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白蓮の香りさんのプロフィール

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鹿児島市
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法華経の教えに結ばれるのは3000年に一度花が咲くという優曇華の華に遭うが如しといわれています。 そういう貴重で有難い法華経を学んでみたい。自分の魂を磨きたい、先祖を救いたいと思っていらっしゃる方法華経に触れてみませんか?

ブログタイトル
法華経と共に!白蓮堂のブログ
ブログURL
http://magokoro18.blog.fc2.com/
ブログ紹介文
法華経をとおして仏様の世界を身近に感じていただきたいと思います。
更新頻度(1年)

50回 / 365日(平均1.0回/週)

ブログ村参加:2012/07/31

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白蓮の香りさん
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白蓮の香りさんの新着記事

1件〜30件

  • 今昔物語5(閻魔法王)

    死んだらだれもが、閻魔法廷で裁かれますが、法華経の行者には、閻魔大王様は別格扱いです(^^)/※今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)は、平安時代末期の十二世紀初頭に成立した説話集である。1059話からなる大部の書物であり、インド、中国、日本の三国に分けて説話が記載されている。そのうちの89話に「法華経」霊験譚(れいげんたん)がおさめられている。今回、紹介するのは巻第十三の第六話です。◎摂津(せっつ)...

  • 今昔物語4(法華経の霊験)

    法華経の霊験で目に奇跡が.......※今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)は、平安時代末期の十二世紀初頭に成立した説話集である。1059話からなる大部の書物であり、インド、中国、日本の三国に分けて説話が記載されている。そのうちの89話に「法華経」霊験譚(れいげんたん)がおさめられている。今回、紹介するのは巻第十三の第廿六話です。◎筑前(ちくぜん)の国に役人がいた。その妻は、目が不自由になってものを見...

  • 今昔物語3(法華経に生きる)

    法華経により煩悩不浄の体を捨てて、清浄微妙なる身を得ることを喜びという。※今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)は、平安時代末期の十二世紀初頭に成立した説話集である。1059話からなる大部の書物であり、インド、中国、日本の三国に分けて説話が記載されている。そのうちの89話に「法華経」霊験譚(れいげんたん)がおさめられている。今回、紹介するのは巻第十二の第四〇話です。◎今は昔、奈良県吉野の薊岳(あざ...

  • 今昔物語2(法華経の功徳)

    法華経は釈尊のご意志!信じる人の功徳は計り知れません。(ゴールドのように)(^_-)-☆ ※今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)は、平安時代末期の十二世紀初頭に成立した説話集である。1059話からなる大部の書物であり、インド、中国、日本の三国に分けて説話が記載されている。そのうちの89話に「法華経」霊験譚(れいげんたん)がおさめられている。今回、紹介するのは巻第十三の第二四話です。◎今は昔、世に一宿(い...

  • 今昔物語 1(審神)

    巧妙に神仏の姿に化ける、動物霊! 審神(さにわ)力が大切です。 ※今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)は、平安時代末期の十二世紀初頭に成立した説話集である。1059話からなる大部の書物であり、インド、中国、日本の三国に分けて説話が記載されている。そのうちの89話に「法華経」霊験譚(れいげんたん)がおさめられている。今回、紹介するのは巻第二十の第十三話です。◎今は昔、京都の愛宕山(あたごやま)に、...

  • 西洲 修行の道 33 ("絶体に可能"だと信じる)

    バンッ!!いま、私はあなたの前で手を叩いた。目が覚めましたか?もし、あなたがいま運があまりよくないと思っているのだったら、それはただの悪い夢である。あなたはまるで催眠術にかかったかのように、自分は運が悪いと思いこんでいる。だから私はあなたに、流れを変えるパワーをあげたい。手を叩く音が聞こえますか?(西洲ノートから)追記、ハッ!っと気づくことも大事な修行、インスピレーションを受けるトレーニングですね...

  • 西洲 修行の道 32 (運がいい人ほど、人の幸せを喜ぶ)

    ストレスを減らして、もっとハッピーになるために一番簡単で一番たしかな方法。それは、他人の幸福を自分の幸福のように喜んでしまうことです。私たちは他人の幸せや成功した姿を見ると、「うらやましい」 とか「何で自分じゃないの」 という思いに駆られがちです。ある人は、「今度、昇進するの」 と友人から言われた時、「おめでとう......」 とかろうじていったものの、内心では「どうして自分はあまり高く評価されないのか」 ...

  • 西洲 修行の道 31 (いまの一秒と過去の一秒)

    自分の人生でいちばん幸福だったのはいつでしょう。逆に、いちばん不幸だったのはいつでしょう。そう考えてみると、人それぞれ、いろんな答えが浮かんでくると思います。けれど人生には、大切な時間も、取るに足らない時間も、どちらもありえない、成り立たないのです。人生をひとつの時間の流れでみれば、一秒一秒、ずーっと歳をとり続けているのです。いまの一秒と過去の一秒は同格です。同じ価値です。この生きている瞬間瞬間が...

  • 西洲 修行の道 30 (いのちがけでやります)

    よく 「いのちがけでやります」 「必死にやります」 と言う人がいます。では聞きます。あなたは、そのことに、そこまで依存しているのでしょうか。ほんとうにいのちをかけるほど、価値のあることに挑戦しているのでしょうか。自分の依存症をごまかしてはならないのです。(アヌルッダ経)より追記、いのちがけで真実を知ることが今は大事ではないでしょうか(^^; テレビ新聞だけの情報ではコロナの真実もワクチンの真実も分からない...

  • 西洲 修行の道 29 (今日死んでも大丈夫か)

    人はかならず死にます。そして、いつ死ぬのかわかりません。今日かもしれません、明日かもしれません。「今日、死んでも大丈夫か」 と、いつも念じて暮らしていると、平和な生き方ができるようになります。「いま死ぬかもしれない」 と思うと、ものを集めたり、人と争う気持ちはなくなります。(アヌルッダ経)より追記、生老病死の四苦だけは人間としての宿命でもあり苦しみでもあります(^^;心は常に禅定で仏眼を持って生きていき...

  • 西洲 修行の道 28 (儲けようという思考に走ると)

    儲かることはけっして悪いことではありません。ただ、「儲けよう」 という気持ちが入ると、よくないのです。儲けようと思うと、ぜんぶ壊れていきます。「儲けよう」 というのは、何とかして高く売って利幅をとろうということで、それは奪うことなのです。奪い尽くせば、やがて奪うものがなくなってしまいます。「儲けよう」 という思考だけでいくと、そこには貢献がなく、いつか倒産してしまいます。「儲けよう」 ではなく 「人の...

  • 西洲 修行の道 27 (人生の歯車)

    私たちが依存するのは、酒、金儲け、仕事、賭けごと、おしゃべり、テレビなど、限りなくあります。酒や賭けごとに依存するのがよくないことは、だれにもわかります。けれども、ブランド、健康食品や読書、インターネットに依存しているかもしれません。それが何であれ、依存すると本来なすべきことを後まわしにして、「いま何をすべきか」 がわからなくなるのです。人生の歯車がおかしくなるのです。(アヌルッダ経より)追記、悟...

  • 西洲 修行の道 26 (生命としてのお返しが仕事)

    仕事というのは、ビジネスだけのことではあるません。それは、生命が必ずやらなくてはいけないことなのです。生まれてきたものには、やるべきことやらなくてはいけないことがついてまわります。生命は自分だけでは生きていけません。必ず他の支えがあって生きているわけです。だから、お返しをしなくてはいけない。それこそが、仕事なのです。仕事しないということは、生命の法則に違反することになるのです。(ダンマパダ)より追...

  • 西洲 修行の道 25 (ニワトリも猫も仕事している)

    ニワトリがまんべんなく卵をあたためるのも仕事。ヒナが殻を破って出てくるのも、仕事です。猫だって、仕事しています。人に飼われているのは、ちゃんと仕事をしてるということです。猫は、カッコよく美しく寝ていて、背伸びをするのも美しい、そしてまた寝る。人間にとってはそれがおもしろい。それも布施です。与えているのです。(ダンマパダより)追記、猫や犬も観葉植物も人間にとって癒してもらっていますね! 布施をいただ...

  • 西洲 修行の道 24 (幸福になる道も幸福)

    幸福の道があるとします。それが苦しい道なら歩む気はしませんし、「はたして幸福になるだろうか」 と、心配になります。幸福になる道ならば、その道を歩むこと自体が幸福でなくてはなりません。お金もちになる道を歩んでいるうちにお金がなくなるのなら心配です。歩み出したときから少しずつ儲かれば「これはお金持ちになる道だ」 とはっきりします。したがって、幸福になる道も幸福でなければいけません。(ダンマパダより)追記...

  • 西洲 修行の道 23 (心のささやきに耳を傾けない)

    心は怠けのかたまりです。心の衝動、エネルギーは「貪.猪.痴」 です。精進の反対です。「いかに怠けようか」 ということしか、心は考えないのです。しかし、怠け心のままでいたら、何も得られません。退化するばかりです。心はそのことを知っているにもかかわらず無視するのです。だから、いともかんたんに退化の方向に進んでしまうのです。心を育てる人は、心のささやきに耳を傾けないほうがいいでしょう。それが安全です。(小部...

  • 西洲 修行の道 22 (お釈迦様は救済者ではなく「人間の師」)

    大乗仏教には大日如来、阿弥陀如来、お地蔵さま、観音さまなど無数の如来.菩薩がいます。彼らは、超人的な力をもって人々を救うと約束する「救済者」です。我々はそれらの仏さまをひたすら信仰して、すがる以外ありません。しかし、本来のブッダ(お釈迦様) は拝む対象というより模範にすべき人格形完成者です。人間と生まれ、修行によって人格を完成し悟りに達してから四十五年間人々に正しい生き方を説き示したのです。ブッダ(お...

  • 西洲 修行の道 21 (私が偉いという実感)

    プライドとは、言い換えれば「自我」 のことです。「自我」とは、「私がここにいる」 「私が偉い」 という実感のことです。この「自我」 が周りの人々に、「妻」 「子供」 「部下」 と、いろいろな役柄を割りあてて「そのとおり演じなさい」 と求めるのです。相手が自分の期待したパートを演じないと、怒ったりするのです。自分が監督で、世界は自分の思ったとおりに動いて欲しいと思うのです。しかし、世界というものは、けっして...

  • 西洲 修行の道 20 (自分でまずやってみてから)

    人の過失をみつけて説教する人は、嫌われます。人に説教するのは、「大きなお世話」なのです。説教ばかりする人は、「はやく帰ってくれ」と嫌がられます。やがては孤立して、寂しい人生になります。では、まったく説教をしないほうがいいのでしょうか。そうではありません。自分でまずやってみてから言えばよいのです。自分自身が行ったことを他人に伝える場合にはとても説得力があります。(善語勝利経より)追記、 今週も頑張り...

  • 西洲 修行の道 19 (いつまでも恨み続ける心)

    (怨念霊は子孫末代まで祟り続ける)自分の幸福を壊すのは、自分に悪いことをした「嫌な人々」ではありません。それは、悪いことを忘れないでいつまでも恨み続ける「自分の心」なのです。あなたを攻撃したり意地悪をした人も、やりたくてやったわけではなくて、ただ真理がわからなかったから過ちを犯したのだと思いましょう。相手に仕返しをすることで、けっして幸福は得られません。子供が何か過ちをしでかしても、許してあげられる...

  • 西洲 修行の道 18 (我が強すぎる人)

    自我という代物(しろもの)が、苦しみの原因のひとつになっています。それは「自分が偉い」という思考から発生します。我が強すぎると、何事もうまくいきません。学校ではいじめられるし、会社に行っても苦労します。競争社会の中では、衝突ばかりなのです。学校に行っても、会社に行っても、苦しみばかりです。家庭でも、楽々できることでさえ、わざと戦争にしています。我が強いために、わざわざ生き地獄をつくってしまうのです。...

  • 西洲 修行の道 17 (お釈迦様の説法)

    お釈迦様の説法には、その場でただちに人々を苦しみから解き放ってしまうほどの力がありました。お釈迦様は、悩み、苦しみについて説き、悩みそのものをなくす実践方法を示されたのです。ですから、聞いた人はたちまち幸福になったのです。散歩の途中でお釈迦様に出会う。説法を聞いただけで、もう家には帰らず、そのまま出家してしまうほどでした。お釈迦様の教えはいつでも具体的、現実的な苦しみをなくす教えなのです。死後の天...

  • 西洲 修行の道 16 (死ぬ瞬間まで仕事はある)

    成長していく過程で、いろいろな仕事が成り立つのです。成人になって就職して、安定までやるだけが仕事ではありません。死ぬ瞬間まで、ずっと仕事はあるのです。仕事のない人は、いません。仕事とは、自分以外の何者かの役に立っているということなのです。それは、自分が必ずやらなくてはならないことで、選択の余地はないのです。(ダンマパダより)追記、自分以外の人に役に立っている仕事 って!?  考えてみてみましょう(^^)...

  • 西洲 修行の道 15 (優れた人のそばにいる)

    自分よりも心が乱れていて悪影響を受けかねない人とは、丁寧に接しつつも親しい仲にはならないように気をつける。心がすっかり整っていて、いっしょにいるだけで自然に良い影響を受けることのできるような人とこそ、親しい仲になる。これが最高の幸福。そういった優れた人を尊敬して、プレゼントを贈るときの清々(すがすが)しさ。これが最高の幸福。(経集259)追記、いつもいい波動を出している人とは一緒にずっといたいですね!...

  • 西洲 修行の道 14 (いかなる思想も哲学も捨てる)

    君よ、私には「私の考えは○○である」 という思想などありはしない。いかなる思想に執着(こだわり)を持ったとしても、執着から苦しみが生じるから。あらゆる考えとあらゆる思想には、心を乱す性質があると気づいて、私はいかなる考えをも、つかまない。私は、哲学や思想を捨てて、坐禅瞑想し、内面の安らぎを見出したのだから。(経集837)追記、内面の安らぎが一番ですね!(^^)!  法華経の入手の仕方や方法は※くわしくは、白蓮堂の...

  • 西洲 修行の道 13 (空という自由)

    お金や物を増やすことに執着せず、自らにとって最適な食事の量を意識のセンサーでピシッと認知して食べ過ぎぬゆえに身体は軽く、心が縛られることなく、どこまでも「空」(じゅう)となるならば、その自由は無色透明で他人には見えにくいもの。あたかも空を自由に飛ぶ鳥の飛んだ軌跡(ルート)は透明で目に見えぬのにも似て、他人には見えもせず理解しがたいにしても、「空」(じゅう)となることで自分自身を乗り越える。(法句経92)追...

  • 西洲 修行の道 12 (自分の内面に目を向ける)

    自分の内面を見つめることは、ぼんやりとした意識をしゃんと覚醒させる。「あ、今、サボって遊びたい欲望が生まれた」「あ、今、上司への怒りが生まれた」「おや、怒りが消えていった」「あれ、今度は甘えが生まれたみたい」「今は、漠然と不安になっているようだ」こうやって意識が自分の内面に向かい、そこに君がいつも気づいていられるのなら、混乱した心が整理され、明確になる。(法句経21)追記、自分の内面を見つめる。 摩...

  • 西洲 修行の道 11 (こういう人といっしょにいよう)

    自分の内側を見つめない、自分の心の真理から目をそらす。そんな人とは仲良くしないこと。自分の心を見つめる気のない、いい加減な人とつるまないこと。自らの心を見張り、向上しようとしている人こそ、友や伴侶(パートナー)として親しくすること。心の澄んだ人といっしょにいること。(法句経78)追記、人間として気品や上品さを持ち合わせてが大事ですね!(^^)! 百獣の王ライオンのように!! 法華経の入手の仕方や方法は※くわし...

  • 西洲 修行の道 10 (人の悪口に夢中になる理由)

    愚かにも、自分を背後から操る無意識の命令に気づかず、自分が心の闇に操られているのを知らないまま人々は、自分の心の奥底がどれだけドロドロに汚れているかなんて知りもしない。そんなイヤな真実を見たくないからこそ君は、自分の内面から目をそらすことに専念する。内面から目をそらすために、他人の悪口を言ったり、映画やゲームやドラマの世界に浸ったり、好きな音楽や思想に夢中になり依存する。心の自由を求める人は、自ら...

  • 西洲 修行の道 9(自由な身へとたどりつく人)

    自分の内面の変化を見つめようと、絶えまなく自らに向き合う人は、それにより「瞑想者」(ヨーガ)と呼ばれるにふさわしい。自分自身の内面を見張りつづける人は、心の安らぎと自由にたどりつく。遺伝子の生存本能に支配され、無意識に暴走させられつづけてきた奴隷のような状態から、ついに自由の身へたどりつく。(法句経23)追記、自分自身の内面を見つめる修行、摩訶止観です!! これを実践して世に法華経を弘めたのが日蓮聖人...

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