金曜日は小説の話。 文章で熱量が出せるのか? 畳みかけるような勢い。そんな表現が可能なのか? 出せるものなら出してみたい。ブログ王では大人しく書いたけれど、今回は熱を帯びた物語を書きたくて、今日もサヨリは元気です(笑)日々、それを考えてい
空は一気に暗くなり、滝のような雨である。激しい雨に、さっきまで煩かった選挙カーの声も消えた。ブルーシートの下で雨宿り。この屋根の実力とやらを見てやろう。そんな気分で外を眺めた。あちこちで空が光り、その数秒後に轟音が鳴る。こりゃ、雷のデパートだな。限界を越えた排水路から雨が噴き出し始め、ただの夕立だと舐めていた自分が、実は遭難しているのだと悟り始める。天井を強化した屋根はびくともしなかった事が不幸中の幸いであった。
今回のカレーチャーハンの材料は、米二合、玉ねぎじゅんこ一個、豚肉少々、カレールー適当。これだけである。玉ねぎを焦がした失敗が無くても美味しくは見えないだろう。そして今思う。これ、エビを入れたらもの凄く豪華に見えると。次はエビを入れてみよう。美味しかったらの条件付きだけれど。
その中に差し込む「今日もサヨリは元気です」 昨年のある日、それを入れ忘れた日があった。文脈の中に入れ込む余地がなかった記事だから。いつものフレーズが絶妙に文章のバランスを崩すように思えのだ。だから意図的に外した。
賢くて、優しくて、気立てがよくて、芯のとおった、薩摩おごじょの声である。昔から知っていたような響きもあった。ふたつの音源を穏やかな気持ちで聴き終えた。元素と原子の話なのに、「苺ジャム好きだけどね……」彼女らしいな。その語らいに笑みが零れた。優しさとは強さの裏返しである。この場で友の全てを語ることなど不可能だけれど、その強さに僕の心臓が大きく揺れた。
オクラだったら、今から種でも間に合うだろう。苗の購入は最悪の時でも遅くない。昨晩、透明のアクリルコップの中に水を含ませたキッチンペーパーを入れ、湿ったキッチンペーパーの上にオクラの種を並べた。数日中には種から根っこが出るだろう。そうなれば占めたもの。オクラの種を窓際に置き、翌朝、オクラの種は発根していた。
後は材料を教科書どおりに混ぜ合わせるのみである。だがしかし、話はそこで終わらない。終わったように見せかけて、さらば宇宙戦艦ヤマトのガトランティスが如く、教科書を一枚捲るとカカロット。スーパーストチュウ水のつくり方が顔を出す。そのバリエーションは全四種類。さしずめ、ストチュウ水のデパートだった。
オカンは、小膝叩いてそう言った。直訳すれば、「アンタが物干しに干しときな」と言う意味である。僕は無言で家の裏にある物干し場へ向かい、無言で物干し竿に玉ねぎを吊す。物干しに吊された玉ねぎに違和感というより嫌な予感。洗濯物を干すスペースが無くなった。これ、後で絶対に怒られるやつである。
可愛いにゃんこの画像には、大きく「迷い猫」の文字が躍る。それは、迷い猫のチラシ作成用のテンプレであった。テンプレの提供元はマイクロソフト。その記載に世界的猫ブームのそよ風を感じた。そう、こう言うのは凄く大事なのである。チラシやポスターをつくり慣れている人間ならば、迷い猫のチラシ作成など造作もない。数分もあれば出来てしまう。けれど、慣れない人にとっては難問である。必要な情報の記載漏れがあれば、折角、あちこちにチラシを貼っても無意味である。
セルトレイで発芽させたズッキーニの双葉が黄色い。その症状は九本の苗のうち二本で発生した。事務所で発芽させて、日照不足による徒長を避けるべく陽当たり良好な畑に引っ越しさせたズッキーニであった。害虫避けも万全だ。不織布トンネルを作り挑んだ初めてのズッキーニ。その有様に、霞まないかすみちゃんだって涙目である。
もう、お気づきの方もいらっしゃるだろうけれど、「アイドルじゅんこ」の他に「ももえ」も「まさこ」も市場には存在する。それはまさしく花の中三トリオ。昭和のスタ誕世代の心を揺さぶるネーミングである。
PSBの培養は簡単である。必要なのは、畑に転がしているPSB。その他に、水道水、ペットボトル、エビオス錠、液体を注ぐためのロートである。冬の間、事務所にため込んだ、空のペットボトルに水道水を入れて持って行く。ちなみにエビオス錠はPSBの餌である。PSBも生き物である。ご飯が無ければ始まらないのだ。
嗚咽と共にサヨリの腹筋が大きく動く。ドリカムなら「あ・い・し・て・る」だけれどサヨリのそれは「は・き・ま・す・よ」である。まずい、まずい、まずい。時は一刻を争う状況。ポメラと、iPadと、スケッチブックを避難させなければ泣くに泣けない。ポメラもiPadも落としてはいけない。視線はサヨリに合わせながら、ゆっくりとポメラを移動。次にiPad、最後にスケッチブックを避難させる。
不思議な事に採ったばかりの野菜は旨い。アイドルじゅんこも半信半疑で土から引っこ抜いて囓ってみると旨かった。受け狙いで買った種である。あくまでも目的は記事ネタであった。故に、元々味へのハードルは低く設定していた。極論、不味かろうが構わない。カタチになればそれでヨシ!。
久々にホームセンターで心臓が揺れた。もの凄く欲しかったのである。ゴムの結束バンドの存在を知ったのは桃畑の現場であった。桃の木の枝は脆く実の重さに耐えられない。その補強材としてぶっとい竹を枝と地面とのつっかえ棒に使う。その桃の枝と竹を結束するゴムバンドの形状が独特なのだ。
ブログを書き始めてから何年も経つのだけれど、三千文字以上書いた経験など皆無であった。一度もである。その僕が短期間のうちに一万文字近く書けたのは奇跡に近い経験であった。誤字脱字など一切無視して四時間で書き上げた。勢いというものは恐ろしいものである。
言っちゃ悪いが僕だって頑張った。ロボコンくらい頑張ったのだ。それでも芋の芽は出ない。水っ気も無しに、いとも簡単にスーパーに転がっているような状態で芋が芽が出しているのだ。僕のプライドはズタズタである。
パンパンに膨らんだコーンの、一粒、一粒、の自己主張が強い。ジューシーで甘い。間髪入れずに畝の真ん中を1本もぐ。皮をめくるとびっしりと実が詰まっていた。それから、畑に行くたびにゴールドラッシュである。その1本を保存して発芽を試みたが発芽率がイマイチであった。種まきにはタイミング重要なのだと言う。チャンスを逃してはいけない。去年と同じホームセンターで去年と同じ種を買った。
百歩譲ってトマトとプチが似たようなのは理解できる。けれど、ナス、ピーマンも見分けがつかない。これからナス科の植物の進化の過程を見て行く事のなるのだろう。ホームセンターの苗に比べたら赤ちゃんである。
クンクンと匂いを嗅ぎながら最初はカリカリに警戒しながら、一粒食べれるとスイッチ入る。とは言え、老年である。カリカリの音も無く食べていた。お皿とカリカリが奏でる和音が心地良い。そして5粒ほど残して僕を見上げる。あの目は「おかわり」のサインである。どうしようか少し悩む。全ての猫がそうなのかを僕は知らない。うちの猫だけなのかもしれない。
春の日差しに包まれながら細い田舎道をひた走る。ゴールはそう、トイレである。数億年に渡り行われた、自然の摂理に逆らえるワケが無い。長年の経験から、頭のグーグルマップに記録された場所へと急ぐ。あの神社には誰もが使えるトイレがあるのだ。成就が先か成仏が先か、安全運転を心がけながらも身体は正直である。既に発射体勢に入っている。つまり、残された時間はあとわずか。
桜満開の午前8時半頃だったと記憶している。さぬき三木ICの少し手前の交差点で信号待ちをしていると、細い山道から一台の軽乗用車が降りて来た。視界の片隅に止まる自動車。その存在に僕は気づいていた。センスの無い色だな…。そう思いながら。
うどんにも飽きたのか、さすが若者、話が分かる。満場一致で僕らは大阪王将へとハンドルを回した。体を動かす仕事である。楽しみと言えばランチだけ。チャーハン、ラーメン、天津飯...。嫌でも何を食べるかで話題も弾む。僕ら、普段の予算はワンコインである。うどん屋ならそれでイケる。けれど、王将となると話が変わる。メニュー選びにだって慎重にもなる。極上の昼食とは何か?。それをワイワイガヤガヤと移動中に考えるのだ。
ブログの記録を読み返すと、最後の畑は3月19日(日)あった。随分とご無沙汰であったのに驚いた。そっかそっか、あの日からそんなにもなるのか。ここでその理由は割愛する。時の流れは早ものだと思う反面、こんな時にはブログを書いていて良かったと思う。今は特に物忘れが酷くて気が抜けない(汗)。
主要キャラが動き始めたのは、それから2時間後であった。頭の中でキャラが走り始める。次、次、次...。へぇ~...動くんだぁ、実際。こんな体験は初めてであった。1話を書き終えると、2話はそうなる。2話を書き終えると、3話はこうなる。道筋が決まり、それを出さざるを得なくなるのだ。たぶん、今、頭の中で20話までの展開が動いている状態である。週4ペースなら5ヶ月分である。これで時間の余裕も作れそうである。
嗚呼、太い麵も美味である。麵に紛れたキャベツがキャベツ。シャキッとしたキャベツである。何これ?、絶対うまいやつじゃん。昨今の加工技術の威力を感じた。久方ぶりのちゃんぽんに舌鼓をうちながら水でしめる。細胞のひとつひとつが蘇る気がした。
今日の行き先は朝日町。ジャンボフェリーの近く堤防。お買い物ついでに足を伸ばす。堤防近くの朝日グリーンパークでは、大人からちびっ子までスケボー遊びで春の賑わい。その公園から北へ伸びる堤防が僕らの釣りポイントのひとつである。
あれから30年以上の月日が流れ、それを栽培するのだから無理がある。こいつの未来がまるで見えない。無鉄砲、ビギナーとは恐ろしいものである。だから畝から飛び出すニョキッとな。その第一印象は、「へぇ~、あるんだぁ、実際」だった。
古い免許証の「免許の条件等」の横には「眼鏡等(小特車及び原付車を除く)」という文字が印刷されている。つまり、車に乗るときは眼鏡が必修の身であった。新しい免許証にはそれが無い。それは紛れもなく視力が上がった証しである。
麵はそつなく腰があり、出汁の味も利いていて、これなら観光客も満足して帰るであろう。当然、友人も満足してくれるに違いない。そんな味であった。それに加えて奇跡の天ぷら。満足しない方がどうかしている。とは言え、今日のうどんは塩が利いてる(汗)。
夢だと知りつつ夢に乗る。他愛も無い会話の中で共に笑った帰り道。別れ際に僕は言う。今度はあちらの世界でまた逢おう、まだ先だけれど絶対だ!。涙を抜けて目を覚ます。彼女は湿っぽいのが嫌いであった。自分の事で僕が悲しむ事さえ拒否るであろう。真面目で、真っ直ぐで、他人に対して心配性で、そんな優しいひとでした。だから黙って行ったのでしょ?、何もかも分かってるから。こっちの方は大丈夫。
YouTube動画ならそんな雰囲気満々だった。PSBの増殖を試みた全国の同胞なら写真だけで理解出来るであろう。限りなく完熟1000%のトマトジュース色の美しさに。濃いねぇ、腹立つくらい濃い。去年頑張っても出せなかった濃さであった。
横の糸はあなた、縦の糸はわたし...。昨日、畑の4隅に打ち込んだパイプに糸を張る。釣り用のラインは強固だけれど、畑のテグスは直ぐに切れる。この夏も何度か張り直しが必要だろうな...。そんな事を思いながら糸を繋ぐとステルスモモの独壇場。見えない防衛ラインがそのにはあった。カラスを想えばこれは怖い。
今日はですね、コーナンの無料軽トラサービスで運んだパイプを立てて、そこに防鹿用ネットを張り巡らせよう。目的は猪対策で柵強化。ネットは南瓜の立体栽培用として。これで猪だって南瓜だって万全だ。オラぁ、わくわくすっぞ!。ちなみに、パイプの内訳は以下のとおり。知人に質問されたので、ブログに記録を小さくメモして残しておこう。
こんにゃくの商品名は群馬の生芋徳用板くんにゃく(2023年春までの期間限定)、製造元は株式会社ヨコオデイリーフーズである。はっきり言って全く知らない。だからお試しで1枚購入し、おでんに姿を変え、食べてハマった。期間限定なのだから、記事に書いても間に合わないだろう。そう思いながらチョイチョイ買って現在に至る。
ダイキでも思ったけれど、ホームセンターの軽トラはよく走る。もちろんオートマで運転席もピカピカ。このままサヨリさんを乗せて遠くへドライブしたくなるくらいの快適である。けれどレンタルはレンタル。安全運転で大きな道を選びながら畑へ向かう。今日は道が混んでいて畑まで10分もの時間を費やした。
ブログの記事を30分で仕上げるには、僕にはかなり無理がある。
iPadの左上の隅っこに表示されるデジタル時計の煽り運転が止まらない。考える暇もなく、思いつくままにタッチキーボードを叩いている。ブログを毎日書いていると、そりゃ普通にこんな場面だってあり得る話。だから、最悪でも頭の中にはいつも隠し球を持っていた。いつだってそう、今日だってそう。今日の記事ネタは、昨日気づいた野良トウモロコシの芽の筈であった。その予定が今から1時間前に歪んだ。
良いも悪いも仕事である。断れる筈もなく任務を遂行。ブログも書いてないし水やりにも行けないか...。仕事はキッチリ、他は投げやりで解放されたのは夕暮れ時であった。行ける?、行けない?、行くか?、行こう。夕陽に背を向け畑に向かう。
モーニングルーティンの水やりをしていると、諦めかけてたズッキーニの発芽を確認した。まだ寒い2月の末にまいた種である。品種はアタリヤのグリーン ズッキーニ。諦め半分で畑に持ち込まず事務所で育てた第一部隊の方である。さらにガチャカプセルで発芽させたトウモロコシもやる気満々。うん、非常にマズい展開である。
主たる業務はセルトレイへの水やりである。到着して5分で終わる簡単なお仕事だけれど、行きたくないけど行くしかない。こればかりは仕込んだ種が発芽するまで避けられなくて、今日もサヨリは元気です。
───2023年3月11日(土)Yahoo!天気の予想気温は21度。けれど体感温度はそれ、優に越えてるから。まだ何もしていないのに直火かってくらいの暑さであった。夏の扉が開きっ放しで、上着を脱ぐと日差しが痛くて、今朝もサヨリは元気です。今日
さつまいもの発根を確認(2023)!ならば畑に埋めてしまおう
キッチンペーパーで包んだ1本が発根していた。この一本、畑の仮面ライダーウィザードだな。もしかしたら他の芋だって発根スタンバイに入っているかも?。細い根っこに最後の希望が見えた。気を取り直して芋を埋め、トマト、ナス、スイカ、ズッキーニ、昨晩新たに仕込んだ種も畑へ。
ここは一旦見切りをつけよう。ドンマイ、ドンマイ、次がある。恋愛だろうが何だろうが女々しいのは良くない。第一陣はのまま続けて第二人の準備に入る。とは言え、種まき用の土は割と高価。買い足すのも気が引ける。容量が大きな25穴では土が勿体無い。なので36穴(6×6)のセルトレイを買って帰った。価格は1個130円くらい。前回の室温は15度を切っていた。現在の室温は17度である。20度まで待つか?、17度でリベンジか?。思案中ではあるのだけれど、我慢し切れず数日中に実践している事だろう。
早めに帰って鼻をかんだら鼻血出た。真っ赤なティッシュに涙出る。アレだってコレだって、自分の中にあったものが外に出るとスッキリするもの。けれど血液だけは別もので、数年ぶりの再開に「やぁ、久しぶり、誰だかわかる?(笑)」なんて気にもならない。
若武者だった頃のサヨリはご飯の後にご飯を催促するような猫であった。飼い主が息子だった頃の話。仕事から帰ると尻尾を立てて頬を僕の足にすり寄せる。その後で「今日ボク、何も食べさせてくれません」そんな儚い目で僕を見つめ、「ア、ア!」っと鳴いてご飯をおねだり。これで何もしない奴はどうかしている。憐憫の情を感じながらカリカリの準備をしてると、「さっきカリカリ食べたら、ご飯食べると吐くから!」と家族に怒られたものであった。
やっぱり温度?ガチャガチャカプセルに入れて温めたトウモロコシの種が二日で芽吹いた
ガチャガチャカプセルに入れたトウモロコシの種を暖め続けて二日後。種の先端から芽が出てしまう。予想に反してAmazonくらい早かった。たぶんそう、きっとそう。やはり温度が重要ですか?。悪かった、悪かった、自分が馬鹿なの忘れてた。それと同時に己の愚かさにも気づいてしまう。未だ沈黙を続ける玉子パック部隊の方、全ての種の上下が逆だった。
肥料が多いと玉葱の葉が捻れるらしい。秘密裏にその症状が起きていたのだ。そして今でも続いている。それはもう、違和感というより嫌な予感。だから玉葱の追肥はいつも怖い。この状況で追肥しても良いのだろうか?。そんな不安も正直ある。とは言えセオリーを信じれば、追肥のタイミングが今である。今を逃せばチャンスが無くなる。
店員さんを囲む人だかりがゾンビ映画を想わせる。そのオブ・ザ・デットに目をこらすと、そこに見えるは幸せシール。幅3メートルほどある陳列棚の至るところが半額シール。好物だけれど滅多に買えない苺大福だって半の額。なにこれスゴい!、今日って春のパンまつり?。喰って良いのは、喰われる覚悟のある奴だけよ。お昼ちょい前、パワーシティーがそりゃ揺れるワケだよ、カカロット。
昔々、アホのように買い漁った可愛いサヨリの被り物たち。その空カプセルを使えば25度~30度が確保が出来る。この方法なら、お湯も、電気も、好感度ですら要らないのだから地球にも優しい。自分の中では理に叶ったアイディアがいと雅。
この作品はフィリピンで制作されたCGを駆使した実写版ドラマである。OPは日本語で歌われ妙なアレンジも加えられておらず、僕のようなリアル世代が視聴しても、ハリウッド版ドラゴンボールのような違和感を全く感じさせない。むしろ、坂本冬休みの由紀さおりくらいの完成度にオリジナルへの愛すら感じる。是非とも続きを見てみたいと思う映像だった。
事務所に戻るとサヨリさんのお出迎え。「ごわぁん、ごわぁん」とラブコールが止まらない。今夜はですね、ねこまんまプレミアムをおみまいしてやるぞぉ~。洗ったお皿にねこまんま。経験上、ゼリー状なら食べるかもと期待度が上がった。ガッチャンみたいに何でも食べてくれたらと思いながら差し出した。
炒飯と餃子を平らげレジに進む。レジの店員さんは昨日とは別の人。伝票を差し出し、料金を支払うとレシートと無料券を手渡される。餃子無料券ゲットの再現が成功した。財布の中には2枚の餃子無料券で、今日もサヨリは元気です。
───捨てるには惜しよな、カリメロ。高騰止まらぬ玉子のパックが捨てられない。分別用にシールを剥がして小膝を叩く。そうだ、この手があった。この中に種をまこう。フタをすれば透明な屋根にもなる。保温効果にも期待が持てそう。もはや玉子パックがビニー
1月の頃まで大きくならない最後の大根たち。バレンタインの頃から徐々に大きく育ち始めた。諦めていたのに嬉しいじゃん。道端でカブトムシをみつけたくらいの喜びあった。普通にスーパーで売られているサイズある。
入んないんだよ、押しても、押しても、電源が!。これは困った、いよいよ困った。だってそうでしょう?、ほっともっとの作文がポメラの中で眠ってら。ブロガーなら分かると思う。一度書いた文章は、二度と同じに書く事など出来やしない。あの絶望感は心温まる絶望的ドラマへと装いを変化させた。チェックメイトの響きあった。
いざ食べ始めると話が変わる。いつもそう、いつだってそう。美味いんだなぁ〜コレが!。結局、全てを食べ尽くす。それで体調不調になったり、お腹が痛くなる事も無い。ズボンのベルトが少しキツつなるくらい。から揚げ弁当中盤に差し掛かる事、お先にサヨリは食事を済ませて、僕の目先でシュッと座る。
それを知っても文句も言わずサービスを使い続ける人は多い。それとは逆で、そんな情報を知ってしまうと気持ちが悪くてスマホを使う気になれないのだ。そんな時代遅れな僕だから、ネットを通して毎日のように謎の預言者が不安を煽り続ける人類滅亡や巨大地震よりも、知らぬ間に僕らのスマホから情報が抜き取られる可能性は100万倍高いと考えている。
粉雪、細雪、深雪、内田有紀。富士山にあやかった超大粒のアポロの最大の特徴は、なんと言っても雪を模した最上段のホワイトチョコである。頭を雲の上に出し、富士は日本一の山である。上段のホワイトチョコと中段の苺チョコとが相まって贅沢な甘さが口の中に広がるのです。友よ、美味しくて珍しいアポロをありがとう(笑)。
いと雅である。翼や機体の所々。厳密に言えば飛行中に風当たりに強い部分。そこにチョンチョンと銀色のペイントマーカーを塗り付けてキッチンペーパーで拭き取る。それでも塗装の剥がれた感じに見えた。そこから先は、プラモデルをキャンパスに絵を描くようなものである。それっぽい雰囲気で立体感を出してみた。
しっかりとした味付けで、クドいようでクドくない。適度な甘さと、適度な辛さ。これと言った特徴は無いのだけれど、僕の思う中華料理のイメージにかなり近い。こういうの嫌いじゃやない。むしろ好き。てか、お気に入ってしまった。このお味でしょ?、チャーハン気になる。餃子も気になる。ラーメンだって食べてみたい。先週の火曜日の出来事であった。
雷電である。パーツごとに塗り分けた塗料が乾いた。二日間、休みも兼ねてじっくり乾燥させると緑色がカチカチになっていた。最後に汚すとは言えこの塗りむらである、イタい。さて、どうしましょうか?。もう一度の着色は宣告承知。問題は組み立てて塗るか、このまま塗るか、さてどっち?。
これと言った記事ネタが思いつかず、ああ、今日は遅刻しました。15分の遅刻です。そんな話を書いたとて、面白くも無いだろう。そんな事を考えていると、ポメラと僕との間に割って入る小悪魔が膝の上から動かなくなった。猫は人に飼われない、ただ人と同居しているだけ・・・じゃねぇーの?。
肉体の疲れなら問題ない。むしろ快感である。けれど、このタイプの仕事が入ると話が変わる。集中力がそちらへ回り、脳の機能を奪われるのだ。仕事で作ったキャラが邪魔して雉虎細魚の文章が出ない。ブログ執筆に行き詰まる。
塗って良いのは、塗られる覚悟のある奴だけだ。その覚悟が萎縮した。アクリジョンカラーは水性である。販売ページの説明から自己了承済みでもあった。それにしても、それでも水彩絵具感が半端ない。色が乗らない、下地が透ける、ダイソーの絵具と同じ感覚。もっとこう、塗った部分がグリーン一色になるも。そう信じきっていただけに落胆っぷりがデカい。こんなので雷電が塗れるのか?。そもそも雷電になるのか?。最悪、深紅に染めてシャア専用にでもしてやるか?。
ダイソーでイメージどおりのパレットを見つけた。プラモデルの着色に使う為である。薄くて、軽くて、6色も使えるのならそれで十分。10枚1組みの使い捨てパレットはとても魅力的見えた。だってそうでしょう?、パレット1枚のお値段で10枚分が手に入る。昨今、地獄のような物価高である。コイツはどう考えてもお得なのだ。ゼロ円を目指すなら惣菜弁当のフタで十分だけれど、それでは気分がイマイチなので水彩絵具と一緒に買った。
少し考え、思考を正気に戻して100均へ向かった。本丸は粘土細工で散々使ったアクリル絵の具。僕には使い勝手が良い塗料なのだ。必要な色は肌色系。茶色と、白と、黒があれば十分だ。何色かのセットがあれば尚よろし。ここからならばワッツへGO!。粘土をやっていた頃ならあったはずの茶色が無い。何でなん?。路線を切り替え赤と黒を探すも、赤はあれど黒は何処へ?。だめだこりゃ...。当てが外れて2件目に移動。バイクで10分先にある、みんな大好きダイソーである。
「職人は腕で語るもの」と言うけれど、それだけじゃ、わかり始めた渡辺美里にはほど遠い。塗装されたガンダムをまじまじと眺めると汚しの技術が半端ない。20年ほど使い込んだガンダムです。そんな貫禄が十分あった。何だかもう「師匠と呼んでも良いですか?」そんな気にもなるのがイケスカナイのだけれど・・・。
1970年代、インベーダーゲームが日本を包んだ少し前。琴電瓦町駅から2つの横断歩道を渡ると、そこがアーケード街の入り口である。時は高度成長期、いつだって南新町アーケードの中は芋を洗うような活気があった。店も、照明も、看板さえもが輝いてみえた。
そんな記憶の欠片が1000件を越えた。ポメラDM250はよく使う単語を自動登録する機能がある。便利な気もするけれど容量を考慮して定期的に削除している。毎日の投稿の中で完全に記憶に留めた文言も削除している。理想はユーザー辞書にも頼る事なく記事を書き上げる事である。短時間で仕上げられたら更に嬉しい。
魚は火のとおりが早く、あっという間に蒸し上がる。蒸し器から透明パーツを外した先から、ふっくらとした白身が出現。サヨリのテンションも再燃焼。鯛どころの騒ぎでは無く意味不明の行動へと出る。僕の胸に向かって突進してきたのだ。胸の中で可愛いの暴力が弾けた。これが最後の鯛とも知らずに...。
少し前に購入したプラモデルがある。シャア専用でもなく、アムロのでもなく、戦闘機である。日本が誇る名機雷電(らいでん)。これをですね、大空に飛ばした写真にネタばらしを添えてを驚かせてやろうと考えたのだ。それは友人へのサプライズ企画である。だから撮影完了その日まで雷電の存在を隠す目論見。けれど如月の風に僕の気が変わる。春が近づき、日も長くなり、仕事に畑が付加されたらプラモどころでは無くなるだろう。僕のような怠け者は何事も後回しにする癖がある。
愚痴と言うのはスラスラ書ける。30分足らずで勝手に仕上がる。何が悔しいかってそっちの方が面白いのだ。かなり突っ込んだお仕事アルアルのデパートだった。捨てるには惜しいけれども僕のスタイじゃない。僕はその記事を無言でワードプレスのゴミ箱の中へと放り込んだ。
キャットフードとは別次元。魅惑のちゅーるだってこうはならない。一心不乱とはこの事である。ウゴウゴと小さな口が止まらない。どんどん食べる、止まらず食べる。それは呼吸するのを忘れているかのよう。キミは美味そうに喰うね...。諦めた、愛猫の満足げなドヤ顔に悪魔の囁きは霧と消えた。こんなの見せられたら僕のプロジェクト鯛飯だってお蔵入り直行便である。そうする事であと数日、このドヤ顔が見られるのならお安いものだ。全米は泣かずとも、お父さんは泣けるから。
そう釣り人らに情報を流したのが去年の1月9日(ブログにも記載あり)。でも、あれから鯛は姿を見せなかった、一度もである。そんな事など忘れかけてた一年後、二匹の真鯛が目の前に。釣り人のひとりが、海に出た。昨年の僕の叫びを思い出して、わざわざ鯛を持って来たのだと言う。
1月の始め、畑一面にもみ殻を運んだ。これでもかと言わんばかりの勢いあった。それが終わると何もやること無くなった。本格的に動き出すのは3月頃だと勝手に思う。だから畑に来るのは久々であった。それは、2月4日(土)の出来事。
柔らかな餅の補佐役にこの餡子が打ってつけ。主張し過ぎない甘さが餅の存在感を引き立たせる。それでいて、餡子の主張は喉奥にまでキッチリ届く。この餡子、良い仕事してますねぇ。安倍川もち、しっかりと僕の胃袋にまで届いています。
そう思いながら、キョロキョロとあたりを見渡し気づいてしまう。そっか、そっか。今日は全国的に恵方巻きの日。クリスマスのケンタッキー現象からの大渋滞。腑に落ちた。車が混み合う筈である。遅刻の言い訳ゲットした。これで何も怖くない。胸を張って遅刻をしよう。約束の時刻に間に合ったけれど(笑)。
力を入れずしてスコップが土に吸い込まれた。これが私の生きる道くらいに良い感じである。このまま苗を植え付けたら、それこそ良い感じに育ちそう。僕と同じで面倒くさがり屋さんの彼である。不耕起栽培、これは良い、凄く良い。お試しで春野菜は草刈りだけでやってみないかと持ちかけた。
1分動動けばポカポカも地獄。全身から吹き出す汗が滝。らっきょのような大粒の汗がウィンクの愛くらい止まらない。オレらにドラマ始まっていた。それは体温まる絶望的ドラマであった。その3分後には息が上がり、心臓のカラータイマー鳴り響く。今ならウルトラマンの苦しみも理解できる。ついさっきまで威勢が良かった長老たちからの声も消えた。それは、ハウスの中の人間の心がひとつになった瞬間でもある。
漢字が読めないパッケージ?ビャンビャン麺のカップ麺を食べてみた
製造会社はブログで度々登場しているサンポー食品。得意料理はサッポロ一番でお馴染みの会社である。嫌でも期待は高まるばかり。だってそうでしょう?、袋麺で一番好きなの味噌ラーメンだし。ビャンの一文字に圧倒されてプリッとパッケージを捲って固まった。
人類が数億年に渡り営み続けた自然の摂理、それが排泄行為である。その行為を促す空間を我々はトイレと呼んでいる。どれだけ少なく見積もってみても毎日3回以上はお世話になる空間について、アナタはどのような思想をお持ちだろうか?。そのひとつの回答を提示するトイレが実在する。
1970年(昭和45年)、日本電信電話公社の市内通話が3分10円に決められたのが1月30日である。それ以前は利用時間に制限が無かったのが驚きだ。この制限は長電話防止のために設けられた。知ってる、それ、嘘でしょ?。そこだけを切り抜けば、電電公社のテイの良い値上げ策のように見えて至極当然。70年当時のリアルを知らないが故に大きな誤解が生じるのだ。ほとんどの家庭に電話が無いなんて想像できる?。
どんぶりの中で、甘さと、辛さと、旨味とが、生命を育んだ地球と太陽との距離のように絶妙なバランスで引き合っている。何を足しても、何を引いてもこうはならない。完成されたスープであった。そこにいつもの麺である。
「ゴジラのたまご」は、1991年に北海道月形町で生産され、生産者である柳彰憲氏がブランド化したスイカである。
天を仰ぐと粉雪である。10年に1度は伊達じゃない。雪降らぬ街に雪が振る。フライパンの中には残り物の麻婆豆腐。喰うべきか喰わざるべきか...否、喰うべきである。瞬時に麻婆丼が脳を掠めたけれど、変な時刻に米を炊くのも気が引ける。幸か不幸か冷蔵庫の中を覗けば茹でうどん。ここはうどん県である。ストックうどんが無い方がどうかしている。とは言え、大きな問題が残る。
夏と秋、畑には危機に対する備蓄があった。僕の畑は山の中腹に位置し、マンションよりも天空の城である。だから津波の心配がまるでない。うちの畑が海水に流される規模ならば、そりゃもう、僕だってタダでは済まない。そんなアルマゲドン的発想はアベンジャーズにお任せるに限る。考えるだけナンセンスなのだから。
伏石のマルナカの手前にある小汚い店。これ、酔っぱらいのオッサン行きつけの立ち飲み酒屋というやつじゃやね?、ドンドンって何だよ?。そんな感じ。友人に押し込まれるように入店すると、そこに広がる今日から俺は!!。リーゼント、パンチパーマ、紫のマスク...学ラン軍団チャハーン喰ってる。こえーよぉ〜、めっちゃ見てる...無料と危険は隣り合わせ。虹の橋が薄っすら見えた。
つまり、ポメラだけで記事を書くのは難しい。ネットが無ければ指が止まる。ついでに脳も停止する。単語が出なけりゃすぐネット。けれどネットを使えば今のままが継続される。はい、近い将来確実にボケます。ハードにポメラを使い始めるとそんなジレンマが長らく続いた。
───会社にファックスが来た。凄いんだなぁ~これが。コピーも取れる最新機種である。用も無いのにコピー印刷。「うぉ~」っとざわめくオフィスの中で誰もファックスを使おうとはしない。それは、スケバン刑事・夕焼けにゃんにゃん・ハイスクール奇面組がテ
己が存在する時間軸が分からない。今はいつ?、時の迷子、一種の錯乱状態。ガシャっと部屋のドアを開いて階段を駆け下りる。そうだよな、あの頃は急な階段でも駆け下りていたよな。転ぶ気すら起こらない。「40年後は無理だよ」そう、過去の自分に教えてやりたい。ドタバタと階段を駆け降りるとそこがリビング。ドアを開いて我が家に1台しか無いテレビの向こう。そこはやっぱりサザエさん。何故、サザエ...。混乱の極みであった。
そう来たか…。愛猫の悪戯が発覚!その直後のアリバイ工作が意外過ぎて
殺人以外のイタズラは全部許す。そうサヨリに対して豪語している僕だけど、この状況には流石にへこむ。ガクリと落ちる肩とガクッと曲がった膝小僧。ホンボシサヨリは僕の脇の間をスルリと抜けて背水の陣から僕を睨む。その太々しさたるや「だってしょうがないじゃないか!」と言わんばかり。この際だからハッキリと言っておこう。岩下志麻の覚悟しいや。神が作りたもうた可愛い極道、猫と暮らすとはそう言う事である。
誰かの声。そこを目掛けて条件反射で突き進む。そこに脳が付け入る隙など無かった。森羅万象、無我の境地。本能だけが僕らの体を支配した。小3ひとりが入れるスペースに、数人のガキが頭を突っ込と異彩を放ついつもの海があった。
イヤフォンのし過ぎで耳の中が腫れたから、ダイソーの置くだけで音が広がるスマートフォンスタンド買ってきた
iPod touchのスピーカーでは外の音に負けるのだ、iPadならまだしもだけれど。だがしかし、iPadは画像確認やらで使うからフリーにして置きたかった。だから見た事あるけど買う気なしな商品をわざわざダイソーまで行って買って来たのだ。
渋々ジョイに出向いてみると本当であった。土壌酸度計が900円。こんなので計れるの?。少し疑う。棚に貼られた注意書きには「一応の目安です」の文字の多さよ。色つき枠つきで怪しさ満点。買うか買わぬか、さてどっち?。
僕は3本のさつまいもの発芽スイッチを押した。48度のお湯に芋を40分ほどひたす。それは農林水産省推奨手順。これをやると成功確率が上がるのだとか。水分の抜けた芋が水をたっぷり吸収するからなのだろうか?。成功確率が上がるのだったらやってみる。
その中身は知っていた。事前に知らせてくれたから。それは足元に広がる大宇宙、やさい作りの本である。この歳になってつくづく思う。友達とは良いものだ。本に添えられた手書きの絵はがき。ほっこりしながらお茶を飲む。
高たんぱくに低糖質。それに加えて1日分の食物繊維。地獄の後の健康志向。胃袋をいたわるカップ麺と思いきや、ハイプロテイン謎肉入りて...。言葉の響きひとつで怪しさが増すものだな。謎肉の正式名称はダイスミンチだったと記憶している。豚肉、大豆、野菜が主な原材料だったかな?。
だから手に取りさらりと読んだ。歌集ならではの読み易さある。7月6日が登場するのは125ページ目。消しゴム1個80円、サザンはすでにひとつのジャンル、お土産には讃岐うどん。この感じ、この感じ。当時の空気を脳で味わう。女性ならば尚更であろう。予想に反してあとがきまで読み干せた。
ブログの中で時系列を意識し始めたのは自家栽培を始めてから。つまり、畑をやってから。野良作業を通し、いつしか僕のブログは記録になった。体験談という名の記録である。何時やった?、何処でやった?、何をやった?。自らの体験から真っ先に無くなるのが何時である。下手をすれば昨日の事でも結構ヤバイ。人生も野菜づくりもタイミング。それを逃すのが惜しかった。だから時系列に心情をエグく重ねて書くようになる。オーバーな言い回し。それは記憶の起動ボタン。
世紀末からずっとそう。ほっかほっか亭ならスターランチに決まってる。ノストラダムスのチョイ手前。キバヤシくんのMMRを読みながらスターランチを食べた記憶も残っています。ほっともっと誕生は、もっと未来の話である。その当時、ほっかほっか亭のライバル店はかまどやだったと記憶している。
いくら僕でもそれは分かる。目だよ、目。目のレンズを入れ替える施術にですよ、全身麻酔が妥当でしょう。ダ・カ・ラ、本当の事を言いなよ。不自由あれば協力すから。努力は足し算、協力はかけ算って言うし。
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金曜日は小説の話。 文章で熱量が出せるのか? 畳みかけるような勢い。そんな表現が可能なのか? 出せるものなら出してみたい。ブログ王では大人しく書いたけれど、今回は熱を帯びた物語を書きたくて、今日もサヨリは元気です(笑)日々、それを考えてい
───木曜日は雑談の日。 2024年4月17日23時14分ごろ。豊後水道で最大震度6弱の地震が発生しました。この地震で被害に遭われた皆様にはお見舞い申し上げます。四国地方で発生した大きな地震ということもあり、僕へご心配のご連絡をくださいま
───水曜日は猫の話。 この文献はUMA(未確認生物)を目撃した、とある農夫の貴重な証言記録である。そして、この証言記録は紛れもなくフィクションである……。 あれは蒸し暑い夜の日の出来事でした。妻が私に言うのです。 「ネズミの姿を最近見
火曜日はレビューの日。 今日は、ご機嫌なカップラーメンのご紹介です。名前が少し長いのだけれど〝最高に面倒で、最高にうまいラーメン。熊本 濃厚黒マー油豚骨〟。これは知人からの頂き物で、今日もサヨリは元気です(笑) 世界初のインスタントラー
月曜日は畑の話。 ───どうしよう、どうしよう、どうしよう……。 あれが、これ? 枯れた苺に顔面蒼白な僕がいた。 その原因は水切れだった。定期的に雨は降った、でも、それでは足りなかった。ベリーポットでは保水力が少なすぎたのだ。つまり、僕
オッツーは待っていた、何日も何日も待っていた。 日曜日の午後の時間帯。ある男が道の駅で休憩する。そんな噂話を聞きつけて……。そこで、彼が自動販売機でコーラを買うらしい……雨の日も、風の日も、オッツーはひたすら彼を待ち続けた。あの人にオレはな
鬼ヶ島の帰り道。 金銀財宝を積んだ荷車を引きながら、イヌは浮かない顔をしていた。 「どうした? イヌ?」 後からリアカーを押していたサルが、心配そうにイヌの顔を覗き込んだ。 「気に入らない……」 ぽつりとつぶやくイヌに、サルは優しく話
金曜日は小説の話。 新作は、バカでいいから勢い欲しい! 根拠も理由もなくていいから、なんかこう……アツいお話しに仕上げたい。ワケもなくアツいといえば、バカっぽいけど心震えるのは、僕の中では天元突破グレンラガンしかあり得ない。十年以上も見て
木曜日は雑談の日。 去年、相棒からサツマイモをもらった。 ───水でしっかり洗ったから……。 そう、土を洗い流したサツマイモの発芽率は極端に落ちる。だが、温存しておいた二本から芽が伸びる。詳細は、去年書いた記事のとおりである。 可能
水曜日は猫の話。 人は問う……。 己とは何か? 命とは何か? 宇宙とは何か? そして……猫とは何か? それに明確な回答を示した者はいるのだろうか? 高名な学者でさえ、今でも難解な問題であろう。すっと家庭に潜り込み、人をしつけ、意のままに
火曜日はレビューの日。 僕は豚骨ラーメンが食べたいですよ! 今の気分は、あっさりしたやつ。喜多方風とか、熊本風とか、そっち系の店もある。あるにはあるけど、バイクを飛ばして小一時間。15の夜でも遠いじゃん? そこまでして行きたくないじゃん
月曜日は畑の話。 きゅうりの種がようやく芽吹いた。プチトマトと中玉トマトの芽も顔を出す。発芽を確認したのは三月末のことであった。マルナカで買ったきゅうりの苗は順調である。だから、きゅうりで焦る必要などまるでなかった。きゅうりで失敗した経験
「あれ? ツクヨは?」 じいちゃんが俺に向かって声をかけた。ツクヨを探して辺りをキョロキョロと見まわしている。 「ツクヨは、アケミたちとタピオカ飲みに喫茶に行ったよ。今日は畑に来ないよ」 「タビオカ?……ってのが流行っているのか?」 ツ
「お父ちゃん。小五郎ちゃん……今日、お店に来なかったね……」 恵子は店の暖簾を片付けながらため息をつく。 「どうしたんだろうねぇ、小五郎さん。昨日は今日も来るって言って帰ったのに……」 食器を片付ける洋平も心配げだ。 「昨日、恵子があん
金曜日は小説の話。 長編小説未経験の人類代表ただのおっさん原作。のんちゃんのブログ王で反響が大きかったエピソード。それが〝007 ゆいとのん〟でした。女子高生視点描写に注目が集まったようです───アイツの背後にゴーストライターがいるらしい
木曜日は雑談の日。 今日は、自分で栽培したアスパラガスを存分に自画自賛しようと思います(笑) 皆さんは、アスパラガスと聞いて何をイメージされるでしょうか? 僕が真っ先に思い浮かぶのは「喜んでぇ~」でお馴染みの、居酒屋のベーコン巻きです。
コタツ恋しき冬も終わり……か? 水曜日は猫の話。 事務所の室温が20度を維持し続けている。日が沈み外の気温が下がろうとも、鉄筋コンクリート造の建物は夜の室温が高くなる。そんな性質があるのだろう。夏になると嫌でも体感できるのだけれど、室温
火曜日はレビューの日。 3月28日(木)に収穫したホワイトアスパラをその日に食べた。だって、そうでしょ? 魚でも野菜でも、うどんでも……こういうのはね、新鮮だったら100パーセント美味しいものだ。先日のアスパラガスの豚バラ肉巻きが旨くて旨
月曜日は畑の話。 3月28日(木)に畑にちょいと顔を出した。3月24日(日)ぶりである。4日も空けたのは長雨が原因だった。昨日は晴れたが仕事で行けず、今日の午後から雨マーク。行きたくないけど、行くっきゃない! 僕には行くべき理由があった。
ブログのアクセスを増やす方法 ゆきは密かに目論んでいた───静かに……その時を待っていた。わたしはブログの女王になるのよ……と。そう、新たなる自分を目指して、己の可能性を信じて、ゆきは高校デビューを画策していたのだ。 公園の桜の木の下で、そ
空は一気に暗くなり、滝のような雨である。激しい雨に、さっきまで煩かった選挙カーの声も消えた。ブルーシートの下で雨宿り。この屋根の実力とやらを見てやろう。そんな気分で外を眺めた。あちこちで空が光り、その数秒後に轟音が鳴る。こりゃ、雷のデパートだな。限界を越えた排水路から雨が噴き出し始め、ただの夕立だと舐めていた自分が、実は遭難しているのだと悟り始める。天井を強化した屋根はびくともしなかった事が不幸中の幸いであった。
今回のカレーチャーハンの材料は、米二合、玉ねぎじゅんこ一個、豚肉少々、カレールー適当。これだけである。玉ねぎを焦がした失敗が無くても美味しくは見えないだろう。そして今思う。これ、エビを入れたらもの凄く豪華に見えると。次はエビを入れてみよう。美味しかったらの条件付きだけれど。
その中に差し込む「今日もサヨリは元気です」 昨年のある日、それを入れ忘れた日があった。文脈の中に入れ込む余地がなかった記事だから。いつものフレーズが絶妙に文章のバランスを崩すように思えのだ。だから意図的に外した。
賢くて、優しくて、気立てがよくて、芯のとおった、薩摩おごじょの声である。昔から知っていたような響きもあった。ふたつの音源を穏やかな気持ちで聴き終えた。元素と原子の話なのに、「苺ジャム好きだけどね……」彼女らしいな。その語らいに笑みが零れた。優しさとは強さの裏返しである。この場で友の全てを語ることなど不可能だけれど、その強さに僕の心臓が大きく揺れた。
オクラだったら、今から種でも間に合うだろう。苗の購入は最悪の時でも遅くない。昨晩、透明のアクリルコップの中に水を含ませたキッチンペーパーを入れ、湿ったキッチンペーパーの上にオクラの種を並べた。数日中には種から根っこが出るだろう。そうなれば占めたもの。オクラの種を窓際に置き、翌朝、オクラの種は発根していた。
後は材料を教科書どおりに混ぜ合わせるのみである。だがしかし、話はそこで終わらない。終わったように見せかけて、さらば宇宙戦艦ヤマトのガトランティスが如く、教科書を一枚捲るとカカロット。スーパーストチュウ水のつくり方が顔を出す。そのバリエーションは全四種類。さしずめ、ストチュウ水のデパートだった。
オカンは、小膝叩いてそう言った。直訳すれば、「アンタが物干しに干しときな」と言う意味である。僕は無言で家の裏にある物干し場へ向かい、無言で物干し竿に玉ねぎを吊す。物干しに吊された玉ねぎに違和感というより嫌な予感。洗濯物を干すスペースが無くなった。これ、後で絶対に怒られるやつである。
可愛いにゃんこの画像には、大きく「迷い猫」の文字が躍る。それは、迷い猫のチラシ作成用のテンプレであった。テンプレの提供元はマイクロソフト。その記載に世界的猫ブームのそよ風を感じた。そう、こう言うのは凄く大事なのである。チラシやポスターをつくり慣れている人間ならば、迷い猫のチラシ作成など造作もない。数分もあれば出来てしまう。けれど、慣れない人にとっては難問である。必要な情報の記載漏れがあれば、折角、あちこちにチラシを貼っても無意味である。
セルトレイで発芽させたズッキーニの双葉が黄色い。その症状は九本の苗のうち二本で発生した。事務所で発芽させて、日照不足による徒長を避けるべく陽当たり良好な畑に引っ越しさせたズッキーニであった。害虫避けも万全だ。不織布トンネルを作り挑んだ初めてのズッキーニ。その有様に、霞まないかすみちゃんだって涙目である。
もう、お気づきの方もいらっしゃるだろうけれど、「アイドルじゅんこ」の他に「ももえ」も「まさこ」も市場には存在する。それはまさしく花の中三トリオ。昭和のスタ誕世代の心を揺さぶるネーミングである。
PSBの培養は簡単である。必要なのは、畑に転がしているPSB。その他に、水道水、ペットボトル、エビオス錠、液体を注ぐためのロートである。冬の間、事務所にため込んだ、空のペットボトルに水道水を入れて持って行く。ちなみにエビオス錠はPSBの餌である。PSBも生き物である。ご飯が無ければ始まらないのだ。
嗚咽と共にサヨリの腹筋が大きく動く。ドリカムなら「あ・い・し・て・る」だけれどサヨリのそれは「は・き・ま・す・よ」である。まずい、まずい、まずい。時は一刻を争う状況。ポメラと、iPadと、スケッチブックを避難させなければ泣くに泣けない。ポメラもiPadも落としてはいけない。視線はサヨリに合わせながら、ゆっくりとポメラを移動。次にiPad、最後にスケッチブックを避難させる。
不思議な事に採ったばかりの野菜は旨い。アイドルじゅんこも半信半疑で土から引っこ抜いて囓ってみると旨かった。受け狙いで買った種である。あくまでも目的は記事ネタであった。故に、元々味へのハードルは低く設定していた。極論、不味かろうが構わない。カタチになればそれでヨシ!。
久々にホームセンターで心臓が揺れた。もの凄く欲しかったのである。ゴムの結束バンドの存在を知ったのは桃畑の現場であった。桃の木の枝は脆く実の重さに耐えられない。その補強材としてぶっとい竹を枝と地面とのつっかえ棒に使う。その桃の枝と竹を結束するゴムバンドの形状が独特なのだ。
ブログを書き始めてから何年も経つのだけれど、三千文字以上書いた経験など皆無であった。一度もである。その僕が短期間のうちに一万文字近く書けたのは奇跡に近い経験であった。誤字脱字など一切無視して四時間で書き上げた。勢いというものは恐ろしいものである。
言っちゃ悪いが僕だって頑張った。ロボコンくらい頑張ったのだ。それでも芋の芽は出ない。水っ気も無しに、いとも簡単にスーパーに転がっているような状態で芋が芽が出しているのだ。僕のプライドはズタズタである。
パンパンに膨らんだコーンの、一粒、一粒、の自己主張が強い。ジューシーで甘い。間髪入れずに畝の真ん中を1本もぐ。皮をめくるとびっしりと実が詰まっていた。それから、畑に行くたびにゴールドラッシュである。その1本を保存して発芽を試みたが発芽率がイマイチであった。種まきにはタイミング重要なのだと言う。チャンスを逃してはいけない。去年と同じホームセンターで去年と同じ種を買った。
百歩譲ってトマトとプチが似たようなのは理解できる。けれど、ナス、ピーマンも見分けがつかない。これからナス科の植物の進化の過程を見て行く事のなるのだろう。ホームセンターの苗に比べたら赤ちゃんである。
クンクンと匂いを嗅ぎながら最初はカリカリに警戒しながら、一粒食べれるとスイッチ入る。とは言え、老年である。カリカリの音も無く食べていた。お皿とカリカリが奏でる和音が心地良い。そして5粒ほど残して僕を見上げる。あの目は「おかわり」のサインである。どうしようか少し悩む。全ての猫がそうなのかを僕は知らない。うちの猫だけなのかもしれない。
春の日差しに包まれながら細い田舎道をひた走る。ゴールはそう、トイレである。数億年に渡り行われた、自然の摂理に逆らえるワケが無い。長年の経験から、頭のグーグルマップに記録された場所へと急ぐ。あの神社には誰もが使えるトイレがあるのだ。成就が先か成仏が先か、安全運転を心がけながらも身体は正直である。既に発射体勢に入っている。つまり、残された時間はあとわずか。