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書に耽る猿たち https://honzaru.hatenablog.com/

本と猿をこよなく愛する。本を読んでいる時間が一番happy。読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる色々な話をしていきます。世に、書に耽る猿が増えますように。

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2020/02/09

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  • 『おじいさんの椅子の物語 ホーソーンの描くアメリカ建国史と偉人伝』ナサニエル・ホーソーン|知るということの本当の意味

    『おじいさんの椅子の物語 ホーソーンの描くアメリカ建国史と偉人伝』ナサニエル・ホーソーン 大野美砂・高尾直知・中西佳世子/訳 国書刊行会 2026.05.30読了 ホーソーンといえば『緋文字』しか思い浮かばないけれど、他にも有名な作品はいくつかある。言わずと知れたアメリカを代表する作家である。そのホーソーンが、建国までのアメリカ初期の歴史を子ども向けに書いた物語がこの本である。書店に平積みされていて気になって昨年の秋に購入。だいぶ積んでた。国書刊行会の装幀は相変わらずカッコいい。 暖炉の周りに家族が集まって話をする。これはもう若草物語よ。幸せな家族のシーンとか団欒みたいな場面が本に出てくると私…

  • 『日本の悪霊』高橋和巳|容疑者と警察、交錯する思い

    『日本の悪霊』高橋和巳 河出書房新社[河出文庫] 2026.05.28読了 刑事部巡査の落合と強盗犯で逮捕された村瀬狷輔の2人の視点が交差しながら物語が進む。狷輔という漢字が読めず、調べたら「けんすけ」だった。他にも結構難しい読み方というか漢字が多くて、ネット検索という行為もないのに自在に多くの言葉を使っている昔の作家はすごいよなと改めて感じ入る。 自動車修理工場に押し入り僅かの金銭を強盗した罪で逮捕された村瀬に対し、落合は「こんな小さな事件で捕まるとは、自分から捕まりたかったようだ」と不思議に思う。やがて、村瀬が過去に大きな事件に関わっているという疑いが生まれ、その罪を暴こうとしていく。 刑…

  • 『軽薄』金原ひとみ|若い時と大人になってからの恋愛は異なる

    『軽薄』金原ひとみ 新潮社[新潮文庫] 2026.05.23読了 歳の離れた姉の息子と関係を持ってしまった30歳のカナの、生きる希望にもだえる姿が描かれる。ひとりよがりというか、結構わがままで奔放な主人公だ。性行為のシーンも多く、一見するとタイトルのごとく軽薄な小説に見えるけれど、読み終えるとやはり金原さん節がさく裂していた。 金原さんの文章には、たまに怒涛のように途切れない文章が続く箇所がある。それは彼女が一気に思いを吐き出してしまう潔さ、気持ちよさだけにとどまらない。迫真に満ち、濃度がたっぷりで人間の真髄をつくような文章に圧倒されるのだ。 ストーカーの男と別れて以来、私は恋愛感情の果てに全…

  • 『暗殺の冬』クリストフェル・カールソン|時間をかけて読むに値する重厚な北欧ミステリー

    『暗殺の冬』クリストフェル・カールソン 棚橋志行/訳 ★★ 文藝春秋[文春文庫] 2026.05.20読了 嘘には、ついて良い嘘と悪い嘘がある。必ずしも真実を知らないほうが良い場合がある。当人を思えばこその優しさだったり、それは思いやりからだ。しかし、こと事件に限っては真実を明らかにしなくてはならないと思った。故人になってからの解決では遅い。人間には真実を知りたいという欲望があるのだから。そして同時に「真実」や「正しさ」とは、人によって異なるのだということも改めて思い知った。 警察官スヴェンがある男からの電話をきっかけに現場に行くと、女性が車でレイプされ命の危険もあった。病院に駆け込んでも間に…

  • 『ジェノサイド』高野和明|グローバルで疾走感のある壮大なストーリー

    『ジェノサイド』上下 高野和明 KADOKAWA[角川文庫] 2026.05.16読了 軍事会社の極秘任務に就くアメリカ人イエーガーと、日本人薬学大学院生・古賀研人の2人の視点で話が進む。よくもこんなストーリーが思いついたよなという驚き!世界をまたにかけ、壮大で、また未知なる生物体も登場するなど、科学や数学を中心として多くの分野に精通している。こういう小説が書ける人の頭のなかってどうなっているんだろう。知る人は少ないかもしれないが、グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ著『シャンタラム』の作品に雰囲気が似ているかな。 初めは2人がどう絡み合うのか予想できずただ目を凝らしていたが、研人の元に警察と名…

  • 『川のある街』江國香織|この世界が愛おしくなる、つっちっぴ

    『川のある街』江國香織 朝日新聞出版[朝日文庫] 2026.05.13読了 この本には3作の短編が収められている。いずれも川のある街が舞台であり、主人公はそれぞれ小学生の女の子、カラスと人々、そして高齢の女性。 ひとつめの作品は小学生の望子が主人公である。この望子というのは読み方は「もちこ」だ。なんかとても良い名前に感じた。小学3年生のわりには大人びているけれど(それは多分彼女の境遇からくるところが大きいが、いつも大人の会話に耳を傾けているからかもしれない)、自分が小さい頃に感じていたような思いをいい具合に言語化していて懐かしいような気持ちになった。小鳥の鳴き声を「つっちっぴ」と表現しているの…

  • 『瞬きすら許さない』ジョー・キャラハン|人間にしかできないこと、AIにしかできないこと、合わせて最強タッグに

    『瞬きすら許さない』ジョー・キャラハン 吉野弘人/訳 ★ 東京創元社[創元推理文庫] 2026.05.11読了 またまた英国ミステリーを。これは現代もので、なんとAI捜査官が登場する。私自身はAIをあまり信用していなくて、それはGoogleジェミニで調べものをしても正しい答えが得られずむしろ正反対の回答が提示されたことが何度かあるからだが、これはまぁ高性能のAIを駆使していないからかな。おそらく使う人間にも問題があろう。ともかくAIが警察の捜査を担うなんて、ちょっと現実的ではないよなとあまり期待せずに読み進めたら、、、これが思いのほかおもしろかった! ウォーリックシャー警察の警視正キャット・フ…

  • 『鉄の胡蝶は』保坂和志|芳醇な言葉の渦に飲み込まれる

    『鉄の胡蝶は』保坂和志 講談社 2026.05.09読了 帯を見て真っ先に、「孤高のぬかるみ」ってなんや!と気になってしまう。保坂和志さんの作品にはゆったりと流れる時間があって、それが割合に気に入っている。読むのは久しぶりだ。小説というよりはエッセイのようで、たゆたうような日常をぼんやりと読む。 句点がない!いや、あるにはあるのだがほんのわずかで、普通なら句点のところがほぼ全て読点になっているのである。最初は読みにくいなと感じていたのだが、徐々にそんなことも気にならなくなり、どこが句点なのか読点なのかが自然と理解できるようになる。とりとめのない言葉の海にぷかぷかと浮かんでいるかのよう。 滝口悠…

  • 『スターヴェルの悲劇』F・W・クロフツ|粘着質な捜査をするフレンチの私生活が気になる

    『スターヴェルの悲劇』F・W・クロフツ 大庭忠男/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2026.05.06読了 スターヴェルに建つ屋敷が一夜にして焼け落ちた。当主であるサイモン・エイヴァリルと、召使いであるローパー夫妻の3人の死体が見つかった。そして金庫にあった大金の紙幣は全て燃え尽きていた。姪のルースがいない間に何が起きていたのかー。 フレンチ警部の地道で骨の折れるような捜査が続く。いやしかし、この丹念な細かーい捜査がこのフレンチ警部シリーズの醍醐味であろう。警部と一緒に調べていく過程がおもしろかった。途中、自分の予想通りに進んでいくところもわくわくしたし、「まさか!」とやられてしまうような展開…

  • 『モモ』ミヒャエル・エンデ|生きていることが愛おしい時間なのだ

    『モモ』ミヒャエル・エンデ 大島かおり/訳 岩波書店[岩波少年文庫] 2026.05.03読了 エンデの名作を何十年かぶりに。おそらく30年位経っているのでは…。エンデのもう一つの名作『はてしない物語』も大人になってから読んで感銘を受けたし、きっとこの本もそうなるはずと。「時間どろぼう」に立ち向かう少女モモの話、といったくらいしか記憶になかったけれど、やはり深い物語だった。強くて優しいモモちゃん大好き。もちろんジジ、ベッポ、カシオペイアも! 時間を盗む灰色の男たちが現れる前のエピソードがとても好きだ。円形劇場の廃墟にモモが暮らし始めるところ、遊び道具がなくても子どもたちは想像力で楽しく遊べると…

  • 『女坂』円地文子|なぜ許しを請うのか

    『女坂』円地文子 新潮社[新潮文庫] 2026.05.02読了 夫のために妻が妾を選ぶというとんでもない場面から始まる。しかもこの妻・倫(とも)はまだ30歳ほどの若さである。ちょっと考えられない。今とは違って簡単に離婚とかは出来なかったのだろう。 ようやく気に入った(夫のお眼鏡にかなうだろう)須賀という若い娘を見つけ、同居生活が始まる。観劇の際に、四谷怪談の伊右衛門とお岩、そしてお梅を、夫・白川行友、倫、須賀とみなしてしまう心情、なんかわかるなぁ。お芝居やドラマって不思議と自分の境遇に近い作品をなんとも絶妙なタイミングで見たりするものだ。そして、須賀だけでなく、女中にも、そしてなんと息子の嫁に…

  • 『バーナビー・ラッジ』チャールズ・ディケンズ|おれは悪魔だぞ!と繰り返すカラス

    『バーナビー・ラッジ』上下 チャールズ・ディケンズ 小池滋/訳 中央公論新社[中公文庫] 2026.05.01読了 ディケンズのなかではかなりマニアックな作品である。この小池滋さんの訳は集英社ギャラリーの全集に入っているがなんせ持ち歩くには重たいので、この度文庫本になって嬉しい限りだ。もちろん読むのは初めて。 過去に実際に起きた反カトリックの反乱が下敷きになっている。歴史小説と言われるのは、ディケンズがこれを書いた時に、自分が生きた現代ではなく60年も前のことを書いたから。最初は読みづらさを感じていたのだが、徐々に作品に入り込めて、さすがディケンズだなと唸らされる巧みな物語性に夢中になった。 …

  • 『清浄島』河﨑秋子|公衆衛生問題と闘い続ける

    『清浄島』河﨑秋子 双葉社[双葉文庫] 2026.04.25読了 エキノコックスという名の寄生虫による感染症が「エキノコックス症」である。エキノコックスの幼虫がまずネズミの肝臓に寄生する。そのネズミを食べた犬、猫、キツネの腸内で幼虫は成虫となり大量の卵を排出する。何かのきっかけで人間の体にこの卵が入ると、お腹が膨れ上がりやがて黄疸が出て死に至るという恐ろしい疾患である。 この感染症の調査と撲滅のため、北海道の離島で日本海最北端の礼文島に、若き研究者・土橋が赴く。彼は北海道立衛生研究所に所属する職員である。「ぼうけん」と聞いたら多くの人が「冒険」を思い浮かべると思うが、ここで土橋が行うのは「剖検…

  • 『オシリスの眼』R・オースティン・フリーマン|ソーンダイク博士ものを初めて読む

    『オシリスの眼』R・オースティン・フリーマン 渕上痩平/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2026.04.22読了 法医学を扱ったミステリーは多々存在する。日本の小説では中山七里さんの作品(まだ読んだことがない)、ドラマだと古いけど名取裕子さんのシリーズものが思い浮かぶ。解剖や検視を通して真実を解き明かす法医学ミステリーは、科学的かつ論理的で人気がある。 語り手はソーンダイク博士ではなく、医師のポール・バークリー。ある事件を追うのだが、このバークリーとルース・ベリンガムの恋愛模様について書かれているところだけ読むと、ミステリーだということを忘れてしまう。エジプトの歴史、大英博物館など読みどころ満載で…

  • 『真砂屋お峰』有吉佐和子|材木屋は火事が起きないと儲からなかった

    『真砂屋(まなごや)お峰』有吉佐和子 中央公論新社[中公文庫] 2026.04.19読了 小気味良く味わいのある江戸っ子言葉がなんとも美しい。有吉さんの作品は歴史ものはあまり読んでいなく、現代もの(といっても有吉さんが生きた昭和の頃の作品の印象が強い。『恍惚の人』や『複合汚染』等)が多かったから、こんな文体もあったのかと驚いた。改めて、有吉さんは色んなことに興味があり、それらを小説にするとどれも抜かりがなく上手いなぁと感服する。 真砂屋と書いて「まなごや」とはなかなか読みづらい。学生時代、千葉の真砂(まさご)に住んでいる友人がいたから、ついついルビがないと「まさご」と読んでしまう。ま、でも日常…

  • 『クロイドン発12時30分』F・W・クロフツ|犯人の心理はいかほどのものか

    『クロイドン発12時30分』F・W・クロフツ 霜島義明/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2026.04.16読了 倒叙ミステリーなので初めから犯人が明かされているのだが、この作品は第一章だけ被害者の孫・ローズの視点で、殺人が起きた現場のことが客観的に表されている。ローズが初めて飛行機に乗るところはワクワク感満載で、ここだけ読むと冒険もののように感じられた。 伯父が死ぬことによってチャールズは莫大な遺産を手に入れることができる。彼の事業は廃業の危機にあり金銭的な困難に陥っていた。しかしチャールズがお金を欲しているのはそれだけの理由ではない。深層心理としてユナを手に入れたい、彼女と結婚したいという…

  • 『未明の砦』太田愛|労働法について考える、怒りを行動にする

    『未明の砦』太田愛 ★ KADOKAWA[角川文庫] 2026.04.13読了 太田愛さんの小説を久しぶりに読んだ。分厚めの文庫本でなかなかボリュームはあったが、さすがの筆致でまぁ圧巻のストーリーテリングだ。文体がどうとかそういうこだわりは置いておいて、というかそれを考える余地がないほど物語として抜群におもしろかった。 大手自動車メーカー・ユシマの工場で働く非正規工員の矢上、秋山、脇、泉原が組織犯罪の捜査員の逮捕を逃れるところから物語は始まる。彼らは何をしたのだろう。いや、何をしようとしていたのか。 多くの人物が登場する群像劇であるが、特に心を掴まれるのは小説の主役である矢上、秋山、脇、泉原の…

  • 『名前のないカフェ』ローベルト・ゼーターラー|当たり前過ぎて気付かないものをそっと気付かせてくれる

    『名前のないカフェ』ローベルト・ゼーターラー 浅井晶子/訳 新潮社[新潮クレストブックス] 2026.04.08読了 舞台は1966年のオーストリア・ウィーンである。市場で働いていた31歳のジーモンは、ある日市場近くにあったカフェを居抜きで借り、自分で改装し新しくカフェをオープンさせる。ここは名前のないカフェ、つまり店名がない。ジーモン・カフェと名付けてもよさそうだが。しかしここにはどこにでもいる人間の、どうということのない日常がある。まるで名前を持たない誰でも、つまり自分を含めた普通の人々を象徴するかのよう。カフェで働く人、お店にやってくる人、市場で働く人、そんな人たちの当たり前の日常がとて…

  • 『不思議の国のアリス/鏡の国のアリス』ルイス・キャロル|異世界ものの原点かも

    『不思議の国のアリス/鏡の国のアリス』ルイス・キャロル 高山寛史/訳 佐々木マキ/絵 中央公論新社[中公文庫] 2026.04.06読了 『不思議の国のアリス』は知っていても『鏡の国アリス』を読んだことがない人は多いのではないか。私自身も存在こそ認識していたが読むのは実は初めてだ。両作品が同じ文庫に入っているということと、柴田元幸さん推薦とのことでこの機会に読んだ。アリスが7歳児の設定だから、言わずもがな読みやすく、するするとあっという間に読めた。 『不思議の国のアリス』 ウサギを追って穴に落ちて、チェシャ猫やトランプのキングに会ったり、ところどころは覚えていたけれど、ほとんどが新鮮だった。結…

  • 『悲しみの歌』遠藤周作|暗雲が覆い被さる悲しき世の中

    『悲しみの歌』遠藤周作 新潮社[新潮文庫] 2026.04.05読了 先月末、新宿の歌舞伎町タワーに初めて訪れた。建物が完成して盛り上がっていたときに、いつかは行きたいなと思っていたがようやく。3階までしか足を踏み入れていないが、色鮮やかなネオンと賑やかな音量、来ているのは若者と外国人ばかり。土曜日なのにお客さんは6〜7割ほどといったところ。この小説は新宿が、それも1975年の荒んだ新宿が舞台である。 名作『海と毒薬』の続編ということだが、遠藤周作さんがこれを書いたのは50代になってから。その間遠藤さん自身も思うところはたくさんあって、きっと勝呂医師のその後を書きたかったのだろう。日本人の心と…

  • 『アウシュヴィッツの恋人たち』ケレン・ブランクフェルド|ホロコーストの始まりから終わりまでを知り、人生を強く生き抜いた

    『アウシュヴィッツの恋人たち』ケレン・ブランクフェルド 杉田七重/訳 東京創元社 2026.04.04読了 第二次世界大戦時、ヒトラー率いるナチスがユダヤ人虐殺のためにアウシュヴィッツ強制収容所を作った。そこで出会い恋に落ちた2人、ツィッピとダヴィドの恋愛物語が軸にはなっているが、これは恋愛ものではない。ホロコーストを生き延びた強靭な精神と肉体を持ったふたりの、生きることの真実を描いた壮大なノンフィクションである。 2人がどのような家庭に産まれどう育ったのかが幼少期に遡り書かれている。ツィッピはグラフィックデザイナーの夢を、ダヴィドはオペラ歌手を目指して期待を胸に生きていた。そんな中、突如とし…

  • 『ロンドン、ドッグパーク探偵団』ブレイク・マーラ|犬がかわいい、これに尽きる

    『ロンドン、ドッグパーク探偵団』ブレイク・マーラ 高橋恭美子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2026.03.31読了 犬がかわいい。これに尽きる。 私自身は犬を飼っていないのだが、親しい人が犬を飼っておりよく散歩に連れて行ったりじゃれ合ったりしている。子どもの頃から犬は大好きだ。こんなに愛くるしい存在はいるのかと。そのワンちゃん愛、そして最近ハマっている創元推理文庫ということでこの小説を手に取った。 一人称と三人称、そのどちらも存在する作品だが、主人公はルイーズである。彼女が犬仲間イリーナと散歩中に死体を見つける(正しくは犬が見つける)ところから物語は始まる。それがかつての犬仲間だったことが…

  • 『宙わたる教室』伊与原新|人間を書くのが本当に上手い

    『宙(そら)わたる教室』伊与原新 文藝春秋[文春文庫] 2026.03.28読了 『藍を継ぐ海』で直木賞を受賞した時から伊与原新さんの作品は気になっていたが、これが初読みである。この『宙わたる教室』はNHKのテレビドラマにもなっており、なかなか好評だったようだ。夜間に高校に通う、つまり定時制高校が舞台である。年齢も境遇も異なる人たちが学ぶところ。私自身大学は夜間に通っていたので、少し雰囲気が似たところはあるかなと想像しやすかった。 読み書きに困難がある学習障害があることは知っていたが、それが「ディスレクシア」という名前であること、そしてその症状の人に向けた読みやすいフォントがあることは知らなか…

  • 『殺意』フランシス・アイルズ|倒叙ミステリーを読もう

    『殺意』フランシス・アイルズ 大久保康雄/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2026.03.26読了 大久保康雄さんの少し古い訳文がなんとも格調高くて心地良い。この古めかしさも一緒に味わうようにして、舌なめずりをするように読み進めた。この作品は倒叙推理小説の三大名作のひとつと言われている。倒叙(とうじょ)ミステリーというのは、古畑任三郎シリーズのように、犯人が最初からわかっていて、その犯人を主軸として犯人の心理状態やどう犯行に至ったのかが細かく書かれる手法である。 想像していた作品と少し違っていた。完全犯罪を遂行しようとする人物ならば、知能が高くスマートな人間だと思っていたが、ビクリー博士は、な…

  • 『母という呪縛 娘という牢獄』齊藤彩|父親が語った「家族だから」

    『母という呪縛 娘という牢獄』齊藤彩 ★ 講談社[講談社文庫]2026.03.24読了 あまりにも残忍残虐な事件だった。滋賀県で31歳の看護師が母親を殺し、その身体をバラバラに切断、その後も平気な顔で日常を過ごしていたという信じられない事件。未成年ではないから当時は実名で報道されていたはずだ。このノンフィクションの中で娘は髙崎あかり(仮名)、亡くなった母親は妙子(仮名)とされている。 この家庭では理解し難いことが起きていた。ニュースなどで誰もが多少は耳にしたはず。言葉だけなら「教育虐待」だけであるが、このひと言だけでは伝えられない長年の確執がここにはあった。教育虐待は、程度の差こそあれどこでも…

  • 『光の領分』津島佑子|一筋縄ではいかない女性の心理を麗しい感性で織り成す

    『光の領分』津島佑子 講談社[講談社文芸文庫] 2026.03.23読了 夫と離れ、娘と二人であるビルの4階の住居で暮らす「私」の1年間が描かれている。駄々を捏ねるやっかいな年頃の娘、この娘がいなくなればれいいと思ったり、なかなか朝起きられず仕事を遅刻したり娘のせいで早退したり、そして時には旦那以外の誰かを求めたり、性的な夢を見たり。この作品は、昭和の女流作家の一人、津島佑子さんの初期の小説である。 重たいくさびみたいなものを背負っているような日常を「私」は生きている。本当は夫の藤野と一緒にいたい、そういう感情があるのだと思うけれど、一筋縄ではいかない心情を、美しくしっとりした文章で織り成す。…

  • 『ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿』ロス・モンゴメリ|大叔母デシマと従僕スティーブンの痛快なやり取り

    『ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿』ロス・モンゴメリ 村山美雪/訳 KADOKAWA [角川文庫] 2026.03.22読了 ハレー彗星が地球に接近した1910年、イギリスの架空の土地が舞台である。当時のヨーロッパでは「ハレー彗星には有毒ガスが含まれており地球上の生物は死に絶える」というデマが本当にあったようで、これを信じたタイズ館の主人は、館を封じ込めようとする。結果的にこれがクローズドサークル的なものとなり、この館でその日に殺人事件が起こるのだ。なんというわくわく感! 語り手のスティーブンはタイズ館に新しく雇われた従僕で、何やら少年院を出たばかりで謎めいた存在。厄介者の大叔母デシマ…

  • 『鬼龍院花子の生涯』宮尾登美子|養女の松恵の視点から語られる

    『鬼龍院花子の生涯』宮尾登美子 文藝春秋[文春文庫] 2026.03.19読了 読み始めて1頁めに「腥い(なまぐさい)」という言葉が出てくる。現代であれば「生臭い」という漢字を使うのに、昔は「腥い」を使っていたのか。月に星という漢字からは到底想像もつかない「なまぐさい」というのが、どうにも不釣り合いな気がして驚いた。現代ものを読むと若者言葉を知ることができるという利点はあるが、昔の作品を読むとこういうのに気づくのが楽しい。 高知の侠客、通称「鬼政」として名を馳せた鬼龍院政五郎と、実の娘・花子の栄枯盛衰が、鬼政の養女として全てを近くで見てきた松恵の立場から語られる。花子は鬼政の3人の妾のなかの一…

  • 日光といえばお猿

    このブログでは読んだ本のことをつらつら綴っているが、当初は愛すべき猿のこともたまにはアップしようと思っていた。たまには、というのは、少なくとも半年に1回くらいは。しかしもしや一度もUPしてないかも…。猿関係の本はいくつかあげたと思うけど。 ということで、先日栃木県の日光・鬼怒川を一泊ぶらっと旅してきたのでそこで撮った猿たちのことを。東京からさくっと行ける距離なので気軽な旅行地として楽しめる(今回の一番の楽しみは東武鉄道スペーシアXのコックピットラウンジ!大満足!!)。 日光といえば世界遺産の社寺が有名であるが、猿といえば日光東照宮・新厩舎の「三猿」であろう。写真の左から二つ目に、いわゆる「三猿…

  • 『赤く染まる木々』パーシヴァル・エヴェレット|本当は「苦しい」だけの話ではないのだろう

    『赤く染まる木々』パーシヴァル・エヴェレット 上野元美/訳 早川書房 2026.03.17読了 ミシシッピ州マネーという場所で、ある白山男性が殺害され、その横には黒人の死体があった。ほどなくしてまた別の殺害がおこり、そこにもまた黒人の死体が。しかも、黒人の死体は何故か消えてしまうという怪奇的な現象が起こる。特別刑事やFBIが捜査に乗り出すが…。初めは推理小説の体をなしていたように思えたが、徐々に過去の黒人リンチの歴史が入り組んでいると気付く。 血なまぐさい衝撃的なシーンが多くて、読んでいて辛く胸が痛くなる。日本人が読んでもおそらく「苦しいな」とかそういう感情だけで、深いところでの理解はなかなか…

  • 『デクリネゾン』金原ひとみ|経験しないと本当の意味では理解できない「老い」

    『デクリネゾン』金原ひとみ 集英社[集英社文庫] 2026.03.15読了 タイトルの『デクリネゾン』ってどういう意味なんだろう。 ネットで調べてみると「デクリネゾン」とは、フランス語における語尾変化のことを指す。調理方法ではひとつの食材を生かすことを意味し、フランス料理の基本的考え方とも言える、とある。なるほど、これで本のジャケットに納得する。そして作中には素晴らしい料理がたくさん出てきて、思わず涎が垂れてしまいそうなほどだ。でもこの小説、基本は恋愛の話だ。 主人公で語り手の小説家・志絵は、2度の離婚を経験している。今は歳が離れた大学生・蒼葉(あおば)と付き合っている。最初の結婚で産まれた娘…

  • 『10:04』ベン・ラーナー|現代アメリカ的、都会的な佇まいの遊歩小説

    『10:04』ベン・ラーナー 木原善彦/訳 白水社[白水Uブックス] 2026.03.12読了 何気なくパッと開いたどのページを読んでも、それなりにおもしろく感じられる作品だと思う。ストーリーとしては確固たるものがなくて、ユーモアと皮肉と回りくどさが混じり合う文体をぼんやりと楽しむような読み方をするのが良い。タイトルはそのまま「10時4分」と読むのが正解みたい。 先日読んだゼーバルト著『アウステルリッツ』の雰囲気に近い(時折り挿入される写真がそう思わせるのかも)。また、ところどころポール・オースターのようでもありミシェル・ウェルベックのようでもある。ただベン・ラーナーは現代臭がぷんぷんしていて…

  • 『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン|罪と罰との向き合い方が変わる

    『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン 浅井晶子/訳 ★ 東京創元社 2026.03.09読了 斬新な角度から書かれたミステリーである。単なる法廷ミステリーではない。人間の内面にある解決不可能なものを浮かび上がらせ、読者を驚愕させ溺れさせる。何が正しいとか間違っているとかではない。法と正義とは、罪と罰とは何なのか。 ものすごくおもしろくて夢中になって読んだ。物語として優れているのはもちろんだが、私としては何より構成がカッコいいと感じた。久しぶりにミステリー作品で★をつけることができた(★は、超個人的良かった・感動した・好きのマーク)。 ベルリンに住むエーファは、長年携わった弁護士の仕事を退く決断を…

  • 『夜空に浮かぶ欠けた月たち』窪美澄|人生に喜怒哀楽は全て必要

    『夜空に浮かぶ欠けた月たち』窪美澄 KADOKAWA[角川文庫] 2026.03.07読了 「人間は完全な丸じゃないし、誰だってどこかが欠けているもの」(79頁) というさおり先生の言葉。誰もがいつこんな風になってもおかしくないと思えるような心が病んだ人たちが登場する。それを優しくあたたかい眼差しで寄り添う「椎木メンタルクリニック」の精神科医・旬とカウンセラー・さおり、そして「純喫茶・純」の店主純さん。 連作短篇集となっている各章ごとに、ゴッホ、ピカソ、ウォーホルなどが描く絵画のタイトルが付けられている。『パイプを持つ少年』という短編に出てくる直也はものを片付けられないADHDであるが、こうい…

  • 『レイトン・コートの謎』アントニイ・バークリー|どんな些細な情報も読者にきちんと示す

    『レイトン・コートの謎』アントニイ・バークリー 巴妙子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2026.03.05読了 ちょっと考えればわかるのに、読み始めるまでなぜか人が着るコートだと勘違いしていた。おもてなしが好きな実業家スタンワースが今回ホームパーティに選んだのが「レイトン・コート(邸宅)」である。密室で死体が発見されたとか、もう王道すぎるなぁとか思ったけれど、夢中になってしまった。 ホームズ役のロジャーとワトソン役のアレックの応酬が小気味よい。というか、この2人喋り過ぎなんじゃないか!?ずっと喋ってるのが、さながらコントのようでもありかなり笑けた。なんだろう、この言い回しとか文体がはまるのか…

  • 『人間失格』太宰治|ダメ人間であればあるほど共感し羨望を覚える

    『人間失格』太宰治 筑摩書房[ちくま文庫] 2026.03.03読了 「恥の多い生涯を送ってきました」という、あまりにも有名な文章で始まるこの作品を読むのは何回目だろう。青空文庫でも読めるけれども、紙の本が好きなこともあるし、筑摩書房から刊行されたこの文庫本の佇まいに心惹かれた。表紙をめくると、初版単行本の表紙と直筆原稿のカラー口絵が付いている。そもそも太宰治作品は筑摩書房から生まれたのか。太宰治文学賞は筑摩だったな。 大庭葉蔵という人物の手記により、自分がどのように生きてきて、なにをもって人間失格だというのかが語られる。ひたすらダメ人間であることを追い求める。訥々と語る堕落した自己。しかしダ…

  • 『松岡まどか、起業します』安野貴博|何より大切なのはスピード感

    『松岡まどか、起業します』安野貴博 早川書房[ハヤカワ文庫] 2026.03.02読了 チームみらい党首・安野貴博さんが小説を書いているなんて知らなかった。この本は彼の2冊目の小説である。1冊目の『サーキット・スイッチャー』でハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞したとのことで、いやはや、本格的な小説家じゃないか。 東京都知事選に立候補したときから気になっていた。最初は髪の長さとか容姿に目がいっていた(良い意味で)が、徐々に彼の話すことに聞き耳を立てている自分に気付く。安野さんがあるテレビ番組で「現代の日本はAI産業で20年くらい遅れている」と発言しているのを見て「まさかそんなに」と驚いた。彼の感…

  • 『大鴉の啼く冬』アン・クリーヴス|身体も心も凍りつく

    『大鴉の啼く冬』アン・クリーヴス 玉木亨/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2026.03.01読了 イギリス最北のシェトランド島が舞台になっている。そもそもこれを読むまでシェトランド島の存在を知らなかった。島に住んでいるのはわずか2万2千人あまり、島民には知り合いが多く閉ざされた社会である。これが陸にある村単位ならまだわかるけれど、この島は対岸の島からもフェリーで14時間かかるというのだ。 黒髪の美しい高校生・キャサリンが絞殺された姿で見つかった。最後に会った孤独な老人マグナスが容疑者とみなされる。知的障害のある彼が疑われるのには、8年前に起きたある事件(未解決)で容疑者とされているからだった…

  • 『恋の幽霊』町屋良平|誰かを好き、大事にしたいと思ったらそれがもう恋

    『恋の幽霊』町屋良平 朝日新聞出版[朝日文庫] 2025.02.26読了 町屋良平さんの小説にしてはずいぶんポップだ。文体は『生活』のようなポップさはあるけれど。「幽霊」とあるが怪奇的な雰囲気は全くなくて、そもそも「恋の」という修飾語がついている時点でポップだ。でも、これがなかなかに深い作品だった。 高校生の時に出逢った4人の男女、シキ、土(つち)、京(きょう)、青澄(あすみ)は恋をする。カップルが2組いるわけではなくて、4人がみんなに、つまり自分以外の3人のことを等しく好きになる。グループの全員がみんなのことを100%好きになるという、ちょっと変わったストーリーである。高校卒業から15年後を…

  • 『沈黙の森』C・J・ボックス|猟区管理官が駆け巡り、謎を解くシリーズのはじまり

    『沈黙の森』C・J・ボックス 野口百合子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2026.02.24読了 著者のC・J・ボックスが、2015年に書いた序文が最初に収められている。シリーズ最初の作品である『沈黙の森』がどのようにして生まれたか、読者からどれほど愛されているか、また彼がどのように小説と向き合っているのかがわかる。生まれ育った愛するワイオミング州を舞台にして、ジョー・ピケットの物語はここから始まる。 ワイオミング州は自然豊かなところで、広さはアメリカ50州のうち10番目に広いが、人口は一番少ないという。それだけでいかにこの地には手つかずの自然が多く広大なのかがわかる。ワイオミングというのは…

  • 『ももこの世界あっちこっちめぐり』さくらももこ|旅先でもほっこりとしたもののあわれ

    『ももこの世界あっちこっちめぐり』さくらももこ 集英社[集英社文庫] 2026.02.22読了 エッセイを読むのは今年初かも。なんとずっと小説ばかり読み耽っていたのだ。いかんいかん。この本は、女性誌「non-no」の企画で1996年の5月から10月の間さくらももこさんが外国に旅をすることになり、ももこさんと旦那さん(時たまお父様も)が訪れた世界のあちこちの記録がおもしろエピソードと共に綴られたエッセイである。 15年以上前に会社の研修旅行でスペインに行ったことがあるが、その時に見たガウディの建物は一生忘れられない。建築途中のサグラダファミリアやグエル公園はもちろん、街のあちこちにガウディの作品…

  • 『ユドルフォ城の怪奇』アン・ラドクリフ|英国ゴシック小説を味わい尽くす

    『ユドルフォ城の怪奇』上下 アン・ラドクリフ 三馬志伸/訳 ★★ 作品社 2026.02.21読了 もう、このジャケットを見ただけでそわそわドキドキが止まらない。18世紀イギリスで大ベストセラーになったアン・ラドクリフ著のゴシック小説の大傑作である。読み終えるのに時間はかかったが、物語として本当におもしろかった!恐怖心を味わいながらも、雄大で美しい自然描写と登場人物たちの心の機微がふんだんに書かれていて壮大な物語世界にどっぷりと浸かった。ジェイン・オースティン著『ノーサンガー・アビー』の登場人物が(もはやイギリス中の人々が)夢中になったのもよくわかる。 サントベール夫妻の深い愛情に包まれ、大自…

  • 『持たざる者』金原ひとみ|何かのきっかけでガラッと変わる人生をどう生きていくか

    『持たざる者』金原ひとみ 集英社[集英社文庫] 2026.02.12読了 震災を契機にして何かが変わってしまった。何かを決定的に失ってしまった。修人は結婚生活を、千鶴は子供を、エリナは人の縁を、朱里は理想の家を。少しづつ重なりあう4人がそれぞれの視点で語る連作短篇集のようになっている。 エリナはかつて、楽しい日々を過ごすことが自分を生かしていると思っていた。しかし「楽しいということはもうそれほどの麻薬ではなく、楽しさの先にある虚無を知っている」と言う。これってすごくわかるかも。楽しいことが永遠に続くわけではなくて、それが終わった時にふと虚しさを感じる。そしてまた次の楽しみをまた探す、考える。楽…

  • 『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト|時間と空間、記憶と建物の息づかい|Google Geminiに聞いてみた

    『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト 鈴木仁子/訳 白水社 2026.02.11読了 タイトルを見た時、アウステルリッツの戦いが思い浮かんだ。ナポレオン時代の出来事だったか。しかしこのタイトルの『アウステルリッツ』は人の名前である。語り手である「私」が、旅先で出会ったアウステルリッツなる人物からの語りを聞き続ける。 アウステルリッツは、建築史と文明史について研究している。自分の本名や出自を知らぬまま育った彼は、50歳を過ぎてから自分の過去を探すことにする。旅人として歩んだ、忘却の彼方にほとんど沈んでいた風景をいまひとたび眼の前に立ち現せてみたかったのだという。 学生だったアウステルリッツが自…

  • 『ハウスメイド2 死を招く秘密』フリーダ・マクファデン|ミリーになりたくはないけれど応援はする

    『ハウスメイド2 死を招く秘密』フリーダ・マクファデン 高橋知子/訳 早川書房[ハヤカワ文庫] 2026.02.08読了 ある家庭のハウスメイドしていたらクビになってしまい、ミリーがまたしても仕事を探す場面から始まる。前作の『ハウスメイド』から作中では4年の時が経っていて、その間に色々な出来事がありエンツォとのことも書かれている。 「この家は何かおかしい」そして「この部屋には入ってはいけない」「出られない」という似たような流れだったからか、最初は既読感が先に立ってしまい、いまいち乗れなかった。しかし中盤に差し掛かる頃にはまんまと引っかかって(良い意味でのめり込んで)しまったのだ。さすがに前作と…

  • 『雷電本紀』飯嶋和一|包み込むような優しさと土俵上での絶大なる強さ

    『雷電本紀』飯嶋和一 集英社[集英社文庫] 2026.02.07読了 ここ最近は大相撲にどハマりしていて、両国国技館で開催される本場所は必ず観に行っている(枡席は取れないので椅子席ではあるが)。子どもの頃は相撲が好きではなかった(むしろ嫌いだった)記憶があるが、なにをどうしてこんなに興味を持つようになったのか、これはもしかして作中にある下記の雷電の言葉に一理あるのかもしれない。 「相撲は手に何ももたず、何も身につけず、生まれたばかりの赤子同然で取るものでございます。世人が身に帯びたありとあらゆるもので渡りをなすのと異なり、相撲人はそれらの一切をはぎとり、残ったこの身だけで勝ち負けを競うものであ…

  • 『バウムガートナー』ポール・オースター|選んだ道をどのように歩むか、自分の思考と行動が全て

    『バウムガートナー』ポール・オースター 柴田元幸/訳 ★ 新潮社 2025.02.02読了 10年前に妻アンナに先立たれたバウムガートナーが主人公である。喪失感を伴う老年男性に漂う、死を予感させる描写が続く。こんなにも時間がゆっくりと流れている作品をオースターは書いたことはあったろうか?と思うほどはじめの章では細かく綴られ、老いゆく身体と精神が表される。しかし読み進むうち次第に懸命なひたむきさと希望が感じられるようになる。 「バウムガートナーは」「バウムガートナーが」で始まる文章が多く、または文中でも彼の名前がどんどんと出てくる。もちろん彼が主人公だから当たり前ではあるのだが、故意にと思えるほ…

  • 『毒入りチョコレート事件』アントニイ・バークリー|推理とはこんなにも多種多様なのか

    『毒入りチョコレート事件』アントニイ・バークリー 藤村裕美/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2026.01.31読了 なんて「ザ!探偵小説!」なタイトルなんだろう。「毒入り」に「事件」なんて。作者が読者に挑むタイプの作風(はじめに挑戦状があるような)はそんなに好きではないのだけれど、英国古典ミステリならまぁ好みだしなぁ、それに東京創元社さんがXで「2刷決まりました」みたいな投稿をしていたのでやっぱり気になってしまった。これが意外になかなか楽しめた。 「犯罪研究会」の会長で小説家でもあるロジャー・シェリンガムは、実際に起きた警察で解決できない事件を会員に解いてもらおうと提案する。この会員というの…

  • 『冬の旅』辻原登|こんなにも苦難の道が続く中で光は刺すのか

    『冬の旅』辻原登 集英社[集英社文庫] 2026.01.28読了 先日いしいしんじさんの『ポーの話』を読んだあとに、いしいさん関連のネット記事を読みあさっていたら、いしいさんが「辻原登さんの作品を書かれた順に全て読んだ」というのを目にした。書かれたすべての作品を読むこと自体、辻原さんのことを敬愛していることの表れだ。名前は知っていたがまだ辻原さんの本を読んだことがなかったので、立ち寄った書店で見つけたこの『冬の旅』を手にする。まさに今、極寒の冬将軍到来ということで季節感にもぴったり。 いやいや、冬の寒さどころではない。なんともキツイ、苦しい、どこまで苦難が続くのかという登場人物のしびれる経緯が…

  • 『叫び』畠山丑雄|読みやすいのに難しい

    『叫び』畠山丑雄 新潮社 2025.01.26読了 新潮社お馴染みの装幀室が作成したものではなくて、須永有さんという方の装画のようだ。装画のタイトルは『叫び』ではないけれど(『逆光の中の人』とある)、この装画をこの単行本のジャケットに選んだのはムンクの『叫び』をちょっぴり意識したであろうことは容易に想像できる。 本の帯を見ても、そして新潮社HPのあらすじを見ても、内容がよくつかめずにいた。で、実際に読んでもストーリー自体はピンとこない。まぁ、芥川賞って結構そういうのが多いけれどそれにしても、である。失恋しヤケになっていた37歳の公務員早野ひかるは、ひょんなことから銅鐸(どうたく)造りをする先生…

  • 『ファウスト博士』トーマス・マン|天才音楽家の生涯、ドイツ批判とともに

    『ファウスト博士』上中下 トーマス・マン 関泰祐・関楠生/訳 岩波書店[岩波文庫] 2026.01.25読了 訳者が「はしがき」で述べているように、これはゲーテの『ファウスト』ではない。古典学者ゼレヌス・ツァイトブロームが、友人である天才作曲家アドリアン・レーヴェルキューンの生涯を伝記として綴ったものである。 難しかった、というよりも長かったー。岩波文庫の昔ながらの細かくてちょい掠れ気味のフォントで、それはまぁ嫌いじゃないにしても、、半分くらいは楽しく読めたのだが半分は苦痛を感じるギリギリのラインになってしまった。語り手のツァイトブロームのまどろっこしさや遠回しさ、格調高すぎる表現方法にしんど…

  • 『時の家』鳥山まこと|ここ数年の芥川賞受賞作では突出している

    『時の家』鳥山まこと ★ 講談社 2026.01.19読了 先日発表された芥川賞受賞作。今回は2作品選出され、そのうちの1作がこの鳥山まことさんの『時の家』である。読み始めてすぐに、この上質で静謐な文体の虜になった。こんな風に世界を見ているのか、こんな風に心地良く文章を練られるのか。文才というものはやはりあるんだなと改めて思った。ここ数年の芥川賞受賞作のなかで一番良いと思う。素晴らしかった。 ある青年が売物件と書かれた建物に入る。この建物には誰も住んでいなくて、不動産業者は「更地にしたほうが何かとね」と言う。何かと(良い)と言うのは、建物がないほうが売りやすいし、建物を保存しておくことは大変な…

  • 『笹まくら』丸谷才一|一生涯背負うことになるひとつの選択

    『笹まくら』丸谷才一 新潮社[新潮文庫] 2026.01.16読了 かつて徴兵忌避をした過去を持つ浜田庄吉が主人公である。徴兵忌避ということは、国の指令に背く、つまり国家からの逃亡者ということである。隠れて逃げ続けた彼は、ついに憲兵に捕まることなく終戦を迎える。46歳になった浜田を起点として、物語は過去をたゆたうように進む。 軍人になりたくともなれなかった三島由紀夫さんみたいな人がいるなかで、どうしても徴兵を逃れたいと思う浜田のような人物がいる。当時の日本では、国のために軍人となることは日本男児であればこその誇りであった。しかし浜田は逃げた。いや、正直な気持ちとしては誰だって戦争に行きたくない…

  • 『暁星』湊かなえ|フィクションだからこその真実性もある

    『暁星(あけぼし)』湊かなえ 双葉社 2026.01.11読了 宗教二世の物語である。母親がある宗教にのめり込み、多額の献金を行ったことで家庭が崩壊してしまった永瀬暁(あかつき)。その恨みと苦悩をノンフィクション「暁闇(あんぎょう)」のタイトルで語るのが前半。そして、もう一人の主人公が書くフィクションが後半の「金星」である。二つのパートがどのように繋がるのか。そして、暁らは苦しみのなかで何を求めていたのか。 しかし小説の中に「ノンフィクション」とあっても読者から見たら「フィクション」なわけで、それなら全てがフィクションなんだよなと堂々巡りの思考が渦巻いてしまう。でも、この構成があとあと重要にな…

  • 『終の住処』磯﨑憲一郎|すれ違いながらも夫婦として生きていく

    『終の住処』磯﨑憲一郎 新潮社[新潮文庫] 2026.01.09読了 なんとも不思議なストーリーである。30歳を過ぎて結婚した夫婦が、すれ違いのなかで生活を育み、11年間会話もなかったのに突然家を建てるという方向に話が進む。語り手は夫で、そもそもの結婚したての頃から何かがおかしい、噛み合わない。 家の中では仮面を被ったかのような二人。子どもを通して意思の疎通を図るとか。そういえば「仮面夫婦」という言葉は死語になったのだろうか。「仮面夫婦」はこの作品の夫婦のそれとは意味合いが異なるがふと思い出した。 それにしても、すれ違いを埋めようと歩み寄ろうともしない、離婚をも選択しない2人の心理状態とはいか…

  • 『私立探偵マニー・ムーン』リチャード・デミング|アメリカのテレビドラマにありそう

    『私立探偵マニー・ムーン』リチャード・デミング 田口俊樹/訳 新潮社[新潮文庫] 2026.01.07読了 新潮文庫の海外名作発掘シリーズで、昨年7月に刊行された時から気にはなっていたが、まさか「このミス」海外編で第1位になるとは思わなかった。発掘本だから昔の小説よね、現代ものが受賞するのが定番だと思っていたからちょっと驚きだ。 タフガイでキザな私立探偵!もう、ハードボイルドを絵に描いたような主人公。彼が携わる事件が章ごとに7話組み立てられている。ムーン以外にもお馴染みの登場人物が出てくるから連作短編のようにも読める。 退役軍人のマニー・ムーンは、片足が義足である。セントバーナードのような風貌…

  • 『二月のつぎに七月が』堀江敏幸|とんがらずに、まあるく、余白を残して生きていく。耳学問とともに。

    『二月のつぎに七月が』堀江敏幸 ★★ 講談社 2026.01.04読了 堀江さんの長編小説が9年ぶりに刊行された。現代日本作家で5本の指に入るほど好きな作家なので、読むのが楽しみすぎた。しかしまぁ鈍器本とも言える厚さで持ち運ぶのが大変。だから、年末年始の冬季休暇にうってつけだった(近場に遊びに行くのに多少持ち運びはしたけれど)。 はぁーーー。憎たらしいほどに、文体が、文章が際立って美しい。一文一文読むたびに文字がゆるりと躍っている。目を閉じて反芻して、時には声を出して音読した。この読書が永遠に続いて欲しい、そんな読み心地の良さを堪能した。年末から年始にかけて、極上の読書時間を満喫出来た。 うら…

  • 2025年に読んだ本の中からおすすめ10作品を紹介する

    (2025.07.19 石川県立図書館より 円のように配置された本棚はどこから見ても美しい) 恒例となったこの企画(そうでもない!?)を今年も。昨年2025年に読んだ本は、138作品(冊数は163冊)だった。その中からおすすめの10作品を紹介する。例年通り独断と偏見で選んだもので、ランキング形式ではなく読んだ順である。新年を迎えて、何か本を読みたいが何を読めばいいのか迷いあぐねている方には参考の足しになればいいし、ただぶらっとこのブログを読んでくださる方には、読み流していただければ。 1作め 『火山のふもとで』松家仁之 去年読んで一番良かった本だ。それは突出してストーリーがおもしろいとか頁をめ…

  • 『ノーサンガー・アビー』ジェイン・オースティン|ゴシック小説好き乙女の恋模様

    『ノーサンガー・アビー』ジェイン・オースティン 唐戸信嘉/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2025.12.30読了 オースティンの長編小説で読んでいないのはこの『ノーサンガー・アビー』だけだったはず。だからこれで一通り読んだことになる。オースティンの作品ってなんでこんなにも心惹かれるのだろう。おんなじようなテーマが多いから、どの作品がどんなストーリーだったかは実はあんまり覚えてない(というか区別がついていない)のだけれど笑。でも読み出したら毎回おもしろさにどハマりするんよ。最終章で作者の視点で物語を結末づかせるところは時代を感じるけれど、それもまた良さかな。 ノーサンガー・アビーの「アビ…

  • 『風に吹きはらわれてしまわないように』リチャード・ブローティガン|はかなく飛ばされてしまいそうな危ういものたち

    「風に吹きはらわれてしまわないように』リチャード・ブローティガン 松本淳/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2025.12.27読了 本当は藤本和子さんが書いた評伝『リチャード・ブローティガン』を先に読もうとしていたのだけれど、生前最後に書かれたというこの小説が文庫で発売されたのでこちらを先に読んだ。なんとも不思議なタイトルである、しかも改題される前のタイトルは『ハンバーガー殺人事件』だというからその差にも驚きだ。 44歳である作家(おそらくブローティガン本人)が、オレゴン州での少年時代を振り返るストーリーである。時間軸があいまいで、同じページの中でも3度くらい変わることがある。 物語の意味を求めて…

  • 『マリエ』千早茜|何か新しいことを始めるのは、良くなるため、幸せになるため

    『マリエ』千早茜 文藝春秋[文春文庫] 2025.12.26読了 40歳を目前にして夫から離婚を切り出されたまりえが自分の人生をみつめ直す物語である。こういう夫婦たくさんいるんだろうなと思いながらも、やはり夫婦、男女の形は人それぞれだなと感じる。終始に渡って香りと料理に関する記述が繊細で、千早さんはきっと丁寧に生活をされているんだろうなぁと思った。 由井くんと料理教室めいたことをやっているときに、まりえは「歳の差ってこういうことか」と納得する場面がある。同じ言葉を使っていても、経験によって含まれる意味は微妙に違う、ということ。確かに、私も20歳くらい離れた人と話していて、話題は共通だとしても微…

  • 『カスパー・ハウザー あるいは怠惰な心』ヴァッサーマン|カスパーを取り巻く人間模様

    『カスパー・ハウザー あるいは怠惰な心』ヴァッサーマン 酒寄進一/訳 岩波書店[岩波文庫] 2025.12.24読了 実際にあった事件を元に小説にした作品である。ノンフィクション・ノヴェルまたは歴史小説といえるだろう。ドイツにかつてこんな人物がいたなんて全く知らなかった。謎につつまれた事件であり興味が湧くのはもちろんだが、サブタイトルに「あるいは怠惰な心」とあるのが妙に気になった。 1828年、ドイツ・ニュルンベルクに突如現れたカスパー・ハウザー。保護された時、カスパーは言葉も話せず歩くことも出来なかった。しかも17歳だという。赤ちゃんであればまれにそういう事件が起きるし、実際に赤ちゃんポスト…

  • 『一人娘』グアダルーペ・ネッテル|生命の誕生について真摯に向き合った作品

    『一人娘』グアダルーペ・ネッテル 宇野和美/訳 ★ 現代書館 2025.12.20読了 初めて読む作家さんの本を読むときは少し緊張感があってそわそわドキドキする。どんな文体なのか、どんな世界が待っているのか期待をしてしまう。それががっかりで終わるなんてこともよくある、というかその方が多い。この作品は数頁読んで「これは好きかも」と感じた。そして読み終えて「これは大好きだ」と確信になる。 語り手である30代のラウラは、子どもを持たないことを決めた女性だ。子どもは自由を束縛し経済的な負担にもなる。そう考える彼女は手術をして子どもを産めない身体にした。20代で知り合った親友のアリナも同じ考えを持ってい…

  • 『兄の終い』村井理子|自分の終いを考えてしまう

    『兄の終い』村井理子 CEメディアハウス[CEMH文庫] 2025.12.18読了 小説かなと思って読んだらエッセイだった。最近映画にもなったようだ。 疎遠だった肉親が亡くなったあと、火葬や諸手続き、住居の撤去作業、そして心の整理までを余す所なく正直に綴ったものだ。著者村井さんの兄が54歳という若さで亡くなり、唯一の親族(成人のなかで)である村井さんに警察から電話がかかってくるところから始まる。 生前には嫌なことが多く迷惑を散々かけさせられ憎かった兄。死んでもちっとも悲しくなくて涙が出ないけど、徐々にいろんな感情が湧いてきて最後は兄が大好きだったと気付く。 コメディータッチとは言わないまでも、…

  • 『百年の時効』伏尾美紀|ミステリーもレトロ感が好まれる今日この頃

    『百年の時効』伏尾美紀 幻冬舎 2025.12.17読了 圧倒的なリーダビリティーと巧みなストーリーテリングで、分厚いソフトカバーなのにするすると読み進めることが出来た。この作品は、昭和平成令和の三時代を股にかけ、あるひとつの事件を解決しようとする警察の物語である。昭和では湯浅と鎌田、平成では草加、令和では藤森が、時効を迎えた事件を追い続ける。 どんな職業をおいても、小説やドラマ、映画において再現されることが圧倒的に多いのは警察組織ではないだろうか。普通に生活していたらお世話になることがほとんどない(関わるのは運転免許証の発行や住所変更に伴う手続き位だろうか)。それなのに、意外と身近に感じるの…

  • 『怪談・骨董』小泉八雲|なんと落語的なことよ

    『怪談・骨董』小泉八雲 平川祏弘/訳 河出書房新社[河出文庫] 2025.12.13読了 朝ドラ『ばけばけ』の影響で話題となっているラフカディオ・ハーン、日本名で小泉八雲さんは、欧米に日本の文化や伝統を幅広く紹介した。多くの書店でフェアをやっており、この河出文庫版はヒグチユウコさんのデザインカバーがかけられていて目を惹いた。河出文庫BEST OF BEST 2025の中の一冊らしい。ヒグチユウコさんに特別な思い入れがあるわけではないのだが、やはり目を惹く。今冬には高島屋のデザインにも使われているようで、薔薇の中に猫ちゃんがいる紙袋を何度か見かけた。 小さい頃から『耳なし芳一』や『雪女』は耳にし…

  • 『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』モラヴィア|完成度の高い短編の数々に酔いしれる

    『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』アルベルト・モラヴィア 関口英子/訳 光文社[光文社古典新訳文庫] 2025.12.13読了 1956年に本国フランスで刊行されたモラヴィア著『疫病ーシュルレアリスム・風刺短篇集』には、全部で54の短編が収められている。この短篇集は、その中から15の作品を厳選してまとめられたものである。モラヴィアは、数年前に読んだ『同調者』がかなりおもしろかった。 『薔薇とハナムグリ』 ハナムグリという虫が存在することは知っていたけれど、よくわかっていなかった。コガネムシの一種で、花の中にもぐって花粉や蜜を侵食するらしい。なるほど、それでムグリかぁ。大多数のハ…

  • 『ポーの話』いしいしんじ|胸が締め付けられるような物語

    『ポーの話』いしいしんじ 新潮社[新潮文庫] 2025.12.11読了 胸の奥をぎゅぎゅっと締め付けられるような、どうしてか切なくて、少し苦しいような気持ちになる。いしいしんじさんの作品はみんなこうなのだろうか。 社会で疎外されているような人たち、今でいうところの社会不適合者が生きづらい世の中。でもそういう人たちに耳を傾けようかなとそんな気持ちにさせられた。例えばこの作品に出てくる「天気売り」のような存在。そしてこの小説の主人公「ポー」もそうだ。 ポーはうなぎ女から産まれた、人間でもあり魚でも鳩でもあるような生き物。この作品に出てくるのは「メリーゴーランド」「ひまし油」「犬ジジ」「廃棄物処理屋…

  • 『われら闇より天を見る』クリス・ウィタカー|贖罪と深い愛に満ちたストーリー

    『われら闇より天を見る』上下 クリス・ウィタカー 鈴木恵/訳 ★ 早川書房[ハヤカワ文庫] 2025.12.09読了 13歳の姉ダッチェスは6歳の弟ロビンを守りながら強く懸命に生きる。ダッチェスは自称「無法者」と名乗る。自分には無法者の血が流れているからと。最初はダッチェスのことが子どもながらにちょっと怖くて、近くにいたら距離を取りたいよなと思ってしまった。しかし彼女たちの壮絶な生い立ちと現状を知るにつれて、普通に生きることがいかに幸せなのかがわかる。ダッチェスを無法者と言わせる血脈とはなんなのか、過去に何があったのか。 ダッチェスと並行して、警察署長を務める45歳のウォークがもう1人の主人公…

  • 『ものごころ』小山田浩子|子どもが大人になりつつある過程

    『ものごころ』小山田浩子 文藝春秋 2025.12.06読了 今年の2月に新刊で発売されていた短編集だ。年内には読み終えたいと思っていてようやく。物心がついたときから…という文章でしか「ものごころ」という単語を使ったことがなく、他の文でも見たこともない気がする。「ものごころ」という作品はなくて『ものごころごろ』という作品がある。それを含めて文芸誌に掲載された9つの短編が収められている。コロナ禍だったこともあって、ちょっと生きづらい世の中を生きる子どもたち、そしてそれを見つめる大人たち。 いつものように小山田さんの文章に酔いしれる。なにも起こらないというか、劇的なストーリーはなく日常のことがただ…

  • 『恐るべきこどもたち』ジャン・コクトー|裕福で自由なこどもたちは何を求める

    『恐るべきこどもたち』ジャン・コクトー 村松潔/訳 新潮社[新潮文庫] 2025.12.04読了 小説ではこどもと書くときは「子ども」が多い。小説以外(特に実用書的なもの)だと「子供」になる。ここでは「こども」と全部ひらがなで表されており、よりこども感が増すというか、小さい子なんだろうなと想像する。しかし!この作品で登場するこどもたちは思ったよりも大きくて、姉のエリザベートは16歳。この作品でいう「こどもたち」とは、まだ大人になりきれていない思春期の人間ということらしい。 姉エリザベートと弟ポールの離れ難き関係性。そこにジェラール、アガート、ダルジュロスが絡み合い、複雑な心理模様が繰り広げられ…

  • 『夏物語』川上未映子|現時点での著者の最高傑作だと思う

    『夏物語』川上未映子 ★★ 文藝春秋[文春文庫] 2025.12.03読了 これから真冬になるからちょっとタイトルと季節感がそぐわないような。けどこの『夏物語』というのは季節の「夏」ではなくて、主人公夏目夏子の物語という意味である。少し前に北陸(福井)へ出かけることになったのでそのお供に。旅に持って行く本は正直かなり悩む。失敗したらめちゃくちゃテンション下がるから、絶対に満足度の高い本を選びたい。だから7年前に読んだとがあるけどまた読みたいと思っていた『夏物語』を選んだ。結果2泊3日の旅で150頁位しか進まなかったけど…(いつものこと)。 作品のメインは夏子が38歳になった2016年から、つま…

  • 『血痕の記憶』ジェニファー・コーディー・エプスタイン|患者を実験台にした催眠療法が行われていた

    『血痕の記憶』ジェニファー・コーディー・エプスタイン 唐木田みゆき/訳 早川書房[ハヤカワ文庫] 2025.11.26読了 19世紀にパリに実在した精神病院サルペトリエールを舞台にした、史実に基づく小説である。読んだことのない世界が広がり、なかなか興味深く読めた。読む前に想像していた感じとは全く違って新鮮な読書体験だった。 この病院では傑出した神経科医シャルコー博士らが患者を実験台にして催眠療法を用いた研究が行われている。しかもその実験を公開講座として一般市民に見せるという、なんとも信じがたいことをやっている。もちろん小説なので脚色は多いだろうが、似たようなことが実際にあったと考えると恐ろしい…

  • 『踏切の幽霊』高野和明|数十年前と現代では心霊写真の捉え方が変わった

    『踏切の幽霊』高野和明 文藝春秋[文春文庫] 2025.11.23読了 小田急線の鉄道運転士による奇妙な体験が書かれたエピローグは、迫真に迫っていて一気に引き込まれる。妻を2年前に亡くした50代の松田は、女性誌の契約記者である。編集長から心霊ネタの取材を命じられ、下北沢の踏切で幽霊らしきものを目撃したとの情報に目を付けて調べていく。ホラーというよりも、胸に迫るヒューマンストーリーだった。 私自身は心霊写真などのオカルト系をあまり信じていない。テレビ番組でそういう特集があるとチャンネルを変えてしまう。しかし死後の世界や精神世界には興味があるので、その取り扱い方というか切り口の違いによるのかもしれ…

  • 『定形外郵便』堀江敏幸|絵画も観るときによって感じ方が変わる

    『定形外郵便』堀江敏幸 新潮社[新潮文庫] 2025.11.21読了 どうも絵画を中心とした芸術関連の話が多いなと思っていたら、新潮社が刊行する「芸術新潮」という雑誌に掲載されたエッセイがまとめられたものだった。有名な画家から初めて聞く名前まで多くの芸術家が登場する。 本は読むとき(自分の年齢だったり精神状態だったり)によって感じ方が変わるというのは心からその通りだと思うが、絵画もそうなのだということがわかった。観るという行為にも、時間軸・空間・心理面で感じ方に大きな作用を及ぼす。 本は紙の質や字体などで印象は変わる(電子でも)が、文章自体は変わらない。しかし絵は実物をを観るのと印刷されたもの…

  • 『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー|再読してこの作品のおもしろさに興奮の嵐

    『カラマーゾフの兄弟』1234 フョードル・ドストエフスキー 江川卓/訳 ★★ 中央公論新社[中公文庫] 2025.11.20読了 文学界に燦然と鎮座するこの名作は、学生のときに新潮文庫で原卓也さん訳を読み途中で挫折した記憶がある。その後10年以上経ってから光文社古典新訳文庫で亀山郁夫さん訳を読んだ(確かに読みやすかった)から、それ以来となる。だから通して読了したのは2度目ということか。この江川卓さん訳は新訳ではなく元々1979年に集英社の文学全集に収められたもので今は絶版。文庫になるのはこれが初めてなのだ。1979年初出とは思えぬほど古さは感じなかったし、中公さんよくも文庫にしてくれたなとあ…

  • 『宴のあと』三島由紀夫|歳を重ねた男女の恋心

    『宴のあと』三島由紀夫 新潮社[新潮文庫] 2025.11.09読了 雪後庵(せつごあん)という料亭の女主人・50歳になる福沢かづが主人公である。「かづ」という名前が時代を感じる。「かず」であれば今でも時たま目にする名前であろうが「かづ」は見ない。そもそも「づ」ではなく「ず」が現代仮名遣いで常用になっているからな。 都知事選を通して、政治の世界の嫌な部分をまざまざと見せつけられる。お金がモノを言う世界。何十年も前から「政治とカネ」問題が議論されているが、この頃からずっと変わっていないのだなと思う。野口よりも政治的手腕や洞察力、また演説力も優れていたかづだったが、このような結末になることがなんと…

  • 『秘密にしていたこと』セレステ・イング|家族だからこそ分かり合えないこともある

    『秘密にしていたこと』セレステ・イング 田栗美奈子/訳 アストラハウス 2025.11.08読了 今年の春に読んだセレステ・イング著『密やかな炎』がおもしろかったから、著者の小説でもう一冊邦訳されているこの作品を読んだ。 ある事件が起こり、そこから過去を追想していく構成は前作と同様だ。雰囲気もとてもよく似ている。もちろん同じ作家が書いているから当たり前なのだが、同じ作品かと見紛うほど。訳者は別の方なのに不思議だ。 リディアという16歳の少女が湖で溺死体で見つかった。この衝撃的な場面から始まる。家族であるのにどうして誰ともわかりあえなかったのか。いや、家族だからこそ秘密があって、それは良い意味で…

  • 『リバー』奥田英朗|捜査本部会議での近況報告が読者を手助けする

    『リバー』上下 奥田英朗 集英社[集英社文庫] 2025.11.06読了 奥田英朗さんの本を6年ぶり位に読んだ。圧巻のストーリーテリングと優れたリーダビリティで上下2巻にも関わらずあっという間に読み終えた。 10年前に起きた未解決事件と酷似した事件が起きた。若い女性の死体が渡良瀬川の河川敷から2体発見されたのだ。同じような手口で殺されたこともあり、同一犯なのか、はたまた模倣犯なのか。容疑者と思われる人物が複数浮かび上がってくる。 多くの人物の視点で語られる群像劇となっているが、警察組織のパートがとても上手い。奥田さんの真骨頂と言え、過去作品でも警察が関わる小説はおもしろかった記憶がある。群馬県…

  • 『研修生 プラクティカンティン』多和田葉子|日々を丁寧に生き、多くの人と触れ合う|1,000記事達成

    『研修生 プラクティカンティン』多和田葉子 中央公論新社 2025.11.03読了 ドイツ語で研修生のことを「プラクティカンティン」というらしい。なんか響きがいいなぁ。この小説の主人公「わたし」には固有名前は出てこなくて、文字通りこの「わたし」は書き手の多和田葉子さんその人だろう。つまり、多和田さんが日本から飛び出しドイツ・フランクフルトにある書籍取次業者の研修生として働いたかつての日々のことが書かれている。さらにはどのようにして小説家になったのかも。 葉子さんの働く会社では、課長を除いて社員たちは17時にはきっちり退勤する。6週間の休みはしっかり取る。40年ほど前のドイツのことなのに、すでに…

  • 『泡』松家仁之|読み終えてから良い作品だと思える本

    『泡』松家仁之 集英社[集英社文庫] 2025.10.30読了 高校に行けなくなり引きこもりになってしまった薫は、東京から離れた砂里浜という土地に暮らす大叔父の元でひと夏過ごすことになる。大叔父の兼定のパートと入れ替わりで語られるが、この兼定の視点になると俄然興味が湧いてくる。やはり自分が歳を重ねると近い年齢の登場人物のほうに肩入れしてしまう。 ジャズ喫茶を営む兼定の店にふらりとやってきた岡田は、放浪生活にピリオドを打ったのか兼定の元で働き始める。この岡田が程良い距離感で接するため、兼定も、また薫も良い意味で生活が潤うようになり、自分自身と向き合うようになれる。 薫が東京に戻る前に小旅行をした…

  • 『ソフィー』ガイ・バート|楽園が崩壊していく様が見事に構成される|ようこそ、重版!復刊!

    『ソフィー』ガイ・バート 黒原敏行/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2025.10.28読了 どういうことだろうか。姉のソフィーは弟に監禁されているのだろうか。そんな不穏な場面から幕を開ける。ソフィーは現代パートを語り、マシューは過去を語る。交互に繰り返される語りは不穏で淫靡だ。 幼い頃、聡明すぎる姉ソフィーと純真な弟マシューは、両親に放っておかれ、二人だけの美しくも繊細で歪な世界を作り上げていた。それは楽園そのもの。しかし少しづつ壊れていく…。二人の楽園はどのように崩壊していったのか、無関心な母親はいったい何を考えているのか、なぜ数十年後の現実はこんなことになっているのか。 頁をめくる手を止…

  • 『皆のあらばしり』乗代雄介|歴史マニアの騙し合い?

    『皆(みな)のあらばしり』乗代雄介 新潮社[新潮文庫] 2025.10.26読了 天高く馬肥ゆる秋 先日テレビであるニュース番組を見ていたら、このことわざが発せられていた。予感はしていたが、気持ちの良い秋という季節はほぼ感じられないまま冬に突入したようで、日本の四季はおそらくニ季になってしまうんだろうなと思う。この『皆のあらばしり』の第一文はまさにこのことわざから幕開けする。 栃木の郷土史を舞台にした作品で、偽書である『皆のあらばしり』の秘密を探っていくストーリーである。高校生の浮田少年が、関西弁を使う怪しげなおじさんと知り合いになり、半年間かけて文書の正体を調べる。そしておじさんは一体何者な…

  • 『ヒカリ文集』松浦理英子|ヒカリとは何者だったのか

    『ヒカリ文集』松浦理英子 講談社[講談社文庫] 2025.10.25読了 野間文芸賞を受賞した作品である。松浦理英子さんの本を読むのは2冊目だ。学生劇団NTRで仲間の元を去ってしまった賀集(かしゅう)ヒカリ。彼女は劇団内で多くの人と濃密な関係を持っていた。20年ほどの月日が経ったとき、元劇団員たちがヒカリとの思い出や想いをつづる手記がこの『ヒカリ文集』である。 これは恋愛小説になるのだろうなぁ。ファム・ファタールものとも言えるけど、劇団内に歪な関係はなく、振られた人たちも比較的穏やかであり、昔も今もこうして語り合えるという不思議な関係性。みんなヒカリのことを今でも好きだ。 ヒカリは言う。 原因…

  • 『蒼き狼』井上靖|50歳になったときに狼になっていたい

    『蒼き狼』井上靖 新潮社[新潮文庫] 2025.10.23読了 井上靖さんの歴史モノを読むのは初めてである。いくつか名作はあるようだが、今年の6月に百田尚樹さんの『モンゴル人の物語』1巻を読んでチンギス・カンの人生に感銘を受けた(1巻はカンが40歳になった頃までの話だ)ので、まずはこの本から。意気込んでこの文庫本を買ったはいいけど、歴史物って読み始めるのになかなかふんぎりがつかなくてだいぶ寝かせていた。読み始めるとのめり込んじゃうんだけどね。 この作品は、モンゴル帝国を築き上げたチンギス・カンの壮大なる歴史小説である。1162年に、父エスガイ、母ホエルンとの間に生まれたテムジン。激しい闘争を何…

  • 『紙の梟 ハーシュソサエティ』貫井徳郎|死刑廃止か存続かは結論が出ないが、誰もが考えることが大事

    『紙の梟 ハーシュソサエティ』貫井徳郎 文藝春秋[文春文庫] 2025.10.20読了 これは、人ひとりを殺したら死刑になる世界の物語である こんな文章が序文にある。日本には死んでお詫びをする文化があり死刑が日本の文化として認知されているという、なんとも言えない世界を想定して書かれた小説である。どんな事情があれ、人をひとり殺したら無条件に死刑になってしまう。「いやいや、人の生死を決めるのにそんな機械的なのはないでしょ」と思いながら読み始めるも、結構のめり込んでしまう。 無論現実にはこんなルールは存在しない。何をしたら死刑になるかというのは明確にルールづけられてはいない。特定の犯罪には最高刑に死…

  • 『海風クラブ』呉明益|どんなに人間があがいても自然には勝てない

    『海風クラブ』呉明益 三浦裕子/訳 KADOKAWA 2025.10.18読了 そういえば呉明益さんは物語るだけではなく絵を描くことも上手だった。過去の繊細な画(『自転車泥棒』の緻密な自転車のような)ではなく、今回の表紙の画は絵の具で塗りたくったような感じ。呉さんによるあとがきで、ルドンの絵をオマージュというか倣って描いたものだと知った(ググって納得!)。表紙からは子どもの冒険ファンタジー的なものを想像していたけれど全然違った。 で、この表紙の海坊主みたいなものの正体は、巨人ダナマイである。巨人の身体の中を山のなかの洞穴と勘違いしてそれぞれ別の場所から入った少年と少女。少年は白い犬を追いかけて…

  • 『伸子』宮本百合子|結婚という制度にそぐわなかった二人

    『伸子』宮本百合子 筑摩書房[ちくま文庫] 2025.10.15読了 宮本百合子さんの作品どころか存在すら知らなかった。17歳の時に『貧しき人々の群』という小説で脚光を浴び、天才少女といわれたそうだ。父親と渡米し、ニューヨークで荒木茂という男性と結婚、その後日本に戻り数年後に離婚する。この荒木との生活を描いたのがこの『伸子』という作品で、彼女の自伝的小説になる。当時は離婚のことを小説にするなんて珍しかったようで、広く読まれたそうだ。 1918年11月7日、ドイツが無条件降伏したとのニュースが伸子の住むニューヨークで飛び交い、街の形相がいつもと変わって見えた。旗を振る男女の群衆や熱狂的な演説。こ…

  • 『神の子どもたちはみな踊る』村上春樹|地震のあとで、何かが生まれ変わる

    『神の子どもたちはみな踊る』村上春樹 新潮社[新潮文庫] 2025.10.13読了 阪神淡路大震災後の生活(といっても直接地震を体験した人ではない)をテーマにした、表題作を含む6作品が収められた短編集である。今月から公開された映画『アフター・ザ・クエイク』の全面カバーが掛けられた文庫本になっている。映画は、蛙(クエイク)つながりでこの中の『かえるくん、東京を救う』を映像化したものなのかと思いきや、4作を融合させたもののようで、どうやって結びつけたのかが気になる。 登場人物もストーリーも異なるのだけれど、読んでみるとこれらの作品は全て繋がっているように思う。それは「震災後」というだけではなくて、…

  • 『秘儀』マリアーナ・エンリケス|不気味で不安。それでも物語の全貌が徐々に明らかになる過程に興奮が止まらない

    『秘儀』上下 マリアーナ・エンリケス 宮﨑真紀/訳 ★ 新潮社[新潮文庫] 2025.10.12読了 どんな秘密の儀式が行われるのだろうか。上巻の表紙にある怪物の影が怖いし、おどろおどろしさが満載っぽい気がして読む前からぞくぞくしていた。 これは、大人のダークファンタジーといえるだろう。一見非現実的な世界に怯みそうになるが、これがまぁ、めちゃくちゃおもしろかった。想像していたものとは違っていたけれど、文学性が高く雰囲気も好みで楽しめた。密度が濃いから文庫上下巻で読むのに一週間もかかってしまったが。カズオ・イシグロさんが絶賛したという彼女の筆力は天才としか言いようがない。 アルゼンチンの「オルデ…

  • 『作文』小山田浩子|嘘や脚色がある文章はどうなのか、そしてこの本のレーベルのこと

    『作文』小山田浩子 U-NEXT[ハンドレッド ミニッツ ノヴェラ]2025.10.05読了 千本(せんぼん)けいすけという小学生の男の子の作文から始まる。小学校で、家族や親戚から戦争体験を聞き作文にして書くという課題。けいすけの祖父は話をしてくれなかったから、近所にいた知り合いの男性から聞いたことを祖父から聞いたことにして書いた。次に、夏目苑子(そのこ)という女の子が書いた作文、これは少し長め。苑子は祖母からの話を聞いて書いたが、より共感してもらうための脚色があった。 直接戦争を体験していない人が、人伝いに戦争のことを聞いてそれを文章にする。先生は「ウソの話は許されない」と言う。2人はお話を…

  • 『ハウスメイド』フリーダ・マクファデン|読むのを止められないスリリングなエンタメミステリー

    『ハウスメイド』フリーダ・マクファデン 高橋知子/訳 ★ 早川書房[ハヤカワ文庫] 2025.10.04読了 刊行されたのは8月末だが、読書界隈では今でも話題になっている。海外小説なのにamazonのレビュー数も結構あって、X(旧Twitter)でも結構流れてくるから、そうなると気になってしまうもの。まぁ、海外のみならず国内の作品でもハウスメイド、女中、お手伝いさんなんかはミステリーにはつきものというか、おもしろくなるんよね。 前科持ちのミリーは、車上生活に嫌気が差しハウスメイドの職を探していた。住み込みで働けて高給が約束されているニューヨーク郊外の高級住宅街にあるウィンチェスター家の面接に臨…

  • 『私小説 作家は真実の言葉で嘘をつく』金原ひとみ/編著|ぜひとも言語の冒険を

    『私小説 作家は真実の言葉で嘘をつく』金原ひとみ/編著 河出書房新社[河出文庫] 2025.10.02読了 金原ひとみさんが責任編集をしているのはもちろんだが、ずらりと並んだ豪華な作家の名前を見て、「これは良さそう」と手に取る。作品は時代が変われば受け止め方も変わるというのは理解していたが、作家をとりまく環境(編集者だったり出版社だったり)も、当たり前だけど変化していることに、金原さんの前書きを読んで今更ながら気づく。 私小説の定義自体は曖昧でそれは時代によって変わるのだろうが、金原さんが「ぜひとも言語の冒険を」と私小説の執筆を依頼した作家による短編が9作収められている。読んだことがなかったの…

  • 『空、はてしない青』メリッサ・ダ・コスタ|号泣必至の美しく尊い物語

    『空、はてしない青』上下 メリッサ・ダ・コスタ 山本知子/訳 ★★ 講談社 2025.10.01読了 自分の命があと2年しかなかったら、その期間をどのようにして生きるだろうか?2年は短くあっという間だろうけれど、実際には長いとも言えて結構色々なことができると思うのだ。しかし命のゴールが見えているなかで果たして心穏やかに過ごすことなんてできるのだろうか? 帯に西加奈子さんの名前があるとついつい手に取ってしまう。彼女が賛辞を送る本は結構自分の好みなことが多い。読んだ結果、すばらしい物語だった。小説だと長くて読まない人も多いだろうから、これは是非とも映画にしてほしい。涙を流したせいもあって、読んだ後…

  • 『プラネタリウムの外側』早瀬耕|人工知能を駆使した会話プログラムは有りなのか

    『プラネタリウムの外側』早瀬耕 早川書房[ハヤカワ文庫] 2025.09.27読了 北海道大学の南雲助教授の元で起こる出来事が連作短編集となり収められている。5つある中の作品のひとつがタイトルにもなっている『プラネタリウムの外側』である。5作のなかで圧倒的に優れている作品だった。 工学部2年生の佐伯衣理奈(いりな)は、元恋人が死に至った過程をコンピューター内の会話プログラムを通じて再現していく。人工知能と称するアルゴリズムを駆使したこのプログラムによって元恋人と衣理奈が交わす言葉に胸が詰まった。あり得たかもしれない会話が切なくて苦しくてもどかしい。人は、知らなくてもいいこと、知るはずがなかった…

  • 『失われた貌』櫻田智也|安定感のあるミステリー、何事も過度な期待をすることなかれ

    『失われた貌(かお)』櫻田智也 新潮社 2025.09.26読了 正統派のミステリーで安定感がある。込み入った感じはなくとても読みやすかった。警察ものってどうしても専門用語があったり法的なことを知らないと難しい場合があるが、誰にでも易しく書いてあるからミステリー初心者にもお勧めできる。 派手さはなく一見なんの変哲もないストーリーに思える。実際半分くらいまではゆっくりとのんびり構えて読んでいたのだが、後半からは「なるほど、そうきたか!」という展開と見事な伏線回収に目から鱗でなかなか楽しめた。伏線っぽく感じさせる嫌らしさがなくて、素直に騙されて見過ごしていた、みたいな感覚。これがいいのよ。 山奥で…

  • 『自分以外全員他人』西村亨|自分と他人の境界ってなに

    『自分以外全員他人』西村亨 筑摩書房[ちくま文庫] 2025.09.24読了 衝撃的なタイトルと表紙の文字がドカンと訴えかけている。この作品は2023年に第39回太宰治賞を受賞したとのことだが、単行本刊行時にはこの存在に全く気付かなかった。自分以外は全員他人であるのは当たり前のことではあるが、一体どんな内容が書かれているのだろうと興味津々になる。 柳田譲という44歳の男性は、人生に意味を見出せず死んでもいいと思っている。自分という存在は社会になんの意味もなく、仕事もうまくいかない、親との関係性も良くない。自死するのでなく生きるのをやめるという選択をした彼は、自分が設定した死に至る日まで、なるべ…

  • 『空とぶ絨緞』堀内誠一|カラフルなイラストが紙面から踊り出す楽しい旅行記

    『空とぶ絨緞』堀内誠一 中央公論新社[中公文庫] 2025.09.23読了 以前旅行先で訪れた美術館で、期間限定で堀内誠一さんの絵本展が開かれていた。本展とセットになったチケットだったのでもちろん鑑賞する。旅先での芸術鑑賞というのは、また違う味わいがあり偶然の出逢いに運命的なものを感じる。人口が少ない地方の美術館はゆっくりしみじみと鑑賞できるから大好き。 生で見たらなんだか親近感が湧くというのはままあると思う。それまでは好きでも嫌いでもなく認識していただけの人や作品が妙に気になってしまうというような。だから政治家が色んなところに行って演説するのは正しいというか、理にかなっているんだよなぁ。握手…

  • 『悲しき虎』ネージュ・シンノ|何故人は沈黙し悪の行為を行うのか

    『悲しき虎』ネージュ・シンノ 飛幡祐規/訳 新潮社[新潮クレスト・ブックス] 2025.09.22読了 先日、LINEニュースで衝撃的な記事を読んだ。加害者(45歳の男性)は再婚相手の娘とその友達に性加害を行って起訴された。彼は自分が小児性愛者だと認めており、刑務所から一生出たくないと切望している。また同じような行為を繰り返してしまうから(実は過去にも同じような罪を起こして執行猶予中だった)。再婚相手の女性と結婚したのも、年頃の娘が目当てで接近したというのを想像すると気分が悪くなる。被害にあった子どもはもちろんだが妻の心情を思うとさらに苦しくなる。その記事を読んだこともあって、この本を見かけた…

  • 『らんたん』柚木麻子|分け合える、分かち合うことの大切さ

    『らんたん』柚木麻子 ★ 新潮社[新潮文庫] 2025.09.20読了 柚木麻子さんといえば、世界中で小説『BUTTER』が売れている。あれはおもしろかったもんな~。久しぶりだとは思っていたが、このブログを始めてから柚木麻子さんの作品を1冊も読んでいなかったのに驚いた。この作品は史実を元にした小説だが、柚木さんは物語を作るのが本当に上手だ。文章のリズムは余裕を持って息継ぎをする感じ(つまり普通の呼吸ってことで、それだけ自然な感じなのだ)。夢中になって読み、純粋に読書の喜びを感じられた。 女性教育学者河合道(かわいみち)とその教え子である渡辺ゆりが、女性がひとりの人間として生きるために、女性の生…

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