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  • 枕草子を読んできて(117)その2

    一〇四五月の御精進のほど、職に(117)その22019.3.30かういふ所には、明順の朝臣家あり。「そこもやがて見む」と言ひて、車寄せておりぬ。田舎だち、事そぎて、馬の形かきたる障子、網代屏風、三稜草の簾など、ことさらに昔の事をうつしたる。屋のさまは、はかなだちて、端近き、あさはかなれどをかしきに、げにぞかしがましと思ふばかり鳴き合ひたる郭公の声を、御前に聞こしめさず、さはしたひつる人々にもなど思ふ。◆◆このようにいう所には、明順朝臣の家がある。「そこも早速見物しよう」と言って、車を寄せて降りてしまった。田舎風で、簡素な造りで、馬の絵を描いてある衝立障子、網代屏風、三稜草(みくり)の簾など、わざわざ昔の事の様子を写している。建物のありさまは、かりそめの様で、端近なのは、奥深さはないがおもしろく、全く人が言ってい...枕草子を読んできて(117)その2

  • 枕草子を読んできて(117)その1

    一〇四五月の御精進のほど、職に(117)その12019.3.27五月の御精進のほど、職におはしますに、塗籠の前、二間なる所を、ことに御しつらひしたれば、例様ならぬもをかし。ついたちより雨がちにて、曇り曇らずつれづれなるを、「郭公の声たづねありかばや」と言ふを聞きて、われもわれもと出で立つ。賀茂の奥に、なにがしとかや、七夕のわたる橋にはあらで、にくき名ぞ聞こえし。「そのわたりになむ、日ごとに鳴く」と人の言へば、「それは日ぐらしなンなり」といらふる人もあり。「そこへ」とて、五日のあした、宮司、車の事言ひて、北の陣より、五月雨はとがめなきものぞ、とて、入れさせおきたり。四人ばかりぞ、乗りてゆく。◆◆五月の御精進のころ、中宮様が職の御曹司にお出であそばすので、塗籠の前の二間である所を、特別に御設備を整えてあるので、いつ...枕草子を読んできて(117)その1

  • 枕草子を読んできて(116)

    一〇三くちをしきもの(116)2019.3.24くちをしきもの節会、仏名に雪の降らで、雨のかきくらし降りたる。節会、さるべきをりの、御物忌にあたりたる。いどみ、いつしか思ひたる事の、さはる事出で来て、にはかにとまりたる。いみじうほしうする人の、子生まで年ごろ具したる。遊びをもし、見すべき事もあるに、かならず来なむと思ひて呼びにやりつる人の、「さはる事ありて」など言ひて来ぬ、くちをし。◆◆残念なもの節会、仏名に雪が降らないで、雨が空を暗くして降っているの。節会やしかるべき行事の折が宮中の物忌みに当たっているの。競争して、早くその日が来てほしいと思っているのに、用事ができて、急に中止になってしまうの。ひどく子を欲しがっている人が子を産まないで何年の連れ添っているの。音楽の遊びもし、見せようと思っている時に、必ず来る...枕草子を読んできて(116)

  • 枕草子を読んできて(115)

    一〇二あさましきもの(115)2019.3.21あさましきものさし櫛みがくほどに、物にさへて折りたる。車のうち返されたる。さるおほのかなる物は、所せう久しくなどやあらむとこそ思ひしか、ただ夢の心地してあさましう、あやなし。◆◆あまりの意外さにあきれてしまうもの挿し櫛を磨くうちに、物に突き当たって折ったの。牛車のひっくり返されたの。そんなに物凄く大きな物は、そのままそこにあるだろうと思っていたのが、ただ夢のような気がして、意外で、何がなんだがわからない。◆◆■さし櫛みがく=飾りとして髪に挿す櫛。つげや象牙で作り木賊(とくさ)で磨く。■あやなし=「あや」は物事の筋目。筋が通らない。物の道理がわからない。人のためにはづかしき事、つつみもなく、ちごも大人も言ひたる。かならず来なむと思ふ人の、待ち明かして、暁がたに、ただ...枕草子を読んできて(115)

  • 枕草子を読んできて(114)

    一〇一かたはらいたきもの(114)2019.3.19かたはらいたきものまらうどなどに会ひて物言ふに、奥の方にうちとけと人の言ふを、制せで聞く心地。思ふ人のいたく酔ひさかしがりて、同じ事したる。聞きゐたるをも知らで、人の上言ひたる。それは何ばかりならぬ使人なれど、かたはらいたし。旅立ち所近き所などにて、下衆どものざれかはしたる。◆◆いたたまれない感じのもの来客などに会って話をしている時に、奥の方でくつろいだ内輪話を人がするのを、止めないで聞く気持ち。自分の思っている人ひどく酔って偉そうにして、同じことを繰り返しているの。側にゐて聞いているのも知らないで、人のうわさをしているの。それはたいした身分の人でもない使用人であるけれども、いたたまれない感じがする。外泊してしる家の近い所で、下男たちがふざけあっているの。◆◆...枕草子を読んできて(114)

  • 枕草子を読んできて(113)その2

    一〇〇ねたきもの(113)その22019.3.13見すまじき人に、ほかへやりたる文取りたがへて持て行きたる、いとねたし。「げにあやまちてけり」とは言はで、口かたうあらがひたる。人目をだに思はずは、走りも打ちつべし。おもしろき萩、薄などを植ゑて見るほどに、長櫃持たる者、鋤など引きさげて、ただ掘りに堀りていぬるこそ、わりなうねたかりけれ。よろしき人などのあるをりは、さもせぬものを、いみじう制すれど、「ただすこし」など言ひていぬる、言ふかひなくねたし。受領などの家に、しもめなどの来て、ながめに物言ひ、さりとてわれをばいかが思ひたるけはひに言ひ出でたる、いとねたげなり。◆◆見せてはならない人の所へ、余所へ送った手紙を取り違えて持って行っているのは、ひどくいまいましい。使いの者が、「なるほど間違えてしまいました」とは言わ...枕草子を読んできて(113)その2

  • 枕草子を読んできて(113)その1

    一〇〇ねたきもの(113)その12019.3.9ねたきものこれよりやるも、人の言ひたる返事も、書きてやりつる後に、文字一つ二つなどは思ひなほしたる。とみの物縫ふに、縫ひ果てつと思ひて、針を引き抜きたれば、はやう結ばざりけり。また、かへさまに縫ひたるも、いとねたし。◆◆いまいましいものこちらから送る手紙でも、人が言ってきてる手紙の返事でも、書いてしまった後で、文字の一つや二つなどは考えなおしているの。急ぎの物を縫うときに、縫い終わってしまったと思って、針を引き抜いたところ、もともと糸の尻を結んでおかなかったのだった。また、裏表を反対に縫っているのも、ひどくいまいましい。◆◆■ねたきもの=してやられたとか、しくじったとか、他に対して引け目を覚えて、忌々しい、癪だと感じる気持ち。■はやう結ばざりけり=「はやう……けり...枕草子を読んできて(113)その1

  • 枕草子を読んできて(112)

    九九御乳母の大輔の、今日の(112)2019.3.3御乳母の大輔の、今日の、日向かへくだるに、給はする扇どもの中に、片つ方には、日いとはなやかにさし出でて、旅人のある所、ゐ中将のたちなどいふさま、いとをかしうかきて、いま片つ方には、京の方、雨いみじう降りたるに、ながめたる人などかきたるに、あかねさす日に向かひて思ひ出でよ都ははれぬながめすらむとことばに御手づから書かせたまひし、あはれなりき。さる君を置きたてまつりて、遠くこそえ行くまじけれ。◆◆御乳母の大輔が、今日の、日向(ひゅうが)に下るというときに、中宮様がお与えになるたくさんの扇の中に、片方には、日がぱっと差し出て、旅人が居る所、井中将の館などというありさまを、とてもおもしろく描いて、もう片一方には、京の方面のありさまで、雨がひどく降っているのに、物思いを...枕草子を読んできて(112)

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