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  • 枕草子を読んできて(136)その4

    124正月寺に籠りたるは(136)その42020.3.23日のうち暮るるに、詣づるは、籠る人なンめり。小法師ばらの、もたぐべくもあらぬ屏風などの高き、いとよく進退し、畳などほうと立て置くと見れば、ただ局に出でて、犬伏せぎに簾をさらさらとかくるさまぞ、いみじくしつけたるや。たはやすげなる。そよそよとあまたおりて、大人だちたる人の,いやしからずしのびやかなるけはひにて、帰る人にやあらむ、「その中あやふし。火の事制せよ」など言ふもあり。七八ばかりなるをのこ子の、愛敬づきおごりたる声にて、侍人呼びつけ、物など言ひたるけはひも、いとをかし。また三ばかりなるちごの寝おびれて、うちしはぶきたるけはひうつくし。乳母の名、母などうち出でたるも、たれならむと、いと知らまほし。◆◆日が暮れ始めるころに詣でるのは、これからお籠りする人...枕草子を読んできて(136)その4

  • 枕草子を読んできて(136)その3

    124正月寺に籠りたるは(136)その3誦経の鐘の音、「わがなンなり」と聞くは、たのもしく聞こゆ。かたはらによろしき男の、いとのびやかに額づく。立ち居のほども心あらむと聞こえたるが、いたく思ひ入りたるけしきにて、寝も寝ずおこなふこそ、いとあはれなれ。うちやすむほどは、経高くは聞こえぬほどによみたるも、たふとげなり。高くうち出でさせまほしきに、まして鼻などを、けざやかに聞きにくくはあらで、すこしのびてかみたるは、何事を思ふらむ、かれをかなへばやとこそおぼゆれ。◆◆誦経の鐘の音を、「あれは私のためのものだ」と聞くのは、頼もしく聞こえる。隣の部屋でかなりの身分の男が、たいへんひっそりと額をつけて拝んでいる。立ったり座ったりする様子もたしなみがあるように聞こえる、その人が、ひどく思い悩んでいる様子で、寝もしないで勤行に...枕草子を読んできて(136)その3

  • 枕草子を読んできて(136)その2

    124正月寺に籠りたるは(136)その22020.2.12御あかし、常灯にはあらで、うちにまた人の奉りたる、おそろしきまで燃えたるに、仏のきらきらと見えたまへる、いみじくたふときに、手ごとに文をささげて、礼盤に向ひてろきちかふも、さばかりゆすり満ちて、これは、とり放ちて聞きわくべくもあらぬに、せめてしぼり出だしたる声々の、さすがにまたまぎれず、「千灯の御こころざしは、なにがしの御ため」と、はつかに聞こゆ。帯うちかけて拝みたてまつるに、「ここにかう候ふ」と言ひて、樒の枝を折りて持て来るなどのたふときも、なほをかし。◆◆仏前のご灯明の、常灯明ではなくて、内陣にまた参詣の人がお供え申し上げてあるのが、恐ろしいまでに燃え盛っているのに、本尊の仏さまがきらきらと金色に光ったお見えになるのが、たいへん尊いのに、お坊さんが手...枕草子を読んできて(136)その2

  • 枕草子を読んできて(136)その1

    124正月寺に籠りたるは(136)その12020.2.9正月寺に籠りたるは、いみじく寒く、雪がちに氷りたるこそをかしけれ。雨などの降りぬべきけしきなるは、いとわろし。◆◆正月に寺に籠っているときには、ひどく寒く、雪も積もりがちに冷え込んでいるのこそおもしろい。雨が降りそうな空模様は、とても良くない。◆◆初瀬などに詣でて、局などするほどは、くれ階のもとに、車引き寄せて立てるに、おびばかりしたる若き法師ばらの、足駄といふ物をはきて、いささかつつみもなくおりのぼるとて、何ともなき経の端をよみ、倶舎頌をすこし言ひつづけありくこそ、所につけてはをかしけれ。わがのぼるはいとあやふく、かたはらに寄りて、高欄おさへて行くものを、ただ板敷きなどのやうに思ひたるもをかし。「局したり」など言ひて、沓ども持て来ておろす。◆◆初瀬などに...枕草子を読んできて(136)その1

  • 枕草子を読んできて(135)その2

    123あはれなるもの(135)その22020.2.2九月つごもり、十月ついたち、ただあるかなきかに聞きわけたるきりぎりすの声。鶏の子抱きて伏したる。秋深き庭の浅茅に、露の色々玉のやうにて光たる。河竹の風に吹かれたる夕暮。暁に目さましたる。夜なども、すべて。思ひかはしたる若き人の中に、せく方ありて、心にもまかせぬ。山里の雪。男も女も清げなるが、黒き衣着たる。二十六七日ばかりの暁に、物語してゐ明かして見れば、あるかなきかに心ぼそげなる月の、山の端近く見えたる。秋の野。年うち過ぐしたる僧たちの行なひしたる。荒れたる家に葎這ひかかり、蓬など高く生ひたる家に、月の隈なく明かき。いと荒うはあらぬ風の吹きたる。◆◆九月の末、十月のはじめ、かすかに聞き分けられるようなこおろぎの声、鶏がひなを抱いて伏してるの。秋が深まった庭の茅...枕草子を読んできて(135)その2

  • 枕草子を読んできて(135)その1

    123あはれなるもの(135)その1あはれなるもの考ある人の子。鹿の音。よき男の若き、御嶽精進したる。いでゐたらむ暁の額など、あはれなり。むつましき人の、目さまして聞くらむ、思ひやる。詣づるほどのありさま、いかならむとつつしみたるに、たひらかに詣で着きたるこそいとめでたけれ。烏帽子のさまなどぞ、なほ人わろき。なほいみじき人と聞こゆれど、こよなくやつれて詣づとこそは知りたるに、右衛門佐宣孝は、「あじきなき事なり。ただ清き衣を着て詣でむに、なでふ事かあらむ。かならずよも『あしくて詣でよ』と御嶽のたまはじ」とて、三月つごもりに、紫のいと濃き指貫、白き襖、山吹のいみじくおどろおどろしきなどにて、隆光が主殿亮なるには、青色の襖、紅の衣、摺りもどろかしたる水干袴にて、うちつづき詣でたりけるに、帰る人も詣づる人も、めづらしく...枕草子を読んできて(135)その1

  • 枕草子を読んできて(130)(131)(132)(133)(134)

    118常よりことに聞ゆるもの(130)2020.1.21常よりことに聞ゆるもの元三の車の音、また、鳥の声。暁のしはぶき。物の音はさらなり。◆◆普段より特別な感じに聞こえるもの元日の車の音、また、元日の鶏の鳴き声。暁に聞こえる咳ばらい。暁に聞こえる音楽(楽器)はことさらだ。◆◆■元三(げんさん)=元日。年のはじ(元)め、月のはじめ、日のはじめであるから「元三」という。119絵にかきておとるもの(131)2020.1.21絵にかきておとるものなでしこ。桜。山吹。物語にめでたしといひたる男女のかたち。◆◆絵画として表現すると劣ってしまうものなでしこ。桜。山吹。物語ですばらしいといわれる男女の容貌。◆◆■絵にかきておとるもの=絵画として表現すると劣ってしまうもの。120かきまさりするもの(132)2020.1.21かき...枕草子を読んできて(130)(131)(132)(133)(134)

  • 枕草子を読んできて(129)

    116卯月のつごもりに、長谷寺に(129)2020.1.9卯月のつごもりに、長谷寺に詣で、淀の渡りといふものをせしかば、舟に車をかきすゑて行くに、菖蒲、菰などの末短く見えしを、取らせたれば、いと長かりけり。菰積みたる舟のある岸こそ、いみじうをかしかりしか。「高瀬の淀に」は、これをよみけるなンめりと見えし。三日といふに帰るに、雨のいみじう降りしかば、菖蒲刈るとて、笠の小さきを着て、脛いと高きをのこ、童などのあるを、屏風の絵に、いとよく似たり。◆◆四月の末ごろに、奈良の長谷寺に詣でて、話にきいていた京の淀の舟渡りというものをしたところ、舟に車をかついで乗せて行くのに、菖蒲や菰の先が短く見えたのを取らせてみると、たいそう長かった。菰を積んだ舟のある岸がとても面白かった。「高瀬の淀に」という歌は、これを詠んだのだったと...枕草子を読んできて(129)

  • 枕草子を読んできて(127)(128)

    114関は(127)関は逢坂の関。須磨の関。白河の関。衣の関。くきたの関。はばかりの関。ただこえの関。鈴鹿の関。よこはしの関。花の関ばかりにたとしへなしや。清見が関。見るめが関。よしよしの関こそ、いかに思ひ返したるならむと知らまほしけれ。それおなこその関とはいふにやあらむ。逢坂のなどを、さて思ひ返したらば、わびしからむかし。足柄の関。◆◆関は逢坂の関(山城の国と近江の国の境)。須磨の関(神戸市須磨区)。白河の関(福島県白河市旗宿)。衣の関(岩手県西磐井郡平泉町)。くきたの関(三重県一志郡白山町)。はばかりの関(不明)。ただこえの関(不明)。鈴鹿の関(三重県鈴鹿郡)。よこはしの関(不明)。花の関くらいに比べることができないほど違っているよ。清見が関(静岡県清水市)。見るめが関(不明)。よしよしの関(不明)よしよし...枕草子を読んできて(127)(128)

  • 枕草子を読んできて(126)その2

    113方弘は、いみじく(126)その22019.12.9女院なやませたまふとて、御使ひにまゐりて来たる、「院の殿上人はたれたれかありつる」と人の問へば、「それかれ」など四五人ばかり言ふに、「または」と問へば、「さてはぬる人どもぞありつる」と言ふをまた笑ふも、またあやしき事にこそはあらめ。◆◆女院がご病気になられたというので、方弘がお見舞いの勅使として参上して、きたので、「院の殿上人は誰誰がいたのか」と人が尋ねると,四、五人ほど言うので、「他には」と問うと、「それから寝る人たちがいた」というのを又笑うのも、また奇妙なことであろう。【寝る人=宿直の人?】◆◆■女院=東三条女院詮子(せんし)。一条天皇の正母。藤原兼家二女。人間に寄り来て、「わが君こそ。まづ物聞こえむ。まづまづ人ののたまへる事ぞ」と言へば、「何事にか」...枕草子を読んできて(126)その2

  • 枕草子を読んできて(126)その1

    113方弘は、いみじく(126)その12019.11.11方弘は、いみじく人に笑はるる者。親いかに聞くらむ。供にありく者ども、いと人々しきを呼び寄せて、「何しにかかる者には使はるるぞ。いかがおぼゆる」など笑ふ。物いとよくするあたりにて、下襲の色、うへの衣なども、人よりはよくて着たるを、「これをこと人に聞かせばや」など、げにぞことばづかひなどのあやしき。◆◆方弘は、ひどく人に笑われる者だ。いったい親はどう聞いているのだろう。供として歩いている者たち、その中のひとかどの者を呼び寄せて、「どうしてこんな者に使われているのか。どう思うのか」などと笑う。方弘の家衣服などの調製をとても上手にするところで、下襲の色、袍なども、人よりは立派に着ているのを、「これを他の人に聞かせたいものだ」などと、なるほど言葉遣いなどが変だ。【...枕草子を読んできて(126)その1

  • 枕草子を読んできて(124)(125)

    111はるかなるもの(124)2019.11.9はるかなるもの千日の精進はじむる日。半臀の緒ひねりはじむる日。陸奥国へ行く人の、逢坂の関超ゆるほど。生まれたるちごの大人になるほど。大般若経、御誦経一人してよみはじむる日。十二年の山籠もりの、はじめてのぼる日。◆◆はる先の遠いもの御嶽詣でのために千日間精進潔斎をはじめる日。半臀の緒(はんぴのお)袍と下襲との間に着る、袖のない衣■はるかなるもの=先の遠いもの。112物のあはれ知らせ顔のるもの(125)2019.11.9物のあはれ知らせ顔のるもの鼻垂り、間もなくかみつつ物言ひたる声。眉ぬくをりのまみ。◆◆何かにつけてのしみじみとした気持ちを知らせ顔であるもの鼻が垂れて、ひっきりなしに鼻をいみながら物を言っている声。眉毛を抜くときの目つき。◆◆枕草子を読んできて(124)(125)

  • 枕草子を読んできて(123)

    110二月つごもり、風いたく吹きて(123)2019.9.21二月つごもり、風いたく吹きて、空いみじく黒きに、雪すこしうち散るほど、黒戸に主殿寮来て、「かうして候ふ」と言へば、寄りたるに、「公任の君、宰相の中将殿」とあるを見れば、懐紙、ただ、すこし春ある心地こそすれとあるは、げに今日のけしきに、いとようあひたるを、これが本はいかがつくべからむと思ひわづらひぬ。「たれたれか」と問へば、「それそれ」と言ふに、みなはづかしき中に、宰相中将の御いらへをば、いかが事なしびに言ひ出でむと心ひとつに苦しきを、御前に御覧ぜさせむとすれども、うへもおはしまして、御とのごもりたり。◆◆二月の末、風がひどく吹いて、空が真っ黒で、雪が少しちらつくころ、黒戸に主殿寮(とのもりづかさ)の男が来て、「こうしてお伺いしております」と言うので、...枕草子を読んできて(123)

  • 枕草子を読んできて(122)

    109殿上より(122)2019.9.9殿上より、梅の花の散りたるに、その詩を誦して、黒戸に殿上人いとおほくゐたるを、うへの御前きかせおはしまして、「よろしき歌などよみたらむよりも、かかる事はまさりたりかし。よういらへたり」と仰せらる。◆◆殿上の間から、梅の花が散っているのに、(以下脱文があるか?)その詩を誦んじて、黒戸に殿上人がとてもたくさん座っているのを、主上がお聞きあそばしていらっしゃって、「並み一通りの歌などを詠んでいようのよりも、こういうことはずっと優れていることだね。うまく応答したことだ」と仰せになる。◆◆■その詩=「その詩」は何を指すか分からない。■黒戸=清涼殿の北の廊にある戸。ここはその戸のある部屋。枕草子を読んできて(122)

  • 枕草子を読んできて(121)その6

    一〇八淑景舎、東宮にまゐりたまふほどの事など(121)その62019.8.6羊の時ばかりに、「筵道まゐる」といふほどもなく、うちそよめき入らせたまへば、宮もこなたに寄らせたまひぬ。やがて御帳に入らせたまひぬれば、女房南面にそよめき出でぬ。廊、馬道に殿上人いとおほかり。殿の御前に宮司召して、くだ物、さかな召さす。「人々酔はせ」など仰せらる。まことにみな酔ひて、女房と物言ひかはすほど、かたみにをかしと思ひたり。◆◆午後二時ごろ、「筵道をお敷き申し上げる」と声がすると間もなく、主上がお召し物の衣ずれの音をおさせになってお入りあそばされたので、中宮様もこちらの母屋のほうにお移りあそばされた。そのままお二人が御帳台にお入りあそばされたので、女房は南の廂に衣ずれの音をさせて出た。郎や馬道に、殿上人がたくさんいる。殿の御前に...枕草子を読んできて(121)その6

  • 枕草子を読んできて(121)その5

    一〇八淑景舎、東宮にまゐりたまふほどの事など(121)その52019.7.24しばしありて、式部丞なにがしとかや、御使ひまゐりたれば、おものやりとの北に寄りたる間に、御褥さし出でて、御返りは、今日はとく出ださせたまひつ。まだ褥も取り入れぬほどに、春宮の御使ひに、周頼の少将まゐりたり。御文取り入れて、殿、うへ、宮など御覧じわたす。「御返りはや」などあれど、とみにも聞こえたまはぬを、「なにがしが見はべれば、書きたまはぬなンめり。さらぬをりは間もなく、これよりぞ聞こえたまふなる」など申したまへば、御面はすこし赤みながら、すこしうちほほゑみたまへる、いとめでたし。「とく」など、いへも聞こえたまへば、奥ざまに向きて書かせたまふ。◆◆しばらくして、式部丞なにがしという者が、主上の御使いに参上したので、配膳室の北に寄っている...枕草子を読んできて(121)その5

  • 枕草子を読んできて(121)その4

    一〇八淑景舎、東宮にまゐりたまふほどの事など(121)その42019.7.4おもののをりになりて、御髪あけまゐりて、蔵人ども、まかなひの髪あげて、まゐらすほどに、へだてたりつる屏風も押しあけつれば、かいま見の人、隠れ蓑取られたる心して、あかずわびしければ、御簾と几帳との中にて、柱のもとよりぞ見たてまつる。衣の裾、裳など、唐衣はみな御簾の外に押し出されたれば、殿の端の方よりご覧じ出だして、「誰そや。霞の間より見ゆるは」ととがめさせたまふに、「少納言が物ゆかしがりて侍るならむ」と申させたまへば、「あなはづかし。かれは古き得意を。いとにくげなるむすめども持ちたりともこそ見はべれ」などのたまふ御けしき、いとしたり顔なり。◆◆朝のお食事時になって、御髪あげの女官が参上して、女蔵人(にょくろうど)たちや陪膳(はいぜん)の女...枕草子を読んできて(121)その4

  • 枕草子を読んできて(121)その3

    一〇八淑景舎、東宮にまゐりたまふほどの事など(121)その32019.6.10殿、薄色の御直衣、萌黄の織物の御指貫、紅の御衣ども、御紐さして、廂の柱にうしろをあてて、こなたざまに向きておはします。めでたき御ありさまどもをうちゑみて、例のたはぶれ言どもをせさせたまふ。淑景舎の、絵にかきたるやうにうつくしげにてゐさせたまへるに、宮はいとやすらかに、いますこし大人びさせたまへる御けしきの、紅の御衣ににほひ合はせたまひて、なほたぐひはいかがでかと見えさせたまふ。◆◆殿は、薄い紫色の御直衣、萌黄の織物の御指貫、下に紅の御内着を何枚か召され、直衣の御紐をきちんとしめて、廂の間の柱に背を当てて、こちらの方を向いておいでになる。中宮様と淑景舎の女御とのすばらしいご様子をにこにこして、いつものように冗談を仰っていらっしゃる。淑景...枕草子を読んできて(121)その3

  • 枕草子を読んできて(121)その2

    一〇八淑景舎、東宮にまゐりたまふほどの事など(121)その22019.5.24さてゐざり出でさせたまひぬれば、やがて御屏風に添ひつきてのぞくを、「あしかンめり。うしろめたきわざ」と聞こえごつ人もあり。いとをかし。御障子のいとひろうあきたれば、いとよく見ゆ。うへは白き御衣ども、紅の張りたる二つばかり、女房の裳なンめり、引きかけて、奥に寄りて、東向きにおはすれば、ただ御衣などぞ見ゆる。淑景舎は北に少し寄りて、南向きにおはす。◆◆さて、中宮様が御席へと膝行してお出ましあそばされてしまったので、私はそのまま御屏風にぴったり寄り添って覗くのを、「悪いでしょう。気がかりなやりようだこと」と中宮様にお耳に入るように言う女房もいる。たいへんに面白い。御襖障子がとても広く開いているのでよく見える。殿の北の方は白いお召し物を何枚か...枕草子を読んできて(121)その2

  • 枕草子を読んできて(121)その1

    一〇八淑景舎、東宮にまゐりたまふほどの事など(121)その12019.5.16淑景舎、東宮にまゐりたまふほどの事など、いかがは、めでたからぬことなし。正月十日まゐりたまひて、宮の御方に、御文などはしげう通へど、御対面などはなきを、二月十日、宮の御方にわたりたまふべき御消息あれば、常よりも御しつらひ心ことにみがきつくろひ、女房なども、みな用意したり。夜中ばかりにわたらせたまひしかば、いくばくもなくて明けぬ。登華殿の東の二間に、御しつらひはしたり。◆◆淑景舎が東宮の妃として入内なさるころのことなど、どうして、素晴らしくないことは何一つない。正月十日に(小右記では十九日)参上なさって、中宮様の御方に、お手紙などは頻繁に通うけれども、ご対面などはないのを、二月十日、中宮様の御方にお出でになるはずのご案内があるので、いつ...枕草子を読んできて(121)その1

  • 枕草子を読んできて(120)

    一〇七雨のうちはへ降るころ(120)2019.5.7雨のうちはへ降るころ、今日も降るに、御使ひにて、式部丞のりつねまゐりたり。例の御褥さし出だしたるを、常よりも遠く押しやりてゐたれば、「あれはたれが料ぞ」と言へば、笑ひて、「かかる雨にのぼりはべらば、足がたつきて、いとふびんにきたなげになりはべりなむ」と言へば、「など。けんそく料にこそはならめ」と言ふを、「これは御前に、かしこう仰せらるるにはあらず。のぶつねが足がたのことを申さざらしかば、えのたまはざらまし」とて、かへすがへす言ひしこそをかしかりしか。◆◆雨が引き続いて降るころ、今日も降るのに、帝の御使いとして、式部丞のりつねが中宮様の御方に参上している。いつものように御敷物を差し出してあるのを、普段よりも遠くに押しやって座っているので、「あれは誰が使う物ですか...枕草子を読んできて(120)

  • 枕草子を読んできて(119)

    一〇六中納言殿まゐらせたまひて(119)2019.4.30中納言殿まゐらせたまひて、御扇奉らせたまふに、「隆家こそいみじき骨を得てはべれ。それを、張らせてまゐらせむとするを、おぼろげの紙は張るまじければ、もとめはべるなり」と申したまふ。「いかやうなるにかある」と問ひきこえさせたまへば、「すべていみじく侍る。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり』となむ人々申す。まことにかばかりのは見ざりつ」と、こと高く申したまへば、「さては扇のにはあらで、くらげのなり」と聞こゆれば、「これは隆家がことにしてむ」とて、笑ひたまふ。◆◆(藤原隆家)中納言殿が参上あそばして、御扇を中宮様にお差し上げあそばすのに、「この隆家こそ、すばらしい骨を手に入れましてございます。それを、紙に張らして差し上げようと思うのですが、いい加減な紙を張るわけにはま...枕草子を読んできて(119)

  • 枕草子を読んできて(118)

    一〇五御方々、君達、上人など、御前に(118)2019.4.24御方々、君達、上人など、御前に人おほく候へば、廂の柱に寄りかかりて、女房と物語してゐたるに、物を投げ給はせたる、あけて見れば、「思ふべしやいなや。第一ならずはいかが」と問はせたまへり。◆◆中宮様の御身内の方々、若君たち、殿上人たちと大勢が伺候しているので、わたしは廂の間の柱に寄りかかって、女房と話をして座っていると、中宮様が物を投げてお与えくださっているので、開けて見ると、「そなたを可愛がるのがよいか、それともいやか。第一番でなければどうか」とお尋ねになっていらっしゃる。◆◆■御方々=中宮の身内の方々。兄弟姉妹であろう。御前に物語などするついでにも、「すべて人には一に思はれずは、さらに何にかせむ。ただいみじうにくまれ、あしうせられてあらむ。二三にて...枕草子を読んできて(118)

  • 枕草子を読んできて(117)その6

    一〇四五月の御精進のほど、職に(117)その62019.4.19夜うちふくるほどに、題出だして、女房に歌よませたまへば、みなけしきだちゆるがし出だすに、宮の御前に近く候ひて、物啓しなど、事をのみ言ふも、おとど御覧じて、「などか歌はよまで離れゐたる。題取れ」とのたまふを、「さるまじくうけたまはりて、歌よむまじくはりてはべれば、思ひかけはべらず」。「ことやうなる事。まことにさる事やは侍る。などかはゆるさせたまふ。いとあるまじき事なり。よし、こと時は知らず、今宵はよめ」と責めさせたまへど、清う聞きも入れで候ふに、こと人どもよみ出だして、よしあしなど定めらるるほどに、いささかなる御文を書きて給はせたり。あけてみれば、元輔がのちといはるる君しもや今宵の歌にはづれてはをるとあるを見るに、をかしき事ぞたぐひなきや。いみじく笑...枕草子を読んできて(117)その6

  • 枕草子を読んできて(117)その5

    一〇四五月の御精進のほど、職に(117)その52019.4.16二日ばかりありて、その日の事など言ひ出づるに、宰相の君、「いかにぞ、手づから折りたると言ひし下蕨は」とのたまふを聞かせたまひて、「思ひ出づる事のさまよ」と笑はせたまひて、紙の散りたるに、下蕨こそ恋しかりけれと書かせたまひて、「本言へ」と仰せらるるもをかし。郭公たづねて聞きし声よりもと書きて、まゐらせたれば、「いみじううけばりたりや。かうまでにだに、いかで郭公の事をかけつらむ」と笑はせたまふ。◆◆二日ほどしてのち、あの郭公を聞きに行った日のことを口に出して話していると、宰相の君が「どうでしたか、自分で折ったといった下蕨の味は」とおっしゃるのを、中宮様がお聞きあそばされて、「思い出すことといったら、(郭公の声でなく)まったく」とお笑いあそばして、お手元...枕草子を読んできて(117)その5

  • 枕草子を読んできて(117)その4

    一〇四五月の御精進のほど、職に(117)その42019.4.9さてまゐりたれば、ありさまなど問はせたまふ。うらみつる人々、怨じ心憂がりながら、籐侍従、一条の大路走りつるほどに語るにぞ、みな笑ひぬる。「さていづら歌は」と問はせたまふ。かうかうと啓すれば、「くちをしの事や。上人などの聞かむに、いかでかをかしき事なくてあらむ。その聞きつらむ所にて、ふとこそよまましか。あまりぎしきことさめつらむぞ。あやしきや。ここにてもよめ。言ふかひなし」などのたまはすれば、げにと思ふに、いとわびしきを、言ひ合はせなどするほどに、籐侍従の、ありつる卯の花つけて、卯の花の薄様に、郭公の鳴く音たづねにきみ行くと聞かば心を添へもしてまし◆◆そうして中宮様に参上しますと、今日の様子などをお聞き遊ばされます。一緒に行けなった人々が、嫌味を情けな...枕草子を読んできて(117)その4

  • 枕草子を読んできて(117)その3

    一〇四五月の御精進のほど、職に(117)その32019.4.3近う来ぬ。「さりとも、いとかうてやまむやは。この車のさまをだに、人に語らせてこそやまめ」とて、一条殿のもとにとどめて、「侍従殿やおはします。郭公の声聞きて、今なむ帰りはべる」と言はせたる使、「『ただいままゐる。あが君あが君』となむたまへる。さぶらひにまひろげて。指貫奉りつ」と言ふに、「待つべきにもあらず」とて、走らせて、土御門ざまへやらするに、いつの間にか装束しつらむ。帯は道のままに結ひて、「しば、しば」と追ひ来る。◆◆御所近くに来てしまった。「そうとしても、全く人にも知らせないままで終わってしまってよいものか。せめてこの車の様子だけでも、人に語り草にさせてこそ『けり』をつけよう」ということで、一条大宮にある故太政大臣藤原為光の邸のあたりに車を止めて...枕草子を読んできて(117)その3

  • 枕草子を読んできて(117)その2

    一〇四五月の御精進のほど、職に(117)その22019.3.30かういふ所には、明順の朝臣家あり。「そこもやがて見む」と言ひて、車寄せておりぬ。田舎だち、事そぎて、馬の形かきたる障子、網代屏風、三稜草の簾など、ことさらに昔の事をうつしたる。屋のさまは、はかなだちて、端近き、あさはかなれどをかしきに、げにぞかしがましと思ふばかり鳴き合ひたる郭公の声を、御前に聞こしめさず、さはしたひつる人々にもなど思ふ。◆◆このようにいう所には、明順朝臣の家がある。「そこも早速見物しよう」と言って、車を寄せて降りてしまった。田舎風で、簡素な造りで、馬の絵を描いてある衝立障子、網代屏風、三稜草(みくり)の簾など、わざわざ昔の事の様子を写している。建物のありさまは、かりそめの様で、端近なのは、奥深さはないがおもしろく、全く人が言ってい...枕草子を読んできて(117)その2

  • 枕草子を読んできて(117)その1

    一〇四五月の御精進のほど、職に(117)その12019.3.27五月の御精進のほど、職におはしますに、塗籠の前、二間なる所を、ことに御しつらひしたれば、例様ならぬもをかし。ついたちより雨がちにて、曇り曇らずつれづれなるを、「郭公の声たづねありかばや」と言ふを聞きて、われもわれもと出で立つ。賀茂の奥に、なにがしとかや、七夕のわたる橋にはあらで、にくき名ぞ聞こえし。「そのわたりになむ、日ごとに鳴く」と人の言へば、「それは日ぐらしなンなり」といらふる人もあり。「そこへ」とて、五日のあした、宮司、車の事言ひて、北の陣より、五月雨はとがめなきものぞ、とて、入れさせおきたり。四人ばかりぞ、乗りてゆく。◆◆五月の御精進のころ、中宮様が職の御曹司にお出であそばすので、塗籠の前の二間である所を、特別に御設備を整えてあるので、いつ...枕草子を読んできて(117)その1

  • 枕草子を読んできて(116)

    一〇三くちをしきもの(116)2019.3.24くちをしきもの節会、仏名に雪の降らで、雨のかきくらし降りたる。節会、さるべきをりの、御物忌にあたりたる。いどみ、いつしか思ひたる事の、さはる事出で来て、にはかにとまりたる。いみじうほしうする人の、子生まで年ごろ具したる。遊びをもし、見すべき事もあるに、かならず来なむと思ひて呼びにやりつる人の、「さはる事ありて」など言ひて来ぬ、くちをし。◆◆残念なもの節会、仏名に雪が降らないで、雨が空を暗くして降っているの。節会やしかるべき行事の折が宮中の物忌みに当たっているの。競争して、早くその日が来てほしいと思っているのに、用事ができて、急に中止になってしまうの。ひどく子を欲しがっている人が子を産まないで何年の連れ添っているの。音楽の遊びもし、見せようと思っている時に、必ず来る...枕草子を読んできて(116)

  • 枕草子を読んできて(115)

    一〇二あさましきもの(115)2019.3.21あさましきものさし櫛みがくほどに、物にさへて折りたる。車のうち返されたる。さるおほのかなる物は、所せう久しくなどやあらむとこそ思ひしか、ただ夢の心地してあさましう、あやなし。◆◆あまりの意外さにあきれてしまうもの挿し櫛を磨くうちに、物に突き当たって折ったの。牛車のひっくり返されたの。そんなに物凄く大きな物は、そのままそこにあるだろうと思っていたのが、ただ夢のような気がして、意外で、何がなんだがわからない。◆◆■さし櫛みがく=飾りとして髪に挿す櫛。つげや象牙で作り木賊(とくさ)で磨く。■あやなし=「あや」は物事の筋目。筋が通らない。物の道理がわからない。人のためにはづかしき事、つつみもなく、ちごも大人も言ひたる。かならず来なむと思ふ人の、待ち明かして、暁がたに、ただ...枕草子を読んできて(115)

  • 枕草子を読んできて(114)

    一〇一かたはらいたきもの(114)2019.3.19かたはらいたきものまらうどなどに会ひて物言ふに、奥の方にうちとけと人の言ふを、制せで聞く心地。思ふ人のいたく酔ひさかしがりて、同じ事したる。聞きゐたるをも知らで、人の上言ひたる。それは何ばかりならぬ使人なれど、かたはらいたし。旅立ち所近き所などにて、下衆どものざれかはしたる。◆◆いたたまれない感じのもの来客などに会って話をしている時に、奥の方でくつろいだ内輪話を人がするのを、止めないで聞く気持ち。自分の思っている人ひどく酔って偉そうにして、同じことを繰り返しているの。側にゐて聞いているのも知らないで、人のうわさをしているの。それはたいした身分の人でもない使用人であるけれども、いたたまれない感じがする。外泊してしる家の近い所で、下男たちがふざけあっているの。◆◆...枕草子を読んできて(114)

  • 枕草子を読んできて(113)その2

    一〇〇ねたきもの(113)その22019.3.13見すまじき人に、ほかへやりたる文取りたがへて持て行きたる、いとねたし。「げにあやまちてけり」とは言はで、口かたうあらがひたる。人目をだに思はずは、走りも打ちつべし。おもしろき萩、薄などを植ゑて見るほどに、長櫃持たる者、鋤など引きさげて、ただ掘りに堀りていぬるこそ、わりなうねたかりけれ。よろしき人などのあるをりは、さもせぬものを、いみじう制すれど、「ただすこし」など言ひていぬる、言ふかひなくねたし。受領などの家に、しもめなどの来て、ながめに物言ひ、さりとてわれをばいかが思ひたるけはひに言ひ出でたる、いとねたげなり。◆◆見せてはならない人の所へ、余所へ送った手紙を取り違えて持って行っているのは、ひどくいまいましい。使いの者が、「なるほど間違えてしまいました」とは言わ...枕草子を読んできて(113)その2

  • 枕草子を読んできて(113)その1

    一〇〇ねたきもの(113)その12019.3.9ねたきものこれよりやるも、人の言ひたる返事も、書きてやりつる後に、文字一つ二つなどは思ひなほしたる。とみの物縫ふに、縫ひ果てつと思ひて、針を引き抜きたれば、はやう結ばざりけり。また、かへさまに縫ひたるも、いとねたし。◆◆いまいましいものこちらから送る手紙でも、人が言ってきてる手紙の返事でも、書いてしまった後で、文字の一つや二つなどは考えなおしているの。急ぎの物を縫うときに、縫い終わってしまったと思って、針を引き抜いたところ、もともと糸の尻を結んでおかなかったのだった。また、裏表を反対に縫っているのも、ひどくいまいましい。◆◆■ねたきもの=してやられたとか、しくじったとか、他に対して引け目を覚えて、忌々しい、癪だと感じる気持ち。■はやう結ばざりけり=「はやう……けり...枕草子を読んできて(113)その1

  • 枕草子を読んできて(112)

    九九御乳母の大輔の、今日の(112)2019.3.3御乳母の大輔の、今日の、日向かへくだるに、給はする扇どもの中に、片つ方には、日いとはなやかにさし出でて、旅人のある所、ゐ中将のたちなどいふさま、いとをかしうかきて、いま片つ方には、京の方、雨いみじう降りたるに、ながめたる人などかきたるに、あかねさす日に向かひて思ひ出でよ都ははれぬながめすらむとことばに御手づから書かせたまひし、あはれなりき。さる君を置きたてまつりて、遠くこそえ行くまじけれ。◆◆御乳母の大輔が、今日の、日向(ひゅうが)に下るというときに、中宮様がお与えになるたくさんの扇の中に、片方には、日がぱっと差し出て、旅人が居る所、井中将の館などというありさまを、とてもおもしろく描いて、もう片一方には、京の方面のありさまで、雨がひどく降っているのに、物思いを...枕草子を読んできて(112)

  • 枕草子を読んできて(111)

    九八うへの御局の御簾の前にて(111)2019.2.27うへの御局の御簾の前にて、殿上人日一日、琴、笛吹き遊びくらして、まかで別るるほど、まだ格子をまゐらぬに、御となぶらをさし出でたれば、取り入れたるがあらはなれば、琵琶の御琴を、たたざまに持たせたまへり。紅の御衣の、言ふも世の常なる、打ちも張りたるも、あまた奉りて、いと黒くつややかなる御琵琶に、御衣の袖をうちかけて、とらへさせたまへる、みでたきに、そぼより御額のほど白くけざやかにて、はつかに見えさせたまへるは、たとふべき方なく、近くゐたまへる人にさし寄りて、「なかば隠したりけむも、えかうはあらざりけむかし。それはただ人にこそありけめ」と言ふを聞きて、道もなきを、わりなく分け入りて啓するば、笑はせたまひて、「われは知りたりや」となむ仰せらるる、と伝ふるもをかし。...枕草子を読んできて(111)

  • 枕草子を読んできて(110)

    九七無名といふ琵琶(110)2019.2.22「無名といふ琵琶の御琴を、うへの持てわたらせたまへるを、見などして、かき鳴らしなどす」と言へば、弾くにはあらず、緒を手まさぐりにして、「これが名な。いかにとかや」など聞こえさするに、「ただいとはかなく、名もなし」とのたまはせたるは、なほいとめでたくこそおぼえしか。淑景舎などわたりたまひて、御物語のついでに、「まろがもとにいとをかしげなる笙の笛こそあれ。故殿の得させたまへりし」とのたまふを、僧都の君の「それは隆円に給うべ。おのれがもとにめでたき琴侍り。それにかへさせたまへ」と申したまふを聞きも入れたまはで、なほことごとをのたまふに、いらへさせたてまつらむとあまたたび聞こえたまふに、なほ物ものたまはねば、宮の御前の「いなかへじとおぼいたるものを」とのたまはせけるが、いみ...枕草子を読んできて(110)

  • 枕草子を読んできて(109)その2

    九六内裏は、五節のほどこそ(109)その22019.2.19ことの蔵人の掻練襲、物よりことに清らに見ゆ。褥など敷きたれど、なかなかえものぼりゐず、女房の出でゐたるさま、ほめそしり、このころはこと事はなかンめり。◆◆ことにあたる蔵人の掻練襲は、何よりもましてきれいに見える。褥などがしいてあるけれど、かえってその上に座っていることもできず、女房が出て座っている有様は、ほめたりけなしたりして、このころは念頭にないようだ。◆◆■掻練襲(かいねりがさね)=紅の練絹の下襲をさすという。帳台の夜、行事の蔵人、いときびしうもてなして、「かいつくろひ二人、童よりほかは入るまじ」とておさへて、面にくきまで言へば、殿上人など、「なほこれ一人ばかりは」などのたまふ。「うらやみあり。いかでか」などかたく言ふに、宮の御方の女房二十人ばかり...枕草子を読んできて(109)その2

  • 枕草子を読んできて(109)その1

    九六内裏は、五節のほどこそ(109)その12019.2.15内裏は、五節のほどこそすずろにただならで、見る人もをかしうおぼゆれ。主殿司などの、いろいろのさいでを物忌みのやうにて、さいしきつけたるなども、めづらしく見ゆ。清涼殿のそり橋に、元結のむら濃、いとけざやかにて出でゐたるも、さまざまにつけてをかしうのみ。上雑仕、童べども、いみじき色ふしと思ひたる、いとこたわりなり。山藍、日陰など、柳筥に入れて、かうぶりしたるをのこの持てありく、いとをかしう見ゆ。殿上人の直衣ぬぎたれて、扇やなにやと拍子にして、「つかさまされとしこきなみぞたつ」といふ歌うたひて、局どもの前わたるほどはいみじく、添ひたちたらむ人の心さわぎぬべしかし。ましてさと一度に笑ひなどしたる、いとおそろし。◆◆内裏は、五節のころこそ何やら無性にいつもと違っ...枕草子を読んできて(109)その1

  • 枕草子を読んできて(108)

    九五細太刀の平緒つけて、清げなるをのこ(108)2019.2.12細太刀の平緒つけて、清げなるをのこのこの持てわたるも、いとなまめかし。紫の紙を包みて封じて、房長き藤につけたるも、いとをかし。◆◆細太刀の平緒をつけて、きれいな感じの召使の男が持って通るのも、たいそう優雅だ。紫の紙を包んで封じて、房の長い藤につけてあるのも、たいへんおもしろい。◆◆■細太刀の平緒(ほそだちのひらを)=束帯の時につける儀礼用太刀で、その太刀につける平組の緒。緒の結び余りを前に垂らす。*写真は細太刀長さ85江戸時代三条家伝来の細太刀。鞘は唐木の素木とし青貝の孔雀で装剣される。細太刀は、華麗な飾りで知られる唐剣系の飾剣の飾りを簡略にしたもので、束帯着用のとき平緒で佩用することから平緒の太刀とも呼ばれる。刀身は水牛角。枕草子を読んできて(108)

  • 枕草子を読んできて(107)その2

    九四宮の五節出ださせたまふに(107)その2若き人の、さる顕証のほどなれば、言ひにくきにやあらむ、返しもせず、そのかたはらなるおとな人たちもうち捨てつつ、ともかくも言はぬを、宮司などは、耳とどめて聞きけるに、久しくなりにけるかたはらいたさに、こと方より入りて、女房のもとに寄りて、「などかうはおはするぞ」などぞささめくなるに、四人ばかりをへだててゐたれば、よく思ひ得たらむにも言ひにくし、まして歌よむと知りたる人のおぼろけならざらむは、いかでかとつつましきこそはわろけれ。「よむ人はさやはある。いとめでたからねど、ふとこそは言へ」と、爪はじきをしありくも、いとほしけれ、◆◆(小弁は)年若い人で、このような人目に立つ場所柄なので、言いにくいのであろうか、返歌もしない。またその側にいる年かさの女房たちも聞き捨てにして、何...枕草子を読んできて(107)その2

  • 枕草子を読んできて 「五節の舞姫とは」

    ■■五節の舞姫とは■■2019.2.6五節舞、五節の舞(ごせちのまい)とは、大嘗祭や新嘗祭に行われる豊明節会で、大歌所の別当の指示のもと、大歌所の人が歌う大歌に合わせて舞われる、4~5人の舞姫によって舞われる舞。大嘗祭では5人。大歌所には和泉国から「十生」と呼ばれる人が上洛し、臨時に大歌所に召された官人に教習した。別当はこの大歌所の責任者である。舞姫は、公卿の娘2人、受領・殿上人の娘2人が選ばれ、選ばれた家は名誉であった。また、女御が舞姫を出すこともあった。大嘗祭では公卿の娘が3人になる。古くは実際に貴族の子女が奉仕し、大嘗祭の時には叙位にも預かった。清和天皇の后の藤原高子も后妃になる前に清和天皇の大嘗祭で舞姫を奉仕して従五位下に叙された。もっとも貴族女性が姿を見せないのをよしとするようになった平安中期以降、公...枕草子を読んできて「五節の舞姫とは」

  • 枕草子を読んできて(107)その1

    九四宮の五節出ださせたまふに(107)その12019.2.5宮の五節出でさせたまふに、かしづき十二人、こと所には、御息所の人出だすをば、わろき事にぞすると聞くに、いかにおぼすにか、宮の女房を十人出ださせたまふ。今二人は、女院、淑景舎の人、やがてはらからなり。◆◆中宮様がその御もとから五節の舞姫をお出しあそばされるのに、介添えの女房十二人について、よそでは、御息所にお仕えする女房を出すのをば、よくないことにしていると聞くのに、どうおぼしめすのであろうか、中宮方の女房を十人お出しあそばされる。あとのもう二人は、女院と、淑景舎との女房で、その二人はそのまま姉妹の間柄であったのだった。◆◆■宮の五節=正暦四年(993)十一月のことか。■かしづき十二人=八人が通例。■女院=皇太后藤原詮子。東三条院。一条帝母。兼家の二女。...枕草子を読んできて(107)その1

  • 枕草子を読んできて(106)

    九三なまめかしきもの(106)2019.2.2なまめかしきものほそやかに清げなる君達の直衣姿。をかしげなる童女のうへの袴などわざとにはあらで、ほころびがちなる汗衫ばかり着て、薬玉など長くつけて、高欄のもとに、扇さし隠してゐたる。若き人のをかしげなる、夏の几帳の下打ちかけて、白き綾、二藍ひき重ねて、手習ひしたいる。薄様の草子、むら濃の糸してをかしくとぢたる。柳もえたるに、青き薄様に書きたる文つけたる。◆◆優雅なものほっそりとしてきれいに見える貴公子の直衣姿。明るく可愛らしげな童女が、上の袴などをことさらにははかないで、縫い合わせの少ない汗衫(かざみ)くらいなのを着て、薬玉など組糸を長くして袖脇あたりにつけて、高欄のもとに、扇で顔を隠して座っているの。若い女房でうつくしげな人が、夏の几帳の帷子の裾を上に引っ掛けて、...枕草子を読んできて(106)

  • 枕草子を読んできて(105)その3

    九二めでたきもの(105)その32019.1.28法師の才ある、すべて言ふべきにあらず。持経者の一人としてよむよりも、あまたが中にて、時など定まりたる御読経などに、なほいとめでたきなり。暗うなりて「いづら、御読経油おそし」など言ひて、よみやみたるほど、しのびやかにつでけゐたるよ。◆◆法師で才学のあるのは、まったく言うまでもない。持読経が一人で読むよりも、大勢の中で、早朝・日中・日没・初夜(そや)・中夜・後夜・という六の時の勤行は一層立派である。暗くなって「どうした、御読経の灯明が遅い」などと言って、みなが読みやんでいる間、才学のある法師だけは声をひそめてあとの文句を空で読み続けて座っていることよ。◆◆■持経者(ぢきょうじゃ)=『法華経』を読むことを専門にしている僧。まつりなどしたる、后の昼の行啓。御産屋。宮はじ...枕草子を読んできて(105)その3

  • 枕草子を読んできて(105)その2

    九二めでたきもの(105)その22019.1.25御むすめの女御、后おはします、また、姫君など聞こゆるも、御使にてまゐりたるに、御文取り入るるよりうち始め、褥さし出づる袖口など、明け暮れ見し者ともおぼえず。◆◆御娘である女御や后がおいであそばす所、また姫君などと申し上げる場合も、蔵人が主上のお使いとして参上していると、主上のお手紙を御簾の内に取り入れるのから始めて、敷物を差し出す女房の立派な袖口など、それに対する待遇ぶりは、今まで明け暮れ見知っていた者とも思われない。◆◆下襲の尻引き散らして、衛府なるは、いますこしをかしう見ゆ。みづから杯さしなどしたまふを、わが心にもおぼゆらむ。いみじうかしこまり、べちにゐし家の子の君達をも、けしきばかりこそかしこまりたれ、同じやうにうち連れてありく。うへの近く使はせたまふさま...枕草子を読んできて(105)その2

  • 枕草子を読んできて(105)その1

    めでたきもの(105)その12019.1.22めでたきもの唐錦。飾り太刀。作り仏のもくゑ。色合ひよく、花房長く咲きたる藤の、松にかかりたる。◆◆たいそう素晴らしいもの。唐土渡来の錦。金・銀・螺鈿などで飾った太刀。彩色を施した仏像の木絵。色合いが良く、花房が長く咲いた藤が松に掛かっているの。■めでたきもの=「賞で甚し(めでいたし)」が原義。非常に賞美すべきもの。すばらしいもの。■もくゑ=木絵(もくえ)。彩色した小木片を貼って絵模様を表したものをいう。六位の蔵人こそなほめでたけれ。いみじき君達なれども、えしも着たまはぬ綾織物を心にまかせて着たる青色姿などの、いとめでたきなり。所衆、雑色などの、人の子どもなどにて、殿ばらの四位五位も司あるがしもにうちゐて、何と見えざりしも、蔵人になりぬれば、えもいはずあさましくめでた...枕草子を読んできて(105)その1

  • 枕草子を読んできて(104)その8

    九一職の御曹司におはしますころ、西の廂に(104)その82019.1.19さて二十日まゐりたるにも、まづこの事を御前にても言ふ。「みな消えつ」とて、蓋のかぎりひきさげて持て来たりつる法師のやうにて、すなはちまうで来たりしが、あさましかりし事、物の蓋に小山うつくしう作りて、白き紙に歌いみじく書きてまゐらせむとせし事など啓すれば、いみじく笑はせたまふ。御前なる人々も笑ふに、「かう心に入れて思ひける事をたがへたれば、罪得らむ。まことに、四日の夕さり、侍どもやりて取り捨てさせしぞ。返事に言ひ当てたりしこそ、いとをかしかりしか。その翁出で来て、いみじうてをすりて言ひけれど、『仰せ言ぞ。彼の里より来たらむ人に、かう聞かすな。さらば、屋うちこぼたせむ』と言ひて、左近のつかひ、南の築地の外にみな取り捨てて、『いとたかくておほく...枕草子を読んできて(104)その8

  • 枕草子を読んできて(104)その7

    九一職の御曹司におはしますころ、西の廂に(104)その72019.1.14里にても、明くるすなはち、これを大事にして見せにやる。十日のほどには「五六尺ばかりあり」と言へば、うれしく思ふに、十三日の夜、雨いみじく降れば、「これにぞ消えぬらむ」と、いみじうくちをし。「いま一日も待ちつけで」と、夜も起きゐて嘆けば、聞く人も物ぐるほしと笑ふ。◆◆里にいても、夜が明けるとすぐにこれを大事なこととして、見せに使いを送る。十日ごろには、「五、六尺ほどありました」と言うので、うれしく思っていたところ、十三日の夜に雨がひどく降ったので、「きっとこれで消えてしまうだろう」と思うと本当にくやしい。「もう一日というところを待っていないで」と、夜も起きたままで嘆くので、それを聞いている人も気違いじみていると言って笑う。◆◆人も起きて行く...枕草子を読んできて(104)その7

  • 枕草子を読んできて(104)その6

    九一職の御曹司におはしますころ、西の廂に(104)その62019.1.9雪の山は、まことに越のにやあらむと見えて、消えげもなし。黒くなりて、見るかひもなきさまぞしたる。勝ちぬる心地して、いかで十五日待ちつけさせむと念ずれど、「七日をだにえ過ぐさじ」となほ言へば、いかでこれ見果てむと皆人思ふほどに、にはかに三日内へ入らせたまふべし。「いみじうくちをし。この山の果てを知らずなりなむ事」とまめやかに思ふほどに、人も「げにゆかしかりつるものを」など言ふ。御前にも仰せらる。◆◆雪の山は、ほんとうに歌にある「越の白山」であるかとように、消える気配もない。ただ黒くなって見るに堪えないようすではある。勝ってしまったような気持ちで、どうかして十五日を待ってそれに合わせたいと祈るけれど、「七日さえも過ごせないだろう」と女房たちがな...枕草子を読んできて(104)その6

  • 枕草子を読んできて(104)その5

    九一職の御曹司におはしますころ、西の廂に(104)その52019.1.3ついたちの日、また、雪おほく降りたるを、「うれしくも降り積みたるかな」と思ふに、「これはあいなし。はじめのをば置きて、今のをばかき捨てよ」と仰せらる。うへにて局にいととうおるれば、侍の長なる者、柚の葉のごとある宿直衣の袖の上に、青き紙の、松につけたる置きて、わななき出でたり。「そはいづこのぞ」と問へば、「斎院より」と言ふに、ふとめでたくおぼえて、返りまゐりぬ。◆◆正月一日に、また、雪がたくさん降っているのを、「うれしいことに降り積もっていることだ」と思っていると、「この雪はだめだ。初めに積もったのはそのままにして、新しいのはかき捨てよ」とお命じあそばす。その夜は上の局に侍して翌朝早く下の局に下がっていると、侍の長である者が、柚の葉のようであ...枕草子を読んできて(104)その5

  • 枕草子を読んできて(104)その4

    九一職の御曹司におはしますころ、西の廂に(104)その42019.12.30「これいつまでありなむ」と、人々、のたまはするに、「十よ日はありなむ」ただこのころのほどを、ある限り申せば、「いかに」と問はせたまへば、「正月の十五日までは候ひなむ」と申すを、御前にも、「えさはあらじ」とおぼしめしたり。女房などは、すべて「年のうち、つごもりまでもあらじ」とのみ申すに、「あまり遠くも申してけるかな。げにえしもやはあらざらむ。ついたちなどぞ申すべかりける」と、下には思へど、「さはれ、さまでなくと、言ひそめてむ事は」とて、かたうあらがひつ。◆◆中宮様が「この雪山はいつまでありおおせるだろうか」と仰せあそばすと、女房たちは、「十日あまりはありおおせましょう」と、いちずにこの日あたりの期間を、そこに居る全部の者が申し上げるので、...枕草子を読んできて(104)その4

  • 枕草子を読んできて(104)その3

    九一職の御曹司におはしますころ、西の廂に(104)その32018.12.26その後、また尼なるかたゐの、いとあてやかなるが出で来たるを、また呼び出でて物など問ふに、これははづかしげに思ひてあはれなれば、衣一つ給はせたるを、伏し拝まむは、されどよし、さてうち泣きよろこびて出でぬるを、はやこの常陸の介、行きあひて見てけり。その後いと久しく見えねど、たれかは思ひ出でむ。◆◆その後、また、尼の乞食で、とても品の良いのがでてきているのを、また呼び出して物などを尋ねると、この尼はきまり悪そうに思っているようで、しみじみ可哀そうなので、着物一つをお下げ渡しあそばしているのを、伏し拝むのは、それはそれでよいとして、そうして泣いて喜んで出て行ったのを、早くもこの常陸の介が、行き会って見てしまったのだ。それから後は、すねてしまって...枕草子を読んできて(104)その3

  • 枕草子を読んできて(104)その2

    九一職の御曹司におはしますころ、西の廂に(104)その22018.12.22若き人々出で行きて、「男やある」「いづこに住む」など、口々に問ふに、をかしき事、そへごとなどすれば、「歌はうたふや。舞などはすや」と問ひも果てぬに、「まろはたれと寝む、常陸の介と寝む。寝たる肌もよし」。これが末いとおほかり。また、「男山の峰のもみぢ葉、さぞ名は立つ」と頭をまろばし振る、いみじくにくければ、笑ひにくみて、「いね、いね」と追ふに、いとをかし。◆◆若い女房たちが出て行って、「亭主はいるか」「どこに住むのか」など、口々に聞くと、おもしろいことや、あてつけの冗談口などを弄するので、「歌はうたうのか・舞なんかするのか」と聞きも終わらぬうちに、「(俗謡)まろはたれと寝む、常陸の介と寝む。寝たる肌もよし」と歌い始める。この歌の先がたいへ...枕草子を読んできて(104)その2

  • 枕草子を読んできて(104)その1

    九一職の御曹司におはしますころ、西の廂に(104)その12018.12.19職の御曹司におはしますころ、西の廂に不断の御読経あるに、仏などかけたてまつり、法師のゐたるこそさらなる事なれ。◆◆職の御曹司に中宮様がおいであそばすころ、西の廂の間で不断の御読経があるので、仏の画像などをお掛け申し上げ、法師の座っているのこそは、その尊さは言うまでもない。◆◆■職(しき)の御曹司におはしますころ=長徳四年(998)末から翌年長保元年正月までのことであろう。■不断の御読経(ふだんのみどきょう)=一昼夜12人の僧に一時ずつ読経させる法要。二日ばかりありて、縁のもとにあやしき者の声にて、「なほその御仏供のおろし侍りなむ」と言へば、「いかでかまだきには」といらふるを、何の言ふにかあらむと立ち出でて見れば、老いたる女の法師の、いみ...枕草子を読んできて(104)その1

  • 枕草子を読んできて(103)

    九〇さてその左衛門の陣、行きて後(103)2018.12.16さてその左衛門の陣、行きて後、里に出でてしばしあるに、「あさぼらけなむ常におぼし出でらるる。いかでさつれなくうちふりてありしならむ。いみじくめでたからむとこそ思ひたりしか」など仰せられたり。御返事に、かしこまりのよし申して、わたくしには、「いかでかめでたしと思ひはべざらむ。御前にも、さりとも『なかなるをとめ』とおぼしめし御覧じけむとなむ思ひたまへし」と聞こえさせたれば、立ちかへり「『いみじむ思ふべかンめる仲忠が面伏せなる事をば、いかでか啓したるぞ。ただ今宵のうちに、よろづの事を捨ててまゐれ。さらずはいみじくにくませたまはむ』となむ、仰せ言ある」とあれば、「よろしからむにてだにゆゆし。まして『いみじく』とある文字には、命もさながら捨ててなむ」とてまゐり...枕草子を読んできて(103)

  • 枕草子を読んできて(101)その3 (102)

    八八里にまかでたるに(101)その32018.12.13かうかたみにうしろ見語らひなどする中に、何事ともなくて、すこし仲あしくなりたるころ、文おこせたり。「便なきこと侍るとも、契りきこえし事は捨てたまはで、よそにてもさぞなどは見たまへ」と言ひたり。常に言ふ事は、「おのれをおぼさむ人は、歌などよみて得さすまじき。すべてあたたかきとなむ思ふべき。今は限り、やがて絶えなむと思はむ時、さる事は言へ」と言ひしかば、この返事に、くづれするいもせの山の中なればさらに吉野の川とだに見じと言ひやりたりしも、まことに見ずやなりにけむ、返事もせず。さて、かうぶり得て、とほたあふみの介などいひしかば、にくくしてこそやみにしか。◆◆こうしてお互いに世話をしたり、親しく話したりなどしているうちに、何がということもなく、少し仲が悪くなってい...枕草子を読んできて(101)その3(102)

  • 枕草子を読んできて(100)その2

    八八里にまかでたるに(101)その22018.12.11夜いたくふけて、門おどろおどろしくたたけば、何の、かく心もとなく、遠からぬほどをたたくらむと聞きて、問はすれば、滝口なりけり。左衛門のかみとて、文を持て来たり。みな寝にたるに、火近く取り寄せて、見れば、「明日、御読経の結願にて、宰相中将の御物忌に籠りたまへるに、『いもうとのあり所申せ』と責めらるるに、ずちなし。さらにえ隠し申すまじ。さなむとや聞かせたてまつるべき。いかに。仰せにしたがはむ」とぞ言ひたる。返事も書かで、布を一寸ばかり紙に包みてやりつ。◆◆夜がすっかり更けてから、門をひどく恐ろしげにたたくので、一体何者が、こんなふうに気がかりなように、遠くもない距離にある門を叩くのだろうと、人を出してたづねさせると、北面の武士であった。左衛門のかみ(この当時則...枕草子を読んできて(100)その2

  • 枕草子を読んできて(101)その1

    八八里にまかでたるに(101)その12018.12.1里にまかでたるに、殿上人などの車も、やすらかずぞ人々言ひなすなる。いとあまりに心に引き入りたるおぼえ、はたなければ、さ言はむ人もにくからず。また夜も昼も来る人をば、何かはなしなども、かかやきかへさむ。まことにむつましくなどあらぬも、さこそは来めれ。あまりうるさくもげにあれば、このたび出でたる所をば、いづくともなべてには知らず、経房、済政の君などばかりぞ知りたまへる。◆◆里に退出していると、殿上人などの車が家のそばにあるのをも、おだやかでないように人々が話をこしらえて言うとのことである。私はひどくこだわって隠れ忍んでいる人間だというような世間の評判も、まったくそうではないので、そういうだろう人も別ににくらしくはない。また夜も昼も来る人を、どうして「いない」など...枕草子を読んできて(101)その1

  • 枕草子を読んできて(100)その3

    八七返る年の二月二十五日に(100)その32018.11.24暮れぬれば、まゐりぬ。御前に人々おほくつどひて、物語のよきあしき、にくき所などをぞ定め言ひしろひ、涼・仲忠が事など、御前にもおとりまさりたる事仰せされける。「まづこれいかにとことわれ。仲忠が童生ひのあやしさをせちに仰せらるるぞ」など言へば、「何かは。琴なども天人おるばかり弾きて、いとわろき人なり。御門の御むすめやは得たる」と言へば、仲忠が方人と心を得て、「さればよ」など言ふに、「この事もとよりは。昼忠信がまゐりたりつるを見ましかば、いかにめでまどはましとこそおぼゆれ」と仰せらるるに、人々「さてまことに、常よりもあらまほしうこそ」など言ふ。「まづその事こそ啓せむと思ひてまゐりはべりつるに、物語のことにまぎれて」とて、ありつる事を語りきこえさすれば、「た...枕草子を読んできて(100)その3

  • 枕草子を読んできて(100)その2

    八七返る年の二月二十五日に(100)その2桜の直衣、いみじくはなばなと、裏の色つやなど、えも言はずけうらなるに、葡萄染めのいと濃き指貫に、藤の折枝、ことごとしく織り乱れて、紅の色、打ち目などかがやくばかりぞ見ゆる。下に白き薄色など、あまた重なりたり。せばきままに、片つ方はしもながら、すこし簾のもと近く寄りゐたまへるぞ、まことに絵にかき、物語のめでたき事に言ひたる、これこそはと見えたる。◆◆桜の直衣は、とても華やかで、裏の色艶など、なんとも言えないほど清らかで美しいが、そのうえ、葡萄染めのとても濃い指貫に、藤の折枝の模様を、豪華に織り散らして、下着の紅の色や、砧で打った光沢などは輝くばかりに見える。その下には白いのや薄紫色などの下着が、たくさん重なっている。簀子が狭いので、片足は縁から下におろしながら、片足で座っ...枕草子を読んできて(100)その2

  • 枕草子を読んできて(100)その1

    八七返る年の二月二十五日に(100)その12018.11.12返る年の二月二十五日に、宮、の職の御曹司に出でさせたまひし御供にまゐらで、梅壺に残りゐたりしまたの日、頭中将の御消息とて、「昨日の夜、鞍馬へ詣でたりしに、今宵方のふたがれば、違へになむ行く。まだ明けざらむに、帰りぬべし。かならず言ふべき事あり。いたくたたかせで待て」とのりたまへりしかど、「局に人々はあるぞ。ここに寝よ」とて、御匣殿召したれば、まゐりぬ。◆◆あくる年の二月二十五日に、中宮様が、職の御曹司にお出ましあそばした御供に参上しないで、梅壺に居残っていた次の日、頭中将(斉信)のお手紙ということで、「昨日の夜、鞍馬へ参詣していたが、今晩方角が塞がるので、方違えによそへ行く。まだ夜が明けないうちにきっと京へ帰るだろう。是非話したいことがある。あまり局...枕草子を読んできて(100)その1

  • 枕草子を読んできて(99)その4

    八六頭中将のそぞろなるそら言にて(99)その42018.11.5修理亮則光、「いみじきよろこび申しに、うへにやとてまゐりたりつる」と言へば、「なぞ。司召ありとも聞こえぬに、何になりたまへるぞ」と言へば、「いで、まことにうれしき事昨夜侍りしを、心もとなく思ひ明かしてなむ。かばかり面目ある事なかりき」とて、はじめありける事ども、中将の語りつる同じ事どもを言ひて、「『この返事にしたがひて、さる者ありとだに思はじ』と、頭中将のたまひしに、ただに来たりしはなかなかよかりき。持て来たりしだびは、いかならむと胸つぶれて、まことにわろからむは、せうとのためもわろかるべしと思ひしに、なのめにだにあらず、そこらの人のほめ感じて、『せうとこそ。聞け』とのたまひしかば、下心にはいとうれしけれど、『さやうの方には、さらにえくふんすまじき...枕草子を読んできて(99)その4

  • 枕草子を読んできて(99)その3

    八六頭中将のそぞろなるそら言にて(99)その32018.11.1みな寝て、つとめていととく局におりたれば、源中将の声して、「草の庵やある。草の庵やある」と、おどろおどろしう問へば、「などてか、さ人げなきものはあらむ。『玉のうてな』もとめたまはしかば、いらへ聞こえてまし」と言ふ。◆◆みな寝て、翌朝たいへん早く自分の局に下がっていると、源中将の声で、「草の庵はいるか。草の庵はいるか」と、大げさな言い方でたずねるので、「まあ、どうしてそんな人間らしくない者がいましょうか。『玉の台(うてな)』をお探しなら、きっとお返事をもうしあげましょうに」と言う。◆◆■草の庵=寂しい草の庵にいる私を誰が訪れようか。■源中将(げんのちゅうじょう)=宣方(のぶかた)、正暦5年右中将。「あなうれし。しもにありけるよ。うへまでたづねむとしけ...枕草子を読んできて(99)その3

  • 枕草子を読んできて(99)その2

    八六頭中将のそぞろなるそら言にて(99)その22018.10.28「あやしく、いつのまに何事のあるぞ」と問はすれば、主殿寮なり。「ただここもとに人づてならで申すべき事なむ」と言へば、さし出でて問ふに、「これ頭中将殿の奉らせたまふ。御返りとく」と言ふに、いみじくにくみたまふを、いかなる御文ならむと思へど、ただいまいそぎ見るべきにあらねば、「いま聞こえむ」とて、ふところに引き入れて、ふと入りぬ。◆◆たったいま参上したばかりなのに、いつの間に何の用事が出来たのか」と聞かせると、それは主殿寮の男である。「ただ私の方で、人づてではなく直接に申し上げるべきことが…」と言うので、出て行って尋ねると、「これは頭中将殿があなたにお差しあげさせになります。お返事を早く」と言うけれど、ひどくお憎みになっているのに、いったいどうのよう...枕草子を読んできて(99)その2

  • 枕草子を読んできて(99)その1

    八六頭中将のそぞろなるそら言にて(99)その12018.10.25頭中将のそぞろなるそら言にて、いみじう言ひおとし、「なにしに人と思ひけむ」など、殿上にてもいみじくなむのたまふと聞くに、はづかしけれど、「まことならばこそあらめ、おのづから聞きなほしたまひてむ」など笑ひてあるに、黒戸の前わたるにも、声などするをりは、袖をふたぎてつゆ見おこせず、いみじうにくみたまふを、とかくも言はず、見も入れで過ぐすに、◆◆頭中将が、根も葉もないうわさ話で、私をひどく言いけなして、「どうして一人前の人間と思ったのだろう」などと、殿上の間においてもひどく仰ると聞くにつけても、気おくれもするけれど、「うわさが本当ならばそうだろうけれど、いずれ自然にお聞きになって思いなおされるでしょう」などと笑ってそのままにしていると、黒戸の前を頭中将...枕草子を読んできて(99)その1

  • 枕草子を読んできて(98)

    八五御仏名ノ朝(98)2018.10.21御仏名ノ朝、地獄絵の御屏風取りわたして、宮御覧ぜさせたまふ。いみじうゆゆしきこと限りなし。「これ見よかし」と仰せらるれど、「さらには見はべらじ」とて、ゆゆしさにうつ臥しぬ。◆◆御仏名の日の翌朝、清涼殿から地獄絵の御屏風を上の御局に持って来て、中宮様が御覧あそばす。この絵のひどく気味の悪いことといったらこの上もない。中宮様が「これを是非みなさい」と仰せられますが、「絶対に見ることはすまい」と言って、私は気味の悪さにうつ臥してしまった。◆◆■御仏名ノ朝(ごぶつみょうのあした)=十二月十九日から三日間三世の諸仏の名号を唱えて罪障消滅を祈る仏事。清涼殿の御帳台中に観音の画像を掛け、廂に地獄変相図を描いた屏風を立てる。終わった次の朝。雨いたく降りて、つれづれなりとて、殿上人、うへ...枕草子を読んできて(98)

  • 枕草子を読んできて(95)(96)(97)

    八二いとほしげなき事(95)2018.10.16いとほしげなき事人によみて取らせたる歌のほめらるる。されど、それはよし。遠きありきする人の、つぎつぎ縁たづねて、文得むと言はすれば、知りたる人のがり、なほざりに書きて、やりたるに、なまいたはりなりと腹立ちて、返事も取らせて、無徳に言ひなしたる。◆◆相手が困っていても気の毒だという様子を感じさせないこと。人に代筆して詠んである歌がほめられるの。でもそれはよい。遠い旅をする人が、次々と縁故を探し求めて、旅行先の知人宛の紹介状がほしいと、中に入る人に言わせるので、知人のもとに、いい加減に書いてそのほしいという人に送ったところが、その内容に誠実さが欠けていて失礼だと腹を立てて、使いの者に返事も与えず、役に立たぬもののように言いなしているの。◆◆■文得む=紹介状。■無徳=そ...枕草子を読んできて(95)(96)(97)

  • 枕草子を読んできて(94)

    八一あぢきなきもの(94)2018.10.12あぢきなきものわざと思ひ立ちて、宮使へに出でたる人の、物憂がりて、うるさげに思ひたる。人にも言はれ、むつかしき事もあれば、「いかでかまかでなむ」といふ言ぐさをして、出でて、親をうらめしければ、「またまゐりなむ」と言ふよ。とり子の顔にくさげなる。しぶしぶに思ひたる人を、しのびて婿に取りて、思ふさまならずと嘆く人。◆◆無意味でつまらないものわざわざ思い立って、宮使へに出ている人が、その宮仕えを面白くなく面倒そうに思っているの。人にも何かと言われ、やっかいなこともあるので、「どうかして下がってしまおう」ということを口癖にして、里へ出て(みると)、親が何かと煩く言うのがうらめしく、「もう一度参上してしまおう」と言うことよ。養子の顔が憎らしげなの。婿になるのを気が進まなく思っ...枕草子を読んできて(94)

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