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きみの靴の中の砂 (サヨナラ —— 旧goo blog版) https://blog.goo.ne.jp/disinfectant1953

このサイトは "Creative Writing" の個人的なワークショップです。テキストは過去に遡り、随時補筆・改訂を行うため、いずれも『未定稿』です。

みなさんに感謝: アラン・ロブ=グリエ アルベール・カミュ 伊藤整 岩科小一郎 エリック・ホッファー 尾崎喜八 金子光晴 クロード・シモン ジャック・ケルアック 田村隆一 辻邦生 辻村伊助 永井荷風 久生十蘭 フィリップ・ソレルス 船知慧 ブルース・チャトウィン ポール・ヴァレリー ミシェル・ビュトール 森鷗外 森茉莉 吉田健一 ル・クレジオ ロラン・バルト

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2022/04/07

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  • いつまでもここに居られそう

    「右手が豊後水道、その先はもう太平洋よ」とイチ子さん。「それと、霞んでしまってるけど、向こうに長~く見えるのが佐田岬...」湿った夏の大気がのし掛かる昼下がり。かすかに軽飛行機のエンジン音が聞こえる。「夏の旅もそろそろオシマイだね」とぼく。「仕事はテレワークだし、支払いはiDで済んじゃうし、居ようと思えばいつまでもここに居られそうよ」と言ってイチ子さんは笑う。いつまでもここに居られそう

  • 古いカセットテープ

    昔、自分が倉庫代わりに使っていた階段下の物置部屋で、何を詰め込んだか、もうすっかり忘れてしまったダンボール箱を見つけた。開けてみると、分解された現像機やトランジスタラジオ、赤い小さなラジカセなど、古道具が詰め込んである。四十年くらい前のもののようだ。見れば、ラジカセにテープが一本入ったまま...。見覚えがある。当時、乗っていた中古のアルファ・ロメオにはラジオしか付いてなく、遠出のときなど好きな曲を聴きたいときは、好きな曲をカセットテープにダビングして、ラジカセを車に持ち込んで聴いていたのが懐かしい。ラジカセのハンドルに結んだままのコードをほどいてコンセントに繋いでみる。ラジカセも中のテープも、まだ生きているだろうか...。スイッチを入れる——最初の曲が聞こえてきた。このテープをいつ、誰のために作ったのか、...古いカセットテープ

  • バナナチップス日和

    ところで、首都ワシントンD.C.のコロンビア・ハイツに、太古に隆起した海岸段丘があって、昔そこに暮らしたインディアン達は自分達の部落をマンナハッタと呼んだそうだ。それが所を移し、なまって、今日のニューヨーク・マンハッタンになったという。さて、今日、休日の午後、ピクニックがてらセントラルパークまで足を伸ばした。先週、アパートメントの隣に住む、ロシアの文豪トルストイ似の爺さんが自ら揚げたという『バナナのチップス』と、アメリカン航空でパイロットをしている友人コールくんのフライト土産、ケニヤ産の『緑のお茶』という名前ながら煮出せば真っ赤な色のお茶をサーモスに入れて持ってきた。味から推測するに南アフリカの一部に自生するルイボスを移植したもののようだ。多少酸味は抑えられている。セントラルパークもこの辺りには、マンナハ...バナナチップス日和

  • 少女がパン屋の店先に姿を見せようかという朝の時間

    イチ子さんの今月は、フランスで取材。画家でエコール・デ・ボザールの学生でもある女友達のパリのアパルトマンを頼って、モンマルトルでひと月に渡り滞在中。*アパルトマンの筋向かいには伝統あるパン屋。イチ子さんがパリに着いてこの方、年の頃なら十二、三歳の、金色の髪が朝日に美しく映える少女が、毎日早い時間にパンを買いに来るとメールにあった——イチ子さんが階上の窓辺に起き抜けのカフェ・オ・レを飲む頃、その少女は現れるという——メールに添付された写真には、友人が描いたという朝のパン屋の店先の絵。壁の時計に目をやれば、東京は午後二時。パリとの時差は東京がプラス七時間。モンマルトルでは、そろそろ例の少女がパン屋の店先に姿を見せようかという朝の時間である。少女がパン屋の店先に姿を見せようかという朝の時間

  • 止めなさい!

    イチ子さんの手のひらにヤドカリ。ぼくが、そのヤドカリになりたいと念じているのを知ってか知らずか(知るわけないよね)、イチ子さんは、(こともあろうに)それを海へ帰そうとしている様子——止めなさい!止めなさい!

  • ポテトフライでアクセル全開

    ポテトを素揚げにしただけのチップスやフレンチフライじゃなく、それを櫛形に切って下茹でしたものにパン粉をまぶして揚げ、そしてそれにウースターソースをかけて食べる——いわゆるポテトフライ(フライドポテトとは違う!)が気に入ってしまい、この春は二日と空けずにて食べていた。ペンフレンドクラブの"NewYork'sALonelyTown"をエンドレスで聴きながら、揚げ立て熱々、たっぷりのポテトフライとビールで済ませた夕食は何度もあった。ポテトフライでアクセル全開

  • どこかに書いてあったかも知れない

    いつもの年のように春が来るとキジバトの夫婦が庭先にやって来る。この一種は生涯ツガイを維持するそうだ。以前はそのまま庭木の葉陰に巣をかけて子作りしていたが、木が高く伸びた今は、天敵の猛禽類に見つかる懸念が生じたか(近所に猛禽類をペットにしている人が二人もいるのだ)、春の挨拶を済ますとどこか別のところに巣作りに行くようになってしまった。ところで、鳥にはそれぞれの鳴き方の一般的な表記法がある。例えば街中にいるハトは、ポッポーと鳴くなどだが、キジバトのそれは異なる。だが、表記された文字を未だ目にしたことがない。先日やっと、尾崎喜八が書いた古いコラムの切り抜き(東京新聞1962年3月29日夕刊)にそれを見つけた。『デデッポッポー』と鳴いているという。言われてみれば確かにそうだが、デデッの部分を『デ』だか『ベ』だか聞...どこかに書いてあったかも知れない

  • サーフ・ポイントの端っこ

    ここはハワイ諸島、加えて観光客も疎らな小島。更には、とある弱小サーフ・ポイントの端っこ。穏やかな天気が続いていて、海を眺めるだけなら今日も最高のいち日になるに違いない。このビーチに出没するサーファーのほとんどはロコで、他にはFMで波のコンディションを聞いて車で遠征して来る者がわずかにいるだけ。5フィート程までの波は中級者にはいい練習になるが、それ以上の高波中毒者となると全く物足りず、今週のように波待ちの日々になる。*アルコールを飲んだら波には乗らないので、そうと決めたら、いつものビーチ屋台で飲みながら海を見て過ごす。聞こえる音は、潮騒と屋台のラジオ、他には客がいれば彼等の会話だけ。サーフ・ポイントの端っこ

  • 風の日曜日

    ハナスミレの季節が終わると初夏。イチ子さんがクロスグリのジャムを作った。デザートスプーン二杯のそれをコップ半分のお湯に溶かし、それに氷を入れて冷やして飲む。ポアロの好物・カシスシロップというのは、きっとこんな味なんだろう。***今日は風の日曜日。江ノ島まで透きとおったように見える。*イチ子さんは、なにがおかしいのか。風の日曜日

  • イチ子と春の一瞬

    十年前の今日のような春のいち日、ぼく達はなにをして過ごしていたっけ——思い出すには、過去と直感的に関われる端緒が必要。例えばこんな220mm×220mmの正方形1号のキャンバスに描いた『イチ子と春の一瞬』のようなものが...。イチ子と春の一瞬

  • 学校は好きだったよ

    学校は好きだったよ。もう一度通えって言われるなら、また同じ制服着て、同じ高校がいい。学校は好きだったよ

  • なにかが足りない!

    なにかが足りると、なにかが足らなくなる。だからアタシ達は、いつもなにかが足りない。なにかが足りない!

  • なおも上昇中

    夏休みも、部活とプール管理で登校の要アリ。*本日、水銀柱は気圧1000ヘクトパスカルをアッサリ超えて、なおも上昇中——ジリジリと陽射しの音すら聞こえてきそう。なおも上昇中

  • 黄水仙の花言葉

    というわけで、昼と夜が同じ長さだと世間で取りざたされていたその日も過ぎ、いつ植えたものかも忘れてしまった庭の黄水仙の株から、今年最初の一輪が咲きました。茎がまだしっかりしないうちに大きな蕾をつけたせいで、その重さから、大地に横たわったままに花咲く運命を選択したようです。かつて、別れた人は、黄水仙を愛して止みませんでした——花言葉は、何でしたっけね?黄水仙の花言葉

  • 画家高間筆子、享年二十一歳

    かつて、京王線明大前駅から歩いてすぐのところに、とある私設美術館があった。資金の都合からか、今は、もう無い。間口が狭く、見過ごしてしまう人も多かったに違いない。さて、そこは、もはやこの世にいない、ある女流画家の『絵のない美術館』——なぜ絵がないかというと、関東大震災で、そのすべてが焼けてしまったから...。彼女の画業は、その詩画集出版のために版元が撮影した数枚の天然色写真と白黒写真に残るのみである。画家の名は、高間筆子。資料によると兄は、大正から昭和にかけて少なからず名の売れた鳥類画家・高間惣七。余談だが、そんな兄の作品も今はもう簡単に観ることはできない。東京芸術大学が同大美術館で卒業制作の自画像展を開催する機会に、注意していれば辛うじて見つけられるだろう。さて、その高間筆子は不運にも大正中期に世界的に流...画家高間筆子、享年二十一歳

  • ハーヴェイ君、惨敗

    東京、19時。タワーが間近に見えるホテルの15階のバー"KangarooHop"にぼくはいて、いつものペルノを注文していた。実は、このホテルのメイン・バーとダイニングは3階にあるのだが、夜景の美しさと肩の張らない雰囲気が気に入って、ぼくは、もっぱら、このセカンド・バーの方をよく利用していた。いつもバー・カウンターの定位置に立ち、国籍は不明だが(恐らくマレーシア界隈か)、ここ数年、都内で十指に入ると噂されるようになったバーテンダーのテリー・Bに、未だたどたどしい日本語で「もしかしたらフランスの方よりも、ペルノがお好きかもしれませんねェ」と感心され、「な~に、ただの通風予防ですよ」などと、この夜も与太な返答をしている時のことだった。きわめて目もと涼しい大人の女性がひとり、カウンターのスツールに腰を掛けた。テリ...ハーヴェイ君、惨敗

  • アリゲータ・ペア

    知った当初は、鰐梨という果実の容姿が想像できなかったし、ましてやそれをワニナシとカタカナで表記するものだから、必要以上に混乱した。のちにそれはアボガドの和名だと知って——なんてイカさない訳語なのかと思った。調べてみると、アボガドの皮がワニの皮膚に似ているところから英語では別名アリゲータ・ペア(AlligatorPear)とも言い、ワニナシは、まさにその直訳に過ぎなかったのだ。もっと気の利いた訳語を当てられなかったものかと残念に思った。でも、ダウン・タウンを下町と訳した、日本翻訳史上最大の誤訳と比べたら、ワニナシの件など取るに足りない。アリゲータ・ペア

  • まだ少し眠い、午前五時

    潮騒か。明け方、目覚めかけた耳の奥で聞こえている——日中、海やプールで耳に水が入った日に、たまにある現象だ——頭を動かすと、ゴミだか耳垢だか、耳の中でゴソゴソ動く。潮騒より断続的な音だから、ヤドカリが地面を這っているようにも聞こえる。起きて活動すれば、そのうちに聞こえなくなるから、それまで大人しくしていよう。まだ少し眠い、午前五時。まだ少し眠い、午前五時

  • 古いロンドン訛り

    ポートモレスビー・ジャクソン国際空港でジャンボ・ジェットを国内線の古い双発プロペラ機に乗り継いで一時間。そして、行き着く島の港からフェリーに揺られて半時間。ようやく上陸したのが、環礁に囲まれた周囲三キロにも満たない離れ小島。唯一のホテルも客室はツイン・ルームがたったの三つ。フェリーは一日一度か二度の往復だけだから、宿泊客を含めても、日々、島の人口が1ダースを超えることはないという。<fontcolor="#ff9900">*</font>仕事続きの合間に、幸運にも手に入った短期休暇、思い切って足を伸ばしたのだと水口イチ子がメールで知らせてきたのは、『日本の春に秋の収穫を迎え、日本の秋に春の花咲く南半球の国』からであった。ホテルを営む老齢の白人夫妻は、見事なまでに古いロンドン訛りで彼女をしばしば戸惑わせると古いロンドン訛り

  • 半袖

    半袖にしようかな...と思う最初の春の日が、もうすぐ来る。半袖

  • 懐かしいじゃありませんか

    学校のプール掃除は、高校だと水泳部が担う。学校によっては、掃除は春休み中にも済ませてしまうらしいが、うちの学校はゴールデン・ウィーク明けがプール開きだから掃除計画は多少悠長。懐かしいじゃありませんか、高校二年生の頃のイチ子さん。*さて、パステル画は出来上がると、定着液をスプレーしてストック。後から探し易いように写真に撮ってデジタル化して整理しておく。懐かしいじゃありませんか

  • フォール=ド=フランスの飛行場の匂い

    カリブ海のフランス領、西インド諸島マルティニーク産のダークラム——現地のオジサン達がするようにお砂糖を入れて飲む。壜に蓋をし忘れ、そのままソファで眠ってしまったら、翌朝、部屋の中はフォール=ド=フランスの飛行場の匂い。フォール=ド=フランスの飛行場の匂い

  • 大事なものを無くした時

    「とっても大事なものを無くした時ってどうするのが一番だと思う?」とイチ子さんが聞く。「探すか、もう一度手に入れるかとか...」「ここでは、二度と手に入らないものとしての話よ」「う〜ん、なんだろう。わからない。どうするの?」「簡単な話よ。いさぎよく、あきらめるのよ!」大事なものを無くした時

  • 本気でそう言った夏もあったのだから...

    国際列車の窓を透かして遠くヨーロッパ・アルプスの山並みを数えた旅もあった。スイスのバーゼルを立って七時間余り...。車列は、かつて、戦争があるたびに国境線が何度も引き直されたという大地を進む。今、風のように流れていく風景は、ルクセンブルクかベルギー辺りか。車内では、もう何時間もドイツ語とフランス語が聞こえていて、時折、それに英語が混じる。列車は途中いくつかの国を経て、あと一時間もすれば、終着駅アムステルダム中央。車中で見た午睡の夢に出てきた人は、昔、激しい恋のさなかにあった頃のままの笑顔だ。「広大な湿地帯を望むアムステル河の河口にダムを築いて、すっかり乾燥させた土地に作った街がアムステルダム...」「それ、すごい話ね」と明るく笑う。目覚めれば、それから何億秒をも過ぎた今という現実。未練がましくてもいいじゃ...本気でそう言った夏もあったのだから...

  • そんな予感もひと際な朝

    春分の日も近い、とあるいち日のはじまりの時間...。夜明け頃に通り過ぎた驟雨は、舗道の陽向で陽炎になり、道行く人波に揺れる。アメリカヤマボウシの並木道の向こう側、『メイフェア』という名のベーカリーの若夫婦が、ふたりして夜中に仕込んだパン生地を朝イチで焼けた窯から出し終え——砂糖とたっぷりのミルクを注いだ紅茶で——一息つくのもこの時間。「毎年、暖かくなって来ると、なぜかパンがよく売れ出すんですよ」と店主が不思議がっていたのは、つい先日のこと。誰とはなしに陽気に誘われ、公園のパーゴラの下でランチでも企てようというのか。新しい季節が一気に押し寄せてくる...。そんな予感もひと際な朝。そんな予感もひと際な朝

  • 突然、気付いたこと

    わたしは、少なくとも九割の平凡から成り立っている。突然、気付いたこと

  • Graduation Day

    GraduationDay.GraduationDay

  • 麦藁帽子とカルピス・ソーダ

    夏の日、きみが傍らのテーブルに置いたカルピス・ソーダ。『仁丹の広告燈、すべての詞華集やカルピスソーダ水』を嫌いだと言ったのは、中也だったか富永太郎だったか。*話しかけるのがためらわれ、ぼくは、斜め後ろのデッキ・チェアから、きみの麦藁帽子の陰で見え隠れする、その日焼けした首筋をただぼんやりとながめていた。氷が溶けてグラスが寂しげな音を立てると、きみはきみで、海に向けて寂しげな視線を送っているかもしれない、昼下がりのこんな時間。麦藁帽子とカルピス・ソーダ

  • ついこの間のことだとばかり思っていた

    「とうとう、三十になっちゃった」ときみが苦笑したのは、ついこの間のことだとばかり思っていた。ところが今日、街中で久し振りに出会ったきみが「もう三十八よ」とささやく。今を生きる人の時間感覚って、こんなものなんだろうか。ついこの間のことだとばかり思っていた

  • イチ子さんは俄かに緊張する

    庭にマメザクラの木が一本あって、近くの川端のソメイヨシノより毎年数日早く咲く。その由緒は古く、イチ子さんのおばあさんが若い頃に甲州のお友達から送られたものだという。*六月になるとサクランボが黒く熟す。味は、甘さの中にスッキリとした酒精のような芳香が混じる。収穫時期が迫ると、野鳥との取り合いになり、イチ子さんは俄かに緊張する。イチ子さんは俄かに緊張する

  • PRELUDE / 前奏曲

    プレリュードは、はじまったばかり。PRELUDE/前奏曲

  • あの夏、由比ヶ浜で

    湘南。十六歳の夏。永遠の水口イチ子。あの夏、由比ヶ浜で

  • 果たして水口イチ子とは誰か

    果たして水口イチ子とは何者なのか。『水口イチ子』をこの字面でネット検索すると、出てくるのは当"Studio31"所属キャラクターで実態のよくわからない水口イチ子さんのみだから、日本には他に同姓同名はいないのかもしれない。余計な迷惑がかからないから、偶然とは言え、これはいい塩梅だ。では、水口イチ子にモデルはいるのか。下手なタイトル・ピクチュアにあるように、どれをとっても同一人物とは思えず、凡そ『日々、街中ですれ違う多くの女子のひとり』と言うしかない。【TheLadyShelters-MaggieMay】果たして水口イチ子とは誰か

  • そちらはどうですか

    晴れてきましたそちらはどうですかそちらはどうですか

  • マンサクの花

    傘をさしてもささなくても済むような雨の朝だ。近所にある市の健康センターの庭の植え込みに、最近はめずらしくなったマンサクの木があって、この間花が咲きかけていたから、「もうそろそろ見頃かも」とイチ子が言う。薄暗い雨の日に黄色い花が鮮やかなはずだから、写真を撮りに行こうとぼくを誘う。*行きの道すがら、「三月だし、菜種梅雨の走りって言ってもいいような雨ね」とイチ子が嬉しそうに言う。マンサクの花

  • Summer Breeze

    午前6時。iPhoneが、每朝、目覚ましの音楽を鳴らす。"SummerBreeze"飽きずに何年も同じ曲。季節など関係ない。オールシーズン。浅井慎平が録音してきたジャマイカの波の音を持っているから、いつかダビングして曲に重ねようと計画しているが、二十年以上経つのに実現する気配も無い。実は頭の中ではもうできあがっていて、脳には、そんなふうに聞こえているのかも知れない。【NiagaraFallOfSoundOrchestral-SummerBreeze】SummerBreeze

  • 暑い日である

    海が近い鎌倉の古くからの住宅のほとんどは、潮風やそれが運んでくる砂を避けるために海岸通りから少し距離を置き、周囲を灌木の林で囲んで建てられているのが普通であった。砂の飛散を避けるため、庭一面に芝を貼る家が多いのも特徴と言える。戦前にお金をかけてしっかり建てられた屋敷が多く、うちのように戦後間もなく建てた家など、どちらかと言えば新しい方であった。空調が一般的でない時代、夏の防暑と湿気対策のために家の周囲の窓や縁側を解放して風が通るように設計されているため、後にエアコンを設置しても、隙間の多い構造上、逆にその効果は薄いのが通り相場だった。つまり、夏は扇風機と蚊帳、冬は厚着と火鉢・炬燵という、いわゆる昔の習慣と生活様式に則って建てられた和風の木造家屋であった。***高校最後の夏休みのある日、母が用事で出かけてい...暑い日である

  • サラマンカの手帖から

    夏休み中の課題のひとつが読書感想文。本の分野やその長短などに条件はない。ただ、四百字詰原稿用紙の必ず十枚目に〈完〉の字を打つ必要がある。この条件を満たしていれば課題は完成かというとそれは正しくなく、ちゃんと起承転結で構成されていない場合は、主旨不明として書き直させられるらしい。それも二学期初頭二週間以内に、だとか。先生が読んだことのない本でも課題がよく書けていれば、先生にも理解できて全く問題ない、というのが理屈らしい。イチ子に、本を決めたかと聞くと、辻邦生の『サラマンカの手帖から』にしようと思うという。人というものは、相手より理解のいっているものには、ついつい上から目線で意見しがちだが、『サラマンカの手帖から』は何回も読んではいるけれど、未だ理解するには程遠く、素直に読んだことがあるとは言い辛い。夏休みと...サラマンカの手帖から

  • 河津桜

    河津桜河津桜

  • 鉛筆

    人生は鉛筆のよう。使って先が丸くなっても、削れば気分一新。しかし、削った分だけ、確実に短くなる。さて、生まれた時に一人一本与えられた鉛筆で何を書くか。だけど、なにを書こうが、どう使おうが、やがてチビて、使い潰して、ゴミになるのもまたみんな一緒。その後のことは、本人にはわからない。鉛筆

  • ワーズワース

    「毎年成人の日ぐらいに咲くウチの水仙がね、今年はやっと今頃になって蕾を膨らませてきたから、咲き揃うと早咲きのソメイヨシノと重なっちゃうかも」とイチ子さんが笑っている。「水仙は、日本だと冬の季語だけど、イギリスでは春は黄水仙が連れてくるようだよ」「知ってる!ワーズワースね」ワーズワース

  • 初午(はつうま)

    昼もだいぶまわった頃、初午だから佐助稲荷に散歩がてらお参りに行こう、とイチ子に誘われ、多少重い腰を上げることになった。*佐助ヶ谷(さすけがやつ)——貴人伝説のある隠里の谷筋は、着けば早くも陽の落ちかかる時刻。参拝客の足も絶えはじめていて、小さな境内はひっそり。冷たい風が谷戸を吹く。ぼくが石段を上がった奥社へ参っている間、イチ子は下の社務所で陶製の小さな稲荷神を買い、それを拝殿にかしこまって奉納しているのが見える。*帰り道。どこかで稲荷寿司を買おうとイチ子が言う。初午(はつうま)

  • 目が離れない

    日曜。雨の昼下がり。待ち合わせ中。サインボードの波。とあるブライダルのコピーから目が離れない。『キスはうまくなるでも恋はうまくならない』 目が離れない

  • 腰越、午前九時

    八月、腰越の午前九時——窓越しに、吹きはじめた風が既に熱そう。「シー・ブリーズとかサマー・ブリーズとかって、どんな風のことをいうのかしらね」とイチ子が歯ブラシにチューブを搾りながら言う。「夕凪の前に釈迦堂の切り通し辺りへ行くと、海からの風もだいぶ涼しくなって、ああいうのをシー・ブリーズって言うのかも知れない」聞こえているのかどうか、イチ子は窓の外を見ながら歯磨きをはじめている。【TheBeatles/NoReply(2024WallOfSoundExtendedVersion)】腰越、午前九時

  • 知ってか知らでか

    オセロゲームでは『隅を取るのが有利』とあの頃既に知っていたから、ぼくはイチ子と対戦するとき出来るだけそうしないようにしていた。イチ子も『隅を取れば有利』を知ってか知らでか、わざとそれを避けているようにも見て取れた。だからぼくは、否が応にもイチ子が隅を取らざるを得ないよう、更に念のいったテクニックを駆使する必要があった。その結果、惨敗十四という、ぼくの偉業は達成された。知ってか知らでか

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