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書に耽る猿たち https://honzaru.hatenablog.com/

本と猿をこよなく愛する。本を読んでいる時間が一番happy。読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる色々な話をしていきます。世に、書に耽る猿が増えますように。

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2020/02/09

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  • 『狐花 葉不見冥府路行』京極夏彦|艶やかで面妖な世界へようこそ

    『狐花 葉不見冥府路行(はもみずにあのよのみちゆき)』京極夏彦 KADOKAWA[角川ホラー文庫] 2025.05.31読了 昨年末に、歌舞伎好きの友人から「京極夏彦さんの本は好き?」と聞かれた。私が読書好きなのを知っているから何か本の話をするのかなと思ったら、どうやら京極さんとコラボした歌舞伎をやるらしく一緒に鑑賞しないか誘ってくれたのだ。スケジュールが合わずに結局行けなかったのだが、小説は読んでみようかなと思い手にする。単行本が2024年7月に刊行されているのに、12月にもう文庫化って早すぎないか!?って思ったけど。 彼岸花の模様がある着物を着た世にも美しい顔をした男性が屋敷中に度々現れる…

  • 『怪物』東山彰良|混乱だらけの重層的なストーリーに飲み込まれる

    『怪物』東山彰良 新潮社[新潮文庫] 2025.05.30読了 この作品に関する感想は賛否両論あって、期待外れみたいな感想も結構多いのだけれど、私としてはそんなに悪くなかった。東山さんの筆さばきというか筆運びはやはり目を見張るものがあり、その語り口と表現がほんとうに上手い。佐藤正午さんもこのタイプかなと思う。 語り手の「わたし」こと柏山康平が10年ほど前に『怪物』という小説を書いた。その主人公鹿康平は架空の人物であるが、叔父の王康平をモデルにしている。中国の諜報機関の一員だった叔父がたどった運命が、エンタメ感満載にスケール大きく描かれる。台湾現代史、特に日中戦争下の台湾の歴史を学ぶこともできる…

  • 『密やかな炎』セレステ・イング|母親の定義を決める要素はなにか

    『密やかな炎』セレステ・イング 井上里/訳 ★ 早川書房 2025.05.27読了 家族というものはそれぞれに形がある。周りからどう見られるとしても真実はその家族にしかわかり得ない。いや、本人たち(当事者)も、本人だからこそ分かり合えないものもある。母と子の関係が作品の重要なテーマであるこの小説。「母親の定義を決める要素はなにか。生物学的要素か、愛か」この問いかけに対して私たちは何を思うのか。 期待していなかったこともあってか、かなりおもしろく読めた。強く感情を揺さぶられ、頁を捲る手が止まらなくて、どこを読んでいても飽きる・だらけるということがなく変わらぬスピードで読める。重たい問題を取り扱っ…

  • 『行人』夏目漱石|人間の内面に存在する煩悩

    『行人(こうじん)』夏目漱石 新潮社[新潮文庫] 2025.05.24読了 現代小説もいいけれど、ときおり明治、大正、昭和初期の文豪の小説を読みたくなる。去年、奥泉光著『虚史のリズム』を読んで、次の漱石作品は『行人』にしようと決めていた。 honzaru.hatenablog.com しかし一向にあの有名な「自分の嫁と一晩過ごしてくれないか」の話にならない。実はこの作品は「ともだち」「兄」「帰ってから」「塵労(じんろう)」という大きく4つの章にわかれている。自分の嫁と過ごすことを弟に託すのは2章めの「兄」だ。どうりでしばらくは本題に入らなかったわけだ。新聞小説ということだが、最初からストーリー…

  • 『過去は異国』ジャンリーコ・カロフィーリオ|罪を背負って生きるか、吐き出して償うか

    『過去は異国』ジャンリーコ・カロフィーリオ 飯田亮介/訳 扶桑社[扶桑社文庫] 2025.05.20読了 この手のジャンルはアメリカ文学はよく読むけれどイタリアの作品という意味では新鮮だった。なんか良い意味で気取っているように感じ、それはイタリア人的なダンディーさとかカッコよさに繋がっているのかも。そしてタイトルじゃないけど、読んでいる間異国に紛れ込んだみたいだった。いや〜、楽しいじゃない。 法律を専攻する大学生ジョルジョ・チプリアーノは、退屈な生活に飽き飽きしていた。ある日フランチェスコという若者と運命的な出会いをする。フランチェスコはいかさまギャンブラーであるが、どこか憎めない独特の魅力が…

  • 『たのしい保育園』滝口悠生|滝口さんの小説は迂遠でそれが心地良い

    『たのしい保育園』滝口悠生 ★ 河出書房新社 2025.05.18読了 またしても滝口悠生さんの書くものの虜になった。久しぶりの新刊で、もちろん読むのを楽しみにしていたけど、やはり最高の読み心地で幸せ。心がぎゅうっとなる優しい物語だ。 ももちゃんが0歳児から3歳を過ぎたくらいまでの保育園に通った記録が、ももちゃんのお父さんを中心にして大人の視点で語られている。あくまでも保育園に通う園児たちが主役だから、保護者たちの名前は固有名詞ではなく「ももちゃんのお父さん」「ももちゃんのお母さん」「ふいちゃんのお父さん」みたいになる。保育園の先生は下の名前で表されている。 ひとつひとつの場面が、子どもたちの…

  • 『夜の道標』芦沢央|心あたたまるミステリー

    『夜の道標(どうひょう)』芦沢央 中央公論新社[中公文庫] 2025.04.16読了 さくさくと読みやすい。ストレスなく自然体で読み進められて「これは多くの人に読まれるだけあるな」と納得した。作品のジャンルからも連想するのか、柚木裕子さんが書くものに近い気がする。ともかく、行間を読むみたいなことがほとんどなくて、全てが文字に表されているから楽だった。ミステリーが読みたいけど、特殊設定や複雑さが全面に出ている小説はキツイなと思っている時には本当にちょうど良い。 父親から当たり屋をやらされている少年・波留(はる)、その友人・桜介(おうすけ)、過去に起きた塾講師殺人事件を追う刑事・平良正太郎、そして…

  • 『横尾忠則2017-2025書評集』横尾忠則|読むと同時に「見る」書評になっている

    『横尾忠則2017-2025書評集』横尾忠則 光文社[光文社新書] 2025.05.14読了 朝日新聞の書評欄に掲載された138冊分の書評がこの新書にまとめられている。書評は月に2回のペース。驚くべきは、書評委員会の場に編集部が選んだ100冊ほどの本がプレゼンテーションされ、そこから書評委員が入札し著者が決まるということ。もちろん読みたい本を自分で選べんで書評を書くとは思っていなかったが、選ばれない本が多くあるということ、プレゼンされて決まるということは知らなかった。 とはいえ、ここに載っている半分ほどは芸術関係の本なので、横尾さんに書いてもらう目的で推薦され選出された本も多いだろう。不染鉄(…

  • 『名探偵と海の悪魔』スチュアート・タートン|途中から読んでしまったのか…?

    『名探偵と海の悪魔』スチュアート・タートン 三角和代/訳 文藝春秋[文春文庫] 2025.05.13読了 この作者の本はずっと前から気になっていた。初めて刊行された『イヴリン嬢は七回殺される』は、多くの文学賞の候補になった著者のデビュー作である。本の装幀も厳かで豪華な感じだったけど、特殊設定ミステリーで読みにくいと言われていたからパスしていたのだ。2作目のこちらから読むことにした。 最初から物語が頭に入ってこない!!もしかして途中から読んでいるんじゃないかとか、シリーズもので続きなのかなと感じてしまうほど、読者が既に物語や登場人物の背景を知っている前提で進むから、焦りが生じてしまい、やっかいさ…

  • 『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』金原ひとみ|「そんなのおかしくない?」が埋もれてしまう

    『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』金原ひとみ ★★ 文藝春秋 2025.05.10読了 語り手が入れ替わりながら、現代社会の闇を吐き出す。最初の章は文芸編集長・木戸悠介から始まるが、もう読み始めてすぐに「これはおもろいんじゃないか」と感じたし実際に今の日本文学では飛び抜けていると思う。小説が好きな人であればそもそもの文芸にまつわる設定というのが心をくすぐられるのだが、それ以上に圧倒的な文体と現代社会に向けた魂の叫びに心を抉られる。 登場する全員に何かしら共感するところがあって、年齢も性別も境遇も立場も全く違うのにどうしてこうもわかりみが強いのかと感じるのは、おそらく自分がこの相手はこんな気…

  • 『族長の秋』ガブリエル・ガルシア=マルケス|孤独な大統領は何を思う

    『族長の秋』ガブリエル・ガルシア=マルケス 鼓直/訳 新潮社[新潮文庫] 2025.05.06読了 美しく細密なペルシア絨毯を思わせる重厚な装幀だ。昨年刊行された『百年の孤独』と対になっているかのよう。でも広告で使われていたハゲタカのイラストのほうが私は好きだったかも。 おもしろく感じる場面は何箇所かあるものの、総じて難解だった。しかし読み進めるうちに抜け出せなくなる魔力があるのは確かだ。眩暈がしそうになるほど美しく詩的な文章。 独裁政治をしていた大統領が自ら語る。または匿名の語り手がめまぐるしく変わり、時間軸も空間軸もバラバラである。6つの章にわかれているが、その始まりはほとんどがハゲタカに…

  • 『墳墓記』髙村薫|日本の古典を現代文学に織り交ぜる

    『墳墓記』髙村薫 新潮社 2025.05.03読了 珍しい色の装幀である。薄い朱色を背景に銀色のタイトルと著者名が大きく光るように見える。こういう装幀を目にすると、作者の名前だけでもう存在感があり、名前だけで売れるという出版社の意気込みが感じられる。 今まで読んだ髙村作品とはちょっと毛色が異なる。曰くありげな事件やドラマティックな展開があるわけではないから、物足りなく感じる人もいるだろう。 かつて法廷速記士だったある老齢の男は、古希を迎えてからは家族や知人との一切の接触を避けていた。死の淵にいる彼は、過去の出来事や昔の出来事を脳内で蘇らせる。夢のような現(うつつ)のような曖昧なものが移ろう。よ…

  • 『方舟』夕木春央|罪も恨みもない仲間を見殺しにできるのか

    『方舟』夕木春央 講談社[講談社文庫] 2025.05.02読了 ようやっと読めた!ソフトカバーの単行本が飛ぶように売れていて一時期はX(旧Twitter)ではこの本の話で持ちきりだった。文庫になっても勢い衰えず、奥付を見るともう第7刷になっている。 誰か1人を生贄にしなければ、この「方舟」から脱出することはできない。極限状態のなか、誰か1人が犠牲にならなければならない。それをどうやって決めるのか。そして、地下3階もあるこの巨大な施設は、一体誰が何のために作り、何がなされていたのか。 大学時代の友人ら7人が興味本位で探してたどり着いた地下組織。そこに、きのこ狩りをしていたら迷い込んでしまった矢…

  • 『光の犬』松家仁之|人が生きることの真摯な営みの物語

    『光の犬』松家仁之 ★ 新潮社[新潮文庫] 2025.04.30読了 新潮社の松家仁之さん作品3か月連続刊行のラスト月。3月(正式には2月末)発売はこの文庫本『光の犬』と単行本『天使を踏むを畏れるところ』である。なんだか勿体無いような気がしてどちらも積んでいたのだが、そろそろ読むことに。 物語世界に入るのに少し時間がかかってしまった。美しく装飾された文章に目眩がしてしまい、何度も読まないと意味がわからなくなるからより一層時間がかかる。なおかつ、誰の視点でいつの時代のことなのかが一見わかりづらい。 しかし徐々にこの添島家の3世代にも渡る家の事情を知り、北海道犬4匹の生きる様と人間らの日常に没入す…

  • 『幽霊たち』ポール・オースター|ブルーは空想し物語る

    『幽霊たち』ポール・オースター 柴田元幸/訳 新潮社[新潮文庫] 2025.04.26読了 ニューヨーク3部作のうち、この作品をまだ読んでおらずずっと引っかかっていた。大作『4321』を読む前に先に読んでしまおう!と意気込む。というか、まだ『4321』を読んでない…苦笑(持ち運べないしなかなか読み始めるのに勇気がいるのだ)。 探偵ブルーは依頼者ホワイトからブラックの見張りを頼まれる。ブラックの家の真向かいに用意されたアパートに住み四六時中見張りをするのだが、何も起こらない。奇妙な依頼に不安が募る。ブルーは、空想をし物語を作る。 オースターお得意の「誰かを探す、それは自分をも探すこと」というテー…

  • 『ロンドン・アイの謎』シヴォーン・ダウド|角度を変えてモノを見る

    『ロンドン・アイの謎』シヴォーン・ダウド 越前敏弥/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2025.04.25読了 これは児童文学に分類されているようだ。確かに主人公テッド目線で語られる文章は、ひとつひとつの動作と感情に隙がなく淡々と易しい。しかし大人が読んでも充分に楽しめる。何よりもシンプルなストーリー、少ない登場人物、納得のいく合理的な謎解きのおかげで、なんのストレスもなく読み進められる。 観覧車に乗った人が消えたなんて。密室、そして空中という逃げも隠れもできない状態で行方不明になったテッドの従兄弟・サリムは果たしてどこに行ってしまったのか。テッドは姉のカットとともにこの難事件に挑む。 それにし…

  • 『おそろし 三島屋変調百物語事始』宮部みゆき|良い按配の怪談ファンタジーの始まり始まり

    『おそろし 三島屋変調百物語事始』宮部みゆき KADOKAWA[角川文庫] 2025.04.23読了 小気味よいリズムの語り口は、時代ものといえども大変読みやすい。2ヶ月ほど前に、書店の新刊コーナーに宮部みゆきさんの『猫の刻参り』が積み上げられていた。装幀もオシャレだしパラパラめくってみるとなにやらおもしろそう。あれ、三島屋シリーズって確かKADOKAWAから出版されてなかったっけ。そう、宮部さんがライフワークとして書き続けている怪談シリーズもの。出版社が変わった疑問はさておいて、やはり最初から読むべきなのかな、せめて第1巻だけは読まないとかな、と思い早速この本を読んだ。 ある事情から実家を離…

  • 『フロス河の水車小屋』ジョージ・エリオット|ほかの人を犠牲にして幸福を求めていいのか

    『フロス河の水車小屋』上下 ジョージ・エリオット 小尾芙佐/訳 白水社[白水uブックス] 2025.04.21読了 英国の文豪ジョージ・エリオットさん(男性名ではあるがペンネームなので本当は女性である)の作品の新訳が白水社から出た!しかも読んだことのない小説だ。水車小屋っていうと津村記久子さんの『水車小屋のネネ』が思い浮かぶ。あとは最近読んだ松家仁之さんの『沈むフランシス』も。 この作品は初期の作品らしい。読み始めは児童文学と言われても納得しそうなほど子ども目線だったから読みやすかった。広々とした平野を流れるフロス河、そこにある水車小屋。これを背景とした自然豊かな地で、トムとマギー2人の兄妹が…

  • 『庭』小山田浩子|自然界の生物と高齢者を慈しむ

    『庭』小山田浩子 新潮社[新潮文庫] 2025.04.16読了 昨年の12月に小山田さんの作品と衝撃的に出会い、もうかれこれ4冊目になる。この本には短い短編が15作収められている。タイトルに「庭」という単語が入る作品が2作ある。私は庭がある家に住んだことがない。だから、小さなころからお庭には馴染みがなかった。地面を使って遊ぶには外に出るしかなかった。それで不便だなとか文句があったためしはないが、これを読んで土に接する生活って良いものだなと感じた。 最初の『うらぎゅう』では、迷信というか独自の祈りみたいなものに根付いた地域独特の風習が描かれている。祖父や両親、そして主人公であるもうすぐ離婚する女…

  • 『石灰工場』トーマス・ベルンハルト|構成されていない小説、難解なのに読み進めるのは速い

    『石灰工場』トーマス・ベルンハルト 飯島雄太郎/訳 河出書房新社 2025.04.14読了 少し前に、東京・目黒にある東京都庭園美術館を訪れた。展示されていたのは戦後西ドイツのグラフィックデザインである。作品からドイツ人の几帳面さ、丁寧さを改めて感じ、そういえば最近ドイツ文学を読んでいないなと思いこの作品を読むことにしたのだ。とはいえ、ベルンハルトはドイツ語圏の作家だが実はオーストリア人だったのを解説を読んで思い出した…。トーマス・ベルンハルトの作品は『凍(いて)』しか読んでいない。当時オーストリア作家と認識していたようなのに知識がちゃんと更新されていなかった。まぁ、言語が同じなので、オースト…

  • 『二重葉脈』松本清張|途方もない地道な捜査

    『二重葉脈』松本清張 KADOKAWA[角川文庫] 2025.04.12読了 まるでスティーヴン・キングを思わせるような表紙のイラスト。車のイラストが表紙になることは結構多い気がする(カッコいいもんな)。この作品は、過去に読売新聞に連載された小説である。清張作品にしては珍しく映像化されていないらしい。だからかもしれないけど、長編にも関わらず今回の復刊がなければ全く知らなかった。 イコマ電器が破産し会社更生法を申請したため第一回債権者会議が行われる。そんな場面から物語は始まる。イコマ電器では何年も前から粉飾決算が行われていた。それに加えて社長の生駒が横領したのではないかと噂されている。 生駒は説…

  • 『春のこわいもの』川上未映子|得体の知れないいや~なものが春にもあるのよ

    『春のこわいもの』川上未映子 新潮社[新潮文庫] 2025.04.09読了 去年の春先に、村上春樹さんと川上未映子さんの朗読イベントに行った。敬愛するお2人に生で会えて感動したなぁ。その時川上さんが朗読してくださったのが、この短編集の最初にある『青かける青』だ。今でも川上さんの声と語りが耳にこだまして、あの時の静謐な空気感がまざまざと蘇る。今回は文章を目で追って読んだけれど(厳密には再読とは呼ばないのかな?)、耳で聴いたよりもぞくぞくとした怖さがあった。 圧倒的なインフルエンサーであるモエシャンの面接を受けに行き、側近チャンリイにこき下ろされる『あなたの鼻がもう少し高ければ』では、ルッキズムと…

  • 『彼女を見守る』ジャン=バティスト・アンドレア|圧巻のストーリーテリング、圧倒的な美しさに酔いしれる

    『彼女を見守る』ジャン=バティスト・アンドレア 澤田直/訳 ★★ 早川書房 2025.04.08読了 フランス最高峰の文学賞であるゴングール賞を受賞、また日本でも「日本の学生が選ぶゴングール賞」なるものを受賞している。もうもう、紛れもない傑作だった。現代フランス文学の力をまざまざと見せつけられた。 石工見習いのミモ(本名はミケランジェロ・ ヴィタリアーニ だが、巨匠と同じ呼び方を嫌い本人はミモと呼ばせる)は、親元を離れイタリア・トスカーナ地方の街ピエトロ・ダルバで生活をする。そこには、この地を治めるオルシーニ家の令嬢で空を飛ぶことを夢見る頭脳明晰な少女ヴィオラがいた。2人は全く共通点のない世界…

  • 『河を渡って木立の中へ』アーネスト・ヘミングウェイ|キャントウェル大佐を通してヘミングウェイを知る

    『河を渡って木立の中へ』アーネスト・ヘミングウェイ 高見浩/訳 新潮社[新潮文庫] 2025.04.04読了 何気なく本の表紙をめくってヘミングウェイの経歴を見ていたら、最後の文章を読んで愕然とする。彼が猟銃で自死したということを知らなかった。普通の銃ではなく猟銃なのは、子供の頃から父親から狩を教わりアウトドアに親しみ、猟銃が馴染みのあるものだったからかもしれない。この作品でも主人公のキャントウェル大佐が鴨狩をするシーンから始まる。 戦争を経験した50歳のキャントウェル大佐は、イタリア・ヴェネツィアの地で19歳の恋人レナータと愛をささやきあう。 「私のこと好き?」 「愛しているよ」 このような…

  • 『遠慮深いうたた寝』小川洋子|文章を光らせたのは作家ではなくあなた自身

    『遠慮深いうたた寝』小川洋子 河出書房新社[河出文庫] 2025.04.02読了 タイトルの「遠慮深い」をてっきり「思慮深い」だと勘違いしていた。全く異なる意味なのに、漢字が似ているだけで思い込みがひどい…。確かにうたた寝に「思慮深い」なんてないよな、と思いながらも、思慮深いあまり遠慮深くなり、ぼうっとしてついにはうたた寝をしてしまったのでは…と無謀な解釈をしている自分がいる。 本の半分ほどを占める『遠慮深いうたた寝』とタイトルがつけられた章は、わずか2〜3頁の短めのエッセイがたくさん載せられている。これは2012年から2021年まで神戸新聞に連載された中から選りすぐったものが収められている。…

  • 『半生の絆』張愛玲|深く愛し合うその先にあるもの

    『半生の絆』張愛玲(ちょうあいれい) 濱田麻矢/訳 ★★ 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2025.03.31読了 色々な国の本を読みたいと思っているので、中国人作家の本もたまに読む。郝景芳(ハオ・ジンファン)さんや余華(ユイ・ホア)さんの小説のようにおもしろい本はあっても、思い入れがある作家や作品に出逢ってはいない。まだ多くを読んでいないというのもあるが。しかしそんな中でもこの『半生の絆』は傑作だった。著者の張愛玲さんという方は、中国では魯迅と並び称されるほどの文豪らしいが今まで全く知らずにいたとは。 自分が好きだと思う作品はほとんどが読んで数ページで気に入るものだ。冒頭から心奪われ、張愛玲…

  • 『死せる魂』ニコライ・ゴーゴリ|未完の大作と呼ばれるものを読んでしまう

    『死せる魂』上中下 ニコライ・ゴーゴリ 平井肇・横田瑞穂/訳 岩波書店[岩波文庫] 2025.03.28読了 主人公チチコフは、戸籍上では生きていることになっている死んだ農奴を買い集めるという、いささか奇妙なことをしていた。何のためにこんなことをするのだろう、そしてチチコフとは何者なのか。 著者ゴーゴリは作中で「作者(わたし)は万事につけて几帳面なことが非常に好きで、この点では元来ロシア人であるにもかかわらず、ドイツ人のように綿密でありたいと願うのである(上巻31頁)」と言うように、これでもかと言わんばかりに人物描写が細かい。 ロシアのことを風刺を交えて悪く書いているのだけど、ところどころでゴ…

  • 『沈むフランシス』松家仁之|文体に目と心を奪われる

    『沈むフランシス』松家仁之 新潮社[新潮文庫] 2025.03.23読了 松家仁之さんの作品に魅了されたのは今年2月に『火山のふもとで』を読んでから。だからつい最近のこと。真に満たされる静謐な読書とはこのことだと深い感動を覚えた。だから、3ヶ月連続で松家さんの作品が新潮社から刊行されると知って心躍らされた。これは第二弾となる作品である。 ストーリーは至ってシンプルでゆるやかに時間が流れる。東京の大きな会社を辞めて、北海道の村に移り住み郵便配達員として働く撫養桂子(むようけいこ)は、川のほとりの家屋に住む寺富野和彦(てらとみのかずひこ)と、郵便物を通して知り合い急速に惹かれ合う。雄大な自然の中で…

  • 『灼熱』葉真中顕|ブラジル移民社会を力強く生きる

    『灼熱』葉真中顕 ★ 新潮社[新潮文庫] 2025.03.21読了 渡辺淳一文学賞を2022年に受賞した作品である。この賞はたまに目にするけど、集英社と、ある公益財団法人が主催する文学賞だ。調べてみると比較的新しい賞のようで受賞作の半分くらいは読んでいた。この作品は、1940年代のブラジル移民社会について書かれた小説である。 沖縄で産まれ育ち、大阪でも暮らした比嘉勇(ひがいさむ)は、差別を目の当たりにし日本では生きにくさを感じていた。だから叔父夫婦とともにブラジルに移り住むことにしたのだ。労働力のある3人以上の家族でないと移民としてブラジルに行けなかったため、当時は養子縁組をした「構成家族」な…

  • 『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』エリック・ホッファー|有意義な人生を歩みたい

    『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』エリック・ホッファー 中本義彦/訳 作品社 2025.03.17読了 東京都品川区・東急東横線不動前駅 に「フラヌール書店」という独立系書店がある。書籍の多さからどうしても大型書店に行くことが多いのだが、独立系書店も応援している。このフラヌール書店は2回ほど訪れた。書店の佇まいや選書も好みで、何よりブックカバーがとてもかわいくてそれが欲しいがために行ったというのもある。レジでの会計時以外で話したことはないが、店主・久禮(くれ)さんがおすすめしている、というか自分を育てた本として紹介されていたのがこの自伝だ。 エリック・ホッファーの人生は数奇である。こ…

  • 『穴』小山田浩子|人はみな、なんらかの穴に落ちてしまうのだ

    『穴』小山田浩子 新潮社[新潮文庫] 2025.03.16読了 癖になる小山田さんの小説。本当はこの『穴』から読めばよかったのかもしれない。というのも、この作品で芥川賞を受賞されたからだ。別に芥川賞作がその作者の傑作だとかすべてが自分に合っているかなんて保証はないけれど。しかし審査員(プロの小説家)たちからの評価が高かったのは確かだ。 表題作の『穴』は、夫の転勤を機に田舎に移り住んだ松浦あさひの日常を描いている。しかしそれはちょっと変わったものであった。ある日隣に住む義母からおつかい(コンビニに振込に行くというもの)を頼まれて外を歩いていたら、不思議な動物に誘われて穴に落ちてしまう。 落ちた穴…

  • 『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』R・F・クァン|言語、語源、翻訳に興味がある人は是非

    『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』上下 R・F・クァン 古沢嘉道/訳 早川書房 2025.03.15読了 今から子どもの頃に戻れるのならば、、、私は翻訳家もしくは教師になる夢に向かって学びたい。さすがに今からは現実的に難しい。いくら「何ごともいつから始めても遅くはない」という前提があるにせよ。「ロビンは、言語が心に永久に刻印を打つ年齢だった(上巻48頁)」とあるように、語学だけではなく小さい頃でないと吸収できないものがある。できなくはないが相当の努力と時間がかかる。子どもの頃は歌詞なんて簡単に覚えられたのに、今はそうはいかない。 似ているものも出てくるが実際のオックスフォードとは異なっ…

  • 『プリンシパル』長浦京|復讐するために極道の女になる

    『プリンシパル』長浦京 新潮社[新潮文庫] 2025.03.10読了 玉音放送がラジオで流れた日に、実家の父親が危篤との報を受けて実家に戻る綾女(あやめ)。ヤクザ稼業を嫌い家を出て教師を勤めていたが、やむを得ず父亡きあとを継ぐことになる。女性でありながらも戦後日本のヤクザのトップに立った彼女の生き様が力強く描かれた作品である。 青池家の惨殺のシーンがかなりグロくてキツかった。この事件をきっかけとして綾女は家を継ぐ決意をするのだが、理由は復讐をするため。それが叶ったら死をすんなりと受け入れる覚悟だ。もはや殺してほしいと何度も願う。綾女が政府やGHQにも立ち向かう姿がカッコよくて惚れ惚れする。 昭…

  • 『華麗なる一族』山崎豊子|私たちが生きるこの世界は残忍で非道なものだらけ

    『華麗なる一族』上中下 山崎豊子 ★ 新潮社[新潮文庫] 2025.02.08読了 15年ぶり位に再読した。強烈におもしろかったことは覚えているが内容はほとんど忘れかけていた。とはいえ万俵大介(まんぴょうだいすけ)が妻妾同居の生活を営んでいる場面まで読んだとき「あぁ、そうだそうだ」と段々と思い出してきた。煌びやかに見える一族の裏にある、歪で異様なもの。 阪神銀行頭取・万俵大介を中心として、妻・寧子(やすこ)、愛人・相子、長男・鉄平、次男・銀平、3人の娘などの華麗なる万俵一族の栄光と崩壊を描いた圧巻の作品だ。 預金残高を増やすための支店長らの奔走、銀行合併の内幕など、金融業界の裏事情のようなもの…

  • 『夜に星を放つ』窪美澄|生きていくうえで何度も味わう喪失と再生

    『夜に星を放つ』窪美澄 文藝春秋[文春文庫] 2025.03.01 読んでいる間ずっと、昔よく聞いていた(今でももちろん大好きな)斉藤和義さんの「夜に星が綺麗」がずっと頭の中でリフレインしていた。この本には5作の短編が収められているが、共通しているのは夜空、星座、空のこと。夜空に浮かぶ星を見て人は何を思うのか。よく考えたら昼間の空をじっくり眺めることはそんなにないけど、夜空は様々な想いを巡らせる。 どの作品も優しくて切なくて、ほんのりと涙が出てくるようなしみじみと良い作品だった。星と同時に出てくるのは「人との別れ」だ。死別だったり離婚だったり、失恋して離れてしまったり。人が生きていくうえで何度…

  • 『ゲーテはすべてを言った』鈴木結生|ゲーテ曰く、って使ってみたい

    『ゲーテはすべてを言った』鈴木結生 朝日新聞出版 2025.02.27読了 第172回芥川賞受賞作である。安堂ホセ著『デートピア』と同時のため2作が選出されたことになる。先に『デートピア』を読んだのは、『ゲーテは〜』を書店でパラパラめくったときに、引用がものすごく多くて学術書みたいで小説感がないな〜と思ったからだ。でも良い意味で期待を裏切られた。知識欲に突き刺さり、個人的に好きなタイプの作品だった。 端書きを読むだけで、著者の文章の上手さが伝わってくる。鈴木結生さんはまだ大学生だというが、落ち着いた文体とリズミカルさが融合していてすでに才能の片鱗を見せている。文章だけではなく、このような構成と…

  • 『君のためなら千回でも』カーレド・ホッセイニ|苦しむのは良心があるから

    『君のためなら千回でも』上下 カーレド・ホッセイニ 佐藤耕士/訳 KADOKAWA[角川文庫] 2025.02.26読了 書店に並んでいるのを見た時、目を疑った。タイトルが同じ本が出てるのかなと勘違いしてしまった。でもよく見るとホッセイニの著者名が!この作品はずっと読みたくて復刊しないかと待ち侘びていた。てっきりハヤカワepi文庫だろうと思っていたのに、まさか角川文庫だったのがかなりの驚き。いやでもでも、なんでもいいから嬉しい限り。カーレド・ホッセイニ氏の作品は『千の輝く太陽』を読んでどっぷり感動の嵐に巻き込まれていた。 ハッサンはどうして自分と一つしか違わないアミールにこんなにも忠誠心がある…

  • 『悪い時』ガブリエル・ガルシア・マルケス|誰もが虚ろに生きている不穏な世界

    『悪い時』ガブリエル・ガルシア・マルケス 寺尾隆吉/訳 光文社[光文社古典新訳文庫] 2025.02.24読了 去年新潮文庫から刊行された『百年の孤独』はめちゃくちゃ売れて話題になった(現在進行形か)。あの難解な小説がこんなにも売れているなんでちょっと信じがたいけれど、新潮社の宣伝戦略が上手かったのか。それでも読んだ人の好評な感想がないと今の時代はそうそう売れないし、やはり名作なんだろう。私は10年以上前に読んだのだけど難しくて良さがわからぬまま終わってしまった。つい先日『族長の秋』が新潮文庫から出てこれも好評なようだ(一応入手した)。いま、ラテンアメリカ文学が注目されている。 特にその『百年…

  • 『ブロッコリー・レボリューション』岡田利規|独特の読了感、ガム噛んだ

    『ブロッコリー・レボリューション』岡田利規 新潮社[新潮文庫] 2025.02.23読了 なんだかガムを噛んでるみたいだった。というちょっと変わった感想だが本当にそうなのだ。読み終えたら口の中が俄然スカッとする。 この本には、三島由紀夫賞を受賞した表題作を含めた5作が収められている。解説の高橋源一郎さんが「今まで読んだことのない体験をさせてくれる不思議な小説」、対談をした多和田葉子さんが「滅多に出逢うことのない独特の何かを含む」と言っているのが、まさしくその通りである。ちなみに文庫の巻末にある多和田さんと岡田さんの対談、高橋さんの解説がとても良い。 岡田さんは「自分の体験の印象を小説のなかに書…

  • 『カテリーナの微笑 レオナルド・ダ・ヴィンチの母』カルロ・ヴェッチェ|記録に残すことは崇高なもの

    『カテリーナの微笑 レオナルド・ダ・ヴィンチの母』カルロ・ヴェッチェ 日高健太郎/訳 みすず書房 2025.02.21読了 レオナルド・ダ・ヴィンチの名前を知らない人はいないだろう。絵画「モナリザ」「最後の晩餐」等で知られるルネサンス期を代表する万能の人物だ。私がまっさきにイメージする画は「岩窟の聖母」である(タイトルを覚えていたわけではなく先ほどググった)。彼の母親だろうとされている人がカテリーナという女性で、この小説では、彼女が産まれ生き抜いたとされる1400年代のイタリアの壮大な歴史絵巻が描かれている。 タタール人の攻撃が出てくる。まさしく『タタール人の砂漠』を思い出した。けれどあれは攻…

  • 『熊はどこにいるの』木村紅美|不気味な世界観に埋もれる

    『熊はどこにいるの』木村紅美 河出書房新社 2025.02.16読了 子どもが書いたようなタイトルの文字で一見児童文学かと思った。木村紅美さんという作家のことは知らなかったが、帯にある古川日出男さん、斎藤真理子さんのコメントに惹かれて手に取った。 ショッピングモールで保護された男の子のニュースが流れる。その男の子は丘の上にあるぬいぐるみ工房で育てられたユキだった。工房で住み込みで働く中年女性リツとアイ、津波で全てを失ったヒロとサキ。 4人の女性たちの視点で順番に語られる物語は、緊張感と危うさが伴う。決してやっていいことを行なっているわけではないのに、それぞれの過去を考えると一概に否定をすること…

  • 『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』小谷みどり|いずれ自分にもやってくる「死」について考えよう

    『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』小谷みどり 岩波書店[岩波新書] 2025.02.15読了 昔に比べてお葬式に参列する回数は間違いなく減っていると感じる。多くの人が家族葬を選ぶからだろう。私が働いている会社でも、社員の家族関係の訃報は伏せられていることが多く、数日休暇を取っているなと思ってもそれが単なる休暇なのか忌引きなのかわからない。多様性が叫ばれる今、生き方が変わっているように、死にまつわる物事も確実に変化している。自分が死ぬ時の準備を考えている人はどのくらいいるだろうか。 高齢化社会のいま、死にまつわる出来事界隈で何が起きているのか、お葬式やお墓はこれからどうなるのかなど、日本における…

  • 『冬の光』篠田節子|家族以外のソウルメイト

    『冬の光』篠田節子 文藝春秋[文春文庫] 2025.02.14読了 四国遍路を終えた帰路、海に身投げをした康宏。残された妻と2人の娘は、生前の康宏の裏切りのせいで憎しみの気持ちがあるため、悲しみや喪失感はほとんどない。淡々と事後処理をこなす次女の碧(みどり)は、父がたどった遍路を自分の足で歩いてみることにした。 私自身が女性であることもあって、残された家族の気持ちに身が入ってしまっていた。40年以上もの間不倫を続けた康宏の気持ちには到底寄り添えない。しかし康宏のパートをじっくり読んでいると、そんなに簡単なものではなかった。 過去に読んだ小池真理子さんの『沈黙のひと』で、施設に入っていた父親が亡…

  • 『女優エヴリンの七人の夫』テイラー・ジェンキンス・リード|かけがえのない愛のかたち

    『女優エヴリンの七人の夫』テイラー・ジェンキンス・リード 喜須海理子/訳 ★ 二見書房[二見文庫] 2025.02.12読了 新年早々、はてなブログのトップページにあった記事にこの本が紹介されていてとても気になっていた。ブックマークも読者登録もしなかったからその記事はもう見つからないのだけど、その方は去年読んだ本のなかで一番おもしろかったと語っていた。 エヴリン・ヒューゴという往年の大女優から、名指しで取材依頼を開けた編集者のモニーク・グラント。モニークが勤める職場が出している雑誌「ヴィヴァン」に載せるのではなく、モニーク個人に伝記として書いてもらい、自分の死後に刊行して欲しいという。何故今に…

  • 『更生記』佐藤春夫|すこぶる贅沢な静かな探偵ものをどうぞ

    『更生記』佐藤春夫 春陽堂書店[春陽文庫] 2025.02.10読了 佐藤春夫さんの『更生記』を読んだ。イメージはなかったが佐藤さんは探偵ものが好きで何冊か出しており、これもその一つだ。純文学作家が書いた探偵小説はすこぶる贅沢だった。期待してなかったけどかなり良かった。こんなにおもしろいならもう向かうところ敵なしだ。 大場という男子学生が、ある夜線路にうずくまる若い婦人を見かけた。自殺をしようとしていた彼女をなんとか思いとどまらせようと、まずは自宅に連れて帰る。同居の姉とともになんとかしようとするが彼女は頑なに何も語らない。大場は、大学の教授で精神医学を専門とする猪俣助教授に相談した。彼女の心…

  • 『義とされた罪人の手記と告白』ジェイムズ・ホッグ|悪魔に憑りつかれたかのような恐怖

    『義とされた罪人(つみびと)の手記と告白』ジェイムズ・ホッグ 高橋和久/訳 白水社[白水Uブックス] 2025.02.08読了 元々国書刊行会から出された本のタイトルは『悪の誘惑』であったが、邦題が変わったみたい。というか『義とされた罪人の手記と告白』というのが本来のタイトル(直訳)のようだ。それにしても表紙の写真のグロテスクで怖いことよ。何度か目にしたことがあるこの画はウィリアム・ブレイクの作品。普段本はカバーをして持ち歩いているが、これが手元にあると思うだけでなにやら怖気を感じるわい。そしてそして、この小説自体も恐ろしかった。。ホラーというわけではないが内面に忍び寄る恐怖。 作品の構成とし…

  • 『火山のふもとで』松家仁之|こんな本に出会えることが格別幸せなんです

    『火山のふもとで』松家仁之 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2025.02.05読了 書店を訪れる頻度はかなり高くて、いつも文芸の棚辺りをうろいているのに、松家仁之さんという作家のことを知らなかった。この『火山のふもとで』がデビュー作で、いきなり読売文学賞を受賞。読売文学賞ってかなりおもしろく好みの作品が多い。早速読んだら、ため息がでるほど素晴らしい小説だった。 読み始めて数ページでこれはすごいと確信、鳥肌がたちそうになる。なんと美しく芳醇な文章なんだろう。帯にある「すべてが美しい」というのが誇張でも宣伝文句でもなく本当にそのまんま。愛でるようにゆっくりと文体を味わう。読み終えたくないと思わせる作品…

  • 『デートピア』安堂ホセ|ベテラン作家と見紛うほどの若き小説家

    『デートピア』安堂ホセ 河出書房新社 2025.02.02読了 さて、ホットな一冊を。先日発表された第172回芥川賞受賞作2作のうち安堂ホセさんのほうを読んだ。『ジャクソンひとり』が候補作になっていたときから確かに気になってはいた。芥川賞候補作になったのも3作めのようで、やっぱ才能あるんだろうなと思っていたら見事に今回受賞した。 この「デートピア」2024シリーズを鑑賞しているのは誰なのだろう。「デートピア」とは、ミスユニバース1人に対して10人の男性が競い合うという配信型恋愛リアリティーショーである。10人の中に唯一1人日本人がいて、彼のことを「おまえ」と呼びながら鑑賞している誰かが気になる…

  • 『あの図書館の彼女たち』ジャネット・スケスリン・チャールズ|敵は戦争、生き抜く力と友情

    『あの図書館の彼女たち』ジャネット・スケスリン・チャールズ 髙山祥子/訳 東京創元社[創元文芸文庫] 2025.02.01読了 あの図書館というのは、フランス・パリにある「アメリカ国会図書館」のことだ。パリにありながらも英語の書籍などを提供する図書館で1920年に開館し現在も存在する。国内海外問わず、死ぬまでに一度は行ってみたい図書館や書店があるが、この図書館もそのラインナップに入れた。 1939年、本と図書館が大好きなオディールは図書館司書になりたくて面接を受ける。館長はオディールの情熱に打たれて採用を決め、実際に働くことになる。職員や利用者たちとのあたたかな触れ合い、父親が連れてきたポール…

  • 『うそコンシェルジュ』津村記久子|精神安定剤であり、柔軟剤でもある

    『うそコンシェルジュ』津村記久子 新潮社 2025.01.29読了 表題作を含めた11偏が収められた短編集である。津村さんの小説を読むのは久しぶりだった。やはり落ち着くなぁ。ここに出てくる人たちは、日常の些細な物事に悪態をついているのだけど、ちゃんと自分のなかで片を付けている。これを読んでいる私は明らかにストレス発散になる。小説を読んでるだけで。安定感があるというか安心するというか、津村さんの小説は精神安定剤だ。 たった10頁ほどの『誕生日の一日』は、10年前の誕生日に離婚したという52歳の女性の一日を綴ったもの。バイト先のカフェでお客様にお茶を運び、会話をし、夜にはローストビーフとショートケ…

  • 『燃えつきた地図』安部公房|読点だらけの文体から切迫感が伝わってくる

    『燃えつきた地図』安部公房 新潮社[新潮文庫] 2025.01.27読了 安部公房さんの本を読むのは『砂の女』『けものたちは故郷をめざす』に次いでおそらく3冊目である。今までの2作は自分にはそんなに合わなかったのか、読解力不足故か私にはあまり良さがわからなかった。しかしこの『燃えつきた地図』は結構気に入った。やはり彼は天才作家だ。 ある女性の夫が半年前に失踪した。彼を探し出して欲しいと興信所に依頼がくる。興信所に勤める「ぼく」がこの小説の主人公である。しかし依頼人からは手掛かりをほとんど聞くことが出来ず、物的証拠もレインコートとマッチだけ。おまけに女性の弟という怪しげな存在が常に付きまとう。 …

  • 『少年の君』玖月睎|2人だけにしか見えない世界がある

    『少年の君』玖月睎(ジウ・ユエシー) 泉京鹿/訳 新潮社[新潮文庫] 2025.01.25読了 新潮文庫の海外名作発掘本シリーズとして刊行された。なんだかあまり選ばないタイプの本だしおもしろそう。中国純愛小説との文字に一瞬怯みそうになるけど、よく考えたら中国の恋愛ものは読んだことないかもと思って読んだのだ。映画化もされて賞も取ったみたい。 いじめとはこんなにも壮絶なものなのか。いじめを苦にした自殺やらが後をたたないが、被害を受けた人は亡くなっているか、生きていてもセンシティブな問題だから内容が詳しく明らかにされることはない。フィクションではあるが、こういうのを読むと結構痛ましい気持ちになる。 …

  • 『ハワーズ・エンド』E・M・フォースター|色んな方向に向いた糸を結び合わせること、寛容の気持ちを持つこと

    『ハワーズ・エンド』E・M・フォースター 浦野郁/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2025.01.22読了 ハワーズ・エンドというのは、ルース・ウィルコックス夫人の生家である建物の名前である。ストーリーが特別におもしろいというわけでも、誰かの波瀾万丈な人生が描かれているわけでもないのに、心揺さぶられ、豊かな物語を堪能できる作品だった。私はこの小説すごく好きだ。 この作品は「結び合わせることさえできれば…」で始まる小文がついていることが有名である。さまざまな価値観やバックグラウンドが異なる人たちがいかにしてわかりあえるか、がテーマになっている。中流階級に属するマーガレット・シュレーゲル、そ…

  • 『源氏物語』角田光代訳|真の主役は光る君ではなく女性たちなのです

    『源氏物語』1〜8 紫式部 角田光代訳 河出書房新社[河出文庫] 2025.01.18読了 日本文学最古の長編小説『源氏物語』を角田光代さん訳で読み通した。河出書房から日本文学全集として単行本が刊行された時から読みたくてたまらなかったが、ここは文庫化を待とうと思い、ようやく8巻まで出揃ったタイミングで手に入れた。 おそらく田辺聖子さん訳だっただろうか、はるか昔に読んだと記憶している。少女の頃には多くの人が通る道であろう、漫画化された『あさきゆめみし』を夢中になって読み、平安ものついでで『なんて素敵にジャパネスク』を堪能した。実は格調高き谷崎潤一郎訳を読みたくて10年程前に読み始めたのだがどうに…

  • 『ポアロのクリスマス』アガサ・クリスティー|王道作品を王道に楽しませる絶大なる信頼感

    『ポアロのクリスマス』アガサ・クリスティー 川副智子/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2025.01.05読了 クリスティー作品のなかで超有名作品は読んだつもりなので、ちびちびと未読の作品を読んでいる。かなり久しぶりだった(なんと去年はクリスティー作品を読んだのは1冊だけ!)。こういう季節感のあるタイトルの作品は読む時期を考えてしまうというか、本当はぴったりの時期に読みたいのだけど(例えばこの本の場合は12月半ば位)、なかなかそううまくはいかない。本自体が売れるのも時期によるだろうなぁ。 登場人物がひと通りどんな境遇にいてどんな人なのかがはじめの数章で説明される。だいたいクリスティーの作品で…

  • 『工場』小山田浩子|この工場で働く人たちはもしかすると自分自身かもしれない

    『工場』小山田浩子 新潮社[新潮文庫] 2025.01.03読了 先月読んだ小山田浩子さんの『最近』があまりにも好みだったので、さっそく2冊目を。これは表題作を含めた中短編3作がまとめられた本である。表題作『工場』は、新潮新人賞と織田作之助賞を受賞している。他の2作も含めたこの本で三島由紀夫賞の候補作にもなったらしい。というわけで多くの出版社、審査員、批評家から注目されていた。この『工場』が小山田さんのデビュー作だって。 『工場』 3人の男女が「工場」で働くことになる。契約社員、派遣社員、正社員と異なる形で。部署もやっている仕事内容も異なるが、ここでの業務、同僚が何やらおかしい。徐々に自分が携…

  • 2024年に読んだ本の中からおすすめ10作品を紹介する

    (2024.08.10 東京都文京区にある東洋文庫「モリソン書庫」より 壮大な本棚は優雅で美しい) 昨年私が読んだ本125作品(冊数は144)の中から、個人的におすすめしたい10作品を紹介する。順序はつけがたいしオールタイムベストではないので、いつも通り読んだ順番に。おもしろかった、心に残った、ためになった、心がホッと落ち着いた、本によって色々な感想がある。「どんな本だったか」は、自分が読むタイミングとその時の心待ちというのが結構大きい。だから一年を振り返ると「当時はそうでもなかったけど今思えば印象深い」本は結構あって、そういう本もいくつか選書した。もちろん、読んだその瞬間に電気が走るような衝…

  • 『フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか』ミレイユ・ジュリアーノ|適量で終わらせられるか?

    『フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか』ミレイユ・ジュリアーノ 羽田詩津子/訳 日経BP 日本経済新聞出版[日経ビジネス人文庫] 2024.12.31読了 好きなものを食べて太らない! なんて素敵な言葉だろう。太る原因はたいていが食生活にある。フランス人が好きなものを食べても太らないならその理由と秘訣を知りたい。 満腹になりたいわけではなくて、美味しいものを食べたいだけで、そんなにたくさんの量を食べる必要はない。もちろん美味しいものをお腹いっぱいになるまで食べられたら幸せなんだろうけれど、やっぱりほどほどの量でかしこく食生活をするのが大事。 いや、でも、、、。私にも何度も経験があるが…

  • 『地面師たち ファイナル・ベッツ』新庄耕|仲間を選ぶところから詐欺は始まっている

    『地面師たち ファイナル・ベッツ』新庄耕 集英社 2024.12.30読了 先日読んだ『地面師たち』の続編である。いかにも「続きがありまっせ」という終わり方をしていた。今回の舞台はシンガポールと北海道であり、外国人も登場してよりグローバルに展開される。 やはり前作で拓海がああなってしまった以上、次なるターゲットというか味方に入れるべき人物が絞られており、それがサッカー選手の稲田である。ここでいうターゲットとは騙して土地を買わせる相手ではなく、ハリソン山中の手中に入れる人物のこと。この作品でおもしろいところは、人間をたらし込むハリソンの手腕だ。 IR誘致を見込んだ苫小牧の不動産詐欺メンバーの一員…

  • 『アメリカの悲劇』セオドア・ドライサー|クライドの激動の人生を考える

    『アメリカの悲劇』上下 セオドア・ドライサー 村山淳彦/訳 ★★ 花伝社 2024.12.29読了 タイトルのポップなイラスト(色合い、タッチ、英語の手書き字体も含めて)と「悲劇」という言葉が不釣り合いに思えて、書店で見かけてから妙に気になっていた。花伝社という出版社は上巻を刊行してから2ヶ月後にならないと下巻を出版しないようで、買うかどうしようかしばらく悩んでいたのだが、この作品はアメリカの小説で重要な位置付けになっていると知り下巻が刊行されたタイミングで思い切って手に入れた。大正解、めちゃくちゃおもしろかった! (以下、ある程度のネタバレ含む。でもストーリーを知った上で読んでも全く問題なし…

  • 『氷壁』井上靖|人間を信じるということ

    『氷壁』井上靖 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.12.19読了 先月井上靖さんの『しろばんば』を読んで、文豪のとてつもない力量に打ち震えた。続編の『夏草冬濤』を準備してはいるがなんとなく今は少年の気持ちに寄り添う気分ではないのか、大人が主人公のこの作品を読んだ。おそらく一つ前のマッカラーズの小説が12歳少女の視点だったから、続けてはちと控えようと感じたのだろう。 さて、この『氷壁』は、井上靖さんの中間小説と呼ばれる作品群のなかの一つで、文庫本は114刷を超えている。1955年に実際に起きたナイロンザイル事件を元にしてフィクションにしたものだ。当時はベストセラーになり翌年には映画化された。なる…

  • 『結婚式のメンバー』カーソン・マッカラーズ|少女のひりつくような感性が叙情豊かに

    『結婚式のメンバー』カーソン・マッカラーズ 村上春樹/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.12.16読了 マッカラーズの小説を読むのは、同じく村上春樹さんが訳した『心は孤独な狩人』に続いて2作目だ。 兄の結婚式を控えたフランキーは「気の触れた夏」を過ごした。この小説に書かれているのは、たったひと夏の短い期間の出来事なのだが、12歳の少女のひりつくような鋭利を伴う感性がずぶずぶと突き刺さる。なんとなくフランソワーズ・サガンの初期の小説を読んでいる感覚に近かった。 大きく3章にわかれていて、それぞれで自分の呼び名を変えている。まるで別の人生に生まれ変わるかのように。物語の展開がゆるやかで、時として退…

  • 『死神』田中慎弥|自分の分身である存在か

    『死神』田中慎弥 朝日新聞出版 2024.12.14読了 初めて見た時、まるで中村文則さんの小説タイトルみたいだなと思った。内容も近しいものがある。でも読み進めるうちに間違いなく田中慎弥さんが息づいていた。今までの作品に比べるとかなりポップだ。死神というテーマを扱ってるのにこう感じるのは、ここに出てくる死神くんがまるで少女漫画に出てくるようなスラっとしたイケメン男性だからだ。確かに死神やら吸血鬼やらは、ファンタジー界では2枚目が定番である。 半自伝的小説なのだろうか。幼少期から自殺願望があった田中慎一(慎弥ではない)少年は、いつの頃からか死神が見えるようになる。そもそも、死神ってなんだろう。神…

  • 『テス』トマス・ハーディ|過去の過ちを赦せるか

    『テス』上下 トマス・ハーディ 井出弘之/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2024.12.12読了 悲劇というものは否応なく襲いかかる。不幸があればその後には幸せが来るとか人生は良いときと悪い時がちゃんとある、なんてよく言われるけれど、全然平等じゃあない。悪人だって運よく生きる人も多いし善良な人ほど損をする。本当に無情なほどに。そんな人の世の無常さをつきつけられた作品だった。でも、きっとテスの最後は間違いなく幸せだった。この上ないほどに。 貧しい家庭に産まれた美貌の少女テスは、父親がある牧師から「貴族の血筋を持つ」と聞いたことから、金持ちの同族からの援助を得ようと奉公させられる。そこで出会ったアレ…

  • 『李王家の縁談』林真理子|我が子の縁談をまとめる母親

    『李王家の縁談』林真理子 文藝春秋[文春文庫] 2024.12.08読了 皇室の結婚事情が書かれた小説である。なかなか日本の皇室を題材にした小説というのはない(書きにくいだろうしな〜)と思っていたら、解説を読んで過去に『美智子さま』という小説が刊行されたときに一悶着あったというのを初めて知った。イギリス王室ものは結構目にするのに、日本の皇室ものは見かけないと思っていたらそういう経緯があったとは。 史実に基づいたフィクションである。林真理子さんは、梨本宮伊都子(いつこ)妃が残した80年あまりの日記(小田部雄次著『梨本宮伊都子妃の日記 皇族妃の見た明治・大正・昭和』)を紐解いてこの小説を完成させた…

  • 『最近』小山田浩子|読んでいて安心する、なんか癖になりそう

    『最近』小山田浩子 ★ 新潮社 2024.12.07読了 元々文芸誌に掲載されていた短編が束になり連作短編集になったもの。タイトルの『最近』という作品があるわけではない。最近というのは、2011年の冬から2023年の秋頃までの間、つまりつい最近の出来事が書かれたからだ。読み心地がよくて安心する作品たちだった。 心臓に持病がある夫が急に救急車で運ばれることになった『赤い猫』では、ふとした出来事から昔のことを思い出して少しずつ脱線してまた戻り、みたいな場面が繰り返される。『森の家』ではハトコのタケフミさんが子どもの頃に行った森の家の話をする。足が悪い女の子がいたことなど、ある場面の光景だけをタケフ…

  • 『地面師たち』新庄耕|ハリソン山中とは何者なのだろう

    『地面師たち』新庄耕 集英社[集英社文庫] 2024.12.04読了 特に読むつもりはなかったのだけど、知人からこの続編の単行本を貰って、せっかくならと最初から読むことにしたのだ。Netflixで絶賛されているのは知っていた。てか、最近のネトフリはすごいみたいね。『極楽女王』や『サンクチュアリ』もヒットしている。『サンクチュアリ』は少しだけ観た。確かにおもしろいし役者が粒揃いで演技力だけでも観たいと思わされる。 予想していた通りというかみんなの反応通り、かなりおもしろかった!スルスルと読めた。文章自体が読みやすいというのもあるが、私自身曲がりなりにも不動産業に関わっているためなんとなく細かな動…

  • 『鍵のかかった部屋』ポール・オースター|誰かを探すのと同時に自分を見つめ直す

    『鍵のかかった部屋』ポール・オースター 柴田元幸/訳 白水社[白水Uブックス] 2024.12.02読了 ついに刊行されたオースター最大の長編小説『4321』だが、もうしばらく部屋に寝かせておくことにする。先日、柴田元幸さんのトークイベントに参加して色々なお話を聞けたから読む前から楽しみで仕方なく、その期待も裏切らないだろうと確信している。ただ、まだオースターの作品で未読(邦訳されていて手に入るもののなかで)の作品が2〜3冊あるので、先に読んでおこうかと。 ポール・オースター著『4321』出版記念、梅屋敷の仙六屋カフェにて柴田元幸さんのトークイベントへ。朗読はもちろん、オースターさんの色んなエ…

  • 『若草物語』ルイーザ・メイ・オルコット|この物語になくてはならない存在は四姉妹の母親

    『若草物語』ルイーザ・メイ・オルコット 小山太一/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.11.30読了 ブラックフライデーで翌日まで20%オフとあったから、いそいそと洋服を見に行ったら素敵な緑色のセーターがあった。ちょうど声をかけてきたスタッフに「色が素敵ですね」と伝えたら「本当に。若草色という感じですよね」と返ってきた。まさに、私がいま読んでいる本のタイトルが!若草なんて単語は普通に生活していてあまり出てこないのに、こんなタイミングで聞くなんてなんか嬉しい。 冒頭のシーンは何度読んでも心がホッとする。仲の良い4人姉妹があれやこれやと母親のために何かをプレゼントしようと話し合う。そして、暖炉に集ま…

  • 『シンコ・エスキーナス街の罠』マリオ・バルガス=リョサ|ペルーの政治、ビジネス、司法

    『シンコ・エスキーナス街の罠』マリオ・バルガス=リョサ 田村さと子/訳 河出書房新社 2024.11.28読了 ペルー・リマを舞台とした現代小説で、リョサさんの作品の中ではかなり(というか一番)読みやすい部類に入る。 シンコ・エスキーナス街は、至る所で強盗や喧嘩や殴り合いが行われているリマで最も危険な地域である。鉱山王である実業家のエンリケは、愛する妻と暮らしていたが、2年前に起きたある出来事がきっかけでスキャンダルに巻き込まれてしまう。 よく知らない地域が舞台となる作品を読むと、その国の文化に興味を覚える。伝統的なクレオールの飲み物である「エモリエンテ」がリマではお馴染みだったらしいが、その…

  • 『海と毒薬』遠藤周作|罪悪感とは何なのだろう

    『海と毒薬』遠藤周作 新潮社[新潮文庫] 2024.11.26読了 言わずと知れた遠藤周作さんの名作である。新潮文庫の夏のフェアが好き(もう冬だけど!)で、というかフェアというよりも購入すると毎年ついてくるステンドグラス風の栞が好みなんだよなぁ。この『海と毒薬』はかなり昔に読んだことがあるが、忘れかけていたのでこの機会に読み直した。 そうだった、これは実際に九州で起きた事件を元にして遠藤周作さんがフィクションにしたものだった。戦争末期に、九州の病院でアメリカ人捕虜の生体解剖が行われた事件である。 本編に入る前のシーンが絶妙だ。人は罪を犯したとしてもなお平然とした暮らしができ、そしてそういう人を…

  • 『逝きし世の面影』渡辺京二|外国人からみた日本はどんなだろう

    『逝きし世の面影』渡辺京二 平凡社[平凡社ライブラリー] 2024.11.25読了 名著と言われているからいつか読もうと思っていた本である。この作品の『逝きし世の面影』というタイトルのなんと素晴らしいことだろう。そもそも「面影」という言葉自体に憂いがある。都電荒川線の「面影橋」という駅名も素敵だなと思った(あとは長崎の「思案橋」も良い)。 一つ前に水村美苗さんの『大使とその妻』を読んだ。語り手ケヴィンが携わる「失われた日本を求めて」というプロジェクトからもわかるように、現代からみるとかつての古き良き日本がすでに失われてしまったのかと思うと悲しさがある。この本は、明治初期に来日した外国人が見た日…

  • 『大使とその妻』水村美苗|美しい日本語、そして古き良き日本の文化

    『大使とその妻』上下 水村美苗 ★★ 新潮社 2024.11.19読了 なんて美しい物語だろう。最後の数頁は、雑音を抹消して(流れていただけのテレビを消したり深呼吸したりとか)静寂の中じっくりと。読み終えた今、この余韻を深く深く味わっており、彼らだけでなく私の方も幸せな気持ちになった。 軽井沢に友人と旅行に来ていた初老男性が行方不明になり、その後用水路で発見されたという事故のような事件のような不思議な出来事が少し前に報道されていた。私はかなり気になっていたのだが、特に続報はなく真相は闇に包まれている。夜の散歩中に足を踏み外してしまったという事故だったのだろうか。 アメリカ生まれの日系人男性ケヴ…

  • 『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』山本文緒|真実のプロの書き手

    『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』山本文緒 新潮社[新潮文庫] 2024.11.17読了 山本文緒さんは2021年4月にステージ4の膵臓がんと診断された。抗がん剤治療は受けずに緩和ケアを選び、翌5月から書き始めた日記がこの作品である。余命4ヶ月と医者から告げられたから、少なくとも120日以上は行きなくちゃと、まるで無人島にいるかのように夫婦で一体となって生活した記録である。 家が軽井沢にあるというのを初めて知った。並行して読んでいる水村美苗さんの『大使とその妻』(たぶん次回のブログはこれになるかと)の舞台も軽井沢であり「うわ、来た軽井沢!」と勝手に軽井沢という地名だけでにやついて…

  • 『魂に秩序を』マット・ラフ|ひとつの個性同士が共鳴しあう

    『魂に秩序を』マット・ラフ 浜野アキオ/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.11.15読了 最初はよくわからなかった。語り手アンドルーの周りには、家族のような自分に近しい人たちが常にいる(というか見守っている)。でも実はそれは多重人格のそれぞれの人格であり、それら一つ一つが「魂」なのだと徐々に気付く。読みにくそうだなと思っていたが「家」のあたりから色々と把握できた。そうなると案外読みやすく感じた。 アンドルーは多重人格者、今でいうところの「乖離性同一性障害」を持つ。複数の人格を持つ彼だが、医師の助けもあって自分なりに折り合いをつけて生きている。脳内でせめぎ合う多くの人格のやり取りを読んでいると、…

  • 『猟銃・闘牛』井上靖|大衆的なテーマにも文学性が息づく

    『猟銃・闘牛』井上靖 新潮社[新潮文庫] 2024.11.11読了 先日井上靖さんの『しろばんば』を読み、その類まれなる物語性と文章に心を奪われたので早速初期の作品を読んだ。 『猟銃』 これは井上さんの処女作で佐藤春夫さんが絶賛した小説である。これが初めての作品とは思えないほど物語として完成度が高い。語り手が猟銃雑誌に詩を載せて云々という出だしが特に素晴らしく、一気に引き込まれた。 13年間不倫をした男性の元に、3通の手紙が届く。愛人の娘、自身の妻、そして愛人から。3人の女性らの想いがそれぞれ異なる筆致で表される。私自身女性だからある程度共感を持ちながら読めたが、これを書いた井上さんは想像して…

  • 『富士山』平野啓一郎|生きることは選択をし続けること

    『富士山』平野啓一郎 新潮社 2024.11.09読了 普段短編集を単行本で買うことはあまりないのだけれど、一部のお気に入りの作家のものは手に入れる。つまり、平野啓一郎さんもお気に入りに入っているということ。手元に置きたいと言うよりも、文庫になるのを待てず早く読みたい衝動に駆られる。 人は誰でも「あの時こうしていれば」とか「あの判断のせいでこんな風になってしまった」「あと少し早ければ」と悔やんだりする。生きるということは選択の連続だと何かの小説に書いてあって、それが常に心の中にある。「あり得たかもしれない人生」や「パラレルワールド」をテーマにした作品群でなんとなく白石一文さん風な感じがした。 …

  • 『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』メイソン・カリー|誰にでもある日常のルーティーン、うまくいかせるか?

    『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』メイソン・カリー 金原瑞人、石田文子/訳 フィルムアート社 2024.11.09読了 あまりにも物語世界に浸り続けると疲れてしまうので、ちょっと休憩してエッセイを読んだ。少し前にX(旧Twitter)でこの本が紹介されていてとても気になっていたのだ。書店でパラパラめくってみると、天才たちの大半が作家だったということもあり、俄然興味津々になる。 著者はアメリカのフリーライターである。「デイリー・ルーティーン」というブログが人気で、これに目をつけたエージェントが本にまとめることを提案したらしい。この本のおもしろいところは、何…

  • 『敵』筒井康隆|日常の飽くなきまでの細かい観察と妄想

    『敵』筒井康隆 新潮社[新潮文庫] 2024.11.07読了 75歳の独居老人渡辺儀助のとりとめもない独白が続く。住んでいる家がどうとか、預貯金やら、老臭やら、身の周りのものなど自身の想いがつらつらと、滑稽な語りで綴られる。長編小説というくくりになっているが、タイトルがついた7〜8頁程の掌編が束になっているようなイメージか。日常生活の飽くなきまでの細かい観察と妄想。いやはや、男性の頭の中を覗いているようだった。老人といえど子供じみたところもあってなんだか微笑ましい。 「昼寝」とタイトルがつけられた章では、午睡のことがかかれているが、確かに夜見る夢と違って昼寝で見る夢は軽い感じがするなぁ。とはい…

  • 『しろばんば』井上靖|少年期を扱った本格小説、やはり井上靖さんは偉大だ

    『しろばんば』井上靖 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.11.05読了 土蔵造りの家に住む洪作は、おぬい婆さんと二人暮らしである。伊豆の湯ヶ島という田舎町で、5歳からの幼少期を過ごした洪作の少年期の心の動きや成長が丁寧に情感たっぷりに書かれた作品である。解説で「少年期を扱った本格小説」とあり、まさにその言葉がぴったりの傑作だった。 両親に会うために、田舎からおぬい婆さんと2人で豊橋まで向かう旅路がとても印象深い。道中の見知らぬ人から貰ったお菓子をめぐる出来事もそうだが、久しぶりに会った母親との邂逅にも心を抉られるようだった。どうしてこんなにも胸がきゅっと締め付けられるような気持ちがするんだろう…

  • 『三つ編み』レティシア・コロンバニ|女性の生きづらさ、そして強さ

    『三つ編み』レティシア・コロンバニ 齋藤可津子/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2024.11.02読了 私は今までの人生のほとんどをショートヘアで過ごしてきた。長くしていた時でも、やっと結えるくらいの長さ。だから、表紙のイラストのようないわゆるお下げの三つ編みをしたことはない。昔は三つ編みにした女学生はたくさんいたような気がするけれど、今は滅多に見ないよなぁ。 フランスの女性作家が書いた小説だがフランス人は出てこない。登場する主人公は3人、インド人スミタ、イタリア人ジュリア、カナダ人のサラだ。彼女たちはそれぞれの悩みを抱えているが、強く生きている。 読み始めてまず驚いたというか辛い気分に…

  • 『パンとサーカス』島田雅彦|テロのあとに何が残るのか

    『パンとサーカス』島田雅彦 講談社[講談社文庫] 2024.10.31読了 中国やインドが、どれだけ人口を増やそうが産業により目覚ましい発展をしたとしても、日本の目標でありかつ敵であるのは大国アメリカだと思う。数多ある国のうち、意識しているのは常にアメリカなのだ。この感覚はおそらく日本だけではないように思う。今回の大統領選も、きっとどの国でも大きく報じられている。 空也と寵児は学生時代に「コントラ・ムンディ」という秘密サークルを作る。ラテン語で「世界の敵」を意味するその言葉を胸に、2人はそれぞれ別々の世界で生きていくが、どこかで必ず混ざり合い助け合う。自由な日本を目指して戦うテロリストたちの冒…

  • 『フォース・ウィング 第四騎竜団の戦姫』レベッカ・ヤロス|ストーリ性は抜群、映像化またはアニメ化に向いている

    『フォース・ウィング 第四騎竜団の戦姫』上下 レベッカ・ヤロス 原島文世/訳 早川書房 2024.10.27読了 騎手科に入るためにまずは細い不安定な橋を渡り切らなければならない。落ちたら即死だ。実際に毎年何人かの死者が出る。橋の手前でこれから友になりそうな人物と言葉を交わすが、1人の名前は登場人物紹介の栞に名前がない。きっと橋から落下するのだろうと想像する。こんなスリリングな場面から始まるこの物語は、この先の息もつかせぬ展開を予感させるかのようだ。 子どもの頃に、映画館で『クリフハンガー』という山岳映画を観たことがあり、冒頭の(すでに)クライマックスシーンのような場面を観たのを思い出した。小…

  • 『ナチュラルボーンチキン』金原ひとみ|樹のように穏やかに生きて一緒に朽ち果てる

    『ナチュラルボーンチキン』金原ひとみ ★★ 河出書房新社 2024.10.23読了 なにこれ、めちゃくちゃ好き。わかりみが強すぎる。 まさかさんが優しすぎて、おいおい泣きたくなる。 主人公の文乃みたいな人、日本にはたくさんいるだろうなと思う。年齢が近いから親近感を覚えるし、そもそも自分とシンクロするところが結構あるから、他人事とは思えず感情移入しまくり。 ルーティーンを愛する労務課の浜野文乃(はまのあやの)は、幸せではないがかといって不幸でもなく、波風を立てずにひっそりと生きている。文乃は「皆多かれ少なかれ、三十代後半くらいになってくると楽しいことがちょっと重くなってくる」「心が動かない平穏な…

  • 『死者は嘘をつかない』スティーヴン・キング|ホラー要素満載だけど怖くないよ

    『死者は嘘をつかない』スティーヴン・キング 土屋晃/訳 文藝春秋[文春文庫] 2024.10.22読了 この作品は、キングお得意の幽霊ものでホラー要素満載だ。キングの初期作品に原点回帰したようで、ストーリーもなかなか良かった。とはいえ米国で2021年に刊行されたものだからかなり最近の作品である。 複雑さがないからすらすら読める。登場人物も少ない。キングの作品は章ごとに番号が付与されているタイプが多いのだが、その章自体がものすごく短い。2頁とか3頁で終わるなんてこともざら。 ジェイミーは死者の姿が見える。この怪奇的な能力が備わっていることがわかったのは彼ががまだ6歳の頃だ。自然死でなければ亡くな…

  • 『雪の花』吉村昭|医学の進歩と発展は昔の人たちが命懸けでおこなったから

    『雪の花』吉村昭 新潮社[新潮文庫] 2024.10.18読了 私が天然痘という病を初めて知ったのは、池田理代子作の漫画『ベルサイユのばら』を子供の時に読んだ時である。時の王ルイ16世だっただろうか、天然痘にかかり顔に吹き出物が表れた姿は画とはいえど印象深く、かかったら最後治らない恐ろしい病だと思った記憶がある。 1830〜40年頃、福井県の笠原良策という町医が、多くの人命を奪う天然痘から守るために、命をかけて戦い抜いた。吉村さんお得意の記録文学である。病を治す薬を作り出したというわけではない。種痘の苗を福井に持ち運ぶ経緯と、子供達にそれを植え付けて広めていくという困難がこの作品の読みどころで…

  • 『弟、去りし日に』R・J・エロリー|誠実かつ王道のヒューマンミステリー

    『弟、去りし日に』R・J・エロリー 吉野弘人/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2024.10.17読了 原作のタイトルは『The Last Highway』であるから、随分と飛躍している邦題だなと思った。弟の訃報を知ったときにヴィクターはハイウェイ(高速道路)に眼をやり、そしてまた、弟の最後(死んだ場所)がハイウェイだったことからこのタイトルなのかなと思っていたら、作中に出てくる「最後の道のり」という言葉に「ラスト・ハイウェイ」とルビがあったから、「道のり」の意味があるのだと理解する。見たこともない作家さん(一見ジェイムズ・エルロイと勘違いした)で期待していなかったこともあるからか、なかなか良…

  • 『あのころなにしてた?』綿矢りさ|普通の人と同じようにコロナ禍を過ごすが作家独特の感性がある

    『あのころなにしてた?』綿矢りさ 新潮社[新潮文庫] 2024.10.14読了 タイトルにある「あのころ」というのは新型コロナウイルスの感染が猛威をふるい始めた2020年のこと。4年前、私自身はどうしていたかなぁ。2月に個人的なことで初めての手術と入院があって、その後療養のために少し会社を休んでいた記憶が大きく、そのあと徐々に日本というか世界の形相がコロナによって変わってしまったという印象がある。あれからもう4年も経つのか…。会社がリモートワークを取り入れたりと仕事のやり方が色々と変わり、そもそもの仕事の在り方を考えていたあのころ。 作家独特の感性というか、普通の人が気にならない(というか気づ…

  • 『虚史のリズム』奥泉光|何もかもが超ド級マンモス小説!

    『虚史のリズム』奥泉光 集英社 2024.10.14読了 いやー、長かった!感想がどうこうよりも、今はもうこれを読み終えたという達成感が大きい。一冊の本としては、読了するのに今年一番時間がかかったような気がする。よく読み通したと少しばかり自分を褒めたいくらい。読むことすら難儀なのに、これを書き切った奥泉さんとは一体何者か…、頭の中は一体どうなっているのか…と疑問だ。まぁ色んなモノが詰め込んである、超ド級マンモス小説だ。 冒頭から盛り上がる奥泉節!熱量たっぷりで、いい意味でくどくどした癖のある文体は一度ハマったら抜け出せないんだよなぁ…。小さい時から探偵になりたかった石目鋭二(いしめえいじ)は、…

  • 『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ|分かり合えないことを肯定してくれる

    『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ 鴻巣友季子/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.10.05読了 ストーリー自体は特になくて、ただただひたすらに心理的な描写が続いていく。お世辞にも物語としておもしろいとは言えないのに、どうしてこんなにも魅了されるのだろう。読んでいて何故かホッとする心地良さがある。 明日の天気が良ければ灯台に行こうという会話から始まり、散歩をしたり絵を描いたりディナーをしたり、なくしたブローチを探そうとかどうでも良いようなことがつらつらと綴られる。別荘にいるラムジー夫妻とその子供たちがメインとなるのだが、他にもラムジーの友人バンクスや画家のリリーたちが語る。その語り手が、というか思…

  • 『ガチョウの本』イーユン・リー|青春期のほんの僅かなかけがえのない瞬間

    『ガチョウの本』イーユン・リー 篠森ゆりこ/訳 河出書房新社 2024.10.01読了 不思議なタイトルだなと思いつつ読み進めると、語り手アニエスが飼っているのがニワトリとガチョウだと知る。そのガチョウの話なのか?愚鈍で間抜けなイメージがあるガチョウ?いや、これはかつて一心同体だった親友ファビエンヌとのある時期にしかない青春の物語。でも、読み終わるとこのタイトルの意味に気付きそれがたいそう素敵なものだと知るのだ。 お互い家族から疎外感を感じていたアニエスとファビエンヌは、小さな頃から仲良しでいつも一緒だった。ファビエンヌは鋭い感性から物事の確信を突くすでに大人のような存在。そんなファビエンヌが…

  • 『母の待つ里』浅田次郎|現実を忘れて心地良くなれる場所を求める

    『母の待つ里』浅田次郎 新潮社[新潮文庫] 2024.09.28読了 ある外資系サービス会社が提供するプレミアムクラブ・メンバー限定の顧客サービス、それが故郷を擬似体験するというものである。還暦近い3人の男女がこのサービスを受ける。 最初は「変な話だなぁ」とか、「こんなに簡単に信じ込んでしまうものかな」と疑っていた。そもそも出来すぎているし、手の込んだ新手の詐欺じゃんかと。しかし本物だと思うふしも所々にある。何より母親役の女性が演技をしているようにはみえないのだ。 よくよく考えると夢の国ディズニーランドだって、ユニバーサルスタジオだって、イマーシブ東京(行ったことはないが)だってそう。わかって…

  • 『ジョヴァンニの部屋』ジェームズ・ボールドウィン|内面の葛藤や苦悩がほとばしる

    『ジョヴァンニの部屋』ジェームズ・ボールドウィン 大橋吉之輔/訳 白水社[白水Uブックス] 2024.09.26読了 ボールドウィン生誕100年ということで、装い新たに帯が巻かれて書店の新刊コーナーにあった。読み終えた今、絶望感に苛まれてなかなか重たい気分になっている。ボールドウィンの作品は過去に1冊(おそらく一番有名な小説)しか読んでいなくこれが2作目であるが、やはりアメリカを代表する作家だと改めて感じた。 父親や伯母エレンとの確執からフランス・パリに住むアメリカ人青年デイヴィッドにはヘラという婚約者がいる。彼女がスペインに自分探しの旅に出た期間、ジョヴァンニと知り合い深い関係となる。 第一…

  • 『霧』桜木紫乃|この世には「幸福」はなくても「幸福感」はある

    『霧』桜木紫乃 講談社[講談社文庫] 2024.09.24読了 北海道・根室で水産業を営む河之辺家に3姉妹がいた。長女の智鶴(ちづる)は政界を目指す御曹司の元へ嫁ぐ。次女の珠生(たまき)は家を出て花街に飛び込む。三女の早苗は地元の信用金庫の経営者と一緒になる。この物語は珠生の視点を通して語られていく。 常連客だった相羽(あいば)は、親方の身代わりになり警察に出頭するという。かねてから相羽に想いを寄せていた珠生は、この時点で彼を待とうと心に決める。一途な気持ちはすでにこの時からあった。健気で一途な珠生は、娑婆に戻ってきてから「組」を立ち上げる相羽と共に生きる決意をする。 相羽の仕事は裏側にある。…

  • 『海峡』『春雷』『岬へ』海峡三部作 伊集院静|人間が生き抜くこと、信念を貫き通すこと

    『海峡 海峡幼年篇』『春雷 海峡少年篇』『岬へ 海峡青春篇』伊集院静 新潮社[新潮文庫] 2024.09.21読了 伊集院静さん追悼の帯がかけられて重版されていた。表紙のタイトルの文字は伊集院さん自ら筆を取った字のようで、なんと達筆で多才な方よと思う。伊集院さんの作品は何冊か読んでいるが、実はこの作品のことはこれまで知らなかった。 『海峡 海峡幼年篇』 山口県、瀬戸内海の港町に住む英雄(ひでお)は、高木斉次郎の長男として産まれた。高木家は港を中心にして街の事業を経営する家であり、母屋とは別に従業員やその家族が住む長屋があり、総勢50人以上で大家族のように暮らす。父親は家にいることがほとんどなか…

  • 『小さな場所』東山彰良|中国語が日本社会の中に溶け込む日は近いかも

    『小さな場所』東山彰良 文藝春秋[文春文庫] 2024.09.13読了 台湾のどこにでもあるような街・紋身街(もんしんがい)にある食堂の息子景健武(ジンジェンウ)の目線で描かれる連作短編集である。どこにでもいる人たち、どこにでもある些細な事件、つまり他愛もない日々の営みがゆっくりと綴られる。 健武の父は「あんな大人になるんじゃないぞ」と言うのが口癖になるほど、そういう大人(子供にとって決して見本とならない大人たち)が多い街なのだけど、そんな人たちだって良いところもあって彼らから学ぶことも案外多いものなのだと思う。 「神様が行方不明」という章に登場する孤独さんの読み方は中国語(または台湾語)だと…

  • 『リヴァイアサン』ポール・オースター|親友に捧げる愛の鎮魂歌

    『リヴァイアサン』ポール・オースター 柴田元幸/訳 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2024.09.12読了 どうしてこんなにも私の心を鷲掴みにするのだろう。この導入部、この語り口、この読み心地。例によって冒頭2〜3頁読んだだけで惹き込まれたわけだが、ふとこの感覚(初めて読む時に限られる)を味わえるのはあと数回だけかと思うとわけもなく寂しさが込み上げてきた。オースターの小説は未読の作品(邦訳済の作品)はあと2冊ほどしかないのだ。 お気に入りの作家がいたら多かれ少なかれこう感じる人は多いだろう。しかしオースターさんに関しては、心底大きくそう思う。今年の4月に彼が逝去されたことも大きいだろう。つまりもう…

  • 『笑うマトリョーシカ』早見和真|味方だと思っていたら敵なんてことも

    『笑うマトリョーシカ』早見和真 文藝春秋[文春文庫] 2024.09.09読了 早見和真さんの作品は『イノセント・デイズ』や『店長がバカすぎて』が好評のようでとても気になっていた。読むのはこれが初めてだ。この『笑うマトリョーシカ』は今クールでテレビドラマにもなっており、先週最終回を終えたようだ。 若くして官房長官に昇りつめた清家一郎とその秘書鈴木俊哉。彼らは高校時代に知り合った。父親のある過去が原因で自らは政治家になれないと感じた俊哉は、一郎の才能を見い出し、志を同じくして彼をサポートする形で夢に向かう。一方、「清家は誰かの操り人形なのでは?」と疑問を持った女性記者の道上は、彼らを謎を探ってい…

  • 『彼岸過迄』夏目漱石|改題「蛇の長杖」、ジャンルは精神分析小説

    『彼岸過迄』夏目漱石 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.09.08読了 先日読んだ島田雅彦さんのエッセイで、夏目漱石著『彼岸過迄』の尾行の場面について「探偵小説」の一つだと話していた。漱石ってそんな小説も書くのかなと俄然興味を持っていた。 この小説は朝日新聞に連載された連載で、元々漱石が「元旦から始めて、彼岸過迄書く予定だから単に名づけたまでに過ぎない実は空しい標題である」と序章で言っている通り、内容とは全く関係ないタイトルである。だから逆にインパクトがあって忘れられないけれど。短編をつなげたというスタイルのようだが、今でいう連作短編はここから始まったのだろうか。 なるほど、これは探偵風小説だ…

  • 『ビリー・サマーズ』スティーヴン・キング|それなりの真実が含まれているとおもしろくなる

    『ビリー・サマーズ』上下 スティーヴン・キング 白石朗/訳 文藝春秋 2024.09.03読了 圧巻の物語だ。やはりキングって桁違いだなと唸らされる。キングの作品は外れが少ないので読む前からどうしてもハードルが上がってしまうのだが、その期待が損なわれることもなく、読み終えるまで興奮冷めやらずだった。 ビリー・サマーズというのは殺し屋。裏社会で殺人稼業を繰り返しているが、ビリーは悪人しか殺さないことをモットーにしている。依頼人ニックからある人物を殺すよう頼まれた。ニックはビリーの身分を偽るために小説家志望の男性の役割を与えて偽装させる。しかしビリーには実はもう1つ別の顔もある。 小説家志望の男(…

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