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日々これ好日 https://shirane3193.hatenablog.com/

57歳で早期退職。再就職研修中に脳腫瘍・悪性リンパ腫に罹患。治療終了して自分を取り囲む総てのものの見方が変わっていた。普通の日々の中に喜びがある。スローでストレスのない生活をしていこう、と考えている。そんな日々で思う事を書いています。

杜幸
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2023/03/09

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  • 甲斐からの山・スノーシューの入笠山

    ・入笠山 1955m 長野県富士見町、伊那市 我が家の目の前には南アルプス北端の尾根が東西に伸びている。真正面には「鉄驪ノ峰・碧芙蓉」と漢詩にも詠まれた海抜2966メートルのくろがねが屹立している。甲斐駒ケ岳だ。その左手は鳳凰三山が高さを競う。そんな尾根の東端を辿れば、稜線が日本のヘソともいえる諏訪湖に落ちる手前に入笠山がある。1995メートルの山だ。 入笠山は山頂近くまでスキー場のゴンドラが伸びる。その終着駅からスキーやスノーボードに戯れるざわめきを離れて西に向かうと手頃なバックカントリーエリアになる。といっても今は木がうるさくなってしまいスキーには不向きだろう。入笠山にはもう二十年も前にス…

  • 卒業証書

    帰宅したら緩衝材に包まれた正方形の封筒が届いていた。何だろうと手に取り裏面を見て驚いた。と同時にとても嬉しかった。授業料という謝礼の代わりに一回当たり時間の許す限り、そして何度も教えていただいた。言ってみれば先生と生徒という関係だったのだ。学びたいから教わる。求められたから自分の知ることや技を教える。代金を支払い受け取る。これ以上も無いドライな関係でもあるが、そこは血の通った人間同士の話なのだからどうしてもウェットになるのだろう。 教え子と名乗るには出来が悪すぎるのだが、いま「それは誰に習ったの?独学?」と聞かれるならば胸を張って答えるだろう。「ヨシ先生に教わりました。先生の弟子なんです。一番…

  • 革靴の試練

    晴天の朝だった。気温は氷点下で北西からの風もあったがこの季節は仕方がない。今日を有意義にしよう。近くの山で軽い雪山登山をしよう、そう考えて準備を始めた。 するとスマホにメッセージが届いた。「細板と革靴でこれからゲレンデに行きませんか?」と。おお、スキーの誘いか。スノーハイキングは何時でもできるな。参加の意を伝えた。二つ返事だった。 そんな友人は我が家から車でニ十分程度の場所に住んでいる。彼とは上信越国境のとある山頂で全くの偶然に出会った。そこは「山スキー」と呼ばれるスキー登山をする者にとっては有名な山だった。ブナの森が続きその中を滑り止めを板の裏に貼って踵の上がるスキー板で登る。山頂に着いたら…

  • 勇気百倍

    勇気百倍、そう言って飛んでくる。顔が濡れると力がなくなる。と「新しい顔よー」といいながらなぜか此方から焼きたての顔が飛んできて入れ替わる。すると悪の計らいごとをする悪いやつはパンチを受けて飛んでいく。バイバイキーンと言いながら彼方に消えていく。 初めての子供は生まれてからしばらくの間、彼が好きだった。彼女はそのグッズを見ると喜んだのだからすぐにそのキャラクターグッズで我が家は埋まった。彼女が初めて覚えた日本語はそのキャラクターの名前の冒頭、ひらがな4文字だった。そのアニメはなかなか面白く自分もすぐに虜になった。あげく大きな声で歌い踊るのだった。ちょっとした子供の集いがある。誰もが大騒ぎだがこの…

  • 従業員募集

    そこはとあるパン屋だった。ここ八ケ岳山麓はパン屋が多い。ガイド本も出ているほどの激戦区ともいえるだろう。ブランジェリーを目指したものから一般的なベーカリーまで。天然酵母にこだわる店、動物性材料を使わない店。多くの店は森の中にひっそりとたたずんでいて知らないと通り過ぎるだろう。それらを探訪するのも楽しいものだ。 そんな中、県道沿いの店に立ち寄った。二度目の訪問だった。バゲットを探していたのだがそれ以外のパンにも目移りした。入り口に「パート・アルバイト従業員募集」との張り紙があった。奥から出てきた店主は「いらっしゃいませ」と低い声で言うのだった。 会計を済ませて聞いてみた。あの、扉の従業員募集です…

  • 冬晴れ

    昼食を家内と食べていた。その日は会社の創業記念日で午前中で仕事は終わりだった。たまには昼飯でもと家内と出かけた場所は横浜の中華街だった。食べかけの頃に電話が鳴った。「家内が亡くなりました」と。 それは義兄からだった。その前年の夏過ぎに、姉が不治の病にかかっていると知った。癌が治療可能な病となった今、不治の病とは何だろう。 その数か月前に近所のスーパーで姉を見かけた。姉夫婦は偶然だったろうか自分と同じ町に住んでいた。姉は買い物かごを下げた自分を見てはそのまま目の前を素通りしていった。しかし笑顔だった。そして数分後に目の前をまた通りすぎた。今度は自分を認識したようだったがそのまままた去って行った。…

  • 二十年以上前の靴

    まだまだ綺麗な靴だった。防水ワックスをしっかりと塗り込んだ。靴先のコバが長くて出っ歯なのには理由がある。その裏面は三つのピン穴が開いている。そこに三つのピンをうまくはめ込み上から金属のブレードで抑え込むのだった。それはテレマークスキーの締め具だった。スプリング式のシリンダーのついたワイヤーを引っ張り上げることで靴の踵を押さえ込むこともできるが、つま先の三つのピン穴に板の出っ張りをはめて靴の母指球までを押さえ込むことも出来る。前者の方が板と靴の一体感は高まるが後者は歩行感覚が軽い。 テレマークスキーセットを初めて買ったのは2003年だった。なぜそんな事がわかるかと言えばその板に販売店のシールが貼…

  • ドキドキそしてワクワク

    いや、それちょっと違うんじゃないかな。そう言われるのではないかと不安もあった。全くの自己流だからそれも仕方ないなと。しかしまあやってみよう。手のひらに乗る小さなケースをギターケースのポケットにしのばせた。スタジオで隠れるようにポケットを開けた。プラスチックのケースに大切に包まれている。ケースの中から出てきたのは穴が10個のハーモニカ。小学生が手にする上下二段のものではない。俗に言うブルースハープだった。 バンドの課題曲の一つにカントリー色豊かな曲がある。ザ・ローリング・ストーンズはロンドンの下町で生まれた。追体験でしかないが1960年代はブルースやリズムアンドブルースの影響を受けたバンドがロン…

  • 遠い二十五メートル

    初めて泳げたのは小学校何年生だったか。ただ仰向けに浮かんで足を動かしたら動いたのだった。「泳げる」のうちにも入らないだろう。子供のころから喘息があり水から上がるとなぜか発作が出るのだった。そんなこともあり体育の授業の水泳の時間はいつもお休みだった。泳げないまま大人になってしまった。 25メートルプールでしっかり泳ぐ、そんな事を再開したのは50年振り以上だが全く泳げなかった。しかし三度、四度と足を運ぶと少しだけ上達したように思う。しかし全くの無手勝流なのだから25メートルのうち何度も足をついた。浮きロープで区切られた隣のレーンのご夫婦は上手かった。奥様は平泳ぎで、旦那様はクロールだった。もう一つ…

  • あら、増えている

    リビングには薪ストーブがある。40センチ程度の薪を三本いれて火を付ければ三十分もすれば部屋は温まってくる。外は氷点下だ。さすがにTシャツ一枚で済むとはならない。家の吹き抜けを多く設計したのが災ってか熱効率は少し悪い。それでも遠赤外線とは強力だ。薪ストーブの表面温度が二百度を越えれば快適になる。寒い土地だが昼間は十度以上の室温があるので薪ストーブは使わない。朝晩だけの出番だった。 自分の書斎の扉も開けておけばじきに暖まるのだが最近加齢のせいか妙に寒がりだ。エアコンも付いているが物足りない。しかたなく石油ファンヒーターを書斎に入れた。書斎というかそこは楽器から本などが無秩序に置かれた趣味部屋だった…

  • アップデート

    インドネシアから来たお客様だった。 自分がその国に行ったのはもう三十五年は前だった。そこに当時新しく取引を始めた会社があり、自社製品の教育に行ったのだった。それは技術者がトレーナーであり営業の自分は通訳担当。初めての海外だった。南シナ海の上を香港発のガルーダ・インドネシアが飛んでいく。機内からみた海は静かだったが夕暮れが近く時折雷が光っていた。シルクの生地のように重く輝く海を見ながら何故だろう自分は涙が出た。かつてここで日本と米国や英国・豪国の飛行機が空中戦をして多くの命が散って行った。飛行機と戦記物が好きだった自分にとって太平洋とはそんな感傷を感じさせた。 出張前に取引先から予め連絡があった…

  • 匂う人相書き

    テレビの時代劇。父親が好きなのでつられて見た。水戸黄門はあまりにも明快で少しひねったものが自分は好きだった。父の贔屓は東京12チャンネル・現テレ東の「大江戸捜査網」だった。公儀隠密の手慣れな四人組。浪人や町人を装っているが江戸を揺るがす陰謀に正体を伏せたまま立ち向かう。見栄を切る際に我は隠密同心だと名乗る。ここで鳴る効果音に痺れていた。これまた勧善懲悪の極みだが配役と隠密の性格付けもよかった。 そんな時代劇のワンシーンでよく出てくるのが「人相書き」だろう。泥棒や人斬りなど「下手人」の似顔絵だ。時代劇ばかりではなく都内の駅や交番などでやはりそんな人相書きを見るのだった。もちろん似顔絵ではなく本人…

  • 甲斐からの山・雪だより 八島湿原

    車の中は自分にとって大切なオーディオルームだ。クラシックからソウル、ロック、フュージョン、ポップス、自分の好きな音楽はSDカードに入るだけフォルダ別に入れて再生する。たいしてよいカーステレオではないので音はチープだが、馴染の曲が限りなく流れるのでこれほど素敵な空間はない。時として片手運転になってしまい空いた手は左足の膝・スネアドラムを叩くし、曲が変われば手を変えて右手で指揮棒をもってしまう。エアドラム、エア指揮なのだから全く危険だ。 しばらく猛威を振るっていた低気圧も去ってしまったようだ。ここ数日なぜか背中を押されるような気がしている。「ああ、わかったよ。これを聞けばよいのだね。」そこで通勤の…

  • ハイブリッド

    時々悩む。アナログとデジタルのどちらが良いかと。そして自分はセコいのだろうかと。 久しぶりに泊まりがけで横浜に行く機会があった。それはバンドの練習で、どうせその後は果てしなく皆で飲むだろう。初日の昼には次女夫妻とランチを取った。三人それぞれ好きな定食を、それも同じ金額のセットを選び具を分け合った。そしてバンドへ。スタジオで三時間、みっちり全体像を確認して細部を詰めて楽しんだ。まとまりの悪かった曲もバンドサウンドにまとまってくる。それが誰しも楽しいのだから席は盛り上がり酒と料理がたくさん出てくる。想定通りに果てしない。翌日は長女と初孫に会った。ランチはこれまた好きなメニューを選びお互いの皿を突つ…

  • え、それって誰?

    友人の家に時々立ち寄る。自分より一回り以上年上の方だった。いつも歓迎して下さる。友人は多趣味で器用なのだから自分は何時もそこで何らかの刺激を得る。美味しい珈琲が、そして奥様お手製のケーキが出てくる。時にそれは友人の焼いたベーグルでありパンでもある。ふらりと立ち寄ってもご馳走になるのだから菓子なりパンなりを常時焼かれているのだろうかとも思う。笑顔が印象的な奥様とお話しすると家内は自分と同じく何かのヒントを貰うようだった。 登山、アウトドア、カメラ、手作りオーディオ、鉄道模型とプラモデル、音楽・楽器演奏、自転車、車はジムニー、アマチュア無線、ガーデニング、料理、彼の趣味の範囲は不思議なほどに自分と…

  • ゆめ

    とあるコンビニの前の道路を通るといつも目についていた。気になっていたというべきだろう。それは軽自動車のバンだった。 車に関しては昔からスズキ・ジムニー一択だった。三台乗り継いできた。いつからブームが起きたのか分からないが今の車は納期一年だった。数週間前に5ドアが発表された。メーカーの想定受注数を大幅に超えてしまいわずか数日で受注停止になったというからその人気ぶりが窺える。軽自動車というユニットが好きなので普通車のジムニーには個人的には興味が無いが、アウトドア好きなファミリー世代には文句なく刺さる事だろう。 山梨県にせよ山間部ではジムニーは生活必需車だ。雪国のパトカーはジムニーだ。狭い林道、農道…

  • 素敵な贈り物

    自分の好きな街は何処だろうと考える。高校生の頃は紙屋町だった。それは広島市の中心地だった。大型書店、家電量販店、少し離れて楽器屋があったのだから。大学生の頃は住んでいた神奈川県中央部の町。そこには片想いの素敵な女性が居たから。そして楽器屋と登山道具・古本屋の街、御茶ノ水と神保町。さらに渋谷と下北沢。そこには通った大学があり友人達の家があった。レコード屋とカルチャーがあった。どの路地も我が街だと思っていた。今そんな街は特にない。長く住んだ横浜には新鮮味も無いが中華街からセンスの良い元町そして港を望む山手・根岸辺り一帯の風景はやはり素敵に思う。転居して今住んでいる高原には人は少ないが、澄んだ空気が…

  • あしあと

    氷点下三度の朝だった。強い北西からの風が吹いている。そんなに吹いたら北西から空気が消えてなくならぬかといらぬ心配をする。この風が無ければ過ごせるのだがまっすぐに立っていられぬほど寒風に吹かれたらなんだか凍り付いてしまう。そんなせいか、路肩に積もった一センチにも満たない雪が何日も残っている。 犬の散歩が必要だった。彼はよほどのことが無い限り排泄は外でやるのだから忘れるわけにはいかない。もっともトイレに行きたくなると扉の前で座わりこむのだからすぐにそれとわかる。 今日のルートは・・。湧き水がとうとうと湧く森の神社にしてみよう。車を降りるとすぐに排泄をしてくれた。参道を歩いて神社についた。この水はと…

  • モノクロの世界

    現像に出していたモノクロフィルムが戻ってきた。カラーは一足先に戻ってきた。二台のニコン、絞り優先自動露出のFG20、マニュアル露出のFM2。それぞれにモノクロとカラーネガを装填し二台を首から下げて撮影した。もうモノクロ写真に拘る必要もないだろう。その気になればカラー写真とてPCがあればモノクロになるのだから。しかしモノクロフィルムで写し取れば何かそれ以上のものが見えないものが見えまいか。 フィルムはフジのネオパンASA100。未だに売られているのだから嬉しい。これを装填したFG20はレンズの絞りリングを回してボケかパンフォーカスかを決めるだけでシャッター速度はそれに呼応して自動に変わるのだから…

  • グルーブの師匠

    SNSを何気なく見ていて、あっ、と声が出た。お元気だったのか。見覚えのある方がタグ付けされている。ライブハウスのステージに上がっていますと。還暦を越えた自分の胸はときめいた。「友達申請」のボタンを押した。 あの頃。課題曲を前にして少し迷っていた。どうも今一つだと。フレーズは聞き取れるし音もなぞれる。しかし何かが違うのだった。六年間日本を離れて帰国したらなぜだか無性にバンドをやりたかった。ロックを演奏したいという気持ちはもう無かった。ロックの元となったブラックミュージックに興味があった。ソウル、そしてブルースだった。そこでネットのメンバー募集の掲示板をしばらく繰っていた。 ベースの募集があった。…

  • スイセンロード

    千葉の内房は横浜からアクアラインを使えばすぐだった。サイクリング、登山、ゴルフ。自転車なら鹿野山にヒルクライムしてから浦賀水道を見ながら房総半島最南端を目指しても、丘陵地帯にある棚田を見てから谷に降りて外房に出ても良い。登山なら伊予が岳・富山・御殿山あたりを中心にしてそこは低山の宝庫だ。食は自分には一番の魅力だ。富津岬と言えばアナゴの天丼だろう。富津市の竹岡と言えば漁師町のラーメン。鋸南町の保田と言えば漁協食堂、南房総市となると道の駅富楽里のつみれ汁…。内房も外房もとにかく魚が美味しい。 この季節ならではの楽しみを書き忘れていた。スイセンの花畑だ。鋸南町一帯の谷筋を山里に向かえば頼りない舗装路…

  • 音合わせ

    オーケストラでも吹奏楽でも良い。壇上で団員の皆が最初にやる事と言えば・・音合わせだろう。プーッとまずはオーボエがふくよかな音を出す。すると残りの楽器群も同じ音をだす。音程はA。つまりはラの音だ。なぜオーボエの出すAの音に合わせるのか。管楽器に疎い自分には分からないがこう聞いたことがある。オーボエは音程の調整がやりずらい。木管楽器はその日の温度湿度に敏感だから演奏会場の場でオーボエの音に誰もが合わせるというのだと。友人には吹奏楽団員の方も何人かいるのだから「それはちょと違うな」と言われるかもしれないが・・・。しかし演奏の始まる前の音のAの全奏はこれから始まる音楽の期待でわくわくするのだった。 自…

  • シーキュー40メートル・スタンディングバイ

    中学生だった。どの部活動に入ろうかと考えた。当時自分が熱中していたのは短波放送を聴く事だった。ラジオは海外からの電波を捉えていた。聞いても分からないのになぜが胸が躍るのだった。小学生のころからキットのラジオを作ることが好きだった。二石三石程度のものだろう。石とはトランジスタの事だ。アンテナを通じで電波を捉えるとある周波数に同調する。それを音に変換する回路を経てトランジスタで増幅しスピーカーで鳴らすのだ。自作のラジオでは流石に海外の電波を受信は出来なかったが、その頃幾つかの家電メーカーが短波ラジオを出していた。そんな一つをねだったのだろう。モスクワ放送やラジオオーストラリアを受信したときは何故か…

  • 節分パスタ

    節分は二月三日だと思っていたがそうでもないらしい。理由をネットで読んでも理解が出来ないが、地球が太陽軌道を一周する間にかけてズレが生じるらしい。なんでも今年は2月2日で、それは124年振りという。自然科学の現象には思惟の入り込む余地もなくただ従うだけだ。まあよい、節分が明けると暦の上では立春で、春が来るのだから。 二月は季節としては短く感じる。「二月は逃げる」という方もいるらしい。実際直ぐに終わってしまうように思う。月初に豆をまく。鬼は外・福は内と。そして高校三年生にとり二月は正念場だった。自分も当時住んでいた広島から東京のホテルを予約して一週間ほど滞在していただろうか。幾つの大学を受験したか…

  • 図書の旅48 約束の海 山崎豊子

    ●約束の海 山崎豊子著 新潮社 2014年新潮社 故・田宮二郎はクールな美男子だった。神経質そうでもあった。そんな彼は猟銃を口にくわえて足で引き金を引いた。その直前までそんな彼が主演するテレビドラマがお茶の間で人気だったのだから社会に与えた衝撃は大きかった。大学病院で外科医として辣腕をふるっていたが強い権力志向を持ち、権謀術数を駆使して恩師をそしてライバルを蹴落としていく。しかし自らの患者の癌を見落として死なせてしまう。果てしない医事裁判。ライバルとされる内科医は出世競争には無縁で医師として誠実に事例に対応していく。当の本人は医事裁判を切り抜け目指す教授戦に臨む。しかし彼はいつか癌に侵されてい…

  • 手のひらの魔法

    あれは何時のステージだっただろう。三十年以上前か。東京ドームだったか。派手な衣装を着た男が腰をくねくね卑猥に動かしながら両手を口にした。勿論その手の間にはマイクが挟まれている。彼はステップを踏みながら両手を蝶のように動かすのだった。粘っこいリズムにその音は良く似合った。その音があるから粘りのあるグルーブが出ているのかもしれなかった。ストーンズだった。そんな音の主はもちろんミック・ジャガー。あの曲は何だっけ。そうか、Not Fade Away だ。 その音はハーモニカだ。ミックは両手にそれを包み込んで息を吐き大きく吸うのだった。手のひらを蝶のように動かすのはビブラートをかけているのだ。するとなん…

  • 幸せの鳥

    ♪ようこそここへ、クックックック 私の青い鳥 青い鳥が幸せを運んでくることを知ったのは自分が十歳の時、1973年のこのヒット曲だろうか。可愛いアイドルが唄っていたな。いやまてよ、チルチルミチルというは誰だっただろうか? ああ、童話だった。メーテルリンクだったか。結局あの話では、青い鳥は居たのだろうか。捕まえて持ち帰ろうとしたら鳥は黒くなり、あるいは死んでしまったのではなかったか。 職場は深い森の中に在る。そこには青い鳥が本当にいるという。ルリビタキだ。しかしまだ一度も自分は見たことが無い。ネットの写真で見ると頭から羽へそして尾へ、確かに青い。お腹の周りだけ僅かにオレンジ色があるようだ。自分が見…

  • 悩める男子

    何故あんな事を言ったのだろう。親指と人差し指で輪っかを作りそれを上下に素早く動かして見せた。「コレもいいけど、勉強にも励んでね」と。 サウナに入っていた。午後になって強い風の中を雪が舞うようになった日だった。今の仕事は外でやることが多いので身も心もすっかり冷えていた。幾つかある温泉を選んだ。そこにはなかなか良いサウナがあるのだった。サウナマットを持ってドヤドヤと五人の青年だった。骨の芯まで冷えていた自分は邪魔にならぬようにと広くはない熱気のこもる木造りの部屋の隅に移動した。 「最近、弘美ちゃん可愛いくなった」「だよな。ちょっと気になる」「眼鏡が良いよな。胸もクラスイチだしな」「勉強してても思い…

  • もう若くないさ

    ♪ 就職が決まって 髪を切って来た時 もう若くないさと 君に言い訳したね 余りに切なく甘い、多分それは初恋の終わりの歌だろうか。二人して見た映画を街角のポスターで思い出す。君もまたそれを見るだろうか、と。風景が頭に浮かぶ、あるいは風景を歌に込める。荒井由実一流の手法だろう、ただの風景に自分の心象を加える。彼女の書いた曲も詩も自分は今でも幾つも口ずさむ。学生集会にも出かけていたような大学生が、就職が決まり髪を切った。明日からはスーツ姿だよ。もう俺さ、若くないんだよ、とでも言ったのだろう。髪を切ったことは学生時代への別れでもあり彼女との終わりを意味していたのだろうか。恋愛とモラトリアムの終焉を描い…

  • アナログの風景

    フィルムが現像から戻ってきた。かつては街のカメラ店には置いてあったDPE現像システム機械も無くなってきたようだ。あの頃は即日仕上げを唄っていたがそれは店内に現像機があったからだ。いまカメラ店に行っても店内にあるのはデジタル画像を印刷する機械だけだった。もちろんそれはデジタルカメラが増えフィルムに風景を写し込むというアナログのカメラが消えたからだった。フィルムは中央の大規模なラボに送られ処理される。時代は逆行した。しかしその嘴矢となったデジタルカメラもまた、スマートフォンの普及に伴い高性能路線の商品かトイカメラ・アクションカメラといった用途を限定したものだけになった。マーケティング理論として学ぶ…

  • 雪の朝

    雪の朝は白い。カーテンを開けると白が飛び込んでくる。木々には雪が付いている。午後には消えている。 今日も雪だった。ちらちらとという言葉は雪が降る様を上手く表現しているが、今日のかけらはひらひらと踊っているようだった。豪雪地帯・富山市で冬を過ごしたことが三年ばかりある。そこは父の転勤先で自分は冬はそこに帰省した。1984年の雪はハチヨン豪雪と言われた。日本海側を中心に記録的な大雪だった。庭の向こうに臨家があった。暴れ川と言われる川の堤防が近くに見える普通の住宅地だった。 上野から直江津周りの特急・白山に乗った。高崎までは好天だったが軽井沢から先は雪景色だった。浅間山が雪に負けじと煙を吐いているの…

  • 手に負えないのです

    腕時計が好きだ。カメラも然り、あの大きさの中に精巧なメカニズムがうごめいている、そう思うだけでワクワクする。結果として腕時計もカメラもやたらと家にある。 メカニズムが裏から見えるスケルトンの腕時計。中国出張のたびにアプローチに使う香港の空港の免税店で悩んでいた。セイコーの自動巻だった。ヨーロッパから帰任する時にパリのラファイエットで悩んだ。スイス製の自動巻きが欲しかった。ティソーを選んだ。 いずれも手にした。好きなのだから仕方がない。これらは腕につけて動かさないと止まる。メカは錆びつくのだから強制的に毎日動かしている。オートワインダーにセットしてぐるぐる回っている。しかし前者はいつも遅れ気味、…

  • 高くついた昼食

    あれは出張で静岡県の工場に行っていたのだった。来客となると総務部門が昼食の出前を取ってくれた。近くの寿司屋からの幕の内弁当だった。沼津漁港が近い街なのでやたらとその寿司屋の幕の内弁当は美味しかった。焼物も揚げ物も煮物も満点だった。来客対応の楽しみと言えばこの店の箱弁だった。何の魚だっただろうか。余りに美味しい、しかしお客様もいるので注意しながら食べていた。しかし小骨が喉に刺さってしまった。ご飯を丸呑みしても急須のお茶をがぶ飲みしても取れなかった。つばを飲み込むと明確な痛みがあった。 昨夕のスイミングは頑張りすぎたのか、体がだるかった。リフレッシュするために泳いでいるのに翌日に疲れを残すとは本末…

  • 減っていく林

    自宅から友人の家まで、緩い登り坂はアカマツと広葉樹の森を抜けて行く。時間にして五分。海抜千メートルを越える辺り一帯はアカマツの森となる。そこで自分は何度も鹿の親子を見た。鹿に注意という意味の、鹿を模した可愛らしい看板もこの通りには幾つもあるのだった。 しかし数週間前にそこを通り驚いた。野球のグランド程度の大きさだろうか、綺麗さっぱり伐採されていた。ここ一と月の話だった。リゾート施設でも立つのだろうか?新宿直通の特急あずさの停まる駅から車で五分。立地的にそうなってもおかしくないのだった。 鹿がいるからこそ鹿に注意の看板も出来たのだった。彼らは一体どこに住処を求めるのだろう。唯一の救いは道の北側の…

  • 好敵手

    図書館で借りてきたCDを聴いている。聴き慣れた曲だがこうも違いがあるのか、と驚いた。 宗教曲を好んで聴く。バッハからブルックナー迄、いずれも素晴らしい。簡素で素朴なものも清澄で心に染み渡るが、やはり大編成のコーラスにオーケストラがついて演奏されるものが自分は好きだ。モーツァルトの作品ならば白鳥の歌であるレクイエムになるだろうか。戴冠式ミサも良い。その曲を知ったのは後年になるが大ミサを挙げるべきだろう。規模としてはレクイエムよりも大きい曲だ。この曲はもっぱらカラヤンがウィーンフィルを指揮した録音を聴いていた。 図書館で借りたCDはのうち一枚は大ミサだった。カラヤンの録音で満足していたので借りる必…

  • 図書の旅47 ヨハネスブルグへの旅 ヴィバリー・ナイドゥー

    ● ヨハネスブルグへの旅 ヴィバリー・ナイドゥー著 もりうちすみこ訳 さえら書房 2009年 不思議に思ったことがある。だがそれも今ではいつの事かは思い出せない。もちろんサッカーワールドカップの歴史を紐解けばわかる。調べてみた。2010年の事だったか。 自分はその年に日本代表が参加したのか、そうだとして何位までいったかは知らない。何が不思議だったかというと南アフリカで大会が行われれたことだった。サッカーのワールドカップと言えばオリンピックに並ぶ平和の祭典だと思っている。南アフリカはその地にふさわしいのかが分からなかった。 アパルトヘイト。人種隔離政策。地理で誰もが習った。少数派の人口に過ぎない…

  • ジャンボン・フロマージュで

    サンドイッチ。日本のコンビニでも売っているが専門店のものが外国人の熱い視線を浴びている。玉子サンド、そして生クリームに果実を挟んだフルーツサンド。この二つは大人気だとよくテレビでも言われている。確かに玉子サンドは美味しいしフルーツサンドに至ってはお菓子なのかデザートなのか分からないがとにかく幸せになる。焼かないふわふわの食パンの美味しさも感じる。 アメリカ生まれのサンドイッチといえばBLTだろうか。焼いたトーストにベーコン・レタス・トマト。似たような外見のだクラブハウスサンドとの違いはよく分からない。ベーコンではなくローストチキンだろうか?いずれにせよハインツのケチャップと山盛りフライドポテト…

  • トビウオ

    彼女はこう言うのだった。「大磯ロングビーチに行きたい」と。困った。芸能人水泳大会も行われるお洒落そうな場所ではないか。そこに行くの?まずは見劣りする体を人前でさらすのが嫌だった。そして更に困ったことに、全く泳げないのだった。しかしそう言われては行かざるを得ない。 香川で生まれ三歳から横浜に引っ越した。香川は父母の生まれた地だった。毎夏になるとそれぞれの実家帰りがあり夏はいつも香川で過ごしていた。中学の後半からは受験もあり毎夏とはいかなくなった。最初の里帰りだったのだろうか、母は同じく東京に出ていた母の妹と自分達で里帰りをした。まだ結婚していなかっただろう叔母は岡山の宇野から香川の高松に向かう宇…

  • オモニの店

    明日はやっていますか?ランチやってません どうも会話がかみ合わなかった。電話の相手は韓国料理店だった。焼き肉屋ではない。どうやら明日はやっている。ただ夜だけの様だ。ネットでは昼の営業もあると言うが最新状況は反映されないのだろう。 焼肉ではなく韓国料理を始めて食べたのはアメリカ・カリフォルニアはシリコンバレーだった。ローレンス・エクスプレスウェイとエル・カミノ・リアル通りが交差するあたりはちょっとしたコリア・タウンだった。この辺り一帯はシリコンバレーの名の通りコンピュータ関連のIT産業が集まっていた。アップルコンピュータ、ゼロックス、IBM、HPなどきりがない。マイクロソフトはウィンドウズ95を…

  • どんど焼き

    数隣隣の家へ行った。こちらに引っ越してきてから色々世話を焼いて頂いた方が住まわれている。旦那様とは病院でばったり顔を合わせたこともあった。最近はポールを持ってウォーキングをされている。自分の知らないルートを歩いているのだろうか。思わぬところで出会う。あたりは伐採地と畑と森林。八幡の藪知らずではないが、杣道もあれば踏み跡が林の中に続く事もある。新年の挨拶に加えそんな道を教えて頂こうと思ったのだった。奥様が出てきた。主人は下の神社に行ってますよ。午後からどんど焼きなんです、そう言われた。 子供が未だ幼稚園だった。どんど焼きがあったと家内は言う。そんなことやっていたのか、と自分には記憶はなかった。幼…

  • 露天風呂

    いくら九十五度のサウナで十分間体を温めたからと言っても露天風呂迄の三メートルは寒いのだった。なにしろ外気は氷点下、そしてこちらは沢山汗をかいている。わずか三秒だろうか、えいやと手すりにつかまり湯船に入る。ああ、これだ。そう声が出る。湯は40度には届くまい。源泉は45度に近いのだが海抜760メートルの外気がそれを冷やしているのだろう。 ゆっくりと足を延ばして石にもたれかかる。頭を預けるのにふさわしい高さだった。星はこんなに多かったのだろうか。満点の夜空など尾根道のテントから首を出して見慣れていたはずなのに湯船から見るとまるで別に見える。オリオン座を見ていると飽きる事もない。天体が好きになる人の気…

  • ニッポンの翼

    もう十年近く前だろうか。三菱重工が国産ジェット旅客機を作るという話題があった。大応援だった。ミツビシ・リージョナル・ジェット、略してMRJと名が付いていた。初飛行のニュースにはドキドキした。ミツビシがとうとう飛行機に乗り出したか!何十年振りなのだろうか? 長距離から中距離、小距離でも旅客機と言えばボーイングとエアバスの二強になるだろう。ロッキードは旅客機からは撤退してマグドネル・ダグラスはボーイングに吸収された。一方地方都市を結ぶ短距離路線、コミュータ路線ではより小型の旅客機が飛んでいる。カナダのボンバルイディアやブラジルのエンブラエルといったメーカーが出てくる。ミツビシの狙いはこの小型機の世…

  • 感情の豊かさ

    コンビニのレジだった。沢山買ってしまった。 お客さん袋はどうしますか?手に余るね 困ったな… するとレジの女性はふふふと笑った。私に聞かれてもね、という苦笑いか、確かにこれでは両手でも持てないだろうなという同情なのか、気安く話しかける禿げ頭のオジサンが気持ち悪いのか…。しかし目も笑っているのだった。感情が顔に出やすいのだろう。 何処の壁にかかっていたのだろう。能面を初めて見た時に何とも不気味だと思った。般若の面のほうがよほど怖いが能面は無表情さが怖い。幼心にそれは焼き付いてしまった。一体何を表現しているのだろう。般若の面は女性の怒りを表すと何処かで聞いたことがある。一重瞼の切れ長の目。うっすら…

  • 箱が好き

    工業製品のデザインに対する好みは人それぞれだろう。ダレイ氏という工業デザイナーが居た。会社員当時の自分の仕事は自社製品を海外の会社に相手先のブランドを付けて販売させてもらう事だった。売り込みと実務だった。自社製品の販路がその地にない、あるいはブランド力がない場合はそんなやり方を使う。相手先ブランド販売・OEMだった。ダレイ氏はそんなOEM顧客のデザイナーだった。 商品は感熱ロール紙を内蔵したファクシミリだった。もうこの世には残っていないだろうそれは、その後レーザープリンタ技術とアナログ複写機の技術と合体した。電子写真技術を使った複合機はインターネットにつながり今では自分達の生活には欠かせない。…

  • 見えない壁

    娘夫婦とネパール料理屋に行った。数か月に一度は彼らと会う。彼らがこちらに遊びに来ることもあれば自分達が所要にかこつけて彼らの住む都会の街で会う事もある。これまで贔屓にしていたインド・ネパール料理屋は何故だろう店を閉じてしまった。「あそこ美味しかったのにね」と残念がった。店長と従業員の顔も覚えていたのだから残念だった。 急遽スマホで探した店だった。中に入ると学生のコンパが行われていた。この駅からそれぞれ南北に数駅進めばそれぞれ大学があるのだから若い客層は多い。メニューはこの手の店にしては安めだった。酒類も又安めの設定だった。ケータリング集荷のバイク乗りも来る。流行りの店のようだった。厨房にはご主…

  • 指が覚えている

    アナログレコードを業者に頼んでデジタルにした。デジタルの再生音にはあのプチプチと言うノイズまでもしっかり再現されている。そんなCDを聴きながらレコード盤をターンテーブルに載せて針を追い出すという一連の動作を思い出した。LP盤を聞くのだからプレイヤーの回転数は33回転にセットされている。普通の再生ではアームは自動に動くに任すが、二曲目、三曲目を聞こうとすると指先でアームを持ち上げて曲間に針を落とす。老眼には辛い作業かもしれない。いや、その前に盤面にスプレーをしてベルベット生地のクリーナーで拭き上げていた。プチプチという雑音を防ぐ為に。 職場で若い男性が首にかけていた古いキャノンの一眼レフF1が印…

  • 雑食は素晴らしい

    鼻水をすすりながら食べた。なんともボリューミーだと。 日本語はなかなかの雑食だと思う。新しい言葉が生まれるという意味で。勿論英語も進化するだろう。Eメールという言葉。ネットが広まり誰もがパソコンを持ちEメールは広まった。そのEとはエレクトリックのことだろう。しかし皆がイーメールと言う。できるだけ早くはas soon as possibleと言うと習うが、実際の英会話ではエィエスエーピーと言われている。もちろんのその四文字の頭を並べて短略化したものだ。更に名詞であったはずのEメールはいつしか動詞になっている。言葉はそれを使う人により変容するのだ。 日本語にはカタカナという便利なカナがある。これの…

  • 新年会ですから

    えーと、席は二階の七列六番か。お、お隣さんは和服の女性だ。彼女の連れは洋服姿だったが二人は嬉しそうに話をしていた。「お着物綺麗だわ」「やっぱり新年だからね。ここはウィーンではないけど楽友会ホールはテレビで見ると日本人女性は和服でしょ。だから私も頑張ったの」そんな話だった。 県庁所在地の街に出かけた。待っていた演奏会だった。NHK交響楽団がこの地にやってくる。全国各地で年間約120回の演奏会を行っているという。東京と神奈川の隣県であり世界遺産もユネスコエコパークもあるのに何故か地味な県にも忘れずにやってきてくれるのだから嬉しい話だ。東京まで聞きに行かずともすむのだ。初めに演奏会の日程と場所が決ま…

  • M字禿げ

    「電人M」という怪奇推理小説があった。ポプラ社の少年文庫だ。明智小五郎に小林少年と言えば江戸川乱歩の怪人二十面相シリーズだ。幾冊もあるこの文庫本シリーズは小学生の自分を夢中にさせた。学校の図書室には全巻あったので片っ端から借りていた。自分も少年探偵団に入りたいと思うのだった。電人Mはその中の一冊だった。もちろんそれは怪人二十面相が変装した宇宙人であり地球征服をもくろんでいた。明智小五郎と小林少年、少年探偵団の活躍で大団円を迎えるのだ。なぜ電人Mという名前のなのか?Mというアルファベットは子供心に怖い印象を残した。 十八歳にもなると色気づいてくる。仲間と勢いで歌舞伎町に行こうという話になる。今は…

  • ガンバレ某社

    日本にはかつて家電からコンピュータ、発電所、機関車から防衛機器まで作っているメーカーがあった。総合電機メーカーと言われていた。かつてと書いたのは今はもう往時の形は残っていないからだ。唯一ブランド名は残っているがもう個々の事業は別の会社に分割されあるいは売却されている。日本の大手二社の自動車メーカーの経営統合も言われるくらいだから産業界に何が起きても不思議もない。もっともそんな会社の中には不正会計や隠ぺいなどで内部から崩壊していった会社もある。原因は何にせよ栄枯盛衰という言葉は平家物語の時代だけでもないだろう。 自分が35年間務めた会社もそんな中の一つだった。正確には別上場のグループ会社だったが…

  • 暖かい部屋

    椅子の上も良いですよ、そう言われるのだった。さすがに迷っていたがそう言うのなら、と椅子に抱き上げた。カラビナが壁に掛かっている。もちろんそれはクライミングの為ではない。 人口六千人程度の街。そこにトリミングショップは何軒あるだろう?ゼロでもおかしくないのだがそうでもない。地図で調べると三軒ある。隣町もいれてあるいは半径十キロとしてみるともう三、四軒は増える。動物病院になるともっと増える。馬の病院まである。この高原一帯は犬が多い。地元の家に飼われている犬は柴犬が多い。リゾートエリアに足を運べばレトリバーやボーダーコリー、シュナウザー、トイプードル、沢山歩いている。都会からの移住者、そしてリゾート…

  • パープーパープー

    いつもの場合は記憶をたどる際には実際の資料や本を引っ張り出して確認する。今回は無理だった。この地に引っ越す際に断捨離としてその文献を処分してしまったのだから記憶に頼るしかない。 高橋留美子の漫画は初期の習作とともにその後の二作のみ大ファンだった。「うる星やつら」「めぞん一刻」の二作だ。高校生の頃は毎週少年サンデーを買っていた。大学生になってからはビッグコミックスピリッツがそれに加わった。SFチックなドタバタ感と登場人物が魅力の前者、多感な青年期に三流私大に通う冴えない主人公と彼の憧れのアパート管理人さんとのラブストーリーを描いた後者。いずれも熱中したが恋愛に憧れた時期に読んだ後者はまさに熟読し…

  • 似た者同士

    笑顔の穏やかな、物腰も丁寧な男性がいる。荒っぽい体質の職場の中でその方は誰にも平穏という四文字を想起させる。仕事中のつまらない小言なども彼に話せば心は和むし、なかなか良い職場だなとすら思うのだ。 同僚から聞いた。彼の奥様は「道の駅」で働いているよ、と。この高原はベーカリーのガイドブックがあるほどの激戦区だ。別荘に住む方か、リゾート客が買うのか、どの店もレベルが高い。近くの道の駅にバゲットならここという店がある。柔らかいバゲットは困る。カリッとこんがり焼けた外皮と焦げ目。軽いのにコンコンと音が出るほど固い。断面には大小まばらの気泡。懐かしやこれぞフランスのバゲット!この地ですらどうしたことかバゲ…

  • 薪割り

    難攻不落、そんな言葉を思い出した。薪を割ろうとしても割れないのだ。この硬さ、シラカシあたりの木だろうか。「なかなかね、固いのよ、ガードが。難攻不落でね」そんな話を学生時代にしていた。友の一人がある素敵な女性を口説こうとしていた。なかなか口説けないという焦りの混じった気持ちを、そう奴は言っていたっけ。 薪を割ると言っても原木を持ってきたわけではない。薪屋さんから買ったほぼ35~40センチに切られた薪をさらに縦に割ろうというものだ。針葉樹はすぐに火がつくが燃え尽きるのも早い。乾いた広葉樹の太い薪はゆっくり燃えるがなかなか火もつかない。細い木は燃えやすい。少し小ぶりにして割った断面にささくれでも出来…

  • 二時間で戦意喪失

    アイン・ツバイ・ドライ、♪♫♪♪♪…、 フィア、ヒュンフ、ゼックス、♪♫♪♪♪… 弾むようなメロディだった。歌詞と言えば書いた通りの数字を十までなぞるだけだった。そして合間にはヨーデルだろうかチロル風の音楽が流れるのだ。更には職員もレストランの店員もバイエルンの民族衣装に身を包み胸の谷間にもビールを挟んで一人で五個のジョッキを運んでくるのだった。それはまるでミュンヘンのオクトーバーフェストさながらの光景だった。 しかしそこはノルトラインヴェストファーレン州であり、バイエルン州からは六百キロ以上離れているのだ。オランダ国境に近いライン川沿いのドイツの低地地帯になぜ山岳地帯のバイエルンの音楽が流れ…

  • 次はこれでやるか

    アコースティックギターでビートルズやサイモン&ガーファンクルあたりを弾いたりして遊んでいる、そんな方に出会った。それは職場の同僚で自分に仕事を教えてくれた方でもあった。何がきっかけでそんな話を聞いたのかは覚えていない。僕は下手だけどベースを弾くのでアコースティックギターと合わせることは出来ますよ、そう自分を売り込んだ。 話はトントン拍子で進み、ではこれやってみようとなる。ビートルズは自分はロック道の中で偶然か意図的にか、通っていなかった。しかしその曲は避けてきた彼らのナンバーでもさすがに知っていた。県庁のある街のカフェで待ち合わせた。そこはジャンルを問わずに音楽好きな人々が集う。そんなところで…

  • 蘇ったLP

    学生生活に点をつけるなら? 皆それぞれ語っている。八十点、理由は成績も悪かったから。九十九点。残りの一点は就活で苦労したことともうすこしこの学校の女の子と付き合いたかったから…。そうか、皆いろいろな思いがあったんだな。 みんなマナーもよく、着るもののセンスもよくやはりおしゃれだね。これで社会に出て大丈夫かなと心配していたけどみんな就職が決まって良かった。いつこんなインタビューが行われたのか?多分学生食堂あたりか。学校にあまり通わなかったからその場には遭遇しなかったのか。これから卒業する学生の声、そして学校周りのアルバイト先などのオーナーの声だろうか。 そして桑田佳祐の一言、渡哲也の言葉に続く。…

  • お正月

    一年は一日の積み重ね。一日を一枚の紙とすると一年後には三百六十五枚積み重なる。積み重なったらそんな束をそれで終わりと横によけるわけではない。その上にまた紙は重なっていく。そういえば昔のトイレの紙がそうだった。今のようにロール状になっておらずに三十センチ四方の紙が束になっていて積み重なっていた。あれは使うたびに減っていくが、日々は過ごすたびに増えていく。ふと振り返るとその高さに驚き倒れまいかと不安を抱くという点では似ている。 ついにまた一束重なってしまった。ただの地球の自転にすぎぬのだが暦としては新しくなる。新しい一枚をまたそこに載せる。積み重ねが増えて行く。ただやはりよい節目になるのだからそこ…

  • おおみそか

    大晦日を迎えた。1週間分ほど書きためている原稿はブログのサイトにある。そこの「公開」ボタンを押せば終わりだが今日ばかりは書き下ろしにしよう、と目覚めて決めた。 今日は何日で何曜日?そう言われてもすぐには答えが出てこない日が続く。会社員の頃は4月と10月は期の始まりだった。故、3月末と9月末にはパワーポイント作りになる。前期の振り返り、反省、そしてそれを顧みての今期の部門の戦略と施策を新しい期のキックオフでプレゼンする。 事業部長、技師長、営業、設計、製造、製造技術、品質管理、企画。各部門長が壇上に立ちPCを操作する。資料を作りながら自分はいつも思うのだった。前期の振り返りではなんと未達成事項が…

  • 上手くいかなくとも

    高原のとある観光スポットで働いている。毎日多くの観光の方が見える。独りで来る人、仲良しグループで来る人、会社関連で来る人、そして家族や夫婦で来る人…。様々だった。グループで来る人はたいていこの場所のレストランやラウンジでお酒を飲み赤くなって楽しそうに帰っていく。半分千鳥足の人もいる。会社関連は組織での序列を維持しつつそれでもやはり赤ら顔で声高に去っていく。お酒を飲まない若い夫婦は子供第一で写真撮影も全てお子様中心だ。僕はそれらを微笑ましく見る。 さて中年から壮年の夫婦も来る。彼らほど人間という動物の面白さを見せてくれる存在もない。定年退職をした。やることもたいしてない。そんな、奥さんにくっつい…

  • F1ですか?

    カメラと言えば今は誰もがスマホだろう。ズームもあるしレタッチまでしてくれるのだから。割と簡単に露出補正も出来る。フォーカスが合った前景と背景をぼかすこともやってくれればパンフォーカスも出来る。夜間撮影でもブレない。アンドロイドスマホをずっと愛用しているが、四台目ともなると進化を実感する。いずれにせよ何もせずにシャッターボタンを押しさえすればよいのだから楽だろう。絞りがどうのシャッタースピードがどうの、露出をどこに合わせるのか、光のコクを如何に表現するのか、そんなことなど知らなくてもすむ。が頼んでいないことを勝手にやってくれるカメラは時にうざったい。 お客様の中にずしりと存在感の存在感のある鉄の…

  • げんき

    「私は生姜焼きで」そんな声が座敷から聞こえた。一回の発声で店員さんに声が届いた。彼女はえいやと座敷に座り直して出されたお茶を飲んだ。白い毛糸の帽子は手製だろうか。花柄が織り込まれている。ご年齢は・・・。八十は超えているだろう。昼下がりだった。この食堂の近くには病院がある。通院ついでに来たのだろうか。それにしては元気がある。 この地は達者なご老人が多い。腰をかがめてはいるが杖を使わない方。スタスタ歩く方。これはこの地に越してきた最初に気づいた事だった。何故だろう。電車通勤や第三号被保険者で過ごしてきた人が少ないのだろう。都会では嫌というほど見かけるデイサービスの車も殆ど見ない。誰もが農作業や何ら…

  • コミュ力

    テレビなどで女子力という単語を初めて聞いた時、何という言葉だろうとまずは思った。女性は少なくとも存在しているだけですべての男性の力になるのに、その上に「力」とはなんだろう。想像する。例えば気遣いをする。化粧や、ネイルをする。何でもよいがもしそんな力が女子力というのならそれは何かを叶えるための物なのだろうか。女性らしさの追求の意味か?いずれにせよ求められる理想像やらしさがあるのか。それは今の価値観ではふさわしいのか。女子力とは最近の言葉だからその価値観も新しいのだろう。どんなモノが理想形なのかは自分にはわからない。 似たような言葉にコミュ力という単語もある。しかも僕は身の回りの多くの人からこう言…

  • どうやら出来そうだ

    「今年も残すところあと〇日です。皆さんお掃除や年賀状などは始めていますか…?」などとテレビでも耳にするようになった。一年前にだれしもが目標を立てたのだろうか、一年の計は元旦にありと言われるのだから。 自分はと言えば何もない。予定していた高原への引っ越しは済ませたがそれは自力ではなく大工さんの頑張りだった。しかし新しい生活を立ち上げたのは自分達だった。住む以上避けられない。自力と他力の合わせ技だろう。 もう一つ、出来ればなと思ったことがある。365日に渡り毎日1600字の文章を書こうというものだ。社会にそれを発信する。そんな方法は一昔前よりは進化した。当時、それはホームページだった。1997年だ…

  • 敏腕なんです

    背広はサラリーマンの制服だ。テーラーであしらえてつくる人も中にはいるのだろう。自分はいわゆるスーツ量販店だった。一度だけ入社前に東急百貨店で作った。もう無くなった渋谷の東急本店だった。結婚指輪もそこで作ったのだからその百貨店が好きだったのか、単に大学がその街に有ったから親しみやすかったのかはわからない。しかしそのスーツは六万円した。バイト代の貯金を費やして買ったのは何故だろう。新入社員だからしっかりしようと思ったのだろうか。 しかしいくら高いスーツを着ても、ピンとこない奴はピンとこないし安いスーツでもビシッとしている人はそう見える。 元ホテルマンだったという知人がいるが、彼によるとスーツ姿を見…

  • 図柄あわせ

    え、又これやるのですか…。そう口にした。しかし実はまたできることが嬉しかった。以前これをやった時は楽しくて仕方が無かったのだ。初めは悔しかった。思うように頭の中で視覚と短期記憶そして手指の動き、そんな信号線がつながらないのだった。しかしそれは最初の数度だけだった。回を重ねると断絶されていた回路もつながり電気信号が通ってくる。すると相手も手ごわい。ますます難しいお題が来るのだった。 脳はふだんその存在を意識しない。考え事をして、あるいは無意識に、脳の指示が初めにある。手を動かし足を動かくすのも、果たして呼吸をするのも、すべては脳のお陰だろう。頭蓋骨の中に在る1300グラム程度の蛋白質と脂質の塊が…

  • 弾む気持ち

    明け方にトイレに行く。カーテンを開けると外は明るい。あ、きたか。とうとう雪が降った。ちらちらと舞ってはいたが、そして数日前からは南アルプスや八ケ岳の峰々を覆い尽くしていたが、この高原もとうとう白一色になった。初雪だった。 朝の気温はマイナス三度。雪もそうだが凍結が怖い。しかし何故か心がうきうきするのだった。ふとコンビニの珈琲が飲みたくなった。自宅では導入しようと話しているだけでエスプレッソマシンをまだ買っていない。外出の良い言い訳となった。我が家の前の道路は南へ向かって下っている。あまり往来も多くないので雪面がそのまま残っていた。車に乗り込み床のレバーを後ろに倒した。すると四駆のマークが速度計…

  • 明け方の夢

    学期の変わり目に春恵はクラスでこう紹介された。 春恵ちゃんは今日から転校しますと。みんなさようならをしてください、と。春恵の行き先は特別支援学校だった。発達が少し遅れていますから学校を変わってゆっくり勉強しましょう、と言われていた。 先生は校舎の外でこう言う。「心配しないでください。良い学校なんですよ。そこに通うお友達と保護者さんが見えてますよ。」 グレンチェックのジャケットを着た男性に手を引かれた女の子がそこにいた。髪の毛をおさげにした彼女の見た目は何も変わらない。口ひげを生やしたその男性は優しく笑い言う。ようこそ、私とさあ行きましょう、という。今日からお友達ですね。しかし春恵はとても器用に…

  • 持っていなかった第5番

    クラシック音楽と聞いてあまり興味がない方は一体どんな音楽を思い浮かべるのだろう。候補は色々あるがまさかブラームスやブルックナーが、マーラーやましてやショスタコーヴィチが最初に出てくることもないだろう。ラフマニノフやマーラーは映画に使われている。ワーグナーはソーセージの宣伝で登場するが・・。どうだろう。 日本語の歌詞が付いて歌手が歌いこの国ではポップスになった感のあるホルストの組曲・惑星から「木星(ジュピター)」か。小中学校の下校の音楽でもあるパッヘルベルのカノンか。サッカーファンならエルガーの威風堂々、それにヴェルディのアイーダから凱旋行進曲か。 しかしいずれもパンチ不足。クラシックで最もアイ…

  • 石やきぃイモ、オイモ

    自分の知る限り、女性は焼きいもが好きな様に思う。母がそうだった。姉も好きだった。そしてなによりも家内がそうだ。結婚したばかりだった。家の外から聞こえて来た。「石やきぃイモ、お芋。おいも・おいも・おいもダヨ」。するとにわかに彼女は色めきだつ。そして買いに行くのだった。 また高校・大学・社会人・そして現在と通して何度となく読んだ石坂洋二郎の好長編「陽のあたる坂道」にこんなくだりがある。学校から派遣された青森出身の女子大生は家庭教師として田園調布の邸宅に行くが、その家庭は世間体維持で塗り固められており実は隙間風が吹いている。家に住む兄と弟はともに彼女を好きになる。彼女が家庭教師についたのはその妹だっ…

  • 因果応報

    「リーマンショックで暫くこの先就職厳しいのよ。だから今から就活を始めるのよ。」NHKの朝ドラで、主人公の友人がそう話していた。ああ、リーマンショックね。あったあった。アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻を発端とした世界的な金融危機。改めて今ネットで調べてみると米国ではサブプライム層とよばれる信用度の低い個人相手への住宅ローンがあり貸し付けは加速した。しかし米国の住宅価格が2006年に下落して担保となっていた住宅価値も下がった。返済が滞って担保の資産価値が下がっており不良債権となる。同社は経営破綻を起こし世界金融危機につながったと書かれている。 自分が三十五年に渡り社会人生活を続けて…

  • 計画経済

    物価の上昇が著しい。高級品や滅多に食べないものならあまり気にならないが、キャベツやピーマン、トマトにキュウリ、そんな日常の野菜、油やお菓子など。原材料費の値上がり、人手不足、為替変動、色々な要因があるのだろう。「市場経済にて個人が利益を追求すれば結果として資源配分は適切にされる。「神の見えざる手」によって導かれる」・・・。これを学んだのは大学生だっただろうか。アダム・スミスの「国富論」だったか。自由市場経済ではあるがままに任せれば経済が発展していくという考えと言えるのだろう。自由主義社会に生きているが、最近のこの物価高は誰が何を追求した結果なのだろう。アダム・スミスに聞きたくなる。もしかしたら…

  • 蘇る五感

    友人の所属する地元の吹奏楽団の定期演奏会だった。第14回演奏会だという。昨年より指揮者が変わった。傍目に聞いても若い気鋭の指揮者の下で音楽に一段と輝きを増したように聞こえた。 異なるアマチュア吹奏楽団には会社員時代の先輩が所属している。クラシック音楽の演奏会とは異なりいずれの楽団とも演奏会には司会者が入るのだった。曲の解説、団長挨拶、新入団員の紹介、そして今回は新任指揮者の挨拶の時間が設けられていた。司会者さんは彼にこう尋ねた。「東京からこの地に移住されてご自分の中で何かが変わられましたか?」と。彼の返事には大いに自分も頷くのだった。 「都会にいると五感が鈍っていたようです。こうして山梨に来て…

  • 美人とは罪なもの

    「あの建物は?」「レストランですよ。」 そんな会話だった。森の中の職場。幾つもの建物があるがそこはガラス張りだった。外から見てもレストランと分かるのだが、何故そんな質問が出たのだろう。ほら、レストランだって。行こうか…。成程、彼は自分達を勇気づけたかったのか。だから自明の事柄を他者を通じて仲間の間で共有し、共通認識としたうえで次の行動を決めたかったのだろう。なかなか策士ではないか。すると四人組の残り三人はガラス窓の向こうを覗き見て唱和するかのように言うのだった。 「ああ、美人ばかりで入れないよ。」「だよな、敷居が高い」 そうかなあ。自分から見れば彼らは今風の若者だ。ダボっとしたジーンズをはいて…

  • 煙吐く家

    アルプスの少女ハイジだったか。ハイジがおじいちゃんと住んでいた家からは煙が出ていたように思う。小学校六年生だった。そんな年齢の男の子にでも憧れる女の子がいるものだ。明子ちゃんと言う名前だった。彼女とその親友の友子ちゃんと三人で何故か交換日記をやっていた。快活な明子ちゃんがハイジでおとなしい友子ちゃんはクララ。そして僕はペーターだった。それを決めたのは明子ちゃんだったが、僕はハイジを追って高原を走りまわるペーターのようにドキドキした。少しだけ大人びた体つきの明子ちゃんといるとなぜか息が苦しくなり胸がキュッとしたのだった。三人でハイジを模した日記か。当然ストーリーを知る必要がある。テレビアニメを見…

  • 冬の森

    もうそろそろすっかり冬模様だ。ちらちらと細かい白いものが舞っている。背景の山、さすがに3000m級の峰々は冠雪した。前衛の山は数日前の朝は真っ白だった。しかし翌朝は雪は消えていた。しかし今日はまた小雪が舞った。こんな風に少しづつ変わっていくのだろう。 職場は深い森の中に在る。ブナの混じるアカマツの森だった。そんな中を舞う白く小さな花びらを見ているとあながち冬も悪くないな、そう思うのだった。 職場の森に佇んでいるとこんな季節なのになんだか音が弾んでいる。小さな鳥が木々の間を飛んでいるようだ。おや、橙色がかった茶色い小鳥だ。ジョウビタキだね。ロシアは住みずらいのか、越冬してきたか。彼は小さく羽ばた…

  • 愛の挨拶

    「おはようございます」、失礼にならぬ程度に大きな声を出していた。すると「愛の挨拶」が頭の中で流れて来た。エルガーが作曲した誰もが知るであろうあの曲だった。たしか日本語で歌詞が付いていた。あーさのあいさつこんにちは?だったか。いや、あーいのあいさつこんにちはだったかもしれぬ。 七年近くヨーロッパで暮らしていたら帰国して違和感を感じた。店先で、駅で、病院で、誰も挨拶を交わさないのだった。コロナだから?違う。それが流行るより前の話だった。例えばコンビニで買い物をする。品物をレジに渡す。会計をする。店を出る。果たしてお店の人と会話をするだろうか。ここでいう会話とは挨拶だ。同じグループなり顔見知りには妙…

  • あれは富士山ではない

    皆さん、前に見えるのは富士山ですよ。そうバスガイドさんは言うのだった。 高校の修学旅行だった。広島市の高校が皆そうなのかは分からぬがそれは初日に京都で乗り換えて富山へ。立山黒部アルペンルートを経て二日目には箱根、そんな中部山岳地帯から関東の観光地を回るルートだった。今思うとどこに泊まったのかは思い出せない。箱根は小涌園だったが富山はどこだっただろうか。憧れの女子とは違う班だったのであまり気合が入らなかったのかもしれない。 立山黒部アルペンルートでガイドさんは教えてくれた。右手に見えるあの山が薬師岳ですと。そして何故だろうか続いて「いい日旅立ちを」を歌ってくれた。ウグイスのようなとても綺麗な声で…

  • 五つのひらがな

    ピンポン。玄関のチャイムが鳴った。この時間に?ははぁまた何か買ったのだな。自分とて本人以外には意味をなさない趣味のものなどを良く買うのだから、ネット通販で人の事は何も言えない。 毎年この日が来るとそのひと月もふた月も前からどうしようかと考えあぐねていた。なにか身に着けるものをあげるべきだった。指輪は意味深で罪深い。腕時計は時を刻む。自分達も時を刻みたい。しかしそれは昨年あげてしまった。スカーフが良いだろうか?いろいろ迷った。しかし渋谷のファッションビルは自分には余りに敷居が高かった。男一人で、ましてや冴えない男が行く場所ではなかった。駅の近くには「〇1〇1」があった。109は入りずらかったがマ…

  • え、今からですか?

    とうとう買ってしまった。足の間に挟んで電車に乗っている。 何度も自問自答したのだった。将来に何かしたいのか?途中でまた放り投げるのか?一人でシコシコやるのか?飽きないのか?部屋の飾りにしたいだけだろう?数多の問いに対する答えはあるが、ひどく脆い。 僕はとある教室の門を叩いた。部屋の中には罪深いモノたちがたくさん並んでいた。こんな歳なのにできるでしょうか?そう聞いた。 大丈夫ですよ。八十歳の生徒さんもいらっしゃいますよ、そう細身のパンツをはいたカーリーヘアの男性は笑ってくれた。まず、試してみましょう。体験ですから無料ですよ。 紙を渡された。そのとおりに押さえればよいです。これはパワーコードと言い…

  • 星取表

    僕は何をやっているのだろう、笑ってしまった。 頭の中に星取表が広がっている。特に勝敗を記しているのではない。 図書コーナーの有無と蔵書数。売店の充実度。展望。山は見えるか?鉄道は見えるか?建物や器具類は新しいか?野外テラスはあるのか?清潔か?そんな設備の新しさや環境、充実度を無意識に採点している。 ああ、お世話になるのならここだな。もっとも星の数が多くついたところが自分のナンバーワン、というわけだった。 何の採点表なのか?あらかた想像もついたであろう。それは手術や入院をする病院だった。病院とは幼いころから自分の心のある種の拠り所だった。幼い頃の小児科内科の入院風景は今も何処かに残っている。白い…

  • 甲斐からの山・十文字小屋と甲武信岳 

    登山は通常山頂を目指すものだ。暗い谷から登り始めて斜面を高まいて尾根に登りつくこともあれば、最初から明瞭な尾根筋を捉えてそれを登ることもあるだろう。どんな山にも必ず一つは厳しい箇所が出てくる。鎖、三点確保、技術的に緊張を強いられる場所もある。そんな心のなかで警報が鳴るような場所もあればひたすら心臓と大腿四頭筋に負荷を与える箇所もある。鼻歌交じりで歩ける場所はさほどない。さような苦労の末に山頂はある。 それを目的としない山歩きは考えたこともなかった。が、あり得るのだった。それは山小屋を目指すものだった。山は基本テントだ、そう山を始めた頃から思っていたので避難小屋以外は山小屋に泊まったことはあまり…

  • ストーブにあたりながら

    干し柿を作っている。高原の我が家は区画整理がされた都会の街とは異なり番地ごとの境界線があいまいだ。もちろん境界石を辿り測量を行えば境界ははっきりしてくる。が、判明させたところでそこにフェンスやブロック塀を作るわけもないのだからすぐに明瞭さを失ってしまう。 そんな境界線にこれまた所属不明の木が生えている。背後は沢に向けて広葉樹林が広がっているのだから誰も手入れに入らない。草木は好き放題に成長している。そんな木々のうち数本は空に橙色の実をつける。柿の実だった。気になっていたがいずれ庭に落ちてやがて腐ってしまう。渋柿だろう。折角の柿なのだからどうせ落ちるのならもいでしまおう、そもそも想定される境界線…

  • 山の絵画

    山が好きな方にはそれぞれの自ら愛読される山の書籍、作者があるだろう。自分の場合は「日本百名山」の著者である深田久弥氏がまず来る。彼が残した短編集は濃密だ。僕は多くの日本語を彼の本から学んだ。そしてイラストレーターである沢野ひとし氏。彼の「てっぺんで月を見る」は山に打ち込んだ青年期のリリシズムから中年になって再燃した山への想いに満ち溢れている。アイガーから滑落して石にぶつかり空を舞った時に家族に対して「スマン、先に行く」そう呟き彼らの顔が浮かんだ、そんなシーンを乾いた筆で書くその様に惹かれた。自分が山の本を語る際にはもう一人忘れてはいけない。川崎精雄氏だ。とある都市銀行で働きながら週末を利用して…

  • 採血マニア

    「私ね、仕事に戻ってからはもう注射針が打てないのよ。だから人間ドックの担当にしてもらったの。」 「大丈夫よ、すぐに感を取り戻すわよ。」 「そうかしら?でも震えて、怖いのよ」 そんな話が笑いとともに三人の女性連れから聞こえてきた。彼女たちは病院の看護師仲間なのだろうか。自分が勤務する施設への見学者だった。今日は休日か。楽しんでくれると嬉しい。僕は何かを言おうと思ったが、やめた。 ガンの治療が終わってからは三年ほど毎月採血をしていた。可溶性インターロイキン2という悪性リンパ腫のマーカーを確認するためだった。大きな動きがありしきい値を超えたなら再発の可能性が高い。毎月ハラハラドキドキしていた。 しか…

  • 毎朝の珈琲

    朝、森の木漏れ日と鳥のさえずりの中でコーヒーを飲む。憧れの絵ではあったが流石に自分の住む地ではこの季節は無理だった。師走まであと数日。そんな朝は3度近い温度なのだ。ウッドデッキに出たら凍りそうになる。 仕事に向かう朝は職場近くのコンビニに行く。そこで昼食の海苔弁当でも買ってコーヒーを一杯買う。ここ数年でコンビニコーヒーも美味しくなった。今では濃さも選べるのだ。すぐに混む職場の駐車場に早めに到着して車の中でくだんのコーヒーを飲む。明け方に投稿したブログ記事を見直すといろいろとタイポがある。それを修正して次に書くものを考える。つまらない文章を毎日拡大再生産ばかりしているがそれでもやり続けるには何か…

  • お尻ふき

    お世話になった銀行というものは誰もが持っているだろう。多くの場合、家は借金をして買うことになる。自分はとある信託銀行を選び住宅ローンをくんだ。金を貸す立場だからか担当者も親身だった。 早期退職をしてまず考えたのは退職金の運用だった。複数の金融機関を回ったがその信託銀行は様々な商品を提案してくれた。豊富な知識で分かりやすい説明をしてくれた。大した金額でもないが結局そこで定期預金、保険、NISA枠を使っての投資信託を契約した。あれから4年か。資産状況はネットで分かるのだからありがたい。投資信託の商品の一つは負けていて資金注入を辞めていたが最近戻ってきた。インデックス投信は長い目が必要なのだろう。そ…

  • 図書の旅46 カブールの園 宮内悠介

    ● カブールの園 宮内悠介 文集文庫 2020年 日系移民が登場する・舞台になる本は二冊読んだことがある。一つはアントニオ猪木の自伝、そしてもう一つは山崎豊子の長編小説「二つの祖国」だった。前者は貧困故家族そろってブラジルへ移民し、猪木氏は肉体的な辛酸をなめ力道山に見いだされ、プロレスラーとなり様々な失敗を繰り返しながら国会議員となる。アメリカ巡業中に結婚し子供も儲けたが子供は幼くして世を去りまた離婚する。信じていた者にも裏切られたり、と波乱に満ちた生涯だったようだ。後者は米国へ移住した家族の息子二人が主人公となる小説だ。独りはたまたま日本に里帰りしていた。そして太平洋戦争が始まる。兄弟二人は…

  • 赤の魔力

    赤が好きだ。赤…?第二次世界大戦・東部戦線での赤軍?ニエット。広島カープ?違う。シンシンナティレッズ?ノー。浦和レッズ?いやサッカーのルールも知らない。巣鴨商店街?好きな街だけど赤い下着は遠慮したい。赤のマツダファミリア?やめて欲しい。 幼稚園児だった。住んでいた横浜の街は京浜工業地帯を望む丘陵地だった。社宅の東向きの窓からはるかに煙突の煙をいつも見ていた。忙しい父もたまには家族サービスとでも思ったのか。たまに駅に出て最上階の食堂で食事をした。すると僕はビルの窓から東を見る。そこには赤い矢が飛ぶのだった。 赤い矢といってもそれはモスクワとレニングラードを結ぶ特急列車・赤い矢号ではない。ましてや…

  • ジョージア・オン・マイ・マインド

    職場に来るお客様。この施設を見学することが目的で来日したというのだから驚いた。お二人だった。女性は日本人だった。男性は僅かに日本語が話せたのだが英語だとありがたい、そんな風に言うのだった。国際結婚は増えたが目の前の二人がミスター&ミセスとはあまり思えなかった。夫婦やカップルの持つ距離感とは違うように思えた。しかし観光スポットの職員としてはこれ以上の深入りはしない。色々な人たちがやってくるのだから。 職務上、自分は彼らがこの場所に居る以上は旅に関する安全を確保し不安を取り除き良い思い出を残してもらう必要がある。だから少しでも困った様子を見たならば話を聞く事にしている。仕事を通じて学んだ拙く滅茶苦…

  • サイクリングバッグ

    もうこの十年だろうか。街中で自転車を見かけることが多い。買い物用軽快車や電動アシスト付き軽快車の話ではなく、スポーツサイクルの話だ。その多く多分99%はロードバイクだ。荷物は持たないのだろうか。サイクルジャージの背中ポケットに、シートの下に小さなバッグを付けている場合も見る。デイパックを背負う姿もある。背中は蒸れるのに辛くないのだろうか?自転車にも流行りがある。十年前はクロスバイクが、三十年前はマウンテンバイクが主流だった。あ、忘れていた。四十年前までは・・。サイクリング車が主流だった。鉄のホリゾンタルフレームに泥除けがついてフロントにはバッグが付くように細工されている。そんなフランスの小旅行…

  • 風呂の手順

    社会人現役の頃、自分はカラスの行水を地でいっていた。まずシャワーを浴びて体を洗い頭を洗ってすべて流す。ここまで二分半。そして湯船に入る。さらに三十秒。まことにカップラーメンのような男だった。なぜそこまで急いだのか?湯上がりのビールを少しでも早く飲みたかったからだ。今も最初の二分半は似たようなものだが温めのお湯にゆっくり浸かるようになった。三分以上そこで温まると意識が何処かに飛んでいくこともある。このまま寝てしまい気づけば溺れてあの世に行く。病や犯罪が多い今の世で、これはある意味幸せな終わり方にも思う。冗談はさておきお風呂が好きになるとは年齢のせいかもしれない。 もっとも日帰り温泉は好きでよく通…

  • 別れの音楽

    この世から別れたときにどんな音楽が流れたら自分は嬉しいのだろう。そんなことを考えるのは今自分がこうして入院をしているからだろう。それは重篤な病ではなく、酒席でひどく酔い道路で倒れて頭を打った、そんな笑い話にならぬ、なんともお粗末な顛末だった。頭骸骨は固く、脳を守ったがそれでも外傷と内部に血腫が出来た。外傷性くも膜下出血と言う名前を医師は口にした。この血腫の行く末を見るために一週間ほど入院が必要となった。 病棟は心臓血管内科と泌尿器科の患者だった。そこに道路で転倒し頭に傷を負った人間が同居している。苦しそうな声が四人部屋に響き、痰のサクション、下半身洗浄、そんな音が聞こえる。廊下を歩くとある部屋…

  • 小さな行政

    高原の町に引っ越してきた翌日に転居の手続きをした。住民票登録、国民健康保険、マイナンバーカード、運転免許証、一通り変更が必要だった。 自分の住む市は二十年ほど前に周辺の町や村が合併して出来たものだ。烏合の衆と言っては失礼だがそんな小さな集団の結束の名残だろう、当時の町役場や村役場が今は市役所の支所として残っている。今でもそんな支所はどこかアットホームな雰囲気がある。 自分の住んでいる市の人口は4万4千人、そして町の人口は5千9百人という。市内の外国人人口は約2%にあたる865人という。そんなつまらない質問にも職員さんは最新データを調べ答えてくれるのだった。ちなみにこの地に転居前に住んでいた横浜…

  • 功と罪 テレキャスター

    身を取り巻くもの。自分を豊かにするものにも罪がある。しかし罪ばかり書いても仕方ない。功もあろう。功罪とはセットだから。 * * * ネットの楽しみ方の一つに趣味の情報を得ることがある。年齢を問わず好きなこと興味のあることはこんな脳みそでも真新しいスポンジのように吸収してくれる。それはありがたいが時に迷惑でもある。興味のあるモノはやがて手に取れるのなら欲しくなる。あるいは欲しくなったからネットで検索するのかもしれない。どちらが先かは分からない。最近自分がよく調べているものは何だろう・・・。まずはアコースティック・ベース。アコギ同様に今ではピエゾ素子のピックアップを内蔵した箱型のアコベが色々と出て…

  • 1800キロカロリーの日々

    入院したおかげで再び病院食を味わうようになった。味は悪く無い。そして量も丁度よい。強いて言えばご飯が多い。普段の二倍は出る。メインにはメンチカツも生姜焼きも煮魚も出てくる。そして生野菜が多いということもない。多くは煮物でありおひたしや酢の物だった。必ずしも一汁二菜ではない。味噌汁はつかないがミネストローネの時もある。零汁三菜の時もある。その分副菜にバリエーションがあり僕は御膳の蓋を開けるのが楽しみだ。 ご飯や麺などは口にしない、それは糖質ダイエットを試していた友人から学んだ。実際彼はそれで十キロは痩せて今もそれを維持している。体重を落とす良い機会だと3年前の入院で僕もそれを実践していたが即座に…

  • 図書の旅45 旧約聖書を知っていますか

    ●旧約聖書を知っていますか 阿刀田高 新潮文庫 1994年 スパイ大作戦、またはミッションインポシブル。人によっては、格好良すぎるトム・クルーズ演ずるイーサン・ハントの嘘のようなアクション映画を思い出すだろうし、あるいは渋いピーターグレイヴス演ずるチームリーダーのジム・フェルプスとメンバー達が活躍するテレビドラマだろうか。こちらのチームメンバーは個性あふれ魅力的だった。性格俳優マーティン・ランドゥ演ずるニヒルな変装者ローラン・ハンド、紅一点として美貌を用い色仕掛けもして相手の懐に攻め入るシナモン。力持ちのウィリー、電子・機械に精通したバーニー。見事なチームワーク。自分はテレビドラマをかなり熱心…

  • 功と罪 潤滑油

    お、気づいた?え、どちら様? そう言ったそうだ。僕はその飲み会を楽しみにしていた。新しい社会で新たに作った人間関係。お酒を飲みたいと思う相手が居るとする。そしてそんな時が来る。そんな飲み会は酒は進む。齢六十を過ぎているのだから酒との付き合い方など心得ているはずだ。 余程楽しかったのだろう。さんざん笑い空いたジョッキと杯は増えていく。トイレに行くときの立ち眩みが飲み過ぎかなと思わせる。あれ、会計はしたっけ? 払ってもらい返したかな?そうなってくると途端に怪しい。 気づけば自分は白く明るい部屋で横たわっていた。頭が痛い。枕に血痕がある。この無機質な部屋はよく分かる。病院か。友と彼の奥様の顔、そして…

  • アイルランドの音と香り

    会社員時代のオフィスは東京都内は山手線の中にあり時に外にもあった。安い家賃を求めて流浪したのかもしれない。品川区にあったオフィスはひどく臭いどぶ川とそれに沿って咲く桜並木と言う不思議な組み合わせの街にあった。一昔二昔前は低層階の建物や工場の街だったがいつかオフィスビルと高層集合住宅の街になっていた。そんな一角にアイリッシュ・パブがあった。仕事帰りにワン・パイントで一、二杯引っかけるのだった。ビールは当然「アレ」だ。アイルランドのビールと言えばきめ細かな泡立ちの黒ビール・ギネスになるのだろう。初めて飲んだときは強いコクに反して炭酸の薄さに物足りなさがあった。当時日本にはドライやラガーなどの下面発…

  • 地図を読める人・読めない人

    自分は読めると思っていた。山登りをするのだから地図が読めないとは登山の資格がないと言っても良いだろう。当然カーナビ画面もノースアップだろう。画面上が北を示す訳だ。それを頭の中の地形図に重ね合わせてゆくのだ。そんな一連の行為は知らない場所を走る際の醍醐味だろう。しかし今は車の進行方向に矢印が向いている方がやりやすい。脳の作業領域の中で行う方位の転換が出来なくなった。パソコンでいえばCPUの動作不良か、長年使い続けたせいでメモリ領域にゴミが溜まってしまったのだろう。 仕事先は広い森の中に広がっている。そこを小さな冊子を手にしてお客様がやってくる。しかし多くの場合こう聞かれる。「この建物にはどう行け…

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