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書に耽る猿たち https://honzaru.hatenablog.com/

本と猿をこよなく愛する。本を読んでいる時間が一番happy。読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる色々な話をしていきます。世に、書に耽る猿が増えますように。

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2020/02/09

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  • 『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ|分かり合えないことを肯定してくれる

    『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ 鴻巣友季子/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.10.05読了 ストーリー自体は特になくて、ただただひたすらに心理的な描写が続いていく。お世辞にも物語としておもしろいとは言えないのに、どうしてこんなにも魅了されるのだろう。読んでいて何故かホッとする心地良さがある。 明日の天気が良ければ灯台に行こうという会話から始まり、散歩をしたり絵を描いたりディナーをしたり、なくしたブローチを探そうとかどうでも良いようなことがつらつらと綴られる。別荘にいるラムジー夫妻とその子供たちがメインとなるのだが、他にもラムジーの友人バンクスや画家のリリーたちが語る。その語り手が、というか思…

  • 『ガチョウの本』イーユン・リー|青春期のほんの僅かなかけがえのない瞬間

    『ガチョウの本』イーユン・リー 篠森ゆりこ/訳 河出書房新社 2024.10.01読了 不思議なタイトルだなと思いつつ読み進めると、語り手アニエスが飼っているのがニワトリとガチョウだと知る。そのガチョウの話なのか?愚鈍で間抜けなイメージがあるガチョウ?いや、これはかつて一心同体だった親友ファビエンヌとのある時期にしかない青春の物語。でも、読み終わるとこのタイトルの意味に気付きそれがたいそう素敵なものだと知るのだ。 お互い家族から疎外感を感じていたアニエスとファビエンヌは、小さな頃から仲良しでいつも一緒だった。ファビエンヌは鋭い感性から物事の確信を突くすでに大人のような存在。そんなファビエンヌが…

  • 『母の待つ里』浅田次郎|現実を忘れて心地良くなれる場所を求める

    『母の待つ里』浅田次郎 新潮社[新潮文庫] 2024.09.28読了 ある外資系サービス会社が提供するプレミアムクラブ・メンバー限定の顧客サービス、それが故郷を擬似体験するというものである。還暦近い3人の男女がこのサービスを受ける。 最初は「変な話だなぁ」とか、「こんなに簡単に信じ込んでしまうものかな」と疑っていた。そもそも出来すぎているし、手の込んだ新手の詐欺じゃんかと。しかし本物だと思うふしも所々にある。何より母親役の女性が演技をしているようにはみえないのだ。 よくよく考えると夢の国ディズニーランドだって、ユニバーサルスタジオだって、イマーシブ東京(行ったことはないが)だってそう。わかって…

  • 『ジョヴァンニの部屋』ジェームズ・ボールドウィン|内面の葛藤や苦悩がほとばしる

    『ジョヴァンニの部屋』ジェームズ・ボールドウィン 大橋吉之輔/訳 白水社[白水Uブックス] 2024.09.26読了 ボールドウィン生誕100年ということで、装い新たに帯が巻かれて書店の新刊コーナーにあった。読み終えた今、絶望感に苛まれてなかなか重たい気分になっている。ボールドウィンの作品は過去に1冊(おそらく一番有名な小説)しか読んでいなくこれが2作目であるが、やはりアメリカを代表する作家だと改めて感じた。 父親や伯母エレンとの確執からフランス・パリに住むアメリカ人青年デイヴィッドにはヘラという婚約者がいる。彼女がスペインに自分探しの旅に出た期間、ジョヴァンニと知り合い深い関係となる。 第一…

  • 『霧』桜木紫乃|この世には「幸福」はなくても「幸福感」はある

    『霧』桜木紫乃 講談社[講談社文庫] 2024.09.24読了 北海道・根室で水産業を営む河之辺家に3姉妹がいた。長女の智鶴(ちづる)は政界を目指す御曹司の元へ嫁ぐ。次女の珠生(たまき)は家を出て花街に飛び込む。三女の早苗は地元の信用金庫の経営者と一緒になる。この物語は珠生の視点を通して語られていく。 常連客だった相羽(あいば)は、親方の身代わりになり警察に出頭するという。かねてから相羽に想いを寄せていた珠生は、この時点で彼を待とうと心に決める。一途な気持ちはすでにこの時からあった。健気で一途な珠生は、娑婆に戻ってきてから「組」を立ち上げる相羽と共に生きる決意をする。 相羽の仕事は裏側にある。…

  • 『海峡』『春雷』『岬へ』海峡三部作 伊集院静|人間が生き抜くこと、信念を貫き通すこと

    『海峡 海峡幼年篇』『春雷 海峡少年篇』『岬へ 海峡青春篇』伊集院静 新潮社[新潮文庫] 2024.09.21読了 伊集院静さん追悼の帯がかけられて重版されていた。表紙のタイトルの文字は伊集院さん自ら筆を取った字のようで、なんと達筆で多才な方よと思う。伊集院さんの作品は何冊か読んでいるが、実はこの作品のことはこれまで知らなかった。 『海峡 海峡幼年篇』 山口県、瀬戸内海の港町に住む英雄(ひでお)は、高木斉次郎の長男として産まれた。高木家は港を中心にして街の事業を経営する家であり、母屋とは別に従業員やその家族が住む長屋があり、総勢50人以上で大家族のように暮らす。父親は家にいることがほとんどなか…

  • 『小さな場所』東山彰良|中国語が日本社会の中に溶け込む日は近いかも

    『小さな場所』東山彰良 文藝春秋[文春文庫] 2024.09.13読了 台湾のどこにでもあるような街・紋身街(もんしんがい)にある食堂の息子景健武(ジンジェンウ)の目線で描かれる連作短編集である。どこにでもいる人たち、どこにでもある些細な事件、つまり他愛もない日々の営みがゆっくりと綴られる。 健武の父は「あんな大人になるんじゃないぞ」と言うのが口癖になるほど、そういう大人(子供にとって決して見本とならない大人たち)が多い街なのだけど、そんな人たちだって良いところもあって彼らから学ぶことも案外多いものなのだと思う。 「神様が行方不明」という章に登場する孤独さんの読み方は中国語(または台湾語)だと…

  • 『リヴァイアサン』ポール・オースター|親友に捧げる愛の鎮魂歌

    『リヴァイアサン』ポール・オースター 柴田元幸/訳 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2024.09.12読了 どうしてこんなにも私の心を鷲掴みにするのだろう。この導入部、この語り口、この読み心地。例によって冒頭2〜3頁読んだだけで惹き込まれたわけだが、ふとこの感覚(初めて読む時に限られる)を味わえるのはあと数回だけかと思うとわけもなく寂しさが込み上げてきた。オースターの小説は未読の作品(邦訳済の作品)はあと2冊ほどしかないのだ。 お気に入りの作家がいたら多かれ少なかれこう感じる人は多いだろう。しかしオースターさんに関しては、心底大きくそう思う。今年の4月に彼が逝去されたことも大きいだろう。つまりもう…

  • 『笑うマトリョーシカ』早見和真|味方だと思っていたら敵なんてことも

    『笑うマトリョーシカ』早見和真 文藝春秋[文春文庫] 2024.09.09読了 早見和真さんの作品は『イノセント・デイズ』や『店長がバカすぎて』が好評のようでとても気になっていた。読むのはこれが初めてだ。この『笑うマトリョーシカ』は今クールでテレビドラマにもなっており、先週最終回を終えたようだ。 若くして官房長官に昇りつめた清家一郎とその秘書鈴木俊哉。彼らは高校時代に知り合った。父親のある過去が原因で自らは政治家になれないと感じた俊哉は、一郎の才能を見い出し、志を同じくして彼をサポートする形で夢に向かう。一方、「清家は誰かの操り人形なのでは?」と疑問を持った女性記者の道上は、彼らを謎を探ってい…

  • 『彼岸過迄』夏目漱石|改題「蛇の長杖」、ジャンルは精神分析小説

    『彼岸過迄』夏目漱石 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.09.08読了 先日読んだ島田雅彦さんのエッセイで、夏目漱石著『彼岸過迄』の尾行の場面について「探偵小説」の一つだと話していた。漱石ってそんな小説も書くのかなと俄然興味を持っていた。 この小説は朝日新聞に連載された連載で、元々漱石が「元旦から始めて、彼岸過迄書く予定だから単に名づけたまでに過ぎない実は空しい標題である」と序章で言っている通り、内容とは全く関係ないタイトルである。だから逆にインパクトがあって忘れられないけれど。短編をつなげたというスタイルのようだが、今でいう連作短編はここから始まったのだろうか。 なるほど、これは探偵風小説だ…

  • 『ビリー・サマーズ』スティーヴン・キング|それなりの真実が含まれているとおもしろくなる

    『ビリー・サマーズ』上下 スティーヴン・キング 白石朗/訳 文藝春秋 2024.09.03読了 圧巻の物語だ。やはりキングって桁違いだなと唸らされる。キングの作品は外れが少ないので読む前からどうしてもハードルが上がってしまうのだが、その期待が損なわれることもなく、読み終えるまで興奮冷めやらずだった。 ビリー・サマーズというのは殺し屋。裏社会で殺人稼業を繰り返しているが、ビリーは悪人しか殺さないことをモットーにしている。依頼人ニックからある人物を殺すよう頼まれた。ニックはビリーの身分を偽るために小説家志望の男性の役割を与えて偽装させる。しかしビリーには実はもう1つ別の顔もある。 小説家志望の男(…

  • 『隅田川暮色』芝木好子|東京の下町で伝統工芸とともに生きる

    『隅田川暮色』芝木好子 中央公論新社[中公文庫] 2024.08.28読了 縁あって私は現在隅田川界隈に歩いて行ける距離に住んでいる。ダイエット目的で10年以上前から始めたのに、今はもはや健康維持でしかなくなっているスロージョギングは、隅田川テラスを中心にしたコースだ。隅田川には何本もの橋が掛かっていて、ひとつひとつの橋のデザインや色(夜間は特に)はこんなにも違うのかと妙に納得させられる。橋を見た印象もかなり違うし、道をあるいているときは建物や交差点が目印になるけれど河川敷の場合は橋なんだよな。 夫の生家が商いをする「組紐作り」に魅入られて才能を発揮していく一人の女性の生き様が東京下町の風景と…

  • 『バリ山行』松永K三蔵|爽快感がたまらない。メガさんは最後に何と言ったのだろう?

    『バリ山行(さんこう)』松永K三蔵 講談社 2024.08.26読了 著者の松永さんが会見で「オモロイので」と語っていた通り、オモロくて何よりバリ読みやすかった。いや、『バリ山行』の「バリ」はこの意味じゃないのよね。タイトルを初めて目にした時は私は「とても」のような協調の意味で使う「バリ」かと思っていた。しかしタイトルのこの「バリ」は「バリエーションルート」のことだという。つまり、通常の登山道ではない熟練者向きの難易度の高いルートや廃道を進む山行のこと。 社員が50人ほどの会社に転職して約4年となる波多は、なんとなく仕事をしてなんとなく家庭を保ち、特に目立つこともなく普通に生活していた。登山好…

  • 『別れを告げない』ハン・ガン|隠された歴史を紐解く

    『別れを告げない』ハン・ガン 斎藤真理子/訳 白水社[EX LIBRIS] 2024.08.25読了 済州島4・3事件のことは全く知らなかった。韓国で1948年に起きた大規模な集団虐殺事件のことだ。この小説を読みながら少しずつ把握したつもりだったが、実際には訳者の斎藤真理子さんによるあとがきを読んでようやく理解できたという感じ。この作品については先にあとがきから読んだ方が良かったかもしれない。疎開令と焦土化作戦により、済州島では約9万人が被災者となり死の島となったという過去があった。 日本のすぐそばにある国なのに全く知らない歴史がある。それもそのはず、私たち外国人はおろか、本土の人々にもこの歴…

  • 『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美|ネット用語の炎上ではない、舞台は大正時代

    『檜垣澤(ひがきざわ)家の炎上』永嶋恵美 新潮社[新潮文庫] 2024.08.22読了 直近の芥川賞受賞作を買うために書店に行ったら、文庫新刊の棚で見つけた。失礼ながら永嶋恵美さんという方のことは知らなかったが、帯にある『細雪』『華麗なる一族』に惹かれてしまう。どちらも大好きな小説だし、これに殺人事件が絡むなんておもしろいに違いない!と。それから「檜垣澤家」というのもまた。「赤朽葉家」とか「大鞠家」とか、そして言わずもがな「犬神家」。たいそうな苗字がついたタイトルは、ハズレなしにおもしろいと勝手に思っている。 そして「炎上」。今であれば間違いなくインターネット上の炎上を想像する人が多い。つまり…

  • 『サンショウウオの四十九日』朝比奈秋|中性的な思考小説

    『サンショウウオの四十九日』朝比奈秋 新潮社 2024.08.18読了 先日第171回芥川賞を受賞した作品である。朝比奈秋さんの名前は何度か目にしており『植物少女』という小説家が何かのテレビ番組で紹介されているのを見てとても気になっていた。 結合双生児として産まれた瞬(しゅん)と杏(あん)は、身体は一つだが一人ではない。結合双生児というと、作中にも出てくる下半身がつながったベトナムのベトちゃんドクちゃん、頭部がつながったカナダのタチアナ、クリスタ姉妹がいる。テレビ等でも一度は目にしたことがあるだろう。人体の、生命の不思議として強烈に印象に残るが、それは見た目のインパクトからだ。この作品に登場す…

  • 『ガープの世界』ジョン・アーヴィング|人間が生きることの全てがここにある

    『ガープの世界』上下 ジョン・アーヴィング 筒井正明/訳 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.08.17読了 いつか読みたいなとずっと思っていた作品。西加奈子さんを始めとして多くの方が絶賛し、アーヴィングの名を世界中に知らしめた作品だ。自伝的小説ということで、アーヴィングの人生を想像しながら読み耽った。 ガープよりもまずは母親のジェニー・フィールズがぶっ飛んでいて強烈。戦争で受けた重症のせいで意識不明のまま寝たきりになっていた三等曹長のガープの看護をすることになった彼女は、子供を宿すのにうってつけだと、半ば無理矢理に性行為をし、その一度きりの行為からガープを産むことになった。いや、この場面を読ん…

  • 『彼岸花が咲く島』李琴峰|言葉の持つパワーを考える

    『彼岸花が咲く島』李琴峰 文藝春秋[文春文庫] 2024.08.08読了 約3年前に石沢麻依さんの『貝に続く場所にて』と同時に芥川賞を受賞した作品である。李琴峰さんの小説は、日本人以上に美しい日本語に魅了されていくつか読んでいる。この小説は、言葉、言語というものが持つ美しさや尊さがより一層感じられ、李琴峰さんが「ことば」のあり方に真摯に取り組んだ作品だった。 ある島に1人の女性が倒れていた。彼女を見つけたのは彼岸花を採っていた地元の娘・游娜(よな)である。流れ着いた女性には記憶がない。そして自分たちとは微妙に異なる言語を話す。この島には「ニホンゴ」と「女語(じょご)」という独特の言語が存在して…

  • 『クレーヴの奥方』ラファイエット夫人|奥方、そして夫人、名前は?

    『クレーヴの奥方』ラファイエット夫人 永田千奈/訳 光文社[光文社古典新訳文庫] 2024.08.07読了 『クレーヴの奥方』という古めかしい奥ゆかしいタイトルもそうだが、より興味を掻き立てられるのが作者の名前がラファイエット「夫人」となっていることである。姓だけでなく名前もあるはずだが、作者名では「夫人」と登録してあるのだ。物語よりもまずはそれが気になってしまうという…。 ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』と対にして称されることが多いこの小説。三島由紀夫はじめ多くの人に影響を及ぼしている。フローベルの『ボヴァリー夫人』と並べられることもある。 honzaru.hatenablog.com 別…

  • 『失われたものたちの国』ジョン・コナリー|「儚くなる」という表現がいいなぁ

    『失われたものたちの国』ジョン・コナリー 田内志文/訳 東京創元社 2024.08.05読了 ファンタジーを単行本で買うことは滅多にないのだけれど、去年読んだ『失われたものたちの本』がめちゃくちゃおもしろくて、「あ!続編出たんだー」と書店で小踊りしてしまった。 本にまつわるファンタジー、それだけでウキウキする。しかし小説を書く人は当然本が好きなわけで、だから世にある小説は本に関して書かれたものがたくさんあるから「またか〜」と思うこともしばしば。これは、飽きたとか嫌がってるわけではなくて「まぁ、本好きなんだから書きたくなるのは当然だよね」という思い。 幼い娘をひとりで育てていたがセレスだが、ある…

  • 『ポースケ』津村記久子|普通の人たちのただの日常

    『ポースケ』津村記久子 中央公論新社[中公文庫] 2024.08.01読了 これ、芥川賞を受賞した『ポトスライムの舟』の続編なのに存在を全く全然知らなった。なんか目立たないよね?書店で何の気なしにふらふらしていたら、津村記久子さんのフェアみたいなものを見つけて手にした。 奈良にあるカフェ兼食事処「食事・喫茶 ハタナカ」を営むのは、34歳のヨシカだ。ヨシカって名字だと思っていたら芳香という漢字で妙に納得。あれ、これ前にも感じたなぁと思ったら、『ポトスライムの舟』に出てきたヨシカさんだった。読み始めて数行で「ポトス」が!もちろん観葉植物ポトスのこと。これで繋がったというか、こういう符号が嬉しい。 …

  • 『万博と殺人鬼』エリック・ラーソン|当時のアメリカの象徴・シカゴ万博

    『万博と殺人鬼』エリック・ラーソン 野中邦子/訳 早川書房[ハヤカワ・ノンフィクション文庫] 2024.07.30読了 本の表紙の肖像画的なものが一瞬夏目漱石さんのお札(旧紙幣になってしまうのよね)の顔に見えた。いやいや、よく見ると全然違う。たぶん、ここのところ日本の紙幣のデザインが刷新されニュースでもよく取り上げられるから、肖像画的なものを見るとついつい連想してしまうというか。でも私実はまだ新しいお札を一枚も見ていない…。 この人物は誰かというと、H・H・ホームズの名で知られるハーマン・ウェブスター・マジェットで、「シリアルキラー」(連続殺人鬼)として記録された最初の人物だと言われている。彼…

  • 『君の名前で僕を呼んで』アンドレ・アシマン|たぶん映画のほうが良さそう

    『君の名前で僕を呼んで』アンドレ・アシマン 高岡香/訳 オークラ出版[マグノリアブックス] 2024.07.25読了 かなり密度の濃い恋愛小説だ。一言でいえばBL小説になるのだろうが、それにとどまらない一途な崇高さが溢れんばかり。相手が異性でも同性でも、人を愛することには変わりはない。 毎年夏休みになると、大学教授である父親の助手として、エリオの家には若い研究者がひとり滞在することになっている。その年に来たのがオリヴァーだった。最初から気にかかっていたのだ。その想いは徐々に募り、はち切れんばかりとなり、妄想に、想像に、夢は膨らむ。正直なところ、最初の方はエリオの独白に恥ずかしくなってしまい読み…

  • 『ふぉん・しいほるとの娘』吉村昭|激動の時代を生き抜いた女たち|長崎に想いを馳せながら

    『ふぉん・しいほるとの娘』上下 吉村昭 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.07.23読了 しいほるとって、、シーボルトのことだよね?どうして平仮名で書かれているのかと真っ先に疑問に思う人がほとんどだろう。シーボルトが初めて日本に訪れて名を名乗ったとき、日本人には「ふぉん・しいほると」と聞こえたのだ。ひらがなで。当時は鎖国の時代、音がカタカナに変換されることはまずなかったろう。シーボルトといえば日本に西洋医学を広めた名医であり、鳴滝塾を開校し自分の知識と技術を広めた功績は大きい。これを読む前はそれくらいの知識しかなかった。 先日2泊3日の長崎旅行を無事に終えた。遠藤周作さんの『女の一生』上下巻を…

  • 『オーラの発表会』綿矢りさ|飛び抜けて自由な綿矢さんの新世界

    『オーラの発表会』綿矢りさ ★ 集英社[集英社文庫] 2024.07.10読了 海松子と書いて「みるこ」と読む。当て字なのかと思っていたら、どうやら「海松」には「みる」と読むこともあるようだ。海と松が一緒になるなんて乙だし、こんな名前だったら素敵だなと思った。しかしルビが振られていないところを読むときに「なんだっけ」と忘れてしまうから、途中から「みる貝のみる」と呪文のように確認していた。 この海松子のキャラがかなりいい。趣味が枝毛を切ることと凧揚げ。そして他人のことを脳内あだ名で呼び、極め付けは口臭からその人が食べたものを当てるという特技を持つ。つまり、やばい奴なのだ!これは相当イカれてる!そ…

  • 『プレイバック』レイモンド・チャンドラー|キザ過ぎるのにタフで魅力的

    『プレイバック』レイモンド・チャンドラー 田口俊樹/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2024.07.08読了 チャンドラー氏が亡くなる前年に刊行された遺稿となる小説である。フィリップ・マーロウのシリーズとしては7作目で最後の作品だ。田口俊樹さんが訳された『長い別れ』がなかなか良かったので、新訳で出ていたこちらを読んだ。 マーロウは、ある弁護士から1人の女性の居所を突き止めて欲しいと依頼を受けた。目的は知らされるままに尾行をするが、彼女には何かあやしい、腑に落ちないところがある。そもそも、この依頼の目的は何なのか。マーロウは依頼の枠に留まらず、探偵の血が騒ぎ(プラスいつものごとく魅力的な女性に惹…

  • 『フルトラッキング・プリンセサイザ』池谷和浩|現実と仮想空間のきわ

    『フルトラッキング・プリンセサイザ』池谷和浩 書肆侃侃房 2024.07.06読了 タイトルの意味もよくわからないし、ことばと新人賞なるものも知らないし、著者の名前も初めて見る。それなのに手にしたのは、帯の滝口悠生さんの名前のせいだ。どんなものであれ彼がすすめるものには耳をすましたくなる。触れたくなる。そして「ことばと新人賞」というのは、最近陰ながら応援している書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)という出版社が主催する文学賞であった。 このまどろっこしさはなんなんだろう。冒頭の段落を読んでまず感じた。こう思ってこれをして何それをした、としつこいほどの細かい描写が続く。しかしこれが段々と癖になってく…

  • 『偶然の音楽』ポール・オースター|旅で出会った仲間とやり遂げる

    『偶然の音楽』ポール・オースター 柴田元幸/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.07.04読了 やっぱりオースターおもしろい、というか好きだわ〜。数ページ読んだだけでその読み心地の良さにホッとする。マジで憎たらしいほど心地良い。先日都内の比較的大きな書店に行ったら、本棚2段程を使ってポール・オースター追悼フェアがささやかに開かれていた。大好きなオースター作品であるが、まだ未読の作品が3〜4冊あるので、この本を手にした。 金の真の強みは、いろんな物を与えてくれることではなく、金のことを考えずに済む余裕をもたらしてくれることなのだ。(29頁) 仕事も家族も何もかもを失ったナッシュだが、突然大金が転が…

  • 『テスカトリポカ』佐藤究|猟奇的でエグさ満載なこの世界

    『テスカトリポカ』佐藤究 KADOKAWA[角川文庫] 2024.07.01読了 単行本がずらっと並んでいるのを見て、この表紙が怖かった。これはなんの話なのだろう、得体の知れない恐怖が渦巻いている気がしていた。文庫になっても同じ表紙だったから少しだけ残念に思った。 テスカトリポカとはアステカ神話の神のこと。作中では「煙を吐く鏡」にテスカトリポカとルビが振ってある。そう、このテスカトリポカこそ、表紙で私に恐怖を植え付けたものの正体だ。もちろん想像上の形であろう。 麻薬密売に臓器売買。普通に生活をしていたら一切関わらない世界が、ここには当たり前のようにある。人を殺すことをものともせず、肢体を切断し…

  • 『グッバイ、コロンバス』フィリップ・ロス|青春は過ぎ去るもの

    『グッバイ、コロンバス』フィリップ・ロス 中川五郎/訳 朝日出版社 2024.06.27読了 アメリカを代表する作家フィリップ・ロスが全米図書賞を受賞した作品である。重厚で濃密な文体と重苦しいテーマのイメージがあるが、ロスにしては爽やかな小説だった。なんてことはない内容なのに、おそらく心に残りそうな作品。これがロスの処女作だという。 青春真っ盛りでまぶしい作品である。プールの中でたわむれる様子を読んでいるだけで、若者ならではのみずみずしさ、あけすけな感情がはち切れんばかりだ。いやらしさはなく、むしろ清々しく気持ちが良い。水がキラキラしているのと同じように、若い2人も輝いている。 順調に愛を育ん…

  • 『おしゃべりな銀座』銀座百点編|銀座が銀座であり続ける

    『おしゃべりな銀座』銀座百点編 文藝春秋[文春文庫] 2024.06.26読了 書店に売っているわけではなく銀座の店舗に置いてある小冊子が「銀座百点」である。1955年に創刊された日本初のタウン誌らしい。今は街の至るところにこうした冊子が置いてあるけれど、これが始まりだったとは。どこだったか覚えていないが、銀座のどこかのお店(もしかすると空也最中かな?)で昔見た冊子がこれだったのかも。不思議な大きさの雑誌で、銀座のことが書かれていたのは覚えている。 小さい頃は父親の転勤のため国内を転々としたが、小学校高学年からは神奈川県に住んだ。東京は隣だからもちろん都内に遊びに行くことも多かったが、若い時は…

  • 『女の一生』遠藤周作|長崎への想い、愛を持って生きること

    『女の一生』一部・キクの場合 二部・サチ子の場合 遠藤周作 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2024.06.25読了 遠藤周作さんが長崎を舞台にして書いた大河長編小説である。『女の一生』というとモーパッサンが思い浮かぶ(まだ読んでいないよな…)。この本は遠藤周作氏が、キク、サチ子という二人の女性を主人公に据えた物語だ。遠藤さんは長崎への恩返しのつもりでこの作品を執筆したという。長崎の生まれでもない彼だが、長崎という街を知ったことは幸福以外の何ものでもないと語っている。 作品は上下巻の二部構成となっている。最近長編を読むことが多いのでブログの更新が遅れがちだが、それはまぁ自分の読書ペースということで。…

  • 『台北プライベート・アイ』紀蔚然|台北を感じながら、愛くるしいこの私立探偵を応援する

    『台北プライベート・アイ』紀蔚然(き・うつぜん) 舩山むつみ/訳 ★ 文藝春秋[文春文庫] 2024.06.20読了 単行本刊行時から気になっていた本がついに文庫本になり早速ゲットした。どうやら第二弾が刊行されたのでそれにあわせてこの第一弾が文庫化された模様。個人的に好みのタイプの作品だったこともあるが、かなりおもしろかった。さすが本国でもロングセラーであり多くの国で出版され、日本でも大きな賞を受賞しているだけのことはある。直木賞を取ってもおかしくないようなレベルだ。 人気劇作家であり教師でもあった呉誠(ウー・チェン)は、色々なことに嫌気がさしていきなり探偵になる。タイトルの「プライベート・ア…

  • 『サラゴサ手稿』ヤン・ポトツキ|半分寝ながら読むような心地、そしてようやく読み終えたという達成感

    『サラゴサ手稿』上中下 ヤン・ポトツキ 畑浩一郎/訳 岩波書店[岩波文庫] 2024.06.17読了 サラゴサとは、スペインにある街で2000年以上の歴史があるらしい。手稿とは、手書きあるいはタイプライターで打った原稿(ウィキペディアより)のこと。この小説のタイトルが『サラゴサ手稿』なのは、まえがきに記されている。 衛兵隊長の任を拝命するために、マドリードを目指すアルフォンソが、スペイン南部のシエラ・モレナ山脈で数々の物語を聞くことになる。その61日間にも及んだ聞き語りがこの作品である。10日ごとにわかれた章は全て「デカメロン」と記されている。「第一デカメロン」「第二デカメロン」のように。実は…

  • 『余命一年、男をかう』吉川トリコ|お金はなんのためにあるのか、自分はなんのために生きるのか

    『余命一年、男をかう』吉川トリコ 講談社[講談社文庫] 2024.06.08読了 衝撃的なタイトルである。「男をかう」って「買う」ということなのかと最初思ったけれど、もしかしたら「飼う」のかもしれないな。トリッキーな感じでいつもなら読まないタイプの小説だけど、帯をよく見ると「島清恋愛文学賞受賞作」とある。結構この賞の作品っておもしろいんだよね。 意外にも丁寧に文章を噛み締めながら読んだ。とはいっても元々がすこぶる読みやすいからさくさく進んだのだが。人ごとに思えなかったのは、いま自分がこの主人公唯(ゆい)の年齢に比較的近いこと、そして現実に癌の余命を言い渡された人が近しい間柄の人でいるからだ。 …

  • 『関心領域』マーティン・エイミス|強制収容所に関わる人たちとその日常

    『関心領域』マーティン・エイミス 北田絵里子/訳 早川書房 2024.06.05読了 アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した同名映画の原作である。作品賞を受賞した『オッペンハイマー』の原作を読み、そのあと映画を鑑賞した(本を読んでないと理解に苦しんだかも)のだが、その時にこの映画(『関心領域』)の予告編を観てかなり気になっていた。まだ映画は観ていないが、早川書房さんが映画に間に合わせて(かなり急ぎのスケジュールだったろうな)刊行してくれたので、さっそく本から入ることに。 アウシュビッツ強制収容所。ユダヤ人110万人もが殺された世界最大の大量虐殺が現実にあった場所。この作品では、ポーランドにあるK…

  • 『仮釈放』吉村昭|更生の意味、保護司のあり方

    『仮釈放』吉村昭 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.06.02読了 つい先日、吉村昭さんの作品を読んだばかりだが、中毒性があるのかまた読みたくなった。本当は長崎を舞台にしたある小説を探していたが、書店にあったその文庫本の表紙が破れかけていた(こういうのはがっかりだけど、リアル書店で本自体を確認できるという良さでもある)ので、、ひとまずこの『仮釈放』を読むことにした。 妻を刺殺、妻の愛人を刺傷し、愛人の母を焼死させた罪で無期懲役となっていた菊谷史郎は、服役成績が優秀であったために仮釈放が認められた。仮釈放されある程度自由な生活ができても、無期刑というものは変わらない。どこにいても保護観察があり、…

  • 『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン|ファンタジー、メルヘンの中にリアルがある

    『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン 伊東守男/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2024.05.31読了 メロディを奏でるような、美しく詩的な文体である。ここに書かれているものはどうしようもなく悲しく苦しい物語なのに、読み終えたときには散々泣き散らした後のような爽快感がある。フランス人小説家独特の軽妙な味わいがある。ブローティガンはアメリカ人であるが、作風が少し似ているように感じた。 honzaru.hatenablog.com オシャレで夢みがちな男性コランと美しいクロエがとあるパーティで衝撃的に出逢い、恋に落ちまたたく間に結婚をする。幸せな結婚生活も束の間、クロエは「肺の中で睡蓮が成長す…

  • 『ひとつの祖国』貫井徳郎|世界に後れを取っている日本のことを考えよう

    『ひとつの祖国』貫井徳郎 朝日新聞出版 2024.05.29読了 ベルリンの壁のような東西を分断する「壁」こそないが、第2次世界大戦後に日本が東日本国と西日本国に分断され、その後統一されたという、ありえたかもしれない架空の日本が舞台となっている。西日本が民主主義、東日本が共産主義を採っていたが、統一後も日本の中心は西日本であり続けていた。 東日本出身の一条昇(いちじょうのぼる)と、西日本出身の辺見公佑(へんみこうすけ)は、幼い頃からの親友である。出身が異なる2人なのに仲良くなれたのは、お互いの父親が自衛隊だったからだ。大きくなるにつれ、環境の変化が生じてしまい疎遠になる。2人の生き方が交互に書…

  • 『死刑執行のノート』ダニヤ・クカフカ|アンセルの孤独、人生のままならなさ

    『死刑執行のノート』ダニヤ・クカフカ 鈴木美朋/訳 集英社[集英社文庫] 2024.05.26読了 こういった海外の名前を知らない作家の本は、すぐに読まないと積読まっしぐらになるよなぁ。エドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)を受賞したこの小説の著者はダニヤ・クカフカ。クカフカって言いづらい!フカフカ、もしくはプカプカになってしまう笑。 少女殺しの罪で死刑囚となり、死刑執行まであと12時間というところで目を覚ますアンセル・パッカー。彼は獄中の数年間で「セオリー」と呼ぶエッセイを書き溜め、ある計画を企てていた。残りの12時間でその計画を実行できるのかが回想とともにアンセルの視点で綴られるのかと思っ…

  • 『最後の大君』スコット・フィッツジェラルド|苦痛からもたらされるより深い満足感を噛み締める|未完とはいえ素晴らしい

    『最後の大君』スコット・フィッツジェラルド 村上春樹/訳 中央公論新社 2024.05.23読了 実は未完の小説が苦手で(たいていの人がそうだろう)、それは物語の結末がわからないことに対する苛立ちなのか、どうにも消化できない心残りなのか。読み終えたあとに、自分の感情の持って行きどころがないからだろう。 と読み始める前は思っていたし、だからこそ発売してすぐ購入していたのに積読状態になっていたのだが、物語世界に入ると(なんなら作者の友人であり文芸評論家でもあるエドマンド・ウィルソンによる序文から既に)全く杞憂に終わり、優雅でいかにもアメリカ的な映画の世界に没頭できたのだった。 ハリウッドを舞台にし…

  • 『華岡青洲の妻』有吉佐和子|憧れが憎悪に変わる時

    『華岡青洲の妻』有吉佐和子 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.05.21読了 華岡青洲というちょっと大それた名前。幾度もドラマ化されたようだが、以前TBSで放映されていた『仁』というドラマで大沢たかおさんが演じた脳外科医は、華岡青洲の麻酔術を利用していたような。江戸時代に、世界で初めて全身麻酔を使い乳癌の手術を成功させた外科医・華岡青洲を巡る二人の女性の物語である。 私自身、全身麻酔をして手術を行なった経験がある。頭にぷつぷつと針が刺され、眠くなるようにいつのまにか意識が遠のいて、気づいたらもう全て終わっていた。麻酔ってすごいよなぁ。麻酔自体でも大きな事故が起こりかねないからしっかりとサインを…

  • 『両京十五日』馬 伯庸|中国・明の時代に詳しければ相当に楽しめるはず

    『両京十五日』〈Ⅰ 凶兆・Ⅱ 天命〉 馬伯庸(ば・はくよう) 齊藤正高、泊功/訳 早川書房[ハヤカワポケットミステリ] 2024.05.20読了 なにやらスケールの大きさを感じさせる厳めしい表紙。ハヤカワのポケミス2000番という記念すべき番号にちなんだ特別作品らしい。日本人って本当にキリのいい数字が好きよね、特別感を持たせたりするの。日本だけではないのかな? 今から600年ほど前の中国・明の時代が舞台となっている。皇太子である朱瞻基(しゅせんき)の命が狙われた。皇帝に恨みを持つ誰かの陰謀か。朱瞻基は、「ひごさお」とあだ名を持つ呉定縁(ごていえん)、下級役人宇謙(うけん)、女医の蘇荊渓(そけい…

  • 『男ともだち』千早茜|相手を思いやる純度の高さ

    『男ともだち』千早茜 文藝春秋[文春文庫] 2024.05.14読了 要は「男女間にともだちはアリ得るのか」というのがこの作品に一本通るテーマである。ともだち、というか親友かな。2人のこの関係性を表現するぴったりの言葉がないかもしれない。敢えて言うなら兄妹のような、一生離れられない関係。 主人公を含めてクズだらけの登場人物たち。最初は「なんなんだ、これは」って思った。これが直木賞候補になったのかって疑ってたのだけれど。読み終えたらそんな気持ちがひっくり返って、、つまり神名(かんな)の「男ともだち」ハセオにやられたのだ。何がどう刺さったのか滂沱の涙。ハセオの優しさに、ハセオとの関係性に、羨ましく…

  • 『説得』ジェイン・オースティン|その時はそうするしかなかった決断

    『説得』ジェイン・オースティン 廣野由美子/訳 ★★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2024.05.13読了 ジェイン・オースティンの小説って、同じようなテーマ(ずばり結婚)ばかりだし、ストーリーも動きが少ないのにどうしてこうもおもしろく読めるんだろう。個人的に無類のイギリス文学好きというのもあるけれど、いや~良かった。じわりじわりぐずぐずと、遅々として進まない展開に退屈さをおぼえ人もいるだろうけれど、むしろこんな日常の話なのにおもしろく読めるってすんばらしいことだと思う。久しぶりに読み終えたくないと思える読書体験。 アン・エリオットとフレデリック・ウェントハースは、8年前に相思相愛であったが…

  • 『羆嵐』吉村昭|クマによる被害がよくニュースになるこの頃

    『羆嵐(くまあらし)』吉村昭 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.05.09読了 クマってぬいぐるみにすると一番かわいい動物だと思う。クマのプーさんを筆頭にして、ディズニーランドのダッフィー、ご当地ゆるキャラくまモン、映画のおやじ熊さんTed、テディベアなんて人気ブランドがいくつもある。 しかし現実の熊は想像を絶するおそろしさだ。動物園で初めて熊を見たときにそう感じる人は多いはず。ぬいぐるみみたいにあんなに丸っこくないし、目が怖いし獰猛だし。熊といってもこの小説に登場するのは羆(ひぐま)である。羆は北海道にしか生息しない、大きいもので熊の3倍もある巨大で獰猛な生き物だ。 1915年(大正4年)に…

  • 『ザ・ロード アメリカ放浪記』ジャック・ロンドン|自由を求めて放浪しよう

    『ザ・ロード アメリカ放浪記』ジャック・ロンドン 川本三郎/訳 筑摩書房[ちくま文庫]2024.05.07読了 ジャック・ロンドンが作家として成功したのは「若いころあちこち放浪していた時代に経験したこの訓練のおかげではないか」と自身で感じている。その訓練とは、生きるための食べものを手に入れるために、本当らしく聞こえるホラ話をしなくてはならなかったこと。これが物語る力を養ったのだという。 今の時代で、特に日本でこういった放浪をするのは困難だろう。世界のどこかでは今でもこんな暮らしをしている若者がいるのだろうか。アメリカでは列車にただ乗りしながら放浪する人間たちのことを「ホーボー」と呼び、自由な放…

  • 『小説8050』林真理子|引きこもりっていう言葉が良くないよ

    『小説8050』林真理子 新潮社[新潮文庫] 2024.05.05読了 日本大学アメフト部の問題はその後どうなったのだろう。日本大学理事長となった林真理子さんは、昨年末、副理事長に辞任を強要するなどしたとして提訴されているが、その後進捗は不明だ。女性として初の理事長ということで応援していたし、彼女の強さと潔さ、そして彼女が描く小説世界は、特に同性の圧倒的な支持を受けていることは間違いない。 タイトルにある「8050」とは「8050問題」のことを示している。つまり、80代の親が50代の子を支えること。子どもの引きこもりが背景にあるという現代の問題を意味する。具体的にその問題に直面したストーリーで…

  • 『板上に咲く』原田マハ|真似を極めることはいつしか突き抜けた存在になること

    『板上に咲く MUNAKATA:beyond Van Gogh』原田マハ 幻冬舎 2024.05.03読了 この小説は、渡辺えりさんによるオーディブル(amazonのオーディオブック)の朗読が高い評価を受けている。それでも私は今のところ専ら紙の本を愛好しているから、眼で追って読んだ。本当は、板上だけに触って読みたいくらい。 棟方志功の木版画はあたたかい。かわいくて愛らしく落ち着く。なんとなく山下清さんの作品を観たときの印象に近く、純粋でひたむきな感性と生きるエネルギーが溢れ出ているように感じる。もちろんゴッホの絵に通じるものがある。そりゃそうだ、真似したんだもの。 棟方の生涯の伴侶チヨの視点か…

  • 『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス|子どもの目線で迫り来る恐怖、崩れゆく家庭がリアルに描かれる

    『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス 柴田元幸/訳 ★ 集英社[集英社文庫] 2024.05.01 フィリップ・ロスの作品は『素晴らしきアメリカ野球』か『グッバイ、コロンバス』を読みたいと前々から思っていた。先日書店に行ったらちょうどこの本が文庫化されていた。単行本しかなくてなかなか手に入らなそうだったから嬉しい。しかも訳が柴田元幸さん。 アメリカ国家が聞こえてきそうだ。というか読んでいる間、私の頭の中には流れていた。この小説は、「もしもアメリカ大統領が反ユダヤ主義のリンドバーグだったら」という前提で書かれた歴史改変小説となっている。アメリカの近代史をたどりながら、まるでノンフィ…

  • 『ガラム・マサラ!』ラーフル・ライナ|インド人が書いた小説をもっと読んでみたい

    『ガラム・マサラ!』ラーフル・ライナ 武藤陽生/訳 文藝春秋 2024.04.27読了 インドのミステリーなんて読んだことない!というか、そもそもインド人作家の小説を読んだことがあるのだろうか。あっても記憶にないし、インド人作家の名前すら出てこない。人口が14億人を超える国なのに、優れた作品がないわけがない。最近ガツンと痺れる本に出逢えていなくて(もう麻痺しちゃってるのかなぁ)、冒険を求めてあまり読まない本を選んだ。 タイトルのガラムマサラって、スパイスのことだよな。タイトルだけ見たら料理の物語なのかと思っていたら、全然違った。しかも、最後までなんでこのタイトルなのかがクエスチョンのままだ。 …

  • 『散歩哲学 よく歩き、よく考える』島田雅彦|放心状態→何も考えていないわけではないらしい

    『散歩哲学 よく歩き、よく考える』島田雅彦 早川書房[ハヤカワ新書] 2024.04.24読了 確かに、歩いているときやジョギングしているとき、つまり無心で身体を動かしている状態では、色んなアイデアが浮かんだり何かの問題に対する解決策がふいに思いついたりなんてことがよくある。私もジョギング中に、ブログで「こんなことを言いたかったんだよな」「まさしくそんな言い回し!」と発見することが多々ある。 しかし、散歩やジョギング中の放心状態とは実は何も考えてないわけではないらしい!「単に特定テーマで考えていないだけであって、同時にさまざまな想念が浮かんでいる状態にある(62頁)」と知って目から鱗だった。で…

  • 『しをかくうま』九段理江|日常的な言葉遊びが物語になった

    『しをかくうま』九段理江 文藝春秋 2024.04.23読了 九段理江さんの書く斬新な物語世界が好きだ。突拍子もない設定と、ユーモラスなのに冷酷とも思える言葉遊びの数々。でも、この小説は万人に受ける作品ではないと思う。競馬の実況をする男性が主人公で、何やら馬の名前の文字数が9文字から10文字に変わることから、やいのやいのと疑問を持ち始める。 相変わらず九段さんはカタナカ言葉に魅力を感じているし、言語の置き換えがお好きなようである。彼女は常日頃から言葉遊びをしていて、頭の中で普段考えていることをそのまま小説にしちゃったんじゃないかという作品だ。いやぁ、難解だった。 九段さんの文章は、すごく読みや…

  • 『1984』ジョージ・オーウェル|人は愛されるよりも理解されることを欲するのかも

    『1984』ジョージ・オーウェル 田内志文/訳 KADOKAWA[角川文庫] 2024.04.22読了 文庫本の表紙はルネ・マグリットの絵である。顔の前にあるりんごのせいでよく見えないが、実はよーく注視すると左目が少しだけ見えていて薄ら怖い。人から常に「見られている」という警告、ビッグ・ブラザーにすべてを監視されているという近未来。テレスクリーンにより昼夜を問わず監視されているこの世界だけれども、人の心の中までは見ることができない。人の考え、心の奥底にある、本人にすら謎に満ちている思考は外からはわからない、はず…。 何度読んでもおもしろい。こんなにスリリングで刺激的な作品があるだろうか。しかも…

  • 『ドードー鳥と孤独鳥』川端裕人|好きなことに真剣に取り組めばそれだけで楽しい

    『ドードー鳥と孤独鳥』川端裕人 国書刊行会 2024.04.17読了 なんて素敵な装幀なんだろう。これこそまさにジャケ買いに近い。本の美しさを最大限表現しているし函入りというのがまた良い。国書刊行会は値段も良いけれど装幀にはかなり凝っていて、紙の本が廃れないようにという強い気概が感じられる。うっとりするような本に一目ぼれし刊行されてすぐに買っていたがあたためていたままだった。先日、はてなブログで読者になっている方の記事を読んで思い出した。 orbooklife.hatenablog.jp 房総半島の田舎町で小学生のうちの約3年間を過ごしたタマキ。自然あふれるこの町には「つくも谷」と「百々谷(ど…

  • 『TIMELESS』朝吹真理子|たいせつになったなりゆき

    『TIMELES』朝吹真理子 新潮社[新潮文庫] 2024.04.15読了 朝吹真理子さんの芥川賞受賞作『きことわ』を実はまだ読んでいない。芥川賞作品は思いたったら速攻読まないと結構忘れてしまうことが多い。確か親族だったと思うけど朝吹さんという方の翻訳された作品を目にしたことがある。Wikipediaを見たら、親族欄に多くの名前が載っているのに驚いた。文化人家系。 うみとアミは女性同士だと勝手に想像していた。なんでだろう、『きことわ』が「きこ」と「とわこ」の女性2人のストーリーだからだろうか。そしてなんと「うみ」が女性で「アミ」が男性だった。2人は、恋愛をすっ飛ばして結婚をする。結婚の意味、人…

  • 『そこのみにて光輝く』佐藤泰志|文章から嗅ぎ取れる土の匂い

    『そこのみにて光輝く』佐藤泰志 河出書房新社[河出文庫] 2024.04.12読了 自ら死を選んだ人が書いた小説に対して、独特の緊張感を持って読み始めるのは私だけだろうか。昔は自死する作家が多かった。かつての文豪たちは、死ぬ方法は違えど、自死をすることが誉れと信じて、そうするのがさも綺麗な終わり方だと思い旅立った。今はそういう風潮はほとんどない。 佐藤泰志さんは41歳という若さで自ら死を選んだ。彼の作品は芥川賞候補に何度も選ばれている。何が彼を死に向かわせたのか。Wikipediaで彼の名前を検索したが自死の理由はわからない。たとえ記載があったとしても、本当のことは本人にしかわからないだろうけ…

  • 『アウトサイダー』スティーヴン・キング|事件はどう解決するのか|もはや「ホッジズ」シリーズものでは!

    『アウトサイダー』上下 スティーヴン・キング 白石朗/訳 文藝春秋[文春文庫] 2024.04.11読了 さすがのキング!冒頭から疾走感がありおもしろかった。何より上下巻ぎっしりと読み応え満載で、キングを読むときは次の本選びを気にしなくて良い(というか楽)。つまり、すぐに読み終わらないということ。 恐ろしくも無惨に殺害された少年フランク・ピータースン。多くの証言から犯人だと疑う余地のないテリー・メイトランドは、彼がコーチをする少年野球の試合の最中、公衆の面前で逮捕された。しかし彼には完璧なアリバイがあった。これは、不当に罪をなすりつけられたテリーとその家族が冤罪を晴らすストーリーなのか? 実は…

  • 『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』クライスト|翻訳家も読者も熟練でないとなかなか難しい

    『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』ハインリヒ・フォン・クライスト 岩波書店[岩波文庫] 2024.04.06読了 ドイツ人作家の小説を読むのはなんと久しぶりだろう。名前は知っていたがクライストの作品は初めてだ。作家たちが好む、つまりプロの文筆家が好むのがクライスト。この文庫本には、表題作2作ともう一つの全3作の中短編が収められている。「他一篇」とするなら、もう一つもタイトルにしてしまえばいいのに、と思うのは私だけだろうか。ちなみにもう一つの題名は『サント・ドミンゴでの婚約』である。 まず一作目『ミヒャエル・コールハース』というのは馬商人の名前で、ある不当な扱いを受けた彼が復讐を試…

  • 『方舟を燃やす』角田光代|誰かの人生、こんな風に物語になる

    『方舟を燃やす』角田光代 新潮社 2024.04.04読了 昭和の時代から、平成、令和へと駆け巡る。グリコ森永事件、御巣鷹山の飛行機墜落事故、テレクラの大流行、オウム真理教、色々な事件があったよな。「ノストラダムスの予言」のことは家でも学校でも話題になったが、「口裂け女」の記憶はない。小学校ではコックリさんみたいなのが流行っていたけれど、コックリさんではなくて名前が違っていた気がするんだよなぁ。とにもかくにも私が生きた時代と重なる部分が多かったから、なにやら懐かしい気持ちになった。 1960年代に産まれた柳原飛馬(やなぎはらひうま)と望月不三子(もちづきふみこ・旧姓谷部)の視点が交互に入れ替わ…

  • 『影をなくした男』アーデルベルト・フォン・シャミッソー|誰にでもあるものが欠ける恐ろしさ

    『影をなくした男』アーデルベルト・フォン・シャミッソー 池内紀/訳 岩波書店[岩波文庫] 2024.04.01読了 村上春樹さんの『街とその不確かな壁』では、影を奪われた男が登場する。影を持つ、持たない、なくす、そんなようなストーリーは日本だけでなく世界に多くある。その原作というか、初めに考えだした人がこのシャミッソーであり、この作品が原型である。解説によると、ヨーロッパの18世紀から19世紀にかけて影が大流行したそうで、シャミッソーはまさにこの時代を生きたのだ。影絵もこの時に人気があったようだ。 灰色の男に、自分の影を褒められたシュミレールは、お金に目が眩み自分の影と交換してしまう。シュミレ…

  • 『我が友、スミス』石田夏穂|肉体をいじめ倒す快感

    『我が友、スミス』石田夏穂 集英社[集英社文庫] 2024.03.31読了 筋トレ小説ってなんだろう?と芥川賞候補になっていたときに気になり、「スミス」というのが人の名前ではなく筋トレマシーンの名前だと知った。もう文庫本になるなんて、早い。 カーリング選手の藤澤五月さんが、ボディビルコンテストのために身体を鍛え上げた写真を見たときは私も驚いた。どちらかというと女性らしいふっくらとした姿が藤澤さんらしくて好きだったのだが。しかし彼女は元々ボディビルに興味があったそう。数ヶ月であれだけの身体を作ったことに、尊敬の眼差しになった。ものすごく芯があるなと。筋肉ってなかなかつかない。というか、外に見えて…

  • 『ゴッドファーザー』マリオ・プーヅォ|敵にしたら一発アウト、味方にしたら超強力

    『ゴッドファーザー』上下 マリオ・プーヅォ 一ノ瀬直ニ/訳 ★ 早川書房[ハヤカワ文庫NV] 2024.03.30読了 男の人が好きな映画として挙げることが多いのが『ゴッドファーザー』だと常々感じている。だいたいにおいてマフィアとかヤクザものが好きだから、そういう意味でも人気があるんだろうなと思う。私は昔テレビで放映されているのをぼんやりと観て、アル・パチーノのべっとりした髪型と暗ーいイメージしかなかった。確かに子供が観てもなんのこっちゃかわからないよな。 何これ、なにこれ、なんだこれは!!個人的にマフィアとか極道系の話はあまり好まない(むしろ苦手な方)と感じていたのに、冒頭からかなりハマった…

  • 『ハツカネズミと人間』ジョン・スタインベック|夢は壮大、現実は残酷

    『ハツカネズミと人間』ジョン・スタインベック 大浦暁生/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.03.24読了 スタインベックの名作の一つであるが、まだ読んでいなかった。勝手に子ども向けのストーリーかと思っていたのだが、ラストは息を呑むほど苦しくなり心がえぐられそうになった。こうなるしかなかったのだ。この短い作品でこれだけの強烈な印象を残す小説は世にそんなに多くはない。 身体の大きさも頭の良さもまるで正反対のジョージとレニーは、日雇い労働者として各地を放浪している。2人には大きな夢があった。土地を買い、小さな家を持ち、自分たちの楽園としてのびのびと暮らす。レニーはウサギを飼って面倒をみる。 図体が大…

  • 『冬の旅』立原正秋|強い精神があれば、周りから何を思われようが、どんな境遇にいようが成長できる

    『冬の旅』立原正秋 新潮社[新潮文庫] 2024.03.23読了 罪を犯し少年院に入った宇野行助(ぎょうすけ)が、青春の日々約2年間を少年犯たちとの閉塞された集団生活に捧げることで、自己の内面を見つめ、罪とは何か、生きるとは何かを問いた作品である。良作であった。 こんなに優秀な模範囚はいるのかと疑ってしまうほどだ。それもそのはず、行助は本当の意味で罪を犯していない。義兄の修一郎が、母親を凌辱しようとするのを目撃し、なにかの弾みで修一郎を刺してしまうのだ。それでも刺した理由を語らず、内に秘めた復讐心を育む。頭の中に食い込むという手錠の感覚、とても良い。 もしかしたら俺はこの冷たさと重さを生涯忘れ…

  • 『名誉と恍惚』松浦寿輝|芹沢一郎の運命と生き様に魅了される

    『名誉と恍惚』上下 松浦寿輝 ★★ 岩波書店[岩波現代文庫] 2024.03.21読了 数年前に上海1泊3日の弾丸ツアーをしたことがあって、上海ディズニーランドだけを目的に楽しむという旅だった。泊まったホテルも出来たばかりのトイ・ストーリーホテル。日本のディズニーランドに比べると待ち時間も全然耐えられるし人の多さもそんなに気にならない。圧巻だったのが「カリブの海賊」で、これは2回も乗り今でも鮮明に憶えている。 と、、上海といえば私の中でその記憶が新しいのだが、近代史からみると上海事変など日本とは重要な関わりを持っている。この物語の舞台は1937年、日中戦時下の上海で、日本人警官芹沢一郎は陸軍将…

  • 『優しい暴力の時代』チョン・イヒョン|何かと折り合いをつけていくのが生きるということ

    『優しい暴力の時代』チョン・イヒョン 斎藤真理子/訳 河出書房新社[河出文庫] 2024.03.13読了 表紙のイラスト、家の洗面台そっくりなんですよね…。これになんだか親近感が湧いてしまう。それに斎藤真理子さんが訳してる!と思ってついつい手に取った。でもこの洗面台の棚、左側にしかモノが置かれていないのがちょっと気になる。精神的になのか肉体的になのか、所有者に偏ったものがあるのだろうか。韓国文学は定期的にというか、思い出した頃に読んでいる感じ。そろそろ読むタイミングみたいだ。 本国で刊行された『優しい暴力の時代』という短篇集に、もう1作『三豊(サムブン)百貨店』を収めた日本独自の短篇集になって…

  • 『二人キリ』村山由佳|みんな大好き阿部定の生き方

    『二人キリ』村山由佳 ★ 集英社 2024.03.11読了 ここ半年以内に、NHKの松嶋菜々子さんがプレゼンテーター役をしている番組で、阿部定事件のことが放映されているのを見た。昔世間を騒がせた事件だが、不思議と阿部定に同情を寄せたり敬する声も多い。こんなにも情熱的になれるのか、自分もこんなふうに愛し愛されたい、と思うからか。捕まって刑期を終えてからはずっとなりを潜めていた定さんが、高齢になってから身を明かし、料理屋をやっていたのは知らなかった。 村山由佳さんが書いた伊藤野枝の評伝『風よあらしよ』がとてもおもしろかったので、この作品も期待して読んだ。前作よりもフィクション感が強めだったけれど、…

  • 『御社のチャラ男』絲山秋子|日本の会社ってこんなだよな

    『御社のチャラ男』絲山秋子 講談社[講談社文庫] 2024.03.09読了 大谷翔平選手の話題で持ちきりの毎日である。彼の好みの女性のタイプに「チャラチャラしていない人」というのがあるらしい。マスコミが言ってるだけかもしれないけれど。「チャラい」っていうのはここ30~40年くらいで浸透した言葉だろうか。 オリエンタルラジオの藤森さんがその筆頭かなと思う。彼はキャラクターにしているだけだけど。この本で書かれるチャラ男は、私が想像していたようないわゆる軽薄な「チャラ男」とは少し違っていた。 地方にあるジョルジュ食品という小さな会社が舞台である。三芳部長(彼が「チャラ男」と呼ばれている)を中心にして…

  • 『タスマニア』パオロ・ジョルダーノ|戦争と原爆、今この本を読む意義と運命

    『タスマニア』パオロ・ジョルダーノ 飯田亮介/訳 ★ 早川書房 2024.03.07読了 最近どうも広島や長崎、つまり戦争や原爆にまつわる書物をよく目にするし、自分でもおのずと選んでしまっている気がする。それだけ心の奥底で意識しているということだろうか。この『タスマニア』は、敬愛する作家の一人、パオロ・ジョルダーノさんの作品だから読んだのだが、原爆のことが主題として私にのしかかる。 しかも、広島への原爆投下について結構な分量が割かれているのだ。アメリカ人が書いた伝記にはほとんどなかったのに、イタリア人が書いたこの本には、原爆投下後の凄まじさがありありと書かれていた。身体から垂れる皮膚、白い火傷…

  • 『フランス革命の女たち 激動の時代を生きた11人の物語』池田理代子|ベルばらを読みたくなってきた

    『フランス革命の女たち 激動の時代を生きた11人の物語』池田理代子 新潮社[新潮文庫] 2024.03.04読了 子供の頃大好きだった漫画の一つが『ベルサイユのばら』である。女子はたいていハマっていた。文庫本の表紙にある、奮い立つオスカルとそれを守ろうとするかのようなアンドレの姿を久しぶりに見て、ベルばらを思い出した。あの漫画は本当に名作だ。フランス革命のことも、ベルばらから学んだようなもの。 この本はベルばらの著者池田理代子さんが、マリー・アントワネットらの有名どころの人物はもちろん、フランス革命の激動の時代を生きた女性たちにクローズアップして書いた本だ。それぞれの肖像画や当時を描いた絵画が…

  • 『ミトンとふびん』吉本ばなな|さぁ、旅に出ようか

    『ミトンとふびん』吉本ばなな 幻冬舎[幻冬舎文庫] 2024.03.03読了 この本、単行本のサイズが特殊だったのと表紙の色が鮮やかだったから、書店でかなり目立っていた。ちょうど永井みみさんの『ミシンと金魚』が並べられていて、タイトルが少し似ているからごちゃまぜになっていた。「ミシンとふびん」だっけ、とか「ミントがなんとか」だっけ、とか…。意外とそういうことが記憶に残るものだ。 今月の新刊文庫本として積み上げられていたから思わず手に取る。さらっと読めるし、今かな、と(この本の前に『オッペンハイマー』を読んでいたから若干疲れ気味なのよね)。やはり、ばななさんの文章は日常に佇むほんのりとした幸せと…

  • 村上春樹×川上未映子「春のみみずく朗読会」に行ってきた

    先週のことになるが、3月1日(金)に、早稲田大学大隈記念講堂にて開催された「村上春樹×川上未映子 春のみみずく朗読会」に行ってきた。おそらく、私の書に耽る関連では今年のメインイベントの一つになるであろう。 早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)に基金をするという形で開催されたイベントである。1/15にサイトを開いてちょっと悩んだけど、たぶんこれを逃すと、特に村上春樹さんに生で会えることは二度とないかもしれないと思い、えいっと決断してポチリ。一般の先着は700人とかだったからうかうかしていたらすぐ埋まっちゃったと思う。 実はオーディオブックとかは苦手(というか、オーディブルとか聴いたことな…

  • 『オッペンハイマー』カイ・バード マーティン・J・シャーウィン|愛国心が強すぎた彼は何と闘ったのか

    『オッペンハイマー』[上]異才[中]原爆[下]贖罪 カイ・バード,マーティン・J・シャーウィン 山崎詩郎/監訳 河邉俊彦/訳 ★★ 早川書房[ハヤカワ文庫NF] 2024.03.02読了 昨年広島旅行をした。広島を訪れるのは初めてで、観光名所を中心に見どころを押さえたが、何よりも原爆ドームと原爆資料館は印象的だった。辛い気持ちになったが、日本人として見てよかったと心から思う。 原爆が投下されたのは広島と長崎のみ。日本は唯一の被爆国である。原爆を開発したのが「原爆の父」と呼ばれるロバート・オッペンハイマーだ。日本人なら嫌悪感を抱く人が多いだろう。ましてや、当時原爆のせいで亡くなった人、被爆した人…

  • 『さびしさについて』植本一子 滝口悠生|いろんな感情を大切にしたい|滝口さんの思想がたまらんく好き、んで、植本さんのことも好きになった

    『さびしさについて』植本一子 滝口悠生 ★ 筑摩書房[ちくま文庫] 2024.02.23読了 読んでいるあいだ、ずっと胸がいっぱいで、喜びと苦しさとが一緒くたになったような気持ちになった。儚いけれど心地の良い往復書簡だ。 滝口悠生さんの本だ!と嬉しくなって買った本だが、共著の植本一子さんの名前は知らなかった。植本さんは写真家である。それなのに、なんて淀みのない素直であたたかい文章を書く人なんだろうと思った。文筆業でもやっているんじゃないかなって思っていたら、やはりエッセイストでもあるようで既に何作か刊行されている。 滝口さんがフィクションを書く理由というか小説観をこんなふうに記していた。これが…

  • 『化学の授業をはじめます。』ボニー・ガルマス|自分が自分になるために

    『化学の授業をはじめます。』ボニー・ガルマス 鈴木美朋/訳 ★ 文藝春秋 2024.02.21読了 文章になっていて句点もついているし「なんだかタイトルがださいな〜」と思っていたけれど、全世界で600万部も売れているというこの小説。よくX(旧Twitter)で読む本の参考にさせていただいている方のレビューを見ると絶賛していたので読んでみた。 エリザベス・ドットと一緒に、笑って泣いて怒って、本当に物語のおもしろさがギュッとつまった小説だった。読み終えると勇気を貰える、そんな(意外と)稀少な本。アメリカのテレビドラマみたいに(そんなに観たことがあるわけではないが)エリザベスをはじめ、登場人物らの大…

  • 『新版 思考の整理学』外山滋比古|寝かせる、忘れる、考える

    『新版 思考の整理学』外山滋比古 筑摩書房[ちくま文庫] 2024.02.18読了 東大生、京大生に一番読まれた、とかなんとかの帯を外して、安野光雅さんの素敵なイラストのジャケット姿をパシャリ。ちくま文庫で長らくベストセラーとなっていた『思考の整理学』に、2009年の「東大特別講義」を巻末に収録した新版である。やはり長く読み継がれている本というのは、それなりの理由がある。それが小説であれ、評論であれ、何であれ。 ひとつめの章「グライダー」を読んだだけで、目から鱗が落ちたという感じ。まさに「もっと若いうちに読んでおけばよかった」というキャッチコピーそのまんま。できれば論文を書く学生の時に読むのが…

  • 『哀れなるものたち』アラスター・グレイ|生きることは哀れさを競うようなもの

    『哀れなるものたち』アラスター・グレイ 高橋和久/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2024.02.17読了 映画でエマ・ストーン演じるベラと、圧倒される衣装やセットが話題になっている『哀れなるものたち』の原作を読んだ。旅の道連れとして選んだ本だったのだが、いつも通り旅中ではほとんど読めず、読了するのに随分と時間がかかってしまった。 ベラ・バクスターとは一体何者なのか 一度命を絶ったベラは、天才医師バクスターの手により蘇る。身体は大人の女性なのに脳は胎児という歪な姿に蘇ったベラは、庇護された元を飛び出し駆け落ちをする。世界を旅した彼女は何を見て何を知り何を感じたのか。無垢で自由奔放で、性への…

  • 『東京都同情塔』九段理江|時代の先端を突き進む

    『東京都同情塔』九段理江 新潮社 2024.02.11読了 なんて端切れの良いスカッとするラストなんだろう。たいてい芥川賞受賞作を読み終えたときは「ふぅん」「そうかぁ」「上手い文章で良いものを読んだとはわかるけど、イマイチ何を伝えたかったのかわからない」みたいな感想になることが多い。しかしこの作品はわかりやすかった。時代の先端を突き進んでいて、鋭さと新しさが物語に共存する。 通称「東京都同情塔」を建築することになる38歳の牧名沙羅(まきなさら)、美しい容姿から牧名に声をかけられた高級ブティック店員22歳の拓人、そしてジャーナリストのマックス・クライン、3人が入れ替わり語り手となる。マックス・ク…

  • 『みどりいせき』大田ステファニー歓人|小説って自由なんだな

    『みどりいせき』大田ステファニー歓人 集英社 2024.02.09読了 タイトルも著者の名前も個性的だからひときわ目立つ。第42回すばる文学賞受賞作であることよりも彼の名前を知らしめたのは、その受賞スピーチであろう。「なんかおもしろそうな人が出てきたよ」と知人に教えてもらい、誰かがUPした音声だけのYouTubeを聞いた。出だしの「うぇいー」という挨拶、最近結婚したことともうすぐ父親になるという寿話、そして圧巻の詩の朗読。 何かの記事で、歓人さんは川上未映子さんと町田康さんの文体に影響を受けたと書いてあった。「小説って何でもありなんだな」と感激したそうだ。確かに2人が書く文章に近いものがある。…

  • 『変な家』雨穴|間取りを見るのは生活を見ること|今売れている本を読むこと

    『変な家』雨穴(うけつ) 飛鳥新社 2024.02.07読了 昨年から、どんな書店に行っても目立つところに積み上げられているから、確かに気にはなっていた。けれど、自分が読みたいジャンルの本じゃないと思っていた。それでも、文庫になったからついつい…。朝この本を鞄に入れ、行きの通勤電車、珈琲を飲みながらの朝読書、そしてランチをしながらの読書、それでもう読み終えてしまった(いつも2冊持ち歩いても結局読めないから1冊しか持たなかったが…今回ばかりは後悔気味)。 不可解な間取りをめぐり推理をしていくミステリータッチの小説である。私は曲がりなりにも一応不動産系の会社に勤務しているので、かなりの頻度で家の図…

  • 『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ|読み終えてから押し寄せる余韻

    『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ 土屋政雄/訳 東京創元社[創元文芸文庫] 2024.02.06読了 タイトルだけ見ても気付かないかもしれないが、これはあの有名な映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作である。私は実は映画を観ていない(あんなに名作と言われているのに何故観ていないんだろう…)。単純な恋愛映画だと思っていたのが、原作を読むと一筋縄ではいかない多重的な作品であった。 第二次世界大戦が終わる頃、イタリアのある廃墟にハナという若い看護師と、全身に火傷を負った名もない謎の男性患者がいた。そこに、かつてハナの父親と親しかった元泥棒のカラバッジョと、爆弾処理班の工兵シンが加わる。…

  • 『シャーロック・ホームズの凱旋』森見登美彦|ワトソンなくしてホームズなし

    『シャーロック・ホームズの凱旋』森見登美彦 中央公論新社 2024.02.03読了 そもそも、ホームズとワトソンが何故京都にいるんだ?そして、ホームズがまさかのスランプだと?寺町通に二条通、四条大宮に嵐山、南禅寺、下鴨神社、、京都の名だたる名所を駆け巡る…。これは一体何なのだ!?日本の、それも歴史ある街並みにイギリス人らしき人がいる違和感。でもそんな気持ちもいつの間にか気にならなくなって森見ワールドにずぶりと引き込まれていく。 モリアーティ、ハドソン夫人、メアリーなど、お馴染みの登場人物たちがわんさか登場する。ホームズものを全て読んだわけではないけれど、登場人物の名前には見覚えがあって、懐かし…

  • 『星月夜』李琴峰|漢字は読みたいように読んでもいいかも

    『星月夜(ほしつきよる)』李琴峰(り・ことみ) 集英社[集英社文庫] 2024.01.30読了 日本語って本当に難しいと思う。最初に出てくる日本語の文法問題では、私たち日本人なら当たり前にわかることでも、多言語を使っている人からしたら相当難しいだろうなとつくづく感じる。言語って勉強しようと思って身につくというより慣れるしかないものだと思う。まさに「習うより慣れよ」だ。 道を歩いていて、電車に乗って、飲食店でご飯を食べて。隣にいる人が日本人ではないことなんて、今はざらにある。30年くらい前には、外国人がいるだけで振り向いてしまったのに。中国人、台湾人、韓国人、ベトナム人。昔はアジア人だとほぼ中国…

  • 『滅ぼす』ミシェル・ウエルベック|政治、死、そして愛について

    『滅ぼす』上下 ミシェル・ウエルベック 野崎歓 齋藤可津子 木内暁/訳 ★ 河出書房新社 2024.01.29読了 ウエルベックの小説ってどうしてこんなにカッコいいんだろう。ストーリーも文体も、登場人物の会話も、もう何もかも。鋭く光るセンスは誰にも真似出来ない。この本はジャケットもカッコいい。言わずもがな、現代フランス作家のなかで最も影響力のある一人だ。去年の暮れに、浅草の鮨屋で隣り合ったフランス人とウエルベックについて話が盛り上がったのを思い出す。 経済財務大臣補佐官のポール・レゾンが主人公。大統領選を間近に控えた中、テロ事件が勃発し政治の世界がスリリングに描かれる。また一方で、ポールの父親…

  • 『雨滴は続く』西村賢太|貫多は行くよどこまでも

    『雨滴は続く』西村賢太 文藝春秋[文春文庫] 2024.01.25読了 西村賢太さんの遺作であり、最大の長編作が文庫になった。このろくでなしの堕落した北町貫多がまたもや主人公、そしてもちろん私小説。西村さんの作品は短編であれ中編であれほぼ私小説だから、貫多はもちろんのこと、多くのエピソードに「あ、あの時の場面だな」という既読感がある。それをまるっとまとめたものがこの大長編私小説だ。おんなじところをグルグルとループしているようで読み進めるのに結構時間がかかった。 根が江戸川の乞食育ちで、中卒の日雇い人足上がりの貫多は、或いはそれは殆ど彼の生来の僻み根性から依って来たるところの感覚なのかもしれぬ(…

  • 『十年後の恋』辻仁成|恋をしよう

    『十年後の恋』辻仁成 集英社[集英社文庫] 2024.01.22読了 フランスに住むマリエは、10年ほど前に離婚をし、子育てをしながら仕事をする怒涛の日々を送ってきた。そんな中突然現れた歳上のアンリという男性。もう恋なんてしない(槇原敬之さんの歌を連想しますよね…笑)と思っていたのに。まるで女学生に戻ったように、自分のすべてが相手に翻弄される。恋をしている自分自身に恋をしているかのよう。とっても辛いのに、幸せなこのひととき。 この作品でマリエは「愛」と「恋」を明確に線引きしている、というか、したがっている。フランス語では「amour」一つしか存在しないのに、なぜ日本語には「愛」と「恋」が存在す…

  • 『ミステリウム』エリック・マコーマック|この幻想的、怪奇的、魅惑的な雰囲気を味わうべし

    『ミステリウム』エリック・マコーマック 増田まもる/訳 東京創元社[創元ライブラリ] 2024.01.21読了 こういう幻想的かつ怪奇的、そして魅惑的な世界観ってどうやったら書けるのだろう。イギリスを筆頭にして幻想文学というジャンルがあるけれど、彼もスコットランド出身だからその流れを受け継いでいると思う。日本でいうと、山尾悠子さんなんかがこのジャンルなのかな。まだ彼女の作品は読んだことがないけれど、根強いファンが多いイメージだ。 ある炭鉱町に水文学者を名乗るカークという男性が現れてから、不審なことが次々と起こる。住人たちは奇怪な病で次々と亡くなってしまう。果たして、ここでは何が起きているのかー…

  • 『パディントン発4時50分』アガサ・クリスティー|隣を走る列車の殺害現場を見てしまったら

    『パディントン発4時50分』アガサ・クリスティー 松下祥子/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2024.01.19読了 並行して走る電車をぼうっと見てしまうことは誰しもがあるはずだ。私が住む関東では、JR東海道線と京浜東北線はほぼ同じ車窓、隣の線路を走るから、時折り速度を緩めているとゆらゆらと揺れながら隣の車両の中を見ることができる。または、並行して走っていなくても、駅に止まった反対側の車両をまんじりともせずぼうっと見てしまうことがある。 しかしたいていは「覗こう」として見ているわけではないから、その場でなんとなく目を向けてしまうだけ。ただ視覚に入ってしまうだけ。だから、たぶん10分後には忘れ…

  • 『チーム・オルタナティブの冒険』宇野常寛|素直な文章で淡々と独白されるがこれがハマる

    『チーム・オルタナティブの冒険』宇野常寛(つねひろ) 集英社 2024.01.17読了 知らない作家の知らない小説を読みたいなと思って書店をうろうろ物色していたら気になった本がこれである。目にしたことはあったような気がするが読んだことがない作者。宇野常寛さんは評論家で、批評誌「PLANETS」編集長、大学の講師も務めている。批評本をはじめ刊行された本は多数あり、テレビにもコメンテーターとして登場されることもあるようだ。名前はなんとなく見たことあるような。この作品は彼が初めて書いた長編小説である。 主人公は高校生の森本理央(りお)。彼の語りにより、つまり一人称で展開されるわけだが、読んでいて詰ま…

  • 『冬の日誌/内面からの報告書』ポール・オースター|若かりし日から思慮深かった彼は、最初から言語の世界にいた

    『冬の日誌/内面からの報告書』ポール・オースター 柴田元幸/訳 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.01.15読了 もともと単行本は1冊づつ刊行されていたが、文庫化に伴い1冊に収められた。ノンフィクションだけど私小説やエッセイとも取れる。自身の身体のことを書いた『冬の日誌』、精神のことを書いた『内面からの報告書』、この2つの作品は対をなしている。とても読み心地が良くていつまでも浸っていたかった。あぁ、幸せ。観念的で難しめの作品もあるけれど、オースターの作品は総じて好きだ。いつか全集とか出たら買ってしまいそうなほど。 『冬の日誌』 ある冬の日々に、ポール・オースター自身が自分の人生を振り返る。幼い…

  • 『無暁の鈴』西條奈加|転落した人生のその先にあるものは

    『無暁の鈴(むぎょうのりん)』西條奈加 光文社[光文社文庫] 2024.01.10読了 主人公の数奇な運命、転落していく物語は確かに読者を魅了し熱狂させる。人の不幸を嘲笑いたいわけでも、自分のほうがマシだと安心したいわけでもないと思う。この先、彼がどうやって起死回生するのか、どのように生きるよすがを見つけるのかをしかと見届けたいのだ。 無暁は、この小説のラストに辿り着くまでに何度も死にかけた。死にそうになったというよりも、自ら命を絶つことがあり得たという意味で。思うに、人は苦しみや悲しみが大きければ大きいほど、その先には必ず大きな喜びを感じることができる。生きていれば誰しもが感じる小さな小さな…

  • 『人形』ボレスワフ・プルス|翻弄されるヴォクルスキ、ワルシャワの社会構造

    『人形〈ポーランド文学古典叢書第7巻〉』ボレスワフ・プルフ 関口時正/訳 未知谷 2024.01.08読了 このどっしりとした佇まいよ…。ジャケットの高貴な衣装に身を包んだ女性が座る画も、凛とした厳かな風貌で物語の重厚さを予感させる。写真だけでは伝わらないだろうけど、この本はなんと一冊だけで1,230頁もあり、重たい鈍器本だ。これはさすがに持ち運びできないからと、年始の休暇にゆっくり読むことにした。結局正月休みだけでは読み終えられなかったけど。 ポーランド文学といえば、、とすぐに思い浮かぶ作家が出てこなくてググってみた。読んだことがあるのはスタニスワフ・レム『ソラリス』とオルガ・トカルチュク『…

  • 2023年に読んだ本の中からおすすめ10作品を紹介する

    (2023.12 東京都台東区にある古書店「フローベルグ」の書庫 この洞穴みたいな空間は地下に続いていて、乱雑に積み上げられた本たちに囲まれた書店員さんがなんだか羨ましくなった) もうこんな時期に来てしまった。一年があっという間だという陳腐な言葉にもほとほとうんざりする。このブログを続ける限りは年に一度はこの企画をやろうと決めているので、今年も、昨年2023年に読んだ本の中から個人的なおすすめ10作品を読み終えた順(ランキング形式ではなく)に紹介しようと思う。 第1作目 『ネイティヴ・サン アメリカの息子』リチャード・ライト 2023年に入って最初に読み終えた1冊。これが今年のベストになるだろ…

  • 『日本蒙昧前史』磯﨑憲一郎|あの時代に確かにあった、あんなこと、こんなこと

    『日本蒙昧(もうまい)前史』磯﨑憲一郎 文藝春秋[文春文庫] 2024.01.02読了 タイトルにある「蒙昧」とは「暗いこと。転じて、知識が不十分で道理にくらいこと。また、そのさま。(goo辞書より)」という意味である。ということはつまりこの作品は、日本の曖昧なぼんやりとした前史(ここでは昭和の時代)ということであろうか。 日本の歴史になぞらえて小説に落とし込む語り口は、奥泉光さんの『東京自叙伝』を彷彿とさせる。あの時こうだったな、この時代にはそんなこともあったな、あんなに深い意味があったのか、と懐かしみながら、また知らないことは新たな発見をし楽しく読み進められた。私たちが目にする切り取られた…

  • 『誘拐の日』チョン・ヘヨン|日本人では到底考えつかないようなストーリー

    『誘拐の日』チョン・ヘヨン 米津篤八/訳 ハーパーコリンズ・ジャパン[ハーパーBOOKS] 2023.12.30読了 韓国俳優のイ・ソンギュンさんが亡くなったというニュースを見て驚いた。どうやら自殺だったようだ。韓流にそんなに詳しくはないけれど、『パラサイト 半地下の家族』を観ていたから、あのお金持ちでイケメンのIT社長がそうなんだ、、と残念な気持ちになった。 その『パラサイト〜』で登場する豪邸から連想したのか、前に手に入れていたこの『誘拐の日』を引っ張り出した。表紙の感じがまさにそれ。映画では半地下の家族が家庭教師に行くのだけれど。 なんとも奇妙奇天烈なストーリーである。ある理由のために大金…

  • 『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト|旅行記・冒険譚と名のつくもので間違いなく一番おもしろい

    『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト 柴田元幸/訳 ★★ 朝日新聞出版 2023.12.27読了 小さい頃に『ガリバー旅行記』を読んだ記憶はある。とはいえ、大男が地面に横たわり、その周りを多くの小人たちがぞろぞろ歩いてるような挿絵を覚えているだけと言った方が正しいかも。 その小人たちが住む国の場面しか印象になかったが、実はそのエピソードは旅の一つ目の国「リリバット国」での出来事だったのだ。タイトルに「旅行記」とある通り、ガリバーが訪れた各地のことが書かれている。小人たちが住むこの国(挿絵)のインパクトが強すぎた。大きさは人間の12分の1だ。 なんと次にたどり着いた「ブロブディングナグ国」は…

  • 『存在のすべてを』塩田武士|引き摺り込まれる抜群のおもしろさ

    『存在のすべてを』塩田武士 ★ 朝日新聞出版 2023.12.21読了 この殺風景な表紙が不思議だ。何が表されているのだろう。帯にある久米宏さんの「至高の愛」という言葉も気になる。 神奈川県で起きた二児同時誘拐事件、この導入から早速引き込まれる。身代金受渡しに伴う警察による追跡劇は息をもつかせぬ緊迫感だ。私は横浜の地に、しかもこの現場周辺に住んでいたことがあるので土地勘があり、なおさら引き摺り込まれた。 誘拐事件に謎を残したまま30年の年月が流れた。当時捜査一課でマルK指導(身代金受渡し時の現金持参人に指示をする立場)を担った中澤の訃報により、中澤が死ぬ間際まで解決に挑んでいたことを知った大日…

  • 『関東大震災』吉村昭|天災には怒りや恨みをぶつける相手がいない

    『関東大震災』吉村昭 文藝春秋[文春文庫] 2023.12.17読了 今年は関東大震災から100年が経ったということで、装い新たに(というか文庫カバーの上にぐるりと更なるカバーがかけられている)書店に並べられていた。天災は人間の力で防ぎようがない。それでも、その記録から事実を理解し教訓とし、我々が今後なすべき事を考えるためには、語り継がれなくてはならないのだ。 日本は言わずと知れた地震大国である。一つ前に読んだ山本文緒さんの短編集のなかの『バヨリン心中』の中に、大地震を経験したポーランド人が日本人の妻と子を捨てて自国に帰ってしまったというのを思い出した。それだけ、大地震は恐怖なのだ。地震を知ら…

  • 『ばにらさま』山本文緒|日常にひそむ虚無感とままならなさ

    『ばにらさま』山本文緒 文藝春秋[文春文庫] 2023.12.15読了 表題作を含めた7作の短編がまとめられた本。なんて小気味良くて、心を掴まれる文章なんだろう。日常にひそむちょっとした不安定さを掬い取り、虚無感と生きることのままならなさを絶妙に描く。どの作品も、山本文緒さんらしさが光る唯一無二の作品たちだ。山本さんは短編も良いなぁ。 『ばにらさま』 雑誌から飛び出したモデルのような容姿端麗な美女。色がとても白いことから友だちが「ばにらさま」とあだ名をつけた彼女と付き合っている「僕」は、彼女の気持ちがわからない。読んでいて、主人公の「僕」よりも「ばにらさま」がどういう気待ちなのか、今度どうやっ…

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