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ブログタイトル
古代四方山話
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古代について疑問に思っていること、思いついたことを徒然なるままに綴ってみたいと思っています
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6回 / 16日(平均2.6回/週)

ブログ村参加:2020/07/24

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咲くやこの花さんの新着記事

1件〜30件

  • 小豆島は塩土島②

    小豆島には応神伝説が残されています。応神紀・二十二年四月条に、応神天皇は淡路島から吉備そして小豆島を周遊したことが記されています。現在も小豆島には応神天皇に因んだ八幡宮が5社あります。その一つ、富岡八幡神社は応神天皇が登った「塩土山」と呼ばれた小高い丘の上に建てられています。応神天皇が来島の際「嶋景色あそぶ魚鳥いつらへの海にかげある塩土の山」という歌を詠まれたという伝承が残っているそうです。小豆島がショウドシマと呼ばれるようになったのは、鎌倉中期以降だとされますが、住吉神の子とされる応神天皇の巡幸地に「塩土山」があることは興味深いことです。住吉神は塩土老翁(しおつちのおじ)と同一視されています。日本書紀において山幸彦に海神の宮へ行く道を教え、神武天皇には東に美しい地があることを教えた神が塩土老翁です。同様に神武...小豆島は塩土島②

  • 小豆島は塩土島①

    瀬戸内海に浮かぶ小豆島は古代には「あずきしま」と呼ばれたといいます。「あずき」といえば、出雲lの「阿須伎(あずき)神社」にアジスキタカヒコネは祀られています。出雲国風土記には三十九社もの阿須伎神社が記されています。アジスキが訛りアズキになるのであれば、妄想は膨らみます。小豆島はアジスキタカヒコネと関係しているのではないでしょうか。しかし現在の小豆島にはアジスキタカヒコネとの関連は見当たりません。小豆島の阿豆枳(あずき)神社は、島の祖神・大野手姫を祀っています。古事記の国産みの段で、伊邪那岐命と伊邪那美命により「小豆島」(あずきしま)、亦の名を「大野手比売」(おおのてひめ)が生まれたと記述されています。大野手姫とは「大鐸姫」(おおぬてひめ)でしょう。島の中には大鐸という地域もあります。小豆島は大きな鐸を司る姫神が...小豆島は塩土島①

  • 鞆と勾玉と応神天皇

    応神天皇は古事記では大鞆和気命(おおともわけのみこと)、またの名を品陀和気命(ほんだわけのみこと)、日本書記においては誉田別尊(ほむたわけのみこと)と記されています。生れたときに、腕に鞆のような筋肉が備わっていたのでそう名付けられたとあります。鞆とは弓射の際に左手首内側につける皮製の武具であり、この誕生譚は胎内に居ながらにして国の統治者となるような神聖な生まれであることを表していると解されています。応神天皇を祀る八幡神社の神紋は巴紋です。巴の起こりは鞆を図案化したもので、元々は鞆絵であるという説があります。巴紋は応神を祀る八幡神社にふさわしい神紋でしょう。また巴の形は勾玉にも似ています。勾玉を図案化したものが巴であるとの説もあります。この応神天皇が鞆のような筋肉を持って生まれたという誕生譚は、応神天皇が勾玉と繋...鞆と勾玉と応神天皇

  • 天彦根命・天御影命②

    天津彦根の子とされるのが天御影命(あめのみかげのみこと)です。天御影は近江富士たる三上山を神体山とする御上神社に祀られている神様です。もし天津彦根がアジスキタカヒコネと同一神であるならば、気になるところが下鴨神社の御蔭祭です。葵祭を前に執り行われる神事で、祭神の若返りを願い約4キロ北東の「御蔭山」から新たな神霊を迎えます。祭神が降臨した聖地であり、太陽がただ射すところという意味で御蔭山と呼ばれるそうです。御蔭山中にある下鴨神社の摂社・御蔭神社で神霊の荒御魂を御神櫃に移して下鴨神社へ運びます。世界遺産下鴨神社(賀茂御祖神社)の主祭神は、賀茂建角身命(かものたけつぬみのみこと)と娘の玉依媛命(たまよりひめのみこと)です。この賀茂建角身の化身が八咫烏だとされます。八咫烏はアジスキタカヒコネと同神だといわれるので、賀茂...天彦根命・天御影命②

  • 天津彦根命・天御影命①

    天なるや弟棚機の項がせる玉の御統御統に穴玉はや三谷二渡らす阿遅志貴高日子根神ぞアジスキタカヒコネの名を明かす歌です。天上界にいる機織り姫で玉の御統を身につけているといえば、真っ先に天照大神が連想されます。天照大神と素戔嗚尊の誓約において、天照大神の八尺瓊之五百箇御統(やさかにのいおつみすまる)から生まれた神の一神が、天津彦根です。この誓約の際に同じく天照大神の御統の玉から生まれたのが、天皇家の祖先・瓊瓊杵尊の父神、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかつあかつあめのおしほみみのみこと)であり、素戔嗚尊の剣から生まれたのが宗像三女神です。古事記では鬘に巻いた玉から生まれたと記されていますが、日本書紀第六段一書㈢では「首にかけた玉」を口に含み、左の腕に置くと生れたのが天津彦根です。下照姫の詠んだアジスキタカヒコネの名を明...天津彦根命・天御影命①

  • 八幡大井、諏訪、住吉は同体④

    アジスキタカヒコネが天若日子と間違われた際、妹神の下照比売がアジスキタカヒコネの「名を明かす歌」を詠んでいます。天なるや弟棚機の項がせる玉の御統御統にあな玉はやみ谷二渡らす阿遅志貴高日子根神ぞ天上界にいるうら若き機織姫が頸にかけておいでの御統の首飾りの玉その玉のように谷二つにも渡り照り輝いておいでのアジスキタカヒコネの神であるぞ「名を明かす」とされる歌においてアジスキタカヒコネは玉の御統にたとえられているのです。一般的に雷神とされるアジスキタカヒコネが、なぜ御統の玉にたとえられるのでしょうか。例えば銅鐸であれば音もしますし輝きもありますが、御統…。もちろん記紀の当時に銅鐸は忘れされれた存在でしたが。武神でありながらも翡翠の女神・ヌナカワヒメの子であるタケミナカタであれば、玉の御統にたとえられるに相応しい神ではな...八幡大井、諏訪、住吉は同体④

  • 八幡大井、諏訪、住吉は同体③

    宗像がタケミナカタと関係していないと、住吉や応神天皇と諏訪が同体という繋がりが見えてこないように思います。宗像がヌナカタであり、タケヌナカタと繋がっているのであれば、宗像の子である住吉、孫である応神天皇と諏訪が同体とされる所以がわかります。また、アジスキタカヒコネが住吉なのであれば、アジスキタカヒコネの異母兄弟であるタケミナカタが諏訪や応神と同体とされてもおかしくはないと思います。しかし、いま一歩踏み込みたいとも思います。長野県佐久市に鎮座する佐久一之宮たる新海三社神社の伝承に興味深いものがあります。新海三社神社はタケミナカタの子神である興波岐(おきはぎ)命を主祭神とする神社です。西本社には誉田別命も祀られています。この神社の伝承によると、タケミナカタが諏訪から日光二荒山の母神を訪れる途中、上野国貫前の女神と契...八幡大井、諏訪、住吉は同体③

  • 八幡大井、諏訪、住吉は同体②

    ヌナカワヒメの「ヌ」(あるいはヌナ)は、翡翠を表す古語です。古来より翡翠は新潟県糸魚川周辺が一大産地でした。全国各地の遺跡から糸魚川産の翡翠が出土しています。その糸魚川の翡翠の女神様が、諏訪のタケミナカタの母神・ヌナカワヒメなのです。越のヌナカワヒメの子神、タケミナカタは本来「タケヌナカタ」なのではないでしょうか。また同族と思われる「宗像」さえも、元来は「ヌナカタ」なのではないでしょうか。諏訪の薙鎌の形は鳥や蛇体を模していると言われますが、勾玉の形にも似ています。ヌナカワヒメの祖父神は「意支都久辰為命(おきつくしいのみこと)」、父神は「俾都久辰為命(へつくしいのみこと)」であるといいます。オキツ・ヘツは、宗像の沖津宮・辺津宮などと同様に海神族で用いられる言葉です。祖父神、父神に共通する久辰為(くしい)こそが越に...八幡大井、諏訪、住吉は同体②

  • 八幡大井、諏訪、住吉は同体①

    諏訪大社の「諏訪大明神画詞」のなかに、八幡大井、諏訪、住吉同体の由来アリト申とあるといいます。筑紫ノ虻田ニテ応神天皇降誕シ給フ。八幡大井是也ともあるそうで、八幡大井とは応神天皇のことであることは間違いありません。八幡大井こと応神天皇が住吉と同体であるというのは、宇佐神宮や住吉大社の伝承が住吉の子は応神天皇であると示していることと一致しています。同体とは同一人物というより血族であったり、近親者であることを指していると考えます。では八幡大井(応神天皇)・住吉と同体とされる「諏訪」について考えてみたいと思います。信濃国一之宮である諏訪大社は上社本宮、上社前宮、下社秋宮、下社春宮から成りますが、「諏訪」と称されるのはやはり「建御名方神」(以下タケミナカタと称す)に相違ないでしょう。「宗像の子は住吉、孫は宇佐」であり、「...八幡大井、諏訪、住吉は同体①

  • 宗像の子は住吉で孫は宇佐③

    武内宿禰は長寿であり老人のイメージがあることから、住吉神と重ね合わせて考えられています。さてその武内宿禰、弟である甘美内宿禰の嘘により天皇の使者に殺されそうになったところ、壱岐直の祖先である「真根子」が身代りとなって自殺する…という話が日本書紀に残されています。真根子は武内宿禰に見た目がそっくりだったといいます。武内宿禰と同様に「そっくり神話」を持つのがアジスキタカヒコネです。アジスキタカヒコネの妹神・下照比売の夫、天若日子とアジスキタカヒコネは非常によく似ていたといいます。天若日子の死に際し、天若日子の親族から間違われて起きた騒動が日本書紀に記されています。住吉神と重ね合わせて考えられてきた武内宿禰と、アジスキタカヒコネにも共通性が感じられます。やはり宗像の子である住吉とは、アジスキタカヒコネのことを指してい...宗像の子は住吉で孫は宇佐③

  • 宗像の子は住吉で孫は宇佐②

    宗像大社の伝承では「宗像の子は住吉で孫は宇佐」なのだといいます。子である住吉とはアジスキタカヒコネではないかと私は考えています。孫の「宇佐」とはもちろん、八幡総本宮・宇佐神宮の祭神を指すのでしょう。宇佐神宮一之御殿に祀られるのは「八幡大神」であり、八幡大神とは応神天皇のご神霊であるとされています。「宇佐」とは応神天皇のことを指すのでしょう。応神天皇は、第14代仲哀天皇と神功皇后の間に生まれました。しかし、仲哀天皇の崩御から十月十日後に誕生していることから、父親が仲哀天皇であることを疑問視されています。仲哀天皇は橿日宮で神託を無視して急死します。仲哀天皇に神罰を与えた神のうちの一神が、くだんの住吉神です。また大阪の住吉大社の伝承によれば、仲哀天皇が亡くなった晩、神功皇后と住吉大神は「夫婦の秘め事をした」のだといい...宗像の子は住吉で孫は宇佐②

  • 宗像の子は住吉で孫は宇佐①

    福岡県宗像市にある宗像大社は、日本神話に登場する日本最古の神社の一つです。「神宿る島」宗像・沖ノ島関連遺産群の構成資産の一つとして2017年に世界文化遺産に登録されています。祭神は宗像三女神と呼ばれ、沖津宮に田心姫神(たごりひめのかみ)、中津宮に湍津姫神(たぎつひめのかみ)、辺津宮に市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)がそれぞれ祀られています。その宗像大社の伝承によれば「宗像の子は住吉で孫は宇佐」なのだというのです。宗像とは当然、宗像三女神をさすのでしょう。では、一体誰が住吉や宇佐だというのでしょうか。宗像三女神の子神とされるのは、田心姫の子である阿遅鉏日子根神(あじすきたかひこねのかみ、以下「アジスキタカヒコネ」という)と下照比売(したでるひめ)。湍津姫の子である事代主神(ことしろぬしのかみ)と高照比売(たかて...宗像の子は住吉で孫は宇佐①

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