斑猫の教へしままを英訳す翌日の土曜日も早朝に起き出してデュオリンゴである。順調に正解を積み重ねていくと、なんと、なんと、なんと、「150コンボ」まで到達した(写真)。「コンボ」とはデュオリンゴ用語で「連続で正解を積み重ねた回数」のことをいう。3か月以上やってきて最高のコンボ数である。しばらくすると長女からメールが入った。長女「おはよう。昨日はご馳走様でした。そして今日も朝からやってますね(笑)」私「こ...
斑猫の教へしままを英訳す翌日の土曜日も早朝に起き出してデュオリンゴである。順調に正解を積み重ねていくと、なんと、なんと、なんと、「150コンボ」まで到達した(写真)。「コンボ」とはデュオリンゴ用語で「連続で正解を積み重ねた回数」のことをいう。3か月以上やってきて最高のコンボ数である。しばらくすると長女からメールが入った。長女「おはよう。昨日はご馳走様でした。そして今日も朝からやってますね(笑)」私「こ...
斑猫に言葉の壁はなかりけり私「I would like a black coffee with sugar and milk please」長女「ハハハ」妻「くだらないことばかり言っていないでお風呂に早く入っておいでよ」風呂から出て夕食が始まった。私「今、オレが嵌っているのは芸能人の英語」長女「ナニ、それ?」私「芸能人でも英語がペラペラというのがいるんだよ」長女「それはいるでしょうよ。たとえば?」私「たとえば……なんとか、よしお」長女「なんとか?誰?」...
浮いてこい浮かばぬものに英単語金曜日、家に帰る途中のマンションのエレベーター。そこを出たところで妻からメールが入った。妻「なつとさわが来てるよ」あと1分で家に到着というタイミングである。もちろんすぐに返信した。私「すぐ帰る」送ったメールに「既読」のマークが付いたそのタイミングでドアを開ける。私「ただいま!」家族一同「えええっ!」私「今日一日、ずっと後を付けておりました(笑)」家族一同「ハハハ」久し...
短夜の闇に光りし刑事の目(承前)入札については混乱した。数ある物件の内のどれを落札しているのか、どれをどのように手配しなければならないのか。知っている人に聞かなくてはならない。何度か会ったことのある関係者を訪ねて調べてもらったりもした。それでもどうしてもOさんから聞かなければならない物件も出て来る。どうしようか。社長がいとも簡単に言う。「張り込みしかないよ」「張り込み?」「夜は帰っているはずだから...
明易しすでに蛻の寝床かなUさんのことを書いた序でにOさんのことも書いておこう。「高島易断」とは関係ないが、同じサラ金組である。Oさんも営業職でUさんの上司だった。昭和17年生まれなのでUさんより3才年下である。元々は当社の創業者の運転手をしていたが、勝気なところを見込まれて営業に移っていた。すぐに横浜市や神奈川県の入札担当となり、数ある入札業者を纏める仕切り役になっていた。頭の回転が早く、要領だけは良かっ...
当たらぬも当たるも八卦雨蛙さてさて、帝国データの「ぶらり名所だより」から始まって「横浜を作った男」高島嘉右衛門の人生を訪ね、馬車道を歩き、ホテルニューグランドまで辿り着いた。最後に高島嘉右衛門の「易」について書いておかなければならないが、その経歴を細々と書いておくのは止めておこう。嘉右衛門は仕事を若くして辞めて「易」の真髄を究めている。「高島易断」の開祖である。ここではその「高島易断」に纏わる私の...
話みな丸く治めて夏の月懇親会は場所を2階の「ペリー来航の間」へ移して始まった。フランス料理と飲み物はビール、日本酒、ワインと何でもござれである。席は落合社長と同じテーブルである。短い挨拶のあとすぐに乾杯となった。乾杯と同時に正面のカーテンが左右に開き、山下公園と氷川丸が一幅の絵のように目の前に現れた。私「おお、すごいなぁ……」落合社長「あれっ、去年は来なかったんだっけ?」私「そう、ここは初めてだよ」...
くちなしや中小企業に声はなし議案は順調に進み、役員改選の件も順調に進んだ。改選された役員の中から理事長が選出されるという。別室に役員が移動した。落合社長「誰だろ?」私「誰がなっても驚くとは思うけど、まぁ、3回目だからなぁ(笑)」落合社長「そうか、3回目か」私「二度あることは三度ある。ことわざだって3度目までだよ。これで失敗したら4度目だからなぁ……」時間が来て役員が前の席に戻ってきた。いよいよ発表である...
折り畳む傘のしずくや雷一つ私「いやいや、少し早めに出たつもりなんだけど、あちこち寄ってきたのでギリギリになってしまったよ(笑)」落合社長「ま、それはいいけど、これを見てよ」テーブルの上にはその日の資料が置かれている。その資料の何ページ目かを開いて「これを見てよ」と言っている。私「何なに?」落合社長「これだよ」私「……」退任役員の名前が出ている。私「ええっ!ウソでしょ」落合社長「ウソじゃないよ」私「ど...
薔薇の雨日の丸小さき氷川丸馬車道はほんの数百メートルしかない。行き交う人とぶつかりそうになりながらもみなとみらい線の「馬車道駅」に到着した。ホテルニューグランドまでは歩いていられない。地下に降りて改札を探した。またまた路上ピアノが置かれていて男性が弾いていた。時間がないので素通りしたが、その後ろにレンガ壁で出来たモニュメントが並べられていた。<おお……>素晴らしい展示物である。下に降りてみた。この駅...
明治の灯ガス燈の灯の涼しさよ東京に戻った大隈と伊藤はすぐに鉄道建設の下工作を始めた。イギリス公使のパークスを口説いて外資の借り入れの話も纏め、正式に建設が決定された。その後に二人は嘉右衛門を訪ねた。「結果的にはあなたを騙したようになってしまいましたが、鉄道の建設は国家の仕事と決まりました。政府としましてはあなたのお立場を十分に考慮するつもりです」「何を仰います。あなた方は官途に就いておられる方々で...
釣れ過ぎるほどに鯰やなゐの前安政2年(1855年)に「安政江戸地震」が発生する。嘉右衛門22才の時である。この時、鍋島藩から一千両を借り受けて大儲けする。鯰が釣れ過ぎて地震の予兆と占いに出て木材を買い占めたとある。鍋島藩が地震、火災で被害を受けた建物を素早く建て直し、感謝された上、更に大儲けすることになる。しかし良くしたものでその地震で被害を受けた南部藩江戸屋敷での工事では大損をすることになる。南部藩で...
水鱧を所望す出世払ひとす関内ホールの横にある「ガス燈」について書く前に高島嘉兵衛門について書いておかなければならない。父薬師寺嘉兵衛の三万石の米については「南部藩史」にも「鍋島藩史」にも公式な記録として残されているという。その直後、南部藩が嘉兵衛に八十石の家禄を与え永代士分待遇としたようである。その子高島嘉右衛門の代となっても両藩からの恩は宏大であったと嘉右衛門の自伝に記されている。父嘉兵衛はその...
行きずりの甘きメロデイ梅雨曇り家に寄って車を置いて電車で関内駅まで行った。雨は降っていないが、いつ降り出してもおかしくない空模様である。改札口を出るとすぐに「マリナード地下街」へと降りて行った。関内ホールの前に出るには地下通路を歩いた方がいいように思った。相変わらず段ボールで囲った浮浪者の寝床が地下通路に並んでいた。通路を進むとピアノの音が聞こえてきた。<ああ、路上ピアノか……>関内ホールとは逆方向...
ガス燈の淡き灯を見に梅雨晴間6月26日(金)、会社での朝の会話である。私「今日、出掛けるからメシは要らない」女性「はい、分かりました。どこか、お出掛けですか?」私「うん、今日は山下公園に出掛けてバラを見て来る」女性「えっ、バラですか?」私「山下公園のバラはきれいだぞ。氷川丸を入れて写真を撮って来る(笑)」女性「本当はどちらなんですか?」私「その前にあるホテルニューグランド」女性「へぇ~、オシャレです...
白地着て鼠小僧を気取りけり嘉兵衛は用人成富助左衛門に面会して礼を言った。「お陰様で三万石の米、無事に石巻に到着いたしました。南部藩領民六十万も鍋島様のご慈悲に感泣いたしておりますとか。手前よりも厚くお礼申し上げます」「それは結構であった。だが国元よりの書状によれば代金が支払われていないとのこと。約束が違うではないか。その方ほどの人物が嘘を言うはずもないので帰りを待っていたのだ」「はい、そのことに就...
無い袖は振れぬと武士の白絣備蓄米供出の件はめでたく鍋島藩主の許可が下りることとなった。しかし、さすがはしっかり者の鍋島藩主、帳面を取り寄せた上で国元の米の在庫を確認した。「いかに凶作とは申せ、盛岡付近の収穫はたぶん豊作の三分目ぐらいは見込めるであろう。それに普段から主食にしている稗、粟、楢、栃、海藻などを含めると全滅ということはあるまい。降霜の報は早飛脚で大阪にも伝わって行くであろう。となれば近々...
生き死の沙汰や冷夏の南部藩高島嘉右衛門の父の名は「薬師寺嘉兵衛」である。高島嘉右衛門が途中で薬師寺から高島に苗字を変えている。嘉兵衛は茨城県牛渡村の庄屋の次男坊で21才の時に江戸に飛び出し、遠州屋という材木商の手代となった。よく勉強もし仕事にも精励したので主家の商売は大いに繁盛した。その甲斐あって暖簾分けを許されて自らの店を構え「遠州屋嘉兵衛」を名乗った。嘉兵衛48才の時に嘉右衛門が生まれた。嘉右衛門...
街路樹の影濃き夏の煉瓦道その翌日たまたま関内に行く用事があった。年金基金の監査役をしているのだがその日がたまたま一年一度の監査の日に当たっていた。カーナビに目的地を入れてビルの隣の駐車場に停めようとすると駐車場だったところに立派なビルが建っていた。<ああ、そうだった。前回来た時にも別の場所に停めたのだった>入れづらい駐車場だったがビルの隣なので何度も利用したのだが、あっという間にビルになっていた。...
馬車道に馬車を見送るパナマ帽週に2回送られてくる帝国データの会報「帝国ニュース」を見ると「地元かながわぶらり名所だより」というのが見開きに書かれていた。第2回目とあり「馬車道」が取り上げられていた(写真)。<書くことがなくなって、とうとう名所巡りが始まったか……>倒産情報だけが載っていても詰まらないが、別にここに名所の紹介をしなくても良さそうなものだがと思いながら読んでみると、これがなかなか面白い。「...
尻の穴向けて午睡の施術台コンビニで用を足してから雨の中を傘も差さずに東京電力の工事車両の場所に行ってみた。クレーンを伸ばして上の方で何かをやっている。スマホで写真を撮ったのが5時56分である。停電をしたのが4時51分だったので、1時間で現場に到着している。24時間待機の消防署や警察は分かるが、東京電力もそうなのだろうか?家に戻って暫くすると電気が点いた。6時10分だった。<620軒か……>2000人が影響を受けたとし...
停電の闇に腹鳴る水中り月曜日は朝食にお粥、会社の昼食もパンにして万全を期した。夜も早目にソーメンだけを食べて終わりである。夜8時になって「マグコロール散」という下剤を飲んだ。私「一杯、飲まないで終わりというのも侘しいもんだな」妻「一日くらい何でもないでしょ」私「まぁな……」翌火曜日は検査当日である。3時半に起きた。顔を洗ってデュリンゴで英語の勉強を始めた。1時間ほど経った頃に電気が消えた。<ん?停電か...
食べて寝て糞と出で行く鰻かな病院から大腸検査のお知らせが届いた。2年か3年に一度である。通知をもらってすぐに予約の電話を入れた。女性「先生の指定はございますか?」私「はい、大石先生でお願いします」もう何年も大石先生に診てもらっている。女医である。前回は腸の中がきれいになっていなかったようで「残っていましたよ」と言われている。私「えっ、そうですか。スミマセンでした」大石先生「次回からは2日位前から食べ...
ステテコや知りたくないと言はれても6月2日訃報が流れた。5月31日(日)に菅原洋一が亡くなったという。92才である。亡くなる1ヵ月前までステージに立っていたという。素晴らしいという他はない。またまた中島の昌ちゃんを思い浮かべる。昌ちゃんはお酒はあまり飲まなかったと思うが、仕事の関係で飲んで来た時があった。私の家に来て母に話し掛けている。カラオケなどあったのかなかったのか、どうやって歌ったのかは聞いていない...
雪解富士お座敷からは見えやせぬこの写真は「大山登山道二十丁目」の「富士見台」での一枚である。あまりに遠くて富士山の姿もイマイチだが、天気が良かったので「おおっ!」と声を上げた一瞬である。私に次いで上がってきた40才くらいの男性に声を掛けた。写真を撮っている。私「富士の高嶺に降る雪も……」男性「……」私「京都先斗町に降る雪も……」男性「スミマセン、知りません」私「いいんだよ、知らなくても。年を取ると世代間ギ...
伽羅蕗を下げて大山土産とす店を出て駐車場まであと僅かだが、まだ「紫蘇の実」を買っていない。<本当にあるのだろうか?>少し高級そうに見える店があった。女性が仲間5名ほどで品物を見ている。店頭に並ぶ漬物などを手にして何だカンダと言っている。品物を選んで買っている人もいる。待ってはいられない。私「すみません」店員「はい」レジを打っている店員に話し掛けた。一人しかいない。私「紫蘇の実というのはあるの?」店...
暑気払ひ肉煮るコンロ運ばれり座敷に通された。誰もいないかと思ったが、端の方に男性が一人座っていた。年の頃30代である。男性「こんにちは」私「えっ?」男性「山で一緒でしたよね」私「えっ、そうだった?ゴメンゴメン、疲れていて周りを見ている余裕がなかった」男性「頂上で裸になっていましたよね」私「ええっ!ああ、あそこにいたのか?」男性「よく目立っていました(笑)」私「あっそう……ヤバいヤバい(笑)」あまりに汗...
倒れ込む登山電車の椅子の上「見晴台」から歩くこと25分。ようやく下社の下の茶店の裏に辿り着いた。最後の数段の石段のきつかったこと。「ラーメン」の幟を裏側を向けて横に張って「ルーメソ」と見えるのが有名な店も素通りである。男性から下社の横に大山の湧水が飲める場所があるとも教えられていたがそこまで行く元気がない。一直線でカーブルカー乗り場を目指した。見ると着いたばかりのようでお客がゾロゾロと降りている。あ...
この山をこよなく愛す登山人下山は本当に歩きやすい道だった。木道や階段などが整備されていてゴロタ石を踏み越えてというようなシーンはあまりなかった。1時間も掛からずに「見晴台」という場所に降りてきた。ベンチに腰掛けてお茶を飲んでいると私の前のベンチに先程の男性が腰を下ろした。彼は平塚に住んでいると話していた。私「平塚は平塚美術館に行きました」男性「?」男性は私が座っているとは気が付いていない。もちろん...
下界には光る屋根あり夏の空ようやく頂上に到着した。時間を確認するとちょうど9時である。<おお、計算した通りだ……>やることがある。まずは山頂がどうなっているかだ。阿夫利神社の本宮があってそこにお参りをしなければならない。それから休む場所を見つけて下着を取り替えたい。そして下界を見下ろして東名道と圏央道の分岐点辺りの写真を撮りたい。そこから見上げていた大山の山頂にいるのだから反対側からの写真を撮ってお...
駆け下りて来し男あり登山道頂上が近づいてきて登山道は傾斜をきつくしていった。もう少しだと気合を入れて一歩一歩踏み締めて行くがなかなか大変である。降りて来る人とも擦れ違う。ゆっくりと降りて来る人もいれば、勢いよく降りて来る人もいる。この人が来た時には思わず声を掛けてしまった。私「メッチャ、元気だなぁ(笑)」男性「ハハハ、まだまだ若いもんには負けていられませんよ(笑)」私「爆走ジジイだな(笑)。降り方...
山登りすなはち一歩また一歩長丁場になることは分かるので途中で挫折しないようにゆっくりと登り始めた。過去一度として挫折をしたことはないのだから今回もきっと登り切るだろう。しかし着実に年は取ってきている。いつかはその時が来るのだろうが、今日がその日とは思えない。途中で気付いたのだが、道の横に石碑が立っていて今の場所を教えてくれている(写真)。「国定公園 大山口登山道 四丁目」<四丁目かぁ……>暫くすると...
大鳥居くぐり是より登山道「従是女坂道」と書かれた石碑が立っていて降りる人に向けての案内である。すぐ近くにトイレがあり、もう少し上がると茶店の並ぶ広場に出た。ケーブルカーで登ってくると駅を出て最初に目にする広場である。手水舎があった。竜の口から冷たい水が出ている。手を洗い口を漱ぐだけに止まらず、顔や首の周りを洗わせてもらった。さすがに裸になって背中を洗うことは憚られたが、そうしたいくらいの汗の掻きよ...
かはらけに込めし願ひや安居寺「大山寺」に到着した。いやに長い石段を登らされた。誰もいなかった。先に行った弘法大師様にもう一度会いたかったが先に進んだようである。いつもケーブルカーに乗ると途中で停まる駅がこの大山寺である。たまに誰かが降りたりするので何かあるのだなとは思っていたが、この立派なお寺を見に来ていたのである。お賽銭を上げてお参りをした。看板が出ていた。「本日御開帳日 九時~十七時」まだ6時...
先行くはお大師さんかも道をしへ登っていくと暫くして「その一、弘法の水」が現われた。<えっ、これだけ歩いて来て、まだ「その一」なの?>その場所には注連縄が張られていたので、おそらくそこが「弘法の水」なのだろうとは想像できたが、水が湧いているようには見えなかった。七不思議というのだから七つはあるのだろうが、相当に登らなければならないことを覚悟させられた。しかしすぐに「二」は現われた。小さな木橋を渡った...
夏山路おのづと選ぶ女坂「伊勢原ジャンクション」を過ぎて「伊勢原大山インター」で降りた。以前「越前岳」に登った時に降りる場所を間違えて沼津の方まで走ったことがあるので何度も降りる場所を確認しておいたのだった。いくらカーナビが優れていてもそれを見て判断するのは人間様である。その場で「右!」と言われても見落とすこともあれば勘違いもある。事前にあの辺りで「右!」と言われるはずだと知っていれば言われる前から...
万緑の山へと曲がる高速路天気はもちろん晴れである。私は晴れの日にしか山登りをしない。昔、大菩薩峠に登ったことがある。あの時は雨に降られた。初めての登山だった。その数日前に登山用品を買いに上大岡にある「スポーツオーソリティ」に出掛けた。店員に声を掛けた。私「初めて山登りをするんだけど、何を買ったらいいか分からない」店員「どちらの山ですか?」私「大菩薩峠」店員「おお、いいですね。それではいろいろと見繕...
大山は豆腐と決めていざ登らむまたまた山に登りたくなった。千葉の低山は熊がいなくて安心だがもう一つ迫力に欠ける。<あっ、大山に登ろう>ふいに思い付いた。最近、東名道から圏央道を走ることが多かったが、いつもその分岐点で大山を見た。ケーブルカーで阿夫利神社下社まで行ったことは何度もあるが、そこから歩いて頂上に登ったことは一度もない。昔の人も「大山詣り」をした場所である。行くたびに登ってみたいと思っていた...
みなサングラスして早口にラブソング翌日の月曜日の朝、車に乗ると勝手にいろいろな曲が流れ始めた。<ん?>会社までの車の中で聞いたことのない曲ばかりが流れた。間違えて別のものを登録したようである。止められないので聞いていた。浜田省吾を入れたはずなのに掛からないで他の曲ばかりが流れている。その内、ワンオクの曲が流れた。<おお、ワンオクのタカか……>会社のインドネシア人イルファン君を思い浮かべた。何年前にな...
撃たれても痛くはないが水鉄砲「恋のサバイバル」を私のスマホに登録してくれたので車のエンジンを掛けるとすぐに曲が流れるようになった。初めのうちは良かったが毎日それが流れると少々飽きてくる。日曜日のことである。私「これよ……」妻「何?」私「この間、これを入れてくれたのはいいけど、他のも入れて欲しいんだけど、どうするの?」妻「簡単だよ。ちょっと貸して」スマホを渡した。妻「こうするでしょ。そうすると、これが...
長考の一手は如何に冷奴名人戦七番勝負、藤井聡太名人の三連勝で迎えた第四局が5月17日(土)朝から始まった。見始めると止められなくなるのはいつものことで書道の練習をしている時も昼を食べる時も、書道塾に行って待っている時も常に「アベマテレビ」か「ふわりと将棋」でチェックしている。18日(日)も封じ手の開封から始まって見続けている。スポーツジムで走っている間はNHKの「将棋の時間」と「ふわりと将棋」の二本立てで...
五月雨や盥に響く音さびし帰宅して夕飯は焼肉屋に行くことにした。カズ君が食べたいという。「こどもの日」なので希望は叶えてやらなければならない。いつもの「快晴」に行った。生マッコリを飲んだ。ボトルなので多過ぎてもついつい飲んでしまう。前日のお酒がまだ残っていたのかも知れない。少し酔ってしまった。会計をする時、店長がお礼を言いに来た。店長「いつもありがとうございます」私「いやぁ、いつもながら美味しかった...
高きより見る夏川のしづけさよ15分並んで入場券を買って入った。真っ直ぐ進もうとするとそこは出口の方向で右の通路を案内された。会場は地下である。降りると最初にビデオによる説明のスペースがあり10名くらいが椅子に腰掛けて見ていたので連られて座ると内容はホームページ上で流れていたものと同じだった。黒マントの女性が語っていた。2度も見ているので早々にその場を出て会場に入ることにした。係員がいたので「撮影は出来...
夏シャツの舌噛むチュルリョーニス展へ飲み会の翌日、5月5日(火)の子供の日に上野に出掛けた。「カズ君が遊びに来ているというのに」と妻からは文句を言われた。「行って、すぐに戻って来るから」と言いながら9時半に家を出た。電車に乗ってすぐに寝てしまい上野の手前で気が付いて飛び降りた。「昨日は飲んだなぁ……」国立西洋美術館は駅のすぐ近くである。入場券を買う人が列を成していた。私「すみません、チュルチョーリスだ...
歌はねど演歌を語る冷し酒飲んでいるうちに隣の遠矢先生の話が面白くなってくる。まずは演歌から始まった。遠矢先生「日本の演歌はいいよなぁ。ポルトガルのパドもいいけど、やはり日本の演歌はいい」私「ポルトガルのパドって何ですか?」遠矢先生「パドじゃないよ。ファドだよ。ポルトガルの民族音楽。ポルトガルギターで奏でる哀愁の音色だよ。一度聴いたら忘れられない。いいよ。聞いてみてよ」私「音楽はやはり演歌ですか?」...
男等のおのづと集ひ合ふビール 猿ヶ京から戻ってその日の夕方に出掛けた。書展の打ち上げである。みなとみらいのクイーンズスクエアに場所が取られている。「懇親会は5時からです。早く行っても入室出来ません」との連絡が入っている。書展を開いた場所の目の前のエレベーターで4階に上がった「橙屋」という店である。早く来るなと言われても遅れては行きたくない。10分前に到着するようにして行くと「遅い、遅い」と言われた。全...
鑑定は如何に夏館の墨書時間ちょうどに旅館に到着した。車が何台か停まっていて受付をしている人もいた。妻「日向ですが……」女性「はい、お待ちしておりました」パソコンを叩いて情報を確認している。女性「日向様、お二人でご一泊ですね。それではこれより館内のご案内をさせていただきます」部屋のこと、風呂のこと、夕食のこと、朝食のこと、チェックアウトのことなど事務的でに説明している。妻が聞いているので私はただ立って...
まあそれはさておき苺ソーダなど「鈴木接点」のすぐ近くに「たくみの里」があった。ここの駐車場も一杯だった。どこもかしこもゴールデンウィークは人で溢れている。ようやくスペースを見つけて車を停めた。ポツリポツリと雨粒が落ちてきていた。夕方から明朝に掛けて雨の予報なのでよくも当たるものである。目の前に蕎麦屋があった。列が出来ていたので川崎君の言うように美味しいのかも知れない。看板が出ていた。村全体が参加し...
青嶺より犬来て雉も猿も来て「塩原太助」から5分程で「鈴木接点工業(株)群馬工場」に到着した(写真)。当社の社長である長田君や川上君、川崎君が働いていた場所である。本来の勤務地は本社のあった相模原市だったようだが仕事でここに来ていたことを何度か聞いている。懐かしそうに3人で話をしているので聞くには聞くのだが右から左である。縁あって長田君が当社に入社し2年半ほどして工場長に任命したところから始まる。私「...
夏空へ湯気を昇らせ饅頭屋(承前)「山口屋で働いて二十年が過ぎました。その間に貯めたお金と粉炭は大きなものとなり、いつでも独立できるようになりました。主人は太助の一人立ちの願いを快く許してくれました。一人立ちした太助は粉炭をはかり売りで安く売ります。精を出して炭を売るので店は大繁盛しました。夕暮れ時、行商の友、樽久さんとお互いに励まし合う話を亀戸町の大店藤野屋の一人娘であるおはなが聞いていました」「...
泣きながら明日に別るる馬洗ふここで岩波文庫「塩原多助一代記」のことを書きたいところだが書く方も大変だが読む方も大変である。資料館に飾られていた太助の物語がとても分かりやすかったのでそれを転記しておこう。おそらく子供用に書かれたものであろう。「ずっと昔のことです。寛保三年、上州(群馬県)沼田藩の城下、羽場村に太助は生まれました。太助は江戸へ出るまで彦七と呼ばれ、幼いころ母が亡くなると、まま母に育てら...
土間を突く館長の杖脚気病む2階建ての大きな建物だった。「農産物直売」「お土産」などと書いた大きな看板を屋根に貼り付けていた。もちろん「塩原太助」と書かれた幟も立てられている。1階は食堂になっていた。私「スミマセ~ン」女性が奥から出てきた。女性「はい」私「塩原太助の資料館を見たいんですけど」女性「んん……」<ん?>どうしたのだろう?返事に困っているようである。その時、我々のすぐ近くにいた男性が声を掛けて...
黄金週間こんな山奥まで人が川崎君から「たくみの里で蕎麦を食べてください」と言われていたことを忘れていた。小川城のすぐ前に蕎麦屋があり、入ろうとしたが駐車場に車が並んでいた。私「わっ、混んでいるよ」妻「看板が出ている。右側に道の駅がある」交差点の矢印に「道の駅」と書かれていた。私「行ってみるか」妻「きっとお蕎麦屋さんくらいはあるよ」しばらく走ると公園なのか「道の駅」なのか分からないような場所に着いた...
廃城となりて幾とせ木下闇「名胡桃城」から「小川城」までは車で5分である。駐車場らしきものはない。道路の縁石の切れ目から車を入れて入口脇に停めた。妻「ここは何なの?誰もいないみたいだけど……」私「旗だけは新しいな(笑)」妻「何でも見たがるんだから」私「おそらくこの先に曲輪跡があって石碑が建っていると思うんだけど、その横に大きな看板が建っているんだ。この小川城の歴史が書いてあるんだけど読むと面白いんだ。...
雑兵の駆けゆく夏野城も見ゆ来る前に上野の美術館で面白いものがやっていないかと調べていた。その時に見つけたのが国立西洋美術館で行なわれている「チュルリョーニス展」である。聞いたことのない画家の名前だったが展覧会の公式サイトに入っていくと研究員が解説してくれていた。美人の研究員が黒いマントのような服を着て話をしている。舌を噛みそうな画家の名前を流暢に「チュルリョーニス、チュルリョーニス」と繰り返してい...
里桜散るや攻防ありしことさていよいよ名胡桃城である。川崎君が「何もないところです。汚い便所しかありません」と言っていたところである。「正覚寺」から20分で着いた。結構な台数の車が停まっていた。まずは案内所に入ってみた。狭い空間だったが混んでいた。係員と思われる若い女性がいた。私「いやに混んでるなぁ(笑)」女性「いつもはガラガラですけど連休ですからねぇ。この連休に混まないでいつ混むんですか(笑)」私「...
夫の威の時に扇を打ち据ゑし沼田城址公園を出てすぐ近くにある「正覚寺」に向かった。ここには小松姫のお墓がある。徳川氏譜代の家臣本多忠勝の娘である。真田昌幸の長男信幸に嫁いで正室となった。嫁ぐ際に家康の養女となっている。婿選びの逸話がある。家康が若い武将たちを並べて小松姫に相手を選ばせた。家康を前にして全員が委縮する中で、小松姫が平伏している一人一人の髷を掴んで面を上げさせて吟味していった。信幸の前に...
躑躅燃ゆ天守跡より金瓦「ビューポイント」からまたフラダンスに戻って天守跡を目指した。ツツジの花が咲き乱れている。どこが天守跡だろうか。鳥居があって神社があった。これは違うだろう?ツツジがいやに毒々しい。石碑に「利根英霊殿」とある。狛犬まである。違うなぁ……。正面にこの二体の銅像が立っていた。真田信幸とその妻小松姫である。碑の裏側に二人のことが記されていた。「真田の惣領である信幸は父の昌幸、弟の信繁(...
夏嶺あり城あり敵の幟見ゆ鷹の場所から先に進むとフラダンスの衣装を着た女性がたくさんいた。ここで話し掛けると話がまたややこしくなる。パンフレットを見ると「ビューポイント」とあった。私「ああ、向こうだ、向こうだ」妻「……」私「あそこから名胡桃城が見えるんだ!」家族連れが看板を見ていたが、大きな声で近づいて行ったのですぐに離れて行った。沼田城と名胡桃城の関係は言うまでもない。お浚いをしておこう。武田勝頼が...
見世物の鷹に鶯音を入るる駐車場を出るとすぐに公園内に屋台や出店が並んでいた。私「おお、何だ、何だ……」妻「ああ、これで混んでいるんだ」私「連休だからこういうイベントを開いて人を集めているのかぁ……」出店の中を通り過ぎてまずは鐘楼の前に辿り着いた。その先に石垣がある。さすがにその辺りには人はいない。真田時代の石垣と石段だという。それほど見るべきものがあるという訳ではないのですぐにまた出店の方に戻った。テ...
薫風やかくも人ゐる城の址お寺を出て自分が考えていたコースと違う道を走った。<ん?>いまいちカーナビに信頼が置けない。使い方をマスターしていないだけなのだが、そういう事態になるといつも信頼性を疑ってしまう。私「ああ、前橋で乗るのか。てっきり高崎インターから乗ると思った」妻「大丈夫なの?」私「その方が近いんだろう」沼田インターで降りた。私「なんだか寂れた雰囲気だな」妻「沼田なんか何もないよ」私「そんな...
年取りしことを告げつつ墓洗ふ8時40分にお寺に到着した。3時間掛かった。いつもながらに誰もいないお墓である。水を掛けてお花を供えて線香を焚いた。以前もこのブログに書いたかも知れないが、妻の両親の亡くなった年が私の出世する年と重なっている。平成6年に義母が亡くなった。私が課長でくすぶっていた時である。その同じ年に2代目社長が亡くなった。3代目の社長が私を引き上げてくれた。すぐに次長となり、半年後に部長...
今すぐにドアを出て行け羽抜鶏遠矢先生とはその二日後に打ち上げの会で盛り上がることになるのだが、その前に沼田城跡、名胡桃城跡、猿ヶ京温泉のことを書かなければならない。書展の当番の翌日の5月3日(日)憲法記念日、朝5時半に家を出た。私「晴れて良かったな。イッツ、サニー、ツデー(笑)」妻「明日は雨だけどね。イッツ、ウイル、レイン、ツモロー(笑)」走り始めて渋滞がないことを確認する。私「曲は用意してきた?...
糞させて始まる蝮酒製法私の隣に金子さんが座り、その横に女性が二人座っている。一番向こう端の女性の前に遠矢先生が座った。私からは一番離れているので、先生が話し始めた時にはほとんど蚊帳の外である。自転車での罰金の話から始まったが、次から次へと話が進んでいく。ヤモリの話、蜘蛛の話、蛍の話からマムシの話へと進み、マムシ酒の作り方になった。遠矢先生「子供の頃、家の庭にマムシが出るんだけど、捕まえると隣のオヤ...
遺墨にも悪筆はあり夏きざす金子さんと二人で3時半まで担当し、別の二人に交代した。私「喉が渇いた。お茶を飲みに行こうよ」金子さん「はい」私「そこの喫茶店に入ろうよ」金子さん「えっ、でも、そこは……」私が中に入って席を取ろうとすると金子さんは外にいて入って来ない。私「どうした?」金子さん「みんな並んで待っています」私「ええっ?」金子さん「60分待ちです。ここに書いてあります」小さなモニターがあって番号札を...
潮風の道は書展へ街薄暑ゴールデンウィークに入った。初日の5月2日(土)はみなとみらいで開かれる「竹青社」の書展での受付を頼まれている。役員の下っ端の「評議員」というものになっているので役が回って来るのである。会期が4月29日から5月4日までで、最終日には打ち上げも行われる。先生から声を掛けられれば「はい」の返事しかない。2時半から6時までと言われている。メンバー表が送られて来たが知った顔は誰もいない...
おもむろに高座にたたむ夏羽織まずは「名胡桃城事件」のことを調べておかなければならない。ウィキペディアであらましは読んでおいたがもっと詳しく知りたいと思い斎藤光顕著「秀吉の嘘」を買った。帯に「歴史浪漫文学賞特別賞受賞」と出ていたので面白そうに思ったのである。休みの日に読んでみて「ん?」と思った。名胡桃城を乗っ取るシーンがいとも簡単にあっけなく書かれていて、乗っ取られた鈴木重則の切腹のシーンさえ書かれ...
夏草や真田の城の址を訪ふ毎朝、朝礼の時に読んでいる「職場の教養」の4月23日分が「読書の目的」という内容だった。4月23日は「世界本の日」だという。ユネスコが制定して日本では「子ども読書の日」にもなっているという。「本の読み方は人それぞれでいろいろな楽しみ方があり、自分なりの読書の意味を考えてみましょう」と書いてあった。全員で読んだあとに「日向会長、感想をお願いいたします」と指名された。私「はい、感想を...
山滴る謙信所縁の猿ケ京「病膏肓に入る」とはこういうことである。八王子城の山の上で赤シャツのオヤジに出会い、沼田城、名胡桃城の話を聞いて、どうしても行きたくなった。ゴールデンウィークに行って来ようと考えてすぐに妻にメールした。私「5月5日の早朝に出て高崎の墓参り。沼田城跡、名胡桃城跡を見て、水上温泉で一泊。翌日に帰るというのはどう?水上ならいつでも空いているだろう」妻「ごめん。その日は予定あり」私「え...
アイラブは君と二人の曹達水デユオリンゴは4月28日現在で38日目となった。続いている。レベルは17段階目となり、なんとか付いて行けている。発音やリスニングなどはまだまだなようだが、その内向上して来るだろう。朝4時に起きる。顔を洗ってから始まる。妻は寝ているので大きな声を出しても文句は言われない。発音が悪いと何度も聞き返して来るのでついつい声が大きくなる。特に「レストルーム」と「プラットフォーム」のRとLの発...
ほろ酔ひに過ぎしを語る四月尽 肉は普通に美味しかった。牛タンのたたきも美味しかった。私「いいじゃん(笑)」妻「うん、美味しい(笑)」ビールを飲み干した。私「次に何を飲もうかな?」妻「日本酒もあるよ」私「いや、今日は帰ってからブログを書かなくてはならないから日本酒は止めておく」妻「はい、メニュー」たくさんある飲み物の中から「トマトハイ」を選んだ。妻「何それ?」私「トマトジュースだろ?」妻「緑茶ハイで...
矢沢への愛を語りて春惜しむ上大岡の牛タン屋だけが牛タン屋ではない。私「そこに牛タン屋があったな?」妻「知ってる」私「一度も行ったことないな」妻「うん、何となく行ったことがない(笑)」私「意外と美味いかも知れないぞ。引っ越して来た時からやっているんだから」妻「行ってみる?」私「行ってみようよ。灯台下暗しということもあるから」ということで日曜日の5時半に出掛けてみた。家のすぐ近くである。店員「いらっし...
麦飯や出されしものは全て食ふヨドバシカメラの上の階にある食堂街で夕食を摂ることにした。牛タン屋である。いつもそこに行く。店構えは変わらないが経営が変わったようでメニューが少し変わった。妻「どれにする?」私「あっ、そうか。今までのがないのか」妻「ちょっと変わったからね。この間、食べたのがこれだよ」私「そうか、それでいいよ」妻「じゃ、私はこれにしよっと!すみませ~ん」この店のいいところは空いているとこ...
覚めてなほ我が春眠の続きをり3時に家に戻った。パソコンを買いに行かなければならない。壊れたパソコンほど手に負えないものはない。私「ちょっと早いな」妻「何時でもいいけど」私「夕飯を食べて来ようヨ」妻「いいよ」私「ちょっと1時間くらい寝る」疲れていたからだろうか、瞬時で寝た。2時間ほど寝てすぐに上大岡のヨドバシカメラに出掛けた。店に着いた。妻「どんなのがいい?」私「何でもいいよ」妻「今のが富士通だから、...
足軽の詰所の辺り囀れり下山した。管理棟にガイドが3人いた。案内をしてもらおうと話をしているお客もいた。なかなかの人気である。私はそこを素通りして北条氏照のお墓を見て来ることにした。地図に出ているので場所は分かる。駐車場を通り越して「ガイダンス施設」も通り越してその先である。道案内がないので聞くしかない。植木の剪定をしている人に聞いた。すぐに教えてくれた。橋が架かっていてその先に階段があった。<ええ...
来る人もなき砦跡木々芽吹く天辺の「本丸跡」に上り、その下の「松木曲輪」から津久井城山を見て駐車場に戻ろうとした時、「詰の城」と書かれた方向から登ってくる男性と会った。私「すみません。『詰の城』ってどうでした?」男性「ただの城跡だと思いますよ」私「何かありましたか?」男性「『詰の城』って書いた木の棒が立っていました」私「近いの?」男性「10分くらいかな?」私「行く価値あり?」男性「どうですかねぇ(笑)...
北条がため焼かれもし城の山赤シャツの男性との話は続く。男性「2年振りで山に登りました」私「2年振り?」男性「大病をしまして、ずっと入院をしていました」私「おお、復活の山登りですか。それは、それは。あまり無理をしないでください。どちらからですか?」男性「埼玉です」私「えっ、埼玉からですか?電車ですか?」男性「いえ、車です」歩き方が覚束なく見えることから、登山用ストックというより本物の杖のように見える。...
杖突きてすは落武者か山笑ふ管理棟に戻るとガイドの男性が2名いた。若い女性と出掛けたガイドはまだ戻っていない。私「一人で歩いてきましたよ(笑)」男性「どうでした?」私「ガイドの詳しい話を聞きたかったなぁ(笑)」男性「ハハハハ」私「これから、上に行ってきます」男性「ご苦労様です。天気がいいから見晴らしがいいですよ」私「ああ、津久井城のある山は見えますか?」男性「津久井城?」私「津久井城。先週登ってきま...
発掘の礎石巡りて春惜しむ「御主殿跡」とはもちろん北条氏照が居住していた場所である。落城後は江戸幕府の直轄となったり、昭和になって国有林とされていたことなどから当時のままの姿で出土してきたのだった。本格的には1992、1993年に調査発掘され、大型建物遺構が2棟分見つかった。礎石などにより建物の大きさや配置が分かり、建物内部の間取りも推定されたようである。磁器や茶器、武器なども見つかり、御主殿での生活や氏照...
春の尾根居並ぶ敵の鉄砲隊誰もいなくなった管理棟を出て二人の後を追ったがすぐに見失った。古道というのが続いている。木の橋などが架かっているので自然とそちらに足が向いた。立札があった。「国指定史跡 大手の門跡」と書かれている。「発掘された礎石や敷石から、いわゆる『薬医門』と呼ばれる形状の門と考えられています」<ここに大手門があったのかぁ……>その先の古道を上って行く。前日に読んできた「北条氏照」には、そ...
山吹や山に一人の身は悲し「ガイダンス施設」には無料ビデオが流れていた。本を読んで内容は知っていたが5分程度なので2回も見てしまった。その他はあまり見るべきものはない。パンフレットをあるだけもらって車に戻って中に入れておいた。その時である。太鼓の音が聞こえてきた。スピーカー放送かとも思ったが、生の太鼓の音であることはすぐに分かった。<朝から何かあるのだろうか?>音のする方へと向かった。駐車場を出たとこ...
春闌けてみな開け放つ城の址これほど準備不足の山歩きはない。ほとんど調べていない。本を一冊読んだだけで実際の様子が全く分かっていない。現地にはガイドがいるようである。<ガイドに聞けばいいか……>急に思い立ったので情報量も少ない。<ま、下だけ歩けばいいか。山に登らなくても見所はありそうだから……>下というのは「御主殿地区」のことである。山城なので砦は山の上にあるのだろうが、生活の場所は下にあった。城主北条...
八王子城の雀の槍を見に新人から声を掛けられたこともありすぐに「北条氏照」について調べてみた。伊東潤の本「北条氏照」も取り寄せた。土曜日の朝はデユオリンゴを終えてすぐにその本を読み始めた。<ムムムム……>新人が「山中城」のことについても話していたが、知らなかった私は「何?」「どこ?」「そんな城、あったっけ?」などとチグハグな返答をしている。<おお、秀吉が小田原城を攻める前に総力を挙げて潰しにいった城で...
秀吉に挑む氏照花と散る昼休みに流し場で歯を磨いていた。4月に入社した新人が声を掛けて来た。新人「会長は歴史がお好きなんですか?」私「歴史?ま、好きというほどでもないけど、どうして?」新人「昨日、ロッカールームで氏照の話をしていたじゃないですか」私「氏照?ん?氏照?もしかして北条氏照のことか?」新人「はい、そうです」私「えええっ、北条氏照を知っているのか?」新人「はい、知っています」私「何で知ってい...
録画されゐる人妻の春日傘SDカードとやらを探した。上の方にあるのですぐには見つからなかった。見つけると本当に小さなものだった。ドライブレコーダーからそれを取り出して川崎君に見せた。私「これと同じものが欲しいんだけど」川崎君「おっ、ベンツのマーク入りですね。分かりました。探してみます」しばらくして見つけたようである。川崎君「こんなに値段が違いますが、どうしますか?」私「いくら?」川崎君「ベンツと名前が...
名を記憶せぬまま別れ行く春愁1ヵ月ほど前から車に乗ると「SDカードをご確認ください」とアナウンスされるようになった。3回繰り返してアナウンスは止まる。初めの頃は気になったが慣れてくると気にならなくなった。しかし妻が隣に乗った時に「何、これ?」となった。私「何だかな?」妻「聞いてみればいいでしょ」私「金子君の後任の名前を忘れた」ベンツを買った時の担当者が金子君で3年ほどは彼が担当してくれていたが、事故を...
片栗のみな一斉に花終る駐車場に降りてすぐに「城山かたくりの里」を目指した。花は終わっているかも知れない。しかし30万株もあれば少しくらいは残っているだろう。ホームページに開花情報が載っていた。3月29日(日)の写真では満開のように見える。その2日後の31日(火)の写真では急に数が少なくなっている。その日以降、カタクリの花の写真はなく、黄花カタクリの写真に変わっている。<どうかなぁ……>ナビに入れると20分位の...
狼煙とは違ふ黒煙鳥雲に山頂には本城曲輪というものがあり「築井古城記」と書かれた石碑が建てられていた。大きな木の回りに桜台小学校5年生による「375メートル」を示す札がぶら下がっていた。そこから少し下に展望台があった(写真)。津久井湖に向かって望遠鏡が据えられていた。100円玉があったら見えたかも知れないが小銭が一つもなかったので動かすことが出来なかった。あとから確認したところでは津久井湖のその先の山の向...
北条を守り雀の槍ぞ立つ入口に「蝮草」が生えていた。城山にその草が相応しいかどうかは分からないが俳句を詠む時のために一枚写しておいた。白い花が咲いている。アプリで調べる。「二輪草」である。<う~ん、落城のこの山に二輪草かぁ……>すぐに広場に着いた。「御屋敷跡」と書かれた看板が出ている。「戦国時代、津久井城主内藤氏が館を構えていたとされる場所です。発掘調査では、深さ2.5mの堀や半地下式の蔵、中国製磁器や...
犬連れて根小屋辺りに青き踏むカーナビには所要時間1時間5分と表示された。「県立津久井湖城山公園」の無料駐車場が朝8時からオープンすると書かれていたので家を7時に出た。天気は上々である。前日の暴風雨がウソのようである。高速道路も空いていた。迷うことなく走って7時55分に到着するとすでに10台の車が停まっていた。8時よりも前から開いているようである。城山には霧のような雲のようなものが掛かっていた(写真)。登山靴...
花時雨聞きつつ読むや落城史諦めていたものが急に目の前に現れ、俄然行く気になった。私「明日の朝、行って来ようかな」妻「どこに?」私「津久井湖。その横にある城山に登ってくる」妻「気を付けてね」山に登るとなると全く行く気がしないようである。「どんな山?」とも聞いてこない。車で1時間ほどである。東名から圏央道に入り、相模湖インターで降りて5分の場所にある。登山靴を用意した。低山ではあっても山は山である。駐車...
城山を逆さに春の人工湖<ああ、今年もまた見逃してしまったなぁ……>カタクリの花である。もう20年ほど前になるが、俳句の先生と新潟県小千谷に吟行に出掛けた時に群生するカタクリを見ている。しかしその時は折角訪ねたのにも拘わらず盛りを終えていて「花の終わりのかたくりよ」などと詠んだものである。いつも忘れているのだが偶には思い出して「あっ!カタクリ!ああ、もう終わったか……」などと見逃してきた花である。「城山か...
弥次喜多の宿を調べて日永かな昨年11月13日(木)から始めたランニングマシンでの東海道五十三次走破。ようやく3月末に半分まで到達した。日本橋から京都三条大橋までの距離が495.5キロなので、254キロの「浜松宿」が半分を超えての最初の宿場となる。走った日の距離と時間は必ず記録してきた。血液型A型の典型的几帳面さである(笑)。1回の走る時間が40分を下回ったことがない。全て40分以上走っている。脂肪の燃焼が始まるのが2...
花時を籠りて花の絵をひとつ郷さくら美術館で買って来た「日本画体験キット(雪椿編)」をやってみることにした。3月29日(日)5時に起きた。その日の書道塾に持って行く作品を書く。すでに2枚は出来上がっているが、更にそれよりもいい作品が書けるかも知れないと思い1時間ほどで書いてみたが似たり寄ったりの出来である。それから「デュオリンゴ」で英語のレッスンを行なった。「マフィン3つ、2ドル」を発音する。「ドル」が言い...
「所望す」を「プリーズ」といふ桜餅「デュオリンゴ」には招待されたが、どうやって使うのかの説明はほとんどない。娘「最初のコースから入れば、そのうち分かって来るよ」私「ま、そうだな。やってみるか(笑)」お店でサンドイッチとコーヒーを注文するというところからスタートである。「A sandwich and a coffee please」である。何度も繰り返し同じような内容が続く。「muffin」が出て来る。<マフィンって何だろう>翌朝の会...
スプリング・ハズ・カム英語初歩の初歩一通り練習をして「好きにならずにいられない」は歌えるようになったが、肝心の英語の方はさっぱりである。フィリピーナと話すための単語をたくさん覚えようともしたが、途中でやらなくなっていた。3月22日(日)、久し振りに娘とカズ君が遊びに来た。夕方、焼肉でも食べに行こうとなった。乾杯をしたあとの会話である。私「学校は楽しいか?」カズ君「うん、楽しい」私「テニス部だろ。勉強...
春の夜や二重瞼のフイリピーナママ「オキャクサン、デュエット、スル?」私「デュエット?いいよ」ママ「ナニ、ウタエル?」私「何でも歌える」ママ「ジャ、フタリノオオサカ、ハ、ドウ?」私「オッケー!歌える」フィリピン人とは言ってもなかなか上手く歌うものである。歌い終わった。Aさんはと見れば、若い女の子と盛り上がっている。あまり聞いたことがないような曲を歌っている。歌い慣れているのが分かる。上手い。その内、...
酔へばまた繰り出す町の朧なりお客さんと食事に出掛けた。仮にAさんとしておこう。ここ数年、当社にいい仕事を持ってきてくれている大切な人である。半年ほど前にも出掛けているのでお酒を飲むこと、歌を歌うことなどは分かっている。焼肉を食べてマッコリ酒などを飲んでから歌を歌いに行った。入ろうとしていた店が閉まっていた。私「あれっ、やってない」川崎君「まだ7時半です。8時からじゃないですか?」私「隣はどうだ?」川...
春陰や揉み手擦り手の売り文句3月21日(土)、杉田のスポーツセンターに向かう途中、1階の広場で催し物が開かれていた。手前に「年齢別平均握力」というボードが立てられていた。男性の70~74才の平均が38.39㎏と書かれていた。<よしっ、やってみるか>と思って中に入って行くとすぐに男性が現れた。男性「はい、無料の抽選会です。どうですか?」私「無料の抽選会?」男性「そうです。外れナシで参加いただいております」私「握...
斑猫の教へしままを英訳す翌日の土曜日も早朝に起き出してデュオリンゴである。順調に正解を積み重ねていくと、なんと、なんと、なんと、「150コンボ」まで到達した(写真)。「コンボ」とはデュオリンゴ用語で「連続で正解を積み重ねた回数」のことをいう。3か月以上やってきて最高のコンボ数である。しばらくすると長女からメールが入った。長女「おはよう。昨日はご馳走様でした。そして今日も朝からやってますね(笑)」私「こ...
斑猫に言葉の壁はなかりけり私「I would like a black coffee with sugar and milk please」長女「ハハハ」妻「くだらないことばかり言っていないでお風呂に早く入っておいでよ」風呂から出て夕食が始まった。私「今、オレが嵌っているのは芸能人の英語」長女「ナニ、それ?」私「芸能人でも英語がペラペラというのがいるんだよ」長女「それはいるでしょうよ。たとえば?」私「たとえば……なんとか、よしお」長女「なんとか?誰?」...
浮いてこい浮かばぬものに英単語金曜日、家に帰る途中のマンションのエレベーター。そこを出たところで妻からメールが入った。妻「なつとさわが来てるよ」あと1分で家に到着というタイミングである。もちろんすぐに返信した。私「すぐ帰る」送ったメールに「既読」のマークが付いたそのタイミングでドアを開ける。私「ただいま!」家族一同「えええっ!」私「今日一日、ずっと後を付けておりました(笑)」家族一同「ハハハ」久し...
短夜の闇に光りし刑事の目(承前)入札については混乱した。数ある物件の内のどれを落札しているのか、どれをどのように手配しなければならないのか。知っている人に聞かなくてはならない。何度か会ったことのある関係者を訪ねて調べてもらったりもした。それでもどうしてもOさんから聞かなければならない物件も出て来る。どうしようか。社長がいとも簡単に言う。「張り込みしかないよ」「張り込み?」「夜は帰っているはずだから...
明易しすでに蛻の寝床かなUさんのことを書いた序でにOさんのことも書いておこう。「高島易断」とは関係ないが、同じサラ金組である。Oさんも営業職でUさんの上司だった。昭和17年生まれなのでUさんより3才年下である。元々は当社の創業者の運転手をしていたが、勝気なところを見込まれて営業に移っていた。すぐに横浜市や神奈川県の入札担当となり、数ある入札業者を纏める仕切り役になっていた。頭の回転が早く、要領だけは良かっ...
当たらぬも当たるも八卦雨蛙さてさて、帝国データの「ぶらり名所だより」から始まって「横浜を作った男」高島嘉右衛門の人生を訪ね、馬車道を歩き、ホテルニューグランドまで辿り着いた。最後に高島嘉右衛門の「易」について書いておかなければならないが、その経歴を細々と書いておくのは止めておこう。嘉右衛門は仕事を若くして辞めて「易」の真髄を究めている。「高島易断」の開祖である。ここではその「高島易断」に纏わる私の...
話みな丸く治めて夏の月懇親会は場所を2階の「ペリー来航の間」へ移して始まった。フランス料理と飲み物はビール、日本酒、ワインと何でもござれである。席は落合社長と同じテーブルである。短い挨拶のあとすぐに乾杯となった。乾杯と同時に正面のカーテンが左右に開き、山下公園と氷川丸が一幅の絵のように目の前に現れた。私「おお、すごいなぁ……」落合社長「あれっ、去年は来なかったんだっけ?」私「そう、ここは初めてだよ」...
くちなしや中小企業に声はなし議案は順調に進み、役員改選の件も順調に進んだ。改選された役員の中から理事長が選出されるという。別室に役員が移動した。落合社長「誰だろ?」私「誰がなっても驚くとは思うけど、まぁ、3回目だからなぁ(笑)」落合社長「そうか、3回目か」私「二度あることは三度ある。ことわざだって3度目までだよ。これで失敗したら4度目だからなぁ……」時間が来て役員が前の席に戻ってきた。いよいよ発表である...
折り畳む傘のしずくや雷一つ私「いやいや、少し早めに出たつもりなんだけど、あちこち寄ってきたのでギリギリになってしまったよ(笑)」落合社長「ま、それはいいけど、これを見てよ」テーブルの上にはその日の資料が置かれている。その資料の何ページ目かを開いて「これを見てよ」と言っている。私「何なに?」落合社長「これだよ」私「……」退任役員の名前が出ている。私「ええっ!ウソでしょ」落合社長「ウソじゃないよ」私「ど...
薔薇の雨日の丸小さき氷川丸馬車道はほんの数百メートルしかない。行き交う人とぶつかりそうになりながらもみなとみらい線の「馬車道駅」に到着した。ホテルニューグランドまでは歩いていられない。地下に降りて改札を探した。またまた路上ピアノが置かれていて男性が弾いていた。時間がないので素通りしたが、その後ろにレンガ壁で出来たモニュメントが並べられていた。<おお……>素晴らしい展示物である。下に降りてみた。この駅...
明治の灯ガス燈の灯の涼しさよ東京に戻った大隈と伊藤はすぐに鉄道建設の下工作を始めた。イギリス公使のパークスを口説いて外資の借り入れの話も纏め、正式に建設が決定された。その後に二人は嘉右衛門を訪ねた。「結果的にはあなたを騙したようになってしまいましたが、鉄道の建設は国家の仕事と決まりました。政府としましてはあなたのお立場を十分に考慮するつもりです」「何を仰います。あなた方は官途に就いておられる方々で...
釣れ過ぎるほどに鯰やなゐの前安政2年(1855年)に「安政江戸地震」が発生する。嘉右衛門22才の時である。この時、鍋島藩から一千両を借り受けて大儲けする。鯰が釣れ過ぎて地震の予兆と占いに出て木材を買い占めたとある。鍋島藩が地震、火災で被害を受けた建物を素早く建て直し、感謝された上、更に大儲けすることになる。しかし良くしたものでその地震で被害を受けた南部藩江戸屋敷での工事では大損をすることになる。南部藩で...
水鱧を所望す出世払ひとす関内ホールの横にある「ガス燈」について書く前に高島嘉兵衛門について書いておかなければならない。父薬師寺嘉兵衛の三万石の米については「南部藩史」にも「鍋島藩史」にも公式な記録として残されているという。その直後、南部藩が嘉兵衛に八十石の家禄を与え永代士分待遇としたようである。その子高島嘉右衛門の代となっても両藩からの恩は宏大であったと嘉右衛門の自伝に記されている。父嘉兵衛はその...
行きずりの甘きメロデイ梅雨曇り家に寄って車を置いて電車で関内駅まで行った。雨は降っていないが、いつ降り出してもおかしくない空模様である。改札口を出るとすぐに「マリナード地下街」へと降りて行った。関内ホールの前に出るには地下通路を歩いた方がいいように思った。相変わらず段ボールで囲った浮浪者の寝床が地下通路に並んでいた。通路を進むとピアノの音が聞こえてきた。<ああ、路上ピアノか……>関内ホールとは逆方向...
ガス燈の淡き灯を見に梅雨晴間6月26日(金)、会社での朝の会話である。私「今日、出掛けるからメシは要らない」女性「はい、分かりました。どこか、お出掛けですか?」私「うん、今日は山下公園に出掛けてバラを見て来る」女性「えっ、バラですか?」私「山下公園のバラはきれいだぞ。氷川丸を入れて写真を撮って来る(笑)」女性「本当はどちらなんですか?」私「その前にあるホテルニューグランド」女性「へぇ~、オシャレです...
白地着て鼠小僧を気取りけり嘉兵衛は用人成富助左衛門に面会して礼を言った。「お陰様で三万石の米、無事に石巻に到着いたしました。南部藩領民六十万も鍋島様のご慈悲に感泣いたしておりますとか。手前よりも厚くお礼申し上げます」「それは結構であった。だが国元よりの書状によれば代金が支払われていないとのこと。約束が違うではないか。その方ほどの人物が嘘を言うはずもないので帰りを待っていたのだ」「はい、そのことに就...
無い袖は振れぬと武士の白絣備蓄米供出の件はめでたく鍋島藩主の許可が下りることとなった。しかし、さすがはしっかり者の鍋島藩主、帳面を取り寄せた上で国元の米の在庫を確認した。「いかに凶作とは申せ、盛岡付近の収穫はたぶん豊作の三分目ぐらいは見込めるであろう。それに普段から主食にしている稗、粟、楢、栃、海藻などを含めると全滅ということはあるまい。降霜の報は早飛脚で大阪にも伝わって行くであろう。となれば近々...
生き死の沙汰や冷夏の南部藩高島嘉右衛門の父の名は「薬師寺嘉兵衛」である。高島嘉右衛門が途中で薬師寺から高島に苗字を変えている。嘉兵衛は茨城県牛渡村の庄屋の次男坊で21才の時に江戸に飛び出し、遠州屋という材木商の手代となった。よく勉強もし仕事にも精励したので主家の商売は大いに繁盛した。その甲斐あって暖簾分けを許されて自らの店を構え「遠州屋嘉兵衛」を名乗った。嘉兵衛48才の時に嘉右衛門が生まれた。嘉右衛門...
街路樹の影濃き夏の煉瓦道その翌日たまたま関内に行く用事があった。年金基金の監査役をしているのだがその日がたまたま一年一度の監査の日に当たっていた。カーナビに目的地を入れてビルの隣の駐車場に停めようとすると駐車場だったところに立派なビルが建っていた。<ああ、そうだった。前回来た時にも別の場所に停めたのだった>入れづらい駐車場だったがビルの隣なので何度も利用したのだが、あっという間にビルになっていた。...
馬車道に馬車を見送るパナマ帽週に2回送られてくる帝国データの会報「帝国ニュース」を見ると「地元かながわぶらり名所だより」というのが見開きに書かれていた。第2回目とあり「馬車道」が取り上げられていた(写真)。<書くことがなくなって、とうとう名所巡りが始まったか……>倒産情報だけが載っていても詰まらないが、別にここに名所の紹介をしなくても良さそうなものだがと思いながら読んでみると、これがなかなか面白い。「...
暑を制すためのあれこれ旅鞄大阪万博の置かれた背景を頭に入れて、本屋で万博の本を一冊買って家に帰った。妻「自分の荷物は自分で用意してよね。何でも人任せにするのは良くないよ」私「うん、分かってる」妻「分かってると言いながら、何にも用意していないじゃん」私「大丈夫だよ。万博のガイドブックはさっき買ってきた」妻「ガイドブック?要らないでしょ、そんなものは……」私「いや、折角行くのに何にも調べないで行くという...
ただ耐へるための大阪油照りいよいよ「かながわ信用金庫」主催の旅行が近付いてきた。初日は大阪万博の見学である。期待に胸躍るというような雰囲気はない。おそらく期待外れに終わるだろう。雑誌「PRESIDENT」の中に大前研一氏のコラムがあった。「万博は大失敗!大阪が失政続きの根本原因とは」という題名で辛口コメントが書かれていた。その1「時代遅れの万博を強行した裏事情」1~2時間は当たり前の待ち時間、内容に比べて料金...
汗拭ふ手や金髪の将棋指しその日の5番目の対戦のことを書いておきたい。相手は富田さんという金髪の女性である。金髪といっても外人という訳ではない。日本人である。富田さん「よろしくお願いします」私「おお、今日初めての女性だよ。緊張するなぁ(笑)」富田さん「緊張をしているのは私の方です。よろしくお願いします(笑)」私「もう3人と対戦してるの?」富田さん「はい、少し早く来ました。全員に負けています(笑)」私「...
夏負けもせず勝つための将棋指し飯尾君はまずまずの実力だった。私の右四間飛車に対して居飛車で挑んで来た。終盤、お互いに相手の王将を攻め立てる展開になった。守りの手薄なところを攻められて1手詰みとされている私が「王手王手」と繋いで相手の王将を追い掛けている。あと一枚、何か駒があればという所まで追い込んだが負けてしまった。私「いやぁ、勝てると思ったんだけどなぁ」飯尾君「ホントに負けると思いました」私「3一...
勝ち負けに涼み将棋の熱かりき7月5日(土)、3回目となる将棋道場である。30分前に着いたので向かいにあるファミレスに入って時間調整をした。10時ちょうどに入った。1階のエレベーター前で男の子と一緒になった。またまた中学生である。私「もう何度も来てるの?」男の子「はい」私「じゃ、今日、対戦するかも知れないな」男の子「……」私「この間、中学1年生とやって負けたから、今日は全勝を目指しているんで、そこんとこ、よろ...
樟脳舟つつと洗面器を回る習字の練習をした後、筆の洗浄や余った墨は流し台の排水口に流す。妻は流し台ではなく洗面台の方の排水口にしてくれと言うが、どうしても洗面台の方には抵抗がある。それは真っ白なFRPなので墨が付くと確実に色が付いてしまう。水で流せば落ちるのだが、それならば同じことで流し台の方がいいような気がする。ステンレスに墨が付いてもあまり気にならない。第一、洗面台の方は口が小さい。筆を洗うにも墨...
元巨人フアンなりナイターの灯を愛す土曜日の朝9時過ぎだった。BSテレビで森田健作司会のインタビュー番組をやっていた。ゲストは元ジャイアンツの槙原寛己である。お互いどうでもいいような昔話をして終わった。番組のラストに森田健作が剣道着に身を包み、砂浜を走るシーンを流していた。もちろん「オレは男だ!」の50年後バージョンである。<あの走り方はないなぁ……>年を取った小林弘二君の足の上がらない走法には流石にガッ...
「海よその愛よ」甚平唸りけり這う這うの体で家に辿り着いた。12時10分だった。妻「どうだったの?」私「人生最後の釣りを終えたよ」妻「えええっ、どういうこと?」私「もう二度と釣りはやらない」妻「へぇ~」私「海より山の方がいいよ」妻「ええっ……」私「船の上から富士山が見えたけど、やっぱり動かないものの方がいいよ」妻「もう年なんだから、何事もほどほどにね」私「釣った魚は食べたい」妻「ええっ、調理するの、私?」...
鱚舟に酔ふて齢を知りにけり終了10分前になった。船長「あと10分で終了します。本日の釣った数を聞きに行きますので数えておいて下さい」サービス役の男性が前の方から聞いて回っている。22番の連れの女性が何匹と答えたのかは聞いていない。何か冗談らしいことを言って笑っていた。男性「○○さん、何匹?」22番「20匹」男性「えっ、もっとあるでしょう」22番「いやいや、20だよ」私のところに来た。男性「はい、何匹ですか?」私「...
船床に夢の手枕夏痩せるようやく2匹目が来たところで気分が悪くなったような気がした。下を向いてアオイソメを付けている時に「ん?」と思った。<釣れないと気分も悪くなるかぁ……>お茶を飲んで誤魔化した。コンビニで買って来た缶ビールなど飲む余裕はなかった。3匹目のシロギスは大きかった。当たりもしっかりしていたし、引きも強烈だった。釣り上げて針を外そうとしたが飲まれていた。面倒なので思い切り引っ張った。アオイソ...
鱚釣りの女子供に負けてをり隣の26番の若いのにも来た。<次はオレかな>と思った。しばらくして「竿を上げて下さい。場所を替えます」と船長の声がしてすぐに動き始めた。金沢工業団地の岸壁の横を走って行く。知っている建物が見えてくる。「横浜テクノタワーホテル」が一番高い。22階建てなので一際目立つ。いつも18階の「鉄板焼きレストラン」にお客を連れて行くので東京湾や房総半島を見ているが、逆から見るというのもいいも...
瀬戸洲崎野島乙舳鱚の船LTアジの船が出て行って、すぐさまシロギスの船が入って来て横付けされた。男性「番号の大きい人が後ろです。26番の人が一番後ろ!足元に気を付けて乗って下さい」私は24番である。偶数と奇数で右舷左舷に分かれているようである。クーラーボックスとリュックサックを持って辿り着くと若い男性が最後尾の26番に座っていた。私「隣です。よろしくお願いします(笑)」男性「あっ、お願いします」私「今日は風...
芋洗ふごとき桟橋梅雨晴間「荒川屋」の2階に戻った。さっきは誰もいなかった場所に何人ものお客が席を占めていた。アベックもいれば、子供連れもいる。入り切れない人が顔を出しては下に降りて行く。7時前になって男性が上がって来て「アジの人はいませんか?」と声を掛けている。シロギスの前にアジの船が出るようである。<ああ、LTアジだな?>スマホで検索してみた。「LT(ライトタックル)アジ」と出た。「軽い釣り道具」とい...
琵琶島を浮かべ政子の夏の海橋の欄干には「せとはし」と書かれていた。上から見下ろすと「荒川屋」の船2隻と「弁天屋」の船2隻が横付けされていた。その向こうにこの4隻が出航するのを待つようにして別の4隻が係留されている。桟橋側の船に「LTアジ」と看板が出ている。<LTって何だろう?>店の人だと思うが、竿を用意したりして忙しそうに働いていた。瀬戸神社の方に行ってみることにした。国道16号線を左に曲がるとすぐに白壁が...
日焼止め塗りし手乗船名簿書く店に戻った。私「早過ぎたなぁ(笑)」女性「そんなことないですよ。まずは乗船名簿をお願いします」カウンターの横にテーブルがあって、そこで記入した。女性「ありがとうございます。え~と、竿とかはどうなさいますか?」私「必要なものは全部貸してください。クーラーボックスを持って来ただけだから」女性「はい、分かりました。これは船に乗る時に係に出してください。竿の引換券です」広告の裏...
風少し出て釣宿の夏暖簾出船は7時半である。しかし店の人は「6時には来てくれ」と言っていた。「遅くても6時半には来てくれないと駐車場がなくなる」とも言っていた。船宿のオープンは5時半と書かれていた。家から15分ほどなので5時15分に家を出た。外に出ると風が吹いていた。<オオッ、風があるじゃん……>波の高さまでは調べて来なかったが、「天気晴朗なれど波高し」かも知れないと思った。5時半ちょうどに「荒川屋」に到着した...
突堤に立ちてちぬ釣り動かざる釣りに夢中になったのは平成元年、35歳の頃である。会社で昼休みの時間に黒鯛釣りの話が出て盛り上がっていた。私「お前たちよ、黒鯛のことならオレに任せてくれよ(笑)」社員「ええ!日向さん、釣りやるの?」私「やったことあるどころの騒ぎじゃないよ。あの引きの強さは魚釣りの醍醐味だよ(笑)」一度もやったことのない釣りを大袈裟に話して盛り上がった。言った手前、一度くらいはやってみよう...
釣り上げし鱚は刺身と決めてをり久し振りに土日に用事が入っていない。「べらぼう」にあやかって東京の吉原界隈でも歩いてみようかとも思ったが、この35度超えの暑さでは妻が行く訳がない。<そうだ、釣り船にでも乗ってみるか!>シロギス釣りに行ってみようと思い立った。土曜日なので翌日の日曜日しかない。金沢漁港の「進丸」である。シロギスの午前船と言えば「進丸」しか思い浮かばない。電話を入れてみた。男性「申し訳ござ...
吹かれゐる葉やかたつむり家を成す書道塾に行くと「おめでとう」と声を掛けられた。「成家」合格お祝いの声である。今回は「成家」4名、「教範」1名に挑んだが全員が合格だというので「おめでとう」「おめでとう」が飛び交っていた。先生「良かったよ、全員が合格で(笑)」私「そうですよね、一人だけ落ちたんじゃ、声も掛けられませんよね(笑)」○○さん「落ちるとしたら私だったから、ホントに合格してホッとしました(笑)」私...
万緑や書に点睛の雅号印5月25日(日)、第2回目の篆刻の日が来た。前回、先生からは「何を彫るか決めて来るように」と言われている。現在持っている石は「日向亮司」「堯玻」「亮司印信」の3個である。名前の石は3個もあれば充分だと考えて全く違う「引首印」を作ろうと考えた。「引首印」もしくは「関防印」とは作品の右上に押す落款のことで、自分の好きな言葉や座右の銘などを彫って作品全体の締りを良くするものと書いてあった...