セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ
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住所
松阪市
出身
松阪市
ハンドル名
セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボさん
ブログタイトル
セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/idealblog2
ブログ紹介文
日本の城、写真、ダートレース等の趣味を相互に関連づけて趣味を深く追求!
自由文
三重県を中心に徹底訪城、伝えて残したい山城遺産。時々ダートレースで若さを保ちつつ、セルフコロボレーションを試みる。
更新頻度(1年)

17回 / 365日(平均0.3回/週)

ブログ村参加:2016/07/05

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セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボさんのブログ記事

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  • 連部城

    城名連部城読みつらべじょう住所津市安濃町連部築城年天正12(1584)築城者家所帯刀正藤高形式平山城遺構郭、空堀、土塁規模東西50m×南北80m城主不明家所帯刀か標高20m比高4m経緯天正12年(1584)小牧長久手の戦い。羽柴秀吉は伊勢攻めに関して戸木城を攻めるために家所帯刀正藤高に命じて築かせた城。書籍三重の中世城館勢陽五鈴遺響環境穴倉川と北大谷川の合流地点を守るようない位置にある。連部城や今徳城は段丘でもない川の際にあることがヒントとして考えられる。水運を利用していたのであろうか。現地植林された林に守られて土塁が良く残っている。考察藤ケ森城、浄土寺城、連部城、今徳城が近接してある姿は伊賀の国人領主の世界を見るようである。感想川の際に位置するだけに堀には水が張られていたのかもしれない。その他今徳城と連部城は...連部城

  • 津の城一覧

    三行城津市河芸町三行長野氏の一族工藤が伊藤と改姓し助重が築城伊勢上野城津市河芸町上野元亀元年に信包がはいる。黒田城津市河芸町北黒田長野家家臣。信長により落城。秋葉城津市河芸町南黒田天正12年に秀吉により落城。楠原童子谷城津市芸濃町楠原応仁期に築城。信長に属した。楠原向市場城津市芸濃町楠原楠原城の支城。林館津市芸濃町林字殿町長野氏の一族。天文5年に関氏に敗れた。林城山城津市芸濃町林字城山天正11年に秀吉と合戦。忍田城津市芸濃町忍田忍田氏の居城。雲林院城津市芸濃町雲林院長野氏の一族。雲林院氏の居城。椋本城津市芸濃町椋本野呂氏館津市芸濃町椋本(椋岡神社跡)雲林院家家臣。信包に謀殺された。前山城津市芸濃町安西雲林院家家臣。萩野城津市芸濃町萩野北畠家家臣。岡本城津市芸濃町岡本若菜五郎らと元久元年に乱を起こし落城安濃城津市...津の城一覧

  • 中森氏城

    ☝主郭櫓台☝同、愛宕神社境内☝主郭主郭南東隅の土塁と堀切道☝主郭西の土塁と空堀北曲輪の虎口☝同、外から見る虎口付近城名中森氏城住所津市美杉村太郎生築城年不明形式山城遺構郭、土塁、空堀、水場跡規模東西50m×南北200m城主中森数馬之助一族北畠家臣。詳細は分からないことが多いが家臣帳には伊賀口の加番となっており多気に入る街道を抑えていたと考えられる。家系は弓に強かったらしく弓組に従事する者が多く見られる。(権之助、掃部佐、外記丞)標高480m比高65m書籍日本城郭体系三重の中世城館環境多気から伊賀へ抜ける街道と木津川の上流名張川が北に流れるのでこれらを抑える拠点として築かれたと思われる。これらは城から眼下に一望できたはずである。現地城は南の詰城の曲輪群と北の館の曲輪群に大別された縄張である。城の長辺側、南北の一辺...中森氏城

  • 城阪城

    ☝主郭跡主郭西の土塁主郭西の切岸と下方に曲輪堀切道Ⅱ郭の土塁Ⅱ郭の虎口2郭の切岸2郭南の谷古墳を流用した土塁の片りん丘陵の中心部主郭に咲くカタバミ北から遠望GPS軌跡と配置城名城阪城読みじょうさかじょう住所津市安濃町戸島字城阪築城年築城者城主不明形式丘城遺構郭、堀切、土塁、土壙(どこう:土葬された穴)、住居跡規模東西200m×南北80m標高56m比高20m経緯昭和57年の町道改良工事のため第一次発掘調査が行われ土塁や空堀などが確認された。その後、第二次発掘調査の城阪古墳調査時には、二か所の堀切(幅4~5m、高さ3m以上)と土塁が丘陵を横切る形で南北に遺存していることが確認された。書籍津市史知られざる郷土史・津とその周辺(浅生悦生著)環境東700mに安濃川、足元に安濃の美田を一望する、東西に延びる丘陵に築かれてい...城阪城

  • 島田城

    城名島田城読みしまだじょう住所松阪市嬉野島田町築城年15世紀か形式居館遺構なし(ただし、堀切らしき道を挟んで馬出しらしき畑地を見ることができる)規模北に位置する畑地を馬出しの機能を持つ城域とすると東西130m、南北100m。城主野村平三郎野村半十郎家臣北畠家臣(家臣帳に半十郎の名が載る)標高40m比高7m歴史応永九年(1402)伊勢三代国司北畠満雅は雨乞祈願して霊験あり、満雅大いに喜んで筆を執り龍谷山の山号額を寺に掲げたと伝えられている。その後、天正四年(1576)兵火にかかり本堂以下焼失したが本尊及び熊野本地仏は難を免れ現存している。真性寺掲示板より平成7年3月嬉野町教育委員会書籍松阪市遺跡地図環境北に向けて防御した様子が伺える。幅150m、比高7mの田圃(当時は沼地?)が北東から西に向かって巡っている。背後...島田城

  • 大紀町の城

    阿曽城大紀町阿曽具親挙兵時に戦死。野後城大紀町滝原三瀬城の支城。林氏館大紀町金輪不明。乾氏館大紀町金輪不明。崎城大紀町崎北畠家家臣。三瀬の変で戦死。大内山城大紀町小川口山頂にあった。柏野城宮川流域の遺跡を歩くに記載(田村陽一)阿曽元屋敷大紀町阿曽山崎大炊之佐の館か中野城大内山氏の出城か浅間山砦大紀町大紀町の城

  • 阿曽元屋敷

    城名阿曽元屋敷読みあそもとやしき住所度会郡大紀町阿曽村出築城年永禄11年(1568)10月~築城者城主山崎大炊之佐(おおいのさ)形式居館、田畑遺構曲輪、屹立壁、水堀(川)規模東西120m×南北60m一族兄(山崎式部少輔)家臣北畠家臣標高113m比高2~10m歴史山崎式部少輔・大炊之助は永禄12年(1569)の大河内城籠城戦に参陣している。(勢州軍記)主君北畠具教が天正4年(1576)織田信長に謀殺された時、兄、山崎式部大輔は主君と共に三瀬城にあり、主君に殉じた。書籍三重の中世城館大宮町史環境北1Kmの山頂に阿曽城がある。阿曽弾正という阿曽城主との関係性が不明確である。当時田畑に開墾、反別凡そ五反分余、後ろは川を以て周囲なり。地面より屹立すること七・八尺は丈あり。現地考察感想備考大内山城-7Km(1.5Hr)-崎...阿曽元屋敷

  • 崎城

    城名崎城読みさきじょう住所大紀町崎築城年不明築城者山崎権太夫守正形式居館遺構未定規模未定家系山崎式部大輔(兄)(三瀬)ー大炊之守久(又は)佐後(弟)(阿曽村出)ー権太夫守正(崎)家臣北畠家臣標高比高歴史山崎式部少輔・大炊之助は永禄12年の大河内城籠城戦に参陣している。(勢州軍記)経緯三重の中世城館によると以下の記述がある。主君北畠具教が織田信長に謀殺された時、山崎式部大輔は共に三瀬城にあり、主君に殉じた。弟山崎大炊之佐後を継ぎ、永禄11年(1568)10月大内山御阿曽村村出に住城す。衆人元屋敷と称し、当時田畑に開墾、反別凡そ五反分余、後ろは川を以て周囲なり。地面より屹立すること七・八尺は丈あり。三代権太夫守正に至り寛永14年(1637)に至り当地に移住す。現在の山崎氏宅はその時に構築されたものだが、当時は大内山...崎城

  • 大内山城

    城名大内山城読みおおうちやまじょう住所度会郡大紀町大内山川口築城年不明築城者城主大内山但馬守興信形式山城遺構曲輪、堀切、石垣(年代不明)規模(主郭部)東西10m×南北8m家臣北畠家臣標高250m比高60m歴史大河内城の籠城の際には大内山但馬守も参陣した。(勢陽雑記)経緯大内山但馬守光成討死;天正4年12月4日多気城(大宮町史)書籍伊勢の中世三重の中世城館環境ツヅラト峠、或は荷坂峠方面から進入してくる敵に対して迎え撃つ場所としてはまさにふさわしい場所である。大内山川と梅谷川の合流地点の谷底平地を北に見おろす山地の尾根にある。東に八柱神社がある。現地古祠が祀られせまい平坦地の北東に石垣状のものがみられる。興信が大檀那となって建立された中野の汲泉寺には、有形文化財の永正10年(1513)銘の「雲板」があり、この寺の盆...大内山城

  • 浜島城

    ☝浜島城遠望☝半島状の浜島城☝虎口(左右土塁)☝薮の状態☝大壁☝曲輪に備わる土塁城名浜島城読みはまじまじょう住所志摩市浜島町浜島築城年不明築城者小野田氏形式海城遺構曲輪、土塁規模東西35m×南北200m城主小野田筑後守家臣九鬼家家臣標高15m比高12m書籍三重の中世城館環境浜島湾に突き出た極細の半島状丘陵である。浜島湾はもとより英虞湾を守るに最適地となる。現地半島状丘陵の北側は当時は海であったと考えられる。陸地に続く北の先端部に虎口と両脇をおさえる土塁が確認できる。それ以外、現在、竹藪で全体像はつかみきれない。薮漕ぎの小道具は必須である。丘陵には3つのピークがあり、それぞれが曲輪であったと思われる。ピークの間には堀切底を生かした曲輪が3か所ほどある。全体的には湾の外側に大土塁や壁を備えていると考えてよい。敵勢力...浜島城

  • 南張城

    ☝改変された主郭部☝西側尾根の削平地☝北東尾根の段差☝段差にある石積☝切通し☝堀切☝土塁城名南張城読みなんばりじょう住所志摩市浜島町南張築城年不明築城者不明形式山城遺構曲輪、堀切、土塁規模東西110m×南北20m城主不明標高64m比高26m書籍無し環境北の山裾を流れる南張川は西へ迂回してから太平洋へ流れ出る。まるで水堀である。南側の太平洋に面する崖は水面からほぼ垂直を成している。陸の孤島と言っても間違いでない状況の要害である。現地山頂の主郭部は公園化によって改変され当時の様子は残念ながら推察できない。北東側の尾根上の遺構は当時の様子を残していると考えられる。他の城には見られない遺構の配置など一見の価値がある。主郭と北東部の曲輪をつなぐ階段状の小さな曲輪の北側には石積の様子も伺える。考察海城といってもいいかもしれ...南張城

  • 加津良島館

    城名加津良島館読みかつらしまやかた別名葛島館住所三重県度会郡南伊勢町田曽浦築城年不明築城者加津良島氏形式島城遺構(麓)館跡、不思議な遺構(南部)郭、土塁、塹壕(北部)郭、虎口、空堀規模(麓・館跡)15×30m(南部・主郭)10×15m(北部・出曲輪)10×30m城主加津良島太夫房一族愛洲氏一族標高南部・主郭、見張り台(73m)比高73m歴史鳥羽の法楽寺を侵略した(田中文書)経緯南朝に属す海賊書籍三重の中世城館伊勢の中世環境縄文時代の葛島遺跡がある。注1現地田曽浦の港から船で5分で浜に着く。五ケ所湾の入り口を抑えるには絶好地である。また、外海に出る基地としても最適地である。島の南から西にかけて複数(6か所ぐらい)の見張台と思わしき構造物を見た。規模は小さく2名くらいの居座る面積しかないが削平地と風や視界を除ける土...加津良島館

  • 小牧薩摩守館

    ☝虎口☝説明看板☝曲輪犬走り☝石垣☝石垣で補強された土塁(櫓台)☝構造物跡☝櫓台上の大石城名小牧薩摩守館読みこまきさつまのかみやかた住所松阪市嬉野上小川町築城年15世紀(1400~1499)注1築城者城主小牧薩摩守(小川城城主)(役職;白口峠の番頭・矢下の家老)廃城年天正4年(1576)白口峠が突破された、霧山城の戦い(12月4日)ごろと推定。注2形式居館遺構曲輪、櫓台、石垣、溝規模100m四方家臣北畠家臣であった。家中には立木重兵衛等がいた。一族一族の小牧頼長は霧山城の戦い(天正4年12月4日)で討死している。(北畠物語)標高417m比高30m歴史明治4年(1871)度会県に属するとき、下流の小川村と区別するため、それまでの村名、小川村を改称して上小川村となった。経緯小牧薩摩守は中村川中流に邸宅(小川城)を築...小牧薩摩守館

  • 井面城

    城名井面城読みいのおもてじょう住所津市美里町家所井面(いえどころいのおもて)(いのもて・・・地元音)築城年文明16年(1484)築城者家所民部祐忠が分家し井面氏を名乗る。形式山城遺構曲輪堀切土橋土塁規模不明城主井面(いのも)氏一族元家所氏一族、のち小倭で井面氏一族をなす。標高154m比高55m歴史井面氏は白山町に住み着き、江戸時代になっても藤堂藩の無足人(注1)として代々続いた。現地長野城のひざ元の中山間地域、家所城からはスープの冷めない距離にある。井面集落背後の低い山にある。麓にあったであろう居館の詰城という位置付けである。考察城は簡素である。周辺の状況も要害の地というほどではない。守りに徹したとか、戦に備えたとかいう雰囲気ではない。完成度合も中途半端な気がする。感想城主は本気で戦う気がなかったのかもしれない...井面城

  • 2018 ノーマルカー ダート4時間耐久 最終戦

    なんと21番目のスタートから、終わってみれば2位。棚からぼたもちの面もあったが、これはこれで実力が出せた結果と考えられる。前回までは低迷しており、諦めていたシード権も何とか挽回できた。又、来年につながることが何よりありがたい。2018ノーマルカーダート4時間耐久最終戦

  • 2018 ノーマルカー ダート4時間耐久レース 

    2018.11.25福井県オートパーク今庄第5戦(今期最終戦)チームまつさかエントリー先月10月14日は残念な結果に終わった。しかも第5戦までにもう車は造れないと参戦をあきらめた。ところがまたしても復活したのだった。なんとこのパワーはどこにあったのか。ということで三菱ランサーセディアはここに完成した。2018ノーマルカーダート4時間耐久レース

  • 2018#4リタイヤ

    2018.10.14ノーマルカー4時間耐久第4戦綺麗に仕上がりました。そして、本番。4時間耐久レースの3時間目でした。他車をよけきれずフロントを破損、ラジエター損傷でリタイヤ止む無し。結局、私は乗れなかった!!残念!!!!!!!!!!!これで今シーズンは終わりになりそう。散々なシーズンであった。2018#4リタイヤ

  • 日本の城 目次

    日本の城制覇565(2017.12.31現在)日本全国城制覇の記録只今あっちこっち工事中です!デジブック百名城(現在94城制覇)+他名城(117制覇)=211制覇地図0-1;https://mapsengine.google.com/map/edit?mid=zMB0lt7eZPVw.kp6KADMyLUKo<!--日本の城-->24三重県の城・制覇354地図1-1;https://mapsengine.google.com/map/edit?mid=zMB0lt7eZPVw.kfXn7gkwAAkU松阪の城制覇74地図1-2;https://mapsengine.google.com/map/edit?mid=zMB0lt7eZPVw.kfI7Dg0vF-_824三重県の城・未制覇多数地図1-3;https:...日本の城目次

  • セルフコラボレーションブログへ いらっしゃいませ!! .日本の城万歳 4時間耐久レース最高 変な取り合せで楽しんでます。ローカル色で満載。

    セルフコラボレーション目次*******************日本の城ダート新着11・22諸・moro546城制覇松阪の城記事一覧松阪の城全68松阪の城BEST50#####################################################################################################################################################################################################################################################################################...セルフコラボレーションブログへいらっしゃいませ!!.日本の城万歳4時間耐久レース最高変な取り合せで楽しんでます。ローカル色で満載。

  • 三重県の城

    紅葉に染まる上野城の高石垣三重県の城リスト制覇33501桑名市02いなべ市04東員町05四日市市06菰野町07朝日町09鈴鹿市10亀山市11津市12松阪市松阪市の城一覧へジャンプ松阪の城全66スライド(デジブック)松阪の城BEST50(デジブック)13多気町14明和町15大台町16伊勢市17鳥羽市18志摩市19玉城町20度会町21南伊勢町22大紀町23伊賀市24名張市25尾鷲市26紀北町27熊野市28紀宝町29御浜町未制覇の地図<!--未制覇の地図-->制覇の地図<!--制覇の地図-->三重県の城

  • 松阪の城一覧

    松阪の城・砦・館一覧;(制覇72)松阪市域に城・砦・館と言われているものは合わせて70強の数に上る。どれだけ歴史に迫れるか。時間が掛かっても全体像を見極めたい。一体何がみえてくるのだろう。完成!!松阪の城全68スライドへ松阪の城BEST50へ松阪の城順位・星数表完成!!星合氏館星合町里中佐藤氏館小野江町曽原城曽原町須賀城嬉野須賀町小川城嬉野中川町天花寺城・天花寺南城嬉野天花寺町筒野砦嬉野天花寺工業団地天保館嬉野島田町堀ノ内城嬉野堀ノ内町八田城嬉野八田町釜生田城嬉野釜生田町森本城嬉野森本町滝之川城嬉野滝之川町矢下城嬉野矢下町小原城嬉野小原町上小川城嬉野上小川町柚原城柚原町黒米城後山町小牧薩摩守館跡嬉野上小川町松ヶ島城松ヶ崎町城之腰久米城久米町船江城船江町赤城美濃田町阿坂城大阿坂町桝形高城大阿坂町市谷枳城大阿坂町枳...松阪の城一覧

  • 小山城

    葵の御紋が眩しい青巌寺本堂北郭東土塁外北郭東虎口北郭東帯曲輪北郭曲輪内部北郭南西土塁南郭東土塁南郭曲輪内部南郭東帯曲輪南郭古墳跡南郭西土塁城名小山城読みおやまじょう住所津市一志町小山築城年永禄年間(1558-1570)形式山城遺構二郭形式の曲輪、土塁規模90m×130m城主北畠家臣、大多和兵部少輔標高180m比高150m歴史永禄12年に信長の兵と戦って落城し廃城となる。その後堀之内城主舟木正尚が晩年この城を賜わり、ここで隠棲したとされ、小山城の麓にある清厳寺(せいがんじ・注1)にはその墓所が残っている。書籍日本城郭大系三重の中世城館環境伊勢平野を東眼下に望み、山は東側からの急傾斜で囲われ、頂部は広く山城を造るには好適地である。山の北側を雲出川、南を中村川が流れ、水運にも都合がよい。伊勢湾まで数キロメートルの距離...小山城

  • 髯山のろし台

    髯山狼煙台城名髯山狼煙台読みひげやまのろしだい住所津市美杉町下之川/松阪市嬉野小原町築城年、者不明形式狼煙台、見張台遺構見張台(径5m)、礎石、窪み規模20m×20m城主北畠氏標高687m比高410m歴史北畠氏の時代経緯ひげ山は火揚(ひあ)げの山から、なまって「ひげやま」、髯山と呼ばれるようになったと地元の話としていわれている。別名を篝嶽(かがりたけ)ともいわれ、北畠氏時代に山頂で篝火(かがりび)を焚いて四方との連絡をとったところでもあった。美杉村多気の篝嶽で焚かれた狼煙(ろうえん)は先ずこの髭山で受けて、松阪市後山の黒米城(こくまいじょう)、松阪市阿坂の白米城へ、そして堀坂山へと伝わりたちまちにして南勢の平坦部全体に通じたようである。書籍一志郡史髯山の記録伊勢の中世環境中村川を上り白口峠に至るルートは北畠氏に...髯山のろし台

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