翻訳の仕事をしています。 日常で感じたこと、心がほどけるような言葉たちを 書きとめています。 ときどき英語や自己探求のお話も。
何かを書こうとするとき、いつも思い出すことがある。 小学2年のときのことだ。 担任の先生が産休に入り、代わりに来た先生がとても好きだった。 絵が得意な先生で、かわいい絵をよく描いてくれた。 ある日、作文の宿題が出たので「犬がこわい」という作文を書いた。 学校からの帰り道に犬に吠えられてビクビクした話だ。なんてことない作文だったが、 それを先生はとても褒めてくれた。 そして、犬とビクビクしている私の絵を描いて学級通信に載せてくれたのだ。 大好きな先生に褒められたこと、 そしてあのかわいい絵が添えられた自分の作文を見たときのうれしさ、誇らしさ。 何十年もたち、いい大人になった
私は、同じようなことを経験している人に向けて書いています。 同じような悩みを持っている人、 同じようなもやもやを抱えている人、 同じようにもがいている人、 同じような疑問を持っている人へ。 私の体験や気づきが、ほんの少しでも明かりになったら—— これほど幸せなことはありません。
この数年、やったことのなかったことにいろいろと挑戦しています。 これまでとは違う世界に、思いきって飛び込んでみたりもしています。 最初は楽しい。 何もかもが新鮮で、わくわくしていました。 でも、だんだん様子が違ってきます。 思っていたより面倒だったり、新しいステップを踏むのが怖くなったり、思うような成果が出なかったり……。 すると、どんどん気持ちも沈んでいきます。 「私には向いていないのかも」と思えてきて、手も止まりました。 そんなとき、「この世には浮き沈みのリズムがある」 という話を聞きました。 株のチャート、時計の振り子、波の満ち引きのように、 上がったら下がるし、左に振れ
最近、文章を書くことがなかなかできなくなっていました。 書きたい気持ちはあるのに、いざ書こうとすると手が止まる。 何をどう書いていいかわからなくて、ただもやもやして、何も書けなくなってしまう。 noteを始めてみたものの、何を書けばいいか決まらなくて、ずっと下書きばかりたまっていた私の前に、このライティングマラソンが現れました。しかも、尊敬する本田健さんの企画。これはもう、やるしかないでしょう。運命?(と勝手に思ってます) ハッピーライティングマラソン ハッピーライティングマラソン 週に一行でも、書き続ければ人生は動き出す! ―あなたの言葉が、未来をひらく鍵になります
なぜか目が離せなくなる人がいる。 特別な技術があるわけでも、目立っているわけでもないのに。 先日、とある発表会で、その“理由”がふっと見えた気がした。 キーワードは、「楽しんでいる」ことだった。 姪っ子のピアノ発表会を見に行った。 地元の小さなホールで行われた、こぢんまりとした発表会。 客席には、演奏する子どもたちの家族たち。 あたたかいまなざしが並んでいた。 かわいいドレス姿の女の子、 モノトーンで決めた小さな男の子。 緊張している子もいれば、堂々としている子もいる。 それぞれに個性があって、見ているだけで自然と頬がゆるむ。 中でも心に残ったのは、 演奏を「楽しんでいる
いつもどおりに流れていく日々のなかで、 「選択すること」が私たちの未来をつくっている。 そんなシンプルなことに、ふと気づかされた。 海外ドラマ「ブリジャートン家」を観ていたら、 ふと心に残るセリフがあった。 We chose to love each other, every single day. It is a choice, dearest. One that is never too late to make. 私たちは、1日1日、お互いを愛するという選択をしていたのよ。 選べるものなの。そして、その選択に遅すぎるということはないの。 愛し合う夫を失っている母が、 夫との
最近やたらと「444」とか「4:44」とか、 “4”が並んだ数字を見る。 家の時計を見たらそうだったり、 買い物のレシートの端っこにいたり、 LINEのタイムスタンプだったり。 こういうことはあまり気にするほうではないけれど、これだけ続くとちょっと気になってくる。 もしかしてこれって「エンジェルナンバー」というもの? とか思って、ちょっとだけ調べてみた。 どうやら「4」は“天使がそばにいますよ”とか “見守られているサイン”らしい。 最近慣れないことをいろいろチャレンジしているが、 ネガティブな感情に負けそうになることがある。 そんなときに天使をイメージしている。 天使たちが
社会の中では、とかく人の目を気にしやすいのではないかと思います。 自分がどう思われているのか心配になったり、相手の反応が気になったり。 そういうことって、ありませんか? 最近見た海外ドラマ『ブリジャートン家』の中で、 「人の目が気になるのは当然」と語る彼女に対して、 幼なじみの彼がこう言いました。 Living for the estimation of others is a trap. Once you break free, the world opens up. 他人の目を気にして生きるのは罠だ。 そこから自由になれたとき、世界はぐっと広がる。 このセリフにはっとしました
“ちゃんとしたら始める”って、永遠に始まらない。まずは「できた」にしてみた話
「準備不足」「自信がない」って思うの、もう終わりにしない? やりたいことがあるのに、「ちゃんと準備してから」「もっと完璧にできるようになってから」と考えてしまって、なかなか動き出せないことってありませんか? 私もずっとそうでした。 発信してみたい、何かを始めてみたい。 でも、「もっとこうでなければならない」と思えてきて、構想を練っているうちに、だんだん何がしたいのかわからなくなってしまうんです。 どうしてだろう、なぜか途中で空回りしだします。そしてドツボにはまってしまう… 「ちゃんとしたテーマが決まっていなければならない」 「毎日続けられる覚悟がなければいけない」
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