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風の記憶 https://blog.goo.ne.jp/yo88yo

風のように吹きすぎてゆく日常を、言葉に残せるものなら残したい…… ささやかな試みの詩集です。

風のyo-yo
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2014/10/31

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  • いまは燃えよう

    美しいものは美しいすばらしいものはすばらしい真夏の夜の夢をみる輝くものには感動しよういまは燃えよういまは歓喜しようだが熱い祭りが終わったら燃やしつくせない朝がくる安心ではない安全でもない不安な朝に目を覚まそういまは燃えよう

  • 光の朝は光の虫をおって

    あさベランダの手すりにきれいな虫が止まっていた久しぶりのタマムシだあの法隆寺の玉虫厨子の玉虫だったもう絶滅したのではないかと思っていたそれが光っている輝いているカポックの葉っぱに止まらせて写真をとったじゅうぶん撮ったところで虫は翅をぱっと開いてすばやく飛び去ったこの朝からずっとさぼっていたウオーキングを再開した玉虫が集まるという榎のある公園をあるくその木は大きくて空まで広がっている光の朝は光の虫をおって

  • そのとき人は風景になる(10)

    ごんしゃん、ごんしゃん、何処へゆくいちどだけ、エムの家に泊めてもらったことがある。朝食の味噌汁にソーメンが入っていたのが珍しかった。奈良ではそのような食べ方をするのかと思ったが、それがにゅうめんというものだと、だいぶ後に知った。彼の家はまだ新しく、子供らも小さくて盛んにはしゃいでいた。その後、ぼくはエムとは幾度も会っているが、彼の家を訪ねたことはそれ以後ない。通夜のときに久しぶりに会った彼の子供らは、小さかった頃の面影もないほど成人していた。二人の息子の一人は長身で体格がよく個性的な顔立ちは母親に似ているようだった。それに対してもう一人の息子は、背も低くほっそりしていて病弱そうで、その容姿は郷里にいた頃のエムの姿を彷彿とさせた。そのせいか彼の所作が気になって仕方なかった。小柄でひ弱そうだった青少年期のエムの姿が...そのとき人は風景になる(10)

  • そのとき人は風景になる(9)

    石の舞台でうたう人は日毎に高原の記憶は遠くなっていく。3人で名前を刻んだ岩も、ふたたび確かめることは出来なかった。奈良飛鳥の石舞台古墳に初めて案内してくれたのも、友人のエムだった。その頃は田んぼの中に、とてつもなく大きな石がただ積まれてあるだけだった。なんであんなものが、あんなところにあるのだという驚きは、容易に解かれることのない、飛鳥という古い風土そのものの巨大な謎の塊りにみえた。石舞台古墳は、『日本書紀』の記述や考古学的考察から、蘇我馬子の墓だという説もあるが、真相は未解明のままらしい。この石の舞台で、狐が女に化けて舞いをしたとか、この地にやって来た旅芸人が、この大石を舞台代わりにしたとか、そんなエムの話の方がしっかりと記憶に定着していて、そこから今でも、ぼくの幻想は広がりつづけている。そのときエムは、あの...そのとき人は風景になる(9)

  • そのとき人は風景になる(8)

    サインはパンの匂いがするケイくんがピッチャーでぼくはキャッチャーサインはストレートとカーブだけあの小学校も中学校もいまはもうないケイくんはいつも甘いパンの匂いがした彼の家がパン屋だったからだがベーカリーケイもいまはもうない最後のサインはさよならだったさよならだけではさみしくてもういちどさよならをしてそれでもさみしくてまたねと言ったサインは変わらない左の掌をポンポンとたたいてみるいつもの朝がひとりぼっちでやってくる食卓にはパンと牛乳とマーガリンベーカリーケイのパンではないけれどパンには賞味期限がある(1)そこには風が吹いているそのとき人は風景になる(8)

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