにやきつけようとしているかのご...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十一)
ある冬の街角で……、そう、少し雪の散らつく寒い夜のこと。ダウンジャケットのポケットに迄、冷たさが忍び込んできた。路面がうっすらと雪の化粧をし、街灯の灯りで眩しい。ひっそりとして、明かりの消えたビルの前を、ポケットの中の小銭をちゃらつかせながら歩いていた。とその時、後ろから恐ろしく気味の悪いーかすれた、腹からしぼり出すような声がする。”だめだ!左はだめだ。右に、行くんだ!”どぎまぎしながらも後ろを振り向いた。全身が血だらけで、片腕のちぎれかけた男が、呼び止める。生々しいタイヤの跡が、顔面に刻み込まれている。その男、確かにどこかで見たような気がする。が、あまりの形相に思わず目をそむけた。そのまま逃げ出し、左へ折れた。そう。男の言う、行ってはならない左へ行った。と、ふと思い出す。血だらけの男の居た場所は、雪が白...ポエム~焦燥編~(右に、行け!)
五月日ざしは肌に悪いからという貴子のことばで、山肌の木陰で食事をとることになった。「三角おにぎりのつもりなんですけど……」と、真理子がはじめて握ったというおにぎりが出された。「形が悪くてごめんなさい」というそれは、すこしいびつな丸っこい形をしていた。「お味はどう?」と問いかけられ、「うまい!」となんども叫ぶように言いながらぱくついた。満足げに頷く彼にうながされて、ふたりも頬ばった。とたん「塩辛い!」と、目を白黒させながら声をそろえて言った。「ちょうど良いって」という彼の必死のことばに、真理子の警戒心がとれてきた。会社ではぶっきらぼうな態度をとる彼だが、それが照れ隠しによるものなのだと知り、そんな彼に親近感を覚えた。(やっぱり、九州男児なのよね)再確認する真理子だった。そして彼を、故郷にいる兄にダブらせた。...青春群像ごめんね……えそらごと(二十九)
部屋の照明は落としたまま、ベッドぎわの灯りだけを点けた。上向きの灯りは、うす暗くはあったが落ち着いた雰囲気で、気持ちも和やかになってくる。ふとんの中に入れと、小夜子を迎え入れた。しわになりにくい素地の服だということで、小夜子も久しぶりに武蔵に触れられるとウキウキしてくる。しかし武蔵の体を感じたとたん、あまりの痩身ぶりに驚かされた。たしかに腕にしろ足にしろ、細くなっていることは見ていた。が、直接に小夜子の体全体で感じる物とは異質のものだった。“こんなに痩せ細ってるの?ううん、だいじょうぶ。退院したらしっかりと栄養を摂らせるから”小夜子のそんな思いを推し量ってか、「小夜子。病院食ってのは、精進料理そのものだな。まるで脂っ気がないぞ。ああ、中華そば食いたい、ステーキもがっつりといきたいぞ」と、両手を合わせてお願...水たまりの中の青空~第三部~(四百二十九)
海はいつか日暮れてぼくの胸に恋の剣を刺したままその波間に消えた追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ恋はいつか消えてぼくの胸に涙の粒を残したままその波間に消えていった追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ昨日も今日もそして明日も夏の渚に立ってきみを探してもあの日のきみはいないあの日のきみはもういない遥かな海………どこまでもどこまでも果てしなく……が、その海もまた…………限りない空……どこまでもどこまでも広がり続く……が、その空もまた…………水平線では、空と海が一つになるなのに………きみとぼくは追いかけても追いかけても水平線はどこまでも果てしなく広がり続ける……わからないわからない追いかけるほどわからない……(背景と解説)彼女が逃げていくわけではないのです。自分の想いと彼女の思惑がずれている...ポエム~焦燥編~(太陽の詩(うた))
(不良だって、俺が?)しかしつらつらと考えてみるに、そう思われるのが当たり前のような気がしてきた。ポマードをしっかり使って、エルビス・プレスリーばりのリーゼントスタイルに髪を整えている。普段は不良っぽさを意識した言葉遣いで話しているし、口ずさむ歌と言えばロックンロール系が多かった。「日ごろの行いって大事なんだよね」そうつぶやく岩田の顔が突如浮かんだ。「年寄りみたいなこと言うなよ」と反論したものの、確かに損をしていると感じる彼だった。同じようなミスをしても、岩田なら仕方ないさとかばわれ、彼のミスには「集中心が足りない」と、小言になる。(不良だと思っているんだ、やっぱり。仕方ないか。不良まがいの日ごろの態度では)と、じくじたる思いが湧いてきた。写真で見た断崖絶壁の縁に立たされたような思いに囚われている彼に、貴...青春群像ごめんね……えそらごと(二十七)
(五)視線その他には、ぐるりと見回しても、とりたてて言うほどのものはない。強いて言うなら、紺いろにいろどられた扉があることか。小さなのぞき窓があり、ときおり神のような冷たい視線がそこから投げつけられる。しかしそれが、どうだと言うのか。冷たい視線など、どれ程のものと言うのか。忘れたころに訪れる、女よ。いくらでも泣くが良い。たとえそれで体中がびしょ濡れになってとしても、それがなんだと言うのだ。ただ無視すれば良いだけのこと。そんなことに気を取られるほどに、暇人ではない。このこころは、深遠な世界にあるのだ。知りたければ、……。はいってくるが良い。そっと足音を忍ばせて、のぞき込めば良い。ごっちんこをすればいい、ドアはいつも開けてあるのだから。窓の外にはポプラがそびえ立ち、その葉をすける太陽の光、そして遙かかなたにか...[ブルーの住人]第六章:蒼い部屋~じゃあーず~
(十一)(周囲の目:二)無事出産を終えて明水館に戻ったとき、大女将の珠恵を始め、番頭に板長そして仲居頭の豊子たちの出迎えを受けた。然も、玄関口でだ。初めてのことだった、これほどの人に笑顔で出迎えられるのは。思わず後ずさりをした。娘だけを取り上げられて、光子はそのまま叩き出されるのではないか、そんな思いにとらえられていた。「お帰りなさい、若女将!」。「お帰り。さあさあ早く入りなさい、奥の部屋で休むと良いわ」。珠恵の優しい言葉は心底のもので、温かい慈愛が感じられるものだった。そしてそのことばで、やっと光子はこの合原家の一員となったことを実感した。それは突然のことだった。珠恵がお使いから帰ったところを見た清子が「おばあちゃま、おかえりなさい!」と、通りの向かい側に飛び出した。急ブレーキ音とともに、ドン!という音...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~
行動派が言う。「誰も反対しないようだ。委員長、やってくれ。時間が勿体ない」眼鏡をかけたやせっぽちの男が、渋々と立つ。と、あろうことか「待ってください。みんながそれでいいと言うのなら僕もそうしますが、僕としては、自習とした方がいいと思います。第一、先生も居ないことだし。それに、あと二十分足らずの時間です。討論の時間には少ないと思います。風紀については、重要なことですから、誰かが調査して、その結果を元に討論してはどうでしょうか」と、小声ながらも、はっきりと胸を張って、真面目派が言った。クラス内に、割れんばかりの拍手が起こった。真面目派は、“ドクン・ドクン”という心臓音を耳にしながら、真っ赤になっていた。さすがの行動派も、いつも連れ立っている仲間の一人に反対されては、反論のしようがなかった。「それでは、俺とあと...原木【Takeitfast!】(五)意外なこと
断じて許すことはできません。八つ裂きにしても足りない男どもでございます。しかしもうわたしには気力がございません。お話しする気力が、ございません。もう、このまま死にたい思いでございます。まさしく地獄でございます。……地獄?そう、地獄はこれからでございました。じつは不思議なことに、男どもには顔がなかったのでございます。もちろん、その男どもをわたくしは知りません。見たことがありません。だから顔がない、そうも思えるのではございます。しかし、……。そうですか、お気づきですか?ご聡明なあなたさまは、すべてお見通しでございますか。”申し訳ありません!申し訳ありません!!”わたしは、犬畜生にも劣る人間でございます。“殺してください、わたしをこの場で殺してください。この大罪人の、人非人を!”そうなんでございます、男どもは、...愛の横顔~地獄変~(十七)銀蝿などと!