父の体調不良と共に始まった、小さな変化。ギターの音色が途切れた夜、迎えを待つフレッドの隣には、声はなくとも温もりをくれる少女が寄り添っていた――【80s洋楽が響く創作物語】
1980年代ロンドンが舞台のバンドデビュー物語。あの頃の曲が登場します!イラスト描くの20数年振りで、物語も絵柄も一昔前・・・( ˘ω˘ )
ブログに登場予定の曲はコチラ↓ YouTubeリスト〔随時更新中〕 https://1980s-y-s-m.hatenablog.com/entry/2022/01/15/YouTube_list
「ではこれから、ロンドンの正しい観光巡りをします! 準備はいいですか?」と、ちょっと先生風の僕。 「はーい!」と元気良く返事をするケイト。 二人で顔を見合わせ微笑んだ。 まずは、ケンジントン・ハイ・ストリートからケンジントントン・ロードへ。左側にハイド・パークの緑が見えて身を乗り出すケイト。 「ダイアナ妃が住んでいる、ケンジントン宮殿があるのよね?」 しばらくして右折するとエキシビション・ロードに入る。 「右は国立工科大学、奥に楽器博物館があるんだ。向こうに見えてきたのは自然史博物館。左はヴィクトリア&アルバート博物館で、この周辺は博物館のオンパレードなんだ」 「わあ、行ってみたいところばかり…
僕はいつもと違い(!)きちんと身なりを整えてから下に降りると、ケイトが満面の笑みで迎えてくれた。 「焼きたてのトースト、カリカリのベーコンエッグ。フライド・トマトにキュウリ、マッシュルーム、ベイクド・ビーンズ。デザートには蜂蜜ヨーグルト。これぞ、フル・イングリッシュ・ブレックファースト! どうぞ召し上がれ♩」 朝食はいつもコーヒーやシリアルの僕には、眩しいぐらいの豪華メニュー!昨日のパスタもそうだけど女の子が料理を作ると、こんなにも華やかになるんだ⁉︎テーブルに、庭の花まで飾ってあるよ。 ケイトが手渡してくれた新聞を見ながら、チラッとエプロン姿の彼女に目をやり結婚したら、こんな感じか……って思…
feat.Wham! そんなウィンク一つ、見つめられるとドキッとしちゃうよ⁉︎ ステイシーに似てるなんて(よく言われる)いつもなら憤慨するところだけど、僕はこの、笑顔の素敵な義妹にすっかり魅了されてしまったみたいだ。 ケイトは軽く頭を下げた。 「ブライトンの家には、ここの電話番号を留守録に入れておいたから、そのうちアシュリーから連絡がくると思うの。そんなわけで、少しの間お世話になります」 そこへ電話の音が。さっそくアシュリーって奴からか?と受話器を取ると、ステイシーだった。 「ケイト着いたのね? じゃあ、そういうことだから、あと頼んだわよ。私はこのままパリに行くから、まだ帰れないから」 ハイハ…
溜め息混じりでムクれたと思ったら 「つい、うるさく言っちゃうけど、彼に夢を諦めてほしくなくて……だって私の一番の夢は、彼の小説の挿し絵を描くことなの」 そう照れて、はにかむ彼女のクルクル変わる表情に、僕は目を離せずにいた。 ケイトは勢いで家を飛び出したもののずっと友達の家にはいられず、祖父母の元に戻ればアシュリーとの同居に理解を示してくれた二人に心配をかけてしまう―― そう駅のベンチで悩んでいたら、偶然、ステイシーに会ったそうだ。 「事情を話したら『ギルは今NYでいないから、家にいらっしゃい』って言ってくれて」 ステイシー の奴、自分も家にいないくせに相変わらず勝手だよな! 「ステイシーって素…
ケイトが鼻歌を歌いながら手慣れた様子で料理をしてる間に、僕は身なりを整えてダイニングに降りた。すると、まるでレストランのように色鮮やかなパスタとサラダが用意されていた。 そして美味しくランチをしながら、ケイトの話に耳を傾けた。 サラサラのブラウンのロングヘア。瞳はミスターと同じグレーだけど彼には、さほど似ていないと思う。(良かった!)声の感じが少しだけ、メアリーに似てるかな…… ◆ ◆ ◆ 「私ね、ブライトンに程近い、祖父母の家に預けられてたの」 祖父母はミスターの両親ではなく、母方のほうだという。 「小さい頃から絵を描くのが好きで、勉強はそっちのけだったから、16歳になるとギルがチューター[…
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父の体調不良と共に始まった、小さな変化。ギターの音色が途切れた夜、迎えを待つフレッドの隣には、声はなくとも温もりをくれる少女が寄り添っていた――【80s洋楽が響く創作物語】
託児所の裏で出会った、言葉を失くした少女。小さなぬいぐるみと無言のまなざしが、フレッドの心に過去の痛みを呼び覚ます――【80s洋楽が響く創作物語】
屋敷を離れた親子がたどり着いたのは、リバプールの町。簡素なアパート、聞きなれない方言、夕暮れの託児所、そして夜ごとのギターが、フレッドの新しい日々をあたためていく――【80s洋楽が響く創作物語】
白布の下に封印されていたのは、美しい貴婦人の肖像画。明かされた記憶に、イライザの言葉が影を落とす。けれど父の静かな決意を聞いて、フレッドはそっと希望を抱いた――【80s洋楽が響く創作物語】
北イングランドの古い屋敷に連れて来られた、幼いフレッド。冷たく威圧的な祖父や厳しいナニーの影に、笑顔が消えていく。家族の温もりを求めても、誰も寄り添えないまま、暗く重い日々が続く――【80s洋楽が響く創作物語】
feat. The Specials 「もしかするとヤス、日本の大学に行くかもしれないよ?」 「えっ、日本に帰っちゃうの⁉︎ じゃあバンドは――?」 フレッドは躊躇うように言葉を濁し、僕も深く頷きながら話を続けた。 「ヤスは僕等には言わなかったけど、今回日本に帰った目的は法事だけじゃなく、大学受験の模試を受けるためでもあるって」 ヤスの祖父は教育熱心な人で、孫が日本の大学に行くことを望んでいるという。 ヤスのお父さんもアメリカに留学していたぐらいだし、伯父と伯母、その子供のいとこ達も共に優秀で、祖父は一番可愛がっていた末っ子の忘れ形見であるヤスへの期待も大きいそうだ。 ユミコはヤスの将来に関し…
「君たちのピアノ・マンも、それでOK?」 ヨーコがキーボード担当のフレッドに声をかけたけど彼は皆んなの会話に耳を傾けず、黙々とアイディア・ノートにペンを走らせている。 ヨーコが僕に小声で耳打ちしてきた。 「フレッドって、普段もこんなに大人しいの?」 「そうでもないんだけど、今は〝心ここに非ず〟なんだ」 理由を知っているメンバー全員ニヤニヤしながら一斉にフレッドを見た。その視線に気付いたフレッドが、突然口を開いた。 「ねえ、今の時期にクリスマス・ソングをリクエストするのって、変かな?」 えっ、まだ10月なんだけど⁉︎ ★ ★ ★ 夏も終わりに近づく頃フレッドは無事に大学が決まり、僕は失恋の傷を忘…
feat. Queen 一日中プロモーションに追われた今日、最後のミッションはラジオ番組への生出演だ。 時間が押してしまいラジオ局に到着すると、すぐにパーソナリティーのヨーコと打ち合わせに入った。 ヨーコは小柄だけど、とてもエネルギッシュでチャーミングな女性だ。英語も完璧で、新人の僕等にも気さくに接してくれる。 「――で、中盤にはファンからの電話質問に答えてもらうから。2~3人ね? どんな内容になるか予測できないから、覚悟してよ⁉︎」 からかい交じりのヨーコの説明に、僕は少し溜め息を漏らした。 「ファンの質問だと、プライベートな内容になるだろうね? 僕等、放送禁止なこと言わなきゃいいけど」 す…
クイーンの映画 (2018) の方です 「コロナ禍の暇つぶし」に書いた物語のベースは、1985年に描いたオリキャラだけど(詳細はコチラ)それを思い出したきっかけが、2021年6月に金曜ロードショーで放送された『ボヘミアン・ラプソディ』でした。 映画自体は劇場で見て〜と言いたいところだけど見逃してしまい、DVDレンタルで内容を把握。 80s な自分にとってクイーンは 70s の大御所で、ちょっと管轄外。 正直、リアルタイムで見ていた「ライブエイド」のシーン目当てで、クイーンの〝大御所・ラスボス感〟の半端ない再現に、大満足して終了――といった感じでした。 (function(b,c,f,g,a,d…
久々の投稿でなんですが (笑) 毎回物語の末に添えている「ト書き」で書ききれない、熱い思いを「note」にUPしたいと思います。こっちの「はてなブログ」に書くと物語の流れを止めてしまうので、新たに立ち上げることにしました! 「note」へのリンクはこちらから! ★描いては消して・・・ イラストを制作していると「うぉー! ギャー! うっへっへ・・・」など一人ノリツッコミも激しく、友達に(LINEで)聞いてもらうのも申し訳なくなってきたので、制作過程の悲喜こもごもは、こちらにぶつけようかと。けっこうマニアなこだわり有り (笑) ★教えてChat先生! 去年ChatGPTによる監修を導入。間違いや表…
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)ペコリ 〝ご挨拶〜始まりは1985年〟にもあるとおり、コロナ禍の暇つぶしで書き終えた物語をブログにしたのが2022年1月。当初は毎日のようにUPして、一年ぐらいで終わるだろうと思っていたんです。 でも始めてみたら「もっとアーティストや曲を絡ませたい! ト書き(という体のツッコミw)も挿絵も載せたい!」と、思った以上に手間をかける事態に陥ってしまいました (汗) 特にイラストは、落書きですら20年以上も描いていなかったので、最初は全く描く気になれず、せっかく買ったペンタブも放置…… なんとか重い腰を上げ…
「僕が君を忘れるわけないじゃない⁉︎ 君のほうこそ僕を忘れてたでしょ? いや、忘れたかったよね、あんな追い詰めるようなことをしたんだもの……」 フレッドの言葉にパティは首を静かに横に振り、大きな丸い瞳を潤ませた。 「あの時は、ごめんなさい。黙って行ってしまって、ごめんなさい。ずっと後悔してて、私――」 そこへヤマグチさんがやって来た。 「おーい、早く車に乗ってくれ!」 急かされたメンバーは次々と楽屋を後にしていく。僕はオロオロしているフレッドの肩を軽く叩いて促した。 「一緒に来てもらったら?」 「あ、うん! サム、パティ、まだ時間ある?」 兄妹は顔を見合わせ頷くと、フレッドはホッとした様子で二…
feat.Kajagoogoo 「なに言ってんだ?」ってぼやきながら、鏡に映った自分を見て分かった。 両耳のピアスは両性愛者バイセクシャルを表すからねーって、ちょっと待て⁉︎ 右にも付けろって言ったのお前じゃないか? 二日酔いじゃなかったら制裁を打つのに……覚えてろよ⁉︎ ★ ★ ★ スタジオに入った僕等は盛大な拍手に迎えられた。テレビカメラの前で代わり映えしない司会者の質問に、お決まりの答えを並べる。 それにしてもすごいスタジオセットだな。 日本のミュージシャンは、いつもこんな豪華なセットで歌っているんだ?さすが金持ち日本! 「どうぞ」と通訳の合図でセットの中に入り、司会者の紹介で曲が流れ出…
feat.Level 42 「僕も振られたよ!」 「えっ!? もしかしてジェム、ケイトのこと本気だったの?」 驚くフレッドに一連の出来事を話して聞かせた。アルコールが進む進む。 「――そしてコレが、行き場を失った可哀想なピアスさ!」 ポケットから取り出して見せると、フレッドは興味津々に手に取った。 「もったいないねぇ、すご〜くきれいなのにぃ」 しげしげと眺める弟を見てピンときた! 「そうだ、君がつければいいんだよ⁉︎ 同じような瞳の色だし、兄弟でペアっていいじゃない?」 「えーヤダよぉ、穴を開けるの痛そうだもん。それよりジェムの右耳に嵌めたら⁉︎ せっかく開けた穴が塞がっちゃってるよ? ほらほ…
feat.The Cars バックミラーに映る二人の姿を確認すると、手を振るケイトの唇がスローモーションのように動いた。 「ありがとう、お義兄にいさん」 二人の姿が、完全に見えなくなる頃ラジオから『ドライブ』が流れ始めた。 [The Cars『Drive』Released:23 July 1984] 曲を口ずさみながら〝もう彼女を車で送るのは、僕じゃない〟そう実感すると辺りの景色が滲み出し、海に沈む太陽と流れるヘッドライトが揺らめいて、地平線を上手く捉えることができなかった―― ◆ ◆ ◆ 家に着いたら22時を回っていた。シャワーを終えてキッチンに向かうとフレッドの気配を感じて、元気よくドアを…
「ずっと、そう考えていて……だけど夢を諦めてしまうようで、なかなか君に言い出せなかった」 照れながらはにかむアシュリーにケイトは何度も頷きながら、彼の頬を両手で優しく包んだ。 「やっぱり私の好きな青は、この瞳とブライトンの海ね」 そう囁き、彼の唇に優しくキスをしたケイトは、もう無理に明るく振る舞う必要もなさそうだ。 二人が抱き合う姿を背に静かにドアを開けると、レイチェルの瞳から涙がこぼれた。僕は彼女の肩を支えて、そっと声をかけた。 「3度目のチャンスを待つ?」 レイチェルは肩を竦め、お互い小さく微笑みながら部屋を後にした。 ◆ ◆ ◆ アシュリーがレイチェルを送りに行っている間、僕とケイトは彼…
feat.The Outfield 「そもそも、ケイトが家を出た原因はお前だろ⁉︎」 確かに、愛する女性ひとに先を越されるのは男として辛いことだと理解できる。でもケイトにだって、辛く苦しいことがあるはずなんだ。 それなのに彼女は決して泣き言を言わない。だからこそ、自分の夢に近づくことができるんだ。 「もういいの、やめて!」 ケイトに腕を押さえられるも、言わずにはいられなかった。 「君は……いつも笑顔で明るく前向きで、逞しささえ感じる。でもそれは、弱さを隠すためのカモフラージュなんだ」 ケイトは母親を知らず、父親にも滅多に会うことなく育った。高齢の祖父母に心配をかけまいと明るく振る舞ってきたのだ…
「幸せって、好きな人と一緒にいることじゃないの? 家を出た私には、もう『あなただけ』なのに、何度電話しても連絡くれなかったのは……レイチェルを愛してたからじゃないの?」レイチェルが、たまらず声を上げた。「私のせいなの! あなたからの留守録を消して、アシュリーには一切伝えなかった。あなたからアシュリーを奪おうとしたのよ!」
feat. Cutting Crew 「でも、こんな口うるさい女、嫌われて当然よ!? レイチェルは私とは正反対ね、必死にアシュリーを庇って……きっと何もかも包み込む、聖母のよう人なんだわ。私はダメ、突き放してばかりでバチが当たっちゃった」 ケイトはゆっくりと視線を僕に移し、話を続けた。 「私、ジェムを好きな気持ちは嘘じゃないの。一目見て素敵だと思ったし、あなたと過ごす甘い時間は、女性として至福のひとときだった。だから、アシュリーがレイチェルを選んだように、私も次へ進もうって、そう決心したんだけど……」 涙と雨で顔をグズグズにしてもケイトは凛とした表情を崩さなかった。 「でも、もうこれ以上、気づ…
pick out:A Flock Of Seagulls 霧雨の中、足早に駐車場まで 向かっている途中、ケイトが不動産屋の張り紙に目をとめた。すると、偶然にも中からアシュリーが出てきたんだ。 驚きの表情の二人。ケイトは震える声で言った。 「……どうして、ここに?」 彼は僕に目をやり、控えめに口を開いた。 「……もしかして、二人で住む家を探してる?」 黙って俯くだけのケイトにアシュリーは話を続けた。 「だったら、戻ってくるといい。僕があそこを出るから」 「レイチェルと一緒に住むのね⁉︎」 鋭い口調のケイトをなだめるように彼は説明した。 「いや、彼女は変わらず親元にいるよ。あの家は一人で住むには広…
feat.Wham! そんなウィンク一つ、見つめられるとドキッとしちゃうよ⁉︎ ステイシーに似てるなんて(よく言われる)いつもなら憤慨するところだけど、僕はこの、笑顔の素敵な義妹にすっかり魅了されてしまったみたいだ。 ケイトは軽く頭を下げた。 「ブライトンの家には、ここの電話番号を留守録に入れておいたから、そのうちアシュリーから連絡がくると思うの。そんなわけで、少しの間お世話になります」 そこへ電話の音が。さっそくアシュリーって奴からか?と受話器を取ると、ステイシーだった。 「ケイト着いたのね? じゃあ、そういうことだから、あと頼んだわよ。私はこのままパリに行くから、まだ帰れないから」 ハイハ…
溜め息混じりでムクれたと思ったら 「つい、うるさく言っちゃうけど、彼に夢を諦めてほしくなくて……だって私の一番の夢は、彼の小説の挿し絵を描くことなの」 そう照れて、はにかむ彼女のクルクル変わる表情に、僕は目を離せずにいた。 ケイトは勢いで家を飛び出したもののずっと友達の家にはいられず、祖父母の元に戻ればアシュリーとの同居に理解を示してくれた二人に心配をかけてしまう―― そう駅のベンチで悩んでいたら、偶然、ステイシーに会ったそうだ。 「事情を話したら『ギルは今NYでいないから、家にいらっしゃい』って言ってくれて」 ステイシー の奴、自分も家にいないくせに相変わらず勝手だよな! 「ステイシーって素…
ケイトが鼻歌を歌いながら手慣れた様子で料理をしてる間に、僕は身なりを整えてダイニングに降りた。すると、まるでレストランのように色鮮やかなパスタとサラダが用意されていた。 そして美味しくランチをしながら、ケイトの話に耳を傾けた。 サラサラのブラウンのロングヘア。瞳はミスターと同じグレーだけど彼には、さほど似ていないと思う。(良かった!)声の感じが少しだけ、メアリーに似てるかな…… ◆ ◆ ◆ 「私ね、ブライトンに程近い、祖父母の家に預けられてたの」 祖父母はミスターの両親ではなく、母方のほうだという。 「小さい頃から絵を描くのが好きで、勉強はそっちのけだったから、16歳になるとギルがチューター[…
pick out:The Dream Academy なんて羨ましい奴なんだ!まあ、当の本人は迷惑気味で足取りも重く、出かけて行ったけどね。 昨日はバイトの遅番だった僕はもう昼近くなんだけど、起き抜けの目を擦りながらコーヒーを淹れにキッチンへ。すると、またチャイムの音。 モニターに映るのは、女の子が一人。さっきの子達の仲間だなと思いながら、エントランスに出て対応した。 「フレッドだよね? さっき女の子達と出かけて行ったよ。あっちの裏通りのほうに向かったから、急げば追い付くかも」 そう、手を伸ばして案内すると彼女は笑顔で、自ら手を差し出した。 「じゃあ、あなたがジェームズね? 初めまして、お兄さ…
「実は、パティを連れて来てるんだ。後で会ってやってくれないか……?」 躊躇うようなサムの言葉に、フレッドは明らかに動揺していた。 「も、もちろんOKだよ!」 真っ赤になっているフレッドの背中を皆んなでバンバン叩きながら、スタジオに向かった。 「おいおい、隅に置けないなぁ?」「あの人の妹とは、どういう関係?」「パティってどんな子? 可愛い?」 矢継ぎ早に飛んでくる皆んなの攻撃を、必死で交わすフレッド。 「わ、わかんないよ! もう何年も会ってないもの」 こんな突然に、しかも外国で初恋の相手と再会だなんて、奇跡じゃないか!? 僕は感動のあまり、可愛い弟に勢いよく飛び付いた。 「やめて、ジェム! テレ…
大阪公演の後、バンドは再び東京に戻ってきた。今はテレビ局の控え室にいて出番を待っているところ。 この番組は海外からのアーティストも多数出演していて、ありがたいことに僕等にもオファーが来たんだ。まあ、演奏は当て振りで、僕の歌も口パクなんだけどね。 ヘアメイクも整い出番を待つ間、皆んなそれぞれの形でくつろいでいた。 そこへ、スティーブンがやって来て 「フレッド、プロデューサーの知人が君に面会したいそうだが、心当たりはあるかい?」 と訝しげな顔で、後ろにいた男を手招きした。彼を一目見るなり、フレッドは驚いたように叫んだ。 「サミュエル・ヒューストン!」 「覚えていてくれたか、フレデリック・スチュアー…
「もう終わりだなんて思うなよ?」ヤスが真剣な表情を向けた。 僕は、いつまでも歌っているトニィを遠目に見ながら 『例え目の前に壁が立ちはだかっても、僕等は決して負けはしない』 そんな歌の意味を噛みしめた―― ★ ★ ★ 清水の舞台から京都の街を一望していると、マークがサングラスを外し眩しそうに呟いた。 「ウォルターに見せたかったな……」 あれからカナダの更生施設に入ったウォルターは身体はすっかり回復したものの、依存を断ち切るための治療は続いているそうだ。 でも、その施設で出会った10歳も年下の看護師さんとステディな仲になり、ボランティア活動に力を入れて充実した日々を過ごしているという。 「そのほ…
feat. Crowded House そして、久々に5人揃ったバンドは思い切り演奏を楽しんだ。 ――ああ、これ、この音と一体感なんだ、求めていたのは! メンバー全員がそれを噛み締めていると確信した。許されるならマークには本当に早く戻って来て欲しい。 「待ってるよ、マーク」 笑顔を見せる皆んなの姿が強く胸に残った。 ◇ ◇ ◇ マークがウォルターを連れカナダへ帰国して数日後、僕等はスティーブンのオフィスに集まっていた。 「もちろんジェム、君が無実なのは分かっている。しかし知っての通り今ノーマンレーベルの内情は非常に厳しく、イメージダウンやスキャンダルになる事は極力避けたいと、非常にナーバスな状…
「急に連絡よこしてスタジオ貸せって、お陰で予約してたバンドに『機械の調子が悪い』とか何とか誤魔化して、キャンセルさせる羽目になったんだぞ⁉︎」 「サンキュー、ライリー! 分かってんじゃん」 「このクソガキが! 変わらず元気そうじゃねぇか」 スタジオ・オーナーのライリーとマークが、お互い叩き合いながら抱擁を交わしているのをバイトを無断欠勤となってしまった僕は、バツの悪い思いで眺めていた。 するとライリーが 「おめーはよく、警官ボビーの言いなりにならなかったな? 思いのほか気骨があるじゃねーか! 見直しだぞ、頑張ったな」 そう笑いながら大きな手で僕の頭を揺らした。 恥ずかしさと嬉しさで目頭が熱くな…
feat. Big Country 「仕方ねーだろ」 マークはビッグバーガーを頬張った。 『シャバの旨い飯でも食いに行こうぜ! 社会人のオレちゃんが、奢ってやるよ』 そうドヤ顔で言われて入った店は世界中どこでも安定供給のファストフード……美味い飯? 「フィッシュ&チップスより断然、旨いだろうが⁉︎」 「やっぱハンバーガーは、最高のご馳走だよな!」 アメリカ(トニィ)とカナダ(マーク)の2大『ビッグ・カントリー』に徒労を組まれちゃ適わないよ? [Big Country『In a Big Country』Released:20 May 1983] でも、2人と一緒に食べれば不思議とご馳走になる。 …
pick out: EastEnders 「僕は無実だ」もう、説明する気も起きない。 「普段フラフラしてるから、こういう目に遭うのよ! 警察沙汰になるなんて――」 ほら見ろ、息子が無実かどうかなんてどうでもいいんだ。親の顔に泥を塗られたことに御立腹で口角泡を飛ばしている。 「聞いてるのジェームス!? フレッドにまで怪我させて! Aレベル[大学入学資格試験]前の大事な時期でしょう⁉︎」 それに関しては深く反省している。 「少し落ち着きなさい」 ステイシーをなだめるミスターに疑問を投げた。 「2人とも、ニューヨークに居たはずじゃ?」 「ああ、深夜の便で帰って来た。フレッドから大体の話は聞いている。…
feat. Tears for Fears 「動くな! 全員止まれ!」 心配したジョージが、警官を連れて様子を見に来てくれたんだ。 男は裏口から逃げ去り僕はヤスが伸ばした手を掴むと必死に叫んだ。 「病院に早く! フレッドが――」 ◇ ◇ ◇ それから1時間、僕は取調室でイラつきを抑えられずにいた。 「だから、何度説明すれば分かるんですか⁉︎」 「あれはジェムの物じゃない。あの場に落ちてたのを拾っただけだ!」 ヤスの必死の説明も真面目なロンドンのお巡りさんは聞いてくれなかった。 あのとき拾ったドラッグの小袋を持っていたせいで、疑いをかけられてしまったんだ。 もちろん、僕がドラッグをやっていないこ…
pick out: Bronski Beat 僕等はセント・ブライアンズの1階入り口までやって来た。 店の看板は外されていたけど外側からは、何ら変わった様子は見受けられない。 扉に鍵は掛かってなかったのでゆっくり寂れた暗い階段を下り地下入口のドアを開けると、甘い異臭を感じた。 元々ライブハウスやクラブではアルコールや煙草と同じようにマリファナ程度のドラッグは珍しいものではないけれど、今のこの状況はそんな類の物だけではないと容易に察せた。 ぼんやりとしたフットライトを頼りにそのまま受付、そしてスタッフルームの前を進むも人の気配は無い。 不意にヤスが足元の感触に気付きそれを拾い上げ、僕に手渡した。…
feat. The Stranglers 「君達こそ希望の光だ。君達なら世界を手に入れることができると、そう信じている――」 そのままウォルターは静かな寝息を立てた。 僕等はそっと病室を後にするとドクターが待ち受けていた。 「彼は警察が保護してきたんだ。失礼だが君達とは、どういう関係だろうか? 家族の方と連絡を取りたいんだが――」 僕は皆んなと視線を合わせると、躊躇いつつ答えた。 「僕等は、彼のライブハウスでお世話になってました。最近は店に行ってなかったから、彼がこんな状態だなんて知らなかったんです」 「ウォルターがジャンキーだなんて、信じられない!」 「ドラッグに溺れるような人じゃ、ないと思…
「だけど、売った相手が悪かった」 溜め息を吐きジョージは続けた。 セント・ブライアンズを奪ったのは表向きは再開発で暴利を目論む不動産業者だったが、その実バックに付いているのはある闇組織のシンジケートだと噂されている。 ウォルターはセント・ブライアンズを最後まで守ろうとしていたけど度重なる営業妨害に客も出演者も離れてしまい抵抗虚しく、彼等のいいように扱われているという。 「オレは音楽から離れてしまったし、もう駅の向こう側に行くこともないから、この目で確かめたわけじゃないが……」 とても信じられない話だった。ウォルターは、今どうしているのか?なぜ連絡が付かないのか? 僕等の気を察したジョージが「今…
feat. Depeche Mode 「実は色々あって、デビューが伸びちゃったんだ」 僕等は事の流れを説明した。 「そうだったのか……まあレーベル側の思惑はともかく、こっちとしては〝Depeche Mode〟じゃないが、掴めるものは掴んでおきたいね。何事にもタイミングというものはある」 「『全てのことに意味がある』 よね? きっと、もっと良いタイミングで、デビューできるはずよ」 [Depeche Mode『Everything Counts』Released:11 July 1983] 励ましてくれる2人に感謝し、トニィが本題を切り出した。 「ジョージ、去年会ったとき話してたよな? セント・ブ…
feat. Everything But the Girl 「どうぞ入って」 2人はドアを開け僕等をフラットに招き入れるとジョージは、うとうとしているベビーをそっとバスケットに寝かせた。トニィが中を覗き込む。 「可愛いね、男の子? 女の子?」 「男だよ、名前はエリック」 「ギターの神様と同じだね⁉︎ 将来はジョージパパを超える、名ギタリストになるかな?」 僕の台詞に、ジョージは軽く微笑んだ。 「できればコイツには、真っ当な道を進んでもらいたいけど」 「あら、私達は真っ当じゃないって言うの?」 アンは呆れながらティーポットとカップのセットをテーブルに置いた。 僕からすれば、2人は〝Eurythm…
「誰かサポートに入ってもらうとか?」トニィはそう言ってフレッドの顔色をうかがった。 曲はともかく、詩の大半を書いているフレッドには気を使ってしまうみたいだ。 「……僕達の曲を、メンバーじゃない人に弄られるのは嫌だよ。アイディアを盗まれたくないしね」 案の定、ムスッとするフレッド。Aレベル[大学入学資格試験]が近いせいか、イラついてるな。 僕は彼の肩を軽くさすってご機嫌を取った。 「オリジナル曲じゃなければ、サポートしてもらってもいいんじゃない? たまには息抜きも必要だよ」 しょんぼりとしていたトニィがパッと顔を輝かせた。 「だったら久々に、セント・ブライアンズで演らないか? ウォルターに頼んで…
pick out: G.I. Orange そら面白い! って皆んなで一生懸命木の箱を振っている姿が笑えるな。外国人観光客が多い京都はおみくじも、ちゃんと英語で書いてあるんだ。 「見ろよこれ?『大吉』だってさ!」マークは引いたおみくじを得意気にヒラヒラさせる。 「僕は『中吉』、北の方角がラッキーだって」フレッドも嬉しそうだ。 「私は『末吉』だ。これは、どのぐらい良い結果なんだい?」とスティーブン。 「オレは『吉』だった。ジェムは?」 「トニィと同じ『吉』だよ。悔しいな『大吉』狙いだったのに」 そして皆んなの視線はおみくじを紐に結ぼうとしているヤスに注がれた。 「あのさー、こんなのはお遊びなんだ…
清水寺、金閣寺、平安神宮 etc.――一日中オフをもらった僕等は待ちに待った二度目の京都見物にテンションを上げていた。 前回プロモーションで来日した時は番組収録を兼ねていたから観光らしい観光はできなかったけど、今日は自由に回れるってことで皆んな凄く楽しみにしてたんだ! 東京のハイテクな街並みも面白いけどやっぱり京都の、このエキゾチックな雰囲気には魅了されてしまう…… 僕は買ったばかりの日本製カメラでフィルム代のことも忘れあちこちシャッターを切って回った。 好奇心一杯のマークが 「うぉー! すげぇエキサイティング! ヤス、あれは何だ!?」 と、そこら中を駆け回り同行のカメラマンが困ってるよ。マー…